(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022028959
(43)【公開日】2022-02-16
(54)【発明の名称】抗体融合蛋白質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/02 20060101AFI20220208BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20220208BHJP
C07K 16/00 20060101ALI20220208BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20220208BHJP
C12N 9/14 20060101ALI20220208BHJP
C12P 21/08 20060101ALN20220208BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20220208BHJP
C12N 15/55 20060101ALN20220208BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20220208BHJP
【FI】
C12P21/02 C
C07K19/00
C07K16/00
C07K14/435
C12N9/14
C12P21/08 ZNA
C12N15/62 Z
C12N15/55
C12N15/13
【審査請求】有
【請求項の数】25
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021200504
(22)【出願日】2021-12-10
(62)【分割の表示】P 2017161826の分割
【原出願日】2017-08-25
(31)【優先権主張番号】P 2016164901
(32)【優先日】2016-08-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(74)【代理人】
【識別番号】100225118
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 慧
(72)【発明者】
【氏名】越村 友理
(72)【発明者】
【氏名】薗田 啓之
(72)【発明者】
【氏名】マテヴ ミロスラブ
(72)【発明者】
【氏名】柿本 真司
(72)【発明者】
【氏名】福井 剛
(72)【発明者】
【氏名】秦野 勇吉
(57)【要約】
【課題】抗体をリソソーム酵素と融合させた融合蛋白質の製造方法を提供すること。
【解決手段】抗体とヒトリソソーム酵素とを融合させた融合蛋白質の製造方法であって,(a)該融合蛋白質を産生する哺乳動物細胞を無血清培地中で培養して該融合蛋白質を培養液中に分泌させるステップと,(b)上記ステップ(a)で得られた培養液から該哺乳動物細胞を除去することにより培養上清を回収するステップと,及び(c)上記ステップ(b)で得られた培養上清から,該融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,リン酸基に親和性をもつ材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーとを用いて,該融合蛋白質を精製するステップと,を含んでなるものであり,且つ,該抗体がヒト抗体のIgG,又はヒト化抗体のIgGである,製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体とヒトリソソーム酵素とを融合させた融合蛋白質の製造方法であって,
(a)該融合蛋白質を産生する哺乳動物細胞を無血清培地中で培養して該融合蛋白質を培養液中に分泌させるステップと,
(b)上記ステップ(a)で得られた培養液から該哺乳動物細胞を除去することにより培養上清を回収するステップと,及び
(c)上記ステップ(b)で得られた培養上清から,該融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,リン酸基に親和性をもつ材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーとを用いて,該融合蛋白質を精製するステップと,を含んでなるものであり,且つ,
該抗体がヒト抗体のIgG,又はヒト化抗体のIgGである,製造方法。
【請求項2】
該ステップ(c)において,該融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固相として用いたカラムクロマトグラフィーと,リン酸基に親和性を有する材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーとを,この順で用いてなるものである,請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
該融合蛋白質に親和性を有する物質が,プロテインA,プロテインG,プロテインL,プロテインA/G,該抗体の抗原,該抗体を抗原として認識する抗体,及び抗hI2S抗体からなる群から選択されるものである,請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
リン酸基に親和性を有する該材料が,フルオロアパタイト又はハイドロキシアパタイトのいずれかである,請求項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
リン酸基に親和性を有する該材料が,ハイドロキシアパタイトである,請求項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
該ヒトリソソーム酵素と融合させた該抗体が,血管内皮細胞の表面に存在する分子を抗原とするものである,請求項1乃至5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
血管内皮細胞の表面に存在する該分子が,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F,有機アニオントランスポーター,MCT-8,モノカルボン酸トランスポーター,及びFc受容体からなる群から選択されるものである,請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
該血管内皮細胞が脳血管内皮細胞である,請求項6に記載の製造方法。
【請求項9】
該脳血管内皮細胞の表面に存在する分子が,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F,有機アニオントランスポーター,MCT-8,及びモノカルボン酸トランスポーターからなる群から選択されるものである,請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
該血管内皮細胞が,ヒトの血管内皮細胞である,請求項6乃至9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
該抗体が,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である,請求項1乃至10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
該融合蛋白質が,該抗体と該ヒトリソソーム酵素とを,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,ヒアルロン酸,ビオチン-ストレプトアビジン,及びこれらの誘導体からなる群から選択されるリンカーを介して結合させたものである,請求項1乃至11のいずれかに記載の製造方法。
【請求項13】
該融合蛋白質が,該抗体の重鎖のC末端側又はN末端側に,ペプチド結合により直接又はリンカー配列を介して,該ヒトリソソーム酵素が結合したものである,請求項1乃至11のいずれかに記載の製造方法。
【請求項14】
該融合蛋白質が,該抗体の軽鎖のC末端側又はN末端側に,ペプチド結合により直接又はリンカー配列を介して,該ヒトリソソーム酵素が結合したものである,請求項1乃至11のいずれかに記載の製造方法。
【請求項15】
該リンカー配列が,1~50個のアミノ酸残基からなるものである,請求項13又は14に記載の製造方法。
【請求項16】
該リンカー配列が,1個のグリシン,1個のセリン,アミノ酸配列(Gly-Ser),アミノ酸配列(Gly-Gly-Ser),配列番号1のアミノ酸配列,配列番号2のアミノ酸配列,配列番号3のアミノ酸配列,及びこれらのアミノ酸配列が1~10個連続してなるアミノ酸配列からなる群より選択されるアミノ酸配列を含んでなるものである,請求項15に記載の製造方法。
【請求項17】
該リンカー配列が,アミノ酸配列(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するものである,請求項16に記載の製造方法。
【請求項18】
該ヒトリソソーム酵素が,α-L-イズロニダーゼ,イズロン酸-2-スルファターゼ,グルコセレブロシダーゼ,β-ガラクトシダーゼ,GM2活性化蛋白質,β-ヘキソサミニダーゼA,β-ヘキソサミニダーゼB,N-アセチルグルコサミン-1-フォスフォトランスフェラーゼ,α-マンノシダーゼ,β-マンノシダーゼ,ガラクトシルセラミダーゼ,サポシンC,アリルスルファターゼA,α-L-フコシダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α-ガラクトシダーゼA,β-グルクロニダーゼ,ヘパランN-スルファターゼ,α-N-アセチルグルコサミニダーゼ,アセチルCoAα-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ,N-アセチルグルコサミン-6-硫酸スルファターゼ,酸性セラミダーゼ,アミロ-1,6-グルコシダーゼ,シアリダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,パルミトイル蛋白質チオエステラーゼ-1(PPT-1),トリペプチジルペプチダーゼ-1(TPP-1),ヒアルロニダーゼ-1,CLN1,及びCLN2からなる群から選択されるものである,請求項1乃至17のいずれかに記載の製造方法。
【請求項19】
該ヒトリソソーム酵素がヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(ヒトI2S)である,請求項1乃至17のいずれかに記載の製造方法。
【請求項20】
該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するものである,請求項19に記載の製造方法。
【請求項21】
該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するものであり,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,請求項19に記載の製造方法。
【請求項22】
該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するものであり,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,請求項19に記載の製造方法。
【請求項23】
該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列中1~10個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,請求項19に記載の製造方法。
【請求項24】
該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列中1~5個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,請求項19に記載の製造方法。
【請求項25】
該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列中1~3個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,請求項19に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,抗体をリソソーム酵素と融合させた融合蛋白質の製造方法に関し,例えば,該融合蛋白質をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した宿主細胞を培養することにより得られる組換え融合蛋白質を,医薬として利用できる純度にまで精製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在,組換え蛋白質を有効成分として含有してなる多くの医薬が市販されている。このような組換え蛋白質は,目的の蛋白質をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した宿主細胞を培養することにより,培養上清中に得られたものである。培養上清中に得られた組換え蛋白質は,そのままでは夾雑物を含むので医薬として使用できない。医薬として使用するためには,培養上清中に含まれる組換え蛋白質を精製する必要がある。
【0003】
哺乳動物細胞を宿主細胞として用い,この宿主細胞を培養して培養上清中に得られた組換え蛋白質を,医薬として使用できるレベルにまで精製する方法が報告されている。例えば,赤芽球前駆細胞に働いて赤血球へと分化させ赤血球の産生を促進する糖蛋白質であるヒトエリスロポエチン(hEPO)を,宿主細胞としてCHO細胞を用いて組換え蛋白質として発現させ,これを培養上清から色素アフィニティーカラムクロマトグラフィーを含む各種クロマトグラフィーを用いて医薬に使用できるまで精製する方法が報告されている(特許文献1)。また例えば,卵巣でのエストロゲンの生産及び分泌を促進する活性を有する性腺刺激ホルモンの一種であるヒト卵胞刺激ホルモン(hFSH)を,宿主細胞としてCHO細胞を用いて組換え蛋白質として発現させ,これを培養上清から陽イオン交換カラムクロマトグラフィーを含む各種クロマトグラフィーを用いて医薬に使用できるまで精製する方法が報告されている(特許文献2)。また例えば,ヘパラン硫酸やデルマタン硫酸のようなグリコサミノグリカン(GAG)分子内に存在する硫酸エステル結合を加水分解する活性を有するライソソーム酵素の一種であるヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)を,宿主細胞としてCHO細胞を用いて組換え蛋白質として発現させ,これを培養上清から陽イオン交換カラムクロマトグラフィーを含む各種クロマトグラフィーを用いて医薬に使用できるまで精製する方法が報告されている(特許文献3)。また例えば,糖脂質及び糖蛋白質の末端α-ガラクトシル結合を加水分解する活性を有するライソソーム酵素の一種であるヒトα-ガラクトシダーゼA(hα-Gal A)を,宿主細胞としてCHO細胞を用いて組換え蛋白質として発現させ,これを培養上清から陰イオン交換カラムクロマトグラフィーを含む各種クロマトグラフィーを用いて医薬に使用できるまで精製する方法が報告されている(特許文献4,特許文献5)。更に例えば,DNAを塩基配列非特異的に分解する活性を有するヒトDNaseIを,宿主細胞としてCHO細胞を用いて組換え蛋白質として発現させ,これを培養上清から陰イオン交換カラムクロマトグラフィー及び色素リガンドアフィニティーカラムクロマトグラフィーを含む各種クロマトグラフィーを用いて医薬に使用できるまで精製する方法が報告されている(特許文献6)。
【0004】
このように,医薬として使用できる組換え蛋白質を取得するために,それぞれの組換え蛋白質について,独自の精製方法が開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2010-511378号公報
【特許文献2】特開2009-273427号公報
【特許文献3】特表2014-508506号公報
【特許文献4】国際公開第2014/017088号
【特許文献5】国際公開第2016/117341号
【特許文献6】国際公開第2016/067944号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は,抗体と他の蛋白質とを融合させた融合蛋白質を,組換え蛋白質として発現させて,これを医薬として市場に流通させることが可能な純度にまで精製する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,鋭意検討を重ねた結果,抗トランスフェリン受容体抗体とヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)とを融合させた融合蛋白質をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した哺乳動物細胞を無血清培地中で培養することにより,培養液中に得られる融合蛋白質を,融合蛋白質に親和性を有する材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィー,リン酸基に親和性を有する材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィー,及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーの組み合わせにより精製することによって,高い純度で効率よく精製することができることを見出した。本発明は,これらの知見に基づき更に検討を加えて完成させたものである。すなわち,本発明は以下を提供する。
1.抗体とヒトリソソーム酵素とを融合させた融合蛋白質の製造方法であって,
(a)該融合蛋白質を産生する哺乳動物細胞を無血清培地中で培養して該融合蛋白質を培養液中に分泌させるステップと,
(b)該培養液から該哺乳動物細胞を除去することにより培養上清を回収するステップと,
(c)該培養上清から,該融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,リン酸基に親和性を有する材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーとを用いて,該融合蛋白質を精製するステップと,
