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特開2022-21621CAMKIIα又はCAMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤
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  • 特開-CAMKIIα又はCAMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤 図1
  • 特開-CAMKIIα又はCAMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤 図2
  • 特開-CAMKIIα又はCAMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022021621
(43)【公開日】2022-02-03
(54)【発明の名称】CAMKIIα又はCAMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/704 20060101AFI20220127BHJP
   C12Q 1/48 20060101ALI20220127BHJP
   A61K 38/08 20190101ALI20220127BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALI20220127BHJP
   A61K 31/7016 20060101ALI20220127BHJP
   A61K 38/095 20190101ALI20220127BHJP
   A61K 31/724 20060101ALI20220127BHJP
   A61K 31/7056 20060101ALI20220127BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220127BHJP
   A61P 25/08 20060101ALI20220127BHJP
   A61P 25/30 20060101ALI20220127BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220127BHJP
【FI】
A61K31/704
C12Q1/48 Z
A61K38/08
A61K31/7048
A61K31/7016
A61K38/095
A61K31/724
A61K31/7056
A61P25/00
A61P25/08
A61P25/30
A61P43/00 111
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020125299
(22)【出願日】2020-07-22
(71)【出願人】
【識別番号】504300181
【氏名又は名称】国立大学法人浜松医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】才津 浩智
(72)【発明者】
【氏名】宮嵜 岳大
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QA18
4B063QR07
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS02
4B063QX02
4C084AA02
4C084BA44
4C084DB01
4C084DB29
4C084DB70
4C084NA14
4C084ZA011
4C084ZA061
4C084ZC391
4C084ZC411
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA03
4C086EA10
4C086EA11
4C086EA13
4C086EA14
4C086EA20
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA01
4C086ZA06
4C086ZC39
4C086ZC41
(57)【要約】
【課題】本発明は、CaMKIIα又はCaMKIIβの変異により引き起こされる疾患の治療剤の候補化合物を提供することを課題とする。
【解決手段】CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化の抑制剤であって、チモペンチン、エプチフィバチド、デスラノシド、グリチルリチン酸ニアンモニウム、スクロソファートカリウム水和物、パソプレシン、タイロシン、ベータデクス、及びソリスロマイシンからなる群より選択される1種以上の化合物を有効成分とする、
CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化の抑制剤であって、
チモペンチン、エプチフィバチド、デスラノシド、グリチルリチン酸ニアンモニウム、スクロソファートカリウム水和物、パソプレシン、タイロシン、ベータデクス、及びソリスロマイシンからなる群より選択される1種以上の化合物を有効成分とする、
CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤。
【請求項2】
CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化の抑制剤であって、
ヒトCaMKIIαの207番目から210番目のアミノ酸を含む領域と285番目から289番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第1のポケットと、ヒトCaMKIIαの210番目から214番目のアミノ酸を含む領域と290番目から297番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第2のポケットと、の両方に結合する化合物を有効成分とする、CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤。
【請求項3】
