(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022022539
(43)【公開日】2022-02-07
(54)【発明の名称】ダイズの生長促進方法及びミリ波照射したダイズ種子、および、植物種子にミリ波を照射するミリ波照射システム
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20220131BHJP
A01H 3/00 20060101ALI20220131BHJP
A01H 6/54 20180101ALN20220131BHJP
A01H 5/10 20180101ALN20220131BHJP
C12N 9/04 20060101ALN20220131BHJP
C12N 9/90 20060101ALN20220131BHJP
【FI】
A01G7/00 604C
A01H3/00
A01H6/54
A01H5/10
C12N9/04 Z
C12N9/90
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020110223
(22)【出願日】2020-06-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)発行日:令和2年1月12日 刊行物:International Journal of Molecular Sciences,2020,Vol.21,Iss.2,486;doi:10.3390/ijms21020486 (2)ウェブサイトの掲載日:令和2年1月12日ウェブサイトのアドレス:https://www.mdpi.com/1422-0067/21/2、https://www.mdpi.com/1422-0067/21/2/486/htm
(71)【出願人】
【識別番号】390013815
【氏名又は名称】学校法人金井学園
(71)【出願人】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】100124718
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 建
(74)【代理人】
【識別番号】100136216
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 恵美
(72)【発明者】
【氏名】小松 節子
(72)【発明者】
【氏名】谷 正彦
(72)【発明者】
【氏名】古屋 岳
【テーマコード(参考)】
2B030
4B050
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD06
2B030CA28
2B030CB02
4B050CC10
4B050DD14
4B050LL10
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ミリ波照射による冠水ダイズ及び非冠水ダイズの生長促進方法、および、冠水耐性を獲得したダイズ種子と、これに用いるミリ波照射システムを併せて提供する。
【解決手段】常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm
2(出力パワー5~40mW)のミリ波をダイズ種子に10~30分間照射後、播種して生長中のダイズを冠水させて、タンパク質群を増減させる。また、ミリ波照射により冠水耐性を獲得したダイズ種子は、タンパク質群が、活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ、ペルオキシレドキシン、解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼ、グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素、糖代謝系のトレハロース合成に関与するタンパク質群のいずれか1以上のタンパク質又はタンパク質群である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイズ種子にミリ波を照射して該ダイズ種子の生長を促進する方法であって、
常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波をダイズ種子に10~40分間照射して、該ダイズ種子を播種して生長中のダイズに含まれるタンパク質群を増減させることを特徴とする、ミリ波照射によるダイズの生長促進方法。
【請求項2】
前記ダイズ種子に、平均照射強度0.06~0.25mW/cm2(出力パワー5~20mW)のミリ波を10~40分間照射する、請求項1に記載のミリ波照射によるダイズの生長促進方法。
【請求項3】
前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼであり、
ダイズ種子へのミリ波照射により、アスコルビン酸ペルオキシダーゼを増加させる、請求項1に記載のミリ波照射によるダイズの生長促進方法。
