(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022030330
(43)【公開日】2022-02-18
(54)【発明の名称】剥離寸法評価システムと方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/90 20210101AFI20220210BHJP
【FI】
G01N27/90
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020134282
(22)【出願日】2020-08-07
(71)【出願人】
【識別番号】500302552
【氏名又は名称】株式会社IHIエアロスペース
(71)【出願人】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097515
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 実
(74)【代理人】
【識別番号】100136700
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 俊博
(72)【発明者】
【氏名】宮地 航
(72)【発明者】
【氏名】木村 憲志
(72)【発明者】
【氏名】水上 孝一
【テーマコード(参考)】
2G053
【Fターム(参考)】
2G053AA11
2G053AB21
2G053BA15
2G053BC02
2G053BC14
2G053CA03
2G053CB25
2G053DA01
2G053DA09
2G053DA10
2G053DB01
(57)【要約】
【課題】炭素繊維強化プラスチックの剥離寸法を評価できる剥離寸法評価手段を提供する。
【解決手段】渦電流プローブ10、検出装置20、位相解析装置30、SN比算出部40、評価装置50及びプローブ走査装置60を備える。渦電流プローブは、励磁コイル12、検出コイル14、及びコイル間隔調整装置16を有し、CFRP板1の表面2に対し第1軸心A1と第2軸心A2を含む平面を平行に位置決めする。コイル間隔調整装置はコイル間距離dを変更する。検出装置は、励磁交流電圧VEを印加して複数の検出コイル電圧VPを検出する。位相解析装置は、検出コイル電圧を位相解析して剥離部電圧Vdと健全部電圧Vndを検出する。SN比算出部は、剥離部電圧の剥離部変動幅Sと健全部電圧の健全部変動幅Nとの比であるS/N比を算出する。評価装置は、コイル間距離を変更して算出された複数のS/N比からCFRP板の層間剥離寸法を評価する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
励磁コイルと検出コイルのコイル間距離を変更するコイル間隔調整装置を有する渦電流プローブと、
前記励磁コイルに励磁交流電圧を印加して前記検出コイルに発生する検出コイル電圧を検出する検出装置と、
検出された前記検出コイル電圧を位相解析して剥離部電圧と健全部電圧を検出する位相解析装置と、
前記剥離部電圧の剥離部変動幅Sと前記健全部電圧の健全部変動幅Nとの比であるS/N比を算出するSN比算出部と、
前記コイル間距離を変更して算出された複数の前記S/N比から炭素繊維強化プラスチックの層間剥離寸法を評価する評価装置と、を備えた剥離寸法評価システム。
【請求項2】
前記検出装置は、波形発生器とロックインアンプを有し、
前記波形発生器は、励磁交流電圧を出力し、
前記ロックインアンプは、前記検出コイル電圧と同位相である実数部電圧と直角成分である虚数部電圧を出力する、請求項1に記載の剥離寸法評価システム。
【請求項3】
前記位相解析装置は、前記実数部電圧と前記虚数部電圧から電圧分布画像を作成し、
前記電圧分布画像に含まれる前記剥離部電圧と前記健全部電圧を位相の相違に基づき分離する、請求項2に記載の剥離寸法評価システム。
【請求項4】
前記SN比算出部は、
前記剥離部変動幅Sを、前記剥離部電圧から前記健全部電圧の平均値を減算した値の絶対値の最大値として算出し、
