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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022191784
(43)【公開日】2022-12-28
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/24 20060101AFI20221221BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20221221BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
H01J49/24
H01J49/40 800
H01J49/42 600
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021100229
(22)【出願日】2021-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三浦 宏之
(72)【発明者】
【氏名】出水 秀明
(57)【要約】      (修正有)
【課題】クーリングガスに起因するイオンの検出強度低下を抑制するイオントラップ飛行時間型の質量分析装置を提供する
【解決手段】質量分析装置1は、真空排気される第1室51、第2室52、及び第1室51と第2室52を連通する開口54を有する真空容器5と、第1室51内に配置された複数の電極で囲まれたイオン捕捉空間315、イオン導入口326及びイオン放出口316を有するイオントラップ3と、イオン捕捉空間315にクーリングガスを導入するガス導入管36と、イオントラップ3を保持するイオントラップ保持部60と、第2室52内に配置され、イオン放出口316から放出側イオン通過口63及び開口54を通して第2室52内に放出されたイオンが飛行する飛行空間40、及び飛行空間40を飛行したイオンを検出するイオン検出器43を有する飛行時間型質量分析器4、とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれ内部が真空排気される第1室、第2室、及び該第1室と該第2室を連通する開口を有する真空容器と、
前記第1室内に配置された複数の電極を備え、該複数の電極で囲まれた空間であるイオン捕捉空間にイオンを導入するイオン導入口及び該イオン捕捉空間からイオンを放出するイオン放出口を有するイオントラップと、
前記イオン捕捉空間にクーリングガスを導入するガス導入管と、
前記第1室内に配置され、壁で囲まれたイオントラップ保持空間内に前記イオントラップを保持するものであって、該壁に、前記イオン導入口と連通する導入側イオン通過口、前記イオン放出口と前記開口の間に設けられた放出側イオン通過口、及び該導入側イオン通過口及び該放出側イオン通過口以外に設けられたクーリングガス排出口を有するイオントラップ保持部と、
前記第2室内に配置され、前記イオン放出口から前記放出側イオン通過口及び前記開口を通して該第2室内に放出されたイオンが飛行する飛行空間、及び該飛行空間を飛行したイオンを検出するイオン検出器を有する飛行時間型質量分析器と
を備える質量分析装置。
【請求項2】
前記飛行時間型質量分析器がマルチターン型飛行時間型質量分析器である、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記第1室よりも前記第2室の方が真空度が高くなるように前記真空容器が差動排気される、請求項1又は2に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置に関し、さらに詳しくは、イオントラップ型飛行時間型質量分析装置(Ion Trap Time Of Flight Mass Spectrometer:IT-TOFMS)に関する。
【背景技術】
【0002】
IT-TOFMSは、イオンを捕捉するイオントラップと、イオンをその質量電荷比m/zに応じた飛行時間に基づいて分離して検出する飛行時間型質量分析器(TOFMS)とを備える(例えば特許文献1、2)。これらイオントラップ及びTOFMSは真空容器内に配置されている。イオントラップは複数の電極を備え、また、イオンを内部に導入するイオン導入口と、内部のイオンをTOFMSの方に向けて放出するイオン放出口が設けられている。それら複数の電極で囲まれた空間内に電界を生成することにより、該空間内に導入されたイオンを捕捉し、所定のタイミングで所定のイオンのみを放出する。イオントラップは絶縁スペーサにより真空容器の壁と電気的に絶縁されている(特許文献2参照)。
