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特開2022-27216脂肪族エステルの製造方法及び脂肪族エステルの製造装置
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  • 特開-脂肪族エステルの製造方法及び脂肪族エステルの製造装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022027216
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】脂肪族エステルの製造方法及び脂肪族エステルの製造装置
(51)【国際特許分類】
   C11C 3/10 20060101AFI20220203BHJP
   C07C 67/03 20060101ALI20220203BHJP
   C07C 67/08 20060101ALI20220203BHJP
   C07C 69/533 20060101ALI20220203BHJP
   C07C 69/587 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
C11C3/10
C07C67/03
C07C67/08
C07C69/533
C07C69/587
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020131093
(22)【出願日】2020-07-31
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】505417367
【氏名又は名称】株式会社エプシロン
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】特許業務法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100118809
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 育男
(72)【発明者】
【氏名】廣森 浩祐
(72)【発明者】
【氏名】北川 尚美
(72)【発明者】
【氏名】加藤 牧子
(72)【発明者】
【氏名】南 一郎
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 忠夫
【テーマコード(参考)】
4H006
4H059
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AA04
4H006AC48
4H006BA72
4H006BB14
4H006BD80
4H006KA03
4H006KA06
4H006KC12
4H006KC14
4H059AA03
4H059BA12
4H059BA30
4H059BA33
4H059BC13
4H059CA36
4H059CA51
4H059CA96
4H059DA08
4H059EA17
(57)【要約】
【課題】均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとのエステル交換反応を利用する方法でありながらも、副生物の除去で廃棄される廃水量を大幅に低減しつつ高品質の脂肪酸エステルを複雑なプロセスを経ることなく製造できる方法、及びこの製造方法に好適に用いられる製造装置を提供する。
【解決手段】均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる工程と、得られた粗生成物中の脂肪酸金属塩を、陽イオン交換体を用いてアルコールの存在下で脂肪酸エステルに変換する工程とを有する脂肪酸エステルの製造方法、並びに、上記エステル交換反応を行う反応槽と、この反応槽に接続され、アルコールで膨潤された陽イオン交換体と上記反応槽で得られた粗生成物とを接触させる反応器とを備えた脂肪族エステルの製造装置。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる反応槽と、
前記反応槽に接続され、アルコールで膨潤された陽イオン交換体と前記反応槽で得られた粗生成物とを接触させる反応器と、
を備えた、脂肪族エステルの製造装置。
【請求項2】
前記反応槽に接続され、前記反応槽への供給前に前記油脂及びアルコールの混合液と陽イオン交換体とを接触させる反応器とを備えた、請求項1に記載の製造装置。
【請求項3】
均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる工程と、
得られた粗生成物中の脂肪酸金属塩を、陽イオン交換体を用いてアルコールの存在下で脂肪酸エステルに変換する工程と、
を有する、脂肪酸エステルの製造方法。
【請求項4】
前記エステル交換反応させる工程の前に、陽イオン交換体を用いて前記油脂中の遊離脂肪酸をアルコールとエステル反応させる工程を有する、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記油脂が、天然油脂、合成油脂又は廃品油脂である、請求項3又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記油脂とエステル交換反応させる前記アルコールが、炭素数1~10のアルコールである、請求項3~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪族エステルの製造方法及び脂肪族エステルの製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動植物油等の油脂とアルコールとをエステル交換反応させて合成される脂肪酸エステルはバイオディーゼル燃料として注目されている。バイオディーゼル燃料は持続可能な循環型社会の実現のため利用されており、食糧用途との原料競合を避けるために、脂肪酸エステルの合成原料として廃食用油等の廃油を用いることも検討されている。