前記健全部変動幅Nを、前記健全部電圧から前記健全部電圧の平均値を減算した値の絶対値の最大値として算出する、請求項3に記載の剥離寸法評価システム。
【請求項5】
前記渦電流プローブは、
前記励磁コイルの第1軸心に対し前記検出コイルの第2軸心を平行かつ間隔を隔てて位置決めし、かつ前記炭素繊維強化プラスチックの表面に対し前記第1軸心と前記第2軸心を含む平面を平行に位置決めする、請求項1に記載の剥離寸法評価システム。
【請求項6】
前記渦電流プローブは、前記コイル間距離が異なる複数の前記検出コイルを有しており、
前記コイル間隔調整装置は、前記検出コイルの1つを排他的に選択するコイル切替装置を有する、請求項1に記載の剥離寸法評価システム。
【請求項7】
前記コイル間隔調整装置は、前記検出コイルを移動して前記コイル間距離を変化させるコイル移動装置を有する、請求項1に記載の剥離寸法評価システム。
【請求項8】
前記励磁コイル又は前記検出コイルは、正方形タンジェンシャルコイルである、請求項1に記載の剥離寸法評価システム。
【請求項9】
請求項1に記載の剥離寸法評価システムを使用し、
前記渦電流プローブにより、前記励磁コイルの第1軸心に対し前記検出コイルの第2軸心を平行かつ間隔を隔てて位置決めし、かつ前記炭素繊維強化プラスチックの表面に対し前記第1軸心と前記第2軸心を含む平面を平行に位置決めし、
前記コイル間隔調整装置により前記コイル間距離を変更し、
前記励磁コイルに前記励磁交流電圧を印加して前記検出コイルに発生する前記検出コイル電圧を検出し、
検出された前記検出コイル電圧を位相解析して前記剥離部電圧と前記健全部電圧を検出し、
前記コイル間距離が異なる前記S/N比をそれぞれ算出し、
算出された複数の前記S/N比から前記炭素繊維強化プラスチックの層間剥離寸法を評価する、剥離寸法評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維強化プラスチックの剥離寸法評価システムと方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は軽量かつ高強度,高剛性を有する材料である。そのため、CFRPは、自動車,航空宇宙機器などの構造材料として広く用いられている。
しかし、CFRPは、衝撃などにより層間剥離が発生する。層間剥離は、目視による判別が困難であり非破壊検査により検出する必要がある。
【0003】
CFRPの非破壊検査手段として、例えば、特許文献1,2が既に開示されている。
【0004】
特許文献1は超音波を用いることから、探触子を製品に接触させなければならず、その際には接触媒質(カプラント)が必要となる。また探触子を接触させることから走査の高速化が難しい。さらに、接触媒質を用いることから、検査後には乾燥等の工程が必要となる。
すなわち、超音波探傷試験では、水やゲルなどの接触媒質が必要なことから、接触媒質の後処理の発生や、水没で実施の場合は供試体のサイズが限定されるか、大きい水槽が必要になる等の問題があり、さらに薄板や表面近傍の検出が困難であった。
【0005】
また、特許文献2では電極を用いるが、成型後のCFRP表面は絶縁体(樹脂)に覆われているため、あらかじめ電極とCFRPを一体成型する、あるいは成型後のCFRP表面から樹脂層を除去し炭素繊維を露出させることが必要となる。そのため、メンテナンス等で既存製品を検査するには不向きである。
【0006】
そこで、これらの問題点のない渦電流を用いた検査手段(渦電流探傷試験法)の適用が要望されていた。渦電流探傷試験法は、例えば、特許文献3に開示されている。
【0007】
特許文献3の「炭素繊維強化プラスチックの剥離欠陥検査方法」は、繊維方向が異なる隣接するCFRPのプライ間の剥離欠陥を、各プライの繊維方向に電流を流しプライ間の繊維の接触度合の差異に基づくインピーダンス変化により検出する、ものである。
【0008】
しかし、特許文献3の検査方法の場合、渦電流センサの信号が健全部でも大きくばらつき、層間剥離部が健全部と判別しにくい問題点があった。
