(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022022709
(43)【公開日】2022-02-07
(54)【発明の名称】重症薬疹のmiRNA診断バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/686 20180101AFI20220131BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220131BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20220131BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALI20220131BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220131BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z ZNA
G01N33/50 P
C12Q1/6883 Z
C12Q1/6813 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020114710
(22)【出願日】2020-07-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「医薬品等規制調和・評価研究事業」「官民共同による重篤副作用バイオマーカー開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】597128004
【氏名又は名称】国立医薬品食品衛生研究所長
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 嘉朗
(72)【発明者】
【氏名】孫 雨晨
(72)【発明者】
【氏名】中村 亮介
(72)【発明者】
【氏名】荒川 憲昭
(72)【発明者】
【氏名】大野 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】泉 高司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 元信
(72)【発明者】
【氏名】西矢 剛淑
(72)【発明者】
【氏名】相原 道子
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA01
2G045AA13
2G045AA25
2G045AA26
2G045AA40
2G045BA13
2G045BB10
2G045CA25
2G045CA26
2G045CB01
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2G045DA13
2G045DA14
2G045DA36
2G045FB01
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2G045FB15
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4B063QA01
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4B063QR08
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4B063QX02
(57)【要約】
【課題】薬剤性過敏症症候群及びStevens-Johnson症候群/中毒性表皮壊死症等の重症薬疹の病勢、重症化、鑑別を診断するためのバイオマーカーの開発を行うこと。
【解決手段】hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAについて、被験者由来の試料における遺伝子発現を測定することを含む、重症薬疹の検査方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAについて、被験者由来の試料における遺伝子発現を測定することを含む、重症薬疹の検査方法。
【請求項2】
発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであり、測定値が重症薬疹の病勢診断を補助する請求項1記載の方法。
【請求項3】
発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであり、測定値が重症薬疹の重症化予測を補助する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであり、測定値が重症薬疹と他の皮膚疾患との鑑別を補助する請求項1に記載の方法。
【請求項5】
発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3p発現の組み合わせからなる群から選択される少なくとも一組のmiRNAの組み合わせである請求項2に記載の方法。
【請求項6】
発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3p発現の組み合わせからなる群から選択される少なくとも一組のmiRNAの組み合わせである請求項3に記載の方法。
【請求項7】
発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3p発現の組み合わせからなる群から選択される少なくとも一組のmiRNAの組み合わせである請求項4に記載の方法。
【請求項8】
hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAについて、被験者由来の試料における遺伝子発現を測定することができる試薬を含む、重症薬疹の検査のためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重症薬疹の発症や病勢の診断を補助するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬疹とは、医薬品及びその代謝物により誘発される皮膚反応の総称であり、そのうち最も重篤なものとして、Stevens-Johnson症候群(SJS)や中毒性表皮壊死融解症(toxic epidermal necrolysis; TEN)、薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensitivity syndrome; DIHS)等が知られている。これら重症薬疹は、罹患率が少ないものの、致死性が高く、回復後も重篤な後遺症が残ることがあるため、これら重症薬疹が疑われる患者を早期に診断し、適切な治療を速やかに開始することが重要である。そのため、SJS/TENやDIHSを早期に診断できるバイオマーカーの開発が嘱望されている。
【0003】
重症薬疹の発症と免疫系の異常な活性化との関連はこれまでの報告において強く示唆されている。そのため、免疫系に作用するサイトカインやケモカイン等が重症薬疹の血液中タンパク質バイオマーカーとして多く報告されている。その代表的な例としては、TARC (ケモカインCCL17) 、グラニュライシン(Granulysin、GNLY)、FAS-L、インターロイキン6、IP-10 (ケモカインCXCL10)、およびそれらの組み合わせがなど挙げられる(非特許文献1, 2, 3)。このうち、TARCはアトピー性皮膚炎の重症度を反映するバイオマーカーとして既に保険収載されている(非特許文献4)。
【0004】
MicroRNA (miRNA)は、約22塩基長の機能性微小核酸であり、RNA干渉により生体中の遺伝子発現を制御する役割を担うことが知られている。これまでに、種々のmiRNAsが創傷修復における上皮再形成や血管新生を制御することが報告されており、また強皮症、乾癬、および皮膚がん等の皮膚疾患の病態形成に深く関与することが知られている(非特許文献5)。しかしながら、血液中に存在するmiRNAsの発現量と、重症薬疹の発症や重症化との関連についてはほとんど報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Komatsu-Fujii T et al. The thymus and activation-regulated chemokine (TARC) level in serum at an early stage of a drug eruption is a prognostic biomarker of severity of systemic inflammation, Allergology Int. 67, 90-95, 2018
【非特許文献2】Abe R, et al. Rapid immunochromatographic test for serum granulysin is useful for the prediction of Stevens-Johnson syndrome and toxic epidermal necrolysis. J Am Acad Dermatol. 2011, 65(1):65-8.
【非特許文献3】Shiohara T, et al. Monitoring the acute response in severe hypersensitivity reactions to drugs. Curr Opin Allergy Clin Immunol. 2015, 15(4):294-9.
【非特許文献4】アトピー性皮膚炎診断ガイドライン作成委員会. アトピー性皮膚炎診断ガイドライン2018. 日皮会誌. 2018, 128(12), 2431-2502.