を含んでなるものである,製造方法。
2.該ステップ(c)において,該融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固相として用いたカラムクロマトグラフィーと,リン酸基に親和性を有する材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーと,及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーとを,この順で用いてなるものである,上記1に記載の製造方法。
3.該融合蛋白質に親和性を有する物質が,プロテインA,プロテインG,プロテインL,プロテインA/G,該抗体の抗原,該抗体を抗原として認識する抗体,及び該リソソーム酵素の抗体からなる群から選択されるものである,上記1又は2に記載の製造方法。
4.リン酸基に親和性を有する該材料が,フルオロアパタイト又はハイドロキシアパタイトのいずれかである,上記1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
5.リン酸基に親和性を有する該材料が,ハイドロキシアパタイトである,上記1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
6.該ヒトリソソーム酵素と融合させた該抗体が,ヒト化抗体又はヒト抗体である,上記1乃至5のいずれかに記載の製造方法。
7.該ヒトリソソーム酵素と融合させた該抗体が,ヒト化抗体である,上記1乃至5のいずれかに記載の製造方法。
8.該ヒトリソソーム酵素と融合させた該抗体が,血管内皮細胞の表面に存在する分子を抗原とするものである,上記1乃至7のいずれかに記載の製造方法。
9.血管内皮細胞の表面に存在する該分子が,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F,有機アニオントランスポーター,MCT-8,モノカルボン酸トランスポーター及びFc受容体からなる群から選択されるものである,上記8に記載の製造方法。
10.該血管内皮細胞が脳血管内皮細胞である,上記8に記載の製造方法。
11.該脳血管内皮細胞の表面に存在する分子が,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F,有機アニオントランスポーター,MCT-8及びモノカルボン酸トランスポーターからなる群から選択されるものである,上記10に記載の製造方法。
12.該血管内皮細胞が,ヒトの血管内皮細胞である,上記8乃至11のいずれかに記載の製造方法。
13.該抗体が,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である,上記1乃至12のいずれかに記載の製造方法。
14.該融合蛋白質が,該抗体と該ヒトリソソーム酵素とを,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,ヒアルロン酸,ビオチン-ストレプトアビジン,及びこれらの誘導体からなる群から選択されるリンカーを介して結合させたものである,上記1乃至13のいずれかに記載の製造方法。
15.該融合蛋白質が,該抗体の重鎖のC末端側又はN末端側に,ペプチド結合により直接又はリンカー配列を介して,該ヒトリソソーム酵素を結合させたものである,上記1乃至13のいずれかに記載の製造方法。
16.該融合蛋白質が,該抗体の軽鎖のC末端側又はN末端側に,ペプチド結合により直接又はリンカー配列を介して,該ヒトリソソーム酵素を結合させたものである,上記1乃至13のいずれかに記載の製造方法。
17.該リンカー配列が,1~50個のアミノ酸残基からなるものである,上記15又は16に記載の製造方法。
18.該リンカー配列が,1個のグリシン,1個のセリン,アミノ酸配列(Gly-Ser),アミノ酸配列(Gly-Gly-Ser),配列番号1のアミノ酸配列,配列番号2のアミノ酸配列,配列番号3のアミノ酸配列,及びこれらのアミノ酸配列が1~10個連続してなるアミノ酸配列からなる群より選択されるアミノ酸配列を含んでなるものである,上記17に記載の製造方法。
19.該リンカー配列が,アミノ酸配列(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するものである,上記17又は18に記載の製造方法。
20.該ヒトリソソーム酵素がヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(ヒトI2S)である,上記1乃至19のいずれかに記載の製造方法。
21.該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するものである,上記20に記載の製造方法。
22.該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するものであり,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,上記20に記載の製造方法。
23.該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するものであり,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,上記20に記載の製造方法。
24.該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,上記20に記載の製造方法。
25.該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列に1~5個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,上記20に記載の製造方法。
26.該ヒトI2Sが,配列番号5で示されるアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,且つヒトI2Sとしての活性を有するものである,上記20に記載の製造方法。
27.該抗体がヒト化抗hTfR抗体であり,該ヒト化抗hTfR抗体が,以下の(a)~(c)からなる群から選択されるものである,上記1乃至26のいずれかに記載の製造方法:
(a)軽鎖が配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するものであり,重鎖が配列番号7で示されるアミノ酸配列を有するもの;
(b)軽鎖が配列番号8で示されるアミノ酸配列を有するものであり,重鎖が配列番号9で示されるアミノ酸配列を有するもの;及び
(c)軽鎖が配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するものであり,重鎖が配列番号11で示されるアミノ酸配列を有するもの。
28.該抗体がヒト化抗hTfR抗体であり,該ヒト化抗hTfR抗体が,以下の(a)~(c)からなる群から選択されるものである,上記1乃至26のいずれかに記載の製造方法:
(a)軽鎖が配列番号6で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するものであり,重鎖が配列番号7で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するもの;
(b)軽鎖が配列番号8で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するものであり,重鎖が配列番号9で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するもの;及び
(c)軽鎖が配列番号10で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するものであり,重鎖が配列番号11で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するもの。
29.該抗体がヒト化抗hTfR抗体であり,該ヒト化抗hTfR抗体が,以下の(a)~(c)からなる群から選択されるものである,上記1乃至26のいずれかに記載の製造方法:
(a)軽鎖が配列番号6で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するものであり,重鎖が配列番号7で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するもの;
(b)軽鎖が配列番号8で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するものであり,重鎖が配列番号9で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するもの;及び
(c)軽鎖が配列番号10で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するものであり,重鎖が配列番号11で示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するもの。
30.該抗体がヒト化抗hTfR抗体であり,該ヒト化抗hTfR抗体が,以下の(a)~(c)からなる群から選択されるものである,上記1乃至26のいずれかに記載の製造方法:
(a)軽鎖が配列番号6で示されるアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖が配列番号7で示されるアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有するもの;
(b)軽鎖が配列番号8で示されるアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖が配列番号9で示されるアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有するもの;及び
(c)軽鎖が配列番号10で示されるアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖が配列番号11で示されるアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有するもの。
31.該抗体がヒト化抗hTfR抗体であり,該ヒト化抗hTfR抗体が,以下の(a)~(c)からなる群から選択されるものである,上記1乃至26のいずれかに記載の製造方法:
(a)軽鎖が配列番号6で示されるアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖が配列番号7で示されるアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有するもの;
(b)軽鎖が配列番号8で示されるアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖が配列番号9で示されるアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有するもの;及び
(c)軽鎖が配列番号10で示されるアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖が配列番号11で示されるアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有するもの。
32.該抗体がヒト化抗hTfR抗体であり,該ヒトリソソーム酵素がヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(ヒトI2S)であり,該融合蛋白質が,以下の(a)~(c)からなる群から選択されるものである,上記20に記載の製造方法:
(a)配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号7で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,配列番号5で示されるヒトイズロン酸-2-スルファターゼがリンカー配列(Gly-Ser)を介して結合したものと,からなる融合蛋白質;
(b)配列番号8で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,配列番号5で示されるヒトイズロン酸-2-スルファターゼがリンカー配列(Gly-Ser)を介して結合したものと,からなる融合蛋白質;及び
(c)配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号11で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,配列番号5で示されるヒトイズロン酸-2-スルファターゼがリンカー配列(Gly-Ser)を介して結合したものと,からなる融合蛋白質。
33.該抗体がヒト化抗hTfR抗体であり,該ヒトリソソーム酵素がヒトイズロン酸-2-スルファターゼであり,該融合蛋白質が,以下の(a)~(c)からなる群から選択されるものである,上記20に記載の製造方法:
(a)該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するものであり,
該ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼと結合しており,全体として配列番号12で示されるアミノ酸配列を有するものである,融合蛋白質;
(b)該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号8で示されるアミノ酸配列を有するものであり,
該ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼと結合しており,全体として配列番号13で示されるアミノ酸配列を有するものである,融合蛋白質;及び
(c)該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するものであり,
該ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼと結合しており,全体として配列番号14で示されるアミノ酸配列を有するものである,融合蛋白質。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば,中枢神経障害を伴うリソソーム病の治療剤として臨床的に用いることのできる純度にまで精製された,抗トランスフェリン受容体抗体とリソソーム酵素との融合蛋白質を提供することができる。特に,中枢神経障害を伴うハンター症候群の治療剤として臨床的に用いることのできる純度にまで精製された,抗トランスフェリン受容体抗体とヒトI2Sとの融合蛋白質を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例6で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品のSE-HPLCのチャートを示す図。縦軸は215 nmでの吸光度,横軸は保持時間(分)を示す。(A)はI2S-抗hTfR抗体3の単量体に由来するピーク,(B)はI2S-抗hTfR抗体3の重合体に由来するピークをそれぞれ示す。
【
図2】実施例12で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品のSE-HPLCのチャートを示す図。縦軸は215 nmでの吸光度,横軸は保持時間(分)を示す。(A)はI2S-抗hTfR抗体3の単量体に由来するピーク,(B)はI2S-抗hTfR抗体3の重合体に由来するピークをそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は,抗トランスフェリン受容体抗体(抗TfR抗体)とヒトリソソーム酵素とを結合させた蛋白質の製造方法に関するものである。ここで,リソソーム酵素と結合させる抗体は,抗原に特異的に結合する性質を有するものである限り,抗体の動物種等に特に制限はないが,特にヒト抗体又はヒト化抗体である。例えば,抗体は,ヒト以外の哺乳動物の抗体であってもよく,またヒト抗体とヒト以外の他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体であってもよい。
【0011】
ヒト抗体は,その全体がヒト由来の遺伝子にコードされる抗体のことをいう。但し,遺伝子の発現効率を上昇させる等の目的で,元のヒトの遺伝子に変異を加えた遺伝子にコードされる抗体も,ヒト抗体である。また,ヒト抗体をコードする2つ以上の遺伝子を組み合わせて,ある一つのヒト抗体の一部を,他のヒト抗体の一部に置き換えた抗体も,ヒト抗体である。ヒト抗体は,免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を有する。免疫グロブリン軽鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。免疫グロブリン重鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。ある一つのヒト抗体のCDRを,その他のヒト抗体のCDRに置き換えることにより,ヒト抗体の抗原特異性,親和性等を改変した抗体も,ヒト抗体である。
【0012】
