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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022032800
(43)【公開日】2022-02-25
(54)【発明の名称】子宮特異的Bmal1欠損モデル動物
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20220217BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220217BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220217BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20220217BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20220217BHJP
【FI】
A01K67/027
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
G01N33/48 N
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020137005
(22)【出願日】2020-08-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「女性の健康の包括的支援実用化研究事業」「概日時計の乱れが誘発する若年女性の生殖機能障害の実態とその機序の解析-朝食欠食とダイエットに着目して-」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(71)【出願人】
【識別番号】520308651
【氏名又は名称】学校法人ノートルダム女学院
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 浩
(72)【発明者】
【氏名】安藤 仁
(72)【発明者】
【氏名】小野 政徳
(72)【発明者】
【氏名】大黒 多希子
(72)【発明者】
【氏名】藤原 智子
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA29
2G045DA13
2G045DA14
2G045FB02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】食生活の乱れと子宮収縮の異常を結びつける因子について解明すると共に、子宮機能の向上を図るための子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物の提供。
【解決手段】非ヒト動物Bmal1遺伝子又はその一部の両端にloxP配列を挿入した遺伝子改変非ヒト動物と、子宮特異的プロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック非ヒト動物とを交配することを含む、子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物。
【請求項2】
不妊症モデル動物である、請求項1記載のモデル動物。
【請求項3】
マウスである、請求項1又は2記載のモデル動物。
【請求項4】
非ヒト動物Bmal1遺伝子又はその一部の両端にloxP配列を挿入した遺伝子改変非ヒト動物と、子宮特異的プロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック非ヒト動物とを交配することを含む、子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物の作製方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項記載のBmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を用いて子宮機能の正常化に有効な薬剤をスクリーニングする方法であって、
該モデル動物に候補化合物を投与するステップと、
子宮機能の正常化の有無を判定するステップと
を含む、上記方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項記載のBmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を用いて子宮機能の正常化に関与し得る薬剤を評価する方法であって、
該モデル動物に薬剤を投与するステップと、
子宮機能の正常化の有無を判定するステップと
を含む、上記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物、該モデル動物の作製方法、該モデル動物を用いて子宮機能の正常化に有効な薬剤をスクリーニングする方法、並びに子宮機能の正常化に関与し得る薬剤を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
