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特開2022-191875車両運動制御装置、車両運動制御システムおよび車両
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022191875
(43)【公開日】2022-12-28
(54)【発明の名称】車両運動制御装置、車両運動制御システムおよび車両
(51)【国際特許分類】
   B60G 17/015 20060101AFI20221221BHJP
   B60W 30/045 20120101ALI20221221BHJP
【FI】
B60G17/015 A
B60W30/045
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021100360
(22)【出願日】2021-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100154771
【弁理士】
【氏名又は名称】中田 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】平田 淳一
(72)【発明者】
【氏名】中野 勇大
【テーマコード(参考)】
3D241
3D301
【Fターム(参考)】
3D241BA17
3D241BC05
3D241CC18
3D241CD12
3D241DA52Z
3D241DB02Z
3D241DB05Z
3D241DB09Z
3D241DB12Z
3D241DB15Z
3D301AA04
3D301CA50
3D301DA31
3D301DA38
3D301DA70
3D301EA14
3D301EA21
3D301EA22
3D301EA35
3D301EA43
3D301EB13
3D301EB19
3D301EB45
3D301EC01
3D301EC53
(57)【要約】
【課題】旋回時の車両において、運転者が車両の動きに一体感を得ることができる車両運動制御装置、車両運動制御システムおよび車両を提供する。
【解決手段】車両運動制御装置17は、ロールモーメントを発生させるアクチュエータを有する車両に搭載される。車両運動制御装置17は、アクチュエータを制御するためのロールモーメント指令値を演算するロールモーメント演算器22と、ロールモーメント演算器22で演算されたロールモーメント指令値によってアクチュエータを制御するアクチュエータ制御手段24とを備える。ロールモーメント演算器22が演算する前記ロールモーメント指令値は、少なくとも車両の横滑り角速度と車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第1成分と、車両のヨーレートと車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第2成分とを含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロールモーメントを発生させるアクチュエータを有する車両に搭載される車両運動制御装置であって、
前記アクチュエータを制御するためのロールモーメント指令値を演算するロールモーメント演算器と、
このロールモーメント演算器で演算されたロールモーメント指令値によって前記アクチュエータを制御するアクチュエータ制御手段と、を備え、
前記ロールモーメント演算器が演算する前記ロールモーメント指令値は、少なくとも前記車両の横滑り角速度と車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第1成分と、前記車両のヨーレートと車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第2成分とを含む車両運動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両運動制御装置において、前記ロールモーメント演算器は、前記ロールモーメント第2成分の計算に用いる係数Aの値を設定する係数設定部を備え、この係数設定部は、車速の増加に応じて前記係数Aを小さくする車両運動制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両運動制御装置において、前記係数設定部は、車速が閾値よりも大きいときに前記係数Aを負の値にする車両運動制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両運動制御装置において、前記係数設定部は、車速が閾値以下のときに前記係数Aを零以上の値にする車両運動制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の車両運動制御装置において、前記ロールモーメント演算器が演算する前記ロールモーメント指令値は、前記車両のヨーレートの微分値と車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第3成分を含む車両運動制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載の車両運動制御装置において、前記ロールモーメント演算器は、前記ロールモーメント第2成分の計算に用いる係数Aおよび前記ロールモーメント第3成分の計算に用いる係数Aの値を設定する係数設定部を備え、この係数設定部は、前記係数Aの増減に連動して前記係数Aを増減させる車両運動制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載の車両運動制御装置において、前記係数設定部は、車速の増加に応じて前記係数Aを小さくすると共に、前記係数Aを小さくする車両運動制御装置。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の車両運動制御装置と前記アクチュエータとを備えた車両運動制御システム。
