(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022191767
(43)【公開日】2022-12-28
(54)【発明の名称】スポット溶接用複動式電極、スポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/11 20060101AFI20221221BHJP
【FI】
B23K11/11 520
B23K11/11 540
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021100204
(22)【出願日】2021-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 康信
(72)【発明者】
【氏名】上川畑 正仁
(72)【発明者】
【氏名】岡田 徹
(72)【発明者】
【氏名】泰山 正則
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA01
4E165AA05
4E165AA12
4E165AB04
4E165AB13
4E165BA06
4E165BB02
4E165BB12
4E165BB21
4E165BB22
4E165BB23
4E165CA02
4E165CA06
4E165CA13
(57)【要約】
【課題】複数枚の薄板から構成される板組のスポット溶接において、シートセパレーション及び部材の表面の凹凸を、簡便な構造によって抑制可能なスポット溶接用複動式電極、スポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係るスポット溶接用複動式電極は、棒状電極と、棒状電極の基端を支持するアダプターと、棒状電極を包囲し、棒状電極の軸方向に沿って第1位置と第2位置との間で移動可能に構成されたスリーブと、棒状電極の軸方向に沿って、棒状電極の先端側に向けて、スリーブを基端側から押すコイルばねと、スリーブと接続され、且つ、棒状電極の軸方向に沿ってスリーブの第1位置を調整可能に構成された位置決め機構と、を備え、第1位置はスリーブの先端が棒状電極の先端に対して先端側へ突出する位置であり、位置決め機構によってスリーブの棒状電極からの突出量を調整可能である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
棒状電極と、
前記棒状電極の基端を支持するアダプターと、
前記棒状電極を包囲し、前記棒状電極の軸方向に沿って、前記棒状電極の先端側にある第1位置と前記棒状電極の前記基端側にある第2位置との間で移動可能に構成されたスリーブと、
前記棒状電極の前記軸方向に沿って、前記棒状電極の先端側に向けて、前記スリーブを基端側から押すコイルばねと、
前記スリーブと接続され、且つ、前記棒状電極の前記軸方向に沿って前記スリーブの前記第1位置を調整可能に構成された位置決め機構と、
を備え、
前記第1位置は前記スリーブの先端が前記棒状電極の先端に対して先端側へ突出する位置であり、前記位置決め機構によって前記スリーブの前記棒状電極からの突出量を調整可能である、
スポット溶接用複動式電極。
【請求項2】
前記スリーブが、その基端にねじ部を有し、
前記位置決め機構が、前記スリーブの前記ねじ部と螺合するねじ部を有するスリーブベースと、前記スリーブを前記スリーブベースに固定するスリーブ固定部材とから構成され、
前記スリーブベースの前記ねじ部のピッチが1.0mm以下である
ことを特徴とする請求項1に記載のスポット溶接用複動式電極。
【請求項3】
前記スリーブが金属製であることを特徴とする請求項1又は2に記載のスポット溶接用複動式電極。
【請求項4】
前記棒状電極が円柱状であり、前記スリーブが円筒形状であり、
前記スリーブの内周の半径と、前記棒状電極の外周の半径との差が0.2mm以上0.3mm以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のスポット溶接用複動式電極。
【請求項5】
前記コイルばねのばね定数が0.05kN/mm~0.30kN/mmであることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のスポット溶接用複動式電極。
【請求項6】
前記棒状電極の先端の形状が、曲率半径がR20~R120のR形であることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載のスポット溶接用複動式電極。
【請求項7】
一対の、請求項1~6のいずれか一項に記載の複動式電極を備えるスポット溶接装置。
【請求項8】
2枚以上の金属板から構成される板組を、一対の、請求項1~6のいずれか一項に記載の複動式電極を用いてスポット溶接する工程を備えるスポット溶接部材の製造方法。
【請求項9】
前記板組が、4枚以上の前記金属板から構成され、
前記板組の一方又は両方の表面に配置される前記金属板の板厚が0.7mm以下である
ことを特徴とする請求項8に記載のスポット溶接部材の製造方法。
【請求項10】
前記スポット溶接の際に、前記スリーブが前記第1位置にあるときの前記スリーブの先端に対する前記棒状電極の先端の突出量が、2mm以上10mm以下であることを特徴とする請求項8又は9に記載のスポット溶接部材の製造方法。
【請求項11】
前記スポット溶接の終了後の、単位msecでの加圧力保持時間Thが、下記式1を満たすことを特徴とする請求項8~10のいずれか一項に記載のスポット溶接部材の製造方法。
15×(Σhi)2≦Th≦50×(Σhi)2 (式1)
ここで、前記式1におけるΣhiは、前記板組を構成する前記金属板の、単位mmでの板厚の合計値である。
【請求項12】
前記一対の複動式電極が備える一対の棒状電極の中立位置と、前記一対の複動式電極が備える一対のスリーブの中立位置と、が一致するように、一方又は両方の前記複動式電極において、前記スリーブが前記第1位置にあるときの前記スリーブの先端に対する前記棒状電極の先端の突出量を調整することを特徴とする請求項8~11のいずれか一項に記載のスポット溶接部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接用複動式電極、スポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属板を重ね溶接して得られる重ね溶接部材の製造方法のひとつとして、スポット溶接がある。スポット溶接は、水冷された2つの銅電極で複数枚数の金属板を挟み、電極で加圧した状態で通電し、金属板を溶融凝固させる溶接方法である。スポット溶接は簡便であり、また、スポット溶接機は安価である。従ってスポット溶接は、様々な技術分野で用いられている。
