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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022024242
(43)【公開日】2022-02-09
(54)【発明の名称】標的ポリペプチド分解誘導剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/12 20060101AFI20220202BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20220202BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20220202BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20220202BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20220202BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220202BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20220202BHJP
   A61P 25/14 20060101ALI20220202BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220202BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20220202BHJP
【FI】
C12N15/12 ZNA
C12N15/63 Z
A61K38/16
A61K35/76
A61K48/00
A61P25/00
A61P25/16
A61P25/14
A61P25/28
C07K14/47
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020119736
(22)【出願日】2020-07-13
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.プルロニック
2.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度~令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、脳科学研究戦略推進プログラム、「αシヌクレインの新規分解制御機構の解明」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】510147776
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】株田 智弘
(72)【発明者】
【氏名】藤原 悠紀
(72)【発明者】
【氏名】和田 圭司
(72)【発明者】
【氏名】株田 千華
(72)【発明者】
【氏名】コンツー ヴィオリカ ラルカ
【テーマコード(参考)】
4C084
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084AA13
4C084BA02
4C084BA44
4C084CA53
4C084NA14
4C084ZA02
4C084ZA15
4C084ZA16
4C084ZA22
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC83
4C087CA12
4C087NA14
4C087ZA02
4C087ZA15
4C087ZA16
4C087ZA22
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045EA21
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】標的ポリペプチドのリソソーム内への輸送を促進して、該標的ポリペプチドの分解を誘導する製剤を開発する。また、それを有効成分として包含する神経変性疾患治療剤を提供する。
【解決手段】SIDT2タンパク質、その活性変異体、又はそれらの活性断片をコードするポリヌクレオチドを発現可能な状態で包含する発現ベクターを標的ポリペプチド分解誘導剤として提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(c)のいずれかのアミノ酸配列からなるポリペプチド又はその活性変異体、又はその活性断片をコードするポリヌクレオチドを発現可能な状態で包含する発現ベクターからなる標的ポリペプチド分解誘導剤。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列、
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、及び
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【請求項2】
前記ポリヌクレオチドが以下の(d)~(g)に示すいずれかの塩基配列を含む、請求項1に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
(d)配列番号2で示される塩基配列、
(e)配列番号2で示される塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列、
(f)配列番号2で示される塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列、及び
(g)配列番号2で示される塩基配列と相補的な塩基配列に対して高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列
【請求項3】
前記発現ベクターが過剰発現ベクターである、請求項1又は2に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
【請求項4】
前記標的ポリペプチドが神経組織内ポリペプチドである、請求項1~3のいずれか一項に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
【請求項5】
前記標的ポリペプチドがアミロイド、スーパーオキシドデスムターゼ、TAR-DNA結合タンパク質(TADBP)、及び微小管関連タンパク質タウ(MAPT)である、請求項1~4のいずれか一項に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
【請求項6】
前記アミロイドがα-シヌクレインタンパク質、アミロイドβタンパク質、ハンチンチンタンパク質、又はプリオンタンパク質である、請求項5に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤を有効成分とする神経変性疾患治療剤。
【請求項8】
前記神経変性疾患がパーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病、伝達性海綿状脳症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)である、請求項7に記載の神経変性疾患治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的ポリペプチドのリソソームへの輸送及び分解を誘導することのできる標的ポリペプチド分解誘導剤、及びそれを有効成分とする神経疾患予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
リソソームは、内部に多彩な加水分解酵素を有しているオルガネラであり、タンパク質、核酸、脂質、糖質など多種の生体高分子を分解することができることから細胞内分解の中心的な役割を果たしている。細胞質中の生体高分子やオルガネラをリソソームで分解するシステムは、総称してオートファジー(autophagy)と呼ばれている。
【0003】
本発明者らは、以前にリソソームがRNA及びDNA等の核酸をATP依存的に直接取り込み、分解する現象を発見し、それぞれRNautophagy及びDNautophagyと命名した(非特許文献1及び2)。このRNautophagy/DNautophagyは、リソソーム膜上に存在する一回膜貫通型タンパク質のLAMP2Cタンパク質と、複数回膜貫通型タンパク質のSIDT2タンパク質により達成され得る。RNautophagy/DNautophagyシステムでは、LAMP2Cタンパク質がRNA又はDNA中のG(グアニン)塩基の連続配列を認識して結合するRNA/DNA受容体として機能し(非特許文献1及び2)、またSIDT2タンパク質がRNA及び/又はDNAのリソソーム中への取り込みに関与する輸送体タンパク質として機能する(特許文献1)ことが明らかになっている。
【0004】
また、LAMP2Cタンパク質は神経細胞で非常に多く発現していることから、本発明者らはRNautophagy/DNautophagyシステムが生体内で神経変性疾患の発生予防に寄与していると推測し、RNautophagy/DNautophagyシステムを促進して、原因となる核酸を分解することによって神経変性疾患を効果的に治療できるのではないかと考えた。そして、研究の結果、輸送体タンパク質であるSIDT2タンパク質の過剰発現によってRNautophagy/DNautophagyシステムが促進されることや、SIDT2タンパク質の過剰発現ベクターがリピート配列を有する転写産物(mRNA)を原因とするリピート伸長病の有効成分となることを明らかにした(特許文献1)。
【0005】
ところで、アルツハイマー病、パーキンソン病、及び伝達性海綿状脳症等の神経変性疾患は、アミロイドのような異常タンパク質の中枢神経系等への蓄積が発症に関連することが知れられている(非特許文献3)。これらの異常タンパク質は、一旦細胞内に蓄積すると、それを除去する有効な方法がなく、治療は元より症状の進行を食い止めることさえも困難とされている。LAMP2Cタンパク質とSIDT2タンパク質による上記RNautophagy/DNautophagyシステムも標的分子は核酸であり、細胞内に蓄積した異常タンパク質の除去には寄与し得ないとされてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2016/056645
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Fujiwara Y.,et al., 2013, Autophagy. 9 (3):403-409.
