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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022026841
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】劣化検知装置および劣化検知方法
(51)【国際特許分類】
   B23Q 17/09 20060101AFI20220203BHJP
   B23Q 17/00 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
B23Q17/09 F
B23Q17/00 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020130497
(22)【出願日】2020-07-31
(71)【出願人】
【識別番号】000000516
【氏名又は名称】曙ブレーキ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内藤 久隆
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 博文
(72)【発明者】
【氏名】池内 亮
【テーマコード(参考)】
3C029
【Fターム(参考)】
3C029DD06
3C029DD14
3C029FF01
(57)【要約】
【課題】加工に使用する刃具の劣化に関する検知精度を高めることができる劣化検知装置および劣化検知方法を提供すること。
【解決手段】劣化検知装置および劣化検知方法は、刃具または加工対象物の振動を直接または間接的に検出し(S11)、検出された振動強度を振動強度用しきい値と比較し(S14)、振動強度が前記振動強度用しきい値を超えた時間を積算し(S15)、積算時間(T)が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する(S17、S18)。連続周波数解析の結果を用いて刃具11の回転速度に比例する特定の周波数帯域のみを抽出して処理対象とし、刃具が使用できる残り時間、又は劣化の程度を表す劣化情報を算出して出力する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
刃具または加工対象物を回転駆動させて加工する加工機の状態を監視するための劣化検知装置であって、
前記刃具または前記加工対象物の振動を直接または間接的に検出する振動検出部と、
前記振動検出部が検出した前記刃具の振動強度を振動強度用しきい値と比較する強度比較部と、
前記振動検出部の検出した振動強度が前記振動強度用しきい値を超えた時間を積算する時間積算部と、
前記時間積算部の積算時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する劣化検知部と、
を備える劣化検知装置。
【請求項2】
前記強度比較部は、前記振動検出部により検出された前記刃具または前記加工対象物の振動強度を周波数スペクトラムへ変換し、前記周波数スペクトラムの中から抽出した所定の周波数帯域の強度を周波数成分用しきい値と比較し、
前記時間積算部は、前記所定の周波数帯域の強度が前記周波数成分用しきい値を超えた時間を積算し、
前記劣化検知部は、前記時間積算部の積算時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する、
請求項1に記載の劣化検知装置。
【請求項3】
前記劣化検知部は、前記積算時間が前記上限値に達する前に、前記積算時間の変化分に基づいて前記刃具が使用できる残り時間、又は劣化の程度を表す劣化情報を算出する残り時間推定機能を有する、
請求項1又は請求項2に記載の劣化検知装置。
【請求項4】
前記所定の周波数帯域は、前記刃具の回転速度に比例する周波数に基づいて決定される、
請求項2に記載の劣化検知装置。
【請求項5】
刃具または加工対象物を回転駆動させて加工する加工機の状態を監視するための劣化検知方法であって、
前記刃具または前記加工対象物の振動を直接または間接的に検出し、
検出された前記刃具の振動強度を振動強度用しきい値と比較し、
