(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022024745
(43)【公開日】2022-02-09
(54)【発明の名称】運動誘発電位モニタリングに対応した医療用弾性ストッキング
(51)【国際特許分類】
A41D 13/12 20060101AFI20220202BHJP
A61B 5/256 20210101ALI20220202BHJP
A61B 5/389 20210101ALI20220202BHJP
A41D 13/05 20060101ALI20220202BHJP
A41D 13/06 20060101ALI20220202BHJP
A41B 11/00 20060101ALI20220202BHJP
A61F 13/06 20060101ALI20220202BHJP
【FI】
A41D13/12 181
A61B5/04 300M
A61B5/04 330
A41D13/05 143
A41D13/06
A41B11/00 J
A61F13/06 F
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020127514
(22)【出願日】2020-07-28
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 浩伸
(72)【発明者】
【氏名】高谷 恒範
(72)【発明者】
【氏名】川口 昌彦
【テーマコード(参考)】
3B011
3B018
4C127
【Fターム(参考)】
3B011AA12
3B011AA14
3B011AA15
3B011AB09
3B011AC17
3B018AA01
3B018AB00
3B018AC01
4C127AA04
4C127LL13
(57)【要約】
【課題】運動誘発電位モニタリングの記録電極が容易に設置でき、且つ、皮膚障害が発生しない運動誘発電位モニタリング専用の医療用弾性ストッキングを提供する。
【解決手段】下肢静脈血栓塞栓症発症予防のための医療用弾性ストッキングであって、足首部から膝下部までを覆う第1被覆部と、足甲部、踵部及び足底部を覆う第2被覆部と、を有し、第1被覆部は、前脛骨筋の筋活動電位を測定するための一対のTA電極取付部と、腓腹筋の筋活動電位を測定するための一対のGC電極取付部と、を備え、第2被覆部は、母趾外転筋の筋活動電位を測定するための一対のAH電極取付部と、脛骨神経を電気刺激するための一対のTN電極取付部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下肢静脈血栓塞栓症発症予防のための医療用弾性ストッキング(900)であって、
足首部(110)から膝下部(120)までを覆う第1被覆部(100)と、
足甲部(210)、踵部(220)及び足底部(230)を覆う第2被覆部(200)と、を有し、
前記第1被覆部(100)は、前脛骨筋(TA)の筋活動電位を測定するための一対のTA電極取付部(130,130)と、腓腹筋(GC)の筋活動電位を測定するための一対のGC電極取付部(140,140)と、を備え、
前記第2被覆部は、母趾外転筋(AH)の筋活動電位を測定するための一対のAH電極取付部(240,240)と、脛骨神経を電気刺激するための一対のTN電極取付部(250,250)と、を備えることを特徴とする、医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項2】
前記一対のTA電極取付部(130,130)は、前脛骨筋(TA)の起始側部及び停止側部に対応する前記第1被覆部に設けられた一対のスリット部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項3】
前記一対のGC電極取付部(140,140)は、腓腹筋(GC)の起始側部及び停止側部に対応する前記第1被覆部に設けられた一対のスリット部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項4】
前記一対のAH電極取付部(240,240)は、母趾外転筋(AH)の起始側部及び停止側部に対応する前記第2被覆部に設けられた一対のスリット部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項5】
前記一対のTN電極取付部(250,250)は、脛骨神経(TN)の近位部及び遠位部に対応する前記第2被覆部に設けられた一対のスリット部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項6】
前記一対のスリット部の周辺部に、弾性力を保持するための補強部材が設けられていることを特徴とする請求項2乃至5の何れか1項に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項7】
前記一対のTA電極取付部(130,130)は、前脛骨筋(TA)の起始側部及び停止側部に対応する前記第1被覆部に設けられた一対の導電性繊維編地部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項8】
前記一対のGC電極取付部(140,140)は、腓腹筋(GC)の起始側部及び停止側部に対応する前記第1被覆部に設けられた一対の導電性繊維編地部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項9】