【請求項4】
前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシンであり、
ミリ波照射により、ペルオキシレドキシンを増加させる、請求項1に記載のミリ波照射によるダイズの生長促進方法。
【請求項5】
前記タンパク質群は、解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼであり、
ダイズ種子へのミリ波照射により、トリオースリン酸イソメラーゼを増加させる、請求項1に記載のミリ波照射によるダイズの生長促進方法。
【請求項6】
常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波を10~40分間照射した後、播種して生長中のダイズに含まれるタンパク質群が増減することを特徴とするダイズ種子であって、該タンパク質群は、
(1)活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ、
(2)活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシン、
(3)解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼ、
のいずれか1以上のタンパク質又はタンパク質群である、ミリ波照射により生長が促進されるダイズ種子。
【請求項7】
ダイズ種子にミリ波を照射して該ダイズ種子の生長を促進する方法であって、
常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波をダイズ種子に10~30分間照射した後、該ダイズ種子を播種して生長中のダイズを冠水させて、該ダイズの含むタンパク質群を増減させることを特徴とする、ミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法。
【請求項8】
前記ダイズ種子に、平均照射強度0.13~0.25mW/cm2(出力パワー10~20mW)のミリ波を10~20分間照射する、請求項7に記載のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法。
【請求項9】
前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼであり、
ミリ波未照射のダイズ種子を播種後に冠水処理したダイズにおいて、冠水によるストレスにより減少するアスコルビン酸ペルオキシダーゼを、ダイズ種子へのミリ波照射により増加させる、請求項7に記載のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法。
【請求項10】
前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシンであり、
ミリ波未照射のダイズ種子を播種後に冠水処理したダイズにおいて、冠水によるストレスにより増加するペルオキシレドキシンを、ミリ波照射により更に増加させる、請求項7に記載のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法。
【請求項11】
前記タンパク質群は、解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼ及びグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素であり、
ミリ波未照射のダイズ種子を播種後に冠水処理したダイズにおいて、冠水によるストレスにより増加するトリオースリン酸イソメラーゼ及びグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素を、ダイズ種子へのミリ波照射により更に増加させる、請求項7に記載のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法。
【請求項12】
前記タンパク質群は、糖代謝系のトレハロース合成に関与するタンパク質群であり、
前記冠水によるストレスにより減少するトレハロース合成に関与するタンパク質群を、ミリ波照射により回復させてトレハロースの合成を増加させる、請求項7に記載のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法。
【請求項13】
ミリ波を照射することにより、その生長が促進されるダイズ種子において、
常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波を10~30分間照射した後、播種して生長中のダイズを冠水させて、該ダイズの含むタンパク質群が増減することを特徴とするダイズ種子であって、該タンパク質群が、
(1)活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ、
(2)活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシン、
