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特開2022-29437中空円筒陰極と変形コリメータによる非接触型直流イオンビーム源
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022029437
(43)【公開日】2022-02-17
(54)【発明の名称】中空円筒陰極と変形コリメータによる非接触型直流イオンビーム源
(51)【国際特許分類】
   H01J 27/02 20060101AFI20220209BHJP
   H01J 37/08 20060101ALI20220209BHJP
   H05H 1/24 20060101ALI20220209BHJP
【FI】
H01J27/02
H01J37/08
H05H1/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021123105
(22)【出願日】2021-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2020132196
(32)【優先日】2020-08-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520228740
【氏名又は名称】百田 弘
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】百田 弘
【テーマコード(参考)】
2G084
5C101
【Fターム(参考)】
2G084AA12
2G084AA13
2G084BB11
2G084CC02
2G084CC11
2G084CC33
2G084DD01
2G084DD17
2G084FF02
2G084FF27
2G084FF29
5C101CC05
5C101DD03
5C101DD12
5C101DD25
5C101DD27
5C101EE30
(57)【要約】
【課題】原理的に高効率、大出力でも長寿命で安定性及び集束性に優れた高品質のイオンビームを発生する非接触型直流イオンビーム源を提供する。
【解決手段】装置の構成はイオン発生装置と、イオンを加速し、さらに電子を付加して電気的に中性のプラズマビームに変換し得る中和装置である。イオン発生装置のリボン輪状熱陰極からの放出熱電子は変形コリメータの径方向磁場に沿って中心軸上のゼロ磁場領域に輸送され、ここから第一の変形コリメータの軸方向磁場に沿って陽極方向に加速される。これを種電子としてオリフィスの陽極側、中心軸近傍でのカスケード放電が充填ガスを電離する。発生した陽イオンは軸方向磁場に沿って中空円筒陰極の内部を貫通し、中和装置でのリボン輪状熱陰極に印加される電位よって必要な値に加速され、さらに第二の変形コリメータの径方向磁場に沿ってのリボン輪状熱陰極からの熱電子でビームが中性化される。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
充填ガスの放電で作られたプラズマからイオンを分離し、これを取り出す軸対称構造のイオン発生装置と、そこで得られたイオンを所定のエネルギーに加速し、必要に応じてこれに電子を付加して電気的に中性のプラズマビームに変換させる軸対称構造の中和装置とが一つの真空容器内、共通の軸に対称に繋がっていることを特徴とする非接触型直流イオンビーム源。
【請求項2】
前記イオン発生装置と中和装置には変形コリメータ磁場とリボン輪状熱陰極を組み合わせたユニットが採用されており、リボン輪状熱陰極の内側表面とゼロ磁束の曲面とが交差する線とその近傍には熱電子の放出を容易にする酸化物処理が施され、中心軸近傍でのゼロ磁場領域で軸方向磁場が径方向磁場に繋がり、これが熱電子発生領域に繋がっており、結果としてリボン輪状熱陰極からの熱電子はこの酸化物処理が施された領域から磁力線に沿ってゼロ磁場の領域に転送され、イオン発生装置のゼロ磁場の領域では熱電子が電界によって陽極方向に磁力線に沿って加速され、カスケード放電のための種電子となり、前記中和装置に於いてはゼロ磁場の領域での熱電子は加速された陽イオンのビームに付加されてこれを電気的に中性化し、これらの作用を可能にする変形コリメータ磁場とリボン輪状熱陰極とを組み合わせたセットを特徴とする請求項1に記載の非接触型直流イオンビーム源。