前記一対のAH電極取付部(240,240)は、母趾外転筋(AH)の起始側部及び停止側部に対応する前記第2被覆部に設けられた一対の導電性繊維編地部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項10】
前記一対のTN電極取付部(250,250)は、脛骨神経(TN)の近位部及び遠位部に対応する前記第2被覆部に設けられた一対の導電性繊維編地部であることを特徴とする請求項1に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項11】
前記導電性繊維編地部は導電性繊維を含む繊維編地部であることを特徴とする請求項7乃至10の何れか1項に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【請求項12】
前記導電性繊維は、金属めっき繊維、導電性高分子繊維、金属繊維、炭素繊維、スリット繊維又は導電材含有繊維であることを特徴とする請求項11に記載の医療用弾性ストッキング(900)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全身麻酔中の患者の下肢静脈血栓塞栓症の発症予防のために利用される医療用弾性ストッキングに関する。
【背景技術】
【0002】
全身麻酔中における患者の下肢血流は、下肢筋の筋ポンプ機能を失うために滞る。これが原因で形成された下肢静脈血栓が遊離して肺動脈を閉塞すると肺塞栓が起こり、突然死の原因になる。したがって、術中に下肢静脈血栓を予防するために下肢を外部から適切な圧で圧迫して血液が滞らないようにする医療用弾性ストッキングを着用することが標準的になっている(特許文献1,2,3)。例えば特許文献4には、膝部から下の脚部を圧して覆うように形成された圧縮性の覆い部を有し、覆い部の踵部とMP関節部までのつま先部がカットされて露出され、覆い部の踵部とMP関節部までのつま先部がカットされた残りの領域の足裏部分の一部に複数のアクリル樹脂ドットが付着されている、医療用弾性ストッキングが記載されている。
【0003】
ところで術後に運動神経障害が発生する危険性のある脳動脈瘤クリッピング術、脳腫瘍摘出術、脊髄脊椎手術、大血管手術、頚動脈内膜剥離術、脳血管内手術などの全身麻酔下手術では、下行性運動経路を評価するために運動誘発電位モニタリングが行われる。運動誘発電位モニタリングでは、下肢に筋活動電位を記録するための記録電極を設置する。電気刺激によって刺激された大脳運動野から下行性に刺激が伝播し、上下肢に設置した記録電極から筋活動電位を記録する。
【0004】
通常、全身麻酔下手術を受ける患者は下肢静脈血栓形成を回避するために医療用弾性ストッキングを手術室へ入室する前に着用している。そのため、手術室へ入室後に運動誘発電位モニタリングの記録電極を下肢に設置する際には、医療用弾性ストッキングを脱がせてから運動誘発電位モニタリングの記録電極を下肢に設置し、再度医療用弾性ストッキングを着用させている(非特許文献1)。この作業が、運動誘発電位モニタリング担当技師また医師への負担増大、時間浪費の一因となっている(非特許文献2)。また、記録電極の配線は医療用弾性ストッキング下を這わせて医療用弾性ストッキングの頭側または尾側から出しているのだが、医療用弾性ストッキング下を這っている記録電極の配線が医療用弾性ストッキングによって皮膚に押し付けられることで、圧痕や褥瘡形成などの皮膚障害のリスクとなり問題視されている(非特許文献3,4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007-75236号公報
【特許文献2】特開2005-52223号公報
【特許文献3】特表2000-512176号公報
【特許文献4】特許6150382号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】MacDonald DB, Skinner S, Shils J, et al: Intraoperative motor evoked potential monitoring a position statement by the American Society of Neurophysiological Monitoring. Clin Neurophysiol 124: 2291-2316, 2013
【非特許文献2】Neuloh G, Pechstein U, Cedzich C, et al: Motor evoked potential monitoring with supratentorial surgery. Neurosurgery 54: 1061-1072, 2004.
【非特許文献3】Ulkatan S, Jaramillo AM, Tellez MJ, et al: Incidence of intraoperative seizures during motor evoked potential monitoring in a large cohort of patients undergoing different surgical procedures. J Neurosurg 2016 Jun 24: 1-7.
