(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022034016
(43)【公開日】2022-03-02
(54)【発明の名称】亜鉛めっき鋼板、部材及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220222BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20220222BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20220222BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C21D9/46 J
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021209246
(22)【出願日】2021-12-23
(62)【分割の表示】P 2021559346の分割
【原出願日】2021-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2020113063
(32)【優先日】2020-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】小峯 慎介
(72)【発明者】
【氏名】中垣内 達也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】堺谷 智宏
(57)【要約】
【課題】引張強度(TS)が590MPa以上であり、衝突特性に優れた亜鉛めっき鋼板、部材及びそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の亜鉛めっき鋼板は、炭素当量Ceqが0.35%以上0.60%未満を満たす成分組成と、所定の鋼組織とを有する鋼板と、鋼板表面上に亜鉛めっき層と、を備え、残留オーステナイト中の固溶C量が0.6質量%以上であり、全残留オーステナイト粒のうち、アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合が、50%以上であり、曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工した際に、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面において、ボイド数密度が1000個/mm2以下であり、引張強度が590MPa以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素当量Ceqが0.35%以上0.60%未満を満たす成分組成と、
面積率で、フェライト:40~80%、焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの合計:15~55%、残留オーステナイト:3~20%、フレッシュマルテンサイト:10%以下、フェライト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計:90%以上である鋼組織と、を有する鋼板と、
前記鋼板表面上に亜鉛めっき層と、を備え、
前記残留オーステナイト中の固溶C量が0.6質量%以上であり、
全残留オーステナイト粒のうち、アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合が、50%以上であり、
曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工した際に、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面において、ボイド数密度が1000個/mm2以下であり、
引張強度が590MPa以上である亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
前記成分組成は、質量%で、
C:0.03~0.20%、
Si:0.10~2.00%、
Mn:0.5~2.5%、
P:0.05%以下、
S:0.05%以下、
Sol.Al:0.005~0.100%、及び
N:0.010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる請求項1に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
前記成分組成は、さらに、質量%で、
Cr:1.0%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下、
Ti:0.5%以下、
Nb:0.5%以下、
B:0.005%以下、
Ni:1.0%以下、
Cu:1.0%以下、
Sb:1.0%以下、
Sn:1.0%以下、
Ca:0.005%以下、及び
REM:0.005%以下のうちから選ばれる少なくとも1種を含有する請求項2に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
前記亜鉛めっき層が、電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層又は合金化溶融亜鉛めっき層である請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施してなる部材。
【請求項6】
炭素当量Ceqが0.35%以上0.60%未満を満たし、かつ請求項2又は請求項3に記載の成分組成を有する鋼スラブを、仕上げ圧延温度を850~950℃として熱間圧延を施し、600℃以下の巻取温度で巻取る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の熱延鋼板を20%超えの圧下率で冷間圧延する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程後の冷延鋼板を720~860℃の焼鈍温度まで加熱し、30秒以上保持する焼鈍工程と、
前記焼鈍工程後、300~600℃の温度域まで冷却し、当該温度域で10~300秒保持した後、鋼板表面に亜鉛めっき処理を施すめっき工程と、
前記めっき工程後、(Ms-250℃)~(Ms-50℃)の冷却停止温度まで冷却した後、300~500℃の焼戻し温度で20~500秒保持する焼入れ及び焼戻し工程と、
前記焼入れ及び焼戻し工程後に、前記焼戻し温度から50℃までを平均冷却速度20℃/s以上で冷却する冷却工程と、を有する亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記亜鉛めっき処理は、鋼板表面に、電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっき、又は合金化溶融亜鉛めっきを施す処理である請求項6に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は請求項7に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法によって製造された亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施す工程を有する部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度であり、衝突特性に優れた亜鉛めっき鋼板、部材及びそれらの製造方法に関する。本発明の亜鉛めっき鋼板は、主に自動車用鋼板としての用途に好適に使用できる。
【背景技術】
【0002】
