IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 高砂香料工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図1
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図2
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図3
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図4
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図5
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図6
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図7
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図8
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図9
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図10
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図11
  • 特開-悪臭抑制素材のスクリーニング方法 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022025044
(43)【公開日】2022-02-09
(54)【発明の名称】悪臭抑制素材のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20220202BHJP
   C12Q 1/6897 20180101ALI20220202BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20220202BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20220202BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220202BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12Q1/6897 Z ZNA
C12N5/10
C12N5/071
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021122345
(22)【出願日】2021-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2020127591
(32)【優先日】2020-07-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020174788
(32)【優先日】2020-10-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000169466
【氏名又は名称】高砂香料工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100128761
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 恭子
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】村井 正人
(72)【発明者】
【氏名】寺田 育生
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QQ79
4B063QR41
4B063QR57
4B063QS02
4B063QS28
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA01
4B065BA02
4B065BA21
4B065BD25
4B065CA54
(57)【要約】
【課題】悪臭原因物質に対して応答性を示す嗅覚受容体を用いて、試験物質の中から悪臭抑制素材の候補物質を効率的にスクリーニングする方法を提供する。
【解決手段】悪臭抑制素材のスクリーニング方法であって、以下の工程:OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すポリペプチドからなる群より選択される嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び悪臭原因物質を添加すること;悪臭原因物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質が、悪臭抑制素材の候補物質であると同定すること、を含む方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
悪臭抑制素材のスクリーニング方法であって、以下の工程:
OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すポリペプチドからなる群より選択される嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び悪臭原因物質を添加すること;
悪臭原因物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び
測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質が、悪臭抑制素材の候補物質であると同定すること、
を含む方法。
【請求項2】
前記の悪臭が、スカトール臭、インドール臭、α-ターピネオール臭、4-ターピネオール臭、又はp-メチルアセトフェノン臭である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記の悪臭が、糞便臭、口臭、乳製品類由来の劣化臭、又は柑橘由来の劣化臭である請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記の悪臭が、ヒトに不快感を与える化合物、組成物又は混合物による臭いである請求項1記載の方法。
【請求項5】
上記嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上、又は嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で悪臭原因物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
嗅覚受容体の応答を、レポータージーンアッセイあるいはカルシウムイメージングにより測定する、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、悪臭抑制素材をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、消費者の嗜好性の多様化や生活環境の多様化に応じて、身の回りの臭気・悪臭に対して敏感な人が増えている。その範囲は、生活空間中のニオイから食品中に含まれるわずかな異臭(オフフレーバー)に至るまで多岐にわたっており、より有効に不快臭を低減・消臭させる技術が、生活の質の向上のために求められている。
【0003】
生活空間における不快臭の代表的な原因物質として、体臭、糞便臭、腐敗臭などに含まれるスカトールやインドールが挙げられる(特許文献1)。
これらの悪臭物質は、動物性タンパク質由来のトリプトファン代謝産物であり、生体内代謝及び微生物代謝によって生成される。そのため、ヒトの体臭・排泄物中に含まれるだけでなく、乳製品などの動物由来食品にも含まれ、オフフレーバーとして食品の嗜好性を低下させる一因にもなっている(非特許文献1)。
【0004】
食品中におけるオフフレーバーの原因物質としては多くの成分が知られているが、例えば、柑橘等に由来する劣化臭である、α-ターピネオール、4-ターピネオール又はp-メチルアセトフェノンなどが挙げられる(非特許文献2)。
【0005】
旧来の不快臭の低減・消臭物質の探索法では、匂いの評価の専門家が、膨大な数の候補物質を、一つ一つ官能評価により確認するため、スループット性が低いという問題点があった。一方、近年確立された分子生物学的な手法では、悪臭原因物質に応答する嗅覚受容体を探索し、その嗅覚受容体を用いることで悪臭抑制素材の候補物質を迅速にスクリーニングできる。
【0006】
ヒトの嗅覚受容体は約400種類が存在し、一つの匂い物質は、多数の嗅覚受容体に応答するが、応答する受容体の一部はBroadly Tuned嗅覚受容体と呼ばれる幅広い匂い物質を区別なく認識する受容体である。そのため、悪臭原因物質が応答する数種類の受容体の中でも、どの受容体が不快感に関連性が高いかを知ることは重要である。例えば、非特許文献3では、嗅覚受容体OR7D4がアンドロステノン臭の不快感に関連する真に重要な受容体として報告されている。非特許文献4には、OR2W1などの香調を問わず広く応答するBroadly Tuned嗅覚受容体が数多く挙げられている。
【0007】
特許文献2には、悪臭原因物質であるスカトール又はインドールに応答する嗅覚受容体として、OR2W1、OR5P3、OR5K1、OR8H1が開示され、これらの嗅覚受容体の応答を抑制することによって、スカトール臭やインドール臭を抑制できることが記載されている。また、特許文献3には、車両などの輸送用機械への乗客持込み臭物質o-イソプロピルフェノールが、嗅覚受容体OR2L3に応答することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008-036434号公報
【特許文献2】特開2012-250958号公報
【特許文献3】特開2017-176134号公報
【特許文献4】特開2008-136841号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Agric. Food Chem. 2001, 49, 10, 4825-4832
【非特許文献2】Nippon Nogeikagaku Kaishi Vol. 55, No. 1, pp. 23-30, 1981
【非特許文献3】Nature. 2007 Sep 27;449(7161):468-72.