【請求項9】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の車両運動制御装置を搭載した車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、旋回中の車両におけるロール運動を制御する車両運動制御装置、車両運動制御システムおよび車両に関する。
【背景技術】
【0002】
旋回中の車両におけるロールを制御することで、車両の乗り心地および運転のし易さを向上させる技術として、例えば、特許文献1、2がある。
特許文献1は、サスペンションのダンパの減衰力を変更することで、横加速度によって生じるロール角、または前後加速度によって生じるピッチ角を制御する技術である。横加速度の微分値または前後加速度の微分値に基づいてダンパの減衰力を変更することで、ロール角制御またはピッチ角制御の応答性を高めている。
特許文献2は、アクティブスタビライザや減衰力を変更可能なダンパを備えた車両においてロール角を制御する技術である。検出した車速と操舵角から車体に発生しているロール角を推定し、目標となるロール角との偏差に基づいてサスペンションの減衰特性、またはばね特性を変更することで、横加速度に応じて発生するロールを抑制し、横加速度の発生とロールの発生との時間差を小さくする、または一定に保つ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-069527号公報
【特許文献2】特開2007-106257号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般的に、運転者がステアリングを操作してから車両にヨーレートが発生するタイミングと、横加速度が発生するタイミングは、車速によって変化する。例えば低速走行時、運転者のステアリング操作に対して車両に横加速度が発生した後、僅かに遅れてヨーレートが発生する。ロールは、ばね上の慣性モーメントおよびサスペンションの減衰力の影響で横加速度に対して発生が遅れるため、ヨーレートより遅れて発生する。高速走行時は、運転者のステアリング操作に対して車両にヨーレートが発生した後、遅れて横加速度が発生する。ロールは、ばね上の慣性モーメントおよびサスペンションの減衰力の影響で横加速度に対してさらに遅れて発生する。
【0005】
特許文献1、2は、旋回時の車両に生じる横加速度に対してロールの発生量および発生までの時間差を制御しているが、ヨーレートは考慮していないため、ロールの発生タイミングは横加速度に依存している。すなわち、車両の回転運動である、ヨー運動とロール運動は別々のタイミングで発生することになる。運転者はヨーとロールを別々の運動として感じることになるため、車両の動きに一体感を得ることができない。
【0006】
本発明の目的は、旋回時の車両において、運転者が車両の動きに一体感を得ることができる車両運動制御装置、車両運動制御システムおよび車両を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の車両運動制御装置は、ロールモーメントを発生させるアクチュエータ3,7を有する車両1に搭載される車両運動制御装置17,17Aであって、
前記アクチュエータ3,7を制御するためのロールモーメント指令値を演算するロールモーメント演算器22と、
このロールモーメント演算器22で演算されたロールモーメント指令値によって前記アクチュエータ3,7を制御するアクチュエータ制御手段24と、を備え、
前記ロールモーメント演算器22が演算する前記ロールモーメント指令値は、少なくとも前記車両の横滑り角速度と車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第1成分と、前記車両のヨーレートと車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第2成分とを含む。
【0008】
この発明において、「ヨーレート」は「ヨー運動」と同義であり、「ロール角」は「ロール運動」と同義である。
この構成によると、前記ロールモーメント指令値は、車両の横滑り角速度と車速の積から計算されるロールモーメント第1成分を含むため、旋回時の車両において、横加速度で生じるロールモーメントをキャンセルすることができる。これにより車両のロール運動をヨー運動に連動させることができる。さらに前記ロールモーメント指令値は、車両のヨーレートと車速の積から計算されるロールモーメント第2成分を含むため、車両のロール運動の大きさを自由に変化させることができる。このように車両のロール運動の大きさを自由に変化させ、かつ車両のロール運動をヨー運動に連動させることで、旋回時の車両において、運転者は車両の動きに一体感を得ることができる。
【0009】
前記ロールモーメント演算器22は、前記ロールモーメント第2成分の計算に用いる係数Aの値を設定する係数設定部22aを備え、この係数設定部22aは、車速の増加に応じて前記係数Aを小さくしてもよい。この場合、ロールモーメント第1成分をロールモーメントとして発生させたときに車速の増加と共に生じるロール角の増加を抑制することができる。
【0010】
前記係数設定部22aは、車速が閾値よりも大きいときに前記係数Aを負の値にしてもよい。
前記閾値は、設計等によって任意に定める値であって、例えば、試験およびシミュレーションのいずれか一方または両方等により適切な値を求めて定められる。
この構成によると、車速が大きいときに車両運動制御装置による制御の有無、つまりロールモーメントを発生させたときと発生させないときで、車両のロール角の大きさを同程度にできるため、運転者に与える違和感を小さくすることができる。
【0011】