【非特許文献2】Fujiwara Y.,et al., 2013, Autophagy. 9 (8):1167-1171.
【非特許文献3】Sato C., 2003, Nature Reviews Neuroscience. 4:49-60.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、リソソームによる分解システムを利用して、細胞内の標的ポリペプチド、特にアミロイドをリソソーム内に取り込み、その分解を誘導する新たなオートファジーシステムと、その構成分子を同定し、その構成分子の遺伝子を包含する発現ベクターを標的ポリペプチド分解誘導剤として提供することである。また、その標的ポリペプチド分解誘導剤を有効成分とする神経疾患の予防又は治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らは、ポリペプチドをリソソーム内に輸送する分子の探索を行った。その結果、驚くべきことにRNautophagy/DNautophagyシステムの構成分子であったSIDT2タンパク質が、ポリペプチドのリソソーム輸送体としても機能し得ることを見出した。SIDT2タンパク質を神細胞内で過剰発現させた場合、神経変性疾患の原因となり得るアミロイド、スーパーオキシドデスムターゼ(SOD)、TAR-DNA結合タンパク質(TADBP)、及び微小管関連タンパク質タウ(MAPT)の分解が有意に促進された。本発明は、当該知見に基づくものであって以下を提供する。
【0010】
(1)以下の(a)~(c)のいずれかのアミノ酸配列からなるポリペプチド又はその活性変異体、又はその活性断片をコードするポリヌクレオチドを発現可能な状態で包含する発現ベクターからなる標的ポリペプチド分解誘導剤。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列、
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、及び
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(2)前記ポリヌクレオチドが以下の(d)~(g)に示すいずれかの塩基配列を含む、(1)に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
(d)配列番号2で示される塩基配列、
(e)配列番号2で示される塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列、
(f)配列番号2で示される塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列、及び
(g)配列番号2で示される塩基配列と相補的な塩基配列に対して高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列
(3)前記発現ベクターが過剰発現ベクターである、(1)又は(2)に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
(4)前記標的ポリペプチドが神経組織内ポリペプチドである、(1)~(3)のいずれかに記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
(5)前記標的ポリペプチドがアミロイド、スーパーオキシドデスムターゼ、TAR-DNA結合タンパク質(TADBP)、及び微小管関連タンパク質タウ(MAPT)である、(1)~(4)のいずれかに記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
(6)前記アミロイドがα-シヌクレインタンパク質、アミロイドβタンパク質、ハンチンチンタンパク質、又はプリオンタンパク質である、(5)に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤。
(7)(5)又は(6)に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤を有効成分とする神経変性疾患治療剤。
(8)前記神経変性疾患がパーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病、伝達性海綿状脳症である、(7)に記載の神経変性疾患治療剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤は、標的タンパク質のリソソーム内への輸送を促進し、その分解を誘導することができる。また、本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤を神経変性疾患の予防又は治療剤の有効成分として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】分解アッセイによるSIDT2遺伝子を包含する過剰発現ベクターを導入したNeuroA2細胞におけるスーパーオキシドデスムターゼ1(SOD1)の分解を示す図である。Aは、コントロール(Ctrl)とSIDT2タンパク質過剰発現時のTet-offシステムによる24hr後の細胞内のSOD1の相対量(0hr時を100%とする)を示す。また、BはSOD1の分解量で、AにおけるOhrの値(100%)から24hr後の相対値を減じた値を示す。図中の「**」はp<0.01を示す。
