(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022026885
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】エンジン特性推定装置、エンジン特性推定方法、およびエンジン特性推定プログラム
(51)【国際特許分類】
G01M 15/05 20060101AFI20220203BHJP
G01M 15/10 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
G01M15/05
G01M15/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020130559
(22)【出願日】2020-07-31
(71)【出願人】
【識別番号】503405689
【氏名又は名称】ナブテスコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】川谷 聖
(72)【発明者】
【氏名】藤原 真
(72)【発明者】
【氏名】笹島 己喜朗
(72)【発明者】
【氏名】福島 圭一郎
【テーマコード(参考)】
2G087
【Fターム(参考)】
2G087AA08
2G087AA23
2G087BB01
2G087BB25
2G087BB26
2G087BB28
2G087CC01
2G087CC12
2G087CC13
2G087CC23
2G087CC28
2G087CC29
(57)【要約】
【課題】エンジンの特性を効果的に推定することのできるエンジン特性推定装置を提供する。
【解決手段】エンジン特性推定装置100は、エンジン200内で燃料の燃焼に使用される気体の測定値である気体測定データを取得する気体測定データ取得部110と、エンジン200の特性を表すエンジンモデルと、燃焼部に供給される燃料供給量とに基づいて、気体測定データに対応する推定値である気体推定データを計算する計算部と、気体測定データと気体推定データとの比較に基づいてエンジン200の特性を推定するエンジン特性推定部130とを備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気と燃料とを燃焼させて動力を発生させる燃焼部と、当該燃焼部での燃焼後に排出される気体により回転するタービンと、当該タービンと連動して回転し、前記燃焼部に供給される空気を圧縮するコンプレッサとを備えるエンジンの特性を推定するエンジン特性推定装置であって、
前記コンプレッサが前記燃焼部に供給する空気、前記燃焼部での燃焼後に排出される気体、および前記タービンを通過した後の気体の少なくとも一つに関する測定値である気体測定データを取得する気体測定データ取得部と、
前記エンジンの特性を表すエンジンモデルと、前記燃焼部に供給される燃料供給量とに基づいて、前記気体測定データに対応する推定値である気体推定データを計算する計算部と、
前記気体測定データと前記気体推定データとの比較に基づいて前記エンジンの特性を推定するエンジン特性推定部と
を備えるエンジン特性推定装置。
【請求項2】
前記エンジンは、定格回転数が毎分1000回転以下の船舶用のエンジンである
請求項1に記載のエンジン特性推定装置。
【請求項3】
前記気体測定データは、前記コンプレッサが前記燃焼部に供給する空気、前記燃焼部での燃焼後に排出される気体、および前記タービンを通過した後の気体の圧力、温度、流量の少なくとも一つの測定値である
請求項1または2に記載のエンジン特性推定装置。
【請求項4】
前記エンジンは、前記コンプレッサが前記燃焼部に供給する空気を収容する給気収容部を備え、
前記気体測定データは、前記給気収容部における空気の圧力、温度、流量の少なくとも一つの測定値である
請求項3に記載のエンジン特性推定装置。
【請求項5】
前記エンジンは、前記燃焼部での燃焼後に排出される気体を収容する排気収容部を備え、
前記気体測定データは、前記排気収容部における気体の圧力、温度、流量の少なくとも一つの測定値である
請求項3または4に記載のエンジン特性推定装置。
【請求項6】
前記気体測定データは、前記タービンを通過した後の気体の温度の測定値である
請求項3から5のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項7】
前記コンプレッサに流入する前の空気の温度の測定値である気温データを取得する気温データ取得部を備え、
前記エンジン特性推定部は、前記気温データに基づいて前記エンジンの特性を推定する
請求項1から6のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項8】
前記エンジン特性推定部は、前記コンプレッサの効率および前記タービンの効率の少なくとも一つを推定する
請求項1から7のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項9】
前記気体測定データは、前記コンプレッサが前記燃焼部に供給する空気、前記燃焼部での燃焼後に排出される気体の圧力、流量の少なくとも一つの測定値であり、
前記エンジン特性推定部は、前記燃焼部の熱効率を推定する
請求項1から8のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項10】
前記エンジン特性推定部は、
前記エンジンの負荷が変化したときの前記熱効率の変化傾向を記録したデータと、
前記エンジンの負荷が変化したときの前記コンプレッサの効率および前記タービンの効率の少なくとも一つの変化傾向を記録したデータと
に基づき、前記エンジンの負荷が変化したときに取得した前記気体測定データと前記気体推定データから、前記熱効率と、前記コンプレッサの効率および前記タービンの効率の少なくとも一つをそれぞれ推定する
請求項9に記載のエンジン特性推定装置。
【請求項11】
前記エンジン特性推定部は、前記気体推定データと前記気体測定データとの差分が小さくなるように、前記エンジンモデル内のパラメータを調整するパラメータ調整部を備え、当該調整量に基づいて前記エンジンの特性を推定する
請求項1から10のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項12】
前記計算部は、前記燃焼部において回転動力を発生させる回転駆動部の回転数の測定データに基づいて前記気体推定データを計算する
請求項1から11のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項13】
前記計算部は、前記気体推定データに加え、前記エンジンの状態に関するパラメータを計算する
請求項1から12のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項14】
前記エンジン特性推定部は、前記エンジンの負荷がその最大負荷の50%以下の場合に前記エンジンの特性を推定する
請求項1から13のいずれかに記載のエンジン特性推定装置。
【請求項15】
空気と燃料とを燃焼させて動力を発生させる燃焼部と、当該燃焼部での燃焼後に排出される気体により回転するタービンと、当該タービンと連動して回転し、前記燃焼部に供給される空気を圧縮するコンプレッサとを備えるエンジンの特性を推定するエンジン特性推定方法であって、
