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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022033053
(43)【公開日】2022-02-25
(54)【発明の名称】テストステロン増加剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/465 20060101AFI20220217BHJP
   A61P 5/26 20060101ALI20220217BHJP
   A61P 15/12 20060101ALI20220217BHJP
   A61K 36/81 20060101ALI20220217BHJP
   A61K 127/00 20060101ALN20220217BHJP
【FI】
A61K31/465
A61P5/26
A61P15/12
A61K36/81
A61K127:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021131949
(22)【出願日】2021-08-13
(31)【優先権主張番号】P 2020136813
(32)【優先日】2020-08-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】519094145
【氏名又は名称】川戸 佳
(74)【代理人】
【識別番号】100109014
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 充
(74)【代理人】
【識別番号】100141988
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 浩一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100182154
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 淳一
(72)【発明者】
【氏名】川戸 佳
【テーマコード(参考)】
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC20
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA13
4C086MA17
4C086MA32
4C086MA57
4C086MA59
4C086MA63
4C086NA14
4C086ZA81
4C086ZC10
4C086ZC51
4C088AB49
4C088AC05
4C088BA08
4C088BA11
4C088CA03
4C088MA13
4C088MA17
4C088MA32
4C088MA57
4C088MA59
4C088MA63
4C088NA14
4C088ZA81
4C088ZC10
4C088ZC51
(57)【要約】
【課題】人体に対する新しいテストステロンの増加剤を提示する。
【解決手段】 ニコチンを有効成分として含有するテストステロン増加剤をパッチとして構成し、人体の体表に当該パッチを短時間貼付することを繰り返し、人体にニコチンを投与することによって、ニコチン性アセチルコリン受容体を介したテストステロンの増加を図ることができる。その結果、体内のテストステロンを効果的に増加させることができ、男性の更年期障害の効果的な治療に寄与するテストステロン増加剤を提供することができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニコチンを有効成分として含有することを特徴とするテストステロン増加剤。
【請求項2】
請求項1記載のテストステロン増加剤において、前記ニコチンは、タバコの葉から抽出・精製したものであることを特徴とするテストステロン増加剤。
【請求項3】
請求項1記載のテストステロン増加剤において、前記ニコチンは、化学合成されたものであることを特徴とするテストステロン増加剤。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のテストステロン増加剤であって、人体に経皮投与するためのパッチ構造を有することを特徴とするテストステロン増加剤。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載のテストステロン増加剤であって、低温エアロゾルによる吸引で人体に投与されることを特徴とするテストステロン増加剤。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項に記載のテストステロン増加剤であって、点鼻によって人体に投与されることを特徴とするテストステロン増加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人の体内のテストステロンを増加させる作用を奏するテストステロン増加剤に関するものである。本発明のテストステロン増加剤は、ニコチンを有効成分として含有することを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
