(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022027234
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220203BHJP
C22C 38/04 20060101ALI20220203BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20220203BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20220203BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/04
C22C38/60
C21D8/12 D
H01F1/147 175
H01F1/147 183
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020131121
(22)【出願日】2020-07-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】今村 猛
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
【テーマコード(参考)】
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4K033AA02
4K033BA01
4K033BA02
4K033CA00
4K033CA01
4K033CA02
4K033CA03
4K033CA04
4K033CA07
4K033CA08
4K033CA09
4K033EA02
4K033FA01
4K033FA13
4K033HA01
4K033HA03
4K033JA01
4K033JA05
4K033LA01
4K033MA01
4K033MA02
4K033NA01
4K033NA02
4K033PA07
4K033PA08
5E041AA02
5E041AA19
5E041BC01
5E041BD10
5E041CA02
5E041CA04
5E041NN01
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】磁区細分化に伴う磁束密度の劣化が無く、しかも歪取焼鈍後も磁区細分化効果が消失しない方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、Si:2.0~8.0%およびMn:0.02~1.0%を含有すると共にC:0.0050%以下とし、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成である鋼板の表裏両面の少なくとも一方の面に、0.5μm当たり0.5°以上3.0°以下の結晶方位差を有する領域が、直線状もしくは点列状に存在するものとする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Si:2.0~8.0%およびMn:0.02~1.0%を含有すると共にC:0.0050%以下とし、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成である鋼板の表裏両面の少なくとも一方の面に、0.5μm当たり0.5°以上3.0°以下の結晶方位差を有する領域が、直線状もしくは点列状に存在することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記結晶方位差を有する領域が、圧延方向に10μm以上300μm以下、深さ方向に5μm以上50μm以下の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記結晶方位差を有する領域は、表面の凹凸差が5μm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の方向性電磁鋼板であって、該鋼板を750℃の温度で1時間焼鈍した後に、前記結晶方位差を有する領域が残存することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記鋼板の表裏両面の一方の面に前記結晶方位差を有する領域が存在し、さらに前記鋼板の表裏両面に、前記鋼板の圧延方向に引張張力を有するコーティングおよび/もしくはフォルステライト被膜を有し、前記一方の面における引張張力が、前記他方の面における引張張力よりも5%以上低いことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の方向性電磁鋼板。
【請求項6】
