(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022030719
(43)【公開日】2022-02-18
(54)【発明の名称】アーク溶接方法及びアーク溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 9/09 20060101AFI20220210BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20220210BHJP
B23K 9/095 20060101ALI20220210BHJP
【FI】
B23K9/09
B23K9/173 C
B23K9/095 501A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020134908
(22)【出願日】2020-08-07
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
【テーマコード(参考)】
4E001
4E082
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB08
4E001CA03
4E001DD02
4E001DD04
4E001DD05
4E001DE04
4E001EA01
4E082AA04
4E082BA04
4E082BB02
4E082DA01
4E082EC03
4E082EF07
4E082JA02
(57)【要約】
【課題】アルゴンを含有するシールドガスを用いる、消耗電極式のアーク溶接において、ブローホールの発生を抑制することができるアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接方法は、溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が供給される第1溶接条件と、溶接ワイヤに中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が供給される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定するステップと、第1及び第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの溶接電流及び溶接電圧を検出するステップと、第1及び第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力と、中心設定電流に係る溶接条件で溶接を行ったときの平均出力との差が小さくなるように、検出された溶接電流及び溶接電圧の平均溶接電流及び平均溶接電圧に基づいて、第1又は第2溶接条件を補正する補正ステップとを備える。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接方法であって、
溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が供給される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が供給される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定するステップと、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの溶接電流及び溶接電圧を検出するステップと、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力と、前記中心設定電流に係る溶接条件で溶接を行ったときの平均出力との差が小さくなるように、検出された前記溶接電流及び前記溶接電圧の平均溶接電流及び平均溶接電圧に基づいて、前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件を補正する補正ステップと
を備えるアーク溶接方法。
【請求項2】
設定電流及び設定電圧の組合せに対応付けられた複数の外部特性の中から、検出された前記平均溶接電流及び前記平均溶接電圧を出力することができる外部特性を与える仮想の設定電流を特定するステップを備え、
前記補正ステップは、
前記仮想の設定電流と、前記中心設定電流との差分に基づいて、前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件の各設定電流又は前記中心設定電流を補正する
請求項1に記載のアーク溶接方法。
【請求項3】
前記補正ステップは、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件の各設定電流、又は前記中心設定電流を、各設定電流又は前記中心設定電流から前記差分を減算した値に補正する
請求項2に記載のアーク溶接方法。
【請求項4】
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行う場合、前記第1溶接条件における設定電圧を、前記第1の溶接電流に対応付けられた前記設定電圧より高い電圧に補正する
請求項2又は請求項3に記載のアーク溶接方法。
【請求項5】
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件は、
前記中心設定電流が350A以上、電流変動幅が50A以上150A以下とする溶接条件であり、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換える
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のアーク溶接方法。
【請求項6】
前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件は、
アークによって母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に溶接ワイヤの先端部、又は該先端部に形成された液柱におけるアーク発生点が進入する溶接条件である
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のアーク溶接方法。
【請求項7】
アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接装置であって、
溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が供給される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が供給される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定する設定回路と、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの溶接電流を検出する電流検出部と、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの溶接電圧を検出する電圧検出部と、
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力と、前記中心設定電流に係る溶接条件で溶接を行ったときの平均出力との差が小さくなるように、検出された前記溶接電流及び前記溶接電圧の平均溶接電流及び平均溶接電圧に基づいて、前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件を補正する補正部と
を備えるアーク溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極式のアーク溶接方法及びアーク溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接において発生する溶接欠陥のひとつにブローホールがある。ブローホールは、溶融金属内に低沸点のガス蒸気が巻き込まれた状態で溶融金属が凝固することにより、溶接金属内に球状の空洞が形成される欠陥である。一般的には水素や酸素、窒素などが原因となることが多い。例えば、それらの元素の大気からの混入を防ぐために、シールドガス流量を増やしたり、溶接トーチのノズルを工夫するなどしてシールド状態を良好にする対策が取られる。また溶接母材や溶接ワイヤが濡れていたり汚れていたりすると、同様に上記元素の混入原因となるため、母材やワイヤの清浄度を高める対策も取られる。また例えばプラズマ切断材の溶接では、切断面に形成された窒化層などから上記元素が混入する場合もあるため、切断面の窒化層をグラインダで除去するといった対策も取られる。
上記のように、ブローホール抑制のためには、原因となる元素の混入を防ぐのが最も一般的である。しかし、この対策が取れない場合も存在する。例えば亜鉛メッキ鋼板の溶接では、溶接入熱により気化した低沸点の亜鉛蒸気がブローホールの原因となることが知られているが、溶接部の亜鉛メッキを完全に除去して溶接するのは困難であり、通常、メッキのまま溶接を行う。そこで、亜鉛メッキ鋼板溶接においてブローホールを防ぐ方法として、特許文献1及び特許文献2の従来技術がある。これらは、溶融金属を振動させることで、蒸気が溶融金属外に排出されるのを促進することにより、ブローホール抑制を狙った技術である。
特許文献1には、溶接開始時又はベース電流を供給している期間にワイヤと被溶接物とを短絡させ、亜鉛メッキ鋼板表面に形成された溶融池の溶融金属を振動させることによって、ブローホールの発生を抑制する技術が開示されている。
特許文献2には、溶接ワイヤの送り速度を数十Hzで繰り返し変化させることによって、溶融金属を振動させ、ブローホールの発生を抑制する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014-069226号公報
【特許文献2】特開2005-219086号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このように、一般的なアーク溶接や、ブローホールが発生しやすい亜鉛メッキ鋼板の溶接においては、ブローホール抑制方法が十分検討されてきている。
【0005】
一方、近年は新しい溶接プロセスも多く、それらの中にはブローホールが発生しやすい特有のプロセスも存在する。例えば、アルゴンを含有するシールドガスを用いた消耗電極式のアーク溶接方法において、溶接電流を350A~600Aとすると、ブローホールが大量発生するという知見が本願発明者等によって得られている。このとき発生するブローホールは、シールド状態を十分良好にしても低減されないことから、シールドガス中のアルゴンを溶接金属中に巻き込んだものと考えられる。
溶接電流が350A~600Aの溶接プロセスにおいては、ときおり短絡が発生するが、その際にアーク雰囲気及び溶融池が一時的に乱れてアルゴンガスを溶融池に巻き込むと考えられる。ただし短絡は稀であり、アーク雰囲気及び溶融池は基本的には安定しており振動が少ないため、巻き込まれたアルゴンガスが溶融池の表面に浮上しにくく、ブローホールの発生につながると考えられている。かかる溶接プロセスでは、短絡によって十分に溶融池を振動させることができず、ブローホールの発生を抑制することができない。
また、溶接電流が350A~600Aの高電流溶接プロセスにおいては、溶接ワイヤを高速で送給する必要があり、送給速度を数十Hzもの高い周波数で変動させることは好ましく無い。
【0006】
かかる問題を解決する溶接方法として、本願発明者は、溶接電流を周期的に変動させる電流振幅制御によって、溶融金属を振動させ、溶融金属に巻き込まれた気泡の排出を促し、ブローホールの発生を抑制する技術を考案した。
しかしながら、上記の技術では、変動中心となる中心設定電流及び中心設定電圧が存在するものの、高電流側の溶接条件と低電流側の溶接条件が交互に繰り返されるのみであり、溶接電源の平均的な出力は、電流振幅制御を行わない場合の出力に必ずしも対応しない。電流振幅制御を行う場合も、溶接電源の平均出力が、電流振幅制御を行わない場合の出力と同程度になるような制御が望まれている。
【0007】
本発明の目的は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接であって、電流振幅制御を行う場合の平均出力と、電流振幅制御を行わない場合の出力との差を小さくすることができるアーク溶接方法及びアーク溶接装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
アーク溶接方法は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接方法であって、溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が供給される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が供給される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定するステップと、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの溶接電流及び溶接電圧を検出するステップと、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力と、前記中心設定電流に係る溶接条件で溶接を行ったときの平均出力との差が小さくなるように、検出された前記溶接電流及び前記溶接電圧の平均溶接電流及び平均溶接電圧に基づいて、前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件を補正する補正ステップとを備える。
