(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022026451
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】プレス成形品の形状変化予測方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/00 20060101AFI20220203BHJP
【FI】
B21D22/00
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020129928
(22)【出願日】2020-07-31
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】揚場 遼
(72)【発明者】
【氏名】藤井 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】卜部 正樹
(72)【発明者】
【氏名】飛田 隼佑
【テーマコード(参考)】
4E137
【Fターム(参考)】
4E137AA04
4E137AA05
4E137AA21
4E137BA01
4E137BB01
4E137BC01
4E137CA09
4E137CB01
4E137CB03
4E137EA01
4E137GA03
4E137GA08
4E137GB02
(57)【要約】
【課題】側面視で凸状に湾曲したプレス成形品の時間経過による凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、天板部とパンチ肩部と縦壁部とを有して側面視で天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品について、金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による形状変化を予測するものであって、スプリングバック解析により、スプリングバック直後のプレス成形品の形状及び残留応力を取得する工程(S1)と、スプリングバック直後のプレス成形品の少なくともパンチ肩部及び/又は縦壁部に対し、スプリングバック直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力を設定する工程(S3)と、緩和減少した残留応力を設定したプレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める工程(S5)を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
天板部と、該天板部からパンチ肩部を介して連続する縦壁部と、を有し、側面視で前記天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法であって、
前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
スプリングバックした直後の前記プレス成形品の少なくとも前記パンチ肩部及び/又は前記縦壁部に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、
残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことを特徴とするプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項2】
天板部と、該天板部から連続するパンチ肩部を介して連続する縦壁部と、該縦壁部からダイ肩部を介して連続するフランジ部と、を有し、側面視で前記天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法であって、
前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
スプリングバックした直後の前記プレス成形品の少なくとも前記パンチ肩部及び/又は前記縦壁部に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、
残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことを特徴とするプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項3】
前記残留応力緩和減少設定工程において、スプリングバックした直後の残留応力よりも5%以上緩和減少した残留応力の値を設定することを特徴とする請求項1又は2に記載のプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項4】