地球環境保全の観点から、CO2排出量を削減すべく、自動車車体の強度を維持しつつ、その軽量化を図り、自動車の燃費を改善することが自動車業界においては常に重要な課題となっている。自動車車体の強度を維持しつつその軽量化を図るためには、自動車部品用素材となる鋼板の高強度化により鋼板を薄肉化することが有効である。一方、鋼板を素材とする自動車部品は、衝突時に車内の人間の安全を担保することが前提となる。したがって、自動車部品用素材として用いられる高強度亜鉛めっき鋼板には所望の強度を有することに加えて、優れた衝突特性が要求される。
【0003】
近年、自動車車体において引張強度TSが980MPa以上の高強度亜鉛めっき鋼板の適用が拡大しつつある。衝突特性の観点では、自動車部品はピラーやバンパー等の非変形部材と、サイドメンバー等のエネルギー吸収部材に大別され、自動車が走行中に万一衝突した場合に乗員の安全を確保するためにそれぞれ必要な衝突特性が求められる。非変形部材においては高強度化が進んでおり、引張強度(以下、単にTSともいう。)が980MPa以上の高強度亜鉛めっき鋼板はすでに実用化されている。しかしながら、エネルギー吸収部材においては高強度化が進んでおらず、実用化鋼の強度レベルはTSが590MPa級程度までである。エネルギー吸収部材の高強度化が進んでいない理由として、高強度亜鉛めっき鋼板は衝突時に成形による一次加工を受けた箇所が起点となって部材破断を引き起こしやすく、安定的に衝突エネルギー吸収能を発揮できないことが挙げられる。したがって、衝突時の部材破断を抑制し、高い吸収エネルギーを安定的に発揮することによって衝突時の安全性を担保しつつ、軽量化によって環境保全に寄与する余地がある。以上より、エネルギー吸収部材に衝突特性に優れたTSが590MPa以上の高強度亜鉛めっき鋼板を適用することが必要である。
【0004】
このような要求に対して、例えば、特許文献1では、成形性及び耐衝撃性に優れたTSが1200MPa級の超高強度亜鉛めっき鋼板に関する技術が開示されている。また、特許文献2では引張最大強度780MPa以上で衝突時の衝撃吸収部材に適用可能な高強度亜鉛めっき鋼板に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-31462号公報
【特許文献2】特開2015-175061号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1では衝突特性について検討しているものの、衝突時に部材の破断が起こらないことを前提とした耐衝撃性について検討されており、耐部材破断という観点での衝突特性については検討されていない。
【0007】
また、特許文献2では、ハット材に対して落錘による動的軸圧壊試験の割れ判定を行い、TSが780MPa超級の耐破断特性について評価している。しかし、圧壊後の割れ判定では衝突特性に重要な圧壊中の割れ発生から破断に至るまでの過程を評価できない。その理由は、圧壊の過程において、早期に割れが発生した場合、板厚を貫通しない程度の軽微な割れであっても吸収エネルギーを低下させる可能性があるからである。また、圧壊の過程における後期に割れが発生した場合、板厚を貫通するほどの大きな割れであっても吸収エネルギーにほとんど影響を及ぼさない可能性がある。したがって、圧壊後の割れ判定のみでは耐破断特性の評価として不十分であると考えられる。
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、自動車のエネルギー吸収部材用として好適な、引張強度(TS)が590MPa以上であり、衝突特性に優れた亜鉛めっき鋼板、部材及びそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果以下のことを見出した。
【0010】
亜鉛めっき鋼板を、炭素当量Ceqが0.35%以上0.60%未満を満たす成分組成と、面積率で、フェライト:40~80%、焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの合計:15~55%、残留オーステナイト:3~20%、フレッシュマルテンサイト:10%以下、フェライト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計:90%以上である鋼組織と、を有する鋼板と、鋼板表面上に亜鉛めっき層と、を備えることとした。また、当該亜鉛めっき鋼板において、残留オーステナイト中の固溶C量が0.6質量%以上であり、全残留オーステナイト粒のうち、アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合が、50%以上であり、所定の90°曲げ加工した際に、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面において、ボイド数密度が1000個/mm2以下であるとした。これらにより、高強度であり、衝突特性に優れた鋼板が得られることが分かった。
【0011】
本発明はこのような知見に基づきなされたもので、その要旨は以下の通りである。
[1]炭素当量Ceqが0.35%以上0.60%未満を満たす成分組成と、
面積率で、フェライト:40~80%、焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの合計:15~55%、残留オーステナイト:3~20%、フレッシュマルテンサイト:10%以下、フェライト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計:90%以上である鋼組織と、を有する鋼板と、
前記鋼板表面上に亜鉛めっき層と、を備え、
前記残留オーステナイト中の固溶C量が0.6質量%以上であり、
全残留オーステナイト粒のうち、アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合が、50%以上であり、
曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工した際に、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面において、ボイド数密度が1000個/mm2以下であり、
引張強度が590MPa以上である亜鉛めっき鋼板。
[2]前記成分組成は、質量%で、
C:0.03~0.20%、
Si:0.10~2.00%、
Mn:0.5~2.5%、
P:0.05%以下、
S:0.05%以下、
Sol.Al:0.005~0.100%、及び
N:0.010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる[1]に記載の亜鉛めっき鋼板。
[3]前記成分組成は、さらに、質量%で、
Cr:1.0%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下、
Ti:0.5%以下、
Nb:0.5%以下、
B:0.005%以下、
Ni:1.0%以下、
Cu:1.0%以下、
Sb:1.0%以下、
Sn:1.0%以下、
Ca:0.005%以下、及び
REM:0.005%以下のうちから選ばれる少なくとも1種を含有する[2]に記載の亜鉛めっき鋼板。
[4]前記亜鉛めっき層が、電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層又は合金化溶融亜鉛めっき層である[1]から[3]までのいずれか一つに記載の亜鉛めっき鋼板。
[5][1]から[4]までのいずれか一つに記載の亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施してなる部材。