【非特許文献5】Gautam S et al. MicroRNAs as biological regulators in skin disorders. Biomed Pharmacother. 2018, 108:996-1004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、Stevens-Johnson症候群/中毒性表皮壊死症(SJS/TEN)や薬剤性過敏症症候群(DIHS)を高い精度で診断することを補助する方法、これらの治療奏効性を客観的に評価する方法、また重症化せずに治癒する軽症薬疹症例と重症化する症例の鑑別を補助する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
752種のmiRNAに対するLNA-enhanced Probe/Primersを用いたmiRCURY LNA microRNA PCR法により、Stevens-Johnson症候群/中毒性表皮壊死症(SJS/TEN)や薬剤性過敏症症候群(DIHS)の重症化、あるいは病勢変化の診断に有用と考えられるバイオマーカーmiRNAsを探索した。まず、ボルケーノプロット、ROC曲線(Receiver Operating Characteristic curve)及び多重比較統計試験を用いて、探索用血清検体セットに対するmiRCURY LNA microRNA PCR測定で定量値が入手可能であった502種のmiRNAsのうち、重症薬疹の急性期と回復期で顕著な発現変動を示すmiRNAsを17種同定した。その後、異なる検体セットの血清をTaqman Advanced miRNA Assay法で測定した検証試験において、回復期例と重症薬疹の急性期との間における顕著な発現変動の再現性が確認できたmiRNAsを4種(hsa-miR-205-5p, hsa-miR-21-3p, hsa-miR-21-5p, hsa-miR-222-3p)同定した。
【0008】
探索群におけるhsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-5p、hsa-miR-21-3p及びhsa-miR-222-3pの補正サイクル値(ΔCq値)を用いたROC曲線解析の結果、hsa-miR-205-5pはSJS/TENとDIHSの急性期症例と回復期例を高い精度で(area under the ROC curve: AUROC 0.85以上)で鑑別した。特に、SJS/TENにおける本miRNA分子の病勢診断能は既報マーカーであるGNLY(AUROC 0.54)より顕著に高かった。一方、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pについて、DIHSの病勢診断において有意な診断能が認められた。さらに、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-21-3pを組み合わせた重症薬疹診断モデルは、SJS/TENやDIHSにおける病勢診断能を向上させ、かつSJS/TENへと病状が進行することが知られる多型紅斑重症型(EM major)の病勢予測に関しても、既報マーカーとより高い精度で実現可能であると示した。
【0009】
検証群における上記4種のmiRNAsの病勢診断能並びに重症化診断能についてROC曲線解析したところ、いずれのmiRNAも重症薬疹の病勢診断において、高い診断能を示した。また、miRCURY LNA microRNA PCR法で得られた結果と同様、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-21-3pを組み合わせた重症薬疹診断モデルは解析したすべての薬疹病型において高い病勢診断能を示した。一方、今回解析した4種miRNAsのすべてがSJS/TENまたはDIHSのいずれか、あるいはその両病型の重症化診断において有意な診断能を示したものの、個別のmiRNA分子の重症化予測能については重症薬疹の病型間で差異が認められた。解析の結果、SJS/TENに対してはhsa-miR-205-5p、DIHSに対してはhsa-miR-21-3pが最も有望な重症化予測バイオマーカーとなりうることが示された。3種のmiRNAsを組み合わせることにより、それぞれのmiRNAバイオマーカーの重症化予測能を低下させることなく、SJS/TEN(AUROC 0.86)及びDIHS(AUROC 0.93)の両方の重症化予測に適応でき、その予測精度は既存マーカーのTARC(AUROC 0.83)より高いことが示された。
【0010】
hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-5p、hsa-miR-21-3p及びhsa-miR-222-3p について、重症薬疹と他の皮膚疾患との診断能を評価した結果、SJS/TENとアトピー性皮膚炎、乾癬、水痘、中毒疹との鑑別においてhsa-miR-205-5pは高い診断能(AUROC>0.85)を示すことが認められた。一方、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-21-3pはSJS/TENと自己免疫性水疱症との間において高い診断能を示した。これらの診断能は、いずれも既存マーカーと比べ、著しく高いことが示された。次に、これらmiRNAsを用いた、DIHSとその他の皮膚疾患の診断能を評価したところ、単独利用の場合、hsa-miR-21-3pが中毒疹を除くすべての対照皮膚疾患との鑑別において、AUROC 0.90以上の極めて高い診断能を示した。また、hsa-miR-205-5p、 hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-21-3pを組み合わせた重症薬疹診断モデルについて同様の評価を行ったところ、中毒疹を含むすべての皮膚疾患と良好な診断能を示した。さらに、本診断モデルに既報マーカーであるTARCを組み合わせることにより、鑑別診断能の向上が確認でき、DIHSと全ての対照皮膚疾患をAUROC 0.89以上で鑑別できることが示された。以上より、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3p単体、あるいはそれらを組み合わせた診断モデルが、重症薬疹の病勢診断、重症化予測、さらに他の皮膚疾患との鑑別に有用なバイオマーカーとなることが示された。
【0011】
本発明は、これらの知見に基づいて、完成されたものである。本発明の要旨は以下の通りである。
(1)hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAについて、被験者由来の試料における遺伝子発現を測定することを含む、重症薬疹の検査方法。
(2)発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであり、測定値が重症薬疹の病勢診断を補助する(1)記載の方法。
(3)発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであり、測定値が重症薬疹の重症化予測を補助する(1)に記載の方法。
(4)発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであり、測定値が重症薬疹と他の皮膚疾患との鑑別を補助する(1)に記載の方法。
(5)発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3p発現の組み合わせからなる群から選択される少なくとも一組のmiRNAの組み合わせである(2)に記載の方法。
(6)発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3p発現の組み合わせからなる群から選択される少なくとも一組のmiRNAの組み合わせである(3)に記載の方法。
(7)発現を測定するmiRNAが、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3p発現の組み合わせからなる群から選択される少なくとも一組のmiRNAの組み合わせである(4)に記載の方法。
