(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022031602
(43)【公開日】2022-02-21
(54)【発明の名称】組成物、結合阻害剤、医療機器およびCOVID-19の予防方法
(51)【国際特許分類】
A61K 35/32 20150101AFI20220214BHJP
A61K 35/51 20150101ALI20220214BHJP
A61K 35/35 20150101ALI20220214BHJP
A61K 38/43 20060101ALI20220214BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20220214BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220214BHJP
【FI】
A61K35/32
A61K35/51
A61K35/35
A61K38/43
A61P31/14
A61P43/00 111
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020191759
(22)【出願日】2020-11-18
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-02-10
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2020/027874
(32)【優先日】2020-07-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】WO
(71)【出願人】
【識別番号】520233113
【氏名又は名称】デクソンファーマシューティカルズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】古賀 祥嗣
【テーマコード(参考)】
4C084
4C087
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084AA06
4C084BA44
4C084DC01
4C084NA14
4C084ZB331
4C084ZB332
4C084ZC411
4C084ZC412
4C084ZC421
4C084ZC422
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BB46
4C087BB59
4C087BB63
4C087CA04
4C087CA47
4C087NA14
4C087ZB33
4C087ZC41
4C087ZC42
(57)【要約】
【課題】健常者または健常動物に対して投与することで、COVID-19などのACE2を受容体とするウイルス感染症の予防薬などとして用いることができる組成物の提供。
【解決手段】歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清を含む組成物であって、組成物がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、健常者または健常動物に対して投与する用途である組成物。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清を含む組成物であって、
前記組成物がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途である、組成物。
【請求項2】
歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清に由来する微小粒子を含む組成物であって、
前記微小粒子がACE2を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途である、組成物。
【請求項3】
前記微小粒子が前記歯髄由来幹細胞の培養上清に由来する微小粒子である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記微小粒子がエクソソームである、請求項2または3に記載の組成物。
【請求項5】
前記微小粒子が前記培養上清から精製された微小粒子である、請求項2~4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
前記微小粒子を0.01×108個/ml以上含む、請求項2~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
ACE2を100ng/ml以上含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
遺伝子改変されていない、前記歯髄由来幹細胞、前記脂肪由来幹細胞または前記臍帯由来幹細胞の培養上清を用いる、請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合阻害用途である、請求項1~8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
ACE2を受容体とするウイルスのSpikeタンパク質と、ヒトまたはヒト以外の動物のACE2との結合の阻害率が40%以上である、請求項1~9のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項11】
ACE2を有する細胞へのSARS-CoV-2の細胞侵入阻害用途または細胞融合阻害用途である、請求項9または10に記載の組成物。
【請求項12】
健常者または健常動物に対するCOVID-19の予防薬である、請求項1~11のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項13】
前記歯髄由来幹細胞、前記脂肪由来幹細胞または前記臍帯由来幹細胞が、ヒト歯髄由来幹細胞、ヒト脂肪由来幹細胞またはヒト臍帯由来幹細胞である、請求項1~12のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項14】
歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清を含む結合阻害剤であって、
前記結合阻害剤がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途であり、
ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合を阻害する、結合阻害剤。
【請求項15】
歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清に由来する微小粒子を含み、
前記微小粒子がACE2を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途であり、
ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合を阻害する、結合阻害剤。
【請求項16】
請求項1~13のいずれか一項に記載の組成物、ならびに、請求項14または15に記載の結合阻害剤のうち少なくとも一方を含む、医療機器。
【請求項17】
請求項1~13のいずれか一項に記載の組成物、ならびに、請求項14または15に記載の結合阻害剤のうち少なくとも一方をヒトまたはヒト以外の動物に投与する工程、または請求項16に記載の医療機器をヒトまたはヒト以外の動物に装着する工程を含む、COVID-19の予防方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組成物、結合阻害剤、医療機器およびCOVID-19の予防方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新型コロナウイルスとも言われるSARS-CoV-2(2019-nCoV)は、新たなコロナウイルス感染症(COVID-19)の発生を引き起こしている。これに対して、COVID-19の治療法や予防方法が検討されている。その中でも、間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell;MSC)を用いる方法が、COVID-19肺炎の治療法として有効であることが知られてきている(非特許文献1~3参照)。
【0003】
非特許文献1には、間葉系幹細胞ベースの免疫調節治療がCOVID-19の適切な治療アプローチとして提案されていることが記載されている。特に非特許文献1には、MSCの静脈内移植後、かなりの数の細胞集団が肺に蓄積し、免疫調節効果とともに肺胞上皮細胞を保護し、肺微小環境を取り戻し、肺線維症を予防し、肺機能障害を治癒できることが記載されている。非特許文献1の431ページには、この非特許文献1中で引用する文献[25]ではACE2陰性のMSC細胞を用いた方がよいことが記載されている。
【0004】
