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特開2022-29348遷移振幅を計算するための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、ハイブリッドシステム、及び量子情報処理プログラム
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  • 特開-遷移振幅を計算するための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、ハイブリッドシステム、及び量子情報処理プログラム 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022029348
(43)【公開日】2022-02-17
(54)【発明の名称】遷移振幅を計算するための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、ハイブリッドシステム、及び量子情報処理プログラム
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/00 20220101AFI20220209BHJP
【FI】
G06N10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020132647
(22)【出願日】2020-08-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年2月26日 https://arxiv.org/abs/2002.11724にて公開 令和2年2月28日 https://qunasys.com/news/2020/2/2にて公開 令和2年2月28日 https://en.qunasys.com/news/2020/2/28にて公開 令和2年2月28日 https://twitter.com/QunaSys/status/1233286336011878400にて公開 令和2年3月3日 https://storage.googleapis.com/qunasys/aps2020poster_gcp.pdfにて公開 令和2年3月3日 https://twitter.com/QunaSys/status/1234664998451826691にて公開 令和2年3月3日 https://www.slideshare.net/TenninYan/calculating-transition-amplitudes-by-variational-quantum-eigensolversにて公開 令和2年3月3日 https://virtualmarchmeeting.com/ https://virtualmarchmeeting.com/sessions/poster-session-Iにて公開
(71)【出願人】
【識別番号】518253439
【氏名又は名称】株式会社QunaSys
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井辺 洋平
(72)【発明者】
【氏名】中川 裕也
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴博
(72)【発明者】
【氏名】御手洗 光祐
(57)【要約】
【課題】遷移振幅を精度良く計算する。
【解決手段】量子コンピュータ120が、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、量子測定の測定結果を出力する。そして、古典コンピュータ110が、測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する。ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
古典コンピュータと量子コンピュータとを含むハイブリッドシステムが実行する量子情報処理方法であって、
前記量子コンピュータが、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力し、
前記古典コンピュータが、前記測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、
処理を含む、遷移振幅を計算するための量子情報処理方法。
【数1】

(1)
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【請求項2】
前記量子コンピュータは、Variational-Quantum-Deflationを用いた計算により得られた、前記第1量子状態ψと前記第2量子状態ψとのペアに対応する量子回路のパラメータθの組に基づいて、前記量子測定を実行する、
請求項1に記載の遷移振幅を計算するための量子情報処理方法。
【請求項3】
前記古典コンピュータと前記量子コンピュータとはコンピュータネットワークを介して接続されており、
前記古典コンピュータと前記量子コンピュータとは、前記コンピュータネットワークを介して情報の送受信を行う、
請求項1又は請求項2に記載の遷移振幅を計算するための量子情報処理方法。
【請求項4】
古典コンピュータが、
第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに応じて量子コンピュータにより量子測定された測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、
処理を実行する遷移振幅を計算するための量子情報処理方法。
【数2】

(1)
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【請求項5】
量子コンピュータが、
第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力する、
処理を実行する遷移振幅を計算するための量子情報処理方法。
【数3】

(1)
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【請求項6】
第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに応じて量子コンピュータにより量子測定された測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、
処理を実行する古典コンピュータ。
【数4】

(1)
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【請求項7】
第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力する、
処理を実行する量子コンピュータ。
【数5】

(1)
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【請求項8】
請求項6に記載の古典コンピュータと請求項7に記載の量子コンピュータと
を備えるハイブリッドシステム。
【請求項9】
第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに応じて量子コンピュータにより量子測定された測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、
処理を古典コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラム。
【数6】

(1)
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【請求項10】
第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力する、
処理を量子コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラム。
【数7】