(8)hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAについて、被験者由来の試料における遺伝子発現を測定することができる試薬を含む、重症薬疹の検査のためのキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明により見いだされたmiRNAの発現量を、単独、あるいは複数項目を測定することにより、重症薬疹疑いの患者と非薬剤性皮膚疾患患者を鑑別することが可能である。加えて、本発明は、重症薬疹を発症した患者の病勢変化や重症化リスクを高い精度で診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】重症薬疹バイオマーカーmiRNA探索のための遺伝子発現量の比較。探索用検体セットをmiRCURY LNA microRNA PCR法を用いて測定し、(A)SJS/TEN急性期例 (n=9) と全回復期例 (n=18)の間におけるmiRNAsの発現量比、および(B) DIHS急性期症例 (n=15)と全回復期例 (n=18) の間におけるmiRNAsの発現量比のボルケーノプロットを表す。本プロットにおいて、縦軸は二群間におけるStudent’s t 検定から得られるp値、横軸は回復期例に対する急性期症例の対数発現量比(log
2(2
-ΔCq[急性期症例]の平均値/2
-ΔCq[全回復期例]の平均値)の数値を示す。本ボルケーノプロットを用いた重症薬疹のバイオマーカー探索におけるカットオフ値は、発現量の変化倍率の絶対値が1.5以上(縦点線)および統計計算によるp値が0.05以下(横点線)と定めた。 請求項に記載したmiRNA分子は四角の枠で強調した.(C)SJS/TENおよびDIHSに対する同定バイオマーカー候補miRNA数およびそのオーバーラップに関するベン図を表す。
【
図2】検証群における重症薬疹急性期患者と全回復期例並びに健常成人との間のバイオマーカー候補miRNAの発現量の比較。重症薬疹において特に顕著な発現変動を示す4種類のmiRNAsについて、各重症薬疹病型の急性期と全回復期例並びに健常成人における Taqman miRNA assay測定で得られるΔCq値をドットプロットにより比較した。なお、ΔCq値は標的miRNAの外部スパイクコントロールmiRNA(cel-miR-54-3p)に対する相対発現量を表しており、本値が大きいほど発現量が低いことを意味する。 *, p < 0.05; **, p < 0.01; ***, p < 0.001; ****, p < 0.0001, One-way ANOVA and post-hoc Dunn’s test。Recovery, 全回復期例(n=32); Mild-entry, 軽症薬疹例(n=51); SJS/TEN, Stevens-Johnson症候群/中毒性表皮壊死症急性期例(n=13); DIHS, 薬剤性過敏症症候群(n=15); EM major,多形紅斑重症型(n=15); Healthy, 健常成人(n=30)を示す。各群の中央線はΔCq値の中央値を示す。
【
図3】重症薬疹急性期患者と全回復期例並びに健常成人との間における重症薬疹miRNA診断モデルのスコア値の比較。多重ロジスティック回帰分析により、重症薬疹バイオマーカー候補miRNAのうち、検証用検体セットの測定から得られたhsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p及びhsa-miR-21-5pのΔCq値を組み合わせた重症薬疹診断モデルを構築した。本モデルに各miRNAのΔCq値を代入することにより得られる値を診断スコア値としてプロットした。診断スコア値の群間比較は、 One-way ANOVA and post-hoc Dunn’s testにより行った。 **, p < 0.01; ***, p < 0.001; ****, p < 0.0001, 。Recovery, 全回復期例(n=32); Mild-entry, 軽症薬疹例(n=51); SJS/TEN, Stevens-Johnson症候群/中毒性表皮壊死症急性期例(n=13); DIHS, 薬剤性過敏症症候群(n=15); EM major,多形紅斑重症型(n=15); Healthy, 健常成人(n=30)を示す。各群の中央線は診断スコア値の中央値を示す。
【
図4】重症薬疹急性期症例と非重症薬疹の皮膚疾患における各種バイオマーカー候補miRNAの発現量の比較。本解析に用いたΔCq値は標的miRNAの外部スパイクコントロールmiRNA(cel-miR-54-3p)に対する相対発現量を表しており、本値が大きいほど発現量が低いことを意味する。 *, p < 0.05; **, p < 0.01; ***, p < 0.001; ****, p < 0.0001, One-way ANOVA and post-hoc Dunn’s test。 Mild-entry, 軽症薬疹例(n=51); SJS/TEN, Stevens-Johnson症候群/中毒性表皮壊死症急性期例(n=13); DIHS, 薬剤性過敏症症候群(n=15); EM major, 多形紅斑重症型(n=15); Atopic dermatitis, アレルギー性皮膚炎(n=16); Psoriasis, 乾癬(n=16); Autoimmune bullous disease, 自己免疫性水疱症(n=16); Varicella, 水痘(n=16); Toxicoderma, 中毒疹(n=32); Healthy, 健常成人(n=30)を示す。各群の中央線はΔCq値の中央値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0015】
本発明は、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAについて、被験者由来の試料における遺伝子発現を測定することを含む、重症薬疹の検査方法を提供する。
【0016】
薬疹とは、薬物に反応して生じる発疹であり、医薬品による副作用の一種である。一般的に、薬剤服用後1~2週間後に発症することが多く、原因薬物を中止することで軽快するため、診断は容易である。しかし、重篤な薬疹である重症薬疹は、原因薬剤の中止のみでは軽快しない場合も多く、適切な治療を行わなければ、生命を脅かすため、早期診断が重要である。
【0017】
重症薬疹の代表例である、Stevens-Johnson症候群(SJS)および中毒性表皮壊死融解症(toxic epidermal necrolysis; TEN)は、致死率が高く、失明や呼吸器障害などの後遺症を残す難治性の疾患である。SJSとTENは同じスペクトラムの病態であると考えられており、TENの症状はSJSと類似するものの、より重篤であり、TENはSJSから進行する場合が多い。SJSでは、発熱を伴う口唇、眼結膜、外陰部などの皮膚粘膜移行部における広範囲な粘膜病変がみられ、皮膚の汎発性の紅斑に伴って表皮の壊死性障害に基づくびらん・水疱を特徴とする。その面積は体表面積の10%未満である。一方、TENは、広範囲な紅斑と、全身の10%以上の水疱、表皮剥離・びらんなどの顕著な表皮の壊死性障害を認め、高熱と粘膜疹を伴い、医薬品による皮膚障害の中で最も重篤とされている。SJS及びTENの発生頻度は、人口100万人当たりそれぞれ年間1~6人及び0.4~1.3人とされる。
【0018】
薬剤性過敏性症候群(drug-induced hypersensitivity syndrome; DIHS)もまた、SJS/TENと並ぶ重症型の薬疹である。38度以上の高熱を伴う紅斑丘疹や多形紅斑が全身にみられ、進行すると紅皮症となる。通常粘膜疹は伴わないか軽度であるが、ときに口腔粘膜のびらんを認める。全身のリンパ節腫脹、肝機能障害をはじめとする臓器障害、末梢白血球異常(白血球増多、好酸球増多、異型リンパ球の出現)がみられる。経過中にヒトヘルペスウイルス (HHV)-6の再活性化が起きるのが特徴であり、リンパ節腫脹又はHHV-6の再活性化が証明できない場合は、非典型DIHSとして診断される。通常の薬疹とは異なり、原因医薬品の投与後すぐには発症せずに2週間以上経ってから発症することが多く、原因薬物の中止後も症状は続き、軽快するまで1ヶ月以上の経過を要することがしばしば認められる。
【0019】
これらの重症薬疹は、早期に診断し、適切な治療を速やかに開始することが重要とされているが、その初期症状は軽症薬疹の症状と類似しているため、重症化する患者を早期に識別、あるいは予測することは現状困難である。また、重症化患者に対して適切な治療を提供するためには、病勢(病状の活動性)を把握することが重要である。
【0020】
これまで、アトピー性皮膚炎の重症度評価バイオマーカーとして知られるTARC (ケモカインCCL17) がDIHSの検証に、あるいはSJS/TENの検出に対して、グラニュライシンやFasリガンド等が、重症薬疹の血液中タンパク質マーカーとして提案されている。一方、本発明では、これまでに血液試料を用いた重症薬疹の診断では利用されていないmiRNAsについて着目し、それらの発現量(ΔCq値)を単独あるいは組み合わせることにより、重症薬疹の病勢診断や重症化予測に応用することを示す。
【0021】
