(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022025865
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】プレス成形品の形状変化予測方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/00 20060101AFI20220203BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
B21D22/00
B21D22/20 E
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020129006
(22)【出願日】2020-07-30
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-12-01
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】簑手 徹
(72)【発明者】
【氏名】藤井 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】卜部 正樹
【テーマコード(参考)】
4E137
【Fターム(参考)】
4E137AA10
4E137AA11
4E137AA21
4E137BB01
4E137BC01
4E137CA09
4E137CB01
4E137GA03
4E137GA06
4E137GA08
4E137GB02
(57)【要約】
【課題】平面視で湾曲したプレス成形品の時間経過による形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、天板部3と天板部3からパンチ肩R部5を介して連続する縦壁部7とを有して平面視において湾曲した形状のプレス成形品1について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による形状変化を予測するものあって、スプリングバック解析により、スプリングバックした直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を取得する工程(S1)と、スプリングバックした直後のプレス成形品1の全て又は一部の部位に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した応力の値を設定する工程(S3)と、緩和減少した応力の値を設定したプレス成形品1について力のモーメントが釣り合う形状を求める工程(S5)と、を含むものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
天板部と該天板部からパンチ肩R部を介して連続する縦壁部とを有して平面視において湾曲した形状のプレス成形品について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした直後からの時間経過に伴う応力緩和による天板部幅方向への首振りの形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法であって、
前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
該取得したスプリングバックした直後の前記プレス成形品の全て又は一部の部位に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、
該緩和減少した応力の値を設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことを特徴とするプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項2】
前記残留応力緩和減少設定工程において緩和減少した応力の値を設定する一部の部位は、前記プレス成形品の前記パンチ肩R部のみ又は該パンチ肩R部とその近傍とすることを特徴とする請求項1記載のプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項3】
前記プレス成形品は、前記縦壁部からダイ肩R部を介して連続するフランジ部を有し、
前記残留応力緩和減少設定工程において緩和減少した応力の値を設定する一部の部位は、前記プレス成形品の前記フランジ部のみ又は前記フランジ部とその近傍とすることを特徴とする請求項1又は2に記載のプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項4】
前記プレス成形品のプレス成形に供するブランクは、引張強度が150MPa級以上2000MPa級以下の金属板であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のプレス成形品の形状変化予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形品の形状変化予測方法に関し、特に、天板部と縦壁部とを有して平面視で湾曲したプレス成形品について、金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴って生じる形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス成形は金属部品を低コストかつ短時間に製造することができる製造方法であり、多くの自動車部品の製造に用いられている。近年では、自動車の衝突安全性能の向上と車体の軽量化を両立するため、より高強度な金属板が自動車部品に利用されている。
