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特開2022-191887アルミニウム合金、アルミニウム合金熱間加工材及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022191887
(43)【公開日】2022-12-28
(54)【発明の名称】アルミニウム合金、アルミニウム合金熱間加工材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20221221BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20221221BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20221221BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20221221BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/00 N
C22F1/04 A
C22F1/00 630K
C22F1/00 630A
C22F1/00 630Z
C22F1/00 612
C22F1/00 683
C22F1/00 694B
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 684C
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021100377
(22)【出願日】2021-06-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「革新的新構造材料等研究開発、高強度アルミニウム合金を用いた自動車部品開発」の委託研究成果について、産業技術力強化法第17条の適用を受けようとする特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】愛須 優輝
(72)【発明者】
【氏名】箕田 正
(57)【要約】
【課題】Mgを含まない場合、及び、Mgの含有量が比較的少量である場合のいずれであっても優れた熱間加工性と高い強度とを両立させることができるアルミニウム合金、このアルミニウム合金からなるアルミニウム合金熱間加工材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金は、Sc:0.01質量%以上0.40質量%以下、Mg:0質量%以上2.5質量%以下、Zr:0質量%以上0.4質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している。450℃の温度において1s-1のひずみ速度でアルミニウム合金を圧縮して変形させた際の真応力に基づいて算出される圧縮変形抵抗が62MPa以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sc:0.01質量%以上0.40質量%以下、Mg:0質量%以上2.5質量%以下、Zr:0質量%以上0.4質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
450℃の温度において1s-1のひずみ速度で圧縮して変形させた際の真応力に基づいて算出される圧縮変形抵抗が62MPa以下である、アルミニウム合金。
【請求項2】
Mgの含有量が0.2質量%以上2.5質量%以下である、請求項1に記載のアルミニウム合金。
【請求項3】
Zrの含有量が0.01質量%以上0.4質量%以下である、請求項1または2に記載のアルミニウム合金。
【請求項4】
前記アルミニウム合金は、さらに、Cu:0質量%超え1.0質量%以下、Mn:0質量%超え1.0質量%以下、Cr:0質量%超え0.30質量%以下、Ti:0質量%超え0.10質量%以下、B:0質量%超え0.10質量%以下からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有している、請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金。
【請求項5】
Sc:0.01質量%以上0.40質量%以下、Mg:0質量%以上2.5質量%以下、Zr:0質量%以上0.4質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
Al母相中に分散したAl-Sc系第二相粒子を有し、かつ、前記Al-Sc系第二相粒子の数密度が3000個/μm3以上である、アルミニウム合金熱間加工材。
【請求項6】
Mgの含有量が0.2質量%以上2.5質量%以下である、請求項5に記載のアルミニウム合金熱間加工材。
【請求項7】