女性の生殖機能は、概日リズムを基本にし、月経などの周期性(生殖リズム)を有している。概日リズムは光の刺激(生活習慣)でリセットされる視床下部の中枢概日時計と、中枢概日時計と食事(摂食)の影響を受ける臓器細胞内の末梢概日時計によって制御されている。
【0003】
従来、中枢概日時計のリズムは睡眠、食欲、情動などによって異常をきたすことが報告されており(非特許文献1)、また肝臓や消化器などでの末梢概日時計のリズムの乱れは異常な細胞代謝、ホルモン分泌、ぜん動運動を誘発し、生活習慣病や癌が発症する可能性を有するとされている(非特許文献2)。
【0004】
雌の生殖機能では、中枢概日時計が黄体形成ホルモン(LH)が一過性に放出されるLHサージに関与することや、時計遺伝子Bmal1全身欠損マウスでは黄体ホルモン低下による不妊が報告されている(非特許文献3)。また、卵巣の莢膜細胞の時計遺伝子異常(莢膜細胞特異的Bmal1遺伝子欠損)によってLHに対する感受性が低下して排卵を抑制することが示されている(非特許文献4)。しかしながら、子宮の時計遺伝子に関する報告はなされていなかった。
【0005】
一方、現在日本の若い女性の間では欠食や美容目的のダイエット等が広がっており、これと並行して月経痛や不妊症の原因となる子宮内膜症の増加が大きな問題となっている。
思春期には身体が生殖活動可能な状態へと成長するが、その際に視床下部-下垂体系による性腺刺激機能や子宮や乳腺などの生殖臓器は大きく変化する。活性化された生殖機能はさらに数年かけて安定してくるが、この時期の女性には適切な医学的な分類用語が存在せず、食生活の自立を始める時期にもかかわらず予防的な食生活指導の指標はなかった。
【0006】
本発明者らは、この時期(18-22歳)を「生殖機能成熟期」と位置づけ、女子学生の実態調査を実施し、朝食欠食に婦人科疾患の兆候である月経痛が伴うことを明らかにし(非特許文献5)、朝食が1日の活動開始時期に相当することに着目して「朝食欠食は概日リズムに干渉し、生殖機能に悪影響を及ぼす」可能性を提唱し、ラット実験でこれを支持する結果を得た(非特許文献6)。
一方、過去にダイエット経験がある学生では現在月経痛が強いことも見いだされた(非特許文献7)。月経痛の主原因としてあげられる子宮収縮の異常は不妊症治療での着床不全、月経血の腹腔内逆流に起因する子宮内膜症、早産や分娩後の弛緩性出血などの疾患と関連する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Mieda M等, Curr Biol. 2016 Sep 26;26(18):2535-2542. doi: 10.1016/j.cub.2016.07.022. Epub 2016 Aug 25
【非特許文献2】Ando H等, Endocrinology. 2016 Feb;157(2):463-9. doi: 10.1210/en.2015-1376. Epub 2015 Dec 10
【非特許文献3】Ratajczak CK等, Endocrinology. 2009 Apr;150(4):1879-85. doi:10.1210/en.2008-1021
【非特許文献4】Mereness AL et al. Endocrinology 157:913-27, 2016
【非特許文献5】Fujiwara T., Int J Food Sci Nutr. 2003 Nov;54(6):505-9
【非特許文献6】Fujiwara T等, Curr Dev Nutr. 2018 Nov 26;3(4):nzy093. doi: 10.1093/cdn/nzy093. eCollection 2019 Apr
【非特許文献7】Fujiwara T., Int J Food Sci Nutr. 2007 Sep;58(6):437-44
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の状況に鑑み、本発明者等は、「若年女性の食生活習慣による概日リズムの乱れは生殖機能を障害し、その異常が記憶され将来にも悪影響を及ぼす」可能性を警鐘し、不妊患者、子宮内膜症患者、産科疾患患者を対象に若年成人期の食生活の実態調査を現在施行している。
【0009】
若年女性の生活習慣が将来にも悪影響を及ぼす機序を解明する上で重要な課題は(i)将来の疾患発症の誘因となる責任因子は何か?また(ii)どのようにその異常が記憶されるのか?である。これまでの調査から、責任因子の異常が月経痛という臨床症状で顕在化している可能性が示された。
【0010】
一般に月経痛は子宮収縮の異常から起こる。そこで本発明者等は責任因子が子宮収縮に関連すると推論し、若年女性の食生活の乱れと子宮収縮の異常を結びつける因子について解明し、子宮機能の向上についての知見を得る必要があると考えられた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、食生活の乱れから生じ得る概日リズムの乱れが子宮収縮異常と関連する可能性から時計遺伝子に着目して種々検討を重ねた結果、マウス子宮の時計遺伝子発現について下記の新知見を得た。
1. マウス子宮において時計遺伝子Bmal1は概日周期に伴い周期的に発現変化している。
2. マウス子宮のBmal1発現は子宮全体で同期している。