前記コンプレッサが前記燃焼部に供給する空気、前記燃焼部での燃焼後に排出される気体、および前記タービンを通過した後の気体の少なくとも一つに関する測定値である気体測定データを取得する気体測定データ取得ステップと、
前記エンジンの特性を表すエンジンモデルと、前記燃焼部に供給される燃料供給量とに基づいて、前記気体測定データに対応する推定値である気体推定データを計算する計算ステップと、
前記気体測定データと前記気体推定データとの比較に基づいて前記エンジンの特性を推定するエンジン特性推定ステップと
を備えるエンジン特性推定方法。
【請求項16】
空気と燃料とを燃焼させて動力を発生させる燃焼部と、当該燃焼部での燃焼後に排出される気体により回転するタービンと、当該タービンと連動して回転し、前記燃焼部に供給される空気を圧縮するコンプレッサとを備えるエンジンの特性を推定するエンジン特性推定プログラムであって、
前記コンプレッサが前記燃焼部に供給する空気、前記燃焼部での燃焼後に排出される気体、および前記タービンを通過した後の気体の少なくとも一つに関する測定値である気体測定データを取得する気体測定データ取得ステップと、
前記エンジンの特性を表すエンジンモデルと、前記燃焼部に供給される燃料供給量とに基づいて、前記気体測定データに対応する推定値である気体推定データを計算する計算ステップと、
前記気体測定データと前記気体推定データとの比較に基づいて前記エンジンの特性を推定するエンジン特性推定ステップと
をコンピュータに実行させるエンジン特性推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエンジンの特性推定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンは船舶、自動車、航空機等で広く利用されているが、環境問題への意識の高まりもあって、近年さらなる高効率化が求められており、そのための様々な技術の開発が進められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-307800号公報
【特許文献2】特開2015-222074号公報
【特許文献3】特開2015-3658号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
その一例として、特許文献1に開示されているようなエンジンの動作や状態に関するパラメータの推定技術が知られている。特許文献1は、エンジンのパラメータとして吸気管内の圧力波の同調周波数を所定の演算モデルを使って推定するものであり、その際にエンジン回転数の測定値が使用される。この演算では、エンジンに経年劣化等の特性の変化がない場合は、その演算モデルがエンジンの特性を正確に表していると考えられるので、高精度にパラメータを推定することが可能である。
【0005】
一方でエンジンに特性変化が生じた場合、その影響は、演算モデルと、そこへの入力データである測定値の両方に及ぶことになる。すなわち、演算モデルは変化後のエンジンの特性から乖離したものとなり、測定値であるエンジン回転数は特性変化の影響で通常時から変化してしまう。したがって、エンジンに特性変化がある場合は、パラメータの推定精度は悪化してしまう。しかも、演算の結果として得られるパラメータの推定値だけを見ても、推定精度が悪化していることの示唆は得られず、したがってエンジンに生じた特性の変化を認識することができない。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、エンジンの特性を効果的に推定することのできるエンジン特性推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある態様のエンジン特性推定装置は、空気と燃料とを燃焼させて動力を発生させる燃焼部と、当該燃焼部での燃焼後に排出される気体により回転するタービンと、当該タービンと連動して回転し、燃焼部に供給される空気を圧縮するコンプレッサとを備えるエンジンの特性を推定するエンジン特性推定装置であって、コンプレッサが燃焼部に供給する空気、燃焼部での燃焼後に排出される気体、およびタービンを通過した後の気体の少なくとも一つに関する測定値である気体測定データを取得する気体測定データ取得部と、エンジンの特性を表すエンジンモデルと、燃焼部に供給される燃料供給量とに基づいて、気体測定データに対応する推定値である気体推定データを計算する計算部と、気体測定データと気体推定データとの比較に基づいてエンジンの特性を推定するエンジン特性推定部とを備える。
【0008】
この態様において、計算部の計算で使用される燃料供給量は、経年劣化や吸気温度等の外部環境の変化によるエンジンの特性変化の影響を受けないデータであるため、その計算結果である気体推定データはエンジンの特性変化の影響を受けにくい。これに対して、気体測定データ取得部によって取得される気体測定データは、実際のエンジンにおいて測定して得られるデータであるため、エンジンの特性変化の影響を受けやすい。このようにエンジン特性変化の影響を受けにくい気体推定データと、エンジン特性変化の影響を受けやすい気体測定データを比較することにより、エンジン特性変化がある場合でもエンジン特性推定部はエンジンの特性を推定することができる。特に、本発明の気体測定データは、エンジンにおける燃焼で使用される気体に関する測定値であり、数あるエンジン関連のパラメータの中でも、エンジンの特性変化の影響を大きく受けやすい。このような気体測定データを利用することにより、エンジンの特性を効果的に推定することができる。
【0009】
本発明の別の態様は、エンジン特性推定方法である。この方法は、空気と燃料とを燃焼させて動力を発生させる燃焼部と、当該燃焼部での燃焼後に排出される気体により回転するタービンと、当該タービンと連動して回転し、燃焼部に供給される空気を圧縮するコンプレッサとを備えるエンジンの特性を推定するエンジン特性推定方法であって、コンプレッサが燃焼部に供給する空気、燃焼部での燃焼後に排出される気体、およびタービンを通過した後の気体の少なくとも一つに関する測定値である気体測定データを取得する気体測定データ取得ステップと、エンジンの特性を表すエンジンモデルと、燃焼部に供給される燃料供給量とに基づいて、気体測定データに対応する推定値である気体推定データを計算する計算ステップと、気体測定データと気体推定データとの比較に基づいてエンジンの特性を推定するエンジン特性推定ステップとを備える。
【0010】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を方法、装置、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、エンジンの特性を効果的に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1実施形態に係るエンジン特性推定装置の構成を示す模式図である。
【
図2】4ストロークエンジンの構成を示す模式図である。
【
図3】2ストロークエンジンの構成を示す模式図である。
【
図4】熱効率が変化した際の各気体測定データへの影響を示す図である。
【
図5】コンプレッサ効率が変化した際の各気体測定データへの影響を示す図である。
【
図6】タービン効率が変化した際の各気体測定データへの影響を示す図である。
【