Zrの含有量が0.01質量%以上0.4質量%以下である、請求項5または6に記載のアルミニウム合金熱間加工材。
【請求項8】
前記アルミニウム合金熱間加工材は、さらに、Cu:0質量%超え1.0質量%以下、Mn:0質量%超え1.0質量%以下、Cr:0質量%超え0.30質量%以下、Ti:0質量%超え0.10質量%以下、B:0質量%超え0.10質量%以下からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有している、請求項5~7のいずれか1項に記載のアルミニウム合金熱間加工材。
【請求項9】
前記アルミニウム合金熱間加工材は、アルミニウム合金からなる壁部によって囲まれた少なくとも1か所の中空部を有しており、前記壁部には、前記アルミニウム合金同士が溶着してなる少なくとも1か所の溶着面が形成されている、請求項5~8のいずれか1項に記載のアルミニウム合金熱間加工材。
【請求項10】
請求項1~4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金に温度が350℃以上550℃以下の範囲内である状態で熱間加工を施す熱間加工工程と、
前記熱間加工工程の前及び前記熱間加工工程の後のうち少なくとも一方において、前記アルミニウム合金を250℃以上550℃以下の保持温度に合計30分以上保持する熱処理工程と、を有する、アルミニウム合金熱間加工材の製造方法。
【請求項11】
前記熱間加工工程において、前記アルミニウム合金に前記熱間加工としてのポートホール押出を施す、請求項10に記載のアルミニウム合金熱間加工材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金、アルミニウム合金熱間加工材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム材(純アルミニウム及びアルミニウム合金を含む。)は、比強度が高く、加工性に優れているという特性を活かし、車両や航空機、船舶等の輸送機用材料、建築材料、一般機械部品などの種々の分野で用いられている。これらの用途の中でも、例えば車両用材料等においては、車両の軽量化のため、高い強度が求められている。また、車両用材料等には、複雑な断面形状や微細構造を有する断面形状への成形加工が施されることがある。これらの要求を満たすため、車両に用いられるアルミニウム材には、140MPa以上の0.2%耐力と、優れた熱間加工性とを兼ね備えていることが要求されている。かかる要求を満足するアルミニウム合金としては、Al(アルミニウム)、Mg(マグネシウム)及びSi(ケイ素)を含む6000系合金や、Al、Mg及びZn(亜鉛)を含む7000系合金がある。
【0003】
しかし、6000系合金は、溶接継手効率が低いため溶接が必要となる用途には適さない。また、7000系合金は耐食性が低いという問題がある。
【0004】
一方、溶接継手効率及び耐食性に優れたアルミニウム材としては、1000系アルミニウムや、Al(アルミニウム)とMg(マグネシウム)とを含む5000系合金(例えば、特許文献1)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6446124号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、1000系アルミニウムは、合金元素の含有量が少ないため、強度が低いという問題がある。また、5000系合金において強度を高めるためには、単純にはMgの含有量を多くする方法が考えられる。しかし、Mgの含有量が多くなると、例えば熱間圧延や熱間押出などの熱間加工の際に変形抵抗が大きくなり、5000系合金を所望の形状に成形することが難しくなるおそれがある。
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、Mgを含まない場合や、Mgの含有量が比較的少量の場合であっても優れた熱間加工性と高い強度とを両立させることができるアルミニウム合金、このアルミニウム合金からなるアルミニウム合金熱間加工材及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、Sc(スカンジウム):0.01質量%以上0.40質量%以下、Mg(マグネシウム):0質量%以上2.5質量%以下、Zr(ジルコニウム):0質量%以上0.4質量%以下を含有し、残部がAl(アルミニウム)及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
450℃の温度において1s-1のひずみ速度で圧縮して変形させた際の真応力に基づいて算出される圧縮変形抵抗が62MPa以下である、アルミニウム合金にある。
【0009】
