(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022192003
(43)【公開日】2022-12-28
(54)【発明の名称】表層硬度予測モデル及びこれを用いた鋼板の表層硬度を予測制御する方法、制御指令装置、鋼板製造ライン、並びに鋼板製造方法
(51)【国際特許分類】
B21B 37/76 20060101AFI20221221BHJP
B21B 45/08 20060101ALI20221221BHJP
B21B 45/02 20060101ALI20221221BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20221221BHJP
C21D 11/00 20060101ALI20221221BHJP
G06N 20/00 20190101ALI20221221BHJP
G06N 3/02 20060101ALI20221221BHJP
B21C 51/00 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
B21B37/76 A
B21B45/08 E
B21B45/02 320S
C21D8/02 Z
C21D11/00 104
G06N20/00
G06N3/02
B21C51/00 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022045654
(22)【出願日】2022-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2021100449
(32)【優先日】2021-06-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】田村 雄太
【テーマコード(参考)】
4E124
4K032
4K038
【Fターム(参考)】
4E124AA01
4E124BB02
4E124BB06
4E124BB07
4E124BB08
4E124EE12
4E124EE15
4K032BA01
4K032CD00
4K038AA01
4K038CA03
4K038DA01
4K038DA03
4K038EA01
4K038EA03
4K038FA03
(57)【要約】
【課題】製造する鋼板の材質特性、とりわけ、その表層硬度を精度良く予測する。
【解決手段】本発明は、鋼板を製造するための鋼板製造ラインに適合された表層硬度予測モデルであって、前記鋼板の炭素当量と、前記鋼板に対する圧延工程における圧延工程データと、前記鋼板に対する冷却工程における冷却工程データとを入力とし、前記鋼板の表層硬度を示す材料試験データを出力として、前記鋼板の前記表層硬度を予測するように、所定の機械学習アルゴリズムを用いて機械学習が施された表層硬度予測モデルである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板を製造するための鋼板製造ラインに適合された表層硬度予測モデルであって、
前記鋼板の炭素当量と、前記鋼板に対する圧延工程における圧延工程データと、前記鋼板に対する冷却工程における冷却工程データとを入力とし、前記鋼板の表層硬度を示す材料試験データを出力として、前記鋼板の前記表層硬度を予測するように、所定の機械学習アルゴリズムを用いて機械学習が施された、
表層硬度予測モデル。
【請求項2】
前記圧延工程データは、最終デスケーリングを適用した時の前記鋼板の表面温度、及び該最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間を含む、
請求項1に記載の表層硬度予測モデル。
【請求項3】
前記圧延工程データは、前記圧延工程を行う圧延設備の仕様、前記鋼板の搬送速度、前記鋼板の寸法、及び前記鋼板に対するデスケーリングに関するデスケーリング情報の少なくともいずれかを更に含む、
請求項2に記載の表層硬度予測モデル。
【請求項4】
前記冷却工程データは、前記鋼板の冷却開始温度、冷却停止温度、及び鋼板表層の計算冷却速度を含む、
請求項1から3のいずれか一項に記載の表層硬度予測モデル。
【請求項5】
前記冷却工程データは、前記冷却工程を行う冷却設備の仕様、前記鋼板の搬送速度、及び前記鋼板の寸法の少なくともいずれかを更に含む、
請求項4に記載の表層硬度予測モデル。
【請求項6】
前記材料試験データは、ビッカース硬度測定手法、ブリネル硬度測定手法、及びロックウェル硬度測定手法のうちのいずれかによって測定された値である、
請求項1に記載の表層硬度予測モデル。
【請求項7】
前記所定の機械学習アルゴリズムは、ニューラルネットワーク、決定木学習、ランダムフォレスト、及びサポートベクター回帰のうちの少なくとも1つである、
請求項1に記載の表層硬度予測モデル。
【請求項8】
鋼板を製造するための鋼板製造ラインを制御する制御指令装置であって、
前記鋼板の炭素当量と、前記鋼板に対する圧延工程における圧延工程データと、前記鋼板に対する冷却工程における冷却工程データとを入力とし、前記鋼板の表層硬度を示す材料試験データを出力として、前記鋼板の表層硬度を予測するように、所定の機械学習アルゴリズムを用いて機械学習が施された表層硬度予測モデルと、
前記表層硬度予測モデルから出力される予測値に基づいて、前記冷却工程データを変更し、再設定する表層硬度制御部と、を備える、
制御指令装置。
【請求項9】
前記表層硬度予測モデルは、前記鋼板製造ラインの操業中に、前記炭素当量、前記圧延工程データ、及び前記冷却工程データに基づいて、前記予測値を出力し、
前記表層硬度制御部は、前記表層硬度予測モデルから出力される前記予測値が所定の目標値を満たしていない場合に、前記冷却工程データを変更し、再設定する、
請求項8に記載の制御指令装置。
【請求項10】
前記表層硬度制御部は、前記冷却工程データにおける冷却水の噴射水量及び/又は前記鋼板の搬送速度に関する操業パラメータを変更し、再設定する、
請求項9に記載の制御指令装置。
【請求項11】
制御指令装置と、
前記制御指令装置による制御の下、加熱された鋼板の表面に形成されるスケールをデスケーリングしながら所定の板厚になるまで圧延処理を行う圧延設備と、
前記制御指令装置による制御の下、圧延された前記鋼板に対して、所定の冷却速度で冷却処理を行う冷却設備と、を備える鋼板製造ラインであって、
前記制御指令装置は、表層硬度予測モデルを含み、
前記表層硬度予測モデルは、
前記鋼板の炭素当量と、前記鋼板に対する圧延工程における圧延工程データと、前記鋼板に対する冷却工程における冷却工程データとを入力とし、前記鋼板の表層硬度を示す材料試験データを出力として、前記鋼板の表層硬度を予測するように、所定の機械学習アルゴリズムを用いて機械学習が施された、