hsa-miR-205-5p(miRBase ID: MIMAT0000266)は、皮膚組織に高発現することが報告されているmiRNAである。これまでに、本遺伝子の発現が新生児期における重層上皮形成や毛包幹細胞の増殖に必要不可欠であることが報告されている(Nat Cell Biol. 2013 Oct;15(10):1153-63)。また、本遺伝子が皮膚の創傷治癒における再上皮化に寄与することも知られている(Biochim Biophys Acta. 2016 Aug;1862(8):1443-52)。さらに、本分子は皮膚がんの上皮間葉転換に関与する遺伝子の発現を抑制することにより、がん細胞の転移や成長を抑える役割を担うことも報告されている(Mol Carcinog. 2016 Aug;55(8):1229-42)。hsa-miR-205-5pの塩基配列を配列番号1に示す。
【0022】
hsa-miR-21-3p(miRBase ID: MIMAT0004494)は、種々の細胞に発現することがしられているが、ヒト正常組織においては筋膜、動脈、神経、くも膜において高発現する。また、皮膚における本miRNAの発現も確認されている。本miRNAはMIR21遺伝子のよりコードされるmiR-21前駆体塩基配列の3’末端側に存在し、複数の酵素によるプロセシングを経て産生される。本miRNAは紫外線に起因する皮膚炎症を抑制する機能を有することが報告されている(EMBO Mol Med. 2016 Aug 1;8(8):919-36.)。一方で、本miRNAは血管新生能及び線維芽細胞の遊走能の向上を介した創傷治癒に寄与することも知られている(Theranostics. 2018 Jan 1;8(1):169-184.)。hsa-miR-21-3pの塩基配列を配列番号2に示す。
【0023】
hsa-miR-21-5p(miRBase ID: MIMAT0000076)は肺、甲状腺、皮膚、脾臓等において多く発現することが報告されている。本miRNAは、hsa-miR-21-3pと同じ遺伝子(MIR21)によりコードされており、そのトランスクリプトの5’末端側に存在し、複数の酵素によるプロセシングを経て産生される。本分子は、乳がん、大腸がん、グリオーマ等の種々の固形がん細胞において、がん遺伝子として機能する (Int J Biol Sci. 2011;7(5):685-90)。一方で、本miRNAはT細胞のT細胞受容体を介したシグナル伝達に関与する遺伝子の発現を抑制することにより、その活性化を負に制御することも報告されている(Biochimie. 2014 Dec;107 Pt B:319-26)。また、本miRNAはケラチノサイトにおいて、線維化刺激により発現上昇し、細胞遊走能を向上させ、皮膚の創傷修復を促進する役割を担うことが報告されている(Int J Biol Sci. 2011;7(5):685-90.)。hsa-miR-21-5pの塩基配列を配列番号3に示す。
【0024】
hsa-miR-222-3p(miRBase ID: MIMAT0000279)は、正常組織において、前立腺、膀胱、皮膚、甲状腺、肺等の組織に高く発現することが確認されている。本miRNAはこれまでに、乾癬や肥厚性瘢痕の皮膚組織において正常皮膚組織と比べ、高発現することが知られている(Medicine (Baltimore). 2015 Feb;94(7):e458., J Dermatol Sci. 2010 Jun;58(3):177-85)。また、本遺伝子はケラチノサイトにおけるマトリックス分解酵素の発現を制御することが報告されている(J Dermatol Sci. 2010 Jun;58(3):177-85.)。さらに、本遺伝子は破骨細胞形成を抑制することが明らかとなっている(Int J Mol Sci. 2016 Feb; 17(2): 240.)。また、本miRNAは種々のがん細胞において、細胞増殖や細胞遊走/浸潤能の促進に寄与し、その増悪に関与することが知られている(PLoS One. 2014 Jan 31;9(1):e87563., Technol Cancer Res Treat. Jan-Dec 2019;18:1533033819892256., Cell Signal. 2019 Nov;63:109386.)。hsa-miR-222-3pの塩基配列を配列番号4に示す。
【0025】
これらmiRNAsは、重症薬疹のバイオマーカーとして新規であり、かつ有用である。
【0026】
本発明において、被験者は、重症薬疹の発症が疑われる哺乳動物であるが、発症の危険性が考えられるすべての哺乳動物を対象としてもよい。哺乳動物は、典型的にはヒトである。被験者由来の試料としては、被験者から得た細胞、組織、体液など、具体的には、被験者の血液(例えば、全血、血清、血漿、血漿交換外液など)等を例示することができる。通常の血液検査(臨床検査)で得られる全血、血清あるいは血漿を血液サンプルとして使用するとよい。
【0027】
本発明の方法において、被験者由来の試料における発現の測定は、試料中の上記miRNAの存在量を測定すればよい。測定する手段としては、特に限定されることなく公知の方法を用いればよく、ノーザンブロット法、RT-PCR法、リアルタイムPRC法、デジタルPCR法、miRNAマイクロアレイ法、Small RNA Sequencingなどを公知の方法として挙げることができる。
【0028】
上記miRNAの発現を測定するためには、上記miRNAと特異的にハイブリダイズできる核酸プローブを用いるとよい(ノーザンブロット法で測定する場合)。あるいはまた、上記miRNAを鋳型として合成されるcDNAを特異的に増幅できる少なくとも1対の核酸プライマーを用いてもよい(RT-PCR法で測定する場合)。さらに、上述の核酸プローブとプライマーセットの組み合わせを用いてもよい(リアルタイムPCR法・デジタルPCR法で測定する場合)。核酸プローブ及び核酸プライマーは、上記miRNAの遺伝子情報(上述)に基づいて設計することができる。核酸プローブは、通常、約15~1500塩基のものが適当である。核酸プローブは、放射性元素、蛍光色素、酵素などで標識するとよい。核酸プライマーは、通常、約15~30塩基のものが適当である。核酸プライマーを放射性元素、蛍光色素、酵素などで標識してもよい。
【0029】
発現を測定するmiRNAは1種類でもよいし、複数種類であってもよい。複数のmiRNA発現データを参照することにより、より正確な評価が可能となりうる。代表的な組み合わせとして、表2及び表3(hsa-miR-205-5p, hsa-miR-21-5p, hsa-miR-21-3p)などを例示できるが、これらに限定されるわけではない。複数のmiRNA発現を同時に検出するためには、マルチプレックスリアルタイムPCR(複数種の蛍光プローブを使用)、DNAアレイ(プローブを基板に固定)(Nat Rev Drug Discov. 2002, 1:951-960)、small RNA Sequencing等の検出法を用いてもよい。
【0030】
miRNAsからなる群より選択される少なくとも1個のmiRNAについて、被験者由来の試料における発現を測定し、その発現レベルが高い場合(例えばΔCq値が低い)に、重症薬疹を発症している可能性が高いと判定し、前記レベルが低い場合(例えばΔCq値が高い)に、重症薬疹を発症している可能性が低いと判定することができる。
【0031】
よって、本発明の方法は、重症薬疹の診断(重症薬疹の発症の有無の判定)を補助することができる。
【0032】
本発明の一つの例として、重症薬疹の診断は、以下のような基準で行うことができる。被験者から採取した血清における上記miRNAsの少なくとも1種の発現量を測定し、発現解析から得られるΔCq値、または複数種miRNAsの組み合わせや診断モデルに個々のΔCq値を代入して得られる診断スコアに対する予め設定されたカットオフ値や基準値よりも低い値が得られた場合、被験者は重症薬疹を発症していると評価する。この予め設定するカットオフ値は、当業者が適宜設定することができる。例えば、重症薬疹を発症していない健常者の定量値の95%信頼区間を基準値としたり、ROC曲線からカットオフ値を設定したりすることができる。あるいは、過去の測定値と比較して、上記miRNAsの発現量のうち少なくとも一つが上昇の傾向を辿った場合、重症薬疹の発症の可能性を疑う。
【0033】
本発明の方法は、重症薬疹の重症化診断にも利用できる。本明細書において、「重症化診断」とは、SJS/TENやDIHSなどの重症薬疹と、播種状紅斑丘疹型皮疹や多形紅斑などの軽症薬疹の判別を意味する。hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1個のmiRNAについて、被験者由来の試料における発現レベルが高い場合に、今後重症薬疹を発症する、あるいは発症している可能性が高いと判定することができる。