前記プレス成形品のプレス成形に供するブランクは、引張強度が150MPa級以上2000MPa級以下の金属板であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のプレス成形品の形状変化予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形品の形状変化予測方法に関し、特に、天板部と縦壁部とを有して側面視で前記天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品について、金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴って生じる形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス成形は金属部品を低コストかつ短時間に製造することができる製造方法であり、多くの自動車部品の製造に用いられている。近年では、自動車の衝突安全性と車体の軽量化を両立するため、より高強度な金属板が自動車部品のプレス成形に利用されている。
【0003】
高強度な金属板をプレス成形する場合の主な課題の一つにスプリングバックによる寸法精度の低下がある。プレス成形により金属板を変形させる際にプレス成形品に発生した残留応力が駆動力となり、金型から離型したプレス成形品がプレス成形前の金属板の形状にバネのように瞬間的に戻ろうとする現象をスプリングバックと呼ぶ。
【0004】
プレス成形時に発生する残留応力は高強度な金属板(例えば、高張力鋼板)ほど大きくなるため、スプリングバックによる形状変化も大きくなる。したがって高強度な金属板ほどスプリングバック後の形状を規定の寸法内におさめることが難しくなる。そこでスプリングバックによるプレス成形品の形状変化を精度良く予測する技術が重要となる。
【0005】
スプリングバックによる形状変化の予測には、有限要素法によるプレス成形シミュレーションの利用が一般的である。当該プレス成形シミュレーションにおける手順としては、まず、金属板を成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、プレス成形下死点での残留応力を予測する第1段階(例えば特許文献1)と、金型から離型した(取り出した)プレス成形品がスプリングバックにより形状が変化する過程のスプリングバック解析を行い、離型したプレス成形品における力のモーメントと残留応力との釣り合いがとれる形状を予測する第2段階(例えば特許文献2)に分けられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許5795151号公報
【特許文献2】特許5866892号公報
【特許文献3】特開2013-113144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまでに、前述した第1段階のプレス成形解析と第2段階のスプリングバック解析とを統合したプレス成形シミュレーションを行うことにより、金型から離型してスプリングバックしたプレス成形品の形状が予測されてきた。
しかしながら、発明者らは、プレス成形シミュレーションにより予測されたプレス成形品の形状と実際にプレス成形されたプレス成形品の形状とを比較した際、プレス成形シミュレーションによる形状予測精度が低くなるプレス成形品があることに気づいた。
【0008】
そこで、プレス成形シミュレーションによる形状予測精度が低くなるプレス成形品とその原因を調査したところ、一例として
図11に示すような、天板部3と縦壁部7とフランジ部11とを有してなるハット型断面形状であり、側面視で天板部3側に凸状に湾曲したプレス成形品1においては、離型して数日経過した後では、プレス成形品1における長手方向の両端側が落ち込んで凸状湾曲の曲率半径が小さい形状となるキャンバーゴーと呼称される変形が生じてしまい、プレス成形直後と数日経過後とではプレス成形品1の形状が異なることを発見した。
【0009】
このようなプレス成形品の時間単位の経過に伴う経時変化は、クリープ現象のように外部から高い荷重を受け続ける構造部材が徐々に変形する現象(例えば、特許文献3)と類似しているように思われるが、外部から荷重を受けていないプレス成形品において起こる形状の変化はこれまでに知られていなかった。
【0010】
さらに、従来のプレス成形シミュレーションにおける第2段階(スプリングバック解析)は、金型から取り出した瞬間に生じるスプリングバックした直後のプレス成形品の形状を予測するものである。そのため、スプリングバックしたプレス成形品について、本願が目的とする例えば数日経過した後の形状変化を予測することに関しては、これまでに何ら検討されていなかった。
【0011】
その上、スプリングバックしたプレス成形品の時間単位の経過による形状変化は、前述したように、外部からの荷重を受けずに生じるものである。そのため、プレス成形品の時間単位の経過による形状変化の予測を試みたとしても、クリープ現象による形状変化を取り扱う解析手法を適用することはできなかった。
【0012】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、側面視で凸状に湾曲したプレス成形品について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後の時間単位の経過による前記プレス成形品の形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(1)本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、天板部と、該天板部からパンチ肩部を介して連続する縦壁部と、を有し、側面視で前記天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化を予測するものであって、