鋼板製造ライン。
【請求項12】
請求項1から7のいずれか一項に記載の前記表層硬度予測モデルを用いて前記鋼板の表層硬度を予測し、制御する方法であって、
前記機械学習が施された前記表層硬度予測モデルが、前記鋼板製造ラインの操業中に、前記炭素当量、前記圧延工程データ、及び前記冷却工程データに基づいて、前記鋼板の前記表層硬度の予測値を出力することを含む、
方法。
【請求項13】
出力される前記予測値に基づいて、前記冷却工程データを変更し再設定することと、
再設定された前記冷却工程データに基づいて、前記冷却工程を行うこと、を更に含む、
請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記再設定することは、前記冷却工程データにおける冷却水の噴射水量及び/又は前記鋼板の搬送速度に関する操業パラメータを変更することを含む、
請求項13に記載の方法。
【請求項15】
加熱された鋼板を所定の厚さになるまで圧延する圧延工程と、圧延された前記鋼板を所定の冷却速度に従って冷却する冷却工程とを含む鋼板製造方法であって、
請求項1に記載の前記表層硬度予測モデルから出力される予測値に基づいて、前記冷却データを変更し再設定し、再設定された前記冷却データに基づいて、前記冷却工程における操業パラメータを変更することを含む、
鋼板製造方法。
【請求項16】
前記鋼板が、厚鋼板、ラインパイプ用鋼板、及び土木建設用鋼板の少なくともいずれかである、請求項15に記載の鋼板製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の表層硬度を予測制御する技術に関し、特に、表層硬度予測モデル及びこれを用いた鋼板の表層硬度を予測制御する方法、制御指令装置、鋼板製造ライン、並びに鋼板製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鋼板の製造工程において、粗鋼の化学成分が調整された後、これを加熱設備で再加熱、熱間圧延され、更に、制御冷却される。目標とする鋼板の材質特性は、化学成分や加熱条件、圧延条件、及び/又は制御冷却条件に従って決定される。しかしながら、これらの各条件は、様々な外乱要因によりばらつきが生じ易く、この結果、鋼板の材質特性にばらつきが生じ、歩留りの低下を招いてしまう。そのため、外乱要因によってばらついた条件によって製造された鋼板の材質特性を予測することは、品質管理及び品質制御を行う上で極めて重要である。
【0003】
このため、従来より、鋼板の材質特性を予測する技術がいくつか提案されている。例えば、下記特許文献1には、鋼塊を再加熱後熱間圧延し、空冷乃至は加速冷却を行うプロセスで厚板を製造する際に、鋼塊の成分、鋼塊の元厚、再加熱条件、圧延条件、冷却条件及び熱処理条件を入力信号とし、材質を出力信号とする階層型ニューラルネットワークを組み、材質を予測計算する技術が開示されている。
【0004】
また、下記特許文献2には、プロセスごとに、プロセス条件に基づく材質予測値を算出し、算出した材質予測値が材質保証値を満たしていなければプロセス条件を修正するために再計算し、目標とする材質の鋼材を得る技術が開示されている。
【0005】
ところで、鋼板の表層硬度は、その延性に影響を与えるとともに、湿潤硫化水素環境(「サワー環境」と称されることもある。)下での耐サワー性能を確保するために重要な材質特性の一つである。鋼板の「表層」とは、一般には、その表面から深さ約2.0mmまでの層又は部分をいう。しかしながら、鋼板の表層硬度は、外乱要因の影響を受け易く、例えば、加工や冷却の影響を受ける鋼板の組織状態のみならず、その表面の酸化スケールの組成や厚みの影響を受けて、変化し易い特性である。また、酸化スケールの組成は、表層の歪みや外気の状況、冷却水の噴射状況、微量元素等の影響を受け易い。とりわけ、土木や建設産業用機械等の分野においては、耐サワーラインパイプ用鋼板が要求されるため、鋼板の表層硬度を所望の値に制御することは極めて重要である。
【0006】
例えば、下記特許文献3には、制御冷却における鋼板表層下0.5mmの冷却速度を80℃/s以下に制御することで、鋼板の表層硬度を制御する技術を開示している。
【0007】
また、下記特許文献4には、冷却工程の前半で水量密度を下げて鋼板を冷却することで、鋼板表面の冷却速度を抑制し、鋼板の表層硬度を制御する技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8-240587号公報
【特許文献2】特許第2509481号号公報
【特許文献3】特許第6521197号号公報
【特許文献4】特開昭57-152430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、鋼板の表層硬度は、製造された鋼板の重要な材質特性の一つである。このような鋼板の表層硬度は、典型的には、冷却工程後の鋼板の表面に圧子を押し込むことによって測定される。例えば、ブリネル硬度測定と呼ばれる手法では、圧子を鋼板表面に押し込んだ際に生じる圧痕の大きさを測定する。この場合、鋼板表面から数mmの深さまでの部分の硬さが測定に影響を与える。例えば、
図12は、厚さ25mmの鋼板を冷却工程した際の表面及び表面から深さ1mmの位置のそれぞれの温度の経時的な変化(温度履歴)を示している。同図からわかるように、鋼板表面と表面から深さ1mmの位置を比較すると、その温度履歴が異なり、これにより、その硬度も異なる。したがって、従来のように鋼板の厚さ方向での特定の位置(例えば板厚中央部や表面など)の組織状態を予測しただけでは、鋼板の表層硬度を精度良く予測することができないという問題がある。
【0010】
また、一般的に、高強度かつ高靭性の鋼板を製造しようとする場合、熱間圧延後の高温状態にある鋼板を高い冷却速度で急速冷却することが有効である。しかしながら、冷却速度が高過ぎると鋼板の表層が想定以上に硬化してしまうという問題が生じることがある。
【0011】
更に、鋼板を冷却する際、鋼板表面に発生したスケールの厚さによって冷却能力が変化することが知られている。例えば、
図13に示すように、スケールの厚さが増すと、冷却速度が高くなって、想定以上に鋼板表面が硬化してしまう原因となる。とりわけ、赤スケールが発生する状況では、
図14に示すように冷却速度が高く、想定以上に鋼板の表層が硬化してしまう。赤スケールとは、表層に粉状のFe2O3が発生して表面外観が赤色となっているスケールをいう。このような赤スケールは、圧延工程において、鋼板の表層のスケールが粉状に粉砕されて発生する。また、スケールの厚さが厚くなるほどスケールが粉砕され易く、赤スケールが生成し易いという問題がある。
【0012】