【0034】
また、本発明の方法は、重症薬疹の病勢診断に利用できる。本明細書において、「病勢診断」とは、SJS/TENやDIHSなどの重症薬疹の急性期と回復期の識別を意味する。hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1個のタンパク質について、被験者由来の試料における発現レベルが高い場合に、重症薬疹の急性期にある可能性が高いと判定することができる。
【0035】
hsa-miR-205-5pはSJS/TENに対して、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p、hsa-miR-222-3pはDIHSに対して、特に検出性能が高い。
【0036】
本発明の方法は、重症薬疹と対照皮膚疾患の鑑別診断に利用できる。本明細書において、「鑑別診断」とは、重症薬疹と対照皮膚疾患の判別を意味する。hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1個のmiRNAについて、被験者由来の試料における発現レベルがカットオフ値あるいは基準値より高い場合に、被験者がアトピー性皮膚炎、乾癬、自己免疫性水疱症、水痘、中毒疹ではなく、SJS/TENやDIHS等の重症薬疹の急性期にある可能性が高いと判定することができる。重症薬疹の鑑別診断のために、バイオマーカーmiRNAを単独で用いてもよいし、またSJS/TENやDIHSの鑑別性能の向上のために、複数のmiRNAの組み合わせ診断モデルとして用いてもよい。代表的な組み合わせの例として、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-21-3pを後述の実施例に記載したが、これに限らず本発明で示す4種miRNAを用いたいずれの組み合わせも使用してもよい。また、これらmiRNAsの組み合わせに既存マーカーであるTARCを追加してもよい。血清中におけるTARCの発現量は、酵素免疫測定法や化学発光酵素免疫測定法等の免疫血清学的検査法により、測定することができる。
【0037】
本発明の方法は、重症薬疹の病勢診断の他、予後の検査、治療効果の確認にも利用できる。例えば、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1個のmiRNAについて、重症薬疹の急性期にある可能性が高いと判定された被験者由来の試料における発現を1回又は異なる時期に複数回測定し、発現レベルがカットオフ値もしくは基準値に近いレベルにまで低下した場合に、治療により重症薬疹から回復したと判定し、前記レベルが高いあるいは低下しない場合に、治療により重症薬疹から回復していない、あるいは、回復が不十分であると判定することができる。
【0038】
被験者が重症薬疹を発症する、またはすでに発症している可能性が高いと判断された場合には、被疑薬の服用を中止し、患者の病勢や病型の各症状に応じて、適切な治療を開始する。DIHSの薬物療法としては、ステロイド全身投与(プレドニゾロン換算で 0.5~1 mg/kg/日から開始し、適宜漸減)が有効であり、HHV-6 の再活性化による症状の再燃に注意して減量する。SJS/TENの場合は、重症度に応じて用量の異なるステロイド全身投与(プレドニゾロン換算で、中等症は 0.5~1 mg/kg/日、重症例は1~2 mg/kg/日、最重症例はメチルプレドニゾロン 1 g/日3 日間から開始し、症状に応じて適宜漸減)が推奨されており、この他に、高用量ヒト免疫グロブリン(IVIG)静注療法(400 mg/kg/日を5日間連続投与、原則として1コースのみ)、血漿交換療法、眼病変に対する眼表面炎症(ベタメタゾンあるいはデキサメタゾンの点眼(1 日 4 回程度))、瞼球癒着を抑えて眼表面上皮の温存、眼表面の感染症予防などを行うことが挙げられる。
【0039】
本発明は、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1個のmiRNAについて、被験者由来の試料における発現を測定すること、その測定値に基づき、被験者が重症薬疹を発症している可能性が高いと評価された場合には、その被験者に治療を施すことを含む、重症薬疹の治療方法も包含する。
【0040】
本発明は、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pからなる群より選択される少なくとも1個のmiRNAについて、被験者由来の試料における発現を測定することができる試薬を含む、重症薬疹の検査のためのキットも提供する。
【0041】
一つの例として、本発明のキットは、上記miRNAと特異的にハイブリダイズできる核酸プローブを試薬として含む。核酸プローブは基板に固定されていてもよい。キットには、さらに、生体試料を採取するための器具、血液凝固剤、被験者由来の試料からRNAを抽出するための試薬類、RNAを検出するための試薬類、取扱説明書などが含まれてもよい。取扱説明書には、キットの使用方法の他、重症薬疹の急性増悪症例の評価及び/又は鑑別基準なども記載しておくとよい。
【0042】
さらに別の一例として、本発明のキットは上記miRNAを鋳型として合成されるcDNAを特異的に増幅できる少なくとも1対の核酸プライマーを試薬として含む。キットには、さらに、被験者由来の試料を採取するための器具、血液凝固剤、被験者由来の試料からRNAを抽出するための試薬類、抽出RNAを逆転写するための試薬、標的cDNAを検出するためのPCR反応試薬、取扱説明書などが含まれるとよい。取扱説明書には、キットの使用方法の他、重症薬疹の急性増悪症例の評価及び/又は鑑別基準なども記載しておくとよい。
【0043】
本発明のキットには、この他に、標的miRNA発現量の補正に使用する外部スパイクコントロールのmiRNAの標準品、陽性コントロールmiRNA、バッファー、反応停止液、洗浄液、反応容器などを含めてもよい。
本発明のキットは、さらに、TARCを特異的に認識できる抗体あるいは核酸アプタマーを含んでもよい。抗体及びアプタマーはマイクロタイタープレートや磁気ビーズ、セルロース膜や基板に固定されていてもよい。あるいは、TARCのmRNAと特異的にハイブリダイズできる核酸プローブを含んでもよい。核酸プローブは基板に固定されていてもよい。
【実施例0044】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
〔実施例1〕
(1)検体
解析に用いた薬疹並びに関連皮膚疾患検体ついては、各拠点病院(横浜市立大学、島根大学、市立島田市民病院、磐田市立総合病院、奈良県立医科大学、新潟大学)、国立医薬品食品衛生研究所、木原財団、アステラス製薬、及び第一三共の各研究倫理委員会の承認を得て収集した。一方、健常成人検体は、北里大学及び国立医薬品食品衛生研究所の研究倫理委員会の承認を得て収集した。
【0045】
医薬品による軽症薬疹(多形紅斑、播種状紅斑丘疹型皮疹、湿疹型皮疹等)の発症が疑われた患者、Stevens-Johnson症候群(SJS)・中毒性表皮壊死融解症(toxic epidermal necrolysis; TEN)・薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensitivity syndrome; DIHS)、多形紅斑重症型(EM major)等の重症薬疹患者の急性期(増悪期付近)、並びにそれら患者の回復期に採血を上記の拠点病院にて、患者の同意のもと行った。薬疹以外の皮膚疾患患者(アトピー性皮膚炎、乾癬、自己免疫性水疱症、水痘、中毒疹(医薬品を起因としない))からの採血も同様に行った。採血には、血清採取用の7 mLの血液凝固促進剤入り採血管を用いた。採血後の検体は室温で30分放置した後、3,000 rpm×10分(15℃~20℃)遠心分離を行い、血清画分を回収した。本試験で使用した血清は-80℃にて凍結保存し、各測定試験実施直前に氷上で再融解を行った。
【0046】
miRCURY LNA microRNA PCRを用いた重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsのスクリーニング解析には、軽症薬疹血清検体32例、重症薬疹検体の急性期血清検体29例、並びに回復期血清検体18例を供した(探索用検体セット)。重症薬疹検体の内訳としては、SJS/TEN9例、DIHS15例、多型紅斑重症型(EM major)5例であった。
【0047】
Taqman Advanced miRNA Assay法を用いたバイオマーカー候補miRNAsの検証試験では、軽症薬疹の血清検体51例、重症薬疹急性期の血清検体43例 (SJS/TEN13例、DIHS15例、EM major15例) ならびにそれらの回復期検体32例を測定に供した。また、非薬疹の対照皮膚疾患由来血清検体として、アトピー性皮膚炎(16例)、乾癬(16例)、自己免疫性水疱症 (16例)、水痘(16例)及び中毒疹(32例)、加えて健常成人由来血清検体(30例)を測定に供した(検証用検体セット)。