3. マウス子宮の時計遺伝子Bmal1の周期的発現は摂食によってリセットされており、中枢時計を制御する“光刺激”よりも強い制御を“摂食刺激”から受けている。
【0012】
このことから、本発明者等は、子宮収縮異常、不妊等の子宮機能に異常が見られる可能性のある時計遺伝子Bmal1欠損マウスによる検討が様々な知見をもたらし得ると考えた。しかしながら、報告されているBmal1全身欠損マウスでは、発育障害、脂肪量の低下や早老症が認められ、全身の臓器がその影響を受けるため、個々の臓器のBmal1の役割を検討するには不向きであると考えられた(Kondratov RV等, Genes Dev. 2006 Jul 15;20(14):1868-73. PubMed PMID: 16847346; PubMed Central PMCID: PMC1522083)。また、Bmal1全身欠損マウスでは、卵巣黄体の機能に影響があり、プロゲステロンの分泌がなくなるために胚着床後の妊娠の維持ができないことがわかっており、そのため、子宮でのBmal1の機能解析に使用することが適切ではない。従って、本発明者等は、子宮特異的にBmal1を欠損させたマウスを作製し、このマウスによって、Bmal1の子宮での機能をより明らかにすることができることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1.子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物。
2.不妊症モデル動物である、上記1記載のモデル動物。
3.マウスである、上記1又は2記載のモデル動物。
4.非ヒト動物Bmal1遺伝子又はその一部の両端にloxP配列を挿入した遺伝子改変非ヒト動物と、子宮特異的プロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック非ヒト動物とを交配することを含む、子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物の作製方法。
5.上記1~3のいずれか記載のBmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を用いて子宮機能の正常化に有効な薬剤をスクリーニングする方法であって、
該モデル動物に候補化合物を投与するステップと、
子宮機能の正常化の有無を判定するステップと
を含む、上記方法。
6.上記1~3のいずれか記載のBmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を用いて子宮機能の正常化に関与し得る薬剤を評価する方法であって、
該モデル動物に薬剤を投与するステップと、
子宮機能の正常化の有無を判定するステップと
を含む、上記方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のモデル動物は、新しい子宮機能の調整法および子宮の異常に起因する婦人科疾患の予防法及び治療法の開発に役立ち得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】自由摂餌(ad-lib)マウス子宮でのBmal1発現の変動と体内時計時刻との関係を示す。
図2】自由摂餌マウス子宮上部及び子宮下部でのBmal1発現の変動と体内時計時刻との関係をそれぞれ示す。
図3】朝食群(給餌時間12-16)及び朝食欠食群(給餌時間20-24)マウス子宮でのBmal1発現の変動と体内時計時刻との関係をそれぞれ示す。
図4】本発明のBmal1ノックアウトマウスの作製方法の一例を示す。
図5】野生型マウス及びBmal1ノックアウトマウスから妊娠8日目にそれぞれ摘出した子宮の写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<子宮特異的Bmal1遺伝子欠損モデル動物>
本発明は、子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を提供する。
Bmal1遺伝子は、肥満遺伝子とも呼ばれており、例えばマウスBmal1遺伝子は626アミノ酸からなるタンパク質をコードする。マウスBmal1タンパク質のアミノ酸配列情報は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベース等からAccession No.: NP_031515として取得することができる。また、マウスBmal1遺伝子の塩基配列情報は、同様にGene ID: 11865として取得することができる。マウス以外の非ヒト哺乳動物におけるBmal1タンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列等の情報についても、同様に取得することができる。
【0017】