以上に鑑みると、上記した特許文献1及び2に開示された技術は、鋼板の板厚全体に係る材質特性を予測するものであり、表層硬度のように局所的な部分の材質特性を精度良く予測することには適していなかった。とりわけ、これらの技術では、鋼板表面に形成されるスケールの状態、すなわち、スケールの厚み及び赤スケールの発生の有無の両方を予測することを考慮しておらず、したがって、これらの技術による予測の結果を用いて材質の制御を行うと、想定以上に鋼板表面の硬度が高くなってしまうという問題があった。
【0013】
また、上記した特許文献3及び4に開示された鋼板の表層硬度を制御する技術は、鋼板表面のスケールの状態に依存して鋼板表層の冷却能力が変化するという影響を考慮しておらず、想定以上に鋼板の表層硬度が高くなってしまうという問題があった。
【0014】
そこで、本発明は、製造する鋼板の材質特性、とりわけ、その表層硬度を精度良く予測することができる技術を提案することを目的とする。
【0015】
より具体的には、本発明の目的の一つは、鋼板の製造工程において、冷却開始直前に形成されるスケールの厚みや状態が鋼板の表層硬度に与える影響を考慮して、鋼板の表層硬度を精度良く予測し、表層硬度のばらつきが少ない鋼板を製造することを可能とする、表層硬度予測モデル及びこれを用いた鋼板の表層硬度を予測制御する方法、制御指令装置、鋼板製造ライン、並びに鋼板製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するための本発明は、以下に示す発明特定事項乃至は技術的特徴を含んで構成される。
【0017】
ある観点に従う本発明は、鋼板を製造するための鋼板製造ラインに適合された表層硬度予測モデルである。前記表層硬度予測モデルは、前記鋼板の炭素当量と、前記鋼板に対する圧延工程における圧延工程データと、前記鋼板に対する冷却工程における冷却工程データとを入力とし、前記鋼板の表層硬度を示す材料試験データを出力として、前記鋼板の前記表層硬度を予測するように、所定の機械学習アルゴリズムを用いて機械学習が施されることにより、構築される。
【0018】
ここで、前記圧延工程データは、最終デスケーリングを適用した時の前記鋼板の表面温度、及び該最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間を含み得る。また、前記圧延工程データは、前記圧延工程を行う圧延設備の仕様、前記鋼板の搬送速度、前記鋼板の寸法、及び前記鋼板に対するデスケーリングに関するデスケーリング情報の少なくともいずれかを更に含み得る。
【0019】
また、前記冷却工程データは、前記鋼板の冷却開始温度、冷却停止温度、及び鋼板表層の計算冷却速度を含み得る。また、前記冷却工程データは、前記冷却工程を行う冷却設備の仕様、前記鋼板の搬送速度、及び前記鋼板の寸法の少なくともいずれかを含み得る。
【0020】
また、前記材料試験データは、ビッカース硬度測定手法、ブリネル硬度測定手法、及びロックウェル硬度測定手法のうちのいずれかによって測定された値であり得る。
【0021】
また、前記所定の機械学習アルゴリズムは、ニューラルネットワーク、決定木学習、ランダムフォレスト、及びサポートベクター回帰のうちの少なくとも1つであり得る。
【0022】
また、前記鋼板は、厚鋼板、ラインパイプ用鋼板、及び土木建設用鋼板の少なくともいずれかであり得る。
【0023】
また、別の観点に従う本発明は、鋼板を製造するための鋼板製造ラインを制御する制御指令装置である。前記制御指令装置は、前記鋼板の炭素当量と、前記鋼板に対する圧延工程における圧延工程データと、前記鋼板に対する冷却工程における冷却工程データとを入力とし、前記鋼板の表層硬度を示す材料試験データを出力として、前記鋼板の表層硬度を予測するように、所定の機械学習アルゴリズムを用いて機械学習が施された表層硬度予測モデルと、前記表層硬度予測モデルから出力される予測値に基づいて、前記冷却工程データを変更し、再設定する表層硬度制御部と、を備える。
【0024】
前記表層硬度予測モデルは、前記鋼板製造ラインの操業中に、前記炭素当量、前記圧延工程データ、及び前記冷却工程データに基づいて、前記予測値を出力し得る。また、前記表層硬度制御部は、前記表層硬度予測モデルから出力される前記予測値が所定の目標値を満たしていない場合に、前記冷却工程データを変更し、再設定し得る。
【0025】
また、前記表層硬度制御部は、前記冷却工程データにおける冷却水の噴射水量及び/又は前記鋼板の搬送速度に関する操業パラメータを変更し、再設定し得る。
【0026】
また、別の観点に従う本発明は、制御指令装置と、前記制御指令装置による制御の下、加熱された鋼板の表面に形成されるスケールをデスケーリングしながら所定の板厚になるまで圧延処理を行う圧延設備と、前記制御指令装置による制御の下、圧延された前記鋼板に対して、所定の冷却速度で冷却処理を行う冷却設備と、を備える鋼板製造ラインである。前記制御指令装置は、表層硬度予測モデルを含む。そして、前記表層硬度予測モデルは、前記鋼板の炭素当量と、前記鋼板に対する圧延工程における圧延工程データと、前記鋼板に対する冷却工程における冷却工程データとを入力とし、前記鋼板の表層硬度を示す材料試験データを出力として、前記鋼板の表層硬度を予測するように、所定の機械学習アルゴリズムを用いて機械学習が施され、構築される。
【0027】
また、別の観点に従う本発明は、前記表層硬度予測モデルを用いて前記鋼板の表層硬度を予測し、制御する方法であり得る。前記方法は、前記機械学習が施された前記表層硬度予測モデルが、前記鋼板製造ラインの操業中に、前記炭素当量、前記圧延工程データ、及び前記冷却工程データに基づいて、前記鋼板の前記表層硬度の予測値を出力することを含む。
【0028】
また、前記方法は、出力される前記予測値に基づいて、前記冷却工程データを変更し再設定することと、再設定された前記冷却工程データに基づいて、前記冷却工程を行うこと、を更に含み得る。
【0029】
更に、前記再設定することは、前記冷却工程データにおける冷却水の噴射水量及び/又は前記鋼板の搬送速度に関する操業パラメータを変更することを含み得る。
【0030】
また、別の観点に従う本発明は、鋼板製造方法であり得る。前記鋼板製造方法は、加熱された鋼板を所定の厚さになるまで圧延する圧延工程と、圧延された前記鋼板を所定の冷却速度に従って冷却する冷却工程とを含む。更に、前記鋼板製造方法であって、前記表層硬度予測モデルから出力される予測値に基づいて、前記冷却データを変更し再設定し、再設定された前記冷却データに基づいて、前記冷却工程における操業パラメータを変更することを含む。
【0031】
