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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022024515
(43)【公開日】2022-02-09
(54)【発明の名称】ヒマワリ種子
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20180101AFI20220202BHJP
   A01H 5/10 20180101ALI20220202BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20220202BHJP
   C12N 15/90 20060101ALI20220202BHJP
   A01H 1/06 20060101ALI20220202BHJP
   A23D 9/00 20060101ALI20220202BHJP
【FI】
A01H5/00 A
A01H5/10 ZNA
C12N15/53
C12N15/90 Z
A01H1/06
A23D9/00 518
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020127157
(22)【出願日】2020-07-28
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-01-27
(71)【出願人】
【識別番号】000236768
【氏名又は名称】不二製油グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】嵯峨 寛久
(72)【発明者】
【氏名】加藤 真晴
【テーマコード(参考)】
2B030
4B026
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB02
2B030AD08
2B030CA10
4B026DC06
4B026DG08
4B026DP10
4B026DX01
4B026DX02
(57)【要約】
【課題】ハイステアリン酸ヒマワリ系統を提供すること。
【解決手段】stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側における配列挿入変異を有する、ヒマワリ種子。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側における配列挿入変異を有する、ヒマワリ種子。
【請求項2】
前記配列が100~1200塩基長である、請求項1に記載のヒマワリ種子。
【請求項3】
前記配列が400~800塩基長である、請求項1に記載のヒマワリ種子。
【請求項4】
前記配列が、下記(a)又は(b):
(a)配列番号1で示される塩基配列、又は
(b)配列番号1で示される塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列
を含む配列である、請求項1~3のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項5】
前記同一性が90%以上である、請求項4に記載のヒマワリ種子。
【請求項6】
ハイオレイン酸系統ヒマワリに前記配列挿入変異が導入されてなる、請求項1~5のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項7】
脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率が11%以上である、請求項1~6のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項8】
前記配列挿入変異を対の染色体の両方において有する、請求項1~7のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項9】
FO-HS43系統種子(特許生物寄託センター受領番号:IPOD FERM P-22390)又はその派生系統種子である、請求項1~8のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項10】
請求項1~9のいずれかに記載のヒマワリ種子を含む又は結実させる、ヒマワリ植物。
【請求項11】
請求項1~9のいずれかに記載のヒマワリ種子が発芽及び成長してなる、ヒマワリ植物。
【請求項12】
請求項1~9のいずれかに記載のヒマワリ種子から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒマワリ種子等に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒマワリは、ヒトや家畜に食物を供給するための重要で有用な農産物である。
【0003】
ヒマワリは一般的に油を得るために栽培され、得られる油脂はリノール酸(18:2)やオレイン酸(18:1)等の不飽和脂肪酸を主な脂肪酸として構成されており、一部パルミチン酸(16:0)やステアリン酸(18:0)、アラキジン酸(20:0)、ベヘン酸(22:0)も含む。一般的にヒマワリの油脂の脂肪酸組成におけるステアリン酸含有量は10%以下であり、通常3~7%である。
【0004】
従来、ヒマワリはその種子から得られる油脂の脂肪酸組成におけるリノール酸含有率が50~70%と高い油糧作物である。これまでにエチルメタンスルホン酸やアジ化ナトリウム等の化学物質、あるいはX線やγ線といった放射線による変異誘発により脂肪酸組成が改変された変異体が多数得られている。
【0005】
現在最も普及しているヒマワリの脂肪酸変異体としては、オレイン酸含有率が75~90%、リノール酸含有率が2~10%のハイオレイン酸ヒマワリが挙げられる。ハイオレイン酸ヒマワリ油はオレイン酸含有率が高いため、安定性に優れており、フライ用途や保存用途として有用な液体油脂である。
【0006】
一方、植物から得られる油脂の多くは不飽和脂肪酸に富む液体の油脂であることから、固形脂が世界的に不足している。固形脂は、マーガリンやショートニング、フィリング、菓子用油脂等の多くの食品工業用原料として必要不可欠である。
【0007】
固体脂は不飽和脂肪酸に富む植物油脂を水素添加による硬化を行うことにより製造できるが、健康上問題のあるトランス脂肪酸が副産物として生成されることが問題となっている。このような背景から、食品工業において水素添加油脂に代わる天然の植物性固形脂が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Osorio J, Fernandez‐Martinez J, Mancha M, Garces R. Mutant sunflowers with high concentration of saturated fatty acids in the oil. Crop Sci 1995; 35: 739‐742.