前記変異体は、ヒトCaMKIIαの212番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、ヒトCaMKIIαの235番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、又はヒトCaMKIIβの213番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体である、請求項1又は2に記載の自己リン酸化抑制剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の自己リン酸化抑制剤を有効成分とする、医薬用組成物。
【請求項5】
薬物中毒、又は神経疾患の治療に用いられる、請求項4に記載の医薬用組成物。
【請求項6】
前記神経疾患が、てんかんである、請求項5に記載の医薬用組成物。
【請求項7】
CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化の抑制剤の候補化合物をスクリーニングする方法であって、
ヒトCaMKIIαの207番目から210番目のアミノ酸を含む領域と285番目から289番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第1のポケットと、ヒトCaMKIIαの210番目から214番目のアミノ酸を含む領域と290番目から297番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第2のポケットと、の両方に結合する化合物を、前記候補化合物として選抜する、スクリーニング方法。
【請求項8】
CaMKIIαの立体構造データと低分子化合物の構造データとを用いたin silico スクリーニングにより、前記第1のポケットと前記第2のポケットの両方に結合し得る低分子化合物を、前記候補化合物として選抜する、請求項7に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記変異体は、ヒトCaMKIIαの212番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、ヒトCaMKIIαの235番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、又はヒトCaMKIIβの213番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体である、請求項7又は8に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CAMKIIα又はCAMKIIβの変異により引き起こされる疾患の治療剤の候補化合物、及び当該候補化合物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、希少難治性神経発達障害の原因遺伝子の同定が進んでいるが、変異が疾患を引き起こすメカニズムの解明や治療薬の開発はあまり進んでいない。新規治療薬開発のためには、遺伝子変異が疾患を引き起こすメカニズムを解明し、その変異に基づいた治療薬の開発が必要である。
【0003】
カルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(Calcium/calmodulin-dependent protein kinase II:CaMKII)は、シナプス可塑性(長期増強等)に重要なCa2+依存性のセリン/スレオニンキナーゼである。哺乳類では、α、β、γ、及びδの4種のサブユニットがあり、αサブユニット(CaMKIIα)はCAMK2A遺伝子によりコードされ、βサブユニット(CaMKIIβ)はCAMK2B遺伝子によりコードされている。脳内では、CaMKIIαとCaMKIIβが優勢である(非特許文献1)。
【0004】
CaMKIIは、キナーゼドメイン、制御ドメイン、及びアソシエーションドメインを有しており、アソシエーションドメインでドデカマーを形成している。CaMKIIは、Ca2+非存在下では調節ドメインとキナーゼドメインが結合しており、自己リン酸化が抑制されている。CaMKIIの活性化は、カルシウム/カルモジュリン(Ca2+/CaM)複合体が、調節ドメイン内のCa2+/CaM結合部位と結合することで引き起こされ、次いで、コンフォメーション変化により調節ドメインからキナーゼドメインが解離する。このキナーゼドメイン中のスレオニン(Thr)(CaMKIIαでは286番目のThr、CaMKIIβでは287番目のThr)が自己リン酸化され、これによりCa2+非依存的にキナーゼ活性が持続し、標的タンパク質のリン酸化が起こる(非特許文献1)。以下、CaMKIIαの286番目のThrと、CaMKIIβの287番目のThrをまとめて「Thr286/287」ということがある。
【0005】
希少難治性神経発達障害の罹患者のエクソームシークエンス解析により、CAMK2A遺伝子におけるde novo変異が同定された(非特許文献2)。当該変異は、調節ドメインと、キナーゼドメイン中の調節ドメインと相互作用する部位に集中していたことから、これらの変異によって、CaMKIIの自己抑制機構の障害が示唆された。例えば、CaMKIIαにおける212番目のプロリンがグルタミンに置換される変異体(P212Q)では、カルシウム非存在下では通常抑制されているThr286/287の自己リン酸化が、野生型と比較して顕著に亢進していた。つまり、当該変異によってCaMKIIの調節ドメインとキナーゼドメインの結合力が低下して自己抑制が減弱した結果、Thr286/287の自己リン酸化が増加している。この自己抑制の減弱により、CaMKIIキナーゼ活性の過剰亢進が引き起こされることが、神経発達障害の原因であることが示唆された。
【0006】
CaMKIIキナーゼ活性には、多くの阻害剤があり、これらの阻害剤の中には、CaMKIIαのP212Q変異体等のCaMKIIキナーゼ活性を阻害できるものがあり、神経発達障害に対する治療剤の有効成分となり得る。しかし、CaMKIIは、脳と心臓の両方で極めて重要な役割を果たすことが知られているため、野生型と変異体の両方に対して阻害活性を示す阻害剤では、ヒトの生理学的機能に広範な悪影響を与える可能性がある。変異体のThr286/287の自己リン酸化の増加抑制作用を有する化合物であれば、一般的なCaMKII阻害剤と比較して、より副作用の少ない神経発達障害に対する治療剤となり得ると期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Hell,Neuron, 2014, vol.81(2), p.249-265.