本発明の他の態様は、Sc:0.01質量%以上0.40質量%以下、Mg:0質量%以上2.5質量%以下、Zr:0質量%以上0.4質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
Al母相中に分散したAl-Sc系第二相粒子を有し、かつ、前記Al-Sc系第二相粒子の数密度が3000個/μm3以上である、アルミニウム合金熱間加工材にある。
【0010】
本発明のさらに他の態様は、前記の態様のアルミニウム合金に温度が350℃以上550℃以下の範囲内である状態で熱間加工を施す熱間加工工程と、
前記熱間加工工程の前及び前記熱間加工工程の後のうち少なくとも一方において、前記アルミニウム合金を250℃以上550℃以下の保持温度に合計30分以上保持する熱処理工程と、を有する、アルミニウム合金熱間加工材の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
前記アルミニウム合金は、必須成分としてのScと、任意成分としてのMg及びZrとを含有している。前記アルミニウム合金中のScは、Al母相中に固溶した固溶元素やAl母相中に分散したAl-Sc系第二相粒子として存在している。Scは、これらのいずれの状態であっても熱間加工時の変形抵抗に及ぼす影響が小さい。それ故、前記アルミニウム合金は、Mgを含まない場合や前記特定の範囲のMgを含む場合であっても変形抵抗の上昇を抑制し、熱間加工性の悪化を回避することができる。
【0012】
また、固溶元素としてのScは、前記特定の熱処理工程を施すことにより、Al-Sc系第二相粒子としてAl母相中に析出する。このAl-Sc系第二相粒子の析出強化により、前記アルミニウム合金の強度を向上させることができる。
【0013】
以上のように、前記アルミニウム合金は、Mgを含まない場合、及び、Mgの含有量が比較的少量である場合のいずれにおいても優れた熱間加工性と高い強度とを両立させることができる。
【0014】
また、前記アルミニウム合金熱間加工材は、前記特定の化学成分を有するとともに、Al母相中に分散したAl-Sc系第二相粒子の数密度が前記特定の範囲内である。前記アルミニウム合金熱間加工材は、Al-Sc系第二相粒子の数密度を前記特定の範囲とすることにより、高い強度を容易に実現することができる。
【0015】
また、前記アルミニウム合金熱間加工材の製造方法は、前記の態様のアルミニウム合金に熱間加工を施す熱間加工工程と、前記アルミニウム合金を前記特定の条件で加熱する熱処理工程と、を有している。前記熱処理工程においては、前記アルミニウム合金を前記特定の条件で加熱することにより、アルミニウム合金中に固溶したScをAl-Sc系第二相粒子として析出させることができる。これにより、最終的に得られるアルミニウム合金熱間加工材の強度を容易に向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(アルミニウム合金)
前記アルミニウム合金の化学成分及びその限定理由を説明する。
【0017】
・Sc:0.01質量%以上0.40質量%以下
前記アルミニウム合金は、必須成分として、0.01質量%以上0.40質量%以下のScを含有している。前述したように、前記アルミニウム合金中のScは、Al母相中に固溶した固溶元素やAl-Sc系第二相粒子などの状態で存在している。Al母相中に固溶しているScは、前記アルミニウム合金を250℃以上550℃以下の保持温度に保持した際に、Al-Sc系第二相粒子としてAl母相中に析出する。そして、Al母相中に分散したAl-Sc系第二相粒子は、析出強化により、前記アルミニウム合金の強度を向上させる作用を有している。
【0018】
前記アルミニウム合金は、Scの含有量を前記特定の範囲とすることにより、Al母相中に存在するAl-Sc系第二相粒子の数密度を前記特定の範囲内にできるように構成されている。それ故、前記アルミニウム合金は、容易に強度を向上させることができる。また、前述したように、Al母相中に固溶しているSc及びAl-Sc系第二相粒子は、いずれも熱間加工性に及ぼす影響が小さい。それ故、前記アルミニウム合金は、Al-Sc系第二相粒子が存在している場合であっても、熱間加工時の変形抵抗の上昇を抑制することができる。
【0019】
Scの含有量は、0.03質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましく、0.07質量%以上であることがさらに好ましい。前記アルミニウム合金中のScの含有量を多くすることにより、熱処理後におけるAl-Sc系第二相粒子の数密度をより高くすることができる。その結果、前記アルミニウム合金の強度をより向上させることができる。Scの含有量が0.01質量%未満の場合には、Al-Sc系第二相粒子の数密度を高くすることが難しくなり、強度を高くすることが難しくなるおそれがある。
【0020】