前記成分組成はさらに、質量%でNi:0.010~1.50%、Cr:0.01~0.50%、Cu:0.01~0.50%、Bi:0.005~0.50%、Sb:0.010~0.200%、Sn:0.010~0.200%、Mo:0.010~0.200%、P:0.010~0.200%およびNb:0.001~0.015%の少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の鉄心材料に好適な方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板は変圧器やモータ等の鉄心として広く用いられている材料であり、特に方向性電磁鋼板においては、その結晶方位がGoss方位と呼ばれる{110}<001>方位に高度に集積しており、大型の変圧器等に使用されている。変圧器での無負荷損(エネルギーロス)を低減するため、方向性電磁鋼板に対しては低鉄損が求められている。この鉄損を低減する手段として、磁区細分化を行うことが極めて効果的であることが知られている。
【0003】
磁区細分化は大別して耐熱型と非耐熱型に分けることができる。前者は歪取焼鈍後でも磁区細分化効果を発揮することが特徴であり、鋼板に溝を形成する方法が一般的である。また、後者は磁区細分化効果が大きいが、歪取焼鈍後はその効果が消失することが特徴であり、結晶格子を若干歪ませる方法が一般的である。
【0004】
前者の耐熱型の磁区細分化として、例えば特許文献1には、冷間圧延後に電解エッチングにより溝を形成する方法が開示されている。また、特許文献2には、突起の付いたロールを用い、この突起を押し付けることで溝を形成する方法が開示されている。さらに、特許文献3には、レーザ照射により溝を形成する方法が開示されている。かたや非耐熱型の磁区細分化として、例えば特許文献4には、方向性電磁鋼板の製品板にプラズマジェットを用いて磁区細分化する方法が記載されている。また、特許文献5には、レーザ照射により溝を形成することなく歪を導入する方法が開示されている。さらに特許文献6には、電子ビームを用いる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7-62436号公報
【特許文献2】特開平10-298653号公報
【特許文献3】特開2003-27194号公報
【特許文献4】特開平10-130729号公報
【特許文献5】特開2014-25106号公報
【特許文献6】特開2015-183189号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の通り、磁区細分化には2種類存在するが、各々欠点がある。すなわち、耐熱型では溝が形成されるため、その部分は磁束が通れないことで磁束密度の指標であるB8(800A/mで励磁した際の磁束密度)が大きく低下することである。一方非耐熱型では、歪取焼鈍により結晶格子の歪が解消するため、磁区細分化効果が消失することである。
【0007】
そこで、本発明は、磁区細分化に伴う磁束密度の劣化が無く、しかも歪取焼鈍後も磁区細分化効果が消失しない方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、溝を形成することなく微小な結晶方位の差を鋼板に導入することにより、磁束密度の劣化が無く、かつ歪取焼鈍後も磁区細分化効果が消失しない方向性電磁鋼板を供するものである。
以下、本発明を成功に至らしめた実験について説明する。
<実験1>
質量%でSi:3.27~3.34%およびMn:0.09~0.12%を含有し、さらにCが0.0030%以下まで脱炭され、残部はFeである成分組成を有し、B8が1.934~1.936Tの高磁束密度をそなえ、地鉄側から順にフォルステライト被膜およびコーティング膜を有する方向性電磁鋼板の製品板(板厚0.23mm)に、下記要領で3種類の磁区細分化処理を施した。これら磁区細分化処理には、Ybファイバーレーザを用いた。また、レーザ加工により鋼板が加熱され、加工状況にムラができることを避けるため、鋼板裏面に10℃で水冷されている治具をあてがって鋼板の温度を一定に保つことを行った。
【0009】
条件(i):鋼板表面に圧延方向と垂直に連続的にレーザ照射を行い、表面のコーティング膜およびフォルステライト被膜を除去した。レーザ照射条件は、出力50W、鋼板に当たるレーザのスポット径100μm、走査速度10m/sとした。このレーザ照射は鋼板幅方向の端部からもう片方の端部まで連続して、圧延方向には3mm間隔で行った。この際、鋼板地鉄側には変化が認められず、レーザが地鉄に与える影響はなかった。その後、電解研磨法によりレーザ照射を行った箇所に溝を形成した。溝深さは20μmとした。
【0010】
条件(ii):鋼板表面に圧延方向と垂直に連続的にレーザ照射を行い、鋼板表面に結晶格子の歪を導入した。レーザ照射条件は、出力150W、鋼板に当たるレーザのスポット径100μm、走査速度10m/sとした。このレーザ照射は鋼板幅方向の端部からもう片方の端部まで連続して、圧延方向には3mm間隔で行った。
【0011】