なお、本明細書等において、手段とは、単に物理的手段を意味するものではなく、その手段が有する機能をソフトウェアによって実現する場合も含む。また、1つの手段が有する機能が2つ以上の物理的手段により実現されても、2つ以上の手段の機能が1つの物理的手段により実現されても良い。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、鋼板の表層硬度を精度良く予測し、制御することができ、これにより、品質のばらつきのない鋼板を製造することができるようになる。
【0033】
本発明の他の技術的特徴、目的、及び作用効果乃至は利点は、添付した図面を参照して説明される以下の実施形態により明らかにされる。本明細書に記載された効果はあくまで例示であって限定されるものではなく、また他の効果があっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインの概略的構成の一例を示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインにおける冷却設備の概略的構成の一例を示す図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインにおける冷却設備の概略的構成の一例を示す図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る鋼板表層硬度の予測技術が適用される鋼板製造ラインにおける制御指令装置の概略的構成の一例を示す図である。
【
図5】圧延工程における鋼板に対する赤スケールの発生有無を示す図である。
【
図6】冷却工程における鋼板の表面から所定深さの位置での冷却速度及びその硬度の平均値を示す図である。
【
図7】鋼板の板厚(深さ)方向の分割点を説明するための図である。
【
図8】本発明の一実施形態に係る鋼板表層硬度の予測技術で用いられる鋼板表層の計算冷却温度を説明するための図である。
【
図9】鋼板の表面から所定深さの位置でのビッカース硬度と冷却速度との関係を示す図である。
【
図10】本発明の一実施形態に係る学習済み表層硬度予測モデルによる鋼板の表層硬度の予測処理を説明するためのフローチャートである。
【
図11】本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインを用いた実施例及び比較例を説明するための図表である。
【
図12】高温状態にある鋼板を冷却工程した際の鋼板の表面及び表面から所定深さの位置での温度履歴を示す図である。
【
図13】高温状態にある鋼板を冷却工程した際の所定のスケール厚の鋼板の温度履歴を示す図である。
【
図14】高温状態にある鋼板を冷却工程した際の赤スケール発生有無ごとの鋼板の温度履歴を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。ただし、以下に説明する実施形態は、あくまでも例示であり、以下に明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変形(例えば各実施形態を組み合わせる等)して実施することができる。また、以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付して表している。図面は模式的なものであり、必ずしも実際の寸法や比率等とは一致しない。図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることがある。
【0036】
図1は、本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインの概略的構成の一例を示す図である。本開示では、鋼板の表層硬度を予測するためのモデルを鋼板製造ラインに適用した例を説明するが、熱延や形鋼の製造ラインにおいても適用することができる。また、鋼板は、厚鋼板、ラインパイプ用鋼板、及び土木建設用鋼板の少なくともいずれかであり得る。
【0037】
同図に示すように、鋼板製造ライン1は、制御指令装置10と、加熱設備20と、圧延設備30と、デスケーリング設備40と、放射温度計50と、冷却設備60とを備える。
【0038】
制御指令装置10は、鋼板製造ライン1による操業を統括的に制御するための指令を発する装置である。制御指令装置10は、例えば、所定の制御シーケンスプログラムに従って、鋼板製造ライン1内の各設備及び機器を制御する。制御指令装置10は、例えば、各処理設備を制御するプロセスコンピュータ110と、これらを統括する上位コンピュータ120とから構成される(
図4参照)。また、後述するように、制御指令装置10は、製造する鋼板の表層硬度を予測するための機械学習が施された表層硬度予測モデル121を有する。制御指令装置10は、表層硬度予測モデル121を用いて、鋼板の表層硬度を予測し、その予測結果に基づいて、冷却工程の操業パラメータを再設定することにより、表層硬度のばらつきが少ない鋼板の製造を可能にする。
【0039】
加熱設備20は、板状のスラブ(鋼板)に対して熱処理をするための炉を含む設備である。加熱設備20は、操業中、例えば図示しない加熱装置により加熱されて高温に保たれ、搬入口から搬入された鋼板を加熱し、搬出口から搬出する。
【0040】
圧延設備30は、所定の温度に加熱された鋼板に圧延処理を施すための設備である。圧延設備30は、例えば、複数の圧延機31、すなわち、粗圧延機31aと、粗圧延機31bとから構成される粗圧延機31a及び粗圧延機31bのそれぞれは、例えば鋼板を圧延するためのワークロールと圧延荷重を受けてワークロールのたわみを抑制するバックアップロールとからなるが、これに限られない。鋼板は、粗圧延機31a及び粗圧延機31bのそれぞれにおいて、例えば搬送方向を前後することにより圧延され、圧延後、次工程(冷却工程)に搬送される。
【0041】
デスケーリング設備40は、デスケーリング情報に従って、加熱された鋼板の表面に形成されるスケールを除去(デスケーリング)ための設備である。デスケーリング設備40は、例えば鋼板の上面及び下面のそれぞれに対向するように、圧延機31の入側及び出側に設けられた噴射ノズル41を含む。デスケーリング情報は、例えば、デスケーリング噴射実績(水量、噴射圧、噴射角度、ノズル形状等)に関する情報を含む。デスケーリング設備40は、噴射ノズル41から高圧の水流を、圧延設備30による圧延処理中の鋼板の表面に噴射し、これにより、発生するスケールを除去する。本開示では、デスケーリング設備40は、圧延設備30とは別に構成されたものとして説明されるが、デスケーリング設備40は、圧延設備30の一部として構成されても良い。
【0042】
放射温度計50は、処理中の鋼板の表面温度を赤外線により非接触で計測するための計器である。放射温度計50により計測された温度は、制御指令装置10に通知される。制御指令装置10は、通知された温度に基づいて、鋼板製造ライン1を制御する。