検出された前記刃具の振動強度が前記振動強度用しきい値を超えた時間を積算し、
積算された前記時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する、
劣化検知方法。
【請求項6】
検出された前記刃具または前記加工対象物の振動強度を周波数スペクトラムへ変換し、前記周波数スペクトラムの中から抽出した所定の周波数帯域の強度を周波数成分用しきい値と比較し、
前記所定の周波数帯域の強度が前記周波数成分用しきい値を超えた時間を積算し、
積算された前記時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する、
請求項5に記載の劣化検知方法。
【請求項7】
積算された前記時間が前記上限値に達する前に、積算された前記時間の変化分に基づいて前記刃具が使用できる残り時間、又は劣化の程度を表す劣化情報を算出し出力する、
請求項5又は請求項6に記載の劣化検知方法。
【請求項8】
前記所定の周波数帯域は、前記刃具の回転速度に比例する周波数に基づいて決定される、
請求項6に記載の劣化検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刃具または加工対象物を回転駆動させて加工する加工機の状態を監視するために利用可能な劣化検知装置および劣化検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
NCマシニングセンタ、NC旋盤、ボール盤、フライス盤のように刃具または加工対象物を回転駆動させて加工する回転切削加工機においては、長時間に亘って使用すると刃具が摩耗などにより劣化したり、欠損が生じることは避けられない。刃具が劣化すると、加工精度が低下するため加工対象物の不良品を発生させてしまう。特に、NCマシニングセンタのような自動機の場合には、刃具の劣化に気づかないまま自動的に加工作業を継続すると大量の不良品を発生させることに繋がる。
【0003】
そのため、実際の作業工程においては、安全率を持った一定の加工回数で刃具を交換するようになっている。しかし、まだ使える状態の刃具を新しい刃具に交換するので無駄が発生している。また、規定の加工回数に達する前に刃具が実際に劣化してしまった場合には、不良品を発生させてしまうリスクが生じる。したがって、このような刃具の劣化を常に監視できることが理想である。
【0004】
例えば特許文献1の工具破損検出装置は、切削加工に伴って発生する振動を電気信号として検出し、この信号の包絡線のピークをしきい値と比較して工具の破損を検出するようになっている。
【0005】
また、特許文献2のドリル異常検知システムは、穿孔機のタイプによらずドリルの異常を自動的に検知するようになっている。また、特許文献2には、包絡線検波後の波形を異常が無い時の基準波形とを比較すること、及び基準波形からの乖離をしきい値と比較して異常を検知することが開示されている。また、特許文献2には、フーリエ変換、又はウェーブレット変換等の周波数解析を行うことが開示されている。
【0006】
また、非特許文献1には、騒音の解析においてエンベロープ処理を施すことと、FFT(高速フーリエ変換)後に予め注目すべき周波数を決めて監視する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭59-53145号公報
【特許文献2】特開2018-176329号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】御法川 学、伊藤 孝宏、"装置設計者のための騒音の基礎 第31回"、インターネット<URL:https://www.cradle.co.jp/media/column/a283>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
例えば特許文献1、又は特許文献2の技術を採用することにより、刃具の欠損のように明らかな劣化の発生を検知することが可能であり、加工対象物の不良品発生を減らすことができる。しかしながら、これらの技術は、劣化の検出精度が低いため長時間の作業により刃具が摩耗して僅かな劣化が生じた場合にはその劣化を検知できず、加工対象物に不良品が発生する可能性を十分抑制できなかった。
