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  • 特開-モルホリン誘導体およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022022671
(43)【公開日】2022-02-07
(54)【発明の名称】モルホリン誘導体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 265/32 20060101AFI20220131BHJP
   C12N 1/12 20060101ALN20220131BHJP
【FI】
C07D265/32 CSP
C12N1/12 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020113873
(22)【出願日】2020-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】593053335
【氏名又は名称】リファインホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100196276
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 雄樹
(72)【発明者】
【氏名】彼谷 邦光
(72)【発明者】
【氏名】白石 不二雄
【テーマコード(参考)】
4B065
4C056
【Fターム(参考)】
4B065AA83X
4B065AC20
4B065BD11
4B065BD16
4B065CA08
4B065CA10
4B065CA16
4B065CA44
4B065CA60
4C056AA02
4C056AB01
4C056AC03
4C056AD01
4C056AE02
4C056AF08
4C056EA02
4C056EB04
4C056EC14
(57)【要約】
【課題】 天然由来のグリセリドを含む新規な酸性モルホリン誘導体を提供する。
【解決手段】 オーランチオキトリウム属の凍結乾燥細胞の脂質より1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸を単離した。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸。
【請求項2】
オーランチオキトリウム属の細胞由来のものである請求項1に記載の1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸。
【請求項3】
1,2-ジ-アセチルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸。
【請求項4】
オーランチオキトリウム属藻類細胞を凍結乾燥させる工程、この凍結乾燥細胞からクロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて脂質を抽出する工程、抽出した抽出液に対して生理食塩水を抽出液100容量部当たり1/5容量部添加し、遠心分離後、下相を分離する工程、得られた下相より溶媒を蒸発させ残渣を得る工程、残渣をクロロホルムで溶解し、カラムクロマトグラフィーで分画し、クロロホルムおよびクロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて溶出させ、溶出したリン脂質画分回収する工程、リン脂質画分の溶媒を除去した後、クロロホルム/メタノール/水混合溶媒に再懸濁する工程、この再懸濁液をイオン交換クロマトグラフィー適用し、次いでクロロホルム/メタノール/水を適用した後、水の代わりにギ酸アンモニウム含有溶媒で酸性PL画分を溶出する工程、得られた溶出液を蒸発させ、残渣をリン酸含有水に懸濁する工程、およびこの懸濁液からヘキサンを用いて目的物を抽出する工程からなる、1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸の製造方法。
【請求項5】
前記目的物を抽出する工程の後に、薄層クロマトグラフィーによる精製工程を有するものである請求項4に記載の1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸の製造方法。
【請求項6】
1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸を弱アルカリ加水分解する工程、得られた加水分解物のpHを弱酸性に調節し、遊離した脂肪酸をn-ヘキサンで抽出する工程、抽出液をアルカリで中和した後、水相を乾燥させる工程、残渣をピリジン/無水酢酸混合溶媒を用いてアセチル化する工程、得られる溶液を乾燥させる工程、残渣をヘキサンに懸濁し、懸濁液を薄層クロマトグラフィーに適用し、溶媒としてクロロホルム/メタノール/水混合溶媒を用いて展開し、所期のRf値のスポットより回収することを特徴とする1,2-ジ-アセチルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モルホリン誘導体およびその製造方法に関する。詳しく述べると本発明は、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属藻類細胞からのグリセリドを含む新規な酸性モルホリン誘導体の製造方法およびこれにより得られたグリセリドを含む新規な酸性モルホリン誘導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ラビリンチュラ類(Labyrinthulea)ヤブレツボカビ科(Thraustochytriaceae)の一種であるオーランチオキトリウム属は、奇数炭素鎖脂肪酸としてスクアレン、ドコサヘキサエン酸(DHA)、ペンタデカン酸の高含量の産生体として広く検討されている(非特許文献1~4)。
【0003】
また、オーランチオキトリウム属の主要な脂質は、スクアレン、カロテノイド、トリグリセリド、糖脂質、リン脂質からなることが知られている(非特許文献5~8)。
【0004】
ところで、モルホリンは、窒素原子と酸素原子を含む6員複素環化合物であり、多くの工業・有機合成において重要な部位であり、その物理化学的、生物学的、代謝学的特性から、しばしば薬用化学の分野で利用されている(非特許文献9)。
【0005】
そして、モルホリン誘導体は医薬品として合成され、その生物学的活性が検討されている(上記非特許文献9および非特許文献10~13)。
【0006】
さらに、天然物由来のモルホリン誘導体については、いくつかの報告がある。例えば、非特許文献14には、海産海綿からチェロニンが単離され、抗菌・抗炎症作用を有していることが報告されている。また、非特許文献15では、アリサンアマドコロ(Polygonatum altelobatum)から新規アルカロイドであるポリゴナフォリン(Polygonapholine)が単離されている。さらに、非特許文献16では、ストレプトマイセス グロビスポラス(Streptomyces globisporus)から1つの抗腫瘍性抗生物質モルホリン誘導体が単離されている。また、非特許文献17ではトゲアメフラシ(Bursatella leachii)らモルホリン誘導体であるsyn-3-イソプロピル-6-(4-メトキシベンジル)-4-メチルモルホリン2,5-ジイオネが単離されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Aasen, I. M. et al. Thraustochytrids as production organisms for docosahexaenoic acid (DHA), squalene, and carotenoids. Appl. Microbiol. Biotechnol. 100, 4309-4321 (2016).
【非特許文献2】Gupta, A., Barrow, C. J. & Puri, M. Omega-3 biotechnology: thraustochytrids as a novel source of omega-3 oils. Biotechnol. Adv. 30, 1733-1745 (2012).
【非特許文献3】Janthanomsuk, P., Verduyn, C. & Chauvatcharin, S. Improved docosahexaenoic acid production in Aurantiochytrium by glucose limited pH-auxostat fed-batch cultivation. Bioresour. Technol. 196, 592-599 (2015).