【0048】
(2)RNA抽出及びcDNA合成
血清検体からのtotal RNA抽出は、miRNeasy(登録商標) Mini Kit (Qiagen)を用いて行った。miRCURY LNA microRNA PCR測定用のcDNAの合成には、Universal cDNA Synthesis Kit II(Qiagen)を使用した。一方、Taqman Advanced miRNA Assay測定用のcDNAの合成には、TaqmanTM Advanced miRNA cDNA synthesis kit (Thermo Fisher Scientific)を用いた。なお、Taqman Advanced miRNA Assayの測定用試料調製では、外因性スパイクコントロールとして、cel-miR-54-3p (0.2 fmol)を各血清試料に添加した後に、total RNA抽出及びcDNA合成を行った。
【0049】
(3)測定手法並びに補正手法
miRNAの網羅的発現解析には、QUIAGEN社のmiRCURY LNA microRNA PCR システムを用いた。本システムは、Locked Nucleic Acid (RNA修飾核酸)プライマーにより、752種のmiRNAを特異的に検出する測定法である。測定データの解析には、GenExソフトウェア(Multid)を用いて、[1]Interplate calibration(IPC)、[2]Cut off(Cq>37を除外)、[3]Call rate(10%未満を除外)、[4]Missing data(各プローブの最大Cq値+1で非検出検体を補完)、[5]Normfinder Normalizationという手順により、下記の式で定義されるΔCqを算出した。ΔCq値は標的miRNAの内標遺伝子(リファレンスプローブ)に対する相対発現量を表しており、本値が小さいほど発現量が相対的に高いことを意味する。
上記計算式において、kは各検体のリファレンスプローブの総数、GOIは標的miRNA、IPCはプレート間キャリブレータ、mは各プレートに含まれるIPC数、nは全プレートのIPCの全数を表す。Cq
Refは最もばらつきの小さいレファレンスプローブとしてNormfinderにより選定される。なお、本解析では、hsa-let-7d-3p (miRBase ID; MIMAT0004484, CUAUACGACCUGCUGCCUUUCU(配列番号5)), hsa-miR-23b-3p (miRBase ID; MIMAT0000418, AUCACAUUGCCAGGGAUUACCAC(配列番号6)), hsa-miR-24-3p (miRBase ID; MIMAT0000080, UGGCUCAGUUCAGCAGGAACAG(配列番号7)), hsa-miR-30d-5p (miRBase ID; MIMAT0000245, UGUAAACAUCCCCGACUGGAAG(配列番号8)), hsa-miR-361-5p (miRBase ID; MIMAT0000703, UUAUCAGAAUCUCCAGGGGUAC(配列番号9)) をリファレンスプローブとして使用した。
【0050】
一方、選定した重症薬疹バイオマーカー候補miRNA (hsa-miR-205-5p; MIMAT0000266, UCCUUCAUUCCACCGGAGUCUG(配列番号1), hsa-miR-21-3p; MIMAT0004494, CAACACCAGUCGAUGGGCUGU(配列番号2), hsa-miR-21-5p; MIMAT0000076, UAGCUUAUCAGACUGAUGUUGA(配列番号3)), hsa-miR-222-3p; MIMAT0000279, AGCUACAUCUGGCUACUGGGU(配列番号4))の検証試験では、各標的miRNAに特異的なプローブ並びにプライマーを含むTaqman Advanced miRNA Assay(Thermo Fisher Scientific社, hsa-miR-205-5p; 477967_mir, hsa-miR-21-3p; 477973_mir, hsa-miR-21-5p; 477975_mir, hsa-miR-222-3p; 477982_mir, cel-miR-54-3p; 478410_mir)を用いた。本測定における各miRNAの発現量(ΔCq値)は、Cq(標的miRNA)からCq(外部スパイクコントロール;cel-miR-54-3p, MIMAT0000025, UACCCGUAAUCUUCAUAAUCCGAG(配列番号10))を差し引くことにより求めた。なお、miRCURY LNA microRNA PCR システムの解析と同様、算出されたΔCq値が小さいほど、標的miRNAの発現量が相対的に高いことを表す。
【0051】
(4)統計計算
バイオマーカーmiRNA探索のためのボルケーノプロット解析には統計ソフトウェアRのEnhancedVolcanoパッケージを使用した。ボルケーノプロット作成には二群間におけるStudent’s t-testから算出されたp値の常用対数を使用した。三群以上の群間におけるmiRNA発現量の比較には、one-way ANOVA Dunn’s testを利用した。また、各種miRNAバイオマーカーの診断能の評価は、ROC曲線(receiver Operating Characteristic Curve)から算出されるarea under the ROC curve (AUROC)値を用いて行った。これら統計計算は医療統計ソフトGraphPad Prism8(GraphPad Software)を使用した。重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsの診断能向上を目的とした組み合わせ診断モデルは、多重ロジスティック回帰分析により構築した。診断モデルの構築には、統計ソフトウェアJMP12(SAS Institute)を用いた。
【0052】
(5)重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsの選定
miRCURY LNA microRNA PCRにて測定値が入手可能であった502種のmiRNAsの各ΔCq値から算出されるSJS/TEN(9例)と回復期(18例)の間の発現量比及びDIHS(15例)と回復期(18例)の間の発現量比の絶対値が1.5以上、かつ二群間のStudent’s t-testで算出されたp値が0.05以下であるmiRNAsをボルケーノプロットにより抽出したところ、SJS/TEN急性期において13分子(
図1A)、DIHS急性期において41分子(
図1B)同定された(選別条件1、
図1C)。重症薬疹バイオマーカーとなりうるmiRNAを絞りこむため、重症薬疹の急性期に有意な発現変動を示した全miRNAsについて、各重症薬疹病型と回復期の診断能を算出し、そのAUROC値が0.75以上を示すmiRNA分子(SJS/TEN 6種、DIHS 18種)を抽出した(選別条件2、
図1C)。さらに、回復期例とSJS/TEN、DIHS、EM majorにおける各種miRNAの発現量をそれぞれ比較した多重比較検定(one-way ANOVA Dunn’s test)において、いずれか重症薬疹病型と回復期間において統計的有意差を示すmiRNAsを抽出した(SJS/TEN 5種、DIHS 17種、選別条件3、
図1C)。上述の選別基準1-3を充たすmiRNAsのうち、重症薬疹バイオマーカー候補miRNAとして有望な4分子(hsa-miR-205-5p, hsa-miR-21-3p, hsa-miR-21-5p, hsa-miR-222-3p)を選定した。これらmiRNA分子は探索用検体セットにおいて、SJS/TEN、DIHS、あるいはその両方において、回復期と比べ有意に高く発現することが示された(表1)。SJS/TENにおいて特に高い発現変動を示したのはhsa-miR-205-5pであり、一方、DIHSにおいて比較的高い発現変動を示すmiRNAはhsa-miR-21-3p, hsa-miR-21-5p及び, hsa-miR-222-3pであった(表1)。
【0053】
(6)重症薬疹急性期患者におけるバイオマーカー候補miRNAsの発現変動の検証