【非特許文献2】Akita,et al.,Annals of clinical and translational neurology,2018,vol.5(3), p.280-296.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、CaMKIIの自己リン酸化の増加を抑制する作用を有しており、CAMK2A遺伝子又はCAMK2B遺伝子の遺伝子変異により引き起こされる疾患の治療剤の候補化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、CaMKIIのキナーゼドメインと調節ドメインの間の相互作用を安定化させる薬剤が、CaMKIIαのP212Q変異体等の自己リン酸化の抑制障害を改善できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、以下を提供するものである。
[1] CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化の抑制剤であって、
チモペンチン、エプチフィバチド、デスラノシド、グリチルリチン酸ニアンモニウム、スクロソファートカリウム水和物、パソプレシン、タイロシン、ベータデクス、及びソリスロマイシンからなる群より選択される1種以上の化合物を有効成分とする、
CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤。
[2] CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化の抑制剤であって、
ヒトCaMKIIαの207番目から210番目のアミノ酸を含む領域と285番目から289番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第1のポケットと、ヒトCaMKIIαの210番目から214番目のアミノ酸を含む領域と290番目から297番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第2のポケットと、の両方に結合する化合物を有効成分とする、CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤。
[3] 前記変異体は、ヒトCaMKIIαの212番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、ヒトCaMKIIαの235番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、又はヒトCaMKIIβの213番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体である、前記[1]又は[2]の自己リン酸化抑制剤。
[4]前記[1]~[3]のいずれかの自己リン酸化抑制剤を有効成分とする、医薬用組成物。
[5] 薬物中毒、又は神経疾患の治療に用いられる、前記[4]の医薬用組成物。
[6] 前記神経疾患が、てんかんである、前記[5]の医薬用組成物。
[7] CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化の抑制剤の候補化合物をスクリーニングする方法であって、
ヒトCaMKIIαの207番目から210番目のアミノ酸を含む領域と285番目から289番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第1のポケットと、ヒトCaMKIIαの210番目から214番目のアミノ酸を含む領域と290番目から297番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当する第2のポケットと、の両方に結合する化合物を、、化合物として選抜する、スクリーニング方法。
[8] CaMKIIαの立体構造データと低分子化合物の構造データとを用いたin silico スクリーニングにより、前記第1のポケットと前記第2のポケットの両方に結合し得る低分子化合物を、前記候補化合物として選抜する、前記[7]のスクリーニング方法。
[9] 前記変異体は、ヒトCaMKIIαの212番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、ヒトCaMKIIαの235番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体、又はヒトCaMKIIβの213番目のプロリンに相当するプロリンの点変異体である、前記[7]又は[8]のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るCaMKIIα又はCaMKIIβの変異体の自己リン酸化抑制剤は、野生型のCaMKIIに対する阻害効果は小さいが、CaMKIIαのP212Q変異体等の自己リン酸化の抑制障害を抑制することができる。
また、本発明に係るスクリーニング方法により、当該自己リン酸化抑制剤の候補化合物を、効率よくスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】ヒトCaMKIIαの全長タンパク質のキナーゼドメインと調節ドメインが相互作用をしている状態の構造を示した図である。