(3)解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼ、
(4)解糖系に関与するグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素、
(5)糖代謝系のトレハロース合成に関与するタンパク質群
のいずれか1以上のタンパク質又はタンパク質群である、ミリ波照射により冠水耐性を獲得したダイズ種子。
【請求項14】
ミリ波を照射しないで播種したダイズ種子の冠水下での生長を促進する方法であって、
該ダイズ種子が播種されて生長中のダイズが冠水の際に、トレハロースを添加する冠水ダイズの生長促進方法。
【請求項15】
ミリ波を照射しないで播種したダイズ種子が播種されて生長中のダイズであって、
該ダイズが冠水された際に、トレハロースを添加されたダイズ。
【請求項16】
ミリ波を発振するミリ波光源を含むミリ波照射装置と、
鉛直方向に単層となるように植物種子を動径方向に密に配列し得る透明容器と、
を含み、該ミリ波照射装置が、該透明容器の鉛直方向から、ミリ波を反鉛直方向に該透明容器に照射し得るミリ波照射システムであって、
前記ミリ波照射装置は、前記ミリ波光源と、該ミリ波光源から放射されるミリ波を導波する導波管と、該導波管により導波された該ミリ波を空間に放射するホーンアンテナと、を含み、
(1)該透明容器と該ホーンアンテナ間の距離、
(2)該透明容器の動径方向の長さ(又は直径)、
(3)該ホーンアンテナにより放射する該ミリ波の放射角、
を調整することにより、
前記ホーンアンテナから前記透明容器に対して反鉛直方向に放射されるミリ波の強度が、該透明容器の重心位置で最大強度となり、該透明容器の端部で最大強度のe-2となるガウス分布となるように、該透明容器と前記ミリ波照射装置が配置される、植物種子にミリ波を照射するミリ波照射システム。
【請求項17】
前記ミリ波光源は、Gunn発振器又はジャイロトロンである、請求項16に記載の植物種子にミリ波を照射するミリ波照射システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイズの生長促進方法及びミリ波照射したダイズ種子、および、植物種子にミリ波を照射するミリ波照射システムに関し、より詳しくは、ミリ波照射によるダイズの生長促進方法及びミリ波照射により生長が促進されるダイズ種子、および、ミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法及びミリ波照射により冠水耐性を獲得したダイズ種子、および、トレハロースを添加されたダイズ、更に、植物種子にミリ波を照射するミリ波照射システムに関する。
【背景技術】
【0002】
図11に示すように、近年のわが国におけるダイズ生産量とその消費量は共にほぼ横ばいであるが、ダイズの国内生産量は極端に低く、その消費量の93%以上を輸入に頼っているのが現状である。
【0003】
ダイズの国内生産量が低い原因として、ダイズ生産の85%を水田転換畑で栽培していることが挙げられる。すなわち、水田転換畑で発生しやすい湿害が、生産性低下の原因のひとつとなっている。特にわが国では、ダイズの生育初期に梅雨の季節が重なり、湿害により出芽不良による欠株が増加して、生産性の低下を招いている。その他、雑草との生育競合や土壌病原菌の感染が、ダイズの生産量が低い原因となっている。
【0004】
このように、ダイズの生長と収量は、多様な環境条件の影響を強く受ける。したがって、環境ストレス下のダイズの品質と耐性の改善が大変重要である。
【0005】
ダイズを含む多くの作物は、冠水ストレスに特に敏感である。これは、土壌中の酸素濃度の低下を引き起こし、 根の生長を阻害するためである。更に、酸化的リン酸化により、ATP産生とエネルギー変換が阻害され、ダイズの生長に深刻な影響を及ぼす。
【0006】
ダイズ種子は播種後5日以内に出芽し、側根が生長し始める。出芽後の損傷は、根頂分裂組織を含む根端の細胞死を誘発して、ダイズの根系の発達を著しく脅かし、根の伸長と重量が抑制される。
【0007】
そこで、植物の生長を促進するため、 初期のダイズの冠水耐性を改善するためにいくつかの戦略が使用された。例えば、以下の例が報告されている。
(1)アブシジン酸を添加したダイズは、対照と比較して、冠水後の生存率が高かった(非特許文献3参照)。
(2)ガンマ線照射突然変異体から選抜された冠水耐性ダイズは、水除去後に生長を回復した(非特許文献4参照)。
(3)ダイズは、冠水時に植物由来煙水を添加することにより水除去後に生長を回復した(非特許文献5参照)。
【0008】
これらの応用例は冠水耐性ダイズの開発へ重要な影響をもつ。冠水被害からダイズ植物を保護するには、単純で安全な手法の探求が必要である。
【0009】