【0009】
設定電流及び設定電圧の組合せに対応付けられた複数の外部特性の中から、検出された前記平均溶接電流及び前記平均溶接電圧を出力することができる外部特性を与える仮想の設定電流を特定するステップを備え、前記補正ステップは、前記仮想の設定電流と、前記中心設定電流との差分に基づいて、前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件の各設定電流又は前記中心設定電流を補正する構成が好ましい。
【0010】
前記補正ステップは、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件の各設定電流、又は前記中心設定電流を、各設定電流又は前記中心設定電流から前記差分を減算した値に補正する構成が好ましい。
【0011】
アーク溶接装置は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接装置であって、溶接ワイヤに中心設定電流よりも小さい第1の溶接電流が供給される第1溶接条件と、溶接ワイヤに前記中心設定電流よりも大きい第2の溶接電流が供給される第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定する設定回路と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの溶接電流を検出する電流検出部と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの溶接電圧を検出する電圧検出部と、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力と、前記中心設定電流に係る溶接条件で溶接を行ったときの平均出力との差が小さくなるように、検出された前記溶接電流及び前記溶接電圧の平均溶接電流及び平均溶接電圧に基づいて、前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件を補正する補正部とを備える。
【0012】
本態様にあっては、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接において、第1溶接条件と、第2溶接条件とを周期的に変動させることにより、溶融金属を振動させ、溶融金属に巻き込まれた気泡の排出を促し、ブローホールの発生を抑制する。特に、溶融金属に振動を与えるためには溶接電流を上記のように変動させることが効果的である(
図13参照)。
また、電流振幅制御における平均溶接電流及び平均溶接電圧に基づいて、第1溶接条件又は第2溶接条件を補正することにより、第1溶接条件及び第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行ったときの平均出力と、中心設定電流に係る溶接条件で溶接を行ったときの平均出力との差を小さくすることができる。
【0013】
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を周期的に切り換えて溶接を行う場合、前記第1溶接条件における設定電圧を、前記第1の溶接電流に対応付けられた前記設定電圧より高い電圧に補正する構成が好ましい。
【0014】
本態様にあっては、第1溶接条件の設定電圧を高めに補正することによって、溶滴移行形態のスプレー移行化を促すことができる。従って、溶接を安定化させることができる。
【0015】
前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件は、前記中心設定電流が350A以上、電流変動幅が50A以上150A以下とする溶接条件であり、前記第1溶接条件及び前記第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換える構成が好ましい。
【0016】
本態様にあっては、中心設定電流が350A以上のブローホールが発生しやすい溶接プロセスにおいて、電流変動幅を50A以上150A以下、変動周期を1Hz以上5Hz以下とすることにより、効果的にブローホールの発生を抑制することができる。
【0017】
前記第1溶接条件又は前記第2溶接条件は、アークによって母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に溶接ワイヤの先端部(溶融した領域を含む。以降の同様の表現では割愛する。)、又は該先端部に形成された液柱におけるアーク発生点が進入する溶接条件である構成が好ましい。
【0018】
本態様にあっては、母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に溶接ワイヤの先端部、又は該先端部に形成された液柱におけるアーク発生点が進入する(
図5B及び
図5C参照)。以下、凹状の溶融部分によって囲まれる空間を埋もれ空間と呼び、埋もれ空間に進入した溶接ワイヤの先端部、又は該先端部に形成された液柱におけるアーク発生点と、母材又は溶融部分との間に発生するアークを、適宜、埋もれアークと呼ぶ。また埋もれアークにて行う溶接を埋もれアーク溶接と呼ぶ。埋もれアーク溶接は、例えば、溶接ワイヤを約5~100m/分で送給し、300A以上の高電流を供給することによって、実現される。
一方、凹状の溶融部分が形成されないアーク、又は凹状の溶融部分に溶接ワイヤ先端部及びアーク発光点が侵入しない通常のアークを、非埋もれアークと呼ぶ。
埋もれアーク溶接においては、深い溶融池が形成されるため、シールドガス中のアルゴンが溶融金属に残留し、ブローホールが発生しやすい。本態様に係るアーク溶接方法にあっては、埋もれアーク溶接により深溶込みが得られると共に、ブローホールの発生を抑制することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のアーク溶接であって、電流振幅制御を行う場合の平均出力と、電流振幅制御を行わない場合の出力との差を小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本実施形態1に係るアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。
【