【0003】
所定のタイミングでイオン放出口から放出されたイオンはTOFMSの飛行空間に導入される。そして、飛行空間を飛行したイオンを検出器で検出し、飛行時間と検出強度の関係を示す飛行時間スペクトルにおいて飛行時間をm/zに換算することにより、マススペクトルが得られる。
【0004】
イオンをイオントラップの内部に捕捉してから放出するまでの間に、イオントラップの内部にはアルゴンガス等の不活性ガスが導入される。特許文献1ではこのガスを「クーリングガス」と呼んでいる。このようにクーリングガスを導入することにより、イオンが冷却され、イオンの運動エネルギーが低下する。このようにイオンをイオントラップから放出する前にイオンの運動エネルギーを低下させることにより、イオン放出時に、同じm/zを有するイオン同士の間で速度にばらつきが生じることが抑えられる。これにより、検出器に到達するまでの飛行時間のばらつきも抑えることができるため、m/zの分解能を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-015688号公報
【特許文献2】特開2009-146905号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
イオントラップの内部に導入したクーリングガスは、イオントラップのイオン放出口から流出する。そのため、イオンの冷却中(イオントラップへの捕捉中)だけでなく、イオンをイオン放出口から放出する際にも、イオンがクーリングガスの分子に衝突する。そうすると、イオンの一部がTOFMSの飛行空間に導入されなかったり、飛行空間に導入されても本来の飛行経路から外れてしまい、検出器に到達しなくなる。その結果、イオンの検出強度が低下してしまうという問題が生じる。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、クーリングガスに起因してイオンの検出強度が低下することを抑えることができるIT-TOFMSを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
それぞれ内部が真空排気される第1室、第2室、及び該第1室と該第2室を連通する開口を有する真空容器と、
前記第1室内に配置された複数の電極を備え、該複数の電極で囲まれた空間であるイオン捕捉空間にイオンを導入するイオン導入口及び該イオン捕捉空間からイオンを放出するイオン放出口を有するイオントラップと、
前記イオン捕捉空間にクーリングガスを導入するガス導入管と、
前記第1室内に配置され、壁で囲まれたイオントラップ保持空間内に前記イオントラップを保持するものであって、該壁に、前記イオン導入口と連通する導入側イオン通過口、前記イオン放出口と前記開口の間に設けられた放出側イオン通過口、及び該導入側イオン通過口及び該放出側イオン通過口以外に設けられたクーリングガス排出口を有するイオントラップ保持部と、
前記第2室内に配置され、前記イオン放出口から前記放出側イオン通過口及び前記開口を通して該第2室内に放出されたイオンが飛行する飛行空間、及び該飛行空間を飛行したイオンを検出するイオン検出器を有する飛行時間型質量分析器と
を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る質量分析装置によれば、ガス導入管からイオントラップのイオン捕捉空間に導入されるクーリングガスは、イオン捕捉空間を構成する複数の電極同士の間、及びイオントラップ保持部のクーリングガス排出口を通過してイオントラップ保持部の外の第1室内に流出し、さらに、第1室内の内部が真空排気されることにより第1室の外に排出される。これによりイオン放出口に流出するクーリングガスの量を抑えることができるため、イオンの検出強度が低下することを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施形態であるIT-TOFMSを示す概略構成図。
図2】本実施形態のIT-TOFMSが備えるイオントラップを示す斜視図。
図3】本実施形態のIT-TOFMSが備えるマルチターン型TOFMS(MT-TOFMS)を示すZX断面図。
図4】MT-TOFMSのYZ平面図。