前記係数設定部22aは、車速が閾値以下のときに前記係数Aを零以上の値にしてもよい。この場合、車速が小さいときに車両運動制御装置による制御の有無、つまりロールモーメントを発生させたときと発生させないときで、車両のロール角の大きさを同程度にできるため、運転者に与える違和感を小さくすることができる。
【0012】
前記ロールモーメント演算器22が演算する前記ロールモーメント指令値は、前記車両のヨーレートの微分値と車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第3成分を含んでもよい。この場合、ロールモーメント指令値を、サスペンションの減衰等で生じる遅れを補償した値とすることができる。したがって、サスペンションによって生じるロール角の遅れが小さくなるため、運転者は車両の動きにさらに一体感を得ることができる。
【0013】
前記ロールモーメント演算器22は、前記ロールモーメント第2成分の計算に用いる係数Aおよび前記ロールモーメント第3成分の計算に用いる係数Aの値を設定する係数設定部22aを備え、この係数設定部22aは、前記係数Aの増減に連動して前記係数Aを増減させてもよい。この場合、ロールモーメント第2成分によるロール角の増減に合わせてサスペンションによるロール角の遅れを適切に補償することで、運転者は車両の動きに一体感を得ることができる。
【0014】
前記係数設定部22aは、車速の増加に応じて前記係数Aを小さくすると共に、前記係数Aを小さくしてもよい。この場合、ロールモーメント第1成分をロールモーメントとして発生させたときに車速の増加と共に生じるロール角の増加を抑制し、さらにサスペンションによって生じるロール角の遅れを適切に小さくすることができる。
【0015】
本発明の本発明の車両運動制御システムは、本発明のいずれかの車両運動制御装置17,17Aと前記アクチュエータ3,7とを備えている。この場合、本発明の車両運動制御装置につき前述した各効果が得られる。
【0016】
本発明の車両は、本発明のいずれかの車両運動制御装置を搭載している。この場合、本発明の車両運動制御装置につき前述した各効果が得られる。また、車両に既存のアクチュエータを車両運動制御装置で制御する場合、車両に新たなアクチュエータを追加する場合と比べてコスト低減を図れる。したがって、車両運動制御装置の汎用性を高めることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の車両運動制御装置、車両運動制御システムおよび車両によれば、ロールモーメント演算器で演算するロールモーメント指令値は、車両の横滑り角速度と車速の積から計算されるロールモーメント第1成分を含むため、旋回時の車両において、横滑り角速度に由来する横加速度で生じるロールモーメントをキャンセルすることができる。これにより車両のロール運動をヨー運動に連動させることができる。さらに前記ロールモーメント指令値は、車両のヨーレートと車速の積から計算されるロールモーメント第2成分を含むため、車両のロール運動の大きさを自由に変化させることができる。したがって、旋回時の車両において、運転者は車両の動きに一体感を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の第1の実施形態に係る車両運動制御装置を備えた車両の概念構成を示すブロック図である。
図2】同車両運動制御装置のブロック図である。
図3】同車両運動制御装置の非動作時における各値の変化を示す図である。
図4】同車両運動制御装置のロールモーメント第2成分の係数と制御ゲインとの関係を示す図である。
図5】同車両運動制御装置において、ロールモーメント第1,第2成分を含むロールモーメント指令値を発生させた場合の各値の変化を示す図である。
図6】同車両運動制御装置の制御ゲインと各係数との関係を示す図である。
図7】同車両運動制御装置において、ロールモーメント第1,第2,第3成分を含むロールモーメント指令値を発生させた場合の各値の変化を示す図である。
図8】車速と制御ゲインとの関係を示す図である。
図9】車速と横滑り角との関係を示す図である。
図10図8で示した車速と制御ゲインの関数を用いて車速と各係数の関係に変換したグラフを示す図である。
図11A】車両に生じる上下力を車両前方から見て示す作用説明図である。
図11B】車両に生じる上下力を車両後方から見て示す作用説明図である。
図11C】車両に生じる上下力を車両側方から見て示す作用説明図である。
図12】本発明の他の実施形態に係る車両運動制御装置を備えた車両の概念構成を示すブロック図である。
図13】同車両運動制御装置のブロック図である。
図14】同車両に生じる上下力と前後力との関係を概念的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[第1の実施形態]
本発明の第1の実施形態を図1ないし図11Cと共に説明する。
<アクチュエータ>
図1に示すように、この実施形態の車両1は、ロールモーメントを発生可能なアクチュエータとして、左右の前後輪である四輪に後述するショックアブソーバー7を備えている。車両1は、車体1Aに、左右の前輪2fとなる車輪2、および左右の後輪2rとなる車輪2をそれぞれ支持する前後のサスペンション装置4を備えている。
【0020】
<サスペンション装置4>
前後のサスペンション装置4は、構成部材上下のサスペンションアーム4aと、ショックアブソーバー7とを有する。各車輪2は車輪用軸受を介してナックル25に支持されている。ナックル25は、上下のサスペンションアーム4a等を介して車体1Aに支持されている。上下のサスペンションアーム4aは車体側端の支持点が揺動自在に支持され、これら上下のサスペンションアーム4aの揺動に応じて車輪2が上下にストロークする。
【0021】
下側のサスペンションアーム4aと車体1Aとの間には、ばねおよびダンパを含むショックアブソーバー7が設けられている。車体1Aはショックアブソーバー7により弾性的に上下動可能に支持され、且つ、車体1Aの上下方向のストロークが減衰される。ショックアブソーバー7としては、車両1の走行時に、例えば、油圧、空気圧または電気モータ等の駆動源により上下力を任意に発生可能なアクティブサスペンションが適用される。