【0043】
冷却設備60は、高温状態にある圧延された鋼板に対して、所定の冷却速度に従って、冷却処理を施すための設備である。冷却設備60は、典型的には、後述するように、幾つかの冷却ゾーンZに区切られ、冷却水を鋼板の表面に噴射することにより、鋼板を冷却する。
【0044】
図2及び
図3は、本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインにおける冷却設備の概略的構成の一例を示す図であり、より具体的には、
図2は、水切りパージを用いた冷却設備の概略的構成の一例を示し、
図3は、水切りロールを用いた冷却設備の概略的構成の一例を示している。
【0045】
図2に示す冷却設備60は、水切りパージ61により区画された複数の冷却ゾーンZを有する設備である。各冷却ゾーンZには、流量調整弁62に接続された噴射ノズル63が設けられている。噴射ノズル63は、鋼板を冷却するために、流量調整弁62により噴射流量が調整された冷却水を鋼板に向けて噴射する。水切りパージ61は、高圧の空気を鋼板表面に噴射することにより、鋼板表面に残留する水をパージする。また、各冷却ゾーンZの入側及び出側には、放射温度計50が設けられている。放射温度計50により計測された温度は、制御指令装置10に通知される。制御指令装置10は、通知された温度に基づいて、鋼板製造ライン1を制御する。制御指令装置10は、通知された温度に基づいて、流量調整弁62の水流量及び水切りパージ61による空気流量を調整する。
【0046】
また、
図3に示す冷却設備60は、水切りロール64により区画された複数の冷却ゾーンZを有する。同様に、各冷却ゾーンZには、流量調整弁62に接続された噴射ノズル63が設けられ、また、各冷却ゾーンZの入側及び出側には、放射温度計50が設けられている。鋼板は、制御指令装置10の制御の下、噴射ノズル63から噴射される冷却水により冷却される。
【0047】
図4は、本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインにおける制御指令装置の概略的構成の一例を示す図である。同図に示すように、制御指令装置10は、例えば、プロセスコンピュータ110と、上位コンピュータ120と、データベース130とを含み構成される。
【0048】
プロセスコンピュータ110は、処理設備を制御するためのコンピュータである。本例では、加熱設備20を制御するための加熱設備用プロセスコンピュータ110aと、圧延設備30及びデスケーリング設備40を制御するための圧延設備用プロセスコンピュータ110bと、冷却設備60を制御するための冷却設備用プロセスコンピュータ110cとが設けられている。例えば、冷却設備用プロセスコンピュータ110cは、表層硬度の予測値に基づいて設定される冷却工程データ(例えば操業パラメータ)に基づいて、冷却速度を制御する。これらプロセスコンピュータ110a~110cは、例えば構内LAN等の通信ネットワークを介して、上位コンピュータ120に接続されている。
【0049】
上位コンピュータ120は、プロセスコンピュータ110a~110cのそれぞれを制御し、鋼板製造ライン1を統括的に制御するコンピュータである。本例では、上位コンピュータ120は、表層硬度予測モデル121と、表層硬度制御部122とを含み得る。表層硬度制御部122は、表層硬度予測モデル121により予測された表層硬度が目標値内に収まるように、プロセスコンピュータ110に指示を行う。
【0050】
データベース130は、鋼板製造ライン1の各工程の操業パラメータや操業中に取得される各種の実績データを蓄積する。実績データは、例えば圧延工程データや冷却工程データを含む。また、データベース130は、鋼板の成分実績や所定の測定手法により予め測定された材料試験データを格納する。材料試験データは、例えば鋼板の表層硬度である。本例では、データベース130は、上位コンピュータ120に接続されているが、これに限られず、プロセスコンピュータ110a~110cと直接的に接続されていても良い。
【0051】
次に、表層硬度予測モデル121について説明する。本開示の表層硬度予測モデル121は、スケールの発生・成長に関わる各種の入力パラメータ(説明変数)を用いることにより、鋼板の表層硬度(目的変数)を精度良く予測するように構築される。より具体的には、表層硬度予測モデル121は、鋼板の炭素当量、圧延工程データ、及び冷却工程データを入力(訓練データ)として、鋼板の材料試験実績値を出力(ラベル)として、所定の機械学習アルゴリズムに従って、鋼板の表層硬度を予測するための機械学習が施される。以下、各入力及び出力について説明する。
【0052】
(鋼板の炭素当量)
表層硬度予測モデル121には、鋼板の素材に関する情報である炭素当量が与えられる。炭素当量は、鋼板の組織状態を予測すると同時に、スケール成分、特に赤スケール発生のし易さを予測するために寄与する値である。鋼板の炭素当量(Ceq)は、以下の式(1)により算出される値である。
【数1】
ただし、C、Si、Mn、Ni、Cr、Moは、及びVは、それぞれ、炭素、ケイ素、マンガン、ニッケル、クロム、モリブデン、及びバナジウム成分の含有量を示す。なお、炭素当量は、上記の式に限られず、ロイド式で算出された値であっても良い。
【0053】
(圧延工程データ)
表層硬度予測モデル121には、更に、鋼板の圧延処理に関する圧延工程データが与えられる。圧延工程データは、圧延工程における、最終デスケーリングを適用した時の鋼板の表面温度と、最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間とを含む。圧延工程における最終デスケーリングを適用した時の鋼板の表面温度とは、圧延工程において最終デスケーリングを適用した圧延パスの圧延噛み込み直前の表面温度をいう。また、圧延工程における最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間とは、圧延工程における最終デスケーリングを適用した圧延パスにおいて鋼板が圧延スタンドのワークロールに噛み込まれた時点から、圧延ラストパスで鋼板が噛み込まれるまでの経過時間である。これにより、最終デスケーリングによるスケール除去終了時点から開始するスケール生成状況、更に、圧延噛み込み時に該スケールが粉砕されることによる赤スケールの発生状況を把握することができる。
【0054】