【0010】
また、特許文献1、又は特許文献2のような従来技術は、劣化の検出感度を上げるために、加工に伴って発生する振動の微妙な変化を検知しようとすると、外乱などの影響で一時的に発生するノイズ振動まで検知してしまうため、誤った劣化検知が発生する可能性が高まることになる。また、ノイズ振動の影響を緩和するためには、振動を検知するセンサを刃具の近傍に設置する必要があるが、この場合には、センサの設置箇所に切削液に対する防水機能を持たせたり、センサ部分への電気配線の取り回しに留意する必要があった。
【0011】
また、刃具が寿命に近づいたことを事前に知ることはできないので、加工対象物に不良品が発生する前に、刃具の交換を準備することができなかった。したがって、実際の作業工程においては、まだ十分に使用可能な刃具であっても安全率を持った一定の加工回数に達した時点で刃具を交換せざるを得なかった。
【0012】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、加工に使用する刃具の劣化に関する検知精度を高めることにより、加工コストを低減しつつ加工対象物の品質を向上することが可能な劣化検知装置および劣化検知方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前述した目的を達成するために、本発明に係る劣化検知装置および劣化検知方法は、下記(1)~(8)を特徴としている。
(1) 刃具または加工対象物を回転駆動させて加工する加工機の状態を監視するための劣化検知装置であって、
前記刃具または前記加工対象物の振動を直接または間接的に検出する振動検出部と、
前記振動検出部が検出した前記刃具の振動強度を振動強度用しきい値と比較する強度比較部と、
前記振動検出部の検出した振動強度が前記振動強度用しきい値を超えた時間を積算する時間積算部と、
前記時間積算部の積算時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する劣化検知部と、
を備える劣化検知装置。
【0014】
(2) 前記強度比較部は、前記振動検出部により検出された前記刃具または前記加工対象物の振動強度を周波数スペクトラムへ変換し、前記周波数スペクトラムの中から抽出した所定の周波数帯域の強度を周波数成分用しきい値と比較し、
前記時間積算部は、前記所定の周波数帯域の強度が前記周波数成分用しきい値を超えた時間を積算し、
前記劣化検知部は、前記時間積算部の積算時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する、
上記(1)に記載の劣化検知装置。
【0015】
(3) 前記劣化検知部は、前記積算時間が前記上限値に達する前に、前記積算時間の変化分に基づいて前記刃具が使用できる残り時間、又は劣化の程度を表す劣化情報を算出する残り時間推定機能を有する、
上記(1)又は(2)に記載の劣化検知装置。
【0016】
(4) 前記所定の周波数帯域は、前記刃具の回転速度に比例する周波数に基づいて決定される、
上記(2)に記載の劣化検知装置。
【0017】
(5) 刃具または加工対象物を回転駆動させて加工する加工機の状態を監視するための劣化検知方法であって、
前記刃具または前記加工対象物の振動を直接または間接的に検出し、
検出された前記刃具の振動強度を振動強度用しきい値と比較し、
検出された前記刃具の振動強度が前記振動強度用しきい値を超えた時間を積算し、
積算された前記時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する、
劣化検知方法。
【0018】
(6) 検出された前記刃具または前記加工対象物の振動強度を周波数スペクトラムへ変換し、前記周波数スペクトラムの中から抽出した所定の周波数帯域の強度を周波数成分用しきい値と比較し、
前記所定の周波数帯域の強度が前記周波数成分用しきい値を超えた時間を積算し、
積算された前記時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する、
上記(5)に記載の劣化検知方法。
【0019】
(7) 積算された前記時間が前記上限値に達する前に、積算された前記時間の変化分に基づいて前記刃具が使用できる残り時間、又は劣化の程度を表す劣化情報を算出し出力する、
