(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022027930
(43)【公開日】2022-02-14
(54)【発明の名称】幹細胞濾液製剤及びその調製方法
(51)【国際特許分類】
A61K 35/35 20150101AFI20220203BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20220203BHJP
A61K 38/19 20060101ALI20220203BHJP
A61K 38/39 20060101ALI20220203BHJP
A61K 38/18 20060101ALI20220203BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220203BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20220203BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
A61K35/35
A61K39/395 D
A61K39/395 U
A61K38/19
A61K38/39
A61K38/18
A61K45/00
A61P19/02
A61P17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021203518
(22)【出願日】2021-12-15
(62)【分割の表示】P 2020529029の分割
【原出願日】2019-07-03
(31)【優先権主張番号】P 2018127901
(32)【優先日】2018-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】512047117
【氏名又は名称】佐伯 正典
(74)【代理人】
【識別番号】110002343
【氏名又は名称】特許業務法人 東和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 正典
(57)【要約】
【課題】脂肪組織又は皮膚細胞の治療に有用な幹細胞濾液製剤及びその調製方法を提供する。
【解決手段】本発明の一態様の幹細胞濾液製剤は、細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来の間葉系幹細胞の濾液と、微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、又は、免疫抑制剤のいずれか少なくとも1つとを含有し、脂肪組織又は皮膚細胞の治療用に使用することを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来の間葉系幹細胞の濾液と、
微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、又は、免疫抑制剤のいずれか少なくとも1つと
を含有し、
脂肪組織又は皮膚細胞の治療用に使用することを特徴とする、幹細胞濾液製剤。
【請求項2】
細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来の間葉系幹細胞の濾液と、
微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、又は、免疫抑制剤のいずれか少なくとも1つと、
を含み、
脂肪組織又は皮膚細胞の治療用に使用するための幹細胞濾液製剤の製造方法であって、
以下の(1)~(3)の工程を備えることを特徴とする幹細胞濾液製剤の製造方法。
(1)幹細胞の細胞膜を破壊し、破壊された細胞膜、細胞核及び細胞質からなる成分を得る工程、
(2)前記(1)の工程で得られた成分から細胞膜を取り除いて幹細胞濾液として採取する工程、
(3)前記(2)の工程で得られた幹細胞濾液と、微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、又は、免疫抑制剤のいずれか少なくとも1つと、を混合する工程。
【請求項3】
前記(1)の工程が、
体内から取り出された脂肪組織もしくは体内の脂肪組織にレーザー光もしくは超音波を照射する方法、又は、
体内から取り出された脂肪組織に対して冷凍と解凍とを少なくとも1回以上繰り返す方法、
から選択される少なくとも1つの方法により、前記脂肪組織内の間葉系幹細胞の細胞膜を破壊する工程であることを特徴とする、請求項2に記載の幹細胞濾液製剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪組織又は皮膚細胞の治療に有用な幹細胞濾液製剤及びその調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生活環境の変化やストレス等に起因するホルモン分泌バランスの不均衡等が原因となって、男女を問わず、薄毛や抜け毛で悩む人が多く存在している。そのため、発毛促進、毛髪成長、脱毛抑制等に有効な育毛剤の開発への期待や社会的要求が高まっている。従来、低分子化合物、植物エキス、植物素材の発酵物等を配合した育毛剤が種々報告されている(例えば、特許文献1(特開2011-132812号公報)及び特許文献2(特開2010-265252号公報)等参照)。また、近年では、ミノキシジル、塩化カプロニウム、トランス-3,4'-ジメチル-3-ヒドロキシフラバノン、ニコチン酸アミド、ピロクトンオラミン、アデノシン等を配合した育毛剤が実用化されている。しかしながら、従来の育毛剤では、毛乳頭細胞の増殖促進や賦活化を行っているに過ぎず、その効果は個人差に大きく左右され、限界があるといわれている。
【0003】
一方、近年、多能性幹細胞を利用した再生医療の技術の進歩に伴って、毛髪再生医療の研究も精力的に行われている。例えば、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用い、毛髪を作り出す組織「毛包」を部分的に再生できたことが報告されている。更に、毛包幹細胞から人工的に毛包原器を作製し、これを皮膚内に移植することによって毛包を再生させ得ることも報告されている。さらに、脂肪組織および前駆含脂肪細胞を培養し、これらの細胞を含む培養液から回収した培地を単離型ヒト毛包に対する成長促進活性についてテストしたところ、育毛を促進したことも知られている(特許文献3(特表2005-519591号公報)参照)。
【0004】
このような脂肪組織および前駆含脂肪細胞(脂肪幹細胞)を含む培養液から回収した培地を用いる場合、患者自身から採取した組織を培養する必要があるため、所定の育毛用細胞製剤を得るためには長い時間が必要となる。これに対し、本発明者は、培養を必要としない、脂肪組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有する毛髪再生用の細胞製剤の発明を開示している(特許文献4(国際公開WO2014/178438号公報)参照)。この毛髪再生用の細胞製剤は、脂肪組織由来間葉系幹細胞を脂肪細胞と共存させた状態にしたものであって、これを発毛が望まれる部位に移植すると、当該部位において発毛が認められ、毛髪が再生できるようになる。
【0005】
さらに、ヒトの軟部組織のボリュームを増大させる手段として、ヒアルロン酸注入、脂肪細胞の移植等が知られており、顔面のシワ除去、陥凹治療、乳房再建等の美容外科、形成外科等の分野で多用されている。しかしながら、ヒアルロン酸注入による治療は、容易である反面、注入されたヒアルロン酸が約半年で吸収されてしまうため効果の持続性に乏しいという問題がある。また、脂肪細胞の移植についても、移植後に生体内で脂肪細胞が壊死したり、吸収されてしまうことがある。そのため、再手術が必要となったり、場合によっては瘢痕を生じるという欠点が存在する。
【0006】
これらの欠点を解消するため、脂肪幹細胞の移植が提案され、効率的に脂肪幹細胞を分離する方法が開発されている(例えば特許文献5(特表2005-519883号公報)及び特許文献6(特表2007-509601号公報)を参照)。脂肪幹細胞を移植することによって、移植後の細胞の定着率が改善され、軟部組織再生に一定の効果が認められている。しかしながら、このような方法で得られる脂肪幹細胞には不純物が含まれる場合があり、これが原因で移植後に脂肪細胞が壊死したり、しこり(石灰化)を生じる可能性があった。脂肪細胞は、一般的に脂肪吸引により得られるが、吸引された脂肪は、脂肪細胞や脂肪幹細胞の他に様々な不純物が含まれた混合物である。このような混合物から除去すべき不純物としては、血液(特に赤血球)、死活細胞、老化細胞等が挙げられる。
【0007】