本発明において,元のヒト抗体の遺伝子を改変することにより,元の抗体のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,ヒト抗体という。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個であり,より好ましくは1~10個であり,更に好ましくは1~5個であり,更により好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個であり,より好ましくは1~10個であり,更に好ましくは1~5個であり,更よりに好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。アミノ酸を付加させる場合,元の抗体のアミノ酸配列中又はN末端側若しくはC末端側に,好ましくは1~20個,より好ましくは1~10個,更に好ましくは1~5個,更により好ましくは1~3個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を示し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは95%以上の相同性を示し,更により好ましくは98%以上の相同性を示すものである。つまり,本発明において「ヒト由来の遺伝子」というときは,ヒト由来の元の遺伝子に加えて,ヒト由来の元の遺伝子に改変を加えることにより得られる遺伝子も含まれる。
【0013】
本発明において,「ヒト化抗体」の語は,可変領域の一部(例えば,特にCDRの全部又は一部)のアミノ酸配列がヒト以外の哺乳動物由来であり,それ以外の領域がヒト由来である抗体のことをいう。例えば,ヒト化抗体として,ヒト抗体を構成する免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を,他の哺乳動物のCDRによって置き換えることにより作製された抗体が挙げられる。ヒト抗体の適切な位置に移植されるCDRの由来となる他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウス及びラットであり,例えばマウスである。
【0014】
本発明において,抗体がヒト抗体又はヒト化抗体である場合につき,以下詳述する。ヒト抗体及びヒト化抗体の軽鎖には,λ鎖とκ鎖がある。抗体を構成する軽鎖は,λ鎖とκ鎖のいずれであってもよい。また,ヒト抗体及びヒト化抗体の重鎖には,γ鎖,μ鎖,α鎖,σ鎖及びε鎖があり,それぞれ,IgG,IgM,IgA,IgD及びIgEに対応している。抗体を構成する重鎖は,γ鎖,μ鎖,α鎖,σ鎖及びε鎖のいずれであってもよいが,好ましくはγ鎖である。更に,抗体の重鎖のγ鎖には,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖があり,それぞれ,IgG1,IgG2,IgG3及びIgG4に対応している。抗体を構成する重鎖がγ鎖である場合,そのγ鎖は,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖のいずれであってもよいが,好ましくは,γ1鎖又はγ4鎖である。抗体が,ヒト化抗体又はヒト抗体であり,且つIgGである場合,その抗体の軽鎖はλ鎖とκ鎖のいずれでもあってもよく,その抗体の重鎖は,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖のいずれであってもよいが,好ましくは,γ1鎖又はγ4鎖である。例えば,好ましい抗体の一つの態様として,軽鎖がλ鎖であり重鎖がγ1鎖であるものが挙げられる。
【0015】
本発明において,「キメラ抗体」の語は,2つ以上の異なる種に由来する,2つ以上の異なる抗体の断片が連結されてなる抗体のことをいう。
【0016】
ヒト抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体とは,ヒト抗体の一部がヒト以外の哺乳動物の抗体の一部によって置き換えられた抗体である。抗体は,以下に説明するFc領域,Fab領域及びヒンジ部とからなる。このようなキメラ抗体の具体例として,Fc領域がヒト抗体に由来する一方でFab領域が他の哺乳動物の抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体のいずれかに由来する。逆に,Fc領域が他の哺乳動物の抗体に由来する一方でFab領域がヒト抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体のいずれに由来してもよい。
【0017】
また,抗体は,可変領域と定常領域とからなるということもできる。キメラ抗体の他の具体例として,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がヒト抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)が他の哺乳動物の抗体に由来するもの,逆に,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)が他の哺乳動物の抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がヒト抗体に由来するものも挙げられる。ここで,他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウスである。
【0018】
ヒト抗体とマウス抗体のキメラ抗体は,特に,「ヒト/マウスキメラ抗体」という。ヒト/マウスキメラ抗体には,Fc領域がヒト抗体に由来する一方でFab領域がマウス抗体に由来するキメラ抗体や,逆に,Fc領域がマウス抗体に由来する一方でFab領域がヒト抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又はマウス抗体のいずれかに由来する。ヒト/マウスキメラ抗体の他の具体例として,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がヒト抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がマウス抗体に由来するもの,逆に,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がマウス抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がヒト抗体に由来するものも挙げられる。
【0019】
抗体は,本来,2本の免疫グロブリン軽鎖と2本の免疫グロブリン重鎖の計4本のポリペプチド鎖からなる基本構造を有する。但し,本発明において,「抗体」というときは,この基本構造を有するものに加え,
(1)1本の免疫グロブリン軽鎖と1本の免疫グロブリン重鎖の計2本のポリペプチド鎖からなるものや,以下に詳述するように,
(2)免疫グロブリン軽鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体,及び
(3)免疫グロブリン重鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体も含まれる。また,
(4)本来の意味での抗体の基本構造からFc領域が欠失したものであるFab領域からなるもの及びFab領域とヒンジ部の全部若しくは一部とからなるもの(Fab,F(ab’)及びF(ab’)2を含む)も,本発明における「抗体」に含まれる。更には,軽鎖の可変領域と重鎖の可変領域をリンカー配列を介して結合させて一本鎖抗体としたscFvも,本発明における抗体に含まれる。
【0020】
本発明において,「一本鎖抗体」というときは,免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質をいう。また,免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質も,本発明における「一本鎖抗体」である。例えば,上記(2)及び(3)に示されるものは一本鎖抗体に含まれる。免疫グロブリン重鎖のC末端側にリンカー配列を介して免疫グロブリン軽鎖が結合した一本鎖抗体にあっては,通常,免疫グロブリン重鎖は,Fc領域が欠失している。免疫グロブリン軽鎖の可変領域は,抗体の抗原特異性に関与する相補性決定領域(CDR)を3つ有している。同様に,免疫グロブリン重鎖の可変領域も,CDRを3つ有している。これらのCDRは,抗体の抗原特異性を決定する主たる領域である。従って,一本鎖抗体には,免疫グロブリン重鎖の3つのCDRが全てと,免疫グロブリン軽鎖の3つのCDRの全てとが含まれることが好ましい。但し,抗体の抗原特異的な親和性が維持される限り,CDRの1個又は複数個を欠失させた一本鎖抗体とすることもできる。
【0021】
一本鎖抗体において,免疫グロブリンの軽鎖と重鎖の間に配置されるリンカー配列は,好ましくは2~50個,より好ましくは8~50個,更に好ましくは10~30個,更により好ましくは12~18個又は15~25個,例えば15個若しくは25個のアミノ酸残基から構成されるペプチド鎖である。そのようなリンカー配列は,これにより両鎖が連結されてなる抗hTfR抗体がhTfRに対する親和性を保持する限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンのみ又はグリシンとセリンから構成されるものであり,例えば,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号1),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号2),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号3),又はこれらのアミノ酸配列が2~10回,あるいは2~5回繰り返された配列を有するものである。例えば,免疫グロブリン重鎖の可変領域の全領域からなるアミノ酸配列のC末端側に,リンカー配列を介して免疫グロブリン軽鎖の可変領域を結合させてScFVとする場合,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号1)の3個が連続したものに相当する計15個のアミノ酸からなるリンカー配列が好適に用いられる。
【0022】
本発明において,抗体が特異的に認識する抗原としては,例えば,血管内皮細胞の表面に存在する分子(表面抗原)である。かかる表面抗原としては,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F等の有機アニオントランスポーター,MCT-8等のモノカルボン酸トランスポーター,Fc受容体が挙げられるが,これらに限定されるものではない。抗原は,好ましくはヒト血管内皮細胞の表面に存在するこれら分子(表面抗原)である。
【0023】
上記の表面抗原の中でも,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F等の有機アニオントランスポーター,MCT-8等のモノカルボン酸トランスポーターは,血液脳関門(Blood Brain Barrier)を形成する脳毛細血管内皮細胞(脳血管内皮細胞)の表面に存在するものである。これら抗原を認識できる抗体は,抗原を介して脳毛細血管内皮細胞に結合できる。そして脳毛細血管内皮細胞に結合した抗体は,血液脳関門を通過して中枢神経系に到達することができる。従って,目的の蛋白質を,このような抗体と結合させることにより,中枢神経系にまで到達させることができる。目的の蛋白質としては,中枢神経系で薬効を発揮すべき機能を有する蛋白質が挙げられる。例えば,中枢神経障害を伴うリソソーム病患者において欠損しているか又は機能不全であるリソソーム酵素が,目的の蛋白質として挙げられる。かかるリソソーム酵素は,そのままでは中枢神経系に到達することができず,患者の中枢神経障害に対して薬効を示すことがないが,これらの抗体と結合させることにより血液脳関門を通過できるようになるので,リソソーム病患者において見られる中枢神経障害を改善することができる。
【0024】
本発明において,「ヒトトランスフェリン受容体」又は「hTfR」の語は,配列番号4に示されるアミノ酸配列を有する膜蛋白質をいう。本発明の抗hTfR抗体は,その一実施態様において,配列番号4で示されるアミノ酸配列中N末端側から89番目のシステイン残基からC末端のフェニルアラニンまでの部分(hTfRの細胞外領域)に対して特異的に結合するものであるが,これに限定されない。
【0025】
抗体の作製方法をhTfRに対する抗体を例にとって以下に説明する。hTfRに対する抗体の作製方法としては,hTfR遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した細胞を用いて,組換えヒトトランスフェリン受容体(rhTfR)を作製し,このrhTfRを用いてマウス等の動物を用いて免疫して得る方法が一般的である。免疫後の動物からhTfRに対する抗体産生細胞を取り出し,これとミエローマ細胞とを癒合させることにより,hTfRに対する抗体産生能を有するハイブリドーマ細胞を作製することができる。
【0026】
また,マウス等の動物より得た免疫系細胞を体外免疫法によりrhTfRで免疫することによってもhTfRに対する抗体を産生する細胞を取得できる。体外免疫法により免疫する場合,その免疫系細胞が由来する動物種に特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,モルモット,イヌ,ネコ,ウマ及びヒトを含む霊長類であり,より好ましくは,マウス,ラット及びヒトであり,更に好ましくはマウス及びヒトである。マウスの免疫系細胞としては,例えば,マウスの脾臓から調製した脾細胞を用いることができる。ヒトの免疫系細胞としては,ヒトの末梢血,骨髄,脾臓等から調製した細胞を用いることができる。ヒトの免疫系細胞を体外免疫法により免疫した場合,hTfRに対するヒト抗体を得ることができる。
【0027】
本発明において,抗体と結合させるべきヒトリソソーム酵素に特に限定はないが,α-L-イズロニダーゼ,イズロン酸-2-スルファターゼ,グルコセレブロシダーゼ,β-ガラクトシダーゼ,GM2活性化蛋白質,β-ヘキソサミニダーゼA,β-ヘキソサミニダーゼB,N-アセチルグルコサミン-1-フォスフォトランスフェラーゼ,α-マンノシダーゼ,β-マンノシダーゼ,ガラクトシルセラミダーゼ,サポシンC,アリルスルファターゼA,α-L-フコシダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α-ガラクトシダーゼA,β-グルクロニダーゼ,ヘパランN-スルファターゼ,α-N-アセチルグルコサミニダーゼ,アセチルCoAα-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ,N-アセチルグルコサミン-6-硫酸スルファターゼ,酸性セラミダーゼ,アミロ-1,6-グルコシダーゼ,シアリダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,パルミトイル蛋白質チオエステラーゼ-1(PPT-1),トリペプチジルペプチダーゼ-1(TPP-1),ヒアルロニダーゼ-1,CLN1,及びCLN2等のリソソーム酵素,が挙げられる。
【0028】
抗体が血管内皮細胞の表面に存在する分子(表面抗原)を特異的に認識するものである場合,抗体と結合させたヒトリソソーム酵素はそれぞれ,α-L-イズロニダーゼはハーラー症候群又はハーラー・シャイエ症候群における中枢神経障害治療剤として,イズロン酸-2-スルファターゼはハンター症候群における中枢神経障害治療剤として,グルコセレブロシダーゼはゴーシェ病における中枢神経障害治療剤として,βガラクトシダーゼはGM1-ガングリオシドーシス1~3型における中枢神経障害治療剤として,GM2活性化蛋白質はGM2-ガングリオシドーシスAB異型における中枢神経障害治療剤として,β-ヘキソサミニダーゼAはサンドホフ病及びティサックス病における中枢神経障害治療剤として,β-ヘキソサミニダーゼBはサンドホフ病における中枢神経障害治療剤として,N-アセチルグルコサミン-1-フォスフォトランスフェラーゼはI-細胞病における中枢神経障害治療剤として,α-マンノシダーゼはα-マンノシドーシスにおける中枢神経障害治療剤として,β-マンノシダーゼはβ-マンノシドーシスにおける中枢神経障害治療剤として,ガラクトシルセラミダーゼはクラッベ病における中枢神経障害治療剤として,サポシンCはゴーシェ病様蓄積症における中枢神経障害治療剤として,アリルスルファターゼAは異染性白質変性症(異染性白質ジストロフィー)における中枢神経障害治療剤として,α-L-フコシダーゼはフコシドーシスにおける中枢神経障害治療剤として,アスパルチルグルコサミニダーゼはアスパルチルグルコサミン尿症における中枢神経障害治療剤として,α-N-アセチルガラクトサミニダーゼはシンドラー病及び川崎病における中枢神経障害治療剤として,酸性スフィンゴミエリナーゼはニーマン・ピック病における中枢神経障害治療剤として,α-ガラクトシダーゼAはファブリー病における中枢神経障害治療剤として,β-グルクロニダーゼはスライ症候群における中枢神経障害治療剤として,ヘパランN-スルファターゼ,α-N-アセチルグルコサミニダーゼ,アセチルCoAα-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ及びN-アセチルグルコサミン-6-硫酸スルファターゼはサンフィリッポ症候群における中枢神経障害治療剤として,酸性セラミダーゼはファーバー病における中枢神経障害治療剤として,アミロ-1,6-グルコシダーゼはコリ病(フォーブス・コリ病)における中枢神経障害治療剤として,シアリダーゼはシアリダーゼ欠損症における中枢神経障害治療剤として,アスパルチルグルコサミニダーゼはアスパルチルグルコサミン尿症における中枢神経障害治療剤として,パルミトイル蛋白質チオエステラーゼ-1(PPT-1)は,神経セロイドリポフスチン症又はSantavuori-Haltia病における中枢神経障害治療剤として,トリペプチジルペプチダーゼ-1(TPP-1)は,神経セロイドリポフスチン症又はJansky-Bielschowsky病における中枢神経障害治療剤として,ヒアルロニダーゼ-1はヒアルロニダーゼ欠損症における中枢神経障害治療剤として,CLN1及びCLN2はバッテン病における中枢神経障害治療剤として使用できる。
【0029】