脂肪酸エステルは、通常、水酸化ナトリウム等の均相アルカリ触媒存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させて製造される。しかし、この製造方法においては、目的とする脂肪酸エステルに、グリセリン、脂肪酸金属塩(当技術分野において、通常石鹸という。)等の副生物も混入する。そのため、得られた脂肪酸エステルをバイオディーゼル燃料として利用するためには、上記副生物の混入、均相アルカリ触媒等の残存を除去する必要がある。その方法として、エステル交換反応で得られた反応生成物を水洗等により副生物又は均相アルカリ触媒を除去する方法が適用されるが、大量の洗浄水(廃水)を発生させる。発生する廃水量は、用いる油脂の品質にもよるが、例えば脂肪酸エステルを100L製造する場合、50~100Lにもなる。
そのため、水洗処理以外に、エステル交換反応により得られた反応生成物を後処理する方法が種々検討されている。例えば、反応生成物を、事前に乾燥処理した陽イオン交換樹脂により処理して水を除去する方法(非特許文献1)、反応生成物を、事前に乾燥処理した陽イオン交換樹脂により処理してナトリウムイオンを吸着して除去する方法(非特許文献2)が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Renewable Energy, 143, 2019, 47-51
【非特許文献2】Chem Eng J, 2008, 144, 459-465
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
均相アルカリ触媒を用いた従来の、エステルに変換反応を利用する製造方法では、石鹸の副生は抑えられない。そのため、高品質を達成するには副生した石鹸を除去する必要がある。また、均相アルカリ触媒が消費されることにより反応効率が低下し、遊離脂肪酸(油脂の分解物)や水が原料油に含まれていると反応効率が著しく低下する。上述の、陽イオン交換樹脂を用いて後処理する非特許文献2に記載の方法は石鹸量をある程度低減することができる。しかし、非特許文献2には遊離脂肪酸量が増加して酸価が上昇するという問題が記載されている。そのため、バイオディーゼル燃料として適用可能となる高品質な脂肪酸エステルを合成する方法が望まれている。
また、均相アルカリ触媒存在下でのエステル交換反応自体は簡便なプロセスである。しかし、このエステル交換反応で得られた粗生成物を精製する目的で、乾燥処理した陽イオン交換樹脂を用いる場合には、陽イオン交換樹脂を再利用するための煩雑な操作が必要になる。すなわち、乾燥処理した陽イオン交換樹脂を用いる方法においては、廃水量をある程度減らすことができるものの、陽イオン交換樹脂を使用前に乾燥処理する操作、また吸着した副生物を除去する再生操作等が必要になる。例えば、非特許文献1に記載の方法では、使用後の陽イオン交換樹脂を乾燥した後、ヘキサン等の有機溶媒で洗浄する必要がある。脂肪酸エステルの利用又は製造の促進を図るためには、工程が複雑でない操作(製造プロセス)であることも重要である。
【0005】
本発明は、上記の問題点を克服して、均相アルカリ触媒の存在下での油脂とアルコールとのエステル交換反応を利用する方法でありながらも、副生物の除去で廃棄される廃水量を大幅に低減しつつ、高品質の脂肪酸エステルを複雑なプロセスを経ることなく製造できる方法、及びこの製造方法に好適に用いられる製造装置を提供することを、課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させて脂肪酸エステルを製造するに当たり、副生する石鹸をエステル交換反応の反応生成物から不純物として除去するのではなく、石鹸を有効活用する観点から検討を進めた。その結果、反応生成物をアルコール存在下で陽イオン交換体を用いて処理すると、石鹸を脂肪酸エステルに変換できることを、見出した。
本発明者らはこの知見に基づき更に研究を重ね、本発明をなすに至った。
【0007】
すなわち、本発明の課題は以下の手段によって達成された。
<1>均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる反応槽と、
前記反応槽に接続され、アルコールで膨潤された陽イオン交換体と前記反応槽で得られた粗生成物とを接触させる反応器と、
を備えた、脂肪族エステルの製造装置。
<2>前記反応槽に接続され、前記反応槽への供給前に前記油脂及びアルコールの混合液と陽イオン交換体とを接触させる反応器とを備えた、<1>に記載の製造装置。
<3>均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる工程と、
得られた粗生成物中の脂肪酸金属塩を、陽イオン交換体を用いてアルコールの存在下で脂肪酸エステルに変換する工程と、
を有する、脂肪酸エステルの製造方法。
<4>前記エステル交換反応させる工程の前に、陽イオン交換体を用いて前記油脂中の遊離脂肪酸をアルコールとエステル反応させる工程を有する、<3>に記載の製造方法。
<5>前記油脂が、天然油脂、合成油脂又は廃品油脂である、<3>又は<4>に記載の製造方法。
<6>前記油脂とエステル交換反応させる前記アルコールが、炭素数1~10のアルコールである、<3>~<5>のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の、脂肪酸エステルの製造方法は、均相アルカリ触媒存在下でのエステル交換反応を採用しながらも、石鹸から発生する遊離脂肪酸を脂肪酸エステルに変換することができ、高品質の脂肪酸エステルを製造できる。また、陽イオン交換体を用いた脂肪酸エステルに変換する工程は、反応生成物を陽イオン交換体に接触させるのみの複雑ではないプロセスで実施され、石鹸を分解して脂肪酸エステルに変換するため、イオン交換反応後に更なる精製プロセス、とりわけ水洗プロセスの規模縮小若しくは省略が可能となって、廃水量を大幅に低減できる。
本発明の、脂肪酸エステルの製造装置は、反応槽と、アルコールで膨潤された陽イオン交換体と上記反応槽で得られた粗生成物とを接触させる反応器とを備えており、上述の本発明の脂肪酸エステルの製造方法を好適に実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明の脂肪酸エステルの製造装置を模式化して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明及び本明細書において、脂肪酸エステル、遊離脂肪酸、アルコール等の化学物質は、各化合物の総称として用いており、脂肪酸エステル化合物、遊離脂肪酸化合物、アルコール化合物と同義である。
また、バイオディーゼル(燃料)とは、狭義には脂肪酸メチルエステルを意味するが、本発明においては、特に断らない限り、油脂と各種アルコールとのエステル交換反応生成物である脂肪酸エステルを意味する。