条件(iii):鋼板表面に圧延方向と垂直に連続的にレーザ照射を行い、鋼板表面に結晶格子の歪を導入した。レーザ照射条件は、出力250W、鋼板に当たるレーザのスポット径100μm、走査速度10m/sとし、条件(ii)よりも大きな格子歪を導入した。このレーザ照射は鋼板幅方向の一方の端部からもう片方の端部まで連続して、圧延方向には3mm間隔で行った。
【0012】
上記の各条件の磁区細分化処理にて得られた各鋼板について、磁気特性をJIS C2556に記載の単板磁気特性試験方法で測定した。さらに、各々の鋼板を800℃で3時間、N
2雰囲気下で歪取焼鈍を行い、再度JIS C2556に記載の方法で磁気特性を測定した。得られた鉄損と磁束密度を
図1に示す。条件(i)は鋼板に溝が付与されており、磁束密度が低い。条件(ii)は歪取焼鈍後の鉄損特性が悪い。これは、結晶格子の歪が解放されたためと考えられる。しかしながら、条件(iii)では磁束密度は条件(ii)と同等であるが、歪取焼鈍前後で良好な鉄損特性を保ったままであった。
【0013】
この原因を調査するため、歪取焼鈍後の条件(iii)にて処理した鋼板において、レーザ照射部の結晶状態をEBSD法により調査した。ここで用いたEBSDシステムには、TSL社製のソフトウェアを使用した。測定条件は0.10μmステップとした。また、解析には同社製OIM Analysis 8を使用した。その結果、結晶方位は測定領域すべてがGoss方位近傍であり、特に他の方位を有する粒の存在は認められなかった。ただし、レーザ照射部直下にはGoss方位に対して0.5~3.0°程度の微小な方位差角がある領域が認められた。同様の測定を歪取焼鈍後の条件(ii)にて処理した鋼板についても行ったが、0.5°以上の微小な方位差角がある領域は認められなかった。その調査結果を、
図2に示す。
【0014】
図2において、横軸は、各測定点のGoss方位からの方位差角の平均(以下、平均方位差角とも称す)を示す。具体的には、Kernel Average Misorientationであり、nearest pointを5thとした場合の結果である。なお、平均方位差角の具体的な算出方法については後述する。すなわち、測定ステップが0.10μmかつnearest pointが5thのため、この横軸はおよそ0.50μm当たりの平均方位差角に相当する。さらに、EBSD-Wilkinson法により歪取焼鈍後の条件(iii)にて処理した鋼板の歪解析を行った結果、レーザ照射部直下では引張応力や圧縮応力が複雑に絡み合って存在していることが明らかとなった。この応力が磁区細分化効果を発揮させて、鉄損低減効果が発生したものと推定された。また、鋼板表面は溝のような凹部がほとんど認められないため、磁束密度も良好であったと考えられる。
【0015】
上記のように考えた場合、本技術で重要な要件が2つある。1つは上記の通り微小な方位差角を有することである。もう1つは、この微小な方位差角を有する領域がGoss近傍方位を保っていることである。これら2つの要件を満足するためには、本実験で実施した鋼板の冷却が重要な役割を担っていると推定される。すなわち、上記2つの要件は、レーザ条件を精緻にコントロールするだけでなく、同時に冷却する技術を融合することで初めて満足されると考えられ、従来の磁区細分化技術とは全く異なる手法であるといえる。
【0016】
ちなみに、特開2000-109961号公報には、磁区細分化効果を発揮させるものとして、溝のほかに熱影響層について言及されている。この熱影響層は周囲と透磁率が異なることが磁区細分化を発揮させる原因であると記載されていることから、熱影響層の結晶方位はGoss方位から大きく変化しているものと考えられ、本発明の結晶方位の微小な差異を利用するものとは根本的に異なる技術である。
【0017】
本発明は、上記知見に立脚するものである。すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、Si:2.0~8.0%およびMn:0.02~1.0%を含有すると共にC:0.0050%以下とし、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成である鋼板の表裏両面の少なくとも一方の面に、0.5μm当たり0.5°以上3.0°以下の結晶方位差を有する領域が、直線状もしくは点列状に存在することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0018】
2.前記結晶方位差を有する領域が、圧延方向に10μm以上300μm以下、深さ方向に5μm以上50μm以下の範囲にあることを特徴とする前記1に記載の方向性電磁鋼板。
【0019】
3.前記結晶方位差を有する領域は、表面の凹凸差が5μm以下であることを特徴とする前記1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【0020】