【0003】
高強度な金属板をプレス成形する場合の主な課題の一つに、スプリングバックによるプレス成形品の寸法精度の低下がある。プレス成形により金型を用いて金属板を変形させる際に発生した残留応力が駆動力となり、金型から離型したプレス成形品がプレス成形前の金属板の形状にバネのように瞬間に戻ろうとする現象をスプリングバックと呼ぶ。
【0004】
プレス成形により発生するプレス成形品の残留応力は高強度な金属板(例えば、高張力鋼板)ほど大きくなるため、スプリングバックによるプレス成形品の形状変化も大きくなる。したがって、高強度な金属板を用いたプレス成形品ほどスプリングバック直後の形状を規定の寸法内におさめることが難しくなって寸法精度が低下する。そこで、スプリングバックによるプレス成形品の形状変化を精度良く予測する技術が重要となる。
【0005】
スプリングバックによるプレス成形品の形状変化の予測には、有限要素法によるプレス成形シミュレーションを利用することが一般的である。当該プレス成形シミュレーションにおける手順としては、まず、金型を用いて金属板を成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、プレス成形品に発生する残留応力を予測する第1段階(例えば特許文献1)と、金型から取り出したプレス成形品がスプリングバックにより形状が変化する過程のスプリングバック解析を行い、力のモーメントと残留応力との釣り合いがとれるプレス成形品の形状を予測する第2段階(例えば特許文献2)に分けられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許5795151号公報
【特許文献2】特許5866892号公報
【特許文献3】特開2013-113144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで、前述した第1段階のプレス成形解析と第2段階のスプリングバック解析とを統合したプレス成形シミュレーションを行うことにより、金型から離型してスプリングバックした直後のプレス成形品の形状が予測されてきた。
しかしながら、発明者らは、プレス成形シミュレーションにより予測されたプレス成形品の形状と実際にプレス成形されたプレス成形品の形状を比較していた際、プレス成形シミュレーションによる形状予測精度が低くなるプレス成形品があることに気がついた。
【0008】
そこで、プレス成形シミュレーションによる形状予測精度が低くなるプレス成形品とその原因を調査したところ、天板部と該天板部から連続する縦壁部とを有して平面視で湾曲したプレス成形品においては、プレス成形直後(金型から離型しスプリングバックした直後)と数日経過後とでは形状が異なることを発見した。
【0009】
このようなプレス成形品の時間経過に伴う形状変化は、クリープ現象のように外部から高い荷重を受け続ける構造部材が徐々に変形する現象(例えば特許文献3)と類似しているように思われる。しかしながら、外部から荷重を受けていない状態で、プレス成形品の形状が時間の経過とともに変化する現象はこれまでに知られていなかった。
【0010】
さらに、従来のプレス成形シミュレーションにおける第2段階(スプリングバック解析)は、金型から取り出した瞬間にスプリングバックした直後のプレス成形品の形状を予測するものであるため、スプリングバックしたプレス成形品が数日経過した後の形状変化を予測することに関しては、これまでに何ら検討されていなかった。
その上、スプリングバックしたプレス成形品の時間経過による形状変化は、前述したように、外部からの荷重を受けずに生じるものであるため、このようなプレス成形品の時間経過による形状変化を予測することに対して、クリープ現象による形状変化を取り扱う解析手法を適用することはできなかった。
【0011】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、天板部と該天板部から連続する縦壁部とを有して平面視(天板部方向から見た場合)で湾曲したプレス成形品について、金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴う形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、天板部と該天板部からパンチ肩R部を介して連続する縦壁部とを有して平面視において湾曲した形状のプレス成形品について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした直後からの時間経過に伴う応力緩和による天板部幅方向への首振りの形状変化を予測するものであって、
前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
該取得したスプリングバックした直後の前記プレス成形品の全て又は一部の部位に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、
該緩和減少した応力の値を設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0013】
(2)上記(1)に記載のものにおいて、