【非特許文献4】Kaya, K. et al. Thraustochytrid Aurantiochytrium sp. 18W-13a accummulates high amounts of squalene. Biosci. Biotechnol. Biochem. 75, 2246-2248 (2011).
【非特許文献5】Kaya, K., Ikeda, K., Kose, R., Sakakura, Y. & Sano, T. On the function of pentadecanoic acid and docosahexaenoic acid during culturing of the thraustochytrid, Aurantiochytriumsp. NB6-3. J. Biochem. Microb. Technol. 3, 1-7 (2015).
【非特許文献6】Aki, T. et al. Thraustochytrid as a potential source of carotenoids. J. Am. Oil Chem. Soc. 80, 789-794 (2003).
【非特許文献7】Chang, K. J. L. et al. Comparison of thraustochytrids Aurantiochytrium sp., Schizochytrium sp., Thraustochytrium sp., and Ulkenia sp. for production of biodiesel, long-chain omega-3 oils, and exopolysaccharide. Mar. Biotechnol. 16, 396-411 (2014).
【非特許文献8】Nakazawa A, et al. (2014) TLC screening of thraustochyrid strains for squalene production. J. Appl. Phycol.26, 29-41. (2014).
【非特許文献9】Arshad, F. et al. Revealing quinquennial anticancer journey of morpholine: a SAR based review. Eur. J. Med. Chem. 167, 324-356 (2019).
【非特許文献10】Kourounakis, A. P., Xanthopoulos, D. & Tzara, A. Morpholine as a privileged structure: a review on the medicinal chemistry and pharmacological activity of morpholine containing bioactive molecules. Med. Res. Rev. 10.1002/med.21634 (2019).
【非特許文献11】Pal’chikov, V. A. Morpholines. Synthesis and biological activity. Russ. J. Org. Chem. 49, 787-814 (2013).
【非特許文献12】Andrs, M. et al. Phosphatidylinositol 3-Kinase (PI3K) and phosphatidylinositol 3-kinase-related kinase (PIKK) inhibitors: importance of the morpholine ring. J. Med. Chem. 58, 41-71 (2015).
【非特許文献13】Wijtmans, R. et al. Biological relevance and synthesis of C-substituted morpholine derivatives. Synthesis 2004, 641-662 (2004).
【非特許文献14】Bobzin, S. C. & Faulkner, D. J. Aromatic alkaloids from the marine sponge Chelonaplysilla sp. J. Org. Chem. 56, 4403-4407 (1991).
【非特許文献15】Lin, C.-N. et al. Polygonapholine, an alkaloid with a novel skeleton, isolated from Polygonatum alte-lobatum. Tetrahedron 53, 2025-2028 (1997).
【非特許文献16】Minami, Y., Yoshida, K.-I., Azuma, R., Saeki, M. & Otani, T. Structure of an aromatization product of C-1027 chromophore. Tetrahedron Lett. 34, 2633-2636 (1993).
【非特許文献17】Suntornchashwej, S., Chaichit, N., Isobe, M. & Suwanborirux, K. Hectochlorin and morpholine derivatives from the Thai sea hare, Bursatella leachii. J. Nat. Prod. 68, 951-955 (2005).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように、天然物由来のモルホリン誘導体に関して、非特許文献14~17にあるように従来いくつかの報告があるものの、生体成分中にモルホリン誘導体を見つけることは稀である。天然物から単離されたモルホリン誘導体は、例えば、医薬の分野において、新薬の開発に貢献する可能性があり、天然由来の新たなモルホリン誘導体の出現が望まれていた。
【0009】
従って本発明は、新規なモルホリン誘導体およびその製造方法を提供することを課題とする。本発明はまた、天然由来のグリセリドを含む新規な酸性モルホリン誘導体およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、オーランチオキトリウム属藻類の細胞からの酸性脂質を調べたところ、2-ヒドロキシ-3-オキソ-モルホリノプロピオン酸、グリセロールおよび脂肪酸からなるグリセリド(以下、単に「M-グリセリド」と称することもある。)を含む新規な酸性モルホリン誘導体を発見し、これを単離同定して、本発明に至ったものである。二次代謝物中のモルホリン部位が脂質代謝物としてのジアシルグリセリドの構成成分であるという点でユニークなものであり、今回明らかになった極性部位である2-ヒドロキシ-3-オキソモルホリノプロピオン酸(オーラニン酸)は、新規なモルホリン誘導体ある。
【0011】