抗体が血管内皮細胞の表面に存在する分子(表面抗原)を特異的に認識するものである場合に,抗体と結合させるべきリソソーム酵素として好適なものとして,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)を挙げることができる。I2Sは,ヘパラン硫酸やデルマタン硫酸のようなグリコサミノグリカン(GAG)分子内に存在する硫酸エステル結合を加水分解する活性を有するライソソーム酵素の一種である。ハンター症候群はこの酵素が先天的に欠失する遺伝子疾患である。ハンター症候群の患者は,ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸が組織内に蓄積する結果,角膜混濁,精神発達遅滞等の諸症状を示す。但し,軽症の場合は精神発達遅延は観察されないこともある。当該抗体とhI2Sとの融合蛋白質は,BBBを通過することにより脳組織内に蓄積したGAGを分解することができるので,精神発達遅滞を示すハンター症候群の患者に投与することにより,中枢神経障害治療剤として使用することができる。
【0030】
本発明において,「ヒトI2S」又は「hI2S」の語は,特に野生型のhI2Sと同一のアミノ酸配列を有するhI2Sのことをいう。野生型のhI2Sは,配列番号5で示される525個のアミノ酸から構成されるアミノ酸配列を有する。但し,これに限らず,I2S活性を有するものである限り,野生型のhI2Sのアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えたものもhI2Sに含まれる。hI2Sのアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。hI2Sのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。hI2Sにアミノ酸を付加させる場合,hI2Sのアミノ酸配列中又はN末端側若しくはC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えたhI2Sのアミノ酸配列は,元のhI2Sのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0031】
なお本発明において,hI2SがI2S活性を有するというときは,hI2Sを抗体と融合させて融合蛋白質としたときに,天然型のhI2Sが本来有する活性に対して,3%以上の活性を有していることをいう。但し,その活性は,天然型のhI2Sが本来有する活性に対して,10%以上であることが好ましく,20%以上であることがより好ましく,50%以上であることが更に好ましく,80%以上であることが更により好ましい。抗体と融合させたhI2Sが変異を加えたものである場合も同様である。抗体は,例えば抗hTfR抗体である。
【0032】
本発明において「融合蛋白質」というときは,抗体とヒトリソソーム酵素とを,非ペプチドリンカー若しくはペプチドリンカーを介して,又は直接に結合させた物質のことをいう。抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させる方法は,以下に詳述する。
【0033】
抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させる方法としては,非ペプチドリンカー又はペプチドリンカーを介して結合させる方法がある。非ペプチドリンカーとしては,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,及びヒアルロン酸,又はこれらの誘導体,若しくはこれらを組み合わせたものを用いることができる。ペプチドリンカーは,ペプチド結合した1~50個のアミノ酸から構成されるペプチド鎖若しくはその誘導体であって,そのN末端とC末端が,それぞれ抗体又はヒトリソソーム酵素のいずれかと共有結合を形成することにより,抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させるものである。
【0034】
非ペプチドリンカーとしてビオチン-ストレプトアビジンを用いる場合,抗体がビオチンを結合させたものであり,ヒトリソソーム酵素がストレプトアビジンを結合させたものであり,このビオチンとストレプトアビジンとの結合を介して,抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させてもよく,逆に,抗体がストレプトアビジンを結合させたものであり,ヒトリソソーム酵素がビオチンを結合させたものであり,このビオチンとストレプトアビジンとの結合を介して,抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させてもよい。
【0035】
非ペプチドリンカーとしてPEGを用いて本発明の抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させたものは,特に,抗体-PEG-ヒトリソソーム酵素という。抗体-PEG-ヒトリソソーム酵素は,抗体とPEGとを結合させて抗体-PEGを作製し,次いで抗体-PEGとヒトリソソーム酵素とを結合させることにより製造することができる。又は,抗体-PEG-ヒトリソソーム酵素は,ヒトリソソーム酵素とPEGとを結合させてヒトリソソーム酵素-PEGを作製し,次いでヒトリソソーム酵素-PEGと抗体とを結合させることによっても製造することができる。PEGを抗体及びヒトリソソーム酵素と結合させる際には,カーボネート,カルボニルイミダゾール,カルボン酸の活性エステル,アズラクトン,環状イミドチオン,イソシアネート,イソチオシアネート,イミデート,又はアルデヒド等の官能基で修飾されたPEGが用いられる。これらPEGに導入された官能基が,主に抗体及びヒトリソソーム酵素分子内のアミノ基と反応することにより,PEGと抗体及びヒトリソソーム酵素が共有結合する。このとき用いられるPEGの分子量及び形状に特に限定はないが,その平均分子量(MW)は,好ましくはMW=300~60000であり,より好ましくはMW=500~20000である。例えば,平均分子量が約300,約500,約1000,約2000,約4000,約10000,約20000等であるPEGは,非ペプチドリンカーとして好適に使用することができる。
【0036】
例えば,抗体-PEGは,抗体とアルデヒド基を官能基として有するポリエチレングリコール(ALD-PEG-ALD)とを,該抗体に対するALD-PEG-ALDのモル比が11,12.5,15,110,120等になるように混合し,これにNaCNBH3等の還元剤を添加して反応させることにより得られる。次いで,抗体-PEGを,NaCNBH3等の還元剤の存在下で,ヒトリソソーム酵素と反応させることにより,抗体-PEG-ヒトリソソーム酵素が得られる。逆に,先にヒトリソソーム酵素とALD-PEG-ALDとを結合させてヒトリソソーム酵素-PEGを作製し,次いでヒトリソソーム酵素-PEGと抗体を結合させることによっても,抗体-PEG-ヒトリソソーム酵素を得ることができる。
【0037】
抗体とヒトリソソーム酵素とは,抗体の重鎖又は軽鎖のC末端側又はN末端側に,リンカー配列を介して又は直接に,それぞれヒトリソソーム酵素のN末端又はC末端をペプチド結合により結合させることもできる。このように抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させてなる融合蛋白質は,抗体の重鎖又は軽鎖をコードするcDNAの3’末端側又は5’末端側に,直接又はリンカー配列をコードするDNA断片を挟んで,ヒトリソソーム酵素をコードするcDNAがインフレームで配置されたDNA断片を,哺乳動物細胞,酵母等の真核生物用の発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入した哺乳動物細胞等を培養することにより,得ることができる。この哺乳動物細胞には,ヒトリソソーム酵素をコードするDNA断片を抗体の重鎖と結合させる場合にあっては,抗体の軽鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも,同じホスト細胞に導入され,また,ヒトリソソーム酵素をコードするDNA断片を抗体の軽鎖と結合させる場合にあっては,抗体の重鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも,同じホスト細胞に導入される。抗体が一本鎖抗体である場合,抗体とヒトリソソーム酵素とを結合させた融合蛋白質は,ヒトリソソーム酵素をコードするcDNAの5’末端側又は3’末端側に,直接,又はリンカー配列をコードするDNA断片を挟んで,1本鎖抗体をコードするcDNAを連結したDNA断片を,哺乳動物細胞,酵母等の真核生物用の発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入したこれらの細胞中で発現させることにより,得ることができる。
【0038】
抗体の軽鎖のC末端側にヒトリソソーム酵素を結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,ヒトリソソーム酵素が,この抗体の軽鎖のC末端側に結合したものである。ここで抗体の軽鎖とヒトリソソーム酵素とは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0039】
抗体の重鎖のC末端側にヒトリソソーム酵素を結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,ヒトリソソーム酵素が,この抗体の重鎖のC末端側に結合したものである。ここで抗体の重鎖とヒトリソソーム酵素とは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0040】
抗体の軽鎖のN末端側にヒトリソソーム酵素を結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,ヒトリソソーム酵素が,この抗体の軽鎖のN末端側に結合したものである。ここで抗体の軽鎖とヒトリソソーム酵素とは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0041】
抗体の重鎖のN末端側にヒトリソソーム酵素を結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,ヒトリソソーム酵素が,この抗体の重鎖のN末端側に結合したものである。ここで抗体の重鎖とヒトリソソーム酵素とは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0042】
このとき抗体とヒトリソソーム酵素との間にリンカー配列を配置する場合,その配列は,好ましくは1~50個,より好ましくは1~17個,更に好ましくは1~10個,更により好ましくは1~5個のアミノ酸から構成されるものであるが,抗体に結合させるべきヒトリソソーム酵素によって,リンカー配列を構成するアミノ酸の個数は,1個,2個,3個,1~17個,1~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個等と適宜調整できる。そのようなリンカー配列は,これにより連結された抗体がhTfRとの親和性を保持し,且つ当該リンカー配列により連結されたヒトリソソーム酵素が,生理的条件下で当該蛋白質の生理活性を発揮できる限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものであり,例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号1),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号2),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号3),又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,あるいは2~5個連続してなる1~50個のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個のアミノ酸からなる配列等を有するものである。例えば,アミノ酸配列Gly-Serを有するものはリンカー配列として好適に用いることができる。抗体が1本鎖抗体であっても同様である。
【0043】
なお,本発明において,1つのペプチド鎖に複数のリンカー配列が含まれる場合,便宜上,各リンカー配列はN末端側から順に,第1のリンカー配列,第2のリンカー配列というように命名する。
【0044】
抗体がヒト化抗体であり且つ抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である場合の,抗体の好ましい形態として,以下の(x)~(z)が挙げられる。すなわち,
(x)軽鎖が配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するものであり,重鎖が配列番号7で示されるアミノ酸配列を有するもの;
(y)軽鎖が配列番号8で示されるアミノ酸配列を有するものであり,重鎖が配列番号9で示されるアミノ酸配列を有するもの;
(z)軽鎖が配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するものであり,重鎖が配列番号11で示されるアミノ酸配列を有するもの,のいずれかである。
なお,ここで,(x),(y)及び(z)は,実施例中に示されるヒト化抗hTfR抗体番号1,ヒト化抗hTfR抗体番号2,及びヒト化抗hTfR抗体番号3にそれぞれ相当する。
【0045】
但し,抗体がヒト化抗体であり且つ抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である場合の,抗体の好ましい形態は,上記の(x)~(z)に限られるものではない。例えば,抗体の軽鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの軽鎖のアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するものであり,該抗体の重鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの重鎖のアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するものである抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明において用いることができる。また,抗体の軽鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの軽鎖のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するものであり,該抗体の重鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの重鎖のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するものである抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明において用いることができる。また,抗体の軽鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの軽鎖のアミノ酸配列と95%以上の相同性を有するものであり,該抗体の重鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの重鎖のアミノ酸配列と95%以上の相同性を有するものである抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明における抗体として用いることができる。
【0046】
また,軽鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの軽鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの重鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸配列に1~10個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有する抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明における抗体として用いることができる。また,軽鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの軽鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸配列に1~5個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの重鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸配列に1~5個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有する抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明における抗体として用いることができる。更には,軽鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの軽鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有し,重鎖のアミノ酸配列が,上記の(x)~(z)におけるそれぞれの重鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸配列に1~3個のアミノ酸を置換,欠失又は付加させたアミノ酸配列を有する抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明における抗体として用いることができる。
【0047】