【非特許文献2】Hongtrakul V, Slabaugh MB, Knapp SJ. DFLP, SSCP, and SSR markers for Δ9-stearoyl-acyl carrier protein desaturases strongly expressed in developing seeds of sunflower: Intron lengths are polymorphic among elite inbred lines. Mol Breed 1998; 4: 195-203.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者は、固形の油脂の効率的な生産のために、ハイステアリン酸ヒマワリ油を使用することに着目した。
【0010】
非特許文献1では、ハイステアリン酸ヒマワリ(CAS-3)が報告されている。CAS-3におけるハイステアリン酸形質は独立した2つの遺伝子座Es1およびEs2における部分劣性アリル(es1, es2)により制御されている。しかしそれぞれの具体的な遺伝子や変異の様態は明確ではなく、このため、この形質を次世代に効率的に伝えることや、品種改良によりこの形質に加えてさらに他の形質を備える系統を効率的に得ることが困難である。
【0011】
本発明は、ハイステアリン酸ヒマワリ系統を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、鋭意研究を進めた結果、stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側における配列挿入変異を有する、ヒマワリ種子、であれば、上記課題を解決できることを見出した。本発明者はこの知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0013】
項1. stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側における配列挿入変異を有する、ヒマワリ種子。
【0014】
項2. 前記配列が100~1200塩基長である、項1に記載のヒマワリ種子。
【0015】
項3. 前記配列が400~800塩基長である、項1に記載のヒマワリ種子。
【0016】
項4. 前記配列が、下記(a)又は(b):
(a)配列番号1で示される塩基配列、又は
(b)配列番号1で示される塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列
を含む配列である、項1~3のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【0017】
項5. 前記同一性が90%以上である、項4に記載のヒマワリ種子。
【0018】
項6. ハイオレイン酸系統ヒマワリに前記配列挿入変異が導入されてなる、項1~5のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【0019】
項7. 脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率が11%以上である、項1~6のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【0020】
項8. 前記配列挿入変異を対の染色体の両方において有する、項1~7のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【0021】
項9. FO-HS43系統種子(特許生物寄託センター受領番号:IPOD FERM P-22390)又はその派生系統種子である、項1~8のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【0022】
項10. 項1~9のいずれかに記載のヒマワリ種子を含む又は結実させる、ヒマワリ植物。
【0023】
項11. 項1~9のいずれかに記載のヒマワリ種子が発芽及び成長してなる、ヒマワリ植物。
【0024】
項12. 項1~9のいずれかに記載のヒマワリ種子から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、ハイステアリン酸ヒマワリ系統を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】FO-HS43系統のM2集団における種子の脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率による度数分布図を示す。縦軸が種子数を示し、横軸が種子における脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率を示す。
図2】連鎖解析に基づくハイステアリン酸(Hs)遺伝子座のマッピング結果を示す。LG1は第1連鎖群を示す。