【非特許文献4】Flavour Fragr. J. 2015, 30, 342-361
【非特許文献5】Nature Communications 10:209 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
スカトールやインドールへの応答が開示されている嗅覚受容体の多くはBroadly Tuned嗅覚受容体であり、悪臭認識を特徴づけている嗅覚受容体がどれであるかは不明確であり知られていなかった。また、α-ターピネオール、4-ターピネオール及びp-メチルアセトフェノンに明確に応答する嗅覚受容体は、これまでに知られていなかった。このような状況の下、スカトール、インドール、α-ターピネオール、4-ターピネオール及びp-メチルアセトフェノンに代表される悪臭原因物質に応答する嗅覚受容体を探索し、該悪臭抑制素材の候補物質を効率的にスクリーニングする方法、該悪臭の不快さを低減する悪臭抑制組成物を提供することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、スカトール、インドール、α-ターピネオール、4-ターピネオール又はp-メチルアセトフェノン等に代表されるある種の悪臭原因物質が、嗅覚受容体OR2L3に特徴的に応答することを新たに見出した。数百種類もの匂い物質に対するOR2L3応答結果を集約すると、OR2L3に応答する物質には悪臭物質が一定数含まれる新規知見から、OR2L3は悪臭認識に重要な嗅覚受容体であると特定した。本発明者はさらに検討を進め、OR2L3を用いることで、嗅覚受容体アンタゴニストのマスキング効果による悪臭抑制素材の評価及び選択が可能であることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は、以下に示すスカトール、インドール、α-ターピネオール、4-ターピネオール、又はp-メチルアセトフェノン等に代表されるOR2L3応答性悪臭の抑制素材候補物質をスクリーニングする方法を提供するものである。
【0013】
[1]
悪臭抑制素材のスクリーニング方法であって、以下の工程:
OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すポリペプチドからなる群より選択される嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び悪臭原因物質を添加すること;
悪臭原因物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;
及び、測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、すなわち、測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質が、悪臭抑制素材の候補物質であると同定すること
を含む方法。
[2]
前記の悪臭が、スカトール臭、インドール臭、α-ターピネオール臭、4-ターピネオール臭、又はp-メチルアセトフェノン臭である[1]に記載の方法。
[3]
前記の悪臭が、糞便臭、口臭、乳製品類由来の劣化臭、又は柑橘由来の劣化臭である[1]に記載の方法。
[4]
前記の悪臭が、ヒトに不快感を与える化合物、組成物又は混合物による臭いである[1]に記載の方法。
[5]
上記嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上、又は嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で悪臭原因物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]
嗅覚受容体の応答を、レポータージーンアッセイあるいはカルシウムイメージングにより測定する、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法を用いることにより、悪臭原因物質と嗅覚受容体OR2L3との結合を阻害しうる悪臭抑制素材の候補物質をスクリーニングすることができる。また、対象となる悪臭が原因物質未特定の混合物であっても、試験物質がOR2L3に応答する可能性を容易に推測できるため、OR2L3の応答確認さえ実施すれば、該悪臭抑制素材のスクリーニング方法を適用することができ、未出の悪臭物質に対する選択的な消臭物質の選定にも有用である。嗅覚受容体として、OR2L3が有するアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すポリペプチドを用いた場合も、同様の効果が得られるものと予測される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】スカトールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答の測定結果を示す図である。
図2】インドールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答の測定結果を示す図である。
図3】α-ターピネオールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答の測定結果を示す図である。