左右の前輪2fのサスペンションアーム4aは、例えば、トーションバー等からなるスタビライザ部材Sbで互いに連結されている。左右の後輪2rのサスペンションアーム4aもスタビライザ部材Sbで互いに連結されている。
【0022】
<センサ類>
車両1には、センサ類として、車速センサ13、操舵角センサ14、ヨーレートセンサ15および加速度センサ16が設けられている。車速センサ13は車速を検出し、操舵角センサ14は操舵角を検出し、ヨーレートセンサ15はヨーレートを検出する。加速度センサ16は、車両1の前後および左右方向の加速度を検出する。
【0023】
<制御系について>
制御系として、車両1には、車両1の基本動作を制御するメインのECUの他に、ロール運動を制御する車両運動制御装置17、およびショックアブソーバー7を制御するサスペンション制御装置18が設けられている。前記メインのECUはVCU(車両制御ユニット:Vehicle Control Unit)とも称され、コンピュータ等からなる。車速センサ13、操舵角センサ14、ヨーレートセンサ15、加速度センサ16がそれぞれ出力する車速、操舵角、実ヨーレート、実横加速度は、車両運動制御装置17に入力される。但し、各センサ出力はECUを介して車両運動制御装置17に入力されるようにしてもよい。車両運動制御装置17と、ショックアブソーバー7とで車両運動制御システム20が構成される。
【0024】
<車両運動制御装置>
図2に、車両運動制御装置17のブロック図を概念的に示す。車両運動制御装置17は、横滑り角速度推定器21、ロールモーメント演算器22およびアクチュエータ制御手段24を有する。
横滑り角速度推定器21は、入力された各値を用いて定められた規則に従い横滑り角速度を推定しロールモーメント演算器22に出力する。横滑り角速度は、線形モデルまたは非線形タイヤモデルを用いた車両モデルを用いて後述のように推定する。
【0025】
ロールモーメント演算器22は、旋回中の車両のロール運動とヨー運動が連動するように、定められた規則に従い、ショックアブソーバー7(図1)を制御するためのロールモーメント指令値を演算する。
ロールモーメント演算器22は、具体的には、横滑り角速度推定値、車速、および実ヨーレートを用いて後述する式(8)または式(15)でロールモーメントを演算し、ロールモーメント指令値としてアクチュエータ制御手段24に出力する。
アクチュエータ制御手段24は、ロールモーメント指令値に従い、車両に備えたサスペンション装置4(図1)でロールモーメントを発生させる。
【0026】
<横滑り角速度推定器21が出力する横滑り角速度推定値について>
横滑り角速度を直接計測するためには高価な専用計測器が必要であるが、高価な専用計測器を不要とするため、横滑り角速度推定器21は車両モデルを用いて操舵角δから横滑り角速度を推定する方法、または車載のヨーレートセンサ15で計測した実ヨーレートrから横滑り角速度を推定する方法を用いてもよい。
この明細書において、横滑り角速度をβ「・」と表す場合がある。
【0027】
車両モデルを用いて操舵角δから横滑り角速度β「・」を推定する方法は、例えば、2輪モデルを用いた場合、操舵角δに対する横滑り角速度β「・」の伝達関数は次のようになる。
【0028】
【数1】
【0029】
操舵角δは、例えば、ステアリング部に設けた操舵角センサ14の出力からの演算値の他に、ステアリングラックに設けたセンサの出力である歯車等の回転角またはラック移動量等から演算した操舵角情報を用いることができる。
【0030】
ヨーレートrから横滑り角速度β「・」を推定する方法としては、以下の2輪モデルを用いて推定し得る。
車両の横方向の並進運動と鉛直軸周りの回転運動のみを記述した2輪モデルの基本式を以下に示す。座標系はx軸が車両の前後方向であり前方向が正、y軸が左右方向であり左方向が正、z軸が上下方向であり上方向が正としている。
【0031】
【数2】
【0032】
式(1)に旋回時の車両に生じる車両の横滑り角速度β「・」とヨーレートrの関係が示されている。また2輪モデルにおける車両の横加速度をaとすれば、式(1)から横滑り角速度β「・」とヨーレートrと横加速度をaの関係は式(3)になる。
【0033】
【数3】
【0034】
式(3A)を用いることで、車載の加速度センサ16で計測した横加速度をaとヨーレートrから横滑り角速度β「・」を計算し得る。但し、カント路では傾斜に応じて横加速度をaが変化するため、推定した横滑り角速度β「・」に誤差が生じる。また前記式(3A)は線形タイヤモデルを用いているため、タイヤ横力が飽和する条件では誤差が大きくなる。また前後加速度を伴う場合も同様に誤差が大きくなる。これらの誤差を低減する方法として、非線形タイヤモデルを用いた横滑り角速度β「・」の推定方法を適用する。
この推定方法では、下記式に示す非線形タイヤモデルを用いる。
【0035】
【数4】
【0036】
但し、Tは前輪(f)または後輪(r)を示す添え字であり、Kはタイヤのコーナリングパワー、βは前輪または後輪位置での横滑り角、μは路面摩擦係数、Wはタイヤの垂直荷重、Xはタイヤの前後力である。
【0037】
非線形タイヤモデルの前記式(50)で計算したタイヤ横力Yから、式(51)で横滑り角速度β「・」を推定する。式(51)のヨーレートrは、車載のヨーレートセンサ15の計測値である実ヨーレートである。
【0038】
【数5】
【0039】
式(50)の非線形タイヤモデルは、タイヤ横力Yの飽和およびタイヤの垂直荷重を考慮しているため、タイヤ横力Yの推定値の精度が向上する。したがって、式(51)を用いれば車載のヨーレートセンサ15で計測したヨーレートrから横滑り角速度β「・」を精度よく推定し得る。
【0040】
<ロールモーメント演算器22が出力するロールモーメント指令値について>
