(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022027681
(43)【公開日】2022-02-14
(54)【発明の名称】抗菌剤および口腔用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 8/37 20060101AFI20220119BHJP
A61K 31/216 20060101ALI20220119BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20220119BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20220119BHJP
A61Q 11/00 20060101ALI20220119BHJP
A01N 37/12 20060101ALI20220119BHJP
A01N 63/22 20200101ALI20220119BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20220119BHJP
【FI】
A61K8/37
A61K31/216
A61P31/04
A61P1/02
A61Q11/00
A01N37/12
A01N63/22
A01P1/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2020134212
(22)【出願日】2020-07-14
(71)【出願人】
【識別番号】520297872
【氏名又は名称】塚本 義則
(72)【発明者】
【氏名】塚本 義則
【テーマコード(参考)】
4C083
4C206
4H011
【Fターム(参考)】
4C083AB172
4C083AB472
4C083AC102
4C083AC122
4C083AC132
4C083AC312
4C083AC421
4C083AC422
4C083AD222
4C083AD272
4C083AD412
4C083AD662
4C083BB48
4C083CC41
4C083DD22
4C083DD23
4C083EE32
4C083EE33
4C206AA01
4C206AA02
4C206DB06
4C206DB13
4C206DB47
4C206DB48
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA77
4C206NA14
4C206ZA67
4C206ZB35
4H011AA01
4H011BB06
4H011DA17
(57)【要約】
【課題】 ストレプトコッカス・ミュータンスに対して極微量で効果が発揮され、かつ細胞毒性がなく人体への影響がない安全性の高い抗菌剤及びその用途を提供する。
【解決手段】 イソフラボン資化性微生物No.44-3菌株の乾燥菌体の脂質抽出物から液体クロマトグラフィーと薄層クロマトグラフィーによる単離と精製によって得られたグリセロールに二つの脂肪酸がエステル結合したジエステル化合物及びグリセロールに二つの脂肪酸と一つのデヒドロアビエチン酸がエステル結合したトリエステル化合物がストレプトコッカス・ミュータンスに対して非常に高い生育阻害効果を有することを見いだし、これらを有効成分とするストレプトコッカス・ミュータンスの生育阻害のための抗菌剤および当該抗菌剤を含有する口腔内組成物を創成するに至った。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)の化合物、または式(1)の化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とする虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤:
【化1】
[式中のR
1、R
2、R
3は水素、またはデヒドロアビエチン酸残基または脂肪酸残基を示し、脂肪酸残基は同一でも異なってもよく、以下の(a)~(k)、即ち、
(a)R
1とR
2は脂肪酸残基であり、R
3は水素である;
(b)R
1とR
3は脂肪酸残基であり、R
2は水素である;
(c)R
1は水素であり、R
2とR
3は脂肪酸残基である;
(d)R
1は水素であり、R
2はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3は脂肪酸残基である;
(e)R
1は水素であり、R
2は脂肪酸残基であり、R
3はデヒドロアビエチン酸残基である;
(f)R
1はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
2は水素であり、R
3は脂肪酸残基である;
(g)R
1は脂肪酸残基であり、R
2は水素であり、R
3はデヒドロアビエチン酸残基である;
(h)R
1はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
2は脂肪酸残基であり、R
3は水素である;
(i)R
1は脂肪酸残基であり、R
2はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3は水素である;
(j)R
1とR
2は脂肪酸残基であり、R
3はデヒドロアビエチン酸残基である;
(k)R
1とR
3は脂肪酸残基であり、R
2はデヒドロアビエチン酸残基である、
のいずれかの条件を満たす]。
【請求項2】
前記有効成分が式(1)の化合物、または式(1)の化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とする請求項1に記載の虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤:
【化2】
[式中のR
1、R
2、R
3は以下の(a)~(h)、即ち、
(a)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2がステアリン酸残基であり、R
3が水素である;
(b)R
1がステアリン酸残基であり、R
2がパルミチン酸残基であり、R
3が水素である;
(c)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2が水素であり、R
3がステアリン酸残基である;
(d)R
1がステアリン酸残基であり、R
2が水素であり、R
3がパルミチン酸残基である;
(e)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2がステアリン酸残基であり、R
3がデヒドロアビエチン酸残基である;
(f)R
1がステアリン酸残基であり、R
2がパルミチン酸残基であり、R
3がデヒドロアビエチン酸残基である;
(g)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2がデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3がステアリン酸残基である;
(h)R
1がステアリン酸残基であり、R
2がデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3がパルミチン酸残基である、
のいずれかの条件を満たす]。
【請求項3】
請求項1~2のいずれか一項に記載の虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤を含有する口腔組成物。