女性に限らず男性にも更年期障害があることが知られている。男性の場合は、この更年期障害は、加齢男性性腺機能低下症候群(Late-Onset Hypogonadism: LOH 症候群)とも呼ばれている。「更年期」とは性ホルモンが標準より低下した時期を指したもので、それが原因で身体のみならず精神面においても様々な支障を来たす。男性更年期の症状として精神的には、憂うつ、不安、興味や意欲の喪失、眠れない、イライラなどがある。 一方、体の症状では、性機能の低下、頻尿、筋肉痛、関節痛、発汗、ほてり、疲れやすいなどがある。
男性と女性の更年期障害の大きな違いは、女性の更年期障害の場合は閉経前後10年間に発症する場合が多いのに対して、男性は環境による影響が大きく、ホルモンの減少する時期や期間・程度において、かなりの個人差の存在が認められる。男性の場合、更年期障害の発症は概ね40歳以降が多いが、60歳~70歳になって初めて発症する場合もある。
【0003】
男性の場合の治療法としては、男性ホルモン補充療法が広く採用されている。この治療法は、男性ホルモン注射を1ヶ月に1回程度の頻度で行うものであり、aging male symptom (AMS) score 指標などが改善する場合が多いことが判明している。
男性ホルモン補充療法は、塗り薬を塗布する手法もある。しかしながら、日本では現在注射法しか厚生省に許可されていない。そのため、注射による痛みや病院通いが面倒なこともあり、男性ホルモン補充療法が世の中に広く利用されているとは言いがたい。
日本以外の外国諸国では個人がテストステロンのクリームやゲルを皮膚に塗布したり、テストステロンを点鼻する等の治療法が普及している場合もあるが、いずれにしても日本では、これらの治療法は、保険適用外である。従って、テストステロンの直接注射や塗布のみには頼らない方法が広く望まれている。
【0004】
ところで、前立腺がんの治療法では、人体内のテストステロンを除去する治療法が適用されることも多い。このような場合、脳のテストステロン値も低下してしまい、認知症が発生する確率が上昇する恐れがあることが知られている。
【0005】
先行技術文献
下記特許文献1には、トマト抽出物を用いたテストステロン増加剤が記載されている。
また、下記特許文献2には、NMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)を用いたテストステロン増加剤が記載されている。
また、下記特許文献3には、ビタミンKを含むテストステロン増加剤が記載されている。
また、下記特許文献4には、タマネギ抽出物を用いたテストステロン増加剤が記載されている。
また、下記特許文献5には、タバコアルカロイド成分を経皮投与する経皮タバコアルカロイドパッチの構造が記載されている。
テストステロンを体内に導入することによって、いわゆる男性の更年期障害が改善することが種々の文献に記載されている。例えば、下記非特許文献1、2、3、4、5に記載がある。
【0006】
また、ニコチンパッチのような経皮投与や低温エアロゾルを用いた吸引によれば、患者の負担が少ない点が下記非特許文献6、7に記載されている。
また、下記非特許文献8には、GT1-7細胞に高濃度ニコチン500μMを作用させると、GnRH分泌を抑制するという報告がある。
また、下記非特許文献9には、GT1-7細胞に高濃度ニコチン300μM以上を作用させるとGnRH分泌が見られるが、それ以下の濃度100μMではGnRHの分泌は観測できないという報告がある。
【0007】
また、下記非特許文献10には、ニコチンが精巣に作用してステロイド合成系や性細胞発達などへのダメージを引き起こすという報告が存在する。
また、下記非特許文献11には、ヒトがタバコを喫煙した場合の、血清中のニコチン濃度の具体的な増加量について記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-105746号公報
【特許文献2】特開2011-225474号公報
【特許文献3】再表2007-148494号公報
【特許文献4】特開2007-210918号公報
【特許文献5】特表2009-519246号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】K. L. Edinger, C. A. Frye, Psychoneuroendocrinology (2005) 30, 418?430Testosterone’s anti-anxiety and analgesic effects may be due in part to actions of its 5a-reduced metabolites in the hippocampus
【非特許文献2】E. R. Rosario et al. JAMA, (2004) 292, 1431-1432 Age-Related Testosterone Depletion and the Development of Alzheimer Disease