ロールモーメント演算器22は、係数設定部22aと、ロールモーメント演算部22bとを備えている。係数設定部22aは、ロールモーメント指令値の演算時に使用する係数A,A,Aを車速に基づいて設定し出力する。ロールモーメント演算部22bは、係数設定部22aが出力した係数を用い、車速と、横滑り角速度推定器21が出力した横滑り角速度推定値に基づいて、ロールモーメント指令値を演算しアクチュエータ制御手段24に出力する。
【0041】
横滑り角速度β「・」とヨーレートrの関係式(3)は、車両の横加速度aが、車両の横滑り角速度β「・」に由来する横加速度と、ヨーレートrに由来する横加速度の2つの横加速度から成ることを示している。定常旋回時は車両の横滑り角速度β「・」は零になるが、旋回の過渡状態は車両の横滑り角速度β「・」で生じる横加速度Vβ「・」だけ横加速度aが変化することを示している。
【0042】
具体例として、高速走行時に進行中の車線から他の車線へ移る車線変更を1回行うシングルレーンチェンジを行った場合の各値の変化を図3に示す。図3のグラフは、本発明の車両運動制御装置を動作させていない(車両に制御によるロールモーメントを発生させていない)場合の各値の変化を示したものである。
図3の横加速度aのグラフにおいて、実線で示した横加速度は、一点鎖線で示した横滑り角速度β「・」に由来する横加速度と、点線で示したヨーレートrに由来する横加速度の2つから成っており、横加速度aは、車両の横滑り角速度β「・」に由来する横加速度の分だけヨーレートrに対して位相が遅れ、さらに大きさが変化することになる。
【0043】
ここで車両の重心に作用した横加速度aによって車両にロール角φが生じるとして、2輪モデルを拡張する。hは車両重心点とロール軸間の距離、Kφはロール剛性、Cφはロール減衰係数、Iφはロール慣性モーメントとすれば、式(4)のロール角φが生じる。sはラプラス演算子である。ばね下質量は車両質量に対して十分に小さいとすることで、車両のばね上質量は車両質量mに等しいとしている。
【0044】
【数6】
【0045】
式(4)右辺の分子は、旋回中の車両に作用するロールモーメントである。式(4)は、サスペンションの減衰特性および車両のロール慣性モーメントにより横加速度aに対してロール角φが遅れて生じることを示している。その様子を図3に示す。上記の通り高速走行における操舵に対する横加速度aの発生は、横滑り角速度β「・」の影響によりヨーレートrの発生よりも遅れる。またロール角φの発生はさらに遅れる。このヨー運動に対するロール運動の遅れは、車速が高くなるほど大きくなる。
【0046】
ロール運動の大きさを自由に変化させ、かつロール運動をヨー運動に連動させるためには、旋回時の横加速度aで生じるロールモーメントをキャンセルし、ヨー運動(ヨーレートr)によって生じるロールモーメントにロール運動の大きさを変更するための制御ゲインαを係数として掛けて車体に与えればよい。ロールモーメント指令値Mφ(s)を式(5)に示す。
【0047】
【数7】
【0048】
制御ゲインαを1より大きくすることでヨー運動によって車両に作用するロールモーメントが大きくなり、制御ゲインαを1より小さくすることでヨー運動によって車両に作用するロールモーメントが小さくなる。制御ゲインαが1のとき、ヨー運動によって車両に作用するロールモーメントに等しくなる。
式(3)を用いて式(5)を整理すれば式(6)になる。
【0049】
【数8】
【0050】
図2のロールモーメント演算器22が演算するロールモーメント指令値は、少なくとも車両の横滑り角速度と車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第1成分と、車両のヨーレートと車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第2成分とを含む。
式(8)の右辺第1項であるロールモーメント第1成分Mφ1は、車両の横滑り角速度β「・」と車速Vの積Vβ「・」によって車両に作用するロールモーメントをキャンセルする項である。ロールモーメント第1成分Mφ1は制御ゲインαを含んでいないため、Vβ「・」の係数は制御ゲインαで変化せず一定となる。
【0051】
式(8)の右辺第2項であるロールモーメント第2成分Mφ2は、前記右辺第1項の作用によって車両のヨー運動(ヨーレートr)に連動したロール運動の大きさをα倍するために必要なロールモーメントである。そのため、ロールモーメント第2成分Mφ2は、車両のヨーレートrと車速Vの積Vrによって車両に作用するロールモーメントをα倍した値と、アクチュエータの動作に関係なく旋回中のヨー運動(ヨーレートr)によって車両に作用するロールモーメントとの差分になる。ロールモーメント第2成分Mφ2の係数Aと制御ゲインαとの関係を図4に示す。係数Aは、制御ゲインαが1より小さいとき負になり、制御ゲインαが1より大きいとき正になり、制御ゲインαが1のとき零になる。
【0052】
図3のシングルレーンチェンジの例において、式(8)のロールモーメントを発生させた場合の例を図5に示す。式(8)において制御ゲインαが1より小さいときのロールモーメント指令値Mφを一点鎖線で、制御ゲインαが1のときのロールモーメント指令値Mφを実線で、制御ゲインαが1より大きいときのロールモーメント指令値Mφを破線で示す。
【0053】
図4に示した制御ゲインαと係数Aの関係により、ロールモーメント第2成分Mφ2が制御ゲインαによって図5のように変化し、Mφ1およびMφ2の合計値であるロールモーメント指令値Mφが制御ゲインαによって変化する。制御ゲインαを設定し、式(8)のロールモーメント指令値Mφをアクチュエータで発生させることで、ロール運動の大きさを自由に変化させると共に、ロール運動がヨー運動に連動するためロール角の発生が早くなる(ロール運動の位相が進む:図5最終行参照)ため、運転者は車両の動きに一体感を得ることができる。
【0054】