[6]炭素当量Ceqが0.35%以上0.60%未満を満たし、かつ[2]又は[3]に記載の成分組成を有する鋼スラブを、仕上げ圧延温度を850~950℃として熱間圧延を施し、600℃以下の巻取温度で巻取る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の熱延鋼板を20%超えの圧下率で冷間圧延する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程後の冷延鋼板を720~860℃の焼鈍温度まで加熱し、30秒以上保持する焼鈍工程と、
前記焼鈍工程後、300~600℃の温度域まで冷却し、当該温度域で10~300秒保持した後、鋼板表面に亜鉛めっき処理を施すめっき工程と、
前記めっき工程後、(Ms-250℃)~(Ms-50℃)の冷却停止温度まで冷却した後、300~500℃の焼戻し温度で20~500秒保持する焼入れ及び焼戻し工程と、
前記焼入れ及び焼戻し工程後に、前記焼戻し温度から50℃までを平均冷却速度20℃/s以上で冷却する冷却工程と、を有する亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[7]前記亜鉛めっき処理は、鋼板表面に、電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっき、又は合金化溶融亜鉛めっきを施す処理である[6]に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[8][6]又は[7]に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法によって製造された亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施す工程を有する部材の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、引張強度(TS)が590MPa以上であり、衝突特性に優れた亜鉛めっき鋼板を得ることができる。本発明の亜鉛めっき鋼板に対して成形加工や溶接などを施して得られた部材は、自動車分野で用いられるエネルギー吸収部材として好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】90°曲げ加工(一次曲げ加工)後の鋼板を説明するための図である。
【
図2】実施例の曲げ-直交曲げ試験における、90°曲げ加工(一次曲げ加工)を説明するための図である。
【
図3】実施例の曲げ-直交曲げ試験における、直交曲げ(二次曲げ加工)を説明するための図である。
【
図4】90°曲げ加工(一次曲げ加工)を施した試験片を示す斜視図である。
【
図5】直交曲げ(二次曲げ加工)を施した試験片を示す斜視図である。
【
図6】実施例の軸圧壊試験をするために製造した、ハット型部材と、鋼板とをスポット溶接した試験用部材の正面図である。
【
図8】実施例の軸圧壊試験を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の詳細を説明する。
【0015】
本発明の亜鉛めっき鋼板は、炭素当量Ceqが0.35%以上0.60%未満を満たす成分組成と、面積率で、フェライト:40~80%、焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの合計:15~55%、残留オーステナイト:3~20%、フレッシュマルテンサイト:10%以下、フェライト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計:90%以上である鋼組織とを有する鋼板と、鋼板表面上に亜鉛めっき層と、を備える。
【0016】
炭素当量Ceq:0.35%以上0.60%未満
炭素当量Ceqは鋼の強度における指標としてC以外の元素の影響をC量に換算したものである。炭素当量Ceqを0.35%以上0.60%未満とすることで、後述するフェライト等の各金属組織の面積率を本発明の範囲内に制御することができる。炭素当量Ceqを0.35%以上、好ましくは0.40%以上とすることで、本発明の強度を得ることができる。また、炭素当量Ceqが0.60%以上の場合、本発明の衝突特性向上の効果が得られない。したがって、炭素当量Ceqは0.60%未満であり、好ましくは0.55%以下である。
【0017】
炭素当量Ceqは、以下の式で求めることができる。
【0018】
炭素当量Ceq=[C%]+([Si%]/24)+([Mn%]/6)+([Ni%]/40)+([Cr%]/5)+([Mo%]/4)+([V%]/14)
ただし、上記式中の[元素記号%]は、各元素の含有量(質量%)を表し、含有しない元素は0とする。
【0019】
フェライトの面積率:40~80%
フェライトの面積率が40%未満では、焼戻しマルテンサイト分率が過剰となり、衝突特性が低下する場合がある。したがって、フェライトの面積率は40%以上であり、好ましくは45%以上である。一方、フェライトの面積率が80%を超えるとフェライト分率が過剰となりTSが低下する場合がある。したがって、フェライトの面積率は80%以下であり、好ましくは75%以下である。
【0020】
焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの合計面積率:15~55%
焼戻しマルテンサイトとベイナイトは、衝突変形時に部材破断を抑制しつつ吸収エネルギーを向上させ、高強度化させるのに有効である。焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの合計面積率が15%未満では、TSが低下してしまう場合がある。したがって、合計面積率は15%以上であり、好ましくは20%以上である。より好ましくは、22%以上であり、さらに好ましくは、24%以上である。また、焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの合計面積率が55%を超えると衝突特性が低下する場合がある。したがって、合計面積率は55%以下であり、好ましくは50%以下である。より好ましくは、48%以下であり、さらに好ましくは、46%以下である。
【0021】
残留オーステナイトの面積率:3~20%
残留オーステナイトは衝突時の割れ発生を遅延させ、衝突特性を向上させるのに有効である。メカニズムは明らかではないが、次のように考えられる。残留オーステナイトは衝突変形時に加工硬化することで曲げ変形中の曲率半径が大きくなることで曲げ部のひずみが分散される。ひずみが分散されることによって一次加工によるボイド生成部への応力集中が緩和され、その結果衝突特性が向上する。残留オーステナイトの面積率が3%未満ではこうした効果を得られない。したがって、残留オーステナイトの面積率は3%以上であり、好ましくは5%以上である。より好ましくは、7%以上である。一方、残留オーステナイトの面積率が20%を超えると、加工誘起変態によって生成したフレッシュマルテンサイトによって衝突時の耐破断特性を低下させる場合がある。したがって、残留オーステナイトの面積率は20%以下であり、好ましくは15%以下である。より好ましくは、10%以下である。
【0022】
フレッシュマルテンサイト:10%以下
フレッシュマルテンサイトは高強度化には有効である。しかしながら、軟質相との粒界でボイドを生じやすく、フレッシュマルテンサイトの面積率が10%を超えると衝突特性を低下させる場合がある。したがって、フレッシュマルテンサイトの面積率は10%以下であり、好ましくは5%以下である。また、下限は特に限定されないが、強度確保の点から、1%以上であることが好ましく、より好ましくは2%以上である。
【0023】
フェライト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計面積率:90%以上
