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特開2022-19411人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する方法及びその利用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022019411
(43)【公開日】2022-01-27
(54)【発明の名称】人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する方法及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20220120BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20220120BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/0735
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020123228
(22)【出願日】2020-07-17
(71)【出願人】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】松永 民秀
(72)【発明者】
【氏名】岩尾 岳洋
(72)【発明者】
【氏名】邱 施萌
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA02
4B065BB11
4B065BB13
4B065BB19
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】人工多能性幹細胞の維持培養法の形態や、人工多能性幹細胞の細胞株を問わずに、人工多能性幹細胞から内胚葉細胞へと安定して分化誘導することができる方法を提供すること。
【解決手段】人工多能性幹細胞を、血清代替物、アクチビンA、ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤、及びGSK-3β阻害剤の存在下において培養する第一工程、及び前記第一工程後に、前記細胞を、血清代替物、アクチビンA、及び線維芽細胞増殖因子の存在下において培養する第二工程を含む、人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工多能性幹細胞を、血清代替物、アクチビンA、ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤、及びGSK-3β阻害剤の存在下において培養する第一工程、及び前記第一工程後に、前記細胞を、血清代替物、アクチビンA、及び線維芽細胞増殖因子の存在下において培養する第二工程を含む、人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する方法。
【請求項2】
第一工程において培養する人工多能性幹細胞が、フィーダーレス条件において培養した人工多能性幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
第一工程に先立って、人工多能性幹細胞をジメチルスルホキシドの存在下において培養する工程を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
人工多能性幹細胞をジメチルスルホキシドの存在下において培養する工程が、0.1~10%のジメチルスルホキシドを含む培地において12時間から3日間培養する工程である、請求項1から3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
第一工程を12時間~4日間行う、請求項1から4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
第二工程を1日~10日間行う、請求項1から5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤が、PI-103であり、GSK-3β阻害剤がCHIR 99021である、請求項1から6の何れか一項に記載の方法。
【請求項8】
人工多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、請求項1から7の何れか一項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載の方法により人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する工程:及び
前記内胚葉細胞を分化誘導する工程を含む、
内胚葉由来の分化細胞の製造方法。
【請求項10】
前記内胚葉細胞を分化誘導する工程が、前記内胚葉細胞を、腸管上皮細胞に分化誘導する工程である、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する方法に関する。本発明はさらに上記で製造した内胚葉細胞を分化誘導することによる内胚葉由来の分化細胞を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新薬開発において、腸管での薬物の吸収及び代謝の正確な予測が重要である。現在、小腸のモデル系としてはヒト結腸癌由来のCaco-2細胞が多用されている。しかし、Caco-2細胞における薬物トランスポーターの発現パターンはヒト小腸とは異なる。また小腸の主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4の発現およびPXRのリガンドによるCYP3A4の誘導はほとんど認められないことから、正確に小腸での薬物動態を評価することは難しい。したがって、小腸における薬物代謝および膜透過性を総合的に評価するためには初代小腸上皮細胞の利用が望ましいが、これは入手自体が困難である。
【0003】
ヒト人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS細胞)は様々な細胞への分化が可能であるため、ヒトiPS細胞より分化誘導した細胞、組織及び臓器は新薬開発、再生医療分野への応用が期待されている。分化誘導過程において、全ての細胞は内胚葉、中胚葉及び外胚葉からなる三胚葉から発生し、それぞれの胚葉から消化・呼吸器官、心筋・赤血球及び神経・感覚器官などが形成される。
【0004】
特許文献1には、人工多能性幹細胞から内胚葉細胞を経て腸管幹細胞様細胞を製造し、さらに腸管上皮細胞様細胞へと分化させる方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO2018/151307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り、人工多能性幹細胞は、腸管上皮細胞への分化過程において、まず内胚葉に分化し、次に腸管幹細胞に分化した後に、腸管上皮細胞に分化する。各段階の分化効率は、最終的に得られる腸管上皮細胞の性質に影響する。
【0007】
人工多能性幹細胞を培養するためのフィーダー細胞としては、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)が一般的に用いられている。しかし、近年、ヒト人工多能性幹細胞のフィーダーレス条件下での培養法が開発された。この方法で培養したヒト人工多能性幹細胞は、増殖が早いこと、継代時の操作性が良いこと、異種動物細胞が存在しないためフィーダー細胞の種類やロットの違いによってヒト人工多能性幹細胞の未分化性に影響を与えないことなどの利点が挙げられる。
【0008】
本発明者らは、ヒト人工多能性幹細胞を、内胚葉を経由して腸管幹細胞及び腸管上皮細胞まで分化させる方法に関するこれまでの研究において、フィーダーレス培養で維持した人工多能性幹細胞を用いた場合に内胚葉への分化効率が悪いという問題や、人工多能性幹細胞の株によっては分化効率に差があるという問題があることを見出している。そこで、本発明は、人工多能性幹細胞の維持培養法の形態や、人工多能性幹細胞の細胞株を問わずに、人工多能性幹細胞から内胚葉細胞へと安定して分化誘導することができる方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、人工多能性幹細胞を培養して内胚葉細胞へと分化誘導する際の培地への添加因子を改良することにより、維持培養法の形態や、人工多能性幹細胞の細胞株を問わずに、人工多能性幹細胞から内胚葉細胞へと安定して分化誘導できることを見出した。本発明は上記知見に基づいて完成したものである。即ち、本発明によれば以下の発明が提供される。
【0010】
<1> 人工多能性幹細胞を、血清代替物、アクチビンA、ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤、及びGSK-3β阻害剤の存在下において培養する第一工程、及び前記第一工程後に、前記細胞を、血清代替物、アクチビンA、及び線維芽細胞増殖因子の存在下において培養する第二工程を含む、人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する方法。
<2> 第一工程において培養する人工多能性幹細胞が、フィーダーレス条件において培養した人工多能性幹細胞である、<1>に記載の方法、
<3> 第一工程に先立って、人工多能性幹細胞をジメチルスルホキシドの存在下において培養する工程を含む、<1>又は<2>に記載の方法。
<4> 人工多能性幹細胞をジメチルスルホキシドの存在下において培養する工程が、0.1~10%のジメチルスルホキシドを含む培地において12時間から3日間培養する工程である、<1>から<3>の何れか一に記載の方法。
<5> 第一工程を12時間~4日間行う、<1>から<4>の何れか一に記載の方法。
<6> 第二工程を1日~10日間行う、<1>から<5>の何れか一に記載の方法。
