(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022029524
(43)【公開日】2022-02-18
(54)【発明の名称】味付けカズノコ用調味液
(51)【国際特許分類】
A23L 17/30 20160101AFI20220210BHJP
【FI】
A23L17/30 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020132819
(22)【出願日】2020-08-05
(71)【出願人】
【識別番号】000195052
【氏名又は名称】正田醤油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100171974
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 弘昭
(72)【発明者】
【氏名】安部 文子
(72)【発明者】
【氏名】小林 乃里子
(72)【発明者】
【氏名】横塚 一之
【テーマコード(参考)】
4B042
【Fターム(参考)】
4B042AC01
4B042AD40
4B042AG24
4B042AH09
4B042AK01
4B042AK04
4B042AP07
4B042AP30
(57)【要約】 (修正有)
【課題】調味液へ一回浸漬するだけで、亜塩素酸ナトリウム由来の塩素臭を解消できる味付けカズノコ用調味液、味付けカズノコ、及びその製造方法の提供。
【解決手段】亜塩素酸ナトリウムによって殺菌処理したニシン卵を、調味液に浸漬して味付けカズノコを得るに際し、浸漬に用いる調味液pHを3.8以上4.6以下とし、最終的に得られる味付けカズノコのpHを4.9以上6.0以下とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜塩素酸ナトリウムによる殺菌処理ニシン卵の漬け込みに用いる調味液であって、そのpHは3.8以上4.6以下である、味付けカズノコ用調味液。
【請求項2】
亜塩素酸ナトリウムにて殺菌した塩抜きニシン卵を調味液に漬け込んだ味付けカズノコであって、前記味付けカズノコのpHは4.9以上6.0以下である味付けカズノコ。
【請求項3】
イ)塩漬けニシン卵を亜塩素酸ナトリウムにて殺菌し、殺菌処理ニシン卵とする工程と、
ロ)イ)工程を経た殺菌処理ニシン卵を水切り後、塩水にて洗浄・塩抜して、塩抜きニシン卵とする工程と、
ハ)ロ)工程を経た塩抜きニシン卵を、pH3.8以上かつ4.6以下の適量の調味液に浸漬する工程を含む、請求項2に記載の味付けカズノコの製造方法。
【請求項4】
前記ハ)の工程において、塩抜きニシン卵100質量部に対する調味液の量は50~100質量部である、請求項3に記載の味付けカズノコの製造方法。
【請求項5】
請求項4において、塩抜きニシン卵100質量部に対する調味液の量は50~70質量部である、味付けカズノコの製造方法。
【請求項6】
A)塩漬けニシン卵を亜塩素酸ナトリウムにて殺菌し、殺菌処理ニシン卵とする工程と、
B)A)工程を経た殺菌処理ニシン卵を水切り後、有機酸を添加してpHを3.8以上かつ4.6以下に調製した塩水にて洗浄・塩抜きする工程を含む、塩抜きニシン卵の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、味付けカズノコ用調味液に関する。さらに詳しくは、亜塩素酸ナトリウムにて殺菌処理したニシン卵の味付けに適した、味付けカズノコ用調味液に関する。
【背景技術】
【0002】
カズノコは日本固有の食材として古くから賞味されてきた。カズノコは塩カズノコとして以外に、カズノコを調味液に漬けた「味付けカズノコ」としても多く賞味されている。このほか、味付けカズノコ派生品の松前漬や山海漬も人気の高い食材として知られる。以下、塩カズノコ、味付けカズノコ、松前漬、山海漬等のカズノコ製品について、「カズノコ加工品」の総称を用いる場合がある。
【0003】
味付けカズノコは、
イ)塩漬け工程:抱卵ニシンから卵を取り出し、水洗したのち、塩漬けする工程(本工程後のニシン卵を「塩漬けニシン卵」と称する)、