さらにヨー運動とロール運動の間に生じる遅れを小さくするため、車体に与えるヨー運動によって生じるロールモーメントを、サスペンションの減衰等で生じる遅れを補償した値とすれば式(5)は次式(11)になる。式(11)においてsはラプラス演算子である。
【0055】
【数9】
【0056】
ここで、式(12)の右辺第3項をロールモーメント第3成分Mφ3とし、式(9)のロールモーメント第1成分Mφ1、および式(10)のロールモーメント第2成分Mφ2を用いて式(12)を書き換えると式(15)になる。
【0057】
【数10】
【0058】
なお、ロールモーメント第3成分Mφ3をヨーレートrの1次分の項のみとし、ロールモーメント第3成分Mφ3を式(17)としてもよい。ヨーレートrに対する高次の微分計算を無くすことで、計算負荷を抑えることができると共に、ヨーレートセンサが出力するヨーレートrのノイズの影響も抑えることができる。
【0059】
【数11】
【0060】
式(15)の右辺は、式(8)に対し第3項のロールモーメント第3成分Mφ3が追加されている。ロールモーメント第3成分Mφ3は、ヨー運動とロール運動の間に生じる位相の遅れを小さくする(補償する)ための項であり、ヨーレートr(s)の1次微分値および2次微分値と車速Vの積の係数であるAおよびAが制御ゲインαに比例して増減する。
制御ゲインαと式(12)の右辺の係数A,AおよびAとの関係を図6に示す。係数A,AおよびAは制御ゲインαの関数となっているため、制御ゲインαを変化させることで係数A,A,Aが互いに連動して増減する。
【0061】
図3のシングルレーンチェンジの例において、式(15)のロールモーメントを発生させた場合の例を図7に示す。制御ゲインαが1より小さいときのロールモーメント指令値Mφを一点鎖線で、制御ゲインαが1のときのロールモーメント指令値Mφを実線で、制御ゲインαが1より大きいときのロールモーメント指令値Mφを破線で示す。図6に示した制御ゲインαと係数A,AおよびAとの関係により、ロールモーメント第2成分Mφ2およびロールモーメント第3成分Mφ3は、制御ゲインαによってそれぞれ図7のように変化し、Mφ1,Mφ2およびMφ3の合計値であるロールモーメント指令値Mφは制御ゲインαにより変化する。
【0062】
制御ゲインαを設定し式(15)のロールモーメント指令値Mφをアクチュエータで発生させることで、ロール運動の大きさを変化させると共に、ロール運動をヨー運動に連動させ、さらにサスペンションの減衰等で生じる遅れを補償しヨーレートが発生してからロール角が発生するまでの遅れを小さくする(ヨー運動に対するロール運動の位相遅れを小さくする)ことができる。このため、運転者は車両の動きにさらに一体感を得ることができる。
【0063】
図2に示すように、係数設定部22aは制御ゲイン設定部22aaを備えており、制御ゲイン設定部22aaが車速に基づいて制御ゲインαを設定する。
制御ゲイン設定部22aaは、車速Vから制御ゲインαを例えば図8に示すf(V)、f(V)、f(V)、f(V)のいずれかの関数を用いて設定する。f(V)は車速Vに対して制御ゲインαが常に1より大きくなる関数である。f(V)は車速Vが閾値Vよりも小さいとき制御ゲインαが1より大きくなり、車速Vが閾値Vのとき制御ゲインαが1となり、車速Vが閾値Vよりも大きいとき制御ゲインαが1より小さくなる関数である。f(V)は車速Vに対して制御ゲインαが常に1より小さくかつ正の値となる関数である。f(V)は車速Vに対して制御ゲインαが常に負となる関数である。制御ゲインαが負のとき、旋回中の車両に生じるロール角(ロール運動)は旋回内向きとなり、通常生じるロール運動とは逆向きになる。
【0064】
(V)、f(V)、f(V)、f(V)はいずれも車速Vが大きいほど制御ゲインαが小さくなる関数である。これは、車速Vによって、旋回方向と、車両に生じる横滑り角βの向きの関係が変わるためである。車両が一定の半径で左旋回する場合の車速Vと横滑り角βの関係を図9に示す。
車速VがVより小さいとき横滑り角βは正となり、車速VがVのとき横滑り角βが零となり、車速VがVより大きいとき横滑り角βが負となる。そのため、横滑り角速度β「・」も車速Vを境に符号が逆転することになる。運転者がステアリングを切り増して旋回半径を小さくした場合、車速VがVより小さいとき横滑り角βが増加し横滑り角速度β「・」は正となるが、車速VがVより大きいときは横滑り角βが減少し横滑り角速度β「・」は負となる。
【0065】
そのため、アクチュエータで発生させるロールモーメントにおける式(9)のロールモーメント第1成分Mφ1は、車速VがVより小さいとき負となり、車速VがVのとき零となり、車速VがVより大きいとき正となる。左旋回のときに横加速度aによって生じるロールモーメントは正であるため、運転者がステアリングを切り増したときにアクチュエータで車両にロールモーメント第1成分Mφ1を発生させると、車両に作用するロールモーメントは、車速VがVより小さいときは減少し、車速VがVのときは変化せず、車速VがVより大きいときは増加することになる。
【0066】
つまり、アクチュエータがロールモーメント第1成分Mφ1を発生させることにより、車速VがVより小さいときロール角が減少し、車速VがVのときロール角は変化せず、車速VがVより大きいときロール角が増加することになる。車速Vに応じてロールモーメント第1成分Mφ1により生じるロール角(ロール運動)の増減を抑えるため、車速Vが大きいほど制御ゲインαを小さくするのがよい。さらに、同じ操舵(例えば、同じ振幅と周波数のサイン操舵)を行った場合に車両運動制御装置でアクチュエータにロールモーメントを発生させたときと発生させないときで車両に発生するロール運動の大きさ(ロール角の最大値)が同程度になるように車速Vに対して制御ゲインαを設定してもよい。
【0067】