【非特許文献3】Y. Hatanaka et al., Brain Res. (2015) 1621, 121-132Rapid increase of spines by dihydrotestosterone and testosterone in hippocampal neurons: Dependence on synaptic androgen receptor and kinase networks
【非特許文献4】Y. Hatanaka et al., Biochem. Biophys. Res. Comm. (2009) 381, 728?732Androgen rapidly increases dendritic thorns of CA3 neurons in male rat hippocampus
【非特許文献5】Y. Hojo et al., Endocrinology (2009) 150, 5106-5112Comparison between Hippocampus-Synthesized and Circulation-Derived Sex Steroids in the Hippocampus
【非特許文献6】H. Zuo, M. Ye, and M. Davies, Current Separations (1996) 15:2 Monitoring Transdermal Delivery of Nicotine Using In Vivo Microdialysis Sampling
【非特許文献7】D. Yuki et al. Regulatory Toxicology and Pharmacology (2017) 87, 30-35 Pharmacokinetics of nicotine following the controlled use of a prototype novel tobacco vapor product
【非特許文献8】Elio Messi et al. (2018) Molecular and Cellular Endocrinology 460, 209-218The alpha-7 nicotinic acetylcholine receptor is involved in a direct inhibitory effect of nicotine on GnRH release: In vitro studies
【非特許文献9】Y. Arai et al. (2017) J. Physiol. Sci. 67:313?323Subunit profiling and functional characteristics of acetylcholine receptors in GT1-7 cells
【非特許文献10】Jana et al. (2010) TOXICOLOGICAL SCIENCES 116, 647?659Nicotine Diminishes Testicular Gametogenesis, Steroidogenesis, and Steroidogenic Acute Regulatory Protein Expression in Adult Albino Rats: Possible Influence on Pituitary Gonadotropins and Alteration of Testicular Antioxidant Status
【非特許文献11】Kalra et al. (2014) CLINICAL AND DIAGNOSTIC LABORATORY IMMUNOLOGY,Vol.11, p. 563?568, Immunosuppressive and Anti-Inflammatory Effects of Nicotine Administered by Patch in an Animal Model
【非特許文献12】グラクソ・スミスクライン・コンシューマー・ヘルスケア・ジャパン(株)(2019) 禁煙補助薬・経皮吸収ニコチン製剤・ニコチネル(登録商標)TTS の使用説明書、薬物動態の項目
【非特許文献13】Iwamoto et al. (2009) Int. Journal of Urology16, 168-174, Late-onset hypogonadism (LOH) and androgens: Validity of the measurement of free testosterone levels in the diagnostic criteria in Japan
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、男性の更年期障害に対する効果的な治療であるテストステロンの注入技術は、世の中に十分に普及しているとは言えないのが実情である。