図5】MT-TOFMSにおけるイオンの軌道を示す図。
図6】イオントラップにイオンを蓄積するステップにおける動作を示す図及びイオントラップ内の電位を示すグラフ。
図7】イオントラップに蓄積したイオンを冷却するステップにおける動作を示す図及びイオントラップ内の電位を示すグラフ。
図8】イオントラップに蓄積したイオンを放出するステップにおける動作を示す図、並びにイオントラップ内及び引き出し電極内の電位を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1図8を用いて、本発明に係る質量分析装置の一実施形態であるIT-TOFMS1を説明する。
【0012】
(1) 本実施形態のIT-TOFMSの構成
本実施形態のIT-TOFMS1は、図1に示すように、イオン源2と、イオントラップ3と、TOFMS4と、真空容器5とを有する。真空容器5は内部が隔壁により前室50(図1では一部のみ描画)、第1室51及び第2室52に分割されている。前室50は第1室51の側方に配置され、第2室52は第1室51の下方に配置されている。前室50と第1室51を隔てる隔壁には第1開口53が、第1室51と第2室52を隔てる隔壁(第1室51の底板511)には第2開口(前述の「開口」に該当)54が、それぞれ設けられている。前室50は前室真空ポンプ(図示省略)により、第1室51は第1室真空ポンプ551により、及び第2室52は第2室真空ポンプ552により、それぞれ真空排気される。イオン源2は前室50に、イオントラップ3は第1室51に、TOFMS4は第2室52に、それぞれ収容されている。
【0013】
イオン源2は、分析対象の試料中の成分をイオン化するものである。試料には、例えば液体クロマトグラフ(LC)のカラムで成分を時間的に分離した液体試料を用いる。このような液体試料を用いる場合、イオン源2には、例えばエレクトロスプレーイオン源等の、大気圧雰囲気の下で試料液中の成分をイオン化する大気圧イオン源を用いることができる。但し、本発明ではイオン源2の構成は特に限定されず、質量分析装置で用いられている一般的なものを適宜用いることができる。
【0014】
イオントラップ3は、本実施形態では平板型リニアイオントラップを用いる。このイオントラップ3は、図2に示すように、主電極31と、主電極31を挟むように配置されたイオン導入側端部電極32及びイオン非導入側端部電極33を有する。
【0015】
主電極31は、直線状の中心軸Cを挟むように互いに平行に設けられた2枚の平板電極である第1主平板電極311及び第3主平板電極313と、該中心軸Cを挟み第1主平板電極311及び第3主平板電極313に対して垂直に配置された2枚の平板電極である第2主平板電極312及び第4主平板電極314から成る。これら第1主平板電極311~第4主平板電極314に囲まれた空間がイオン捕捉空間315(図1参照)となる。第1主平板電極311~第4主平板電極314のうち、第1主平板電極311は下側に設けられており、該第1主平板電極311の中央にはイオン放出口316である孔が設けられている。なお、図2では、第1主平板電極311及びイオン放出口316を明示的に示すために、第1主平板電極311の上方に設けられた第3主平板電極313、及び第1主平板電極311の前方に設けられた第4主平板電極314を破線で示している。
【0016】
イオン導入側端部電極32は、主電極31を中心軸Cの方向に平行移動させたように配置された第1導入側端部平板電極321、第2導入側端部平板電極322、第3導入側端部平板電極323、及び第4導入側端部平板電極324を備える。これら第1導入側端部平板電極321~第4導入側端部平板電極324にはイオン放出口は設けられていない。第1導入側端部平板電極321~第4導入側端部平板電極324で囲まれた空間の、主電極31とは反対側のイオン導入側端部電極32の端部はイオン導入口326であり、該空間はイオン導入口326から導入されたイオンが通過するイオン通過空間325(図1参照)となる。
【0017】
イオン非導入側端部電極33は、主電極31を中心軸Cの方向であってイオン導入側端部電極32とは反対側の方向に平行移動させたように配置された第1非導入側端部平板電極331、第2非導入側端部平板電極332、第3非導入側端部平板電極333、及び第4非導入側端部平板電極334を備える。これら第1非導入側端部平板電極331~第4非導入側端部平板電極334には、イオン導入口及びイオン放出口は設けられていない。