【請求項4】
請求項3に記載の虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤を含有する洗口剤。
【請求項5】
請求項3に記載の虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤を含有する歯磨き剤。
【請求項6】
請求項3に記載の虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤を含有する医薬又は医薬部外品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対する抗菌剤およびその用途などに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、口腔細菌学という研究分野の中で、口腔の病原細菌が原因とされる二大疾患として、虫歯(う蝕)と歯周病が問題視されている。
また、細菌そのもの以外に歯周病菌の巣で生産された菌体成分、毒素、酵素などが生体に害を及ぼすとして、口腔内の細菌の中でも、特に、歯周病細菌と全身疾患(動脈硬化、脳梗塞、虚血性心疾患、糖尿病、アルツハイマー病、骨粗鬆症など)との関わりが注目されている。
【0003】
歯を失う原因のほとんどが虫歯と歯周病であるが、まだこれらの疾患を確実に予防する方法は見つかっていない。虫歯や歯周病は、歯垢、糖、唾液、pHなどの各種要因が重なって発症する疾患であるが、近年の研究により、虫歯と歯周病はそれぞれ虫歯菌と歯周病菌などの細菌が原因となって引き起こされる感染症であることが明かとなっており、虫歯はストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)(以下、S.mutans)が、歯周病はトレポネーマ・デンティコーラ(Treponema denticola)、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)、タネレラ・フォーサイシア(Tannerella forsythia)およびスピロヘータなどが原因菌として知られている。
虫歯とは、口の中に生息するS.mutansという細菌によって歯が溶かされていく病気のことで、成人日本人の8割以上に、少なくとも一本は虫歯があるといわれている。虫歯は、歯の表面のエナメル質が虫歯の直接の原因となるS.mutansが産生する乳酸によって侵されることで進行が始まる。具体的には、まず、S.mutansが産生する菌体結合型の非水溶性グルカン合成酵素グルコシルトランスフェラーゼによってショ糖から非水溶性グルカンとよばれる粘着性物質が産生され、この粘着性物質にさらに虫歯菌をはじめとする種々の細菌が付着増殖することによって多量の歯垢が形成される。歯垢1グラム(湿重量)中には約108個の多種類の細菌が存在し、これらの細菌は互いに自然の平衡を保っているが、この種々の細菌の比率は、歯垢の成熟の度合いによって変化する。すなわち、ごく初期の歯垢は大部分がグラム陽性の球菌Streptococcus、桿菌Nocardiaであるが、時間の経過とともに糸状菌Actinomyces、桿菌ならびにスピロヘータなどが増加し、グラム陰性嫌気性菌が多くなってくる。そして、前述の非水溶性グルカンとよばれる粘着性物質が歯に歯垢を付着させ、S.mutansやそのほかの細菌の温床(バイオフィルム)を作ることになる。
口腔内のバイオフィルムはデンタルプラークとも呼ばれ、消毒剤が深部まで届きにくく、内部にいくほど嫌気度が高いといった特徴があり、病原細菌の温床となっている。そして、S.mutansによって作られた乳酸が歯の外側のエナメル質を溶かし、このとき、歯の表面が乳白色や薄茶色になる。さらに、歯の外側のエナメル質を溶かしつくし、内側の象牙質をも溶かし始めることになる。この段階では、虫歯になった部分は黒くなり、虫歯になっていくことになる。冷たいものや熱いものがしみたり、痛みを感じたりするのもこの時期で、痛みを感じたときには、外側のエナメル質は溶かされてしまった後なので、既に手遅れになってしまう。
そして最後には、エナメル質や象牙質はボロボロに侵され、歯には黒い穴が開き、S.mutansは歯髄にまで達して歯随炎を引き起こす。この後、S.mutansが歯根にまで達すると、もう歯には根本が残されているだけで、もはや形はなくなる。このように、虫歯とは、放っておくと歯が全部なくなってしまいかねない、あなどれない歯の病気である。
【0004】
この虫歯の予防のために最も重要なことは、口腔内のS.mutansを減らすか殺菌することである。前者のS.mutansを減らす方法としては、各種の抗菌剤によるS.mutansの生育阻害や生育抑制が中心であった。具体的には、抗菌性を有する様々な化学合成化合物(特開2013-014521号公報を参照)や天然物の抽出物(特開2006-045121号公報を参照)を用いた事例などが数多く開示されている。
【0005】
加えて、S.mutansに対する生育阻害効果に関しての記載はないものの食酢の主成分である酢酸が有する食中毒菌に対する強力な生育阻害効果についても公開されている(非特許文献1および2を参照)。
【0006】
一方、後者のS.mutansを殺菌する方法としては、ソフォラフラバノンG-5-メチルエーテルなどの殺菌剤を用いる事例(特開2005-170885号公報を参照)などが数多く開示されているが、いずれの場合もこれらの化学合成化合物については副作用の危険性があり得ることから、近年はこれら化学合成化合物を使用しない様々な方法が開示されている。例えば、ハイドロキシアパタイト微粉末を水溶性セルロース溶液に配合して歯面上にハイドロキシアパタイト微粉末を長く滞留させる方法(特開平10-59814号公報を参照)などである。ただ、ハイドロキシアパタイトは菌の吸着により除菌するものであり、虫歯菌の増殖自体を防ぐことができないことや、S.mutansによる非水溶性グルカンの生成を抑制する効果を持たないため、除菌により残ったS.mutansの再増殖やこの再増殖したS.mutansによる非水溶性グルカンの生成が起こることになり、完全な虫歯予防とはならないのが現状であった。
【0007】
これらの抗菌剤を用いる方法においては、その抗菌剤の有効濃度としては、100μg/mL以上を要するものがほとんどであり、安全性の面からもより低濃度で抗菌効果が期待できる抗菌剤の開発が望まれていた。
【0008】
これら以外にも、乳酸菌のプロバイオティクス効果を活用してS.mutansを除菌する方法として、数多くの虫歯予防の口腔用組成物(特開2005-298346号公報および非特許文献3を参照)や乳酸菌や乳酸菌発酵液を含有したプラーク除去効果と殺菌活性に優れた口腔用組成物、ビフィズス菌、乳酸菌や酪酸菌に属する菌とこれらの菌が資化しうる糖類を含有した虫歯予防剤や治療剤なども開示されている。
【0009】
ところで、これらの乳酸菌やビフィズス菌は、S.mutansの増殖抑制や歯垢の原因となる非水溶性グルカンの生成を抑制する効果により、虫歯予防組成物としてある程度の効果を有しているが、S.mutansを除菌する効果は無く、虫歯予防に対してそれほど大きな効果は期待できないのが現状であった。
【0010】
また、虫歯予防性栄養甘味料を用いる方法についても、各種の方法(特開昭52-096775号公報を参照)が開示されている。さらに、キシリトールを用いる方法についても、各種の方法(特開2001-178395号公報、非特許文献4~11などを参照)が開示されているが、日常の食生活では発酵性糖類を摂取せざるを得ないことから、これらの方法はいずれも短期的な効果しか期待できない限定的なものであった。