(1)
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示の技術は、遷移振幅を計算するための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、ハイブリッドシステム、及び量子情報処理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)が知られている(例えば、非特許文献1を参照。)。VQEは、量子回路のパラメータを逐次的に更新することにより、ハミルトニアンの最小の固有値を近似的に計算する。
【0003】
また、VQEを拡張した計算手法として、例えば、SSVQE(subspace-search variational quantum eigensolver)(例えば、非特許文献2を参照。)、MCVQE(multistate-contracted variational quantum eigensolver)(例えば、非特許文献3を参照。)、及びVQD(variational quantum deflation)(例えば、非特許文献4)が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】A. Peruzzo, J. McClean, P. Shadbolt, M.-H. Yung, X.-Q. Zhou, P. J. Love, A. Aspuru-Guzik and J. L.O’Brien, "A variational eigenvalue solver on a photonic quantum processor.", Nature Communications,5, article number: 4213, 2014.
【非特許文献2】Ken M. Nakanishi, Kosuke Mitarai, and Keisuke Fujii, "Subspace-search variational quantum eigensolver for excited states", Phys. Rev. Research 1, 033062 - Published 30 October 2019
【非特許文献3】Robert M. Parrish, Edward G. Hohenstein, Peter L. McMahon, and Todd J. Martinez, "Quantum Computation of Electronic Transitions Using a Variational Quantum Eigensolver", Phys. Rev. Lett. 122, 230401 - Published 12 June 2019
【非特許文献4】O. Higgott, D. Wang, and S. Brierley, "Variational Quantum Computation of Excited States", Quantum 3, 156 (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光化学において光の吸収及び発光等の様々な応答量を予測するためには、ある固有状態から別の固有状態への遷移振幅が必要となることが多い。上記の励起状態の計算手法のうち、SSVQE及びMCVQEについては、計算した励起状態に対して遷移振幅を容易に計算できるという利点がある。しかし、その精度に関しては改善の余地がある。一方、VQDを用いて遷移振幅を計算する手法は知られていない。
【0006】
開示の技術は、上記の事情を鑑みてなされたものであり、遷移振幅を精度良く計算することができる、量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、ハイブリッドシステム、及び量子情報処理プログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために本開示の第1態様の遷移振幅を計算するための量子情報処理方法は、古典コンピュータと量子コンピュータとを含むハイブリッドシステムが実行する量子情報処理方法であって、前記量子コンピュータが、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力し、前記古典コンピュータが、前記測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、処理を含む、遷移振幅を計算するための量子情報処理方法である。
【0008】
【数1】

(1)
【0009】
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【0010】
本開示の第2態様は、古典コンピュータが、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに応じて量子コンピュータにより量子測定された測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、処理を実行する遷移振幅を計算するための量子情報処理方法である。
【0011】
【数2】

(1)
【0012】
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【0013】
本開示の第3態様は、量子コンピュータが、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力する、処理を実行する遷移振幅を計算するための量子情報処理方法である。
【0014】
【数3】

(1)
【0015】
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【0016】
本開示の第4態様は、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに応じて量子コンピュータにより量子測定された測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、処理を実行する古典コンピュータである。
【0017】
【数4】

(1)
【0018】
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【0019】
本開示の第5態様は、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力する、処理を実行する量子コンピュータである。
【数5】

(1)
【0020】
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【0021】
本開示の第6態様は、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに応じて量子コンピュータにより量子測定された測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、以下の式(1)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、処理を古典コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラムである。
【0022】
【数6】

(1)
【0023】
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【0024】
本開示の第7態様は、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、以下の式(1)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、前記量子測定の測定結果を出力する、処理を量子コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラムである。
【0025】
【数7】