前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
スプリングバックした直後の前記プレス成形品の少なくとも前記パンチ肩部及び/又は前記縦壁部に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、
残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0014】
(2)本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、天板部と、該天板部から連続するパンチ肩部を介して連続する縦壁部と、該縦壁部からダイ肩部を介して連続するフランジ部と、を有し、側面視で前記天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化を予測するものであって、
前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
スプリングバックした直後の前記プレス成形品の少なくとも前記パンチ肩部及び/又は前記縦壁部に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、
残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0015】
(3)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記残留応力緩和減少設定工程において、スプリングバックした直後の残留応力よりも5%以上緩和減少した残留応力の値を設定することを特徴とするものである。
【0016】
(4)上記(1)乃至(3)のいずれかに記載のものにおいて、
前記プレス成形品のプレス成形に供するブランクは、引張強度が150MPa級以上2000MPa級以下の金属板であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明においては、天板部と、該天板部からパンチ肩部を介して連続する縦壁部と、を有し、側面視で前記天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品について、前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の少なくとも前記パンチ肩部及び/又は前記縦壁部に対し、スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する残留応力緩和減少設定工程と、残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める残留応力緩和形状解析工程と、を含むことにより、金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による前記プレス成形品の凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化を精度良く予測することができる。その結果、自動車部品や車体等の製造工程において、従来よりさらに寸法精度の優れたプレス成形品を得て、製造能率を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法の処理の流れを示すフロー図である。
【
図2】本発明の実施の形態及び実施例1で対象とした側面視で凸状に湾曲したハット型断面形状のプレス成形品を示す図である((a)斜視図、(b)側面図)。
【
図3】ひずみを付与した後に一定に保持した状態で時間の経過とともに応力が緩和して減少する応力緩和減少を説明する図である。
【
図4】ハット型断面形状のプレス成形品のパンチ肩部における残留応力の緩和による形状変化(角度変化)を説明する図である((a)プレス成形直後の成形下死点、(b)スプリングバック直後、(c)時間経過後)。
【
図5】ハット型断面形状のプレス成形品のパンチ肩部における応力緩和による曲げ角度の変化に伴う縦壁部の壁開きを説明する図である。
【
図6】ハット型断面形状のプレス成形品の縦壁部における残留応力の緩和による形状変化(壁反り)を説明する図である((a)プレス成形直後の成形下死点、(b)スプリングバック直後、(c)時間経過後)。
【
図7】ハット型断面形状のプレス成形品の縦壁部における応力緩和による壁反りの変化に伴う縦壁部の壁開きを説明する図である。
【
図8】本発明を適用可能なプレス成形品の一例である側面視で凸状に湾曲したコ字型断面形状のプレス成形品と、該プレス成形品をプレス成形しスプリングバックした後に生じる形状変化(キャンバーゴー)を説明する斜視図である。
【
図9】本発明を適用可能なプレス成形品の一例である側面視で凸状に湾曲したZ字型断面形状のプレス成形品と、該プレス成形品をプレス成形しスプリングバックした後に生じる形状変化(キャンバーゴー)を説明する斜視図である。
【
図10】実施例2で対象とした側面視で凸状に湾曲した自動車のフロントピラーアッパーであるプレス成形品を示す図である((a)上面図、(b)斜視図)。
【