ロ)殺菌工程:殺菌剤にて塩漬けニシン卵を殺菌処理する工程(本工程後の塩漬ニシン卵を「殺菌処理ニシン卵」と称する)、
ハ)塩抜き・洗浄工程:殺菌処理ニシン卵を、食塩水に浸漬し、塩抜きとともに、残留殺菌成分を除去する工程(本工程後の殺菌処理ニシン卵を「塩抜きニシン卵」と称する)、
次いで、
ニ)味付け工程:塩抜きニシン卵を調味液に浸漬し、味付けカズノコとする工程、を経て得られる。
なお、混同を避けるため、以下、ニシンの卵について、最終製品にまで加工したものについてのみ、「カズノコ」「味付けカズノコ」の呼称を用い、最終製品に至る前の原料卵や中間品の卵については、「塩漬けニシン卵」「殺菌処理ニシン卵」「塩抜きニシン卵」のように「ニシン卵」又は単に「卵」の用語を用いることとする。
【0004】
上記殺菌工程では、かつては、過酸化水素水が使用された時期もあったが、「殺菌処理ニシン卵」に残存する過酸化水素を除去するため、洗浄工程にて、酵素処理(カタラーゼ分解)を要する等の理由から、現在では殺菌剤として亜塩素酸ナトリウム水溶液が使用されるのが主流となっている。なお、亜塩素酸ナトリウムにて殺菌処理した場合、亜塩素酸ナトリウムを『最終食品の完成前に分解し、又は除去しなければならない』と定められている(「食品、添加物等の規格基準」(昭和34年厚生省告示第370号))。
【0005】
しかしながら、亜塩素酸ナトリウムによる殺菌処理の場合、洗浄工程にてカズノコ中の亜塩素酸ナトリウム濃度を検出限界以下にまで減じても殺菌剤由来の異臭が残りやすいという問題があった。
このため、上記味付け工程では、塩抜きニシン卵を調味液に一回目の浸漬(予備浸漬)をしたのち、調味液を入れ替え、二回目の浸漬(本浸漬)を行う必要があった。「予備浸漬」は、材料コストの上昇、調味液廃棄処理コストの発生、生産性の低下の要因となっていた。
【0006】
なお、含塩素系殺菌剤の残留塩素臭を除去する方法として、特開平3-130062号公報(特許文献1)は、含塩素殺菌剤で処理した食品を有機酸アルカリ金属塩と接触する方法を提示している。同文献は、実施例にて、含塩素系殺菌剤として次亜塩素酸ナトリウム使用の例のみ記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明者らが、味付けカズノコを製造するに際し、上記特許文献1が教示するところに従い、塩漬けニシン卵を亜塩素酸ナトリウムにて殺菌処理し、次いで、有機酸アルカリ塩として乳酸ナトリウムを用い、塩素臭の除去を試みたものの、味付けカズノコには依然として塩素臭が残ることが判明した。
なお、亜塩素酸ナトリウム使用後に残る臭いの成分は厳密には塩素以外の成分も含まれると考えられるが、便宜上、「塩素臭」の用語を用いることとする。
以上の事情を背景に、本発明者らは先に述べた「予備浸漬」を要せずとも、調味液へ一回浸漬するだけで、亜塩素酸ナトリウム由来の塩素臭を解消できる味付けカズノコの製法の確立を目標としてさらに検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
その結果、本発明者らは、亜塩素酸ナトリウムで殺菌処理した殺菌処理ニシン卵を、亜塩素酸ナトリウムを検出限界以下まで洗浄処理し、次いで、調味液に漬け込んで味付けカズノコを得るに際し、漬け込みに用いる調味液(漬け込み前の調味液)のpHを3.8以上4.6以下とすることにより、残留塩素臭の抑制された味付けカズノコが効率よく得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、味付けカズノコに適した調味液であり、そのpHが3.8以上かつ4.6以下であることを特徴とするものである。
味付けカズノコは、通常、「塩抜きニシン卵」とその約0.5~0.8倍重量の調味液とともにポリマー袋などの密閉容器に密封した態様で出荷される。ここで、「塩抜きニシン卵」のpHは6.6前後であるので、漬け込み(浸漬)に用いる調味液のpHをあらかじめ「塩抜きニシン卵」のpHより低めに調製しておけば、味付けカズノコのpHと調味液のpHは、漬け込み後、塩抜きニシン卵の当初pHと調味液の当初pHの間の値にて平衡に達する。ここで、塩抜きニシン卵のpHと調味液のpHとが平衡に達するとは、両者のpH値の差が0.1以下となることをいう。平衡に要する時間は48~72時間である。なお、味付けカズノコのpHとは、調味液を水切りしたカズノコを乳鉢にてすりつぶして得られるしぼり汁のpHをいう。