圧延工程データは、例えば、各種の測定機器から出力される実測データに基づくものであっても良い。例えば、上位コンピュータ120は、圧延設備用プロセスコンピュータ110bを介して、各種の測定機器(図示せず)から出力される実測データを取得し得る。或いは、圧延工程データは、一般的な圧延操業データとして取得される圧延データセットに基づいても良い。圧延データセットは、例えば、圧延設備の仕様(デスケーリング配置、圧延スタンド数等)、圧延速度、鋼板の寸法(板厚、板幅、板長、形状等)、鋼板の位置情報(長手方向、幅方向の位置など)、デスケーリングの噴射実績(水量、噴射圧、噴射角度、ノズル形状等)、パススケジュール等を含み、これらに限られない。
【0055】
スケールの成長は、一般的に、拡散律速で整理され、以下の式(2)で表される。
ξ2=a×exp(-Q/RT)×t …(2)
ただし、ξはスケール厚み、aは定数、Qは活性化エネルギー、Rは定数、tは経過時間である。式(2)から明らかなように、鋼板の表面温度が高く、経過時間が長いほど、スケールが成長して厚くなるため、圧延工程時に成長したスケールが粉砕されて赤スケールが発生し易くなる。
【0056】
図5は、圧延工程における鋼板に対する赤スケールの発生有無を示した図である。鋼板の赤スケールの発生は、圧延工程において、最終デスケーリングを適用した時の鋼板の表面温度と最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間とが関係している。図中、「○」は、赤スケールの発生がなかったときの表面温度と経過時間との関係をプロットしたものであり、「×」は、赤スケールの発生があったときの表面温度と経過時間との関係をプロットしたものである。同図に示すように、最終デスケーリング時の表面温度が高く、最終デスケーリングパスから圧延工程終了までの経過時間が長い場合、鋼板に赤スケールが発生し易いことがわかる。
【0057】
また、
図6は、冷却工程における鋼板の表面から深さ1mmの位置での冷却速度及びその硬度の平均値を示す図であり、赤スケールが発生した場合と発生しなかった場合のそれぞれについて示している。冷却工程において、赤スケールは、最終デスケーリング時の鋼板の表面温度が820℃以上であり、かつ、最終デスケーリングパスから圧延終了までの経過時間が60s以上であった場合に発生していた。同図に示されるように、赤スケールが発生する場合、冷却速度が速く、かつ、表層硬度も高くなることがわかる。
【0058】
また、式(2)で示したように、鋼板の表面温度が高く、かつ、経過時間が長いほど、スケールは成長して厚くなる。つまり、最終デスケーリングを適用した時の鋼板の表面温度が高く、かつ、最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間が長いほど、スケールが成長し厚くなる。また、スケールが厚いほど、冷却速度が速くなり、表層硬度が高くなる。これより、圧延工程における最終デスケーリングを適用した時の鋼板の表面温度と最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間とを表層硬度予測モデル121に対する入力に加えることによって、冷却開始直前のスケールの厚みのみならず、該スケールの粉砕に起因する赤スケールの発生の有無を把握することができ、鋼板の表層硬度をより精度良く予測することができる。
【0059】
図1に示したように、鋼板の圧延設備30は、圧延機31の入側と出側とに鋼板表面のスケールを除去するためのデスケーリング設備40が設けられている。圧延設備30は、制御指令装置10の制御の下、鋼板の材質特性の要件を満たすため、圧延終了時の仕上温度が目標範囲内となるように鋼板を圧延する。このとき、圧延工程により鋼板の板厚が薄くなってくると、デスケーリング水による鋼板表面の温度降下が大きくなるため、仕上温度が目標範囲を下回ることが懸念される。このような状況では、オペレーターによる指示やプロセスコンピュータ110による修正計算等に従い、デスケーリング設備40は、所定のデスケーリング情報に従って、仕上温度が目標下限値を下回らないようにデスケーリング水の噴射を抑制する。したがって、圧延工程において、最終デスケーリングを適用した時の鋼板の表面温度と最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間とは、鋼板の表面で成長するスケールの厚みと、赤スケールの発生の有無を判別するために、有効な指標となる。
【0060】
(冷却工程データ)
また、表層硬度予測モデル121には、鋼板の冷却処理に関する冷却工程データが与えられる。冷却工程データは、例えば、冷却開始温度及び冷却停止温度を含む。冷却開始温度は、冷却設備60の入側に設置された放射温度計50により測定された鋼板の表面温度であり、冷却停止温度は、冷却設備60の出側に設置された放射温度計50により測定された鋼板の表面温度である。
【0061】
また、冷却工程データは、冷却工程における鋼板表層の計算冷却速度が与えられる。鋼板表層の計算冷却速度とは、例えば
図7に示されるような鋼板の板厚(深さ)方向に分割された各点(分割点)での所定の演算式により計算された温度である。鋼板表層の計算冷却速度は、例えば、分割点ごとの温度による差分演算等により算出される。より具体的には、冷却工程における鋼板表層の計算冷却速度は、
図8に示すように、得られた鋼板表面の温度履歴における冷却開始温度点から特定温度点までの温度降下量を経過時間で割った値として定義される。ここで、特定温度点は、表面温度が最初に冷却停止温度に達したときの点であり、経過時間は、冷却開始温度点から特定温度点までに温度変化に要した時間である。また、算出される鋼板表層の計算冷却速度は、表層硬度が測定される板厚位置での冷却速度であることが好ましく、例えば、鋼板の表面から深さ約1mm又は2mmの位置の温度履歴から算出される冷却速度であり得る。
【0062】
冷却工程データは、各種の測定機器から出力される実測データに基づくものであっても良い。例えば、上位コンピュータ120は、冷却設備用プロセスコンピュータ110cを介して、各種の測定機器から出力される実測データを取得し得る。或いは、冷却データは、一般的な冷却操業データとして取得される冷却データセットから算出されても良い。冷却データセットは、例えば、冷却設備の仕様(ノズル形状や配置等)、通板速度、鋼板の寸法(板厚、板幅、板長、形状等)及び鋼板の位置情報(長手方向、幅方向の位置等)、冷却水の噴射実績(水量、噴射圧、噴射角度、冷却水噴射パターン等)、任意の位置で測定した鋼板温度実測値等を含むが、これらに限られない。
【0063】
冷却工程データは、鋼板表層の組織状態を決定付ける上で重要な入力パラメータとなり得る。