【0011】
S.mutansの温床となるバイオフィルム形成に対する阻害剤を用いる方法も、セロトニン(特開2015-010076号公報を参照)を用いる方法などが開示されているが、いずれも十分な虫歯予防を実現できるレベルにはなかった。
【0012】
以上のように、天然由来の安全な抗菌剤の開発が望まれているが、いまだ十分な検討には至っていないのが現状であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2013-014521号公報
【特許文献2】特開2006-045121号公報
【特許文献3】特開2005-170885号公報
【特許文献4】特開平10-59814号公報
【特許文献5】特開2005-298346号公報
【特許文献6】特開昭52-096775号公報
【特許文献7】特開2001-178395号公報
【特許文献8】特開2015-010076号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】円谷悦造,浅井美都,▲辻▼畑茂朝,塚本義則,大田美智男.感染症学雑誌,71:443-450(1997)
【非特許文献2】円谷悦造,浅井美都,▲辻▼畑茂朝,塚本義則,大田美智男.感染症学雑誌,71:451-458(1997)
【非特許文献3】K.M.Salli et al.Arch.Oral Biol.,70:39-46(2016)
【非特許文献4】S.Assev et al.Acta.Pathol.Microbiol.Immunol.Scand.B.,94:97-102(1986)
【非特許文献5】S.Assev et al.Acta.Pathol.Microbiol.Immunol.Scand.B.,91:261-265(1983)
【非特許文献6】H.Kakuta et al.Caries Res.,37:404-409(2003)
【非特許文献7】E.M.S▲o▼derling et al.Current Microbiology,56:382-385(2008)
【非特許文献8】Radmerikhi,S et al.Journal of Restorative Dntistry,1:95-98(2013)
【非特許文献9】Decker,E-M et al.International Journal of Oral Science,6:195-204(2014)
【非特許文献10】El-Sherbiny,GM.Int.J.Curr.Microbiol.App.Sci.,3:1-10(2014)
【非特許文献11】Nayak,PA et al.Clinical,Cosmetic and Investigational Dentistry.6:89-94(2014)
【非特許文献12】古賀泰裕.食品工業,45:74-79(2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の課題は、S.mutansに対して極微量で効果が発揮され、かつ細胞毒性がなく人体への影響がない安全性の高い抗菌剤およびその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ね、イソフラボン資化性微生物No.44-3菌株(以下、イソフラボン資化性微生物)の乾燥菌体の脂質抽出物からカラムクロマトグラフィーと薄層クロマトグラフィー(以下、TLC)による単離と精製によって得られた化合物が、S.mutansに対して非常に高い生育阻害効果を有することを見いだし、ガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー分析(以下、GC/MS分析)によって当該化合物の化学構造を推定するととともに、これを有効成分とするS.mutansの生育阻害のための抗菌剤および当該抗菌剤を含有する口腔内組成物として本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、極微量で虫歯の予防及び治療に有効で、かつ人体への影響がない安全性が高いS.mutansに対する抗菌剤および口腔用組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】微生物乾燥菌体からの脂質成分抽出のプロトコール
【
図2】S.mutansの生育に対するDMSO濃度の影響
【
図3】イソフラボン資化性微生物No.44-3株菌体由来の脂質抽出物のS.mutansに対する生育阻害効果
【
図4】イソフラボン資化性微生物No.44-3株菌体由来の脂質抽出物のシリカゲルカラムクロマトグラフィー
【
図5A】シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより得られたフラクション(IF-1~IF-16)のS.mutansに対する生育阻害効果
【
図5B】シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより得られたフラクション(IF-17~IF-29)のS.mutansに対する生育阻害効果
【
図6A】IF6フラクションのTLCかきとり画分のS.mutansに対する生育阻害効果
【
図6B】IF11フラクションのTLCかきとり画分のS.mutansに対する生育阻害効果
【
図7A】IF6-2画分のTLCかきとり画分のS.mutansに対する生育阻害効果
【
図7B】IF11-2画分のTLCかきとり画分のS.mutansに対する生育阻害効果
【
図8A】IF6-2-Cの濃度とS.mutansに対する生育阻害効果
【
図8B】IF11-2-Bの濃度とS.mutansに対する生育阻害効果
【
図9】IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cのトリメチルシリル化物から検出された成分1(グリセロールのトリメチルシリル化物)の質量スペクトル
【
図10】IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cのメチル化物から検出された成分2(パルミチン酸メチル)の質量スペクトル
【
図11】IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cのメチル化物から検出された成分3(ステアリン酸メチル)の質量スペクトル
【
図12】IF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cのメチル化物から検出された成分4(デヒドロアビエチン酸メチル)の質量スペクトル
【
図13】IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cの推定化学構造
【
図14】IF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cの推定化学構造
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明における抗菌剤の具体例としては、下記式で表わされる化合物が包含される。
[化1]の式(1)の化合物、または式(1)の化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とする虫歯菌ストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤である。