図11】側面視で凸状に湾曲したハット型断面形状のプレス成形品をプレス成形しスプリングバックした後の時間経過により生じる形状変化(キャンバーゴー)を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<発明に至るまでの検討>
発明者らは、前述の課題を解決するために、
図2に一例として示すプレス成形品1について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後のさらなる時間経過に伴う形状変化を予測する手法を確立するために、プレス成形品1の形状が時間経過に伴って変化する原因について検討した。
【0020】
検討の対象としたプレス成形品1は、
図2に一例を示すように、天板部3と、天板部3からパンチ肩部5を介して連続する縦壁部7と、縦壁部7からダイ肩部9を介して連続するフランジ部11と、を有してなるハット型断面形状であり、側面視で天板部3側に凸状に湾曲(凸状湾曲)する形状を含むものである。
【0021】
このようなプレス成形品1においては、時間の経過とともに、前述した
図11に示すように縦壁部7が開くことに起因して湾曲の長手方向両端側が落ち込むような形状変化、すなわち、キャンバーゴーが生じる。そして、縦壁部7の開きと湾曲の両端側の落ち込みとの関係は、幾何学的に明らかである。
【0022】
そこで、プレス成形品1にキャンバーゴーを生じさせる縦壁部7の開きの原因について検討した。その結果、発明者らは、
図3の応力―ひずみ線図に示すように、ひずみを付与した後に一定に保持したまま時間の経過とともに応力が徐々に緩和する応力緩和現象に着目し、スプリングバックした後のプレス成形品1においては、パンチ肩部5及び縦壁部7における残留応力が時間の経過とともに徐々に緩和して力のモーメントと釣り合う形状が変化することにより、縦壁部7の開きとこれに伴って湾曲両端側の落ち込みが生じることを突き止めた。
【0023】
パンチ肩部5における残留応力の緩和による縦壁部7の開きについて、
図4及び
図5に示す模式図を用いて説明する。
まず、パンチ肩部5は、プレス成形時にパンチとダイとを備えてなる金型を用いてブランク(金属板等)を成形下死点までプレス成形すると、
図4(a)に示すよう形成されるため、パンチ肩部5の曲げ外側では引張応力、曲げ内側では圧縮応力が発生する。なお、曲げ外側とは、曲げ部の断面において板厚中央のラインに対して曲げの曲率中心と反対側であり、曲げの内側とは、曲げの曲率中心と同じ側である(以下同じ)。
【0024】
次に、成形下死点にあるプレス成形品1を金型から取り外す(離型する)と、プレス成形時に発生した残留応力を駆動力としてプレス成形品1のスプリングバックが瞬間に発生する。その際、パンチ肩部5においては、
図4(b)に示すように、プレス成形前の平坦なブランクの形状に戻るような曲げ角度の増加が起き、曲げ外側では圧縮応力が発生し、曲げ内側では引張応力が発生し、力のモーメントが釣り合った形状となる。
【0025】
その後、
図4(c)に示すように、時間の経過とともにパンチ肩部5の残留応力は外部からの強制を受けないまま徐々に緩和して減少する。これにより、力のモーメントと釣り合う形状が変化するため、パンチ肩部5においては曲げ角度がさらに増す。そして、パンチ肩部5の曲げ角度が増すことで、
図5に示すように、縦壁部7に開きが生じる。
【0026】
一方、縦壁部7における残留応力の緩和による縦壁部7の開きについて、
図6及び
図7に示す模式図を用いて説明する。
パンチとダイとを備えてなる金型を用いてブランクをプレス成形品1にプレス成形する過程においては、まず、ブランクにおける縦壁部7に相当する部位がダイのダイ肩で曲げられて、当該曲げられた部位の曲げ外側では引張応力、曲げ内側では圧縮応力が発生する。そして、ダイがパンチ側にさらに相対移動すると、ダイ肩で曲げられた部位はパンチとダイとで平坦に曲げ戻されて縦壁部7となる。そのため、成形下死点での縦壁部7においては、
図6(a)に示すように、曲げ外側では圧縮応力が生じ、曲げ内側では引張応力が生じている。
【0027】
次に、成形下死点までプレス成形したプレス成形品1を金型から取り外す(離型する)と、プレス成形時に発生した残留応力を駆動力として瞬間にスプリングバックが発生する。その際、縦壁部7においては、プレス成形過程で曲げられた形状に戻るように変形し、
図6(b)に示すように湾曲した壁反りが生じ、曲げ外側では引張応力が発生し、曲げ内側では圧縮応力が発生し、力のモーメントが釣り合った形状となる。
【0028】
その後、縦壁部7における引張応力及び圧縮応力は、
図6(c)に示すように、時間経過とともに外部からの強制を受けないまま徐々に緩和して減少する。これにより、力のモーメントと釣り合う形状が変化するため、縦壁部7においては湾曲の曲率が増加してさらに壁反りが増加する。そして、縦壁部7の壁反りが増加することで、
図7に示すように、縦壁部7に開きが生じる。
【0029】
このように、側面視で天板部3側に凸状に湾曲した形状のプレス成形品1においては、プレス成形した後のさらなる時間の経過に伴ってパンチ肩部5や縦壁部7の残留応力が緩和することに起因して、前述した
図11に示すように、(i)縦壁部7が開くように変形し、その結果、(ii)長手方向の両端が落ち込むキャンバーゴーが発生し、成形下死点の形状からさらに乖離した形状になるという知見が得られた。