図2】分解アッセイによるSIDT2遺伝子を包含する過剰発現ベクターを導入したNeuroA2細胞におけるTAR-DNA結合タンパク質(TADBP)の分解を示す図である。Aは、コントロール(Ctrl)とSIDT2タンパク質過剰発現時のTet-offシステムによる8hr後の細胞内のTADBPの相対量(0hr時を100%とする)を示す。また、BはTADBPの分解量で、AにおけるOhrの値(100%)から8hr後の相対値を減じた値を示す。図中の「**」はp<0.01を示す。
図3】分解アッセイによるSIDT2遺伝子を包含する過剰発現ベクターを導入したNeuroA2細胞における微小管関連タンパク質タウ(MAPT)の分解を示す図である。Aは、コントロール(Ctrl)とSIDT2タンパク質過剰発現時のTet-offシステムによる24hr後の細胞内のMAPTの相対量(0hr時を100%とする)を示す。また、BはMAPTの分解量で、AにおけるOhrの値(100%)から24hr後の相対値を減じた値を示す。図中の「**」はp<0.01を示す。
図4】分解アッセイによるSIDT2遺伝子を包含する過剰発現ベクターを導入したNeuroA2細胞におけるα-シヌクレイン(SNCA)タンパク質の分解を示す図である。Aは、コントロール(Ctrl)とSIDT2タンパク質過剰発現時のTet-offシステムによる24hr後の細胞内のSNCAタンパク質の相対量(0hr時を100%とする)を示す。また、BはSNCAタンパク質の分解量で、AにおけるOhrの値(100%)から24hr後の相対値を減じた値を示す。図中の「**」はp<0.01を示す。
図5】Aは、α-シヌクレインタンパク質(α-Syn)と単離リソソームを含む反応溶液中におけるATPの有無による反応上清中のα-シヌクレインタンパク質の相対量(インプット時を100%とする)を示す。Bは、SIDT2タンパク質を過剰発現させた細胞由来の単離リソソームによるα-シヌクレインタンパク質のリソソームへの取り込みを示す。図中の「**」はp<0.01を、「*」はp<0.05を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.標的ポリペプチド分解誘導剤
1-1.概要
本発明の第1の発明は、標的ポリペプチド分解誘導剤である。本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤は、SIDT2発現ベクターで構成され、細胞内タンパク質のリソソームへの輸送と分解促進を誘導することができる。
【0014】
1-2.定義
本明細書で頻用する以下の用語について定義する。
本発明において「標的ポリペプチド」とは、SIDT2タンパク質を介した輸送によってリソソーム中に取り込まれるポリペプチドであって、本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤の標的となるポリペプチドである。標的ポリペプチドの種類は限定されないが、細胞内や組織間隙の蓄積や過剰発現により疾患の原因となるポリペプチドが好ましい。例えば、アミロイド、スーパーオキシドデスムターゼ(SOD)、TAR-DNA結合タンパク質(TADBP)、及び微小管関連タンパク質タウ(MAPT)が該当する。神経組織内ポリペプチドは特に好ましい。
【0015】
「アミロイド」とは、コンゴーレッドで染色後、偏光顕微鏡で観察した際、緑色偏光を呈する水に不溶な繊維構造を有するタンパク質をいう。アミロイドの例として、限定はしないが、α-シヌクレインタンパク質、アミロイドβタンパク質、プリオンタンパク質、ハンチンチンタンパク質、アポリポタンパク質AI、カルシトニンタンパク質等が挙げられる。
【0016】
「アミロイドーシス」(アミロイド症)とは、異常又は正常アミロイドの増加、蓄積、又は沈着によって発症する疾患をいう。アミロイドーシスには、例えば、アミロイドβタンパク質の凝集やα-シヌクレインタンパク質の蓄積によるアルツハイマー病、α-シヌクレインタンパク質の蓄積によるパーキンソン病、異常プリオンタンパク質の増加による伝達性海綿状脳症(プリオン病:クロイツフェルト・ヤコブ病、スクレイピー、牛海綿状脳症病等を含む)、異常ハンチンチンタンパク質によるハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)が挙げられる。
【0017】
本明細書において「標的ポリペプチド分解」とは、SIDT2タンパク質が寄与するオートファジーシステムを介して細胞中に存在する標的ポリペプチドをリソソームへ輸送し、その内部で分解することをいう。
【0018】
本明細書において「標的ポリペプチド分解誘導剤」とは、SIDT2タンパク質を介したオートファジーシステムにより細胞中に存在する標的ポリペプチドのリソソームへの取り込みを促進し、該標的ポリペプチドのリソソーム内での分解を誘導する薬剤をいう。
【0019】
「神経変性疾患」とは、中枢神経系の特定の神経細胞(ニューロン)内又はグリア細胞内に異常なタンパク質性の封入体が形成される結果、神経細胞が徐々に侵され、減退又は消失していく進行性の神経疾患をいう。前述のアミロイドーシスの多くも神経変性疾患に包含される。神経変性疾患には、例えば、大脳基底核に病変を有するハンチントン病(HD; Huntington disease)、大脳皮質基底核変性症(CBD; corticobasal degeneration)、進行性核上性麻痺(PSP; progressive supranuclear palsy)、及びパーキンソン病(Parkinson's disease)、大脳に病変を有するアルツハイマー病(AD; Alzheimer disease)、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症(ピック病;FTLD;Frontotemporal lobar degeneration)、小脳に病変を有する脊髄小脳変性症(SCD;Spinocerebellar Degeneration)、及び運動ニューロンに病変を有する萎縮性側索硬化症(ALS;amyotrophic lateral sclerosis)が挙げられる。