一方、Scの含有量が過度に多くなると、Scの含有量が固溶限を超え、前記アルミニウム合金中にScを固溶させることが難しくなる。その結果、Al-Sc系第二相粒子による強度向上の効果が得られなくなるおそれがある。かかる問題を回避する観点から、Scの含有量は0.40質量%以下とする。同様の観点から、Scの含有量は、0.35質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましく、0.25質量%以下であることがさらに好ましく、0.15質量%以下であることが特に好ましい。
【0021】
・Mg:0質量%以上2.5質量%以下
前記アルミニウム合金は、任意成分として、2.5質量%以下のMgを含んでいてもよい。前記アルミニウム合金中のMgは、Al母相中に固溶した固溶元素として存在しており、前記アルミニウム合金の強度を向上させる作用を有している。前記アルミニウム合金中のMgの含有量を前記特定の範囲とすることにより、熱間加工時の変形抵抗の上昇を抑制しつつMgによる強度向上の効果を得ることができる。
【0022】
Mgによる強度向上の効果をより高める観点からは、Mgの含有量は、0.4質量%以上であることが好ましく、0.8質量%以上であることがより好ましく、1.0質量%以上であることがさらに好ましく、1.2質量%以上であることが特に好ましい。一方、熱間加工性をより高める観点からは、Mgの含有量は、2.2質量%以下であることが好ましく、2.0質量%以下であることがより好ましく、1.8質量%以下であることがさらに好ましい。
【0023】
・Zr:0質量%以上0.40質量%以下
前記アルミニウム合金は、任意成分として、0.40質量%以下のZrを含んでいてもよい。前記アルミニウム合金中のZrは、Al母相中に固溶した固溶元素やZr系析出物などの状態で存在している。Al母相中に固溶しているZrは、前記アルミニウム合金を250℃以上550℃以下の保持温度に保持した際に、Al-Sc系第二相粒子を取り囲むようにして析出する。このようにして析出したZr系析出物は、Al-Sc系第二相粒子の粗大化を抑制する作用を有している。そして、Zr系析出物によってAl-Sc系第二相粒子の粗大化が抑制されることにより、より微細かつ多数のAl-Sc系第二相粒子をAl母相中に析出させることができる。以上の結果、Al-Sc系第二相粒子による強度向上の効果をより高めることができる。
【0024】
Zrによる前述した作用効果をより高める観点からは、Zrの含有量は、0.01質量%以上であることが好ましく、0.03質量%以上であることがより好ましく、0.06質量%以上であることがさらに好ましく、0.09質量%以上であることが特に好ましい。
【0025】
一方、Zrの含有量が過度に多くなると、Zrの含有量が固溶限を超え、前記アルミニウム合金中にZrを固溶させることが難しくなる。その結果、Zr系析出物による前述した作用効果が得られなくなるおそれがある。かかる問題を回避する観点から、Zrの含有量は0.40質量%以下とする。同様の観点から、Zrの含有量は、0.35質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましく、0.25質量%以下であることがさらに好ましい。
【0026】
・Cu(銅):0質量%超え1.0質量%以下
前記アルミニウム合金は、任意成分として、0質量%超え1.0質量%以下のCuを含んでいてもよい。この場合には、前記アルミニウム合金の強度をより高めることができる。Cuによる強度向上の効果をより高める観点からは、Cuの含有量は、0.10質量%以上であることが好ましく、0.20質量%以上であることがより好ましく、0.30質量%以上であることがさらに好ましい。
【0027】
一方、Cuの含有量が過度に多くなると、耐食性の低下を招くおそれがある。耐食性の低下を回避しつつCuによる強度向上の効果を得る観点からは、Cuの含有量は、0.90質量%以下であることが好ましく、0.80質量%以下であることがより好ましく、0.70質量%以下であることがさらに好ましい。
【0028】
・Mn(マンガン):0質量%超え1.0質量%以下、Cr(クロム):0質量%超え0.30質量%以下
前記アルミニウム合金は、任意成分として、0質量%超え1.0質量%以下のMn及び0質量%超え0.30質量%以下のCrのうち1種または2種の元素を含んでいてもよい。これらの元素の含有量を前記特定の範囲とすることにより、前記アルミニウム合金の製造過程における結晶粒組織の粗大化をより効果的に抑制することができる。
【0029】
・Ti(チタン):0質量%超え0.10質量%以下、B(ホウ素):0質量%超え0.010質量%以下