図7】第2実施形態に係るエンジン特性推定装置の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態のエンジン特性推定装置は、エンジンにおける燃料の燃焼に使用される気体の圧力や温度等の測定データを用いて、熱効率や過給器効率等のエンジンの特性の推定を行う。エンジンの特性を表す数学モデルを用いて測定データに対応する推定データを計算し、測定データと比較することでエンジンの特性の推定を行う。すなわち、推定データと測定データが一致する場合、実際のエンジンの特性は数学モデルと一致することが分かり、推定データと測定データが一致しない場合、実際のエンジンの特性は数学モデルから乖離していることが分かる。
【0014】
図1は、第1実施形態に係るエンジン特性推定装置100の構成を示す模式図である。エンジン特性推定装置100は、エンジン200の特性を推定する装置であり、気体測定データ取得部110と、計算部としての状態推定部120と、エンジン特性推定部130と、気温データ取得部140を備える。
【0015】
エンジン特性推定装置100の各部の説明を行う前に、その特性推定対象であるエンジン200について、
図2および
図3を参照して説明する。
【0016】
図2は、エンジン200の一例としてのいわゆる4ストロークエンジンを示す模式図である。後述するように4ストロークエンジンとは、吸気、圧縮、燃焼、排気の四つの行程からなる1サイクルが、ピストンの四回の上下動(二回の上昇と二回の下降)によって行われるエンジンである。
【0017】
エンジン200は、空気と燃料とを混合し燃焼させて動力を発生させる燃焼部210と、吸入した空気の圧力を高めて燃焼部210に供給する過給器240を備える。過給器240は、いわゆるターボチャージャであり、燃焼部210での燃焼後に排出される気体により回転するタービン242と、軸243によってタービン242と同軸上で結合されて連動して回転するコンプレッサ241を備える。
【0018】
コンプレッサ241は、一端が外気(大気)に開放され、他端が燃焼部210に連通された給気路220内の一端側に設けられ、その回転により外気を吸入すると同時に圧縮する。コンプレッサ241によって圧縮されて圧力が高まった空気は給気路220を通じて燃焼部210に供給され、そこでの燃料の燃焼に使用される。給気路220は、外気に開放された一端からコンプレッサ241が吸入する空気が流通する吸気管221と、コンプレッサ241が燃焼部210に供給する圧縮空気が流通する給気管222と、他端側の燃焼部210に近い位置に設けられて圧縮空気を収容する給気収容部としての給気レシーバ223とを備える。また、コンプレッサ241で圧縮された空気の温度上昇による膨張を防止するために、給気管222を流通する圧縮空気を冷却する冷却器である給気クーラ224が給気管222の途中に設けられている。これにより、給気クーラ224を流通する間に冷却されて給気レシーバ223に収容される圧縮空気の温度は一定範囲内に保たれている。
【0019】
タービン242は、一端が燃焼部210に連通され、他端が外気(大気)に開放された排気路230内の他端側に設けられる。燃焼部210での燃焼後に排出される気体は、その勢いでタービン242を回転させた後、排気路230の他端から外気に放出される。排気路230は、一端側の燃焼部210に近い位置に設けられて燃焼部210での燃焼後に排出される気体を収容する排気収容部としての排気レシーバ231と、排気レシーバ231からタービン242へ向かう排気が流通する排気管232と、タービン242を通過した後の他端から外気に放出されるまでの排気が流通するタービン出口管233とを備える。
【0020】
燃焼部210は、空気による燃料の燃焼が起こる燃焼室211と、燃焼室211内に1燃焼当たりの燃料供給量Uにより指定される量の燃料を供給する燃料供給ノズル212と、給気レシーバ223からの空気の燃焼室211への供給を制御する吸気弁213と、燃焼室211から排気レシーバ231への気体の排出を制御する排気弁214と、燃焼室211における燃料の燃焼に応じて直線上に駆動されるピストン215と、ピストン215の直線上の運動に伴って回転駆動される回転駆動部としてのクランクシャフト216と、一端がピストン215に固定され他端がクランクシャフト216に固定されてピストン215の直線運動をクランクシャフト216の回転運動に変換するコネクティングロッド217を備える。なお、上記では燃料供給ノズル212により燃料を燃焼室211内に直接供給する構成としたが、ガソリン等の揮発性の高い燃料を使用する場合は、給気レシーバ223あるいは給気管222内に燃料を噴射し、空気と混合した状態で燃焼室211内に供給してもよい。
【0021】
上記の構成において、エンジン200は以下のサイクルで駆動される。ここで、エンジン200は前サイクル以前の駆動もしくは多気筒の燃焼による駆動によって動作状態にあるものとし、回転を続けるクランクシャフト216の動作に応じてピストン215が上昇と下降を繰り返すものとする。
【0022】
(1)吸気:吸気弁213が開き、排気弁214が閉じ、ピストン215が下降することで、給気レシーバ223から燃焼室211に空気が供給される。
(2)圧縮:吸気弁213が閉じ、ピストン215が上昇することで、燃焼室211内の空気が圧縮される。
(3)燃焼:燃料供給ノズル212から燃焼室211内に1燃焼当たりの燃料供給量Uにより指定される量の燃料が供給され、圧縮された空気の中で燃焼される。これによって動力が発生し、ピストン215が下降する。
(4)排気:排気弁214が開き、ピストン215が上昇することで、燃焼後の気体が燃焼室211から排気レシーバ231に排出される。
【0023】
図3はエンジン200の他の例としてのいわゆる2ストロークエンジンの燃焼部を示す模式図である(
図2と対応する構成要素については同一の符号を付して適宜説明を省略する)。2ストロークエンジンでは、ピストンの四回の上下動で1サイクルが完了する
図2の4ストロークエンジンと異なり、ピストンの1回の上昇と1回の下降の合計2回の上下動で1サイクルが完了する。
【0024】
2ストロークエンジンの燃焼部210は、上述の4ストロークエンジンと同様に、燃焼室211における燃料の燃焼によってピストン215を直線上に駆動し、それをクランクシャフト216の回転動力に変換するものである。両タイプのエンジンにおいて主要な構造はほとんど共通であるが、2ストロークエンジンでは、燃焼部210においてクランクシャフト216を収容するクランクケース218と燃焼室211を連結する掃気路219が設けられている点が一つの違いである。
【0025】
ピストン215が下降している図示の状態において、クランクケース218、掃気路219、燃焼室211、排気路230を通る経路は気体が流通可能となっており、クランクケース218内の新しい空気が、掃気路219を通じて燃焼室211に流入するとともに、その勢いで燃焼後の気体を排気路230に排出する(掃気)。
【0026】
それに続いてピストン215が上昇すると、掃気路219および排気路230を閉塞し、燃焼室211が密閉されてその圧力が上昇する。そして、高圧になった燃焼室211内に燃料供給ノズル212から燃料を供給することにより燃焼が引き起こされ、ピストン215を再び下降させる動力が発生する。一方、ピストン215の上昇時にはクランクケース218と給気路220が連通し、新しい空気が給気路220からクランクケース218内に流入する。このように、ピストン215の上昇時には、燃焼室211における燃焼とクランクケース218への給気が同時に行われる。