【0030】
そこで、発明者らは、上記の新たな知見に基づいて、例えば、
図2に示すようなプレス成形品1のスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による形状変化(キャンバーゴー)を予測する方法について検討をすすめた。その結果、前述したプレス成形シミュレーションの第2段階(スプリングバック解析)で得られるスプリングバックした直後のプレス成形品1の少なくともパンチ肩部5及び/又は縦壁部7の残留応力を緩和させ、プレス成形品1の力のモーメントと釣り合う形状を求める第3段階の解析をさらに行うことで、前述したようなプレス成形品1の時間経過に伴う形状変化(キャンバーゴー)を予測できるということを発見した。
【0031】
さらに、当該形状変化予測方法によれば、
図2に示すようなハット型断面形状のプレス成形品1に限らず、天板部と該天板部から連続する縦壁部とを有して側面視で天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品についても、スプリングバックした後の時間経過に伴う天板部の残留応力の緩和減少によるキャンバーゴーを予測できるという知見が得られた。
【0032】
本発明は、このような検討及び知見に基づいてなされたものであり、以下に具体的な構成の一例を説明する。
【0033】
<プレス成形品の形状変化予測方法>
本発明の実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、一例として
図2に示すように、天板部3と、天板部3からパンチ肩部5を介して連続する縦壁部7と、縦壁部7からダイ肩部9を介して連続するフランジ部11と、を有し、側面視で天板部3側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品1について、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化を予測するものであって、
図1に示すように、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1と、残留応力緩和減少設定工程S3と、残留応力緩和形状解析工程S5と、を備えるものである。以下、上記の各工程について説明する。
【0034】
≪スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程≫
スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1は、プレス成形品1のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を取得する工程である。
【0035】
スプリングバックした直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を取得する具体的な処理の一例としては、実際のプレス成形品1のプレス成形に用いる金型をモデル化した金型モデルを用いて、金属板を成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1を求める第1段階と、該求めた成形下死点におけるプレス成形品1を金型モデルから離型した後のプレス成形品1の力のモーメントの釣り合いが取れる形状及び残留応力を求めるスプリングバック解析を行う第2段階と、を有する有限要素法によるプレス成形シミュレーションが挙げられる。
【0036】
≪残留応力緩和減少設定工程≫
残留応力緩和減少設定工程S3は、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1において取得したスプリングバックした直後のプレス成形品1の少なくともパンチ肩部5及び/又は縦壁部7に対し、その残留応力よりも緩和減少させた残留応力の値を設定する工程である。
【0037】
残留応力緩和減少設定工程S3における残留応力とは、スプリングバックした直後のプレス成形品1に残留する引張応力及び圧縮応力のことをいう。
さらに、残留応力緩和減少設定工程S3において残留応力を緩和減少させた残留応力の値を設定するとは、スプリングバックした直後のプレス成形品1に残留する引張応力(正の値)及び圧縮応力(負の値)の絶対値を緩和減少させることをいう。
【0038】
≪残留応力緩和形状解析工程≫
残留応力緩和形状解析工程S5は、残留応力緩和減少設定工程S3で残留応力を緩和減少させた値を設定したプレス成形品1について力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行う工程である。
【0039】
残留応力緩和形状解析工程S5における解析には、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1におけるスプリングバック解析と同様の解析手法を適用することにより、残留応力を緩和減少した後のプレス成形品1の形状を得ることができる。
【0040】