前記アルミニウム合金は、任意成分として、0質量%超え0.10質量%以下のTi及び0質量%超え0.010質量%以下のBのうち1種または2種の元素を含んでいてもよい。これらの元素は、前記アルミニウム合金の製造過程において、溶湯を凝固させた際の結晶粒を微細化する作用を有している。Ti及びBの含有量を前記特定の範囲とすることにより、前記アルミニウム合金の結晶粒を十分に微細化し、最終的に得られるアルミニウム合金熱間加工材の強度をより向上させることができる。
【0030】
・不可避的不純物
前記アルミニウム合金に含まれる不可避的不純物としては、例えば、Fe(鉄)、Si(ケイ素)等の元素が挙げられる。不可避的不純物としてのFeの含有量は0.50質量%以下であり、Siの含有量は0.50質量%以下である。また、Fe及びSi以外の不可避的不純物は、各元素について0.05質量%以下である。不可避的不純物としての元素の含有量が前述した範囲であれば、不可避的不純物によって前述した作用効果が損なわれることを容易に回避できる。
【0031】
・圧縮変形抵抗:62MPa以下
前記特定の範囲の化学成分を有するアルミニウム合金は、62MPa以下の圧縮変形抵抗を有している。なお、本明細書における圧縮変形抵抗とは、450℃の温度において1s-1のひずみ速度で圧縮して変形させた際の真応力に基づいて算出される圧縮変形抵抗である。
【0032】
前記アルミニウム合金の圧縮変形抵抗を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム合金の熱間加工性を向上させることができる。また、前記特定の範囲の圧縮変形抵抗を備えたアルミニウム合金は、例えば、ポートホール押出、すなわち、オス型とメス型とを組み合わせてなるダイスからアルミニウム合金を押し出す成形法のような、特に高い熱間加工性が要求される成形法にも適用することができる。
【0033】
(アルミニウム合金熱間加工材)
前記アルミニウム合金に熱間圧延、熱間押出などの熱間加工を施すことにより、アルミニウム合金熱間加工材(以下、「熱間加工材」という。)を得ることができる。前記熱間加工材の化学成分は、素材として用いたアルミニウム合金の化学成分と同一である。
【0034】
前記熱間加工材におけるAl母相中には、Al-Sc系第二相粒子、つまり、AlとScとを含む第二相粒子が分散している。Al-Sc系第二相粒子は、具体的には、Al3Sc、Al3(ScxZr1-x)などの組成を有する金属間化合物から構成されている。なお、Al3(ScxZr1-x)におけるxの値は0<x<1である。Al3(ScxZr1-x)におけるxの値は、アルミニウム合金中のZrの含有量および熱処理工程における加熱条件に応じて種々変化する。
【0035】
前記熱間加工材におけるAl-Sc系第二相粒子の数密度は、3000個/μm3以上であることが好ましい。Al-Sc系第二相粒子は、析出強化によって熱間加工材の強度を向上させる作用を有している。熱間加工材におけるAl-Sc系第二相粒子の数密度を前記特定の範囲とすることにより、熱間加工材の強度を高めることができる。
【0036】
第二相粒子による析出強化の効果については、C. B. Fuller et al., Acta Materialia 51(2003)4803-4814に記載された以下の式(1)に基づいてある程度予測することができる。
σ=2.8/λ(lnλ+5.4)+σ0 ・・・(1)
なお、上記式におけるσは第二相粒子によって析出強化されたアルミニウム合金の0.2%耐力[MPa]であり、λは第二相粒子の平均粒子間距離[μm]であり、σ0は第二相粒子を含まないアルミニウム合金の0.2%耐力[MPa]である。
【0037】
前記式(1)における第二相粒子の平均粒子間距離λは、第二相粒子の単位体積当たりの数密度N[個/μm3]を用いて下記式(2)のように表すことができる。
λ=N-1/3 ・・・(2)
【0038】
σ0として、JIS A1100アルミニウムの典型的な0.2%耐力である35MPaを使用すると、前記式(1)は、下記式(3)のように書き表すことができる。
σ=2.8N1/3(lnN-1/3+5.4)+35 ・・・(3)
【0039】
そして、前記式(3)におけるNを3000個/μm3とすると、0.2%耐力σは145MPa程度となる。従って、Al-Sc系第二相粒子の数密度を前記特定の範囲とすることにより、Mgを含まない場合においてもアルミニウム合金の0.2%耐力が140MPa以上となることを期待できる。
【0040】
熱間加工材の強度をより高める観点からは、Al-Sc系第二相粒子の数密度は、5000個/μm3以上であることがより好ましく、7000個/μm3以上であることがさらに好ましい。なお、Al-Sc系第二相粒子の数密度の上限は、前記アルミニウム合金熱間加工材中に含まれるScの量に応じて自ずと決定される。
【0041】