フェライト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計面積率が90%未満になると、上記以外の相の面積率が高くなり、強度と衝突特性を両立することが困難となる。上記以外の相には、例えば、パーライト、セメンタイトが挙げられ、これらの相が増加すると、衝突変形時にボイド生成の起点となり衝突特性を低下させる場合がある。また、パーライトやセメンタイトが増加すると、強度が低下する場合がある。上記合計面積率が90%以上であれば残りの相の種類や面積率にかかわらず高い強度及び衝突特性が得られる。合計面積率は好ましくは93%以上とする。なお、上記以外の残部の組織としては、パーライト及びセメンタイトがあり、これら残部の組織の合計面積率は10%以下である。好ましくは、この残部の組織の合計面積率は7%以下である。
【0024】
各組織の面積率とは、観察面積に占める各相の面積の割合のことである。各組織の面積率は、次のように測定する。圧延方向に対して直角に切断した鋼板の板厚断面を研磨後、3体積%ナイタールで腐食し、板厚1/4位置をSEM(走査型電子顕微鏡)で1500倍の倍率で3視野撮影し、得られた画像データからMedia Cybernetics社製のImage-Proを用いて各組織の面積率を求める。3視野の面積率の平均値を本発明の各組織の面積率とする。画像データにおいて、フェライトは黒色、ベイナイトは島状の残留オーステナイトを含む黒色又は方位の揃った炭化物を含む灰色、焼戻しマルテンサイトは微細な方位の揃っていない炭化物を含む明灰色、残留オーステナイトは白色として区別できる。ここで、フレッシュマルテンサイトも白色を呈し、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトはSEM像での区別が困難である。そこで、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトの合計の面積率から、後述する方法で求めた残留オーステナイトの面積率を差し引くことによって、フレッシュマルテンサイトの面積率を求める。
【0025】
本発明では、X線回折強度を測定して残留オーステナイトの体積率を求め、当該体積率を残留オーステナイトの面積率とみなした。残留オーステナイトの体積率は、板厚1/4面におけるbcc鉄の(200)、(211)、(220)面のX線回折積分強度に対するfcc鉄の(200)、(220)、(311)面のX線回折積分強度の割合によって求める。
【0026】
残留オーステナイト中の固溶C量:0.6質量%以上
残留オーステナイト中の固溶C量が0.6質量%未満になると衝突変形過程における初期の低ひずみ域で多くの残留オーステナイトがマルテンサイトに変態し、その後の変形過程で加工誘起変態によって生成したフレッシュマルテンサイトによって衝突時の耐破断特性が低下する場合がある。したがって、残留オーステナイト中の固溶C量は0.6質量%以上であり、より好ましくは0.7質量%以上である。残留オーステナイト中の固溶C量の上限は特に限定はしないが、未変態オーステナイト中に過度にCを濃化させると未変態オーステナイトが分解し、残留オーステナイトが減少する場合があるため、好ましくは1.5質量%以下とする。
【0027】
なお、残留オーステナイト中の固溶C量は、FE-EPMA(電界放出型電子プローブマイクロアナライザ)を用いて、圧延方向に対して直角に切断した鋼板断面の板厚1/4位置における残留オーステナイト粒のC量を分析し、分析結果より得られる各残留オーステナイト粒のC量を平均することにより、測定することができる。
【0028】
全残留オーステナイト粒のうち、アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合:50%以上
全残留オーステナイト粒のうち、アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合が50%未満では衝突特性が低下する場合がある。この理由は明らかではないが次のように考えられる。残留オーステナイトは加工硬化し曲げ変形部のひずみを分散することで衝突特性を向上させるが、変形過程で加工誘起変態によって生成したフレッシュマルテンサイトはボイドの起点となりやすい。残留オーステナイトのアスペクト比の高い加工誘起マルテンサイトの界面でボイドが生成した場合、ボイドが界面に沿って急激に粗大化し、割れの進展を助長する。したがって、割れの進展を抑制しつつ残留オーステナイトのひずみ分散能を活用するために全残留オーステナイト粒のうち、アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合は50%以上とする。当該割合は、より好ましくは60%以上とする。当該割合は高い方がよいため、上限は特に限定されない。
【0029】
残留オーステナイトのアスペクト比は次のように測定する。圧延方向に対して直角に切断した鋼板の板厚断面を研磨後、コロイダルシリカ溶液を用いたバフ研磨により表面を平滑化し、0.1体積%ナイタールで腐食することで、試料表面の凹凸を極力低減し、かつ、加工変質層を完全に除去する。次に、板厚1/4位置をSEM-EBSD(電子線後方散乱回折)法で高分解能結晶方位解析を行う。得られたデータはTSL社製のOIM Analysysを用いて解析を行う。FCC鉄を残留オーステナイトとし、長軸/短軸=アスペクト比とする。3視野測定し、それぞれ、(アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の数)/(全残留オーステナイト粒の数)を測定する。3視野での測定値の平均を、全残留オーステナイト粒のうちアスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合とする。
【0030】
曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工した際に、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面におけるボイド数密度:1000個/mm2以下
本発明の亜鉛めっき鋼板において、上記ボイド数密度を1000個/mm2以下とすることで高い衝突特性が得られる。このメカニズムは明らかではないが、次のように考えられる。衝突特性劣化の原因となる衝突時の破断は、割れの発生及び進展が起点となる。割れは加工硬化能の低下及び高硬度差領域でのボイドの生成及び連結によって発生しやすくなると考えられる。また、実部材の衝突では一次加工を受けた箇所で一次加工と直交方向に曲げ戻されるように変形する。このとき一次加工の高硬度差領域でボイドが発生するとボイドの周辺に応力が集中し、割れの発生・進展が助長され、その結果破断に至る。そこで、焼戻しマルテンサイト及びベイナイトによって高硬度差領域を減少させ、さらに必要に応じて残留オーステナイトを活用し変形中に一次加工部での応力集中を抑制することで、一次加工部におけるボイド発生、進展及びそれに伴う部材破断を抑制し、高い耐破断特性が得られる。したがって、これらの効果を得るために上記ボイド数密度を1000個/mm2以下とする。また、上記ボイド数密度が小さいほど軸圧壊時の破断が抑制されると考えられることから、下限は特に限定しない。
【0031】
なお、後述する焼入れ前の保持及び焼鈍後の冷却速度の制御、さらには焼入れ及び焼戻し工程前にめっき処理を行うことで所望のボイド数密度が得られる。焼入れ前の保持で生成させたベイナイトはめっき工程及び焼戻し工程で焼戻され、軟質化することによって軟質なフェライトとの界面でのボイド生成が抑制される。また、焼戻し工程で生成させたベイナイトは焼戻し後の冷却速度を速くすることで冷却中の焼戻しによる軟化を抑制し、さらに焼戻し工程前にめっき処理を行うことでめっき処理時の焼戻しによる軟化を抑制することによって、硬質なフレッシュマルテンサイトとの界面でのボイド生成が抑制される。