<7> ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤が、PI-103であり、GSK-3β阻害剤がCHIR 99021である、<1>から<6>の何れか一に記載の方法。
<8> 人工多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、<1>から<7>の何れか一に記載の方法。
<9> <1>から<8>のいずれか一項に記載の方法により人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する工程:及び
前記内胚葉細胞を分化誘導する工程を含む、
内胚葉由来の分化細胞の製造方法。
<10> 前記内胚葉細胞を分化誘導する工程が、前記内胚葉細胞を、腸管上皮細胞に分化誘導する工程である、<9>に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、人工多能性幹細胞の維持培養法の形態や、人工多能性幹細胞の細胞株を問わずに、人工多能性幹細胞から内胚葉細胞へと安定して分化誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、標準プロトコールで分化誘導した内胚葉におけるマーカー遺伝子OCT4の発現を示す。
図2図2は、標準プロトコールで分化誘導した内胚葉におけるマーカー遺伝子FOXA1の発現を示す。
図3図3は、標準プロトコールで分化誘導した内胚葉におけるマーカー遺伝子SOX17の発現を示す。
図4図4は、標準プロトコールで分化誘導した内胚葉におけるマーカー遺伝子GATA4の発現を示す。
図5図5は、オンフィーダーで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導におけるアクチビンAの処理時間の違いによるマーカー遺伝子OCT4の発現への影響を示す。
図6図6は、オンフィーダーで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導におけるアクチビンAの処理時間の違いによるマーカー遺伝子FOXA1の発現への影響を示す。
図7図7は、オンフィーダーで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導におけるアクチビンAの処理時間の違いによるマーカー遺伝子SOX17の発現への影響を示す。
図8図8は、オンフィーダーで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導におけるアクチビンAの処理時間の違いによるマーカー遺伝子GATA4の発現への影響を示す。
図9図9は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導における改良プロトコール及びDMSO前処理の効果を示す。
図10図10は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導における改良プロトコール及びDMSO前処理の効果を示す。
図11図11は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導における改良プロトコール及びDMSO前処理の効果を示す。
図12図12は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉の分化誘導における改良プロトコール及びDMSO前処理の効果を示す。
図13図13は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉から腸管幹細胞への分化の検討を示す。
図14図14は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子CDX2の発現を示す。
図15図15は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子LGR5の発現を示す。
図16図16は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子Villin1の発現を示す。
図17図17は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子CYP3A4の発現を示す。
図18図18は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子MUC2の発現を示す。
図19図19は、1%DMSO処理無しのフィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来内胚葉から腸管上皮細胞における経上皮電気抵抗(TEER)値の経時変化を示す。
図20図20は、1%DMSO処理無しのフィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株由来腸管上皮細胞におけるローダミン123の輸送を示す。
図21図21は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞K株由来内胚葉から分化させた腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子CDX2の発現を示す。
図22図22は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞K株由来内胚葉から分化させた腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子P-gpの発現を示す。
図23図23は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞K株由来内胚葉から分化させた腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子Villin1の発現を示す。
図24図24は、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞K株由来内胚葉から分化させた腸管上皮細胞におけるマーカー遺伝子CYP3A4の発現を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<1>人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞の製造
本発明は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来の内胚葉細胞を製造する方法に関する。
iPS細胞由来の内胚葉細胞とは、iPS細胞を内胚葉へ分化誘導することによって得られる、内胚葉系の分化細胞に分化することができる細胞である。iPS細胞由来の内胚葉細胞を適切な条件で更に分化誘導することにより、内胚葉系の分化細胞を得ることができる。内胚葉は消化管のほか肺、甲状腺、膵臓、肝臓などの器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管や気管・気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)などを形成する。よって、内胚葉系の分化細細胞としては、上記した器官又は組織の細胞を挙げることができる。本明細書において「分化誘導する」とは、特定の細胞系譜に沿って分化するように働きかけることをいう。
【0014】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。即ち、iPS細胞は、特に好ましくはヒトiPS細胞である。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。
【0015】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858),1917-1920,2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204),646-650,2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136(3),411-419,2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384,2009;Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4,472-476,2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol.26(7),795-797,2008;Huangfu D, et al: Nat.Biotechnol.26(11),1269-1275, 2008;Silva J, et al: PLoS. Biol.6(10),e 253,2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920,2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322(5903),945-949,2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0016】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0017】
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学又は国立研究開発法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。
【0018】
本発明による人工多能性幹細胞由来の内胚葉細胞を製造する方法は、
人工多能性幹細胞を、血清代替物、アクチビンA、ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤、及びGSK-3β阻害剤の存在下において培養する第一工程、及び