ミリ波は30~300GHzの範囲の無線周波数帯域であり、1~10mmの波長範囲である。ミリ波照射は環境的に適切な技術であり、長波長であるため人間の健康に無脅威で、生物に正の影響を与えることが報告されている。それは、生命活動、細胞分裂、酵素活性、いくつかの微生物のバイオマス蓄積に影響を及ぼす。例えば、ミリ波照射されたコムギの種子は、無処理に比べて、生長もよく収穫量も多いことが報告されている(非特許文献1参照)。また、ミリ波に隣接するマイクロ波(主に2.45GHz、波長122mm程度、一般には波長10mm~1m)ではあるが、植物の種子等が発芽して新芽を形成した後の所定の時期にマイクロ波を所定の時間照射することにより植物の育成を図る植物の育成方法が公開されている(特許文献2参照)。また、生の植物に所定の温度環境下で弱いマイクロ波を照射することにより、葉や根茎中の酵素を活性化して、有用な特定の機能性成分の含有量が増大した植物を提供するマイクロ波照射法が公開されている(特許文献1参照)。反対に、ミリ波の照射は、ジャガイモの生長には正の影響が確認されなかった(非特許文献2参照)。
【0010】
したがって、ミリ波の照射は、一部の作物で収穫を促進することが確認されているが、影響を与えない作物も存在しており、ミリ波の照射のダイズへの影響に関する報告は、これまでのところなされていない。
【0011】
一方、植物の生長と発達を研究する手法として、種子の処理には、簡易性や経済的実現可能性などの利点がある。例えば、磁場、レーザー、またはナノ粒子によるダイズ種子の処理が知られており、ダイズの生長を促し、栄養化合物のより良い蓄積をもたらす。ミリ波照射によるダイズ種子の処理は、ダイズの生長と発達を促進するための潜在的な方法であり、ストレスの多い条件下でダイズ代謝を正方向に制御する。ただし、ダイズへのミリ波の影響は研究されていない。
【0012】
【非特許文献1】Betskii,O. et al. J.Sci.Eng.2007,23,236-252
【非特許文献2】Jakubowski,T. et al. Inzynieria Rol.2010,14,57-64
【非特許文献3】Komatsu,S. et al. J. Proteome Res.2013,12,4769-4784
【非特許文献4】Komatsu,S. et al. J. Proteomics 2013,79,231-250
【非特許文献5】Li,X. et al. J. Proteomics 2018,181,238-248
【非特許文献6】Zhong.Z. et al. Int.J.Mol.Sci. 2020,21,486
【特許文献1】特開2019-146566号公報
【特許文献2】特許第6210581号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、ダイズの収量は、初期生育に依存して変動し、特に湿害は収量に影響を及ぼす一つの要因である。このことより、冠水に対して耐性をもつ冠水耐性ダイズの作出は、重要な課題となっている。
【0014】
例えば、上記のようにミリ波に隣接するマイクロ波(一般に波長10mm~1m)ではあるが、植物の種子等が発芽して新芽を形成した後の所定の時期にマイクロ波を所定の時間照射することにより植物の育成を図る植物の育成方法が公開されている(特許文献2参照)。また、生の植物に所定の温度環境下で弱いマイクロ波を照射することにより、葉や根茎中の酵素を活性化して、有用な特定の機能性成分の含有量が増大した植物を提供するマイクロ波照射法が公開されている(特許文献1参照)。しかし、これらの文献は、冠水ストレス下の植物の生長に関しては言及していない。
【0015】
そこで、本発明は、冠水ストレスを受けたダイズの生長を回復させる方法として、ミリ波照射に着目した。すなわち、本発明は、ミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法及びミリ波照射により冠水耐性を獲得したダイズ種子を提供し、これに用いるミリ波を照射するミリ波照射システムを併せて提供する。更に本発明は、生長中のダイズが冠水の際に、トレハロースを添加する冠水ダイズの生長促進方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係るミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、ダイズ種子にミリ波を照射して当該ダイズ種子の生長を促進する方法であって、常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波をダイズ種子に10~40分間照射して、当該ダイズ種子を播種して生長中のダイズに含まれるタンパク質群を増減させることを特徴とする。
【0017】
本明細書中において、ダイズ種子を播種して生長中の植物体を「ダイズ」といい、冠水処理を行ったダイズを「冠水ダイズ」と、冠水処理を行わないダイズを「非冠水ダイズ」というものとする。また、ダイズ種子にミリ波照射を行ったダイズを「照射ダイズ」と、ミリ波照射を行わないダイズ種子を「未照射ダイズ」という。
【0018】
本発明に係るミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、前記ダイズ種子に、平均照射強度0.06~0.25mW/cm2(出力パワー5~20mW)のミリ波を10~40分間照射するのが好ましい。
