(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022022780
(43)【公開日】2022-02-07
(54)【発明の名称】ウェルを有する炭化木材薄板及びモジュール
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220131BHJP
G01N 35/02 20060101ALN20220131BHJP
【FI】
C12M1/00 C
G01N35/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020116631
(22)【出願日】2020-07-06
(71)【出願人】
【識別番号】397003079
【氏名又は名称】佐藤 正倫
(71)【出願人】
【識別番号】511275119
【氏名又は名称】北島 昌夫
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 正倫
(72)【発明者】
【氏名】北島 昌夫
【テーマコード(参考)】
2G058
4B029
【Fターム(参考)】
2G058CC02
4B029AA08
4B029GA03
4B029GB09
(57)【要約】
【課題】
特許文献1に記載の炭化薄板をバイオエンジニアリングに利用するにはマスク部材が重要な役割をしていた。マスク部材を取り付ける工程は煩雑であり、また薄い炭化薄板に取り付ける際に炭化薄板が破損する恐れがあった。マスク部材を取り付けなくても0.2mm前後の厚さの炭化薄板は極めて破損しやすいので慎重に取り扱う必要があった。
【解決手段】
炭化薄板の厚さを1.9mmより厚くし、少なくともその片面にウェルを形成してマスク部材を必要としなくできた。ウェルの底の厚さを1.9より小さくすることにより課題を解決した。ウェルの底の厚さが0.2mm前後であってもウェルの底は炭化薄板と一体になっているので破損しにくい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
400℃以上の温度で炭化して得られる仮道管、道管或いは木部繊維を有する、樹木の幹方向に対して75~90度の角度を有する炭化薄板の少なくとも片面に、少なくとも1個のウェル(凹部)が設けられたものであって、ウェル(凹部)の底壁の最深部の厚さが1.9mm以下であり、ウェル(凹部)の無い部分の厚さが1.9mmより大きいことを特徴とする炭化薄板。
【請求項2】
ウェルの底が汎用ドリル、フラットドリル、エンドミル、センタードリル、リーディングドリルのいずれかで形成されたことを特徴とする請求項1に記載の炭化薄板。
【請求項3】
ウェルが複数段の異なる径を有することを特徴とする請求項1あるいは請求項2に記載の炭化薄板。
【請求項4】
請求項1~3に記載のいずれかの炭化薄板の下方に液体受容部材が設けられていることを特徴とするモジュール。
【請求項5】
請求項1~3に記載のいずれかの炭化薄板が複数密接して或いは間隔を開けて配置された炭化薄板の組の下方に液体受容部材が設けられていることを特徴とするモジュール。
【請求項6】
請求項4に記載の炭化薄板或いは請求項5に記載の炭化薄板の組の、上方の空間を加圧するか或いは下方の空間を減圧する機構が設けられていることを特徴とするユニット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細な多孔質構造を有する針葉樹の仮道管あるいは広葉樹の道管と木部繊維の炭化物からなる薄板にウェル(凹部)を設けたウェルを有する炭化薄板に関する。このウェル付き薄板の主要な用途として、前記ウェルが形成する多数の微小な管状空間を溶液反応あるいは細胞培養のためのモジュールあるいはユニットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者等は先に特願2020-36861(特許文献1)の出願を行った。特許文献1に記載された発明の概要は、炭化された木材であって、仮道管或いは道管方向と略直角に1.9mm以下の厚さの炭化薄板を細胞培養、その他の反応場に利用するものである。この薄板は天然物を炭化したものなので、仮道管の孔径、配列等が均一ではない。そこで複数個の仮道管を一つのグループとしてグループ単位で取り扱うことを実施している。グループ化の代表的な具体例として、薄板の表面に例えば厚い粘着シートに規則的な穴(窓)を設けたものを貼り付ける方法を実施した。その他に樹脂インクをマスクパターン状に印刷する方法、薄板を削ってマスクパターン状に凸部を残す方法(ヒル形成と呼んでいる)等が記載されている。