前記第一工程後に、前記細胞を、血清代替物、アクチビンA、及び線維芽細胞増殖因子の存在下において培養する第二工程、
を含む。
【0019】
本発明において、特に言及しない培養条件は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。例えば、37℃、5%COの環境下で培養する。また、基本培地として、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、Gibco社等)、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM)(ナカライテスク株式会社、シグマ社、Gibco社等)、グラスゴー基本培地(Gibco社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。また、培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、PVA、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。
【0020】
本発明において、第一工程において培養する人工多能性幹細胞は、フィーダーレス条件において培養した人工多能性幹細胞でもよいし、フィーダー細胞を用いて培養した人工多能性幹細胞でもよいが、好ましくは、フィーダーレス条件において培養した人工多能性幹細胞である。フィーダーレス条件とは、フィーダー細胞を用いない培養条件である。
【0021】
本発明においては、第一工程に先立って、人工多能性幹細胞をジメチルスルホキシドの存在下において培養してもよい。人工多能性幹細胞をジメチルスルホキシドの存在下において培養する場合には、ジメチルスルホキシドを含む培地を用いて培養を行えばよい。培地におけるジメチルスルホキシドの濃度は、例えば、0.1~10%であり、好ましくは0.1~5%である。
ジメチルスルホキシドを含む培地における培養期間は、例えば、12時間から3日間であり、好ましくは12時間から1日間である。
【0022】
本発明における第一工程は、人工多能性幹細胞を、血清代替物、アクチビンA、ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤、及びGSK-3β阻害剤の存在下において培養する工程である。「血清代替物、アクチビンA、ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤、及びGSK-3β阻害剤の存在下」とは、これらの成分が培地中に添加された条件と同義である。従って、これらの成分が添加された培地を用いて培養を実施すればよい。
【0023】
血清代替物としては、B27サプリメント、Knockout serum replacement(KSR)、StemSure(登録商標)(富士フイルム和光純薬株式会社)などを使用することができる。血清代替物の添加量は、例えば0.1%(v/v)~10%(v/v)であり、好ましくは0.1%(v/v)~5%(v/v)である。
培地中のアクチビンAの濃度を例えば10 ng/mL~200 ng/mL、好ましくは20 ng/mL~150 ng/mLとすることができる。
【0024】
ホスホイノシチド3-キナーゼ阻害剤(PI3キナーゼ阻害剤)としては、PI-103、wortmannin、LY294002[2-(4-morpholinyl)-8-phenyl-4H-1-benzopyran-4-one]、ZSTK474 [2-(2-difluoromethylbenzimidazol-1-yl)-4,6-dimorpholino-1,3,5-triazine]、SF-1126[N2-[4-Oxo-4-[4-(4-oxo-8-phenyl-4H-1-benzopyran-2-yl)morpholin-4-ium-4-ylmethoxy]butyryl]-L-arginyl-glycyl-L-aspartyl-L-serine acetate]、BEZ-235[2-Methyl-2-[4-[3-methyl-2-oxo-8-(3-quinolinyl)-2,3-dihydro-1H-imidazo[4,5-c]quinolin-1-yl]phenyl]propanenitrile]などが挙げられる。好ましくは、PI-103である。
PI3キナーゼ阻害剤の濃度は、例えば、1~1000nmol/Lであり、好ましくは10~100nmol/Lである。
【0025】
GSK-3β阻害剤としては、CHIR 99021、SB216763、CHIR 98014、TWS119、Tideglusib、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、1-Azakenpaulloneを例示することができる。
【0026】
GSK-3β阻害剤の添加濃度の例(CHIR 99021の場合)は、0.1μmol/L~100μmol/Lであり、好ましくは0.5μmol/L~50μmol/Lであり、より好ましくは1μmol/L~10μmol/Lである。
【0027】
第一工程の培養期間は、例えば、12時間~4日間であり、好ましくは1日間~3日間であり、一例としては2日間である。
活性や増殖率の低下を防止する等の理由から、必要に応じて培地交換をしてもよい。例えば、24時間~2日に1回の頻度で培地交換するとよい。また、コンフルエント又はサブコンフルエントになった段階で継代するとよい。
【0028】
本発明における第二工程は、第一工程後の細胞を、血清代替物、アクチビンA、及び線維芽細胞増殖因子の存在下において培養する工程である。「血清代替物、アクチビンA、及び線維芽細胞増殖因子の存在下」とは、これらの成分が培地中に添加された条件と同義である。従って、これらの成分が添加された培地を用いて培養を実施すればよい。
【0029】
血清代替物としては、B27サプリメント、Knockout serum replacement(KSR)、StemSure(登録商標)(富士フイルム和光純薬株式会社)などを使用することができる。血清代替物の添加量は、例えば0.1%(v/v)~10%(v/v)であり、好ましくは0.1%(v/v)~5%(v/v)である。
培地中のアクチビンAの濃度は、例えば10 ng/mL~200 ng/mL、好ましくは20 ng/mL~150 ng/mLとすることができる。
【0030】
線維芽細胞増殖因子(FGF)としては、広範な細胞および組織タイプの増殖および分化において重要な役割を担うFGFファミリーのメンバーを意味する。FGFとしては、FGF1、FGF2(塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)とも言う)、FGF4、FGF9、FGF18、FGF19、およびFGF21などを使用することができる。
【0031】
FGFの濃度は、例えば1ng/mL~100ng/mL、好ましくは10ng/mL~50ng/mLとすることができる。
【0032】
第二工程の培養期間は、例えば、1日間~10日間であり、好ましくは2日間~7日間であり、一例としては5日間である。
活性や増殖率の低下を防止する等の理由から、必要に応じて培地交換をしてもよい。例えば、24時間~2日に1回の頻度で培地交換するとよい。また、コンフルエント又はサブコンフルエントになった段階で継代するとよい。
【0033】
<2>内胚葉由来の分化細胞の製造
本発明においては、上記した本発明の方法により製造した前胚葉細胞を分化誘導することによって、内胚葉由来の分化細胞を製造することができる。
内胚葉細胞を分化誘導する工程としては、例えば、内胚葉細胞を腸管上皮細胞に分化誘導する工程である。
【0034】
腸管上皮細胞に分化誘導する以外にも、肝臓細胞に分化誘導することができ、また腸管上皮細胞又は肝臓細胞以外にも、内胚葉由来の各種の組織又は器官に分化誘導することができる。肝臓細胞への分化誘導については、例えば、Drug Metab.Pharmacokinet.29(3):237-243 (2014) を参照することができる。具体的には、肝臓細胞への分化誘導は、アクチビンA、ジメチルスルホキシド、肝細胞増殖因子(HGF)、オンコスタチンM及びデキサメタゾンを用いて行うことができる。また、内胚葉由来組織や器官の分化誘導については、生化学 第87巻第5号、pp.573-582(2015)を参照することができる。
【0035】
内胚葉細胞を腸管上皮細胞に分化誘導する工程は、内胚葉細胞を腸管幹細胞に分化する工程、及び腸管幹細胞を腸管上皮細胞に分化する工程により行いことができる。
腸管幹細胞への分化は、内胚葉細胞を、腸管幹細胞への分化を誘導する条件下で培養することにより行うことができる。内胚葉細胞が腸管幹細胞へ分化する限り、培養条件は特に限定されない。好ましくは、FGF2(線維芽細胞増殖因子2)の存在下で培養を行う。好ましくはヒトFGF2(例えばヒト組換えFGF2)を用いる。
【0036】
「FGF2の存在下」とは、FGF2が培地中に添加された条件と同義である。従って、FGF2の存在下での培養を行うためには、FGF2が添加された培地を用いればよい。FGF2の添加濃度の例を示すと100 ng/mL~500 ng/mLである。
【0037】
内胚葉細胞を腸管幹細胞に分化する工程の培養期間は、例えば2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間である。培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管幹細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。
【0038】
腸管幹細胞へ分化したことは、例えば、腸管幹細胞マーカーの発現を指標にして判定ないし評価することができる。腸管幹細胞マーカーの例を挙げると、ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役受容体5(LGR5)、エフリンB2受容体(EphB2)である。