【0019】
本発明に係るミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼであり、ダイズ種子へのミリ波照射により、アスコルビン酸ペルオキシダーゼを増加させる。
【0020】
本発明に係るミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシンであり、ダイズ種子へのミリ波照射により、ペルオキシレドキシンを増加させる。
【0021】
本発明に係るミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、前記タンパク質群は、解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼであり、ダイズ種子へのミリ波照射により、トリオースリン酸イソメラーゼを増加させる。
【0022】
本発明に係るミリ波照射により生長が促進されるダイズ種子は、常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波を10~40分間照射した後、播種して生長中のダイズに含まれるタンパク質群が増減することを特徴とするダイズ種子であって、当該タンパク質群は、
(1)活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ、
(2)活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシン、
(3)解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼ、
のいずれか1以上のタンパク質又はタンパク質群である。
【0023】
本発明に係るミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、ダイズ種子にミリ波を照射して当該ダイズ種子の生長を促進する方法であって、常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波をダイズ種子に10~30分間照射した後、当該ダイズ種子を播種して生長中のダイズを冠水させて、当該ダイズの含むタンパク質群を増減させることを特徴とする。
【0024】
本発明に係るミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、前記ダイズ種子に、平均照射強度0.13~0.25mW/cm2(出力パワー10~20mW)のミリ波を10~20分間照射するのが好ましい。
【0025】
本発明に係るミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼであり、ミリ波未照射のダイズ種子を播種後に冠水処理したダイズにおいて、冠水によるストレスにより減少するアスコルビン酸ペルオキシダーゼを、ダイズ種子へのミリ波照射により増加させる。
【0026】
本発明に係るミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、前記タンパク質群は、活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシンであり、ミリ波未照射のダイズ種子を播種後に冠水処理したダイズにおいて、冠水によるストレスにより増加するペルオキシレドキシンを、ミリ波照射により更に増加させる。
【0027】
本発明に係るミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、前記タンパク質群は、解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼ及びグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素であり、ミリ波未照射のダイズ種子を播種後に冠水処理したダイズにおいて、冠水によるストレスにより増加するトリオースリン酸イソメラーゼ及びグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素を、ダイズ種子へのミリ波照射により更に増加させる。
【0028】
本発明に係るミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、前記タンパク質群は、糖代謝系のトレハロース合成に関与するタンパク質群であり、前記冠水によるストレスにより減少するトレハロース合成に関与するタンパク質群を、ミリ波照射により回復させてトレハロースの合成を増加させる。
【0029】
本発明に係るミリ波照射により冠水耐性を獲得したダイズ種子は、ミリ波を照射することにより、その生長が促進されるダイズ種子において、