これに対して、特許文献7(特表2007-533396)に記載されるウェイトフィルターを装着したシリンジを用いて遠心分離にかけ、脂肪吸引により採取した脂肪細胞や脂肪幹細胞を含む混合物から石灰化や脂肪壊死の原因となる不純物を除去した、健全な濃縮脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む細胞製剤(Condensed Rich Fat:CRF(登録商標))を調製し、このような細胞製剤を注入する方法が提案されている。このような方法によれば、細胞の定着率が向上し、しこり等の問題も生じにくいため、広く受け入れられつつある。
【0008】
このように、脂肪細胞及び脂肪幹細胞の分離及び濃縮について様々な技術が開発され、安全で定着性に優れた脂肪細胞及び脂肪幹細胞が提供されつつある。また、これらの脂肪細胞及び脂肪幹細胞を含む細胞製剤は、特許文献8(特許第5572777号公報)に示されているように、変形関節症等の骨間接合部の疾患に起因する痛みの緩和、及び当該疾患の治療に有用な細胞製剤や、損傷した筋肉の修復に有用な細胞濾液製剤として用いられるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011-132812号公報
【特許文献2】特開2010-265252号公報
【特許文献3】特表2005-519591号公報
【特許文献4】国際公開WO2014/178438号
【特許文献5】特表2005-519883号公報
【特許文献6】特表2007-509601号公報
【特許文献7】特表2007-533396号公報
【特許文献8】特許第5572777号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の毛髪再生用の細胞製剤ないし変形関節症等の骨間接合部の疾患に起因する痛みの緩和、及び当該疾患の治療に有用な細胞製剤によれば、採取された脂肪粗組織から、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を採取して共存させた状態とするのみで、培養処理を行わなくても所定の治療効果を奏するようになる。しかしながら、これらの細胞製剤中の幹細胞は、生きているものであるとともにさらに分化できる細胞であるから、これらの細胞製剤を所定の部位に移植した際、その場で細胞が増殖ないし分化し、移植部位に悪影響を及ぼす可能性がある。加えて、幹細胞の使用には各種の法規制があり、自由に治療に用いることができないという制約が存在している。
【0011】
本発明者は、このような幹細胞を含む細胞製剤を用いた場合の課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、幹細胞の細胞膜を取り除く(以下、「幹細胞を破壊する」と表現することがある。)ことによって幹細胞の内容物(以下、「濾液」という。なお、この状態では、幹細胞ではなくなる。)を用いる方法で、幹細胞の細胞膜を取り除いた濾液、すなわち幹細胞濾液中には、幹細胞から分泌された上述した毛髪再生ないし所定の疾患の治療に有効な成分が含まれているため、これらの毛髪再生ないし所定の疾患の治療に有効であることを見出し、本発明を完成するに至ったのである。
【0012】
すなわち、本発明は、幹細胞の細胞膜を取り除いた幹細胞濾液製剤を用いた脂肪組織又は皮膚細胞の治療に有用な幹細胞濾液製剤及びその調製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の態様の幹細胞濾液製剤は、細胞膜を取り除いた幹細胞の濾液を含有することを特徴とする。
【0014】
幹細胞の細胞膜を取り除くことで得られた濾液、すなわち幹細胞濾液中には、幹細胞から分泌された脂肪組織又は皮膚細胞の治療等に有効な成分が含まれている。本発明の第1の態様の幹細胞濾液製剤は、幹細胞濾液を含有しているため、脂肪組織又は皮膚細胞の治療等に用いると良好な効果を奏することができる。
【0015】
また、本発明の第1の態様の幹細胞濾液製剤は、生きている幹細胞自体は含まれていないため、所定の部位に移植しても幹細胞が増殖したり分化したりすることはないので、移植部位に悪影響を及ぼすことがなくなる。加えて、幹細胞の使用には各種の法規制があるが、本発明の第1の態様の幹細胞濾液製剤は、生きている幹細胞自体を含んでいないため、法規制を受けることがなく、自由に各種治療に用いることができる。
【0016】
なお、係る態様の幹細胞濾液製剤においては、必要に応じて従来公知の薬学的に許容される担体、賦形剤、消炎剤、鎮痛剤、免疫抑制剤等を添加することができる。さらに、係る態様の幹細胞濾液製剤の効果を損なわない範囲で、微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、又は、免疫抑制剤等を添加してもよく、また、例えばPRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)等の組織再生作用が知られている多の細胞製剤を併用してもよい。
【0017】
係る態様の幹細胞濾液製剤においては、前記幹細胞は、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、色素性幹細胞、iPS細胞(induced pluripotent stem cell)及びES細胞(胚性幹細胞:embryonic stem cell)から選択された少なくとも1種類とすることができる。
【0018】
これらの各種幹細胞は、それぞれに対応する各種疾患の治療効果が知られている。係る態様の幹細胞濾液製剤によれば、それぞれの幹細胞に対応する各種疾患の治療に用いると良好な効果を奏することができる。
【0019】
また、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、色素性幹細胞、iPS細胞及び及びES細胞の中から少なくとも2種類を混合して用いたものであってもよい。iPS細胞やES細胞の濾液の場合は、1種類でも十分な効果が得られるが、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、及び、色素性幹細胞の濾液を添加して混合した場合にはさらに良好な効果が得られる。なお、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞及び色素性幹細胞の濾液のみの場合は、これらの中の2種類以上を組み合わせると効果が高く、また、3種類を組み合わせるとさらに効果が大きい。
【0020】
また、係る態様の幹細胞濾液製剤においては、さらに、脂肪細胞又は細胞脂肪からの抽出された有効成分を含んでいてもよい。幹細胞濾液だけでなく、脂肪細胞又は細胞脂肪からの抽出された有効成分を含んでいると、幹細胞濾液そのものによる各種治療効果に加え、脂肪細胞又は細胞脂肪からの抽出された有効成分の共存に基づく効果の向上が見られる。特に、脂肪組織又は皮膚細胞の治療用として、良好な効果を奏することができる。また、毛髪再生用、変形関節症若しくは関節リウマチ等を含む骨間接合部の疾患に起因する痛みの緩和及び当該疾患の治療用としても良好な効果を奏することができる。
【0021】
脂肪組織由来間葉系幹細胞とは、主に、脂肪組織、筋肉細胞、骨、軟骨、靭帯、皮膚細胞、神経細胞に分化できる幹細胞であるため、脂肪組織又は皮膚細胞の治療用としても利用可能である。また、脂肪細胞と幹細胞濾液を組合せて用いると、脂肪細胞の作用によって幹細胞濾液が患部に保持され、幹細胞濾液の生着効率及び組織再生効率がより一層促進されることから、各治療に更に有効となる。
なお、脂肪細胞や脂肪細胞周辺に存在するECM(細胞外基質)等を含んでいると、関節等のすべりが改善されて関節痛を早期に緩和することができ、骨間接合部の疾患に起因する疼痛が緩和され、その間に、幹細胞濾液による骨組織、軟骨組織、軟部組織等の関節内の組織再生が促される。また、係る態様の幹細胞濾液製剤を椎間板等に注入することにより、クッションの役目を果たし、椎体の動きをよくする(改善する)効果を奏するだけでなく、関節痛の緩和効果は、長期に亘って持続する。
【0022】
さらに、脂肪細胞と幹細胞濾液を組合せて用いると、特に筋肉の変性や手術による筋肉の切除によって損傷された筋肉に対して優れた修復効果を有し、筋肉損傷による痛みを早期に緩和することができるため、患者のQOL(Quality of Life)の向上にも寄与する。また、脂肪細胞から抽出された有効成分、例えば炎症性サイトカインであるIL-1βを幹細胞濾液に添加すると、軟骨細胞におけるIL-1β誘導性蛋白分解酵素発現を抑制し、軟骨組織を保護する働きがある。
【0023】