【0020】
本明細書において「予防」とは、疾患の発症を未然に防ぐことをいう。また本明細書において「治療」とは、広義の治療であり、発症した疾患を治癒させるのみならず、症状の進行を緩和若しくは遅延し、抑制し、又は阻止すること、及び症状を改善することをいう。
【0021】
1-3.構成
本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤は、SIDT2タンパク質、その活性変異体、又はそれらの活性断片をコードするポリヌクレオチドを発現可能な状態で包含する発現ベクターからなる。
【0022】
(1)SIDT2タンパク質
SIDT2タンパク質には、例えば、配列番号1で示すアミノ酸配列で示すポリペプチドからなるヒトSIDT2タンパク質が挙げられる。その他、オートファジーシステムにおいてヒトSIDT2タンパクと同様にリソソームへの標的ポリペプチドの輸送活性を有する他生物種由来のSIDT2タンパク質オルソログも含まれる。例えば、配列番号3に示すアミノ酸配列からなり、ヒトSIDT2タンパク質と95.4%のアミノ酸同一性を有するマウス由来のSIDT2タンパク質、及び配列番号5に示すアミノ酸配列からなり、ヒトSIDT2タンパク質と91.3%のアミノ酸同一性を有するイヌ由来のSIDT2タンパク質等が挙げられる。
【0023】
(2)SIDT2タンパク質の活性変異体
「SIDT2タンパク質の活性変異体」とは、前記SIDT2タンパク質の変異型タンパク質であって、オートファジーシステムにおいてSIDT2タンパクと同様にリソソームへの標的ポリペプチドの輸送活性を有するポリペプチドをいう。例えば、配列番号1で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド、配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドを包含する。本明細書において「アミノ酸同一性」とは、二つのポリペプチドのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じて、いずれかのアミノ酸配列にギャップを導入して、両者のアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときの、一方のポリペプチドの全アミノ酸数に対する他方のポリペプチドの同一アミノ酸の割合(%)をいう。%同一性は、相同性検索プログラムBLAST(Basic local alignment search tool;Altschul, S. F. et al,J. Mol. Biol., 215, 403-410, 1990)検索等の公知のプログラムを用いて容易に決定できる。本明細書において「複数個のアミノ酸」とは、2~60個、2~45個、2~30個、2~14個、2~10個、例えば、2~8個、2~6個、2~5個、2~4個又は2~3個のアミノ酸をいう。
【0024】
(3)SIDT2タンパク質及びその活性変異体の活性断片
「SIDT2タンパク質及びその活性変異体の活性断片」とは、前記SIDT2タンパク質又はSIDT2タンパク質の活性変異体の一部であって、オートファジーシステムにおいてSIDT2タンパクと同様の標的ポリペプチドのリソソーム輸送活性を保持しているペプチド断片をいう。活性断片のアミノ酸長は、特に限定はしない。
【0025】
(4)SIDT2遺伝子等
SIDT2タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、SIDT2遺伝子と同義であり、原則としてDNAで構成される。SIDT2遺伝子には、例えば、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるSIDT2タンパク質をコードする配列番号2で示す塩基配列からなるヒトSIDT2遺伝子が挙げられる。その他、配列番号3に示すアミノ酸配列からマウスSIDT2タンパク質をコードする配列番号4で示す塩基配列からなるマウスSIDT2遺伝子、そして配列番号5に示すアミノ酸配列からイヌSIDT2タンパク質をコードする配列番号6で示す塩基配列からなるイヌSIDT2遺伝子も含まれる。
【0026】