【請求項3】
前記イオン発生装置からのビームイオンを所定のエネルギーに加速すべく中和装置のリボン輪状熱陰極にイオン発生装置の中空円筒陰極に対してマイナスの電位を印加し、また必要な場合、前記中和装置のリボン輪状熱陰極から、熱放出電子を変形コリメータの半径方向磁場を通じて中心方向に転送し、そこで加速されてきたイオンビームを電気的に中性化してプラズマビームに変換させる。これらの電極並びに磁場コイルの組み合わせの前記中和装置を特徴とする請求項1又は2に記載の非接触型直流イオンビーム源。
【請求項4】
前記イオン発生装置のカスケード放電のために必要な充填ガス圧と加速領域や前記中和装置での荷電交換を避けるために要請される低いガス圧との圧力差がゼロ磁場領域にたいする電位が充填ガスの第一電離電圧以上の場所に設置されるオリフィスを介しての差動排気によって保持されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の非接触型直流イオンビーム源。
【請求項5】
前記中和装置で電子のイオン発生装置方向への逆流を防ぐため、中和装置の変形コリメータとリボン輪状熱陰極のユニットのセット上流に設置され、前記リボン輪状熱陰極に対してマイナス電位のサプレッサ電極の設置を特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の非接触型直流イオンビーム源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は充填ガスの放電によるプラズマ発生、プラズマからの陽イオンの分離とその加速、そして必要とされる場合に、加速されたイオンビームに電子を付加して電気的に中性のプラズマビームに変換するなど、粒子ビームを得る全工程を通じてイオンが陰極やグリッドその他の構造物に非接触で処理され、結果として大出力での作動でも装置の劣化が最小で集束性に優れた高品質のイオンやプラズマ等の粒子ビームを簡単な構造で、安定に発生させる高効率非接触型直流イオンビーム源に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種加速器の前段イオン源や惑星間ロケットのイオンエンジン、粒子線治療等の医療利用やイオンビーム加工などの工業用途、等に利用できる種々のイオンビーム発生装置が開発されてきた。中でも古典的なガイスラー放電管の方式は真空容器中で陰極板と陽極板の間に直流電位差を印加するという最も簡単な構造で、充填ガスのイオン化装置の原点であり、プラズマ生成やイオン加速器などのイオン源として今なお広く採用されている。その後、充填ガスのプラズマ放電に関して、より高効率のイオン源や磁場中無電極の高周波プラズマ源など種々の方法が開発されてきた。例えば、特許文献1には、励磁面を備えた励磁電極を有する高周波電極装置と、イオンの抽出電極に高周波電場を印加し、電磁界によって生成されたプラズマビームを抽出して正のプラズマイオンを加速し、プラズマビームを取り出す技術が記載されている。
【0003】
しかしながら、最も簡単な構造のガイスラー方式による直流放電や高能率にプラズマを作り出す磁場中の高周波電磁波によるイオンの発生方法などでは充填ガスの放電で得られるイオンを加速するためにプラズマから陽イオンを分離摘出する際や、加速した陽イオンをシステムから取り出す際には、陰極板に設けられた孔から漏れ出すイオンビームの一部分のみを採用するか、高周波電場で生成されるプラズマからメッシュ陰極を透してイオンを引き出す等の手法が用いられ、イオンが陰極などの構造物等に衝突する結果としてのエネルギー損失や装置の劣化が不可避である。すなわち加速されたビーム粒子の構造物への衝突によって、その分だけイオンビーム粒子生成の効率が損なわれ、長時間にわたる稼働で加熱焼鈍による構造体の変形や、大きな運動量のイオンが構造物を照射することで金属製構造体等に脆性や形状変化をもたらすなどの問題がある。