【0003】
しかしながら、スポット溶接には、シートセパレーション(重ね抵抗溶接において、溶接の結果、ナゲットの周囲に生じる板の隙間)が発生しやすいという問題がある。シートセパレーションは、薄板のスポット溶接において特に顕著に生じる。
【0004】
さらに、板組の表面に薄板が配された板組のスポット溶接では、その表面薄板の接合不良も問題となる。板組の最表面に配された鋼板は、水冷電極の抜熱作用によって、ナゲットが形成されにくい。また、板組を構成する鋼板の枚数が大きい場合、電極加圧力を大きくする必要がある。電極加圧力が大きいほど、板組の最表面に配された鋼板と電極との接触面積が増大し、電極による抜熱量が一層大きくなる。
【0005】
接合不良を防ぐためには、板組の最表面の鋼板を溶融させなければならない。そのためには、溶接電流値を高め、且つ電極加圧力を低下させる必要がある。しかしながら、電極加圧力を低下させると、散りが発生しやすくなる。従って、多数枚、例えば4枚以上の薄い金属板をスポット溶接する際には、溶接電流値及び電極加圧力に関して、極めて狭い範囲内にある最適範囲を求める必要が生じる。また、接合不良を回避するための溶接電流値及び電極加圧力の最適値を見つけたとしても、シートセパレーションを抑制することはできない。
【0006】
シートセパレーションを抑制するための技術として、例えば特許文献1には、積み重ねられた複数の金属板を含む板組の抵抗スポット溶接に用いられる複合電極であって、当該複合電極は、先端面が前記板組に接触して押し付けられる棒状の電極体と、前記電極体が挿入される貫通穴を有し、先端面が前記板組に接触して押し付けられる剛体であって、前記電極体に対して電気的に接続されていない、導電体を含む剛体と、前記剛体の後端に連結され、前記板組への前記電極体及び前記剛体の押付けに伴って、前記剛体に押付け圧力を加える弾性体と、を備え、前記電極体の前記先端面の外周縁と前記剛体の前記先端面の内周縁との間隔が0.3mm以上7mm以下である、複合電極が開示されている。特許文献1に記載の複合電極によれば、自動車を始めとする輸送用機械、産業用機械等に用いられる超ハイテン材のスポット溶接において、適正電流範囲を拡大すること、及び溶接継手強度を向上することが可能となる。
【0007】
一方、最表面が薄板とされた板組の溶接にスポット溶接を適用する場合、シートセパレーションの問題に加えて、スポット溶接部の表面に凹凸が生じやすいという問題がある。この凹凸は、電極と被溶接材との接触部、及びその近傍に形成される。例えば、特許文献1に開示のスポット溶接装置を用いて得られた溶接継手では、剛体の先端の内周縁において凹凸が生じる。
【0008】
特許文献1に記載の発明が適用される、自動車を始めとする輸送用機械及び産業用機械の技術分野において、スポット溶接部の表面に形成される凹凸は特段問題視されない。従って、特許文献1に記載の発明においては、スポット溶接部の表面の凹凸を抑制することは課題とされておらず、また、具体的な凹凸抑制手段も開示されていない。しかしながら、部材の寸法精度に対する要求が厳しい技術分野にスポット溶接を適用するために、スポット溶接部の表面の凹凸を抑制可能な技術が待望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、複数枚の薄板から構成される板組のスポット溶接において、シートセパレーション及び部材の表面の凹凸を、簡便な構造によって抑制可能なスポット溶接用複動式電極、スポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0012】
(1)本発明の一態様に係るスポット溶接用複動式電極は、棒状電極と、前記棒状電極の基端を支持するアダプターと、前記棒状電極を包囲し、前記棒状電極の軸方向に沿って、前記棒状電極の先端側にある第1位置と前記棒状電極の前記基端側にある第2位置との間で移動可能に構成されたスリーブと、前記棒状電極の前記軸方向に沿って、前記棒状電極の先端側に向けて、前記スリーブを基端側から押すコイルばねと、前記スリーブと接続され、且つ、前記棒状電極の前記軸方向に沿って前記スリーブの前記第1位置を調整可能に構成された位置決め機構と、を備え、前記第1位置は前記スリーブの先端が前記棒状電極の先端に対して先端側へ突出する位置であり、前記位置決め機構によって前記スリーブの前記棒状電極からの突出量を調整可能である。
(2)上記(1)に記載のスポット溶接用複動式電極では、前記スリーブが、その基端にねじ部を有し、前記位置決め機構が、前記スリーブの前記ねじ部と螺合するねじ部を有するスリーブベースと、前記スリーブを前記スリーブベースに固定するスリーブ固定部材とから構成され、前記スリーブベースの前記ねじ部のピッチが1.0mm以下であってもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載のスポット溶接用複動式電極では、前記スリーブが金属製であってもよい。
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載のスポット溶接用複動式電極では、前記棒状電極が円柱状であり、前記スリーブが円筒形状であり、前記スリーブの内周の半径と、前記棒状電極の外周の半径との差が0.2mm以上0.3mm以下であってもよい。
(5)上記(1)~(4)のいずれか一項に記載のスポット溶接用複動式電極では、前記コイルばねのばね定数が0.05kN/mm~0.30kN/mmであってもよい。
(6)上記(1)~(5)のいずれか一項に記載のスポット溶接用複動式電極では、前記棒状電極の先端の形状が、曲率半径がR20~R120のR形であってもよい。
(7)本発明の別の態様に係るスポット溶接装置は、一対の、上記(1)~(6)のいずれか一項に記載の複動式電極を備える。