非特許文献2には、臍帯間葉系幹細胞(Umbilical Cord Mesenchymal Stem Cell)の抗炎症作用および免疫調節作用により、組織を治癒し、それによりCOVID-19からの回復を促進できることが記載されている。さらに非特許文献2には、SARS-CoV-2はSARS-CoVと同様にアンジオテンシン変換酵素2(Angiotensin-converting enzyme 2;ACE2)を有する細胞(肺胞II型細胞や毛細血管内皮細胞など)に結合するため(J. Biol. Chem., 2005 Aug 26, 280(34), pp.30113-30119も参照)、ACE2に結合する薬の開発が求められることが記載されている。
【0005】
非特許文献3には、ACE2-の(ACE2を含まない)間葉系幹細胞の静脈内移植は、COVID-19肺炎の患者、特に非常に重篤な患者の治療に安全で効果的であったことが記載されている。
非特許文献4には、MSCを用いたCOVID-19の治療の臨床試験計画が記載されているものの、治療薬として有効であったかは明記されていない。非特許文献4のFIGURE 1のMSCsはACE2陰性になっており、7ページの左カラムの4行目にはACE2陰性の骨髄由来間葉系幹細胞MSCsを用いた方がよいことついて記載された文献[26]が挙げられている(非特許文献4中の文献[26]は非特許文献1中の文献[25]と同じ文献)。また、非特許文献4には、他のソースでのACE2の発現は不明と記載されている。
非特許文献5にも同様にMSCを用いたCOVID-19の治療の臨床試験計画が記載されているものの、治療薬として有効であったかは明記されていない。なお、非特許文献5にはACE2に関する記載はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Stem Cell Rev Rep., 2020 Apr 13, Vol. 16, pp.427-433
【非特許文献2】Pain Physician, 2020 Mar 23, 23(2), E71-E83
【非特許文献3】Aging and Disease, 2020 Apr, 11(2), pp.216-228
【非特許文献4】Frontiers in Immunology, 2020 July 03, Vol.11, 1563, pp.1-10
【非特許文献5】Expert Opinion on Biological Therapy, 2020 April 29, 20(7), pp.711-716
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1~5では、間葉系幹細胞の有効成分や、COVID-19の治療のメカニズムを十分には特定できていなかった。また、非特許文献1~5では、間葉系幹細胞を臨床段階、すなわちCOVID-19を発症して入院している患者への治療法に用いることに注目しており、健常者に対して投与することは全く注目していなかった。そのため、非特許文献1~5では、間葉系幹細胞を用いたCOVID-19の予防方法については解明されていなかった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、健常者または健常動物に対して投与することで、COVID-19などのACE2を受容体とするウイルス感染症の予防薬などとして用いることができる組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、特定の間葉系幹細胞の培養上清を用いることにより、ACE2を受容体とするウイルスと、ACE2との結合を阻害することを実験的に確認して、上記の課題を解決できることを見出した。特に好ましくは、特定の間葉系幹細胞の培養上清に由来するエクソソームがACE2を発現して含有していることを見出し、このエクソソームを用いることにより、SARS-CoV-2の生体細胞への吸着を阻害または遮断して、上記の課題を解決できることを見出した。
非特許文献1および4ではCOVID-19の治療ではACE2陰性のMSCを用いる方が良いと記載されているが、逆にACE2陽性の組成物やエクソソームなどを用いて健常者のCOVID-19の予防ができることは非特許文献1および4からは読み取れない。そもそもウイルス感染症の治療の臨床試験計画が記載された文献を参照しても、何ら実験的に確認せずに、健常者へのウイルス感染症の予防薬としての有効性は読み取れない。
具体的に、本発明および本発明の好ましい構成は、以下のとおりである。
【0010】
[1] 歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清を含む組成物であって、
組成物がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途である、組成物。
[2] 歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清に由来する微小粒子を含む組成物であって、
微小粒子がACE2を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途である、組成物。
[3] 微小粒子が歯髄由来幹細胞の培養上清に由来する微小粒子である、[2]に記載の組成物。
[4] 微小粒子がエクソソームである、[2]または[3]に記載の組成物。
[5] 微小粒子が培養上清から精製された微小粒子である、[2]~[4]のいずれか一項に記載の組成物。
[6] 微小粒子を0.01×108個/ml以上含む、[2]~[5]のいずれか一項に記載の組成物。
[7] ACE2を100ng/ml以上含む、[1]~[6]のいずれか一項に記載の組成物。
[8] 遺伝子改変されていない、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞または臍帯由来幹細胞の培養上清を用いる、[1]~[7]のいずれか一項に記載の組成物。
[9] ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合阻害用途である、[1]~[8]のいずれか一項に記載の組成物。
[10] ACE2を受容体とするウイルスのSpikeタンパク質と、ヒトまたはヒト以外の動物のACE2との結合の阻害率が40%以上である、[1]~[9]のいずれか一項に記載の組成物。
[11] ACE2を有する細胞へのSARS-CoV-2の細胞侵入阻害用途または細胞融合阻害用途である、[9]または[10]に記載の組成物。
[12] 健常者または健常動物に対するCOVID-19の予防薬である、[1]~[11]のいずれか一項に記載の組成物。
[13] 歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞または臍帯由来幹細胞が、ヒト歯髄由来幹細胞、ヒト脂肪由来幹細胞またはヒト臍帯由来幹細胞である、請求項[1]~[12]のいずれか一項に記載の組成物。
[14] 歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清を含む結合阻害剤であって、
結合阻害剤がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途であり、
ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合を阻害する、結合阻害剤。
[15] 歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清に由来する微小粒子を含み、
微小粒子がACE2を含有し、
健常者または健常動物に対して投与する用途であり、
ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合を阻害する、結合阻害剤。
[16] [1]~[13]のいずれか一項に記載の組成物、ならびに、[14]または[15]に記載の結合阻害剤のうち少なくとも一方を含む、医療機器。
[17] [1]~[13]のいずれか一項に記載の組成物、ならびに、[14]または[15]に記載の結合阻害剤のうち少なくとも一方をヒトまたはヒト以外の動物に投与する工程、または[16]に記載の医療機器をヒトまたはヒト以外の動物に装着する工程を含む、COVID-19の予防方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、健常者または健常動物に対して投与することで、COVID-19などのACE2を受容体とするウイルス感染症の予防薬などとして用いることができる組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、各実施例の組成物(培養上清)のSpike-ACE2結合の阻害率を示したグラフである。
【
図2】
図2は、実施例11の組成物(エクソソーム)のSpike-ACE2結合の阻害率を示したグラフである。
【
図3】
図3は、陽性コントロールとして用いるPNT2 EVsの発現レベルを100とした場合における、各実施例および参考例の組成物に含まれるエクソソームのACE2発現レベルの相対値を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
[組成物]