図3】ハイオレイン酸ヒマワリ系統FO-HO38およびハイステアリン酸ヒマワリ系統FO-HS43のstearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)の5’UTR周辺の遺伝子配列(FO-HO38:配列番号2、FO-HS43:配列番号3)の一部である。青枠で囲われた領域はTATAボックスと推測される配列であり、赤枠で囲われた配列はSAD17の翻訳開始コドンを示す。赤下線で示した領域はFO-HS43における挿入配列である。
図4】FO-HS43におけるSAD17の5’UTR上流における挿入配列を挟むプライマーセットを用いてPCRした結果を示す電気泳動図である。野生型SAD17を示すバンド(下方の矢印)および配列挿入を含む変異型SAD17を示すバンド(上方の矢印)が確認された。Hsは優性変異型(配列挿入あり)アリルを示し、hsは野生型アリルを示す。
図5】各成熟種子における脂肪酸含量とHs遺伝子型を示す。縦軸は脂肪酸組成におけるアラキジン酸含有率を示し、横軸は脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率を示す。Hs/Hsは優性変異型(配列挿入あり)アリルのホモ接合体、Hs/hsは優性変異型アリルのヘテロ接合体、hs/hsは野生型アリルのホモ接合体を示す。
図6】発達段階の種子(受粉10日後)におけるSAD遺伝子転写産物の蓄積量の測定結果を示す。Hs/Hsは優性変異型(配列挿入あり)アリルのホモ接合体、Hs/hsは優性変異型アリルのヘテロ接合体、hs/hsは野生型アリルのホモ接合体を示す。縦軸は蓄積量の相対値を示す。左の図から、SAD6遺伝子、SAD17遺伝子(野生型SAD17及び変異型SAD17の両方)、変異型SAD17遺伝子(変異型SAD17のみ)の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0028】
1.ヒマワリ種子、ヒマワリ植物
本発明は、その一態様において、stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側における配列挿入変異を有する、ヒマワリ種子(本明細書において、「本発明のヒマワリ種子」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0029】
ヒマワリ(Helianthus annuus)の種子油に5%程度存在するステアリン酸は、Δ9-stearoyl-acyl carrier protein desaturase (SAD)により、オレイン酸に不飽和化される。これまでにヒマワリにおけるSAD遺伝子の同定が試みられ、種子発達段階で強く発現する完全長cDNAとして2つのSAD遺伝子配列(SAD6及びSAD17)が単離されている(非特許文献2)。
【0030】
各種ヒマワリにおけるSAD17遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列は公知である、或いは公知のSAD17遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列に基づいて(例えば、これらとの同一性解析等により)容易に決定することができる。一例として、SAD17遺伝子としては、NCBI Gene ID: U91340で特定される遺伝子が挙げられ、そのアミノ酸配列としてはNCBI RefSeqアクセッション番号:XP_021982111で特定されるアミノ酸配列(配列番号12)が挙げられ、そのmRNA配列としてはNCBI RefSeqアクセッション番号:XM_022126419で特定される塩基配列(配列番号13)が挙げられる。
【0031】
本発明が対象とするSAD17遺伝子には、自然界において生じ得る変異体も含まれる。本発明が対象とするSAD17遺伝子は、コードするタンパク質の不飽和化酵素活性が著しく損なわれない限りにおいて、プロモーター、コード領域等において、置換、欠失、付加、挿入等の塩基変異を有していてもよい。変異としては、該mRNAから翻訳されるタンパク質においてアミノ酸置換が生じない変異やアミノ酸の保存的置換が生じる変異が好ましい。
【0032】
本明細書中において、「保存的置換」とは、アミノ酸残基が類似の側鎖を有するアミノ酸残基に置換されることを意味する。例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性側鎖を有するアミノ酸残基同士で置換されることが、保存的な置換にあたる。その他、アスパラギン酸、グルタミン酸といった酸性側鎖を有するアミノ酸残基;グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システインといった非帯電性極性側鎖を有するアミノ酸残基;アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンといった非極性側鎖を有するアミノ酸残基;スレオニン、バリン、イソロイシンといったβ-分枝側鎖を有するアミノ酸残基;チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンといった芳香族側鎖を有するアミノ酸残基同士での置換も同様に、保存的な置換にあたる。
【0033】