SIDT2タンパク質の活性変異体をコードするポリヌクレオチド、すなわち活性変異型SIDT2遺伝子には、例えば、配列番号2で示す塩基配列からなるヒトSIDT2遺伝子の変異型遺伝子が挙げられる。例えば、配列番号2で示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号2で示す塩基配列に対して80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の塩基同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号2で示す塩基配列からなるSIDT2遺伝子の部分塩基配列に相補的な塩基配列からなる核酸断片と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列からなるポリヌクレオチドを包含する。本明細書において「塩基同一性」とは、二つのポリヌクレオチドの塩基配列を整列(アラインメント)し、必要に応じて、いずれかの塩基配列にギャップを導入して、両者の塩基一致度が最も高くなるようにしたときの、一方のポリヌクレオチドの全塩基数に対する他方のポリヌクレオチドの同一塩基の割合(%)をいう。%同一性は、相同性検索プログラムBLAST(Basic local alignment search tool;Altschul, S. F. et al,J. Mol. Biol., 215, 403-410, 1990)検索等の公知のプログラムを用いて容易に決定できる。本明細書において「複数個の塩基」とは、2~60個、2~45個、2~30個、2~14個、2~10個、例えば、2~8個、2~6個、2~5個、2~4個又は2~3個の塩基をいう。また、本明細書において「高ストリンジェントな条件」とは、非特異的なハイブリッドが形成されない、高温かつ低塩濃度の条件をいう。例えば、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、60℃~68℃で1×SSC以下、好ましくは65℃~70℃で0.1×SSC以下の条件をいう。
【0027】
(5)発現ベクター
本明細書で「発現ベクター」とは、SIDT2遺伝子、活性変異型SID2遺伝子又はそれらの断片(以下、本明細書ではしばしば「SIDT2遺伝子等」と表記する)を発現可能な状態で包含し、SIDT2遺伝子等の発現を誘導できる発現系単位をいう。本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤を構成する発現ベクターには、後述するプロモーターの種類によって、過剰発現ベクター、構成的発現ベクター、部位特異的発現ベクター又は誘導性発現ベクターが挙げられる。いずれの発現ベクターであってもよいが、特に好ましくはSIDT2遺伝子を過剰発現できる、過剰発現ベクター又は構成的発現ベクターである。また、本明細書において「発現可能な状態」とは、所定条件下でSIDT2遺伝子等を宿主細胞内で転写し得る状態をいう。例えば、プロモーターとターミネーターの制御下にSIDT2遺伝子等を配置した状態が該当する。
【0028】
発現ベクターは、遺伝子発現制御に必要な制御エレメントを必要に応じて含むことができる。制御エレメントには、前述の必須エレメントであるプロモーターとターミネーターの他、エンハンサーやポリA付加シグナルが挙げられる。
【0029】
プロモーターは、宿主細胞内で作動可能でなければならない。通常は、宿主生物種又はその近縁種由来のプロモーターが好ましい。例えば、宿主がヒトであれば、プロモーターは、ヒト由来であることが好ましい。プロモーターには、発現パターンに応じて、過剰発現型プロモーター、継続的に、かつユビキタスに制御することのできる構成的プロモーター、部位特異的プロモーター、又は誘導性プロモーター等が知られている。本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤における発現ベクターには、いずれのプロモーターも使用することができる。ただし、部位特異的プロモーターであれば、標的ポリペプチドが存在又は発現する部位で特異的に発現を制御するプロモーターを使用する。
【0030】
ターミネーターは、前記プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であれば特に限定はしない。好ましくはプロモーターと同一生物種由来のターミネーターであり、より好ましくはプロモーターが由来する生物種のゲノム上で、そのプロモーターと組となっているターミネーターである。
【0031】
発現ベクターは、必要に応じて、宿主細胞内に送達されたことを確認するための選抜又は標識マーカー遺伝子を含むこともできる。標識若しくは選抜マーカー遺伝子には、例えば、蛍光又は発光レポーター遺伝子(例えば、ルシフェラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、GUS、又はGFP)、又は酵素遺伝子が挙げられる。
【0032】
発現用ベクターの種類は、本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤を適用する宿主細胞内で複製及び発現が可能なプラスミド又はウイルスであれば、特に限定はしない。例えば、適用する宿主がヒトの場合には、アデノ随伴ウイルス(AAV)、アデノウイルス、レトロウイルス(レンチウイルスを含む)、センダイウイルス等のウイルスを使用することができる。この他、各ライフサイエンスメーカーから市販されている各種宿主用発現ベクターを利用することもできる。
【0033】
1-4.効果
本発明の標的ポリペプチド分解誘導剤によれば、SID2タンパク質の外因的な発現により標的ポリペプチドをリソソーム内に輸送し、その分解を促進することができる。
【0034】
2.神経変性疾患治療剤
2-1.概要
本発明の第2の態様は、神経変性疾患治療剤である。本発明の神経変性疾患治療剤は、第1の発明の標的ポリペプチド分解誘導剤を有効成分とし、神経細胞中、又は神経組織内で神経変性疾患の原因となる標的ポリペプチドのリソソーム内への輸送を誘導し、その分解を促進することによって神経変性疾患を予防又は治療することができる。
【0035】
2-2.構成
2-2-1.有効成分