【0018】
イオン放出口316から見てイオン捕捉空間315の外側には、引き出し電極34が配置されている。引き出し電極34は平板状電極を複数枚平行に配置したものであって、各平板状電極の中央付近に、イオン放出口316に対向する孔346が設けられている。
【0019】
図1に示すように、IT-TOFMS1はイオントラップ電圧印加部35を有する。イオントラップ電圧印加部35は、主電極31、イオン導入側端部電極32、イオン非導入側端部電極33及び引き出し電極34に所定のタイミングで所定の電圧を印加する電源である。これらタイミング及び電圧については、IT-TOFMS1の動作の説明と共に後述する。
【0020】
第1室51の底板511にはイオントラップ保持部60が固定されている。イオントラップ保持部60は、絶縁体から成る壁61を有し、この壁61で囲まれたイオントラップ保持空間610が形成されている。このイオントラップ保持空間610内に、イオントラップ3(主電極31、イオン導入側端部電極32、イオン非導入側端部電極33)が保持され、壁61に固定されている。引き出し電極34は、壁61から延びる絶縁体製の支持具65に固定されている。
【0021】
壁61には、イオン導入口326と連通する導入側イオン通過口62、及びイオン放出口316と第2開口54の間(さらに言えば、引き出し電極34の孔346と第2開口54の間)に配置された放出側イオン通過口63とが設けられている。
【0022】
壁61のうちイオントラップ保持部60の底部611及び側壁に該当する箇所には、孔から成るクーリングガス排出口64が多数設けられている。クーリングガス排出口64は、イオントラップ保持空間610と、第1室51内のうちイオントラップ保持空間610の外部の空間とを連通する孔である。イオントラップ保持部60の底部611は、絶縁体から成る脚部612で第1室51の底板511の上に支持されており、これによってイオントラップ保持部60の底部611と第1室51の底板511の間には気体が通過可能な空間613が形成されている。
【0023】
なお、従来のIT-TOFMSにおいても、イオントラップを保持するための、絶縁体から成る壁により構成されるイオントラップ保持部が用いられていた。但し、従来のイオントラップ保持部にはクーリングガス排出口は設けられていなかった。
【0024】
イオン捕捉空間315には、真空容器5の外から、該真空容器5の壁、イオントラップ保持部60の壁61及び第3主平板電極313を通過したガス導入管36の一端が配置されている。ガス導入管36は、真空容器5の外に配置されたガス供給源(ガスボンベ)361から不活性ガス(アルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス等)をイオン捕捉空間315に供給するものである。
【0025】
TOFMS4には、本実施形態ではマルチターン型TOFMS(MT-TOFMS)を用いる。このTOFMS4は、図3に示すように、回転楕円体状の外側電極41と、該外側電極41の内側に設けられた略回転楕円体状の内側電極42と、イオン検出器43とを有する。図3では、外側電極41及び内側電極42の略回転楕円体における回転軸であるX軸と、該X軸に垂直な1方向の軸であるZ軸を含む平面であるZX平面での断面図(縦断面図)を示している。X軸は略水平方向、Z軸は略鉛直方向を向いている。外側電極41及び内側電極42は、X軸を含む面で切断すると、断面の方位角(X軸の周りの角度)に依らず、図3に示したものと略同一の形状を呈する。図4では、X軸の正の方向から見た側面図を示している。Z軸及びX軸に垂直な軸をY軸とし、X軸とY軸を含む平面をXY平面とする。
【0026】
外側電極41及び内側電極42は、ZX平面において曲線状である1対の電極を向かい合わせた3組の部分電極対S1、S2及びS3と、ZX平面において直線状である1対の電極を向かい合わせた4組の部分電極対L1, L2, L3及びL4とを組み合わせて成る。部分電極対S2は、ZX平面において、主電極31のZ方向に関する両端に配置されており、Z軸に関して線対称の形状を有する。部分電極対S1は、部分電極対S2よりもX方向の正の側に配置されている。部分電極対S3は、部分電極対S2よりもX方向の負の側に、Z軸に関して部分電極対S1と線対称となるように配置されている。部分電極対L2は部分電極対S1とS2の間に配置されている。部分電極対L3は部分電極対S2とS3の間に配置され、Z軸に関して部分電極対L2と線対称の形状を有する。部分電極対L1は、X軸に垂直なドーナツ板状の形状を有し、X方向の正の側であってXY平面において部分電極対S1の内側に配置されている。部分電極対L4は、X方向の負の側に、Z軸に関して部分電極対L1と線対称となるように配置されている。これらの部分電極対の組み合わせにより、外側電極41及び内側電極42はそれぞれ、全体で略回転楕円体の形状を呈している。