本発明及び本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0011】
まず、本発明の脂肪酸エステルの製造方法(以下、単に本発明の製造方法ということがある。)に用いる原料化合物について説明する。
【0012】
(油脂)
油脂は、脂肪酸エステルの合成に用いられるものであれば特に限定されず、植物系油脂や動物系油脂等の天然油脂、合成油脂、これらの混合物、更には廃品油脂、油脂加工品等が挙げられる。
植物系油脂(植物油)としては、例えば、大豆油、ヤシ油、パーム油、パーム核油、トウモロコシ油、ラッカセイ油、ヒマワリ油、オリーブ油、サフラワー油、ココナッツ油、カシ油、アーモンド油、クログルミ油、アンズの仁油、ココアバター油、大風子油、紅花油、シナ脂、アマニ油、綿実油、ナタネ油、キリ油、ヒマシ油、綿実ステアリン、ゴマ油等が挙げられる。動物系油脂(動物油)としては、例えば、ラード油、ニワトリ油、バター油、タラ肝油、鹿脂、イルカ脂、イワシ油、サバ油、馬脂、豚脂、骨油、羊脂、牛脚油、ネズミイルカ油、サメ油、マッコウクジラ油、鯨油、牛脂、牛骨脂等が挙げられる。
油脂は、レストラン、食品工場、一般家庭などから廃棄される廃品油脂を用いることもできる。廃品油脂としては、例えば、上記天然油脂、合成油脂の廃品油脂、好ましくは植物油の廃食用油が挙げられる。上記油脂を主成分とする油脂加工品を用いることもできる。
油脂としては、上記油脂2種以上を混合した油脂、ジグリセリドやモノグリセリドを含む油脂、合成トリグリセリド、モノグリセリド及び/又はジグリセリドを含む合成トリグリセリド、これらの油脂の一部を酸化、還元等の処理をして変性した変性油脂を用いることもできる。
油脂は、1種又は2種以上を用いることもできる。
【0013】
本発明に用いる油脂は、石鹸、遊離脂肪酸、グリセリン等の不純物若しくは分解物を含んでいてもよい。
本発明に用いる油脂としては、上述した、持続可能な循環型社会の実現等の点で、廃品油脂が好ましい。油脂中の石鹸及び遊離脂肪酸の含有量は特に制限されない。
油脂は、遊離脂肪酸を含み、高い酸価を示ものも好ましく用いることができる。油脂の酸価は、遊離脂肪酸の含有量を示す指標であって、通常、油脂1グラム中に存在する遊離脂肪酸を中和するのに必要な水酸化カリウムのミリグラム数をいう。従来の製造方法において、酸価が高い油脂を使用する場合、副生する石鹸の除去に用いた洗浄水の廃棄量が多くなる。そこで、従来の製造方法では、例えば1~2未満の酸価を有する油脂を使用している。これ以上の酸価を有する油脂を使用する場合は、廃水量の低減の観点から、用いる油脂の酸価に応じて均相アルカリ触媒やアルコールの使用量を変更していた。しかし、本発明では、エステル交換反応に次いて石鹸の分解反応及び脂肪酸エステルの合成反応を行うため、エステル交換反応において製造プロセスを大きく阻害しない範囲であれば石鹸の含有若しくは副生を許容でき、酸価の高い油脂を用いることができる。油脂の酸価としては、特に制限されず、例えば、0.5以上とすることができ、5以下とすることができる。油脂の酸価は通常の方法により測定できる。
また、本発明においては、品質が一定しない油脂を用いることもできる。従来の製造方法に品質が一定しない油脂を用いると、石鹸の副生量を抑えるため、油脂の品質に応じて均相アルカリ触媒やアルコールの使用量の変更が必要になっている。しかし、本発明の製造方法は、石鹸の含有若しくは副生を許容できるため、このような煩雑な操作を回避でき、更には実施者の熟練を必須としない。
【0014】
(アルコール)
本発明の製造方法に反応原料として用いるアルコールは、特に制限されず、脂肪族アルコール、芳香族アルコール等を用いることができる。
脂肪族アルコールを構成する脂肪族炭化水素基は、飽和脂肪族炭化水素基でも不飽和脂肪族炭化水素基でもよいが、飽和脂肪族炭化水素基が好ましい。脂肪酸炭化水素基の炭素鎖構造は、特に制限されず、直鎖、分岐鎖及び環状鎖のいずれでもよいが、反応性の点で、直鎖又は分岐鎖が好ましく、直鎖がより好ましい。アルコールを構成する炭素原子数(炭素数)は、反応性、更には目的とする脂肪酸エステルの用途を考慮して適宜に決定され、特に制限されない。炭素原子数は、例えば、1~10であることが好ましく、1~8であることがより好ましく、1~5であることが更に好ましく、1又は2であることが特に好ましい。アルコールにおいて、水酸基の級数は、特に制限されないが、反応性の点で、1級であることが好ましい。また、1分子のアルコールが有する水酸基の数は、通常1個(モノアルコール)であるが、2個以上とすることもできる。
本発明において、アルコールは1種又は2種以上を使用することもできる。
【0015】
(均相アルカリ触媒)
本発明においては、均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとのエステル交換反応を行う。このエステル交換反応は、反応自体が簡便で目的とする脂肪酸エステルの量産に適している。
均相アルカリ触媒は、油脂とアルコールとのエステル交換反応に通常用いられるものを特に制限されることなく用いることができる。例えば、均相アルカリ触媒として、アルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の水酸化物、炭酸塩、アルコキシド等が挙げられ、より具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、ナトリウムメトキシド等が挙げられる。
【0016】
(陽イオン交換体)
本発明の製造方法において、陽イオン交換体(陽イオン交換樹脂)としては、強酸性陽イオン交換樹脂、弱酸性陽イオン交換樹脂等を特に制限されることなく用いることができ、中でも、反応速度の点で強酸性陽イオン交換樹脂が好ましい。陽イオン交換体は、ポーラス型(多孔性)、ハイポーラス型(多孔性)、ゲル型のいずれでもよいが、ポーラス型であることが反応性の点で好ましい。ここで、ゲル型は、(粒子)内部が均一な架橋高分子で形成された陽イオン交換体である。ポーラス型は、ゲル型の陽イオン交換体に物理的な穴(細孔)をあけた構造を持つものである。ハイポーラス型は、架橋度が高く、ポーラス型よりも比表面積や細孔容積が大きい構造を持つ陽イオン交換体である。