本発明の神経変性疾患治療剤は、前記第1の態様に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤を有効成分として包含する。本発明の神経変性疾患治療剤は、異なる標的ポリペプチド分解誘導剤を二以上含むことができる。
【0036】
神経変性疾患治療剤に含まれる前記標的ポリペプチド分解誘導剤の量(含有量)は、標的ポリペプチドの種類、神経変性疾患治療剤の剤形、神経変性疾患治療剤の投与量、並びに後述する担体の種類によって異なるため、それぞれの条件を勘案して適宜定めればよい。通常は、単回投与量の神経変性疾患治療剤に有効量の標的ポリペプチド分解誘導剤が包含されるように調整する。ここで、「有効量」とは、標的ポリペプチド分解誘導剤が有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する生体に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験体の情報、投与経路、及び投与回数等の様々な条件によって変化し得る。最終的には医師、獣医師又は薬剤師等の判断によって決定される。
【0037】
本明細書において「被験体」とは、神経変性疾患治療剤の適用対象となる生体をいう。例えば、ヒト、愛玩動物(イヌ、ネコ等)、家畜(ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ニワトリ、ダチョウ等)、競走馬、実験動物(マウス、ラット、ウサギ、モルモット、サル等)等が該当する。好ましくはヒトである。「被験体の情報」とは、神経変性疾患治療剤を適用する生体の様々な個体情報である。例えば、被験体がヒトであれば、年齢、体重、性別、食生活、健康状態、疾患の進行度や重症度、薬剤感受性、併用薬物の有無等を含む。
【0038】
2-2-2.担体
本発明の神経変性疾患治療剤が神経変性疾患治療用医薬組成物の場合、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、溶媒、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0039】
溶媒には、例えば、水若しくはそれ以外の薬学的に許容し得る水溶液、又は薬学的に許容される有機溶剤のいずれであってもよい。水溶液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤としては、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。
【0040】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0041】
結合剤には、例えば、植物デンプンを用いたデンプン糊、ペクチン、キサンタンガム、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、パラフィン、ポリビニルピロリドン又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0042】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0043】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
【0044】
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0045】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0046】
上記の他にも、必要であれば医薬において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0047】
上記担体は、有効成分である標的ポリペプチド分解誘導剤の生体内での酵素等による分解を回避又は抑制する他、製剤化や投与方法を容易にし、剤形及び薬効を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。
【0048】
2-2-3.剤形
本発明の神経変性疾患治療剤の剤形は、有効成分である第1の態様に記載の標的ポリペプチド分解誘導剤のSID2タンパク質又はその活性断片を不活化させずに、生体内でその薬理効果である標的ポリペプチドのリソソーム輸送を発揮し得る形態であれば特に限定しない。
【0049】
神経変性疾患治療剤の適用対象となる疾患は、神経変性疾患である。神経変性が末梢神経系である場合、有効成分の標的ポリペプチド分解誘導剤を末梢神経に送達できればいかなる剤形であってもよい。また、神経変性が中枢神経系の場合、神経変性疾患治療剤は、その部位に標的ポリペプチド分解誘導剤を送達できれば剤形は問わない。
【0050】
具体的な剤形は、投与方法及び/又は処方条件によって異なる。投与方法は、非経口投与と経口投与に大別することができるので、それぞれの投与法に適した剤形にすればよい。
【0051】
投与方法が非経口投与であれば、好ましい剤形は、対象部位への直接投与又は循環系を介した全身投与が可能な液剤である。液剤の例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、前記賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0052】