【0032】
本発明でいうボイド数密度(個/mm2)とは、曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工した際に、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面における1mm2当たりのボイドの個数である。
【0033】
なお、一次曲げ加工条件を満たしていれば加工方法は制限されない。一次曲げ加工方法の例として、Vブロック法による曲げ加工やドロー成形による曲げ加工などが挙げられる。
【0034】
ボイド数密度の測定方法は次のとおりである。亜鉛めっき鋼板を、曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工した後、板厚断面を研磨し、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面を観察する。L断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で1500倍の倍率で3視野撮影し、得られた画像データからMedia Cybernetics社製のImage-Proを用いてボイドの数密度を求める。3視野の数密度の平均値をボイド数密度とする。なお、ボイドはフェライトより濃い黒色で各組織と明確に区別できる。
また、曲げ加工後のボイドの圧延方向における測定位置については、曲げ加工により形成され、幅(C)方向(
図1の符号D1参照)に延びた角部X0を含む領域とする。より具体的には、曲げ加工により幅方向及び圧延方向に垂直な方向(パンチ等の押圧部の押圧方向)で最下部となる領域において、板厚方向に0~50μm領域内(
図1の符号XA参照)でボイドの数密度を測定する。
【0035】
本発明において、幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工を行うこととは、幅(C)方向(
図1の符号D1参照)に鋼板を視た際(幅方向鋼板視(幅方向垂直断面視)で)、両端部間距離が短くなるように、幅方向及び圧延方向(
図1の符号D1および符号D2参照)に垂直な方向に鋼板表面のうちの一方の側から押圧による曲げを施し、L断面においてV字形状の最下部の角度を90°にすることを指す。
また、圧縮側の鋼板表面とは、上記の押圧した一方の側の鋼板表面(押圧を施すパンチ等の押圧部と接触する方の鋼板表面)のことを指す。
また、曲げ加工後のL断面については、曲げ加工による変形の方向に対し平行に、且つ鋼板表面に対し垂直に切断することで形成される断面であって、幅方向に対し垂直な断面のことを指す。
【0036】
本発明の亜鉛めっき鋼板は、鋼板の表面に、亜鉛めっき層を有する。亜鉛めっき層は、例えば、電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層、又は合金化溶融亜鉛めっき層である。
【0037】
本発明の亜鉛めっき鋼板の引張強度(TS)は、590MPa以上である。本発明でいう高強度とは、引張強度(TS)が590MPa以上のことをいう。引張強度(TS)の上限は特に限定されないが他の特性との調和の観点から980MPa未満が好ましい。なお、引張強度(TS)の測定方法については、鋼板から圧延方向に対して直角方向にJIS5号引張試験片(JIS Z2201)を採取し、歪速度を10-3/sとするJIS Z2241(2011)の規定に準拠した引張試験を行い、引張強度(TS)を求める。
【0038】
本発明の亜鉛めっき鋼板の板厚は、本発明の効果を有効に得る観点から、0.2mm以上3.2mm以下であることが好ましい。
【0039】
本発明の亜鉛めっき鋼板は、衝突特性に優れる。本発明でいう衝突特性に優れるとは、耐破断特性が良好であり、かつ吸収エネルギーが良好であることをいう。本発明でいう耐破断特性が良好であるとは、以下に記載の曲げ-直交曲げ試験を実施した際の当該荷重最大時のストロークの平均値ΔSが30mm以上であることをいう。本発明でいう衝突特性が良好であるとは、以下に記載の軸圧壊試験を実施し、圧壊時のストローク-荷重のグラフにおける、ストローク0~100mmの範囲における面積の平均値Faveが35000N以上であることをいう。
【0040】
上記の曲げ-直交曲げ試験は以下のようにして行う。
まず、鋼板に対して、曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工(一次曲げ加工)を施し、試験片を準備する。90°曲げ加工(一次曲げ加工)では、
図2に示すように、V溝を有するダイA1の上に載せた鋼板に対して、パンチB1を押し込んで試験片T1を得る。次に、
図3に示すように、支持ロールA2の上に載せた試験片T1に対して、曲げ方向が圧延直角方向となるようにして、パンチB2を押し込んで直交曲げ(二次曲げ加工)を施した。
図2及び
図3において、D1は幅(C)方向、D2は圧延(L)方向を示している。
【0041】
鋼板に対して90°曲げ加工(一次曲げ加工)を施した試験片T1を
図4に示す。また、試験片T1に対して直交曲げ(二次曲げ加工)を施した試験片T2を
図5に示す。
図5の試験片T2に破線で示した位置は、直交曲げを行う前の
図4の試験片T1に破線で示した位置に対応している。
【0042】
直交曲げの条件は、以下のとおりである。
[直交曲げ条件]
試験方法:ロール支持、パンチ押し込み
ロール径:φ30mm
パンチ先端R:0.4mm
ロール間距離:(板厚×2)+0.5mm
ストローク速度:20mm/min
試験片サイズ:60mm×60mm
曲げ方向:圧延直角方向
上記直交曲げを施した際に得られるストローク-荷重曲線において、荷重最大時のストロークを求める。上記曲げ-直交曲げ試験を3回実施した際の当該荷重最大時のストロークの平均値をΔSとする。
【0043】
また、上記の軸圧壊試験は以下のようにして行う。
軸圧壊試験では板厚の影響を考慮し、全て板厚1.2mmの亜鉛めっき鋼板で実施する。上記製造工程で得られた亜鉛めっき鋼板を切り出し、パンチ肩半径が5.0mmであり、ダイ肩半径が5.0mmである金型を用いて、深さ40mmとなるように成形加工(曲げ加工)して、
図6及び
図7に示すハット型部材10を作製する。また、ハット型部材の素材として用いた亜鉛めっき鋼板を、200mm×80mmの大きさに別途切り出す。次に、その切り出した後の亜鉛めっき鋼板20と、ハット型部材10とをスポット溶接し、
図6及び
図7に示すような試験用部材30を作製した。
図6は、ハット型部材10と亜鉛めっき鋼板20とをスポット溶接して作製した試験用部材30の正面図である。
図7は、試験用部材30の斜視図である。スポット溶接部40の位置は、
図7に示すように、亜鉛めっき鋼板の端部と溶接部が10mm、溶接部間が45mmの間隔となるようにする。次に、
図8に示すように、試験用部材30を地板50とTIG溶接により接合して軸圧壊試験用サンプルを作製する。次に、作製した軸圧壊試験用サンプルにインパクター60を衝突速度10m/sで等速衝突させ、軸圧壊試験用のサンプルを100mm圧壊する。
図8に示すように、圧壊方向D3は、試験用部材30の長手方向と平行な方向とする。圧壊時のストローク-荷重のグラフにおける、ストローク0~100mmの範囲における面積を求め、3回試験を行った際の当該面積の平均値を吸収エネルギー(F
ave)とする。
【0044】
次に、亜鉛めっき鋼板を構成する鋼板の好ましい成分組成について説明する。なお、成分元素の含有量を表す「%」は、特に断らない限り、「質量%」を意味する。
【0045】