上記(5)又は(6)に記載の劣化検知方法。
【0020】
(8) 前記所定の周波数帯域は、前記刃具の回転速度に比例する周波数に基づいて決定される、
上記(6)に記載の劣化検知方法。
【0021】
上記(1)の構成の劣化検知装置によれば、刃具に欠損を含む劣化が発生した場合にその劣化を高精度で検知できる。すなわち、積算時間が所定の上限値を超えたときに刃具の劣化を検知するので、外乱などの影響で発生した一時的なノイズ振動に反応しにくくなり、刃具の劣化に起因する振動の継続的な変化だけを高感度で検出できる。そのため、振動検出部を前記刃具から距離が離れた位置に設置することも可能になる。
【0022】
上記(2)の構成の劣化検知装置によれば、刃具の劣化との相関が大きい特定の周波数帯域のみを監視して劣化検知することができる。例えば、振動強度波形のうち刃具の回転速度と同等の周波数成分、あるいはその整数倍の周波数成分だけを抽出してしきい値と比較することにより、刃具の劣化との相関が大きい信号成分を高精度で検知できる。
【0023】
上記(3)の構成の劣化検知装置によれば、作業者など加工機の管理者は、装置から出力される残り時間、又は劣化情報に基づき、加工対象物の不良品が発生するのを避けるための最適な刃具の交換時期を事前に把握できる。したがって、刃具の交換準備を余裕を持って行うことができ、最適な時期に直ちに刃具を交換できる。また、刃具を交換する前の適切な時期に、加工対象物に不良品が発生していないか確認することも容易になり、加工対象物の品質向上に役立つ。
【0024】
上記(4)の構成の劣化検知装置によれば、刃具の回転速度に比例する周波数、すなわち刃具の劣化との相関が大きい特定の周波数帯域のみを監視して劣化検知するので、刃具の劣化との相関が大きい信号成分を高精度で検知でき、外乱等のノイズ振動の影響を減らすことができる。
【0025】
上記(5)の構成の劣化検知方法によれば、刃具に欠損を含む劣化が発生した場合にその劣化を高精度で検知できる。すなわち、積算時間が所定の上限値を超えたときに刃具の劣化を検知するので、外乱などの影響で発生した一時的なノイズ振動に反応しにくくなり、刃具の劣化に起因する振動の継続的な変化だけを高感度で検出できる。そのため、振動検出部を刃具から距離が離れた位置に設置することも可能になる。
【0026】
上記(6)の構成の劣化検知方法によれば、刃具の劣化との相関が大きい特定の周波数帯域のみを監視して劣化検知することができる。例えば、振動強度波形のうち刃具の回転速度と同等の周波数成分、あるいはその整数倍の周波数成分だけを抽出してしきい値と比較することにより、刃具の劣化との相関が大きい信号成分を高精度で検知できる。
【0027】
上記(7)の構成の劣化検知方法によれば、作業者など加工機の管理者は、装置から出力される残り時間、又は劣化情報に基づき、加工対象物の不良品が発生するのを避けるための最適な刃具の交換時期を事前に把握できる。したがって、刃具の交換準備を余裕を持って行うことができ、最適な時期に直ちに刃具を交換できる。また、刃具を交換する前の適切な時期に、加工対象物に不良品が発生していないか確認することも容易になり、加工対象物の品質向上に役立つ。
【0028】
上記(8)の構成の劣化検知方法によれば、刃具の回転速度に比例する周波数、すなわち刃具の劣化との相関が大きい特定の周波数帯域のみを監視して劣化検知するので、刃具の劣化との相関が大きい信号成分を高精度で検知でき、外乱等のノイズ振動の影響を減らすことができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の劣化検知装置および劣化検知方法によれば、加工に使用する刃具の劣化に関する検知精度を高めることができるので、加工コストを低減しつつ加工対象物の品質を向上することが可能である。
【0030】
以上、本発明について簡潔に説明した。更に、以下に説明される発明を実施するための形態(以下、「実施形態」という。)を添付の図面を参照して通読することにより、本発明の詳細は更に明確化されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、本発明の実施形態における加工機本体および劣化検知装置の構成例を示すブロック図である。