探索用検体セットを用いた上述のmiRCURY LNA microRNA PCR測定結果が、測定手法に依存せず普遍的であることを示すため、探索用検体セットとは別群である検証用検体セットにおけるhsa-miR-205-5p, hsa-miR-21-3p, hsa-miR-21-5p及び hsa-222-3pの発現量(ΔCq値)をTaqman Advanced miRNA Assayにより測定し、重症薬疹の急性期と回復期における発現量比について解析した。その結果、全ての重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsについて、探索群で認められていた発現上昇プロファイルと同様の発現量変動が検証群においても確認された(表1)。このことから、重症薬疹と回復期の間におけるこれらmiRNAs分子の発現量変化は普遍的かつ再現性を有することが考えられた。
【0054】
次に、重症薬疹病型ごとにおける各バイオマーカー候補miRNAの発現量と、軽症薬疹、回復期及び健常成人におけるそれらの発現量をドットプロットにより比較した(
図2)。各群の中央値算出したところ、hsa-miR-205-5pはSJS/TEN急性期患者において最も高く発現していた(
図2)。hsa-miR-21-3p, hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pについてはDIHS急性期患者において最も高く発現することが明らかとなった(
図2)。一方、一部のEM major急性期患者において、SJS/TENやDIHSと同様にこれらmiRNAsの過剰発現が認められるものの、その中央値は軽症薬疹と同程度であることが示された。
【0055】
重症薬疹の重症化診断の観点から、SJS/TEN急性期と軽症薬疹の間で発現変動を示すmiRNAを解析したところ、統計学的に有意な発現量変化を示したmiRNAはhsa-miR-205-5pのみであった(
図2)。一方、DIHSの急性期と軽症薬疹の間で統計学的に有意な発現量の変化を示したmiRNAsはhsa-miR-21-3p, hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pであった(
図2)。したがって、各重症薬疹病型において有意差が認められたmiRNAはその病型の重症化診断に利用可能であることが考えられた(
図2)。
【0056】
重症薬疹の病勢診断や治療効果の確認の観点から、各miRNA分子の重症薬疹と回復期並びに健常成人との間における発現量の差について解析した。その結果、hsa-miR-205-5pについては、全ての重症薬疹病型と回復期の間で有意な差異が認められた(
図2)。一方、hsa-miR-21-3p, hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pについては、他の重症薬疹病型と比べDIHS急性期患者において、回復期との間でより顕著な発現量の差異が認められた(
図2)。一方、健常成人と重症薬疹の比較において、hsa-miR-205-5pはSJS/TEN及びDIHSの急性期患者と、hsa-miR-21-3p及びhsa-miR-222-3pはDIHSの急性期患者との間に発現量の有意差が認められた(
図2)。これら結果は、本miRNAsが重症薬疹の病勢診断や重症薬疹に対する治療効果の確認等を目的とする検査に利用可能であることを示唆している。
【0057】
(7)重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsのバイオマーカー性能
表2及び表3は、それぞれ探索用検体セットと検証用検体セットの測定値を用いた各病型の重症薬疹の急性期と、回復期、軽症薬疹及び健常成人(表3のみ)の間における、4種類のバイオマーカー候補miRNA、既報重症薬疹マーカー(Granulysin(表2のみ), TARC)、並びにそれらを組み合わせたAUROC値を示している。探索用検体セットを用いた病勢診断能について評価を行ったところ、hsa-miR-205-5pは、GranulysinやTARC等の既存マーカーでは鑑別不良である回復期とSJS/TEN急性期の間において高いAUROC値(0.93)を示した(表2)。また、hsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p及びhsa-miR-222-3pはDIHSの病勢診断において既存マーカー(Granulysin: 0.84, TARC; 0.88)と同レベルの診断能(0.86-0.87)を示した(表2)。さらに、検証用データセットにおいても同様の結果が認められた(表3)。検証用データセットにおいて、hsa-miR-205-5pのSJS/TENの病勢診断におけるAUROC値は0.96と、著しく高値を示した(表3)。さらに、4種の重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsのDIHSの病勢診断におけるAUROC値はすべて0.89以上であった(表3)。これら結果より、hsa-miR-205-5pはSJS/TENに関し、全4種のmiRNAsはDIHSに関し、病勢診断に有用なバイオマーカーとなることが示された。
【0058】
続いて、各miRNAの重症薬疹に対する重症化診断能を重症薬疹急性期と軽症薬疹の間のAUROC値を算出することにより評価した。探索群において、hsa-miR-205-5pがSJS/TENの重症化診断において、中程度ではあるものの有意な診断能(AUROC 0.75)を示した(表2)。DIHSの急性期予測では、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pは、AUROC値が0.70で有意であったが、GranulysinとTARCがAUROC 0.85以上の高い予測能を示したため、4種のmiRNAsでこれを超える予測能を示す分子は認められなかった(表2)。一方、上記miRNAsについて検証用群では、探索群と比べより有望な結果が認められた。解析の結果、SJS/TENの重症化診断におけるhsa-miR-205-5pのAUROC値は0.86と高値を示した(表3)。また、DIHSの重症化診断において、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pはAUROC値0.88以上を示し、その値は既存マーカーのTARCより高値であった(表3)。EM majorについて、AUROC値0.8以上を示す重症化予測miRNAバイオマーカーは探索群及び検証群の両方において認められなかった(表2、表3)。以上の結果から、hsa-miR-205-5pはSJS/TEN、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-3pはDIHSの重症化診断バイオマーカーとなりうることが示唆された。
【0059】
(8)miRNA組み合わせ重症薬疹診断モデルによる診断精度の向上
複数のバイオマーカー候補miRNAを組み合わせることで、診断精度の向上が期待される。そこで次に、探索用検体セットの重症薬疹全病型の急性期と軽症薬疹の間におけるhsa-miR-205-5p、hsa-miR-21-3p及びhsa-miR-21-5pのΔCq値を用いて多重ロジスティック回帰により重症薬疹診断モデル[診断スコア=0.23486537×ΔCq(hsa-miR-205-5p)+0.34814324×ΔCq(hsa-miR-21-3p)-0.0088437×ΔCq(hsa-miR-21-5p) -3.1236303]を作製した。本モデルから得られる診断スコアをもとに、重症薬疹と軽症薬疹(重症化診断)並びに回復期(病勢診断)との比較をしたところ、軽症薬疹との鑑別においては僅かな診断能の向上が認められたのに対し、回復期とすべての重症薬疹の鑑別においてAUROC値0.89以上の診断能を示した(表2)。また、本診断モデルに既存マーカーであるTARCを追加することにより、AUROC値0.9以上ですべての重症薬疹病型の病勢診断が可能であることが示された(表2)。
続いて、検証用検体セットの測定値を用いて、上記と同様の手法によりmiRNAsの組み合わせによる重症薬疹診断モデル[診断スコア=0.34042857×ΔCq(hsa-miR-205-5p)+ 2.65078716×ΔCq(hsa-miR-21-3p)-1.8524265×ΔCq(hsa-miR-21-5p)-18.211688]を構築した。本診断モデルから得られた診断スコア値をプロットしたところ、健常成人や回復期、さらに軽症薬疹と比較し、SJS/TEN及びDIHS等重症薬疹群において顕著な診断スコア値の低下が認められた(