さらに、本発明の第2の態様の幹細胞濾液製剤の調製方法は、細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来の間葉系幹細胞の濾液と、微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、又は、免疫抑制剤のいずれか少なくとも1つと、を含み、脂肪組織又は皮膚細胞の治療用に使用するための幹細胞濾液製剤の製造方法であって、以下の(1)~(3)の工程を備えることを特徴とする。
(1)幹細胞の細胞膜を破壊し、破壊された細胞膜、細胞核及び細胞質からなる成分を得る工程、
(2)前記(1)の工程で得られた成分から細胞膜を取り除いて幹細胞濾液として採取する工程、
(3)前記(2)の工程で得られた幹細胞濾液と、微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、又は、免疫抑制剤のいずれか少なくとも1つと、を混合する工程。
【0024】
係る態様の幹細胞濾液製剤の調製方法においては、前記幹細胞として、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、色素性幹細胞、iPS細胞(induced pluripotent stem cell)及びES細胞(胚性幹細胞:embryonic stem cell)から選択された少なくとも1種類を用いることができる。また、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、及び、色素性幹細胞の中から少なくとも2種類以上を混合してもよい。脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、及び、色素性幹細胞の濾液の場合、これらの中の2種類以上を組み合わせると効果が高く、また、3種類を組み合わせるとさらに効果が大きい。また、iPS細胞やES細胞の濾液の場合は1種類でも十分な効果が得られる。
【0025】
また、係る態様の幹細胞濾液製剤の調製方法においては、前記(1)の工程が、体内から取り出された脂肪組織又は体内の脂肪組織にレーザー光又は超音波を照射し、前記脂肪組織内の間葉系幹細胞の細胞膜を破壊する工程であってもよく、また、体内から取り出された脂肪組織に対して冷凍と解凍とを少なくとも1回以上繰り返す方法であってもよい。
【0026】
また、係る態様の幹細胞濾液製剤の調製方法においては、前記(2)の工程で得られた幹細胞濾液に、さらに微細化した脂肪細胞、抗IL-1β抗体、サイトカイン、コラーゲン、細胞外基質、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、免疫抑制剤、脂肪細胞又は細胞脂肪からの抽出された有効成分等を添加してもよい。
【0027】
本発明の第2の態様の幹細胞濾液製剤の調製方法によれば、本発明の第1の態様の幹細胞濾液製剤を容易に調製することができる。
【発明の効果】
【0028】
以上述べたように、本発明の幹細胞濾液製剤によれば、幹細胞の内容物を含有しているため、脂肪組織又は皮膚細胞の治療に用いると良好な効果を奏することができ、しかも、生きている幹細胞自体は含まれていないため、所定の部位に移植しても幹細胞が増殖したり分化したりすることはないので、移植部位に悪影響を及ぼすことがなくなる。加えて、幹細胞の使用には各種の法規制があるが、本発明の幹細胞濾液製剤は、生きている幹細胞自体を含んでいないため、法規制を受けることがなく、自由に各種治療に用いることができるようになる。さらに、本発明の幹細胞濾液製剤の調製方法によれば、脂肪組織又は皮膚細胞の治療効果を奏する幹細胞濾液製剤を容易に調製することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本発明の幹細胞濾液製剤の投与前後において、被験者Aの前頭部の発毛状態を観察した結果である。
【
図2】本発明の幹細胞濾液製剤の投与前後において、被験者Bの前頭部の発毛状態を観察した結果である。
【
図3】
図3Aは幹細胞濾液製剤を投与する前の被験者Cの右膝関節を示すX線写真であり、
図3Bは幹細胞濾液製剤の投与から約2か月後の被験者Cの右膝関節を示すX線写真である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明に係る幹細胞濾液製剤及びその調製方法について、各種実施形態を用いて詳細に説明する。ただし、以下に示す各種実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための例を示すものであって、本発明をこれらの実施形態に示したものに特定することを意図するものではない。本発明は特許請求の範囲に含まれるその他の実施形態のものにも等しく適用し得るものである。
【0031】
[実施形態1]
実施形態1では、脂肪組織由来幹細胞濾液と脂肪細胞との混合物からなる幹細胞濾液製剤を調製した。この実施形態1の幹細胞濾液製剤は、毛髪再生、又は脂肪組織若しくは皮膚細胞の治療に好適なものである。なお、脂肪組織由来間葉系幹細胞とは、主に、脂肪組織、筋肉細胞、骨、軟骨、靭帯、皮膚細胞、神経細胞に分化できる幹細胞である。このため、本実施形態の幹細胞濾液製剤は脂肪組織又は皮膚細胞の治療に加え、毛髪再生にも効果が認められる。
【0032】
実施形態1で用いる脂肪組織由来間葉系幹細胞は、生体から採取された脂肪組織から採取されたものを用いてもよく、また生体の脂肪組織に含有されているものをそのまま用いてもよい。特に、皮下脂肪組織内に存在する脂肪組織由来間葉系幹細胞は、比較的低襲撃で容易に採取できるとともに、比較的多量に採取でき、また、脂肪細胞と同時に採取できるので、脂肪組織由来間葉系幹細胞膜を破壊して濾過し、採取した脂肪組織をそのまま混合することにより、実施形態1の幹細胞濾液製剤を調製することができる。なお、実施形態1の幹細胞濾液製剤においては、脂肪細胞よりも脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液成分が多いほど、良好な治療効果を奏するようになる。
【0033】
なお、脂肪細胞(fat cell)は、脂肪を合成、貯蔵、放出する機能を有し、脂肪組織を形成する細胞である。また、脂肪細胞は、完全に分化しているため細胞分裂を起こさない。脂肪細胞には、白色脂肪細胞及び褐色脂肪細胞が存在するが、これらのいずれを用いてもよく、両者の混合物を使用してもよい。脂肪細胞としては、脂肪細胞を単離した状態のものを使用してもよく、また脂肪細胞周辺に存在する細胞外基質(extracellular matrix:ECM)と脂肪細胞の混合物を使用してもよい。具体的には、脂肪細胞として採取された脂肪組織をそのまま使用してもよく、また採取された脂肪組織から細胞外基質を取り除いたものを使用してもよい。
【0034】
また、実施形態1の幹細胞濾液製剤における脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液成分の濃度については、特に制限されないが、効率的に毛髪再生を促すという観点から、例えば、幹細胞濾液製剤1mL当たり、脂肪組織由来間葉系幹細胞の数として、1万個以上、好ましくは10万個以上、更に好ましくは15万個以上、特に好ましくは15~20万個に対応する濾液成分濃度が挙げられる。
【0035】
また、実施形態1の幹細胞濾液製剤における脂肪細胞の数については、特に制限されないが、効率的に毛髪再生を促すという観点から、例えば、幹細胞濾液製剤1mL当たり、1,000個以上、好ましくは5,000個以上、更に好ましくは1万個以上、特に好ましくは1万~2万個の脂肪細胞ないしそれに対応する濾液成分濃度が挙げられる。
【0036】
実施形態1の幹細胞濾液製剤において、脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液成分及び脂肪細胞の数の比率については、特に制限されず、脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液成分の含有量が多いほどより一層優れた毛髪再生効果が得られると考えられる。例えば、脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液成分は、脂肪細胞1個の少なくとも1倍以上、好ましくは100倍以上、より好ましくは500~1000倍程度が挙げられる。
【0037】