陽イオン交換体は、不溶性担体として樹脂骨格が種々の化学構造を有するものを使用できる。不溶性担体を構成する樹脂としては、例えば、ジビニルベンゼン等で架橋されたポリスチレン、及びポリアクリル酸、架橋ポリ(メタ)アクリル酸エステル、フェノール樹脂等の合成高分子、セルロース等の天然に生産される多糖類の架橋体等が挙げられる。なかでも、合成高分子が好ましく、架橋ポリスチレンが更に好ましい。架橋の程度(度合)は、樹脂を構成するモノマー全量に対するジビニルベンゼンの使用量に左右され、例えば1~30質量%の範囲から選択される。その際、架橋度が低いほど分子サイズの大きな化合物が樹脂内部に拡散しやすくなるが、活性点濃度が小さくなるため、付加反応の高い触媒活性を発現するには最適値が存在する。
陽イオン交換体の活性点(イオン性官能基)は、特に制限されないが、スルホン酸基、カルボキシ基等が挙げられる。
【0017】
陽イオン交換体としては、例えば、ダイヤイオン(登録商標)PKシリーズ、ダイヤイオン(登録商標)SKシリーズ及びRCP160M(いずれも三菱化学社製)、アンバーライトシリーズ及びアンバーリストシリーズ(いずれもダウケミカル社製)等が挙げられる。これらの陽イオン交換体は、スチレンとジビニルベンゼンの共重合体の骨格を持ち、イオン性官能基(交換基)としてスルホン酸基を有している。上記ダイヤイオン(登録商標)PKシリーズのうち、PK208LH、PK212LH、PK216LHがポーラス型であり、ダイヤイオン(登録商標)SKシリーズのうちSK104Hがゲル型であり、RCP160Mがハイポーラス型である。
陽イオン交換体は、通常、触媒活性を示すH型(遊離酸型)で用いられる。また、上記市販の陽イオン交換体は、イオン性官能基がいずれも工場出荷時に触媒活性を示すH型(≧99モル%)であるが、水膨潤状態にあるため、適宜に、前処理としてアルコールで膨潤させた状態とする処理を行うことが好ましい。このとき用いるアルコールは、後述するエステル交換反応に用いるアルコールと異なっていてもよいが同じであることが好ましい。アルコール膨潤処理は、通常の方法及び条件で行うことができる。例えば、Fuel.,139,11-17(2015)に記載の方法を適用できる。
【0018】
陽イオン交換体の形状は、その使用形態に応じて、膜状、粒子状等の任意の形状を選択できるが、粒子状であることが好ましい。また、粒子状である場合、その粒径は、特に制限されず、通常10μm以上であり、100μm以上が好ましく、200μm以上がより好ましい。粒径の上限は、通常2mm以下であり、1.5mm以下が好ましく、1mm以下がより好ましい。粒径が小さすぎると取り扱いが困難となることがあり、大きすぎると反応速度が低下することがある。陽イオン交換体の粒径は光学顕微鏡により測定することができる。
【0019】
陽イオン交換体は、必要に応じて再生処理を施して再使用することができる。再生処理は、通常の方法を適用することができ、例えば、上述の前処理と同様に、アルコールで置換(膨潤)処理する簡便な方法が挙げられる。
【0020】
(溶媒)
本発明の製造方法におけるエステル交換反応においては、溶媒を用いることもできるが、油脂に対してアルコールを過剰に用いて反応物兼溶媒とすることができる。これにより、反応性の向上、製造プロセスの複雑化を防止できる。エステル交換反応に用いてもよい溶媒としては、エステル交換反応を阻害しないものであれば特に制限されず、アルコール以外の各種溶媒(例えばヘキサン)が挙げられる。
【0021】
(その他の成分)
本発明の製造方法においては、エステル交換反応又はエステル反応を阻害しない限り、油脂、アルコール及び均相アルカリ触媒以外の成分を用いることもできる。
【0022】
次いで、本発明の製造方法について説明する。
本発明の製造方法は、均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる工程と、この工程で得られた粗生成物(脂肪酸エステル含有相)中の脂肪酸金属塩を、陽イオン交換体を用いてアルコールの存在下で脂肪酸エステルに変換する工程とを有する。
本発明の製造方法は、上記エステル交換反応させる工程の前に、陽イオン交換体を用いて油脂中の遊離脂肪酸をアルコールとエステル反応させる工程を有することが好ましい。
【0023】
(エステル交換反応工程)
均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる本工程は、従来の製造方法で実施される通常のエステル交換反応と同様にして行うことができる。
この工程においては、通常のエステル交換反応と同様に、エステル交換反応が主反応として生起して、脂肪酸エステルが合成される。
この主反応の生起により、グリセリンが副生される。
更に、次の副反応も生起しうる。
副反応1:油脂と均相アルカリ触媒との反応
この副反応により、石鹸(脂肪酸金属塩)とグリセリンとを副生する。
副反応2:油脂の加水分解反応
この副反応により、遊離脂肪酸やグリセリン等を副生する。
副反応3:遊離脂肪酸と均相アルカリ触媒との中和反応
副反応3は、油脂の品質(酸価)等によって生起するものであり、石鹸を副生する。

エステル交換反応工程で得られる反応生成物は、脂肪酸エステルと、副生物として、グリセリン、脂肪酸金属塩等を含有し、通常、脂肪酸エステルを含有する脂肪酸エステル含有相とグリセリン相とに分離する。
【0024】
エステル交換反応工程におけるアルコールの使用量は、油脂中に存在するエステル交換反応を行うエステル基1モルに対して、1モル以上であればよいが、通常、過剰量に設定され、例えば、1.5~3モルであることが好ましく、1.5~2モルであることがより好ましい。
エステル交換反応工程においては、油脂に代えて、後述する前段エステル反応工程で得られた反応液を用いることもできる。この場合、反応液は、そのまま用いてもよく、適宜、濃縮又は希釈して用いてもよい。反応液を希釈する場合、希釈媒体としては、アルコール又は上記溶媒を用いることができるが、アルコールが好ましく、エステル交換反応工程で用いるアルコールと同じアルコールがより好ましい。
【0025】
均相アルカリ触媒の使用量は、通常、エステル交換反応の触媒として機能する量以上に設定される。均相アルカリ触媒の使用量は、例えば、油脂中に存在するエステル交換反応を行うエステル基1モルに対して、0.1モル以上であることが好ましく、0.1~0.3モルであることが好ましい。
均相アルカリ触媒は、エステル交換反応の進行の点で、更には本工程の効率化を目的として、油脂100質量部に対する使用量として設定することもできる。この場合、特に制限されないが、例えば、油脂100質量部に対して、0.45~0.95質量部であることが好ましく、0.55~0.80質量部であることがより好ましい。