上記の抗体の好ましい形態の(x)において,配列番号6で示される軽鎖のアミノ酸配列中,配列番号15で示されるアミノ酸配列が可変領域であり,配列番号7で示される重鎖のアミノ酸配列中,配列番号16で示されるアミノ酸配列が可変領域である。また,上記の抗体の好ましい形態の(y)において,配列番号8で示される軽鎖のアミノ酸配列中,配列番号17で示されるアミノ酸配列が可変領域であり,配列番号9で示される重鎖のアミノ酸配列中,配列番号18で示されるアミノ酸配列が可変領域である。また,上記の抗体の好ましい形態の(z)において,配列番号10で示される軽鎖のアミノ酸配列中,配列番号19で示されるアミノ酸配列が可変領域であり,配列番号11で示される重鎖のアミノ酸配列中,配列番号20で示されるアミノ酸配列が可変領域である。これら抗体の好ましい形態の(x)~(z)において,重鎖又は/及び軽鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸配列中への置換,欠失又は付加は,特に,これらの可変領域に導入される。
【0048】
なお,本発明において,元の蛋白質(抗体を含む)のアミノ酸配列と変異を加えた蛋白質のアミノ酸配列との相同性は,周知の相同性計算アルゴリズムを用いて容易に算出することができる。例えば,そのようなアルゴリズムとして,BLAST(Altschul SF. J Mol. Biol. 215. 403-10, (1990)),Pearson及びLipmanの類似性検索法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 85. 2444 (1988)),Smith及びWatermanの局所相同性アルゴリズム(Adv. Appl. Math. 2. 482-9(1981))等がある。
【0049】
抗体がヒト化抗ヒトトランスフェリン受容体抗体であり,ヒトリソソーム酵素がヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(ヒトI2S)である場合の,融合蛋白質の好ましい形態として,以下の(a)~(c)のものが挙げられる。すなわち,
(a)配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号7で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,配列番号5で示されるヒトイズロン酸-2-スルファターゼがリンカー配列(Gly-Ser)を介して結合したものとからなる,融合蛋白質;
(b)配列番号8で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,配列番号5で示されるヒトイズロン酸-2-スルファターゼがリンカー配列(Gly-Ser)を介して結合したものとからなる,融合蛋白質;
(c)配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号11で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,配列番号5で示されるヒトイズロン酸-2-スルファターゼがリンカー配列(Gly-Ser)を介して結合したものとからなる,融合蛋白質。
【0050】
また,抗体がヒト化抗ヒトトランスフェリン受容体抗体であり,ヒトリソソーム酵素がヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(ヒトI2S)である場合の,融合蛋白質の好ましい形態として,以下の(a)~(c)のものが挙げられる。すなわち,
(a)該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するものであり,
該ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼと結合しており,全体として配列番号12で示されるアミノ酸配列を有するものである,融合蛋白質;
(b)該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号8で示されるアミノ酸配列を有するものであり,
該ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼと結合しており,全体として配列番号13で示されるアミノ酸配列を有するものである,融合蛋白質;
(c)該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するものであり,
該ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼと結合しており,全体として配列番号14で示されるアミノ酸配列を有するものである,融合蛋白質。
【0051】
本発明において,抗体とヒトリソソーム酵素との融合蛋白質は,当該融合蛋白質をコードする遺伝子が発現又は強発現することによって,当該融合蛋白質を産生するように人為的な操作を加えた,哺乳動物細胞を培養することにより産生させることができる。このとき融合蛋白質を産生する哺乳動物細胞内で強発現させる該遺伝子は,該遺伝子が組み込まれた発現ベクターで形質転換させることにより該哺乳動物細胞に導入するのが一般的である。また,このとき用いられる哺乳動物細胞について特に限定はないが,ヒト,マウス,チャイニーズハムスター由来の細胞が好ましく,特にチャイニーズハムスター卵巣細胞由来のCHO細胞が好ましい。本発明において,融合蛋白質というときは,特に,このような融合蛋白質を産生する哺乳動物細胞を培養したときに,培地中に分泌される組換え融合蛋白質のことをいう。
【0052】
抗体とヒトリソソーム酵素との融合蛋白質は,抗体とヒトリソソーム酵素とをそれぞれ産生させた後,これらを非ペプチドリンカー又はペプチドリンカーで結合させることによっても製造することができる。このとき,抗体とヒトリソソーム酵素とは,これらをコードする遺伝子が発現又は強発現することによって,これらを産生するように人為的な操作を加えた,哺乳動物細胞を培養することにより組換え蛋白質として産生させることができる。
【0053】
融合蛋白質,抗体又はヒトリソソーム酵素をコードする遺伝子を組み込んで発現させるために用いる発現ベクターは,哺乳動物細胞内に導入させたときに,該遺伝子を発現させるものであれば特に限定なく用いることができる。発現ベクターに組み込まれた該遺伝子は,哺乳動物細胞内で遺伝子の転写の頻度を調節することができるDNA配列(遺伝子発現制御部位)の下流に配置される。本発明において用いることのできる遺伝子発現制御部位としては,例えば,サイトメガロウイルス由来のプロモーター,SV40初期プロモーター,ヒト伸長因子-1アルファ(EF-1α)プロモーター,ヒトユビキチンCプロモーター等が挙げられる。
【0054】
このような発現ベクターが導入された哺乳動物細胞は,発現ベクターに組み込まれた所望の蛋白質を発現するようになるが,その発現量は個々の細胞により異なり一様ではない。従って,組換え蛋白質を効率よく生産するためには,発現ベクターが導入された哺乳動物細胞から,所望の蛋白質の発現レベルが高い細胞を選択するステップが必要となる。この選択ステップを行うために,発現ベクターには選択マーカーとして働く遺伝子が組み込まれている。
【0055】
選択マーカーとして最も一般的なものはピューロマイシン,ネオマイシン等の薬剤を分解する酵素(薬剤耐性マーカー)である。哺乳動物細胞は一定濃度以上の上記薬剤の存在下で死滅する。しかし,発現ベクターが導入された哺乳動物細胞は,発現ベクターに組み込まれた薬剤耐性マーカーにより上記薬剤を分解し,これを無毒化又は弱毒化することができるので,上記薬剤存在下でも生存可能となる。選択マーカーとして薬剤耐性マーカーが組み込まれた発現ベクターを哺乳動物細胞に導入し,その薬剤耐性マーカーに対応する薬剤を含有する選択培地中で,その薬剤の濃度を徐々に上昇させながら培養を続けると,より高濃度の薬剤存在下でも増殖可能な細胞が得られる。このようにして選択された細胞では,薬剤耐性マーカーとともに,一般に,発現ベクターに組み込まれた所望の蛋白質をコードする遺伝子の発現量も増加するので,結果として所望の蛋白質の発現レベルの高い細胞が選択される。
【0056】
また,選択マーカーとして,グルタミン合成酵素(GS)を用いることもできる。グルタミン合成酵素は,グルタミン酸とアンモニアからグルタミンを合成する酵素である。哺乳動物細胞を,グルタミン合成酵素の阻害剤,例えばメチオニンスルホキシミン(MSX)を含有し,且つグルタミンを含有しない選択培地中で培養すると,細胞は死滅する。しかし,選択マーカーとしてグルタミン合成酵素が組み込まれた発現ベクターを哺乳動物細胞に導入すると,該細胞では,グルタミン合成酵素の発現レベルが上昇するようになるので,より高濃度のMSX存在下でも増殖可能となる。このとき,MSXの濃度を徐々に上昇させながら培養を続けると,より高濃度のMSX存在下でも増殖可能な細胞が得られる。このようにして選択された細胞では,グルタミン合成酵素とともに,一般に,発現ベクターに組み込まれた所望の蛋白質をコードする遺伝子の発現量も増加するので,結果として所望の蛋白質の発現レベルの高い細胞が選択される。
【0057】
また,選択マーカーとして,ジヒドロ葉酸レデクターゼ(DHFR)を用いることもできる。DHFRを選択マーカーとして用いる場合,発現ベクターを導入した哺乳動物細胞は,メトトレキセート,アミノプテリン等のDHFR阻害剤を含有する選択培地中で培養される。DHFR阻害剤の濃度を徐々に上昇させながら培養を続けると,より高濃度のDHFR阻害剤存在下でも増殖可能な細胞が得られる。このようにして選択された細胞では,DHFRとともに,一般に,発現ベクターに組み込まれた所望の蛋白質をコードする遺伝子の発現量も増加するので,結果として所望の蛋白質の発現レベルの高い細胞が選択される。
【0058】
所望の蛋白質をコードする遺伝子の下流側に内部リボソーム結合部位(IRES:internal ribosome entry site)を介して,選択マーカーとしてグルタミン合成酵素(GS)を配置させた発現ベクターが知られている(国際特許公報WO2012/063799,WO2013/161958)。これら文献に記載された発現ベクターは,本発明の製造方法に特に好適に使用することができる。
【0059】
例えば,蛋白質を発現させるための発現ベクターであって,遺伝子発現制御部位,並びに,その下流に該蛋白質をコードする遺伝子,更に下流に内部リボソーム結合部位,及び更に下流にグルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含み,且つ,該遺伝子発現制御部位の又は該遺伝子発現制御部位とは別の遺伝子発現制御部位の下流にジヒドロ葉酸レダクターゼ遺伝子又は薬剤耐性遺伝子を更に含んでなる,発現ベクターは,本発明の製造方法に好適に使用できる。この発現ベクターにおいて,遺伝子発現制御部位又は別の遺伝子発現制御部位としては,サイトメガロウイルス由来のプロモーター,SV40初期プロモーター,ヒト伸長因子-1アルファプロモーター(hEF-1αプロモーター),ヒトユビキチンCプロモーターが好適に用いられるが,hEF-1αプロモーターが特に好適である。
【0060】
また,内部リボソーム結合部位としては,ピコルナウイルス科のウイルス,口蹄疫ウイルス,A型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス,コロナウイルス,ウシ腸内ウイルス,サイラーのネズミ脳脊髄炎ウイルス,コクサッキーB型ウイルス,ヒト免疫グロブリン重鎖結合蛋白質遺伝子,ショウジョウバエアンテナペディア遺伝子,ショウジョウバエウルトラビトラックス遺伝子からなる群から選択されるウイルス又は遺伝子の5’非翻訳領域に由来するものが好適に用いられるが,マウス脳心筋炎ウイルスの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位が特に好適である。マウス脳心筋炎ウイルスの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位を用いる場合,野生型のもの以外に,野生型の内部リボソーム結合部位に含まれる複数の開始コドンのうちの一部が破壊されたものも好適に使用できる。また,この発現ベクターにおいて,好適に用いられる薬剤耐性遺伝子は,好ましくはピューロマイシン又はネオマイシン耐性遺伝子であり,より好ましくはピューロマイシン耐性遺伝子である。
【0061】
また,例えば,蛋白質を発現させるための発現ベクターであって,hEF-1αプロモーター,その下流に該蛋白質をコードする遺伝子,更に下流にマウス脳心筋炎ウイルスの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位,及び更に下流にグルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含み,且つ別の遺伝子発現制御部位及びその下流にジヒドロ葉酸レダクターゼ遺伝子を更に含む発現ベクターであって,該内部リボソーム結合部位が,野生型の内部リボソーム結合部位に含まれる複数の開始コドンのうちの一部が破壊されたものである発現ベクターは,本発明の製造方法に好適に使用できる。このような発現ベクターとして,WO2013/161958に記載された発現ベクターが挙げられる。
【0062】
また,例えば,蛋白質を発現させるための発現ベクターであって,hEF-1αプロモーター,その下流に該蛋白質をコードする遺伝子,更に下流にマウス脳心筋炎ウイルスの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位,及び更に下流にグルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含み,且つ別の遺伝子発現制御部位及びその下流に薬剤耐性遺伝子を更に含む発現ベクターであって,該内部リボソーム結合部位が,野生型の内部リボソーム結合部位に含まれる複数の開始コドンのうちの一部が破壊されたものである発現ベクターは,本発明の製造方法に好適に使用できる。このような発現ベクターとして,WO2012/063799に記載されたpE-mIRES-GS-puro及びWO2013/161958に記載されたpE-mIRES-GS-mNeoが挙げられる。
【0063】
本発明において,融合蛋白質,抗体又はヒトリソソーム酵素をコードする遺伝子が組み込まれた発現ベクターが導入された哺乳動物細胞は,融合蛋白質,抗体又はヒトリソソーム酵素の発現レベルの高い細胞を選択するために,選択培地中で選択培養される。
【0064】
選択培養において,DHFRを選択マーカーとして使用する場合,選択培地に含まれるDHFR阻害剤の濃度を段階的に上昇させる。その最大濃度は,DHFR阻害剤がメトトレキセートの場合,好ましくは0.25~5μMであり,より好ましくは0.5~1.5μMであり,更に好ましくは約1.0μMである。
【0065】
GSを選択マーカーとして使用する場合,選択培地に含まれるGS阻害剤の濃度を段階的に上昇させる。その最大濃度は,GS阻害剤がMSXの場合,好ましくは100~1000μMであり,より好ましくは200~500μMであり,更に好ましくは約300μMである。またこのとき,一般的にグルタミンを含有しない培地が選択培地として用いられる。
【0066】
ピューロマイシンを分解する酵素を選択マーカーとして使用する場合,選択培地に含まれるピューロマイシンの最大濃度は,好ましくは3~30μg/mLであり,より好ましくは5~20μg/mLであり,更に好ましくは約10μg/mLである。
【0067】
ネオマイシンを分解する酵素を選択マーカーとして使用する場合,選択培地に含まれるG418の最大濃度は,好ましくは0.1mg~2mg/mLであり,より好ましくは0.5~1.5mg/mLであり,更に好ましくは約1mg/mLである。
【0068】
また,哺乳動物細胞の培養のための培地としては,選択培養で用いる培地,後述する融合蛋白質,抗体又はヒトリソソーム酵素を産生させるために用いる培地(組換え蛋白質産生用培地)ともに,哺乳動物細胞を培養して増殖させることのできるものであれば,特に限定なく用いることができるが,好ましくは無血清培地が用いられる。
【0069】
選択培養により選択された融合蛋白質,抗体又はヒトリソソーム酵素の発現レベルの高い細胞は,これらの産生細胞として,これらの生産に用いられる。融合蛋白質,抗体又はヒトリソソーム酵素の生産は,これらの産生細胞を組換え蛋白質産生用培地中で培養することにより行われる。この培養を生産培養という。
【0070】
本発明において,組換え蛋白質産生用培地として用いられる無血清培地としては,例えば,アミノ酸を3~700mg/L,ビタミン類を0.001~50mg/L,単糖類を0.3~10g/L,無機塩を0.1~10000mg/L,微量元素を0.001~0.1mg/L,ヌクレオシドを0.1~50mg/L,脂肪酸を0.001~10mg/L,ビオチンを0.01~1mg/L,ヒドロコルチゾンを0.1~20μg/L,インシュリンを0.1~20mg/L,ビタミンB12を0.1~10mg/L,プトレッシンを0.01~1mg/L,ピルビン酸ナトリウムを10~500mg/L,及び水溶性鉄化合物を含有する培地が好適に用いられる。所望により,チミジン,ヒポキサンチン,慣用のpH指示薬及び抗生物質を培地に添加してもよい。
【0071】
また組換え蛋白質産生用培地として用いられる無血清培地として,DMEM/F12培地(DMEMとF12の混合培地)を基本培地として用いてもよく,これら各培地は当業者に周知である。更にまた,無血清培地として,炭酸水素ナトリウム,L-グルタミン,D-グルコース,インスリン,ナトリウムセレナイト,ジアミノブタン,ヒドロコルチゾン,硫酸鉄(II),アスパラギン,アスパラギン酸,セリン及びポリビニルアルコールを含むものである,DMEM(HG)HAM改良型(R5)培地を使用してもよい。更には市販の無血清培地,例えば,CD OptiCHOTM培地,CHO-S-SFM II培地又はCD CHO培地(Thermo Fisher Scientific社),EX-CELLTM302培地又はEX-CELLTM325-PF培地(SAFC Biosciences社)等を基本培地として使用することもできる。例えば,16μmol/L チミジン,100μmol/L ヒポキサンチン,及び4mmol/L L-アラニル-L-グルタミンを含む無血清培地であるEX-CELLTM Advanced CHO Fed-batch培地(SAFC Biosciences社)は,融合蛋白質産生細胞の培養に好適に用いることができる。
【0072】