前記残留応力緩和減少設定工程において緩和減少した応力の値を設定する一部の部位は、前記プレス成形品の前記パンチ肩R部のみ又は該パンチ肩R部とその近傍とすることを特徴とするものである。
【0014】
(3)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記プレス成形品は、前記縦壁部からダイ肩R部を介して連続するフランジ部を有し、
前記残留応力緩和減少設定工程において緩和減少した応力の値を設定する一部の部位は、前記プレス成形品の前記フランジ部のみ又は前記フランジ部とその近傍とすることを特徴とするものである。
【0015】
(4)上記(1)乃至(3)のいずれかに記載のものにおいて、
前記プレス成形品のプレス成形に供するブランクは、引張強度が150MPa級以上2000MPa級以下の金属板であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明においては、天板部と該天板部からパンチ肩R部を介して連続する縦壁部とを有して平面視において湾曲した形状のプレス成形品について、該プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、該取得したスプリングバックした直後のプレス成形品の全て又は一部の部位に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、該緩和減少した応力の値を設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことにより、金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴う前記プレス成形品の形状変化を精度良く予測することができる。その結果、自動車部品や車体等の製造工程において、従来よりもさらに寸法精度の優れたプレス成形品を得て、製造能率を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法の処理の流れを示すフロー図である。
【
図2】本発明の実施の形態及び実施例で対象とした平面視で湾曲したプレス成形品を示す斜視図である。
【
図3】本発明の実施の形態及び実施例で対象とした平面視で湾曲したプレス成形品の平面図である(一点鎖線:平面視(図中のXY平面)における天板部の幅方向の中心線)。
【
図4】ひずみを一定に保持した状態で時間の経過とともに応力が減少する応力緩和現象を説明する図である。
【
図5】平面視で湾曲したハット型断面形状のプレス成形品のパンチ肩R部及びフランジ部における応力緩和による形状変化を説明する図である(プレス成形直後の成形下死点)。
【
図6】平面視で湾曲したハット型断面形状のプレス成形品のパンチ肩R部及びフランジ部における応力緩和による形状変化を説明する図である(スプリングバック直後)。
【
図7】平面視で湾曲したハット型断面形状のプレス成形品の天板部及びフランジ部における応力緩和による形状変化を説明する図である(時間経過後)。
【
図8】本発明の実施の形態及び実施例において、プレス成形品の時間経過に伴う形状変化である首振りと、該首振りによるプレス成形品の形状変化量(首振り量DA)を説明する図である。
【
図9】実施例において、スプリングバック解析及び残留応力緩和形状解析をしたプレス成形品の形状変化を評価するための拘束位置と形状変化の評価位置を示す図である(ハッチングされた丸印:拘束位置、点A:形状変化の評価位置)。
【
図10】実施例において、実際にプレス成形したプレス成形品の時間経過に伴う形状変化を評価するための前記プレス成形品における拘束部位と形状変化の評価位置を示す図である(ハッチング領域:拘束部位、点A:形状変化の評価位置)。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<発明に至るまでの検討>
発明者らは、前述の課題を解決するために、
図2及び
図3に一例として示すプレス成形品1について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後のさらなる時間経過に伴う形状変化を予測する手法を確立するために、その前段階として、プレス成形品1の形状が時間経過に伴って変化する原因について検討した。
【0019】
検討の対象としたプレス成形品1は、
図2及び
図3に示すように、天板部3と、天板部3からパンチ肩R部5を介して連続する縦壁部7と、縦壁部7からダイ肩R部9を介して連続するフランジ部11とを有してなるハット型断面形状であり、平面視で湾曲した形状の湾曲部13と、湾曲部13の両端から延出する辺部15と、を有する。
【0020】
このようなプレス成形品1について上記検討の結果、発明者らは、
図4の応力―ひずみ線図に示すように、ひずみを付与した後に、ひずみを一定のまま保持し時間の経過とともに応力が徐々に緩和する応力緩和現象に着目した。そして、スプリングバックした後のプレス成形品1においても、時間の経過とともに残留応力が徐々に緩和することで、プレス成形品1の力のモーメントと釣り合う形状が変化していることを突き止めた。
【0021】
プレス成形品1の時間経過に伴う残留応力の緩和による形状変化について、
図5~
図7に示す模式図を用いて説明する。
【0022】
プレス成形品1のプレス成形において、金属板(ブランク)は
図2及び
図3のように平面視で湾曲した形状に曲げられるため、成形下死点では、