その場合、図8におけるf(V)のような関数となり、車速Vが閾値Vよりも大きいときは制御ゲインαが1より小さくなり、車速Vが閾値Vよりも小さきときは制御ゲインαが1より大きくなる。また閾値Vは、図9に示した車両が一定の半径で旋回した場合に横滑り角βが零となる車速Vにおおよそ等しくなる。
【0068】
したがって、図8に示すように、車速Vが閾値Vより大きいときに制御ゲインαを1より小さい値に設定し、車速Vが閾値V以下のときに制御ゲインαを1以下に設定することで、車両運動制御装置17(図2)でアクチュエータにロールモーメントを発生させたときと発生させないときで車両に発生するロール運動の大きさ(ロール角の最大値)が同程度になるため、制御による違和感を抑えることができる。また車速Vが閾値Vよりも大きいときは、ロール運動の大きさがロールモーメント第1成分Mφ1により大きくなるため、少なくとも車速Vが閾値Vより大きいときに制御ゲインαを1より小さい値に設定することで、制御によりロール運動が大きくなることで車両姿勢が不安定になることを抑制することができる。
【0069】
図6に示した制御ゲインαと係数A,AおよびAの関係を、図8で示した車速Vと制御ゲインαの関数を用いて、車速Vと係数A,AおよびAの関係に変換したグラフを図10に示す。
【0070】
図10の車速Vと係数Aのグラフにおける関数g(V)は、図8のf(V)で車速Vから制御ゲインαを設定した場合の係数A図6)に対応する関数である。図10の関数g(V),g(V),g(V)も同様に、各関数は車速Vからf(V),f(V),f(V)(図8)で制御ゲインαを設定した場合の係数Aに対応する。図8の関数f(V)を用いて制御ゲインαを設定すれば、車両運動制御装置17(図2)でアクチュエータにロールモーメントを発生させたときと発生させないときで車両に発生するロール運動の大きさ(ロール角の最大値)が同程度になり制御による違和感を抑えることができることから、関数f(V)に対応する関数g(V)も同様の効果を有する。
【0071】
すなわち、図10の関数g(V)で示されるように、車速Vが閾値Vより大きいときに係数Aを負の値に設定し、車速Vが閾値V以下のときに係数Aを零以上の値に設定する。これにより、車両運動制御装置17(図2)でアクチュエータにロールモーメントを発生させたときと発生させないときで車両に発生するロール運動の大きさ(ロール角の最大値)が同程度になるため、制御による違和感を抑えることができる。また、車速Vが閾値Vよりも大きいときはロール運動の大きさがロールモーメント第1成分Mφ1により大きくなるため、少なくとも車速Vが閾値Vより大きいときに係数Aを負の値に設定することで、制御によりロール運動が大きくなることで車両姿勢が不安定になることを抑制することができる。
【0072】
図10の車速Vと係数Aのグラフにおける関数p(V)は、図8のf(V)で車速Vから制御ゲインαを設定した場合の係数A図6)に対応する関数である。図10の関数p(V),p(V),p(V)も同様に、各関数は車速Vからf(V),f(V),f(V)(図8)で制御ゲインαを設定した場合の係数Aに対応する。
【0073】
図10の車速Vと係数Aのグラフにおける関数q(V)は、図8のf(V)で車速Vから制御ゲインαを設定した場合の係数A図6)に対応する関数である。図10の関数q(V),q(V),q(V)も同様に、各関数は車速Vからf(V),f(V),f(V)(図8)で制御ゲインαを設定した場合の係数Aに対応する。
図10に示した車速Vと係数A,A,Aの関係を用いれば図2の制御ゲイン設定部22aaが不要となるため、係数設定部22aは、車速Vから係数A,A,Aを設定することができる。
【0074】
図2に示すロールモーメント演算部22は、式(8)または式(15)を用いてロールモーメント指令値Mφを演算し、アクチュエータ制御手段24に出力する。ロールモーメント演算部22において、式(8)または式(15)のいずれかを用いてロールモーメント指令値を演算するかは、実車試験またはシミュレーションの結果を用いて予め定めておいてもよいし、運転者が任意に設定できるようにしておいてもよい。
【0075】
<アクチュエータ制御手段24が出力する上下力指令値について>
アクチュエータ制御手段24は、ロールモーメントを発生するアクティブサスペンションの上下力を制御するため、サスペンション制御装置18が受取可能な入力信号として、ロールモーメント指令値Mφ図11A図11Cに示す上下力指令値に変換して出力する。
アクチュエータによりサスペンションに発生させる上下力をFSとする。上下力FSは車両のばね上を支持するばねおよびダンパによって作用する。これらばねおよびダンパは、各サスペンション装置4の構成部材である。上下力FSにおける添え字iは四輪車のサスペンション位置を示しており、添え字i=1が左前輪、i=2が右前輪、i=3が左後輪、i=4が右後輪である。後述する前後力における添え字iについても同様である。
【0076】
説明を簡単にするため、各サスペンション装置4におけるばねとダンパは同一軸上に配置されていると仮定する。図11A図11Cに示すように、前輪2のサスペンション装置4におけるばねとダンパの支持点の左右間距離をds、後輪2のサスペンション装置4におけるばねとダンパの支持点の左右間距離をdsとする。
ロールモーメント指令値Mφと上下力指令値FSの関係は式(20)になる。
【0077】
【数12】
【0078】
図2に示すように、アクチュエータ制御手段24から上下力指令値FSが入力されたサスペンション制御装置18は、図示しない駆動源を用いてアクティブサスペンションの上下力を制御することでロールモーメントを発生させる。前記駆動源は、油圧、空気圧、または電気モータ等を用いることができる。アクティブサスペンションで車両にロールモーメント指令値Mφを満足するロールモーメントを発生させることで、ロール運動の大きさを変化させると共に車両のロール運動がヨー運動に連動するため、運転者は車両の動きに一体感が得られる。
【0079】
<作用効果>