投与方法が経口投与であれば、好ましい剤形は、固形剤(錠剤、カプセル剤、ドロップ剤、トローチ剤を含む)、顆粒剤、粉剤、散剤、液剤(内用水剤、乳剤、シロップ剤を含む)が挙げられる。固形剤であれば、必要に応じて、当該技術分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠にすることができる。
【0053】
なお、上記各剤形の具体的な形状、大きさについては、いずれもそれぞれの剤形において当該分野で公知の剤形の範囲内にあればよく、特に限定はしない。本発明の神経変性疾患治療剤の製造方法については、当該技術分野の常法に従って製剤化すればよい。例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences (Merck Publishing Co., Easton, Pa.)に記載された方法を参照することができる。
【0054】
2-2-4.投与方法
本発明の神経変性疾患治療剤の投与方法は、前述のように非経口投与と経口投与に大別することができる。非経口投与法はさらに局所投与と全身投与に細分できる。具体的には、例えば、脳内注射による局所投与、又は血管内注射のような循環器内投与による全身投与が挙げられる。
【0055】
本発明の神経変性疾患治療剤の投与方法は、疾患の発症箇所又は進行度等に応じて適宜選択することができる。局所的投与又は全身投与のいずれであってもよい。有効成分である標的ポリペプチド分解誘導剤は、神経細胞又は筋細胞に対して作用する。したがって、局所的投与の場合、疾患の発症箇所に局所投与してもよい。局所投与は、注射による投与が好ましい。全身投与には、例えば、血管内注射又は経口投与が採用できる。好ましくは血管内注射である。血管内注射は、血流を介して標的ポリペプチド分解誘導剤を全身に行き渡らせることが可能な点で便利である。ただし、脳神経細胞に投与する場合、標的ポリペプチド分解誘導剤が血液中で分解されず、かつ脳関門を通過して、標的細胞である脳神経細胞にまで送達される形態にすることが好ましい。例えば、神経細胞を標的とする1型、2型又は5型のアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターにmiR-132遺伝子又はmiR-212遺伝子を包含した標的ポリペプチド分解誘導剤であれば、AAV粒子により核酸分解を免れ、脳神経細胞にまで送達させることができる。
【0056】
2-3.適用対象疾患
本発明の神経変性疾患治療剤の適用対象となる疾患は、前述の神経変性疾患である。限定はしないが、例えば、パーキンソン病(Parkinson's disease)、アルツハイマー病(AD; Alzheimer disease)、伝達性海綿状脳症(TSE; Transmissible spongiform encephalopathy)、ハンチントン病(HD; Huntington disease)、及び筋萎縮性側索硬化症(ALS;amyotrophic lateral sclerosis)等のアミロイドーシスが挙げられる。
【実施例0057】
<実施例1:SIDT2遺伝子の過剰発現による標的ポリペプチドの分解促進効果の検証>
(目的)
SIDT2遺伝子を包含する過剰発現ベクターを導入した細胞における標的ポリペプチドの分解を、Tet-offシステムを用いたポリペプチドの分解アッセイにより検証する。
【0058】
(方法)
SIDT2過剰発現用のプラスミドは、pCI-neo (Promega)に、マウスSIDT2(mSIDT2) cDNAを組み込むことにより作製した。得られたSIDT2発現ベクターを「pCI-neo-mSIDT2」とした。検証用の標的ポリペプチドの発現用のプラスミドは、pTRE-Tight (Takara-Clontech)に、SNCA (αシヌクレイン)、SOD1(スーパーオキシドデスムターゼ1)、TAR-DNA結合タンパク質(TADBP)、及び微小管関連タンパク質タウ(MAPT)のそれぞれのcDNAを組み込むことにより作製した。内在性の標的タンパク質と区別するために、各標的ポリペプチドのcDNAのC末端側にはFLAGタグを付加した。得られた発現ベクターをそれぞれ「pTRE-Tight-hSNCA-FLAG」、「pTRE-Tight-hSOD1-FLAG」、「pTRE-Tight-hTADBP-FLAG」、「pTRE-Tight-hMAPT-FLAG」とした。
【0059】
トランスフェクション用細胞にはマウス神経芽細胞種Neuro2a細胞を用いた。pCI-neo-mSIDT2のNeuro2a細胞へのトランスフェクションは、polyethylenimineを用いて行った。コントロールとして空ベクターpCI-neo又はEGFPをトランスフェクションした。
【0060】
トランスフェクションの24時間後にドキシサイクリンを添加し、さらに8時間後 (0hr時)と32時間後(24hr時)に細胞を回収した。細胞をprotease inhibitor cocktailを含む溶解バッファー (3% SDS、5% glycerol、10 mM Tris-HCl pH7.8、0.02% BPB、2% 2-mercaptoethanol) を用いて溶解した。サンプルをSDS-PAGEにより分離し、0.22μm PVDFメンブレン (Bio Rad、USA)に転写した。転写後、メンブレンをブロッキングバッファー (1% nonfat milk in PBS-T (137 mM NaCl、27 mM KCl、100 mM Na2HPO4、18 mM KH2PO4、 pH7.4、0.1% Tween 20) で1時間、室温でブロッキングを行い、3% BSAを含むDPBSで希釈した1次抗体で4℃、1晩インキュベートした。インキュベーション後、PVDFメンブレンをPBS-Tで洗浄し、HRP標識2次抗体をPBS-T (0.1% Tween 20を含むDPBS)を用いて1万倍で希釈した溶液で室温、1時間インキュベートした。インキュベート後、PVDFメンブレンを洗浄し、ImmunoStar Zeta又はImmunoStar LD (Wako、Japan) を用い、FluorChem 8000 (Alpha Innotech、USA) によって検出した。解析はFluorChem software (Alpha Innotech、USA)を用いた。1次抗体としてはFLAGタグを認識する抗DYKDDDDK抗体 (Wako)を用いた。