本発明が対象とするSAD17遺伝子は、例えば、それによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列が、同系統の野生型SAD17遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列と、例えば95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有する、遺伝子である。また、本発明が対象とするSAD17遺伝子は、例えば、それによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列が、同系統の野生型SAD17遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列と同一であるか又は該アミノ酸配列に対して1もしくは複数個(例えば2~10、好ましくは2~5、より好ましくは2~3個、さらに好ましくは2個)が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列である、遺伝子である。
【0034】
アミノ酸配列の「同一性」とは、2以上の対比可能なアミノ酸配列の、お互いに対するアミノ酸配列の一致の程度をいう。従って、ある2つのアミノ酸配列の一致性が高いほど、それらの配列の同一性又は類似性は高い。アミノ酸配列の同一性のレベルは、例えば、配列分析用ツールであるFASTAを用い、デフォルトパラメータを用いて決定される。若しくは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(KarlinS,Altschul SF.“Methods for assessing the statistical significance of molecular sequence features by using general scoringschemes”Proc Natl Acad Sci USA.87:2264-2268(1990)、KarlinS,Altschul SF.“Applications and statistics for multiple high-scoring segments in molecular sequences.”Proc Natl Acad Sci USA.90:5873-7(1993))を用いて決定できる。このようなBLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、National Center of Biotechnology Information(NCBI)のウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を参照すればよい。また、塩基配列の『同一性』も上記に準じて定義される。
【0035】
本発明のヒマワリ種子においては、上記した本発明が対象とするSAD17遺伝子において、TATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側における配列挿入変異を有する。
【0036】
挿入される配列の塩基長は、好ましくは100~1200塩基長、より好ましくは200~1000塩基長、さらに好ましくは400~800塩基長、よりさらに好ましくは500~700塩基長、特に好ましくは550~650塩基長である。
【0037】
挿入される配列の好ましい一例としては、下記(a)又は(b):
(a)配列番号1で示される塩基配列、又は
(b)配列番号1で示される塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列
を含む配列、である。
【0038】
塩基配列(b)における同一性は、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、よりさらに好ましくは98%以上、とりわけ好ましくは99%以上である。
【0039】
挿入配列の挿入位置は、SAD17遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側である限り、特に制限されない。ここで、TATAボックスは、例えばSAD17遺伝子の一部を示す配列番号2で示される塩基配列においては、5’から1番目の塩基から9番目の塩基までの配列(TATATAAAA)である。TATAボックスより3’側とは、TATAボックスの3’末端の塩基よりも3’側であることを示す。開始コドンは、例えばSAD17遺伝子の一部を示す配列番号2で示される塩基配列においては、5’から122番目の塩基から124番目の塩基までの配列である。開始コドンより5’側とは、開始コドンの5’末端の塩基よりも5’側であることを示す。挿入位置の好ましい一例としては、例えばSAD17遺伝子の一部を示す配列番号2で示される塩基配列においては、好ましくは5’から15番目の塩基から102番目の塩基までの配列内の位置、より好ましくは5’から25番目の塩基から82番目の塩基までの配列内の位置、さらに好ましくは5’から30番目の塩基から62番目の塩基までの配列内の位置、よりさらに好ましくは5’から35番目の塩基から52番目の塩基までの配列内の位置である。挿入配列の周辺には、挿入に伴う各種変異(例えば、1~30(好ましくは1~20、より好ましくは1~10)塩基長の置換、欠失、付加、挿入等)が含まれていてもよい。このような変異の好ましい一例としては、GCTACTCTからなる配列の挿入が挙げられる。