C:0.03~0.20%
Cはフェライト以外の相を生成しやすくし、また、NbやTiなどと合金化合物を形成するため、強度向上に必要な元素である。C含有量が0.03%未満では、製造条件の最適化を図っても、所望の強度を確保できない場合がある。したがって、C含有量は好ましくは0.03%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。一方、C含有量が0.20%を超えるとマルテンサイトの強度が過剰に増加し、製造条件の最適化を図っても本発明の衝突特性が得られない場合がある。したがって、C含有量は好ましくは0.20%以下であり、より好ましくは0.18%以下である。
【0046】
Si:0.10~2.00%
Siは炭化物生成を抑制するため、残留オーステナイトが得られる。また、固溶強化元素でもあり、強度と延性のバランスの向上に寄与する。この効果を得るために、Si含有量は好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.50%以上である。一方、Si含有量が2.00%を超えると、亜鉛めっき付着、密着性の低下及び表面性状の劣化を引き起こす場合がある。したがって、Si含有量は好ましくは2.00%以下であり、より好ましくは1.50%以下である。
【0047】
Mn:0.5~2.5%
Mnはマルテンサイトの生成元素であり、また、固溶強化元素でもある。また、残留オーステナイト安定化に寄与する。これらの効果を得るために、Mn含有量は好ましくは0.5%以上である。Mn含有量は、より好ましくは1.0%以上である。一方、Mn含有量が2.5%を超えると残留オーステナイト分率が過剰に増加し、衝突特性が低下する場合がある。したがって、Mn含有量は好ましくは2.5%以下であり、より好ましくは2.0%以下である。
【0048】
P:0.05%以下
Pは、鋼の強化に有効な元素である。しかしながら、P含有量が0.05%を超えると合金化速度を大幅に遅延させる場合がある。また、Pを0.05%超えて過剰に含有させると、粒界偏析により脆化を引き起こし、本発明の鋼組織を満たしても衝突時の耐破断特性を劣化させる場合がある。したがって、P含有量は好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.01%以下である。P含有量に特に下限は無いが、現在工業的に実施可能な下限は0.002%であり、0.002%以上であることが好ましい。
【0049】
S:0.05%以下
Sは、MnSなどの介在物となって、溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となり、本発明の鋼組織を満たしても衝突特性が低下する場合がある。したがって、S量は極力低い方がよいが、製造コストの面からS含有量は好ましくは0.05%以下である。S含有量は、より好ましくは、0.01%以下である。S含有量に特に下限は無いが、現在工業的に実施可能な下限は0.0002%であり、0.0002%以上であることが好ましい。
【0050】
Sol.Al:0.005~0.100%
Alは脱酸剤として作用し、また、固溶強化元素でもある。Sol.Al含有量が0.005%未満ではこれらの効果は得られない場合があり、本発明の鋼組織を満たしても強度が低下する場合がある。したがって、Sol.Al含有量は、好ましくは0.005%以上である。一方、Sol.Al含有量が0.100%を超えると製鋼時におけるスラブ品質を劣化させる。したがって、Sol.Al含有量は、好ましくは0.100%以下であり、より好ましくは0.050%以下である。
【0051】
N:0.010%以下
Nは粗大な窒化物を形成するため、衝突変形時にボイド生成の起点となり、衝突特性を低下させる場合がある。したがってN量は極力少ない方がよいが、製造コストの面からN含有量は好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.006%以下である。なお、N含有量の下限は特に限定されるものではないが、現在工業的に実施可能な下限は0.0003%であり、0.0003%以上であることが好ましい。
【0052】
本発明に係る鋼板の成分組成は、上記の成分元素を基本成分として含有し、残部は鉄(Fe)及び不可避的不純物を含む。ここで、本発明の鋼板は上記の基本成分を含有し、残部は鉄(Fe)及び不可避的不純物からなる成分組成を有することが好ましい。
【0053】
本発明に係る鋼板には、所望の特性に応じて、以下に述べる成分(任意元素)を適宜含有させることができる。
【0054】
Cr:1.0%以下、Mo:0.5%以下、V:0.5%以下、Ti:0.5%以下、Nb:0.5%以下、B:0.005%以下、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Sb:1.0%以下、Sn:1.0%以下、Ca:0.005%以下、及びREM:0.005%以下のうちから選ばれる少なくとも1種
Cr、Mo、Vは焼き入れ性を上げ、鋼の強化に有効な元素である。しかし、Cr:1.0%、Mo:0.5%、V:0.5%を超えて過剰に添加すると、上記の効果が飽和し、さらに原料コストが増加する。また、第2相分率が過大となり衝突時の耐破断特性を劣化させる場合がある。したがって、Cr、Mo、Vのいずれかを含有する場合、Cr含有量は好ましくは1.0%以下、Mo含有量は好ましくは0.5%以下、V含有量は好ましくは0.5%以下である。より好ましくは、Cr含有量は0.8%以下であり、Mo含有量は0.4%以下であり、V含有量は0.4%以下である。Cr、Mo、Vの含有量が少なくても本発明の効果は得られるので、それぞれの含有量の下限は特に限定されない。焼き入れ性の効果をより有効に得るためには、Cr、Mo、Vの含有量はそれぞれ0.005%以上であることが好ましい。より好ましくは、Cr、Mo、Vの含有量はそれぞれ0.01%以上である。
【0055】
Ti、Nbは鋼の析出強化に有効な元素である。しかし、Ti含有量、Nb含有量がそれぞれ0.5%を超えると衝突時の耐破断特性を劣化させる場合がある。したがって、Ti及びNbのいずれかを含有する場合、Ti含有量、Nb含有量は、それぞれ0.5%以下であることが好ましい。より好ましくは、Ti含有量、Nb含有量は、それぞれ0.4%以下である。Ti、Nbの含有量が少なくても本発明の効果は得られるので、それぞれの含有量の下限は特に限定されない。鋼の析出強化の効果をより有効に得るためには、Ti含有量、Nb含有量は、それぞれ0.005%以上であることが好ましい。より好ましくは、Ti含有量、Nb含有量は、それぞれ0.01%以上である。
【0056】
Bはオーステナイト粒界からのフェライトの生成・成長を抑制することで焼入れ性の向上に寄与するので、必要に応じて添加することができる。しかし、B含有量が0.005%を超えると衝突時の耐破断特性を劣化させる場合がある。したがって、Bを含有する場合、B含有量は0.005%以下であることが好ましい。より好ましくは、B含有量は0.004%以下である。B含有量が少なくても本発明の効果は得られるので、B含有量の下限は特に限定されない。焼入れ性の向上の効果をより有効に得るためには、B含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。より好ましくは、B含有量は0.0005%以上である。
【0057】
Ni、Cuは鋼の強化に有効な元素である。しかし、Ni、Cuがそれぞれ1.0%を超えると、衝突時の耐破断特性を劣化させる場合がある。したがって、Ni、Cuのいずれかを含有する場合、Ni、Cuの含有量はそれぞれ1.0%以下であることが好ましい。より好ましくは、Ni含有量、Cu含有量はそれぞれ0.9%以下である。Ni、Cuの含有量が少なくても本発明の効果は得られるので、それぞれの含有量の下限は特に限定されない。鋼の強化の効果をより有効に得るためには、Ni含有量、Cu含有量は、それぞれ0.005%以上であることが好ましい。より好ましくは、Ni含有量、Cu含有量はそれぞれ0.01%以上である。