【0003】
前記のグループ化の方法は、いずれも有効な方法ではあるが炭化薄板に異なる物質からなるマスク材を取り付けるか、ヒル形状形成のようにヒルを残してそれ以外の場所を切除する必要があった。炭化薄板にマスク部材を取り付けるのは工程が煩雑になりコストアップになる欠点があった。またマスク部材を炭化薄板に貼り付ける際に力がかかると薄板が破損する恐れがあった。薄板の厚さが0.1~0.2mmと非常に薄い場合この問題は深刻であった。例えばピンセットでつまみ上げようとする場合、ピンセットで挟む力が大きいとその部分で破損してしまうことがある。挟む力が弱いと落下してしまうことがあり、力加減が微妙であった。このような事情があり現実には、0.1~0.2mmの薄板は破損しやすいので実用的ではなかった。更にマスク材と薄板との間に微小な隙間が残り、マスクの役割が損なわれる恐れがあった。
【0004】
ヒル形状形成ではヒルの一辺のサイズが実際には1~3mmあるいはそれ以下になることもあるので切除(研削)工程においてエッジが破損することがあり、得率を低下させる問題があった。
【0005】
本発明者等は上記問題点に鑑み検討の結果、一層簡易で確実なグループ化の手段を考案して本発明に至った。本発明者等が考案した新規な手段は、底壁の厚さが1.9mm以下のウェル(凹部)を炭化薄板に設けたことである。ウェルを設けることにより溶液反応或いは細胞培養以外の幅広い分野への応用が可能である。更に0.1~0.2mmの厚さの炭化薄板でも安全に取り扱えるようになった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の第1の課題は、特許文献1に記載のマスク部材を必要としないグループ化に適した炭化薄板を提供することである。本発明の第2の課題は、特許文献1に記載のヒル形状形成を必要としないで且つ加工時の欠けの恐れがないグループ化に適した炭化薄板を提供することである。本発明の第3の課題は、反応等の目的に使用される部分の厚さが0.1~0.2mmの厚さでも安全に取り扱える炭化薄板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の課題は、400℃以上の温度で炭化された、樹木の幹方向に対して75~90度の角度を有する1.9mmより厚い炭化薄板にウェル(凹部)を設けることにより解決された。ウェル(凹部)の底壁の最深部の厚さは1.9mm以下である。
【発明の効果】
【0009】
特許文献1に記載の炭化薄板は、厚さが0.1~0.2mmになると破損しやすいので極めて慎重に取り扱う必要があった。ウェルを形成することによりウェル部分の底の最深部の厚さが0.1~0.2mmになっても、ウェル以外の部分の厚さが1.9mmより大きいので、その部分を掴むことにより安全に取り扱う事ができるようになった。またマスク部材を必要としなくなった。更にヒル形状加工のようなエッジがかける問題がなくなった。更にウェルの底の厚さを非常に小さくできるので、溶液反応や細胞培養以外の用途にも利用可能である。ウェルの大きさに制限はない。またウェルの内壁により形成される空間は各種の反応、細胞等の培養あるいは物理化学的な処理などの容器として使用可能である。ウェルの底壁の厚さを薄くすることによりウェル部分の透過性を高めることが可能になるので、ウェル底部を通した光学的その他の測定が容易になり、反応や培養の結果の判定、あるいは進行過程での測定や評価の信頼性・精度を大幅に向上させることが可能になる。またウェル底面の仮道管を通して細胞培養に必須の空気や炭酸ガスの供給や排出が容易になるので連続培養の効率向上や制御にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】片面に凹部構造部(ウェルwell)を設けた炭化仮道管薄板の構造を模式的に示した説明図である。
【
図3】ウェルのさらに他の具体例の側断面図を示す。
【
図4】ウェルのさらに他の具体例の側断面図を示す。
【
図6】ウェルのさらに他の具体例の側断面図を示す。
【
図7】ウェルのさらに他の具体例の側断面図を示す。
【
図8】本発明炭化薄板を用いたモジュールの具体例の側断面図を示す。
【
図9】本発明炭化薄板を用いたモジュールの他の具体例の側断面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは炭化薄板にウェルを形成することによりマスク部材を必要としなくなり、しかもウェルの底の最深部の厚さを0.1mmあるいはそれ以下にしても破損しにくく安全に取り扱うことができることを発見し本発明に至った。
【0012】