融合蛋白質,抗体又はヒトリソソーム酵素の産生細胞の生産培養は,これら産生細胞の組換え蛋白質産生用培地中における密度を,好ましくは0.2X105~5X105個/mL,より好ましくは1X105~4X105個/mL,更に好ましくは約2X105個/mLに調整して開始される。
【0073】
生産培養は,細胞の生存率(%)を経時的に観察しながら行い,生産培養期間中の細胞の生存率が,好ましくは85%以上,より好ましくは90%以上に維持されるようにして行われる。
【0074】
また,生産培養期間中,培養温度は,好ましくは33.5~37.5oCに維持され,生産培地中の溶存酸素飽和度は,好ましくは38~42%,より好ましくは約40%に維持される。ここで,溶存酸素飽和度とは,酸素の飽和溶解量を100%としたときの,同条件下での酸素の溶解量のことをいう。
【0075】
また,生産培養期間中,生産培地はインペラ(羽根車)で撹拌される。このときのインペラの回転速度は,好ましくは50~100回転/分であり,より好ましくは60~95回転/分,例えば70回転/分,90回転/分等に調整されるが,インペラの形状等によりその回転速度は適宜変更される。
【0076】
生産培養における好適な培養条件の初期条件として,例えば,生産培養の開始時における産生細胞の組換え蛋白質産生用培地中における密度が2X105個/mLであり,生産培養期間中の培養温度が34~37oCであり,生産培地中の溶存酸素飽和度が40%であり,且つ培地が約89回転/分の速度で回転するインペラで撹拌されるものが挙げられる。
【0077】
生産培養の終了後に培地を回収し,回収した培地を遠心分離することにより又は膜ろ過することにより,細胞等を除去して培養上清を得ることができる。この培養上清中に含まれる目的の融合蛋白質は,各種クロマトグラフィーを用いた工程により精製される。精製プロセスは,室温又は低温環境で行うことができるが,好ましくは低温環境で行われ,特に1~10oCの温度で行われることが好ましい。
【0078】
以下,培養上清中に含まれる抗体とヒトリソソーム酵素との融合蛋白質の精製方法について詳述する。
【0079】
精製工程の1ステップは,融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーである。このとき用いられる融合蛋白質に親和性を有する物質に特に限定はないが,好ましくは,プロテインA,プロテインG,プロテインL,プロテインA/G,融合蛋白質を構成する抗体を抗原として認識する抗体,融合蛋白質を構成する抗体が抗原として認識する物質,又は抗ヒトリソソーム酵素抗体であり,より好ましくはプロテインAである。これらを組み合わせて用いることもできる。培養上清を負荷することにより,培養上清中に含まれる融合蛋白質をカラムに結合させ,カラムを洗浄した後に,融合蛋白質をカラムから溶出させる。こうして夾雑物の多くを除去することができる。融合蛋白質を構成する抗体がヒトIgGである場合,融合蛋白質を構成する抗体を抗原として認識する抗体は,抗ヒトIgG抗体である。
【0080】
上記の融合蛋白質に親和性を有する物質の中で,プロテインA,プロテインG,プロテインL,プロテインA/G,融合蛋白質を構成する抗体を抗原として認識する抗体は,融合蛋白質に親和性を有する物質ということもでき,又,抗体に親和性を有する物質ということもできる。
【0081】
プロテインAは,黄色ブドウ球菌の細胞壁に存在する分子量約42kDの蛋白質である。プロテインAは,IgG1,IgG2及びIgG4タイプのヒト抗体(又はヒト化抗体)のFc領域に特異的に結合することができる。また,プロテインAは,VH3サブファミリーに属するIgGのFab領域にも結合することができる。従って,精製すべき融合蛋白質の一部を構成する抗体が,Fc領域を有するものであり,且つ,IgG1,IgG2及びIgG4タイプのヒト抗体(又はヒト化抗体)である場合に,プロテインAが用いられる。又,精製すべき融合蛋白質の一部を構成する抗体が,VH3サブファミリーに属するヒト抗体(又はヒト化抗体)のFab,F(ab’),又はF(ab’)2の場合にも,プロテインAを用いることができる。
【0082】
ここで用いられるプロテインAは,抗体に対する所望の親和性を有するものである限り,野生型のプロテインAに限定されるものではなく,野生型のプロテインAのアミノ酸配列の1~10個のアミノ酸を置換,欠失,付加させた変異型プロテインAであってもよい。更には,抗体に対する所望の親和性を有するものである限り,野生型又は変異型プロテインAのアミノ酸配列の部分配列を含むペプチドであってもよい。かかる部分配列は,抗体と結合する領域を含むものである。
【0083】
プロテインGは,連鎖球菌の菌体成分の一種である蛋白質であり,分子量が約65kD(G148 プロテインG)のものと約58kD(C40 プロテインG)のものが特に知られている。プロテインGは,IgG1,IgG2,IgG3及びIgG4タイプのヒト抗体(又はヒト化抗体)に特異的に結合することができる。従って,精製すべき融合蛋白質の一部を構成する抗体が,プロテインAに結合しないIgG3タイプのものである場合には,プロテインGを用いることにより融合蛋白質を精製することができる。
【0084】
ここで用いられるプロテインGは,抗体に対する所望の親和性を有するものである限り,野生型のプロテインGに限定されるものではなく,野生型のプロテインGのアミノ酸配列の1~10個のアミノ酸を置換,欠失,付加させた変異型プロテインGであってもよい。更には,抗体に対する所望の親和性を有するものである限り,野生型又は変異型プロテインAのアミノ酸配列の部分配列を含むペプチドであってもよい。かかる部分配列は,抗体と結合する領域を含むものである。野生型のプロテインGは,アルブミン結合領域を有しているが,かかる領域を欠失させた変異型プロテインGは,本発明において特に好適に使用できる。
【0085】
プロテインLは,Peptostreptococcus magnusの菌体成分の一種である蛋白質である。プロテインLは,ヒト抗体(又はヒト化抗体)の軽鎖のκ鎖の中で,κI,κIII及びκIVサブタイプに属するものと特異的に結合することができる。従って,プロテインLは,精製すべき融合蛋白質の一部を構成する抗体が,これらのサブタイプに属する軽鎖を有するものである場合には,抗体がFab又はScFvであっても用いることができる。
【0086】
ここで用いられるプロテインLは,抗体に対する所望の親和性を有するものである限り,野生型のプロテインLに限定されるものではなく,野生型のプロテインLのアミノ酸配列の1~10個のアミノ酸を置換,欠失,付加させた変異型プロテインLであってもよい。更には,抗体に対する所望の親和性を有するものである限り,野生型又は変異型プロテインLのアミノ酸配列の部分配列を含むペプチドであってもよい。かかる部分配列は,抗体と結合する領域を含むものである。
【0087】
プロテインA/Gは,4個のプロテインAのFc結合領域と2個のプロテインGのFc結合領域とを結合させた人工的な蛋白質である。プロテインA/Gは,プロテインG及びプロテインAの両者の性質を兼ね備えたものであり,プロテインAで精製可能な抗体とプロテインGで精製可能な抗体のいずれをも精製することができる。
【0088】
融合蛋白質の一部を構成する抗体を抗原として認識する抗体は,融合蛋白質の一部を構成する抗体がヒトIgGである場合,このヒトIgGを特異的に結合する抗ヒトIgG抗体である。かかる抗ヒトIgG抗体は,融合蛋白質又はその一部を構成する抗体を抗原として用いて動物を免疫することにより,モノクローナル抗体として又はポリクロ―ナル抗体として作製することができる。
【0089】
融合蛋白質の一部を構成する抗体が抗原として認識する物質は,抗体が,抗トランスフェリン受容体(TfR)抗体,抗インスリン受容体抗体,抗レプチン受容体抗体,抗リポ蛋白質受容体抗体,抗IGF受容体抗体,抗OATP-F抗体,抗有機アニオントランスポーター抗体,抗MCT-8抗体,抗モノカルボン酸トランスポーター抗体及びFc受容体抗体である場合,それぞれTfR,インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F,有機アニオントランスポーター,MCT-8,及びFc受容体の細胞外領域である。
【0090】
精製工程の他の1ステップは,リン酸基に親和性を有する材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーである。このとき用いられるリン酸基に親和性を有する固定相に特に限定はないが,ハイドロキシアパタイト及びフルオロアパタイトが好ましく,特にハイドロキシアパタイトが好ましい。当該カラムクロマトグラフィーに負荷される融合蛋白質を含む溶液は,負荷される前に,そのpHが6.8~7.8に調整されることが好ましい。
【0091】
上記の精製工程の他の1ステップにおいて,融合蛋白質は,塩及びリン酸を含む中性付近のpHの緩衝液で平衡化させておいた固定相に結合させられる。このときに用いられる緩衝液は,好ましくはMES緩衝液であり,そのpHは6.8~7.8であることが好ましい。また,緩衝液に含まれる塩に特段の限定はないが,塩化ナトリウムが好ましく,その濃度は好ましくは70~230mMであり,より好ましくは160~220mMである。また,緩衝液に含まれるリン酸の濃度は,好ましくは0.2~4.0mMであり,より好ましくは1~2.5mMである。
【0092】
融合蛋白質を結合させたカラムを洗浄した後,融合蛋白質を,塩を含む中性付近のpHの緩衝液でカラムから溶出させて,融合蛋白質を含有する画分を回収する。このときに用いられる緩衝液は,好ましくはリン酸緩衝液であり,そのpHは6.8~7.8であることが好ましい。また,緩衝液に含まれるリン酸の濃度は,好ましくは10~50mMであり,より好ましくは20~40mMである。また,緩衝液に含まれる塩に特段の限定はないが,塩化ナトリウムが好ましく,その濃度は好ましくは70~230mMであり,より好ましくは160~220mMである。また,緩衝液に含まれるリン酸の濃度は,好ましくは0.2~4.0mMである。
【0093】
精製工程の更なる他の1ステップである,サイズ排除カラムクロマトグラフィーによる精製工程は,エンドトトキシン等の低分子の不純物,融合蛋白質の多量体,分解物等を除去するためのものであり,これにより,実質的に純粋な融合蛋白質が得られる。
【0094】
融合蛋白質の精製工程において,培養上清から持ち込まれるおそれのあるウイルスを不活化する工程を追加させることもできる。このウイルス不活化工程は,精製工程の第一ステップの前に実施してもよく,精製工程の各ステップの間に実施してもよく,精製工程の終了後に実施してもよい。例えば,精製工程が,融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィー(精製工程の第一ステップ)と,リン酸基に親和性をもつ材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィー(精製工程の第ニステップ)と,及びサイズ排除カラムクロマトグラフィー(精製工程の第三ステップ)とを,この順で行うものである場合,ウイルス不活化工程は,精製工程の第一ステップの前に,又は精製工程の第一ステップと第ニステップの間に実施されることが好ましい。
【0095】
ウイルス不活化工程は,融合蛋白質を含む溶液に非イオン性界面活性剤を添加し,20~60oCで2~6時間,撹拌することにより行われる。このとき用いられる非イオン性界面活性剤の好適なものとして,ポリソルベート20,80,及びトリ-n-ブチルリン酸,又はこれらの混合物を挙げることができる。
【0096】
ウイルス不活化工程は,ウイルス除去膜を用いて行うこともできる。孔径が35 nm,20 nmのウイルス除去膜に,融合蛋白質を含む溶液を通過させることにより,溶液中に含まれるウイルスを除くことができる。
【0097】
本発明の製造方法を用いて得られる融合蛋白質の精製品は,そのまま医薬として用いることのできる純度のものである。融合蛋白質の精製品に含まれる宿主細胞由来蛋白質(HCP)の濃度は,好ましくは300 ppm未満であり,より好ましくは100 ppm未満であり,例えば,60 ppm未満である。また,融合蛋白質の精製品に含まれる,融合蛋白質全体に占める重合体の比率は,好ましくは1%未満である。
【0098】
本発明の製造方法を用いて得られる融合蛋白質の精製品は,医薬として供給する場合,適当な賦形剤を含む水性液剤又は凍結乾燥製剤として供給することができる。水性液剤とする場合,バイアルに充填した形態としてもよく,注射器に予め充填したものであるプレフィルド型の製剤として供給することもできる。凍結乾燥製剤の場合,使用前に水性媒質に溶解して使用する。
【0099】
融合蛋白質の精製品は,医薬としてヒトに投与するときは,注射剤として,例えば,静脈内,筋肉内,皮下,腹腔内,動脈内,又は病巣内に投与することができるが,静脈内投与が好ましい。
【0100】
また,融合蛋白質の精製品は,ヒトに投与したときにBBBを通過できるので,中枢神経障害を伴う各種疾患の治療剤として用いることができる。融合蛋白質を投与することにより,中枢神経障害を予防し,寛解し,又はその進行を遅延させることができる。
【0101】
以下,該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するものであり,該ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼと結合しており,全体として配列番号14で示されるアミノ酸配列を有するものである,融合蛋白質(ヒト化抗hTfR抗体-I2S)についての精製方法を詳述する。なお,この融合蛋白質の一部を構成する抗体は,IgG1タイプのものである。
【0102】
精製工程の第一ステップは融合蛋白質に親和性を有する物質を結合させた材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーである。このとき用いられる抗体に親和性を有する物質に特に限定はないが,好ましくは,プロテインA,プロテインG,プロテインL,プロテインA/G,抗ヒトIgG1抗体,抗体の抗原であるhTfR,又は抗ヒトI2S抗体であり,より好ましくはプロテインAである。該物質がhTfRである場合にあっては,その細胞外領域である。
【0103】
第一ステップにおいて,融合蛋白質に親和性を有する物質としてプロテインAを用いる場合,融合蛋白質を含む培養上清は,予め塩を含む中性付近の緩衝液で平衡化させておいたカラムに結合させる。このときに用いられる緩衝液は,好ましくはトロメタモール緩衝液であり,そのpHは好ましくは6.5~7.5であり,より好ましくは約7.0である。また,緩衝液に含まれる塩に特段の限定はないが,塩化ナトリウムが好ましく,その濃度は好ましくは60~180mMであり,より好ましくは100~150mMであり,更に好ましくは約140mMである。
【0104】
融合蛋白質を結合させたカラムを洗浄した後,融合蛋白質を,塩を含む酸性の緩衝液で溶出させて,融合蛋白質を含有する画分を回収する。このときに用いられる緩衝液は,好ましくはグリシン緩衝液であり,そのpHは好ましくは3.2~3.8であり,より好ましくは3.5である。また,緩衝液に含まれる塩に特段の限定はないが,塩化ナトリウムが好ましく,その濃度は好ましくは60~180mMであり,より好ましくは100~150mMであり,更に好ましくは約140mMである。回収した融合蛋白質を含有する溶液のpHは,速やかに中性付近となるように調整される。
【0105】
精製工程の第二ステップはリン酸基に親和性を有する材料を固定相として用いたカラムクロマトグラフィーである。このとき用いられるリン酸基に親和性を有する固定相に特に限定はないが,ハイドロキシアパタイト及びフルオロアパタイトが好ましく,特にハイドロキシアパタイトが好ましい。
【0106】
精製工程の第二ステップにおいて,リン酸基に親和性を有する材料を固定相としてハイドロキシアパタイトを用いる場合,融合蛋白質は,塩及びリン酸を含む中性付近のpHの緩衝液で平衡化させておいた固定相に結合させられる。このときに用いられる緩衝液は,好ましくはMES緩衝液であり,そのpHは好ましくは6.8~7.8であり,より好ましくはpH7.3である。また,緩衝液に含まれる塩に特段の限定はないが,塩化ナトリウムが好ましく,その濃度は好ましくは150~230mMであり,より好ましくは215mMである。また,緩衝液に含まれるリン酸の濃度は,好ましくは1.0~4.0mMであり,より好ましくは2.0mMである。
【0107】
融合蛋白質を結合させたカラムを洗浄した後,融合蛋白質を,塩を含む中性付近のpHの緩衝液でカラムから溶出させて,融合蛋白質を含有する画分を回収する。このときに用いられる緩衝液は,好ましくはリン酸緩衝液であり,そのpHは好ましくは6.8~7.8であり,より好ましくはpH7.3である。また,緩衝液に含まれるリン酸の濃度は,好ましくは30~50mMであり,より好ましくは約35mMである。また,緩衝液に含まれる塩に特段の限定はないが,塩化ナトリウムが好ましく,その濃度は好ましくは150~230mMであり,より好ましくは215mMである。
【0108】
精製工程の第三ステップは,サイズ排除カラムクロマトグラフィーである。このステップは,エンドトキシン等の低分子の不純物,融合蛋白質の多量体,分解物等を除去するためのものであり,これにより,実質的に純粋な融合蛋白質が得られる。
【0109】
ヒト化抗hTfR抗体-I2Sの精製工程において,培養上清から持ち込まれるおそれのあるウイルスを不活化する工程を追加させることもできる。このウイルス不活化工程は,精製工程の第一ステップの前に実施してもよく,精製工程の各ステップの間に実施してもよく,精製工程の終了後に実施してもよいが,例えば,精製工程の第一ステップの前に,又は精製工程の第一ステップと第ニステップの間に実施される。
【0110】
ウイルス不活化工程は,ヒト化抗hTfR抗体-I2Sを含む溶液に非イオン性界面活性剤を添加し,20~60oCで2~6時間,撹拌することにより行われる。このとき用いられる非イオン性界面活性剤の好適なものとして,ポリソルベート20,80,及びトリ-n-ブチルリン酸,又はこれらの混合物を挙げることができる。
【0111】
ウイルス不活化工程は,ウイルス除去膜を用いて行うこともできる。孔径が35 nm,20 nmのウイルス除去膜に,ヒト化抗hTfR抗体-I2Sを含む溶液を通過させることにより,溶液中に含まれるウイルスを除くことができる。