【0004】
さらに陰極等へのイオンの衝突や接触がある場合、イオンビームは多少なりとも構造材料の蒸発やスパッタリング等に由来する不純物を含むので、用途によってはイオンビームとしての品質劣化が危惧されるが、本発明はこれに対する有効な解決法を提供するものでもある。またイオンビームの一つの利用方法として期待される、将来のナノテクノロジーのビーム加工技術のためには集束性に優れ、超精密な加工にするイオンビームの生成が望まれるが、従来の方法によればイオン発生点の分散性に由来するビーム粒子の径方向への発散がビーム加工技術の向上の妨げの一因になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-35925号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、真空容器中での陽極板と陰極板のみという最も簡単な構造のガイスラー放電管での電子加速による充填ガスのカスケード放電による直流プラズマ発生の方法を踏襲して、別個の発振器等の交流機器や電波の遮蔽を必要としない直流放電によるプラズマの発生、陽イオンを分離しての直線的な加速、そして必要に応じて陽イオンビームに電子を付加して電気的に中性の直流粒子ビームに変換するに至る全工程を通じてイオンが陰極その他の構造物に非接触のままで処理され、高い総合エネルギー効率、大出力、構造の簡素化のための定常運転、さらにビームの集束性や長時間運転での安定性などの点で優れた性能を持つ非接触型直流イオンビーム源の原理を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、上記課題を解決するため、中空円筒陰極、及びリボン輪状熱陰極と変形コリメータ磁場との組み合わせセットをイオン生成装置及び中和装置の双方に活用した下記(〔1〕~〔7〕)の構成の非接触型直流イオンビーム源が提供される。ここで提案する組み合わせセットは、リボン輪状熱陰極と変形コリメータ磁場との組み合わせでユニットが構成され、このユニットの磁場は、変形コリメータ磁場の中心軸上で軸方向の磁場がゼロとなり、このゼロ磁場領域からゼロ磁束の曲面に沿って磁場が径方向に拡がり、リボン輪状熱陰極内面で熱電子発生領域に繋がっている。この熱電子発生領域は、陰極の内側表面とゼロ磁束の曲面とが交差するドメインであり、陰極表面で熱電子を放出すべく酸化物処理を施している。イオン生成装置Aではこのセットは熱電子流を発生させて、これを中心軸上ゼロ磁場領域に転送し、これを陽極に向かって軸方向の電子流に変化させるという本発明での最も重要な機能の一つを分担する。
【0008】
本組み合わせセットの変形コリメ―タ磁場は、図4に示す逆方向ヘルムホルツコイルによる磁場では、コイル中心に比較的に広いゼロ磁場領域を持つユニットを構成できる。また図5の、コイル中心にゼロ磁場領域を持つ典型的なものであるカスプ磁場でも、より簡単な変形コリメータ磁場によるユニットを構成できる。イオンビームの目的、用途によって、どちらか適した変形コリメータ磁場によるユニットを選択することができる。
【0009】
[1]本発明は軸対称で充填ガスを電離しそこからイオンを抽出するイオン発生装置と、そこで得られたイオンを装置の陰極にマイナス電位を印加することで必要とされるエネルギーに加速させ、必要な場合にはこれに電子を付加して電気的に中性のプラズマビームに変換させる中和装置とが真空容器内で同一の軸上に設置され、両者が磁力線で繋がった、イオンビームを提供するシステムである。