ウェルが形成される前の炭化薄板は特許文献1に記載の方法により製作される。また本発明の炭化薄板を用いて細胞培養モジュールおよび細胞培養ユニットを製作する方法も特許文献1に記載されている方法と同様に行われる。
【0013】
木質材料を炭化して炭化木質材料を得る作製工程の一例の概略を示す。木質材料の角材を、セラミック円筒容器に入れ空気が入らないように蓋をし、所定の焼成温度まで昇温し、その温度で30分間加熱し炭化する。得られた炭化物を仮道管とほぼ直角に所定の厚さに切断し、炭化木質材料の薄板(以下には炭化薄板あるいは炭化仮道管薄板と称する)を得る。
【0014】
本発明に適したウェルを形成する前の炭化仮道管薄板の厚さは1.9mmより大きい範囲である。典型的には針葉樹材の仮導管方向に対して75~90度の角度で切断された薄板であって、空気遮断下或いは不活性雰囲気で400℃以上の高温で炭化したものである。
【0015】
図1は、本発明の代表的な炭化薄板10の側断面図(a)及び上面図(b)である。
図1において11は底の深さが一定のウェル、12はウェルが無い部分である。マスキング材を設けてグルーピングする代りに、
図1に示すようにウェル11を形成するのである。ウェルの無い部分12がマスクの役割を果たしているのである。ウェル11は、例えば円柱状の窪みであり例えばフラットドリルにより研削することにより形成される。フラットドリルは孔の底がほぼフラットに研削できるように設計されたドリルである。ウェル11の底壁17の厚さは1.9mm以下である。12部分の薄板の厚さは1.9mmより大きく設定される。ウェルのサイズや深さ、及び数は目的に応じて適宜選ぶことができる。
図1には6個のウェルが描かれているが目的に応じて増減できる。炭化薄板を掴む際は、ウェルが形成されていない端の部分を掴むので破損の恐れなしに安全に掴むことができる。
【0016】
図2は、本発明の炭化薄板20の他の具体例の1個のウェル21の断面形状を示す側断面図である。
図2では1個のウェル近傍のみが示されている。ウェル21は、底がほぼ円錐状に深くなっており、中央部が最深部である。このような断面形状のウェルは通常の汎用ドリルと呼ばれているドリルを用いて研削することにより得られる。
図2では最深部が1点になっているが、実際にはドリルの先端部にチゼルと呼ばれる切削に寄与しない部分があり、ある程度の広がりを有している。この形状のウェルはスプレーガンの先端ノズルに利用することができる。汎用ドリルの代わりにセンタードリルを用いれば最深部の面積を一層小さくすることが可能である。センタードリルの代りに先端がより鋭利なリーディングドリルを用いれば更に小さい面積の最深部が得られる。
【0017】
図3は、本発明炭化薄板30の他の具体例の1個のウェル31の断面形状を示す側断面図である。
図3では1個のウェル近傍のみが示されている。ウェル31は、通常の汎用ドリルで途中まで研削された部分33、及びさらにそれより径が小さいフラットドリルで研削された部分34からなる。底の深さは一定である。
図3の具体例では、ウェルの径が大きい1段目と径が小さい2段目の2段階になっている。
【0018】
図4は、本発明炭化薄板40の他の具体例の1個のウェル41の断面形状を示す側断面図である。
図4では1個のウェル近傍のみが示されている。ウェル41は、フラットドリルで途中まで研削された部分43、及びさらに径が小さいフラットドリルで研削された部分44からなる。底の深さは一定である。
【0019】
以上に汎用ドリルとフラットドリルの組み合わせによる2段階断面形状の例を示したが、この他に径が異なる2本の汎用ドリルの組み合わせ、径が大きいフラットドリルと径が小さい汎用ドリルとの組み合わせでもよい。またウェルの径が以上のような2段階ではなく更に多い段数でもよい。フラットドリルの代りにエンドミルを用いることも可能である。エンドミルを用いてフライス加工すれば、底がフラットで広い面積のウェルを形成することができる。
【0020】
図5は、エンドミルを用いて平坦で広い面積の底を有する1個のウェル51を有する炭化薄板50の具体例の上面図である。
図5では4つのコーナーがエンドミルの径に相当する丸みを帯びた長方形になっているが、任意の形状のウェルを形成することができる。この形状のウェルは、底壁が薄くて広い面積を有するのでディスプレイ用途その他に利用することができる。
【0021】
以上の説明では炭化薄板の片面にウェルが形成された。
図6は、炭化薄板60の両面にウェルが形成された具体例の側断面図を示す。炭化薄板の下面からもウェル13が形成されている。ウェル11と13は上下にほぼ同じ位置に形成されているが、どちらかのサイズが大きくてもよい。このように表裏面からウェルを形成することにより、ウェルの底が両面から窪んだ位置にあるので何かに触れる機会が少なくなり、破損に対する安全性が一層向上する。