【0026】
エステル交換反応工程においては、油脂とアルコールとを、好ましくは上記使用量に設定したうえで、均相アルカリ触媒の存在下で、反応させる。
このときの反応条件は、エステル交換反応が進行する条件であれば特に制限されず、従来の製造方法で実施される通常のエステル交換反応の反応条件を適用できる。例えば、反応温度としては、50℃以上に設定することができ、反応性の点で、50~90℃が好ましく、60~70℃がより好ましい。反応時間としては、反応温度等の他の反応条件、均相アルカリ触媒の使用量等に基づいて適宜に設定され、例えば、30分以上2時間以下とすることができる。反応雰囲気としては、通常特に設定されないが、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス雰囲気とすることもできる。反応圧力条件としては、加圧条件又は減圧条件を適宜に選択できるが、通常、大気圧条件とする。
エステル交換反応は、通常、攪拌下で行う。
【0027】
エステル交換反応終了後、反応液を静置すると、通常、脂肪酸エステル含有相とグリセリン相とに分離する。このエステル交換反応工程では、グリセリン相から分離した脂肪酸エステル含有相を粗生成物として得る。この脂肪酸エステル含有相は、脂肪酸エステルの他に、脂肪酸金属塩を含有し、場合によってはグリセリン等の副生物若しくは不純物を含有している。そのため、グリセリン等の副生物を除去するため精製工程、通常水洗工程を行ってもよい。ただし、本発明の製造方法では、石鹸の含有を許容できるため、洗浄に使用する水量は、従来の製造方法で使用する水量に対して、大幅に低減できる。
【0028】
(脂肪酸金属塩のエステル反応工程)
本工程は、上記エステル交換反応工程において得られた粗生成物中の脂肪酸金属塩を、陽イオン交換体を用いてアルコールの存在下で直接脂肪酸エステルに変換する工程(後段エステル反応工程ともいう。)である。本工程では、粗生成物中に存在する脂肪酸金属塩を不純物として除去するのではなく、脂肪酸エステルの原料として利用する。
このように、本発明の製造方法は、脂肪酸エステルを、上記エステル交換反応工程で油脂から直接合成し、更に本工程で脂肪酸金属塩からも合成して、原料となる油脂だけでなく、不純物若しくは副生物として存在若しくは生成する脂肪酸金属塩を効率よく目的とする脂肪酸エステルに変換することができる。
【0029】
後段エステル反応工程には、上記エステル交換反応工程で得られた脂肪酸エステル含有相(粗生成物)を反応原料液として用いる。粗生成物は、上記エステル交換反応工程で得られた粗生成物をそのまま用いてもよく、適宜に濃縮若しくは希釈して、粗生成物の濃縮液若しくは希釈液として用いてもよい。粗生成物を希釈する場合、希釈媒体としては、アルコール又は上記溶媒を用いることができるが、アルコールが好ましく、上記エステル交換反応工程で用いたアルコールと同じアルコールがより好ましい。
粗生成物をそのまま用いる場合、粗生成物中における、脂肪酸金属塩及びアルコールの含有量は、エステル交換反応によって決定され、特に制限されない。粗生成物を濃縮又は希釈する場合、脂肪酸金属塩及びアルコールの含有量は、適宜に設定される。
後段エステル反応工程に用いる反応原料液中の、アルコールの含有量は、脂肪酸金属塩1モルに対して通常1モル以上に設定される。後段エステル反応工程において、反応原料液中の脂肪酸金属塩とアルコールとの含有量のモル比[脂肪酸金属塩:アルコール]としては、反応温度、反応時間、反応性等を考慮して1:1以上に決定され、例えば、1:1~1:10であることが好ましく、1:1~1:5であることがより好ましい。反応原料液中の脂肪酸金属塩の濃度としては、例えば0.5質量%以下とすることができる。なお、反応原料液中のアルコールの含有量には当然に陽イオン交換体を膨潤しているアルコール分を含まない。
【0030】
後段エステル反応工程は、粗生成物に対して、陽イオン交換体を用いてアルコールの存在下で、行う。アルコールの存在下における粗生成物と陽イオン交換体との接触方式は、特に制限されず、回分式、半回分式、連続相型式のいずれでもよい。具体的な接触方法としては、流通(イオン交換体の充填層に通液する方法)、撹拌(撹拌槽を用いる方法)、流動(流動層反応器)、振とう(振とう型反応器)等が挙げられる。連続相型式としては、例えば、アルコールで膨潤された陽イオン交換体を充填層とするカラム塔内に反応原料液を連続して流通(通過)させることにより、行う。用いる陽イオン交換体、及びアルコールで膨潤された陽イオン交換体は、上記の通りである。
陽イオン交換体の使用量は、イオン交換反応、更にはエステル反応の触媒として機能する量以上に設定される。具体的には、陽イオン交換体中のイオン性官能基含有量が触媒量となる量以上であればよく、例えば、イオン性官能基含有量、反応時間(流通時間)等を考慮して適宜に設定される。
【0031】
後段エステル反応工程においては、反応原料液中の脂肪酸金属塩を脂肪酸エステルに変換させる。
このときの反応条件は、特に制限されず、例えば、反応温度、反応時間、反応雰囲気、反応圧力、接触態様、接触条件等が適宜に設定される。
反応温度は、特に制限されず、例えば室温(25℃)以上に設定することができる。反応速度等の点で、30~60℃が好ましく、40~60℃がより好ましく、45~55℃が更に好ましい。反応温度は、反応原料液と陽イオン交換体とが接触している状態、すなわち、連続相型式で行う場合、反応原料液がカラム塔内を流通している状態での温度をいう。この反応温度に設定する方法としては、特に制限されないが、例えば、反応器の外部加熱機構で加温する方法、陽イオン交換体及び/又は反応原料液を予め反応温度に設定した後に反応器に投入する方法が挙げられる。
反応時間(接触時間)としては、反応温度等の他の反応条件、陽イオン交換体の使用量等に基づいて適宜に設定され、例えば、10分以上2時間以下とすることがき、0.05L/h/L-resin以上とすることもきる。また、反応時間は、反応原料液の流通量で規定することもでき、この場合、反応原料液の流通量は、陽イオン交換体(アルコール膨潤済)1L当たりの反応原料液の通液量として設定することもでき、例えば、10~100mL/min、好ましくは10~50mL/minとすることができる。