本発明の組成物の第1の態様は、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞(以下、歯髄由来幹細胞等ともいう)の培養上清を含む組成物であって、組成物がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、健常者または健常動物に対して投与する用途である。
本発明の組成物の第2の態様は、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞(以下、歯髄由来幹細胞等ともいう)の培養上清に由来する微小粒子を含む組成物であって、微小粒子がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、健常者または健常動物に対して投与する用途である。
本発明の組成物は、健常者または健常動物に対して投与することで、COVID-19などのACE2を受容体とするウイルス感染症の予防薬などとして用いることができる。
以下、本発明の組成物の好ましい態様を説明する。
【0015】
<微小粒子>
本発明では、歯髄由来幹細胞等の培養上清に由来する微小粒子を用いる。微小粒子は、例えば、歯髄由来幹細胞等からの分泌、出芽または分散などにより、歯髄由来幹細胞等から導き出され、細胞培養培地に浸出、放出または脱落する。そのため、微小粒子は、歯髄由来幹細胞等の培養上清に含まれる。
本発明の組成物は、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清に由来する微小粒子を、これらの培養上清に含まれた状態で用いてもよく、または培養上清から精製した状態で用いてもよい。すなわち、歯髄由来幹細胞等の培養上清を本発明の組成物として用いてもよいし、これらの培養上清から精製された微小粒子を含む任意の組成物を本発明の組成物として用いてもよい。
本発明では、培養上清から精製された微小粒子を本発明の組成物として用いるよりも、歯髄由来幹細胞等の培養上清を本発明の組成物として用いることが、Spike-ACE2結合阻害率が高い観点から好ましい。
【0016】
本発明の組成物の第1の態様では、組成物がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有しており、微小粒子がACE2を含有していることが好ましい。本発明の組成物の第2の態様では、微小粒子がACE2を発現し、含有している。ACE2は、ACEファミリーの亜鉛メタロプロテアーゼであり、レニン-アンジオテンシン系の重要な調節因子である。ACE2は、ACEよりも組織分布が制限されており、主に心臓、腎臓、精巣、気道・肺および腸管の上皮細胞(粘膜細胞)、肺胞II型細胞、毛細血管内皮細胞などに存在する。
ACE2を含有している主成分が微小粒子であると予想されるため、総タンパク量が同量の場合、精製された微小粒子の方が、歯髄由来幹細胞等の培養上清よりもSpike-ACE2結合阻害率が高くなると、通常は予測される。しかし、本発明では意外にも、歯髄由来幹細胞等の培養上清(特に歯髄由来幹細胞の培養上清)の方が、精製された微小粒子よりもSpike-ACE2結合阻害率が高いことを、結合阻害実験で実際に確認して見出した。
【0017】
(微小粒子の特性)
微小粒子は、エクソソーム(exosome)、微小胞、膜粒子、膜小胞、エクトソーム(Ectosome)およびエキソベシクル(exovesicle)、またはマイクロベシクル(microvesicle)からなる群から選択される少なくとも1種類であることが好ましく、エクソソームであることがより好ましい。
微小粒子の直径は、10~1000nmであることが好ましく、30~500nmであることがより好ましく、50~150nmであることが特に好ましい。
微小粒子は、その表面にACE2を発現して、配置されていることが、ACE2を受容体とするウイルスと結合しやすい観点から好ましい。
また、微小粒子の表面には、CD9、CD63、CD81などのテトラスパニンという分子が存在することが望ましく、それはCD9単独、CD63単独、CD81単独でもよく、あるいはそれらの2つないしは3つのどの組み合わせでも良い。
以下、微小粒子として、エクソソームを用いる場合の好ましい態様を説明することがあるが、本発明の微小粒子はエクソソームに限定されない。
【0018】
エクソソームは、原形質膜との多胞体の融合時に細胞から放出される細胞外小胞であることが好ましい。
エクソソームの表面は、歯髄由来幹細胞等の細胞膜由来の脂質およびタンパク質を含むことが好ましい。
エクソソームの内部には、核酸(マイクロRNA、メッセンジャーRNA、DNAなど)およびタンパク質など歯髄由来幹細胞等の細胞内の物質を含むことが好ましい。
エクソソームは、ある細胞から別の細胞への遺伝情報の輸送による、細胞と細胞とのコミュニケーションのために使用されることが知られている。エクソソームは、容易に追跡可能であり、特異的な領域に標的化され得る。
【0019】
(微小粒子の含有量)
本発明の組成物は、微小粒子の含有量は特に制限はない。本発明の組成物は、Spike-ACE2結合の阻害率を高める観点から、微小粒子を0.5×108個以上含むことが好ましく、1.0×108個以上含むことがより好ましく、2.0×108個以上含むことが特に好ましい。
本発明の組成物は、総タンパク質量としての微小粒子の含有量は特に制限はない。本発明の組成物は、Spike-ACE2結合の阻害率を高める観点から、総タンパク質量として微小粒子を0.5ng以上含むことが好ましく、1ng以上含むことがより好ましく、2ng以上含むことが特に好ましい。さらに本発明の組成物は総タンパク質量として微小粒子を、2ngを超えて含めば、さらにSpike-ACE2結合の阻害率を高めることができる。
また、本発明の組成物は、微小粒子の含有濃度は特に制限はない。本発明の組成物は、Spike-ACE2結合の阻害率を高める観点から、微小粒子を0.01×108個/mL以上含むことが好ましく、0.05×108個/mL以上含むことがより好ましく、0.1×108個/mL以上含むことが特に好ましい。
微小粒子の含有量が多いまたは含有濃度が高い組成物を調製することは困難である。本発明の組成物では、後述の方法で製造する歯髄由来幹細胞等の培養上清を用いるか、その培養上清から微小粒子を精製して用いることで、微小粒子の含有量を多く、または含有濃度を高くしている。
【0020】
(歯髄由来幹細胞等の培養上清)
歯髄由来幹細胞等の培養上清は、特に制限はない。
歯髄由来幹細胞等の培養上清は、血清を実質的に含まないことが好ましい。例えば、歯髄由来幹細胞等の培養上清は、血清の含有量が1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましく、0.01質量%以下であることが特に好ましい。
【0021】
-歯髄由来幹細胞等-
歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞は、ヒト由来であっても、ヒト以外の動物由来であってもよい。ヒト以外の動物としては、後述する本発明の組成物を投与する対象の動物(生物種)と同様のものを挙げることができ、哺乳動物が好ましい。
【0022】
培養上清に用いられる歯髄由来幹細胞としては、特に制限はない。脱落乳歯歯髄幹細胞(stem cells from exfoliated deciduous teeth)や、その他の方法で入手される乳歯歯髄幹細胞や、永久歯歯髄幹細胞(dental pulp stem cells;DPSC)を用いることができる。ヒト乳歯歯髄幹細胞やヒト永久歯歯髄幹細胞の他、ブタ乳歯歯髄幹細胞などのヒト以外の動物由来の歯髄由来幹細胞を用いることができる。
歯髄由来幹細胞(後述の脂肪由来幹細胞や臍帯由来幹細胞も同様)は、エクソソームに加え、血管内皮増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、インシュリン様成長因子(IGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、形質転換成長因子-ベータ(TGF-β)-1および-3、TGF-a、KGF、HBEGF、SPARC、その他の成長因子、ケモカイン等の種々のサイトカインを産生し得る。また、その他の多くの生理活性物質を産生し得る。
本発明では、歯髄由来幹細胞の培養上清に用いられる歯髄由来幹細胞が、多くのタンパク質が含まれる歯髄由来幹細胞であることが特に好ましく、乳歯歯髄幹細胞を用いることが好ましい。すなわち、本発明では、乳歯歯髄幹細胞の培養上清を用いることが好ましい。
【0023】
培養上清に用いられる脂肪由来幹細胞としては、特に制限はない。脂肪由来幹細胞として、任意の脂肪組織に含まれる体性幹細胞を用いることができる。ヒト脂肪由来幹細胞の他、ブタ脂肪幹細胞などのヒト以外の動物由来の脂肪由来幹細胞を用いることができる。脂肪由来幹細胞としては、例えば、国際公開WO2018/038180号の[0023]~[0041]に記載の方法で調製された脂肪由来幹細胞を用いることができ、この公報の内容は参照して本明細書に組み込まれる。
【0024】