本発明に拠って、塩漬けニシン卵を亜塩素酸ナトリウムにて殺菌して殺菌処理ニシン卵を得、次いで、殺菌処理ニシン卵を洗浄・塩抜して塩抜きニシン卵を得、その塩抜きニシン卵を、「pHが3.8以上かつ4.6以下」の適量の調味液に浸漬すれば、「予備浸漬」無しに一回の浸漬のみで、殺菌剤由来の塩素臭を除去できる。
上記において、調味液のpHが3.8未満の場合には、カズノコの味の酸味が強くなるのみならず、ニシン卵のタンパク質の変質によりカズノコの表面が白くなり、又は硬くなって、カズノコ独特の食感が失われ、好ましくない。他方、調味液のpHが4.6を超えると味付けカズノコに亜塩素酸ナトリウム由来の塩素臭が残りやすくなり好ましくない。
【0011】
本発明の調味液を用いて、味付けカズノコを得るに際しては、ニシン卵と上記調味液との重量比を適宜調整し、最終的に得られる味付けカズノコのpHが4.9以上6.0以下とすることが好ましい。味付けカズノコのpHが6.0を超えると亜塩素酸ナトリウム由来の塩素臭が残ってしまう。他方、pHが4.9未満になると卵を形成するタンパク質が変質してしまい、製品品質を損なう。
【0012】
前記調味液のpHを3.8以上4.6以下とするため、調味液には当該pH付与量の有機酸が添加される。有機酸としては、乳酸、酢酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、フマル酸が挙げられる。
これらの有機酸は、化学合成品、発酵品のほか、天然由来のものであっても良い。また、その単独のみならず、その混合物であっても良い。発酵品として、例えば、酢酸源としての醸造酢が挙げられる。また、天然由来の有機酸源として、コハク酸、リンゴ酸を豊富に含む柑橘果汁が挙げられる。
【0013】
本発明はその変法として、亜塩素酸ナトリウムにて殺菌のニシン卵(殺菌処理ニシン卵)を原料とするカズノコ加工品の製造にも応用できる。
例えば、亜塩素酸ナトリウム殺菌処理ニシン卵を、有機酸を添加してあらかじpHを3.8以上かつ4.6以下に調整した塩水にて洗浄・塩抜きすれば、塩素臭の無い塩抜きニシン卵が得られる。当該塩抜きニシン卵は、味付けカズノコ、塩カズノコ、その他のカズノコ加工品とすることができる。その他のカズノコ加工品として、山海漬、松前漬が挙げられる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、亜塩素酸ナトリウムにて殺菌処理したニシン卵を原料とする味付けカズノコから、亜塩素酸ナトリウムに起因する塩素臭を除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】従来技術による味付けカズノコの製造工程の概略フロー図である。
【
図2】本発明による味付けカズノコの製造工程の概略フロー図である。
【
図3】本発明の変法による塩抜きニシン卵の製造工程の概略フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、実施例にて本発明の態様を説明する。
【0017】
[製造例]
以下の実施例1~6、比較例1~5に用いる塩抜きニシン卵は以下の手順にて調製した。
<殺菌処理ニシン卵の調製>
食塩水に亜塩素酸ナトリウムを添加して、同濃度500ppmの「殺菌剤入り食塩水」を準備した。塩漬ニシン卵をその重量の約3倍量の上記「殺菌剤入り食塩水」中に72時間浸漬して「殺菌処理ニシン卵」を得た。
<塩抜きニシン卵の調製>
次いで、「殺菌処理ニシン卵」を約3倍量の食塩水中に24時間浸漬し、「塩抜きニシン卵」を得た。なお、この処理期間中、3時間経過ごとに、食塩水を交換した。
こうして得られた「塩抜きニシン卵」中に残存する亜塩素酸イオン量をイオンクロマトグラフィー(電気伝導度検出器付き)によって測定したところ、検出限界(5mg/kg)以下であった。なお、「塩抜きニシン卵」の一部をすりつぶし、そのしぼり汁のpHをpHメーターにて測定した結果、6.6であった。参考のため、塩抜きニシン卵を試食したところ、カズノコ独特の食感を呈したが、塩素臭が強く感じられた(表1、参考例)。