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、男性の更年期障害に対する効果的な治療を実現するためのテストステロンの注入技術であって、より簡便な手法を提供することを目的とする。簡便な手法を実現することによよって、テストステロンの注入技術をより世の中に普及せることができると考えられる。
【0011】
ニコチンは、植物塩基(アルカロイド)の1種であり、主としてタバコの葉に含まれる。また、ニコチンは、例えば脳等に存在するニコチン作動性のアセチルコリン受容体nAChR(nicotinic acetylcholine receptor)に作用するアゴニストである。ここでnAChRは、中枢神経系における主要な神経伝達物質であるアセチルコリンの受容体AChRのうちの1種類で、イオンチャンネル型の受容体である。
【0012】
ニコチンは、主として脳内の受容体(nAChR)に対し結合し、神経伝達物質(ドーパミン、アドレナリン、β-エンドルフィン)の放出が促進されることが知られている。
本願発明者は、このニコチンを体内に摂取することによるテストステロン増加作用に着目したものであり、このニコチンを簡易に体内に導入することができれば、体内のテストステロンの増加を容易に実現できると考えたものである。すなわち、本願発明は、ニコチンの新たな用途を提供するものである。
【0013】
なお、ニコチンを摂取することによるテストステロンの増加とそれに付随する記憶力低下抑止や抗うつなどに対する作用については、現在、十分な研究がなされていない。その用途の開発は今後の課題となるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる目的を達成するため、本発明のテストステロン増加剤は、ニコチンを有効成分として含有することを特徴とする。ニコチンが脳視床下部のコチン作動性のアセチルコリン受容体nAChRに作用し、黄体ホルモン(LH)放出を経て、精巣でのテストステロンの合成を増加させる。本発明はこのような原理を利用した手法に関するものである。なお、ニコチン自体は例えばニコチンパッチにより禁煙治療に利用されており、いわゆる善玉療法に利用されている物質である。
【0015】
テストステロンについて
テストステロンは、男性ホルモンの1種であり、認知機能の保持、抗うつ、筋肉を作る働き、血管の柔軟性、性機能、等に広く関与している。男性体内のテストステロン分泌量は、加齢により減少する。減少の結果、血中のテストステロン濃度が減少すると、うつ症状が現れ、記憶力や集中力・意欲が低下し、筋力、男性機能も衰えることが指摘されている。近年は、血中テストステロン量が低下して、上記症状が現れる加齢性性腺機能低下症・男性更年期障害の患者が増えている。
【0016】
本発明のテストステロン増加剤によれば、テストステロン分泌量を増加させて、テストステロン濃度の減少に起因する脳海馬での記憶力低下やうつ症状をはじめとする諸症状を改善、緩和することができる。このようなテストステロン自体の作用は、上述した非特許文献1、2、3、4に記載がある。ここで、血中のテストステロン濃度が増加した場合、脳の記憶中枢である海馬のテストステロン濃度は、そのときの血中のテストステロンの濃度の約1.3倍に増加することを、東京大学の川戸研究室における研究結果が示している。そのため、血中のテストステロン濃度が上昇すれば記憶力やうつ症状の改善に非常に効果があると推測することができる。
【0017】
本発明は、具体的には以下の構成を有する。
(1)本発明は、上記課題を解決するために、ニコチンを有効成分として含有することを特徴とするテストステロン増加剤である。
【0018】
(2)また、本発明は、(1)記載のテストステロン増加剤において、前記ニコチンは、タバコの葉から抽出・精製したものであることを特徴とするテストステロン増加剤である。
【0019】
(3)また、本発明は、(1)記載のテストステロン増加剤において、前記ニコチンは、化学合成されたものであることを特徴とするテストステロン増加剤である。
【0020】
(4)また、本発明は、(1)から(3)のいずれか1項に記載のテストステロン増加剤であって、人体に経皮投与するためのパッチ構造を有することを特徴とするテストステロン増加剤である。
【0021】
(5)また、本発明は、(1)から(3)のいずれか1項に記載のテストステロン増加剤であって、低温エアロゾルによる吸引で人体に投与されることを特徴とするテストステロン増加剤である。
【0022】
(6)また、本発明は、(1)から(3)のいずれか1項に記載のテストステロン増加剤であって、点鼻によって人体に投与されることを特徴とするテストステロン増加剤である。
【0023】
後述する本発明の好適な実施形態において、本発明の実施形態を種々説明している。
後述する本実施形態のテストステロン増加剤は、有効成分としてニコチンを含むものである。本実施形態で用いるニコチンは、定法により、例えば、タバコ葉から抽出・精製したものでもよく、また、化学合成法により製造された市販のものでもよい。
【0024】