図9は、ある鋼種の鋼板の表面から深さ1mmの位置でのビッカース硬度と冷却速度の関係を示す図である。同図から明らかなように、冷却速度が遅いほどビッカース硬度が低下する。また、冷却開始温度が低く冷却開始前にフェライトが部分的に発生すると硬度が低下し、冷却停止温度が低いと硬度がやや高くなっている。これは、冷却停止後に鋼板の焼き戻し温度が低いためである。このように、冷却開始温度及び冷却停止温度、並びに鋼板表層の計算冷却速度は、素材に関する情報である鋼板の炭素当量、圧延工程におけるスケールの発生に関する情報に加えて、鋼板表層の組織状態を決定付け、鋼板表層の硬度を精度良く予測する上で重要な入力パラメータとなる。
【0064】
次に、機械学習における表層硬度予測モデル121の出力について説明する。表層硬度予測モデル121に機械学習を施す際の表層硬度予測モデル121の出力(ラベル)には、鋼板の表層硬度として、例えばビッカース硬度やブリネル硬度、ロックウェル硬度により測定された材料試験データを用いることができる。
【0065】
ビッカース硬度は、圧子を鋼板の表面から所定の硬度測定位置まで所定の測定荷重で押し込むことによって測定される。所定の硬度測定位置は、要求される仕様に依存し、例えば鋼板表面からの深さ1mmや2mmの位置であり得る。また、測定荷重は、例えば10kgfである。例えば、ビッカース硬度を測定する場合、まず、冷却工程終了後にせん断機又はガス切断機を用いて、鋼板の長手方向端部が試験片として採取され、採取された試験片は、板厚方向断面において研磨機にて研磨される。続いて、研磨された面を顕微鏡にて確認しながら硬度を測定する位置が同定され、その後、圧子が押し込まれることにより硬度が測定される。
【0066】
また、ブリネル硬度やロックウェル硬度は、鋼板表面が数mm程度研削され測定される値である。例えば、ブリネル硬度やロックウェル硬度の測定では、まず、上記と同様に、試験片が採取され、採取された試験片の表面が研削される。続いて、研削された表面が更に平滑化され、圧子が押し込まれることにより、その硬度が測定される。硬度測定の条件は、JIS規格に規定されている条件に従っても良いが、これに限られない。例えば、需要者が要求する指標に則って負荷荷重や保持時間を決定しても良い。
【0067】
表層硬度予測モデル121は、上述した入力(訓練データ)及び出力(ラベル)に基づいて、所定の機械学習アルゴリズムに従って、鋼板の表層硬度を予測するための機械学習が施される。本開示では、機械学習が施された表層硬度予測モデル121を、学習済み表層硬度予測モデル121と称することがある。機械学習アルゴリズムには、例えば、ニューラルネットワーク、決定木学習、ランダムフォレスト、サポートベクター回帰等が適用され得る。また、表層硬度予測モデル121は、複数のモデルが組み合わされたアンサンブルモデルとして構成されても良い。
【0068】
データベース130に蓄積された実績データは、学習済み表層硬度予測モデル121の構築のための訓練データとして用いられる。実績データは、例えば通常の鋼板製造ラインの操業により各種の測定機器から出力されるデータであり得る。上位コンピュータ120は、データベース130から読み出した訓練データ及びラベルを、機械学習前の表層硬度予測モデル121に与え、機械学習を施す。このようにして構築された学習済み表層硬度予測モデル121は、鋼板製造ライン1において操業中の実績データに基づいて鋼板の表層硬度を予測し、その予測結果を出力することができるようになる。
【0069】
図10は、本発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用された鋼板製造ラインおける鋼板の表層硬度を制御するための処理を説明するためのフローチャートである。かかる処理は、表層硬度予測モデル121による予測処理と、予測された結果に基づく表層硬度制御部122による制御処理とからなる。
【0070】
同図に示すように、制御指令装置10は、まず、冷却工程よりも前の工程、例えば圧延工程における実績データを取得する(S1001)。更に、制御指令装置10は、冷却工程における操業パラメータを取得する(S1002)。続いて、制御指令装置10は、炭素当量並びに取得した実績データ及び操業パラメータを学習済み表層硬度予測モデル121に与え、これにより、学習済み表層硬度予測モデル121は、鋼板の表層硬度を予測し、その結果(予測値)を出力する(S1003)。学習済み表層硬度予測モデル121による予測は、典型的には、冷却ゾーンZごとに行われる。
【0071】
次に、制御指令装置10は、予測値が目標値を満たすか否かを判断する(S1004)。制御指令装置10は、予測値が目標値を満たさないと判断する場合(S1004のNo)、冷却工程データを変更し、再設定する(S1005)。例えば、制御指令装置10は、冷却水の噴射水量及び/又は鋼板の搬送速度に関する操業パラメータを変更する。これにより、冷却設備60は、再設定された操業パラメータに従って、各冷却ゾーンに対する冷却処理を行う。例えば、冷却水の噴射量の増加により、鋼板の表面温度の冷却速度は速くなり、又は、冷却水の噴射量の減少により、冷却速度は遅くなり、これにより、鋼板の表層硬度は、目標値に近づくように制御される。また、代替的に又は追加的に、鋼板の搬送速度が調整され、同様に、鋼板の表層硬度は、目標値に近づくように制御される。学習済み表層硬度予測モデル121は、再設定された操業パラメータに基づいて、鋼板の表層硬度を予測し、その結果(予測値)を出力する(S1003)。
【0072】
一方、制御指令装置10は、学習済み表層硬度予測モデル121による予測値が目標値を満たすと判断する場合(S1004のYes)、学習済み表層硬度予測モデル121による予測処理を終了させる。これにより、冷却設備60は、現在の操業パラメータに従って、冷却処理を継続することとなる。
【0073】
以上のように、制御指令装置10は、取得した実績データに基づいて、学習済み表層硬度予測モデル121により鋼板の表層硬度を予測し、予測した硬度が目標から外れていた場合、硬度が目標内となるように冷却工程における操業パラメータを再設定するので、鋼板の表層硬度を適切な値になるように制御することができる。
【0074】
また、このような学習済み表層硬度予測モデル121を用いた鋼板製造ライン1において鋼板を製造することにより、表層硬度にばらつきが少ない鋼板を効率良く製造することができるようになる。
【実施例0075】
図1に示した鋼板製造ライン1において、加熱設備20においてスラブ(鋼片)を再加熱し、その後、再加熱された鋼板を圧延設備30においてデスケーリングしながら熱間圧延し、更に、
図3に示したような冷却設備60において冷却し、これにより、所定枚数の鋼板を製造した。なお、冷却設備60は、水切りロール64により10に区画された冷却ゾーンZ(1)~(10)を備えていた。
【0076】