【0039】
(人工多能性幹細胞由来腸管幹細胞の培養)
iPS細胞を分化誘導することによって得られるiPS細胞由来腸の管幹細胞は、GSK-3β阻害剤、ヒストン脱アセチル化阻害剤、及び血清代替物の存在下で培養することができる。
【0040】
「GSK-3β阻害剤、ヒストン脱アセチル化阻害剤、及び血清代替物の存在下」とは、これらの化合物が培地中に添加された条件と同義である。従って、これらの化合物が添加された培地を用いて培養を実施すればよい。これら3成分を併用することにより、腸管幹細胞の性質、即ち、未分化性、増殖能及び上皮細胞への分化能を維持させる効果を期待できる。尚、説明の便宜上、GSK-3β阻害剤、ヒストン脱アセチル化阻害剤、及び血清代替物をまとめて、「第1群の成分」と呼ぶ。
【0041】
別の一態様(以下の説明において「第2培養方法」と呼ぶことがある)では、第1群の成分の内、ヒストン脱アセチル化阻害剤を省略する。換言すれば、GSK-3β阻害剤及び血清代替物の存在下で培養することを特徴とし、簡素化された培養方法となる。
【0042】
GSK-3β阻害剤としてCHIR 99021、SB216763、CHIR 98014、TWS119、Tideglusib、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、1-Azakenpaulloneを例示することができる。同様にヒストン脱アセチル化阻害剤としてバルプロ酸、ボリノスタット、トリコスタチンA、ツバスタチンA、ギビノスタット、プラシノスタットを例示することができる。一方、血清代替物とは、iPS細胞やES細胞等をその未分化な状態を維持させたままで培養するために、分化誘導因子を含む血清の代わりとして使用される組成物である。好ましくは、ノックアウト血清代替物(Knockout serum replacement(KSR))を用いる。
【0043】
GSK-3β阻害剤の添加濃度の例(CHIR 99021の場合)を示すと1μM~100μM、好ましくは3μM~30μMである。第2培養方法の場合には2μM~20μMも好ましい添加濃度範囲である。同様に、ヒストン脱アセチル化阻害剤の添加濃度の例(バルプロ酸の場合)を示すと0.1 mM~10 mM、好ましくは0.5 mM~3 mMであり、血清代替物の添加濃度の例(KSRの場合)を示すと5%(v/v)~20%(v/v)、好ましくは5%(v/v)~10%(v/v)である。
【0044】
活性や増殖率の低下を防止する等の理由から、必要に応じて培地交換をする。例えば、24時間~3日に1回の頻度で培地交換するとよい。また、コンフルエント又はサブコンフルエントになった段階で継代するとよい。
【0045】
好ましい一態様では、上記の第1群の成分に加えて、上皮成長因子(EGF)、TGFβ受容体阻害剤及び線維芽細胞増殖因子からなる群より選択される一以上の化合物が更に存在する条件下で培養を実施する。尚、説明の便宜上、上皮成長因子(EGF)、TGFβ受容体阻害剤及び線維芽細胞増殖因子をまとめて、「第2群の成分」と呼ぶ。
【0046】
上皮成長因子を用いることにより、細胞増殖を促進させる効果を期待できる。同様に、TGFβ受容体阻害剤には間葉系細胞への転換と分化誘導因子を抑制する効果、線維芽細胞増殖因子には細胞増殖を促進させる効果と、分化を抑制する効果を期待できる。好ましくは、これら第2群の成分を全て併用する(第1群の成分と合わせ、合計で6成分が併用されることになる)。
【0047】
TGFβ受容体阻害剤として例えばA-83-01を用いることができる。また、線維芽細胞増殖因子としてはFGF2、FGF4又はFGF10を採用するとよい。これらFGFファミリーの2つ又は3つを組み合わせて使用してもよい。
【0048】
上皮成長因子の添加濃度の例を示すと10 ng/mL~500 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~200 ng/mLである。同様に、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A-83-01の場合)を示すと0.3μM~5μM、好ましくは0.5μM~3μMであり、線維芽細胞増殖因子の添加濃度の例(FGF2の場合)を示すと5 ng/mL~200 ng/mL、好ましくは20 ng/mL~50 ng/mLである。第2培養方法の場合のTGFβ受容体阻害剤の添加濃度については、0.3μM~3μM(A-83-01の場合)も好ましい添加濃度範囲である。
【0049】
更に好ましい一態様では、BMP阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びWntアゴニストからなる群より選択される一以上の化合物が更に存在する条件下で培養を実施する。尚、説明の便宜上、BMP阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びWntアゴニストをまとめて、「第3群の成分」と呼ぶ。
【0050】
BMP阻害剤を用いることにより、幹細胞の分化を抑制し、幹細胞性を維持する効果を期待できる。同様に、Wntシグナル活性化剤には幹細胞の増殖と幹細胞性を維持する効果、WntアゴニストにはWntシグナルを活性化することで幹細胞の増殖と幹細胞性を維持する効果を期待できる。好ましくは、上記第2群の成分の全てと、これら第3群の成分の全てを併用する(第1培養方法の場合、第1群の成分と合わせ、合計で9成分が併用されることになる)。
【0051】
BMP阻害剤として例えばNogginを用いることができる。また、Wntシグナル活性化剤として例えばR-spondin 1を用いることができる。Wntアゴニストとして例えばWnt3aを用いることができる。
【0052】
BMP阻害剤の添加濃度の例(Nogginの場合)を示すと10 ng/mL~500 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~200 ng/mLである。同様に、Wntシグナル活性化剤の添加濃度の例(R-spondin 1の場合)を示すと10 ng/mL~1000 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~500 ng/mLであり、Wntアゴニストの添加濃度の例(Wnt3aの場合)を示すと10 ng/mL~500 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~200 ng/mLである。
【0053】
より一層好ましい一態様では、ニコチンアミド、N-アセチルシステイン、p38阻害剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物が更に存在する条件下で培養を実施する。尚、説明の便宜上、ニコチンアミド、N-アセチルシステイン、p38阻害剤及びROCK阻害剤をまとめて、「第4群の成分」と呼ぶ。
【0054】
ニコチンアミドを用いることにより、幹細胞性を維持する効果を期待できる。同様に、N-アセチルシステインには細胞死を抑制する効果、p38阻害剤には細胞ストレスや炎症を抑制する効果、及び分化を抑制する効果、ROCK阻害剤には細胞死を抑制する効果を期待できる。第1培養方法においては、好ましくは、上記第2群の成分の全てと、上記第3群の成分の全てと、これら第4群の成分の全てを併用する(第1群の成分と合わせ、合計で13成分が併用されることになる)。第2培養方法においては、好ましくは、第3群の成分は省略し、第2群の成分の全てと、第4群の成分の内、ROCK阻害剤のみを併用する(第1群の成分(GSK-3β阻害剤と血清代替物)と合わせ、合計で6成分が併用されることになる)。
【0055】
p38阻害剤として例えばSB202190を用いることができる。また、ROCK阻害剤として例えばY-27632を用いることができる。
【0056】
ニコチンアミドの添加濃度の例を示すと0.1 mg/mL~5 mg/mL、好ましくは0.5 mg/mL~2 mg/mLである。同様に、N-アセチルシステインの添加濃度の例を示すと0.1mM~5mM、好ましくは0.5 mM~2 mMであり、p38阻害剤の添加濃度の例(SB202190の場合)を示すと1μM~50 mM、好ましくは5μM~20 mMであり、ROCK阻害剤の添加濃度の例(Y-27632の場合)を示すと1 μM~50 μM、好ましくは3 μM~30 μMである。第2培養方法の場合のROCK阻害剤の添加濃度については、1 μM~10 μM(Y-27632の場合)も好ましい添加濃度範囲である。尚、ROCK阻害剤については、培地交換に使用する培養液には含めないことが好ましい。但し、第2培養方法の場合は、培地中にROCK阻害剤が常時添加された条件を採用してもよい。
【0057】
その他の培養条件(培養温度など)は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。即ち、例えば37℃、5%COの環境下で培養すればよい。また、基本培地は、腸管幹細胞の維持、増殖が可能である限り特に限定されない。好ましくは、上皮細胞の培養に適した基本培地(例えばD-MEMとハムF12培地の混合培地、D-MEM)を用いる。培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、PVA、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。典型的には培養皿などを用いて二次元的に細胞を培養する。本発明の方法によれば、二次元培養によってiPS細胞から腸管上皮細胞を得ることが可能となる。但し、ゲル状の培養基材あるいは3次元培養プレートなどを用いた3次元培養を実施することにしてもよい。
【0058】
尚、培養中又は培養後の細胞が所望の性質を維持しているか否かは、例えば、腸管幹細胞マーカーであるロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役受容体5(LGR5)、腸管前駆細胞マーカーであるSOX9、後腸マーカーであるCDX2の発現を指標として判定ないし評価することができる。