【非特許文献4】井口巴,深部静脈血栓症予防用具に起因する圧迫創予防ケアの検討~弾性ストッキングと間欠的空気圧迫装置の膝関節付近と踵部における圧測定調査より,日本褥瘡学会誌,15(4):484-491,2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、医療用弾性ストッキングを着用した患者にも運動誘発電位モニタリングの記録電極が容易に設置でき、且つ、皮膚障害が発生しない運動誘発電位モニタリング専用の医療用弾性ストッキングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる医療用弾性ストッキングは、下肢静脈血栓塞栓症発症予防のための医療用弾性ストッキングであって、足首部から膝下部までを覆う第1被覆部と、足甲部、踵部及び足底部を覆う第2被覆部と、を有し、第1被覆部は、前脛骨筋(Tibialis Anterior:TA)の筋活動電位を測定するための一対のTA電極取付部と、腓腹筋(Gastrocnemius:GC)の筋活動電位を測定するための一対のGC電極取付部と、を備え、第2被覆部は、母趾外転筋(Abductor Hallucis:AH)の筋活動電位を測定するための一対のAH電極取付部と、踵部で脛骨神経(Tibial Nerve:TN)を電気刺激するための一対のTN電極取付部(250,250)と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、運動誘発電位モニタリングの記録電極が容易に設置でき、且つ、皮膚障害が発生しない医療用弾性ストッキングが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明にかかる医療弾性ストッキングの概要を説明する図である。
【
図2】電極の下肢における設置箇所を説明する図であり、そのうち(a)は前脛骨筋であり、(b)は腓腹筋であり、(c)は母趾外転筋であり、(d)は脛骨神経である。
【
図3】本発明にかかる医療用弾性ストッキング(右足用)を示す写真図であり、そのうち(a)は内側部であり(b)は外側部である。
【
図4】本発明にかかる医療弾性ストッキングにおいて着圧を測定するための測定点を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0012】
本発明にかかる医療用弾性ストッキング900は、下肢静脈血栓塞栓症の発症予防のために利用される。そのため本発明にかかる医療用弾性ストッキング900は、下肢静脈血栓予防として弾性ストッキングを着用する必要があり、且つ、術中に運動誘発電位モニタリングを行う必要がある者を対象とする。
【0013】
図1に示されるように、医療用弾性ストッキング900は、足首部110から膝下部120までを覆う第1被覆部100と、足甲部210、踵部220及び足底部230を覆う第2被覆部200と、を有する。なお医療用弾性ストッキング900は
図1ではハイソックスタイプとして記載されているが、このような形態に限定されるものではなく他にもストッキングタイプ、ベルト付き片脚ストッキングタイプ、パンストタイプ、片脚用パンストタイプ等種々の形状とすることが可能である。
【0014】
第1被覆部100は、脹ら脛部及びスネ部を覆うためレッグ部と称することも可能である。第1被覆部100は、足首部110に最も高い圧迫力が作用し、膝下部120に向かって漸減的な圧迫力が作用するように形成されており、その圧迫力の強さの程度は足首部110の圧迫力で表示されている。静脈瘤、静脈血栓後遺症の治療においては、18mmHg~40mmHg(24hPa~53.3hPa)の圧迫力が必要であるとされ、皮膚の硬化、色素沈着あるいは潰瘍を形成しやすい場合には40mmHg~50mmHg(53.3hPa~66.6hPa)の圧迫力が必要とされる。
【0015】
第2被覆部200は、足甲部210、踵部220及び足底部230を覆うためフット部と称することも可能である。第2被覆部200については、その圧迫力は従来の靴下又はストッキングと同等のものであれば足り、足の主要部を覆うものである。