また、後述する本実施形態のテストステロン増加剤を使用する場合の投与方法は、例えば、経皮投与、吸引等を適用することができる。好ましくは、患者の負担が少ない点で、ニコチンパッチのような経皮投与や低温エアロゾルを用いた吸引を採用してよい。また、点鼻薬等を利用してもよい。これらの技術は、例えば上述した非特許文献6、7等に記載されている。ニコチンパッチは、いわゆる禁煙補助剤として広く知られているものをそのまま利用してもよい。
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように、本発明によれば、体内のテストステロンを効果的に増加させることができる。したがって、男性の更年期障害の効果的な治療に寄与するテストステロン増加剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】ラットの背中にニコチンパッチを3時間貼り付けた場合の、ラットの血清のテストステロン濃度の変化(増加)を示すグラフである。
図2】ラットの背中にニコチンパッチを3時間貼り付けた場合の、ラットの血清のニコチン濃度の変化(増加)を示すグラフである。
図3】ラットの背中にニコチンパッチを3時間貼り付けた場合の、ラットの血清のLH濃度の変化(増加)を示すグラフである。
図4】ヒトの腹部にニコチンパッチを3時間貼り付けた場合の、ヒトの唾液中のテストステロン濃度の変化を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本願発明者はラット及びヒトを用いて、ニコチンパッチによるニコチン投与の効果を検証した。
まず、ニコチンパッチをラットやヒトの体表面に貼り付けると、ラットやヒトの血清中のニコチン濃度は、貼付してから最初の1~3時間は上昇する。そして、その後10時間程度にわたり、ラットやヒト血清中のニコチン濃度はゆるやかに変化しながらも、最初の濃度の0.5倍~1.2倍程度のニコチン濃度が維持される(非特許文献6、7、12を参照)。
【0028】
このように、ニコンチンパッチの体表面への貼付によって、血中のニコチン濃度を一定期間高い濃度に維持することができ、その濃度に比例して脳の視床下部に存在する興奮性ニコチン依存性アセチルコリン受容体(nAChR)が活動すると考えられる。もしnAChRが視床下部GnRH(Gonadotropin releasing hormone)神経に存在すれば、nAChR が活性化され、放出されたGnRHが脳下垂体に作用し黄体ホルモン(LH:Luteinizing hormone)が血中に放出される可能性が高い。すると、LHは血流にのり精巣に到達してテストステロン合成を増加させ、最終的に血中のテストステロン濃度が増加すると考えられる。
【0029】
このような推測によれば、ニコチンパッチを貼っておよそ3時間程度経過すれば、テストステロン濃度上昇の効果が見えると考えられる。したがって、ニコチンは慢性的に何日間も連続して作用させるのではなく、短期間の作用を繰り返すことで、効率的な血中のテストステロン濃度の増加に効果をもたらすことが期待される。
【0030】
さて、nAChRは、視床下部の色々な部位(弓状核Arcuate nucleus、視索上核Supraoptic nucleus、室傍核Paraventricular nucleus、他)で発現しているが、発現している神経そのものを正確に特定することは、困難である。この理由は種々あるが、基本的には、視床下部には沢山の神経がありホルモンを分泌しているからである。例えば、性腺刺激ホルモン放出ホルモンGnRHを分泌するGnRH神経をはじめとして、成長ホルモン放出ホルモンを分泌するGHRH神経、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンを分泌するTRH神経、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを分泌するCRH神経など10種類を超える多数の神経が存在する。また、GnRH神経の上流にはキスぺプチンを分泌するキスぺプチン神経がある。これらのうち、どの神経にnAChRが発現しているかは、現時点では明確に同定されてはいない。
【0031】
nAChR の視床下部GnRH神経での発現とその作用に関する厳密な報告はなされていない。その理由は、視床下部中のGnRH神経だけを選択的に刺激することや、GnRH神経だけを視床下部から単離して遺伝子解析を行うことが困難だからである。
現状で用いられている間接的な方法としては、視床下部由来のガン化した培養細胞であるGT1-7細胞を作成し、これを用いた実験で解析をすることである。しかし神経細胞がガン化すると、元の神経細胞にあったイオンチャンネル型の受容体は欠損等を生じる場合が多いなど、変異が起こることは良く知られている。GT1-7細胞に高濃度ニコチン500μM を作用させると、GnRH分泌を抑制するという報告がある(非特許文献8参照)。またGT1-7細胞に高濃度ニコチン300μM以上を作用させるとGnRH分泌が見られるが、それ以下の濃度100μMではGnRHの分泌は観測できないという報告もある(非特許文献9参照)。ここで、500μMとは、一般的なタバコの喫煙によって、血清中に認められるニコチン濃度のおよそ1000倍という超高濃度である。