培養上清に用いられる臍帯由来幹細胞としては、特に制限はない。ヒト臍帯由来幹細胞の他、ブタ臍帯幹細胞などのヒト以外の動物由来の臍帯由来幹細胞を用いることができる。臍帯由来幹細胞としては、例えば、特開2017-119646号の[0023]~[0033]に記載の方法で調製された脂肪由来幹細胞を用いることができ、この公報の内容は参照して本明細書に組み込まれる。
【0025】
本発明に用いられる歯髄由来幹細胞等は、目的の処置を達成することができれば、天然のものであってもよく、遺伝子改変したものであってもよい。
特に本発明では、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞の不死化幹細胞を用いることができる。実質的に無限増殖が可能な不死化幹細胞を用いることで、幹細胞の培養上清中に含まれる生体因子の量と組成を、長期間にわたって安定させることができる。歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞の不死化幹細胞としては、特に制限はない。不死化幹細胞は、癌化していない不死化幹細胞であることが好ましい。歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞の不死化幹細胞は、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞に、以下の低分子化合物(阻害剤)を単独または組み合わせて添加して培養することにより、調製することができる。
TGFβ受容体阻害薬としては、トランスフォーミング増殖因子(TGF)β受容体の機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-4-イル-2-tert-ブチル-1H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン、3-(6-メチルピリジン-2-イル)-4-(4-キノリル)-1-フェニルチオカルバモイル-1H-ピラゾール(A-83-01)、2-(5-クロロ-2-フルオロフェニル)プテリジン-4-イル)ピリジン-4-イルアミン(SD-208)、3-(ピリジン-2-イル)-4-(4-キノニル)]-1H-ピラゾール、2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン(以上、メルク社)、SB431542(シグマアルドリッチ社)などが挙げられる。好ましくはA-83-01が挙げられる。
ROCK阻害薬としては、Rho結合キナーゼの機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されない。ROCK阻害薬としては、例えば、GSK269962A(Axonmedchem社)、Fasudil hydrochloride(Tocris Bioscience社)、Y-27632、H-1152(以上、富士フイルム和光純薬株式会社)などが挙げられる。好ましくはY-27632が挙げられる。
GSK3阻害薬としては、GSK-3(Glycogen synthase kinase 3,グリコーゲン合成酵素3)を阻害するものであれば特に限定されることはなく、A 1070722、BIO、BIO-acetoxime(以上、TOCRIS社)などが挙げられる。
MEK阻害薬としては、MEK(MAP kinase-ERK kinase)の機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、AZD6244、CI-1040(PD184352)、PD0325901、RDEA119(BAY86-9766)、SL327、U0126-EtOH(以上、Selleck社)、PD98059、U0124、U0125(以上、コスモ・バイオ株式会社)などが挙げられる。
【0026】
本発明の組成物を再生医療に用いる場合、再生医療等安全性確保法の要請から、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞(歯髄由来幹細胞等)の培養上清に由来する微小粒子を含む組成物は、歯髄由来幹細胞等以外のその他の体性幹細胞を含有しない態様とする。本発明の組成物は、歯髄由来幹細胞等以外の間葉系幹細胞やその他の体性幹細胞を含有していてもよいが、含有しないことが好ましい。
歯髄由来幹細胞等以外の間葉系幹細胞としては、骨髄由来幹細胞などが含まれるが、これらに限定されるものではない。
間葉系幹細胞以外のその他の体性幹細胞の例としては、真皮系、消化系、骨髄系、神経系等に由来する幹細胞が含まれるが、これらに限定されるものではない。真皮系の体性幹細胞の例としては、上皮幹細胞、毛包幹細胞等が含まれる。消化系の体性幹細胞の例としては膵臓(全般の)幹細胞、肝幹細胞等が含まれる。(間葉系幹細胞以外の)骨髄系の体性幹細胞の例としては、造血幹細胞等が含まれる。神経系の体性幹細胞の例としては、神経幹細胞、網膜幹細胞等が含まれる。
本発明の組成物は、体性幹細胞以外の幹細胞を含有していてもよいが、含有しないことが好ましい。体性幹細胞以外の幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性癌腫細胞(EC細胞)が含まれる。
【0027】
-歯髄由来幹細胞等の培養上清の調製方法-
歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清の培養上清の調製方法としては特に制限はなく、従来の方法を用いることができる。
歯髄由来幹細胞等の培養上清は、歯髄由来幹細胞等を培養して得られる培養液であり、細胞そのものを含まない。例えば歯髄由来幹細胞等の培養後に細胞成分を分離除去することによって、本発明に使用可能な培養上清を得ることができる。各種処理(例えば、遠心処理、濃縮、溶媒の置換、透析、凍結、乾燥、凍結乾燥、希釈、脱塩、保存等)を適宜施した培養上清を用いることにしてもよい。
【0028】
歯髄由来幹細胞等の培養上清を得るための歯髄由来幹細胞等は、常法により選別可能であり、細胞の大きさや形態に基づいて、または接着性細胞として選別可能である。歯髄由来幹細胞の場合には、脱落した乳歯や永久歯から採取した歯髄細胞から、接着性細胞またはその継代細胞として選別することができる。脂肪由来幹細胞の場合には、脂肪組織から採取した脂肪細胞から、接着性細胞またはその継代細胞として選別することができる。臍帯由来幹細胞の場合には、臍帯から採取した細胞から、接着性細胞またはその継代細胞として選別することができる。歯髄由来幹細胞等の培養上清には、選別された幹細胞を培養して得られた培養上清を用いることができる。
【0029】
なお、「歯髄由来幹細胞等の培養上清」は、歯髄由来幹細胞等を培養して得られる細胞そのものを含まない培養液であることが好ましい。本発明で用いる歯髄由来幹細胞等の培養上清は、その一態様では全体としても細胞(細胞の種類は問わない)を含まないことが好ましい。当該態様の組成物はこの特徴によって、歯髄由来幹細胞等自体は当然のこと、歯髄由来幹細胞等を含む各種組成物と明確に区別される。この態様の典型例は、歯髄由来幹細胞等を含まず、歯髄由来幹細胞等の培養上清のみで構成された組成物である。
本発明で用いる歯髄由来幹細胞の培養上清は、乳歯歯髄由来幹細胞および大人歯髄由来幹細胞の両方の培養上清を含んでいてもよい。本発明で用いる歯髄由来幹細胞の培養上清は、乳歯歯髄由来幹細胞の培養上清を有効成分として含むことが好ましく、50質量%以上含むことがより好ましく、90質量%以上含むことが好ましい。本発明で用いる歯髄由来幹細胞の培養上清は、乳歯歯髄由来幹細胞の培養上清のみで構成された組成物であることがより特に好ましい。
【0030】
培養上清を得るための歯髄由来幹細胞等の培養液には基本培地、或いは基本培地に血清等を添加したもの等を使用可能である。なお、基本培地としてはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)の他、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、GIBCO社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。また、培地に添加可能な成分の例として、血清(ウシ胎仔血清、ヒト血清、羊血清等)、血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)など)、ウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、各種ビタミン、各種ミネラルを挙げることができる。
但し、血清を含まない「歯髄由来幹細胞等の培養上清」を調製するためには、全過程を通して或いは最後または最後から数回の継代培養についは無血清培地を使用するとよい。例えば、血清を含まない培地(無血清培地)で歯髄由来幹細胞等を培養することによって、血清を含まない歯髄由来幹細胞等の培養上清を調製することができる。1回または複数回の継代培養を行うことにし、最後または最後から数回の継代培養を無血清培地で培養することによっても、血清を含まない歯髄由来幹細胞等の培養上清を得ることができる。一方、回収した培養上清から、透析やカラムによる溶媒置換などを利用して血清を除去することによっても、血清を含まない歯髄由来幹細胞等の培養上清を得ることができる。