このように、本実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法によれば、スプリングバック解析により取得した、スプリングバックした直後のプレス成形品1の少なくともパンチ肩部5及び/又は縦壁部7に対し、その残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定し、該残留応力の値を緩和減少設定したプレス成形品1について力のモーメントと釣り合う形状を求める解析を行うことで、実際のプレス成形品1における時間経過による応力緩和と形状変化を模擬し、金型から離型した瞬間にスプリングバックした後のプレス成形品1の時間経過に伴う応力緩和による凸状湾曲の曲率半径が小さくなる形状変化(キャンバーゴー)を予測することができる。
【0041】
なお、上記の説明において、残留応力緩和減少設定工程S3は、プレス成形品1における少なくともパンチ肩部5及び/又は縦壁部7に対し、それら各部位の残留応力を緩和減少させた残留応力の値を設定するものであった。
【0042】
もっとも、本発明は、プレス成形品1におけるパンチ肩部5や縦壁部7以外の他の部位に対しても残留応力を緩和減少させた値を設定してもよいし、プレス成形品1の全部に対して残留応力を緩和減少させた値を設定してもよい。
さらには、パンチ肩部5や縦壁部7等の部位ごとに残留応力を緩和減少させる割合や値を変えてもよい。
【0043】
また、上記の説明は、ハット型断面形状のプレス成形品1を対象としたものであったが、本発明は、天板部と、該天板部からパンチ肩部を介して連続する縦壁部と、を有し、側面視で前記天板部側に凸状に湾曲した形状を含むプレス成形品であれば適用することができる。
【0044】
このようなプレス成形品としては、
図8に例示するような、天板部23と、天板部23からパンチ肩部25を介して連続する縦壁部27と、を有してなるコ字型断面形状のプレス成形品21や、L字型断面形状のプレス成形品(図示なし)が挙げられる。
また、縦壁部から連続するフランジ部を有するプレス成形品としては、前述したハット型断面形状のプレス成形品1(
図2)に限らず、
図9に例示するように、天板部33と、天板部33からパンチ肩部35を介して連続する縦壁部37と、縦壁部37からダイ肩部39を介して連続するフランジ部41と、を有してなるZ字型断面形状のプレス成形品31が挙げられる。
【0045】
なお、上記の説明は、長手方向の全長にわたって側面視で凸状に湾曲した形状のプレス成形品を対象とするものであったが、本発明は、側面視で凸状に湾曲した形状の部位を含むプレス成形品であればよい。例えば、湾曲した湾曲部と、該湾曲部の湾曲の端から長手方向の外方の両側又は片側に直線状に延出する辺部と、を含むプレス成形品を対象とすることができる。
【0046】
また、本発明は、残留応力緩和減少設定工程において、スプリングバックした直後の残留応力よりも5%以上緩和減少させることにより、時間経過した後の形状変化を良好に予測できて好ましい。
【0047】
なお、ハット型断面形状のプレス成形品に本発明を適用し、残留応力を緩和減少させる割合を変化させて形状変化を予測したときの精度については、後述する実施例1及び実施例2にて検証した。
【0048】
なお、コ字型断面形状のプレス成形品やL字型断面形状のプレス成形品や、Z字型断面形状のプレス成形品について本発明を適用した場合の検証結果は省略しているが、これらのプレス成形品についても本発明を適用することにより、プレス成形してスプリングバックした後のさらなる時間経過に伴う応力緩和による形状変化を良好に予測できることは確認している。
【0049】
また、本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法において、プレス成形品のプレス成形に供するブランク(金属板)や、プレス成形品の形状、種類には特に制限はないが、プレス成形品の残留応力が高くなる金属板を用いてプレス成形した自動車部品に対してより効果がある。
【0050】
具体的には、ブランクの板厚については、0.5mm以上4.0mm以下であることが好ましい。
また、ブランクの引張強度については、150MPa級以上2000MPa級以下であることが好ましく、440MPa級以上1470MPa級以下であることがより好ましい。
【0051】
引張強度が150MPa級未満の金属板は、プレス成形品に利用されることが少ないため、本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法を用いる利点が少ない。引張強度150MPa級以上の金属板を用いた自動車の外板部品等の剛性が低いものについては、残留応力の変化による形状変化を受けやすいため、本発明を適用する利点が多くなるので本発明を好適に適用できる。
【0052】
一方、引張強度が2000MPa級を超える金属板は延性が乏しいため、例えば、
図2に示すようなハット型断面形状のプレス成形品1のプレス成形過程においてはパンチ肩部5やダイ肩部9で割れが発生しやすく、プレス成形することができない場合がある。
【0053】
さらに、プレス成形品の種類としては、フロントピラーアッパーやルーフレール等の骨格部品といった自動車部品を対象とすることが好ましいが、側面視で天板部側に凸状に湾曲した形状を含み、プレス成形しスプリングバックした後の時間経過によりキャンバーゴーが発生する自動車部品であれば本発明を広く用いることができる。
【0054】
なお、本発明で対象とするプレス成形品のプレス成形方法についても、曲げ成形、フォーム成形又はドロー成形等、特に問わない。