【0009】
CFRPに対する渦電流探傷試験において健全部でも信号変化が生じるのはCFRP内の導電性のばらつきのためである。CFRP単層の導電率は繊維方向,繊維直交方向,厚さ方向の3方向の導電率により記述される。繊維方向の導電率は比較的ばらつきが小さいものの、繊維直交方向および厚さ方向の導電率は繊維の接触状態によって変化するためばらつきが大きい。CFRP内の渦電流分布は繊維方向の導電率だけでなく、繊維直交方向と厚さ方向の導電率にも影響を受けるため、健全部においても信号が大きくばらつくことになる。
【0010】
そのため、CFRPの層間剥離を検出するために、層間剥離の検出感度に優れた試験手段が強く求められていた。
この要望を満たすため、本発明の発明者らは、先に特許文献4を出願した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2004-301580号公報
【特許文献2】特開2001-318070号公報
【特許文献3】特開平9-72884号公報
【特許文献4】特開2020-34294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献4の手段では炭素繊維強化プラスチックの層間剥離を検出できるが、剥離寸法の評価ができなかった。
【0013】
本発明は上述した要望を満たすために創案されたものである。すなわち本発明の目的は、超音波探傷試験法の問題点を解消でき、かつ炭素繊維強化プラスチックの剥離寸法を評価することができる剥離寸法評価手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によれば、励磁コイルと検出コイルのコイル間距離を変更するコイル間隔調整装置を有する渦電流プローブと、
前記励磁コイルに励磁交流電圧を印加して前記検出コイルに発生する検出コイル電圧を検出する検出装置と、
検出された前記検出コイル電圧を位相解析して剥離部電圧と健全部電圧を検出する位相解析装置と、
前記剥離部電圧の剥離部変動幅Sと前記健全部電圧の健全部変動幅Nとの比であるS/N比を算出するSN比算出部と、
前記コイル間距離を変更して算出された複数の前記S/N比から炭素繊維強化プラスチックの層間剥離寸法を評価する評価装置と、を備えた剥離寸法評価システムが提供される。
【0015】
また本発明によれば、上記の剥離寸法評価システムを使用し、
前記渦電流プローブにより、前記励磁コイルの第1軸心に対し前記検出コイルの第2軸心を平行かつ間隔を隔てて位置決めし、かつ前記炭素繊維強化プラスチックの表面に対し前記第1軸心と前記第2軸心を含む平面を平行に位置決めし、
前記コイル間隔調整装置により前記コイル間距離を変更し、
前記励磁コイルに前記励磁交流電圧を印加して前記検出コイルに発生する前記検出コイル電圧を検出し、
検出された前記検出コイル電圧を位相解析して前記剥離部電圧と前記健全部電圧を検出し、
前記コイル間距離が異なる前記S/N比をそれぞれ算出し、
算出された複数の前記S/N比から前記炭素繊維強化プラスチックの層間剥離寸法を評価する、剥離寸法評価方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に層間剥離があると、剥離を迂回する電流ループが形成されるので、剥離寸法に対して適切なコイル間距離を調整することで高い感度で剥離を検出することが可能となる。
また、剥離寸法と適切なコイル間距離には相関があることが、後述する実施例により確認された。
従って、コイル間距離ごとの検出感度をS/N比として表し、比較することで剥離寸法の評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明による剥離寸法評価システムの全体構成図である。
【
図2】渦電流プローブの第1実施形態図(A)と第2実施形態図(B)である。
【
図4】CFRP板における渦電流分布を示す図である。
【
図5】20mm×20mmの剥離部Bの中心が(10,0)の位置にある場合の渦電流分布の実数部を示す図である。