(8)本発明の別の態様に係るスポット溶接部材の製造方法は、2枚以上の金属板から構成される板組を、一対の、上記(1)~(6)のいずれか一項に記載の複動式電極を用いてスポット溶接する工程を備える。
(9)上記(8)に記載のスポット溶接部材の製造方法では、前記板組が、4枚以上の前記金属板から構成され、前記板組の一方又は両方の表面に配置される前記金属板の板厚が0.7mm以下であってもよい。
(10)上記(8)又は(9)に記載のスポット溶接部材の製造方法では、前記スポット溶接の際に、前記スリーブが前記第1位置にあるときの前記スリーブの先端に対する前記棒状電極の先端の突出量が、2mm以上10mm以下であってもよい。
(11)上記(8)~(10)のいずれか一項に記載のスポット溶接部材の製造方法では、前記スポット溶接の終了後の、単位msecでの加圧力保持時間Thが、下記式1を満たしてもよい。
15×(Σhi)2≦Th≦50×(Σhi)2…(式1)
ここで、前記式1におけるΣhiは、前記板組を構成する前記金属板の、単位mmでの板厚の合計値である。
(12)上記(8)~(11)のいずれか一項に記載のスポット溶接部材の製造方法では、前記一対の複動式電極が備える一対の棒状電極の中立位置と、前記一対の複動式電極が備える一対のスリーブの中立位置と、が一致するように、一方又は両方の前記複動式電極において、前記スリーブが前記第1位置にあるときの前記スリーブの先端に対する前記棒状電極の先端の突出量を調整してもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、複数枚の薄板から構成される板組のスポット溶接において、シートセパレーション及び部材の表面の凹凸を、簡便な構造によって抑制可能なスポット溶接用複動式電極、スポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施形態に係る複動式電極の一例の断面図である。
【
図2】スリーブを装着しない状態での棒状電極の一例の断面図である。
【
図3】スリーブ及び位置決め機構の一例の断面図である。
【
図4】本実施形態に係る複動式電極を用いたスポット溶接をする直前の状態の模式図である。
【
図5】本実施形態に係る複動式電極を用いたスポット溶接中の状態の模式図である。
【
図6】2枚の鋼板(板厚0.7mmの薄板)に通常のスポット溶接をすることによって形成された溶接部の断面写真である。
【
図7A】8枚の鋼板(板厚0.7mmの薄板)に通常のスポット溶接をすることによって形成された溶接部の断面写真である。
【
図7B】
図7Aの溶接部の周辺のシートセパレーションの写真である。
【
図8】棒状電極を包囲するスリーブを有する複動式電極を用いて、スリーブの突出量を調整することなく製造したスポット溶接部材の断面写真である。
【
図9】棒状電極と、スリーブと、スリーブの位置決め機構とを有する複動式電極を用いて、スリーブの突出量を微調整してからスポット溶接して得られたスポット溶接部材の断面写真である。
【
図10】棒状電極と、スリーブと、スリーブの位置決め機構とを有する複動式電極を用いて、スリーブの突出量を微調整してからスポット溶接して得られたスポット溶接部材の断面写真である。
【
図11A】加圧力保持時間を300msec(60Hz、18サイクル)としたスポット溶接によって得られた溶接部の断面図である。
【
図11B】加圧力保持時間を500msec(60Hz、30サイクル)としたスポット溶接によって得られた溶接部の断面図である。
【
図11C】加圧力保持時間を700msec(60Hz、42サイクル)としたスポット溶接によって得られた溶接部の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のスポット溶接用複動式電極(以下、単に「複動式電極」と称する場合がある)、スポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法について、その実施形態を詳述する。
【0016】
図1に例示されるように、本発明の一態様に係る複動式電極1は、棒状電極11と、棒状電極11の基端を支持するアダプター12と、棒状電極11を包囲し、棒状電極11の軸方向に沿って、棒状電極11の先端側にある第1位置と棒状電極11の基端側にある第2位置との間で移動可能に構成されたスリーブ13と、棒状電極11の軸方向に沿って、棒状電極11の先端側に向けて、スリーブ13を基端側から押すコイルばね14と、スリーブ13と接続され、且つ、棒状電極11の軸方向に沿ってスリーブ13の第1位置を調整可能に構成された位置決め機構15と、を備える。
【0017】
図2に、棒状電極11及びアダプター12の一例を示す。棒状電極11は、スポット溶接用の電極である。その種類は特に限定されず、後述する位置決め機構15を接続可能なスポット溶接用電極を、本実施形態に係る複動式電極1の棒状電極11として適宜用いることができる。具体的には、後述する位置決め機構15のスリーブベース152の脱落を防止できるシャンク112を有するスポット溶接用電極が好適に用いられる。
【0018】
図1及び
図2に例示される棒状電極11は、シャンク112と、この先端に被せられたキャップチップ111とから構成される、いわゆるキャップ形電極である。一方、棒状電極11が一体形電極であってもよい。電極先端形状も特に限定されない。
【0019】
アダプター12は、棒状電極11の基端を支持する部材である。アダプター12を介して、棒状電極11はスポット溶接装置に装着される。なお、アダプター12と棒状電極11とが一体的に形成され、1つの部材をなしていてもよい。アダプター12と棒状電極11とが一部材である場合、シャンク112以外の部分、例えばキャップチップ111によって後述する位置決め機構15のスリーブベース152の脱落を防止することが好ましい。
【0020】
図3に、スリーブ13、コイルばね14、及び位置決め機構15を示す。スリーブ13は、シートセパレーション、及び溶接部材の表面の凹凸の抑制のために極めて重要な部材の一つである。スリーブ13は、円筒状の形状を有し、その内部に棒状電極11が挿入される。これにより、スリーブ13は、棒状電極11を包囲するように複動式電極1に備え付けられる。
【0021】