図2図2は、劣化検知動作の処理手順を示すフローチャートである。
図3図3は、検出された振動波形の例を示す波形図である。
図4図4は、エンベロープ処理後の振動波形を示す波形図である。
図5図5は、エンベロープ処理後の振動波形を連続周波数解析した結果を示すグラフである。
図6図6は、抽出された周波数帯域の振動加速度波形および加速度閾値の例を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明に関する具体的な実施形態について、各図を参照しながら以下に説明する。
【0033】
<加工機および劣化検知装置の構成>
図1は、本発明の実施形態における加工機本体10および劣化検知装置20の構成例を示すブロック図である。図1の例では、加工機がNCマシニングセンタの場合の主要部の構成を表している。勿論、本発明はNCマシニングセンタ以外に、NC旋盤、ボール盤、フライス盤などのように刃具または加工対象物を回転駆動させて加工する回転切削加工機に適用できる。
【0034】
図1に示した加工機本体10は、加工室14とモータ室15とを隔てる隔壁16に固定され支持されている。加工機本体10は、隔壁16を貫通する状態で設置されている。加工室14側では、支持部12の先端部の中心部に刃具11が固定されている。刃具11及び支持部12は、その中心軸を中心として回動自在な状態で加工機本体10に固定されている。
【0035】
モータ室15側には、刃具11及び支持部12を回転駆動する電気モータ13が設置されている。電気モータ13の中心部を貫通している回転軸13aは、支持部12と連結されており、電気モータ13を駆動すると支持部12及び刃具11が回転駆動される。
【0036】
加工対象物17は、刃具11と対向する位置に配置され、加工対象物17を支持する装置(図示せず)の駆動により加工作業の進行に伴って位置が自動的に変更される。その位置はコンピュータにより指示される。なお、加工対象物17の加工作業中には加工部位に所定の切削液が供給される。
【0037】
図1に示す劣化検知装置20は、加速度センサ21、アンプ(増幅器)22、A/D(アナログ/デジタル)変換器23、コンピュータ24、インタフェース25、及びシグナルタワー26を備えている。
【0038】
加速度センサ21は、モータ室15側で回転軸13aの後端近傍の外周に固定されている。この加速度センサ21は、回転する刃具11を用いた加工対象物17の加工作業中に回転軸13aの回転駆動以外の振動により発生した加速度の大きさを表す電気信号を出力することができる。
【0039】
アンプ22は、加速度センサ21が出力する電気信号の電圧を増幅し、A/D変換器23の処理に適した電圧の電気信号を出力する。
A/D変換器23は、アンプ22から出力されるアナログの電気信号の電圧を、周期的に繰り返しサンプリングしてデジタル信号に変換する。
【0040】
コンピュータ24は、予め組み込まれたプログラムを実行することにより、A/D変換器23から入力される振動加速度のデジタル信号を処理して、刃具11の劣化に関する劣化検知を実行する。また、コンピュータ24は、劣化検知の結果を表す出力信号をインタフェース25を介してシグナルタワー26に出力する。
【0041】
シグナルタワー26は、システムの状態を作業者や管理者に知らせるための表示装置であって、作業者や管理者が表示状態を視認しやすいように縦方向に細長いタワー型に構成されている。図1に示したシグナルタワー26は、互いに発光色が異なる複数の発光部26a、26b、及び26cを備えている。
【0042】
<劣化検知動作の処理手順>
図2は、劣化検知動作の処理手順を示すフローチャートである。すなわち、加工対象物17の加工作業中に、図1に示したコンピュータ24が所定のプログラムを実行することにより、図2に示した処理手順の動作が自動的に行われる。
図2の処理手順について以下に説明する。
まず、ステップS11で、コンピュータ24は加速度センサ21が検出した加速度の波形を取得する。すなわち、加速度センサ21の出力する電気信号の電圧がアンプ22で増幅され、A/D変換器23で繰り返しサンプリングされ、デジタル信号に変換されてその時系列変化がコンピュータ24に波形として取り込まれる。