【
図9】本発明による剥離寸法評価方法の全体フロー図である。
【
図10】電圧分布の作成例及び位相解析例を示す図である。
【
図11】剥離寸法が7.5,10,15mmの場合のコイル間距離とS/N比の関係図である。
【
図12】剥離寸法が20,30mmの場合のコイル間距離とS/N比の関係図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて詳細に説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0019】
図1は、本発明による剥離寸法評価システム100の全体構成図である。
この図において、剥離寸法評価システム100は、渦電流プローブ10、検出装置20、位相解析装置30、SN比算出部40、評価装置50、及びプローブ走査装置60を備える。
【0020】
この図において、試験体1は、炭素繊維強化プラスチックの板(以下、単にCFRP板1と呼ぶ)であり、複数のプライ数を有する。
【0021】
図2は、渦電流プローブ10の第1実施形態図(A)と第2実施形態図(B)である。
図2(A)(B)において、渦電流プローブ10は、第1軸心A1を有する励磁コイル12と、第2軸心A2を有する検出コイル14と、コイル間隔調整装置16とを有する。
励磁コイル12と検出コイル14は、好ましくは正方形タンジェンシャルコイルである。
【0022】
また
図2(A)(B)において、渦電流プローブ10は、第1軸心A1に対し第2軸心A2を平行かつ間隔を隔てて位置決めし、かつ炭素繊維強化プラスチック(CFRP板1)の表面に対し第1軸心A1と第2軸心A2を含む平面を平行に位置決めする。
【0023】
コイル間隔調整装置16は、励磁コイル12と検出コイル14のコイル間距離dを変更する機能を有する。コイル間距離dとは、第1軸心A1と第2軸心A2の軸間距離を意味する。
【0024】
図2(A)において、コイル間隔調整装置16は、検出コイル14を移動してコイル間距離dを変化させるコイル移動装置17aを有する。
【0025】
図2(B)において、渦電流プローブ10は、コイル間距離dが異なる複数の検出コイル14を有する。
また、この例で、コイル間隔調整装置16は、複数の検出コイル14の1つを排他的に選択するコイル切替装置17bを有する。
【0026】
図2(A)(B)において、励磁コイル12及び検出コイル14の外面(この図で下面)とCFRP板1の表面2との間に、一定の隙間(リフトオフe)が形成される。リフトオフeは、例えば0.5~1.0mmである。
【0027】
(有限要素法解析)
FEM解析によりCFRP板内の電位と渦電流分布,磁界分布を調査し、剥離の存在によるそれらの変化を調査した。
図3は解析モデルの説明図であり、(A)は全体斜視図、(B)は励磁コイル12の正面図、(C)は励磁コイル12の側面図である。
【0028】
この図は励磁コイル12(この例で、正方形タンジェンシャルコイル)がCFRP板1の上に配置されたモデルとなっている。CFRP板1のサイズは長さ100mm,幅80mm,厚さ1.25mmであり、積層構成は[0/90]sである。励磁コイル12は内部領域の長さ,幅,高さが5mmであり、CFRP板1の表面中心にリフトオフe(=1mm)で配置されている。
図中のx方向がCFRP板1の0°方向,y方向が90°方向,z方向が厚さ方向を表しており、z=0はCFRP板1の表面2である。この座標系の原点Oは表面2の励磁コイル12の真下である。
本解析ではCFRP板1の1層の厚さを0.3mmと仮定した。また層間剥離を模擬する場合は第1層(0°層)と第2層(90°層)の間に層間剥離があるものとした。
また、励磁コイル12の中心からx方向に検出距離pを隔てた点を磁界検出位置Xpと呼ぶ。磁界検出位置Xpの座標は(p,0,0)である。
【0029】
(剥離が無い場合の電磁場)
図4は、CFRP板1における渦電流分布を示す図である。この図において、(A)は第1層、(B)は第1層と第2層の層間、(C)は第2層の、それぞれ複素数平面で励磁電流を基準とした場合の渦電流分布の実数部を表している。