すなわち上記課題を解決する本発明は、1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸である。
【0012】
本発明の一実施形態においては、オーランチオキトリウム属の細胞由来のものである1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸が示される。
【0013】
上記課題を解決する本発明はまた、1,2-ジ-アセチルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸である。
【0014】
上記課題を解決する本発明はまた、オーランチオキトリウム属藻類細胞を凍結乾燥させる工程、この凍結乾燥細胞からクロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて脂質を抽出する工程、抽出した抽出液に対して生理食塩水を抽出液100容量部当たり1/5容量部添加し、遠心分離後、下相を分離する工程、得られた下相より溶媒を蒸発させ残渣を得る工程、残渣をクロロホルムで溶解し、カラムクロマトグラフィーで分画し、クロロホルムおよびクロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて溶出させ、溶出したリン脂質画分回収する工程、リン脂質画分の溶媒を除去した後、クロロホルム/メタノール/水混合溶媒に再懸濁する工程、この再懸濁液をイオン交換クロマトグラフィー適用し、次いでクロロホルム/メタノール/水を適用した後、水の代わりにギ酸アンモニウム含有溶媒で酸性PL画分を溶出する工程、得られた溶出液を蒸発させ、残渣をリン酸含有水に懸濁する工程、およびこの懸濁液からヘキサンを用いて目的物を抽出する工程からなる、1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸の製造方法によっても達成される。
【0015】
本発明の一実施形態においては、また前記目的物を抽出する工程の後に、薄層クロマトグラフィーによる精製工程を有するものである、1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸の製造方法が示される。
【0016】
上記課題はまた、1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸を弱アルカリ加水分解する工程、得られた加水分解物のpHを弱酸性に調節し、遊離した脂肪酸をn-ヘキサンで抽出する工程、抽出液をアルカリで中和した後、水相を乾燥させる工程、残渣をピリジン/無水酢酸混合溶媒を用いてアセチル化する工程、得られる溶液を乾燥させる工程、残渣をヘキサンに懸濁し、懸濁液を薄層クロマトグラフィーに適用し、溶媒としてクロロホルム/メタノール/水混合溶媒を用いて展開し、所期のRf値のスポットより回収することを特徴とする1,2-ジアセチルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
上記したようにモルホリンは、多くの工業・有機合成において重要な部位であり、その物理化学的、生物学的、代謝学的特性から、しばしば薬用化学の分野で利用されている。本発明に係るこのモルホリン誘導体含有グリセリドは、オーランチオキトリウムをはじめとする生物のライフサイクルにおいて重要な役割を果たしている可能性があり、例えば、薬用化学ないし医薬の分野において、新薬の開発に貢献する可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明に係るM-グリセリドのHPLCクロマトグラムである。
図2】本発明に係るアセチル化M-グリセリドおよびアセチル化M-グリセリド水和物のポジティブイオンモードLC-MS/MSクロマトグラムである。
図3】(a)アセチル化M-グリセリド(1,2-ジ-アセチルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸) のHMBCとCOSYの相関と(b)主要な完全なM-グリセリド(1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸)の構造を示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下本発明を具体的実施形態に基づいて詳細に説明する。
M-グリセリド
本発明に係る新規化合物M-グリセリドは、1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸である。このM-グリセリドは、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属藻類細胞からの酸性脂質中より、単離回収および同定可能である。
【0020】
このM-グリセリドは、凍結乾燥したオーランチオキトリウ属藻類細胞の代表的には、約0.1~0.4質量%を占めている。このM-グリセリドは例えば図1に示すように、Peak I(85%)とPeak II(15%)から構成されている。このM-グリセリド(完全なM-グリセリド)および後述するアセチル化されたグリセリドの構造は、液体クロマトグラフィー-四重極飛行時間型クロマトグラフ質量分析計(LC-Q/TOF)とNMR分光法によって解明した。2D-NMR実験により、完全なM-グリセリドのPeak Iは1,2-ジドコサペンタエノイル-グリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸として解明され、Peak IIは1,2-パルミトイルドコサペンタエノイル-及び/又は1,2-ドコサペンタエノイルパルミトイル-グリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸と推定された。ドコサペンタエン酸の二重結合位置はω-6型(C22:5)である。
【0021】
また本発明に係るM-グリセリドは負に帯電した生物系界面活性剤(biosurfactant)である。例えば、1.0μM程度の低濃度ではオーランチオキトリウム属の細胞増殖を有意に刺激する一方で、例えば、100μM以上といった高濃度では、細胞増殖を阻害するという特徴を有する。
【0022】
(微生物)
原料となる微生物は、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属藻類細胞である。
なお、後述する実施例においては、オーランチオキトリウム SYLR6#3株およびNB6-3株(Aurantiochytrium sp. SYLR6#3およびNB6-3)を使用したが、その菌株、系統等は特に制限されるものではない。また、本発明に係るM-グリセリドを製造するにおいて、その生産量を増やす上では、特に限定されるものではないが、細胞の有糸分裂期の対数期(接種後24時間)の細胞を用いることが望ましい。
【0023】