常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm2(出力パワー5~40mW)のミリ波を10~30分間照射した後、播種して生長中のダイズを冠水させて、当該ダイズの含むタンパク質群が増減することを特徴とするダイズ種子であって、当該タンパク質群は、
(1)活性酸素消去系に関与するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ、
(2)活性酸素消去系に関与するペルオキシレドキシン、
(3)解糖系に関与するトリオースリン酸イソメラーゼ、
(4)解糖系に関与するグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素、
(5)糖代謝系のトレハロース合成に関与するタンパク質群
のいずれか1以上のタンパク質又はタンパク質群である。
【0030】
本発明に係るトレハロースを添加する冠水ダイズの生長促進方法は、ミリ波を照射しないで播種したダイズ種子の冠水下での生長を促進する方法であって、当該ダイズ種子が播種されて生長中のダイズが冠水の際に、トレハロースを添加することを特徴とする。
【0031】
本発明に係るトレハロースを添加されたダイズは、ミリ波を照射しないで播種したダイズ種子が播種されて生長中のダイズであって、当該ダイズが冠水された際に、トレハロースを添加されたダイズである。
【0032】
本発明に係る植物種子にミリ波を照射するミリ波照射システムは、ミリ波を発振するミリ波光源を含むミリ波照射装置と、鉛直方向に単層となるように植物種子を動径方向に密に配列し得る透明容器と、を含み、当該ミリ波照射装置が、当該透明容器の鉛直方向から、ミリ波を反鉛直方向に当該透明容器に照射し得るミリ波照射システムであって、前記ミリ波照射装置は、前記ミリ波光源と、当該ミリ波光源から放射されるミリ波を導波する導波管と、当該導波管により導波された当該ミリ波を空間に放射するホーンアンテナと、を含み、
(1)当該透明容器と当該ホーンアンテナ間の距離、
(2)当該透明容器の動径方向の長さ(又は直径)、
(3)当該ホーンアンテナにより放射する当該ミリ波の放射角、
を調整することにより、前記ホーンアンテナから前記透明容器に対して反鉛直方向に放射されるミリ波の強度が、当該透明容器の重心位置で最大強度となり、当該透明容器の端部で最大強度のe-2となるガウス分布となるように、当該透明容器と前記ミリ波照射装置が配置される。
【0033】
本発明に係る植物種子にミリ波を照射するミリ波照射システムにおいて、前記ミリ波光源は、Gunn発振器又はジャイロトロンであってよい。
【発明の効果】
【0034】
本発明に係るミリ波照射を行ったダイズ種子は、冠水処理の有無にかかわらず生長が促進された。すなわち、ダイズ種子に有効な出力のミリ波照射を一定時間行うことにより、播種後のダイズの生長は促進され、活性酸素消去系及び糖代謝系、解糖系に関与するタンパク質が増減した。
【0035】
また、例えば平均照射強度0.13mW/cm2(出力パワー10mW)のミリ波を20分間ダイズ種子に照射することにより、播種後の生長中のダイズは冠水ストレスに対して抵抗性を示した。すなわち、有効な出力のミリ波照射を一定時間行うことにより、ダイズの冠水耐性が付与された。
【0036】
上記ミリ波照射の結果として、冠水ダイズにおいて解糖系のトリオースリン酸イソメラーゼとグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素の阻止効果が回復した。すなわち、解糖系の制御により、冠水耐性が付与された。
【0037】
上記ミリ波を照射したダイズは、アスコルビン酸ペルオキシダーゼの正方向の制御により、酸化ストレスに対する耐性が高まった。すなわち、活性酸素消去系の制御により、冠水耐性が付与された。
【0038】
また、糖代謝系は冠水下の未照射のダイズでは抑制されるが、ミリ波を照射したダイズでは活性化された。冠水下でのトレハロースの添加は、ミリ波照射時と同様な冠水耐性を冠水ダイズに付与した。
【0039】
以上のように、ダイズ種子へのミリ波照射は、解糖系及び活性酸素消去系の制御を介して、播種後のダイズの生長に対して正の効果を与える。更に、ミリ波照射ダイズにおける糖代謝系の活性化は、冠水ストレス下のダイズの耐性において重要な役割を果たし、冠水ダイズの生長を促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【
図1】ダイズ種子に対して、強度を変えてミリ波を20分間照射した場合の形態学的効果を表す写真図であり、非冠水ダイズ(左)と冠水ダイズ(右)の写真図である。
【
図2】ダイズ種子に対して、ミリ波の強度を変えて20分間照射した場合の形態学的効果を表すグラフ図であり、(a)ミリ波強度に対する非冠水ダイズ(左)と冠水ダイズ(右)の胚軸の長さ(棒グラフ)と重量(折線)を表すグラフ図、(b)ミリ波強度に対する非冠水ダイズ(左)と冠水ダイズ(右)の主根の長さ(棒グラフ)と根の重量(折線)を表すグラフ図、である。
【
図3】ダイズ種子に対して照射時間を変えて平均照射強度0.13mW/cm