(1)
【0026】
ただし、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量であり、i,jはa,Pを識別するためのインデックスであり、aは実数であり、Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uはユニタリゲートである。また、<ψ|ψ>=0である。
【発明の効果】
【0027】
開示の技術によれば、遷移振幅を精度良く計算することができる、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本実施形態のハイブリッドシステム100の概略構成の一例を示す図である。
図2】古典コンピュータ110、制御装置121、及びユーザ端末130として機能するコンピュータの概略ブロック図である。
図3】ハイブリッドシステム100の計算処理の一例を示す図である。
図4】ハイブリッドシステム100の計算処理の一例を示す図である。
図5】実施例で用いる量子回路の一例を模式的に示す図である。
図6】実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。
図7】実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。
図8】実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照して開示の技術の実施形態を詳細に説明する。
【0030】
<本実施形態に係るハイブリッドシステム100>
【0031】
図1に、本実施形態に係るハイブリッドシステム100を示す。本実施形態のハイブリッドシステム100は、古典コンピュータ110と量子コンピュータ120とユーザ端末130とを備える。古典コンピュータ110と量子コンピュータ120とユーザ端末130とは、図1に示されるように、一例としてIP(Internet Protocol)ネットワークなどのコンピュータネットワークを介して接続されている。
【0032】
本実施形態のハイブリッドシステム100においては、量子コンピュータ120が古典コンピュータ110からの要求に応じて所定の量子計算を行い、当該量子計算の計算結果を古典コンピュータ110へ出力する。古典コンピュータ110はユーザ端末130へ量子計算に応じた計算結果を出力する。これにより、ハイブリッドシステム100全体として所定の計算処理が実行される。
【0033】
古典コンピュータ110は、通信インターフェース等の通信部111と、プロセッサ、CPU(Central processing unit)等の処理部112と、メモリ、ハードディスク等の記憶装置又は記憶媒体を含む情報記憶部113とを備え、各処理を行うためのプログラムを実行することによって構成されている。なお、古典コンピュータ110は1又は複数の装置ないしサーバを含むことがある。また、当該プログラムは1又は複数のプログラムを含むことがあり、また、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記録して非一過性のプログラムプロダクトとすることできる。
【0034】
量子コンピュータ120は、一例として、古典コンピュータ110から送信される情報に基づいて量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射するための電磁波を生成する。そして、量子コンピュータ120は、生成された電磁波を、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射することにより、量子回路を実行する。
【0035】
図1の例では、量子コンピュータ120は、古典コンピュータ110と通信を行う制御装置121と、制御装置121からの要求に応じて電磁波を生成する電磁波生成装置122と、電磁波生成装置122からの電磁波照射を受ける量子ビット群123とを備える。なお、本実施形態において「量子コンピュータ」とは、古典ビットによる演算を一切行わないことを意味するものではなく、量子ビットによる演算を含むコンピュータをいう。
【0036】
制御装置121は、古典ビットにより演算を行う古典コンピュータであり、古典コンピュータ110において行うものとして本明細書にて説明する処理の一部又は全部を代替的に行う。例えば、制御装置121は、量子回路を予め記憶又は決定しておき、量子回路のパラメータを受信したことに応じて、量子ビット群123において量子回路を実行するための量子ゲート情報を生成してもよい。
【0037】
ユーザ端末130は、古典ビットにより演算を行う古典コンピュータである。ユーザ端末130は、ユーザから入力された情報を受け付け、当該情報に応じた処理を実行する。
【0038】
古典コンピュータ110、制御装置121、及びユーザ端末130は、例えば、図2に示すコンピュータ50で実現することができる。コンピュータ50はCPU51、一時記憶領域としてのメモリ52、及び不揮発性の記憶部53を備える。また、コンピュータ50は、外部装置及び出力装置等が接続される入出力interface(I/F)54、及び記録媒体に対するデータの読み込み及び書き込みを制御するread/write(R/W)部55を備える。また、コンピュータ50は、インターネット等のネットワークに接続されるネットワークI/F56を備える。CPU51、メモリ52、記憶部53、入出力I/F54、R/W部55、及びネットワークI/F56は、バス57を介して互いに接続される。
【0039】
本実施形態のハイブリッドシステム100は、任意の量子状態間の遷移振幅を計算する。以下、本実施形態の前提となる事項とについて説明する。
【0040】
[遷移振幅の評価について]
【0041】
本実施形態のハイブリッドシステム100は、ある量子状態|ψ>から別の量子状態|ψ>への遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する。なお、量子状態|ψ>は、第1の量子状態の一例である。また、量子状態|ψ>は、第2の量子状態の一例である。量子状態は、近似的なエネルギー固有状態でもある。なお、<ψ|ψ>=0が成立する。
【0042】
ここで、Aは遷移振幅を計算する対象の物理量である。本実施形態においてAはエルミート演算子であり、以下の式(1)により表される。
【0043】
【数8】

(1)
【0044】
なお、上記式(1)におけるP,aに関し以下の式が成立する。なお、iはP,aを識別するためのインデックスである。次式におけるI,X,Y,及びZはパウリ演算子である。
【0045】
【数9】

【0046】
本実施形態では、任意の与えられた2つの量子状態|ψ>,|ψ>に関し、オーバーラップ|<ψ|ψ>|の評価が可能であると仮定する。この評価は、例えば、いわゆる既知のスワップテスト(例えば、参考文献1を参照。)によって行うことができる。
【0047】
参考文献1:H. Buhrman, R. Cleve, J.Watrous, and R. deWolf, Phys.Rev. Lett. 87, 167902 (2001).
【0048】
なお、量子状態|ψ>を生成する量子回路Uと、量子状態|ψ>を生成する量子回路Uとが判明すれば、所定の関係式|<ψ|ψ>|=|<0|U |0>|によりオーバーラップを評価することができる。本実施形態では、VQDによって得られる量子状態間の遷移振幅を計算するため、この評価が可能である。
【0049】
ここで、ユニタリゲートは、以下の式(2)により表される。なお、以下の式(2)におけるPはパウリ行列のテンソル積である。
【0050】
【数10】