反応雰囲気は、通常特に設定されないが、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス雰囲気とすることができる。
反応圧力条件は、加圧条件又は減圧条件を適宜に選択できるが、アルコール等の蒸発抑制の点で、大気圧条件又は加圧条件とすることができ、例えば、50~500kPaとすることができる。
【0032】
後段エステル反応工程で得られた脂肪酸エステルのアルコール溶液は、定法によりアルコールを除去して、高品質の脂肪酸エステルを製造することができる。
【0033】
(遊離脂肪酸とアルコールとのエステル反応工程)
本発明の製造方法においては、上記エステル交換反応工程の前に、陽イオン交換体を用いて油脂中の遊離脂肪酸とアルコールとをエステル反応させる工程(前段エステル反応工程ともいう。)を行うことが好ましい。この工程により、エステル交換反応工程において石鹸を副生する遊離脂肪酸を予め目的とする脂肪酸エステルに変換することができる。そのため、後段エステル反応工程に用いる反応原料液中の石鹸含有量が小さくなるから、後段エステル反応工程における負荷を低減できる。しかも前段エステル反応工程において、油脂に含まれる水、エステル反応で副生する水を陽イオン交換体で吸収することができる。
【0034】
前段エステル反応工程におけるアルコールの使用量は、油脂の酸価を考慮して設定され、通常、油脂中に存在する遊離脂肪酸1モルに対して1モル以上に設定されるが、反応性等の点で、過剰量に設定されることが好ましく、例えば、1~5モルであることがより好ましい。
【0035】
前段エステル反応工程は、油脂に対して、陽イオン交換体を用いてアルコールの存在下で、行う。アルコールの存在下における油脂と陽イオン交換体との接触方式は、特に制限されず、後段エステル反応工程における接触方式と同じである。連続相型式で接触させる方法としては、例えば、アルコールで膨潤された陽イオン交換体を充填層とするカラム塔内に油脂とアルコールとの混合液を連続して流通(通過)させることにより、行う。用いる陽イオン交換体、及びアルコールで膨潤された陽イオン交換体は、上記の通りである。
陽イオン交換体の使用量は、エステル反応の触媒として機能する量以上に設定される。具体的には、陽イオン交換体中のイオン性官能基含有量がエステル反応の触媒量となる量以上であればよく、例えば、イオン性官能基含有量、反応時間(流通時間)等を考慮して適宜に設定される。
【0036】
前段エステル反応工程においては、油脂中の遊離脂肪酸をアルコールとエステル反応させる。このときの反応条件は、エステル反応が進行する条件であれば特に制限されず、例えば、反応温度、反応時間、反応雰囲気、反応圧力、接触態様、接触条件等が適宜に設定される。
反応温度は、特に制限されず、例えば室温(25℃)以上に設定することができる。反応速度等の点で、30~60℃が好ましく、40~60℃がより好ましく、45~55℃が更に好ましい。反応温度は、遊離脂肪酸と陽イオン交換体とが接触している状態、すなわち連続相型式で行う場合、混合液がカラム塔内を流通している状態での温度をいう。この反応温度に設定する方法としては、特に制限されないが、例えば、反応器の外部加熱機構で加温する方法、陽イオン交換体及び/又は混合液を予め反応温度に設定した後に反応器に投入する方法が挙げられる。
反応時間(流通時間)は、反応温度等の他の反応条件、陽イオン交換体の使用量等に基づいて適宜に設定され、例えば、10分以上2時間以下とすることができ、0.05L/h/L-resin以上とすることもきる。反応時間は、混合液の流通量で規定することもでき、この場合、混合液の流通量は、陽イオン交換体1L当たり、0.1~100mL/分とすることができ、10~100mL/minとすることが好ましく、10~50mL/分とすることがより好ましい。
反応雰囲気は、通常特に設定されないが、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス雰囲気とすることができる。
反応圧力条件は、加圧条件又は減圧条件を適宜に選択できるが、アルコール等の蒸発抑制の点で、大気圧条件又は加圧条件とすることができ、例えば、50~500kPaとすることができる。
【0037】
前段エステル反応工程で得られた反応液は、上述のように、引き続いて行われるエステル交換反応工程に用いられる。
【0038】
本発明の製造方法は、上述のように、エステル交換反応、次いで後段エステル反応工程を順次行うことにより、均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとのエステル交換反応を行うに際して、副生物の除去で廃棄される廃水量を大幅に低減しながらも、複雑ではないプロセスで効率化を図って、高品質の脂肪酸エステルを製造できる。本発明の製造方法は、従来の製造方法では不純物若しくは副生物として除去されていた石鹸、更には遊離脂肪酸を脂肪酸エステルに変換することができる。特に、エステル交換反応の前に前段エステル反応工程を行う本発明の好ましい製造方法では、予め遊離脂肪酸を脂肪酸エステルに変換できるため、後段エステル反応工程における負荷を低減できる。
更に、本発明の製造方法は、既存の反応槽にカラム塔等の反応器を併設することにより、既存の反応槽を活用して実施することができる。
【0039】
次に、本発明の脂肪酸エステルの製造装置(以下、単に本発明の製造装置ということがある。)は、均相アルカリ触媒の存在下で油脂とアルコールとをエステル交換反応させる反応槽と、この反応槽に接続され、アルコールで膨潤された陽イオン交換体と反応槽で得られた粗生成物(脂肪酸エステル含有相)とを接触させる反応器(後段反応器)とを備えている。この製造装置は、上記反応槽と後段反応器とを備えていることにより、反応槽で上記エステル交換反応工程を実施でき、後段反応器で上記後段エステル反応工程を実施でき、本発明の製造方法を好適に実施できる。
本発明の製造装置は、上記反応槽に接続され、この反応槽への供給前に油脂及びアルコールの混合液と陽イオン交換体とを接触させる反応器(前段反応器ともいう。)を備えていることが好ましい。本発明の好ましい製造装置は、前段反応器で上記前段エステル反応工程を実施でき、本発明の好ましい製造方法を好適に実施できる。
【0040】
本発明の製造装置は、上記反応槽、後段反応器、好ましくは前段反応器を備えていればよく、製造装置に通常設けられる他の設備を備えていてもよい。