【0030】
図4(A)(C)において、図中の点線矢印は電流の方向を示している。渦電流は第1層と第2層では繊維方向の高い導電性により繊維方向に沿って流れ、第1層と第2層の層間において厚さ方向に流れることで全体として“バタフライループ”を描くことがわかる。従って、層間の厚さ方向の導電は渦電流がループを描くのに重要な役割を担っていることがわかる。
【0031】
図4(B)において、実線で囲む領域は正の電流、破線で囲む領域は負の電流を示し、それぞれ線の太さで電流量の大きさを示している。
この図において、第1層と第2層の層間を厚さ方向に流れる電流量が大きい箇所(太線領域)は、別途計測した電位が大きい箇所と良く対応しており、電位勾配によって厚さ方向への電流が生じていることがわかる。従って、電位勾配が大きい箇所の近傍に層間剥離がある場合、厚さ方向への電流の流れが妨げられることになる。
【0032】
(剥離がある場合の電磁場)
剥離を模擬する場合、第1層と第2層の層間のx方向,y方向の導電率はゼロであると仮定した。また、剥離部Bではz方向導電率も0とし、厚さ方向の渦電流の流れが0となるようにした。
その結果、電流は、剥離部Bを避けるようにして流れ、その電流量は、剥離の端部において大きくなることがわかった。
【0033】
図5は、20mm×20mmの剥離部Bの中心が(10,0)の位置にある場合の渦電流分布の実数部を示す図である。この図において、(A)は第1層のx方向電流密度、(B)は第2層のy方向電流密度の分布を表している。
図中の斜線部が剥離部Bである。また、実線で囲む領域は正の電流密度、破線で囲む領域は負の電流密度を示し、それぞれ線の太さで電流密度の大きさを示している。
この図から、剥離部Bを避けて第2層から第1層に電流が流れるために第2層では、剥離部Bの外側でy方向電流密度が大きくなっていることがわかる。第1層では、剥離部Bを避けた渦電流が流れるため、
図5(A)の渦電流分布は、剥離部Bがある方向に伸長していることがわかる。
【0034】
上述したように、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に層間剥離があると、剥離を迂回する電流ループが形成されるので、剥離寸法に対して適切なコイル間距離dを調整することで高い感度で剥離を検出することが可能となる。
【0035】
図1において、検出装置20は、励磁コイル12に励磁交流電圧VEを印加してコイル間距離dが異なる検出コイル14に発生する複数の検出コイル電圧VPをそれぞれ検出する。
この例で、検出装置20は、波形発生器22、ロックインアンプ24、及びオシロスコープ26を有する。
プローブ走査装置60は、渦電流プローブ10をCFRP板1上で走査し、予め設定した走査ピッチで、トリガー信号を波形発生器22とオシロスコープ26に出力する。
【0036】
波形発生器22は、トリガー信号を受信して、励磁交流電圧VEを出力する。励磁交流電圧VEは渦電流プローブ10の励磁コイル12に入力される。また励磁交流電圧VEは、参照電圧Vrefとしてロックインアンプ24にも入力される。励磁交流電圧VEは、例えば電圧10V、周波数3MHzである。
【0037】
ロックインアンプ24は、検出コイル電圧VPと参照電圧Vrefを用いて、信号とノイズを分離し、検出コイル電圧VPと同位相である実数部電圧Vxと直角成分である虚数部電圧Vyをオシロスコープ26を介して位相解析装置30に出力する。
なお、オシロスコープ26は必須ではなく、これを省略してもよい。
【0038】
図7は、ロックインアンプ24の原理図である。
ロックインアンプ24は、ミキサーとローパスフィルタを有し、周波数の違いを利用して信号とノイズを分離し、信号を増幅する装置である。測定信号(検出コイル電圧VP)と参照信号(参照電圧Vref)を乗じ、三角関数の積和の公式を用いることで交流成分とノイズを含んだ信号を抽出する。その後、ローパスフィルタ(低域通過フィルタ)でノイズを除去して直流成分X,Y(実数部電圧Vxと虚数部電圧Vy)を得る。