【0027】
以上のように、2ストロークエンジンにおいては、ピストン215の一回の下降と一回の上昇の合計2ストロークで1サイクルが完了する。このような2ストロークエンジンにおいて、
図2に示される過給器240を使用すると、ピストン215上昇時におけるクランクケース218への給気と、ピストン215下降時における燃焼室211への掃気の圧力を高めることができる。
【0028】
なお、2ストロークエンジンとしては、特許文献2に開示されているような構成のものを使用してもよい。この2ストロークエンジンでは、
図3についての上記の説明と同様に、ピストン(41:特許文献2中の符号(以下同じ))が下降している状態において、給気レシーバ223に対応する掃気レシーバ(2)、クランクケース218および掃気路219に対応する掃気口(17)、燃焼室211に対応するシリンダ(1)、排気路230に対応する排気ダクト(6)を通る経路は気体が流通可能となっており、掃気レシーバ内の新しい空気が、掃気口を通じてシリンダに流入するとともに、その勢いで燃焼後の気体を排気ダクトに排出する掃気動作が行われる。また、このような構成において過給器240を使用すると、掃気レシーバ内の掃気の圧力を高めることができる。
【0029】
本実施形態は、船舶用、車両用、航空機用等の用途を問わず、上記のような様々なタイプのエンジン200に対して適用することができるが、特に定格回転数が毎分1000回転以下の船舶用のエンジンに対して使用するのが好適である。一般的に、船舶用のエンジンは車両用のエンジンと比較して上記のような低い定格回転数で駆動される。そして、特に大型の船舶においては、エンジンで発生された動力が船舶の実際の動きに反映されるまでに時間を要するため、正確なエンジン駆動が求められる。このように、船舶用のエンジンにおいては、エンジンの特性を高精度に推定して正確な駆動を行う要請が強く、本実施形態のエンジン特性推定装置100を使用するのが好ましい。
【0030】
なお、船舶としては、例えば特許文献3に開示されている構成のものに、本実施形態のエンジン200を使用することができる。すなわち、船舶の推進力を発生させる主機関(10:特許文献3中の符号(以下同じ))として本実施形態のエンジン200を使用し、そこで発生した動力が駆動軸を介してプロペラ(14)に伝達されることで、プロペラ(14)が回転して船舶の推進力が生まれる。
【0031】
ここで、エンジン特性推定装置100によって推定を行うエンジン200の特性としては以下のものが例示される。
・熱効率:燃焼室211における燃焼の効率。燃焼効率とも呼ばれる。
・動力伝達効率:燃焼部210で発生したトルクに対する、各機械部分での損失を差し引いた実効トルクの比。機械伝達効率とも呼ばれる。
・動特性:複数のパラメータ間の時間を考慮した関係。温度変化に対する圧力の応答性等。
・過給器240の効率:コンプレッサ241の効率、タービン242の効率等。
・外乱影響:エンジン200が吸入する外気の温度(大気温)、圧力(大気圧)、船舶用エンジンにあっては駆動対象であるプロペラへ流入する水量等による負荷変動等。
なお、上記の外乱は、実際のエンジン200の動作に大きな影響を及ぼす重要なものであり、かつ本実施形態のエンジン特性推定装置100における特性推定処理においては他の特性と同等に扱うことができる。
【0032】
上記のような構成のエンジン200において、燃料の燃焼に使用される気体は次の経路を流通する。外気→吸気管221→コンプレッサ241→給気管222→給気レシーバ223→燃焼部210(燃焼室211)→排気レシーバ231→排気管232→タービン242→タービン出口管233→外気。
【0033】
本実施形態では上記の気体の流通経路の各所に気体の圧力、温度、流量等のパラメータを測定するセンサが設置可能である。図示されるように、センサの設置位置はS0~S5の次の六カ所に分類される。
S0:吸気管221内
S1:給気管222内
S2:給気レシーバ223内
S3:排気レシーバ231内
S4:排気管232内
S5:タービン出口管233内
【0034】
吸気管221内のセンサ設置位置S0には、コンプレッサ241が吸入する外気の圧力、温度、流量を測定するセンサが設置可能である。本実施形態では、
図1にも示されるように外気の温度を測定する気温センサがS0に設けられ、エンジン特性推定装置100における気温データ取得部140に気温データが供給される。吸気管221内のセンサ設置位置S0は、安定した測定を可能とするために、吸気管221の外気に開放された開放端およびコンプレッサ241の入口から所定距離を離した位置とするのが好ましい。外気への開放端に近すぎると外気の突発的な変化に測定データが影響されやすくなってしまい、またコンプレッサ241の入口に近すぎると回転するコンプレッサ241が発生させる気流の影響により測定環境が安定しない可能性がある。
【0035】
給気管222内のセンサ設置位置S1には、コンプレッサ241が燃焼部210に供給する圧縮空気の圧力、温度、流量を測定するセンサが設置可能である。上述の通り、給気管222の途中には圧縮空気を冷却する給気クーラ224が設けられているため、給気レシーバ223に近い箇所の圧縮空気の温度は一定範囲内に保たれている。このように、給気クーラ224が設けられている本実施形態においては、給気管222内の圧縮空気の温度は大きく変動しないので、センサ設置位置S1で温度を測定する重要性は低い。したがって、センサ設置位置S1にセンサを設置する場合は、圧力または流量を測定するのが好ましい。一方で、給気クーラ224が設けられない場合は、センサ設置位置S1で温度を測定することの重要性が高くなる。
【0036】
また、給気管222内のセンサ設置位置S1は、安定した測定を可能とするために、コンプレッサ241の出口から所定距離を離した位置とするのが好ましい。さらに好ましくは、給気クーラ224よりも後段で、圧縮空気が十分に冷却されて温度が一定範囲に収まる後の位置とするのがよい。これにより、圧縮空気の温度をほぼ一定とみなすことができるので、圧力または流量の測定データに基づいて給気管222内の圧縮空気の状態を高精度に把握することができる。
【0037】
給気レシーバ223内のセンサ設置位置S2には、燃焼部210に供給される圧縮空気の圧力、温度、流量を測定するセンサが設置可能である。上記の給気管222と同様に、給気クーラ224によって給気レシーバ223内の圧縮空気の温度は一定範囲内に保たれているため、センサ設置位置S2で温度を測定する重要性は低い。したがって、センサ設置位置S2にセンサを設置する場合は、圧力または流量を測定するのが好ましい。一方で、給気クーラ224が設けられない場合は、センサ設置位置S2で温度を測定することの重要性が高くなる。
【0038】
また、給気レシーバ223内のセンサ設置位置S2は、安定した測定を可能とするために、給気管222からの圧縮空気の流入口および燃焼部210への圧縮空気の流出口から所定距離を離した位置とするのが好ましい。これにより、これらの箇所で発生しうる変則的な気流の影響を避けて安定した測定が可能となる。さらに、給気クーラ224により、給気レシーバ223内の圧縮空気の温度をほぼ一定とみなすことができるので、圧力または流量の測定データに基づいて給気レシーバ223内の圧縮空気の状態を高精度に把握することができる。