本発明において、後段反応器及び前段反応器は、それぞれ、回分式、半回分式、連続相型式により各反応を実施できる反応器であれば、特に制限されず、例えば、処理槽、循環系や向流系で陽イオン交換体を移送するもの等が挙げられる。また、原料物質の導入口、生成物質の回収口が一定のカラム通液型、展開床(エクスパンデットカラム)の他、回分型を用いることもできる。特に、反応器としては、陽イオン交換体を充填した反応器(カラム塔)を用いて反応若しくは吸着分離等の各操作を連続的に行う装置が好適である。
カラム塔を用いる場合、後段反応器としては、上記反応槽で得られた粗生成物を流通させるカラム塔であって、アルコールで膨潤された陽イオン交換体を充填層とするカラム塔(後段カラム塔ともいう。)とすることができる。また、前段反応器としては、上記油脂とアルコールとを流通させるカラム塔であって、陽イオン交換体を充填層とするカラム塔(前段カラム塔ともいう。)とすることができる。
【0041】
以下に、後段反応器及び前段反応器としてカラム塔を用いた、本発明の製造装置の好ましい態様を、図1を参照して、説明する。
図1に記載の製造装置1は、反応槽2と、後段カラム塔3と、前段カラム塔4とを備えている。
反応槽2は、上記エステル交換反応工程を実施できるものであれば、特に制限されず、従来用いられている通常の反応槽(既存の反応槽)を適宜に用いることができる。この反応槽2の上部には、均相アルカリ触媒を貯留する貯留槽(図1に図示しない。)から延設された移送管21が設けられ、貯水槽(図1において図示しない。)から延設された水供給管22が接続されている。また、反応槽2の底部には、グリセリン相若しくは水相を排出する排出管23と、脂肪酸エステル含有相を排出して後段カラム塔3に移送する移送管24が接続されている。更に、反応槽2の上部には、後述する前段カラム塔4から反応液を移送して反応槽2に供給する移送供給管43が接続されている。後段カラム塔3に接続する移送管24には、移送量(後段エステル反応工程における流通量)を制御する制御手段、例えばポンプ25が設けられている。それ以外の移送管等にも、移送量又は供給量を制御する制御手段が設けられていてもよい。この反応槽2には、図示しない攪拌装置、加熱装置等の反応条件調整手段が設けられている。
上記反応槽2は、移送供給管43及び移送管21から反応液及び均相アルカリ触媒が供給され、反応液中の油脂とアルコールとを均相アルカリ触媒の存在下で所定の反応条件でエステル交換反応を実施できる。
【0042】
後段カラム塔3は、一般的なカラム管からなり、エクスパンデッドベッドカラム等の各種カラム管を用いることができる。後段カラム塔3は、カラム管が起立状態に配置されており、その内部に充填相としてアルコールで膨潤された陽イオン交換体(図1において図示しない。)が充填されている。陽イオン交換体を膨潤するアルコールは上述の通りである。陽イオン交換体の充填量は、特に制限されないが、上述の、陽イオン交換体の使用量に設定される。このカラム塔3は、その底部に移送管24が接続され、上部に上部排出管31が接続されている。ポンプ25により、エステル交換反応工程で得られた粗生成物が後段カラム塔3の下方から供給され、後段カラム塔3の充填相内を流通しながら上記後段エステル反応工程が実施されて反応生成物が上部排出管31から排出される。上部排出管31から排出された反応生成物は、図示しないアルコール除去装置に移送されてアルコールが除去されることにより、目的とする脂肪酸エステルが製造される。
【0043】
前段カラム塔4は、一般的なカラム管からなり、上記した各種カラム管を用いることができる。前段カラム塔4は、カラム管が起立状態に配置されており、その内部に充填相として陽イオン交換体(図1において図示しない。)が充填されている。前段カラム塔4に充填されるイオン交換体は、後段カラム塔3に充填されるイオン交換体と同種でも異種でもよく、アルコールで膨潤されていることが好ましい。陽イオン交換体を膨潤するアルコーは上述の通りである。陽イオン交換体の充填量は、特に制限されないが、上述の、陽イオン交換体の使用量に設定される。このカラム塔4は、油脂とアルコールとの混合液を貯留する貯留槽41から延設された混合液移送管42が底部に接続され、前段カラム塔4を流通してくる反応液を前段カラム塔4から排出して反応槽2に移送供給する移送供給管43が接続されている。混合液移送管42には、混合液の移送量(前段エステル反応工程における流通量)を制御する制御手段、例えばポンプ44が設けられている。このポンプ44により、混合液が前段カラム塔4の下方から供給され、前段カラム塔4の充填相内を流通しながら上記エステル反応が実施されて、反応液が移送供給管43から排出されて、反応槽2に移送供給される。
【0044】
この製造装置1は、上述のように、まず前段カラム塔4内に混合液を流通させて上記前段エステル反応工程を実施し、次いで反応槽2内で上記エステル交換反応工程を実施し、最後に後段カラム塔4内に粗生成物を流通させて上記後段エステル反応工程を実施する。このように、混合液を前段カラム塔4、反応槽2及び後段カラム塔4に順に供給(流通)することより、本発明の好ましい製造方法を連続的に実施できる。こうして製造される脂肪酸エステルは、バイオディーゼル燃料として好適に使用可能な品質を有している。また、前段カラム塔では、エステル反応で副生する水、油脂中の水が陽イオン交換体に吸着され、水を除去できる。
【0045】
製造装置1において、前段カラム塔4及び移送供給管43を除去して、混合液移送管42を反応槽2に接続した装置構成とすることにより、上記エステル交換反応工程及び上記後段エステル反応工程を有する製造方法を実施できる。この場合、反応槽2はアルコール貯留槽から延設するアルコール移送管を備えていてもよい。
特に、製造装置1は、後段エステル反応工程及び前段エステル反応工程をカラム塔内で行うことができ、複雑なプロセスを経ることなく(簡便に)、脂肪酸エステルを製造することができる。
【0046】
製造装置1において、後段反応器及び前段反応器として前段カラム塔4及び後段カラム塔3を備えているが、本発明においては、後段反応器及び前段反応器は、それぞれ、カラム塔に限定されず、回分法等を実施可能な通常の反応器(反応槽)を用いることもできる。
製造装置1において、カラム塔3及び4はそれぞれ1本設置されているが、本発明においては、前段カラム塔及び後段カラム塔はそれぞれ複数本を直列若しくは並列に配置することもできる。