4.前記1から3のいずれかに記載の方向性電磁鋼板であって、該鋼板を750℃の温度で1時間焼鈍した後に、前記結晶方位差を有する領域が残存することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0021】
5.前記鋼板の表裏両面の一方の面に前記結晶方位差を有する領域が存在し、さらに前記鋼板の表裏両面に、前記鋼板の圧延方向に引張張力を有するコーティングおよび/もしくはフォルステライト被膜を有し、前記一方の面における引張張力が、前記他方の面における引張張力よりも5%以上低いことを特徴とする前記1から4のいずれかに記載の方向性電磁鋼板。
【0022】
6.前記成分組成はさらに、質量%でNi:0.010~1.50%、Cr:0.01~0.50%、Cu:0.01~0.50%、Bi:0.005~0.50%、Sb:0.010~0.200%、Sn:0.010~0.200%、Mo:0.010~0.200%、P:0.010~0.200%およびNb:0.001~0.015%の少なくとも1種を含有することを特徴とする前記1から5のいずれかに記載の方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、溝を形成することなく方向性電磁鋼板の極表層に微小な結晶方位差を発生させることにより、磁束密度を劣化させることなく、歪取焼鈍後でも鉄損の低い特性を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】レーザ照射条件別の磁束密度および鉄損を示す図である。
【
図2】歪取焼鈍後のレーザ照射域近傍の各測定点の平均方位差角の分布を照射条件別に示す図である。
【
図3】平均方位差角を算出する方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、本発明の構成要件の限定理由について述べる。
以下、鋼板の成分組成に関する%表示は、特に断らない限り質量%を意味する。
Si:2.0~8.0%
Siは、鋼の比抵抗を高め、鉄損を改善させるために必要な元素であり、そのためには2.0%以上とする。一方、8.0%を超えると鋼の加工性が劣化し、鋼板のスリットや曲げ加工が困難となることから、8.0%以下に限定する。望ましくは、3.0~6.5%である。
【0026】
Mn:0.02~1.0%
Mnは、1.0%を超えると製品板の磁束密度が大きく低下し、また、0.02%未満では二次再結晶が困難となりかつ大幅なコスト増となることから、0.02~1.0%とする。望ましくは、0.05~0.50%である。
【0027】
C:0.0050%以下
Cは、0.0050%をこえると磁気時効により鉄損が増大することから、0.0050%以下に限定される。望ましくは、0.0030%以下である。勿論、0%でもよいが、経済性の観点からは0.0010%以上とすることが好ましい。
【0028】
以上、本発明の基本成分について説明してきたが、本発明ではその他にも以下に述べる元素を適宜含有させることができる。すなわち、磁束密度を向上させる目的にて、Ni:0.010~1.50%、Cr:0.01~0.50%、Cu:0.01~0.50%、Bi:0.005~0.50%、Sb:0.010~0.200%、Sn:0.010~0.200%、Mo:0.010~0.200%、P:0.010~0.200%およびNb:0.001~0.015%の少なくとも1種を含有することができる。各元素の添加量がそれぞれの下限量より少ない場合には磁気特性向上効果がなく、上限量を超えると二次再結晶粒の発達が抑制され磁気特性が劣化する、おそれがある。
【0029】
さらに、鋼板の表裏両面の少なくとも一方の面に、0.5μm当たり0.5°以上3.0°以下の結晶方位差(以下、単に結晶方位差ともいう)を有する領域が、直線状もしくは点列状に存在することが上述の理由により必須である。
【0030】
ここで、上記の方位差角を付与する領域は、線状もしくは点列状であり、線または列の形態は直線でも曲線でも任意の形状で問題ない。方位差角の大きさは、上述の通り0.5μm当たり0.5~3.0°が必要である。しかしながら、
図2からも分かるように上記の方位差角を付与する領域の中に方位差角が0.5°未満である領域があっても問題ない。その場合、0.5°未満の領域が上記の方位差角を付与する領域内に存在する割合は、面積率で20%以下、好ましくは15%以下である。
【0031】
なお、方位差角はEBSD法のKernel Average Misorientationで計算できる。重要なことは、EBSD自体の分解能が0.5°程度であるため、
図3に示すように、測定ステップ間隔は0.1μm程度と細かくし、計算時のnearest pointを5th以上として方位差角の平均をとる母数を多くする必要がある。例えば、測定ステップ間隔を0.5μmとし、計算時のnearest pointを1stとすることも可能であるが、この場合は測定グリッドがhexagonalの場合、第1隣接測定点の6点のみの平均となる。これではEBSDにおける測定誤差を無視できない。そこで、第5近接点はHexagonal gridで30点存在するため、これを平均することで、誤差を吸収できると考えられる。