【0059】
さらに腸管上皮細胞へ分化するための分化工程の例として、以下に例1及び例2を示す。以下の例1及び例2において、特に言及しない培養条件は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。例えば、37℃、5%COの環境下で培養することにし、基本培地は好ましくは上皮細胞の培養に適した基本培地(例えばD-MEMとハムF12培地の混合培地、D-MEM)を用いる。また、培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、PVA、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。
【0060】
尚、腸管上皮細胞へ分化したことは、例えば、腸管上皮細胞マーカーや薬物動態関連遺伝子の発現、ペプチドの取り込み、或いはビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素の発現誘導を指標にして判定ないし評価することができる。腸管上皮細胞マーカー及び薬物動態関連遺伝子の例を挙げると、ビリン 1(Villin 1)、スクラーゼ-イソマルターゼ、SLC(solute carrier)有機アニオントランスポーター2B1(SLCO2B1/OATP2B1)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1(SLC15A1/PEPT1)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー46A1/プロトン共役葉酸トランスポーター(SLC46A1/PCFT)、ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1(ABCB1/MDR1)、ATP結合カセットトランスポーターG2/乳ガン耐性タンパク(ABCG2/BCRP)、尾側型ホメオボックス転写因子2(CDX2)、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)、プレグナンX受容体(PXR)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A1(UGT1A1)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A4(UGT1A4)である。この中でも、腸管上皮に特異性の高いスクラーゼ-イソマルターゼ及びビリン1、小腸でのペプチドの吸収に関与するSLC15A1/PEPT1、小腸での有機アニオンの吸収に関与するSLCO2B1/OATP2B1は特に有効なマーカーである。
【0061】
(分化工程の例1)
この例では、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物(以下、「第1誘導因子」とも呼ぶ)とEGF(以下、「第2誘導因子」とも呼ぶ)の存在下で培養を行い、腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる。典型的には、本発明の培養方法を適用することで得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく分化工程に供する。一方で、本発明の培養方法を適用することで得られた細胞集団の中から腸管幹細胞を選別した上で分化工程を実施することにしてもよい。腸管幹細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。
【0062】
MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物(第1誘導因子)とEGF(第2誘導因子)の存在下とは、第1誘導因子と第2誘導因子が培地中に添加された条件と同義である。従って、第1誘導因子と第2誘導因子の存在下での培養を行うためには、第1誘導因子と第2誘導因子が添加された培地を用いればよい。
【0063】
MEK1阻害剤として、PD98059、PD184352、PD184161、PD0325901、U0126、MEK inhibitor I、MEK inhibitor II、MEK1/2 inhibitor II、SL327を挙げることができる。同様に、DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン、5-アザシチジン、RG108、ゼブラリンを挙げることができる。TGFβ受容体阻害剤については、A-83-01がTGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7に阻害活性を示した実験結果を考慮すれば、好ましくは、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の一以上に対して阻害活性を示すものを用いるとよい。例えば、A-83-01、SB431542、SB-505124、SB525334、D4476、ALK5 inhibitor、LY2157299、LY364947、GW788388、RepSoxが当該条件を満たす。
【0064】
MEK1阻害剤の添加濃度の例(PD98059の場合)を示すと4μM~100μM、好ましくは10~40μMである。同様にメチル化阻害剤の添加濃度の例(5-アザ-2’-デオキシシチジンの場合)を示すと、1μM~25μM、好ましくは2.5μM~10μMであり、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A-83-01の場合)を示すと0.1μM~2.5μM、好ましくは0.2μM~1μMである。
【0065】
好ましい一態様では、第1誘導因子として、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤の中の二以上を併用する。異なる二以上の第1誘導因子を併用することにより、相加的又は相乗的効果が得られ、腸管上皮への分化を促進できる。最も好ましくは、全て(即ち3種類)の第1誘導因子を併用する。
【0066】
当該工程の期間(培養期間)は例えば7日間~30日間、好ましくは10日間~20日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管上皮細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。
【0067】
好ましい一態様では当該工程として2段階の培養、即ち、本発明の培養方法を適用することで得られた腸管幹細胞をGSK阻害剤(例えばGSK3iXV)及び/又はBMP阻害剤(例えばドルソモルフィン)とEGFの存在下で培養する工程(分化工程1)とそれに続いて、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物(第1誘導因子)とEGF(第2誘導因子)の存在下で培養する工程(分化工程2)を行う。従って、この態様では、第1誘導因子と第2誘導因子を用いた培養の前に、GSK阻害剤及び/又はBMP阻害剤の存在下での培養を行うことになる。GSK阻害剤及び/又はBMP阻害剤の存在下での培養の主たる目的は、腸管幹細胞の増殖を促進することである。
【0068】
分化工程1と分化工程2を行う場合、分化工程1の培養期間は例えば3日間~14日間、好ましくは4日間~10日間であり、分化工程2の培養期間は例えば3日間~21日間、好ましくは5日間~15日間である。
【0069】
各工程において、途中で継代培養を行ってもよい。例えばコンフルエント又はサブコンフルエントになった際に細胞の一部を採取して別の培養容器に移し、培養を継続する。分化を促進するために細胞密度を低く設定することが好ましい。例えば1×10個/cm~1×10個/cm程度の細胞密度で細胞を播種するとよい。
【0070】
培地交換や継代培養などに伴う、細胞の回収の際には、細胞死を抑制するためにY-27632等のROCK阻害剤(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)で予め細胞を処理しておくとよい。
【0071】
(分化工程の例2)
この例では、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下(以下、この条件を「第1条件」と呼ぶ)、且つcAMPが細胞へ供給される条件下(以下、この条件を「第2条件」と呼ぶ)で培養し、本発明の培養方法を適用することで得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる。典型的には、本発明の培養方法を適用することで得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく分化工程に供する。一方で、本発明の培養方法を適用することで得られた細胞集団の中から腸管幹細胞を選別した上で分化工程を実施することにしてもよい。腸管幹細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。
【0072】
第1条件、即ちMEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下とは、これらの化合物が培地中に添加された条件と同義である。従って、第1条件を満たすためには、これらの化合物が添加された培地を用いればよい。
【0073】