図2】実施例1において、各化合物で処理したN2a-CaMKIIα_P212Q安定細胞株の、相対自己リン酸化量([リン酸化CaMKIIαのシグナル強度]/[EGFPのシグナル強度])を測定した結果を示した図である。
図3】実施例1において、CaMKIIαのP212Q変異体のタンパク質との結合アッセイの結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る自己リン酸化抑制剤は、CaMKIIα又はCaMKIIβの変異体のうち、キナーゼドメイン中のスレオニンの自己リン酸化が野生型と比較して増加している変異体(以下、「自己リン酸化亢進変異体」ということがある。)に対して、当該スレオニンの自己リン酸化を抑制する作用を有する。当該キナーゼドメイン中のスレオニンは、ヒトCaMKIIα(NCBI Reference Sequence:NP_057065.2)の場合はThr286であり、ヒトCaMKIIβ(NCBI:NP_001211.3)の場合はThr287である。
【0014】
本発明に係る自己リン酸化抑制剤が作用する自己リン酸化亢進変異体としては、CaMKIIα又はCaMKIIβのキナーゼドメイン中のスレオニンの自己リン酸化が、野生型よりも増加している変異体であれば、特に限定されるものではない。具体的には、例えば、ヒトCaMKIIαの212番目のプロリンに相当するプロリン(Pro212(α))の点変異体、ヒトCaMKIIαの235番目のプロリンに相当するプロリン(Pro235(α))の点変異体、及びヒトCaMKIIβの213番目のプロリンに相当するプロリン(Pro213(β))の点変異体が挙げられる。ヒトCaMKIIαのPro212とヒトCaMKIIβのPro213は、進化上相同なアミノ酸である。
【0015】
なお、本発明及び本願明細書において、「ヒトCaMKIIαのX番目のアミノ酸に相当するアミノ酸」とは、ヒト以外の生物種におけるCaMKIIαのアミノ酸配列と、ヒトCaMKIIαのアミノ酸配列を、最もホモロジー(配列同一性)が高くなるようにアラインメントした場合に、ヒトCaMKIIαのX番目のアミノ酸に対応する位置にあるアミノ酸を意味する。例えば、「Pro212(α)(ヒトCaMKIIαのPro212に相当するアミノ酸)」は、マウス(Mus musculus)CaMKIIα(NCBI:NP_803126.1)では212番目のプロリンであり、ネッタイツメガエル(Xenopus tropicalis)CaMKIIα(NCBI:NP_001093737.1)では212番目のプロリンである。「Pro213(β)(ヒトCaMKIIβのPro213に相当するアミノ酸)」は、マウスCaMKIIβ(NCBI:NP_001167524.1)では213番目のプロリンであり、ネッタイツメガエルCaMKIIβ(NCBI:NP_001072917.1)では211番目のプロリンである。アミノ酸配列のアラインメントは、CLUSTALW等の多重アラインメントツールを使用して実施することができる。
【0016】
Pro212(α)、Pro235(α)、及びPro213(β)の点変異体は、これらのプロリンがプロリン以外のアミノ酸への点変異体であれば、特に限定されるものではない。本発明においては、これらのプロリンが、グルタミン又はロイシンに置換された点変異体が好ましく、Pro212(α)がグルタミンに置換された変異体(P212Q(α))、Pro212(α)がロイシンに置換された変異体(P212L(α))、Pro235(α)がロイシンに置換された変異体(P235L(α))、Pro213(β)がグルタミンに置換された変異体(P213Q(β))、又はPro213(β)がロイシンに置換された変異体(P213L(β))がより好ましい。これらの点変異体は、希少難治性神経発達障害の罹患者のエクソームから、CAMK2Aにおけるde novo変異として同定された点変異体である(非特許文献2)。
【0017】
自己リン酸化亢進変異体における自己リン酸化の増加は、変異によって調節ドメインとキナーゼドメインの結合力が低下し、自己抑制能が減弱化したためと考えられる。このため、CaMKIIのキナーゼドメインと調節ドメインとの間の相互作用を安定化させる化合物は、自己リン酸化亢進変異体の自己抑制能を回復させて、自己リン酸化を抑制する作用を有することが期待される。一方で、ヒトCaMKIIαの全長タンパク質の構造は公知であり(PDB ID:3SOA)、Thr286の自己リン酸化がなされておらず、キナーゼドメインと調節ドメインが相互作用をしている状態では、2つのポケット(凹部)が存在している。図1に、ヒトCaMKIIαの全長タンパク質のキナーゼドメインと調節ドメインが相互作用をしている状態の構造を示す。ヒトCaMKIIαのキナーゼドメイン中の207番目から210番目のアミノ酸を含む領域と、調節ドメイン中の285番目から289番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当するポケットを第1のポケット(図1中、左側のポケット)とする。ヒトCaMKIIαのキナーゼドメイン中の210番目から214番目のアミノ酸を含む領域と、調節ドメイン中の290番目から297番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットに相当するポケットを、第2のポケット(図1中、右側のポケット)とする。