このような原料となるオーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属藻類細胞の培養方法等は特に限定されるものではなく、従来公知の増殖培養方法を用いることができる。また、市販のオーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属藻類細胞を直接使用することも可能である。
【0024】
特に限定されるものではないが、培養条件の一例を挙げると、種培養培地は、1.2%海塩水溶液に溶解させた1%トリプトン、0.2%酵母エキスおよび2%グルコースを含有する培地を用いることができる。
【0025】
また、大量培養は、例えば、pHコントローラーを備えたエアリフト式バイオリアクターを用い、エアバブリングで培地を混合して行うことができる。大量培養培地は、特に限定されるものではないが、例えば、グルコース3.6%、グルタミン酸ナトリウム0.5%、トリプトン1.0%、酵母エキス0.2%、および海塩1.0%を含有する組成の物を用いることができる。細胞は、例えば、1.0M NaOHの添加によって中性(pH7.0~8.5)に調整された培地で増殖させ、接種後(48~72時間)程度で収穫し、収穫された細胞は後述するように凍結乾燥される。
【0026】
(製造方法)
本発明のM-グリセリドは、オーランチオキトリウム属藻類の凍結乾燥細胞から抽出される酸性脂質を抽出し、この酸性脂質よりクロマトグラフィー技術により所期の分画を分離することで製造可能である。
【0027】
具体的には、オーランチオキトリウム属藻類の凍結乾燥細を凍結乾燥させる工程、この凍結乾燥細胞からクロロホルム/メタノール混合溶媒、例えば、クロロホルム/メタノールの容量比2:1の混合溶媒、を用いて脂質を抽出する工程、抽出した抽出液に対して生理食塩水を抽出液100容量部当たり約1/5容量部(0.2容量部)添加し、遠心分離後、下相を分離する工程、得られた下相より溶媒を、例えば、減圧下でロータリーエバポレーターを用いて、蒸発させ残渣を得る工程、残渣をクロロホルムで溶解し、カラムクロマトグラフィー、例えば、シリカゲルクロマトグラフィで分画し、クロロホルムおよびクロロホルム/メタノール混合溶媒、例えば、順にクロロホルム、クロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比9:1)、およびクロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比1:4)、を用いて、溶出させ、溶出したリン脂質画分回収する工程、リン脂質画分の溶媒を除去した後、クロロホルム/メタノール/水混合溶媒に再懸濁する工程、この再懸濁液をイオン交換クロマトグラフィー適用し、次いでクロロホルム/メタノール/水を適用した後、水の代わりにギ酸アンモニウム含有溶媒で酸性PL画分を溶出する工程、得られた溶出液を、例えば減圧下で、蒸発させ、残渣をリン酸含有水、例えば、0.1%リン酸含有水に懸濁する工程、およびこの懸濁液からヘキサン、例えばn-ヘキサンを用いて目的物を抽出する工程を経ることで、単離製造可能である。
【0028】
さらに好ましくは、上記製造工程により得られた抽出物からのM-グリセリドは、例えば薄層クロマトグラフィー技術により精製することが可能である。具体的には例えば、抽出物からのM-グリセリドを精製するために、蛍光指示薬を含むTLCシリカゲルプレートに塗布し、展開溶媒としてクロロホルム/メタノール/水混合溶媒(容量比5:5:1)を用いて展開する。この場合、M-グリセリドはR0.73で泳動するので。紫外線下で、M-グリセリドバンドをプレートから削り取り、クロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比1:4)で溶出させ。M-グリセリドは、同じ溶媒系を用いてシリカゲルプレート上に再度クロマトグラフィーされることで精製され得る。
【0029】
本発明に係るM-グリセリドの同定は、後述するように、液体クロマトグラフィー-四重極飛行時間型クロマトグラフ質量分析計(LC-Q/TOF)とNMR分光法によって解明可能である。
【0030】
アセチル化M-グリセリド
本発明に係るアセチル化M-グリセリドは、1,2-ジ-アセチルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸である。
【0031】
当該アセチル化M-グリセリドは、本発明に係る上記M-グリセリドのモルホリン部位の構造を明らかとするために有用である。
【0032】
また、本発明に係るアセチル化M-グリセリドは、本発明に係る上記M-グリセリドと同様に、オーランチオキトリウム属の細胞増殖を刺激する。
【0033】
アセチル化M-グリセリドの製造方法
本発明に係るアセチル化M-グリセリドは、前述したようにして単離および同定されたM-グリセリド、すなわち、1,2-ジ-ドコサペンタエノイルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸を、例えば、メタノール溶解1.5M NaOH中で、25℃で2~3時間といった条件で、弱アルカリ加水分解する工程、得られた加水分解物のpHを弱酸性に調節、例えば、1.5M HClでpH2.5~3.0に調節し、遊離した脂肪酸をヘキサン、例えばn-ヘキサン、で抽出する工程、抽出液をアルカリ、例えば、1.0M NaOH、で中和した後、水相を乾燥させる、例えば、Nの流れの下で蒸発させて乾燥させる工程、残渣をピリジン/無水酢酸混合溶媒を用いてアセチル化する、例えば、ピリジン/無水酢酸混合溶媒(容量比1:4)を用いて25℃で一晩かけてアセチル化する工程、得られる溶液を、例えば、Nの流れの下で、乾燥させる工程、残渣をヘキサン、例えばn-ヘキサンに懸濁し、懸濁液を薄層クロマトグラフィー(TLC)に適用し、溶媒としてクロロホルム/メタノール/水混合溶媒、例えば、クロロホルム/メタノール/水混合溶媒(容量比5:5:1)を用いて展開し、所期のRf値のスポットより回収する工程を有することにより製造できる。上記条件において、TLC上のアセチル化M-グリセリドは、20% HSOを噴霧した後の炭化(charring)により検出され、アセチル化脂質のR値は0.61であった。アセチル化M-グリセリドはTLCプレートから掻き取り、クロロホルム/メタノール混合溶媒、例えば、クロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比1:4)で抽出し得る。その結果、N流下で乾燥させた後、無色のペースト状の物質としてアセチル化M-グリセリドを得ることができる。
【実施例0034】
以下本発明を実施例に基づきより具体的に説明するが、以下に示す実施例は本発明の理解を容易なものとすることのみを目的として示されるものであって、本発明が以下の実施例に何ら限定されるものではない。当業者であれば、本発明の精神および範囲を逸脱することなく、以下の実施例の記載内容に基づき、多くの変更ないし修飾態様が実施可能であることを容易に理解できるものであると思料する。なお、以下において「%」および「部」は、特に言及しない限りすべて質量による、「質量%」および「質量部」を表すものである。