【0027】
外側電極41及び内側電極42を構成する各部分電極対のうち部分電極対S1、S2及びS3には、MT-TOF電圧印加部45が接続されている。MT-TOF電圧印加部45は、部分電極対S1、S2及びS3の各々に、外側電極41から内側電極42に向かう電場が形成されるように電位を付与するものである。これにより、外側電極41と内側電極42の間の空間であるイオンの飛行空間40に、該飛行空間40内でイオンを周回させる周回電場が形成される。
【0028】
外側電極41のうち部分電極対S3には、第2開口54を通過したイオンを飛行空間40内に導入するMT-TOFイオン導入口401が設けられている。MT-TOFイオン導入口401は、Z軸からわずかにY方向の正の側にずれた位置に設けられており、イオン源2からイオンがZ軸に略平行に入射するように配置されている。イオンは、MT-TOFイオン導入口401から飛行空間40に入射した直後の位置において、部分電極対S1による周回電場から向心力を受けると共に、MT-TOFイオン導入口401がZ軸からY方向の正の側にずれていることにより、Z軸方向に向かう力を受ける。これにより、イオンは、飛行空間40を略楕円形の周回軌道に沿って周回し、1周する毎に、周回軌道がY方向の正の側から見て反時計回りに移動するような軌道403(図5参照)で飛行する。図5では、イオンの軌道403をXY平面の上面図で示している。
【0029】
また、外側電極41のうち部分電極対S1には、飛行空間40内を複数回(数十回)周回したイオンを飛行空間40から導出するMT-TOFイオン導出口402が設けられている。MT-TOFイオン導出口402から導出されるイオンは直線状の軌道を飛行する。この直線状の軌道上にイオン検出器43が配置されている。
【0030】
その他、IT-TOFMS1には、イオン源2、イオントラップ電圧印加部35、MT-TOF電圧印加部45、イオン検出器43等、IT-TOFMS1が有する各部の動作を制御する制御部7を有する。
【0031】
(2) 本実施形態のIT-TOFMSの動作
図6図8を用いて、本実施形態のIT-TOFMS1の動作を説明する。IT-TOFMS1の使用開始前から開始中に亘って、前室真空ポンプ、第1室真空ポンプ551及び第2室真空ポンプ552により、前室50、第1室51及び第2室52内の気体はそれら各室から排気される。その際、前室50よりも第1室51の方が、第1室51よりも第2室52の方が、真空度が高く(圧力が低く)なるように差動排気される。
【0032】
まず、イオン源2は、公知の方法により試料を陽イオンにイオン化する。イオン源2で生成された陽イオンPは順次、導入側イオン通過口62及びイオン導入口326を通過してイオントラップ3内に導入される。イオントラップ3では、以下に述べるようにイオンの(i)蓄積、(ii)冷却、(iii)放出という3つのステップを実行する。
【0033】
(2-1) イオントラップ3の動作
(i) イオンの蓄積
イオンの蓄積のステップでは、図6の下図に示すように、イオントラップ電圧印加部35は、イオン非導入側端部電極33(の各平板電極、すなわち第1非導入側端部平板電極331~第4非導入側端部平板電極334)が正の電位となるように、イオン非導入側端部電極33と接地との間に電圧を印加する。主電極31及びイオン導入側端部電極32の電位は0(ゼロ)である。このような電位が各電極に付与されることにより、イオントラップ3内に導入された陽イオンPは、ゼロ電位のイオン導入側端部電極32で囲まれたイオン通過空間325を通過し、同じくゼロ電位の主電極31で囲まれたイオン捕捉空間315に到達するが、イオン非導入側端部電極33が正の電位となっているため、イオン非導入側端部電極33側には侵入しない。そのため、陽イオンPはイオン捕捉空間315内に蓄積されてゆく(図6の上図)。
【0034】
(ii) イオンの冷却