実施形態1の幹細胞濾液製剤において、自家移植を目的として、投与される患者由来の脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を使用することにより、免疫拒絶反応を回避することもできる。ただし、実施形態1の幹細胞濾液製剤は、投与される患者以外の人由来の脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を用いて調製し、他家移植に使用することを制限するものではない。投与される患者以外の人由来の脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を使用する場合は、濾液調製前に他人から採取した脂肪細胞(脂肪細胞周辺に存在する細胞外基質(ECM)を含む)に対し、例えばγ線照射等の抗原性を除去するための処理を行うことが好ましい。また、脂肪組織由来間葉系幹細胞は、通常は免疫原性を有さない細胞であるが、必要に応じて、前記処理に供したものを用いてもよい。さらに、脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養し、培養した脂肪組織由来間葉系幹細胞から幹細胞濾液製剤を調製することもできる。
【0038】
また、脂肪組織には、通常、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞が含まれているため、実施形態1の幹細胞濾液製剤として、採取された脂肪組織をそのまま使用して調製してもよく、また、採取された脂肪組織から不純物(例えば、脂肪採取の際に注入される麻酔液(所謂チュメセント液)、老化した脂肪細胞、血液、組織液等)を除去したもの、採取された脂肪組織から不純物と一部の脂肪細胞を除去したもの等を使用して調製してもよい。
【0039】
<他の含有成分>
また、実施形態1の幹細胞濾液製剤には、必要に応じて従来公知の薬学的に許容される担体、賦形剤、消炎剤、鎮痛剤、免疫抑制剤等を添加することができる。更に、実施形態1の幹細胞濾液製剤の効果を損なわない範囲で、コラーゲン、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、サイトカイン等を添加してもよい。
【0040】
また、実施形態1の幹細胞濾液製剤の効果を損なわない限り、例えば、PRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)等の組織再生作用が知られている他の細胞製剤を、実施形態1の幹細胞濾液製剤と併用してもよい。但し、毛髪再生効率をより一層高める観点から、トランスフォーミング増殖因子β1(TGFβ1)を除去して使用することが好ましい。
【0041】
<実験例1の幹細胞濾液製剤の調製方法>
実施形態1の幹細胞濾液製剤は、細胞膜を破壊された脂肪組織由来間葉系幹細胞あるいは細胞膜を破壊されたiPS細胞から得られた液体成分から固形成分を濾過して除去することにより得られた液体画分を含むものである。そのため、実施形態1の幹細胞濾液を調製するためには、以下の方法(a)~(c)を採用することができる。
【0042】
<方法(a)>
(1a)体内から採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(2a)前記工程(1a)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離する工程、
(3a)分離された脂肪組織由来間葉系幹細胞にレーザー光又は超音波を照射することによって脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜を破壊して液体成分を得る工程、
(4a)前記工程(3a)で得られた液体成分を濾過して固体成分を除去し、細胞膜を取り除いた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る工程、及び、
(5a)前記工程(2a)で得られた脂肪細胞の一部と、前記工程(4a)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液の濾液とを混合する工程。
【0043】
<方法(b)>
(1b)リポレーザー(登録商標名)等により体内の脂肪組織にレーザー光を照射しながら、脂肪細胞を含む細胞画分と共に、細胞膜を破壊した状態の脂肪組織由来間葉系幹細胞を得る工程、
(2b)上記(1b)で得られた細胞膜を破壊した状態の脂肪組織由来間葉系幹細胞から固形成分を濾過して細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る工程、
(3b)上記(1b)で得られた細胞画分から分離して脂肪細胞を得る工程、
及び
(4b)前記工程(2b)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液と前記工程(3b)で得られた脂肪細胞の一部と、を混合する工程。
【0044】
<方法(c)>
(1c)培養液中でiPS細胞を培養する工程、
(2c)前記工程(1c)の培養液から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(3c)前記工程(2c)で得られた細胞画分の少なくとも一部からiPS細胞を分離する工程、
(4c)分離されたiPS細胞にレーザー光又は超音波を照射することによってiPS細胞の細胞膜を破壊して液体成分を得る工程、
(5c)前記工程(4c)で得られた液体成分を濾過して固体成分を除去し、細胞膜を取り除いた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る工程、及び、
(6c)前記工程(5c)で得られた濾液に、脂肪細胞を添加する工程。
【0045】
<方法(a)の詳細>
実施形態1の幹細胞濾液製剤を調製する方法(a)は、
(1a)体内から採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(2a)前記工程(1a)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離する工程、
(3a)分離された脂肪組織由来間葉系幹細胞にレーザー光又は超音波を照射することによって脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜を破壊して液体成分を得る工程、
(4a)前記工程(3a)で得られた液体成分を濾過して固体成分を除去し、細胞膜を取り除いた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る工程、及び、
(5a)前記工程(2a)で得られた脂肪細胞の一部と、前記工程(4a)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液の濾液とを混合する工程を含む。
【0046】
ここで、採取された脂肪組織とは、脂肪吸引、脂肪切除、除脂術等により脂肪組織から採取された、脂肪組織由来の細胞画分及び液体画分の混合物を指す。細胞画分には、脂肪細胞、脂肪幹細胞及び不純物(血球、死活細胞、老化細胞等)が含まれる。また、液体画分には、チュメセント液、細胞組織液等が含まれる。
【0047】
液体画分と細胞画分の分離は、簡便には、採取された脂肪を静置することによって細胞画分を沈降させて分離することができる。液体画分の除去方法は特に限定されないが、例えば、デカンテーション、吸引等が挙げられる。また、必要に応じて遠心分離、濾過等を行ってもよい。
【0048】
遠心分離及び濾過の条件は、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を損傷せず、且つ不純物を除去できれば特に限定されないが、例えば、700~2500×gで1~15分間、好ましくは2000~2200×gで5~10分間の条件が挙げられる。
【0049】
また、濾過を行う場合であれば、採取された脂肪組織を、例えば10~300μm、好ましくは10~150μm、より好ましくは10~100μm、更に好ましくは15~20μmの穴大きさを有する網目状フィルターを通過させることにより血液、組織液、脂肪を採取する箇所に投与された麻酔薬(チュメセント液)等を除去してフィルター上に脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の混合物を得ることができる。また、このような網目状フィルターを備えた容器に、採取された不純物を含む脂肪組織を充填し、遠心分離に供してもよい。
【0050】