MEK1阻害剤として、PD98059、PD184352、PD184161、PD0325901、U0126、MEK inhibitor I、MEK inhibitor II、MEK1/2 inhibitor II、SL327を挙げることができる。同様に、DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン、5-アザシチジン、RG108、ゼブラリンを挙げることができる。TGFβ受容体阻害剤については、A-83-01がTGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7に阻害活性を示した実験結果を考慮すれば、好ましくは、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の一以上に対して阻害活性を示すものを用いるとよい。例えば、A-83-01、SB431542、SB-505124、SB525334、D4476、ALK5 inhibitor、LY2157299、LY364947、GW788388、RepSoxが当該条件を満たす。
【0074】
MEK1阻害剤の添加濃度の例(PD98059の場合)を示すと4μM~100μM、好ましくは10~40μMである。同様にメチル化阻害剤の添加濃度の例(5-アザ-2’-デオキシシチジンの場合)を示すと、1μM~25μM、好ましくは2.5μM~10μMであり、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A-83-01の場合)を示すと0.1μM~2.5μM、好ましくは0.2μM~1μMである。尚、例示した化合物、即ち、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン及びA-83-01とは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン、A-83-01)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、予備実験によって確認することができる。
【0075】
第2条件、即ち、cAMPが細胞へ供給される条件とは、細胞内へ取り込み可能な化合物であって、細胞内に取り込まれるとcAMPシグナルを刺激する化合物が存在する条件と同義である。従って、第2条件を満たすためには、例えば、細胞内への取り込み可能なcAMP誘導体、アデニル酸シクラーゼ活性化作用を有する化合物(例えば、Forskolin)、またはcAMP分解酵素ホスホジエステラーゼの阻害作用を有する化合物(例えば、IBMX)が添加された培地を用いればよい。cAMP誘導体としてPKA活性剤(例えば、8-Br-cAMP(8-Bromoadenosine-3’,5’-cyclic monophosphate sodium salt, CAS Number : 76939-46-3)、6-Bnz-cAMP(N6-Benzoyladenosine-3’,5’-cyclic monophosphate sodium salt salt, CAS Number : 1135306-29-4)、cAMPS-Rp((R)-Adenosine, cyclic 3’,5’-(hydrogenphosphorothioate) triethylammonium salt, CAS Number : 151837-09-1)、cAMPS-Sp((S)-Adenosine, cyclic 3’,5’-(hydrogenphosphorothioate) triethylammonium salt, CAS Number : 93602-66-5)、Dibutyryl-cAMP(N6,O2’-Dibutyryl adenosine 3’,5’-cyclic monophosphate sodium salt salt, CAS Number : 16980-89-5)、8-Cl-cAMP(8-Chloroadenosine- 3’, 5’- cyclic monophosphate salt, CAS Number : 124705-03-9))、Epac活性剤(Rp-8-Br-cAMPS(8-Bromoadenosine 3’,5’-cyclic Monophosphothioate, Rp-Isomer . sodium salt, CAS Number : 129735-00-8)、8-CPT-cAMP(8-(4-Chlorophenylthio)adenosine 3’,5’-cyclic monophosphate, CAS Number : 93882-12-3)、8-pCPT-2’-O-Me-cAMP(8-(4-Chlorophenylthio)-2’-O-methyladenosine 3’,5’-cyclic monophosphate monosodium, CAS Number : 634207-53-7)等)を採用することができる。cAMP誘導体の添加濃度の例(8-Br-cAMPの場合)を示すと、0.1 mM~10 mM、好ましくは0.2 mM~5 mM、更に好ましくは0.5 mM~2 mMである。尚、例示した化合物、即ち、8-Br-cAMPとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(8-Br-cAMP)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、予備実験によって確認することができる。
【0076】
当該工程の期間(培養期間)は例えば7日間~40日間、好ましくは10日間~30日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管上皮細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。
【0077】
目的の細胞(腸管上皮細胞)のみからなる細胞集団又は目的の細胞が高比率(高純度)で含まれた細胞集団を得ようと思えば、目的の細胞に特徴的な細胞表面マーカーを指標にして培養後の細胞集団を選別・分取すればよい。
【0078】
なお、培地交換や継代培養などに伴う、細胞の回収の際には、細胞死を抑制するためにY-27632等のROCK阻害剤(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)で予め細胞を処理しておくとよい。
【0079】
<3>腸管上皮細胞の用途
腸管上皮細胞の第1の用途として各種アッセイが提供される。腸管上皮細胞は、腸管、特に小腸のモデル系に利用可能であり、腸管、特に小腸での薬物動態(吸収、代謝など)の評価や毒性の評価に有用である。換言すれば、腸管上皮細胞は、化合物の体内動態の評価や毒性の評価にその利用が図られる。
【0080】
具体的には、腸管上皮細胞を用いて被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性等を試験することができる。即ち、(i)本発明の方法により得た腸管上皮細胞胞で構成された細胞層を用意する工程と、(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程と、(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を評価する工程を行うことができる。
【0081】
工程(i)では、典型的には、半透過性膜(多孔性膜)の上で腸管上皮細胞を培養し、細胞層を形成させる。具体的には、例えば、カルチャーインサートを備えた培養容器(例えば、コーニング社が提供するトランスウェル(登録商標))を使用し、カルチャーインサート内に細胞を播種して培養することにより、腸管上皮細胞で構成された細胞層を得る。
【0082】
工程(ii)での「接触」は、典型的には、培地に被検物質を添加することによって行われる。被検物質の添加のタイミングは特に限定されない。従って、被検物質を含まない培地で培養を開始した後、ある時点で被検物質を添加することにしても、予め被検物質を含む培地で培養を開始することにしてもよい。
【0083】
被検物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬品、栄養食品、食品添加物、農薬、香粧品(化粧品)等の既存成分或いは候補成分も好ましい被検物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被検物質として用いてもよい。2種類以上の被検物質を同時に添加することにより、被検物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被検物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なアッセイ系を構築することができる。
【0084】
被検物質を接触させる期間は任意に設定可能である。接触期間は例えば10分間~3日間、好ましくは1時間~1日間である。接触を複数回に分けて行うことにしてもよい。
【0085】
工程(iii)では、細胞層を透過した被検物質を定量する。例えば、トランスウェル(登録商標)のようなカルチャーインサートを備えた培養容器を使用した場合には、カルチャーインサートを透過した被検物質、即ち、細胞層を介して上部もしくは下部容器内に移動した被検物質を、被検物質に応じて、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等の測定方法で定量する。定量結果(細胞層を透過した被検物質の量)と被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を判定・評価する。
【0086】
別の態様(第2の態様)としては、被検物質の代謝又は吸収を評価する方法が提供される。当該方法では、(I)腸管上皮細胞に被検物質を接触させる工程と、(II)被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する工程を行う。
【0087】
工程(I)、即ち腸管上皮細胞と被検物質の接触は、上記工程(ii)と同様に実施することができる。但し、予め細胞層を形成させることは必須ではない。
【0088】