スリーブ13は、棒状電極11の軸方向に沿って、棒状電極11の先端側にある第1位置と棒状電極11の基端側にある第2位置との間で移動可能に構成される。例えば
図1及び
図3に例示される複動式電極1においては、スリーブ13を移動させるために、シャンク112及びスリーブベース152が用いられている。シャンク112は、スリーブベース152の脱落を防止する機能を有する凸部1121を有する。スリーブベース152には、棒状のシャンク112を挿入させるための穴1522が形成されている。また、スリーブベース152は、その穴にシャンク112が挿入された状態で、アダプター12と、シャンク112の凸部との間に配置される。これにより、スリーブベース152は、シャンク112に対して摺動可能となる。そして、スリーブベース152に固定されたスリーブ13は、棒状電極11の軸方向に沿って、棒状電極11について相対的に移動可能となる。
【0022】
第1位置及び第2位置とは、棒状電極11の軸方向に沿ってスリーブ13が移動可能な範囲の両端のことである。便宜上、スリーブ13の移動可能な範囲の両端のうち、棒状電極11の先端側(即ち、被溶接材と接触する側)にある方を第1位置と称し、棒状電極11の基端側(即ち、アダプター12と接続される側)にある方を第2位置と称する。
【0023】
スリーブ13は、後述するコイルばね14によって棒状電極11の基端側から先端側に向けて押されているので、特に外力がかけられない限りは第1位置に配されることとなる(
図1参照)。第1位置の位置決めについては後述する。また、スリーブ13が最大限に基端側に押し込まれたとき(例えばコイルばね14が最大限に押し込まれたとき)のスリーブ位置が、第2位置となる。当然のことながら、スリーブ13が第2位置にあるときに、スリーブ13の先端が棒状電極11の先端と同じ位置か、棒状電極11の先端よりも基端側に位置するように、第2位置を位置決めする必要がある。第2位置にあるスリーブ13の先端が、棒状電極11の先端よりも突出する場合、棒状電極11を非溶接物に接触させられず、スポット溶接が実施できないからである。
【0024】
スリーブ13の先端を棒状電極11の先端よりも突出させた状態で、一対の複動式電極1を板組に押し当てると、スリーブ13は、棒状電極11の先端が板組に当たるまで押し込まれ、押し込まれる長さ(即ち後述の突出量P)に応じた加圧力で、板組を挟持することができる。
【0025】
スリーブ13は、棒状電極11と同軸に移動可能に配置されているので、スポット溶接点の周辺の金属板の変形を抑制することができる。これにより、棒状電極11の先端と、板組の最表面の金属板との接触面積を小さく維持することができる。この場合、電流密度を高くして、且つ最表面の金属板から棒状電極11への熱伝達を抑制することができる。従って、最表面の金属板まで及ぶナゲットを形成できる。また、板組の板厚方向中心部においても加圧範囲を広くできるので、散りの発生を伴わずに、溶接変形の小さい多枚数の板組にナゲットを形成することができる。
【0026】
さらに、スリーブ13を用いて棒状電極11が接する溶接点の周囲を押圧し、鋼板の変形を抑制することにより、シートセパレーションを抑制することができる。本実施形態に係る複動式電極1では、棒状電極11の周囲に、棒状電極11の軸方向に移動可能なスリーブ13を設け、このスリーブ13を棒状電極11の先端側に向けてコイルばね14で押すことにより、簡便な機構で溶接点の周囲を押圧することができる。
【0027】
コイルばね14は、アダプター12及びスリーブ13を直接的又は間接的に接続し、棒状電極11の軸方向に沿って、棒状電極11の先端側に向けて、スリーブ13を基端側から押す部材である。これによりコイルばね14は、スポット溶接の際に、スリーブ13が被溶接材を押圧する力を発生させることができる。
【0028】
図1に例示される複動式電極1において、コイルばね14は、その中心を棒状電極11のシャンク112が貫通した状態で、スリーブベース152とアダプター12との間に配置される。これによりコイルばね14は、スリーブベース152をアダプター12から離すように押す。ひいては、コイルばね14は、スリーブベース152に固定されたスリーブ13を棒状電極11の先端側に押す。
【0029】
なお、棒状電極11の軸方向に沿って、棒状電極11の先端側にスリーブ13を押すことができる限り、コイルばね14は、その均等物である弾性体、その他の部材と置換することが可能である。ただし、複動式電極1の構造を簡素化し、取り扱いを容易にする観点からは、コイルばね14を用いることが最も好ましい。
【0030】
位置決め機構15は、スリーブ13と接続されており、スリーブ13の第1位置を、棒状電極11の軸方向に沿って位置決めするように構成された部材である。これにより、スリーブ13の第1位置は、スリーブ13の先端が棒状電極11の先端に対して先端側へ突出する位置とされる。換言すると、スリーブ13が第1位置にあるときに、スリーブ13の先端は棒状電極11の先端に対して突出する。また、位置決め機構15を用いることで、スリーブの突出量Pが調整可能となる。ここでスリーブ13の突出量Pとは、スリーブ13が第1位置にあるとき(即ち、スリーブ13に外力がかけられていないとき)に棒状電極11の軸方向に沿って測定される、スリーブ13の先端と棒状電極11の先端との間の距離である。
【0031】
スリーブ13の突出量Pは、スポット溶接の際にスリーブ13が被溶接材を押圧する力と密接に関連する。突出量Pと、コイルばね14のばね定数との積が、スリーブ13の押圧力である。従って、突出量Pの制御を介して、スリーブ13による押圧力を制御することができる。
【0032】
スリーブ13、コイルばね14、及び位置決め機構15を有する複動式電極によれば、スポット溶接の際の棒状電極11とスリーブ13との位置関係を微調整することができる。これにより、シートセパレーションを抑制し、さらに、スポット溶接部材の表面の凹凸を抑制することができる。そのメカニズムは、以下の通りであると考えられている。
【0033】
一対の、スリーブを有する複動式電極を用いてスポット溶接をする場合、棒状電極及びスリーブの両方で板組を加圧することとなる。ここで、一対の電極の先端間の中立位置と、一対のスリーブの先端間の中立位置とがずれる場合がある。中立位置のずれは、公差内での各部材の寸法誤差があることや、直流電源を用いて溶接する際に極性に対して非対称に電極先端が損耗することなどに起因して生じると考えられる。特にめっき鋼板を直流電源で溶接する場合には、板組の表裏面で非対称な損耗が生じる場合が多いため、本発明が特に有用である。