本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損モデル動物は、当分野において通常使用される手法を用いて得ることができ、作製方法は特に限定するものではないが、例えばバクテリオファージP1に由来するCreリコンビナーゼとloxP配列とを利用するCre-loxPシステムを用いたCre発現依存的遺伝子欠損法(Kuhn R. et al., Science, 269, 1427-1429, 1995)を利用することができる。異なるバクテリオファージ及び酵母由来であって、Cre-loxPシステムと同様に利用できるシステムも報告されており、当業者であれば、本明細書の記載に基づいて適切なシステムを構築することができる。この手法は、コンディショナルノックアウトと呼ばれるものである。
【0018】
Cre-loxPシステムを利用する手法は、具体的には、対象であるBmal1遺伝子又はその一部の両端にloxP配列をジーンターゲティング法によって挿入した遺伝子改変動物(以下、本明細書において「loxPノックイン動物」と記載することがある)を作製し、一方で子宮特異的プロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック動物(以下、本明細書において「Creノックイン動物」と記載することがある)を作製し、これらの動物の交配によって、子宮特異的プロモーターが機能する子宮組織のみで遺伝子が欠損することとなるものである。ここで、「その一部(Bmal1遺伝子の一部)」とは、Bmal1遺伝子の配列中でその欠失(欠損)によりBmal1遺伝子の機能が低下又は消失することとなる部分を含む領域を意図する。一実施形態において、「その一部」は、Bmal1遺伝子のエクソン5を少なくとも含む。従って、loxP配列は、対象であるBmal1遺伝子のエクソン5の両端に挿入することで、loxPがノックインされた遺伝子改変動物を作製することができる。
【0019】
loxP配列は、バクテリオファージP1ゲノムに由来する34bpのDNA配列であり、両末端に存在する対称なCre結合部位と、非対称な中心部との配列から構成されることが知られているが、一部の配列を改変したものであっても好適に使用することができる。バクテリオファージP1のloxP配列は、例えばNCBIのデータベースにおいて、Accession No.: E14740として取得することができる。
バクテリオファージP1のCreリコンビナーゼ遺伝子の塩基配列は、例えばNCBIのデータベースにおいて、Gene ID: 2777477として取得することができる。
【0020】
子宮特異的プロモーターとしては、限定するものではないが、例えばプロゲステロン受容体(PR)遺伝子のプロモーター(本明細書において「PRプロモーター」と記載する)を挙げることができる。本発明において好適に使用できるPRプロモーターの塩基配列は、特に限定するものではないが、例えばAccession No.: U12644(GeneID: 18667)のプロゲステロン受容体のコード領域の5'非翻訳領域に含まれる配列を挙げることができる。
また、ラクトフェリン-cre、Wnt7a-cre、Sprrf2-cre等の子宮上皮特異的プロモーター、Amhr2-cre等の子宮間質/筋層特異的プロモーターも使用することができる。
【0021】
遺伝子の欠損の程度は、Bmal1遺伝子の機能を低下又は喪失させるものであれば良く、Bmal1遺伝子の一部であっても全部であっても良いが、好ましくはBmal1遺伝子全体を欠損させることが好ましく、更に1対のBmal1遺伝子の双方を欠損させることがより好ましい。あるいはまた、Bmal1遺伝子のエクソン5の欠損によっても本発明の目的を達成することができる。
遺伝子の欠損は、例えば得られた動物から取得したゲノムにおける遺伝子の不存在をPCRやサザンブロットにより確認することができる。
【0022】
本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物は、一方のアレルにおいてBmal1遺伝子が欠損した子宮特異的Bmal1遺伝子ヘテロ欠損非ヒトモデル動物であっても良く、また両方のアレルにおいてBmal1遺伝子が欠損した子宮特異的Bmal1遺伝子ホモ欠損非ヒト動物であっても良い。
【0023】
上記の通り、Bmal1全身ノックアウトマウスでは卵巣黄体の機能に影響があり、プロゲステロンの分泌がなくなるために胚着床後の妊娠の維持ができないことがわかっており、子宮でのBmal1の機能解析には使用できない。子宮特異的にBmal1を欠損させることによって、子宮での機能をより明らかにすることができる。
【0024】
従って、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物は、不妊症のモデル動物として使用することができる。従って、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物は、不妊症の病態解析や、不妊症の治療又は予防のための薬剤の発見及び開発のために使用することができる。
【0025】
また、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物では、子宮内膜増殖症及び子宮内膜癌等の子宮組織における異常、すなわち疾患が生じる可能性がある。発癌には多数の遺伝子が関与していることが推定されることから、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物は、子宮疾患の病態と関連する他の遺伝子の異常又は発現変化を解析するためのモデル動物としても使用することができる。