【0018】
[実施例1]
水に、異性化糖、ソルビトール、食塩、かつお節エキス、その他の成分を加え、調味原液Aを調整した。調味原液AのpHは6.1である。
上記調味原液Aに乳酸を添加し、pHが3.9の調味液を調製した。
塩抜きニシン卵100質量部を上記調味液60質量部に浸漬した。浸漬開始後12時間ごとに浸漬液(調味液上澄み)のpHを測定し、ほぼ48時間後にpH5.4にて平衡に達するのを確認した。引き続き、72時間浸漬を継続し、味付けカズノコを得た。
次いで、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを求めた。同時に、味付けカズノコの表面の白色化の有無を目視観察するとともに、その塩素臭と食感について、官能評価により下記のランク付けをした。
<塩素臭>
×:塩素臭有り
〇:塩素臭をわずかに感じるが許容レベルである。
◎:塩素臭を感じない。
<食感>
カズノコとしての食感(歯ごたえ)を、調味液浸漬前の塩抜きニシン卵の食感と対比し評価した。
×:塩抜きニシン卵より硬い。カズノコ独特のコリコリ感が無くなっている。
〇:塩抜きニシン卵よりわずかに硬くなっているが許容範囲である。
◎:塩抜きニシン卵と同等の食感である。
結果を表1に示す。
【0019】
[実施例2]
実施例1において、調味原液Aに添加する乳酸の量を変え、調味液pHを4.6とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表1に示す。
【0020】
[比較例1]
実施例1において、調味原液Aをそのまま調味液とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表1に示す。
【0021】
[比較例2]
実施例1において、調味原液Aに添加する乳酸の量を変え、調味液pHを3.6とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表1に示す。
【0022】
[実施例3]
実施例1において、調味液を50質量部とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表1に示す。
【0023】
[実施例4]
実施例1において、調味液を70質量部とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表1に示す。
【0024】
[比較例3]
実施例1において、乳酸に代えて乳酸ナトリウムを用いた他は同様にして試験を行い、調味液のpH、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表1に示す。
【0025】
【0026】
[実施例5]
実施例2において、乳酸に代えてゆず果汁を用いて調味液pHを4.6とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表2に示す。
【0027】
[比較例4]
実施例5において、ゆず果汁の量を変え、調味液pHを3.6とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表2に示す。
【0028】
[実施例6]
実施例2において、乳酸に代えて醸造酢を用いて調味液pHを4.6とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表2に示す。
【0029】
[比較例5]
実施例6において、醸造酢の量を変え、調味液pHを3.6とした他は同様にして試験を行い、浸漬後調味液のpH、味付けカズノコのpHを測定するとともに、味付けカズノコの品質を評価した。結果を表2に示す。
【0030】
【0031】
[実施例7]
製造例における塩抜きニシン卵の調製にて、食塩水に適量の乳酸を添加して、pH4.2に調製した食塩水を用いた他は同様にして、塩抜きニシン卵を得た。得られた塩抜きニシン卵は白色化しておらず、カズノコの食感を維持していた。この塩抜きニシン卵を比較例1にて用いた調味原液Aに72時間浸漬することにより、味付けカズノコを得た。味付けカズノコに塩素臭は認められず、味、食感も良好であった。