【0039】
図1においては参照信号を励磁電圧(即ちVref=VE)とし、検出コイル電圧VPと参照信号を乗じ、ローパスフィルタを通すことでVPと同位相成分である実数部電圧Vxと直角成分である虚数部電圧Vyを得ている。なお、検出コイル電圧VPをAs・cos(ωt+θ)+n(t)とし、参照信号を数1の式(1a)とすると、振幅Asと位相θは数1の式(1)(2)によって算出できる。
ここでωは角周波数、n(t)はノイズ信号である。
【0040】
【0041】
位相解析装置30とSN比算出部40は、例えばコンピュータ(PC)であり、入力装置(例えばキーボード)、出力装置(例えばプリンタ、ディスプレイ装置)、記憶装置、及び演算装置を有する。
また、評価装置50も同一又は異なるコンピュータ(PC)であることが好ましい。
【0042】
図6は、位相解析の説明図である。
位相解析装置30は、ロックインアンプ24から出力された実数部電圧Vxと虚数部電圧Vyを位相解析してCFRP板1の表面2における電圧分布画像を作成する。
検出コイル電圧VPをロックインアンプ24を介してオシロスコープ26で観測すると、検出コイル電圧VPの振幅Asと位相θが得られ、x-y平面上すなわち複素数平面上にプロットできる。
ここで、x-y座標からある角度φ傾いた座標系x’-y’を作成すると、一般的に剥離部電圧Vdと健全部電圧Vndは位相θが異なる。そのため、剥離部電圧Vdのx’軸への投影が最大となる角度φを選び、検出コイル電圧VPをx’軸に投影した電圧成分Vx’より電圧分布画像を作成することで、振幅Asより作成した電圧分布画像に比べて剥離部の視認性を向上させることができる。
【0043】
SN比算出部40は、剥離部電圧Vdの剥離部変動幅Sと健全部電圧Vndの健全部変動幅Nとの比であるS/N比をそれぞれ算出する。
【0044】
図8は、剥離部と健全部の定義を示す図である。
段落0034に記載のように、特許文献4の方法で剥離部を検出することが可能なため、電圧成分Vx’より作成した電圧分布画像に対して、
図8に示すように剥離と考えられる領域を剥離部、それ以外の領域を健全部と定義する。剥離部電圧Vdと健全部電圧Vndから、数2の式(3)よりS/N比を算出する。
【0045】
【0046】
この式から、「剥離部変動幅S」は、剥離部電圧Vdから健全部電圧Vndの平均値を減算した値の絶対値の最大値を意味する。また、「健全部変動幅N」は、健全部電圧Vndから健全部電圧Vndの平均値を減算した値の絶対値の最大値を意味する。
S/N比は、健全部変動幅Nに対する剥離部変動幅Sの比率である。
【0047】
評価装置50は、算出された複数のS/N比から炭素繊維強化プラスチック(CFRP板1)の層間剥離寸法を評価する。
本発明の方法では、コイル間距離dを変えながら繰り返しS/N比を算出し、S/N比が最大となるコイル間距離dから剥離寸法を求める。
後述する実施例から、剥離寸法は、コイル間距離dと相関関係を有していると解することができる。
なお、評価装置50による評価は、コンピュータで実施することが好ましいが、人為的に実施してもよい。
【0048】
図9は、本発明による剥離寸法評価方法の全体フロー図である。
本発明の剥離寸法評価方法は、上述した剥離寸法評価システム100を使用し、S1~S8の各ステップ(工程)からなる。
ステップS1では、上述した励磁コイル12、検出コイル14、及びコイル間隔調整装置16を有する渦電流プローブ10を準備する。
ステップS2では、渦電流プローブ10により、第1軸心A1に対し第2軸心A2を平行かつ間隔を隔てて位置決めし、かつCFRP板1の表面2に対し第1軸心A1と第2軸心A2を含む平面を平行に位置決めする。
ステップS3では、プローブ走査装置60により、渦電流プローブ10をCFRP板1上で走査し、励磁コイル12に励磁交流電圧VEを印加して検出コイル14に発生する検出コイル電圧VPを検出する。
ステップS4では、検出された検出コイル電圧VPを位相解析して剥離部電圧Vdと健全部電圧Vndを検出する。