【0034】
本発明者らは、この中立位置のわずかなずれが外乱となり、スポット溶接部材の表面に表裏非対称な凹凸を生じさせていると推定した。そして、一対の電極の先端間の中立位置と一対のスリーブの先端間の中立位置とを、位置決め機構15を用いて一致させた状態でスポット溶接を行うと、スポット溶接部材の表面の表裏非対称な凹凸を抑制することができた。
【0035】
また、板組の表面にある2枚の金属板の厚さが異なっている場合には、ナゲットを表裏均等な形状に形成するよりも、一方の表面にナゲットが偏位するように溶接をしたほうが好ましい場合がある。この場合は、電極先端の中立位置と、スリーブ先端の中立位置とを一致させるよりも、別の条件の方が好ましいことがある。この場合でも、スリーブの位置決め機構を有する複動式電極であれば、容易に溶接条件を設定することができる。
【0036】
位置決め機構15の構成は特に限定されない。例えば、スリーブが、その基端にねじ部を有し、位置決め機構が、スリーブのねじ部と螺合するねじ部を有するスリーブベースと、スリーブをスリーブベースに固定するスリーブ固定部材とから構成されてもよい。以下、この構成について詳細に説明する。
【0037】
図1及び
図3に例示される位置決め機構15は、スリーブ固定部材(ロックナット)151、及びスリーブベース152を有する。スリーブ13は、その基端におねじ部131を有し、スリーブベース152は、スリーブ13のおねじ部131と螺合するように構成されためねじ部1521を有する。スリーブ13を回転させることにより、スリーブ13の先端位置を、棒状電極11の軸方向に沿って微調整し、これにより突出量Pを微調整することができる。ロックナット151は、スリーブ13をスリーブベース152に固定する部材である。
【0038】
なお、本発明者の検討結果によれば、突出量Pとばね定数との積に依存する加圧力が、スポット溶接部材の表面の凹凸に及ぼす影響はきわめて大きい。一方、コイルばねのばね定数にはばらつきがある。例えばJIS B 2704-2 2009に定められたばね定数の規格によれば、1級のばねであっても、有効巻き数が3を超え、10以下の場合、ばね定数には±5%の誤差が許容され、有効巻き数が10を超える場合には±4%の誤差が許容される。従って、一対の複動式電極1に設けられた2つのコイルばねのばね定数は、たとえ同じ長さ及び型式であったとしても、わずかに相違することが通常である。もし、一対の複動式電極1の突出量Pを同一量としてスポット溶接をすると、一対のスリーブ13による押圧力は相違する可能性が高い。スリーブ13が金属板に弱く当たる側では、板組の最表面の金属板に形成されるナゲットが小さくなり、またインデンテーションが深くなる。一方、スリーブ13が金属板に強く当たる側では、ナゲットが大きくなり、インデンテーションが浅くなる。特に大きなナゲットを形成する場合、電極直下の金属板は、広い範囲で加熱され、強度を失うため、この現象が顕著となる。
【0039】
ばね定数のばらつきを吸収し、板組の表裏で同一の押圧力を発生させるためには、突出量Pが可能な限り精密に調整可能とされるべきである。以上の理由により、スリーブベース152のめねじ部1521のピッチは、1.0mm以下であることが好ましい。めねじ部1521がピッチ1.0mmの六角ねじであるとき、突出量Pを約0.08mm単位で調整することができるので、表面の凹凸を一層確実に抑制可能となる。六角ねじが有する6つの頂点、及び6つの辺を用いれば、六角ねじの回転角を約30度単位で調整できる。そのため、めねじ部1521がピッチ1.0mmの六角ねじであるとき、1.0mm÷(360度÷30度)=約0.08mm単位で、突出量Pを調整可能である。スリーブベース152のめねじ部1521のピッチは、0.5mm以下であることが、より好ましい。もっとも後述する通り、本実施形態に係る一対の複動式電極を用いたスポット溶接において、スリーブ13による押圧力を同一とする必要はなく、むしろ積極的に相違させるべき状況も想定しうる。このような場合も、突出量Pを微調整可能な構成は有利に働く。
【0040】
一方、位置決め機構15を、
図1及び
図3に例示されたもの以外とすることもできる。例えば、スリーブ13の内面にめねじ部を設け、これと螺合するおねじ部をスリーブベース152に設けてもよい。また、ねじ部を設ける代わりに、スリーブ13とスリーブベース152との間に金属箔を挿入することによっても、突出量Pを精密に調整することができる。その他、目的に応じて好適な位置決め機構15を適宜採用することができる。ただし、本発明者の検討によれば、ねじ式の位置決め機構15が最も好適であると考えられる。ねじ式の位置決め機構15は、構造が単純かつ小型であるので、複動式電極1を既存のスポット溶接機に取り付け可能とすることができる。また、ねじ式の位置決め機構15は、突出量Pの調整を短時間で容易に行うことができる。
【0041】
以下、本実施形態に係る複動式電極1の一層好ましい態様について説明する。
【0042】
スリーブ13の材質は特に限定されず、外部からの力に対して実質的に変形しない剛体を構成可能な材料を、適宜採用することができる。スリーブ13は好ましくは金属製であり、特に好ましくは銅合金製である。スリーブ13を金属製にすることにより、スリーブ13の耐熱性を確保することができる。特に、溶接される板組を構成する金属板の枚数が多い場合、溶接のために投入される熱量が大きくなり、さらに溶接に要する時間も長くなる。従って、スリーブ13の耐熱性を確保することは重要である。さらに、金属製のスリーブ13には、冷却が容易であるというメリットもある。加えて、位置決め機構15がねじ式である場合、金属製のスリーブ13には、ねじ部のピッチを小さくして、突出量Pの調節精度を一層高められるというメリットもある。スリーブ13は、一層好ましくは、融点が800℃以上であり、また、降伏強度が50MPa以上である金属製である。このような金属の一例は、鋼、ステンレス、及び銅合金などである。
【0043】