【0040】
本発明のヒマワリ種子においては、配列挿入変異を対の染色体の両方において有することが好ましいが、片方の染色体において有する場合でも目的は達成される。
【0041】
本発明のヒマワリ種子においては、変異の導入により、SAD17遺伝子転写産物の蓄積量が低下している。本発明のヒマワリ種子におけるSAD17遺伝子転写産物(挿入配列有りの遺伝子由来、及び挿入配列無しの遺伝子由来の両方を含む)の蓄積量は、配列挿入変異前の系統のヒマワリ種子における同蓄積量に対して、例えば50%以下、好ましくは40%以下、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下、よりさらに好ましくは10%以下である。本発明のヒマワリ種子の好ましい態様においては、変異の導入により、SAD6遺伝子転写産物の蓄積量が低下している。本発明のヒマワリ種子におけるSAD6遺伝子転写産物の蓄積量は、配列挿入変異前の系統のヒマワリ種子における同蓄積量に対して、例えば90%以下、好ましくは80%以下、より好ましくは70%以下である。遺伝子転写産物の蓄積量は、発達段階の種子(例えばDAF(Days after flowering:開花後経過日数)が10日の種子から抽出したRNAを用いて、定量RT-PCR解析することにより定量することができる。
【0042】
本発明のヒマワリ種子の脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率は、例えば11%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは25%以上である。上限は特に制限されないが、例えば40%、35%、又は33%である。なお、本明細書において、%脂肪酸は、脂肪酸がその成分である油脂中での重量%である。「脂肪酸組成」とは、油脂を構成する脂肪酸残基の組成を意味する。
【0043】
本発明のヒマワリ種子においては、上記配列挿入変異以外の変異を有していてもよい。例えば、本発明の好ましい一態様においては、本発明のヒマワリ種子は、ハイオレイン酸系統ヒマワリに前記配列挿入変異が導入されてなるヒマワリ種子である。ハイオレイン酸系統としては、特に制限されない。
【0044】
本発明のヒマワリ種子の具体例としては、FO-HS43系統種子(特許生物寄託センター受領番号:IPOD FERM P-22390)又はその派生系統種子が挙げられる。派生系統種子は、FO-HS43系統種子の交配を経て得られる系統の種子である限り特に制限されず、FO-HS43系統種子の自家交配により得られる系統の種子、FO-HS43系統種子と他系統との交配により得られる種子、これらの種子を第n世代とした場合の第n+1~m世代(n及びmは任意の整数、例えば1~50の整数を示す。)等を包含する。
【0045】
また、本発明は、その一部の態様において、本発明のヒマワリ種子を含む又は結実させる、ヒマワリ植物、及び本発明のヒマワリ種子が発芽及び成長してなる、ヒマワリ植物、に関する(これらをまとめて、「本発明のヒマワリ植物」と示すこともある。)。本発明のヒマワリ種子含むとは、本発明のヒマワリ種子が花中に結実していることを示し、本発明のヒマワリ種子を結実させるとは、成長することにより本発明のヒマワリ種子を結実させることを示す。
【0046】
ヒマワリ植物は、あらゆる発生段階の植物を意味するだけでなく、無傷の植物全体に付着可能な又はそれから分離可能な植物のあらゆる部分を意味する。このような植物の部分には、これらに限定されないが、植物の器官、組織及び細胞が含まれる。具体的な植物の部分の例としては、茎、葉、根、花序、花、小花、果実、茎(pedicle)、花柄、雄蕊、葯、柱頭、花柱、子房、花弁、萼片、心皮、根端、根冠、根毛、葉毛、種子毛、花粉粒子、小胞子、子葉、胚軸、上胚軸、木部、師部、柔組織、胚乳、伴細胞、孔辺細胞、及びその他のあらゆる既知の植物の器官、組織及び細胞が含まれる。
【0047】
本発明のヒマワリ種子及び本発明のヒマワリ植物は、公知の方法に従って又は準じて得ることができる。例えば、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、プロトプラスト法、ゲノム編集技術等を利用して、得ることができる。或いは、FO-HS43系統又はその派生系統を利用して、交配により作出することもできる。
【0048】
また本発明のヒマワリ種子及び本発明のヒマワリ植物は、優性に遺伝するハイステアリン酸形質を示す。本発明における優性とは、遺伝様式が劣性でないことを意味し、不完全優性は本発明の優性に含まれる。
【0049】
2.油脂の製造方法
本発明は、その一態様において、本発明のヒマワリ種子から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法(本明細書において、「本発明の製造方法」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0050】