図4】4-ターピネオールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答の測定結果を示す図である。
図5】p-メチルアセトフェノンに対する嗅覚受容体OR2L3の応答の測定結果を示す図である。
図6】ヘキサン酸シス―3-ヘキセニルの添加による、スカトールに対する嗅覚受容体OR2L3における応答抑制効果を示す図である。
図7】グアバコア(登録商標)の添加による、スカトールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答抑制効果を示す図である。
図8】デキストランバー(登録商標)の添加による、スカトールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答抑制効果を示す図である。
図9】ヒンジノール(登録商標)の添加による、スカトールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答抑制効果を示す図である。
図10】グアバコア(登録商標)の添加による、インドールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答抑制効果を示す図である。
図11】デキストランバー(登録商標)の添加による、インドールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答抑制効果を示す図である。
図12】ヒンジノール(登録商標)の添加による、インドールに対する嗅覚受容体OR2L3の応答抑制効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のスクリーニング方法について具体的に説明する。
前述したとおり、本発明のスクリーニング方法は、以下の工程:
OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すポリペプチドからなる群より選択される嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び悪臭原因物質を添加すること;
悪臭原因物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び
測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質が、悪臭抑制素材の候補物質であると同定すること、
を含むものである。本発明は、例えば、以下の実施形態にしたがって実施することができる。
【0017】
一実施形態として、本発明は、悪臭原因物質に対して応答性を示す嗅覚受容体OR2L3を用いて、試験物質の中から悪臭抑制素材の候補物質をスクリーニングする方法であって、
(i) OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すタンパク質(ポリペプチド)からなる群より選択される嗅覚受容体(嗅覚受容体ポリペプチド)と悪臭原因物質を接触させ、悪臭原因物質に対する嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(ii) 悪臭原因物質の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(iii) 工程(i)及び(ii)における測定結果を比較して、応答性の変化値を計算して求める工程と、
(iv) 工程(i)において悪臭原因物質に試験物質を混合して、工程(iii)と同様に応答性の変化値を計算して求める工程と、
(v) 工程(iii)と比較して工程(iv)の値が低減した試験物質を、悪臭抑制素材の候補物質として選択する工程と
を含むことを特徴としている。
【0018】
本発明のスクリーニング方法は、嗅覚受容体OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すタンパク質(ポリペプチド)からなる群より選択される嗅覚受容体に対する試験物質の応答性を指標として、試験物質の中から悪臭抑制素材の候補物質を選択するものである。
【0019】
一般に、1種類の匂い物質が複数の嗅覚受容体を活性化した結果、好き嫌い、誘引や忌避などの情動や行動が引き起こされることが知られており、非特許文献5によれば、一つ一つの嗅覚受容体には匂いの「質」が規定されていることが示されている。数百種類もの匂い物質に対するOR2L3応答を測定し、鋭意検討集約したところ、OR2L3に応答する物質には悪臭物質が一定数含まれることから、OR2L3は嫌いや忌避に相当する悪臭認識と関連付けられた。このことから、該嗅覚受容体OR2L3に対する試験物質の応答性を評価することによって、試験物質の中から悪臭原因物質が嗅覚受容体と結合することを妨げることができる候補物質を選択することができる。
なお、本明細書において、「試験物質」とは、特に限定するものではないが、悪臭抑制効果の調査対象をいい、化合物、組成物又は混合物をいうものとする。また、本明細書において「悪臭抑制素材」とは、特に限定するものではないが、悪臭を抑制することができる化合物、組成物又は混合物をいうものとする。以下、本発明のスクリーニング方法の各工程について説明する。