【0032】
ニコチンは直接に脳下垂体からのLH放出を増加させるという報告は現時点では知られていない。ニコチンが視床下部+脳下垂体複合体からのLH分泌を増加させるという報告も知られていない。また、ニコチンが視床下部に作用して血中のテストステロンを増加させるという報告も知られていない。さらに、ニコチンが精巣に直接作用して血中のテストステロンを増加させるという報告もない。
むしろニコチンが精巣に作用してステロイド合成系や性細胞発達などへのダメージを引き起こすという報告は存在する(非特許文献10参照)。
【0033】
ニコチンは慢性的に長期間連続作用させると、ニコチン依存症(側坐核のドーパミン神経のnAChRに作用しドーパミン分泌)、アドレナリン過剰(副腎髄質からアドレナリンを分泌させるので興奮状態が続く)、精巣機能へのダメージ、など健康を阻害する色々な副作用が出てくる可能性がある(非特許文献10参照)。そのため、短時間且つ複数回作用させることが副作用を生まないうえで好ましいと考えられる。
【0034】
以上説明してきた理由によって、ニコチンを有効成分として含むテストステロン増加剤は、連続的ではなく所定の間隔を以て複数回投与することが、効率や副作用の低減の観点から効果的と考えられる。また、本実施形態では、テストステロン増加剤の投与方法として、パッチ(ニコチンパッチ)による経皮投与の例を示す。ただし、ゲルなどによる経皮投与を採用してもよいし、また、低温エアロゾルを介した吸引投与を利用してもよい。また、ニコチンを投与できれば他の方法で投与してもよい。例えば点鼻薬として被検体に適用してもよい。
【0035】
本実施形態のテストステロン増加剤を、ヒトを含む雄の哺乳動物が、連続的ではなく所定の時間間隔をおいて複数回に摂取した場合に、ニコチンによってテストステロン量が増加する。従って、本実施形態のテストステロン増加剤によれば、精巣機能低下症や、加齢又は環境因子によるテストステロン欠乏症の治療薬又は予防薬としての効果を期待することできる。また、本発明のテストステロン増加剤は、テストステロンの低下に起因する各種疾病を改善又は治療することができ、特に、認知機能、集中力、意欲、筋肉痛、血管の柔軟性、性機能、排尿機能等の低下を改善又は治療することができる。
【0036】
なお、本実施形態では、ニコチンの例を示すが、上で説明した効果はニコチンのみに限ることはなく、nAChRを作動させる他の合成アゴニストであってもよいと考えられる。例えばカルバコール(Carbachol)などが挙げられる。
【実施例0037】
本実施例1は、ラットを対象とした記述である。
本実施例1では、先ず、実験動物として、東京実験動物株式会社より購入したWistarラット(雄性、12週齢)を13匹用意した。前記ラットは、通常の生活をしているヒトに外挿できるモデルである。
【0038】
前記ラットの飼育は、22~24℃の範囲の室温、約50%の範囲の湿度に管理され、明暗サイクルを12時間周期(明期:8時~20時)に設定した飼育室で行われている。飼育方法は、自動給水装置を用いて水道水を自由摂取させると共に、基本飼料(粉末飼料 CRF-1、オリエンタル酵母工業株式会社製)を自由摂食させて1週間程度飼育を行った。
【0039】
ニコチンパッチは、前記ラットの体重を測定し、ラット体重350gに対して3.5mg ニコチンパッチ (ニコチネル(登録商標)10, 経皮吸収ニコチン製剤, グラクソスミスクライン・コンシューマー-ヘルスケア・ジャパン社)をラットの背中に貼り付けることにより作用させた。投与量としては10mg/kg体重である(非特許文献11参照)。
【0040】
ニコチンパッチを貼り付ける前と、ニコチンパッチを貼ってから3時間経過後の(いわゆる経皮作用後の)結果を図1に示す。それぞれのタイミングにおいて、前記ラットの血液を採血し、以下に示す手順により、その血清からテストステロンの抽出を行った。
【0041】
<血清中のテストステロンの測定方法>
ラットから採取した血液を遠心分離(3,000rpm、20℃、10分間)処理にかけ、上層にある血清を回収した。血清中のテストステロンの測定は、ルテニウム錯体の化学発光を電気化学発光免疫測定法(ECLIA:Electro-chemiluminescence immunoassay)を用いて測定し、この結果から血清中テストステロン濃度(nM)を計算した。
【0042】
図1に示すように、血清中のテストステロン濃度は 8.1±2.1nM [コントロール] から、ニコチンパッチを3時間貼り付け後には、 20.3±3.6nM [パッチ] へと上昇した(p<0.05)。
【0043】
ここで、[コントロール]とは、ニコチンパッチを貼り付ける数日前にラットの尾の静脈から採取した血液を用いて測定した結果である。[パッチ]とは、ニコチンパッチを3時間貼り付けた後に同一のラットの心臓から採取した血液を用いて測定した結果である。図1に示す結果から、ニコチンを含有するテストステロン増加剤により、血清中のテストステロンを増加させることができることが明らかである。
【0044】
<血清中のニコチンの測定>