【0026】
<子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物の作製方法>
本発明はまた、上記の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物の作製方法を提供する。本発明の方法は、Bmal1遺伝子又はその一部の両端にloxP配列を挿入した遺伝子改変動物(loxPノックイン動物)と、子宮特異的プロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック動物(Creノックイン動物)とを交配することによって、子宮特異的プロモーターが機能する子宮組織のみで遺伝子が欠損する非ヒト動物を作製するものである。
【0027】
本発明の方法は、より具体的には、
(a)非ヒト動物Bmal1遺伝子又はその一部の両端にloxP配列をジーンターゲティング法によって挿入したloxPノックイン動物を作製し、
(b)子宮特異的プロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現するCreノックイン動物を作製し、そして
(c)ステップ(a)で得られたloxPノックイン動物と、ステップ(b)で得られたCreノックイン動物とを交配する
ことによって、子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を作製する方法である。
【0028】
本発明のモデル動物は、ヒト以外の哺乳動物であれば良く、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、ラット、マウス等を挙げることができ、特に限定するものではないが、取扱いの簡便さの観点ではげっ歯類、特にラット又はマウスを用いることが好ましい。
【0029】
上記のステップ(a)は、限定するものではないが、例えば、Bmal1の機能に重要と考えられるbasic helix-loop-helixをコードするエクソン5と、エクソン5の5’側のイントロンとの間にloxPを、エクソン5の3’側のイントロンにFrt-ネオマイシン耐性マーカー-Frt-loxPを含んだDNA断片をジーンターゲティングによる組換えで挿入したのち、FlpeでFrt-ネオマイシン耐性マーカー-Frt部位を切断して実施することができる。より詳細には、このステップは、例えばCell, Vol. 130, Issue 4, 2007, P730-741、特にFig5Aの記載に基づいて実施することができる。尚、Bmal1遺伝子の両端にloxP配列が挿入された遺伝子改変マウスについては、例えばJackson Lab等から市販されており、これを使用することもできる。
【0030】
上記のステップ(b)は、限定するものではないが、例えば、プロゲステロン受容体(PR)遺伝子のエクソン1と、エクソン1にあるPRのアミノ酸翻訳開始部位ATGからCre(CreのATGは除く)-ネオマイシン耐性マーカーを含んだDNA断片とをジーンターゲティングで組換えて実施することができる。より詳細には、このステップは、例えばWiley Online Library, genesis, Vol. 41, Issue 2, 2005 (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/gene.20098)、特に図1Aの記載に基づいて実施することができる。
【0031】
上記のステップ(c)では、ステップ(a)で得られたloxPノックイン動物と、ステップ(b)で得られたCreノックイン動物とを交配させることで、一方のアレルにおいてBmal1遺伝子が欠損した子宮特異的Bmal1遺伝子ヘテロ欠損非ヒトモデル動物を得ることができる。
【0032】
更に、ステップ(c)で得られた子宮特異的Bmal1遺伝子ヘテロ欠損非ヒトモデル動物を、ステップ(a)で得られた遺伝子改変動物と交配することで、両方のアレルにおいてBmal1遺伝子が欠損した子宮特異的Bmal1遺伝子ホモ欠損非ヒト動物を得ることができる。
【0033】
従って、本発明の方法はまた、
(a)非ヒト動物Bmal1遺伝子の両端にloxP配列をジーンターゲティング法によって挿入した遺伝子改変動物(loxPノックイン動物)を作製し、
(b)子宮特異的プロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック動物(Creノックイン動物)を作製し、
(c)ステップ(a)で得られた遺伝子改変動物(loxPノックイン動物)と、ステップ(b)で得られたトランスジェニック動物(Creノックイン動物)とを交配して子宮特異的Bmal1遺伝子ヘテロ欠損非ヒトモデル動物を作製し、そして
(d)ステップ(a)で得られた遺伝子改変動物と、ステップ(c)で得られた子宮特異的Bmal1遺伝子ヘテロ欠損非ヒトモデル動物とを交配して子宮特異的Bmal1遺伝子ホモ欠損非ヒトモデル動物を作製する方法である。
【0034】