【0010】
[2]イオン発生装置での第1のリボン輪状熱陰極14の内面はゼロ磁束曲面と交差する線とその近傍で、熱電子放出を容易にすべく酸化物処理が施されたセットが装備されている。この領域からの放出熱電子は変形コリメータの径方向磁場に沿って径方向の磁場によって中心軸近傍のゼロ磁場領域に転送され、ここから変形コリメータ軸方向磁場方向の電場によって種電子として陽極方向に加速され、充填ガスの電離に十分なエネルギーに加速された領域で、カスケード放電を誘発する。
【0011】
[3]イオン発生装置の陽極と同軸の中空円筒陰極の間の中心軸近傍の直流電界によるカスケード放電で生じるイオンは変形コリメータの軸方向磁場に沿って陰極の方向にカスケード放電で生じるイオンは変形コリメータの軸方向磁場に沿って陰極の方向に加速され、慣性でもってゼロ磁場領域を通過すると同時に軸方向磁場に沿って非接触で中空円筒陰極の中空内部を貫通してイオン発生装置から中和装置の側に放出される。
【0012】
[4]前記イオン発生装置のカスケード放電領域での放電に必要な充填ガスのガス圧と、イオンの加速領域や中和装置での充填ガスとの荷電交換その他の衝突を避けるために要請される低いガス圧との圧力差がオリフィス15を介しての差動排気によって保持される。イオンの発生場所は比較的に高い電位であり、結果としてイオンがゼロ磁場領域を慣性で素通りし、結果としてリボン輪状熱陰極へ電場に従う方向のイオンの逆流が抑えられる。
【0013】
[5]中和装置での第2のリボン輪状熱陰極24に印加される中空円筒陰極13との電位差でイオンは必要な値にまで加速される。
【0014】
[6]必要とされる場合、前記イオン流の加速のための中和装置での第2のリボン輪状熱陰極24と変形コリメータの組合せのセットを作動させ、そこから放出される熱電子を変形コリメータの径方向磁力線に沿って中心軸磁上のゼロ磁場領域に転送させて変形コリメータ中心軸近傍の陽イオンビームに吸収、電気的に中和させてイオンビームを電気的に中性の粒子ビームに変換させる。
【0015】
[7]中和装置でのイオンの中性化に際してイオン発生装置側への電子の逆流を防ぐため、第2のリボン輪状熱陰極に対して40~50ボルト程度のマイナス電位のサプレッサ電極23を同軸で変形コリメータ磁場零点の上流(陽極側)に設置する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の非接触型直流イオンビーム源は、イオンの発生から直線的な加速、そして中性化されてプラズマビームとして中和装置から放出されるまでの全工程を通じて粒子ビームの操作は定常作動であり、全工程を通じて粒子は部分的にも構造物に接続ないし接触することがなく、従って原理的に高効率、大出力で長時間にわたって安定に作動し、また集束性に優れた高品質で長寿命の直流粒子ビームを提供する。その応用分野は具体的には
(1)広い熱電子放出領域と後述の逆方向ヘルムホルツコイルとを組みあわせたシステムはビーム半径が大きく、大出力イオンビームの生成に適しており、惑星間ロケットに中和化したイオンビームを適用した場合に、高効率、大出力でも超長時間にわたって安定した運転が可能な高性能イオンエンジンが得られる。
(2)イオン発生装置での第1のリボン輪状熱陰極の内面は部分的に熱電子放出を容易にすべく酸化物処理が施される。この領域からの放出熱電子は変形コリメータの径方向磁場に沿って径方向零領域に転送される。種々のイオン加速器の初段イオン源また将来的には、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)のための重水素プラズマの対向ビームによる核融合反応による低ノイズ大出力熱中性子の供給に応用され得る。