なお、スリーブ13に通電することは許容される。スリーブ13への分流はさほど大きくない。本発明者らの実験の結果によれば、スポット溶接中にスリーブ13に通電したとしても、スポット溶接部材の表面性状、及びその他の特性に悪影響は生じない。従って、スリーブ13の材質を絶縁性素材にする必要はなく、また、スリーブ13と棒状電極11との間に絶縁材を設ける必要はない。一方、スリーブ13の耐熱性を重視しない場合は、スリーブ13を絶縁性の非金属材料としたり、スリーブ13を棒状電極11から電気的に絶縁させる絶縁部材を複動式電極1に設けたりしてもよい。
【0044】
棒状電極11及びスリーブ13の形状は特に限定されないが、スリーブ13が円筒形状である場合、例えば、スリーブ13の内周の半径と、棒状電極11の外周の半径との差が約0.2mm以上0.3mm以下であることが好ましい。スリーブ13の内周の半径と、棒状電極11の外周の半径との差が近しいほど、溶接点の周囲における金属板の浮き上がりの抑制効果が高まる。一方、スリーブ13の内周の半径と、棒状電極11の外周の半径との差を0.2mm以上とすることにより、スリーブ13のかじりを回避することができる。スリーブ13が正多角形状である場合は、例えば、スリーブ13の内接円の半径と、棒状電極11の半径との差が約0.2mm以上0.3mm以下であることが好ましい。
【0045】
スリーブ13は、
図2等においては、円柱状の棒状電極11を取り囲む円筒形状とされている。しかしながら、スリーブ13を完全な円筒形状とする必要はない。即ち、スリーブ13は、必ずしも棒状電極11の全周を取り巻く必要はない。スリーブ13と金属板とが接する領域が、電極の軸に対して対象となるように配置し、且つ、この領域の合計が電極の軸に対してなす角度が、180°以上となるようにすればよい。また、スリーブ13と金属板とが接する領域の合計が、棒状電極11の周囲に180°以上に軸対象に配置されれば、その領域が複数領域に分割されていてもよい。
【0046】
コイルばね14のばね定数は特に限定されないが、例えば0.05kN/mm~0.30kN/mmとすることが好ましい。スポット溶接の繰り返しにより、棒状電極11の先端には損耗(潰れ)が生じ、棒状電極11の全長が次第に短くなっていく。これにより、ばねのたわみ量が増大してスリーブの加圧力が強くなる一方、電極加圧力は低下する。この際、ばね定数を所定値以下とすることにより、棒状電極11の先端の潰れによるスリーブ加圧力及び電極加圧力の変動を抑制することができる。例えば、棒状電極11のコイルばね14が、ばね定数が0.30kN/mmのばねであれば、ばねのたわみ量の0.05mmの変動に対し、ばねによる加圧力の変化は0.015kNに収まる。これにより、溶接条件を維持するために必要な電極のメンテナンス頻度を小さくすることができる。このため、ばね定数の上限は0.30kN/mm程度が好ましい。
【0047】
一方、ばね定数の下限は0.05kN/mm程度が好ましい。ばねの全長に対するたわみ量が小さいほど、ばねの寿命が延びる。また、ばね自体の全長が小さいほど、複動式電極を小型化し、利便性を向上させることができる。従って、小さいたわみ量(即ち突出量P)でも所定のスリーブ加圧力を確保できるように、ばね定数を0.05kN/mm以上とすることが好ましい。例えばスリーブ加圧力0.20kNで溶接する場合、ばね定数が0.05kN/mmのばねであれば、たわみ量は4mmとなる。ばねの全長が20mmであれば、たわみ率は20%となり、100万回以上の使用寿命を期待できる。
【0048】
棒状電極11の先端形状は特に限定されない。棒状電極11の先端形状を例えば、先端径がφ6又はφ8の、DR形(ドームラジアス)又はCR形(コーンラジアス)としてもよい。一方、インデンテーションを一層確実に抑制する観点からは、棒状電極11の先端形状を、曲率半径がR20~R120のR形(ラジアス)とすることが好ましい。棒状電極11の材質も特に限定されない。棒状電極11の先端の材質として、クロム銅、クロムジルコニウム銅、ベリリウム銅、アルミナ分散強化銅又は銅タングステン等を例示することができるが、電極としての機能を果たす限り、任意の材質を採用することができる。
【0049】
本発明の別の態様に係るスポット溶接装置は、一対の、上述の複動式電極1を有する。また、本発明の別の態様に係るスポット溶接部材の製造方法は、2枚以上の金属板から構成される板組Xを、一対の、上述の複動式電極1を用いてスポット溶接する工程を含む。
図4に、スポット溶接の直前の一対の複動式電極1の状態を示し、
図5に、スポット溶接中の一対の複動式電極1の状態を示す。スポット溶接の際、スリーブ13は押し込まれ、スポット溶接点の周囲を押圧する。
【0050】
本実施形態に係るスポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法によれば、スリーブ13を用いてスポット溶接点の周囲を、板組Xの両面から押圧しながらスポット溶接をすることができる。これにより、シートセパレーションを抑制することができる。
【0051】
さらに、本実施形態に係るスポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法によれば、一対の複動式電極1それぞれにおいて、スリーブ13の突出量Pを微調整し、これによりスリーブ13による押圧力を微調整することができる。これにより、スポット溶接部材の表面の凹凸を抑制することができる。
【0052】
例えば、一対の複動式電極1が備える一対の棒状電極11の中立位置と、一対の複動式電極1が備える一対のスリーブ13の中立位置と、が一致するように、一方又は両方の複動式電極1において突出量P(即ち、スリーブ13が第1位置にあるときに棒状電極11の軸方向に沿って測定される、スリーブ13の先端と棒状電極11の先端との間の距離)を調整してもよい。一対の棒状電極11の中立位置とは、被溶接物となる2枚以上の金属板(板組X)をスポット溶接装置にセットしない状態で一対の複動式電極1を近づけた際に、一対の棒状電極11の先端同士が接触する位置である。同じく、一対のスリーブ13の中立位置とは、板組Xをスポット溶接装置にセットしない状態で一対の複動式電極1を近づけた際に、一対のスリーブ13の先端同士が接触する位置である。
【0053】