例えばマウスにおいて本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を作製する場合、まずBmal1-floxマウス(Bmal1 f/f:両方のアレルにloxPサイトが導入されたもの)と、プロゲステロン受容体(PR)のプロモーター領域の下流にcre遺伝子を導入したPR-creマウス(PR cre/cre: 両方のアレルにcreが導入されたもの)とをそれぞれ作製する。
PRは主に子宮に発現しており、PR-creマウスでは子宮全体でどのほかの臓器よりも早くまた強くCreが発現する。子宮において高い特異性で、すなわち子宮特異的にCreを発現することができるため、これらのマウスを交配することにより、子宮特異的にBmal1遺伝子が欠損したBmal1 f/+/PR cre/+マウス(一方のアレルのBmal1遺伝子が欠損したもの)を作製することができる。
【0035】
次に、Bmal1 f/+/PR cre/+マウスとBmal1 f/fマウスを更に交配し、Bmal1 f/f/ PR cre/+(両方のアレルのBmal1遺伝子が欠損したもの)とBmal1 f/f/PR +/+(Bmal1遺伝子が欠損していないもの)マウスを得ることができる。
【0036】
上記で得られた子宮特異的Bmal1遺伝子欠損マウス(Bmal1 f/f/ PR cre/+)は、野生型オスマウスと交配して妊娠した場合に、胚の着床部位の等間隔性に異常が起こること、及び妊娠12日目以降になると全ての妊娠で胎仔が自然死してしまい正常な妊娠を継続することができないことを確認した。
【0037】
<薬剤のスクリーニング方法>
上記の通り、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物は、不妊症のモデル動物となり得る。従って、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物は、不妊症の病態解析や、不妊症の治療又は予防のための薬剤の発見及び開発のために使用することができる。
【0038】
一実施形態として、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を用いて、子宮機能の正常化に有効な薬剤をスクリーニングする方法を提供することができる。
本明細書において、「子宮機能の正常化」とは、例えば子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物において観察される妊娠及びその継続における異常が改善して正常な妊娠及びその継続ができるようになることを意図する。
【0039】
上記方法は、具体的には、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物に対して候補化合物を投与するステップと、子宮機能の正常化の有無を判定するステップとを含むものであり得る。
子宮機能の正常化の有無の判定は、候補化合物を投与しない対照動物と比較することによって行うことができる。対照動物と比較して子宮機能の正常化が観察された場合に、投与された候補化合物が子宮機能の正常化に有効であると評価することができる。
【0040】
候補化合物は、既存の医薬であっても良く、天然若しくは合成された新規タンパク質、ペプチド、脂質、糖類、核酸、その他の化合物であっても良い。
投与方法は、特に限定するものではなく、経口投与、皮下投与、尾内投与等の静脈内投与、腹腔内投与等を、動物の種類及び候補化合物の種類に従って適宜選択して用いることができる。
【0041】
<薬剤の評価方法>
別の実施形態において、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を用いて、子宮機能の正常化に関与し得る薬剤を評価する方法を提供することができる。
上記方法は、スクリーニング方法と同様にして、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物に対して子宮機能の正常化に関与し得る薬剤を投与するステップと、子宮機能の正常化の有無を判定するステップとを含むものであり得る。
子宮機能の正常化の有無の判定は、候補化合物を投与しない対照動物と比較することによって行うことができる。対照動物と比較した子宮機能の正常化の程度を指標として、投与された薬剤の子宮機能の正常化に対する有効性を評価することができる。
【0042】
薬剤は、子宮機能の正常化等の薬理効果があると予想されるものであって、上記スクリーニング方法で見出された化合物であっても良い。投与方法は、特に限定するものではなく、経口投与、皮下投与、尾内投与等の静脈内投与、腹腔内投与等を、動物の種類及び候補化合物の種類に従って適宜選択して用いることができる。本方法は、薬剤の薬理効果を確認し、投与量や投与方法の検討等のために用いることができる。
【実施例0043】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0044】
[参考例1 マウス子宮の時計遺伝子発現についての検討]
雌C57BL/6J(野生型)マウスを三協ラボサービス株式会社より購入し、下記実験に供した。