【0039】
排気レシーバ231内のセンサ設置位置S3には、燃焼部210での燃焼後に排出される気体の圧力、温度、流量を測定するセンサが設置可能である。排気レシーバ231内のセンサ設置位置S3は、安定した測定を可能とするために、燃焼部210からの排気の流入口および排気管232への排気の流出口から所定距離を離した位置とするのが好ましい。これにより、これらの箇所で発生しうる変則的な気流の影響を避けて安定した測定が可能となる。
【0040】
排気管232内のセンサ設置位置S4には、排気レシーバ231からタービン242へ向かう排気の圧力、温度、流量を測定するセンサが設置可能である。排気管232内のセンサ設置位置S4は、安定した測定を可能とするために、排気レシーバ231からの排気の流入口およびタービン242の入口から所定距離を離した位置とするのが好ましい。これにより、これらの箇所で発生しうる変則的な気流の影響を避けて安定した測定が可能となる。
【0041】
タービン出口管233内のセンサ設置位置S5には、タービン242を通過した後の気体の圧力、温度、流量を測定するセンサが設置可能である。タービン出口管233内のセンサ設置位置S5は、安定した測定を可能とするために、タービン242の出口およびタービン出口管233の外気に開放された開放端から所定距離を離した位置とするのが好ましい。タービン242の出口に近すぎると回転するタービン242が発生させる気流の影響により測定環境が安定しない可能性があり、また外気への開放端に近すぎると外気の突発的な変化に測定データが影響されやすくなってしまう。
【0042】
タービン出口管233内のセンサ設置位置S5にセンサを設置する場合は、温度を測定するのが好ましい。後述するように、S5での測定データは、エンジン200の特性推定に用いられるものであるため、エンジン200の特性や状態を反映したものであることが好ましい。ここで、タービン出口管233は一端が外気に開放されているため、センサをそこから離して配置したとしても、ある程度は外気の影響を受けてしまう。特に圧力は外気圧力の影響により変化してしまうので、それを測定してもエンジン200の特性や状態についての示唆を得ることが難しい。また、圧力が変化すると密度も変化するので、流量の正確な測定も難しい。そのため、外気の影響を比較的受けにくい温度を測定するのが好適である。
【0043】
以上で説明した六つのセンサ設置位置のうち、吸気管221内のセンサ設置位置S0は外気の測定を行うためのものであり、それ以外の五つのセンサ設置位置S1~S5はエンジン200内を流通する気体の測定を行うためのものである。後述するように、S1~S5で得られる気体測定データはエンジン200の特性を推定するために用いられ、S0で得られる外気測定データはエンジン200の特性を推定する際に外気からの外乱の影響を低減するために使用される。
【0044】
ここで、五つのセンサ設置位置S1~S5の全てにセンサを設置する必要はなく、少なくとも一つにセンサを設置すれば、エンジン200の特性を推定することができる。一方、S1~S5のうち複数のセンサ設置位置にセンサを設置した場合や、一つのセンサ位置に種類の異なる複数のセンサを設置した場合は、そこから得られる複数の気体測定データに基づき、エンジン200の特性推定の精度を向上させることができる。なお、燃焼部210での燃焼後の排気は空気以外の成分も混入している上に高温高圧であるため、給気側/掃気側に比べて測定環境が厳しい。したがって、給気側/掃気側のセンサ設置位置S1、S2にセンサを設置するのが好ましい。
【0045】
図1に戻り、エンジン200の特性推定を行うエンジン特性推定装置100の各部(気体測定データ取得部110、状態推定部120、エンジン特性推定部130、気温データ取得部140)について説明する。
【0046】
気体測定データ取得部110は、センサ設置位置S1~S5で測定された各種の気体測定データを取得する。具体的には、コンプレッサ241が燃焼部210に供給する空気の測定データをセンサ設置位置S1(給気管222内)、S2(給気レシーバ223内)から取得し、燃焼部210での燃焼後に排出される気体の測定データをセンサ設置位置S3(排気レシーバ231内)、S4(排気管232内)から取得し、タービン242を通過した後の気体の測定データをセンサ設置位置S5(タービン出口管233内)から取得する。
【0047】
状態推定部120は、エンジン200の特性を表すエンジンモデルと、燃焼部210に供給される1燃焼当たりの燃料供給量Uと、燃焼部210において回転動力を発生させるクランクシャフト216の回転数の測定データNeに基づいて、エンジン200の状態に関するパラメータを計算する。エンジンモデルは、上記で例示列挙した熱効率、動力伝達効率、動特性、過給器効率、外乱影響等のエンジン200の諸特性を数学的にモデル化したものであり、燃料供給量Uと回転数Neを入力データとして計算を行い、エンジン200の各状態変数の推定値をエンジン状態推定結果として出力する。エンジン200の状態変数の具体例については以下で示すが、気体測定データ取得部110で気体測定データが取得されるパラメータは、いずれもエンジン200の状態変数であるため、状態推定部120は、燃料供給量Uと回転数Neをエンジンモデルへの入力とする上記の計算の中で、気体測定データに対応する推定値である気体推定データを計算することができる。なお、エンジンモデルを構成する方法は様々なものが考えられるが、簡単な例としては、入力である燃料供給量U、回転数Ne等に対して、出力である
エンジン200の各状態変数の推定値を対応づけたテーブルとして構成することができる。
【0048】
状態推定部120で推定可能なエンジン200の状態変数は、例えば以下のようなものが挙げられる。
【0049】
燃焼部210の動作に関するパラメータ:
・クランクシャフト216の回転数(燃焼部210の回転数Ne)
過給器240の動作に関するパラメータ:
・コンプレッサ241、タービン242、軸243の回転数(過給器240の回転数Ntc)
なお、本実施形態では、回転数Neは測定データとして取得されるため、状態推定部120での推定を行う必要はない。
【0050】
以下はエンジン200の状態変数のうち、気体測定データ取得部110が気体測定データとして取得可能なものである。
【0051】
コンプレッサ241が燃焼部210に供給する圧縮空気(給気)に関するパラメータ(給気管222内S1、給気レシーバ223内S2で測定可能):
・給気の圧力(給気圧Pb/掃気動作を行う2ストロークエンジンにおいては掃気圧Psとも表記される)
・給気の温度(給気温Tb/掃気動作を行う2ストロークエンジンにおいては掃気温Tsとも表記される)
・給気の流量(給気量Gb/掃気動作を行う2ストロークエンジンにおいては掃気量Gsとも表される)
【0052】
燃焼部210での燃焼後に排出される気体(排気)に関するパラメータ(排気レシーバ231内S3、排気管232内S4で測定可能):
・排気の圧力(排気圧Pex)
・排気の温度(排気温Tex)
・排気の流量(排気量Gex)
【0053】
タービン242を通過した後の気体に関するパラメータ(タービン出口管233内S5で測定可能):
・タービン出口管233内の圧力(タービン出口圧力P0)
・タービン出口管233内の温度(タービン出口温度T0)