工程(I)の後、被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する(工程(II))。工程(I)の直後、即ち、被検物質の接触の後、実質的な時間間隔を置かずに代謝等を測定・評価しても、或いは、一定の時間(例えば10分~5時間)を経過した後に代謝等を測定・評価することにしてもよい。代謝の測定は、例えば、代謝産物の検出によって行うことができる。この場合には、通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして、予想される代謝産物を定性的又は定量的に測定する。測定方法は代謝産物に応じて適切なものを選択すればよいが、例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。
【0089】
典型的には、被検物質の代謝産物が検出されたとき、「被検物質が代謝された」と判定ないし評価する。また、代謝産物の量に応じて被検物質の代謝量を評価することができる。代謝産物の検出結果と、被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の代謝効率を算出することにしてもよい。
【0090】
腸管上皮細胞における薬物代謝酵素(シトクロムP450(特にCYP3A4)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素(特にUGT1A8、UGT1A10)、硫酸転移酵素(特にSULT1A3など))の発現を指標として被検物質の代謝を測定することも可能である。薬物代謝酵素の発現はmRNAレベル又はタンパク質レベルで評価することができる。例えば、薬物代謝酵素のmRNAレベルに上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。同様に、薬物代謝酵素の活性に上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。代謝産物を指標として判定する場合と同様に、薬物代謝酵素の発現量に基づいて定量的な判定・評価を行うことにしてもよい。
【0091】
被検物質の吸収を評価するためには、例えば、培養液中の被検物質の残存量を測定する。通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして被検物質を定量する。測定方法は被検物質に応じて適切なものを選択すればよい。例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。典型的には、培養液中の被検物質の含有量の低下を認めたとき、「被検物質が吸収された」と判定・評価する。また、低下の程度に応じて被検物質の吸収量ないし吸収効率を判定・評価することができる。尚、細胞内に取り込まれた被検物質の量を測定することによっても、吸収の評価は可能である。
尚、代謝の測定・評価と吸収の測定・評価を同時に又は並行して行うことにしてもよい。
【0092】
本発明の方法で調製した腸管上皮細胞の第2の用途としては、腸管上皮細胞を含有する細胞製剤である。本発明の細胞製剤は各種腸疾患の治療に適用可能である。特に、障害された(機能不全を含む)腸管上皮組織の再生・再建用の材料としての利用が想定される。即ち、再生医療への貢献を期待できる。本発明の細胞製剤は、例えば、本発明の方法によって得られた腸管上皮細胞を生理食塩水や緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁すること、或いは当該細胞を用いて三次元組織体(オルガノイドやスフェロイド)を作製することによって調製することができる。治療上有効量の細胞を投与できるように、一回投与分の量として例えば1×10個~1×1010個の細胞を含有させるとよい。細胞の含有量は、使用目的、対象疾患、適用対象(レシピエント)の性別、年齢、体重、患部の状態、細胞の状態などを考慮して適宜調整することができる。
【0093】
細胞の保護を目的としてジメチルスルホキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入を阻止することを目的として抗生物質等を、細胞の活性化、増殖又は分化誘導などを目的として各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド等)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。
【実施例0094】
<方法>
(1)細胞
ヒトiPS細胞としてWindyおよびK株を使用した。両細胞株は国立成育医療研究センター研究所の梅澤明弘博士より供与された。iPS細胞の維持培養時のフィーダー細胞としてはMEFを使用した。
【0095】
(2)培地
オンフィーダー培養:
MEFの培養には10%ウシ胎仔血清(FBS)、2mmol/L L-グルタミン(L-Glu)、1%非必須アミノ酸(NEAA)、100units/mLペニシリンG、100 μg/mLストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)を用いた。MEFの剥離液には0.05%トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を、MEFの保存液にはセルバンカー1を用いた。ヒトiPS細胞の維持培養には20%ノックアウト血清代替物(KSR)、0.8% NEAA、2mmol/L L-Glu、0.1mmol/L 2-メルカプトエタノール(2-MeE)、5ng/mL線維芽細胞増殖因子(FGF)2を含むDMEM Ham’s F-12(DMEM/F12)を用いた。ヒトiPS細胞の剥離液には1mg/mLコラゲナーゼIV、0.25%トリプシン、20% KSR、1mmol/L塩化カルシウムを含むダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた。ヒトiPS細胞の保存液には霊長類ES/iPS細胞用凍結保存液を用いた。
【0096】
フィーダーレス培養:
培地はmTeSR1を用いた。ヒトiPS細胞の剥離液には0.5 mmol/L EDTAを用いた。ヒトiPS細胞の保存液にはStemSure(登録商標)凍結保存溶液を用いた。
【0097】
(3)ヒトiPS細胞の培養
オンフィーダー培養:
ヒトiPS細胞はマイトマイシンC処理を施したMEF(6×10cells/100mmディッシュ)上に播種し、5%CO/95%air条件下COインキュベーター中37℃にて培養した。ヒトiPS細胞の継代は、3~5日培養後、1:2~1:3のスプリット比で行った。ヒトiPS細胞は解凍48時間後に培地を交換し、それ以降は毎日交換した。
【0098】
フィーダーレス培養:
DMEM/F12にて成長因子を除去したマトリゲルを30倍希釈し、この希釈液で細胞培養用プレートをコートした。コートしたプレートを4℃下に10時間以上置いた。使用30分前に、室温まで戻した。iPS細胞をマトリゲルでコートしたプレートに播種し、5%CO/95%air条件下COインキュベーター中37℃にて培養した。ヒトiPS細胞の継代は、3~5日培養後、1:6のスプリット比で行った。ヒトiPS細胞は解凍時にY-27632 μmol/Lとなるように添加し、24時間後に培地を交換し、それ以降は毎日交換した。
【0099】
(4)ヒトiPS細胞の内胚葉への分化
標準プロトコール:
オンフィーダー培養したヒトiPS細胞の内胚葉への分化は、ヒトiPS細胞が培養ディッシュに対し、未分化コロニーの占める割合が約70%になった状態で開始した。0.5%FBS、100ng/mLアクチビンA、100units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むロズウェルパーク記念研究所(RPMI)+グルタマックス培地で2日間、2%FBS、100ng/mLアクチビンA、100units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI+グルタマックス培地で1日間または5日間培養することで内胚葉に分化させた。
【0100】
本発明のプロトコール:
フィーダーレス条件で培養したヒトiPS細胞が培養ディッシュに対し、細胞がコンフルエント又はサブコンフルエントになった状態で開始した。0.2%B27サプリメント、100ng/mLアクチビンA、50nmol/L PI-103、2μmol/L CHIR99021、100units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、1%NEAAを含むRPMI培地で2日間、0.2%B27サプリメント、100ng/mLアクチビンA、20ng/mL bFGF、100units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、1%NEAAを含むRPMI培地で5日間培養することで内胚葉に分化させた。分化開始24時間前に、1%DMSOを添加したまたは添加していないmTeSRにて培地交換を行った。
【0101】
(5)ヒトiPS細胞由来内胚葉の腸管上皮細胞への分化
内胚葉の腸管上皮細胞への分化は、ヒトiPS細胞由来内胚葉を用い、2%FBS、2%B27サプリメント、1%グルタマックス、250ng/mL FGF2を含むDMEM/F12で4日間培養することで腸管幹細胞へ分化させた。FGF2処理後、Y-27632(Rho結合キナーゼ阻害剤)を10μmol/Lとなるように添加し、5%CO/95%air条件下COインキュベーター中37℃にて60分間処理した細胞をアクターゼにて剥離し、あらかじめDMEM/F12にて30倍に希釈した成長因子を除去したマトリゲルにてコートした細胞培養用24well-plateに播種した。その後、4%FBS、2mmol/Lグルタマックス、1%NEAA、2%B27サプリメント、1%N2サプリメント、100units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20ng/mL上皮成長因子(EGF)、10μmol/L Y-27632を含むDMEM/F12で1日間、4%FBS、2mmol/Lグルタマックス、1%NEAA、2%B27サプリメント、1%N2サプリメント、100units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、50ng/mL EGF及び30μmol/Lフォルスコリンを含むDMEM/F12で6日間、4%FBS、2mmol/Lグルタマックス、1%NEAA、2%B27サプリメント、1%N2サプリメント、100units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、50ng/mL EGF、20μmol/L PD98059、5μmol/L 5-アザ-2’-デオキシシチジン、0.5μmol/L A-83-01、30μmol/Lフォルスコリンを含むDMEM/F12で12日間培養することで腸管上皮細胞へ分化させた。