本発明の製造方法において、本発明のヒマワリ種子は油糧種子として使用される。本発明のヒマワリ種子は、必要に応じて、乾燥処理、破砕処理等の前処理を経て得られたものであってもよい。
【0051】
回収方法は、ヒマワリ種子から油脂を回収できる方法である限り、特に制限されない。回収方法としては、例えば圧搾法、溶剤抽出法、これらを組合わせた方法等が挙げられる。圧搾法では、種子に圧力をかけることで物理的に搾油して、油脂を回収することができる。溶剤抽出法では、溶剤を加えて種子中の油分を溶剤に移行させ、油脂の溶けた溶剤を蒸留装置で揮発性の溶剤と油分とに分けることによって、油脂を回収することができる。
【0052】
回収後の油脂(原油)は、さらに精製処理に供することができる。原油には、ガム質、遊離脂肪酸、色素、有臭物質、微細な夾雑物等の不純物が含まれているので、必要に応じてこれらを除去することができる。精製処理としては、例えば脱ガム処理、脱酸処理、脱色処理、脱ろう処理、脱臭処理等が挙げられる。
【0053】
得られた油脂は、ヒマワリ油として各種用途で利用されることができる。また、得られた油脂は、ココアバター代用油脂のSOS源の製造原料として利用することができる。
【0054】
3.その他
本発明は、その一態様において、異なるトリグリセリド分子種における飽和脂肪酸の分布が野生型の種子に比べて改質されたヒマワリ種子の生産方法に関する。この方法にはトリグリセリドの生合成に含まれる遺伝子形質中に1又は複数の突然変異体を誘発するのに十分な時間にわたって十分な強度の突然変異誘発方法を用いて親種子を処理する工程が含まれる。この方法によって、ステアリン酸の含量が増大する。突然変異誘発処理としてはアジ化ナトリウム及びアルキル化剤等の突然変異誘発剤やX線及びγ線等の放射線照射のような突然変異誘発処理が例示されるが、これらの誘発剤と同様又は類似の効果をもたらすその他の突然変異誘発処理を使用しても良い。
【実施例0055】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0056】
試験例1.ハイステアリン酸ヒマワリ変異体の作出
ハイオレイン酸ヒマワリ系統FO-HO38の種子14000個に対し、炭素イオンビーム(12C6+、エネルギー320MeV、線量5Gy)を照射して、変異第1世代(M1)の種子を得た。M1種子を栽培し、自家受粉させて、3000系統以上のM2種子を得た。各系統のM2種子について、個々の種子の脂肪酸組成分析をガスクロマトグラフィーを用いて行い、ステアリン酸含有率が高い種子が含まれる系統を1つ選択した。この系統のM2種子集団におけるステアリン酸含有率の度数分布図を図1に示す。図1には2つの明確なピークが示されており、元系統(FO-HO38)のステアリン含有率(約5%)と同程度の含有率をピークとする低ステアリン酸含量(11%未満)の種子が約28%(25粒/88粒)であり、高ステアリン酸含有率(11%以上)の種子が約72%(63粒/88粒)であった。この高ステアリン酸含有率の種子を選択し、子孫を5世代にわたって栽培したところ、ステアリン酸含有率は安定に固定された。本系統をFO-HS43系統と名づけ、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(IPOD)に寄託した(IPOD FERM P-22390)。
【0057】
M1世代種子において起こった変異(確率的に、対の染色体の一方のみ)が自家受粉を経てM2世代に遺伝する場合、メンデル遺伝に基づくと、M2世代種子においては、両方の染色体において変異を有さない(+/+)種子:一方の染色体においてのみ変異を有する(+/mt)種子:両方の染色体において変異を有する(mt/mt)種子は1:2:1の割合である。この場合、変異により表れる形質が優性形質であれば、その形質を有する種子は75%前後(3(+/mtとmt/mtの合計)/4(+/+と+/mtとmt/mtの合計))になるはずである。上記結果より、高ステアリン酸含有率の種子は約72%であったことから、この種子が有する変異により表れる高ステアリン酸形質は優性変異形質であることが示唆された。
【0058】
これが真であれば、この遺伝子変異をヘテロ接合型またはホモ接合型のどちらの型ででも使用することにより、異なる脂肪酸組成の群に対して同質遺伝子の雑種を創出することができる可能性があり、さらに優良遺伝資源を使用することに拡大されうる。
【0059】
このことを確認するために、FO-HS43系統と低ステアリン酸系統(FO-HO13系統:ステアリン酸含有率は3~5%程度)を交配した。結実したF1種子の脂肪酸組成分析の結果、全ての種子でステアリン酸含有率が15%以上を示した。この結果から、FO-HS43系統が有するステアリン酸高含有形質は優性形質であることが示され、該高ステアリン酸優性変異アレルをHsと命名した。
【0060】
試験例2.ハイステアリン酸遺伝子Hsの同定
FO-HS43のHs遺伝子座を明らかにするため、HA89系統との交配を行い、F2集団を用いて連鎖解析を行った。その結果、Hs遺伝子座は第1連鎖群(LG1)の一端にマッピングされ、SSRマーカーであるORS959およびORS970近傍に位置づけられた(図2)。