【0035】
<方法>
材料
DEAE-Sephadex-A25は、GEヘルスケア ユーケー リミテッド(GE Healthcare UK Ltd(Amersham Place, Little Chalfont, Buckinghamshire HP7 9NA, England)から入手した。酵母エキスおよびトリプトンは、ベクトン ディキンソン アンド カンパニー(Becton, Dickinson and Company (Sparks, MD, USA)から購入した。海塩は、レッド シー ソルト USA(Red Sea Salt USA (Huston, TX, USA)から入手した。他のすべての化学物質および溶媒は分析グレードであった。
【0036】
微生物
沖縄諸島の海水から単離されたオーランチオキトリウム SYLR6#3株およびNB6-3株(Aurantiochytrium sp. SYLR6#3およびNB6-3)は、オーピーバイオファクトリー株式会社(OP Bio Factory Co., Ltd、日本国沖縄県)から購入した。
【0037】
培養条件
種培養培地は、1.2%海塩水溶液に溶解させた1%トリプトン、0.2%酵母エキスおよび2%グルコースを含有するものとした。
大量培養は、pHコントローラーを備えた5Lのエアリフト式バイオリアクター(初期培地3.0L)で行った。培地の混合はエアバブリングで行った。バイオリアクターは、25±1.2℃に維持された清浄空間に設置した。大量培養培地は、グルコース3.6%、グルタミン酸ナトリウム0.5%、トリプトン1.0%、酵母エキス0.2%、および海塩1.0%を含有するものとした。空気は1.2vvm(volume per volume per minute)で供給した。気泡を作るために、空気をセラミックス製スパージャーに通した。細胞は、1.0M NaOHの添加によって制御されたpH7.4の培地で増殖させ、接種後72時間で収穫した。72時間培養の間に、培地中のグルコース含量は0.2%以下に達した。収穫された細胞は凍結乾燥され、-25℃で保存された。
【0038】
M-グリセリドの抽出と単離
凍結乾燥細胞材料10gからクロロホルム/メタノールの容量比2:1の混合溶媒で脂質を抽出した。抽出液に対して、0.9%NaCl溶液を0.2部添加した。遠心分離後、下相を分離し、減圧下でロータリーエバポレーターを用いて蒸発させた。残渣をクロロホルムで溶解し、シリカゲルクロマトグラフィー(ベッド容積:20mL、クロロホルムを用いて調製)で分画し、100mLのクロロホルム、クロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比9:1)、およびクロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比1:4)で溶出した。リン脂質(PL)画分をクロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比1:4)から回収した。溶媒を除去した後、PL画分をクロロホルム/メタノール/水混合溶媒(容量比5:5:1)に再懸濁した。この懸濁液をDEAE-Sephadex-A25(20 mL、formateタイプ)に適用し、100 mLのクロロホルム/メタノール/水混合溶媒(容量比5:5:1)をカラムに通し、次いで100 mLのクロロホルム/メタノール/0.2M ギ酸アンモニウム(容量比5:5:1)をカラムに通した。酸性PL画分をアンモニウム塩含有溶媒で溶出した。溶出液を減圧下で蒸発させた。M-グリセリドおよび酸性PL含有残渣を0.1%リン酸含有水に懸濁した。この懸濁液からM-グリセリドをn-ヘキサンを用いて抽出した。
【0039】
薄層クロマトグラフィー(TLC)
抽出物からM-グリセリドを精製するために、蛍光指示薬を含むTLCシリカゲルプレートに塗布し、展開溶媒としてクロロホルム/メタノール/水混合溶媒(容量比5:5:1)を用いて展開した。M-グリセリドはR0.73で泳動した。紫外線下で、M-グリセリドバンドをプレートから削り取り、クロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比1:4)で溶出させた。M-グリセリドは、同じ溶媒系を用いてシリカゲルプレート上に再度クロマトグラフィーされた。精製されたM-グリセリドは、さらなる構造解析のために利用された。
【0040】
M-グリセリドのアセチル化
上記で得られた精製M-グリセリドは、メタノール溶解1.5M NaOH中で、25℃で1時間の弱アルカリ加水分解にかけられた(Kaya, K., Uchida, K. & Kusumi, T. Identification of taurine-containing lipid in tetrahymena pyriformisNT-1. Biochim. Biophys. Acta 835, 77-82 (1985).を参照のこと。なお、この文献の関連部分はその関連により本明細書中に取り込まれる。)。
【0041】
加水分解後、加水分解物のpHを1.5M HClで4.0に調節した。M-グリセリドから遊離した脂肪酸をn-ヘキサンで抽出した。1.0M NaOHで中和した後、水相をNの流れの下で蒸発させて乾燥させた。残渣をピリジン/無水酢酸混合溶媒(容量比1:4)を用いて、25℃で一晩かけてアセチル化した。反応後、溶液をNの流れの下で乾燥させた。残渣をn-ヘキサンに懸濁し、TLCプレート上に滴下し、溶媒としてクロロホルム/メタノール/水混合溶媒(容量比5:5:1)を用いて展開した。TLC上のアセチル化M-グリセリドは、20% HSOを噴霧した後の炭化(charring)により検出された。アセチル化脂質のR値は0.61であった。アセチル化M-グリセリドをプレートから掻き取り、クロロホルム/メタノール混合溶媒(容量比1:4)で抽出した。その結果、N流下で乾燥させた後、無色のペースト状の物質が得られ、これをNMRおよびLC-MS/MS分析に利用した。
【0042】
M-グリセリドのHPLC分析
M-グリセリドは、ポンプ(LC-20AD)、コントローラー、脱ガス装置、カラムオーブン、PDA検出器、およびワークステーションからなる島津プロミネンスHPLCを用いてさらに精製した。
【0043】
HPLCの条件は以下の通りであった:
カラム:Wakosil 5 NH4カラム(4.6×150 mm);
カラム温度:40℃;
移動相:アセトニトリル/メタノール/リン酸でpH4.0に調整した水中の0.2%トリメチルアミン混合溶媒(容量比670:220:110);
流速:1.0 mL/min。
その結果、205nmにピークが検出された。
【0044】