(3)細い熱電子放出領域とカスプコイルと組み合わせたシステムでは種電子は中心軸上に供給され、したがってイオンの発生場所は中心軸上である。結果として得られるイオンは磁力線方向のみの速度成分で、イオンビーム柱外へのビーム粒子の拡散がなく結果的に強い集束性を保持する、等イオンビーム加工技術のサブ・ナノメーター級の超精密な粒子ビーム技術の一つの基盤を提供する。装置は軸対象であり、故に十分な高真空のもとでは荷電粒子の正準角運動量が保存され、軸方向静電場で加速されたプラズマやイオン等の粒子ビームの円柱は対象軸を中心としており、そのビーム柱の直径はイオンの軸発生場所で無関係に粒子の存在するその場所での磁束密度に反比例する。換言すれば中心軸を中心とするビーム半径が非常に明確に磁束密度で決定され、その外側へ散逸するビーム粒子はゼロである。
等々多方面にわたって、それぞれの分野の根源的な技術発展を齎すものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態の非接触型直流イオンビーム源の概略構成を示す図である。
図2】非接触型直流イオンビーム源におけるコイル及び電極の配置並びに作用を示す図である。
図3】非接触型直流イオンビーム源の電極系とイオンビーム、プラズマビームの関係を示す図である。
図4】反平行ヘルムホルムコイルを用いて形成される変形コリメータ磁場の磁力線の例を示す図である。
図5】カスプ磁場を形成する対コイルを用いて形成される変形コリメータ磁場の磁力線の例を示す図である。
図6】円錐型陽極と中空円筒陰極による電位の分布(等電位線)を示す図である。
図7】各電極に電圧(電位)を印加するための電源等を示す図である。
図8】本発明の実施形態におけるイオン発生装置の電極とイオン流との関係を示す図である。
図9】非接触型直流イオンビーム源における電極、コイル、イオンビームと中性粒子の関係を示す図である。
図10】イオン発生装置における電極とイオン流との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る非接触型直流イオンビーム源を実施形態に基づき説明する。
【0019】
本発明の一実施形態に係る非接触型直流イオンビーム源はその概略を図1に示すように、構成はイオン発生装置Aと中和装置Bとが磁場によって同軸に繋がっている。また、図2に、この非接触型直流イオンビーム源のコイル及び電極の配置並びに作用を示す。また、図3に、この非接触型直流イオンビーム源の電極系とイオンビーム、プラズマビームの関係を示す。イオン発生装置Aでの変形コリメータのゼロ磁束面上の径方向磁場は、同軸で中空のリボン輪状熱陰極の内側表面でゼロ磁束の曲面と交差する線とその近傍は熱電子を放出すべく例えばLADスキャンデート等の酸化物処理が施される。この領域から放出される熱電子は径方向磁場に沿って中心軸近傍のゼロ磁場領域に転送される。電子は軸近傍で変形コリメータ軸方向磁場方向の電場によって陽極に向かって加速され、充填ガスのカスケード電離のための種電子として充填ガスの放電に寄与する。
【0020】
イオン発生装置Aは、所定のガスが充填された円筒状の真空容器01内に軸対象軸上の円錐型陽極12と、中心軸上に陽極と離間して下流側に設けられる中空円筒陰極13ならびに陽極と中空円筒陰極の間で中空円筒陰極の近傍に設けられる第1のリボン輪状熱陰極14の陽極側カスケード放電領域の下流側(陰極側)にオリフィス15が設けられている。中心軸上のオリフィス15は、同軸で中空円筒陰極近辺から陽極側に、電位が充填ガスの第一電離電位より若干高くなる場所に設置される。充填ガスの現実的なスケールでの電離のためにはカスケード放電領域でのある程度の充填ガスが必要で、それ以外の場所では荷電交換を避けるため等の超高真空が必要で、このオリフィスは作動排気によってこの圧力差を定常的に維持するためのものである。
【0021】
前述のように、イオン発生装置Aにおいて、第1の変形コリメータ磁場を形成する対のコイル17が設けられるが、この対コイルは電子流のリダイレクター(方向変換器)として機能する。即ち、中心軸近傍でのゼロ磁束面上の径方向磁力線がゼロ磁場近くの領域で軸方向の磁力線に繋がっており、第1のリボン輪状熱陰極からの熱電子流が変形コリメータの径方向磁場に沿ってゼロ磁場の領域に到達し、この領域で軸方向の電場によって、軸方向磁力線に沿って陽極方向に加速される。