【0061】
LG1にはstearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子が存在することから、FO-HS43のSAD17遺伝子近辺の配列の詳細な解析を行ったところ、SAD17遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側にFO-HO38では見られない586bpの塩基配列(配列番号1)の挿入が確認された(図3)。
【0062】
本挿入はTATAボックス配列(TATATAAAA)の下流に挿入されていることから、挿入配列も転写されている可能性が示唆された。そこでFO-HS43におけるSAD17転写産物の単離を行ったところ、挿入配列の一部を含む長いSAD17転写産物(変異型SAD17)が生産されていた。
【0063】
FO-HS43におけるSAD17の上記挿入配列を挟むプライマーセット(Forward:配列番号4、Reverse:配列番号5)を用いてPCRによる確認を行った。その結果、挿入配列有り(Hsアリル)及び挿入配列無し(hsアリル)を検出することができ、Hs遺伝子の遺伝子型(変異型Hsホモ接合、変異型Hsへテロ接合、野生型hsホモ接合)を簡便に判別できる共優性マーカーとして利用できることが分かった(図4)。また、これにより判別したHs遺伝子型とステアリン含量とは高い相関を示した(図5)。
【0064】
定量RT-PCRにより、発達段階の種子(受粉10日後)におけるSAD遺伝子転写産物の蓄積量を測定した。使用したプライマーセットは次の通りである:SAD6遺伝子検出用プライマー(Forward:配列番号6、Reverse:配列番号7)、SAD17遺伝子(野生形SAD17及び変異型SAD17の両方)検出用プライマー(Forward:配列番号8、Reverse:配列番号9)、変異型SAD17遺伝子(変異型SAD17のみ)検出用プライマー(Forward:配列番号10、Reverse:配列番号11)。その結果、変異型Hsホモ接合個体(Hs/Hs)ではSAD17遺伝子転写産物の蓄積量がほとんど検出されず、また変異型Hsヘテロ接合個体(Hs/hs)でも野生株(hs/hs)と比べ半分以下に減少していた(図6)。また変異型Hsホモ接合個体ではSAD17の相同遺伝子であるSAD6の転写産物の蓄積量低下傾向もみられた。以上の結果は種子におけるステアリン酸含有率とHs遺伝子型の結果と一致しており、FO-HS43におけるステアリン酸高含有形質の発現は、SAD17遺伝子のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側への挿入配列による効率的なSAD遺伝子の発現抑制が原因であることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
2022024515000001.app
【手続補正書】
【提出日】2020-10-22
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
stearoyl-acyl carrier protein desaturase 17(SAD17)遺伝子の配列番号2で示される塩基配列中のTATAボックスより3’側且つ開始コドンより5’側において配列挿入変異を有し、
前記配列が400~800塩基長であり、且つ
配列挿入変異を有しないヒマワリ種子に比較してステアリン酸含有率が高い
ヒマワリ種子。
【請求項2】
挿入されている前記配列が、下記(a)又は(b):
(a)配列番号1で示される塩基配列、又は
(b)配列番号1で示される塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列
を含む配列である、請求項に記載のヒマワリ種子。
【請求項3】
前記同一性が90%以上である、請求項に記載のヒマワリ種子。
【請求項4】
ハイオレイン酸系統ヒマワリに前記配列挿入変異が導入されてなる、請求項1~のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項5】
脂肪酸組成におけるステアリン酸含有率が11%以上である、請求項1~のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項6】
前記配列挿入変異を対の染色体の両方において有する、請求項1~のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項7】
FO-HS43系統種子(特許生物寄託センター受領番号:IPOD FERM P-22390)又はその派生系統種子である、請求項1~のいずれかに記載のヒマワリ種子。
【請求項8】
請求項1~のいずれかに記載のヒマワリ種子を含む又は結実させる、ヒマワリ植物。
【請求項9】
請求項1~のいずれかに記載のヒマワリ種子が発芽及び成長してなる、ヒマワリ植物。
【請求項10】
請求項1~のいずれかに記載のヒマワリ種子から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法。