【化1】
[式中のR
1、R
2、R
3は水素、またはデヒドロアビエチン酸残基または脂肪酸残基を示し、脂肪酸残基は同一でも異なってもよく、以下の(a)~(k)、即ち、
(a)R
1とR
2は脂肪酸残基であり、R
3は水素である;
(b)R
1とR
3は脂肪酸残基であり、R
2は水素である;
(c)R
1は水素であり、R
2とR
3は脂肪酸残基である;
(d)R
1は水素であり、R
2はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3は脂肪酸残基である;
(e)R
1は水素であり、R
2は脂肪酸残基であり、R
3はデヒドロアビエチン酸残基である;
(f)R
1はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
2は水素であり、R
3は脂肪酸残基である;
(g)R
1は脂肪酸残基であり、R
2は水素であり、R
3はデヒドロアビエチン酸残基である;
(h)R
1はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
2は脂肪酸残基であり、R
3は水素である;
(i)R
1は脂肪酸残基であり、R
2はデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3は水素である;
(j)R
1とR
2は脂肪酸残基であり、R
3はデヒドロアビエチン酸残基である;
(k)R
1とR
3は脂肪酸残基であり、R
2はデヒドロアビエチン酸残基である、
のいずれかの条件を満たす]。
【0020】
前記の脂肪酸は、飽和脂肪酸であっても不飽和脂肪酸であってもよい。また、不飽和脂肪酸はシス体であってもトランス体であってもよい。
前記飽和脂肪酸に特に制限はなく、例えば、オクタン酸、デカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸などが挙げられる。また、前記不飽和脂肪酸に特に制限はなく、例えば、パルミトレイン酸、オレイン酸、バクセン酸、リノール酸、リノレン酸、エレオステアリン酸、アラキドン酸、ネルボン酸などが挙げられる。
【0021】
[化2]の式(1)の化合物、または式(1)の化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とするストレプトコッカス・ミュータンスに有効な抗菌剤である。
【化2】
[式中のR
1、R
2、R
3は以下の(a)~(h)、即ち、
(a)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2がステアリン酸残基であり、R
3が水素である;
(b)R
1がステアリン酸残基であり、R
2がパルミチン酸残基であり、R
3が水素である;
(c)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2が水素であり、R
3がステアリン酸残基である;
(d)R
1がステアリン酸残基であり、R
2が水素であり、R
3がパルミチン酸残基である;
(e)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2がステアリン酸残基であり、R
3がデヒドロアビエチン酸である;
(f)R
1がステアリン酸残基であり、R
2がパルミチン酸残基であり、R
3がデヒドロアビエチン酸残基である;
(g)R
1がパルミチン酸残基であり、R
2がデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3がステアリン酸残基である;
(h)R
1がステアリン酸残基であり、R
2がデヒドロアビエチン酸残基であり、R
3がパルミチン酸残基である、
のいずれかの条件を満たす]。
以下、本発明を詳細に説明する。
【0022】
本発明の抗菌剤の有効成分である[化1]および[化2]の式(1)で表わされる化合物(以下、本化合物)は、イソフラボン資化性微生物(Bacillus subtilisないしはB.methyltrophicusに属する安全性の高い細菌)の乾燥菌体より以下に述べる方法で得ることができる。
【0023】
まず、原料となるイソフラボン資化性微生物は、適切な栄養源を含む滅菌平面寒天培地を用いて30℃で48間培養した後、平面寒天培地の表面に生育した当該微生物菌体をかきとって凍結乾燥などの乾燥法によって乾燥菌体を得る。次に、この乾燥菌体をクロロホルム/メタノール/水系で超音波処理をすることで脂質成分を抽出し、このクロロホルム層から減圧濃縮で得られた本化合物を含む脂質抽出物の乾燥物を1%(w/v)濃度になるようにジメチルスルホキシド(以下、DMSO)に溶解し、S.mutansの生育阻害試験に供した。また、本化合物はイソフラボン資化性微生物より得られた当該脂質抽出物のシリカゲルなどの吸着カラムクロマトグラフィーおよびTLCにより単離と精製され、最終的にこの精製された本化合物を前記のS.mutansの生育阻害試験とともにGC/MS分析による構造解析に供した。
【0024】
イソフラボン資化性微生物菌体からの脂質の抽出方法としては、一般に用いられる方法でよく、例えば、有機溶媒中に原料イソフラボン資化性微生物の乾燥菌体を長時間浸漬する方法、有機溶媒の沸点以下の温度で加温、撹拌しながら抽出を行い、ろ過して抽出物を得る方法などがある。
抽出工程に使用する有機溶媒としては、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチルなどの低級脂肪酸エステル類、またはメタノール、エタノール、イソプロパノールなどの低級アルコール類、またはメチルエーテル、エチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどのエーテル類、またはアセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類などが挙げられ、これらの有機溶媒の混合溶媒も用いることができる。
【0025】
精製工程に使用するカラムクロマトグラフィーとしては、セライト、フロリジル、シリカゲルなどの吸着クロマトグラフィーおよびODSなどの逆相クロマトグラフィーを用いることができる。シリカゲルカラムクロマトグラフィーでは、シリカゲルを充填したカラムを用いて抽出物を吸着させ、クロロホルムとメタノールの混液などで目的の化合物を溶出して分離する。ここで用いる溶媒はヘキサン、ベンゼン、トルエン、エチルエーテル、酢酸エチル、アセトン、ジクロロメタン、クロロホルム、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどを単独または混合して用いることができる。
【0026】
前記の方法により得られた本化合物の生育阻害効果については、培養器として96ウェルのマイクロプレートを用いて、S.mutansの生育用の培地にDMSOに溶解した本化合物とS.mutansの種培養液を接種して培養を行い、この培養液の濁度をマイクロプレートリーダーにより波長570nmの吸光度として測定し、本化合物の代わりにDMSOのみとS.mutansの種培養液を接種して培養を行った対照区の培養液の吸光度と比較することで容易に評価することができる。
【0027】