脂肪酸のガスクロマトグラフィー分析
M-グリセリドの脂肪酸を14% BF-メタノール溶液を用いて70℃で20分間かけて、メチルエステルに転化した。脂肪酸メチルエステルの分析は、DB-23カラム(長さ60m×内径0.25mm、膜厚0.15μm; J&W Scientific製)を用いたGC-FID(Shimadzu GC-2025、島津製作所製)を用いて行った。
【0045】
ガスクロマトグラフィー分析の操作条件は以下の通りであった:
カラム温度: 50℃を1分間保持、(25℃/minの速度で)175℃に昇温、次いで(4℃/minの速度で)230℃に昇温して、5分間保持;
FIDポート温度:250℃;
キャリアガス(He)流量:2.06 mL/min;
FID水素ガス流量:40 mL/min;
空気流量450 mL/min。
【0046】
NMR
H NMR(500MHz)および13C NMR(125MHz)スペクトルをJEOL JNM-ECA500分光計(日本電子株式会社製)を用いて記録した。CDClまたはCDCl/CDOD(容積比1:1)を溶媒として使用した。
【0047】
LC-MS/MS
MSおよびMS/MSスペクトルは、Nexera UHPLCおよび四重極飛行時間型(Q-TOF型)質量分析計(LCMS-9030、島津製作所製)から構成されるLC/Q-TOFシステム上で記録した。
【0048】
LC条件は以下の通りであった:
カラム: Kinetex C8 (内径2.1mm×長さ150mm、膜厚2.6μm)、Phenomenex製(アメリカ合衆国);
溶媒:均一溶媒(isocratic)、20mM ギ酸アンモニウム30%と、アセトニトリル/イソプロパノール混合溶媒(容量比1:1)70%
流速:0.4mL/min;
カラム温度:40℃。
【0049】
MS条件は以下の通りであった。
イオン化モード:ESIポジティブ/ネガティブ;
キャピラリー電圧:4.5kV(ポジティブ)/3.5kV(ネガティブ);
乾燥ガス:10L/min;
ネブライザガス:2.0L/min;
加熱ガス:10L/min;
界面温度:300℃。
【0050】
細胞増殖活性
オーランチオキトリウムの上記株の細胞を、様々な濃度(1.0~1000μM)のM-グリセリドまたは(0.1~100μM)のアセチル化M-グリセリドを含む増殖培地(1%トリプトン、0.2%酵母エキス、2%グルコース、および1.2%海塩)を用いて、25℃で24時間または48時間、16ウェルプレートで培養した。
【0051】
データの利用可能性
この分析データをHPLCで検証した。表5に示すように、HPLCによる定量データが得られた。この定量法をM-グリセリドの分析に適用したところ、標準偏差(SD)は平均値(n=4)の5.5%未満であった。このことから、この方法の正確性はM-グリセリドの同定法としては十分であることが示された。
【0052】
<結果>
M-グリセリドの分画精製
上記したように接種後72時間後に細胞を採取し、凍結乾燥した細胞の約0.2%としてM-グリセリドの収量を得た。M-グリセリドは、クロロホルム/メタノール/水混合溶媒(容量比5:5:1)を溶媒として用いたTLC上でR 0.73を示した。TLCプレート上のスポットは、モリブデン試薬(Dittmer, J. C. & Lester, R. L. A simple, specific spray for the detection of phospholipids on thin-layer chromatograms. J. Lipid Res. 5, 126-127 (1964)を参照のこと。なお、この文献の関連部分はその関連により本明細書中に取り込まれる。)に対して陰性であった。
【0053】
精製されたM-グリセリドのHPLCクロマトグラムでは、図1に示すように、2つのピークがRt-12.54分(Peak I)と14.48分(Peak II)で検出された。Peak Iは全面積の85%、Peak IIは全面積の15%をそれぞれ占めていた。このM-グリセリドは、実験に供したオーランチオキトリウム SYLR6#3株およびNB6-3株のいずれに関しても検出された。
【0054】
M-グリセリドのNMRおよびMSスペクトルの解析
M-グリセリドのPeak IのHおよび13C-NMR化学シフトを表1に示す。H-H-COSY、DEPT、HSQC、HMBCの2次元スペクトルが得られた。これらのスペクトルから、グリセロールの存在が判明した。プロトンはH-1(2H,δ,4.13ppm)、H-2(1H,d,5.26ppm)、H-3(2H,δ,3.73ppm)と割り当てられた。さらに、グリセロールの1位および2位の炭素は脂肪酸でエステル化されていた。また、グリセロールのC-3はエーテル結合により極性部位と結合していた。13C-NMRスペクトルでは、160~180ppmの間に4つの第4級炭素が検出された。HMBCスペクトルから、DPA I(173.38 ppm)およびDPA II (173.67 ppm)のC-1の炭素がエステル化されたものとして割り当てられていることが示唆された。また、177.17ppmの化学シフトから、M-グリセリドにはカルボン酸基が存在することが示唆された。また、169.34ppmの第四級炭素はモルホリン環のC-3(>C=O)のカルボニル炭素であることが示唆された。
【0055】
NMRの結果から、M-グリセリドのPeak Iの構造は、ジアシルグリセリドとモルホリン部位(C10NO)がエーテル結合で結合したものと決定された。
【0056】
MSスペクトルのネガティブイオンモードでは、Peak Iからのm/z 904.5948 [C5482NO10(calcd, 904.5944, Δ 0.4 mDa)]とPeak IIからのm/z 830.5789,[C4880NO10(calcd, 830.5788, Δ 0.1 mDa)]の値が観測された。メジャーなPeak Iからは、m/z 574 [m/z 904-330 (C2234)]のフラグメントイオンが確認された。この遊離されたイオンは、ドコサペンタエン酸(C22=5、DPA)のニュートラル欠損によるものであった。他のフラグメントイオンは、m/z886[m/z 904からのHOの欠損]、329[C2234-H(DPA)]、244[C1015NO-H]、およびm/z 188[C10NO-H]で観察された。Peak IIの場合、m/z 812[m/z 830からのHOの欠損]、574[m/z 830-256(C1632)]、500[m/z 830-330(C2234)]、329[(C2234)-H]および255[(C1632)-H]、にフラグメントイオンが観察され、また、m/z 244[C1015NO-H]および188[C10NO-H]も検出された。m/z255のフラグメントイオンはパルミチン酸(C16=0)と推定された。また、Peak IとPeak IIとのいずれのスペクトルにも、m/z 244[[C1015NO-H]、188[C11NO-H]および170[CNO-H]にフラグメントイオンが検出された。この結果から、Peak IとPeak IIは同じ部位から構成されていることが示唆された。これらの結果を表2にまとめた。