(2)
【0051】
また、上記式(2)のユニタリゲートUij,±は、次式に示されるようにパウリ回転ゲートの積として表現される。
【0052】
【数11】
【0053】
ここで、<ψ|ψ>=0を仮定すると、以下の式(3)が成立する。
【0054】
【数12】

(3)
【0055】
上記式(3)に示されるように、左辺の遷移振幅|<ψ|A|ψ>|は、右辺のように展開することができる。上記式(3)におけるP,Pはパウリ行列のテンソル積であり、Uij,±はユニタリゲートである。上記式(3)におけるP|ψ>,P|ψ>,P|ψ>,Uij,±|ψ>は、量子コンピュータによる量子計算が可能である。このため、量子コンピュータ上では、上記式(3)の右辺の各項の要素を、量子状態|ψ>と量子状態|ψ>との重なりとみなして量子測定をすることが可能である。
【0056】
そこで、本実施形態のハイブリッドシステム100の量子コンピュータ120は、上記式(3)の右辺の各項の要素である、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、当該量子測定の測定結果を得る。そして、ハイブリッドシステム100の古典コンピュータ110は、量子コンピュータ120により得られた<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の測定結果に基づいて、上記式(3)従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する。なお、この場合には、<ψ|ψ>=0の仮定を常に満たす必要がある。
【0057】
これにより、遷移振幅の計算を、2つの量子状態の重なりの測定によって行うことができる。
【0058】
[本実施形態のハイブリッドシステム100の動作]
【0059】
次に、本実施形態のハイブリッドシステム100の具体的な動作について説明する。ハイブリッドシステム100の各装置において、図3及び図4に示される各処理が実行される。
【0060】
まず、ステップS100において、ユーザ端末130は、ユーザから入力された計算対象に関する情報(以下、単に「計算対象情報」と称する。)を、古典コンピュータ110へ送信する。
【0061】
計算対象情報は、量子コンピュータ120の量子計算によって解かれる問題に関する情報であり、例えば、計算対象に関する情報と、計算方法に関する情報とが含まれている。計算対象に関する情報と、計算方法に関する情報とは、計算対象物に応じて異なるものとなる。
【0062】
計算対象に関する情報としては、例えば、計算対象の分子の分子構造に関する情報、計算対象の物理量に関する情報、及び計算する量子状態(又は固有状態)の数に関する情報が挙げられる。測定対象の物理量は上記式(3)等で示されている「A」である。
【0063】
また、計算方法に関する情報としては、例えば、ハミルトニアンHの変換方法に関する情報、変分波動関数に関する情報、量子回路U(θ)のパラメータθの初期値に関する情報、参照波動関数(例えば、HF状態等)に関する情報、最適化手法に関する情報、及び制約条件(例えば、粒子数及びスピン等)に関する情報が挙げられる。
【0064】
次に、ステップS102において、古典コンピュータ110は、上記ステップS100でユーザ端末130から送信された計算対象情報を受信する。そして、ステップS102において、古典コンピュータ110は、受信した計算対象情報(例えば、粒子数及びスピン等の制約条件等)に基づいて、既知の計算式に従って、系のエネルギー状態を表すハミルトニアンHを計算する。これにより、系の内部における相互作用が決定される。
【0065】
ステップS104において、古典コンピュータ110は、受信した計算対象情報(例えば、ハミルトニアンHの変換方法に関する情報)に基づいて、既知の計算式に従って、上記ステップS102で計算されたハミルトニアンHを量子コンピュータ120において扱える形式に変換する。
【0066】
ステップS106において、古典コンピュータ110は、受信した計算対象情報(例えば、変数波動関数に関する情報)に基づいて、量子回路U(θ)の構造を決定する。量子回路U(θ)の構造は、後述するVQDに応じて既知の手法によって決定される。
【0067】
ステップS108において、古典コンピュータ110は、上記ステップS106で決定された量子回路U(θ)の構造、量子回路U(θ)のパラメータθの初期値、並びに上記ステップS102で受信した計算対象情報のうちの最適化手法及び求める状態数kを量子コンピュータ120へ送信する。最適化手法としては、既知の手法が採用される。
【0068】
ステップS109において、量子コンピュータ120の制御装置121は、上記ステップS108で古典コンピュータ110から送信された、量子回路U(θ)の構造、パラメータθの初期値、及び最適化手法を受信する。
【0069】
ステップS110において、古典コンピュータ110は、上記非特許文献4に開示のVQDに従って、ハミルトニアンに応じた目的関数を設定する。
【0070】