【0032】
従って、本発明における0.5μm当たりの結晶方位差とは、EBSD測定を行い、測定ステップは0.1μm、平均方位差角(Kernel Average Misorientaion)計算時のnearest pointを5th(5ステップ分=0.5μm当たり)とする。この結晶方位差が0.5~3.0°の領域は、L断面(圧延方向と平行なRD-ND断面)から観察して、深さ方向で5μm以上50μm以下の範囲に存在することが望ましい。これ以上深くに当該領域が存在するようにレーザ照射処理を行うと、その処理の影響で鋼板表面に凹部が発生し、磁束密度が低下する可能性がある。より望ましくは、表面からの深さが10μm以上30μm以下である。また、圧延方向には10μm以上500μm以下の範囲にあることが望ましい。この範囲外では、鉄損低減効果が小さくなる可能性がある。より望ましくは50μm以上250μm以下である。この領域は、単純な長方形や半円形にはならないこともあるため、本発明では領域の最も長い径(距離)を適用する。また、当該領域の表面には溝などの凹部がないことが望ましいが、凹凸差(領域における深さ方向の最高点と最低点との距離)が5μm以下の凹部なら磁束密度の低下はほとんどないため、凹凸差は5μm以下とすることが望ましい。より望ましくは、3μm未満である。
【0033】
以上が本発明の構成要件であるが、これを達成するための製造方法についても下記に記す。
まず、任意の成分を含む溶鋼から連鋳機で連続的にスラブを作製するか、または鋳造法でインゴットを作製して素材とする。この素材は上記した成分組成を有するものとするが、上記成分のうち、C以外は途中工程で変更することが難しいため、溶鋼段階で成分調整することが望ましい。また、インヒビター成分と呼ばれるAl、N、S、Seについても添加することができる。スラブやインゴットは通常の方法で加熱して熱間圧延される。熱間圧延前のスラブ加熱温度は、インヒビター成分を含む場合は、1400℃程度まで加熱するが、インヒビター成分を含まない場合は、従来必須であったインヒビターを固溶させるための高温加熱を必要とせず、1250℃以下の低温とすることがコストの面で望ましい。
【0034】
次いで、必要に応じて熱延板焼鈍を施してもよい。良好な磁気特性を得るためには、熱延板焼鈍温度は800℃以上1150℃以下が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒の一次再結晶組織を実現することが困難になり二次再結晶の発達が阻害される。熱延板焼鈍温度が1150℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるため、整粒の一次再結晶組織を実現する上で極めて不利である。
【0035】
熱延板焼鈍後、必要に応じて中間焼鈍を挟む1回以上の冷間圧延を施した後、脱炭焼鈍を行う。中間焼鈍温度は900℃以上1200℃以下が好適である。この温度が900℃未満であると再結晶粒が細かくなり、一次再結晶組織におけるGoss核が減少し磁気特性が劣化する。また、中間焼鈍温度が1200℃を超えると、熱延板焼鈍の場合と同様に粒径が粗大化しすぎるため、整粒の一次再結晶組織を実現する上で極めて不利である。最終冷間圧延では、冷間圧延の温度を100℃~300℃に上昇させて行うことが、再結晶集合組織を変化させて磁気特性を向上させるために有効である。
【0036】
脱炭焼鈍は、800℃以上900℃以下で保定することが脱炭性の観点から有効である。その際の昇温速度は100℃/s以上であれば鉄損特性が良好となるため望ましい。ただし昇温速度が速いほど、それを達成するための設備にコストがかかるため、1200℃/s以下が望ましい。脱炭の観点からは、雰囲気は湿潤雰囲気とすることが望ましく、露点は30℃以上が望ましい。また、同じ脱炭の観点から、雰囲気にH2を含有させることが望ましく、その濃度は5%以上70%以下とすることが望ましい。
【0037】
その後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を適用した後に仕上焼鈍を施すことにより、鋼板同士の融着を防止すると共に、フォルステライト被膜を形成させることが可能である。仕上焼鈍は二次再結晶発現のために、800℃以上で行うことが望ましい。また、二次再結晶を完了させるために800℃以上の温度で20時間以上保持させることが望ましい。鋼中の不純物を純化しかつフォルステライト被膜を形成させる場合は1200℃程度まで昇温させることが望ましい。さらに1180℃以上で3時間以上保定することが、不純物純化が促進されるため望ましい。この仕上焼鈍後には、付着した焼鈍分離剤を除去するため、水洗やブラッシング、酸洗を行うことが有用である。その後、平坦化焼鈍を行い、形状を矯正することが鉄損低減のために有効である。