【0031】
培養上清を得るための歯髄由来幹細胞等の培養には、通常用いられる条件をそのまま適用することができる。歯髄由来幹細胞等の培養上清の調製方法については、幹細胞の種類に応じて幹細胞の単離および選抜工程を適宜調整する以外は、後述する細胞培養方法と同様とすればよい。歯髄由来幹細胞等の種類に応じた歯髄由来幹細胞等の単離および選抜は、当業者であれば適宜行うことができる。
また、歯髄由来幹細胞等の培養には、ACE2発現および/またはACE2の濃度(活性能)に寄与する特定のエクソソームを多量に生産させるために、特別な条件を適用してもよい。特別な条件として、例えば、低温条件、低酸素条件、微重力条件など、何らかの刺激物と共培養する条件などを挙げることができる。
【0032】
-歯髄由来幹細胞等の培養上清に含まれるその他の成分-
本発明でエクソソームの調製に用いる歯髄由来幹細胞等の培養上清は、歯髄由来幹細胞等の培養上清の他にその他の成分を含んでいてもよいが、その他の成分を実質的に含まないことが好ましい。
ただし、エクソソームの調製に使用する各種類の添加剤を、歯髄由来幹細胞等の培養上清に添加してから保存しておいてもよい。
【0033】
(微小粒子の精製)
歯髄由来幹細胞等の培養上清から、微小粒子を精製することができる。
微小粒子の精製は、歯髄由来幹細胞等の培養上清から微小粒子を含む画分の分離であることが好ましく、微小粒子の単離であることがより好ましい。
微小粒子は、微小粒子の特性に基づいて非会合成分から分離されることにより、単離され得る。例えば、微小粒子は、分子量、サイズ、形態、組成または生物学的活性に基づいて単離され得る。
本発明では、歯髄由来幹細胞等の培養上清を遠心処理して得られた、微小粒子を多く含む特定の画分(例えば沈殿物)を分取することにより、微小粒子を精製することができる。所定の画分以外の画分の不要成分(不溶成分)は除去してもよい。本発明の組成物からの、溶媒および分散媒、ならびに不要成分の除去は完全な除去でなくてもよい。遠心処理の条件を例示すると、100~20000gで、1~30分間である。
本発明では、歯髄由来幹細胞等の培養上清またはその遠心処理物を、ろ過処理することにより、微小粒子を精製することができる。ろ過処理によって不要成分を除去することができる。また、適切な孔径のろ過膜を使用すれば、不要成分の除去と滅菌処理を同時に行うことができる。ろ過処理に使用するろ過膜の材質、孔径などは特に限定されない。公知の方法で、適切な分子量またはサイズカットオフのろ過膜でろ過をすることができる。ろ過膜の孔径はエクソソームを分取しやすい観点から、10~1000nmであることが好ましく、30~500nmであることがより好ましく、50~150nmであることが特に好ましい。
本発明では、歯髄由来幹細胞等の培養上清またはその遠心処理物あるいはそれらのろ過処理物を、ラムクロマトグラフィーなど、さらなる分離手段を用いて分離することができる。例えば様々なカラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を使用できる。カラムは、サイズ排除カラムまたは結合カラムを使用できる。
各処理段階におけるそれぞれの画分中で、微小粒子(またはその活性)を追跡するために、微小粒子の1つ以上の特性または生物学的活性を使用できる。例えば、微小粒子を追跡するために、光散乱、屈折率、動的光散乱またはUV-可視光検出器を使用できる。または、それぞれの画分中の活性を追跡するために、ACE2の発現レベルやACE2活性やACE2濃度などを使用できる。
微小粒子の精製方法として、特表2019-524824号公報の[0034]~[0064]に記載の方法を用いてもよく、この公報の内容は参照して本明細書に組み込まれる。
【0034】
<ACE2の濃度>
本発明の組成物は、Spike-ACE2結合の阻害率を高める観点から、ACE2の濃度(活性能)が100ng/ml以上であることが好ましく、150ng/ml以上であることがより好ましく、200ng/ml以上であることが特に好ましい。
具体的には、歯髄由来幹細胞等の培養上清におけるACE2の濃度が上記範囲であることが好ましい。または、歯髄由来幹細胞等の培養上清に由来する微小粒子を含有する組成物におけるACE2の濃度が上記範囲であることが好ましい。
ACE2の濃度が高い組成物を調製することは困難である。間葉系幹細胞の培養上清の中でも歯髄由来幹細胞の培養上清は、ACE2の濃度が非常に高く、好ましく用いられる。同様に、歯髄由来幹細胞の培養上清から精製するなどして調製された、歯髄由来幹細胞の培養上清に由来する微小粒子を含有する組成物も、ACE2の濃度が非常に高く、好ましく用いられる。
ACE2の濃度を高めるように遺伝子改変した歯髄由来幹細胞を用いてもよい。ただし、遺伝子改変されていない、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞または臍帯由来幹細胞の培養上清でも十分にACE2濃度は高く、用いることができる。間葉系幹細胞の培養上清の中でも歯髄由来幹細胞の培養上清は、ACE2の濃度が非常に高いため、遺伝子改変されていない、歯髄由来幹細胞の培養上清やそれに由来する微小粒子を含有する組成物を好ましく用いることができる。そのため、本発明の組成物をヒトまたは動物に投与するに際し、遺伝子改変されていないことが安全上や倫理上の理由で求められる場合でも、本発明の組成物(特に歯髄由来幹細胞の培養上清やそれに由来する微小粒子を含有する組成物)を用いることができる。
また、後述の方法で製造する歯髄由来幹細胞等の培養上清を用いるか、その培養上清に由来する微小粒子を用いることで、ACE2の濃度を高くしてもよい。
【0035】
<その他の成分>
本発明の組成物は、微小粒子の他に、投与する対象の動物の種類や目的に応じて、本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含有していてもよい。その他の成分としては、栄養成分、抗生物質、サイトカイン、保護剤、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤などを挙げられる。
栄養成分としては、例えば、脂肪酸等、ビタミン等を挙げることができる。
抗生物質としては、例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン等が挙げられる。
担体としては、薬学的に許容可能な担体として公知の材料を挙げることができる。
本発明の組成物は、微小粒子それ自体であってもよく、薬学的に許容可能な担体や賦形剤などをさらに含む医薬組成物であってもよい。医薬組成物の目的は、投与対象の動物への微小粒子の投与を促進することである。
【0036】
薬学的に許容可能な担体は、投与対象の動物に対して顕著な刺激性を引き起こさず、投与される化合物の生物学的活性および特性を抑止しない担体(希釈剤を含む)であることが好ましい。担体の例は、プロピレングリコール;(生理)食塩水;エマルション;緩衝液;培地、例えばDMEMまたはRPMIなど;フリーラジカルを除去する成分を含有する低温保存培地である。
【0037】
一方、本発明の組成物は、所定の物質を含まないことが好ましい。
例えば、本発明の組成物は、歯髄由来幹細胞等を含まないことが好ましい。
また、本発明の組成物は、MCP-1を含まないことが好ましい。ただし、MCP-1以外のサイトカインを含んでいてもよい。その他のサイトカインとしては、特開2018-023343号公報の[0014]~[0020]に記載のもの等が挙げられる。
また、本発明の組成物は、シグレック9を含まないことが好ましい。ただし、シグレック9以外のその他のシアル酸結合免疫グロブリン様レクチンを含んでいてもよい。
なお、本発明の組成物は、血清(ウシ胎仔血清、ヒト血清、羊血清等)を実質的に含まないことが好ましい。また、本発明の組成物は、Knockout serum replacement(KSR)などの従来の血清代替物を実質的に含まないことが好ましい。
本発明の組成物は、上記したその他の成分の含有量(固形分量)がいずれも1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましく、0.01質量%以下であることが特に好ましい。
【0038】
<組成物の製造方法>
本発明の組成物の製造方法は、特に制限はない。
上記した方法で調製した歯髄由来幹細胞等の培養上清、または、商業的に購入して入手した歯髄由来幹細胞等の培養上清を、本発明の組成物として用いてもよい。
また、歯髄由来幹細胞等の培養上清を上記した方法で調製し、続けて歯髄由来幹細胞等の培養上清から微小粒子を精製して、本発明の組成物を調製してもよい。あるいは、商業的に購入して入手した歯髄由来幹細胞等の培養上清から微小粒子を精製して、本発明の組成物を調製してもよい。さらには、廃棄処理されていた歯髄由来幹細胞等の培養上清を含む組成物を譲り受けて(またはその組成物を適宜精製して)、そこから微小粒子を精製して、本発明の組成物を調製してもよい。
【0039】