本発明においては、本化合物は前記のイソフラボン資化性微生物の乾燥菌体からの製造法以外に、グリセロールとパルミチン酸およびステアリン酸を原料とした酵素合成法や化学合成法によっても得ることができる。この場合は、グリセロールと脂肪酸から位置選択的に脂肪酸をエステル化することができる酵素リパーゼを用いた酵素合成法を利用することが望ましい。使用する酵素としては、植物、動物、微生物起源の各種のリパーゼ、エステラーゼなどが挙げられ、市販品が好適に利用される。酵素合成法としては、微生物起源のアルカリ性リパーゼを用いる方法(特開昭61-268192号公報を参照)やカンジダ(Candida)由来のリパーゼを用いる方法(非特許文献12を参照)などが挙げられる。また、生成したグリセロールの脂肪酸エステル(アシルグリセロール)は、前記したようにシリカゲルクロマトグラフィーやHPLCなどにより精製することができる。
【0028】
本化合物は、安全性の高い抗菌性成分として医薬、医薬部外品、食品添加物、動物薬、動物飼料添加物などに広く利用でき、特に、虫歯の予防剤および治療剤として有用である。具体的には、練り歯磨き、洗口剤(マウスウォッシュ)、医薬および医薬部外品に配合して利用することができる。
【0029】
本化合物を含有させた抗菌剤の使用態様・剤型については、特に限定されることはなく、例えば、固形状、粉状、液状、ペースト状、粉末、スプレー剤、ムース剤、錠剤など、用途に応じて多岐にわたって選択され、これらへの製剤化は常套的な方法により行われ得る。
【0030】
本発明の抗菌剤中における有効成分の含有量は、その使用態様・剤型により適宜変更しうるが、例えば、有効成分を0.000002~20重量%、好ましくは0.00002~10重量%程度含有させることが例示可能である。
【0031】
本発明の抗菌剤、ならびに虫歯の予防剤および/または治療剤の形態は、特に制限されないが、例えば、口腔用組成物とすることができる。
【0032】
医薬および医薬部外品を調製する場合は、通常、前記有効成分と好ましくは薬学的に許容される担体を含む製剤として調製する。薬学的に許容される担体とは、一般的に、前記有効成分とは反応しない、不活性の、無毒の、固体または液体の、増量剤、希釈剤またはカプセル化材料などをいい、例えば、水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、液体ポリエチレングリコールなど)、適切なそれらの混合物、植物性油などの溶媒または分散媒体などが挙げられる。
【0033】
本発明の抗菌剤によってその生育が阻害され、殺菌されうる微生物としては、虫歯菌である、ストレプトコッカス・ミュータンス(S.mutans)を挙げることができる。
【0034】
以下、試験例を挙げて本発明について更に詳細に説明するが、本発明はこれらによって何ら制限されるものではない。
【試験例1】
【0035】
本試験例は本発明の有効成分の虫歯の原因とされるS.mutansに対する生育阻害効果を調べるために、次に示す試験方法(供試菌株、種培養液の調製、供試試料の調製、生育阻害試験)により実施した。
【0036】
(1)供試菌株
虫歯の原因とされるS.mutansの被験菌としては理研JCMより分譲されたS.mutans(JCM S.mutans Clarke 1924)を用いた。まず、滅菌したLB培地(細菌用富栄養培地)の平面寒天培地を作製し、そこに上記の分譲されたS.mutansの懸濁液を無菌的に100μL塗布した後、30℃で48時間培養して形成されたコロニーを単分離してトリプティックソイ培地(以下、TSB培地)の液体培地に移植して30℃で48時間培養後、このS.mutansの培養液1容量と滅菌グリセロール1容量をよく混合したものを液体窒素中で瞬時に凍結してディープフリーザー(-81℃)に保存した。
【0037】
(2)種培養液の調製
S.mutansの生育阻害試験用の種培養液の調製には、蒸留水100mLに対してTSB培地を2%(w/v)濃度とフルクトースを5%(w/v)濃度含有する滅菌液体培地(以下、TSB液体培地)を用い、このTSB液体培地10mLに対して前記の-81℃で凍結保存されたS.mutansの凍結融解液を100μL接種した後、30℃で48時間培養したものを種培養液として生育阻害試験用の本培養に用いた。
【0038】
(3)供試試料の調製
供試試料としては、イソフラボン資化性微生物由来の脂質抽出物を調製した。まず、ペプトンと酵母エキスをそれぞれ1%(w/v)含有する滅菌平面寒天培地(以下、1%(w/v)ペプトン-1%(w/v)酵母エキス平面寒天培地)に前記の予めディープフリーザー(-81℃)で保存されたイソフラボン資化性微生物の凍結融解液100μLを塗布した後、30℃で48時間培養した。これにより得られた平面寒天培地の表面の菌体を薬さじでかきとり、蒸留水に懸濁した後、この懸濁液を凍結乾燥処理した。このようにして得られた菌体の凍結乾燥物に対して、
図1に示す微生物乾燥菌体からの脂質成分抽出プロトコールに従ってイソフラボン資化性微生物由来の脂質物質を含有する三つの下層(クロロホルム層)を得た。次に、これら三つのクロロホルム層を全て集めて分液ロートで分離し、分離されたクロロホルム層はロータリーエバポレーターを用いて40℃で減圧蒸留して乾燥物を得た。続いて、この乾燥物が1%(w/v)濃度になるようにDMSOに溶解したものを生育阻害試験用の供試試料とした。
【0039】
(3)生育阻害試験
S.mutansの生育阻害試験はいずれもn=3以上で行われ、ポジティブコントロール区としては、0.1%(w/v)濃度でほぼ全ての食品腐敗細菌や食中毒細菌の生育を完全に阻止できる強力な抗菌物質である酢酸(非特許文献1および2を参照)および/またはS.mutansに対して生育阻害効果を有するキシリトールをそれぞれ0.1%(w/v)濃度で用いた。S.mutansの生育阻害試験は96ウェルのマイクロプレートを用いて滅菌TSB液体培地98μLと前述のS.mutansの種培養液100μLの合計198μLに対して前述で調製されたそれぞれの生育阻害試験用の供試試料(有効成分の乾燥物を1%(w/v)濃度含有するDMSO溶液)2μLを加えてよく混合した。次に、この混合液については、マイクロプレートリーダ(Infinite F50)を用いて波長570nmで初発の吸光度を測定した後、96ウェルのマイクロプレートを30℃で24時間培養したものについて、同様に波長570nmで吸光度を測定して対照区(DMSO1%添加区)の吸光度と比較してS.mutansに対する生育阻害効果について有意差検定(student-t、両側検定2、非等分散3)を行い、p<0.05、p<0.01およびp<0.001の有意差が認められたものを有意差ありと判定した。
【0040】
この生育阻害試験では、生育阻害試験用のイソフラボン資化性微生物由来の脂質抽出物の供試試料(微生物由来の脂質抽出物の乾燥物を1%(w/v)濃度含有するDMSO溶液)2μLが新鮮TSB培地98μLと種培養液100μLの合計198μLに添加される。よって、対照区は生育阻害試験用の脂質粗抽出物の供試試料の代わりに2μLを新鮮TSB培地98μLとS.mutansの種培養液100μLからなる合計198μLに添加されることからそのDMSOは1%(w/v)濃度になる。そこで、DMSO自体のS.mutansの生育に対する影響の有無について調べるべく、予備実験を行った結果、
図2に示す通り、DMSO無添加区に対してDMSOの2%(w/v)溶液でも生育に対して有意差は認められないことが確認された。