図5に示すように、湾曲外側のパンチ肩R部5a付近には引張応力が、湾曲内側のパンチ肩R部5b付近には圧縮応力が発生し、また、湾曲外側のフランジ部11aには縮みフランジ変形により圧縮応力が、湾曲内側のフランジ部11bには伸びフランジ変形により引張応力が発生する。
【0023】
続いて、プレス成形品1を金型から離型すると、成形下死点での残留応力を駆動力としてプレス成形品1にはスプリングバックが発生する。その際、プレス成形品1は湾曲の曲率半径が大きくなる形状に変形しようとすることで、湾曲の両端から延出する辺部15の先端が天板部3の幅方向の湾曲外側に移動するような変形(以下、このような変形を「首振り」という。)が発生する。そして、
図6に示すように、離型したプレス成形品1は、成形下死点における残留応力(
図5)とは逆向きの残留応力が発生した状態でモーメントが釣り合うような形状となる。
【0024】
その後、時間経過とともに
図6から
図7に示すように残留応力が緩和し、スプリングバック終了直後の残留応力が弱まり、プレス成形品1はさらに首振りが発生し、成形下死点形状からの乖離が変化する。
【0025】
すなわち、成形下死点までプレス成形したプレス成形品は、金型から離型して瞬間的にスプリングバックすると、その時点でのプレス成形品1に残留応力が生じるが、時間の経過に伴って残留応力は緩和されて減少し、湾曲外側の応力と湾曲内側の応力の差も減少する。その結果、プレス成形品1においては、スプリングバック直後の形状よりもさらに小さな応力で釣り合った形状へと変形する。
【0026】
このように、プレス成形品1においては、時間の経過に伴って残留応力が緩和することに起因して、湾曲の両端側が天板部幅方向における湾曲外側へと移動する首振りが発生し、成形下死点での形状からさらに乖離した形状に変化するという知見が得られた。
【0027】
そこで、発明者らは、上記の新たな知見に基づいて、例えば、
図2及び
図3に示すようなプレス成形品1におけるスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による形状変化を予測する方法について検討をすすめた。その結果、前述したプレス成形シミュレーションの第2段階(スプリングバック解析)で得られるスプリングバックした直後のプレス成形品1の全部又は一部の部位の残留応力を緩和減少させ、プレス成形品1の力のモーメントと釣り合う形状を求める第3段階の解析をさらに行うことで、前述したようなプレス成形品1の時間経過に伴う形状変化(首振り)を予測できるということを見い出した。
【0028】
さらに、当該形状変化予測方法によれば、
図2及び
図3に示すようなハット型断面形状のプレス成形品1に限らず、天板部と該天板部からパンチ肩R部を介して連続する縦壁部を有して平面視で湾曲したプレス成形品であれば、スプリングバックした後の時間経過に伴う形状変化(首振り)を予測できるという知見が得られた。
【0029】
本発明はこのような検討及び知見に基づいてなされたものであり、本発明の具体的な構成については、以下に述べる本発明の実施の形態に基づいて説明する。
【0030】
<プレス成形品の形状変化予測方法>
本発明の実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、一例として
図2及び
図3に示すように、天板部3と天板部3からパンチ肩R部5を介して連続する縦壁部7と縦壁部7からダイ肩R部9を介して連続するフランジ部11とを有して平面視で湾曲した形状のプレス成形品1について、金型から離型しスプリングバックした直後からの時間経過に伴う応力緩和による首振りの形状変化を予測するものであって、
図1に示すように、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1と、残留応力緩和減少設定工程S3と、残留応力緩和形状解析工程S5と、を備えるものである。
以下、上記の各工程について説明する。なお、本願の明細書及び図面に示す寸法その他具体的な数値等は、本発明を説明するための具体的な例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0031】
≪スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程≫
スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1は、プレス成形品1のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を取得する工程である。
【0032】
スプリングバックした直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を取得する具体的な処理の一例としては、実際のプレス成形品1のプレス成形に用いる金型をモデル化した金型モデルを用いて、金属板を成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1を求める第1段階と、該求めた成形下死点におけるプレス成形品1を金型モデルから離型した後のプレス成形品1の力のモーメントの釣り合いが取れる形状及び残留応力を求めるスプリングバック解析を行う第2段階と、を有する有限要素法によるプレス成形シミュレーションが挙げられる。
【0033】
≪残留応力緩和減少設定工程≫
残留応力緩和減少設定工程S3は、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1において取得したスプリングバックした直後のプレス成形品1の全て又は一部の部位に対し、その残留応力よりも緩和減少させた応力の値を設定する工程である。