本発明の組成物の最終的な形態は、特に制限はない。例えば、本発明の組成物は、微小粒子を溶媒または分散媒とともに容器に充填してなる形態;微小粒子をゲルとともにゲル化して容器に充填してなる形態;微小粒子を凍結および/または乾燥して固形化して製剤化または容器に充填してなる形態などが挙げられる。容器としては、例えば凍結保存に適したチューブ、遠沈管、バッグなどが挙げられる。凍結温度は、例えば-20℃~-196℃とすることができる。
【0040】
<組成物の用途>
本発明の組成物は、健常者または健常動物に対して投与する用途である。健常者または健常動物は、ACE2を受容体とするウイルス感染症を発症していない、無症状のヒトまたは動物を意味する。健常者または健常動物は、ACE2を受容体とするウイルス感染症に陰性であるか否かによらず、無症状感染しているヒトまたは動物も含む。なお、本発明の組成物は、ACE2を受容体とするウイルス感染症に陰性なヒトまたは動物に対して投与する用途であることが好ましい。ただし、予備的な診断を行って陰性なヒトまたは動物を決定する必要はなく、陰性および/または無症状感染しているヒトまたは動物に投与することが、効率的な予防の観点から好ましい。
本発明の組成物は、ACE2を受容体とするウイルス感染症の予防薬として用いることができる。特に、本発明の組成物は、COVID-19の予防薬として用いることができる。ただし、本発明の組成物は、COVID-19の予防薬以外の用途で用いてもよい。いずれの場合も本発明の組成物は、医薬組成物であることが好ましい。
以下、本発明の組成物の用途を説明する。
【0041】
本発明の組成物は、ACE2を十分に含有している。
ここで、ACE2を受容体とするウイルス(SARS-CoVなどの一部のコロナウイルスなど)がヒトやヒト以外の動物に感染する場合、細胞の表面に存在し、ウイルス受容体タンパク質であるACE2に結合した後、ウイルス外膜と細胞膜との融合を起こす。例えば、コロナウイルスの場合、Spikeタンパク質(Sタンパク質)がヒト(またはヒト以外の動物)の細胞の細胞膜のACE2に結合したあとに、タンパク質分解酵素で切断され、Sタンパク質が活性化され、ウイルス外膜と細胞膜が融合する。本発明の組成物に含まれる微小粒子の表面のACE2は、コロナウイルスにまず結合し、その後のACE2を有する細胞へのコロナウイルスの結合、侵入または融合を阻害または抑制し、コロナウイルス感染症の感染の防御となる。そのため、ACE2を受容体とするウイルスに結合する成分は、これらのコロナウイルス感染症の予防薬として用いることができる。すなわち、本発明の組成物は、ヒトまたはヒト以外の動物のACE2へのコロナウイルスの結合を阻害することが好ましく、ACE2を有する細胞へのコロナウイルスの細胞侵入阻害剤または細胞融合阻害剤であることがより好ましい。また、微小粒子はウイルスにとってはデコイ(おとり)として働くため、本発明の組成物はコロナウイルスに対するデコイであることが好ましい。
本発明の組成物は、ACE2を受容体とするウイルスのSpikeタンパク質とACE2との結合(Spike-ACE2結合)の阻害率が10%以上であればよいが、40%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、60%以上であることが特に好ましい。
【0042】
また、COVID-19を引き起こすウイルスであるSARS-CoV-2も、従来知られていたSARS-CoVと同様にACE2を有する細胞に結合する。そのため、本発明の組成物は、ACE2を有する細胞へのSARS-CoV-2の細胞侵入阻害剤または細胞融合阻害剤であることがより好ましい。そして、ACE2を受容体とするウイルスに結合し、ヒトまたはヒト以外の動物のACE2へのウイルスの結合を阻害する(競合関係となる;デコイとして働く)本発明の組成物は、COVID-19の予防薬として用いることができる。したがって、本出願の出願時では、COVID-19の予防薬としての薬理試験結果が示されなくても、本発明の組成物はCOVID-19の予防薬として用いることができる(用いられる可能性がある)と言える。
【0043】
COVID-19であること(新型コロナウイルス感染症であること)とは、ヒトまたはヒト以外の動物の生体が、SARS-CoV-2に感染した細胞を有することを意味する。感染症は、特に、呼吸器試料から検出またはウイルス滴定を行う方法や、血液循環SARS-CoV-2特異的抗体を検出する方法などによって確認でき、その際はPCRを用いた公知の方法を用いられる。
COVID-19の予防とは、SARS-CoV-2によるヒトまたはヒト以外の動物の生体における感染を阻止する、あるいは少なくともその発生の可能性を減少させることを意味する。本発明の組成物の投与によって、ヒトまたは動物の細胞はSARS-CoV-2に感染する可能性が低くなる。
【0044】
本発明の組成物は、COVID-19の治療薬と併用して用いてもよい。COVID-19の治療とは、ヒトまたはヒト以外の動物の生体においてウイルス感染に関連する症状(呼吸器症候群、発熱等)を減らすこと、弱めること、またはその症状の回復期間を短くすることを意味する。本発明の組成物の投与によって、ヒトまたは動物の生体のウイルス感染率(感染力価)が減少することが好ましく、ウイルスが生体から完全に消滅することがより好ましい。
【0045】
本発明の組成物は、後述する本発明の医療機器の材料や、医療機器の交換部材として用いることができる。
【0046】
本発明の組成物は、従来のCOVID-19の予防薬として用いることができる組成物と比較して、大量生産しやすい、従来は産業廃棄物等として廃棄されていた幹細胞の培養液を利活用できる、幹細胞の培養液の廃棄コストを減らせる等の利点がある。特に歯髄由来幹細胞等の培養上清が、ヒト歯髄由来幹細胞、ヒト脂肪由来幹細胞またはヒト臍帯由来幹細胞の培養上清である場合は、本発明の組成物をヒトに対して適用する場合に、免疫学上などの観点での安全性が高く、倫理性の問題も少ないという利点もある。歯髄由来幹細胞等の培養上清が、種々の疾患患者(不妊症など)からの歯髄由来幹細胞等の培養上清である場合は、本発明の組成物をその患者に対して適用する際により安全性が高まり、倫理性の問題も少なくなるであろう。
本発明の組成物は、歯髄由来幹細胞等の培養上清に由来するため、修復医療の用途にも用いられる。特に歯髄由来幹細胞等の培養上清を含む液は、修復医療の用途に好ましく用いられる。ここで、幹細胞移植を前提とした再生医療において、幹細胞は再生の主役ではなく、幹細胞の産生する液性成分が自己の幹細胞とともに臓器を修復させる、ということが知られている。従来の幹細胞移植に伴うがん化、規格化、投与方法、保存性、培養方法などの困難な問題が解決され、歯髄由来幹細胞等の培養上清を用いた組成物により修復医療が可能となる。幹細胞移植と比較すると、本発明の組成物を用いた修復では細胞を移植しないために腫瘍化などが起こりにくく、より安全と言えるだろう。また、歯髄由来幹細胞等の培養上清や、本発明の組成物は一定に規格化した品質のものを使用できる利点がある。大量生産や効率的な投与方法を選択することができるので、低コストで利用ができる。
【0047】
[結合阻害剤]
本発明の結合阻害剤の第1の態様は、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清を含む結合阻害剤であって、結合阻害剤がアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を含有し、健常者または健常動物に対して投与する用途であり、ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合を阻害する、結合阻害剤である。
本発明の結合阻害剤の第2の態様は、歯髄由来幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯由来幹細胞またはこれらの不死化幹細胞の培養上清に由来する微小粒子を含み、微小粒子がACE2を含有し、健常者または健常動物に対して投与する用途であり、ヒトまたはヒト以外の動物のACE2への、ACE2を受容体とするウイルスの結合を阻害する、結合阻害剤である。
【0048】
本発明の結合阻害剤は、COVID-19などのACE2を受容体とするウイルス感染症に関連する数多の症状や疾患を治療するよりは、ACE2を受容体とするウイルス感染症への感染を予防するために健常者または健常動物に対して投与する用途で用いられる。
一方、ACE2を受容体とするウイルス感染症の治療薬は、ACE2を受容体とするウイルス感染症への感染を予防できるものではない。
そのため、本発明の結合阻害剤は、ACE2を受容体とするウイルス感染症の治療薬とは明確に区別され、作用機序の違いに基づき、健常者または健常動物に投与される点で予防対象グループおよび/または対象疾患が異なるものである。この点は、本発明の組成物についても同様である。
本発明の結合阻害剤を投与する対象のヒトなど(ヒトまたはヒト以外の動物)の年齢は、特に制限はない。本発明の結合阻害剤は、若いヒトなどに投与しても、老齢のヒトなどに投与してもよい。感染時に老齢のヒトなどの方が重症化するリスクが高く、若いヒトなどは軽症または無症状となるウイルス感染症(例えばCOVID-19)の場合、投与対象となる予防対象グループを老齢のヒトなどに限定することが、効率的な予防の観点から好ましい。