ステップS110の処理が初回である場合、古典コンピュータ110は、上記ステップS104で得られたハミルトニアンHに応じた目的関数を設定する。
【0071】
一方、ステップS110の処理が2回目以降である場合、古典コンピュータ110は、上記ステップS104で得られたハミルトニアンHと、前回までのステップS110で得られた基底状態及び1~j-1番目の励起状態に基づいて、以下の式に従って、j番目の励起状態に対応するハミルトニアンHを計算し、Hに応じた目的関数を設定する。
【0072】
【数13】
【0073】
また、上記式における{β}は、十分に大きい正の実数の集合である。また、{|ψ(θ )>}は最適化により得られた、第0~第j-1準位までの近似的なエネルギー固有状態である。
【0074】
ステップS112において、古典コンピュータ110は、上記ステップS110で設定された目的関数を量子コンピュータ120へ送信する。
【0075】
ステップS114において、量子コンピュータ120の制御装置121は、上記ステップS112で古典コンピュータ110から送信された目的関数を受信する。そして、制御装置121は、上記ステップS109で受信した量子回路U(θ)の構造、パラメータθの初期値、及び最適化手法に応じて、上記非特許文献1に開示のVQEを用いた量子計算を量子コンピュータ120に実行させる。
【0076】
具体的には、量子コンピュータ120は、制御装置121の制御に応じて、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射するための電磁波を生成する。そして、量子コンピュータ120は、生成された電磁波を、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射し、量子回路U(θ)を実行することにより、量子状態|ψ(θ)>を生成する。この状態を用いて、量子コンピュータ120は、ハミルトニアンHjに対応する目的関数の値を評価する。制御装置121は、目的関数の値を小さくするようパラメータθを逐次更新する。量子コンピュータ120は再度目的関数の評価を行う。以上の量子回路の実行、目的関数の評価、パラメータθの更新を繰り返し、目的関数の値の変化量がある基準を下回った場合、最適化が終了したと判定する。そして、量子コンピュータ120は、量子回路U(θ)のパラメータθ を出力する。
【0077】
ステップS116において、制御装置121は、上記ステップS114で得られた量子回路U(θ)のパラメータθ を、古典コンピュータ110へ送信する。
【0078】
ステップS118において、古典コンピュータ110は、上記ステップS116で制御装置121から送信された量子回路U(θ)のパラメータθ を受信する。そして、古典コンピュータ110は、量子回路U(θ)のパラメータθ を所定の記憶領域に格納する。
【0079】
ステップS118において、古典コンピュータ110は、第k準位までの励起状態に対応するパラメータの計算が終了したか否かを判定する。第k準位までの励起状態に対応するパラメータθ ,・・・,θ の計算が終了した場合には、図4のステップS122へ進む。一方、第k準位までの励起状態に対応するパラメータθ ,・・・,θ の計算が終了していない場合には、ステップS110へ戻り、パラメータθ ,・・・,θ の計算が終了するまで、ステップS110~ステップS118の処理を繰り返す。
【0080】
なお、上記ステップS110~ステップS120の処理は、上記非特許文献4に開示されているVQDと同一の処理である。
【0081】
次に、ハイブリッドシステム100は、図4に示す処理を実行する。
【0082】
ステップS122において、ユーザ端末130は、遷移振幅を計算する対象の物理量Aと、遷移振幅を計算する対象の量子状態のペアである|ψ>,|ψ>に関する情報とを、古典コンピュータ110へ送信する。
【0083】
ステップS124において、古典コンピュータ110は、上記ステップS122でユーザ端末130から送信された、物理量Aに関する情報と量子状態のペア|ψ>,|ψ>に関する情報とを受信する。そして、古典コンピュータ110は、量子状態のペア|ψ>,|ψ>に対応するパラメータの組を設定する。
【0084】
例えば、量子状態|ψ>が第2準位の励起状態に対応し、量子状態|ψ>が第3準位の励起状態に対応する場合には、古典コンピュータ110は、第2準位に対応するパラメータθ と第3準位に対応するパラメータθ との組を設定する。
【0085】
そして、ステップS124において、古典コンピュータ110は、設定したパラメータの組と計算を指示する指示信号とを量子コンピュータ120へ送信する。
【0086】
ステップS126において、量子コンピュータ120は、上記ステップS124で古典コンピュータ110から送信された指示信号とパラメータの組とを受信する。
【0087】
ステップS126において、量子コンピュータ120は、量子状態ψと量子状態ψとのペアに対応する量子回路のパラメータの組に基づいて、上記式(3)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行する。そして、量子コンピュータ120は、量子測定の測定結果を取得する。