【0061】
(結果)
結果を図1~4に示す。図1はSOD1の、図2はTADBPの、図3はMAPTの、そして図4はSNCAの結果である。各図のAは、コントロール(Ctrl)細胞とSIDT2タンパク質過剰発現細胞のTet-offシステムによる24hr又は8hr後の細胞中の検証用標的ポリペプチドの相対量(0hr時を100%とする)を示す。また、Bは検証用標的ポリペプチドの分解量であり、AにおけるOhrの値(100%)から24hr後の相対値を減じた値を示す。
【0062】
Neuro2a細胞を用いたポリペプチドの分解アッセイにおいて、SIDT2タンパク質を過剰発現させたとき、SOD1、TADBP、MAPT、及びSNCAについては、細胞中の検証用標的ポリペプチドの分解量はコントロールと比較して有意に増加した。
【0063】
この結果は、SIDT2タンパク質の過剰発現により、その蓄積や過剰発現が疾患に関与する細胞質の標的タンパク質の分解が促進されたことを示している。
【0064】
<実施例2:標的ポリペプチドのリソソームによる分解の検証>
(目的)
実施例1における神経細胞内でのSIDT2タンパク質の過剰発現によって標的ポリペプチドが分解された現象が、リソソームへの取り込みを介した分解であることを、単離リソソームを用いて検証する。また、SIDT2タンパク質が寄与するRNautophagy/DNautophagyシステムでは、核酸のリソソームへの取り込みにおいてATPを必要とした(WO2016/056645)。そこで、SIDT2タンパク質が寄与するオートファジーシステムにおいても同様にATPを必要とするか否かを検証する。
【0065】
(方法)
(1)標的ポリペプチドの単離リソソームにおけるATPの必要性
ポリペプチド分解アッセイについては、Fujiwara Y.,et al., 2013, Autophagy. 9 (3):403-409及びFujiwara Y.,et al., 2013, Autophagy. 9 (8):1167-1171に記載の方法に準じた。リソソームの単離は、Lysosome Enrichment Kit (Thermo Scientific)を用い、添付のプロトコルに従って行った。マウス脳から調製した単離リソソームと0.1 μgのα-シヌクレインタンパク質を、ATPを含むリソソームアッセイ溶液 (300 mM sucrose、10 mM MOPS (pH 7.0)、10 mM ATP)又は含まないリソソームアッセイ溶液 (300 mM sucrose、10 mM MOPS (pH 7.0))中で混合し、37℃で20分間インキュベートした。4℃に移して反応を停止した後、protease inhibitor cocktailを含むバッファー (9% SDS、15% glycerol、30 mM Tris-HCl pH7.8、0.06% BPB、6% 2-mercaptoethanol)で溶解した。溶解したサンプルをSDS-PAGEで電気泳動した。Western blottingの方法は実施例1と同様に行った。一次抗体としては、抗α-シヌクレイン抗体 (Merck Millipore, AB5038P)を用いた。
【0066】
(2)SIDT2過剰発現細胞由来の単離リソソームにおける標的ポリペプチドの取り込み
神経細胞におけるSIDT2の過剰発現については、実施例1に記載の方法に準じた。ただし、本実施例では、トランスフェクションによりSIDT2を過剰発現させたNeuro2a細胞、及びそのコントロール細胞からリソソームを単離した。単離リソソームを用い、(1)と同じ方法で実験を行った。リソソームアッセイ溶液はATPを含むものを用いた。
【0067】
(結果)
図5に結果を示す。Aは、α-シヌクレインタンパク質(α-Syn)と単離リソソームを含む反応溶液中におけるATPの有無によるサンプルのα-シヌクレインタンパク質の相対量(インプット時を100%とする)を示す。Bは、SIDT2タンパク質を過剰発現させた細胞由来の単離リソソームと空の発現ベクターを導入した対照用細胞由来の単離リソソームをATP存在下、α-シヌクレインタンパク質と共にインキュベートしたときのサンプル中のα-シヌクレインタンパク質の相対量を示す。
【0068】
Aより、SIDT2を介した標的ポリペプチドのリソソームへの取り込みにはATPが必要であることが明らかとなった。また、Bより、SIDT2の過剰発現によって標的ポリペプチドのリソソームへの取り込みを介して分解促進が誘導されることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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