・タービン出口管233内の流量(タービン出口流量G0)
【0054】
上記の各パラメータを利用してエンジンモデルで計算可能なエンジン200の各種性能:
・エンジン200が発生させる動力に関する性能(トルク、出力等)
・エンジン200の燃料消費に関する性能(単位時間当たりの燃料消費量、単位時間および単位出力当たりの燃料消費率、燃料の単位容量当たりの進行距離等)
【0055】
上記の各状態変数は、いずれも適当なセンサを設けることにより測定可能であるが、実際のエンジン200ではコストや設置上の制約により全ての状態変数を測定するのは現実的ではない。そのため、本実施形態では、回転数Neの測定データのみを状態推定部120に供給し、回転数Ne以外の状態変数は状態推定部120が推定値を計算する構成となっている。また、本実施形態では、上述したようにエンジン特性推定部130で使用される気体に関する一部のパラメータもS1~S5で測定される。
【0056】
なお、エンジン200への駆動入力である1燃焼当たりの燃料供給量Uは、燃焼部210の回転数Neの測定データに基づいて設定される。すなわち、燃焼部210の目標回転数をNe0としたときに、測定値であるNeと目標値であるNe0の差分が演算され、その差分が小さくなるような1燃焼当たりの燃料供給量Uが所定のテーブルやアルゴリズムに基づいて設定される。
【0057】
エンジン特性推定部130は、気体測定データ取得部110から供給される気体測定データと状態推定部120から供給される気体推定データとの比較に基づいてエンジン200の特性を推定する。上記で例示列挙した熱効率、動力伝達効率、動特性、過給器効率(コンプレッサ効率/タービン効率)、外乱影響等のエンジン200の諸特性は、状態推定部120のエンジンモデルに組み込まれているが、経年劣化や吸気温度等の外部環境の変化によって変化しうるものであるため、エンジン特性推定部130によって最新の特性を推定する必要がある。
【0058】
エンジン特性推定部130は、気体測定データと気体推定データの差分を演算する差分演算器131と、差分演算器131の差分演算結果の履歴データを記録する履歴記録部132と、差分演算器131の差分演算結果と履歴記録部132の履歴データに基づいてエンジン200の特性を推定する推定部133を備える。
【0059】
エンジン特性推定部130は、以下のようにエンジン200の特性の推定を行う。エンジン特性推定部130は、気体測定データ取得部110からの気体測定データと、状態推定部120からの気体推定データという二つの対応するデータを取得する。掃気圧Psを例に取って説明すると、気体測定データ取得部110はS1またはS2で測定された掃気圧Psの実測値を提供し、状態推定部120は掃気圧Psの推定値を提供する。ここで、エンジン200の実際の特性と、状態推定部120で数学的にモデル化された特性が一致している場合は、状態推定部120で計算される掃気圧Psの推定値は、気体測定データ取得部110からの掃気圧Psの実測値に一致する。したがって、このときの差分演算器131の出力はゼロとなり、推定部133は、状態推定部120で数学的にモデル化された特性が、エンジン200の実際の特性であると推定することができる。
【0060】
一方、エンジン200の実際の特性と、状態推定部120で数学的にモデル化された特性が乖離している場合は、状態推定部120で計算される掃気圧Psの推定値は、気体測定データ取得部110からの掃気圧Psの実測値と一致しない。したがって、このときの差分演算器131の出力はゼロではなくなり、推定部133は、状態推定部120で数学的にモデル化された特性が、エンジン200の実際の特性と乖離していることを認識することができる。さらに差分演算器131の差分演算結果の絶対値や符号は特性の乖離幅を示唆するものであり、それに基づいて推定部133はエンジン200の実際の特性を推定することができる。ここで、推定部133は、差分演算器131からの瞬時値に加え、履歴記録部132に記録された履歴データも参照することにより、突発的な異常に基づく差分演算結果の一時的な変化は無視し、ある程度の期間に亘って一定した差分が存在する場合に、エンジン200の特性に変化があったと推定することができる。
【0061】
上記のような気体測定データと気体推定データの差分演算結果に基づくエンジン200の特性を推定する手法は様々なものが考えられるが、例えば、差分演算結果を特性推定値に変換する変換テーブルを推定部133に予め格納しておけばよい。最も簡単な例として、一組の気体測定データと気体推定データ(例えば、掃気圧Psの実測値と推定値の組)の差分演算結果に基づいて、一つのエンジン200の特性(例えば、燃焼部210の熱効率)を推定する場合、掃気圧Psの差分演算結果の取り得る値に対する熱効率の推定値を一対一に対応付ける変換テーブルを予め用意しておけばよい。実際には複数組の気体測定データと気体推定データ(例えば、掃気圧Psおよびタービン出口温度T0のそれぞれの実測値と推定値の組)の差分演算結果に基づいて、複数のエンジン200の特性(例えば、燃焼部210の熱効率およびコンプレッサ241の効率)を推定する場合もあり得るが、上記と同じ考え方で、複数の差分演算結果を複数の特性推定値に対応付ける複数対複数の変換テーブルを予め用意しておけばよい。
【0062】
また、上記のような固定的な変換テーブルは用意せずに、機械学習技術を利用して推定部133が自律的に推定手法の更新を行うような構成とすることもできる。その場合でも、上記のような変換テーブルを基準として設けておくのが好ましく、推定部133は機械学習の結果を踏まえて変換テーブルを適宜更新しながらエンジン200の特性推定を高精度に行うことができる。
【0063】
続いて、本実施形態のセンサ設置位置S1~S5で測定可能な各種の気体測定データと、それに基づいて推定可能なエンジン200の各種の特性の関係を具体的に説明する。
【0064】
まず、上記でも例示列挙した通り、センサ設置位置S1~S5では以下の気体測定データを測定可能である。
・給気圧Pb/掃気圧Ps
・給気温Tb/掃気温Ts
・給気量Gb/掃気量Gs
・排気圧Pex
・排気温Tex
・排気量Gex
・タービン出口圧力P0
・タービン出口温度T0
・タービン出口流量G0
【0065】
また、推定可能なエンジン200の特性としては、以下が例示される。
・熱効率
・動力伝達効率
・動特性
・過給器効率(コンプレッサ効率/タービン効率)
・外乱影響
【0066】
上記で列挙した各気体測定データは、エンジン200における燃料の燃焼に使用される気体に関する測定値であり、上記で列挙したエンジン200の各特性の変化の影響を受ける。したがって、基本的には上記で列挙した気体測定データと上記で列挙したエンジン特性の任意の組み合わせにおいて、気体測定データに基づくエンジン特性の推定が可能である。
【0067】
本発明者はさらに検討を進め、熱効率と過給器効率の推定を行うために好適な以下の気体測定データを特定した。
【0068】
熱効率の推定を行うために好適な気体測定データは以下の通りである。
・給気圧Pb/掃気圧Ps
・給気量Gb/掃気量Gs
・排気圧Pex
・排気量Gex
【0069】
過給器効率の推定を行うために好適な気体測定データは以下の通りである。
・給気圧Pb/掃気圧Ps
・給気温Tb/掃気温Ts
・給気量Gb/掃気量Gs
・排気圧Pex