【0022】
本実施形態では、図1に示すように、第1の磁場発生コイル17として一様磁場中、中心でそれを打ち消す方向に設置されるヘルムホルツコイル(以後これを反平行ヘルムホルツコイルと称する)を基礎として構成されるが、用途によって、カスプ磁場コイルを基礎として形成することも可能である。図4に、反平行ヘルムホルムコイルを用いた場合に形成される変形コリメータ磁場の磁力線の例を示し、図5に、カスプ磁場を形成するコイルを用いた場合に形成される磁力線の例を示す。いずれの場合も、磁力線は中心軸を対称軸とする磁場ペアコイルの中心近傍は磁場がゼロの領域で、磁力線はここからゼロ磁束の曲面の上で径方向にひろがっている。
【0023】
前者の変形コリメータ磁場は大容量のイオンビーム源に適しており、後者はより精密なイオンビーム加工のための高集束イオンビーム源に適している。イオン発生装置Aでは、中空円筒陰極13の陽極側直近にゼロ磁場の領域が形成されており、第1のリボン輪状熱陰極の内側でゼロ磁束面との交差線近傍で(熱電子放出のための)表面酸化物処理をした領域とこのゼロ磁場の領域とが径方向磁力線によって軸方向磁場と連結しており、熱電子をこの領域に注入することを可能にしている。
【0024】
これまでの例では、変形コリメータ磁場発生のための対コイル17として反平行ヘルムホルツコイルが採用されており、中心軸上にゼロ磁場の領域が形成され、この領域で軸方向磁場が径方向磁場に繋がって、磁場に沿っての電子流を軸方向の流れに変換させる。図4の反平行ヘルムホルツコイル型変形コリメータでの磁場の強さはゼロ磁場の点からの距離の四乗に比例しており、図5のカスプ磁場型の場合には距離に比例している。従ってこの変形コリメータ磁場コイルの選択は熱電子放射領域の広さの選択と相まってゼロ磁場領域のサイズ、敷いてはビーム径とビーム流量の選択に関係する。
【0025】
図6に円錐型陽極12と中空円筒陰極13による電位の分布(等電位線)を示す軸方向に磁場(変形コリメータの軸方向磁場)を印加することで電子の運動が中心軸近傍での磁力線方向のみに制限される結果、電子が磁場を横切る円筒電極尖端からの直流放電が抑制される。本発明によれば、第1の磁場発生コイル17によるリボン輪状熱陰極からの熱電子は径方向磁力線に沿って移動し、中心軸近傍に転送されゼロ磁場の領域での電場によって軸方向の電子流に変換され、種電子として陽極に向かって加速される。
【0026】
円錐型陽極12と中空円筒陰極13の間に電子を適切に加速すべく差圧電位が印加される。変形コリメータ磁場のゼロ磁場領域から陽極方向に加速される種電子は充填ガスの第一電離電圧以上のエネルギーに加速されて、充填ガス圧がより高いオリフィス陽極側の領域でガスをカスケード的に電離する。このカスケード電離で生じたイオンは変形コリメータの軸方向磁場に沿って中空円筒陰極の方向に加速され、第一電離電圧以上のエネルギーに対応する慣性を持って変形コリメータのゼロ磁場の領域を貫通する。この慣性ゆえにイオンは第1のリボン状熱陰極への電場方向に逆流することがなく、中心軸に沿って中空円筒陰極の中空円筒を貫通して中和装置Bの方向に放出される。本実施形態の非接触型直流イオンビーム源におけるイオン発生装置Aの電極と粒子流との関係を図8に示す。
【0027】
中和装置Bは真空容器01内に配置され、イオン発生装置Aの下流側に配置されてその中心軸がイオン発生装置Aの中心軸と共通であり装置AとBとが全体として単一の軸に対称なシステムを構築する。中和装置Bは中心軸の周りに設けられた第2のリボン輪状熱陰極24と、その上流側(イオン発生装置側)にサプレッサ電極23が設置されており、中和装置Bにおいて、変形コリメータ磁場を形成する第2の磁場発生のための対コイル27が設けられている中和装置Bの電極、コイル、イオンビームとイオンやプラズマ等中性の粒子ビームとの関係が図9に示されている。