また、重症化するリスクが高いグループがある程度判明しているウイルス感染症(例えばCOVID-19)の場合、投与対象となる予防対象グループを重症化するリスクが高いグループに限定することが、効率的な予防の観点から好ましい。重症化のリスクとしては、上記した老齢、基礎疾患を有するヒトまたは動物、妊婦、喫煙歴などが挙げられる。基礎疾患としては、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病、糖尿病、高血圧、心血管疾患、肥満などが挙げられる。
【0049】
[医療機器]
本発明の医療機器は、本発明の組成物を含む。
医療機器としては、マスク、マスク用フィルター、フェースシールド、空間ウイルス除去装置などを挙げることができる。
本発明の組成物を含むマスクとしては、本発明の組成物を有するマスク用フィルター(ウイルス結合フィルター)を少なくとも1枚有するマスクを挙げることができる。本発明の組成物を有するマスク用フィルターは、公知のフィルターに、本発明の組成物を塗布法、含侵法など公知の方法で付与して製造することができる。マスクは、本発明の組成物を有するマスク用フィルターを取り出し自在として、マスク用フィルターを任意に交換できるようにしてもよい。本発明の組成物を含むマスクは、ACE2を含有しているため、SARS-CoV-2などのウイルスを吸着し、透過を抑制することができる。
本発明の組成物を含むフェースシールドとしては、公知のフェースシールドに、本発明の組成物を塗布法、含侵法など公知の方法で付与して製造することができる。または、フェースシールドの素材となる樹脂シート(アクリルシートなど)などに対して本発明の組成物を付与してから、フェースシールドを製造してもよい。本発明の組成物を含むフェースシールドは、ACE2を含有しているため、SARS-CoV-2などのウイルスを吸着、透過を抑制することができる。
本発明の組成物を含む空間ウイルス除去装置としては、空間ウイルス除去装置に本発明の組成物を充填して、連続的または断続的に射出できるようにしたものを挙げることができる。本発明の組成物を連続的または断続的に射出する方法としては特に制限はなく、電気などの動力を用いてもよく、生体の熱や化学反応などで徐放してもよく、噴霧装置などを手動で動かしてもよい。空間ウイルス除去装置の形状は、生体に装着できる紐を備えるペンダント型であっても、ある空間に固定できる固定部材を有する形状であっても、霧吹きのように移動自在な形状であってもよい。空間ウイルス除去装置は、本発明の組成物を充填自在として、本発明の組成物を任意に交換できるようにしてもよい。本発明の組成物を含む空間ウイルス除去装置は、ACE2を含有している組成物や微小粒子を連続的または断続的に射出できるため、SARS-CoV-2などのウイルスを吸着し、ヒトなどの生体の内部にウイルスが侵入することを抑制することができる。
【0050】
[COVID-19の予防方法]
本発明のCOVID-19の予防方法は、本発明の組成物をヒトまたはヒト以外の動物に投与する工程、または本発明の医療機器をヒトまたはヒト以外の動物に装着する工程を含む。
【0051】
本発明の組成物をヒトまたはヒト以外の動物に投与する工程は特に制限はない。
投与方法は、口腔、鼻腔または気道への噴霧または吸引、点滴、局所投与、点鼻薬などを挙げることができ、侵襲が少ないことが好ましい。局所投与の方法としては、注射が好ましい。また、皮膚表面に電圧(電気パルス)をかけることにより細胞膜に一時的に微細な穴をあけ、通常のケアでは届かない真皮層まで有効成分を浸透させられるエレクトロポレーションも好ましい。
動物に投与された本発明の組成物は動物の体内を循環し、ACE2を有する組織(細胞または幹細胞)に結合してもよい。
投与回数および投与間隔は、特に制限はない。投与回数は1から2回以上とすることができ、1~5回であることが好ましく、1または2回であることがより好ましく、2回であることが特に好ましい。投与間隔は、1~24時間であることが好ましく、12時間以内であることがより好ましい。ただし、投与対象の希望に応じて、適宜調整することができる。
投与時期および投与期間は、ウイルスへの感染を予防したい時期またはそれ以前であれば特に制限はない。ウイルスへの感染を予防したい時期に、毎日連続投与してもよいし、適宜インターバルを設けて投与してもよい。マスクやフェースシールドのように、外出時や他人との接触時など、投与対象の希望に応じてのみ、投与してもよい。
所定の者(濃厚接触者、海外からの帰国者または旅行者、海外への出国者など)に対して一定期間に連続投与することを義務づける場合は、所定期間に毎日連続投与してもよい。また、ウイルス感染者との接触の機会が多い医者や看護師などの医療関係者に対して投与する場合は、ウイルス感染者との接触の機会がある場合のみ(勤務期間ごとなど)に投与してもよい。これらの場合、避妊薬のように、適切な連続投与またはインターバル投与のために配置された、1日ごとの投与量の医薬キットまたは医薬パッケージの形に本発明の組成物が製造されることが好ましい。適宜、インターバルにあわせて適宜、偽薬を配置してもよい。または、ワクチンのように、1回の投与で1週間以上など長期間にわたって予防をしたい場合は、多量の投与量をまとめて1回に投与してもよい。
【0052】
本発明の組成物を投与する対象の動物(生物種)は、特に制限はない。本発明の組成物を投与する対象の動物は、哺乳動物、鳥類(ニワトリ、ウズラ、カモなど)、魚類(サケ、マス、マグロ、カツオなど)であることが好ましい。哺乳動物としては、ヒトであっても、非ヒト哺乳動物であってもよいが、ヒトであることが特に好ましい。非ヒト哺乳動物としては、ウシ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスターであることがより好ましい。
【0053】
本発明の医療機器をヒトまたはヒト以外の動物に装着する工程は特に制限はない。本発明の医療機器の形態に応じて、本発明の医療機器をヒトまたはヒト以外の動物に装着することができる。本発明の組成物を装着する対象の動物は特に制限はなく、好ましい範囲は本発明の組成物を投与する対象の動物と同様である。
【実施例0054】
以下に実施例と比較例または参考例とを挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0055】
[実施例1]
<歯髄由来幹細胞の培養上清の調製>
DMEM/HamF12混合培地の代わりにDMEM培地を用い、その他は特許第6296622号の実施例6に記載の方法に準じて、乳歯歯髄幹細胞の培養上清を調製した。初代培養ではウシ胎仔血清(FBS)を添加して培養し、継代培養では初代培養液を用いて培養した継代培養液の上清をFBSが含まれないように分取し、乳歯歯髄幹細胞の培養上清を調製した。なお、DMEMはダルベッコ改変イーグル培地であり、F12はハムF12培地である。
得られた乳歯歯髄幹細胞の培養上清を、実施例1の組成物とした。
【0056】
[実施例2]
脂肪由来幹細胞を用いた以外は実施例1と同様にして、脂肪由来幹細胞の培養上清を調製した。得られた脂肪由来幹細胞の培養上清を実施例2の組成物とした。
【0057】
[培養上清のSpike-ACE2結合阻害の評価]
COVID-19 Spike-ACE2結合アッセイキット(品番:CoV-SACE2;RayBiotech社製)を用いて、以下の方法で実施例1および2の組成物のSpike-ACE2結合阻害の評価をした。なお、各ウェルにはSARS-CoV-2 Spike RBD リコンビナントタンパク質があらかじめ固相されている。
【0058】
<試薬の調製>
(1) 5×Assay Diluent(Item E2)を蒸留水で5倍希釈し、必要量の1×Assay Diluentを調製した。
(2) 20×Assay Diluent(Item B)を蒸留水で5倍希釈し、必要量の1xWash Bufferを調製した。
(3) ACE2 Protein(Item F)に、上記(1)で得られた1×Assay Diluentを50μl加え、ACE2 Protein Concentrateを調製した。
(4) 1000×Detection antibody(Item C)1バイアルに、上記(1)で得られた1×Assay Diluentを100μl加えた。
(5) 上記(4)で得られた溶液を、上記(1)で得られた1×Assay Diluentで55倍に希釈し、必要量のACE2 Detection antibody溶液を調製した。
(6) HRP-conjugated anti-goat IgGを、上記(1)で得られた1×Assay Diluentで1000倍に希釈し、1xHRP-conjugated anti-goat IgG溶液を調製した。
【0059】
<テストサンプルの準備>
実施例1および2の組成物50μlにACE2 Protein Concentrate0.7μlを混合し、それを1×Assay Diluentで希釈して総量100μlとした。
【0060】
<測定プロトコル>
各試薬を室温に戻した。