・排気温Tex
・排気量Gex
・タービン出口温度T0
【0070】
図4~
図6は、以上の気体測定データを特定するために本発明者が行った実験の結果を示す。
図4は熱効率が変化した際の各気体測定データへの影響を、
図5はコンプレッサ効率が変化した際の各気体測定データへの影響を、
図6はタービン効率が変化した際の各気体測定データへの影響をそれぞれ示すものである。それぞれの実験では、エンジン200の負荷を変化させながら測定を行っており、各図において、エンジン200の負荷が最大負荷の50%、75%、85%、100%のそれぞれの場合の結果が別々に示されている。
【0071】
それぞれの図においては、対象とされるエンジン特性が想定される環境条件の変動範囲内で変化したときに、各気体測定データの値が変化した割合がグラフとして示されている。例えば、
図4の掃気圧Psを見ると、負荷85%のときに約10%の影響があるが、これは熱効率が想定範囲内で下限のときの掃気圧Psに対して、熱効率が想定範囲内で上限のときの掃気圧Psが約10%大きくなっていることを意味する。また、
図4のタービン出口温度T0を見ると、負荷50%のときに約-5%の影響があるが、これは熱効率が想定範囲内で下限のときのタービン出口温度T0に対して、熱効率が想定範囲内で上限のときのタービン出口温度T0が約5%小さくなっていることを意味する。
【0072】
これらの実験結果によれば、各エンジン特性への影響が大きい気体測定データを特定することができる。
【0073】
熱効率に関する
図4によれば、掃気圧Ps、排気圧Pex、掃気量Gs、排気量Gexの四つの気体測定データが熱効率への影響が大きいことが分かる。ここで、排気温Tex、タービン出口温度T0についても、熱効率に応じた有意な変化が見られるが、50%のような低負荷の場合、変化が見られなかったり(Tex)、変化の符号が変わったり(T0)するので、負荷の大小によらず安定して熱効率の推定を行うためのパラメータとしてはやや不適当である。なお、本実験では掃気動作を行う2ストロークエンジンを使用したため、掃気圧Psおよび掃気量Gsを測定したが、本実験結果から得られた示唆は、掃気動作を行わない4ストロークエンジンにも当てはまると考えられるため、それぞれを一般化した給気圧Pb、給気量Pbも熱効率の推定に利用することができる。このように特定された給気圧Pb/掃気圧Ps、給気量Gb/掃気量Gs、排気圧Pex、排気量Gexの熱効率への影響が大きいことは、これらのパラメータが燃焼部210における燃料の燃焼で使用される気体の状態を示すパラメータであることからも理解される。
【0074】
コンプレッサ効率に関する
図5によれば、排気温Tex、掃気圧Ps、排気圧Pex、掃気量Gs、排気量Gex、タービン出口温度T0の六つの気体測定データがコンプレッサ効率への影響が大きいことが分かる。ここで、掃気温Tsについては、コンプレッサ効率に応じた有意な変化が見られないが、これは
図2に示される給気クーラ224によって掃気温Tsが一定範囲内に保たれているためである。しかしながら、給気クーラ224が設けられず、掃気温Tsが変動する構成のエンジンにおいては、掃気温Tsもコンプレッサ効率への影響が大きいことが推測される。すなわち、
図5において燃焼部210での燃焼後の排気温Texがコンプレッサ効率に影響することからの類推として、燃焼部210での燃焼前の掃気温Tsも同様にコンプレッサ効率に影響すると合理的に考えられるからである。なお、本実験では掃気動作を行う2ストロークエンジンを使用したため、掃気温Ts、掃気圧Ps、掃気量Gsを測定したが、本実験結果から得られた示唆は、掃気動作を行わない4ストロークエンジンにも当てはまると考えられるため、それぞれを一般化した給気温Tb、給気圧Pb、給気量Gbもコンプレッサ効率の推定に利用することができる。以上で特定された給気圧Pb/掃気圧Ps、給気温Tb/掃気温Ts、給気量Gb/掃気量Gs、排気圧Pex、排気温Tex、排気量Gex、タービン出口温度T0のコンプレッサ効率への影響が大きいことは、これらのパラメータが、コンプレッサ241を通過した後、タービン出口管233から排出されるまでの気体の状態を示すパラメータであることからも理解される。
【0075】
タービン効率に関する
図6から得られる示唆は、コンプレッサ効率に関する
図5から得られる示唆と同様である。すなわち、
図5で説明したように、給気圧Pb/掃気圧Ps、給気温Tb/掃気温Ts、給気量Gb/掃気量Gs、排気圧Pex、排気温Tex、排気量Gex、タービン出口温度T0がタービン効率への影響が大きい気体測定データとして特定される。これは、コンプレッサ241とタービン242が同軸上で連動して回転するため、それぞれの効率に影響を与えるパラメータは基本的に共通するからである。
【0076】
以上の
図4~
図6から得られた示唆に基づき、エンジン特性推定部130は、以下のように効率的にエンジン200の各特性を推定することができる。
【0077】
まず、
図4~
図6を通じて、エンジン200の負荷が最大負荷の50%といった低い負荷の場合に、エンジン200の特性変化による各気体測定データへの影響が大きく出ていることが分かる。これはエンジン200が低負荷で稼働しているときは、エンジン200内外の様々な変化の影響を受けやすくなっているためと考えられる。したがって、エンジン特性推定部130は、エンジン200の低負荷稼働時、例えば最大負荷の50%以下での稼働時にエンジン200の特性をより効果的に推定することができる。ここで、エンジン特性推定部130が最大負荷の50%よりも高い負荷での稼働時にはエンジン200の特性の推定を行わないようにすることで、省電力化を図ることも可能である。
【0078】
熱効率影響に関する
図4と、過給器効率に関する
図5/
図6を比較すると、同一の気体測定データであっても、熱効率変化から受ける影響と、過給器効率変化から受ける影響は異なることが分かる。掃気圧Psを例に取ると、負荷85%での稼働時に、
図4の熱効率変化の掃気圧Psへの影響は約10%であるのに対し、
図5のコンプレッサ効率変化の掃気圧Psへの影響は約7%である。また、エンジン200の負荷が変化したときの影響度の変化の仕方も熱効率と過給器効率で異なる。すなわち、負荷が50%→75%→85%→100%と変化するにつれ、
図4の熱効率変化の掃気圧Psへの影響度は、約17%→約11%→約10%→約8%と変化し、
図5のコンプレッサ効率変化の掃気圧Psへの影響度は、約12%→約8%→約7%→約7%と変化する。
【0079】
このように、エンジン200の負荷が変化したとき、熱効率による各気体測定データへの影響と、過給器効率による各気体測定データへの影響は、異なる形で現れる。エンジン特性推定部130は、このような負荷変化に応じた気体測定データへの影響度に関する情報を熱効率および過給器効率のそれぞれについてテーブル等の形で格納しておくことにより、熱効率および過給器効率を同時に精度良く推定することができる。具体的には、エンジン特性推定部130は、エンジン200の負荷が変化したときに、それに応じて変化する気体測定データを履歴記録部132で順次記録する(実際は気体推定データとの差分演算結果の形で順次記録される)。そして、推定部133は、その順次記録された気体測定データを、上記の負荷変化に応じた熱効率および過給器効率の影響度に関する情報と照らし合わせることにより、熱効率に由来する影響と、過給器効率に由来する影響を個別に抽出することができる。このように、エンジン特性推定部130は、負荷が変化したときに順次取得した気体測定データに基づいて、熱効率と過給器効率を高精度に推定することができる。