【0020】
<工程(i)>
工程(i)では、OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すタンパク質(ポリペプチド)からなる群より選択される嗅覚受容体と悪臭原因物質を接触させ、悪臭原因物質に対する嗅覚受容体の応答を測定する。
【0021】
嗅覚受容体としては、OR2L3、及びOR2L3が有するアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すタンパク質(ポリペプチド)からなる群より選択される嗅覚受容体が用いられる。
OR2L3は、GenBankにNМ_001004687として登録されており、配列番号1で示される塩基配列のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号2)からなるタンパク質(ポリペプチド)である。
該嗅覚受容体OR2L3は、スカトールに代表されるある種の悪臭物質に選択的に応答することから、OR2L3を用いたスクリーニング方法は、悪臭抑制素材の開発に貢献できるものと期待される。
【0022】
嗅覚受容体として、OR2L3が有するアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ悪臭原因物質に対して応答性を示すタンパク質(ポリペプチド)からなる群より選択される嗅覚受容体を用いてもよい。なお、本明細書においてアミノ酸配列の配列同一性は、BLAST検索アルゴリズム(NCBIより公に入手できる)によって算出される。
嗅覚受容体は、一種で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
本発明において、悪臭原因物質は、スカトール、インドール、α-ターピネオール、4-ターピネオール又はp-メチルアセトフェノンに代表される、糞便臭、口臭、乳製品類由来の劣化臭、又は柑橘由来の劣化臭であり、ヒトに不快感を与えるOR2L3応答性の化合物、組成物又は混合物をいう。
【0024】
本発明において嗅覚受容体と悪臭原因物質を接触させ、悪臭原因物質に対する嗅覚受容体の応答を測定する方法は特に制限されない。例えば、嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上で悪臭原因物質と接触させ、嗅覚受容体の応答を測定してもよいし、嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で悪臭原因物質と接触させ、嗅覚受容体の応答を測定してもよい。嗅覚受容体と悪臭原因物質を接触させる時間は、悪臭原因物質の濃度や測定方法にも依存するため一概には言えないが、接触させた直後に応答を測定してもよく、通常、レポータージーンアッセイ法においては0~4時間、好ましくは2~4時間、カルシウムイメージング法では数秒から数分程度である。
【0025】
嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞は、嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。
【0026】
本発明の好ましい態様では、嗅覚受容体と共に、ウシロドプシンのN末端20アミノ酸残基を組み込んでもよい。ウシロドプシンのN末端20アミノ酸残基を組み込むことにより、嗅覚受容体の細胞膜発現を促進することができる。
ウシロドプシンは、GenBankにNM_001014890として登録されている。ウシロドプシンは、配列番号3で示される塩基配列の第1番目から第1047番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号4)からなるタンパク質(ポリペプチド)である。
また、ウシロドプシンに代えて、配列番号4で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ嗅覚受容体の細胞膜発現を促進することができるタンパク質(ポリペプチド)を用いてもよい。
なお、嗅覚受容体の細胞膜発現を促進できるものであれば、ウシロドプシンに限らず、他のタンパク質(ポリペプチド)のアミノ酸残基を用いてもよい。
【0027】
嗅覚受容体の応答を測定する方法は特に制限されなく、当分野で用いられている任意の方法を用いることができる。例えば、香気化合物が嗅覚受容体へ結合すると、細胞内のGタンパク質を活性化し、Gタンパク質がアデニル酸シクラーゼを活性化して、ATPを環状AMP(cAMP)へと変換し、細胞内のcAMP量を増加させることが知られている。したがって、cAMP量を測定することで嗅覚受容体の応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ法等が用いられる。中でも、ルシフェラーゼなどの発光物質を用いたレポータージーンアッセイ法により嗅覚受容体の応答を測定することが好ましい。
【0028】
<工程(ii)>
工程(ii)では、悪臭原因物質の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する。