図1ではつま先部分が設けられているが、つま先部分をなくして装着者が滑って転倒する可能性を低減させることも可能である。
【0016】
医療用弾性ストッキング900は、着圧性及び伸張性を備えるため、丸編みの形態をとることが好ましく、例えば高圧用のパンスト編機により非弾性糸と弾性糸を組み合わせて編地を構成させることが好ましい。
【0017】
使用する弾性糸は、特に限定されるものではないが、ポリウレタン弾性糸、ポリエーテル・エステル弾性糸、ポリアミド弾性糸、ポリオレフィン弾性糸、天然ゴム、合成ゴム、半合成ゴムからなるゴム糸等が挙げられ、好ましくはポリウレタン弾性糸である。
【0018】
使用する非弾性糸は、フィラメント糸又は紡績糸のいずれであってもよい。フィラメント糸としては、ポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、アクリル系繊維、ポリプロピレン系繊維、塩化ビニル系繊維、セルロース繊維等が挙げられる。紡績糸としては、木綿、羊毛、麻などの天然繊維、キュプラ、レーヨン、竹繊維などの再生繊維、ポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、アクリル系繊維、ポリプロピレン系繊維、塩化ビニル系繊維等が挙げられる。
【0019】
運動誘発電位(Motor Evoked Potential:MEP)は、運動野や皮質下・脳幹・脊髄の錐体路を直接刺激する方法と頭皮上から高電圧で経頭蓋的に運動野を刺激する方法とがある。導出部位としては四肢の筋電図で記録する方法があり、上肢の場合は例えば小指外転筋(左)と、短拇指外転筋(右)とであり、下肢の場合は例えば母趾外転筋AH(左右)と、前脛骨筋TA(左右)と、腓腹筋GC(左右)とである。
【0020】
第1被覆部100は、前脛骨筋TAの筋活動電位を測定するための一対のTA電極取付部130,130と、腓腹筋GCの筋活動電位を測定するための一対のGC電極取付部140,140と、を備える。第2被覆部200は、母趾外転筋AHの筋活動電位を測定するための一対のAH電極取付部240,240を備える。
【0021】
一対のTA電極取付部130,130は、前脛骨筋TAの起始側部及び停止側部に対応する第1被覆部100に設けられた一対のスリット部である。一対のGC電極取付部140,140は、腓腹筋GCの起始側部及び停止側部に対応する第1被覆部100に設けられた一対のスリット部である。一対のAH電極取付部240,240は、母趾外転筋AHの起始側部及び停止側部に対応する第2被覆部に設けられた一対のスリット部である。一対のTN電極取付部250,250は、脛骨神経TNを電気刺激するための一対のスリット部である。TA電極取付部130、GC電極取付部140、AH電極取付部240及びTN電極取付部250は、それぞれ、ボタンホール形状であるためボタンホール部と称することも可能である。TA電極取付部130、GC電極取付部140、及びAH電極取付部240は、運動誘発電位モニタリングのための記録電極の取付部位であるが、TN電極取付部250は、運動誘発電位モニタリングにおける筋肉からの信号を記録するために使用されるのではなく、脛骨神経TNを電気刺激し筋弛緩モニタリングのための電極の取付部位である。即ち、運動誘発電位モニタリングが正確に実施できる状況は、筋肉が十分に収縮できる状況であるが、全身麻酔開始時に投与された筋弛緩薬の影響下の患者では運動誘発電位を記録するために大脳運動野を電気刺激しても筋肉が反応しないので、筋から信号(筋活動電位)を記録することができない。そこでTN電極取付部250に電極を取付して脛骨神経TNを電気刺激することで、その支配筋である母趾外転筋AHから筋活動電位を記録できるかどうかをチェックし、筋弛緩薬の効果が患者の身体に残存しているかを評価する。このような筋弛緩モニターによって筋弛緩薬の効果が十分に消失したことを確認してから運動誘発電位モニタリングを開始する。なおTN電極取付部250は、体性感覚を評価するための体性感覚誘発電位モニタリングのために使用することも可能である。