【0043】
図3は、S11でコンピュータ24が取り込む加速度波形の例を示している。図3において、横軸は時間[秒]、縦軸は振動加速度の大きさ(電圧)を表している。この加速度波形には、外乱などによって発生したノイズ成分が多く含まれている。
【0044】
次のステップS12では、コンピュータ24はS11で取得した加速度波形に対してエンベロープ処理(包絡線検波処理)を施す。エンベロープ処理後の加速度波形の例が図4に示されている。図4において、横軸は時間[秒]、縦軸は振動加速度の大きさ(電圧)を表している。つまり、エンベロープ処理により、図3に示した加速度波形のうち、比較的周波数が低い振幅変動成分(所謂うなり成分)の波形のみを図4のように抽出する。実際には、非特許文献1にも記載されているように、入力信号に対して公知のヒルベルト変換を施すことでエンベロープ処理を実現できる。
【0045】
なお、ヒルベルト変換の代わりに、簡易的な絶対値を用いてもそれと同様の結果を得ることができる。また、エンベロープ処理の際には更にバンドパスフィルタの処理を施す。これにより、目的の周波数帯域をより強調させることができる。振動の加速度波形に対して上記のエンベロープ処理を施すことにより、刃具11の劣化時に発生する、刃具回転数に同期した衝撃振動のレベルが明確になる。
【0046】
次のステップS13では、コンピュータ24はS12の結果として出力されるエンベロープ処理後の加速度波形に対して、連続周波数解析の処理を施す。具体的には、高速フーリエ変換(FFT)の処理を連続的に実行する。例えば0.2秒程度の周期でFFTの処理を繰り返し実行する。その結果、加速度波形の周波数スペクトルの時系列変化が得られる。
【0047】
図5は、S13の結果として得られる加速度波形の周波数スペクトルの時系列変化の例を示している。図5において、横軸は時間[秒]、縦軸は周波数[Hz]を表している。また、周波数毎のレベル分布を表すデータは、表示色の違いとして図5中の内容に反映されている。表示色は、例えば、レベルが低い側から順に青、水色、緑、黄、赤のように表示される。図5には、青色領域31、水色領域32、緑色領域33、黄色領域34、赤色領域35によるレベル分布が示されている。
【0048】
次のステップS14では、コンピュータ24はS13の結果の中から、刃具11の1秒あたりの回転数、すなわち回転速度に相当する一次ピークの周波数帯域の成分を抽出し、その中からピークを抽出する。但し、刃具11の状態によっては二次のピークの方が劣化の影響が顕著な場合もあるので、抽出する周波数帯域は状況に応じて適宜選択する。また、刃具11の実際の回転速度にはある程度の変動があるので、多少の幅を有する特定の周波数帯域を抽出してその中でピークを探すことで真のピークを抽出する。
【0049】
例えば、図5中に示されている周波数スペクトルの中で、抽出周波数帯域Bxの中から強度のピークが含まれる周波数成分を抽出する。抽出周波数帯域Bxの帯域幅の目安については、刃具11の回転速度に対応する周波数に対して例えば±5%程度の幅とする。
【0050】
また、S14で抽出される周波数成分のみに限定した時間領域の加速度波形の例が図6に示されている。図6において、横軸が時間[秒]、縦軸が振動加速度を表している。図6中の振動閾値Gthは、この振動加速度の大きさを判定するために事前に定めた基準値であり、この振動閾値Gthを超えている区間は、図5の抽出周波数帯域Bxにおける赤色領域35に対応している。
【0051】
次のステップS15では、コンピュータ24はS14で抽出した周波数成分の振動加速度信号Gxが振動閾値Gthを超えた時間の総和、すなわち閾値超え時間Tのカウントを実行する。
【0052】
例えば図6において、各時間区間T、T、T、T、Tの間は振動加速度信号Gxの値が振動閾値Gthを超えている。したがって、各時間区間T、T、T、T、Tの時間長総和がS15で閾値超え時間Tとして算出される。
【0053】
但し、閾値超え時間Tを算出するのは図6に示した抽出期間T0の範囲内に限定する。この抽出期間T0は、1回の加工作業を行っている時間に相当する。例えば、刃具11で加工対象物17に対して1つの穴を開けるなどの加工を行う1動作の時間が抽出期間T0に相当する。図6の例では抽出期間T0が9秒間程度である。したがって、コンピュータ24は加工機の1動作毎に、その開始時点から終了時点までの間で閾値超え時間Tのカウントを実行する。