図2】本実施形態1に係るアーク溶接方法の手順を示すフローチャートである。
【
図4】電流振幅制御の処理手順を示すフローチャートである。
【
図6】実施形態1に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。
【
図7】出力補正の処理手順を示すフローチャートである。
【
図12】本実施形態1に係る電流振幅制御を行わなかったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。
【
図13】本実施形態1に係る電流振幅制御を行ったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。
【
図14】本実施形態2に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施形態に係るアーク溶接方法及びアーク溶接装置の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0022】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
(実施形態1)
<アーク溶接装置>
図1は、本実施形態に係るアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。本実施形態に係るアーク溶接装置は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる消耗電極式のガスシールドアーク溶接機であり、溶接電源1、トーチ2及びワイヤ送給部3を備える。本実施形態に係るアーク溶接装置は、埋もれアーク溶接及び非埋もれアーク溶接のいずれの溶接も行うことができる。
【0023】
トーチ2は、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内すると共に、アーク7a、7b(
図5参照)の発生に必要な溶接電流Iを供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤ5に接触し、溶接電流Iを溶接ワイヤ5に供給する。また、トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。シールドガスは、アーク7a、7bによって溶融した母材4及び溶接ワイヤ5の過度な酸化を防止するためのものである。シールドガスは、例えば炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、酸素及びアルゴンガスの混合ガス、アルゴン等の不活性ガス等である。
【0024】
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤであり、その直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤ5は、例えば、螺旋状に巻かれた状態でペールパックに収容されたパックワイヤ、あるいはワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。
【0025】
ワイヤ送給部3は、溶接ワイヤ5をトーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるモータとを有する。ワイヤ送給部3は、送給ローラを回転させることによって、ペールパック又はワイヤリールから溶接ワイヤ5を引き出し、引き出された溶接ワイヤ5をトーチ2へ所定速度で供給する。埋もれアーク溶接の場合、溶接ワイヤ5の送給速度は、例えば、約5~100m/分である。非埋もれアーク溶接の場合、溶接ワイヤ5の送給速度は、例えば、約1~22m/分である。なお、かかる溶接ワイヤ5の送給方式は一例であり、特に限定されるものでは無い。
【0026】
溶接電源1は、給電ケーブルを介して、トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続され、溶接電流Iを供給する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御回路12とを備える。なお、電源部11及び送給速度制御回路12を別体で構成しても良い。電源部11は、定電圧特性の電源であり、PWM制御された直流電流を出力する電源回路11a、電圧制御回路11b、設定回路11c、電流等設定回路11d、電圧検出部11e、電流検出部11f及び補正部11gを備える。
【0027】
設定回路11cは、中心設定電流を基準にして、埋もれアーク溶接に係る低電流の第1溶接条件と、高電流の第2溶接条件とを周期的に切り換えて設定し、設定された溶接条件を示す溶接条件設定信号を電圧制御回路11b及び電流等設定回路11dへ出力する回路である。中心設定電流はユーザによって設定される電流値であり、溶接電源1は、図示しない操作部にて中心設定電流を受け付ける。
第1溶接条件及び第2溶接条件は、少なくとも溶接電流Iの中心設定電流を350A以上、電流変動幅を50A以上150A以下とする溶接条件である。溶接電流Iの中心設定電流は、400A以上がより好ましい。
例えば、第1溶接条件は溶接電流Iが350A、第2溶接条件は溶接電流Iが450Aとなる条件である(400A±50A)。
また、第1溶接条件は溶接電流Iが300A、第2溶接条件は溶接電流Iが500Aとなる条件としてもよい(400A±100A)。
更に、第1溶接条件は溶接電流Iが250A、第2溶接条件は溶接電流Iが550Aとなる条件としてもよい(400A±150A)。
設定回路11cは、第1溶接条件及び第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換える。より好ましくは、第1溶接条件及び第2溶接条件を2Hz以上3Hz以下の周期で切り換えるように設定回路11cを構成するとよい。
【0028】
電流等設定回路11dは、溶接電流Iの設定電流値を示す電流設定信号Irを電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する回路である。設定回路11cにて第1溶接条件が設定された場合、電流等設定回路11dは、中心設定電流よりも低い低電流値を示す電流設定信号Irを、電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。設定回路11cにて第2溶接条件が設定された場合、中心設定電流よりも高い高電流値を示す電流設定信号Irを、電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。ただし、第1溶接条件及び第2溶接条件の設定電流は補正部11gによって適宜補正される。