【実施例0055】
<ハット型断面形状のプレス成形品>
実施例1では、まず、金属板として、以下の表1に一例を示す機械的特性を持つ鋼板Aを用い、
図2に示す、側面視で凸状に湾曲したハット型断面形状のプレス成形品1のプレス成形を行った。プレス成形品1の成形下死点形状は、凸状湾曲の曲率半径を170mm、プレス成形方向における縦壁部7の縦壁高さを40mmとした。
【0056】
【0057】
そして、成形下死点までプレス成形したプレス成形品1を金型から離型し、2日経過した後のプレス成形品1の形状を測定した。
【0058】
次に、プレス成形品1の形状変化を予測する解析を行った。
解析では、まず、プレス成形に用いる金型をモデル化した金型モデルを用いて、鋼板Aを成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1の残留応力を求めた。
【0059】
続いて、成形下死点におけるプレス成形品1を金型モデルから離型した直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を求めるスプリングバック解析を行った。
【0060】
さらに、スプリングバック解析により求めた、スプリングバックした直後のプレス成形品1のパンチ肩部5や縦壁部7に対し、残留応力の絶対値を所定の割合緩和減少させた残留応力の値を設定した。
そして、残留応力を緩和減少させたプレス成形品1について力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行った。
【0061】
実施例1では、スプリングバック解析により取得したプレス成形品1のパンチ肩部5のみ、又は、パンチ肩部5及び縦壁部7に対し、スプリングバックした直後の残留応力を所定の割合(残留応力の緩和減少率)で緩和減少させた残留応力の値を設定したものを発明例1~発明例3とした。
【0062】
また、比較対象として、発明例1~発明例3と同様にプレス成形品1のプレス成形解析及びスプリングバック解析を行い、力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行わなかったものを比較例1、あるいは、スプリングバック解析を行った後、プレス成形品1にパンチ肩部5及び縦壁部7のいずれについても残留応力を緩和減少させずに力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行ったものを比較例2とした。
【0063】
発明例1~発明例4及び比較例1、比較例2のそれぞれについて、プレス成形品1の天板部3における長手方向先端(評価点a、
図2及び
図11参照)における成形下死点でのプレス成形品1の形状からの成形高さ方向の乖離量を算出した。
表2に、発明例1~発明例4及び比較例1、比較例2において残留応力の緩和減少率と評価点aの乖離量の結果をまとめて示す。
【0064】
【0065】
表2において、予測値Dcは、発明例1~発明例4及び比較例1~比較例2における評価点aの乖離量、実験値Deは、実際にプレス成形したプレス成形品1の2日経過した後の評価点aの乖離量(=22.6mm)である。また、実験値と予測値との差分及び実験値に対する予測値の誤差は、それぞれ、下式により算出したものである。
実験値と予測値との差分(mm)=De-Dc ・・・(1)
予測値の誤差(%)=(De-Dc)÷De×100 ・・・(2)
【0066】
比較例1と比較例2における評価点aの乖離量は等しく、実験値との差分は2.8mm、予測値の誤差は12.4%であった。
【0067】
発明例1は、パンチ肩部5に対して残留応力を5%緩和減少させた残留応力の値を設定したものであり、実験値と予測値との差分は1.1mm、予測値の誤差は4.9%となり、比較例1及び比較例2と比べて改善した。
発明例2は、パンチ肩部5及び縦壁部7に対してそれらの残留応力をそれぞれ10%緩和減少させた残留応力の値を設定したものであり、実験値と予測値との差分は0.7mm、予測値の誤差は3.1%となり、比較例1及び比較例2と比べて改善し、発明例1よりも良好な結果であった。
発明例3は、パンチ肩部5及び縦壁部7に対してそれらの残留応力をそれぞれ20%緩和減少させた残留応力の値を設定したものであり、実験値と予測値との差分は0.2mm、予測値の誤差は0.9%となり、比較例1及び比較例2と比べて改善し、発明例2よりも良好な結果であった。
発明例4は、パンチ肩部5及び縦壁部に対してそれぞれ残留応力を30%及び20%緩和減少させた残留応力の値を設定したものであり、実験値と予測値との差分は-0.1mm、予測値の誤差は-0.4%となり、いずれも負の値であるが、絶対値で比較すると比較例1及び比較例2と比べて改善し、発明例3よりも良好であった。
実施例2では、スプリングバックした直後の残留応力を所定の割合(残留応力の緩和減少率)で緩和減少させた残留応力の値を設定したものを発明例5及び発明例6とした。
また、比較対象として、発明例5及び発明例6と同様にプレス成形品51のプレス成形解析及びスプリングバック解析を行ったものの、残留応力を緩和減少した値を設定して力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行わなかったものを比較例3とした。