【0080】
なお、以上では熱効率と過給器効率を例に取って説明したが、これらに限らず複数の任意のエンジン特性について上記の手法を適用することが可能である。すなわち、上記の例では、熱効率(
図4)と過給器効率(
図5/
図6)の間で、負荷変化に応じた変化傾向が異なることを利用し、熱効率と過給器効率を高精度に切り分けて推定することができたが、負荷変化に応じた変化傾向が異なる複数の任意のエンジン特性を同様に個別推定することができる。
【0081】
図1に戻り、気温データ取得部140は、コンプレッサ241に流入する前の空気の温度の測定値である気温データをセンサ設置位置S0に設けられた気温センサから取得し、推定部133に供給する。推定部133は、供給された気温データに基づいて外気の状態を認識することができるので、外気からの外乱の影響を取り除いてエンジン200の特性推定を高精度に行うことができる。
【0082】
上記のようなエンジン特性推定装置100が出力するエンジン特性推定結果は、例えば以下の用途に使用することができる。
実際のエンジン特性推定結果が、状態推定部120のエンジンモデルが表す特性と乖離している場合、実際のエンジン特性推定結果に基づいてエンジンモデルを更新する。これにより、エンジンモデルは実際のエンジン200の特性を反映したものとなるので、状態推定部120における状態推定精度を向上させることができる。
エンジン特性推定結果は、エンジン200の各種制御に使用することができる。実際のエンジン200の特性を踏まえて高精度な制御を行うことができる。
エンジン特性推定結果は、エンジン200の監視や劣化診断に使用することができる。エンジンの異常を的確に特定して迅速な対処を行うことができる。
【0083】
図7は、第2実施形態に係るエンジン特性推定装置100の構成を示す模式図である。
図1に示される第1実施形態に係るエンジン特性推定装置100とは、エンジン特性推定部130の構成のみが異なる。
【0084】
エンジン特性推定部130は、気体測定データと気体推定データの差分を演算する差分演算器131と、差分演算器131の差分演算結果の履歴データを記録する履歴記録部132と、差分演算器131の差分演算結果と履歴記録部132の履歴データに基づいて状態推定部120のエンジンモデル内のパラメータを調整するパラメータ調整部134と、パラメータ調整部134での調整量に基づいてエンジン200の特性を推定する推定部133を備える。
【0085】
パラメータ調整部134は、気体推定データと気体測定データとの差分が小さくなるように、状態推定部120のエンジンモデル内のパラメータを調整する。第1実施形態において説明したように、気体推定データと気体測定データとの間に差分がある場合は、エンジン200の実際の特性と、状態推定部120で数学的にモデル化された特性が乖離している。本実施形態では、この特性の乖離を小さくするために、パラメータ調整部134がエンジンモデル内のパラメータの調整を行う。これにより、状態推定部120のエンジンモデルはエンジン200の実際の特性を反映したものとなり、その計算結果である気体推定データと実測値である気体測定データの差分が小さくなる。ここで、パラメータ調整部134によるパラメータ調整量は上記の特性の乖離幅を示唆するものであり、それに基づいて推定部133はエンジン200の実際の特性を推定することができる。
【0086】
上記の構成において、外乱等の影響が少ない安定したシステムにおいては、パラメータ調整部134は、差分演算器131で演算される気体推定データと気体測定データとの差分がゼロになるように、状態推定部120のエンジンモデル内のパラメータを調整するのが好ましい。
【0087】
一方で、外乱等の影響が多いシステムにおいては、突発的な異常に基づき差分演算結果が一時的に変化する場合もあるため、単純に差分がゼロになるようにパラメータ調整を行うのが適切ではない場合もある。そこで、パラメータ調整部134は、差分演算器131からの瞬時値に加え、履歴記録部132に記録された履歴データも参照することにより、ある程度の期間に亘って一定した差分が存在する場合に、パラメータ調整を行う。また、パラメータ調整部134は、気温データ取得部140から供給される気温データに基づき外気の状態を認識することができ、外気からの外乱の影響を取り除いてパラメータ調整を行うことができる。このように履歴記録部132や気温データ取得部140から供給される補足的な情報も踏まえてパラメータ調整部134がパラメータ調整を行う場合は、差分演算器131からの差分演算結果は必ずしもゼロとならない。
【0088】
以上、本発明を実施形態に基づいて説明した。実施形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0089】
実施形態では、コンプレッサ241が燃焼部210に供給する空気を測定するセンサ設置位置S1、S2、燃焼部210での燃焼後に排出される気体を測定するセンサ設置位置S3、S4、タービン242を通過した後の気体を測定するセンサ設置位置S5において測定するパラメータとして圧力、温度、流量を例示したが、これらの気体に関するその他のパラメータを測定してもよい。例えば、気体の濃度、密度、成分量が挙げられる。
【0090】
実施形態では、センサ設置位置S0に外気の温度を測定する気温センサを設けたが、外気のその他のパラメータを測定するセンサを設けて、その測定データをエンジン特性推定装置100に供給するようにしてもよい。例えば、S0に圧力センサや流量センサを設けることができる。実施形態と同様に、これらの外気測定データはエンジン200の特性を推定する際に外気からの外乱の影響を低減するために使用される。
【0091】
なお、実施形態で説明した各装置の機能構成はハードウェア資源またはソフトウェア資源により、あるいはハードウェア資源とソフトウェア資源の協働により実現できる。ハードウェア資源としてプロセッサ、ROM、RAM、その他のLSIを利用できる。ソフトウェア資源としてオペレーティングシステム、アプリケーション等のプログラムを利用できる。
【0092】
本明細書で開示した実施形態のうち、複数の機能が分散して設けられているものは、当該複数の機能の一部又は全部を集約して設けても良く、逆に複数の機能が集約して設けられているものを、当該複数の機能の一部又は全部が分散するように設けることができる。機能が集約されているか分散されているかにかかわらず、発明の目的を達成できるように構成されていればよい。
【符号の説明】
【0093】
100・・・エンジン特性推定装置、110・・・気体測定データ取得部、120・・・状態推定部、130・・・エンジン特性推定部、131・・・差分演算器、132・・・履歴記録部、133・・・推定部、134・・・パラメータ調整部、140・・・気温データ取得部、200・・・エンジン、210・・・燃焼部、220・・・給気路、221・・・吸気管、222・・・給気管、223・・・給気レシーバ、224・・・給気クーラ、230・・・排気路、231・・・排気レシーバ、232・・・排気管、233・・・タービン出口管、240・・・過給器、241・・・コンプレッサ、242・・・タービン。