【0022】
図7は、炭化薄板70の下面に1個の大きいサイズのウェル14が形成され、上面には小さいサイズのウェル11が2個形成されている具体例の側断面図を示す。このようなウェル形成であっても破損に対する安全性が大きくなる。このような炭化薄板中のウェルの大きさや数を適切に組み合わせることにより、組成が異なる複数の溶液を1個あるいは少数のより容量の大きなウェルに集約する、あるいはこれとは逆に1個のウェル中の単一組成溶液、あるいは少数のウェル中の同一あるいは異なる組成の溶液を容量のより小さい多数のウェル中に分配することが可能になる。
【0023】
図8は、本発明炭化薄板をモジュール化した具体例の側断面図を示す。
図8において15は受容部材(受容器、受け皿)であり、液体を受ける窪み16が形成されている。受容部材15は、例えば厚さ0.25mmのプラスチックフィルムを熱変形させて窪み16を設けたものである。受容部材15は炭化薄板10のすぐ下に接触して或いは適当な間隔を開けて配置される。
【0024】
図8のモジュールは例えば次のように用いられる。炭化薄板10の周囲をシールして炭化薄板10を隔壁とする。ウェル11に試料液体を滴下した後、炭化薄板10の上の空間を加圧するか或いは下の空間を減圧すると、ウェルの中の液体はウェルの底の仮道管を通過して炭化薄板の下方に配置された受容部材の窪みに流下するのである。
【0025】
図9は、本発明炭化薄板をモジュール化した他の具体例の側断面図を示す。第1の炭化薄板10の下に第2の炭化薄板を配置したものである。
図8の具体例と同様に、下段の炭化薄板の下に受容部材を配置することもできる。ウェルの数、サイズ、底壁の厚さ等は目的に応じて任意に決めることが可能である。第2段(下段)のウェルには反応開始物を入れておき、第1段(上段)のウェルに異なる液体を供給して各種の反応を同時に行うことができる。第1段のウェルを1個の広い面積とし、第2段のウェルを複数個として第1段のウェルの下方に位置するようにすれば、第1段に供給した液を第2段の複数のウェルに分配することもできる。逆に上段に小さなウェルを複数個設け、下段に大きな1個のウェルを設けておけば、異なる液を上段のウェルに供給し下段のウェルで混合することもできる。更に多くの炭化薄板を多段式に重ねることも可能である。
【0026】
本発明炭化薄板は、完全な撥水性ではなく疎水性寄りである。必要に応じて親水化も撥水化も可能である。親水化の具体例としては特許文献1に記載されている。撥水化の具体例としては多く市販されている自動車用フロントガラスコーティング剤を使用することができる。ガラスコーティング剤を使用することにより炭化薄板が補強される利点がある。炭化薄板は脆く取り扱いに注意が必要であるがガラスコーティング処理により破損の恐れが軽減される。
【実施例0027】
特許文献1の実施例1に記載された方法と同様にして杉角材の炭化物を得た。得られた炭化物を仮道管とほぼ直角に市販のダイアモンドバンドソーマシンを用い、厚さ2.5mmにスライスし、20×20mmサイズに切断した。次に直径2mmのフラットドリルを用いて深さ約2.2mmに切削し、底壁の厚さが約0.3mmのウェルを、ウェルの中心間の距離が5mmになるように1列に3個、1行に3個、合計9個形成し、
図1のような形状の炭化薄板を得た。
特許文献1の実施例1に記載された方法と同様にして杉角材の炭化物を得た。実施例1と同様にして厚さ3mm、20×20mmサイズの炭化仮道管薄板を得た。次に直径2mmのフラットドリルを用いて深さ約2.5mmに切削し、底の厚さが約0.5mmのウェルを、ウェルの中心間の距離が11mmになるように1列に2個、1行に2個、合計4個形成した。この炭化仮道管薄板を分析用ろ紙の上に水平になるように置いた。容量1mLの注射筒に取り付けたステンレス針の先端から各穴に約0.05mLの水、極性有機溶媒(エチルアルコール)、高沸点の有機溶媒(亜麻仁油)、低沸点の有機溶媒(ベンジン)を滴下して浸透の様子を観察した。アルコールは瞬時に吸い込まれろ紙への浸透が確認された。水はアルコールより明らかに遅いがおよそ1秒以内にはろ紙へ移行、浸透した。亜麻仁油とベンジンはゆっくり吸い込まれおよそ2秒以内でろ紙への浸透が確認できた。
(比較例)
上記と同じ極性、非極性の溶液の1滴(約0.05mL)を穴が開いていない部分(厚さ3mm)に滴下した。薄板への浸透時間は格段に遅くなった(水の場合で10分以上)が傾向はほぼ同じであった。