【0102】
(6)総リボ核酸(RNA)抽出
総RNAはヒトiPS細胞の分化誘導終了後、Agencourt RNAdvance Tissue Kitの添付マニュアルに従い抽出した。
【0103】
(7)逆転写反応
相補的DNA(cDNA)の合成は、ReverTra Ace qPCR RT Master Kitを使用し、添付マニュアルに従い行った。
【0104】
(8)Real-Time RT-PCR法
Real-Time RT-PCRはKAPA SYBR Fast qPCR Kitを用い、cDNAを鋳型にして、反応は添付マニュアルに従い行った。結果は内在性コントロールとしてヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)を用いて補正した。
【0105】
(10)ローダミンの輸送実験
分化誘導終了後、ローダミン123を含むハンクス平衡塩溶液をセルカルチャーインサートの頂側膜側もしくは基底膜側に加え、37℃にてインキュベーションし、溶液を加えた反対側のチャンバーより経時的にサンプリングした。ローダミンの見かけの膜透過係数は蛍光プレートリーダーを用いて測定した蛍光強度より(励起波長485nm、蛍光波長528 nm)算出した。Efflux ratioは基底膜側から頂側膜側への見かけの膜透過係数を頂側膜側から基底膜側への見かけの膜透過係数で除することで算出した。なお、経上皮電気抵抗(TEER)値はMillicell ERS-2を用いて測定した。
【0106】
【表1】
【0107】
<結果及び考察>
(1)フィーダーレスで培養したヒトiPS細胞Windy株の標準プロトコールでの内胚葉への分化の検討
フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株を標準プロトコールにて内胚葉まで分化誘導を行い、標準プロトコールのフィーダーレス細胞に対する適用性を検討した。各マーカー遺伝子の発現を解析することによって分化の程度を評価した。その結果、OCT4の発現について、オンフィーダーで培養したヒトiPS細胞由来内胚葉は未分化のヒトiPS細胞より低下したものの、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞由来内胚葉では未分化のヒトiPS細胞細胞より高い発現が認められた。SOX17、FOXA1及びGATA4については、オンフィーダーで培養したヒトiPS細胞から分化させた内胚葉は未分化のiPS細胞に比べ、96倍、107倍及び1022倍の高い発現が認められたことに対し、フィーダーレスで培養したヒトiPS細胞から分化させた内胚葉は未分化のiPS細胞の2倍、8倍及び14倍しか発現が認められなかった(図1図4、ヒトiPS細胞は Windy株、n=2、発現量は未分化細胞を1とした相対値で示す。)。
以上のことから、同じ株のヒトiPS細胞であっても、維持培養の方法が異なることで、既存の分化誘導プロトコールでは内胚葉に十分に分化誘導することができないことが明らかとなった。
【0108】
(2)内胚葉への分化に対する改良プロトコール(本発明のプロトコール)の検討
(2-1)アクチビンAの処理時間の検討:
オンフィーダーで維持培養したヒトiPS細胞を用いて、標準プロトコールで内胚葉まで分化させた。その際、アクチビンAの処理時間を3もしくは7日間処理し、マーカー遺伝子の発現を比較した。アクチビンAを7日間処理した群では、アクチビンAを3日間処理した群と比較したところ、OCT4発現の低下、SOX17、FOXA1及びGATA4発現の上昇が確認された(図5図8、n=2、発現量は未分化細胞を1とした相対値で示す)。その結果、アクチビンAを長時間処理することで分化効率を改善できることが示唆された。しかしながら、フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞の分化誘導の際に、アクチビンAを長時間処理することで、細胞の生存率の低下が認められた(data not shown)。したがって、フィーダーレスにて維持培養したヒトiPS細胞の内胚葉まで分化誘導法はさらなる改善が必要であることが示唆された。
【0109】
(2-2)分化誘導因子の検討:
フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株をより効率的に内胚葉まで分化誘導するために、改良したプロトコールで分化誘導を行い、遺伝子発現レベルの評価を行った。さらに、分化誘導を行う前に1%DMSO前処理の有無による分化効率への影響も検討した。OCT4の発現は改良プロトコールによって分化誘導した内胚葉では未分化のiPS細胞より低下した。標準プロトコールを用いた際には1%DMSOの前処理より、OCT4の発現はやや減少した。改良プロトコールで分化した内胚葉はSOX17、FOXA1及びGATA4の発現は未分化のiPS細胞および標準プロトコールで分化した内胚葉より著しく増加した。1%DMSOを前処理することでの標準プロトコールで分化した細胞のSOX17及びGATA4の遺伝子発現レベルの上昇が認められた。一方、改良プロトコールで分化した細胞へのDMSO前処理の効果は十分に認められなかった(図9図12、n=2、発現量は未分化細胞を1とした相対値で示す)。以上の結果から、ヒトiPS細胞を用い、改良プロトコールにて分化誘導することで、より効率よく内胚葉へ分化することが可能になることが示唆された。
【0110】
(3)分化誘導した内胚葉の腸管幹細胞への分化についての検討
次にフィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株を改良プロトコール(1%DMSO前処理)にて分化した内胚葉を使用し、腸管幹細胞まで分化誘導し、CDX2の遺伝子発現レベルにて分化の程度を評価した。分化した腸管幹細胞においてCDX2は未分化のiPS細胞および分化させた内胚葉より顕著に高い発現が認められた。更に、この発現レベルはヒト成人小腸と同程度であった(図13、n=2、発現量は未分化細胞を1とした相対値で示す)。これらの結果から、改良プロトコールにて分化した内胚葉は腸管幹細胞への分化能を有することが示唆された。
【0111】
(4)分化誘導した内胚葉の腸管上皮細胞への分化についての検討
フィーダーレスで維持培養したヒトiPS細胞Windy株を改良したプロトコールで内胚葉に分化させ、さらにそこから腸管幹細胞または腸管上皮細胞まで分化させた。その際、DMSO前処理の影響も検討した。その結果、分化した腸管上皮細胞におけるCDX2、LGR5及びVillin 1の遺伝子発現はヒト成人小腸と同等もしくは高いレベルの発現が認められ、1% DMSOの前処理群において、これらの遺伝子の発現はやや高い傾向が認められた。分化した腸管上皮細胞におけるCYP3A4及びMUC2の遺伝子発現はCaco-2細胞より顕著に高かった。腸管幹細胞マーカーであるLGR5以外の各マーカー遺伝子の発現は、分化した腸管上皮細胞の方が分化した腸管幹細胞より高かった(図14図18、Mean±S.D.(n=3)、発現量はヒト成人小腸を1とした相対値で示す)。
【0112】
また、1%DMSO前処理無しの細胞より分化した腸管上皮細胞のバリア機能を評価するために、経時的にTEER値を測定した。分化終了時点のTEER値は600 Ω・cmであり、強固なタイトジャンクションを有していることが明らかになった(図19、n=2)。
【0113】
次にセルカルチャーインサート上で分化誘導を行い、排出トランスポーターであるP-gpの基質であるローダミン123およびその阻害薬であるベラパミルを用いてP-gpの輸送活性を評価した。その結果、分化誘導した腸管上皮細胞では、阻害薬未処理群において、高いefflux ratioを示した(図20、Mean±S.D.(n=3)、ベラパミル10μmol/L)。また、阻害薬存在下でその値は約2まで低下した。
【0114】
Windyとは別のヒトiPS細胞株(K株)を改良プロトコールで内胚葉に分化誘導し、さらにそこから腸管上皮細胞までの分化誘導を行った。分化の程度を遺伝子レベルにて評価したところ、1% DMSOを前処理することで、各マーカー遺伝子の発現レベルは上昇した。また、CDX2、P-gp及びVillin 1の遺伝子発現レベルは、ヒト成人小腸と同程度もしくはより高かった(図21図24、Mean±S.D.(n=3)、発現量はヒト成人小腸を1とした相対値で示す)。
【0115】
<結論>
以上の結果より、ヒトiPS細胞の内胚葉分化誘導においてアクチビンAの長時間処理は短時間処理より分化効率を向上させることが示唆された。また、改良プロトコール(本発明の方法)はヒトiPS細胞から内胚葉への分化に効果的であることが示され、この方法で分化誘導した内胚葉は腸管幹細胞および腸管上皮細胞への分化能を十分有していることが明らかとなった。また、1%DMSOを前処理することで腸管上皮細胞への分化の促進または分化効率の向上に寄与することが示された。したがって、1%DMSOの前処理と改良プロトコール(本発明の方法)の組合せは細胞株や維持培養の方法に関わらず、ヒトiPS細胞から内胚葉、さらには腸管幹細胞及び腸管上皮細胞への分化において有用であることが示唆された。
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