【0057】
MSで得られたモルホリン部位の化学式は、NMRで得られたモルホリン部位の化学式(C10NO)とは異なっていた。MSの結果から、モルホリン部位はC12NOであることが示唆された。モルホリン部位のMSデータは、[C10NO+HO]として説明される。これは、モルホリン部位のどこかで余分なHOが結合して水和物として存在していることを示唆している。NMRとMSの結果から、Peak IとPeak IIはM-グリセリドを主成分とし、その水和物を副成分として含んでいると考えられた(表2)。水和物のプロトンおよび関連する第四級炭素のシグナルはNMR分析には弱すぎるものであった。しかし、脂肪酸のH-NMRシグナルの多くはモルホリン部位のシグナルと重なっており、モルホリン部位がどのようなものであるかは不明であった。
【0058】
アセチル化M-グリセリドの解明
モルホリン部位の構造を明らかにするために、M-グリセリド中の脂肪酸をアセチル基で置換した。アセチル化したM-グリセリドを逆相LC-Q/TOFで分析した。m/z 348(C1421NO)の前駆体イオンをLC-MS/MSにかけたところ、Rt 1.225分に全生成物イオンのイオンクロマトグラムに大きなピークが観測された。また、m/z 366(C1423NO10)の前駆体イオンでは、Rt 1.152分に小さなブロードなピークが観測された(図2を参照のこと)。これらの結果は、M-グリセリドがC1421NO(M-グリセリド)をメジャーピーク(86%)、C1423NO10(M-グリセリド水和物)をマイナーピーク(14%)として有していることを示すものであった。
【0059】
双方のグリセリドのポジティブモードおよびネガティブモードでのLC-MS/MSフラグメントを表3に示す。両モードで得られたアセチル化M-グリセリドとその水和物のフラグメントの正確なm/zの大部分は、互いによく一致していた。これらの結果は、グリセリドと水和物の構造が一致していることを示唆していた。
【0060】
フラグメントの化学式は、フラグメントのすべての構造がモルホリノプロピオン酸部位を含むことを示した。
【0061】
表2および表3に示すように、完全なM-グリセリドとアセチル化M-グリセリドの両方から、C1015NO(ネガティブモードではm/z244およびポジティブモードではm/z246)、C11NO(ネガティブモードではm/z188)、およびCNO(ネガティブモードではm/z170およびポジティブモードではm/z172)のフラグメントの化学式が得られた。このことから、完全なM-グリセリドに含まれるモルホリノプロピオン酸部位は、アセチル化されたM-グリセリドに保存されていることが明らかになった。
【0062】
H-H COSYおよびHMBC分光法による広範なNMR分析により、グリセロール、モルホリンおよびプロピオン酸のスピン系が明らかになった(表4を参照のこと)。2つのアセチル基の存在は、完全なグリセリドがジアシルグリセリドであることを支持した。モルホリンとグリセロールの単位では、モルホリンのH-2(δ 4.84 ppm)がモルホリンのC-2とグリセロールのC-3との間にエーテル結合があることを示唆していた。また、HMBCスペクトルの相関もこの結合を支持するものであった。
【0063】
COSYスペクトルとHMBCスペクトルから、2-オキシ-3-オキソモルホリノプロピオン酸の構造を推論した。COSYスペクトルでは、モルホリン単位のH-5(δ 3.18ppm)からH-6(δ 3.75ppm)までの連結の関係が決定された。モルホリン環単位では、H-6(δ 3.75 ppm)とC-6(δ 66.91 ppm)の化学シフトが、C-6は酸素原子に結合していることを示唆した。加えて、H-5(δ 3.18 ppm)とC-5(δ 46.16 ppm)の化学シフトが、C-5は窒素原子に結合していることを示唆した。さらに、モルホリン環単位のC-3はHMBCスペクトルにおいて当該環のH-2およびH-5と相関していた。また、モルホリン環のH-6とC-2の間にもHMBCの相関が見られた。これらの結果から、モルホリン環を明らかにした。
【0064】
モルホリン部位のプロピオン酸単位において、H-2(δ 2.45ppm)からH-3(δ 3.48ppm)の連結の関係がCOSYスペクトルで観測され、そして、C-1(δ 177.42ppm)とプロピオン酸単位のH-2およびH-3との相関がHMBCスペクトルにおいて認められた。また、HMBCスペクトルは、プロピオン酸単位のH-3がモルホリン環単位のC-3およびC-5と相関していることも示した。
【0065】
これらの結果から、アセチル化M-グリセリドの構造は、1,2-ジアセチルグリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸(図3(a)参照のこと。)であることが明らかとなった。一方で、余剰のHOを含むアセチル化M-グリセリド(水和物)の構造はまだ不明であった。
【0066】
完全なM-グリセリドの解明
上記の構造は、完全なM-グリセリドとそのアセチル化誘導体の極性部位のMS/MS断片化の.比較によって確認された。上記の結果から、表2のPeak Iのm/z 904は、Peak IIのm/z 830とともに{[M-グリセリド水和物-H]として示された。完全なM-グリセリドとそのアセチル化誘導体との双方のMS/MSスペクトルにおいて、m/z 244[C1015-H]、188[C11NO-H]及び170[CNO-H]のフラグメントイオンが観測された。さらに、完全なM-グリセリドのモルホリン環上のHMBC相関はアセチル化M-グリセリドのそれと同じであった。
【0067】
完全なM-グリセリドは2つの脂肪酸分子から構成されていた。メジャーピークであるPeak I(図1)にはDPAが2分子含まれており、マイナーピーク(Peak II)にはDPAとパルミチン酸(C16:0)が含まれていた。
【0068】
H-および13C-NMRスペクトル(表2)における完全なM-グリセリドのPeak IにおけるDPAの化学シフトに関しては、DPA-IおよびDPA-IIのC-1が、それぞれ、δ 173.38ppmおよび173.67ppmで観測された。
DPA-I(δ 0.89ppm)およびDPA-II(δ 0.97ppm)の炭素鎖末端として、DPA-I(δ 2.29ppm)およびDPA-II(δ 2.37ppm)のH-2、DPA-I(δ 1.54ppm)およびDPA-II(δ 1.58ppm)のH-3、並びにDPA-I(δ 0.89ppm)およびDPA-II(δ 0.97ppm)の炭素鎖末端としてのH-22が割り当てられた。また、DPAの二重結合関連シグナルである、-CH-C -CH= (δ 2.07ppm)、=CH-C -CH=(δ 2.85ppm)および-C=C-(δ 5.38ppm)もまた割り当てられた。