【0029】
電流等設定回路11dは、補正部11gを備える。補正部11gは、電流振幅制御を行ったときの溶接電源1の平均出力と、中心設定電流を用いた電流振幅制御を行わない場合の出力との差が小さくなるように、第1溶接条件及び第2溶接条件の設定電流を補正する。電流等設定回路11dは、補正部11gによって補正された設定電流を示す電流設定信号Irを電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。
【0030】
送給速度制御回路12は、ワイヤの送給を指示する送給指示信号を、ワイヤ送給部3へ出力し、電流設定信号Irに応じた速度で溶接ワイヤ5を送給させる。電流設定信号Irが高電流値を示す場合、高送給速度値を示す送給指示信号を出力し、電流設定信号Irが低電流値を示す場合、低送給速度値を示す送給指示信号を出力する。
【0031】
また電流等設定回路11dは、溶接電源1の設定電圧を示した出力電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する回路である。電流等設定回路11dは、設定電流及び設定電圧の組合せに対応付けられた複数の外部特性を記憶している。また、設定電流に対して、推奨環境における定常溶接状態において推奨される設定電圧(一元電圧とも称される)を記憶しており、電流等設定回路11dは、設定電流に基づいて推奨の設定電圧を決定する。なお上記一元電圧とは、推奨環境での定常溶接状態における推奨設定電流であるが、実際の溶接では必ずしも推奨の環境では溶接されず、環境に応じて設定電圧は一元電圧から適宜調整される。ただし表記を簡潔にするため、以後、環境に応じて調整された後の一元電圧についても、単に一元電圧と表記する。
具体的には、電流等設定回路11dは、第1溶接条件が設定された場合、第1溶接条件の設定電流に基づいて、設定電圧(一元電圧)を決定し、決定された設定電圧を示した出力電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する。同様に、電流等設定回路11dは、第2溶接条件が設定された場合、第2溶接条件の設定電流に基づいて、設定電圧(一元電圧)を決定し、決定された設定電圧を示した出力電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する。
ただし、電流振幅制御において、溶滴移行形態をスプレー移行で安定化させるためには、設定電圧を一元電圧よりも高めの電圧に補正することが望ましい。具体的には、低電流側の第1溶接電流に対応する設定電圧を一元電圧よりも4V高めに設定するとよい。なお、第1溶接電流及び第2溶接電流に対応する設定電圧の双方を高めに補正してもよい。
【0032】
本実施形態1に係る溶接電源1は定電圧特性を有する電源として振る舞う。例えば、溶接電源1は、100Aの溶接電流Iの増加に対する溶接電圧Vの低下が2V以上20V以下となる外部特性を記憶している。なお、外部特性は、設定電流及び設定電圧の組合せ毎に異なるものであってもよいし、共通であってもよい。
【0033】
電圧検出部11eは、アーク電圧Vを検出し、検出した電圧値を示す電圧値信号Vdを電圧制御回路11b及び補正部11gへ出力する。
【0034】
電流検出部11fは、例えば、溶接電源1からトーチ2を介して溶接ワイヤ5へ供給され、アーク7a、7bを流れる溶接電流Iを検出し、検出した電流値を示す電流値信号Idを電圧制御回路11b、送給速度制御回路12及び補正部11gへ出力する。
【0035】
電圧制御回路11bは、定電圧特性で動作し、出力電圧設定信号Erに応じた電圧が電源回路11aから出力されるように、電源回路11aの動作を制御する回路である。電圧制御回路11bは、溶接電源1の通電経路に存在する電気抵抗R及びリアクトルLを電子的に制御し、定電圧特性を実現する。
電圧制御回路11bは、電圧検出部11eから出力された電圧値信号Vdと、電流検出部11fから出力された電流値信号Idと、電流等設定回路11dから出力された電流設定信号Ir及び出力電圧設定信号Erとに基づいて、差分信号Eiを算出し、算出した差分信号Eiを電源回路11aへ出力する。差分信号Eiは、検出された電流値と、電源回路11aから出力されるべき電流値との差分を示す信号である。
【0036】
電源回路11aは、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。電源回路11aは、電圧制御回路11bから出力された差分信号Eiに従って、差分信号Eiが小さくなるようにインバータをPWM制御し、電圧を溶接ワイヤ5へ出力する。その結果、母材4及び溶接ワイヤ5間に、所定のアーク電圧Vが印加され、溶接電流Iが通電する。
なお、溶接電源1には、図示しない制御通信線を介して外部から出力指示信号が入力されるように構成されており、電源部11は、出力指示信号をトリガにして、電源回路11aに溶接電流Iの供給を開始させる。出力指示信号は、例えば、トーチ2側に設けられた手元操作スイッチが操作された際にトーチ2側から溶接電源1へ出力される信号である。
【0037】
図2は、本実施形態に係るアーク溶接方法の手順を示すフローチャート、
図3は、溶接対象の母材4を示す側断面図である。まず、溶接により接合されるべき一対の母材4をアーク溶接装置に配置し、溶接モード、電流振幅制御を利用するか否か等、各種設定を行う(ステップS111)。具体的には、
図3に示すように板状の第1母材41及び第2母材42を用意し、被溶接部である端面41a、42aを突き合わせて、所定の溶接作業位置に配する。第1母材41及び第2母材42は、例えばステンレス鋼である。なお、必要に応じて、第1母材41及び第2母材42にY形、レ形等の任意形状の開先を設けても良い。また第1及び第2母材41、42は、例えば軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼等の鋼板であってもよい。なお上記は突合せ溶接継手の例の説明であるが、すみ肉溶接継手やT継手などを含め、溶接継手の種類によって制限されるものではない。
【0038】
各種設定が行われた後、溶接電源1は、溶接電流Iの出力開始条件を満たすか否かを判定する(ステップS112)。具体的には、溶接電源1は、溶接の出力指示信号が入力されたか否かを判定する。出力指示信号が入力されておらず、溶接電流Iの出力開始条件を満たさないと判定した場合(ステップS112:NO)、溶接電源1は、出力指示信号の入力待ち状態で待機する。
【0039】
溶接電流Iの出力開始条件を満たすと判定した場合(ステップS112:YES)、溶接電源1は、電流振幅制御を実行するか否かを判定する(ステップS113)。ユーザは電流振幅制御の利用の有無は選択することができ、溶接電源1は、図示しない操作部にて電流振幅制御の有無の設定を受け付ける。