陽イオンPの蓄積を所定時間行った後、主電極31及びイオン非導入側端部電極33の電位はそのまま(それぞれ0、及び正の値)で、イオントラップ電圧印加部35はイオン導入側端部電極32(の各平板電極、すなわち第1導入側端部平板電極321~第4導入側端部平板電極324)が正の電位となるように接地との間に電圧を印加する(図7の下図)。これにより、陽イオンPはイオン通過空間325側に逆流することなく、イオン捕捉空間315内に閉じ込められる(図7の上図)。
【0035】
この状態で、ガス供給源361からガス導入管36を通してイオン捕捉空間315内にクーリングガスを供給する。これにより、陽イオンPが冷却され、陽イオンPの運動エネルギーが低下する。
【0036】
イオン捕捉空間315内に供給されたクーリングガスは、その大半が主電極31の各平板電極同士の隙間や主電極31とイオン導入側端部電極32又はイオン非導入側端部電極33との隙間を通ってイオン捕捉空間315の外に流出する。さらに、イオン捕捉空間315の外に流出したクーリングガスは、第1室真空ポンプ551による減圧によって、イオントラップ保持部60のクーリングガス排出口64を通過して第1室51内に流出し、さらに第1室51の外に排出される(以上、クーリングガスの流れは図1に破線で示した矢印を参照)。
【0037】
なお、イオン捕捉空間315内のクーリングガスの一部は、イオン放出口316を通って引き出し電極34付近に流出するが、孔346及び放出側イオン通過口63を通して引き出し電極34から第2室52に流出し、さらに第2室真空ポンプ552によって第2室52の外に排出される。第2室真空ポンプ552によって第2室52が第1室51よりも高い真空度(低い圧力)に排気されているため、引き出し電極34付近のクーリングガスは迅速に排出される。
【0038】
(iii) イオンの放出
イオンが十分に冷却された後、クーリングガスの供給を停止する。そのうえで、イオントラップ電圧印加部35は、イオン導入側端部電極32及びイオン非導入側端部電極33の電位はそのままで、主電極31がイオン導入側端部電極32及びイオン非導入側端部電極33よりも低い正の電位となるように接地との間に電圧を印加する(図8の下図)。それと共に、イオントラップ電圧印加部35は、引き出し電極34に負の電位を付与し、該引き出し電極34を構成する複数枚の平板状電極の各々では主電極31から遠ざかるほど電位の絶対値が大きくなるように、接地との間に電圧を印加する(図8の右図)。これにより、イオン捕捉空間315内の陽イオンPは、引き出し電極34に向かって加速され、引き出し電極34の孔346を通過してTOFMS4に導入される。
【0039】
従来のIT-TOFMSでは、イオントラップ保持部に導入されたクーリングガスは、導入側イオン通過口及び放出側イオン通過口からしかイオントラップ保持部の外に排出されなかった。それら2つの通過口におけるガスの排出抵抗により、特に、放出側イオン通過口の近傍に配置されている引き出し電極の近傍にクーリングガスが滞留し易くなっていた。そのため、イオン捕捉空間から放出される陽イオンの一部が、引き出し電極の近傍に滞留するクーリングガスの分子に衝突し、TOFMSの飛行空間に導入されなかったり、飛行空間に導入されても本来の飛行経路から外れてしまい、検出器に到達しなくなるため検出感度が低下していた。それに対して本実施形態のIT-TOFMS1では、クーリングガスがイオントラップ保持部60のクーリングガス排出口64を通過してイオントラップ保持部60から排出されるため、引き出し電極34の近傍に到達するクーリングガスの量を抑えることができるため、検出感度を高くすることができる。
【0040】
(2-2) TOFMS4の動作
TOFMS4に導入された陽イオンPは、TOFイオン導入口401を通過して飛行空間40に進入する。飛行空間40では、陽イオンPは、該飛行空間40の内部に形成される周回電場により略楕円形の周回軌道に沿って周回し、1周する毎に、周回軌道がY方向の正の側から見て反時計回りに移動するような軌道403(図5参照)で飛行する。そして、陽イオンPは、複数回周回した後、MT-TOFイオン導出口402に到達し、軌道403を外れてイオン検出器43で検出される。陽イオンPがイオントラップ3のイオン捕捉空間315から放出されてからイオン検出器43で検出されるまでの飛行時間がm/zの値に依存するため、飛行時間とイオン検出器43の検出強度の関係を示す飛行時間スペクトルを作成したうえで飛行時間をm/zに換算することにより、マススペクトルが得られる。
【0041】