前記熱間加工材におけるAl-Sc系第二相粒子の数密度は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた微細組織観察の結果に基づいて算出することができる。より具体的には、まず、前記熱間加工材から測定試料を採取したのち、電解研磨によって測定試料の厚みを0.1μmにする。TEMを用いてこの測定試料を観察し、視野内に存在する円相当径0.5nm以上10nm未満のAl-Sc系第二相粒子の数を数える。そして、視野内に存在するAl-Sc系第二相粒子の数を体積1μm3当たりの数に換算した値を、Al-Sc系第二相粒子の数密度とする。
【0042】
前記アルミニウム合金熱間加工材の形状は特に限定されることはなく、例えば、板材、棒材、管材、条材、押出形材などの種々の形状を取りうる。前記アルミニウム合金熱間加工材は、ポートホール押出によって作製されていることが好ましい。ポートホール押出によって作製された熱間押出材は、アルミニウム合金からなる壁部によって囲まれた少なくとも1か所の中空部を有している。また、ポートホール押出によって作製された熱間押出材における前記壁部には、前記アルミニウム合金同士が溶着してなる少なくとも1か所の溶着面が形成されていてもよい。
【0043】
前述したように、前記アルミニウム合金は、ポートホール押出が可能な程度の熱間加工性を有している。したがって、前記アルミニウム合金を用いることにより、ポートホール押出によって実現可能な、複雑な断面形状や微細構造を有する断面形状の熱間押出材を容易に作製することができる。
【0044】
(アルミニウム合金熱間加工材の製造方法)
前記アルミニウム合金熱間加工材の製造方法は、前記アルミニウム合金に温度が350℃以上550℃以下の範囲内である状態で熱間加工を施す熱間加工工程と、
前記熱間加工工程の前及び前記熱間加工工程が完了した後のうち少なくとも一方において、前記アルミニウム合金を250℃以上550℃以下の保持温度に合計30分以上保持する熱処理工程と、を有している。
【0045】
・熱間加工工程
熱間加工工程に供するアルミニウム合金としては、常法により準備されたものを使用することができる。例えば、アルミニウム合金は、前記特定の化学成分を備えた溶湯をDC鋳造やCC鋳造などの方法によって鋳造した鋳塊であってもよく、ビレットであってもよい。
【0046】
熱間加工工程における熱間加工としては、熱間圧延や熱間押出、熱間鍛造などの種々の加工法を採用することができる。前記製造方法では、前記特定の化学成分を有し、熱間加工性に優れたアルミニウム合金が使用される。それ故、前記製造方法は、熱間加工工程における熱間加工としてポートホール押出を採用することができる。そして、ポートホール押出を行うことにより、複雑な断面形状や微細な構造を備えた断面形状を有する熱間押出材を容易に得ることができる。
【0047】
熱間加工工程における熱間加工の開始温度は、350℃以上550℃以下とする。開始温度が350℃未満の場合には、前記アルミニウム合金の変形抵抗が過度に高くなり、熱間加工を行うことが難しい。一方、開始温度が550℃を超える場合には、熱間加工中に、アルミニウム合金が加工発熱によって部分的に溶融しやすくなるおそれがある。
【0048】
・熱処理工程
前記製造方法においては、アルミニウム合金を加熱する熱処理工程を行う。熱処理工程における保持温度は、250℃以上550℃以下とする。また、熱処理工程における保持時間は、合計30分以上とする。熱処理工程における保持温度及び保持時間を前記特定の範囲とすることにより、Al母相中に微細かつ多数のAl-Sc系第二相粒子を析出させ、熱間加工材の強度を向上させることができる。
【0049】
熱処理工程における保持温度が250℃未満の場合、または、保持時間の合計が30分未満の場合には、Al-Sc系第二相粒子の析出量が不十分となり、熱間加工材の強度の低下を招くおそれがある。熱処理工程における保持温度が550℃を超える場合には、アルミニウム合金の部分溶融を招くおそれがある。
【0050】
熱処理工程は、熱間加工工程を行う前に実施してもよいし、熱間加工工程が完了した後に実施してもよい。また、熱間加工工程を行う前及び熱間加工工程が完了した後の両方において熱処理工程を実施してもよい。Al-Sc系第二相粒子は、前述したように、熱間加工性に及ぼす影響が小さい。それ故、熱間加工工程を行う前に熱処理工程を実施し、Al-Sc系第二相粒子が析出しているアルミニウム合金に熱間加工を行う場合であっても、容易に熱間加工を行うことができる。
【実施例0051】
前記アルミニウム合金、前記アルミニウム合金熱間加工材及びその製造方法の実施例を以下に説明する。なお、本発明に係るアルミニウム合金、アルミニウム合金熱間加工材及びその製造方法の具体的な態様は、実施例に記載された態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲において適宜構成を変更することができる。
【0052】