【0018】
CaMKIIαの第1のポケットと第2のポケットの少なくとも一方にドッキング可能な化合物は、CaMKIIαのポケットにドッキングすることによってキナーゼドメインと調節ドメインの相互作用を安定化し、自己リン酸化を抑制できることが期待できる。中でも第1のポケットと第2のポケットの両方にドッキングする化合物は、キナーゼドメインと調節ドメインの相互作用の安定化能が高く、自己リン酸化を効果的に抑制できる。すなわち、本発明に係る自己リン酸化抑制剤は、CaMKIIαの第1のポケットと第2のポケットの両方にドッキングする化合物を有効成分とする。
【0019】
第1のポケットと第2のポケットの両方にドッキングするようにCaMKIIαと結合する化合物としては、チモペンチン、エプチフィバチド、デスラノシド、グリチルリチン酸ニアンモニウム、スクロソファートカリウム水和物、パソプレシン、タイロシン、ベータデクス、及びソリスロマイシンが挙げられる。これらは、他の疾患に対する医薬品の有効成分として承認済の薬剤であり、ヒトに投与した場合の安全性が確認されている。チモペンチン(CAS:69558-55-0)は、免疫賦活薬の有効成分である。エプチフィバチド(CAS:188627-80-7)は、血小板凝集抑制薬、及び糖タンパクIIb/IIIa受容体拮抗薬の有効成分である。デスラノシド(CAS:17598-65-1)は、強心薬の有効成分である。グリチルリチン酸ニアンモニウム(CAS: 79165-06-3)は、抗炎症薬、神経保護作用剤の有効成分である。スクロソファートカリウム水和物(CAS:76578-81-9)は、消化性潰瘍薬の有効成分である。パソプレシン(CAS:113-79-1)は、抗利尿薬、アルギニンバソプレシン受容体作動薬の有効成分である。タイロシン(CAS:1401-69-0)は、抗生物質(獣医薬)、タンパク質合成阻害薬の有効成分である。ベータデクス(CAS: 7585-39-9)は、封鎖剤の有効成分である。ソリスロマイシン(CAS:760981-83-7)は、抗生物質、タンパク質合成阻害薬の有効成分である。
【0020】
CaMKIIα又はCaMKIIβにおいて、自己リン酸化が過剰に増加すると、キナーゼ活性が過剰に亢進される結果、標的タンパク質の過剰なリン酸化が引き起こされる。タンパク質のリン酸化と脱リン酸化は、細胞内シグナリングの制御に重要であり、タンパク質のリン酸化の過剰亢進は、正常な細胞内シグナリングを阻害し、生体内において様々な障害を引き起こす原因となる。そこで、本発明に係る自己リン酸化抑制剤は、CaMKIIα又はCaMKIIβの自己リン酸化亢進変異体における過剰な自己リン酸化を抑制することにより、標的タンパク質の過剰なリン酸化により引き起こされる様々な疾患の治療剤の有効成分となり得る。このため、本発明に係る自己リン酸化抑制剤は、そのまま使用してもよいが、医薬用組成物の有効成分とすることが好ましい。
【0021】
特に、CaMKIIα又はCaMKIIβの自己リン酸化亢進変異体は、てんかん、発達遅滞、知的障害等の神経疾患の患者で同定されたde novo変異であることから(非特許文献2)、本発明に係る自己リン酸化抑制剤は、てんかん等の神経疾患の治療に用いられる医薬用組成物の有効成分として好適である。また、CaMKIIは薬物中毒にも関与しており、本発明に係る自己リン酸化抑制剤は、薬物中毒の治療に用いられる医薬用組成物の有効成分としても好適である。
【0022】
本発明に係る自己リン酸化抑制剤の投与経路は、特に限定されるものではなく、経口投与、静脈投与、経腸投与、経鼻投与等、各種の投与経路の中から適宜選択することができる。本発明に係る自己リン酸化抑制剤を有効成分とする医薬用組成物は、目的の投与経路等を考慮して、通常の方法によって、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤、徐放剤などの経口用固形剤、溶液剤、シロップ剤などの経口用液剤、注射剤、スプレー剤、貼付剤、軟膏剤などに製剤化することができる。
【0023】
本発明に係る自己リン酸化抑制剤を有効成分とする医薬用組成物に含まれるその他の成分としては、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、流動化剤、溶剤、溶解補助剤、緩衝剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、防腐剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤、着色剤等の薬理学的に許容される添加剤が挙げられる。また、当該医薬用組成物は、本発明に係る自己リン酸化抑制剤以外の他の有効成分を含有していてもよい。
【0024】
賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、D-マンニトールなどの糖類、デンプン、結晶セルロースなどのセルロース類、エリスリトール、ソルビトール、キシリトールなどの糖アルコール類、リン酸二カルシウム、炭酸カルシウム、カオリンなどが挙げられる。結合剤としては、α化デンプン、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、D-マンニトール、トレハロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。滑沢剤としては、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、タルク、ショ糖脂肪酸エステル、ポリエチレングリコールなどが挙げられる。崩壊剤としては、クロスポビドン(架橋ポリビニルピロリドン)、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、デンプン、アルギン酸、アルギン酸ナトリウムなどが挙げられる。流動化剤としては、ケイ酸、無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウム、ケイ酸カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム化合物、酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウムなどが挙げられる。溶剤としては、精製水、生理的食塩水などが挙げられる。溶解補助剤としては、デキストラン、ポリビニルピロリドン、安息香酸ナトリウム、エチレンジアミン、サリチル酸アミド、ニコチン酸アミド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油誘導体などが挙げられる。緩衝剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム水和物、酢酸ナトリウム水和物、炭酸水素ナトリウム、トロメタモール、ホウ酸、ホウ砂、リン酸水素ナトリウム水和物、リン酸二水素ナトリウムなどが挙げられる。懸濁化剤又は乳化剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのセルロース類、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが挙げられる。等張化剤としては、乳糖、ブドウ糖、D-マンニトールなどの糖類、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、尿素などが挙げられる。安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウムなどが挙げられる。防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、クロロクレゾール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。矯味矯臭剤としては、医薬及び食品分野において通常に使用される甘味料、香料などが挙げられる。着色剤としては、医薬及び食品分野において通常に使用される着色料が挙げられる。
【0025】
本発明に係る自己リン酸化抑制剤やこれを有効成分とする医薬用組成物は、哺乳動物に投与されるものであることが好ましく、ヒトや、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ハムスター、サル、ヒツジ、ウマ、ウシ、ブタ、ロバ、イヌ、ネコ等の家畜や実験動物に投与されるものであることがより好ましく、ヒトに投与されるものであることがさらに好ましい。
【0026】
本発明に係る自己リン酸化抑制剤が、チモペンチン等の9種の承認済の薬剤を有効成分とする場合、これらを有効成分とする医薬用組成物の剤型、1回の投与における有効成分の投与量、投与間隔等の用法用量は、これらの薬剤が既に承認を得ている他の疾患に対する治療剤に準ずることができ、これらを改良してもよい。
【0027】
CaMKIIαの第1のポケットと第2のポケットとの両方に結合する化合物は、CaMKIIα又はCaMKIIβの自己リン酸化亢進変異体に対して、自己リン酸化の抑制作用を有することが期待できる。そこで、CaMKIIの第1のポケットと第2のポケットとの両方に結合する化合物を、CaMKIIα又はCaMKIIβの自己リン酸化亢進変異体の自己リン酸化の抑制剤の候補化合物として選抜することができる。
【0028】