【0112】
本発明の製造方法を用いて得られるヒト化抗hTfR抗体-I2Sの精製品は,そのまま医薬として用いることのできる純度のものである。ヒト化抗hTfR抗体-I2Sの精製品に含まれる宿主細胞由来蛋白質(HCP)の濃度は,100 ppm未満であり,例えば,60 ppm未満,40 ppm未満等である。また,ヒト化抗hTfR抗体-I2Sの精製品に含まれる,ヒト化抗hTfR抗体-I2S全体に占める重合体の比率は,1%未満であり,例えば,0.8%未満,0.6%未満,0.5%未満等である。
【0113】
本発明の製造方法を用いて得られるヒト化抗hTfR抗体-I2Sの精製品は,医薬として供給する場合,適当な賦形剤を含む水性液剤又は凍結乾燥製剤として供給することができる。水性液剤とする場合,バイアルに充填した形態としてもよく,注射器に予め充填したものであるプレフィルド型の製剤として供給することもできる。凍結乾燥製剤の場合,使用前に水性媒質に溶解して使用する。
【0114】
ヒト化抗hTfR抗体-I2Sの精製品は,医薬としてヒトに投与するときは,注射剤として,例えば,静脈内,筋肉内,皮下,腹腔内,動脈内,又は病巣内に投与することができる。例えば,当該精製品は,点滴により静脈内投与することができる。
【0115】
また,ヒト化抗hTfR抗体-I2Sの精製品は,ハンター症候群,特に中枢神経障害を伴うハンター症候群の治療剤として用いることができる。ハンター症候群の患者に投与されたヒト化抗hTfR抗体-I2Sは,患者の臓器に蓄積したグリコサミノグリカン(GAG)を分解し,更には,BBBを通過して脳組織内に蓄積したGAGをも分解することができるので,ハンター症候群の中枢神経障害を予防し,寛解し,又はその進行を遅延させることができる。
【実施例0116】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0117】
〔実施例1〕hI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質発現用ベクターの構築
ヒト化抗hTfR抗体-hI2S融合蛋白質発現用ベクターは,配列番号6で示されるアミノ酸配列を有する軽鎖と配列番号7で示されるアミノ酸配列を有する重鎖からなるヒト化抗hTfR抗体番号1,配列番号8で示されるアミノ酸配列を有する軽鎖と配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する重鎖からなるヒト化抗hTfR抗体番号2,配列番号10で示されるアミノ酸配列を有する軽鎖と配列番号11で示されるアミノ酸配列を有する重鎖からなるヒト化抗hTfR抗体番号3の,3種類のヒト化抗hTfR抗体(番号1~3)をコードする遺伝子を用いて構築した。
【0118】
pEF/myc/nucベクター(Invitrogen社)を,KpnIとNcoIで消化し,EF-1αプロモーター及びその第一イントロンを含む領域を切り出し,これをT4 DNAポリメラーゼで平滑末端化処理した。pCI-neoベクター(Invitrogen社)を,BglII及びEcoRIで消化して,CMVのエンハンサー/プロモーター及びイントロンを含む領域を切除した後に,T4 DNAポリメラーゼで平滑末端化処理した。これに,上記のEF-1αプロモーター及びその第一イントロンを含む領域を挿入して,pE-neoベクターを構築した。pE-neoベクターを,SfiI及びBstXIで消化し,ネオマイシン耐性遺伝子を含む約1 kbpの領域を切除した。pcDNA3.1/Hygro(+)ベクター(Invitrogen社)を鋳型にしてプライマーHyg-Sfi5’(配列番号27)及びプライマーHyg-BstX3’(配列番号28)を用いて,PCR反応によりハイグロマイシン遺伝子を増幅した。増幅したハイグロマイシン遺伝子を,SfiI及びBstXIで消化し,上記のネオマイシン耐性遺伝子を切除したpE-neoベクターに挿入して,pE-hygrベクターを構築した。pE-hygrベクターの構築法は,特許文献(特開2009-273427)にも開示されている。
【0119】
配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号1の軽鎖の全長をコードする遺伝子を含むDNA断片(配列番号21)を人工的に合成した。このDNA断片の5’側にはMluI配列を,3’側にはNotI配列を導入した。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluI-NotI間に組み込んだ。得られたベクターをヒト化抗hTfR抗体番号1の軽鎖発現用ベクターであるpE-hygr(LC1)とした。
【0120】
配列番号8で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号2の軽鎖の全長をコードする遺伝子を含むDNA断片(配列番号22)を人工的に合成した。このDNA断片の5’側にはMluI配列を,3’側にはNotI配列を導入した。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluI-NotI間に組み込んだ。得られたベクターを,ヒト化抗hTfR抗体番号2の軽鎖発現用ベクターであるpE-hygr(LC2)とした。
【0121】
配列番号10で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号3の軽鎖の全長をコードする遺伝子を含むDNA断片(配列番号23)を人工的に合成した。このDNA断片の5’側にはMluI配列を,3’側にはNotI配列を導入した。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluI-NotI間に組み込んだ。得られたベクターを,ヒト化抗hTfR抗体番号3の軽鎖発現用ベクターであるpE-hygr(LC3)とした。
【0122】
配列番号7で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号1の重鎖のC末端側に,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するhI2Sを結合させた蛋白質をコードする遺伝子を含む,配列番号24で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。このDNA断片は,配列番号12で示されるアミノ酸配列を有する,ヒト化抗hTfR抗体番号1の重鎖とhI2Sを結合させた蛋白質をコードする。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluIとNotIの間に組み込み,pE-neo(HC-I2S-1)を構築した。
【0123】
配列番号9で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号2の重鎖のC末端側に,(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するhI2Sを結合させた蛋白質をコードする遺伝子を含む,配列番号25で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。このDNA断片は,配列番号13で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号2の重鎖とhI2Sを結合させた蛋白質をコードする。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluIとNotIの間に組み込み,pE-neo(HC-I2S-2)を構築した。
【0124】
配列番号11で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖のC末端側に(Gly-Ser)で示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するhI2Sを結合させた蛋白質をコードする遺伝子を含む,配列番号26で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。このDNA断片は,配列番号14で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖とhI2Sを結合させた蛋白質をコードする。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluIとNotIの間に組み込み,pE-neo(HC-I2S-3)を構築した。
【0125】
〔実施例2〕hI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の高発現細胞株の作製
CHO細胞(CHO-K1:American Type Culture Collectionから入手)を,下記の方法により,GenePulser(Bio-Rad社)を用いて,実施例1で構築したpE-hygr(LC1)とpE-neo(HC-I2S-1)との組み合わせ,実施例1で構築したpE-hygr(LC2)とpE-neo(HC-I2S-2)との組み合わせ,及び実施例1で構築したpE-hygr(LC3)とpE-neo(HC-I2S-3)との組み合わせで,それぞれ形質転換した。
【0126】
細胞の形質転換は概ね以下の方法で行った。5 X 105個のCHO-K1細胞をCD OptiCHOTM培地(Thermo Fisher Scientific社)を添加した3.5 cm培養ディッシュに播種し,37oC,5% CO2の条件下で一晩培養した。培養後,細胞を5 X 106細胞/mLの密度となるようにOpti-MEMTMI培地(Thermo Fisher Scientific社)で懸濁した。100 μLの細胞懸濁液を採取し,これにCD OptiCHOTM培地で100 μg/mLに希釈したpE-hygr(LC1)及びpE-neo(HC-I2S-1)プラスミドDNA溶液を5 μLずつ添加した。GenePulser(Bio-Rad社)を用いて,エレクトロポレーションを実施し,細胞にプラスミドを導入した。37oC,5% CO2の条件下で一晩培養した後,細胞を,0.5 mg/mLのハイグロマイシン及び0.8 mg/mLのG418を添加したCD OptiCHOTM培地で選択培養した。pE-hygr(LC2)とpE-neo(HC-I2S-2)との組み合わせ,及びpE-hygr(LC3)とpE-neo(HC-I2S-3)との組み合わせについても,同様の方法により細胞を形質転換した。
【0127】
次いで,限界希釈法により,1ウェルあたり1個以下の細胞が播種されるように,96ウェルプレート上に選択培養で選択された細胞を播種し,各細胞が単クローンコロニーを形成するように約10日間培養した。単クローンコロニーが形成されたウェルの培養上清を採取し,ヒト化抗体含量をELISA法にて調べ,hI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の高発現細胞株を選択した。
【0128】
このときのELISA法は概ね以下の方法で実施した。96ウェルマイクロタイタープレート(Nunc社)の各ウェルに,ヤギ抗ヒトIgGポリクローナル抗体溶液を0.05 M 炭酸水素塩緩衝液(pH 9.6)で4 μg/mLに希釈したものを100 μLずつ加え,室温で少なくとも1時間静置して抗体をプレートに吸着させた。次いで,リン酸緩衝生理食塩水(pH 7.4)に0.05% Tween20を添加したもの(PBS-T)で各ウェルを3回洗浄後,Starting Block(PBS)Blocking Buffer(Thermo Fisher Scientific社)を各ウェルに200 μLずつ加えてプレートを室温で30分静置した。次いで,各ウェルをPBS-Tで3回洗浄した後,リン酸緩衝生理食塩水(pH 7.4)に0.5% BSA及び0.05% Tween20を添加したもの(PBS-BT)で適当な濃度に希釈した培養上清又はヒトIgG標準品を,各ウェルに100 μLずつ加え,プレートを室温で少なくとも1時間静置した。次いで,プレートをPBS-Tで3回洗浄した後,PBS-BTで希釈したHRP標識抗ヒトIgGポリクロ-ナル抗体溶液を,各ウェルに100 μLずつ加え,プレートを室温で少なくとも1時間静置した。PBS-Tで各ウェルを3回洗浄後,0.4 mg/mL o-フェニレンジアミンを含むリン酸-クエン酸緩衝液(pH 5.0)を100 μLずつ各ウェルに加え,室温で8~20分間静置した。次いで,1 mol/L 硫酸を100 μLずつ各ウェルに加えて反応を停止させ,96ウェルプレートリーダーを用いて,各ウェルにつき490 nmでの吸光度を測定した。高い測定値を示したウェルに対応する細胞を,hI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の高発現細胞株として選択した。
【0129】
pE-hygr(LC1)とpE-neo(HC-I2S-1)の組み合わせで形質転換させて得られたhI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の高発現細胞株を,hI2S-抗hTfR抗体発現株1とした。この細胞株が発現するhI2Sとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質をI2S-抗hTfR抗体1とした。
【0130】
pE-hygr(LC2)とpE-neo(HC-I2S-2)の組み合わせで形質転換させて得られたhI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の高発現細胞株を,hI2S-抗hTfR抗体発現株2とした。この細胞株が発現するhI2Sとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質をI2S-抗hTfR抗体2とした。
【0131】
pE-hygr(LC3)とpE-neo(HC-I2S-3)の組み合わせで形質転換させて得られたhI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の高発現細胞株を,hI2S-抗hTfR抗体発現株3とした。この細胞株が発現するhI2Sとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質をI2S-抗hTfR抗体3とした。
【0132】
〔実施例3〕hI2S-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の高発現細胞株の作製
実施例2で得たhI2S-抗hTfR抗体発現株1~3を,10 mg/L インスリン,40 mg/mL チミジン,及び10% (v/v) DMSOを含有するCD OptiCHOTM培地に懸濁させてからクライオチューブに分注し,種細胞として液体窒素中で保存した。
【0133】
〔実施例4〕hI2S-抗hTfR抗体発現株の培養
I2S-抗hTfR抗体を,以下の方法で製造した。実施例2で得たhI2S-抗hTfR抗体発現株3を,細胞密度が約2 X 105個/mLとなるように,4 mM L-アラニル-L-グルタミン,100 μmol/L ヒポキサンチン及び16 μmol/L チミジンを含有する,約200 Lの無血清培地(EX-CELL Advanced CHO Fed-batch Medium,Sigma Aldrich社)に懸濁させた。この細胞懸濁液の140 Lを培養槽に移した。培地をインペラ―で89 rpmの速度で撹拌し,培地の溶存酸素飽和度を約40%に保持し,34~37oCの温度範囲で,約11日間細胞を培養した。培養期間中,細胞数,細胞の生存率,培地のグルコース濃度及び乳酸濃度を監視した。培地のグルコース濃度が15 mmol/L未満となった場合には,直ちにグルコース濃度が37.89 mmol/Lとなるように,グルコース溶液を培地に添加した。培養終了後に培地を回収した。回収した培地を,Millistak+HC Pod Filter grade D0HC(Merck社)でろ過し,更にMillistak+ HCgrade X0HC (Merck社)でろ過して,I2S-抗hTfR抗体3を含む培養上清を得た。この培養上清を,PelliconTM 3 Cassette w/Ultracel PLCTK Membrane(孔径:30 kDa, 膜面積:1.14m2,Merck社)を用いて限外ろ過し,液量が約17分の1となるまで濃縮した。次いで,この濃縮液をOpticap XL600(0.22 μm, Merck社)を用いてろ過した。得られた液を濃縮培養上清とした。
【0134】
〔実施例5〕ウイルスの不活化
実施例4で得た濃縮培養上清に,トリ-n-ブチルリン酸(TNBP)及びポリソルベート80を,終濃度がそれぞれ0.3% (v/v)及び1% (w/v)となるように添加し,室温で4時間穏やかに撹拌した。この操作は培養上清中に混入するウイルスを不活化させるためのものである。但し,生物由来の成分を含まない無血清培地を用いて細胞を培養する限り,培養上清中に人体に有害なウイルスが混入する可能性はほとんどない。
【0135】
〔実施例6〕hI2S-抗hTfR抗体の精製
ウイルス不活化後の濃縮培養上清を,0.5倍容の140 mM NaClを含有する20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.0)を添加した後に,Millipak-200 Filter Unit(孔径:0.22 μm, Merck社)でろ過した。このろ過後の溶液を,カラム体積の4倍容の140 mM NaClを含有する20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.0)で平衡化した,プロテインAアフィニティーカラムであるMabSelect SuRe LXカラム (カラム体積:約3.2 L, ベッド高:約20 cm, GE Healthcare社)に,200 cm/hrの一定流速で負荷し,I2S-抗hTfR抗体3をプロテインAに吸着させた。
【0136】