【0022】
筋電図波形を導出するための電極は陽極と陰極とからなるため、スリット部は一対にて構成される。スリット部は第1被覆部100又は第2被覆部200に設けられた切れ込みから構成され、スリット部を介して電極が被験者に取り付けられる。スリット部の形状は特に限定されるものではないが、例えばスリット長さは1.0cm~3.0cmであり、スリット幅は0.0mm~0.5mmである。スリット部の切れ込みの方向は、特に限定されるものではなく、例えば医療弾性ストッキング900の長手方向に平行方向とすることが可能である。
【0023】
前脛骨筋は、
図2(a)に示されるように、人間の下肢の筋肉で足関節の背屈、内反、足底のアーチ維持を行う筋肉である。脛骨の外側面、骨間膜及び下腿筋膜から起こり、三角柱状の筋腹はやがて1本の腱になって、腱は上伸筋支帯と下伸筋支帯の下を腱鞘に包まれて通り抜け、内側楔状骨と第1中足骨の足底面で停止する。
【0024】
腓腹筋は、
図2(b)に示されるように、人間の下肢の筋肉で足関節の底屈、膝関節の屈曲を行う筋肉である。大腿骨の内側顆の上方で内側頭をつくり、また外側顆の上方では外側頭をつくって起こり、一部の線維は関節包から起始し、下行し、膝窩を下方で境し、ヒラメ筋の腱と合流して、ともに踵骨隆起で停止する。
【0025】
母趾外転筋は、
図2(c)に示されるように、人間の下肢の筋肉で母趾の外転を行う筋肉である。踵骨隆起の内側突起、屈筋支帯及び足底腱膜から起こり、起因して腱弓がつくられ、下を長指及び長母指屈筋が足根管に納まって走っており、筋は内側種子骨及び基節骨底で停止する。
【0026】
脛骨神経は、
図2(d)に示されるように、ふくらはぎの後ろを下り、かかとの近くの線維性の管(足根管)を通り、足の裏へと到る。
【0027】
スリット部の周辺部に、弾性力を保持するための補強部材が設けられることも可能である。スリット部は第1被覆部100又は第2被覆部200に設けられた切れ込みから構成されるため、切れ込み部分の周辺では医療用弾性ストッキングの編地の弾性力乃至圧迫力が低減される虞もありうる。そこで弾性力乃至圧迫力の低減可能性を抑制するためスリット部の周辺部に補強部材が設けられる。補強部材は、特に限定されるものではないが、例えばスリット部と一体型に形成された弾性力を有する弾性布地片である。補強部材は医療用弾性ストッキングの編地の内側面又は外側面の何れかに設けることが可能であるし、また内側面及び外側面の双方に設けることも可能である。
【0028】
弾性布地片の形成は、特に限定されるものではないが、例えば第1編みステップでは非弾性糸としてナイロン糸を使用し、第2編みステップでは弾性糸としてゴム糸を使用し、第3編みステップでは編糸を使用せずに編み機を可動させてスリット部に対応する空白部を形成し、第4編みステップでは融着糸を使用して編地を形成する。第4編みステップで融着糸を使用しているため、弾性布地片はスリット部と一体型に形成することが可能である。かかる場合スリット部の周辺部の補強部材は、熱融着糸がスリット部の周辺部に絡み糸として熱融着した熱融着部となる。
【0029】
次に本実施形態にかかる医療用弾性ストッキング900の使用態様について説明する。従来では(i)医療用弾性ストッキングの着用工程、(ii)医療用弾性ストッキングの脱衣工程、(iii)運動誘発電位モニタリングの記録電極設置工程、(iv)再度の医療用弾性ストッキングの着用工程からなるが、本発明の医療用弾性ストッキング900によれば(i)医療用弾性ストッキング900の着用工程と(ii)記録電極の設置工程の2工程にて完了する。
【0030】
(i)医療用弾性ストッキング900の着用工程
医療用弾性ストッキング900の着用工程では、まず医療用弾性ストッキング900の中に手を入れて踵部220を内側からつまみ、踵部220から上部のみを裏返す。次に裏返したストッキングに着用者のつま先を入れ、着用者の踵部分を踵部220に合わせる。次に両手の親指を内側に入れ、半円を描くように回しながら、膝下まで上げていきしわやたるみができないように全体をなじませて着用する。