CaMKIIαの第1のポケットと第2のポケットとの両方に結合する低分子化合物は、例えば、CaMKIIαの立体構造データ(PDB ID:3SOA)と低分子化合物の構造データとを用いたin silico スクリーニングにより、選抜することができる。このin silico スクリーニングは、立体構造が既知のタンパク質と低分子化合物のドッキングシミュレーションを行う際に使用される計算ソフトウェアを利用して行うことができる。当該ソフトウェアとしては、「myPresto」(https://www.mypresto5.jp/)のドッキングシミュレーションプログラム「Sievgene」などが挙げられる。これらのソフトウェアは、提供元のプロトコルに沿って実施することができる。例えば、「Sievgene」では、タンパク質中の標的とする結合ポケットの表面を構成するアミノ酸を、当該タンパク質のアミノ酸一次配列上で特定することができる。このため、ヒトCaMKIIαの第1のポケットと第2のポケットの両方に結合する低分子化合物は、「Sievgene」上にて、207番目から210番目のアミノ酸を含む領域と285番目から289番目のアミノ酸を含む領域を第1のポケットとして特定し、210番目から214番目のアミノ酸を含む領域と290番目から297番目のアミノ酸を含む領域を第2のポケットとして特定し、これらのポケットと結合する化合物、すなわち、これらのポケットとの結合力が大きい(結合自由エネルギーが小さくなる)化合物をドッキングシミュレーションで求めることができる。
【0029】
in silico スクリーニングにより選抜された候補化合物は、CaMKIIα又はCaMKIIβと実際に結合するかどうかや、CaMKIIα又はCaMKIIβの自己リン酸化の抑制能があるかどうかを、in vitroアッセイで確認することもできる。これらのin vitroアッセイは、常法により行うことができる。本発明においては、CaMKIIαの第1のポケットと第2のポケットとの両方に結合する低分子化合物をin silico スクリーニングで選抜するため、CaMKIIα又はCaMKIIβの自己リン酸化抑制作用を有する化合物を非常に効率よくスクリーニングすることができる。
【実施例0030】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0031】
[実施例1]
非活性化状態のCaMKII、すなわち、キナーゼドメインの自己リン酸化がなされておらず、キナーゼドメインと調節ドメインが相互作用している状態のCaMKIIと、キナーゼドメインと調節ドメインによって形成されているポケットに結合する化合物を、構造ベースのin silico スクリーニングにより探索した。当該化合物は、CaMKIIのキナーゼドメインと調節ドメインの間の相互作用を安定化させ、過剰な自己リン酸化を抑制することが期待された。
【0032】
<in silico スクリーニング>
in silico スクリーニングには、フリーソフトウェア「myPresto」のドッキングシミュレーションプログラム「Sievgene」を使用した。ヒトCaMKIIαの全長タンパク質の構造は、PDB(タンパク質構造データバンク)から入手した(PDB ID:3SOA)。ヒトCaMKIIαと結合するか否かをシミュレーションする対象の化合物の構造データとしては、承認済薬物のKEGG DRUGデータ(http://ligandbox.protein.osaka-u.ac.jp/ligandbox/cgi-bin/index.cgi?LANG=ja)を用いた。
【0033】
まず、「Sievgene」において、ヒトCaMKIIαの全長タンパク質のPDBデータから、ヒトCaMKIIαの207番目から210番目のアミノ酸を含む領域と285番目から289番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットと、210番目から214番目のアミノ酸を含む領域と290番目から297番目のアミノ酸を含む領域とにより構成されているポケットとを設定した。次いで、KEGG DRUGデータの中の各化合物について、「Sievgene」によりシミュレーションを行ってドッキングスコアを計算した。ドッキングスコアの上位100の化合物から、これらの両方のポケットに同時に嵌まり込むような状態でヒトCaMKIIαと結合する化合物である10種(テプロチド、チモペンチン、エプチフィバチド、デスラノシド、グリチルリチン酸ニアンモニウム、スクロソファートカリウム水和物、パソプレシン、タイロシン、ベータデクス、及びソリスロマイシン)を、CaMKIIα又はCaMKIIβの自己リン酸化亢進変異体の自己リン酸化抑制剤の候補化合物として選択した。なお、テプロチド(CAS:35115-60-7)は、血圧降下薬やアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の有効成分である。
【0034】
<自己リン酸化阻害アッセイ>
マウス由来培養細胞株Neuro-2a(N2a)に、ヒトCaMKIIαの野生型のEGFP(green fluorescent protein)融合タンパク質を恒常的に発現させたN2a-CaMKIIα_WT安定細胞株と、N2a細胞にヒトCaMKIIαのP212Q変異体のEGFP融合タンパク質を恒常的に発現させたN2a-CaMKIIα_P212Q安定細胞株(非特許文献2)を、各候補化合物で処理し、リン酸化CaMKIIαに対する抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、ヒトCaMKIIαの野生型又はP212Q変異体の自己リン酸化に対する影響を調べた。
【0035】