次いで,カラム体積の5倍容の500 mM NaCl及び450 mM アルギニンを含有する10 mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.0)を同流速で供給してカラムを洗浄した。次いでカラム体積の2.5倍容の140 mM NaClを含有する20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.0)を同流速で供給してカラムを更に洗浄した。次いで,カラム体積の5倍容の140 mM NaClを含有する100 mM グリシン緩衝液(pH 3.5)で,プロテインAに吸着したI2S-抗hTfR抗体3を溶出させた。溶出液は,予め1 M Tris-HCl緩衝液(pH 7.5)を入れておいた容器に受けて,直ちに中和した。
【0137】
上記のプロテインAアフィニティーカラムからの溶出液に,200 mM リン酸緩衝液(pH 7.0)と,4 M NaCl及び2 mM リン酸緩衝液を含有する10 mM MES緩衝液(pH 7.3)と,1 M Tris-HCl緩衝液(pH 8.0)とを順次添加し,溶出液に含まれるリン酸ナトリウム及びNaClの濃度を,それぞれ2 mM及び215 mMに調整するとともに,溶出液のpHを7.3に調整した。次いで,この溶出液を,Opticap XL600(孔径:0.22 μm, Merck社)でろ過した。このろ過後の溶液を,カラム体積の4倍容の215 mM NaCl及び2 mM リン酸ナトリウムを含有する10 mM MES緩衝液(pH 7.3)で平衡化した,ハイドロキシアパタイトカラムであるCHT TypeII 40 μmカラム(カラム体積:約3.2 L,ベッド高:約20 cm,Bio-Rad社)に,200 cm/hrの一定流速で負荷し,I2S-抗hTfR抗体3をハイドロキシアパタイトに吸着させた。
【0138】
次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液を同流速で供給してカラムを洗浄した。次いで,カラム体積の5倍容の215 mM NaClを含有する35 mM リン酸緩衝液(pH 7.3)で,ハイドロキシアパタイトに吸着したI2S-抗hTfR抗体3を溶出させた。なお,ハイドロキシアパタイトカラムでの精製は,プロテインAアフィニティーカラムからの溶出液を半量ずつ用いて,2回に分けて実施した。
【0139】
上記のハイドロキシアパタイトカラムからの溶出液に,希塩酸を加えてpHを6.5に調整した。次いで,PelliconTM 3 Cassette w/Ultracel PLCTK Membrane(孔径:30 kDa, 膜面積:1.14 m2,Merck社)を用いて限外ろ過し,溶液中のI2S-抗hTfR抗体3の濃度が約2 mg/mLとなるまで濃縮した。次いで,この濃縮液をOpticap XL600 (0.22 μm, Merck社)を用いてろ過した。
【0140】
上記の濃縮液を,カラム体積の5倍容の0.8 mg/mL NaCl及び75 mg/mL スクロースを含有する20 mM リン酸緩衝液(pH 6.5)で平衡化した,サイズ排除カラムであるSuperdex 200カラム(カラム体積:約12.6 L, ベッド高:40 cm, GE Healthcare社)に,19 cm/hrの一定流速で負荷し,更に,同緩衝液を同じ流速で供給した。このとき,サイズ排除カラムからの溶出液の流路に,溶出液の吸光度を連続的に測定するための吸光光度計を配置して,280 nmの吸光度をモニターし,280 nmで吸収ピークを示した画分を,I2S-抗hTfR抗体3を含む画分として回収し,これをI2S-抗hTfR抗体精製品とした。なお,サイズ排除カラムでの精製は,ハイドロキシアパタイトカラムからの溶出液を半量ずつ用いて,2回に分けて実施した。
【0141】
〔実施例7〕精製各ステップにおけるI2S-抗hTfR抗体の回収率の測定
精製各ステップにおけるI2S-抗hTfR抗体3の負荷量及び溶出液中に回収された量を実施例2に記載のELISA法を用いて測定した。その結果を表1に示す。当初,培養上清中に含まれた36.7 gのI2S-抗hTfR抗体3の約76.5%に相当する,30.6 gのI2S-抗hTfR抗体3が,精製品として回収された。これらの結果は,上記実施例6に記載の精製法が,I2S-抗hTfR抗体の精製方法として非常に効率の高いものであることを示すものである。なお,表1において,工程回収率(%)は,各精製ステップにおける負荷したrhI2S量に対する回収されたrhI2S量の比率を意味し,総回収率(%)は,精製工程に供したrhI2S量の初期量に対する各精製ステップで回収されたrhI2S量の比率を意味する。
【0142】
【0143】
〔実施例8〕I2S-抗hTfR抗体精製品の分析(HCPの定量)
I2S-抗hTfR抗体精製品に含まれる宿主細胞由来蛋白質(HCP)の量をELISA法により定量した。まず,96ウェルプレート(Nunc社)の各ウェルに抗CHO細胞由来蛋白質抗体を100 μL添加し,1晩静置して抗体を吸着させた。各ウェルを3回洗浄した後,各ウェルにカゼインを含むブロッキング溶液を200 μL添加し,25oCで60分間振とうした。各ウェルを3回洗浄した後,各ウェルにI2S-抗hTfR抗体精製品を含む溶液(サンプル溶液)又はHCP標準溶液をそれぞれ100 μL添加して,25oCで2時間振とうした。各ウェルを3回洗浄した後,各ウェルにビオチン化抗CHO細胞由来蛋白質抗体を100 μL添加し,25oCで60分間振とうした。各ウェルを3回洗浄した後,HRP-conjugated streptavidin (Jackson Immuno Research Laboratories社)を100 μL添加し,25oCで60分間振とうした。各ウェルを3回洗浄した後,各ウェルにTMB基質溶液を100 μL添加し,25oCで振とうして発色させた。TMB基質溶液には,TMB microwell peroxidase substrate system (KPL社)のTMB peroxidase substrateとPeroxidase substrate solution Bを等量混合したものを用いた。発色後,各ウェルに1 mol/L 硫酸を100 μL添加して酵素反応を停止させ,各ウェルの450 nmにおける吸光度を96ウェル用プレートリーダーで測定した。HCP標準溶液の測定値から検量線を作成し,これにサンプル溶液の値を内挿してI2S-抗hTfR抗体精製品に含まれるHCPを定量した。こうして求めたHCPの定量値と,実施例2に記載のELISA法を用いて測定したI2S-抗hTfR抗体精製品の定量値とから,I2S-抗hTfR抗体精製品に含まれるHCPを定量した。その結果,I2S-抗hTfR抗体精製品に含まれるHCPの量は,約35 ppm(即ち,1 mgのI2S-抗hTfR抗体精製品中に約35 ngのHCP)であることがわかった。
【0144】
〔実施例9〕I2S-抗hTfR抗体精製品の分析(SE-HPLC分析)
TSKgel UltraSW Aggregateカラム(内径7.8 mm X 高さ30 cm,東ソー社)をLC-20Aシステム,SPD-20AVのUV/VIS検出器(島津製作所社)にセットした。カラムを5% プロパノールと2 0mM NaClとを含む200 mM リン酸緩衝液(pH 6.5)で平衡化した。このカラムに,実施例6で得たI2S-抗hTfR抗体精製品を1 mg/mLの濃度で含有する10 μLの溶液を,0.5 mL/分の一定流速で負荷し,更に同緩衝液を同じ流速で供給した。215 nmにおける吸光度を測定して作成した溶出プロファイルを
図1に示す。得られたプロファイルは,ほぼI2S-抗hTfR抗体3に由来する単一のピークのみを示した。但し,主ピーク(図中ピークA)よりも前に検出されるI2S-抗hTfR抗体3の重合体に由来するピーク(図中ピークB)が認められた。ピーク全体の面積とピークBの面積の比率から,I2S-抗hTfR抗体3全体に占める重合体の比率は,約0.49%と計算された。
【0145】
〔実施例10〕I2S-抗hTfR抗体精製品の分析(まとめ)
以上のI2S-抗hTfR抗体精製品の分析結果は,実施例6で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品が,HCPを含む夾雑物をほとんど含まないものであること,及び,重合体の存在比率が極めて低いことを示すものである。すなわち,I2S-抗hTfR抗体精製品は,医薬,例えば,静脈内,筋肉内,皮下,腹腔内,動脈内,又は病巣内投与剤として,そのまま使用できる品質のものであるといえる。
【0146】
〔実施例11〕hI2S-抗hTfR抗体発現株の培養(別法)
実施例3で得たhI2S-抗hTfR抗体発現株3の種細胞を,37oC水浴中で融解した。細胞を, 4 mM L-アラニル-L-グルタミン,100 μmol/L ヒポキサンチン,16 μmol/L チミジン,500 μg/mL ハイグロマイシンB,及び10 μg/mL ピューロマイシンを含有する,無血清培地(EX-CELL Advanced CHO Fed-batch Medium,Sigma Aldrich社)に,4 X 105個/mLの密度で懸濁させ,37oC,5% CO2の条件下で3日間,振とう培養した。細胞数が少なくとも5 X 1011個に増殖するまで,この培養を繰り返した。
【0147】
次いで,細胞を,細胞密度が約2 X 105個/mLとなるように,4 mM L-アラニル-L-グルタミン,100 μmol/L ヒポキサンチン,及び16 μmol/L チミジンを含有する無血清培地(EX-CELL Advanced CHO Fed-batch Medium,Sigma Aldrich社)に懸濁した。この細胞懸濁液の約1400 Lを培養槽に移し,インペラ―で80 rpmの速度で撹拌し,培地のpHを6.9に,及び溶存酸素飽和度を約40%に保持し,培養温度を34~37oCの範囲に調節しつつ,約11日間細胞を培養した。また,35 g/L グルコースを含むEX-CELL Advanced CHO Feed1を,3日目から10日目まで毎日70Lずつ加えた。サンプリングは,培養中に毎日実施され,細胞数,生存率,グルコース濃度,乳酸濃度が測定された。anti-hTfRAb-I2S発現量は5日目から11日目まで測定された。グルコース濃度が15 mmol/L未満になった場合には,直ちに37.89 mmol/Lの濃度になるようにグルコースを添加した。
【0148】
培養終了後に培地を回収した。回収した培地を,Millistak+HC Pod Filter grade D0HC(Merck社)でろ過し,更にMillistak+ HCgrade X0HC (Merck社)でろ過して,I2S-抗hTfR抗体3を含む培養上清を得た。この培養上清を,PelliconTM 3 Cassette w/Ultracel PLCTK Membrane(孔径:30 kDa, 膜面積:9.12 m2,Merck社)を用いて限外ろ過し,液量が約13分の1となるまで濃縮した。次いで,この濃縮液をOpticap XL600(0.22 μm, Merck社)を用いてろ過した。得られた液を濃縮培養上清とした。
【0149】
〔実施例12〕hI2S-抗hTfR抗体の精製(別法)
実施例11で得た濃縮培養上清の1/3液量を,カラム体積の4倍容の140 mM NaClを含有する20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.0)で平衡化した,プロテインAアフィニティーカラムであるMabSelect SuRe LXカラム (カラム体積:約9.8 L, ベッド高:約20 cm, GE Healthcare社)に,200 cm/hrの一定流速で負荷し,I2S-抗hTfR抗体3をプロテインAに吸着させた。
【0150】
次いで,カラム体積の5倍容の500 mM NaCl及び450 mM アルギニンを含有する10 mM Tris-HCl緩衝液 (pH 7.0) を同流速で供給してカラムを洗浄した。次いで,カラム体積の2.5倍容の140 mM NaClを含有する20 mM Tris-HCl緩衝液 (pH 7.0) を同流速で供給してカラムを洗浄した。次いで,カラム体積の5倍容の140 mM NaClを含む100 mM グリシン緩衝液 (pH 3.5) で,プロテインAに吸着したI2S-抗hTfR抗体3を溶出させた。溶出液は100 mM MES緩衝液(pH 7.0) の入った容器で受け,直ちに中和した。
【0151】
上記のプロテインAアフィニティーカラムからの溶出液に,終濃度が 1% (w/v) になるようポリソルベート80を加え,室温で3時間以上穏やかに撹拌した。この工程は,溶出液に混入しているおそれのあるウイルスを不活化するためのものである。
【0152】
上記のウイルス不活化後の溶液に,200 mM リン酸緩衝液(pH 7.0)と,4 M NaCl及び2 mM リン酸緩衝液を含有する10 mM MES緩衝液(pH 7.3)と,1 M Tris-HCl緩衝液(pH 8.8)とを順次添加し,溶出液に含まれるリン酸ナトリウム及びNaClの濃度を,それぞれ2 mM及び215 mMに調整するとともに,溶出液のpHを7.3に調整した。次いで,この溶出液を,OPTICAP SHC XL3(0.22 μm, Merck社)でろ過した。このろ過後の溶液を,カラム体積の4倍容の215 mM NaCl及び2 mM リン酸緩衝液を含有する10 mM MES緩衝液(pH 7.3)で平衡化した,ハイドロキシアパタイトカラムであるCHT TypeII 40 μmカラム(カラム体積:約19.2 L,ベッド高:約20 cm,Bio-Rad社)に,200 cm/hrの一定流速で負荷し,I2S-抗hTfR抗体3をハイドロキシアパタイトに吸着させた。
【0153】
次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液を同流速で供給してカラムを洗浄した。次いで,カラム体積の5倍容の215 mM NaClを含有する35 mM リン酸緩衝液(pH 7.3)で,ハイドロキシアパタイトに吸着したI2S-抗hTfR抗体3を溶出させた。
【0154】
上記のハイドロキシアパタイトカラムからの溶出液に,希塩酸を加えてpHを6.5に調整した。次いで,PelliconTM 3 Cassette w/Ultracel PLCTK Membrane(孔径:30 kDa, 膜面積:2.85 m2,Merck社)を用いて限外ろ過し,溶液中のI2S-抗hTfR抗体3の濃度が約20 mg/mLとなるまで濃縮した。次いで,この濃縮液をOPTICAP SHC XL3 (0.22 μm, Merck社)を用いてろ過した。
【0155】
上記の濃縮液を,カラム体積の5倍容の0.8 mg/mL NaCl及び75 mg/mL スクロースを含有する20 mM リン酸緩衝液 (pH 6.5) で平衡化しておいたサイズ排除カラムであるSuperdex 200カラム (カラム体積: 約38.5 L, ベッド高: 40 cm, GE Healthcare社) に24 cm/hr以下の流速で負荷し,更に,同緩衝液を同じ流速で供給した。このとき,サイズ排除カラムからの溶出液の流路に,溶出液の吸光度を連続的に測定するための吸光光度計を配置して,280 nmの吸光度をモニターし,280 nmで吸収ピークを示した画分を,I2S-抗hTfR抗体3を含む画分として回収した。回収した溶液を,プラノバ 20N(サイズ:0.3m2, 旭化成メディカル社)及びMillipak-100 Filter Unit (孔径:0.22 μm, Merck社)でろ過した。ろ過後の溶液を,I2S-抗hTfR抗体精製品とした。
【0156】
〔実施例13〕精製各ステップ(別法)におけるI2S-抗hTfR抗体の回収率の測定
精製各ステップ(別法)におけるI2S-抗hTfR抗体3の負荷量及び溶出液中に回収された量を実施例2に記載のELISA法又は吸光度測定により測定した。その結果を表2に示す。当初,培養上清中に含まれた96.8 gのI2S-抗hTfR抗体3の約82%に相当する,68.8 gのI2S-抗hTfR抗体3が,精製品として回収された。これらの結果は,上記実施例12に記載の精製法(別法)が,I2S-抗hTfR抗体の精製方法として非常に効率の高いものであることを示すものである。なお,表2における工程回収率(%)及び総回収率(%)の意味は,表1で用いたのと同一である。
【0157】
【0158】
〔実施例14〕別法で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品の分析(HCPの定量) 実施例12で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品について,実施例8に記載の方法によりHCPの定量を行った。その結果,I2S-抗hTfR抗体精製品に含まれるHCPの量は,約20 ppm(即ち,1 mgのI2S-抗hTfR抗体精製品中に約20 ngのHCP)であることがわかった。
【0159】
〔実施例15〕別法で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品の分析(SE-HPLC分析) 実施例12で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品について,実施例9に記載の方法によりSE-HPLC分析を行った。その分析結果を
図2に示す。得られたプロファイルは,ほぼI2S-抗hTfR抗体3に由来する単一のピークのみを示した。但し,主ピーク(図中ピークA)よりも前に検出されるI2S-抗hTfR抗体3の重合体に由来するピーク(図中ピークB)が認められた。ピーク全体の面積とピークBの面積の比率から,I2S-抗hTfR抗体3全体に占める重合体の比率は,約0.37%と計算された。
【0160】
〔実施例16〕別法で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品の分析(まとめ)
以上のI2S-抗hTfR抗体精製品の分析結果は,実施例12で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品が,HCPを含む夾雑物をほとんど含まないものであること,及び,重合体の存在比率が極めて低いことを示すものである。すなわち,別法で得られたI2S-抗hTfR抗体精製品は,医薬,例えば,静脈内,筋肉内,皮下,腹腔内,動脈内,又は病巣内投与剤として,そのまま使用できる品質のものであるといえる。