【0028】
中和装置Bではその内側表面とゼロ磁束の曲面との交線とその近傍で熱電子放出を容易にすべく酸化物処理を施した領域を加熱し、熱電子を発生させる。熱電子はイオンビームを陽極と見做して変形コリメータ径方向磁場に沿って移動し、イオン流を電気的に中性化し、プラズマビームとしてシステムから放出される。以上は基本構成ではあるが、現実には加速や中性化が同軸直列多段にわたって行われ得る。
【0029】
第1のリボン輪状熱陰極14と第2のリボン輪状熱陰極24の間には第2のリボン輪状熱陰極24によりイオン発生装置Aからのイオン流を加速すべく、必要とされる加速電圧(例えば中空円筒陰極13にたいして例えば-30キロボルト程度のマイナス電圧が印加されている。サプレッサ電極23は第2のリボン輪状熱陰極にたいして-50ボルト程度のマイナス電圧が印加されており上流(イオン発生装置)側への電子の逆流を抑制している。
【0030】
中和装置Bからの出力は、ビームテクノロジーに利用すべくビーム反応容器やビーム工作のターゲット容器に接続され、また惑星間ロケットのイオンエンジンとして真空惑星宇宙空間に放出される。
【0031】
次に、本実施形態の非接触型直流イオンビーム源の動作についてさらに詳細に説明する。イオン発生装置Aと中和装置Bの中心軸方向に沿って第1の変形コリメータ磁場発生のためのペアのコイル17及び第2の変形コリメータ磁場発生のためのペアのコイル27により半径方向への熱電子転送のための変形コリメータ磁場が形成されている(図4図5参照)。それぞれのペアコイルの中心領域は中心軸上ゼロ磁場の領域であり、そこで径方向磁場は軸方向磁場に接続しており、これが電子に対するリダイレクターとしての機能を果たしている。リボン輪状熱陰極からの熱電子は、イオン発生装置Aの場合、リダイレクトされた後、陽極方向に軸に沿って加速されてカスケード放電による充填ガスのイオン化に寄与する。中和装置Bの場合は中心軸近傍のビームイオンを無接触で中和化する。
【0032】
中空円筒陰極13を通過したイオン流はその下流で中空円筒陰極にたいしてマイナス電位の中和装置Bの第2のリボン輪状熱陰極24によって磁力線に沿って加速され、要求されるエネルギーのイオンビームになる。イオンのビームはその全電流が大きくビームが長くて半径が小さい場合、いわゆるキンクモード不安定が励起され、ビーム粒子が径方向に飛散してしまう。それを避けるために、イオン加速のための中和装置を同軸の多段のリボン状熱陰極&変形コリメータ磁場のセットを多段のイオン加速としてイオンビームの単位長を短くするか、軸方向磁場を強くしてこの不安定を抑制すること等の対策が必要な場合がある。
【0033】
中和装置Bの第2のリボン輪状熱陰極24は、イオン発生装置Aの第1のリボン輪状熱陰極14の場合と同様にイオンに照射されることがなく、したがって双方ともその内側表面での酸化物皮膜としては例えばLADスキャンデートの採用が可能で、必要に応じて800~950℃に加熱させるとき、そこから放出される熱電子が高効率で放出される。第2の磁場発生コイルからの熱電子は半径方向の磁力線に沿って"陽極"として見做し得るイオン流に吸入され、ここでイオンビームの電荷を中和させてイオンビームを電気的に中性のプラズマビームに変換させる。このイオンビームは中性原子のビーム流とは異なって、必ずしも電子がイオンと結合して中性原子となっているわけでなく、イオンと電子が共存して平均的に電気的中性のプラズマ状態となったビームである。また、非接触型の利点を利用した、等電位のリボン輪状熱陰極を多段構成にすることで、加速されたイオンのより完全な中性化を図ることも可能である。
【0034】