また、製造装置1において、起立状態に配置された各カラム塔3及び4内への流通方向は、下方から上方に向かう方向に設定されているが、本発明においては、これに限らず、上方から下方に向かう方向に設定されてもよい。また、本発明において、カラム管は傾斜又は水平に配置されてもよい。
製造装置1においては、混合液を貯留する貯留槽41及び混合液移送管42が設けられているが、本発明においては、これらに代えて、油脂及びアルコールを別々に貯留する貯留槽と、油脂移送管及びアルコール移送管を設けてもよい。
製造装置1は、反応槽として、均相アルカリ触媒の存在下で行うエステル交換反応に用いる既存の反応槽を活用することができ、既存の反応槽に反応器を併設することにより、低コストで構築することができる。
【実施例0047】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの記載によってなんら制限されるものではない。なお、以下の実施例においては特に断らない限り、当業者に公知の一般的な方法に従った。
【0048】
<陽イオン交換体及びカラム塔の準備>
イオン交換体としてポーラス型の強酸性陽イオン交換樹脂:PK208LH(商品名、三菱化学株式会社製)を用いた。この陽イオン交換樹脂は、触媒活性を示すH型(≧99モル%)であるが、工場出荷時に水で膨潤状態にあるため、後述するエステル交換反応に用いるアルコール(メタノール)で膨潤化させた後、実験に使用した。膨潤化は、内径11mmのガラス製カラムに陽イオン交換樹脂30mLを充填し、洗出液の含水率が10質量%未満となるまで、線速度2.5cm/minでアルコールを通液して行った。
こうして、内径11mmのガラス製カラムに、メタノールで膨潤した陽イオン交換樹脂を充填相として充填した後段カラム塔を準備した。
【0049】
<実施例1>
次のようにして、油脂とメタノールとのエステル交換反応を行って粗生成物として脂肪酸エステル含有相Aを得た。
すなわち、130Lの反応槽中で、廃食用油(酸価2)100Lと、水酸化ナトリウムのメタノール溶液(水酸化ナトリウム濃度4質量%)25Lとを攪拌下、反応温度60℃で、エステル交換反応を1時間行った。その後、得られた反応液を1時間静置してグリセリン相と脂肪酸エステル含有相とを自然分離させて、脂肪酸エステル含有相をグリセリン相から分離した。こうして、脂肪酸エステルと脂肪酸金属塩とを含有する脂肪酸エステル含有相Aを得た。
【0050】
次いで、脂肪酸エステル含有相A(200mL)を50℃に予熱した後に、陽イオン交換樹脂(メタノール膨潤後で28mL)を50℃に加温した上記後段カラム塔に供給して、脂肪酸金属塩のエステル反応を(後段カラム内に流通させながら脂肪酸金属塩のエステル化反応)を行い、後段カラム塔から排出される反応液を回収した。脂肪酸エステル含有相Aの供給量(通液量)は、大気圧下、線速度;1.1cm/min(流通時間約9分、粗生成物の流通量は陽イオン交換体1L当たり40mL/min)とした。
こうして得られた反応液をガスクロマトグラフで分析した結果、生成物は脂肪酸メチルエステルであった。
【0051】
<実施例2>
実施例1で得られた脂肪酸エステル含有相A 80Lに蒸留水20Lを混合して攪拌した後、12時間静置してグリセリン相(下相)を除去して、脂肪酸エステル含有相Bを得た。
実施例1において、脂肪酸エステル含有相Aに代えて脂肪酸エステル含有相Bを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、脂肪酸金属塩のエステル反応を行い、反応液を回収した。
【0052】
<比較例1>
比較例1では従来のエステル交換反応のみを行った。
すなわち、実施例1において脂肪酸金属塩のエステル反応を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、脂肪酸エステル含有相Aを得た。
【0053】
<比較例2>
実施例1で得られた脂肪酸ステル含有相A(80L)に蒸留水20Lを加えて実施例2と同様にして1回洗浄し、脂肪酸エステル含有相Cを得た。
【0054】
<比較例3>
実施例1で得られた脂肪酸エステル含有相A(80L)に蒸留水20Lを加えて実施例2と同様にして行う洗浄を繰り返して4回行って、脂肪酸エステル含有相Dを得た。
【0055】
得られた各反応液について、グリセリン及び脂肪酸ナトリウム塩(石鹸)の含有量を測定した。その結果を表1に示す。
分析手順は、得られた各反応液について、反応液と蒸留水を4:1(質量比)の割合で混合し、激しく震盪後(白色懸濁液となった)、12時間室温で静置した。グリセリン及び脂肪酸ナトリウム塩(石鹸)を抽出した水相を回収して、目視で確認及びグリセリン及び脂肪酸ナトリウム塩(石鹸)の分析を行った。
グリセリン、石鹸の分析はガスクロマトグラフィー(GC)システムを用いて、一般的な脂肪酸ナトリウムの分析に用いられる公知の方法を適宜適用して測定した。
【0056】
【表1】
【0057】
表1に示す結果から明らかなように、後段エステル反応工程を行わずに、均相アルカリ触媒を用いたエステル交換反応工程のみを行った比較例1は、グリセリン及び石鹸が混入していた。このことは、反応生成物中に石鹸及び/又はグリセリンが混入することによりミセル化された脂肪酸メチルエステルが水相に移行して、水相を着色、かつ白濁させていることからも確認できる。
均相アルカリ触媒を用いたエステル交換反応工程を行った後に1回水洗した比較例2は、グリセリン及び石鹸をある程度除去できている。
均相アルカリ触媒を用いたエステル交換反応工程を行った後に4回水洗した比較例3は、グリセリン及び石鹸を除去できているが、80Lもの大量の廃水が発生した。これは現在、一般的に行われている処理に相当する。
これに対して、均相アルカリ触媒を用いたエステル交換反応工程及び後段カラム塔を用いて後段エステル反応工程を行った実施例1は、グリセリン及び石鹸の含有量が検出限界以下の脂肪酸メチルエステルを製造できた。また廃水は生じなかった。
エステル交換反応工程と後段エステル反応工程との間に1回水洗工程を行った実施例2は、20L程度の廃水を生じるが、実施例1と同様に、グリセリン及び石鹸の含有量が検出限界以下の脂肪酸メチルエステルを製造できた。
【符号の説明】
【0058】
1 (脂肪酸エステルの)製造装置
2 反応槽
3 後段カラム塔
4 前段カラム塔
21 移送管
22 水供給管
23 排出管
24 移送管
25 ポンプ
31 上部排出管
41 貯留槽
42 混合液移送管
43 移送供給管
44 ポンプ
図1