イソフラボン資化性微生物の乾燥菌体由来の脂質抽出物の乾燥物を1%(w/v)濃度含有するDMSO溶液2μLを新鮮TSB培地98μLとS.mutansの種培養液100μLからなる合計198μLに添加した試験区と前記供試試料の代わりにDMSOを2μL添加した対照区を30℃で24時間培養した培養液についてその濁度を波長570nmの吸光度として測定して、この両者について有意差検定を行ってS.mutansに対する生育阻害効果を調べた結果、
図3に示す通り試験区において対照区と比較してp<0.001の有意差を持って生育阻害効果が認められた。
【試験例2】
【0041】
本試験例は前記のイソフラボン資化性微生物由来の脂質抽出物中のS.mutansの生育阻害効果を有する有効成分の単離と精製を行うために、次に示す試験方法(微生物菌体の大量培養と脂質抽出物の調製、カラムクロマトグラフィーによる有効成分の分画、薄層クロマトグラフィーによる有効成分の分画、有効成分の濃度と生育阻害効果)により実施した。
【0042】
(1)イソフラボン資化性微生物菌体の大量培養と脂質抽出物の調製
S.mutansに対して有効な生育阻害効果が認められたイソフラボン資化性微生物については、滅菌処理された1%(w/v)ペプトン-1%(w/v)酵母エキス平面寒天培地100枚(20mL/枚)に対し、予め-81℃で凍結保存された当該微生物の凍結融解液を無菌的に100μLずつ塗布して30℃で48時間培養して大量の菌体を作製した。この大量培養で得られた菌体を平面寒天培地から寒天が混ざらないようにかきとり、蒸留水50mLに懸濁し、次いで、この懸濁液を凍結乾燥させて微生物菌体の乾燥物9.15gを得た。次いで、この微生物菌体の乾燥物9.15gに対し、蒸留水110mL、クロロホルム140mL、メタノール280mLを加え、ソニケーターによる超音波処理を60分間行った後、下層のクロロホルム層を回収した。次に、上層の水層にクロロホルム138mLと蒸留水110mLを加え、ソニケーターによる超音波処理を60分間行った後、同様に下層のクロロホルム層を回収した。上層の水層に対しては、更にクロロホルム138mLとメタノール34mLを加え、超音波処理を30分間行った後、静置して分液し、下層のクロロホルム層を回収した。そして、これら三つのクロロホルム層を集めてロータリーエバポレーターを用いて40℃で減圧濃縮して脂質抽出物の乾燥物460.7mgを得た。この脂質抽出物の乾燥物をクロロホルムとメタノールの等量混合溶液10mLに対して溶解したものを8000rpmで10分間遠心処理した後、得られた上清液を乾燥させて脂質抽出物の乾燥物410.5mgを得た。
【0043】
(2)カラムクロマトグラフィーによる有効成分の分画
得られたイソフラボン資化性微生物由来の脂質抽出物410.5mgを用いてシリカゲルを担体としたシリカゲルクロマトグラフィーを行った。カラム(内径20mm×長さ500mm)にクロロホルムに懸濁したシリカゲル60(70~230メッシュ)を充填し、安定化させた後、クロロホルム5.0mLに脂質抽出物410.5mgを溶解したものをカラムの上部に吸着させた後、表1に示す溶離液を極性の低いクロロホルム100%から極性の高いクロロホルムとメタノールの等量混合溶液(クロロホルム:メタノール=1:1)へとそれぞれ400mLずつ順次流して、フラクションコレクターで自動分取した。これらの全てのフラクションについて、予め分光光度計を用いた吸収波長の測定において当該脂質抽出物のクロロホルム溶解液で顕著な吸収が認められた330nmの波長で吸光度を測定して
図4に示す通りにクロマトグラフを作成して吸光度のピークごとに29フラクション(IF1~IF29)にまとめた。
【0044】
【0045】
次いで、各フラクションについては、40℃減圧下で溶媒を除去し、それぞれの乾燥物を得た。乾燥物重量については表2に記載した。
【0046】
【0047】
前述の29フラクション(IF1~IF29)についてそれぞれの乾燥物の濃度が1%(w/v)濃度になるようにDMSOに溶解した生育阻害試験用の脂質抽出物の供試試料について、DMSOを1%(w/v)濃度含有するTSB液体培地100μLを対照区、酢酸を0.1%(w/v)濃度ないしはキシリトールを0.1%(w/v)濃度含有するTSB液体培地100μLをポジティブコントロール区および脂質抽出物の乾燥物を1%(w/v)濃度含有するDMSO溶液(供試試料)を2μL含むTSB液体培地100μLに対して、それぞれS.mutansの種培養液100μLを接種して30℃で24時間培養した培養液の波長570nmでの吸光度を比較することで、S.mutansに対する生育阻害効果を調べた結果、
図5Aと
図5Bに示す通り、IF1、IF6、IF7、IF8、IF9、IF10、IF12およびIF13に0.1%(w/v)濃度酢酸含有ポジティブコントロール区と同等以上の有意な生育阻害効果が認められた。
【0048】
(3)TLCによる有効成分の分画
TLCは、シリカゲル70FM TLCプレートワコー 200mm×200mm(以下、シリカゲル薄層プレート)を必要に応じて細断してサイズを調整して使用した。Rf測定用には10~30mm×50mm、物質のかきとり用には100mm×100mmないしは100mm×200mmのシリカゲル薄層プレートを用いた。カラムクロマトグラフィーによって分画された各フラクション中に含まれる脂質抽出物はプラスチックチップを用いてTLC上に3~5回スポットした後、風乾した。展開液としては、ヘキサン:酢酸エチル=75:25~60:40やクロロホルム:メタノール=90:10~80:20などから適宜選択して用いた。展開を終えたTLCプレートは風乾して溶媒を飛散させた後、りんモリブデン酸・エタノール溶液(10gりんモリブデン酸/100mLエタノール)に5秒間浸したものを乾熱機で130℃、5~10分間加熱処理を行って発色させて各スポットのRf値を測定した。次いで、TLCの分画スポットからかきとられたシリカゲルはいずれもクロロホルムとメタノールの等量混合溶液20mLで抽出した後、ろ過を行い、このろ液はロータリーエバポレーターを用いて40℃下で減圧濃縮により溶媒を飛散させて得られる乾燥物の乾燥重量を測定した後、それぞれ乾燥物の重量%濃度が1%(w/v)になるようにDMSOに溶解したものを生育阻害試験用の供試試料に供した。
【0049】
当該フラクションIF1~IF29については、シリカゲル薄層プレートでTLC展開を行い、そのスポットのRf値のパターンが類似するフラクションを表3に示すように6つに再グループ化した。
【0050】
【0051】
前記の再グループ化したIF1、IF2、IF6、IF7、IF11およびIF12のフラクションについては、更にシリカゲル薄層プレート(100mm×200mm)を用いてヘキサン:酢酸エチル=75:25からなる展開液にてTLC展開した結果、表4に示す31画分に分画された。
【0052】
【0053】
このIF1の9画分、IF2の3画分、IF6の6画分、IF7の4画分、IF11の4画分及びIF12の5画分の合計31画分のそれぞれの乾燥物を1%(w/v)濃度含有するDMSO溶液を用いて同様の方法にてS.mutansに対する生育阻害効果を調べた結果、
図6に示す通り、IF6フラクションからIF6-2画分(
図6A)およびIF11フラクションからIF11-2画分(
図6B)にポジティブコントロールの0.1%(w/v)濃度酢酸含有ポジティプコントロール区と同等以上の強力な生育阻害効果が認められた。
【0054】