【0088】
ステップS128において、量子コンピュータ120は、上記ステップS126で得られた測定結果を古典コンピュータ110へ送信する。
【0089】
ステップS130において、古典コンピュータ110は、上記ステップS128で量子コンピュータ120から送信された測定結果を受信する。そして、古典コンピュータ110は、測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、上記式(3)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する、
【0090】
ステップS132において、古典コンピュータ110は、上記ステップS130で得られた遷移振幅|<ψ|A|ψ>|の計算結果をユーザ端末130へ送信する。
【0091】
ステップS134において、ユーザ端末130は、上記ステップS132で古典コンピュータ110から送信された遷移振幅|<ψ|A|ψ>|の計算結果を受信する。
【0092】
ユーザ端末130を利用するユーザは、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|の計算結果を元に、各種の計算処理等を実行する。
【0093】
以上説明したように、本実施形態のハイブリッドシステムは、量子コンピュータが、第1量子状態ψと第2量子状態ψとのペアに基づいて、上記式(3)における、<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>の量子測定を実行し、量子測定の測定結果を出力する。そして、古典コンピュータが、量子コンピュータの量子測定により得られた測定結果<ψ|P|ψ>、<ψ|Uij,+|ψ>、<ψ|Uij,-|ψ>、<ψ|P|ψ>、及び<ψ|P|ψ>に基づいて、上記式(3)に従って、遷移振幅|<ψ|A|ψ>|を計算する。これにより、遷移振幅を精度良く計算することができる。
【0094】
また、本実施形態のハイブリッドシステムは、古典コンピュータと量子コンピュータとの間の適切な役割分担により、遷移振幅を効率的に計算することができる。
【実施例0095】
次に、実施例を説明する。本実施例では、SSVQE、MCVQE、VQDの3つのアルゴリズムについて、数値シミュレーションを実施する。具体的には、SSVQE、MCVQE、VQDの3つのアルゴリズムについて、与えられたハミルトニアンの励起状態を得るための精度と能力とを比較する。
【0096】
本実施例では、比較のために、LiH、ジアゼン、及びアゾベンゼン(AB)分子の電子ハミルトニアンを用いた。LiHは、量子計算化学の様々な研究においてベンチマークとなる分子として考えられている。一方、ジアゼンとアゾベンゼン(AB)とは、量子化学の産業応用と関連する分子である。
【0097】
[数値シミュレーションについて]
【0098】
本実施例における数値シミュレーションの概要について説明する。本実施例では、図5に示されるような量子回路を用いる。図5の量子回路は、波動関数の成分を実数値に制限した対称性保存(RSP)の量子回路URSP(θ)とも称される。図5のDは回路の深さを示す。また、図5のRy(θ)は、以下の式により表される。
【0099】
【数14】
【0100】
量子回路URSP(θ)のパラメータθは最適化される対象のパラメータである。パラメータθを最適化する際には、既知の最適化手法であるBFGS法を採用する。また、電子ハミルトニアンは、オープンソースの量子力学計算ライブラリであるPySCF(PySCF: the Python‐based simulations of chemistry framework)を用いて計算する。
【0101】
数値シミュレーションでは、LiH、ジアゼン、アゾベンゼン(AB)分子の電子ハミルトニアンの低エネルギースペクトルにおけるスピン一重項の固有状態とスピン三重項の固有状態とを計算する。なお、スピン三重項の部分空間の縮退固有状態全てを計算する必要性を回避するために、オリジナルの電子ハミルトニアンHを以下の式に示すように修正する。これにより、各スピン三重項の内、全電子スピンのz成分が0でない状態の計算を省略できる。
【0102】
【数15】
【0103】
上記式におけるSは全電子スピンのz成分を表す演算子であり、またα>0である。本実施例では、α=4としたハミルトニアンH’を用いる。なお、量子コンピュータが担当する部分の計算シミュレーションはQulacs(https://github.com/qulacs)を用いる。
【0104】
[LiH]
【0105】
LiH分子に関しての数値シミュレーションを行う際には、模擬量子ビット数は12個とする。また、量子回路には上記のD=10のRSP量子回路を用い、パラメータの総数は110個とする。
【0106】