このビームの中性化は、イオンビームの粒子ビーム加工用ターゲットが電導体でこれを陰極に併用することが可能という特殊な場合を除いて、一般には電子を含まずに陽電荷のイオンのみをシステム外に放出することで、絶縁体のターゲットが正に荷電し、それによる電場がイオンビームに不本意な擾乱を与えることや、システム全体がマイナスに荷電して装置がその機能を喪失すること等を避けるためのものである。
【0035】
上記のようにイオン発生装置Aのリボン輪状熱陰極14に中空円筒陰極13に対して負の電位を設定すると、図10に示すように、ゼロ磁場の領域は、リボン輪状熱陰極に対する仮想陽極となる。ちなみに、中和装置Bでは単一のユニットでは中心軸近傍のイオンビームそのものがリボン輪状熱陰極24に対する仮想的な陽極となっており、熱電子がリボン輪状熱陰極表面近傍に形成されるポテンシャル障壁を克服して中心軸方向に移動するための径方向電場を形成しており、この電場の値は熱電子発生領域の面積と加熱温度とともに、中心軸付近に供給される種電子の数を支配する。
【0036】
イオン発生装置Aの第1の磁場発生対コイル16がカスプ磁場型の変形コリメータ用コイルの場合、熱電子の発生域をゼロ磁束の曲面として、その広がりを可能な限り少なくすることで、種電子はほぼ中心軸上に局在し、従って中心軸上で電離する陽イオンの正準角運動量は限りなくゼロに近い。これが電場の方向に正準角運動量を保持したまま加速され、オリフィス15と中空円筒陰極13を貫通してイオン流(イオンのビーム)を形成する。この間、電極等のビームの運動を阻害する構造物は皆無で、陽イオンは無接触のままイオン発生装置Aから放出され、真空空間中心軸近傍での軸方向の直流磁場で加速されてターゲットの陰極に照射される。また必要な場合には、加速されたイオンが電気的に中和された後に真空空間に放出される。
【0037】
ここで生成されるゼロ正準角運動量のイオンは反平行ヘルムホルツ型コリメータの形成する磁場や、カスプ磁場、磁気的アイランド等に導入させることができる。この性質を利用して、加速されたイオンビームをカスプ磁場、磁気的アイランド等を通過させることでノンゼロ正準角運動量の陽イオンをビームから排除して、正準角運動量ゼロの陽イオンのみという理想に近いイオン又はプラズマビームを得ることも可能である。
【0038】
イオン発生装置Aと中和装置Bを通じてイオンは軸方向の磁場に沿って運動することで陰極その他の構造物に非接触に処理される。その意味では中和装置Bはイオン発生装置Aと組み合わせてイオンの中性化という機能を発揮するもので、中和装置Bを無条件に他のイオン発生装置と組み合わせてイオンビームの中性化を図ることは、必ずしも魅力あるとは言えない。
【0039】
中性化装置から放出されるイオン(プラズマ)ビームは磁力線に沿って反応ターゲットに照射され、イオンエンジンとして利用される場合は太陽風の太陽表面からの放出の場合と同様に、マグネチッククラウド(膨張磁気雲)の形で惑星間空間に放出される。
【産業上の利用可能性】
【0040】
以上、本発明の非接触型直流イオンビーム源の原理は、大出力かつ超長時間にわたっての安全な運転が可能な惑星間ロケットのイオンロケットや、大電流対向重水素プラズマビーム核融合によるBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)用低雑音熱中性子源、サブ・ナノメーター級超精密イオンビームプロセスのためのイオンビーム生成等の技術に活用されてこれらの分野の技術の進歩に大きく寄与するものと考えられる。
【符号の説明】
【0041】
A イオン発生装置
B 中和装置
01 真空容器
12 円錐型陽極
13 中空円筒陰極
14 第1のリボン輪状熱陰極
15 オリフィス
16 第1のソレノイド磁場発生コイル
17 第1の変形コリメータ磁場発生用ペアコイル
23 サプレッサ電極
24 第2のリボン輪状熱陰極
26 第2のソレノイド磁場発生コイル
27 第2の変形コリメータ磁場発生用ペアコイル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10