嗅覚受容体の応答を測定する方法は、嗅覚受容体と悪臭原因物質を接触させないことを除いて、工程(i)で示した方法と同様の方法を用いることができる。例えば、嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上で嗅覚受容体の応答を測定してもよいし、嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で嗅覚受容体の応答を測定してもよい。工程(i)と(ii)における測定結果を適切に比較するために、工程(i)と(ii)における測定条件は、悪臭原因物質の接触の有無を除いて、同じであることが好ましい。
【0029】
<工程(iii)>
工程(iii)では、工程(i)及び(ii)における測定結果を比較して、応答性の変化値を計算して求める。
本発明の一実施態様によれば、応答性の変化は、工程(i)における測定結果を、工程(ii)における測定結果で割ることで求められるFold Increase値を指標として評価してもよい。例えば、ルシフェラーゼなどの発光物質を用いたレポータージーンアッセイ法により嗅覚受容体の応答を測定する場合、Fold Increase値が好ましくは2以上、より好ましくは4以上、さらに好ましくは10以上となる濃度の悪臭原因物質を使用して評価することができる。
【0030】
<工程(iv)>
工程(iv)では、工程(i)において悪臭原因物質に試験物質を混合して、工程(iii)と同様に応答性の変化値を計算して求める。
【0031】
<工程(v)>
工程(v)では、工程(iii)と比較して工程(iv)の値が低減した試験物質を、悪臭抑制素材の候補物質として選択する。
本発明では、工程(iii)及び(iv)における測定結果を比較して応答性の変化値の低減が見られた場合、工程(iv)で用いた試験物質を、悪臭抑制素材の候補物質として評価することができる。
【0032】
上記のようにして、試験物質の中から悪臭抑制素材の候補物質をスクリーニングすることができる。本発明によれば、人間の嗅覚によって行う官能評価による嗅覚疲労や個人差などによる問題を生じることなく、多数の試験物質の中から悪臭抑制素材の候補物質を選択することができる。
選択された物質は、悪臭抑制素材の候補物質として用いることができる。選択された物質を基に必要に応じて改変等を行い、最適な匂いのする新規な化合物を開発することもできる。さらには、選択された物質を他の香料素材とブレンドして悪臭を抑制することができ、かつ最適な匂いのする香料素材を開発することも可能である。本発明のスクリーニング方法を用いることにより、悪臭抑制素材の新しい香料素材の開発に貢献することができる。
【実施例0033】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら制限されるものではない。
【0034】
[実施例1]
嗅覚受容体OR2L3が悪臭原因物質に応答することの確認
(1) 嗅覚受容体遺伝子クローニング
ヒト嗅覚受容体遺伝子はGenBankに登録されている配列情報を基に、Human Genomic DNA: Female(Promega社)よりPCR法にてクローニングすることで得た。pME18SベクターにウシロドプシンのN末端20アミノ酸残基を組み込み、さらにその下流に、得られたヒト嗅覚受容体遺伝子を組み込むことで、ヒト嗅覚受容体遺伝子発現ベクターを得た。
(2) HEK293T細胞での嗅覚受容体遺伝子の発現
ヒト嗅覚受容体遺伝子発現ベクター0.05μg、RTP1Sベクター0.01μg、cAMP応答配列プロモーターを含むホタルルシフェラーゼベクターpGL4.29(Promega社)0.01μg、及びチミジンキナーゼプロモーターを含むウミシイタケルシフェラーゼベクターpGL4.74(Promega社)0.005μgをOpti-MEM I(gibco社)10μLに溶解して遺伝子溶液(1穴分)とした。HEK293T細胞を、24時間後にコンフルエントに達する細胞数で96穴プレート(Biocoat、Corning社)に100μLずつ播種し、Lipofectamine 3000の使用法に従ってリポフェクション法によって遺伝子溶液を各穴に添加して、細胞に遺伝子導入を行い、37℃、5%二酸化炭素雰囲気下で24時間培養した。
(3) ルシフェラーゼレポータージーンアッセイ
培養液を除去した後に、検体となる香気化合物を測定する濃度になる様にCD293(gibco社)培地(20μM L-グルタミン添加)で調製したものを50μLずつ添加し、3時間の刺激を行った後に、Dual-Luciferase Reporter Assay System(Promega社)の使用方法に従ってルシフェラーゼ活性を測定した。嗅覚受容体の応答強度は、香気化合物の刺激によって生じたルシフェラーゼ活性を、香気化合物を含まない試験系で生じたルシフェラーゼ活性で割ることで求められるFold Increase値で表現した。
(4) 悪臭物質に応答する嗅覚受容体の同定
悪臭原因物質の代表例として、スカトール、インドール、α-ターピネオール、4-ターピネオール又はp-メチルアセトフェノンの嗅覚受容体OR2L3に対する応答を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって様々な濃度で測定した。結果を図1~5にそれぞれ示す。OR2L3は各種悪臭原因物質に対して濃度依存的な応答を示した。一方で、Mock試験(OR2L3を発現させない細胞を使用)では応答が見られなかった。すなわち、OR2L3は各種悪臭原因物質に対して、特異的に応答することが示された。