一対の棒状電極11の中立位置と、一対のスリーブ13の中立位置とが一致しない場合、ナゲットの形状が板組の表裏で不均一になり、スポット溶接部材の表面の凹凸が著しくなる場合がある。一方、一対の棒状電極11の中立位置と、一対のスリーブ13の中立位置とが一致するように一対の複動式電極1それぞれの突出量Pを微調整することにより、ナゲットの形状を板組の表裏で均一にして、スポット溶接部材の表面の凹凸を抑制することができる。
【0054】
もっとも、板組Xの構成によっては、ナゲットの形状を板組の表裏で不均一にしたほうがよい場合がある。例えば、板組Xの第1面における金属板の厚さが、板組Xの第2面における金属板の厚さよりも小さい場合、ナゲットを板組Xの第1面側に偏位させることで、第1面側の金属板の接合不良を抑制することができる。本実施形態に係るスポット溶接装置、及びスポット溶接部材の製造方法によれば、一対の複動式電極1それぞれの突出量Pを微調整することにより、ナゲット位置を偏位させることができる。
【0055】
スポット溶接の条件は特に限定されない。板組の構成(金属板の種類、厚さ、板厚比等)に応じた種々の溶接条件を、本実施形態に係るスポット溶接部材の製造方法に適用することができる。特に好適な条件について、以下に例示的に説明する。
【0056】
本実施形態に係るスポット溶接部材の製造方法では、板組は、4枚以上の金属板から構成されていてもよく、さらに、板組の一方又は両方の表面に配置される金属板の板厚が0.7mm以下であってもよい。このような板組は、シートセパレーション、及び凹凸が極めて生じやすい。しかしながら、本実施形態に係るスポット溶接部材の製造方法では、突出量Pを微調整可能な一対のスリーブ13を用いてスポット溶接点の周囲を押圧するので、上述の問題は生じない。なお、板組の材質も特に限定されない。例えば鋼板、ステンレス板、及びアルミ板などの種々の金属板から構成される板組に、本実施形態に係るスポット溶接部材の製造方法を適用可能である。
【0057】
本実施形態に係るスポット溶接部材の製造方法では、スポット溶接の際に、スリーブ13が第1位置に移動したときの、スリーブの先端に対する棒状電極の先端の突出量Pを2mm以上10mm以下としてもよい。突出量Pを2mm以上とすることにより、棒状電極11の先端の潰れによるばねのたわみ量変化を小さくすることができる。これにより、スポット溶接を連続的に行う際の溶接条件の変化を一層抑制することができる。例えば、突出量Pを1mmとすると、棒状電極11の先端の潰れによる棒状電極11の全長の減少量が0.05mmである場合に、スリーブ加圧力の変化は5%となる。一方、突出量Pを2mmとすると、棒状電極11の先端の潰れによる棒状電極11の全長の減少量が0.05mmである場合に、スリーブ加圧力の変化は2.5%に抑制される。
【0058】
一方、突出量Pを小さくすることにより、ばねの全長を小さく抑えることができ、複動式電極1のサイズを小さくすることができる。この観点から、突出量Pは10mm以下とすることが望ましい。
【0059】
本実施形態に係るスポット溶接部材の製造方法では、スポット溶接の終了後の、単位msecでの加圧力保持時間Thが、下記式1を満たしてもよい。
15×(Σhi)2≦Th≦50×(Σhi)2 (式1)
ここで、式1におけるΣhiは、板組を構成する金属板の、単位mmでの板厚の合計値である。「加圧力保持時間」とは、通電終了の時点から、電極を開放して加圧力が下がり始める時点までの時間である。板組を構成する金属板の枚数が多数である場合、板組の合計板厚が大きくなり、スポット溶接における入熱量が大きくなるとともに合計板厚中心部と電極までの距離が長くなる。そのため、水冷電極が溶接部に当たっていたとしても、溶融金属の凝固に長い時間を要する。ナゲット内に引け巣が生じることを防止する観点からは、15×(Σhi)2≦Thとの関係を満たすように溶接条件を設定することが好ましい。一方、Thが長すぎると作業効率が低下する。従って、Th≦50×(Σhi)2との関係を満たすように溶接条件を設定することが好ましい。
【実施例0060】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0061】
(1.電極がスリーブを有しなかった例)
図6は、2枚の鋼板(板厚0.7mmの薄板)に通常のスポット溶接をすることによって形成された溶接部の断面写真である。溶接条件は以下の通りであった。
・単相交流電源の周波数(Freq.):50Hz
・電極(φ16):DR形先端 φ6 R40
・溶接電流値:6.2kA
・電流のアップスロープ時間(UP.T):2サイクル
・ナゲットを形成するために通電する溶接時間(W.T):7サイクル
・電流のダウンスロープ時間(DW.T):0サイクル
・通電終了後の加圧力保持時間(Ho.T):10サイクル
・加圧力:2.0kN
【0062】
図6に示される断面写真によれば、鋼板の間にナゲットと呼ばれる溶融凝固部が形成されており、2枚の鋼板が溶接されていることがわかる。また、ナゲットの周囲には、鋼板の隙間が生じている。この隙間がシートセパレーションである。
図7Aは、8枚の鋼板(
図6と同じく、板厚0.7mmの薄板)に通常のスポット溶接をすることによって形成された溶接部の断面写真である。
図7Bは、この溶接部の周辺のシートセパレーションの写真である。溶接条件は以下の通りであった。
・単相交流電源の周波数(Freq.):50Hz
・電極(φ16):DR形先端 φ6 R40
・溶接電流値:5.3kA
・電流のアップスロープ時間(UP.T):2サイクル
・ナゲットを形成するために通電する溶接時間(W.T):28サイクル
・電流のダウンスロープ時間(DW.T):0サイクル
・通電終了後の加圧力保持時間(Ho.T):10サイクル
・加圧力:6.0kN
【0063】
鋼板の枚数が8枚とされた場合、圧痕深さ(加圧力によって生じた、加圧力方向で測定する電極によるくぼみの深さ。インデンテーションとも称される)、及びシートセパレーションが、
図6のスポット溶接部材と比べて顕著に大きくなった。このように、最表面に薄い金属板が配置された4枚以上の金属板の板組のスポット溶接では、インデンテーション及びシートセパレーション等の溶接変形を抑制しつつ、全ての鋼板を溶接することが困難である。また溶接変形が大きくなりすぎると、溶接によって得られるスポット溶接部材の寸法精度を確保できなくなるという問題が生じる。
【0064】
さらに、