【0069】
DPAはω-3型とω-6型の2つの異性体を有する。異性体を確認するために、Peak IとPeak IIの脂肪酸をKMnO/KIO(Sano, T., Nohara, K., Shiraishi, F. & Kaya, K. A method for micro-determination of total microcystin content in waterblooms of cyanobacteria (blue-green algae). Int. J. Environ. Anal. Chem. 49, 163-170 (1992) を参照のこと。なお、この文献の関連部分はその関連により本明細書中に取り込まれる。)で酸化し、形成されたアルカン酸をGCでメチルエステル誘導体として同定した。ピークはRt 4.763分に検出された。このRtは正真正銘のヘキサン酸メチルとよく一致した。これらの結果から、DPAはω-6 ドコサペンタエン酸と同定された。また、Peak IIの脂肪酸もω-6として同定された。
【0070】
以上の結果から、メジャーなM-グリセリドのPeak Iは、1,2-ジドコサペンタエンノイル-(C22:5,ω-6)グリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルホリノプロピオン酸として解明され(図3(b)を参照のこと。)、一方、マイナーなPeak IIは、1,2-パルミトイル-ドコサペンタエノイル-および/または1,2-ドコサペンタエノイル-パルミトイル-グリセリル-2’-オキシ-3’-オキソモルフォリノプロピオン酸と推定された。
【0071】
オーランチオキトリウム株SYLR6#3の細胞周期におけるM-グリセリド含量の変化
オーランチオキトリウム株SYLR6#3の培養中のM-グリセリドの含有量を調べたところ、その含有量にばらつきがあることがわかった(表5参照のこと。)。最も高い含有量(凍結乾燥細胞の0.4%)は、対数中期の細胞から得られた。対数末期(または初期静止期)の細胞では、M-グリセリド含量は約0.2%であり、徐々に減少し、死期まで一定の値を示した。中間定常期と死期の細胞では、その値は約0.1%であった。細胞のライフサイクルにおけるM-グリセリド含量の変化は、細胞の成長に関係していると考えられる。
【0072】
細胞増殖に及ぼすM-グリセリドの影響
M-グリセリドの細胞増殖活性を調べるために、M-グリセリドのPeak IをHPLCで単離した。M-グリセリドは、86%のdi-DPA M-グリセリドと14%のその水和物から構成されていた。また、アセチル化M-グリセリドは、上記M-グリセリドのそれと同比率で構成されていた。
【0073】
オーランチオキトリウム株SYLR6#3細胞を、様々な濃度のM-グリセリドまたはアセチル化M-グリセリドを含む増殖培地を用いて、16ウェルプレート中で25℃で24時間または48時間培養した。M-グリセリドは、培地中で容易に乳化した。一方、アセチル化M-グルセリドは、培地中によく溶解した。M-グリセリドの場合、48時間の培養では、1.0μMの濃度でのみ細胞増殖が有意に刺激された(表6を参照のこと)。24時間の培養では、100μMおよび1000μMの濃度で細胞増殖が阻害された。アセチル化M-グリセリドを調べたところ、培養48時間では0.1μMの濃度でのみ細胞増殖は有意に刺激された(表6)。アセチル化M-グリセリドの方がM-グリセリドよりも細胞増殖刺激効果が高いように思われる。この刺激効果はアセチル化M-グリセリドの溶解性に関係している可能性が高い。
【0074】
<議論>
M-グリセリド水和物
アセチル化M-グリセリド水和物の分子式(C1423NO10)がMS/MSスペクトル(表3)から得られた一方で、H-NMRおよび13C-NMRから得られたアセチル化M-グリセリドの分子式はC1421NOであった。また、MS/MSから得られた分子式には余分なHOが含まれていた。余分なHOがモルホリン環と結合して水和物となった可能性が高い。もしHOがケトン水和物を形成したのであれば,モルホリン部位のC-2[>C(-O-) ,96.22 ppm]の化学シフトのように,[>C(OH)]の13C-NMRの化学シフトは100 ppmに現れるはずであった。しかし、C-3の化学シフトは163.91 ppmに出現した(表4)。この化学シフトは、C-3がケトン水和物ではなく、ケトン(>C=O)であることを示唆している。さらに、アミド結合におけるケトン水和物の存在は知られていない。
【0075】
本実施例では、M-グリセリド中の水和物の位置を特定することはできなかった。おそらく、M-グリセリド中の水和物タイプの含有量が少なすぎて、13C-NMRで第四級炭素[>C(-OH)]を検出することができなかったのではないかと考えられる。アセチル化M-グリセリドとその水和物のMS/MSスペクトルから、M-グリセリドの水和物は脱水によりM-グリセリドに変換されていることがわかった。
【0076】
M-グリセリド含量の変化と細胞増殖
M-グリセリド含量の変化が観察された。最も高い含有量が観察されたのは、有糸分裂期の対数期(接種後24時間)の細胞であった。M-グリセリドは細胞分裂に重要な役割を果たしている可能性がある。最も可能性が高いのは、細胞分裂には内因性のM-グリセリドの濃度で十分であり、外因性のM-グリセリドは必要ないということである。対数期を過ぎると、内因性M-グリセリドの濃度が急激に低下し、細胞分裂が遅くなる。このとき、外因性M-グリセリドが取り込まれ、細胞増殖に利用されることがある。
【0077】
M-グリセリドは負に帯電した生物系界面活性剤(biosurfactant)である。高濃度(100または1000M)では、培養の24時間後に細胞増殖が阻害された。アセチル化されたM-グリセリドによって誘導される阻害が明確に観察されなかったため、この阻害はM-グリセリドの界面活性作用に関連している可能性がある。
【0078】
天然物中のモルホリン誘導体
前記したように 天然物由来のモルホリン誘導体については、いくつかの報告があったが、本発明に係る物質は、モルホリン部位が脂質代謝物としてのジアシルグリセリドの構成成分であるという点でユニークなものである。すなわち、今回明らかになった極性部位である2-ヒドロキシ-3-オキソモルホリノプロピオン酸(オーラニン酸)は、新規なモルホリン誘導体である。このモルホリン誘導体含有グリセリドは、オーランチオキトリウム属をはじめとする生物のライフサイクルにおいて重要な役割を果たしている可能性がある。本発明に係る新規物質のように、天然物から単離されたモルホリン誘導体は、新薬の開発に貢献する可能性がある。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
【表3】
【0082】
【表4】
【0083】
【表5】
【0084】
【表6】
図1
図2
図3