【0040】
電流振幅制御を実行しないと判定した場合(ステップS113:NO)、溶接電源1は、電流振幅制御を用いない溶接制御を実行する(ステップS114)。電流振幅制御を実行すると判定した場合(ステップS113:YES)、溶接電源1は、電流振幅制御を用いた溶接制御を実行する(ステップS115)。また、溶接電源1は、電流振幅制御を行ったときの溶接電源1の平均出力と、中心設定電流のみを設定電流として用いたときの出力との差が小さくなるように、第1溶接条件及び第2溶接条件の設定電流を補正する(ステップS116)。ステップS115及びステップS116の処理の詳細は後述する。
【0041】
ステップS114又はステップS116の処理を終えた場合、溶接電源1の電源部11は、溶接電流Iの出力を停止するか否かを判定する(ステップS117)。具体的には、溶接電源1は、出力指示信号の入力が継続しているか否かを判定する。出力指示信号の入力が継続しており、溶接電流Iの出力を停止しないと判定した場合(ステップS117:NO)、電源部11は、処理をステップS113へ戻し、溶接電流Iの出力を続ける。溶接電流Iの出力を停止すると判定した場合(ステップS117:YES)、電源部11は、処理を終える。
【0042】
<電流振幅制御>
図4は電流振幅制御の処理手順を示すフローチャートである。溶接電源1の設定回路11cは、切り換え周期が到来したか否かを判定する(ステップS131)。切り換え周波数は1Hz~5Hzであり、設定回路11cは現在の溶接条件が設定されてから、当該切り換え周波数の周期に相当する時間が経過したか否かを判定する。切り換え周期が到来したと判定した場合(ステップS131:YES)、設定回路11cは、溶接条件を切り換える(ステップS132)。第1溶接条件が設定されている場合、設定回路11cは、第2溶接条件を設定する。第2溶接条件が設定されている場合、設定回路11cは、第1溶接条件を設定する。なお、溶接開始時、初回においては、第1溶接条件を設定するとよい。
【0043】
次いで、溶接電源1は、設定電圧を補正する(ステップS133)。設定電圧として一元電圧をそのまま用いて、電流振幅制御を行うと、短絡が生じ、溶接が不安定化することがある。高電流溶接で溶融金属量が多く、溶接電流Iの変動も大きいため、短絡が発生すると、溶接が著しく不安定化すると共に、大粒かつ多量のスパッタが発生する。
【0044】
溶滴移行形態は、主に短絡移行、グロビュール移行、スプレー移行の3形態に分類される。短絡移行は、溶接ワイヤ5が溶融池と短絡及び解放を繰り返す溶滴移行形態であり、低電流域では短絡及び解放サイクルの周期が小さく規則的で、アークは比較的安定する。ただし高電流域では短絡及び解放サイクルの周期が大きく不規則であり、アークは不安定化しやすい。グロビュール移行は、溶滴が溶接ワイヤ5の直径以上の大きさになって移行する形態であり、ドロップ移行と、反発移行とに細分される。反発移行は、溶接ワイヤ5の先端部5aに、ワイヤ径よりも大きな溶滴が形成され、アークの反力によって押し上げられ、溶滴が不規則で不安定な挙動を示す移行形態である。反発移行になると、アークが不安定化する。スプレー移行は、溶接ワイヤ5より小さい溶滴が移行する形態であり、アークは安定化する。
250A以上400A以下の電流域は、反発移行とスプレー移行の混在領域であり、必ずしも溶滴移行がスプレー移行とならない。溶滴移行が反発移行になると、しばしば不規則な短絡が生じ、アークが不安定化する。
【0045】
そこで、溶接電源1は、設定電圧を、溶滴移行形態がスプレー移行となる設定電圧に補正する。具体的には、溶接電源1は、低電流側の第1溶接条件における設定電圧を高めに補正する。より具体的には、4V高めに設定する。このように設定電圧を補正することによって、溶滴移行形態をスプレー移行で安定化させることができ、短絡を抑制し、溶接を安定化させることができる。なお、第1溶接条件及び第2溶接条件の設定電圧の双方を高めに補正するように構成してもよい。
【0046】
ステップS133の処理を終えた場合、又は切り換え周期が到来していないと判定した場合(ステップS131:NO)、溶接電源1は、設定回路11cによって設定された溶接条件に基づいて、溶接ワイヤ5の送給、電源部11の出力を制御することによって溶接制御を行う(ステップS134)。具体的には、溶接電源1の送給速度制御回路12は、ワイヤの送給を指示する送給指示信号を、ワイヤ送給部3へ出力し、電流設定信号Irに応じた速度で溶接ワイヤ5を送給させる。また、溶接電源1の電源部11は、電圧検出部11e及び電流検出部11fにてアーク電圧V及び溶接電流Iを検出し、検出された溶接電流I及び溶接電圧Vが、設定電流及び設定電圧に対応する外部特性線上に存在するように、電源部11の出力をPWM制御する。
埋もれアーク状態を取り得る臨界電流は、溶接ワイヤ5やシールドガスの種類によって異なるが、例えば溶接ワイヤ5としてステンレスソリッドワイヤ、シールドガスとして98%Ar+2%O2混合ガスを用いる場合、平均電流が350A以上となる第1溶接条件及び第2溶接条件が設定されると、埋もれアーク状態となる。なお、第1溶接条件又は第2溶接条件の少なくとも一方が、埋もれアークの条件を満たせば良い。上記溶接ワイヤ5及びシールドガスの場合、低電流条件、特に350A未満では埋もれアークを維持することが困難であるが、高電流条件時に埋もれアークとなっていれば、深溶込みが得られる。また埋もれアークは、後述の完全埋もれアークと、準埋もれアークとの両方を含む。
電源部11は、100Aの溶接電流Iの増加に対するアーク電圧Vの低下が2V以上20V以下となる外部特性を有するように構成するとよい。電源部11の外部特性をこのように設定することにより、埋もれアーク状態を維持することが容易となる。
【0047】
図5は、埋もれアーク状態の説明図である。アルゴンを含有するシールドガスを用いる埋もれアーク溶接であって、平均電流が300A以上の高電流が溶接ワイヤ5に供給され、約5~100m/分で溶接ワイヤ5が送給されている場合、溶接ワイヤ5の先端部5aには溶融したワイヤが細長く伸びた液柱8が形成される。また母材4及び溶接ワイヤ5の溶融金属からなる凹状の溶融部分6が母材4に形成される。液柱8の比較的下部と凹状の溶融部分6の間には、輝度の強いアーク7aが形成される。一方、液柱8の比較的上部あるいは固体の溶接ワイヤ5と凹状の溶融部分6の間には、比較的輝度の弱いアーク7bが形成される。
図5Aは、溶接ワイヤ5あるいは液柱8側における、アーク7a及び7bの発生点が、凹状の溶融部分6に取り囲まれた埋もれ空間に進入していないアーク状態を示している。