そこで、0.1%(w/v)濃度酢酸含有ポジティブコントロール区と同等以上の生育阻害効果が認められたIF6-2画分とIF11-2画分について更に異なる展開液(ヘキサン:酢酸エチル=50:50)でTLC分画した結果、それぞれIF6-2画分は、IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-C、IF11-2画分からはIF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cの3つの画分に分画された。そして、それぞれの3つの画分の乾燥物を1%(w/v)濃度含有するDMSO溶液を調製した後、前記の同様の方法にてS.mutansに対する生育阻害効果を調べた結果、
図7Aと
図7Bに示す通り、全てにおいて対照区と比べて有意差を伴って生育阻害効果が認められたが、その中でもIF6-2-C画分とIF11-2-B画分に0.1%(w/v)濃度の酢酸含有ポジティブコントロール区以上の有意差を伴った強力な生育阻害効果が確認された。他方、これ以外のIF6-2-A、IF6-2-B、IF11-2-AおよびIF11-2-Cの4つの画分は0.1%(w/v)濃度キシリトール含有ポジティブコントロール区と同等の生育阻害効果であった。
【0055】
(4)有効成分の濃度と生育阻害効果
次に、0.1%(w/v)酢酸溶液と同等以上の生育阻害効果が確認されたIF6-2-CとIF11-2-Bのそれぞれの%(w/v)濃度と生育阻害効果について更に詳しく調べた結果、IF6-2-Cでは、
図8Aに示す通り、1.0、0.5および0.25%(w/v)濃度の全てにおいて対照区と比べてp<0.001の有意差を伴って生育阻害効果が認められたと同時に、1.0%(w/v)濃度においては、S.mutansの生育を完全に阻止する強力な生育阻害効果が認められた。一方、0.5および0.25%(w/v)濃度では、生育を完全に阻害することはできないことが分かった。
【0056】
他方、IF11-2-Bでは、
図8Bに示す通り、1.0、0.5および0.25%(w/v)濃度の全てにおいて対照区と比べてp<0.01以上の有意差を伴って生育阻害効果が認められたものの、1.0と0.5%(w/v)濃度では、ほぼ完全に生育を阻止できたのに対して、0.25%(w/v)濃度では、その生育を完全には阻止できなかった。
【0057】
以上の結果からS.mutansの完全な生育阻害効果を発揮するために不可欠なIF6-2-CやIF11-2-Bの重量%濃度を算出すると、接種される供試試料の希釈倍数は2μL(供試試料の接種量)/200μL(全培養液量)より100倍となることから、S.mutansの完全な生育阻害効果を発揮するためのIF6-2-CやIF11-2-Bの重量%濃度としては、1%(w/v)/100=0.01%(w/v)以上と算出された。
【試験例3】
【0058】
本試験例はイソフラボン資化性微生物由来の脂質抽出物中の有効成分IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-C並びにIF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cはそれぞれ極性の異なる2種類の展開溶媒(極性の低いものと極性の高い2種類)を用いて行われたTLCで単一スポットであることを確認した後、その化学構造を明らかにするために、次に示す試験方法(トリメチルシリル化物およびメチル化物の調製、GC/MS分析)により実施した。
【0059】
(1)有効成分IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cのトリメチルシリル化物およびメチル化物の調製
トリメチルシリル化は、それぞれの乾燥物1mgに市販のシリル化剤TMSI-Hを過剰に添加して室温で2時間放置した後、ヘキサン1mLを加えて、よく撹拌した後、上層を採取し、これに蒸留水1mLを加えて撹拌・洗浄した後、それぞれの上層のヘキサン層を分取してGC/MS分析に供した。
【0060】
メチル化は、市販の脂肪酸メチル化キットを用いてそれぞれの乾燥物1mgを密閉容器に入れ、メチル化試薬Aを0.5mL、メチル化試薬Bを0.5mL加えた。密閉後、37℃で1時間反応させ、メチル化試薬Cを加え密閉後、37℃で20分放置して反応させた。次いで、抽出試薬としてヘキサン1.0mLを加え、ボルテックスでよく混合後、二層に分離したら、境界面の白い濁った層が混ざらないように上層を別容器に移した。
次に、採取した上層に蒸留水1mLを加えて撹拌・洗浄を2回繰り返し、それぞれの上層のヘキサン層についてリトマス紙でpHが中性付近であることを確認した後、GC/MS分析に供した。
【0061】
(2)GC/MS分析
GC/MS分析は、フロンティアラボ社製カラムUltra ALLOY-5(MS/HT、長さ30cm、内径0.25mm、膜厚0.25μm)を装着したアジレント社製GC/MS 6890N/5973 Networkを用いて、ポリ5%フェニル95%ジメチルシロキサンでオーブン温度50~300℃(10℃/min)、注入口温度300℃、GC/MSインターフェイス温度320℃(熱分解装置-GC間およびGC-MS間の双方)、イオン源温度230℃、四重極温度150℃、試料サンプル注入量5μLで測定した。
【0062】
IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-C並びにIF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cのトリメチルシリル化物のGC/MS分析の結果、いずれからも
図9に示す通り、グリセロールのトリメチルシリル化物(成分1)と同一の質量スペクトルが検出された。
【0063】
IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cのメチル化物のGC/MS分析の結果、いずれからも
図10と
図11に示す通り、二つの長鎖飽和脂肪酸のメチルエステルであるパルミチン酸メチル(成分2)とステアリン酸メチル(成分3)のそれぞれと同一の質量スペクトルが検出された。
【0064】
他方、IF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cのメチル化物のGC/MS分析の結果、いずれからも
図10と
図11に示す二つの長鎖飽和脂肪酸のメチルエステルであるパルミチン酸メチル(成分2)とステアリン酸メチル(成分3)に加えて
図12デヒドロアビエチン酸メチル(成分4)のそれぞれと同一の質量スペクトルが検出された。
【0065】
これらの事実から、IF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cの化学構造としては、
図13に示す通り、グリセロールの二つのヒドロキシ基にパルミチン酸とステアリン酸が一分子ずつエステル結合した3種類のジアシルグリセロール(以下、DAG)と推定された。詳しくは、1-パルミトイル-2-ステアロイルジアシルグリセロール(1-PA-2-SA-DAG)、1-ステアロイル-2-パルミトイルジアシルグリセロール(1-SA-2-PA-DAG)および1-パルミトイル-3-ステアロイルジアシルグリセロール(1-PA-3-SA-DAG)(=1-ステアロイル-3-パルミトイルグリセロール(1-SA-3-PA-DAG))の3種類である。
【0066】
他方、IF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cの化学構造としては、