本実施形態で用いるMT-TOF型のTOFMS4は、陽イオンPを周回軌道で複数回周回させるため、イオンが直線状の軌道を飛行する場合よりも飛行距離を長くすることができる。そのため、飛行時間の分解能、ひいてはm/zの分解能を高くすることができるという特長を有する。その一方で、MT-TOF型のTOFMS4は、イオントラップ3のイオン捕捉空間315内で運動エネルギーが高い状態で陽イオンPが放出されると、陽イオンPの初速度の向きによってはTOFMS4の飛行空間40内において本来の周回軌道から外れてしまい、その結果、イオン検出器43で検出されなくなり、検出強度が低下してしまうおそれがある。それに対して本実施形態のIT-TOFMS1によれば、イオントラップ3のイオン捕捉空間315に供給されるクーリングガスがイオントラップ保持部60のクーリングガス排出口64を通過してイオントラップ保持部60から排出されるため、引き出し電極34の近傍でクーリングガスの分子が陽イオンPの飛行を妨げることなく、十分な量のクーリングガスを供給することができる。そのため、イオン捕捉空間315内において陽イオンPの運動エネルギーを十分に抑えることができ、初速度の向きによってTOFMS4の飛行空間40内において陽イオンPが本来の周回軌道から外れて飛行することを抑えることができる。その結果、イオン検出器43での検出強度を高くすることができる。
【0042】
(3) 変形例
本発明は上記実施形態には限定されず、種々の変形が可能である。なお、以下で挙げる変形例は、種々の変形例の一部であって、それら以外の変形も可能である。
【0043】
上記実施形態ではイオントラップ3(主電極31、イオン導入側端部電極32、イオン非導入側端部電極33)を絶縁体製の壁61に固定している。その代わりに、イオントラップ保持部の壁を金属等の非絶縁体製としたうえで、イオントラップと該壁の間に絶縁体製の保持具を設けてもよい。これにより、イオントラップをイオントラップ保持部で保持しつつ、イオントラップと該壁や外部との間で電気的に絶縁することができる。
【0044】
上記実施形態ではイオントラップ3として平板電極を組み合わせた平板型リニアイオントラップを用いたが、平板電極の代わりにロッド状電極を組み合わせたリニアイオントラップを用いてもよい。その他にも、IT-TOFMSに用いられている公知のイオントラップを本発明で用いることができる。
【0045】
上記実施形態ではTOFMS4としてMT-TOFMSを用いたが、その代わりに、直線状の飛行空間を有するTOFMSや、リフレクタを用いてイオンを反射させることにより飛行空間内を略一往復させるTOFMS等、IT-TOFMSに用いられている公知のTOFMSを用いることができる。
【0046】
これらイオントラップ3の変形例とTOFMS4の変形例を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0047】
[態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0048】
(第1項)
第1項に係る質量分析装置は、
それぞれ内部が真空排気される第1室、第2室、及び該第1室と該第2室を連通する開口を有する真空容器と、
前記第1室内に配置された複数の電極を備え、該複数の電極で囲まれた空間であるイオン捕捉空間にイオンを導入するイオン導入口及び該イオン捕捉空間からイオンを放出するイオン放出口を有するイオントラップと、
前記イオン捕捉空間にクーリングガスを導入するガス導入管と、
前記第1室内に配置され、壁で囲まれたイオントラップ保持空間内に前記イオントラップを保持するものであって、該壁に、前記イオン導入口と連通する導入側イオン通過口、前記イオン放出口と前記開口の間に設けられた放出側イオン通過口、及び該導入側イオン通過口及び該放出側イオン通過口以外に設けられたクーリングガス排出口を有するイオントラップ保持部と、
前記第2室内に配置され、前記イオン放出口から前記放出側イオン通過口及び前記開口を通して該第2室内に放出されたイオンが飛行する飛行空間、及び該飛行空間を飛行したイオンを検出するイオン検出器を有する飛行時間型質量分析器と
を備える。
【0049】
第1項に係る質量分析装置によれば、ガス導入管からイオントラップのイオン捕捉空間に導入されるクーリングガスは、イオン捕捉空間を構成する複数の電極同士の間、及びイオントラップ保持部のクーリングガス排出口を通過してイオントラップ保持部の外の第1室内に流出し、さらに、第1室内の内部が真空排気されることにより第1室の外に排出される。これによりイオン放出口に流出するクーリングガスの量を抑えることができるため、イオンの検出強度が低下することを抑えることができる。