【0038】
また、鋼板を積層して使用する場合には、鉄損を改善するために、平坦化焼鈍前もしくは後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施すことが有効である。絶縁コーティングは、鉄損低減のために鋼板に張力を付与できるコーティングが望ましい。例えば、バインダーを介した張力コーティング塗布方法や、物理蒸着法または化学蒸着法により無機物を鋼板表層に蒸着させコーティングとする方法などを採用すると、コーティング密着性に優れ、かつ著しい鉄損低減効果があるため望ましい。
【0039】
なお、本発明に従って鋼板の表裏面のいずれか片側に0.5μm当たり0.5°以上3.0°以下の結晶方位差を有する領域を適用すると、鋼板が若干反る可能性がある。この場合、被膜やコーティングによる張力を鋼板の表裏面で変えて、反りを矯正することが望ましい。具体的には、上記の反りが発生する場合、結晶方位差を有する領域を適用した面を内側とした反りとなるため、当該面の張力をその逆側の面より5%以上低くすることが望ましい。なぜなら、上記反りを回避するためである。張力差の上限としては、逆側に反ることを回避するために20%とすることが好ましい。
【0040】
本技術の要である、鋼板表面に結晶方位の微小な差を生じさせるためには、上述のようにレーザや電子ビームを鋼板表面に照射することが有効である。そのタイミングは、絶縁コーティングを塗布した後でも、その前でも問題ない。ただし、二次再結晶前に結晶方位の差を付与しても、二次再結晶時にその方位差が緩和されることから、二次再結晶後が望ましい。しかしながら、ある程度の効果は期待できることから二次再結晶前に付与しても問題ない。また、上記した実験からはこれらの加工(照射)と同時に冷却することが有効であったと考えられた。その理由は明らかではないが、レーザや電子ビームの照射と同時に冷却することで、鋼板内の温度ムラが小さくなるなどして、溶解-再凝固するプロセスに変化が生じ、エピタキシャル成長のようにGoss方位に近い方位として凝固したものと考えられる。その冷却方法は、上記した実験では鋼板の裏側から冷却させた治具を接触させることとしたが、同じ考え方で、低温のガスを吹き付ける等、別の手法でも問題ない。
【0041】
本発明は、歪取焼鈍後に磁束密度の低下がなくかつ鉄損の低い特性が得られることが特徴である。この歪取焼鈍は、一般的に既定の大きさにスリットされたのちに変圧器の様な最終製品に加工されてから実施されることが多い。このスリットや加工等で導入される歪を除去することが目的であるため、それを達成するために歪取焼鈍条件は700から900℃程度で1から5時間程度焼鈍されるのがよい。しかしながら、数十秒程度の短時間焼鈍でも問題ない。
【0042】
上記の通り、表裏面のいずれか片側に0.5μm当たり0.5°以上3.0°以下の結晶方位差を有する領域が存在する鋼板は、歪取焼鈍後に磁束密度の低下がないところに特徴があり、具体的には、鋼板を750℃の温度で1時間焼鈍した後に、上記の結晶方位差を有する領域が残存することである。
【実施例0043】
質量%でSi:3.38%およびMn:0.21%を含有し、さらにCが0.0030%以下まで脱炭され、残部はFeである成分を有し、B8が1.933~1.936Tの高磁束密度を有する磁区細分化処理を施していない方向性電磁鋼板の製品板(板厚0.23mm)に、電子ビームを用いて磁区細分化処理を施した。電子ビーム加工により鋼板が加熱され、加工状況にムラができることを避けるため、鋼板裏面に10℃で水冷されている治具をあてがって加工近傍の鋼板の温度を一定に保つ処理を行った。電子ビームの照射条件は、表1に記載のごとく種々変更した。表1に示す出力はビーム電流と加速電圧の積であり、点間隔は点列状に照射する場合のビーム走査方向(すなわち圧延垂直方向)の点の間隔である。
【0044】
かくして得られたサンプルの磁気特性を、JIS C2556に記載の単板磁気特性試験方法で測定した。さらに、各々のサンプルに、750℃で3時間、N2雰囲気下で歪取焼鈍を行い、再度JIS C2556に記載の方法で磁気特性を測定した。得られた鉄損と磁束密度を表1に併記する。また、歪取焼鈍後のサンプルについて、電子ビーム照射部近傍の結晶方位をEBSD法により調査した。測定面はL断面(圧延方向に平行な断面)とし、EBSD測定条件は0.10μmステップで測定した。微小な方位差が存在する領域を見極めるため、解析としてはKernel Average Misorientationのnearest pointを5thとした場合に平均方位差角が0.05~0.30°になる領域をマップ化し、その最大深さ方向と圧延方向との長さを算出した。その結果も表1に併記する。同表から明らかなように、本発明範囲内の条件において歪取焼鈍後も良好な磁束密度および鉄損が得られている事がわかる。
【0045】