具体的には、N2a-CaMKIIα_P212Q安定細胞株の培養培地に、1、5、又は10μMとなるように各化合物をそれぞれ添加し、37℃で12時間インキュベートした。各化合物は、DMSOに溶解させた状態で培養培地に添加した。等量のDMSOのみを添加したN2a安定細胞株(DMSO処理細胞)を、コントロールとした。その後、各化合物で処理した細胞は、RIPAバッファーで可溶化し、ホモジナイズした後、BCA(Bicinchoninic acid)タンパク質アッセイキットを使用してタンパク質濃度を測定した。定量結果に基づき、一定量のタンパク質をSDS-PAGEで分離した後、メンブレンに転写した。当該メンブレンは、ウサギ抗リン酸化CaMKII(Thr286/287)抗体(1/2000希釈、D21E4、Cell signaling社製)及びホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)結合マウス抗GFP抗体(1/1000希釈、B-2、Santa Cruz Biotechnology社製)でインキュベートした。洗浄後のメンブレンを、HRP結合マウス抗ウサギIgG抗体(1/5000希釈、Jackson immunoReserch社製)でインキュベートした後、メンブレンに転写されたタンパク質バンドに結合したHRP結合抗体を、HRPの化学発光を利用して発色させ、各バンドのシグナル強度を測定した(n=6)。
【0036】
リン酸化CaMKIIαのバンドのシグナルを、EGFPシグナルで正規化した値([リン酸化CaMKIIαのシグナル強度]/[EGFPのシグナル強度])を、相対自己リン酸化量とした。各化合物で処理した細胞の相対自己リン酸化量を図2に示す。データは、平均±SDとして表した。図中、「*」はp<0.05、「**」はp<0.01、「***」はp<0.001、「****」はp<0.0001(DMSO処理細胞との比較)を示す。統計処理は、One-way ANOVAとそれに続くダネット検定により行った。
【0037】
この結果、図2に示すように、テプロチド以外の9種は、いずれも、化合物の最終濃度が10μMで、ヒトCaMKIIαのP212Q変異体の自己リン酸化レベルを有意に抑制した。デスラノシド、グリチルリチン酸ニアンモニウム、スクロソファートカリウム水和物、パソプレシン、タイロシン、ベータデクス、及びソリスロマイシンは、自己リン酸化に対して阻害効果を示した。なかでも、グリチルリチン酸ニアンモニウム、スクロソファートカリウム水和物、タイロシン、ベータデクス、及びソリスロマイシンは、化合物の最終濃度が1μMでも、有意な自己リン酸化抑制効果を示し、CaMKIIαのP212Q変異体に起因する疾患の新規治療薬の有効成分となる可能性が示唆された。これらの9種の化合物は、いずれも既に他の疾患の治療剤の有効成分として承認されている化合物であり、これらの承認薬のドラッグリポジショニングの可能性も示唆された。
【0038】
<CaMKIIαとの結合アッセイ>
CaMKIIαのP212Q変異体の自己リン酸化に対して抑制効果が確認された9種の化合物のうち、チモペンチンとパソプレシンについて、CaMKIIαのP212Q変異体と結合するかを調べた。CaMKIIαのP212Q変異体との結合性は、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)で修飾されたケミカルマグネティックビーズ(FGビーズ、多摩川精機社製)を使用したケミカルプルダウンアッセイにより調べた。また、抑制効果が確認されなかったテプロチドについても同様にアッセイを行なった。
【0039】
具体的には、NHSビーズを、20mMのトリエチルアミン及び5mMの各化合物と、室温で70分間インキュベートすることにより、これらの化合物のNH基とNHSビーズを共有結合させて、各化合物を固定化したマグネティックビーズを得た。
サブコンフルエントなN2a-CaMKIIα_P212Q安定細胞株を1%のNP 40バッファーで可溶化し、全セルライセートを得た。500μgの全セルライセートを、0.5mgの化合物固定化ビーズと、4℃で4時間インキュベートした。コントロールとして、500μgの全セルライセートを、0.5mgの化合物を固定化していないビーズと同様にインキュベートした。その後、化合物固定化ビーズに結合しているタンパク質を2×SDSサンプルバッファーで溶出し、SDS-PAGEで分離した後、メンブレンに転写した。タンパク質が転写されたメンブレンに対して、ウサギ抗CaMKIIα抗体(1/1000希釈、6G9、Cell signaling社製)及びHRP結合マウス抗ウサギIgG抗体(1/5000希釈、Jackson immunoReserch社製)を用いてウエスタンブロッティングを行った。
【0040】
ウエスタンブロッティングの結果を図3に示す。図中、「inp」は、N2a-CaMKIIα_P212Q安定細胞株の全セルライセートを分離したレーンであり、「コントロール」は、化合物を固定化していないビーズの溶出物を分離したレーンである。図3に示すように、チモペンチンとパソプレシンを固定化したビーズの溶出物を分離したレーンには、CaMKIIαのP212Q変異体のタンパク質のバンドが確認された。テプロチドを固定化したビーズの溶出物を分離したレーンには、当該バンドは観察されなかった。これらの結果から、チモペンチンとパソプレシンは、CaMKIIαのP212Q変異体と結合することが確認された。
図1
図2
図3