図3)。次に、重症薬疹と健常成人、軽症薬疹及び回復期との間のROC曲線解析を実施した。その結果、3種のmiRNAsを組み合わせることにより、全ての重症薬疹と健常成人をAUROC値0.9以上で鑑別可能であり、特にDIHSとEM majorについては各miRNAs単体で得られたAUROC値をよりも高値が得られた(表3)。さらに、本診断モデルは各miRNAマーカーの単独利用時よりも、DIHSの病勢診断及び重症化予測における診断能を向上させることが認められた(表3)。さらに、本診断モデルに既報マーカーTARCを組み込んだ場合、AUROC値0.98以上の精度で、DIHSの病勢診断及び重症化予測を行うことが可能であることが明らかとなった(表3)。以上より、本研究において同定された重症薬疹バイオマーカーmiRNAsの組み合わせや、それら組み合わせにTARCを追加した診断モデルの構築および利用が重症薬疹の病勢診断や重症化診断の精度の向上につながることが示された。一方で、miRNAs組み合わせモデルにおいて診断能の低下が確認された二群間の鑑別診断では、最も診断能が高いmiRNA単独での利用が良いと考えられた。
【0060】
(9)重症薬疹と対照皮膚疾患と間におけるバイオマーカー候補miRNAsの発現量の比較
重症薬疹及び対照皮膚疾患症例における、各バイオマーカー候補miRNAの血清中発現量(ΔCq値)をプロットし、各群間における発現量の中央値を統計学的に比較した(
図4)。対照皮膚疾患と比べ、hsa-miR-205-5pはSJS/TENの急性期、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-5pはDIHSの急性期において高く発現する傾向があることが明らかとなった(
図4)。SJS/TENに着目した統計学検定の結果、hsa-miR-205-5pについては、アトピー性皮膚炎・自己免疫性水疱症以外の全ての対照皮膚疾患患者と比べ、SJS/TENの急性期において有意な発現量上昇が認められた(
図4)。一方、hsa-miR-21-3p、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-5pについて、SJS/TEN急性期と統計学上有意な発現量差が認められたのは、自己免疫性水疱症と水痘(hsa-miR-222-3pのみ)あった。次に、DIHSに着目したところ、hsa-miR-21-3pは全ての対照皮膚疾患との間において統計学上有意な発現量差が認められた(
図4)。一方、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-5pは、アトピー性皮膚炎以外すべての皮膚疾患と有意な発現量差が認められた(
図4)。EM majorの急性期と対照皮膚疾患の間において、明瞭な発現量差はほとんど認められなかった。
【0061】
(10)重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsによる対照皮膚疾患との鑑別診断能
上記4種のバイオマーカー候補miRNAsについて、重症薬疹とそれ以外の皮膚疾患との鑑別における診断能の評価を行った。まずSJS/TENと対照皮膚疾患との鑑別において、最も高い診断能を示したmiRNAはhsa-miR-205-5pであった。本分子は、自己免疫性水疱症以外すべての対照皮膚疾患で、AUROC値0.85を超える高い診断能を示した(表4)。また、hsa-miR-205-5pでは中程度の診断能(AUROC 0.77)しか出せないSJS/TENと自己免疫性水疱症の鑑別において、hsa-miR-21-3p(AUROC 0.90)及びhsa-miR-21-5p(AUROC 0.89)が良好な診断能を示すことを見出した(表4)。
【0062】
DIHSと対照皮膚疾患との鑑別において最も有望な結果を示したmiRNAはhsa-miR-21-3pであり、アトピー性皮膚炎、乾癬、自己免疫性水疱症および水痘とのAUROC値は0.9以上であった(表4)。また、診断能としては中程度であるものの、DIHSと中毒疹の間におけるhsa-miR-21-3pのAUROC値は0.79であった。さらに本miRNA分子は、DIHSとアトピー性皮膚炎及び自己免疫性水疱症との鑑別において、既報マーカーであるTARCより高い診断能を示した(表4)。一方、hsa-miR-21-5p及びhsa-miR-222-5pは、hsa-miR-21-3pと同様の診断能のプロファイルを示したものの、それらAUROC値は同程度あるいはやや低値を示した(表4)。
【0063】
重症薬疹と対照皮膚疾患との鑑別診断能の向上に向けて、3種miRNAsの組み合わせによる診断モデル、あるいはそれに既存マーカーを加えた診断モデルの診断能の評価を行った。その結果、これら診断モデルは全重症薬疹病型のうち、DIHSと対照皮膚疾患との鑑別診断において最も有用であることが明らかとなった(表4)。本診断モデルはDIHSにおいて、全ての対照皮膚疾患との鑑別においてAUROC値0.84を超える高い診断能を示した。また、本診断モデルにTARCを加えることにより、鑑別診断能のさらなる向上が認められた(表4)。
【0064】
以上の結果から、本研究により同定したmiRNAsは、単独あるいは組み合わせることで、重症薬疹を特異的に検出することが可能で、かつ既報マーカー単体では識別困難である皮膚疾患との鑑別を補助できる新規重症薬疹バイオマーカーである。
【0065】
表1.探索群および検証群における各種重症薬疹バイオマーカー候補miRNAの発現量比
本解析では、探索用検体セットおよび検証用検体セットの両方において統計的有意差が確認された重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsの発現量比(重症薬疹急性期症例の中央値/全回復期例の中央値)を示した。FC; fold change(発現量比). p-value; one-way ANOVA Dunn’s test (vs. 全回復期例)で求められたp値. N.S.; not significant.
【0066】
表2.探索群における重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsの病勢診断能および重症化予測能
統計的に有意であったp-valueは太文字及び下線で強調した。ROC曲線下面積値(AUROC値)が0.75を超えたものについて太文字及び下線で強調した。N.S.; not significant.
(i)重症薬疹急性期と軽症薬疹症例との間におけるhsa-miR-250-5p, hsa-miR-21-3及びhsa-miR-21-5pのΔCq値を用いて、多重ロジスティック回帰により構築した重症薬疹診断モデルから得られるスコア値を用いてROC解析を実施した。
(ii)重症薬疹急性期と軽症薬疹症例との間における(i)のモデルに用いた3種のmiRNAのΔCq値と、既報薬疹マーカーであるTARCの臨床検査値を用いて多重ロジスティック回帰により構築した重症薬疹診断モデルから得られるスコア値を用いてROC解析を実施した。臨床検査が入手不可であった検体(軽症薬疹1例)は解析から除外した。
(iii)定量結果が入手不可であった検体(回復期2例)はROC解析から除外した。
(iv)定量結果が入手不可であった検体(軽症薬疹1例)はROC解析から除外した。
【0067】
表3.検証群における重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsの病勢診断能および重症化予測能
統計的に有意であったp-valueは太文字及び下線で強調した。ROC曲線下面積値(AUROC値)が0.75を超えたものについて太文字及び下線で強調した。N.S.; not significant.
(i)重症薬疹急性期と軽症薬疹症例との間におけるhsa-miR-250-5p, hsa-miR-21-3 及びhsa-miR-21-5pのΔCq値を用いて、多重ロジスティック回帰により構築した重症薬疹診断モデルから得られるスコア値を用いてROC解析を実施した。
(ii)定量結果が入手不可であった検体(軽症薬疹4例、健常成人全例)はROC解析から除外した。
(iii)重症薬疹急性期と軽症薬疹症例との間における(i)のモデルに用いた3種のmiRNAsのΔCq値と、既存薬疹マーカーであるTARCの臨床検査値を用いて多重ロジスティック回帰分析により構築した重症薬疹診断モデルから得られるスコア値を用いてROC解析を実施した。臨床検査が入手不可であった(軽症薬疹4例、健常成人全例)は解析から除外した。
【0068】
表4.対照皮膚疾患に対する重症薬疹バイオマーカー候補miRNAsの鑑別診断能
統計的に有意であったp-valueは太文字及び下線で強調した。ROC曲線下面積値(AUROC値)が0.75を超えたものについて太文字及び下線で強調した。N.S.; not significant.
(i)TARCの臨床検査値が入手不可であった検体(アトピー性皮膚炎, 9例; 乾癬, 9例; 水痘, 9例; 中毒疹, 4例)はROC解析から除外した。
(ii)表3において構築した各重症薬疹診断モデルを用い、各重症薬疹病型と他の対照皮膚疾患の識別診断能の評価をROC曲線により解析した。