【0054】
次のステップS16では、コンピュータ24は以下に示す式1に基づき劣化度Kを算出する。
K=(T-Tini)/(Tmax-Tini) ・・・・・(式1)
T:閾値超え時間
Tini:初期T(刃具11が新品の状態におけるT)
Tmax:劣化上限T(製品の品質基準を満たさない不良品が発生する状態のT)
Tini、Tmaxについては事前に決定又は測定した定数を利用する。
したがって、刃具11が新品の初期状態では劣化度Kが0%になり、加工対象物17の不良品が発生し始める状態になると劣化度Kが100%になる。
【0055】
次のステップS17では、コンピュータ24はS16で算出した劣化度Kを事前に設定した劣化度閾値Kthと比較する。ここで、複数種類の劣化度閾値Kthを利用することで劣化の進行度合を複数種類に区別することも可能になる。
【0056】
劣化度Kが劣化度閾値Kthを超えた場合には、コンピュータ24は次のステップS18を実行し、シグナルタワー26の表示を制御して劣化度を表示する。例えば、劣化度が80%未満の場合は緑色のランプをシグナルタワー26で点灯し、劣化度が80%以上90%未満の範囲では黄色のランプを点灯し、劣化度が90%以上の場合は赤色のランプを点灯するようにシグナルタワー26の表示を制御する。これにより、刃具11が劣化限界を超える少し手前の時点から、刃具11の交換時期が近づいていることを作業者や管理者に知らせることができる。
【0057】
また、過去に算出したS16の劣化度Kを時間に対応付けてコンピュータ24で記憶しておくことにより、劣化度Kの時間変化の傾向を表す傾き(Kの変化/時間)を算出することもできる。その場合は、この傾きから劣化度Kが100%に到達するまでの残り時間を推定値として算出することができる。この残り時間をシグナルタワー26を用いて数値で表示してもよい。なお、工場などで多数の加工対象物17に対する加工作業をほぼ連続的に繰り返す自動化された現実的な工程においては、劣化度Kが100%に到達するまでの加工回数が残り時間と同等になるので、必ずしも残り時間を算出する必要はない。
【0058】
<劣化検知装置および劣化検知方法の利点>
図1に示した劣化検知装置20においては、図2のS15で閾値超え時間Tを算出し、これに基づいて刃具11の劣化を検知している。したがって、単純に振動のピークを閾値と比較する場合と比べると、外乱などに起因して一時的に発生する振動ノイズの影響を受けにくくなり高い検知精度が実現できる。また、時間の積算により、劣化の検知感度を上げることができる。
【0059】
また、外乱の影響を受けにくいので、加速度センサ21を刃具11の近傍に配置する必要がなく、例えば図1のようにモータ室15内の回転軸13aに加速度センサ21を設置することもできる。そのため、切削液に対する防水機能を持たせる必要がなくなり、加速度センサ21の配線の取り回しも容易になる。更に、既に設置されている一般的な加工機に対して本発明の劣化検知装置20を後から追加的に設置することも容易である。
【0060】
また、劣化検知装置20は周波数解析の結果を利用して、図2のS14で特定の周波数帯域の成分だけを抽出するので、回転する刃具11の劣化に起因する振動成分のみを抽出することが容易になり、劣化検知の精度が高まる。
【0061】
また、劣化検知装置20は図2のS16で算出した劣化度Kに基づいて情報を出力するので、作業者や管理者は劣化した刃具11を新品と交換するための最適な時期を容易に把握できる。例えば、刃具11を交換するまでの残り加工数量を劣化度Kから見積もることができる。したがって、加工後に加工対象物17の不良品が発生しないように品質を改善することが容易であり、刃具11の交換に伴うコストの増大も最小限に抑制できる。
【0062】
また、図2のS14で抽出する抽出周波数帯域Bxを、刃具11の回転速度に近い一次ピークの周波数帯域、あるいはそれに比例する周波数帯域に定めることにより、刃具11の劣化を検知する精度を高めることができる。
【0063】
ここで、上述した本発明の実施形態に係る劣化検知装置および劣化検知方法の特徴をそれぞれ以下[1]~[8]に簡潔に纏めて列記する。