【0034】
残留応力緩和減少設定工程S3における残留応力とは、スプリングバックした直後のプレス成形品1に残留する引張応力及び圧縮応力のことをいう。
さらに、残留応力緩和減少設定工程S3において残留応力を緩和減少させた応力の値を設定するとは、スプリングバックした直後のプレス成形品1に残留する引張応力(正の値)及び圧縮応力(負の値)の絶対値を緩和減少させることをいう。
【0035】
スプリングバックした直後のプレス成形品1に対して残留応力を緩和減少する一部の部位は、例えば、以下のようにするとよい。
【0036】
まず、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1において得られたスプリングバック直後のプレス成形品1には、前述した
図6に模式的に示す湾曲部13における周方向応力分布のように、湾曲外側のフランジ部11aに引張応力が、湾曲外側のパンチ肩R部5aに圧縮応力が、湾曲内側のフランジ部11bに圧縮応力が、湾曲内側のパンチ肩R部5bに引張応力が残留している。
【0037】
そこで、残留応力緩和減少設定工程S3において残留応力を緩和減少する一部の部位は、引張応力又は圧縮応力が残留しているパンチ肩R部5、あるいは、パンチ肩R部5とその近傍が望ましい。ここで、パンチ肩R部5の近傍とは、パンチ肩R部5から連続する天板部3及び/又は縦壁部7におけるパンチ肩R部5に近い部位のことをいう。例えば、天板部3の幅及び縦壁部7の高さの1/5程度の範囲をいう。
【0038】
さらに、縦壁部7からダイ肩R部9を介して連続するフランジ部11を有するハット型断面形状のプレス成形品1において、残留応力を緩和減少した応力の値を設定する一部の部位は、フランジ部11又はフランジ部11とその近傍の部位が好ましく、さらには、パンチ肩R部5とその近傍の部位、及び、フランジ部11とその近傍の部位の双方が好ましい。ここで、フランジ部11の近傍の部位とは、フランジ部11と縦壁部7とを接続するダイ肩R部9のことをいう。
【0039】
なお、残留応力を緩和減少させた応力の値を設定する部位については、後述する実施例で具体的に検証した。
【0040】
≪残留応力緩和形状解析工程≫
残留応力緩和形状解析工程S5は、残留応力緩和減少設定工程S3で残留応力を緩和減少設定したプレス成形品1について、力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行う工程である。
【0041】
残留応力緩和形状解析工程S5における解析には、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1におけるスプリングバック解析と同様の解析手法を適用し、静的陰解法により、残留応力を緩和減少した後のプレス成形品1の形状を得ることができる。
【0042】
残留応力緩和形状解析工程S5における解析での節点拘束条件としては、例えば、
図9に示すように、一方の辺部15の天板部3の各位置(図中においてハッチングした丸印の位置)の節点に対し、X方向、Y方向及びZ方向の移動を拘束(dX=dY=dZ=0)、X方向の移動は拘束せずにY方向及びZ方向の移動を拘束(dY=dZ=0)、あるいは、Z方向のみの移動を拘束(dZ=0)するものがある。なお、このような節点拘束条件は、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1におけるスプリングバック解析の節点拘束条件と同じとすることが望ましい。
【0043】
このように、本実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法によれば、スプリングバック解析により取得した、スプリングバックした直後のプレス成形品1の全部又は一部の部位に対し、その残留応力よりも緩和減少した応力の値を設定し、該緩和減少した応力の値を設定したプレス成形品1について力のモーメントと釣り合う形状を求める解析を行うことで、実際のプレス成形品1における時間経過による応力緩和と形状変化を模擬し、金型から離型してスプリングバックした後のプレス成形品1の時間経過に伴う形状変化(天板部幅方向への首振り)を予測することができる。
【0044】
なお、上記の説明において、残留応力緩和減少設定工程S3は、プレス成形品1におけるパンチ肩R部5とその近傍、及び、フランジ部11とその近傍に対し、それら各部位の残留応力を緩和減少させた応力の値を設定するものであった。
もっとも、本発明は、残留応力緩和減少設定工程において、パンチ肩R部5のみ、パンチ肩R部5とその近傍、若しくは、フランジ部11のみといったプレス成形品1の一部の部位に対して、残留応力を緩和減少させた応力の値を設定してもよい。
さらには、プレス成形品1におけるパンチ肩R部5やフランジ部11以外の他の部位に対して残留応力を緩和減少させるものであってもよいし、プレス成形品1の全部に対し、残留応力を緩和減少させた値を設定してもよい。
【0045】
あるいは、プレス成形品1の一部の部位に対して残留応力を緩和減少させる場合にあっては、部位ごとに残留応力を緩和減少させる割合や値を変えてもよい。
【0046】
また、上記の説明は、平面視で湾曲したハット型断面形状のプレス成形品1を対象としたものであったが、本発明は、天板部と縦壁部とフランジ部とを有してなるZ字型断面形状や、天板部と縦壁部とを有してなるコ字型断面形状又はL字型断面形状であって、平面視で湾曲した形状のプレス成形品についても適用することができる。