図14に示す通り、グリセロールの三つのヒドロキシル基にパルミチン酸、ステアリン酸およびデヒドロアビエチン酸が一分子ずつエステル結合した3種類のデヒドロアビエチン酸ジアシルグリセロールと推定された。詳しくは、1-パルミトイル-2-ステアロイル-3-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロール(1-PA-2-SA-3-DHA-DAG)、1-ステアロイル-2-パルミトイル-3-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロール(1-SA-2-PA-3-DHA-DAG)および1-パルミトイル-3-ステアロイル-2-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロール(1-PA-3-SA-2-DHA-DAG)(=1-ステアロイル-3-パルミトイル-2-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロール(1-SA-3-PA-2-DHA-DAG))の3種類である。
【0067】
次に、当該ジアシルグリセロール化合物のS.mutansに対する生育阻害効果の強さについて、ポジティブコントロールの酢酸やキシリトールと比較すると、まず、グリセロールの二つのヒドロキシ基にパルミチン酸とステアリン酸が一分子ずつエステル結合したジアシルグリセロール(DAG)と推定されるIF6-2-A、IF6-2-BおよびIF6-2-Cの場合は、そのモル分子量は596となり、その0.01%(w/v)濃度溶液のモル濃度(M)は1L中に含まれる当該ジアシルグリセロールの質量数/当該ジアシルグリセロールのモル分子量=0.10/596=0.000167M(=0.167mM)に相当することになる。
【0068】
他方、グリセロールの三つのヒドロキシ基にパルミチン酸、ステアリン酸およびデヒドロアビエチン酸が一分子ずつエステル結合したデヒドロアビエチン酸ジアシルグリセロールと推定されるIF11-2-A、IF11-2-BおよびIF11-2-Cの場合は、そのモル分子量881となり、その0.01%(w/v)濃度溶液のモル濃度は前記と同様に計算すると、0.000114M(=0.114mM)になる。
【0069】
他方、0.1%(w/v)濃度酢酸溶液の酢酸のモル濃度は1L中に含まれる酢酸の質量数/酢酸のモル分子量=1/60=0.0167M(=16.7mM)、キシリトール0.1%(w/v)溶液のモル濃度は1L中に含まれるキシリトールの質量数/キシリトールのモル分子量=1/152=0.00658M(=6.58mM)となることから、当該パルミチン酸とステアリン酸のジアシルグリセロールのS.mutansに対する生育阻害効果の強さは、酢酸に対するモル比で100倍、キシリトールに対するモル比で約39倍強い生育阻害効果が期待されるものと算出された。
即ち、当該ジアシルグリセロールは酢酸およびキシリトールと比較して、それぞれ1/100、1/39の低濃度でも同等の生育阻害効果が期待できるものと推定された。
【0070】
一方、グリセロールの残りのヒドロキシ基にデヒドロアビエチン酸がエステル結合したパルミチン酸とステアリン酸のジアシルグリセロールのS.mutansに対する生育阻害効果の強さは、酢酸に対するモル比で146倍、キシリトールに対するモル比で約58倍強い生育阻害効果が期待されるものと算出された。
即ち、当該デヒドロアビエチン酸結合ジアシルグリセロールは酢酸およびキシリトールと比較して、それぞれ1/146、1/58の低濃度でも同等の生育阻害効果が期待できるものと推定された。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は練り歯磨きや洗口剤(マウスウォッシュ)などのオーラルケア、歯科器具、医療器具、医薬品、医薬部外品、水道および清掃業などの分野などにおいて利用可能である。
【0072】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、それらによって本発明は制限されるものではない。
【実施例1~7】
【0073】
グリセロールの二つのヒドロキシ基にパルミチン酸とステアリン酸を一分子ずつエステル結合する3種類のジアシルグリセロール化合物、またはこれらの化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とする虫歯の予防用および/または治療用の口腔組成物として、1-パルミトイル-3-ステアロイルジアシルグリセロールおよび/または1-パルミトイル-2-ステアロイルジアシルグリセロールおよび/または1-ステアロイル-2-パルミトイルジアシルグリセロールを用い、以下の表5記載の実施例1から7に示す処方にて、チューブ入り練り歯磨きを調製した。
【0074】
【実施例8~14】
【0075】
グリセロールの二つのヒドロキシ基にパルミチン酸とステアリン酸を一分子ずつエステル結合する3種類のジアシルグリセロール化合物、またはこれらの化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とする虫歯の予防用および/または治療用の口腔組成物として、1-ステアロイル-3-パルミトイルジアシルグリセロールおよび/または1-ステアロイル-2-パルミトイルジアシルグリセロールおよび/または1-パルミトイル-2-ステアロイルジアシルグリセロールを用い、以下の表6に記載の実施例8から14に示す処方にて、樹脂容器入り洗口剤を調製した。
【0076】
【実施例15~21】
【0077】
グリセロールの三つのヒドロキシ基にパルミチン酸、ステアリン酸およびデヒドロアビエチン酸が一分子ずつエステル結合する3種類のデヒドロアビエチン酸結合ジアシルグリセロール化合物、またはこれらの化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とする虫歯の予防用および/または治療用の口腔組成物として、1-パルミトイル-3-ステアロイル-2-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロールおよび/または1-パルミトイル-2-ステアロイル-3-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロールおよび/または1-ステアロイル-2-パルミトイル-3-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロールを用い、以下の表7記載の実施例15から21に示す処方にて、チューブ入り練り歯磨きを調製した。
【0078】
【実施例22~28】
【0079】
グリセロールの三つのヒドロキシ基にパルミチン酸、ステアリン酸およびデヒドロアビエチン酸が一分子ずつエステル結合する3種類のデヒドロアビエチン酸結合ジアシルグリセロール化合物、またはこれらの化合物を1以上含む物質の混合物を有効成分とする虫歯の予防用および/または治療用の口腔組成物として、1-パルミトイル-3-ステアロイル-2-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロールおよび/または1-パルミトイル-2-ステアロイル-3-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロールおよび/または1-ステアロイル-2-パルミトイル-3-デヒドロアビエトイルジアシルグリセロールを用い、以下の表7に記載の実施例22から28に示す処方にて、樹脂容器入り洗口剤を調製した。
【0080】