本例では、まず、表1に示す化学成分を有するアルミニウム合金の溶湯を常法により鋳造し、直径90mm、長さ200mmの円柱状を呈するビレットを作製する。なお、表1における記号「Bal.」は、残部であることを示す記号である。このビレットを、300℃の保持温度に10時間保持し、次いで400℃の保持温度に10時間保持する(熱処理工程)。
【0053】
熱処理工程が完了した後、ビレットを450℃まで加熱して熱間押出を行う(熱間加工工程)。熱間押出におけるコンテナ温度は450℃、ダイス温度は450℃、押出速度は1.0m/分とする。以上により、試験材A~Fを得ることができる。なお、試験材A~Fは、幅35mm、厚み2mmの条材である。
【0054】
また、ビレットを500℃まで加熱し、コンテナ温度500℃、ダイス温度500℃、押出速度1.4m/分の条件で熱間押出を行うことにより、試験材Gを得ることができる。なお、試験材Gは、幅35mm、厚み2.6mmの条材である。
【0055】
また、表1に示す試験材H及び試験材Iは、試験材A~Gとの比較のための試験材である。試験材H及び試験材Iの製造方法は、アルミニウム合金の化学成分が異なる以外は試験材A~Fの製造方法と同様である。
【0056】
各試験材及び試験材の作製に用いたアルミニウム合金の物性は、以下の方法により評価することができる。
【0057】
・アルミニウム合金の圧縮変形抵抗
熱処理工程を行った後、熱間加工を行う前のビレットから、直径8mm、長さ12mmの円柱状を呈する圧縮試験用試験片を採取する。この試験片を用いて、温度450℃、ひずみ速度1s-1の条件で圧縮試験を行い、荷重-変位曲線を取得する。この荷重-変位曲線に基づき、圧縮試験中における試験片の変形が均一であると仮定し、真ひずみ及び真応力を算出する。そして、真ひずみが0.3以上0.6未満の範囲における真応力を算術平均し、この値を圧縮変形抵抗とする。各試験材の圧縮変形抵抗を表2に示す。
【0058】
・試験材中に存在するAl-Sc系第二相粒子の数密度
試験材を適当な大きさに切断した後、電解研磨を行うことにより厚み0.1μmの試験片を作製する。TEMを用いてこの試験片から無作為に選択した3か所を観察し、2μm×2μmの視野の暗視野像を取得する。そして、これら3か所の暗視野像中に存在する円相当径0.5nm以上10nm未満のAl-Sc系第二相粒子の数を体積1μm3当たりの数に換算することにより、Al-Sc系第二相粒子の数密度を算出する。
【0059】
試験材A中に存在するAl-Sc系第二相粒子の数密度は、10000個/μmである。また、試験材B~G中に存在するAl-Sc系第二相粒子の数密度も、試験材Aと同程度になると推定される。
【0060】
・試験材の機械的特性
試験材からJIS Z2241:2011に規定された5号試験片を採取する。この試験片を用いて引張試験を行い、引張強さ及び0.2%耐力を算出する。各試験材の引張強さ及び0.2%耐力を表2に示す。
【0061】
・押出性
押出性の評価は、以下の方法により行う。まず、熱処理工程が完了した後のビレットを520℃まで加熱する。そして、断面形状が一辺31mmの正方形状であり、中空部を取り囲む壁部の厚みが2.5mmである角管を形成可能に構成されたダイスを用いてビレットにポートホール押出を行う。ポートホール押出におけるコンテナ温度は450℃、ダイス温度は450℃、押出速度は1.0m/分とする。
【0062】
表2の「押出性」欄に記載した記号「A」は、前述の条件でポートホール押出を行った際に、角管を作製できることを示し、記号「B」は、角管を作製できないことを示す。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】
【0065】
表1及び表2に示したように、試験材A~Gに用いたアルミニウム合金は、前記特定の化学成分を有しており、ビレットの圧縮変形抵抗が62MPa以下である。そのため、これらの試験材は優れた熱間加工性を有しており、ポートホール押出を行うことが可能である。また、試験材A~Gは、前記特定の化学成分を有しているため、熱処理を施すことにより、Al-Sc系第二相粒子の数密度を3000個/μm3以上とすることができる。その結果、熱処理後の試験材A~Gの0.2%耐力を140MPa以上とすることができる。
【0066】
一方、試験材Hは、Scを含まないアルミニウム合金から構成されているため、熱処理後のビレット中にAl-Sc系第二相粒子が形成されない。それ故、試験材Hの0.2%耐力は試験材Aよりも低くなる。
【0067】
試験材Iを構成するアルミニウム合金には、試験材Hよりも強度を高くするために、試験材Hに比べて多量のMgが含まれている。しかし、Mgの含有量が多くなったことにより、アルミニウム合金の圧縮変形抵抗が上昇し、熱間押出性が悪化する。それ故、試験材Iは、ポートホール押出を行うことが難しい。また、試験材Iの0.2%耐力は、試験材Hに比べて高いものの、試験材A~Gに比べて低くなる。