図5Bは、液柱8側におけるアーク7bの発生点のみが埋もれ空間に進入した準埋もれアーク状態、
図5Cは、溶接ワイヤ5あるいは液柱8側におけるアーク7aの発生点まで埋もれ空間に進入した完全埋もれアーク状態を示している。
準埋もれアーク溶接あるいは埋もれアーク溶接では、凹状の溶融部分6の底部61に照射されるアーク7a又は7bによって、深溶込みが得られる。
【0048】
図6は、実施形態1に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。横軸は時間、縦軸は設定電流を示している。ステップS131~ステップS133の処理によって、第1及び第2溶接条件が周期的に切り換えられ、
図6に示すように、第1溶接電流及び第2の溶接電流の設定値が周期的に変動する。
このように、溶接電流Iの中心設定電流を350A以上、電流変動幅を50A以上150A以下とする第1溶接条件及び第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換えて変動させることによって、溶融金属を振動させ、ブローホールの発生を抑制することができる。
【0049】
<出力補正>
図7は、出力補正の処理手順を示すフローチャート、
図8及び
図9は、出力補正を示す説明図である。
図8及び
図9中、横軸は電流及び縦軸は電圧を示している。黒丸は、電流振幅制御を用いる場合における中心設定電流及び中心設定電圧を示している。太線は、当該中心設定電流及び中心設定電圧に基づく外部特性線を示している。電流振幅制御を用いない場合は、溶接電源1によって、溶接電流及び溶接電圧がこの外部特性線で表される関係を満たすように出力制御される。
【0050】
溶接電源1は、電圧検出部11e及び電流検出部11fにて、電流振幅制御を用いて溶接を行っているときの溶接電圧及び溶接電流を検出する(ステップS151)。そして、溶接電源1の補正部11gは、電圧検出部11e及び電流検出部11fによって検出された溶接電圧及び溶接電流に基づいて、平均溶接電圧及び平均溶接電流を算出する(ステップS152)。
【0051】
図8及び
図9中、星印は、平均溶接電圧及び平均溶接電流で定まる仮想的な安定動作点を示している。実際には、電流振幅制御により、溶接電流及び溶接電圧は周期的に切り換えられて変動しているため、厳密な意味で安定動作点は一点に定まらない。ここでは、平均溶接電圧及び平均溶接電流を定常的な仮想の溶接電圧及び溶接電流として考え、この溶接電圧及び溶接電流で定まる動作点を、仮想安定動作点と呼んでいる。
【0052】
次いで、補正部11gは、
図9中破線で示すように、仮想安定動作点がのる外部特性線を特定する(ステップS153)。溶接電源1は、設定電流及び設定電圧の組合せに対応する複数の外部特性を記憶している。補正部11gは、設定電流及び設定電圧の組合せに対応付けられた複数の外部特性の中から、検出された前記平均溶接電流及び前記平均溶接電圧を出力することができる外部特性を与える仮想の設定電流を特定する。
【0053】
補正部11gは、ステップS153で特定した外部特性線に係る設定電流(以下、仮想設定電流と呼ぶ)と、中心設定電流との差分ΔIを算出する(ステップS154)。そして、補正部11gは、差分ΔIに基づいて、中心設定電流を補正する(ステップS155)。具体的には、補正部11gは、ステップS153で特定した外部特性線に係る設定電流から中心設定電流を減算した差分ΔIを算出する。そして、補正部11gは、第1溶接電流から差分ΔIを減算することによって、溶接電流を補正する。同様に補正部11gは第2溶接電流から差分ΔIを減算することによって、溶接電流を補正する。
【0054】
図9に示すように、仮想動作点で定まる外部特性線と、中心設定電流で定まる外部特性線とが乖離している場合、仮想動作点で定まる外部特性線における仮想設定電流と、中心設定電流との差分だけ、出力が過大になっていると考えられる。そこで、中心設定電流を差分ΔIだけ小さく設定することによって、電流振幅制御を行ったときの出力と、中心設定電流を設定電流として用いた定電流溶接を行ったときの出力との差を小さくすることができる。
【0055】
図10は、出力補正例を示す説明図である。
図10Aは溶接電流補正前の状態、
図10Bは溶接電流補正後の状態を示している。例えば、溶接ワイヤ5としてワイヤ径1.6mmのステンレスソリッドワイヤを用い、シールドガスとして98%アルゴン+2%酸素O2を用いる。補正前の中心設定電流は400Aである。電流振幅制御を行う場合、溶接電源1は、400Aを中心設定電流として、例えば振幅を100Aで溶接電流を2Hzで周期的に変動させて埋もれアーク溶接を行う。
このとき実際に出力された平均溶接電流は450Aであり、仮想安定動作点は星印で示す点になったとする。仮想安定動作点は、破線で示す外部特性線にある。この外部特性線における仮想設定電流及びそれに対応する一元電圧は白丸で示す点にあり、この仮想設定電流は420Aである。
この場合、補正前は、設定電流420Aに対応する出力が得られていると考えられる。そこで、溶接電源1は、
図10Bに示すように、補正前の中心設定電流400Aから差分20A(=420A-400A)を減算することにより、補正する。補正後の中心設定電流は380Aである。補正後の中心設定電流380Aを用いて電流振幅制御を行うと、
図10B中の星印で示すように仮想安定動作点は、およそ設定電流400Aに対応する外部特性線上に移動する。中心設定電流の補正により、溶接電源1の出力は、設定電流400Aで、電流振幅制御を行わない場合に想定される出力と同等になる。
【0056】
なお、
図10Bに示すように、補正後の仮想安定動作点は、黒丸で示す補正前の設定電流及び一元電圧に一致していないが、本実施形態1は、仮想安定動作点を標準の設定電流及び一元電圧に一致させることを目的とするものではない。電流振幅制御を用いた溶接を行ったときの出力を、電流振幅制御を用いずに溶接を行ったときの実際の出力に合わせることを目的としている。つまり、仮想安定動作点を、中心設定電流に係る溶接条件で電流振幅制御を用いずに溶接を行ったときの動作点(当該動作点は、当該中心設定電流に基づく外部特性線上にある)に一致させ、又は近づけることによって、出力を合わせることを目的としているため、必ずしも補正後の仮想安定動作点は、設定電流及び一元電圧に一致するとは限らない。
【0057】
以上の制御により、電流振幅制御を用いたときも、電流振幅制御を用いないときの溶接電源1の出力と同程度の出力を得ることができる。
【0058】
<電流振幅制御の作用効果>
図11は、溶接継手を模式的に示す断面図である。
図11Aは非埋もれアーク溶接によって得られる溶接継手の断面図であり、
図11Bは埋もれアーク溶接によって得られる溶接継手の断面図である。埋もれアーク溶接では、