ステップS5では、剥離部電圧Vdの剥離部変動幅Sと健全部電圧Vndの健全部変動幅Nとの比であるS/N比を算出する。
ステップS6では、S/N比が最大となるコイル間距離dが得られたかを判定する。S/N比が最大となるコイル間距離dが得られた場合はステップS8に進み、得られない場合はステップS7に進む。
ステップS7では、コイル間隔調整装置16により励磁コイル12と検出コイル14のコイル間距離dを変更し、再びステップS3に進む。
ステップS8では、コイル間距離dを変更して算出された複数のS/N比から炭素繊維強化プラスチックの層間剥離寸法を評価する。
【0049】
ステップS5の位相解析及びステップS6のS/N比算出は、具体的には以下のような手順である。
(1)探傷した結果から
図10(A)のような電圧分布画像を作成する。ここで作成する電圧分布画像は、角度φの調整前である。
(2)
図10(A)の電圧分布画像を観察し、剥離部と思われる孤立した電圧変化箇所を剥離部電圧Vdと定義する。この定義はコンピュータで実施することが好ましいが、人為的に定義してもよい。
(3)(2)で指定した剥離部電圧Vdを元にS/N比を算出し、S/N比の変化を見ながら角度φを変え、S/N比が最大となる角度φを決定する。
【0050】
(実施例1)
図1の剥離寸法評価システム100により
図2(B)の渦電流プローブ10を用いて本発明の方法を実施した。
試験体1に、積層構成が[(0/45/-45/0)2]sであり、1層目と2層目の中央付近に厚さ25μmのポリイミドフィルムを挟み込んで剥離を模擬した炭素繊維強化プラスチックを用いた。
また
図2(B)の渦電流プローブ10において、検出コイル14は5つであり、励磁コイル12からのコイル間距離dを、7.5mm、15mm、22.5mm、30mm、37.5mmに設定した。
また各検出コイル14として、外形寸法が5mm×5mm×5mmの正方形タンジェンシャルコイルを用いた。
【0051】
図10は、電圧分布画像の作成例及び位相解析例を示す図である。
この例は、剥離寸法が20mm、コイルの組み合わせが1-4(コイル間距離d=22.5mm)の場合である。
図10(A)は、励磁コイル12と検出コイル14の組み合わせにおいて、S/N比が最大となるような角度φをとって作成した電圧分布画像を示している。電圧分布画像の破線で囲まれた領域は剥離部と定義した領域を示している。
電圧分布画像において電圧Vx’の大きさを輝度で表している。図中、濃度が低い部分(白い部分)は局所的に電圧が変化している箇所で剥離部であり、濃度の濃い部分(黒い部分)は健全部である。
図10(B)は、横軸X[mV]を実数部電圧、縦軸Y[mV]を虚数部電圧とし、剥離部と健全部の電圧を複素数平面上にプロットしたグラフを掲載している。グラフ中の点線はS/N比が最大となるような角度φ傾いたx’軸と平行な線を表している。
図10(B)は、
図6(B)に相当するグラフである。図中において剥離部電圧Vdと健全部電圧Vndを色分けしている。
【0052】
図11は、剥離寸法が7.5,10,15mmの場合のコイル間距離dとS/N比の関係図であり、
図12は、剥離寸法が20,30mmの場合のコイル間距離dとS/N比の関係図である。
図11と
図12では横軸に励磁コイル12と検出コイル14の組み合わせ(コイル間距離dに相当)を、縦軸にS/N比を表し、それらの関係を剥離寸法毎にプロットしている。
【0053】
図11において、剥離寸法が15mm以下ではコイル1-4の組み合わせ(コイル間距離d=22.5mm)の時にS/N比が最大となっている。
また
図12において、剥離寸法が20mm以上ではコイル1-5の組み合わせ(コイル間距離d=30mm)が最大となっている。
この実験結果では、S/N比を比較することで剥離の寸法が15mm以上か15mm以下かの区別ができており、このように、実験後に各コイル間距離dにおけるS/N比の大小を調べることで大まかに剥離の寸法が推定できることがわかる。
【0054】