【0047】
コ字型断面形状やL字型断面形状のプレス成形品の場合においては、残留応力緩和減少設定工程において残留応力を緩和減少させる部位として、パンチ肩R部又はパンチ肩R部とその近傍(パンチ肩R部から連続する天板部及び/又は縦壁部)とすることが好ましいが、パンチ肩R部以外の部位や、プレス成形品の全部に対して残留応力を緩和減少させてもよい。
【0048】
また、パンチ肩R部やフランジ部の残留応力を緩和させる場合にあっては、それらの全範囲に対して残留応力を緩和させることに限定するものではなく、パンチ肩R部やフランジ部の一部の範囲について緩和させるものであってもよい。この場合、スプリングバックした直後のプレス成形品における残留応力の値に応じて、適宜、残留応力を緩和減少させる範囲を設定すればよい。
【0049】
同様に、パンチ肩R部の近傍である天板部や縦壁部、又は、フランジ部の近傍であるダイ肩R部に対して残留応力を緩和減少させる場合にあっても、天板部、縦壁部及びフランジ部の全範囲に対して残留応力を緩和減少させることに限らず、スプリングバックした直後のプレス成形品における残留応力の値に応じて、天板部、縦壁部及びフランジ部において残留応力を緩和減少させる範囲を適宜設定すればよい。
【0050】
なお、上記の説明で形状変化の予測対象としたプレス成形品1は、平面視で湾曲した形状の湾曲部13と、湾曲部13における湾曲の両端から延出する辺部15と、を有するものであったが、本発明は、平面視で湾曲した形状のプレス成形品であればよく、例えば、プレス成形品1のように直線状に延出する辺部15を有さず、全体的に平面視で湾曲した形状のプレス成形品であってもよい。また、湾曲の片側から延出する辺部15を有する湾曲した形状のプレス成形品であってもよい。
【0051】
なお、本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法において、プレス成形品のプレス成形に供するブランク(金属板)や、プレス成形品の形状、種類には特に制限はないが、プレス成形品の残留応力が高くなる金属板を用いてプレス成形した自動車部品に対してより効果がある。
【0052】
具体的には、ブランクの板厚については、0.5mm以上4.0mm以下であることが好ましい。
また、ブランクの引張強度については、150MPa級以上2000MPa級以下であることが好ましく、440MPa級以上1470MPa級以下であることがより好ましい。
【0053】
引張強度が150MPa級未満の金属板は、プレス成形品に利用されることが少ないため、本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法を用いる利点が少ない。引張強度150MPa級以上の金属板を用いた自動車の外板部品等の剛性が低いものについては、残留応力の変化による形状変化を受けやすいため、本発明を適用する利点が多くなるので本発明を好適に適用できる。
【0054】
一方、引張強度が2000MPa級を超える金属板は延性が乏しいため、例えば、
図2に示すようなハット型断面形状のプレス成形品1のプレス成形過程においてはパンチ肩R部5やダイ肩R部9で割れが発生しやすく、プレス成形することができない場合がある。
【0055】
さらに、プレス成形品の種類としては、ルーフレールやクロスメンバー等の骨格部品といった自動車部品を対象とすることが好ましいが、平面視で湾曲しており、プレス成形した後の時間経過により首振りの形状変化が発生する自動車部品であれば本発明を広く用いることができる。
【0056】
なお、本発明で対象とするプレス成形品のプレス工法についても、曲げ成形、フォーム成形又はドロー成形等、特に問わない。
【実施例0057】
本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法の作用効果について、具体的な実験及び解析を行ったので、以下に説明する。
実験では、金属板の一例として、表1に示す機械的特性を持つ鋼板を用い、
図2及び
図3に示すハット型断面形状のプレス成形品1のプレス成形を行った。プレス成形品1の成形下死点形状は、成形高さ(
図2中のZ方向におけるプレス成形品1の高さ)を50mm、天板部3の幅を40mm、フランジ部11の幅を15mm、湾曲部13の湾曲の曲率半径をR80mm、辺部15の長さを80mmとした。
【0058】
【0059】
そして、成形下死点までプレス成形したプレス成形品1を金型から離型して2日後に、プレス成形品1の形状変化を測定した。
形状変化の測定においては、
図10に示すように一方の辺部15の天板部3(
図10中に斜線を付した部位)を拘束した状態で、
図8に示すように、他方の辺部15の先端における評価点Aの天板部幅方向移動量(
図8において、成形下死点での評価点Aと時間経過後の評価点A’とのX方向距離)を時間経過に伴う首振り量DAの実測値として測定した。このように測定した首振り量DAの実測値は、6.4mmであった。
【0060】
一方、解析では、スプリングバックした後のプレス成形品1の残留応力の緩和による形状変化を予測した。
まず、プレス成形に用いる金型をモデル化した金型モデルを用いて、表1に示す機械的特性を有する鋼板を成形下死点までプレス成形するプレス成形解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1の残留応力を求めた。
【0061】