2(出力パワー10mW)のミリ波を照射した場合の形態学的効果を表す写真図であり、非冠水ダイズ(左)と冠水ダイズ(右)の写真図である。
【
図4】ダイズ種子に対して照射時間を変えて平均照射強度0.13mW/cm
2(出力パワー10mW)のミリ波を照射した場合の形態学的効果を表すグラフ図であり、(a)ミリ波照射時間に対する非冠水ダイズ(左)と冠水ダイズ(右)の胚軸の長さ(棒グラフ)と重量(折線)を表すグラフ図、(b)ミリ波照射時間に対する非冠水ダイズ(左)と冠水ダイズ(右)の主根の長さ(棒グラフ)と根の重量(折線)を表すグラフ図、である。
【
図5】抗原抗体反応による活性酸素消去系に関与するタンパク質の蓄積量を表す写真図(左)及びこれに対応するグラフ図(右)であり、左右の図において、夫々、左側4つのデータは非冠水ダイズに対するデータ、右側4つのデータは冠水処理を行ったダイズに対するデータを表示しており、夫々の4つのデータは左側から0、5、10、20mW(夫々0、0.06、0.13、0.25mW/cm
2)のミリ波照射を行った場合のタンパク質の蓄積量を表し、それぞれ抗体が(a)アスコルビン酸ペルオキシダーゼ、(b)グルタチオンレダクターゼ、(c)ペルオキシレドキシンの場合のタンパク質の蓄積量を表す写真図及びグラフ図である。
【
図6】抗原抗体反応による解糖系に関与するタンパク質の蓄積量を表す写真図(左)及びこれに対応するグラフ図(右)であり、左右の図において、夫々、左側4つのデータは非冠水ダイズに対するデータ、右側4つのデータは冠水処理を行ったダイズに対するデータを表示しており、夫々の4つのデータは左側から出力パワー0、5、10、20mW(照射強度では夫々0、0.06、0.13、0.25mW/cm
2)のミリ波照射を行った場合のタンパク質の蓄積量を表し、それぞれ抗体が(a)フルクトースビスリン酸アルドラーゼ、(b)トリオースリン酸イソメラーゼ、および、(c)グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素の場合のタンパク質の蓄積量を表す写真図及びグラフ図である。
【
図7】それぞれ左側から非冠水/未照射、冠水処理/未照射、冠水処理にトレハロース添加/ミリ波未照射、冠水処理/照射、を行ったダイズの生長に関する図であり、(a)それぞれの条件で生長したダイズの写真図、(b)(a)で撮影されたダイズの夫々の長さを表すグラフ図、(c)(a)で撮影されたダイズの夫々の重量を表すグラフ図である。
【
図8】ミリ波照射・冠水ダイズ(左)、ミリ波未照射・冠水ダイズ(中)、ミリ波未照射・冠水時にトレハロースを添加したダイズ(右)、の、夫々実験経過と結果を表すフロー図である。
【
図9】Gunn発振器を用いたミリ波照射の実験装置の正面模式図(上)とその平面写真図(下)である。
【
図10】ミリ波照射及び冠水処理の実験方法を示すフロー図である。
【
図11】わが国におけるダイズ生産量とその消費量を表すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、図面を参照しながら本発明に係るミリ波照射を行ったダイズ種子の実施形態及び実施例について説明する。なお、以下各図面を通して同一の構成要素には同一の符号を使用するものとする。
(A)ミリ波照射によるダイズの生長促進方法とその実験概要
【0042】
[ミリ波照射によるダイズの生長促進方法]
本発明に係るミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、ダイズ種子にミリ波を照射して、当該ダイズ種子の生長を促進する方法である。本発明のミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、例えば,
図9のようにGunn発振器にミリ波を出力させ、常温・常湿の環境下において平均照射強度0.06~0.51mW/cm
2(出力パワー5~40mW)のミリ波をダイズ種子に10~40分間照射して、当該ダイズ種子を播種して生長中のダイズに含まれるタンパク質群を増減させることにより、ダイズの生長を促進することができる。ここで、常温・常湿の環境下とは、温度25℃、湿度60%の環境下をいい、以下同様である。
【0043】
本発明のミリ波照射によるダイズの生長促進方法は、ダイズ種子に、平均照射強度0.06~0.25mW/cm2(出力パワー5~20mW)のミリ波を10~40分間照射するのがより好適である。
【0044】
[ミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法]
また、本発明に係るミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、ダイズ種子にミリ波を照射して、当該ダイズ種子を播種後の冠水ダイズの生長を促進する方法である。本発明のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、同じく
図9のようにGunn発振器にミリ波を出力させ、平均照射強度0.06~0.51mW/cm