このようにして、液体画分が除去された、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞(細胞外基質を含む)を含む細胞画分を得ることができる。工程(2a)では、工程(1a)で得られた細胞画分の少なくとも一部、好ましくは半量から脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離する。そして、工程(3a)において、工程(2a)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞にレーザー光又は超音波を照射することによって脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜を破壊して液体成分を得る。次いで、工程(4a)において、工程(3a)で得られた液体成分を濾過して固体成分を除去し、細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る。さらに、工程(5a)において、工程(2a)で得られた脂肪細胞の一部に工程(4a)で得られた細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を添加することによって、実施形態1の幹細胞濾液製剤として使用することができる。
【0051】
なお、前記工程(2a)の後、分離された脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養する工程を設けてもよい。
【0052】
また、前記工程(2a)の後、分離された脂肪細胞を微細化する工程を含んでいてもよい。脂肪細胞の微細化は、当該技術分野において通常採用される方法により行うことができ、特に限定されないが、例えば、必要に応じてドリル等によって分離された脂肪細胞をカッティングすることにより行うことができる。ここで、微細な脂肪細胞とは、26~30ゲージ、好ましくは18~30ゲージの注射針を通過できる程度の大きさを有する脂肪細胞を指す。このような脂肪細胞を微細化する処理は、少なくとも1回、好ましくは1~数回、より好ましくは1~2回行うことができる。脂肪細胞を微細化することによって、幹細胞濾液製剤の単位容積あたりの脂肪幹細胞の濃度を高くすることができ、毛髪再生効果のみならず、脂肪組織又は皮膚細胞の治療、骨間接合部の疾患や筋肉損傷に由来する疼痛の緩和効果、骨間接合部内の組織再生効果、及び筋肉修復効果がより一層顕著に発揮されるようになるようになる。
【0053】
ここで、脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離する方法としては、例えば、特許文献5(特表2005-519883号公報)に記載の方法が挙げられる。より具体的には、細胞間の結合を分解することにより脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離しやすくするために、細胞画分にタンパク質分解酵素を添加する。タンパク質分解酵素としては、コラゲナーゼ、トリプシン、リパーゼ等が例示され、これらから選択される1種を単独で使用してもよく、2種以上を組合せて使用することもできる。
【0054】
酵素処理された細胞画分から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法から適宜選択され得るが、例えば、遠心分離、濾過等が挙げられる。遠心分離の条件としては、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を傷つけることなく分離できるものであれば特に限定されないが、例えば、100~500×gで1~20分、好ましくは100~300×gで5~10分間の条件が挙げられる。このような遠心分離に供することによって、脂肪組織由来間葉系幹細胞が沈殿物として得られ、上清中に脂肪細胞が濃縮される。
【0055】
そして、沈殿物中の脂肪組織由来間葉系幹細胞を10~100μm、好ましくは10~50μm、更に好ましくは15~20μmの穴大きさを有する網目状フィルターを通過させることによりフィルター上に脂肪組織由来間葉系幹細胞を得ることができ、濾液中に脂肪細胞を得ることができる。
【0056】
酵素処理された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞は、分離後、洗浄処理に供されることが好ましく、洗浄はリン酸緩衝溶液(PBS)、生理食塩水、リンゲル液、デキストラン等により行うことができる。洗浄処理は、必要に応じて複数回繰り返してもよく、洗浄後に細胞を回収する際、必要に応じて遠心分離に供してもよい。遠心分離の条件としては前記の酵素処理された細胞画分から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離する際に採用される条件に従えばよい。
【0057】
そして、脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離した後の脂肪細胞を含む濾液を、より細かい目のフィルターを用いて濾過することにより、フィルター上に脂肪細胞を分離することができる。
【0058】
このようにして分離された脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜を例えばレーザー法ないし超音波法によって破壊した後、フィルターによって破壊された細胞膜等の固形成分を濾過し、細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る。次いで、細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液と脂肪細胞を所定の割合で混合することにより、実施形態1の幹細胞濾液製剤を得ることができる。
【0059】
<方法(b)の詳細>
実施形態1の幹細胞濾液製剤を調製する方法(b)は、
(1b)リポレーザー等により体内の脂肪組織にレーザー光を照射しながら、脂肪細胞を含む細胞画分と共に、細胞膜を破壊した状態の脂肪組織由来間葉系幹細胞を得る工程、
(2b)上記(1b)で得られた細胞膜を破壊した状態の脂肪組織由来間葉系幹細胞から固形成分を濾過して細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る工程、
(3b)上記(1b)で得られた細胞画分から分離して脂肪細胞を得る工程、
及び
(4b)前記工程(2b)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液と前記工程(3b)で得られた脂肪細胞の一部と、を混合する工程を含む。
【0060】
リポレーザーを用いて体内から体内の脂肪組織にレーザー光を照射しながら、細胞画分を取り出す際には、細胞画分と共に、細胞膜を破壊した状態の脂肪組織由来間葉系幹細胞が得られる。
【0061】
工程(2b)では、工程(1b)で得られた細胞膜を破壊した状態の脂肪組織由来間葉系幹細胞から固形成分を濾過して細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る。次いで、工程(1b)で得られた脂肪細胞の一部に、工程(2b)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を添加することによって、実施形態1の幹細胞濾液製剤として使用することができる。
【0062】
遠心分離の条件は、濾液を分離できればよく、特に限定されるものではないが、例えば、700~2500×gで1~15分間、好ましくは2000~2200×gで5~10分間の条件が挙げられる。
【0063】
なお、工程(1b)の後、細胞画分から分離された脂肪細胞を微細化する工程を含んでいてもよい。脂肪細胞の微細化は、当該技術分野において通常採用される方法により行うことができ、特に限定されないが、例えば、必要に応じてドリル等によって分離された脂肪細胞をカッティングすることにより行うことができる。ここで、微細な脂肪細胞とは、26~30ゲージ、好ましくは18~30ゲージの注射針を通過できる程度の大きさを有する脂肪細胞を指す。このような脂肪細胞を微細化する処理は、少なくとも1回、好ましくは1~数回、より好ましくは1~2回行うことができる。脂肪細胞を微細化することによって、幹細胞濾液製剤の単位容積あたりの脂肪幹細胞の濃度を高くすることができ、毛髪再生効果のみならず、脂肪組織又は皮膚細胞の治療効果、骨間接合部の疾患や筋肉損傷に由来する疼痛の緩和効果、骨間接合部内の組織再生効果、及び筋肉修復効果がより一層顕著に発揮されるようになるようになる。
【0064】
工程(3b)では、工程(1b)で得られた細胞画分から分離して脂肪細胞を得る。この工程は、(2a)の工程と同様である。
【0065】
工程(4b)では、工程(2b)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液と工程(3b)で得られた脂肪細胞の一部とを混合することにより、実施形態1の幹細胞濾液製剤を得ることができる。