【0058】
Sn、Sbは、鋼板表面の窒化、酸化や、鋼板表面付近の領域の脱炭を抑制する観点から必要に応じて添加することができる。このような窒化や酸化を抑制することで鋼板表面においてマルテンサイトの生成量が減少するのを防止し、衝突特性を向上させる効果がある。しかしながら、Sb、Snがそれぞれ1.0%を超えると、粒界脆化によって衝突特性が低下する場合がある。したがって、Sb、Snのいずれかを含有する場合、Sb含有量、Sn含有量はそれぞれ1.0%以下であることが好ましい。より好ましくは、Sb含有量、Sn含有量はそれぞれ0.9%以下である。Sb、Snの含有量が少なくても本発明の効果は得られるので、それぞれの含有量の下限は特に限定されない。衝突特性を向上させる効果をより有効に得るためには、Sb含有量、Sn含有量はそれぞれ0.005%以上であることが好ましい。より好ましくは、Sb含有量、Sn含有量はそれぞれ0.01%以上である。
【0059】
Ca、REMは、いずれも硫化物の形態制御により加工性を改善させるのに有効な元素である。しかし、Ca、REMのそれぞれの含有量が0.005%を超えると、鋼の清浄度に悪影響を及ぼし特性が低下するおそれがある。したがって、Ca、REMのいずれかを含有する場合、Ca、REMの含有量はそれぞれ0.005%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Ca含有量、REM含有量はそれぞれ0.004%以下である。Ca、REMの含有量が少なくても本発明の効果は得られるので、それぞれの含有量の下限は特に限定されない。加工性の改善の効果をより有効に得るには、Ca、REMの含有量はそれぞれ0.001%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Ca含有量、REM含有量はそれぞれ0.002%以上である。
【0060】
また、上記の任意元素を後述する好適な下限値未満で含む場合、当該元素は不可避的不純物として含まれるものとする。
【0061】
以下、本発明の亜鉛めっき鋼板の製造方法の一実施形態を詳細に説明する。なお、以下に示す鋼スラブ(鋼素材)、鋼板等を加熱又は冷却する際の温度は、特に説明がない限り、鋼スラブ(鋼素材)、鋼板等の表面温度を意味する。
【0062】
本発明の亜鉛めっき鋼板の製造方法は、上記成分組成を有する鋼スラブを、仕上げ圧延温度を850~950℃として熱間圧延を施し、600℃以下の巻取温度で巻取る熱間圧延工程と、熱間圧延工程後の熱延鋼板を20%超えの圧下率で冷間圧延する冷間圧延工程と、冷間圧延工程後の冷延鋼板を720~860℃の焼鈍温度まで加熱し、30秒以上保持する焼鈍工程と、焼鈍工程後、300~600℃の温度域まで冷却し、当該温度域で10~300秒保持した後、鋼板表面に亜鉛めっき処理を施すめっき工程と、めっき工程後、(Ms-250℃)~(Ms-50℃)の冷却停止温度まで冷却した後、300~500℃の焼戻し温度で20~500秒保持する焼入れ及び焼戻し工程と、焼入れ及び焼戻し工程後に、焼戻し温度から50℃までを平均冷却速度20℃/s以上で冷却する冷却工程と、を有する。また、本発明の鋼板の製造方法で用いる鋼スラブの成分組成は、炭素当量Ceq:0.35%以上0.60%未満を満たす。炭素当量Ceq:0.35%以上0.60%未満は、本発明の製造条件の下で、本発明の鋼板を製造するために最適化された範囲である。
【0063】
まず、熱間圧延工程の各条件について説明する。
【0064】
仕上げ圧延温度:850~950℃
仕上げ圧延温度が850℃未満の場合、圧延時にフェライト変態が起こり、局所的に強度が低下するため、本発明の組織を満たしても強度が得られない場合がある。したがって、仕上げ圧延温度は850℃以上であり、好ましくは880℃以上である。一方、仕上げ圧延温度が950℃を超えると結晶粒が粗大化し、本発明の組織を満たしても強度が得られない場合がある。したがって、仕上げ圧延温度は950℃以下であり、好ましくは930℃以下である。
【0065】
巻取温度:600℃以下
巻取温度が600℃を超えた場合、熱延鋼板中の炭化物が粗大化し、このような粗大化した炭化物は焼鈍時の均熱中に溶けきらないため、必要な衝突特性を得ることができない場合がある。したがって、巻取温度は、600℃以下であり、好ましくは580℃以下である。巻取温度の下限は特に限定されないが、鋼板の形状不良を発生しにくくし、かつ鋼板が過度に硬質化することを防ぐ観点から、巻取温度を400℃以上とすることが好ましい。
【0066】
熱間圧延工程により得られた熱延鋼板を通常公知の方法で酸洗、脱脂などの予備処理を行った後に、必要に応じて冷間圧延を施す。冷間圧延を施す際の冷間圧延工程の条件について説明する。
【0067】
冷間圧延の圧下率:20%超え
冷間圧延の圧下率が20%以下では、フェライトの再結晶が促進されず、未再結晶フェライトが残存し、本発明の鋼組織が得られない場合がある。したがって、冷間圧延の圧下率は20%超えであり、好ましくは30%以上である。
【0068】
次に、冷間圧延工程により得られた冷延鋼板を焼鈍する際の焼鈍工程の条件について説明する。
【0069】
焼鈍温度:720~860℃、保持時間:30秒以上
焼鈍温度が720℃未満では、オーステナイトの生成が不十分となり、過剰なフェライトが生成して本発明の鋼組織が得られない。したがって、焼鈍温度は720℃以上であり、好ましくは740℃以上である。一方、焼鈍温度が860℃を超えると本発明のフェライト分率を確保できなくなる。したがって、焼鈍温度は860℃以下であり、好ましくは840℃以下である。また、保持時間が30秒未満では、オーステナイトの生成が不十分となり、過剰なフェライトが生成して本発明の鋼組織が得られない。したがって、保持時間は30秒以上であり、好ましくは60秒以上である。保持時間の上限は特に限定されないが、生産性を損なわないようにするために、保持時間を600秒以下とすることが好ましい。
【0070】
次に、めっき工程の条件を説明する。めっき工程では、焼鈍工程後、300~600℃の温度域まで冷却し、当該温度域で10~300秒保持した後、鋼板表面に亜鉛めっき処理を施す。
【0071】
300~600℃の温度域における保持時間:10~300秒
焼鈍工程後300~600℃の温度域まで冷却し、300~600℃の温度域で10~300秒保持することはベイナイトを得るために有効である。また、ベイナイト生成によって未変態オーステナイト中にCが濃化することで多量の残留オーステナイトが得られる。10秒未満ではこれらの効果が得られない。また、300秒を超えるとベイナイトが過剰に生成し、未変態オーステナイト中にCが過剰に濃化し、パーライトが生成し、所望の残留オーステナイト量が得られない場合がある。したがって、保持時間は300秒以下であり、好ましくは100秒以下である。
【0072】
また、上記保持後、鋼板に対して亜鉛めっき処理を施す。亜鉛めっき処理は、例えば、鋼板表面に、電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっき、又は合金化溶融亜鉛めっきを施す処理である。鋼板表面に溶融亜鉛めっきを施す場合は、例えば、上記により得られた鋼板を440℃以上500℃以下の亜鉛めっき浴中に浸漬して、鋼板表面に溶融亜鉛めっき層を形成することが好ましい。ここで、めっき処理後、ガスワイピングなどによってめっき付着量を調整して行うことが好ましい。溶融亜鉛めっき処理後の鋼板に対して合金化を施してもよい。溶融亜鉛めっきを合金化する場合、450℃以上580℃以下の温度域で1秒以上60秒以下保持して合金化することが好ましい。なお、鋼板表面に電気亜鉛めっきを施す場合は、電気亜鉛めっき処理の処理条件は特に限定されず、常法に従えばよい。