【0031】
(ii)記録電極の設置工程
記録電極の設置工程では、第1被覆部100に設けられた一対のTA電極取付部130,130に記録電極の陽極及び陰極を取り付ける。即ちTA電極取付部130,130はスリット形状であるので、スリットを介して記録電極を被験者の前脛骨筋の起始側部と停止側部とに取り付ける。
【0032】
また第1被覆部100に設けられた一対のGC電極取付部140,140に記録電極の陽極及び陰極を取り付ける。即ちGC電極取付部140,140はスリット形状であるので、スリットを介して記録電極を被験者の腓腹筋の起始側部と停止側部とに取り付ける。
【0033】
また第2被覆部に設けられた一対のAH電極取付部240,240に記録電極の陽極及び陰極を取り付ける。即ちAH電極取付部240,240はスリット形状であるので、スリットを介して記録電極を被験者の母趾外転筋の起始側部と停止側部とに取り付ける。
【0034】
また第2被覆部に設けられた一対のTN電極取付部250,250に筋弛緩モニタリングのため電極の陽極及び陰極を取り付ける。即ちTN電極取付部250,250はスリット形状であるので、スリットを介して電極を被験者の脛骨神経TNの近位部と遠位部とに取り付ける。
【0035】
本発明の医療用弾性ストッキング900によれば、手術室へ入室後に運動誘発電位モニタリングの記録電極を下肢に設置する際には、弾性ストッキング900を脱がせてから運動誘発電位モニタリングの記録電極を下肢に設置し、再度弾性ストッキングを着用させることがない。また、記録電極の配線が弾性ストッキングによって皮膚に押し付けられることがないので、圧痕や褥瘡形成等の皮膚障害のリスクもない。
【0036】
次に、上述の実施形態では、TA電極取付部130,130、GC電極取付部140,140、AH電極取付部240,240及びTN電極取付部はスリット部として構成された。しかしながら本発明はこのような実施形態に限定されるものでない。
【0037】
一対のTA電極取付部130,130は、前脛骨筋TAの起始側部及び停止側部に対応する第1被覆部100に設けられた一対の導電性繊維編地部とすることも可能である。一対のGC電極取付部140,140は、腓腹筋GCの起始側部及び停止側部に対応する第1被覆部100に設けられた一対の導電性繊維編地部とすることも可能である。一対のAH電極取付部240,240は、母趾外転筋AHの起始側部及び停止側部に対応する第2被覆部に設けられた一対の導電性繊維編地部とすることも可能である。一対のAH電極取付部240,240は、母趾外転筋AHの起始側部及び停止側部に対応する第2被覆部に設けられた一対の導電性繊維編地部とすることも可能である。一対のTN電極取付部250,250は、脛骨神経TNの近位部及び遠位部に対応する第2被覆部に設けられた一対の導電性繊維編地部とすることも可能である。
【0038】
ここで導電性繊維編地部は、導電性を有する繊維編地部であり、好ましくは導電性繊維を含む繊維編地部である。なお繊維編地部は、必ずしも導電性繊維を含んでいる必要はなく、例えば繊維編地に導電塗料を印刷したり、スパッタリングを施すことによって繊維編地部に導電性を付与してもよい。
【0039】
導電性繊維は、特に限定されるものではなく、例えば、金属めっき繊維、導電性高分子繊維、金属繊維、炭素繊維、スリット繊維又は導電材含有繊維が挙げられる。
【実施例0040】
(1)医療用弾性ストッキングの作製
本実施例にかかる医療用弾性ストッキングは、丸編機(LONATI社製 靴下製造編機 GL544H 4インチ 針数240本)を用い、ゴム編みの穿き口部から編み始め、第1被覆部(レッグ部)100、半回転編成による足甲部210、踵部220及び足底部230まで編んだ後、足先を包み込む爪先部を編むことに作製した。
【0041】
第1被覆部100及び第2被覆部200は、医療用弾性ストッキングで通常使用される伸縮力の強い弾性糸を用いて丸編み機による一方方向への回転編成により筒網状に編まれ、また踵部220は同様の糸による半回転の繰り返し編成により編成された。