【0066】
<方法(c)の詳細>
方法(c)は、
(1c)培養液中でiPS細胞を培養する工程、
(2c)前記工程(1c)の培養液から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(3c)前記工程(2c)で得られた細胞画分の少なくとも一部からiPS細胞を分離する工程、
(4c)分離されたiPS細胞にレーザー光又は超音波を照射することによってiPS細胞の細胞膜を破壊して液体成分を得る工程、
(5c)前記工程(4c)で得られた液体成分を濾過して固体成分を除去し、細胞膜を取り除いた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る工程、及び、
(6c)前記工程(5c)で得られた濾液に、脂肪細胞を添加する工程を含む。
【0067】
工程(1c)では、培養液中でiPS細胞を培養し、工程(2c)では、前記工程(1c)の培養液から液体画分を除去し、細胞画分を得る。そして、工程(3c)では、工程(2c)で得られた細胞画分の少なくとも一部からiPS細胞を分離する。工程(4c)では、工程(3c)で得られたiPS細胞にレーザー光又は超音波を照射することによってiPS細胞の細胞膜を破壊して液体成分を得る。次いで、工程(5c)において、工程(4c)で得られた液体成分を濾過して固体成分を除去し、細胞膜を取り除いた脂肪組織由来間葉系幹細胞の濾液を得る。さらに、工程(6c)では、工程(5c)で得られた濾液に、脂肪細胞を添加することによって、実施形態1の幹細胞濾液製剤として使用することができる。
【0068】
ここで、工程(6c)において添加される脂肪細胞は、工程(2a)又は工程(3b)で分離された脂肪細胞を用いることができる。なお、工程(6c)を省略し、工程(5c)のiPS細胞の濾液のみを、実施形態1の幹細胞濾液製剤として使用することもできる。
【0069】
方法(a)~(c)では、幹細胞濾液に対して脂肪細胞を添加する例を説明したが、脂肪細胞に代えて、脂肪細胞から抽出された有効成分を添加することも可能である。幹細胞濾液に対して添加される、脂肪細胞から抽出された有効成分として、例えば抗炎症性サイトカインである抗IL-1β抗体等は、軟骨細胞におけるIL-1β誘導性蛋白分解酵素発現を抑制し、軟骨組織を保護する働きがある。
【0070】
<用途・投与方法>
実施形態1の幹細胞濾液製剤は、毛髪再生が必要とされる部位の真皮や皮下組織に、投与することによって、当該部位において発毛を促し、毛髪を再生させることができる。実施形態1の幹細胞濾液製剤は、びまん性脱毛症、分娩後脱毛症、男性型脱毛症、脂漏性脱毛症、老人性脱毛症、円形脱毛症、瘢痕性脱毛症、精神疾患に起因する抜毛症等による薄毛を改善することができる。
【0071】
実施形態1の幹細胞濾液製剤の投与量については、投与部位の毛髪量、患者の性別、体格等に応じて適宜設定され、脂肪組織由来間葉系幹細胞又はiPS細胞の濾液濃度については、特に制限されないが、効率的に毛髪再生を促すという観点から、例えば、実施形態1の幹細胞濾液製剤1mL当たりに含まれる脂肪組織由来間葉系幹細胞又はiPS細胞の数に換算して、1万個以上、好ましくは10万個以上、更に好ましくは15万個以上、特に好ましくは15~20万個の濾液が挙げられる。同じく実施形態1の幹細胞濾液製剤1mL当たりに含まれる脂肪細胞数に換算して、1,000~10万個程度、好ましくは1,000~5万個程度、更に好ましくは5,000~1万個程度の脂肪細胞数が挙げられる。また、幹細胞濾液製剤の投与量は、例えば投与部位1cm2当たり、0.1~1.0mL、好ましくは0.1~0.5mL、更に好ましくは0.2~0.5mLが挙げられる。
【0072】
実施形態1の幹細胞濾液製剤を毛髪再生が必要とされる部位に投与する方法については、特に制限されず、従来公知の投与方法を採用することができ、例えば、シリンジ、カニューレ等で注入する方法が挙げられる。なお、実施形態1の幹細胞濾液製剤の毛髪再生効果については、個人差があるが、通常、投与後2~6週間程度で発毛が認められ、当該部位において毛髪が再生される。
【0073】
<脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜の破壊>
実施形態1の幹細胞濾液製剤を調製するに当たっては、脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜の破壊に、レーザー光ないし超音波を用いることが好ましい。レーザー光は、通常は光ファーバーによって所定の脂肪組織に照射され、脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜が破壊される。この際、リポレーザーとして知られているレーザー光照射装置を使用すると、一度に広範囲の脂肪組織を破壊することができる。通常のレーサー光照射装置は、光ファイバーの照射端から直線方向にレーザー光が照射されるが、リポレーザー光照射装置は、光ファイバーの照射端からレーザー光を立体角360度の方向に拡散照射するものである。
【0074】
また、超音波による脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜の破壊処理は、周知の超音波ホモジナイザーを用いて行うことができる。超音波による細胞膜の破壊処理は、プローブからの機械的エネルギーにより極小の気泡を発生・破裂させ、細胞に繰り返し激しい衝撃を与え破砕するものであるので、処理中は熱が発生しやすいため、パルスモードで照射することが望ましい。
【0075】
いずれのレーザー光照射装置ないし超音波ホモジナイザーを用いた場合であっても、生体から摘出された脂肪組織ないし脂肪組織由来間葉系幹細胞に対して、あるいは、生体内の脂肪組織に対して直接レーザー光ないし超音波を照射することにより、脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜を破壊することができる。特に、生体内の脂肪組織に対して直接レーザー光を照射する方法は、脂肪吸引において広く採用されており、この場合は生体から直接、細胞膜が破壊された脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む細胞画分及び液体画分の混合物を得ることができる。
【0076】
また、生体組織から直接脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を採取するには、周知の超音波吸引法を採用することができるが、採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の細胞膜は破壊されていないので、別途上記のレーザー光ないし超音波を用いた細胞膜の破壊方法を採用する必要がある。なお、細胞膜を破壊する方法として、レーザー光照射装置ないし超音波ホモジナイザーを用いる例を説明したが、レーザー光ないし超音波を照射する装置であれば特に限定されるものでない。また、細胞膜を破壊する方法は、レーザー光ないし超音波を照射する装置を用いるものに限定されるものではなく、本発明は、冷凍及び解凍を1回以上繰り返すことにより細胞膜を破壊する方法や、細胞膜を破壊する他の方法も含む。
【0077】
[試験例1]
以下、試験例1により実施形態1の幹細胞濾液製剤の作用・効果を具体的に説明するが、実施形態1の幹細胞濾液製剤はこれらの実験例に限定されて解釈されるものではない。
【0078】
(1)幹細胞濾液製剤の調製
幹細胞濾液製剤の調製には、LIPOMAX-SC(Medikan Corp.製,韓国 ソウル)キットを使用した。本幹細胞濾液製剤の調製工程においては、細胞を全く外気に触れさせることなく行うことが可能であった。具体的な方法は以下のとおりである。
【0079】
シリンジ(LIPOMAX-SC用に製造されたシリンジ:Medikan Corp.製,韓国 ソウル)を用いて、各被験者から脂肪吸引を行った。採取された脂肪を含むシリンジを約10分間室温(約25℃)で静置して細胞画分と液体画分に分離し、チュメセント液が含まれる液体画分を廃液した。その後、シリンジを2200×gで8分間遠心分離にかけた。遠心分離により、上層(フリーオイル)、中間層(脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞)、下層(細胞組織液等の液体画分)の三層に分離した。その後、中間層のみをシリンジ内に残して上下層を廃棄することにより、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞との濃縮物を得た。次に、この濃縮物から、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞とに分離した。
【0080】
次に、脂肪細胞に対してジェリング(Gelling)処理を行い、比較的大きな脂肪細胞の微細化を行った。ジェリング処理は、1~3回行った。ジェリングには、ドリル(Filler Gellerカッター:MEDIKAN社製)を用い、脂肪細胞をカッティングして微細化し、更に2200×gで5分間遠心分離することにより、微細化された脂肪細胞を得た。
【0081】
脂肪組織由来間葉系幹細胞を上述したのと同様のシリンジ内に吸引し、このシリンジ内でリポレーザー光を照射することにより、脂肪組織由来間葉系幹細胞の細胞膜を破壊した。次いで、シリンジを2200×gで8分間遠心分離にかけた。遠心分離により、上層(フリーオイル)、中間層(破壊された細胞膜等の固形成分)、下層(脂肪組織由来間葉系幹細胞濾液)の三層に分離した。その後、濾液を採取し、この濾液に微細化された脂肪細胞を添加したものを、試験例1の幹細胞濾液製剤として患部に投与した。
【0082】
なお、脂肪細胞及び脂肪組織由来間葉系幹細胞は各患者由来のものを使用したため、上述の操作を各患者について行った。得られた幹細胞濾液製剤中の脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液成分と脂肪細胞に対応する濾液成分とにそれぞれ対応する細胞数は、患者によって異なるが、幹細胞濾液製剤1mL当たり脂肪組織由来間葉系幹細胞約15~20万個に対応する濾液成分、脂肪細胞約1万~2万個に対応する濾液成分が含まれていた。
【0083】
(2)毛髪再生効果の確認
脱毛症等で前頭部が薄毛になっている被験者2名に対して、前記で得られた幹細胞濾液製剤2.5mLを、薄毛になっている右前頭部(約12.5cm2)の皮下にシリンジを用いて注入した。
【0084】
被験者A及びBについて、幹細胞濾液製剤投与から2~3ヵ月後に投与部位での発毛状況を観察した結果を、それぞれ
図1及び
図2に示す。この結果から、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を含む幹細胞濾液製剤には、薄毛部位において発毛を促して毛髪を再生させる作用があることが確認された。また、
図1及び
図2には投与部位である皮膚の状態、及び真皮や皮下組織に投与された幹細胞濾液製剤に含まれる細胞脂肪の定着の様子が示されており、本実施形態の幹細胞濾液製剤には脂肪組織又は皮膚細胞の治療効果があることが確認された。
【0085】
[実施形態2]
実施形態2では、上記(c)のようにして調製された、脂肪組織由来間葉系幹細胞濾液及び脂肪細胞を含む幹細胞濾液製剤を、骨間接合部の疾患を治療するための幹細胞濾液製剤として用いた。なお、実施形態2で用いる幹細胞濾液製剤においても、例えばPRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)等の組織再生作用が知られている他の細胞濾液製剤を併用してもよく、さらに、PRPにロサルタン等のアンジオテンシンII受容体拮抗薬を添加することによって、より一層軟骨組織の再生効果が高められる。但し、組織再生効率が向上するという観点から、例えば軟骨組織の再生を期待する場合にはPRPからVEGF(血管内皮細胞増殖因子)を除去し、骨再生を期待する場合にはBMPs(骨形成タンパク質)を除去して使用することが好ましい。
【0086】
実施形態2の幹細胞濾液製剤は、骨間接合部の疾患に対しても優れた治療効果を奏する。骨間接合部とは骨の連結部分を指し、軟骨又は軟骨と線維性結合組織の組み合わせによってつながる軟骨性連結、軟骨及び関節包を包む滑膜によってつながる滑膜性連結、及び線維性結合組織によりつながる線維性の連結が包含されるが、ここでは、特に軟骨性連結及び滑膜性連結によってつながる可動性を有する部分を指す。骨間接合部としては、具体的には、脊椎関節、膝関節、足関節、足趾関節、股関節、手関節、肘関節、肩関節、手指関節、肩鎖関節、仙腸関節等が例示される。また、例えば膝関節の場合、靭帯、半月板等の軟部組織、脊椎関節の場合、ディスク(椎間板)等も前記骨間接合部に包含される。
【0087】
また、骨間接合部の疾患とは、ヘルニア(脱出)、変形、変性、炎症等が挙げられ、具体的には、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症等の脊椎疾患;変形性関節症(変形性股関節症、変形性膝関節症等を含む)、慢性関節症等の関節疾患;関節リウマチ等の自己免疫性疾患;膝関節特発性骨壊死症、大腿骨頭壊死症等の骨壊死症等が例示され、好ましくは椎間板ヘルニア、変形性関節症、慢性関節症、膝関節特発性骨壊死症、大腿骨頭壊死症が挙げられる。
【0088】
実施形態2の幹細胞濾液製剤中の脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液の含有量としては、骨間接合部の疾患の治療効果が得られる範囲であれば特に限定されず、脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液の含有量が多いほどより一層優れた治療効果が得られると考えられるが、例えば、脂肪細胞1個に対して脂肪組織由来間葉系幹細胞に対応する濾液の含有量が、少なくとも1個以上、好ましくは5個以上、より好ましくは1~10個、更に好ましくは5~10個に対応する濾液含有量が挙げられる。また、実施形態2の幹細胞濾液製剤1mLあたりに含まれる脂肪組織由来間葉系幹細胞の数が、通常10万個以上、好ましくは15万個以上、更に好ましくは15~20万個の濾液を含んでいることが好ましい。
【0089】
実施形態2の幹細胞濾液製剤の投与量については、骨間接合部の疾患に対する治療効果が得られる範囲であれば特に限定されず、投与箇所の大きさ、疾患の部位、疾患の程度、患者の性別、体格等によって適宜設定できるが、0.5~20mL、好ましくは1~10mL、更に好ましくは1~5mLが挙げられる。また、例えば、膝関節に対しては、実施形態2の幹細胞濾液製剤1~20mL、好ましくは1~10mL、更に好ましくは5~10mLを投与することができる。また、椎間板に対しては、実施形態2の幹細胞濾液製剤0.5~20mL、好ましくは1~15mL、更に好ましくは1~2mLを投与することができる。
【0090】
投与方法としては、骨間接合部の疾患箇所(例えば、関節腔、椎間板(椎間円板)等)に、注射器、カニューレ等を使用して注入する方法が挙げられるが、これらに限定されない。また、注入の際、注射針やカニューレの先端で注入箇所を刺激することによって、より一層優れた治療効果が得られる。刺激の方法は特に限定されないが、例えば、先端が斜めにカットされたカニューレを、幹細胞濾液を注入する際、前後左右に回転させて注入部位を刺激する方法が挙げられる。
【0091】
実施形態2の幹細胞濾液製剤をこれらの疾患を有する患者に投与する場合、必要に応じて公知の方法による処置を行った後に投与してもよい。例えば、椎間板ヘルニアの場合であれば脱出した椎間板を、PLDD(Percutaneous Laser Disc Decompression)等の従来公知の方法で除去した後に、実施形態2の幹細胞濾液製剤を投与(注入)することができる。実施形態2の幹細胞濾液製剤に含まれる脂肪細胞の作用により、骨間接合部の疾患に起因する痛み(関節痛)が緩和され、更に、中胚葉系幹細胞濾液を含む場合、当該細胞のはたらきによって骨間接合部における骨組織、軟骨組織、軟部組織等の再生が促進される。
【0092】
また、実施形態2の幹細胞濾液製剤においては、工程(2c)で脂肪幹細胞が分離されて得られる脂肪細胞を、洗浄してから工程(5c)において幹細胞濾液に混合してもよい。洗浄は、前述の脂肪幹細胞に対して行う洗浄処理と同様の方法によって行うことができる。ここで得られる脂肪細胞は、健全な微細化された脂肪細胞が選択、濃縮されているため、骨間接合部の疾患に起因する痛みの緩和に更に顕著に優れた効果を奏するようになる。なお、ここでは、上記(c)の方法で調製された幹細胞濾液製剤を用いることを説明したが、上記(a)、(b)、(d)及び(e)の方法で調製された幹細胞濾液製剤を用いた場合にも、上記(c)の場合と同様の優れた効果を奏する。
【0093】
[試験例2.変形性関節症に起因する疼痛緩和効果]
上記実施形態2の幹細胞濾液製剤を、変形性膝関節症を有する被験者に投与し、症状の変化を観察した。その結果、実施形態2の幹細胞濾液製剤を注入した被験者では、注入当日から膝関節痛が軽減され、その効果が約1か月に亘って持続した。また、ヒアルロン酸を注入した被験者に比べると、膝関節痛の緩和効果が明らかに早期から発現され、痛みの緩和効果も顕著であった。