[1] 刃具(11)または加工対象物(17)を回転駆動させて加工する加工機(加工機本体10)の状態を監視するための劣化検知装置(20)であって、
前記刃具または前記対象物の振動を直接または間接的に検出する振動検出部(加速度センサ21)と、
前記振動検出部が検出した前記刃具の振動強度(振動加速度信号Gx)を振動強度用しきい値(振動閾値Gth)と比較する強度比較部(コンピュータ24)と、
前記振動検出部の検出した振動強度が前記振動強度用しきい値を超えた時間(閾値超え時間T)を積算する時間積算部(コンピュータ24、S15)と、
前記時間積算部の積算時間(閾値超え時間T)が所定の上限値(Kth)を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する劣化検知部(コンピュータ24、S16、S17)と、
を備える劣化検知装置。
【0064】
[2] 前記強度比較部は、前記振動検出部により検出された前記刃具または前記対象物の振動強度を周波数スペクトラムへ変換し(S13)、前記周波数スペクトラムの中から抽出した所定の周波数帯域の強度(振動加速度信号Gx)を周波数成分用しきい値(Gth)と比較し(S14)、
前記時間積算部は、前記所定の周波数帯域の強度が前記周波数成分用しきい値を超えた時間を積算し(S15)、
前記劣化検知部は、前記時間積算部の積算時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する(S17)、
上記[1]に記載の劣化検知装置。
【0065】
[3] 前記劣化検知部は、前記積算時間が前記上限値に達する前に、前記積算時間の変化分に基づいて前記刃具が使用できる残り時間、又は劣化の程度を表す劣化情報を算出する残り時間推定機能(S16)を有する、
上記[1]又は[2]に記載の劣化検知装置。
【0066】
[4] 前記所定の周波数帯域(抽出周波数帯域Bx)は、前記刃具の回転速度に比例する周波数に基づいて決定される、
上記[2]に記載の劣化検知装置。
【0067】
[5] 刃具(11)または加工対象物(17)を回転駆動させて加工する加工機(加工機本体10)の状態を監視するための劣化検知方法であって、
前記刃具または前記加工対象物の振動を直接または間接的に検出し(S11)、
検出された前記刃具の振動強度を振動強度用しきい値と比較し(S14)、
検出された前記刃具の振動強度が前記振動強度用しきい値を超えた時間を積算し(S15)、
積算された前記時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する(S17、S18)、
劣化検知方法。
【0068】
[6] 検出された前記刃具または前記対象物の振動強度を周波数スペクトラムへ変換し(S13)、
前記周波数スペクトラムの中から抽出した所定の周波数帯域の強度を周波数成分用しきい値と比較し(S14)、
前記所定の周波数帯域の強度が前記周波数成分用しきい値を超えた時間を積算し(S15)、
積算された前記時間が所定の上限値を超えたときに、前記刃具の劣化を検知する(S16~S18)、
上記[5]に記載の劣化検知方法。
【0069】
[7] 積算された前記時間が前記上限値に達する前に、積算された前記時間の変化分に基づいて前記刃具が使用できる残り時間、又は劣化の程度を表す劣化情報を算出し(S16)出力する(S18)、
上記[5]又は[6]に記載の劣化検知方法。
【0070】
[8] 前記所定の周波数帯域(抽出周波数帯域Bx)は、前記刃具の回転速度に比例する周波数に基づいて決定される、
上記[6]に記載の劣化検知方法。
【符号の説明】
【0071】
10 加工機本体
11 刃具
12 支持部
13 電気モータ
13a 回転軸
14 加工室
15 モータ室
16 隔壁
17 加工対象物
20 劣化検知装置
21 加速度センサ
22 アンプ
23 A/D変換器
24 コンピュータ
25 インタフェース
26 シグナルタワー
26a,26b,26c 発光部
Bx 抽出周波数帯域
Gx 振動加速度信号
Gth 振動閾値
K 劣化度
T0 抽出期間
T 閾値超え時間
Tini 初期T
Tmax 劣化上限T
図1
図2
図3
図4
図5
図6