【0042】
TA電極取付部130、GC電極取付部140、AH電極取付部240、及び、TN電極取付部250は、それぞれ、ボタンホール形状のスリット部であり、下記のように4工程にて形成した。
【0043】
即ち、1口目(生地編みステップ)では裏糸と表糸(ともに70/2のナイロン糸)をプレーティング方法(通常1本だけ通す針に2本の糸を同時に引き入れながら生地を編む手法)で針とシンカーで生地を編立てた。
【0044】
2口目は、ゴム糸でナイロン糸をカバーリングしているDCY180x40x40(即ち、DCYはポリウレタン弾性糸を芯にその表側に2本のナイロン糸をそれぞれ逆方向に巻き付けた糸)を使用して、DCYと70/2のナイロン糸とによる交編にて段階的着圧に設計した。
【0045】
3口目は、糸は使用せずに針のタックレベルとニットレベルの上げ下げで機械を作動させてボタンホール形状のスリット部を形成した。次に4口目に入る前に針のベラを開くため、ベラ払いの装置で編み針のベラを開いて編み目を形成した。形成した網み目は1x1のタックとニット編みのバランス的な針の上げ下げで編み目をひらい、1口目に繋げてハイソックスの形状にした。
【0046】
4口目は、融着糸を使用してボタンホールの周囲を補強した。融着糸は80℃で融解して70/2のナイロン糸の絡みボタンホールの穴の目流れを防止する役割の糸である。なお融着糸はボタンホールの穴を開ける前から3センチ四方で入れ、またボタンホールの穴の後の編み目をひらったあとも3センチ四方で編立挿入した。
【0047】
作製した本実施例にかかる医療用弾性ストッキングを
図3に示す。この医療用弾性ストッキングは患者の右足に装着される場合を想定しており、内側部にはGC電極取付部140,140、TN電極取付部250,250及びAH電極取付部240,240が示され(
図3(a))、外側部にはTA電極取付部130が示されている(
図3(b))。
【0048】
(2)医療用弾性ストッキングの着圧測定
本実施例にかかる医療用弾性ストッキングは、ボタンホール形状の一対のスリット部であるTA電極取付部130、GC電極取付部140、AH電極取付部240、及び、TN電極取付部250が設けられているため、スリット部がない従来の医療用弾性ストッキングよりも着圧が低下している可能性がある。そこで本実施例にかかる医療用弾性ストッキングの着圧を測定した。
【0049】
図4に示されるように着圧を測定するための測定点は5カ所とした。第1測定点は一対のGC電極取付部140,140の中間部であり、第2測定点は一対のTA電極取付部130,130の中間部であり、第3測定点は一対のTN電極取付部250,250の中間部であり、第4測定点はAH電極取付部240,240の中間部であり、第5測定点は足底部230であった。本実施例にかかる医療用弾性ストッキングをヌードボディ(パンティストッキング用検品用ボディMサイズ対応 MPS-20:株式会社七彩製)に着用させて測定した。測定は衣服用圧測定器AMI3037-2(株式会社エイエムアイ・テクノ製)を使用した。N=5にて測定を行い測定値は平均をして評価をした。結果を下記表1に示す。
【0050】
【0051】
続いて比較例として一対のスリット部が形成されてない従来の医療用弾性ストッキング(スリット部が形成されていないことを除き本実施例にかかる医療用弾性ストッキングと同じ構造)を使用して同じ条件の下で着圧を測定した。結果を下記表2に示す。
【0052】
【0053】
本発明にかかる医療用弾性ストッキングは従来の医療用弾性ストッキングと比較して、着圧に劣るものではないことが示された。なお表1に記載された試験結果は、スリット部を融着糸を融着させて補強部材にて補強した医療用弾性ストッキングを使用したものであったが、融着糸による補強をしていない本発明にかかる医療用弾性ストッキングについて着圧を同様に試験したところ、従来の医療用弾性ストッキングと比較して着圧に劣るものではないものであった。