血清中のニコチンはガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)によって測定した。その測定結果を図2に示す。図2のグラフにおいても、[コントロール]とは、ニコチンパッチを貼り付ける数日前にラットの尾の静脈から採取した血液を用いて測定した結果を示し、[パッチ]とは、コントロールを測定した後に同一の個体にニコチンパッチを3時間貼り付けた後に心臓から採取した血液を用いて測定した結果を示す。血清ニコチン濃度は、 約0(ゼロ)nM [コントロール] から 212±27nM (34±4ng/mL) [パッチ] へと上昇した。
【0045】
<血清中のLHの測定>
血清中のLH(Luteinizing hormone:黄体形成ホルモン)はELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)によって測定した。この結果を図3に示す。図3のグラフにおいても、[コントロール]や[パッチ]の意味は、上述した図1図2のグラフと同様である。血清中のLHの濃度は、約2.1ng/mL[コントロール]から、約2.9ng/mL[パッチ]へと上昇している。
【実施例0046】
本実施例2は、ヒトを対象とした記述である。本実施例2では、被験者のヒトとして、成人男性5人を対象とした。
【0047】
ニコチンパッチは、成人に対してニコチンパッチ (ニコチネル(登録商標)10, 経皮吸収ニコチン製剤, グラクソスミスクライン・コンシューマー-ヘルスケア・ジャパン社)をヒトの腹部に1枚貼り付けることにより作用させた。投与量としては17.5mgである。これはヒトが1日1~2本のタバコを喫煙した場合に相当する唾液中ニコチン濃度をもたらす量に相当する(非特許文献11、12参照)。
【0048】
ニコチンパッチを貼り付ける前と(午後1時)、ニコチンパッチを貼ってから3時間経過後の(いわゆる経皮作用後の)それぞれのタイミングにおいて、前記ヒトの唾液約2mLをプラスチック製の遠心チューブに採取して、直ちに―80度の冷凍庫に保管した。 以下に示す手順により、その唾液からテストステロンの抽出を行った。
【0049】
<唾液中のテストステロンの測定方法>
ヒトから採取した唾液を解凍した後、遠心分離処理(3,000rpm、4℃、5分間)にかけ、上層を回収した。上層分画のテストステロンの測定は、タンデム型質量分析法(LC-MS-MS:tandem mass spectrometry)を用いて測定し、この結果から唾液中テストステロン濃度を計算した。
【0050】
唾液中のテストステロン濃度は、 ニコチンパッチを貼り付ける前[コントロール] とニコチンパッチを3時間貼り付け後[パッチ]を比較した。ここで、同一個人のパッチ実験は数日以上の間隔をあけて行った。異なる日で、ヒトの[コントロール]テストステロン濃度は少し変動していて、同一個人でもテストステロンの[コントロール]が平均より低値の場合と高値の2つの場合が存在した。 従って[コントロール低値]と[コントロール高値]の場合に分けて比較し、表1(図4)に示した。[コントロール低値]の場合、濃度が16.6%±3.1%上昇した。[コントロール高値]の場合は、濃度が 24%±7.7%減少した。ここで、[コントロール低値]の出現確率は15/20回で、[コントロール高値]の出現確率5/20 回と比べて圧倒的に多く、ニコチンパッチでテストステロン濃度が上昇する確率は、低下する確率の3倍である。
【0051】
同一個人のテストステロンの[コントロール]は低値の場合と高値の2つの場合に分けられたが、低値は高値より現れる頻度は格段に多い。[コントロール]高値は、20才くらいの若い年代では約 1/4 の確立くらいで起こるが、70歳くらいの高齢者では、[コントロール]高値は約 1/11 回とほぼ低値のみであることが、多くの[コントロール]唾液テストステロンの測定から見出された。 これらのことから考えて、テストステロン値の低い高齢者では(非特許文献13参照)、ニコチンパッチは効率よくテストステロン増加剤として働く。
【0052】
以上説明したように、本実施形態によれば、ニコチンを用いてラット及びヒトの体内のテストステロンを効果的に増加させることが示された。そのため、ニコチンを有効成分として含有するテストステロン増加剤によれば、男性の更年期障害の有効な治療を行うことができる。
【0053】
さらに、本実施形態に係るテストステロン増加剤は、短期間の作用を繰り返すことで、効率的にニコチン濃度を高くすることができ、治療上有効である。すなわち、本実施形態にかかるテストステロン増加剤の用法として、短時間(例えば3時間)適用し、適宜これを1回又は複数回繰り返してもよい。この繰り返しの周期は長くてもよいし短くてもよい。また、患者の症状に合わせて「随時」適用してもよい。
【0054】
また、以上説明した実施形態は、本発明の実現手段としての一例であり、本発明が適用される対象や、装置構成、各種条件によって適宜修正又は変更されるべきものであり、本発明は本実施形態の態様に限定されるべきものではない。
図1
図2
図3
図4