図11Bに示すように、ビード9中央部の溶込みが通常のアーク溶接で得られるビード9よりも深い、いわゆるフィンガー状の溶込みを呈する。この傾向は、シールドガス中のAr含有量が増加するほど顕著であり、最深部にブローホールが残留しやすいことが知られている。またアルゴンは不活性ガスであり、溶融金属内に巻き込まれるとブローホールの一因となる。従って、アルゴンを含有するシールドガスを用いる埋もれアーク溶接では、ブローホールが非常に発生しやすい。
【0059】
図12は、本実施形態1に係る電流振幅制御を行わなかったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。例えばステンレス鋼板SUS304に対して、ステンレスソリッドワイヤを用いて、溶接電流400A、溶接速度30cm/分で埋もれアーク溶接を行うと、
図12の放射線透過試験結果のように多くのブローホールが発生する。
【0060】
そこで本実施形態1では、溶接電流Iの中心設定電流を350A以上、電流変動幅を50A以上150A以下とする第1溶接条件及び第2溶接条件を1Hz以上5Hz以下の周期で切り換えて変動させることによって、ブローホールの発生を抑制する。
【0061】
図13は、本実施形態1に係る電流振幅制御を行ったときの溶接継手の放射線透過試験結果を示す画像である。
図13中、「A(優)」は、ブローホールが発生していないことを示し、「B(良)」は、ブローホールの発生量が減少していることを示し、「C(可)」は、ブローホールの発生量がやや減少していることを示す。
図13中段に示すように、例えば、平均溶接電流(中心設定電流)400A、アーク電圧31.5V、ワイヤ突出し長さ20mm、溶接速度30cm/分の条件で、母材4としてステンレス鋼板SUS304、溶接ワイヤ5としてステンレスソリッドワイヤを用いて溶接を行うとき、溶接電流Iを300Aとする第1溶接条件と、溶接電流Iを500Aとする第2溶接条件とを、周波数2Hz又は3Hzで変動させて溶接を行うことにより、ブローホールの発生を抑制することができる。なお、上記第1溶接条件と、第2溶接条件とを、周波数1Hzで変動させた場合、周波数2Hz以上の場合と比べて効果は劣るものの、ブローホールの発生量を低減させることはできる。
また、
図13上段に示すように、上記と同様の条件で、溶接電流Iを350Aとする第1溶接条件と、溶接電流Iを450Aとする第2溶接条件とを、周波数1Hz以上で変動させて溶接を行うことにより、ブローホールの発生量をやや低減させることができる。
更に、
図13下段に示すように、上記と同様の条件で、溶接電流Iを250Aとする第1溶接条件と、溶接電流Iを550Aとする第2溶接条件とを、周波数1Hzで変動させて溶接を行うことにより、ブローホールの発生を抑制することができる。
以上の放射線透過試験の結果から、電流変動幅を50A以上、より好ましくは100A以上とすることで、ブローホールを効果的に抑制することができることが分かる。また変動周波数を1Hz以上、より好ましくは2Hz以上とすることで、ブローホールを効果的に抑制することができることが分かる。
【0062】
以上の通り、本実施形態1に係るアーク溶接方法及びアーク溶接装置によれば、アルゴンを含有するシールドガスを用いた、平均溶接電流が350A以上の消耗電極式のアーク溶接において、ブローホールの発生を抑制することができ、しかも電流振幅制御を行う場合の平均出力を、電流振幅制御を行わない場合の出力と同定に制御することができる。
【0063】
また、本実施形態1によれば、埋もれアーク溶接により深溶込みが得られると共に、ブローホールの発生を抑制することができる。
【0064】
更に、定電流側の設定電圧を一元電圧よりも高めに補正することによって、溶滴移行形態をスプレー移行化し、溶接を安定化することができる。
【0065】
更にまた、本実施形態1によれば、ステンレス鋼の埋もれアーク溶接において、ブローホールの発生を効果的に抑制することができる。
【0066】
なお、本実施形態1では、第1溶接条件と、第2溶接条件の2条件を周期的に変動させる例を説明したが、3つ以上の溶接条件を周期的に切り換えるように構成してもよい。
【0067】
また、本実施形態1では主に埋もれアーク溶接におけるブローホールの発生を抑制する例を説明したが、非埋もれアーク溶接に本発明を適用してもよい。
【0068】
更に、本実施形態1では、定常的に溶接電流を補正する例を説明したが、補正タイミングは特に限定されるものではない。設定電流の切り換えタイミングで補正処理を実行しても良いし、半周期、2周期毎等、適宜のタイミングで補正処理を実行すればよい。
【0069】
更にまた、本実施形態では、中心設定電流、又は第1及び第2設定電流から差分ΔIを減算することによって、溶接電流を補正する例を説明したが、差分ΔIに1倍超のゲインを乗じて補正前溶接電流から減算するようにしてもよい。
【0070】
(実施形態2)
実施形態2に係るアーク溶接方法及びアーク溶接装置は、更に設定電圧を10Hz以上1000Hz以下で変動させる点が実施形態1と異なるため、以下では主に上記相違点を説明する。その他の構成及び作用効果は実施形態1と同様であるため、対応する箇所には同様の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0071】
図14は本実施形態2に係る溶接条件の切り換え方法を示すタイミングチャートである。
図14中、横軸は時間、
図14Aの縦軸は設定電流Iを示し、
図14Bの縦軸は設定電圧を示している。ただし、
図14Aは、第1及び第2溶接条件に対応する第1溶接電流及び第2溶接電流の設定値を示しており、設定電圧の高周波振動による変動は図示されていない。
【0072】
実施形態2に係る電圧制御回路11bは、電流振幅制御において、更に、設定電圧を10Hz以上1000Hz以下の周波数、好ましくは50Hz以上300Hz以下の周波数、より好ましくは80Hz以上200Hz以下の周波数で設定電圧を周期的に変動させる。設定電圧の変動により、出力される溶接電流Iは例えば電流振幅50A以上で変動する。
【0073】
実施形態2に係るアーク溶接方法及びアーク溶接装置によれば、微振動によって溶融池を安定化させることによってビード9の乱れ及び垂れの発生を防止することができ、かつ1Hz以上5Hzの周波数で溶融池をゆっくりかつ大きく振動させることによって、ブローホールの発生を抑制することができる。
【符号の説明】
【0074】
1溶接電源、2トーチ、3ワイヤ送給部、4母材、5溶接ワイヤ、6溶融部分、11電源部、11a電源回路、11b電圧制御回路、11c設定回路、11d電流等設定回路、11g補正部、12送給速度制御回路