図7Aに示される溶接部では、板組の最表面に配された鋼板までナゲットが及んでいない。つまり、板組の最表面の鋼板は、これに隣接する鋼板と溶接されていない。そのため、
図7Aに示される最表層の鋼板の接合強度は極めて低い。
【0065】
(2.電極がスリーブ及びコイルばねを有するが、スリーブの位置決めをしなかった例)
図8に、棒状電極を包囲するスリーブを有する複動式電極を用いて製造したスポット溶接部材の断面写真を示す。
図8のスポット溶接部材は、
図7Aのものと同じく、厚さ0.7mmの薄板を8枚重ねた板組から得られたものである。しかし、
図7Aのものとは異なり、
図8のスポット溶接部材の製造にあたっては、スリーブを用いて溶接点の周囲を押圧することにより、鋼板の浮きあがりを抑止した。ただし、
図8のスポット溶接部材の製造に当たり、スリーブの突出量の微調整は特段行っていない。
図8の溶接部材の溶接条件は以下の通りとした。
・単相交流電源の周波数(Freq.):60Hz
・電極(φ13):R形 R40
・溶接電流値:6.0kA
・電流のアップスロープ時間(UP.T):0サイクル
・ナゲットを形成するために通電する溶接時間(W.T):18サイクル
・電流のダウンスロープ時間(DW.T):42サイクル
・通電終了後の加圧力保持時間(Ho.T):0サイクル
・合計加圧力:3.5kN(電極加圧力が2.75kN、スリーブ加圧力が0.75kN)
・ばねの長さ:30mm
・ばね定数:81.7N/mm(0.08kN/mm)
・ばねのたわみ量:14mm(この実施例では、ばねを予め10mmたわませて組み込み、スリーブの突出量を4mmとした)
【0066】
上述の通り、スリーブを有しない電極を用いて製造した
図7Aのスポット溶接部材においては、圧痕深さが極めて大きくなり、さらに、顕著なシートセパレーションが発生した(
図7B参照)。一方、スリーブを用いて溶接点の周囲を押圧した
図8のスポット溶接部材においては、圧痕深さが小さく、さらにシートセパレーションが抑制された。
【0067】
ただし、
図8のスポット溶接部材においても、ナゲットの上下(特にナゲットの下方)に凹凸が形成された。この凹凸は、棒状電極の先端面の外周円の近傍、即ちスリーブを押し付けた領域の内側において生じたものである。4枚以上の薄板から構成される板組において、特にこのような凹凸が生じやすい。単に溶接点の周囲を押圧するだけでは、複数枚の薄板から構成される板組のスポット溶接において、部材の表面の凹凸を抑制することは難しい。
【0068】
(3.スリーブの位置決めをして突出量Pを調整した例)
図9に、棒状電極と、スリーブと、スリーブの位置決め機構とを有する複動式電極を用いて、スリーブの突出量を微調整してからスポット溶接して得られたスポット溶接部材の断面写真を示す。
図9の溶接部材の溶接条件は
図8のものと同一とした。ただし、板組の表裏でスリーブ加圧力が同一となるように、スリーブの突出量を微調整した。これにより、
図9のスポット溶接部材においては、
図8より一層平坦な表面を形成することができた。
【0069】
ここで着目すべきは、
図8の溶接部において生じている凹凸は、スリーブよりも内側に形成されている点である。
図8及び
図9の溶接部を形成する際に用いられたスリーブの内径は13.5mmであり、この溶接部の形成されたナゲットの径は合計板厚の中心において約5.9mmであった。従って、
図8のナゲットの上限に生じた凹凸は、スリーブの内側にあった。当初、本発明者らは、スリーブの内部にある凹凸を抑制するためには、スリーブ以外の手段を用いるべきであろうと予測した。しかし、この予測に反し、スリーブの突出量を制御することにより、スリーブの内側における表面性状を改善することができた。この理由は現時点で明らかではないが、加圧力が均等に加えられることにより鋼板の曲げ量が一層低減されたからではないかと推定される。
【0070】
図10に、
図9とは別の板組に対して、
図9と同様にスリーブの突出量を微調整してからスポット溶接して得られたスポット溶接部材の断面写真を示す。板組は、厚さ0.7mmのめっきを有しない冷延軟鋼板を8枚重ねたものとした。溶接条件は以下の通りとした。
・単相交流電源の周波数(Freq.):50Hz
・電極(φ13):R形 R40
・溶接電流値:9.6kA
・スクイズ:50サイクル
・電流のアップスロープ時間(UP.T):4サイクル
・ナゲットを形成するために通電する溶接時間(W.T):15サイクル
・電流のダウンスロープ時間(DW.T):0サイクル
・通電終了後の加圧力保持時間(Ho.T):50サイクル
・加圧力:3.8kN(電極加圧力が3.2kN、スリーブ加圧力が0.6kN)
・スリーブ突出量:両方の複動式電極において、約6mm
【0071】
図10の断面写真に示されるように、軟鋼の薄板の溶接においても、スリーブの突出量を微調整してからスポット溶接することにより、シートセパレーション及び部材の表面の凹凸を抑制することができた。
【0072】
(4.さらに加圧力保持時間を最適化した例)
図11A~
図11Cに、種々の加圧力保持時間を適用した溶接部の断面写真を示す。
図11A~
図11Cの溶接部を形成した板組は、いずれも、板厚0.7mmの鋼板を8枚重ねたものとした。即ち、板組のΣhiは5.6mmであった。加圧力保持時間Thが470msec以上1568msec以下である溶接条件においては、上記式1が満たされる。その他の溶接条件は以下の通りとした。
・単相交流電源の周波数(Freq.):60Hz
・電極(φ13):R形 R40
・溶接電流値:6.3kA
・電流のアップスロープ時間(UP.T):2サイクル
・ナゲットを形成するために通電する溶接時間(W.T):18サイクル
・電流のダウンスロープ時間(DW.T):0サイクル
・
図11Aの溶接部の加圧力保持時間(Ho.T):300msec(18サイクル)
・
図11Bの溶接部の加圧力保持時間(Ho.T):500msec(30サイクル)
・
図11Cの溶接部の加圧力保持時間(Ho.T):700msec(42サイクル)
・合計加圧力:4.0kN(電極加圧力が3.64kN、スリーブ加圧力が0.36kN)
【0073】
これら写真に示されるように、保持時間を適正範囲内とすることにより、シートセパレーション及び凹凸の発生を抑制することに加えて、引け巣の発生を抑制することもできた。