【0094】
[試験例3.変形性関節症に対する組織再生効果]
被験者C
施術時年齢66歳 男性
既往症:大腿骨内顆壊死(右膝)
被験者Cに対して、上記工程(c)で調製された細胞膜が取り除かれた脂肪組織由来間葉系幹細胞濾液及び脂肪細胞を含む幹細胞濾液製剤(5mL、脂肪幹細胞を約75万~200万個を含む)を、先端が斜めにカットされたカニューレを用いて右膝関節に注入した。幹細胞濾液製剤の注入前及び注入から約2か月後に撮影した被験者Cの左膝関節外側関節裂隙のX線写真をそれぞれ
図3A及び
図3Bに示す。
【0095】
(結果)
治療当日~5日以内で被験者Cにおいて膝関節の疼痛が顕著に改善し、その後も疼痛改善状態が持続し、また、歩行が顕著に改善した。
【0096】
被験者CのX線写真所見によると、変形性関節症の改善及び関節裂隙の拡大が示された。即ち、
図3に示されるように、被験者Cの右膝関節の関節裂隙は、治療前の
図3Aの状態から、治療後約1か月で
図3Bの状態まで拡大し、症状が改善された。
【0097】
試験例3の結果より、変形性膝関節症を有する被験者Cの膝関節に、細胞膜が取り除かれた幹細胞の濾液及び脂肪細胞の濾液を含む幹細胞濾液製剤を注入することによって、膝関節内の組織再生が促されたことが示された。
【0098】
[試験例4.骨壊死に対する組織再生効果]
変形性膝関節症に加え、骨壊死を合併していた試験例3の被験者Cに対し、上記工程(c)で調製された細胞膜が取り除かれた幹細胞の濾液及び脂肪細胞を含む幹細胞濾液製剤(5~10mL脂肪幹細胞を約75~200万個に対応する濾液を含む)を、骨壊死部位に注入した。
【0099】
被験者Cにおいて、幹細胞濾液製剤を関節内に注入直後~2日以内に歩行困難、疼痛等の症状が著しく改善された。関節裂隙は治療から約2か月で顕著に改善された。更に、被験者Cの関節内に幹細胞濾液製剤を注入後2か月において骨壊死像の著しい改善が認められた。
【0100】
[試験例5.抗炎症性サイトカインである抗IL-1βを幹細胞濾液に添加する場合の効果]
試験例5では、脂肪組織由来間葉系幹細胞濾液に対して、脂肪細胞から抽出された有効成分の1つであり、抗炎症性サイトカインである抗IL-1βを幹細胞濾液に添加した幹細胞濾液製剤を用いる。抗IL-1β抗体を添加した幹細胞濾液製剤を被験者の関節内に注入すると、軟骨細胞におけるIL-1β誘導性蛋白分解酵素発現を抑制し、軟骨組織を保護する働きがある。
【0101】
[実施形態3.筋肉修復方法]
実施形態3では、実施形態2で用いたのと同様の幹細胞濾液製剤を、筋肉損傷を有する患者の筋肉損傷部位に投与する。なお、この筋肉修復用幹細胞濾液製剤においても、必要に応じて従来公知の薬学的に許容される担体、賦形剤、消炎剤、鎮痛剤、免疫抑制剤等を添加することができる。また、実施形態3の幹細胞濾液製剤の効果を損なわない範囲でコラーゲン、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、サイトカイン等を添加してもよい。
【0102】
同様に、実施形態3の幹細胞濾液製剤の効果を損なわない限り、例えば、PRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)等の組織再生作用が知られている他の細胞濾液製剤を併用してもよいが、筋組織の再生効率をより一層高める観点から、トランスフォーミング増殖因子β1(TGFβ1)を除去して使用することが好ましい。
【0103】
実施形態3の幹細胞濾液製剤は、筋肉損傷部位に適用した場合に優れた筋肉修復効果を奏する。筋肉損傷には、筋肉変性、筋肉の線維化、筋線維の破壊や壊死、筋委縮、筋麻痺、筋力低下等に加え、手術や外傷等により筋肉を切除した場合も含まれる。また、実施形態3の幹細胞濾液製剤が適用される筋肉の部位や種類は特に限定されないが、例えば、体幹筋(上肢又は下肢の筋肉、大胸筋を含む)等の骨格筋;膀胱括約筋等の平滑筋;心筋が挙げられる。例えば、上肢の筋肉の損傷部位に実施形態3の幹細胞濾液製剤を投与することにより、筋肉損傷による痛みが早期に緩和され、更に筋肉が修復されることによって上肢のROM(Range of Motion:関節可動域)の拡大や運動機能の改善が実現される。
【0104】
また、膀胱括約筋の筋力低下や損傷等による尿失禁、頻尿等の排尿障害を呈する患者の膀胱括約筋に実施形態3の幹細胞濾液製剤を投与することによって、膀胱括約筋の筋力を高めて尿失禁、尿漏れ等の問題を安全且つ容易に解消することができる。また、心筋梗塞、虚血再灌流障害、筋ジストロフィー(例えば、Duchenne筋肉ジストロフィー(DMD))、筋炎(ミオパチー)等の筋疾患を有する患者の筋肉損傷部位に対して適用することもできる。
【0105】
また、筋肉損傷は痛みを伴うことが多いが、実施形態3の幹細胞濾液製剤を筋肉損傷部位に投与することによって、早期に痛みを緩和することができる。このような疼痛緩和効果は、本発明の限定的な解釈を望むものではないが、実施形態3の幹細胞濾液製剤中に含まれる幹細胞濾液の効果が脂肪細胞によって相乗的に奏されるようになっているものと考えられる。
【0106】
筋肉修復を目的として実施形態3の幹細胞濾液製剤を使用する場合の投与量は、筋肉修復効果が得られる範囲であれば特に限定されず、投与箇所の大きさ、疾患の部位、疾患の程度、患者の性別、体格等によって適宜設定され得る。例えば、損傷筋肉の単位容積10mLあたりの投与量としては、幹細胞数に換算して10~400万個、好ましくは20~200万個、更に好ましくは20~100万個の濾液が挙げられる。また、工程(b)を含む方法で得られる幹細胞濾液製剤を用いる場合、例えば損傷筋肉の単位容積10mLあたり0.5~20mL、好ましくは1~10mL、更に好ましくは1~5mLが挙げられる。
【0107】
筋肉修復を目的として本発明の幹細胞濾液製剤を使用する場合の投与方法は特に限定されず、従来公知の投与方法を採用することができ、例えば、筋肉損傷部位に注射器、カニューレ等で注入する方法が挙げられる。なお、上記(a)~(e)のいずれの方法で調製された幹細胞濾液製剤を用いた場合にも、優れた筋肉修復効果を奏する。
【0108】
上記実施形態1~3においては、幹細胞濾液と、脂肪細胞とを含むものを用いた例を示したが、本発明においてはこれに限らず、幹細胞濾液のみを用いた場合、幹細胞濾液と、脂肪細胞から抽出された有効成分を含むものを用いた場合、複数種類の幹細胞濾液を用いる場合、のいずれでも実施可能であり、実施形態1~3で説明したものと同様に顕著な治療効果が得られる。例えば、脂肪組織由来の間葉系幹細胞濾液のみを用いた場合でも、また、iPS細胞濾液のみの場合にも、顕著な治療効果が得られる。
【0109】
なお、ここでは筋肉修復を目的として本発明の幹細胞濾液製剤を使用する例を示したが、本発明の幹細胞濾液製剤を用いると褥瘡の予防ないし治療にも顕著な治療効果が得られる。例えば、褥瘡の治療には、治療すべき部位に本発明の幹細胞濾液製剤を単独で塗布、あるいは周知の褥瘡治療剤とともに併用して患部を保護すればよい。また、褥瘡の予防には、褥瘡が生じ易い箇所に本発明の幹細胞濾液製剤を単独で塗布あるいは周知の保湿剤等とともに塗布すればよい。
【0110】
また、実施形態1~3においては、幹細胞濾液と脂肪細胞とを含むものを用いた例を示したが、本発明においてはこれに限らず、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、色素性幹細胞、iPS細胞及びES細胞から選択された少なくとも1つの細胞膜を取り除いた濾液のみであっても、これらの濾液に脂肪細胞又は脂肪細胞から抽出した有効成分を添加したものであっても、あるいは、これらの濾液と脂肪細胞又は脂肪細胞から抽出した有効成分の濾液との中から選択された複数を混合したものであっても、それぞれの幹細胞の種類に応じた所定の治療効果を奏することができる。例えば、iPS細胞を用いた場合にも、顕著な治療効果が得られる。また、脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、色素性幹細胞、iPS細胞及びES細胞は、培養したものであってもよい。また、例えば脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、及び、色素性幹細胞の中から少なくとも2種類以上を混合してもよい。脂肪組織由来の間葉系幹細胞、上皮性幹細胞、及び、色素性幹細胞の濾液の場合、これらの中の2つ以上を組み合わせると効果が高く、また、3つを組み合わせるとさらに効果が大きい。また、iPS細胞やES細胞の濾液の場合は1種細でも十分な効果が得られるが、さらに、これに脂肪細胞又は細胞脂肪からの抽出された有効成分を添加することもできる。