車両運動制御装置17によると、前記ロールモーメント指令値は、車両の横滑り角速度と車速の積から計算されるロールモーメント第1成分を含むため、旋回時の車両において、横加速度で生じるロールモーメントをキャンセルすることができる。これにより車両のロール運動をヨー運動に連動させることができる。さらに前記ロールモーメント指令値は、車両のヨーレートと車速の積から計算されるロールモーメント第2成分を含むため、車両のロール運動の大きさを自由に変化させることができる。このように車両のロール運動の大きさを自由に変化させ、かつ車両のロール運動をヨー運動に連動させることで、旋回時の車両において、運転者は車両の動きに一体感を得ることができる。
【0080】
ロールモーメント演算器22が演算するロールモーメント指令値が、車両のヨーレートの微分値と車速の積から計算されるロールモーメントであるロールモーメント第3成分を含んでいる場合、ロールモーメント指令値を、サスペンションの減衰等で生じる遅れを補償した値とすることができる。したがって、サスペンションによって生じるロール角の遅れが小さくなるため、運転者は車両の動きにさらに一体感を得ることができる。
【0081】
<他の実施形態について>
以下の説明においては、各実施形態で先行して説明している事項に対応している部分には同一の参照符号を付し、重複する説明を略する。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、特に記載のない限り先行して説明している形態と同様とする。同一の構成から同一の作用効果を奏する。各実施形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0082】
[第2の実施形態:図12図14
図12は、四輪にインホイールモータ3を備え、ロール運動の制御にインホイールモータ3の前後力を用いた例である。つまりこの車両1は、ロールモーメントを発生させるアクチュエータとして、四輪にインホイールモータ3を備えている。この場合、車両運動制御装置17Aと、インホイールモータ3とで車両運動制御システム20Aが構成される。
図12に示す実施形態は、第1の実施形態(図1)に対してアクティブサスペンションおよびサスペンション制御装置の代わりに、インホイールモータ3およびモータ制御装置19を備えている点が異なる。モータ制御装置19は、各インホイールモータ3をそれぞれ制御する四台のインバータ19aを有する。インバータ19aは、図示外のバッテリの直流電力をモータ駆動のための交流電力に変換する図示外のパワー回路部と、このパワー回路部を制御する図示外のドライバ回路部とを有する。アクセルペダルセンサ11、ブレーキペダルセンサ12の出力は、ECU9に入力されてECU9によりアクセル指令値およびブレーキ指令値に変換され、車両運動制御装置17Aに入力される。車速センサ13から出力される車速もECU9を介して車両運動制御装置17に入力される。
【0083】
図13は車両運動制御装置17Aのブロック図である。同図13は、第1の実施形態のブロック図(図2)に対してアクチュエータ制御手段24の出力が前後力指令値となり、モータ制御装置19に出力されている点が異なる。
図14に示すように、サスペンションのリンク配置が仮想的なアンチダイブ角θまたはアンチスクワット角θを有する場合、インホイールモータまたはブレーキ等の前後力によって車体に上下力が生じる。この上下力をロール運動の制御に用いる。
【0084】
図13に示す車両運動制御装置17Aのアクチュエータ制御手段24は、ロールモーメント指令値Mφから式(25)から式(28)を用いて前後力指令値FX(i=1~4)を演算しモータ制御装置19に出力する。モータ制御装置19は、アクチュエータ制御手段24が出力した前後力指令値に従ってインホイールモータ3のモータトルクを制御する。式(25)から式(28)を用いることで、ロールモーメント指令値Mφを満足するロールモーメントが四輪の前後力で発生できる。
【0085】
【数13】
【0086】
ロールモーメントの発生には、インホイールモータの制動力の代わりに、摩擦ブレーキの制動力を使用することができる。また、アンチダイブ角θおよびアンチスクワット角θは小さくなるが、エンジンまたはオンボードタイプの電気モータの制駆動力を使用することができる。また、それらを組合せてもよい。
【0087】
[第3の実施形態]
ロールモーメントを発生させるアクチュエータとして、第1の実施形態の前記アクティブサスペンションに代えて、ロール剛性可変機構となるアクティブスタビライザ等の車体の上下力を発生可能なアクチュエータを使用し得る。前記アクティブスタビライザは、前輪と後輪に対してそれぞれ設けられる。各アクティブスタビライザは、トーションバー等からなる左右のスタビライザ部材と、これら左右のスタビライザ部材を相互に回転可能に結合するスタビライザーアクチュエータ部とを有する。
【0088】
前記スタビライザーアクチュエータ部が左右のスタビライザ部材を相互に回転させることで、アクティブスタビライザの全体の弾性力を変化させて車両のロール剛性を制御する。前記スタビライザーアクチュエータ部は、例えば、駆動源である電動モータと、この電動モータの出力を減速する減速機とを備えて出力軸が低速回転するロータリアクチュエータである。
【0089】
以上、実施形態に基づいて本発明を実施するための形態を説明したが、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0090】
1…車両、3…インホイールモータ(アクチュエータ)、7…ショックアブソーバー(アクチュエータ)、17,17A…車両運動制御装置、20,20A…車両運動制御システム、22…ロールモーメント演算器、22a…係数設定部、24…アクチュエータ制御手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11A
図11B
図11C
図12
図13
図14