【0035】
[実施例2]
悪臭抑制素材に対するOR2L3の応答抑制効果の評価
特許文献4においてスカトール臭をマスキングするスカトール臭抑制素材として知られているヘキサン酸シス―3-ヘキセニルについて、スカトールに対して強い応答を示した該OR2L3の応答を抑制する効果を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。ルシフェラーゼレポータージーンアッセイにおいて、検体にスカトールとヘキサン酸シス―3-ヘキセニルを混合して用い、ヘキサン酸シス―3-ヘキセニルを混合しなかった試験でのFold Increase値を100とした際の、ヘキサン酸シス―3-ヘキセニルを混合した試験でのFold Increase値の割合を求めた。結果を図6に示す。ヘキサン酸シス―3-ヘキセニルの、スカトールに対するOR2L3の応答を濃度依存的に低減させる効果が示された。
【0036】
[実施例3]
悪臭抑制素材(候補物質群)に対するOR2L3の応答抑制効果の評価
表1に示したA群を含む悪臭抑制素材(候補物質群)について、悪臭に対して強い応答を示した該OR2L3の応答を抑制する効果を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。
ルシフェラーゼレポータージーンアッセイにおいて、検体にスカトールとグアバコア(登録商標)を混合して用い、グアバコアを混合しなかった試験でのFold Increase値を1とした際の、グアバコアを混合した試験でのFold Increase値の割合を求めた。結果を図7に示す。グアバコアの、スカトールに対するOR2L3の応答を濃度依存的に低減させる効果が示された。
本OR2L3の応答抑制効果の評価のグアバコアをデキストランバー(登録商標)に置き換えて同様に試験を実施した。結果を図8に示す。デキストランバーのスカトールに対するOR2L3の応答を濃度依存的に低減させる効果が示された。同様にグアバコアをヒンジノール(登録商標)に置き換えて試験を実施した。結果を図9に示す。ヒンジノールのスカトールに対するOR2L3の応答を濃度依存的に低減させる効果が示された。
本OR2L3の応答抑制効果の評価の悪臭をスカトールからインドールに置き換えて同様に試験を実施した。A群をそれぞれグアバコア、デキストランバー、又はヒンジノールとしたときの結果をそれぞれ図10~12に示した。グアバコア、デキストランバー、及びヒンジノールのインドールに対するOR2L3の応答を濃度依存的に低減させる効果が示された。
本OR2L3の応答抑制効果の評価はグアバコアをその他A群に置き換え、悪臭をスカトールからα-ターピネオール、4-ターピネオール又はp-メチルアセトフェノンに置き換えた組み合わせにおいても試験を実施した。いずれもA群は各悪臭のOR2L3の応答を濃度依存的に低減させる効果が示された。
【表1】
【0037】
[実施例4]
A群の悪臭抑制能の評価
受容体活動阻害活性を有する試験物質の悪臭抑制能を、官能評価によって確認した。悪臭としてはクエン酸トリエチルで100倍に希釈したスカトール、又は100倍に希釈したインドールを各10μL滴下、及び試験物質を1μL滴下した綿球をプラスチックボトル(竹本容器製OZO-40)に入れた。ボトルを1時間室温で静置し、匂い分子をボトル中に十分揮発させた。官能評価試験はパネル20名で行い、悪臭を単独で滴下した場合の匂いの強さを8とし、試験物質を混合した場合の悪臭の強さを0(悪臭を感じない)から10(非常に強く悪臭を感じる)として評価した。得られた数値より平均値を算出した。結果を表2に示す。
OR2L3のスカトール応答を抑制するヒュームスエーテル(登録商標)は、スカトール臭の強度を著しく抑制させた。このスカトールの抑制は、OR2L3のスカトール応答を抑制しなかった対照物質(4-t-ブチルシクロヘキサノール、サリチル酸ヘキシル)を用いた場合に比べ、顕著であった。またインドールについて調べた結果、やはりヒュームスエーテルによってインドール臭の強度が抑制された。なお、OR2L3の応答を抑制する他の物質(グアバコア、パンプレフィックス、アンブレトン、デキストランバー、ヒンジノール、リンゴノール(いずれも登録商標)、カルダモン油、クラリーセージ油、マンダリン油、スペアミント油)についても悪臭の抑制効果を検証したところ、いずれの物質も各悪臭を抑制することが明らかとなった。
【0038】
【表2】
上記のとおり、本発明のスクリーニング方法を用いることにより、多数の試験物質の中から悪臭抑制素材の候補物質を選択することができた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明のスクリーニング方法を用いることにより、多数の試験物質の中から悪臭抑制素材の候補物質を選択することができる。本発明のスクリーニング方法は、悪臭抑制素材の開発に貢献できるものと期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
2022025044000001.app