54匹のマウスを12:12時間明暗周期、標準飼料自由摂餌・自由飲水下で飼育後、8週齢時に次の3群に分け(各群18匹)、時刻制限給餌下で飼育を開始した。明期の始まり(点灯時間8:45)を動物の光刺激による同調の開始と考え、ZT(ツァイトゲーバー時間、Zeitgeber time) 0と表す。暗期の始まり(消灯時刻20:45)はZT12となる。
対照群:自由摂餌を継続
朝食群:暗期の開始4時間(ZT12-16:ヒトでいう朝食の時間)のみ摂餌できる
朝食欠食群:暗期の終わり4時間(ZT20-24)のみ摂餌できる
【0045】
上記の時刻制限給餌を2週間行った後に、4時間おき6ポイント(ZT0、4、8、12、16、20)で各群3匹ずつ子宮のサンプリングを行った。マウス子宮は2本に分かれているが、すべて左側の子宮を上下に分けてサンプリングし、RNeasy Mini Kit(Qiagen)を使用してtotal RNAを抽出した。
PrimeScript RT reagent Kit(タカラバイオ株式会社)を使用して逆転写した後に、Real time PCR system Mx3000p(Agilent)を使用して、時計遺伝子Bmal1の発現をリアルタイム定量PCRで分析した。標的遺伝子の発現は内在性のコントロールGAPDHの発現で正規化した相対発現量として算出した。
【0046】
その結果、マウスは暗期のはじめに多く食事し、暗期の終わりに少量食事をするとされているが、自由摂餌(ad-lib)マウスでは、子宮でのBmal1発現は暗期の開始(ZT12)から立ち上がり、暗期の終わり(ZT0)にピークとなる概日周期を認めた(図1)。これより、マウス子宮において時計遺伝子Bmal1が概日周期に伴い周期的に発現変化していることが見出された。
また、子宮の上下を分けて解析したところ、上部と下部で同様の周期性を認め、Bmal1発現は子宮全体で同期していることが観察された(図2)。
【0047】
一方、朝食群(ZT12-16のみ摂餌、給餌時間12-16)では、食事開始と同時にBmal1発現の上昇を認め、自由摂餌群と同様の周期性を認めた。しかし、明暗条件が一定にもかかわらず、食事開始時刻を8時間遅らせた朝食欠食群(ZT20-24のみ摂餌、給餌時間20-24)では、Bmal1の周期的発現もそれとともない8時間位相が遅れた(図3)。
このことから、マウス子宮の時計遺伝子Bmal1の周期的発現は摂食によってリセットされており、中枢時計を制御する“光刺激”よりも強い制御を“摂食刺激”から受けていることが明らかになった。
【0048】
[実施例1 子宮時計遺伝子欠損マウスの作製]
Bmalf/fメスマウス(Jackson Labより購入)とPRcre/+オスマウス(アメリカ国立衛生研究所(NIH)のDr. Demayo及びベイラー医科大学のDr. Lydonから譲受)を交配してBmalf/+/PRcre/+を作製した。次に、Bmalf/+/PRcre/+オスマウスとBmal1f/fメスマウスを交配し、Bmalf/f/PRcre/+(Bmal1欠損)とBmalf/f/PR+/+(Bmal1野生型)マウスを作製した(図4)。
【0049】
上記で得られたBmalf/f/PRcre/+とBmalf/f/PR+/+のメスマウスを、8週令以上の時点で、あらかじめ生殖能力に問題ないことを確認したC57BL/6(野生型)のオスマウスと交配し、膣栓がついた日を妊娠1日目として妊娠8日目に子宮を摘出して観察した。
【0050】
マウス子宮は二本に分かれており、凹凸なくまっすぐであるが、妊娠8日目の子宮は胚着床部位を取り囲む間質細胞が増殖して腫大した着床根が観察される。この腫大は、着床した胚の数だけ複数個存在するが、それぞれ等間隔で存在する。
【0051】
図5に示すように、対照であるBmalf/f/PR+/+(Bmal1野生型)メスマウスの妊娠8日目の子宮は、観察した6匹中すべてのマウスが正常に着床根を作成し、それぞれの胚着床部位は等間隔で並んでいた(図5左側の写真)。
【0052】
一方、Bmalf/f/PRcre/+(Bmal1欠損)メスマウスの妊娠8日目の子宮は、観察した7匹中4匹では、正常な胚着床部位を持たず、腫大部が減退し吸収されていた(図5中央の写真)。他の3匹は正常な胚着床部位を有していたが、いくつかの着床部位間の間隔が他に比べて狭くなり、等間隔で並んでいなかった(図5右側の写真)。またBmalf/f/PRcre/+(Bmal1欠損)メスマウスでは、最終的には妊娠12日目以降になると全ての妊娠で胎仔が自然死してしまい、正常な妊娠を保てなかった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明者等は、本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物は、子宮収縮にBmal1時計遺伝子が関与すること、また子宮での時計遺伝子の欠損が胎盤形成不全などの周産期異常をきたすことを確認した。本発明の子宮特異的Bmal1遺伝子欠損非ヒトモデル動物を不妊症モデル動物として使用することで、信頼性の高い月経異常及び不妊に対する新しい予防プログラムやチェックポイントアプリケーションを作成することができる。また、本発明により、不妊症や子宮疾患の治療又は予防のための薬剤の発見及び開発につなげることができる。
図1
図2
図3
図4
図5