実施例1および2の組成物50μlにACE2 Protein Concentrate0.7μlを混合し、それを1×Assay Diluentで希釈した総量100μlを、付属のマイクロプレートの各ウェルに加えた。マイクロプレートにカバーをし、室温で2.5時間、振とうしながらインキュベートした。
各ウェル中の溶液を捨てた後、各ウェルに1xWash Bufferを300μl加え、洗浄を4回行った。ACE2 Detection antibody溶液(goat-anti-ACE2 antibody)を100μl加え、室温で1時間、振とうしながらインキュベートした。
各ウェル中の溶液を捨てた後、1xWash Bufferを300μl加え、洗浄を4回行った。1xHRP-conjugated anti-goat IgG溶液を100μl加え、室温で1時間、振とうしながらインキュベートした。
各ウェル中の溶液を捨てた後、1xWash Bufferを300μl加え、洗浄を4回行った。TMB(テトラメチルベンチジン)One-Step Substrate Reagentを100μl加え、室温で10分間、遮光して振とうしながらインキュベートした。
各ウェル中にStop solution(反応停止液)を50μl加えた。
450nmの吸光度を測定した。測定は、発色の状態を見ながら行った。
得られた結果を
図1に示した。
【0061】
図1より、実施例1および2の組成物、すなわち歯髄由来幹細胞の培養上清および脂肪由来幹細胞の培養上清は、Spike-ACE2結合を阻害できることがわかった。特に、歯髄由来幹細胞の培養上清(実施例1)は、脂肪由来幹細胞の培養上清(実施例2)よりも結合の阻害率が高いことがわかった。
【0062】
[実施例11]
<歯髄由来幹細胞の培養上清からのエクソソームの調製>
Spike-ACE2結合阻害に主に寄与する成分を特定するために、実施例1で得られた乳歯歯髄幹細胞の培養上清から、歯髄由来幹細胞のエクソソームを以下の方法で精製した。
乳歯歯髄幹細胞の培養上清(100mL)を0.22マイクロメーターのポアサイズのフィルターで濾過したのち、その溶液を、60分間、4℃で100000xgで遠心分離した。上清をデカントし、エクソソーム濃縮ペレットをリン酸緩衝食塩水(PBS)中に再懸濁した。再懸濁サンプルを、60分間100000xgで遠心分離した。再度ペレットを濃縮サンプルとして遠心チューブの底から回収した(およそ100μl)。タンパク濃度は、マイクロBSAタンパク質アッセイキット(Pierce、Rockford、IL)によって決定した。エクソソームを含む組成物(濃縮溶液)は、-80℃で保管した。
得られたエクソソームを含む組成物を、実施例11の組成物とした。
【0063】
<Spike-ACE2結合阻害の評価>
歯髄由来幹細胞の培養上清(実施例1の組成物)50μlの代わりに歯髄由来幹細胞EVs(実施例11の組成物)を総タンパク質量として2μg用いた以外は実施例1と同様にして、Spike-ACE2結合阻害の評価をした。
得られた結果を
図2に示した。
【0064】
図2より、歯髄由来幹細胞EVs(実施例11の組成物)は、Spike-ACE2結合を阻害できることがわかった。歯髄由来幹細胞EVsの結合阻害率は40.8%であった。
さらに、歯髄由来幹細胞EVs(実施例11の組成物)を総タンパク質量として2μgから増加させて同様の評価を行ったところ、さらに結合阻害率が高まることがわかった。
図1および
図2の結果より、歯髄由来幹細胞などの培養上清のうちSpike-ACE2結合阻害に主に寄与する成分は、エクソソームであることがわかった。
【0065】
[実施例12]
実施例2で得られた脂肪由来幹細胞の培養上清から、エクソソームを含む組成物を実施例11と同様にして調製した。得られたエクソソームを含む組成物を実施例12の組成物とした。
【0066】
[実施例13]
臍帯由来幹細胞を用いた以外は実施例1と同様にして、臍帯由来幹細胞の培養上清を調製した。得られた臍帯由来幹細胞の培養上清から、エクソソームを含む組成物を実施例11と同様にして調製した。得られたエクソソームを含む組成物を実施例13の組成物とした。
【0067】
[参考例1]
骨髄由来幹細胞を用いた以外は実施例1と同様にして、骨髄由来幹細胞の培養上清を調製した。得られた骨髄由来幹細胞の培養上清から、エクソソームを含む組成物を実施例11と同様にして調製した。得られたエクソソームを含む組成物を参考例1の組成物とした。
【0068】
[評価]
<エクソソームの特性>
実施例1、2、11~13の組成物に含まれる微小粒子の平均粒径は50~150nmであった。
実施例11~13の組成物は、1.0×109個/μLの高濃度エクソソーム溶液であった。
また、得られた実施例1、2、11~13の組成物の成分を公知の方法で分析した。その結果、各実施例の組成物は、歯髄由来幹細胞等の幹細胞を含まず、MCP-1を含まず、シグレック9も含まないことがわかった。そのため、間葉系幹細胞の培養上清の有効成分であるMCP-1およびシグレック9ならびにこれらの類縁体とは異なる有効成分が、各実施例の組成物の有効成分であることがわかった。
【0069】
<ACE2の発現の確認>
ポリクローナル抗体であるACE2抗体(品番:21115-1-AP;コスモ・バイオ株式会社製)を用いて、以下の方法で各実施例1、2、11~13または参考例の組成物中のACE2の発現の確認をした。
ACE2の発現が報告されているPNT2細胞のエクソソームを調製し、このエクソソームを含む組成物をPNT2 EVsとした。
歯髄由来幹細胞の培養上清(実施例1の組成物)、脂肪由来幹細胞の培養上清(実施例2の組成物)、歯髄由来幹細胞EVs(実施例11の組成物)、脂肪由来幹細胞EVS EVs(実施例12の組成物)、臍帯由来幹細胞EVs(実施例13の組成物)、骨髄由来幹細胞EVs(参考例1の組成物)およびPNT2 EVsのACE2の発現レベル、すなわちACE2タンパク量を、ELISA法により測定した。
陽性コントロールとして用いるPNT2 EVsの発現レベルを100とした場合における、各実施例および参考例の組成物に含まれるエクソソームのACE2発現レベルの相対値を求めた(N=1)。得られた結果のうち、実施例11~13および参考例1の結果を
図3に示した。
【0070】
図3より、各実施例の組成物に含まれるエクソソームには、ACE2が発現し、含有されていることがわかった。特に、歯髄由来幹細胞EVs(実施例11)および脂肪由来幹細胞EVs(実施例12)は、臍帯由来幹細胞EVs(実施例13)よりもACE2の発現レベルが高いことがわかった。これらの結果から、本発明の組成物は、COVID-19の予防薬として用いられることがわかった。また、ACE2の発現レベルが高いほど、ACE2を受容体とするウイルスに結合しやすくなるため、よりCOVID-19の予防に有利となる。
一方、骨髄由来幹細胞EVs(参考例1)は、ACE2の発現が検出できなかった。この結果からは、骨髄由来幹細胞の培養上清に由来するエクソソームがCOVID-19の予防薬として用いられるか不明であった。
【0071】
<ACE2の濃度の測定>
SensoLyte(登録商標) 390 ACE2 Activity Assay Kit, Fluorimetric(AnaSpec社製)を用いて、歯髄由来幹細胞EVs(実施例11の組成物)、脂肪由来幹細胞EVs(実施例12の組成物)、臍帯由来幹細胞EVs(実施例13の組成物)、骨髄由来幹細胞EVs(参考例1の組成物)のACE2の濃度(活性能)を測定した(100アッセイ;N=2)。
測定の際、各実施例および参考例の組成物のエクソソーム濃度を1×109個/mlとし、各実施例および参考例において組成物の使用量を同量とすることにより、エクソソーム量を同量にした。得られた結果を下記表1に示した。
なお、ACE2の濃度が100ng/ml以上であることが好ましく、150ng/ml以上であることがより好ましく、200ng/ml以上であることが特に好ましい。
【0072】
【0073】
上記表1より、各実施例の組成物は、ACE2の濃度が高いことがわかった。特に、歯髄由来幹細胞EVs(実施例11)は、脂肪由来幹細胞EVs(実施例12)および臍帯由来幹細胞EVs(実施例13)よりもACE2の濃度が高いことがわかった。ACE2の濃度の確認の方が、ACE2の発現の確認よりも、ACE2を受容体とするウイルスへの結合しやすさの確認方法として正確である。ACE2の濃度(活性能)が高いほど、ACE2を受容体とするウイルスに結合しやすくなるため、ウイルスに対するデコイとしてより有効となり、よりCOVID-19の予防に有利となる。
一方、骨髄由来幹細胞EVs(参考例1)は、ACE2の濃度が低かった。
なお、実施例1の組成物(歯髄由来幹細胞の培養上清)のACE2濃度は、歯髄由来幹細胞EVs(実施例11)のACE2濃度と同程度となる。実施例2の組成物(脂肪由来幹細胞の培養上清)のACE2濃度は、脂肪由来幹細胞EVs(実施例12)のACE2濃度と同程度となる。
ACE2を受容体とするウイルスのSpikeタンパク質と、ヒトまたはヒト以外の動物のACE2との結合の阻害率が40%以上である、請求項1~9のいずれか一項に記載の組成物。
前記歯髄由来幹細胞、前記脂肪由来幹細胞または前記臍帯由来幹細胞が、ヒト歯髄由来幹細胞、ヒト脂肪由来幹細胞またはヒト臍帯由来幹細胞である、請求項1~12のいずれか一項に記載の組成物。