次に、スプリングバック解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1を金型モデルから離型した直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を求めた。
【0062】
続いて、スプリングバック解析により求めた、スプリングバックした直後のプレス成形品1における一部の部位に対し、それらの残留応力の絶対値を所定の割合で緩和減少させた応力の値を設定した。
【0063】
そして、残留応力を緩和し減少させたプレス成形品1について、
図9に示すように、一方の辺部15の各位置に節点拘束条件を与えてプレス成形品1の力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行った。なお、
図9における記号及び数式の意味は、前述した実施の形態1で説明したとおりである。
【0064】
その後、形状変化解析をしたプレス成形品1についても、
図8に示すように、辺部15の先端における評価点Aの天板部幅方向の移動量(
図8において、成形下死点での評価点Aと残留応力緩和形状解析後の評価点A’とのX方向距離)を時間経過に伴う首振り量DAとして、その予測値を算出した。
【0065】
実施例では、スプリングバック解析により取得したプレス成形品1における湾曲外側と湾曲内側の双方のパンチ肩R部5とその近傍(縦壁部7)、フランジ部11及びダイ肩R部9のそれぞれに対し、スプリングバックした直後の残留応力を10~30%の割合(応力緩和減少率)で緩和し減少させた応力の値を設定したものを発明例1~発明例6とした。
【0066】
【0067】
発明例1は、パンチ肩R部5とその近傍である縦壁部7(天板部方向から縦壁高さの1/5まで)、発明例2~発明例5は、パンチ肩R部5とその近傍、及び、フランジ部11のそれぞれに対して、発明例6は、パンチ肩R部5とその近傍、フランジ部11、及び、ダイ肩R部9のそれぞれに対して、残留応力を緩和減少した応力の値を設定したものである。
【0068】
また、比較対象として、発明例1~発明例6と同様にプレス成形品1のプレス成形解析及びスプリングバック解析を行うものの、スプリングバック解析をした後の時間経過に伴う力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行わず、応力緩和の影響を考慮しなかったものを比較例とした。
【0069】
そして、発明例1~発明例6及び比較例のそれぞれについて、プレス成形品1の辺部15における長手方向先端(評価点A)における成形下死点でのプレス成形品1の形状からの乖離量である首振り量DAの予測値を求めた。さらに、次の式により、首振り量DAの予測値の実測値との差及び誤差を算出した。
(差)(mm)=(DAの予測値-DAの実測値)
(誤差)(%)=100×(DAの予測値-DAの実測値)/(DAの実測値)
【0070】
発明例1~発明例6及び比較例において残留応力を緩和し減少させた部位及び応力緩和減少率と首振り量DAの予測値、実測値との差及び誤差を前掲した表2にまとめて示す。
【0071】
比較例における評価点Aの首振り量DAの予測値は7.1mmであり、実測値との差及び誤差は、それぞれ、0.7mm及び10.9%であった。
【0072】
発明例1は、パンチ肩R部5とその近傍に対して残留応力を10%緩和減少させた応力の値を設定したものである。発明例1における評価点Aの首振り量DAの予測値は6.8mmであり、実測値との差及び誤差は、それぞれ、0.4mm及び6.3%であり、比較例と比べて良好な結果であった。
【0073】
発明例2は、パンチ肩R部5とその近傍及びフランジ部11の双方に対して残留応力を10%減少させた応力の値を設定したものである。発明例2における評価点Aの首振り量DAの予測値は6.7mmであり、実測値との差及び誤差は、それぞれ、0.3mm及び4.7%であり、発明例1よりも良好な結果であった。
【0074】
発明例3は、パンチ肩R部5とその近傍及びフランジ部11のそれぞれに対して残留応力を20%及び10%減少させた応力の値を設定したものである。発明例3における評価点Aの首振り量DAの予測値は6.5mmであり、実測値との差及び誤差は、それぞれ、0.1mm及び1.6%であり、発明例2よりもさらに良好な結果であった。
【0075】
発明例4は、パンチ肩R部5とその近傍及びフランジ部11の双方に対して残留応力を20%減少させた応力の値を設定したものである。発明例4における評価点Aの首振り量DAの予測値は6.3mm、実測値との差及び誤差は、それぞれ、-0.1mm及び-1.6%であり、いずれも負の値であるが、絶対値で比較すると比較例よりも良好であり、発明例3と同等の結果であった。
【0076】
発明例5は、パンチ肩R部5とその近傍及びフランジ部11のそれぞれに対して残留応力を30%及び20%減少させた応力の値を設定したものである。発明例5における評価点Aの首振り量DAの予測値は6.1mmであり、実測値との差及び誤差は、それぞれ、-0.3mm及び-4.7%であり、比較例と比べて良好な結果であったものの、発明例4と比べて実測値との差及び誤差が大きくなった。
【0077】
発明例6は、発明例3と同様にパンチ肩R部5とその近傍及びフランジ部11のそれぞれに対して残留応力を20%及び10%減少させた応力の値を設定し、さらに、ダイ肩R部9に対してその残留応力を30%減少させた応力の値を設定したものである。発明例6における首振り量DAの予測値は実測値と一致し、発明例3と比べてさらに良好な結果となった。