2(出力パワー5~40mW)のミリ波をダイズ種子に10~30分間照射した後、これを播種して生長中のダイズを冠水させて、ダイズのタンパク質群を増減させることにより、冠水ダイズの生長を促進することができる。本発明のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法は、ダイズ種子に、平均照射強度0.13~0.25mW/cm
2(出力パワー10~20mW)のミリ波を10~20分間照射するのがより好適である。
【0045】
[ミリ波照射によるダイズの生長促進方法の実験概要]
本発明のミリ波照射による冠水ダイズの生長促進方法の特徴は、以下の実施例2に記載するように、ミリ波を照射したダイズの形態学的分析(実験2及び実験3)により得られる。このダイズ種子に対するミリ波照射に用いる装置及び処理方法は、実施例1に示す。そして、実施例2のダイズ種子へのミリ波照射後、
図10のフロー図に示すようにダイズ種子を播種して栽培し、冠水や水除去などの処理を行って、ダイズの生長における冠水の影響を解析した。
【0046】
すなわち、本発明において、
図10(a)に示すフローのように条件を変えて育成したダイズについて形態学的分析を行い、ミリ波照射及び冠水がダイズの生長に及ぼす効果を解析した。更に、
図10(b)に示すフローのように条件を変えて育成したダイズを採取して、プロテオミクス解析や抗体抗原反応等の解析を行い、ミリ波照射及び冠水によりダイズの生長及びその冠水ストレスの耐性に関与するタンパク質群を特定した。
(B)ミリ波照射
【実施例0047】
(実験1)
[ミリ波照射システム]
本発明の冠水ダイズの生長促進方法を確立するに当たり、ミリ波照射は、
図9のように、光源としてGunn発振器(ガン発振器)を用いた実験装置を使用した。本発明に係る実験では、Caristrom社製のGunn発振器を用いた。
【0048】
このGunn発振器は、79-115GHzの周波数範囲で70~80mWの出力を提供するが、本発明に係る実験では、周波数110GHz及び減衰器によって調整された出力パワーで、フリーランで動作した 。そして、ミリ波は、17度の片側放射角を持つホーンアンテナによって自由空間に放射された。
【0049】
その詳細な説明は(F)項で行うが、このようなGunn発振器を用いた本発明に係るミリ波照射システム1は、ミリ波を発振するミリ波光源12を含むミリ波照射装置10と、鉛直方向に単層となるようにダイズ種子を動径方向に密に配列し得るシャーレ20と、を含み、ミリ波照射装置10が、シャーレ20の鉛直方向から、ミリ波を反鉛直方向にシャーレ20に照射し得るミリ波照射システムであって、ミリ波照射装置10は、ミリ波光源12と、ミリ波光源12から放射されるミリ波を導波する導波管16と、導波管16により導波されたミリ波を空間に放射する17度の片側放射角を持つホーンアンテナ18とを含む。
【0050】
そして、
(1)シャーレ20とホーンアンテナ18間の距離(15cm)、
(2)シャーレ20の直径(9cm)、
(3)ホーンアンテナ18により放射するミリ波の片側放射角(角度17度)、
を調整することにより、ホーンアンテナ18からシャーレ20に対して反鉛直方向に放射されるミリ波の強度が、シャーレ20の重心位置で最大強度となり、シャーレ20の端部で最大強度のe-2となるガウス分布となるように、シャーレ20とミリ波照射装置10が配置される。本発明では、(3)のホーンアンテナ18として片側放射角が17度のホーンアンテナ18を使用し、(2)のシャーレ20の直径を9cmとしたので、(1)のシャーレ20とホーンアンテナ18間の距離を15cmに調整してミリ波を照射した。
【0051】
[ミリ波照射]
本発明においては、ダイズ種子をシャーレ20に並べ、上記のミリ波照射システム1(
図9参照)を用いてミリ波をシャーレ20に照射した。ミリ波照射装置10から放射されるミリ波の出力パワーを0、5、10、20、および40mWとし、夫々20分間照射を行った(実験2、
図1、
図2参照)。これらの出力パワーは、ミリ波がシャーレ20に照射される際には、それぞれ0、0.06、0.13、0.25、および0.51mW/cm
2の平均照射強度に対応する。この平均照射強度は、シャーレ20の重心位置で最大強度となり、シャーレ20の端部で最大強度のe
-2となるガウス分布となるミリ波の照射強度を、ガウス分布に従って積分し、シャーレ20の被照射面積で除した値である。
【0052】
次に、照射時間に対する応答として、平均照射強度0.13mW/cm
2(出力パワー10mW)のミリ波を0、10、20、40、および80分間照射した(実験3、
図3、
図4参照)。この際、ダイズの温度上昇は最大でも1Kを十分下回ると推定された。
【0053】
以下に記載する実験において参照する図面(
図2、
図5、
図6)では、ミリ波照射装置10から放射されるミリ波の出力パワーは、記載の便宜のため0、5、10、20、および40mWの出力パワーを記載するが、シャーレ20に配置されたダイズ種子に照射されるミリ波の平均照射強度は、表1のように換算される。
【表1】
(C)ダイズの形態学的分析