鋼板製造ライン1において製造された鋼板は、圧延工程終了後の板厚が15mmであり、冷却工程において800℃から400℃まで冷却された。また、冷却速度は、冷却ゾーンZ(1)~(5)では1.0m3/m2・min、冷却ゾーンZ(6)~(10)では2.0m3/m2・minであった。
【0077】
また、表層硬度予測モデル121に、鋼板の炭素当量、圧延工程データ、冷却工程データを入力(訓練データ)とし、基準となる表層硬度を出力(ラベル)として、機械学習を施し、これにより、学習済み表層硬度予測モデル121を構築した。
【0078】
なお、圧延工程データは、圧延設備30の設備仕様、パススケジュール、鋼板の温度、搬送速度、及び鋼板の寸法に関するデータであった。また、冷却工程データは、冷却工程における設備仕様、鋼板の温度、搬送速度、鋼板の寸法に関するデータであった。
【0079】
学習済み表層硬度予測モデル121を評価するため、鋼板製造ライン1において、学習済み表層硬度予測モデル121に対して様々な条件パラメータを入力(テストデータ)として与えながら鋼板を100枚製造し、そこから試料片を採取して、その表層硬度を測定した。試料片として、冷却工程後の鋼板の長手方向端部をせん断機によりせん断したものを用いた。試料片の表層硬度は、試料片表面から深さ1mmの位置で、荷重10kgfにより、ビッカース硬度を測定し、その測定値がHv230以下であるか否かを基準に、硬度のばらつき及び歩留りを評価した。
【0080】
図11は、発明の一実施形態に係る表層硬度予測モデルが適用される鋼板製造ラインを用いた実施例及び比較例を説明するための表を示している。同図に示す表では、比較例1~5及び実施例1~6ごとに、表層硬度予測モデル121の適用の有無、各種の入力パラメータの使用の有無、赤スケールの発生の有無、並びに予測値(表層硬度)のばらつき及び歩留まりが示されている。表層硬度は、表面下1mmの位置で測定荷重10kgfにより測定されたビッカース硬度である。なお、表中、T
LASTは、最終デスケーリングを適用した時の鋼板表面温度であり、t
LASTは、最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間である。
【0081】
比較例1は、表層硬度予測モデル121が適用されていない従来の鋼板製造ラインにおいて、鋼板を製造した場合を示している。同表に示されるように、比較例1では、鋼板の表層硬度は、ばらつきが大きく、特に赤スケールが発生した鋼板の表層硬度は高くなったため、このため、歩留りが低下した。
【0082】
比較例2~5は、表層硬度予測モデル121が適用された鋼板製造ライン1において、鋼板を製造した場合を示している。比較例2~5では、いずれも、最終デスケーリングを適用した時の鋼板表面温度(TLAST)及び最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間(tLAST)の入力パラメータは用いられていない。比較例2では、入力パラメータのうち、炭素当量及び圧延工程パラメータが用いられた一方、冷却工程パラメータは用いられなかった。また、比較例3では、炭素当量及び圧延工程パラメータが用いられた一方、圧延工程パラメータを用いられなかった。また、比較例4では、炭素当量が用いられなかった一方、圧延工程パラメータ及び冷却工程パラメータが用いられた。更に、比較例5は、比較例2と同様の入力パラメータが用いられた
【0083】
同表に示されるように、比較例2~4では、鋼板の表層硬度は、ばらつきが大きく、歩留まりが低下した。また、比較例5は、比較例2と同様の入力パラメータであるが、赤スケールは発生しなかった。そのため、比較例5の表層硬度のばらつきは、比較例2の場合よりも小さい結果となっているが、以前として、歩留まりは低位であった。
【0084】
実施例1及び2は、表層硬度予測モデル121が適用された鋼板製造ライン1において、鋼板を製造した場合を示している。ただし、実施例1及び2は、圧延工程データのうち、最終デスケーリングを適用した時の鋼板表面温度及び最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間が入力に含まれていない。同表に示されるように、実施例1では、赤スケール発生が見られたが、表層硬度のばらつきも小さく、歩留まりも良好であった。これは、表層硬度予測モデル121により、表層硬度がスケール厚及び赤スケール発生の可能性を考慮して予測されたことを意味する。一方、実施例2では、赤スケールが発生しない条件であったため、実施例1よりもばらつきが小さく歩留まりにも改善が見られた。
【0085】
実施例3及び4は、表層硬度予測モデル121が適用された鋼板製造ライン1において、鋼板を製造した場合を示している。ただし、実施例3は、入力パラメータのうち、最終デスケーリングを適用した時の鋼板表面温度(TLAST)が用いられず、また、実施例4は、入力パラメータのうち、最終デスケーリングを適用してから圧延終了までの経過時間(tLAST)が用いられなかった。同表に示されるように、実施例3及び4では、スケール厚及び赤スケールの予測精度が向上し、表層硬度の予測精度が更に向上した結果、硬度ばらつきがさらに小さくなり、また、歩留りがより改善された。
【0086】
実施例5及び6は、表層硬度予測モデル121が適用された鋼板製造ライン1において、全ての入力パラメータを用いて表層硬度を予測し制御しながら、鋼板を製造した場合を示している。同表に示されるように、実施例5及び6では、同様に、表層硬度を決定する冷却開始直前のスケール厚及び赤スケールの発生の有無を精度良く把握でき、硬度ばらつきがより一層小さくなり、歩留まりが100%であった。これにより、表層硬度予測モデル121は、表層硬度をより高精度に予測することができたことが
わかった。
【0087】
上記各実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこれらの実施形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施することができる。
【0088】
例えば、本明細書に開示される方法においては、その結果に矛盾が生じない限り、ステップ、動作又は機能を並行して又は異なる順に実施しても良い。説明されたステップ、動作及び機能は、単なる例として提供されており、ステップ、動作及び機能のうちのいくつかは、発明の要旨を逸脱しない範囲で、省略でき、また、互いに結合させることで一つのものとしても良く、また、他のステップ、動作又は機能を追加しても良い。
【0089】
また、本明細書では、さまざまな実施形態が開示されているが、一の実施形態における特定のフィーチャ(技術的事項)を、適宜改良しながら、他の実施形態に追加し、又は該他の実施形態における特定のフィーチャと置換することができ、そのような形態も本発明の要旨に含まれる。