LiHの原子間長36点について、3つのエネルギー準位S0、T1、及びS1を計算し、全配置間相互作用法による計算結果と比較する。量子回路のパラメータの初期値としては、ポテンシャルエネルギー曲線の最初の点には[0,2π]から一様な乱数を用いる。ポテンシャルエネルギー曲線上の他の点については、隣接する点で最適化されたパラメータをパラメータの初期値として使用する。
【0107】
図6に、SSVQE、MCVQE、及びVQDによって計算されたLiH分子のエネルギーとその誤差を示す。図6の「FCI」は全配置間相互作用法による計算結果を表し、正解となる計算結果である。一方、図6の下段は、正解となる全配置間相互作用法による計算結果と、SSVQE、MCVQE、及びVQDの計算結果との間の誤差を表す図である。VQDによる計算結果は、SSVQE及びMCVQEの計算結果よりも正確であることがわかる。
【0108】
[ジアゼン]
【0109】
ジアゼンについて、トランス異性体とシス異性体の最小エネルギー経路(MEP:minimum energy path)に沿った分子構造を用いてシミュレーションを行う。ジアゼンについて、ハミルトニアンのSSVQE、MCVQE、及びVQDを用いた本実施形態のシミュレーションを行い、完全活性空間配置間相互作用法(CASCI)による計算結果を正として、その計算結果と比較する。量子ビットの数は8個である。ここでは、パラメータの総数が140であるD=20で上述した図5の量子回路を用いる。ここでも、量子回路のパラメータの初期値は、MEP上の最初の点については、[0,2π]から発生する一様乱数とする。MEP上の他の点については、隣接する点で最適化されたパラメータをパラメータの初期値として使用する。
【0110】
各固有状態のエネルギーに加えて、スピンレット状態|S>と|S>との間の振動子強度fijを計算する。振動子強度fijは次式のように定義される。
【0111】
【数16】
【0112】
ここで、E(S)は|S>のエネルギーであり、Rαは電気双極子モーメント演算子である。極子モーメント演算子Rαは、次式により表される。
【0113】
【数17】
【0114】
上記式におけるrl,αはl番目の電子のα座標である。振動子強度は分子の吸収又は発光スペクトルの正規化された強度を与えるため、量子化学における光化学的ダイナミクスや分子の反応を研究するための基本的なものである。ただし、上記式に示されるように、この振動子強度を計算するためには、Rα演算子の遷移振幅を計算する必要がある。
【0115】
本実施例では、SSVQEによる振動子強度の計算、MCVQEによる振動子強度の計算、及びVQDを用いた本実施形態による振動子強度の計算のシミュレーションを行う。そして、それらの計算結果と、完全活性空間配置間相互作用法(CASCI)による計算結果との比較を行う。
【0116】
図7に、各計算結果を示す。図7のa-cには、エネルギーの完全活性空間配置間相互作用法(CASCI)による計算結果と各手法による計算結果とを示す。また、図7のd-fには、エネルギーの、正解とする完全活性空間配置間相互作用法(CASCI)による計算結果と各手法による計算結果との間の誤差を示す。更に、図7のg-iには、振動子強度の計算結果を示す。図7a-fから、VQDによる本実施形態の方法が他の2つの手法よりも正確なエネルギーの計算結果を得ていることがわかる。また、図7のg-iから、VQDによる本実施形態の方法は最も正確な振動子強度を計算することが可能であることがわかる。
【0117】
[アゾベンゼン(AB)]
【0118】
アゾベンゼン(AB)分子については、トランス/シス異性体の2つの構造を用いてシミュレーションを行う。量子ビット数は6であり、量子回路のパラメータの総数は50である。また、量子回路の深さD=10である、上記図5の量子回路を利用する。また、量子回路のパラメータの初期値として、[0,2π]以内の一様乱数を使用する。
【0119】
図8に、各計算結果を示す。図8のa-cには、エネルギーの完全活性空間配置間相互作用法(CASCI)による計算結果と各手法による計算結果とを示す。また、図8のd-fには、エネルギーの、正解とする完全活性空間配置間相互作用法(CASCI)による計算結果と各手法による計算結果との間の誤差を示す。更に、図8のg-iには、振動子強度の計算結果を示す。ジアゼンと同様に、図8a-fから、VQDによる本実施形態の方法が他の2つの手法よりも正確なエネルギーの計算結果を得ていることがわかる。また、図8のg-iから、VQDによる本実施形態の方法は最も正確な振動子強度を計算することが可能であることがわかる。
【0120】
[考察]
【0121】
上述のように、VQDを用いた本実施形態の手法の方が、SSVQE及びMCVQEに比べて性能が良いといえる。これは、SSVQE及びMCVQEよりもVQDの方が量子回路に対する要求が緩いためと考えられる。最適なパラメータを持つ量子回路は、SSVQE及びMCVQEでは全ての参照状態を、状態ごとに共通のパラメータを用いて同時に低エネルギー部分空間に存在させる必要があるのに対し、VQDでは異なるパラメータを持つ量子回路により参照状態ごとに個別に最適化を行うことができるためと考えられる。
【0122】