(実施例2)
FEM解析より実施例1の妥当性を検証した。
図13は解析モデルの説明図である。
試験体1の積層構成や剥離の位置、励磁コイル12や検出コイル14の寸法等の試験条件は実施例1と同条件とした。また、解析範囲は励磁コイル12と検出コイル14の間の中心がx=-30mm、y=0mmからx=30mm、y=0mmを4mm間隔で移動するx方向1ライン16点検査とし、各点で検出コイル電圧を計算した。
FEM解析結果を
図14に示す。ここで、FEM解析では健全部のばらつきの再現が困難であるため、剥離に対する検出感度として、
図15に示すような信号変化の大きさrで評価している。
【0055】
rは数3の式(4)に示すように、複素平面上にプロットされた検出コイル電圧VPのうち、剥離から最も遠い位置であるx=30mmの電圧を健全部代表値Vrndとして、健全部代表値と剥離部電圧Vdとの電圧差の最大値を表している。
【0056】
【0057】
図11と
図12より、実験(実施例1)では剥離寸法が10mmの場合は1-4の組合せ(コイル間距離d=22.5mm)、剥離寸法が30mmの場合は1-5の組合せ(コイル間距離d=30mm)が最もS/N比が高くなった。
一方、
図14より、解析(実施例2)では剥離寸法が10mmの場合は1-3の組合せ(コイル間距離d=15mm)、剥離寸法が30mmの場合は1-4の組合せ(コイル間距離d=22.5mm)が剥離に対しての感度が最も高くなった。
【0058】
この相違は、実験ではコイル間距離dが小さいほど、健全部でのばらつきに対しての感度も良くなってしまい、剥離部での信号が健全部でのばらつきに埋もれてしまったが、解析では健全部でのばらつきを再現できなかったことに起因すると考えられる。
しかし、
図14(B)と
図14(C)の解析結果を比較すると、剥離寸法が20mmの場合は1-4の組合せに次いで1-3の組合せが感度良く、剥離寸法が30mmの場合は1-4の組合せに次いで1-5の組合せが感度良く剥離部信号を検出している。これにより、剥離寸法に近いコイル間距離dで剥離に対する感度が向上することが確かめられ、コイル間距離dとS/N比の関係から剥離寸法を推定できることがわかる。
言い換えれば、剥離寸法は、コイル間距離dと相関関係を有しており、S/N比が最大又は最大に近いコイル間距離dとほぼ一致すると解することができる。
【0059】
上述したように炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に層間剥離があると、剥離を迂回する電流ループが形成されるので、剥離寸法に対して適切なコイル間距離dを調整することで高い感度で剥離を検出することが可能となる。
また、剥離寸法と適切なコイル間距離dには相関があることが、上述した実施例1,2により確認された。
従って、コイル間距離dごとの検出感度をS/N比として表し、比較することで剥離寸法の評価が可能となる。
【0060】
また本発明は接触媒質を必要としないので、接触媒質の後処理を必要としない利点を有する。
さらに本発明ではCFRP自体に手を加える必要はないため、既存製品の検査にも適用できる。
【0061】
なお本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0062】
A1 第1軸心、A2 第2軸心、B 剥離部、
d コイル間距離、e リフトオフ、S 剥離部変動幅、
Vd 剥離部電圧、VE 励磁交流電圧、VP 検出コイル電圧、
Vref 参照電圧、Vnd 健全部電圧、Vx 実数部電圧、Vy 虚数部電圧、
Xp 磁界検出位置、θ 位相、φ 角度、N 健全部変動幅、
1 試験体(CFRP板)、2 表面、10 渦電流プローブ、
12 励磁コイル、14 検出コイル、16 コイル間隔調整装置、
17a コイル移動装置、17b コイル切替装置、20 検出装置、
22 波形発生器、24 ロックインアンプ、26 オシロスコープ、
30 位相解析装置、40 SN比算出部、50 評価装置、
60 プローブ走査装置、100 剥離寸法評価システム