【0050】
前記壁は絶縁体製であってもよいし、非絶縁体(例えば金属)製であってもよい。非絶縁体製の壁を用いる場合には、イオントラップと該壁の間に絶縁体製の保持具を設けることにより、イオントラップと壁(さらには、イオントラップ保持部の外部)を電気的に絶縁するとよい。
【0051】
(第2項)
第2項に係る質量分析装置は、第1項に係る質量分析装置において、前記飛行時間型質量分析器がマルチターン型飛行時間型質量分析器である。
【0052】
マルチターン型飛行時間型質量分析器は、飛行空間においてほぼ同じ軌道に沿ってイオンを複数回周回させるように該飛行空間内に電界を生成する電極と、イオンが飛行空間において複数回周回した後に到達する位置に配置されたイオン検出器とを備える飛行時間型質量分析器である。
【0053】
マルチターン型飛行時間型質量分析器は、イオンが直線状の軌道を飛行する場合よりも飛行距離を長くすることができるため、飛行時間の分解能、ひいてはm/zの分解能を高くすることができるという特長を有する。その一方で、マルチターン型飛行時間型質量分析器では一般的には、イオンが飛行空間内に放出される際の初速度の向きによっては、本来の周回軌道から外れてしまい、その結果、イオン検出器で検出されなくなるため検出強度が低下してしまうおそれがある。それに対して第2項に係る質量分析装置によれば、イオントラップのイオン捕捉空間に導入されるクーリングガスがクーリングガス排出口等を通過して第1室の外に排出されることでイオン放出口に流出することを抑えることができるため、十分な量のクーリングガスを供給することができ、それによってイオン捕捉空間内でのイオンの運動エネルギーを十分に抑えることができる。その結果、イオンがマルチターン型飛行時間型質量分析器の飛行空間内に放出される際の初速度を十分に抑えることができるため、初速度の向きによって本来の周回軌道から外れることも抑えられ、イオン検出器での検出強度を高くすることができる。
【0054】
(第3項)
第3項に係る質量分析装置は、第1項又は第2項に係る質量分析装置において、
前記第1室よりも前記第2室の方が真空度が高くなるように前記真空容器が差動排気される。
【0055】
第3項に係る質量分析装置によれば、第1室よりも第2室の方が真空度が高くなるように真空容器が差動排気されるため、クーリングガスの一部がイオン放出口の近傍に流出したとしても、より真空度が高い第2室側から真空容器の外に排気されるため、飛行時間型質量分析器に向けてイオンを放出する際の妨げにならない。
【符号の説明】
【0056】
1…IT-TOFMS
2…イオン源
3…イオントラップ
31…主電極
311…第1主平板電極
312…第2主平板電極
313…第3主平板電極
314…第4主平板電極
315…イオン捕捉空間
316…イオン放出口
32…イオン導入側端部電極
321…第1導入側端部平板電極
322…第2導入側端部平板電極
323…第3導入側端部平板電極
324…第4導入側端部平板電極
325…イオン通過空間
326…イオン導入口
33…イオン非導入側端部電極
331…第1非導入側端部平板電極
332…第2非導入側端部平板電極
333…第3非導入側端部平板電極
334…第4非導入側端部平板電極
34…引き出し電極
346…孔
35…イオントラップ電圧印加部
36…ガス導入管
361…ガス供給源(ガスボンベ)
4…TOFMS
40…飛行空間
401…TOFイオン導入口
402…TOFイオン導出口
403…軌道
41…外側電極
42…内側電極
43…イオン検出器
45…TOF電圧印加部
5…真空容器
50…前室
51…第1室
511…底板
52…第2室
53…第1開口
54…第2開口
551…第1室真空ポンプ
552…第2室真空ポンプ
60…イオントラップ保持部
61…イオントラップ保持部の壁
610…イオントラップ保持空間
611…イオントラップ保持部の底部
612…イオントラップ保持部の脚部
613…気体が通過可能な空間
62…導入側イオン通過口
63…放出側イオン通過口
64…クーリングガス排出口
65…支持具
7…制御部
図1
図2
図3
図4
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図8