なお、本開示の技術は、上述した実施形態に限定されるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々な変形や応用が可能である。
【0123】
例えば、上記実施形態において、古典コンピュータ110と量子コンピュータ120との間の情報の送受信はどのようになされてもよい。例えば、古典コンピュータ110と量子コンピュータ120との間における、量子回路のパラメータの送受信及び測定結果の送受信等は、所定の計算が完了する毎に逐次送受信が行われてもよいし、全ての計算が完了した後に送受信が行われてもよい。
【0124】
また、上記実施形態では、ユーザ端末130から古典コンピュータ110へ計算対象情報が送信され、古典コンピュータ110が計算対象情報に応じた計算を実行する場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。ユーザ端末130は、IPネットワークなどのコンピュータネットワークを介して古典コンピュータ110又は古典コンピュータ110がアクセス可能な記憶媒体又は記憶装置に計算対象情報を送信してもよいが、記憶媒体又は記憶装置に記憶して古典コンピュータ110の運営者に渡し、当該運営者が古典コンピュータ110に当該記憶媒体又は記憶装置を用いて計算対象情報を入力するようにしてもよい。
【0125】
また、上記実施形態では、電磁波の照射によって量子回路が実行される場合を例に説明したが、これに限定されるものではなく、異なる方式によって量子回路が実行されてもよい。
【0126】
また、上記実施形態では、量子コンピュータ120が量子計算を実行する場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、量子コンピュータの挙動を模擬する古典コンピュータによって量子計算が実行されてもよい。
【0127】
また、上記実施形態では、異なる組織によって古典コンピュータ110及び量子コンピュータ120が管理されている場合を想定しているが、古典コンピュータ110及び量子コンピュータ120は同一の組織によって一体として管理されていてもよい。この場合には、量子計算情報の古典コンピュータ110から量子コンピュータ120への送信及び量子コンピュータ120から古典コンピュータ110への測定結果の送信は不要となる。また、この場合には、量子コンピュータ120の制御装置121において上述の説明における古典コンピュータ110の役割を担うことが考えられる。
【0128】
なお、上記実施形態においては、「××のみに基づいて」、「××のみに応じて」、「××のみの場合」というように「のみ」との記載がなければ、本明細書においては、付加的な情報も考慮し得ることが想定されていることに留意されたい。一例として、「aの場合にbする」という記載は、明示した場合を除き、「aの場合に常にbする」ことを必ずしも意味しない。
【0129】
また、上記実施形態において、「最適化する」又は「最適化されたパラメータ」等の表現が用いられているが、これら「最適化」の表現は、最適な状態に近づけることを意味することに留意されたい。このため、ある関数が最小となるようなパラメータを得ようとする場合、当該関数を最適化して得られたパラメータは、当該関数が最小となるような大局解ではなく、局所解である場合も想定されることに留意されたい。
【0130】
また、何らかの方法、プログラム、端末、装置、サーバ又はシステム(以下「方法等」)において、本明細書で記述された動作と異なる動作を行う側面があるとしても、開示の技術の各態様は、本明細書で記述された動作のいずれかと同一の動作を対象とするものであり、本明細書で記述された動作と異なる動作が存在することは、当該方法等を本開示の技術の各態様の範囲外とするものではない。
【0131】
また、本願明細書中において、プログラムが予めインストールされている実施形態として説明したが、当該プログラムを、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納して提供することも可能である。
【0132】
また、本実施形態のハイブリッドシステムの各構成要素は、単一のコンピュータ又はサーバによって実現しなければならないものではなく、ネットワークによって接続された複数のコンピュータに分散して実現してもよい。
【0133】
例えば、上記各実施形態の古典コンピュータが実行する処理は、ネットワークによって接続された複数の古典コンピュータが分散して処理するようにしてもよい。または、例えば、上記各実施形態の量子コンピュータが実行する処理は、ネットワークによって接続された複数の量子コンピュータが分散して処理するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0134】
100 ハイブリッドシステム
110 古典コンピュータ
111 通信部
112 処理部
113 情報記憶部
120 量子コンピュータ
121 制御装置
122 電磁波生成装置
123 量子ビット群
130 ユーザ端末
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8