【0073】
次に、めっき工程後に行う、焼入れ及び焼戻し工程の各条件について説明する。
【0074】
冷却停止温度:(Ms-250℃)~(Ms-50℃)
冷却停止温度が(Ms-50℃)超えでは焼戻しマルテンサイトの生成が不十分であり、本発明の鋼組織が得られない。一方、冷却停止温度が(Ms-250℃)未満では焼戻しマルテンサイトが過剰になり、残留オーステナイトの生成が不十分となる場合がある。したがって、冷却停止温度は(Ms-250℃)~(Ms-50℃)である。好ましくは(Ms-200℃)以上である。また、好ましくは、(Ms-100℃)以下である。なお、冷却停止温度が上記の範囲を満たしていれば冷却停止温度までの冷却速度は限定されず、本発明の鋼組織が得られる。
【0075】
なお、Msはマルテンサイト変態開始温度のことであり、以下の式により求めることができる。
【0076】
Ms(℃)=539-423×{[C%]×100/(100-[α面積%])}-30×[Mn%]-12×[Cr%]-18×[Ni%]-8×[Mo%]
上記式において、[元素記号%]は、各元素の含有量(質量%)を表し、含有しない元素は0とする。また、[α面積%]は焼鈍後のフェライト面積率(%)である。焼鈍後のフェライト面積率は、熱膨張測定装置で昇温速度、焼鈍温度及び焼鈍時の保持時間を模擬することによって事前に求める。
【0077】
焼戻し温度:300~500℃、保持時間:20~500秒
焼戻し温度が300℃未満ではマルテンサイトの焼戻しが不十分となり、一次加工時に焼戻しマルテンサイトとフェライトの界面でボイドが発生しやすくなり、衝突特性が低下すると考えられる。したがって、焼戻し温度は300℃以上であり、好ましくは350℃以上である。一方、焼戻し温度が500℃を超えるとマルテンサイト及びベイナイトの焼戻しが過剰となり、一次加工時にフレッシュマルテンサイトと焼戻しマルテンサイト及びベイナイトの界面でボイドが生成しやすくなり、衝突特性が低下すると考えられる。したがって、焼戻し温度は500℃以下であり、好ましくは450℃以下である。また、保持時間が20秒未満ではマルテンサイトの焼戻しが不十分となり、衝突特性が低下すると考えられる。したがって、保持時間は20秒以上であり、好ましくは30秒以上である。また、保持時間が500秒を超えるとアスペクト比が2.0未満の残留オーステナイトの割合が減少する場合がある。したがって保持時間の上限は500秒以下であり、好ましくは450秒以下である。
【0078】
焼入れ及び焼戻し工程後に行う冷却工程について説明する。
【0079】
上記焼戻し温度から50℃までの平均冷却速度:20℃/s以上
上記焼戻し温度から50℃までの平均冷却速度が20℃/s未満では本発明の衝突特性が得られない。この理由は明らかではないが次のように考えられる。一次加工部のボイド生成を抑制し、衝突特性を向上させるためには軟質相(フェライト)と硬質相(フレッシュマルテンサイト)との硬度差を中間硬度相(焼戻しマルテンサイト、ベイナイト)で低減する必要がある。前者はめっき処理前に生成させたベイナイト及び焼入れ時に生成させたマルテンサイトを焼戻し工程で軟化さることで軟質相との硬度差を低減しボイドの生成を抑制している。後者は焼戻し工程で生成させたベイナイトでボイドの生成を抑制している。焼戻し工程で生成させたベイナイトは軟化すると硬質相との硬度差が大きくなるため、ベイナイトが生成する焼戻し工程前に高温にさらされるめっき処理を行い、さらに焼戻し工程後の冷却速度を速くすることで冷却中のベイナイトの焼戻しを抑制することで、軟質相との硬度差を低減しボイドの生成を抑制している。したがって、焼戻し工程後における室温までの平均冷却速度が20℃/s未満では、冷却中にベイナイトが焼戻され、硬質相との硬度差が大きくなってしまうことにより、一次加工時にその界面でボイドが生成しやすくなり、衝突特性が低下すると考えられる。平均冷却速度は、好ましくは25℃/s以上である。平均冷却速度の上限は特に限定されないが、冷却設備の省エネルギーの観点から、70℃/s以下が好ましい。
【0080】
本発明の亜鉛めっき鋼板には、形状矯正や表面粗度の調整などを目的に、調質圧延を行うことができる。ただし、調質圧延は調圧率が0.5%を超えると表層硬化により曲げ性が劣化することがあるため、調圧率は0.5%以下にすることが好ましい。より好ましくは0.3%以下である。また、樹脂や油脂コーティングなどの各種塗装処理を施すこともできる。
【0081】
その他の製造方法の条件は、特に限定しないが、以下の条件で行うのが好ましい。
【0082】
スラブは、マクロ偏析を防止するため、連続鋳造法で製造するのが好ましく、造塊法、薄スラブ鋳造法により製造することもできる。スラブを熱間圧延するには、スラブをいったん室温まで冷却し、その後再加熱して熱間圧延を行ってもよい。また、スラブを室温まで冷却せずに加熱炉に装入して熱間圧延を行うこともできる。また、わずかの保熱を行った後に直ちに熱間圧延する省エネルギープロセスも適用できる。スラブを加熱する場合は、圧延荷重の増大防止や、炭化物が溶解するため、1100℃以上に加熱することが好ましい。また、スケールロスの増大を防止するため、スラブの加熱温度は1300℃以下とすることが好ましい。
【0083】
スラブを熱間圧延する時は、スラブの加熱温度を低くしたときに圧延時のトラブルを防止する観点から、粗圧延後の粗バーを加熱することもできる。また、粗バー同士を接合し、仕上げ圧延を連続的に行う、いわゆる連続圧延プロセスを適用できる。また、圧延荷重の低減や形状・材質の均一化のために、仕上げ圧延の全パス又は一部のパスで摩擦係数が0.10~0.25となる潤滑圧延を行うことが好ましい。
【0084】
巻取り後の鋼板は、スケールを酸洗などにより除去してもよい。酸洗後、上記の条件で冷間圧延、焼鈍、亜鉛めっきが施される。
【0085】
次に、本発明の部材及びその製造方法について説明する。
【0086】
本発明の部材は、本発明の亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施してなるものである。また、本発明の部材の製造方法は、本発明の亜鉛めっき鋼板の製造方法によって製造された亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施す工程を有する。
【0087】
本発明の亜鉛めっき鋼板は、高強度であり、衝突特性に優れている。そのため、本発明の亜鉛めっき鋼板を用いて得た部材も、高強度であり、衝突特性に優れ、衝突変形時の部材破断が発生しにくい。したがって、本発明の部材は、自動車部品におけるエネルギー吸収部材として好適に用いることができる。
【0088】
成形加工は、プレス加工等の一般的な加工方法を制限なく用いることができる。また、溶接は、スポット溶接、アーク溶接等の一般的な溶接を制限なく用いることができる。
【実施例0089】
本発明を、実施例を参照しながら具体的に説明する。本発明の範囲は以下の実施例に限定されない。
【0090】
[実施例1]
表1に示す成分組成の鋼を真空溶解炉により溶製し、分塊圧延して鋼スラブとした。これらの鋼スラブを加熱し、表2に示す条件で、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍、めっき処理、焼入れ及び焼戻し、並びに冷却を行い、亜鉛めっき鋼板を製造した。めっき処理では、鋼板表面に電気亜鉛めっき層(EG)、溶融亜鉛めっき層(GI)又は合金化溶融亜鉛めっき層(GA)を形成させた。電気亜鉛めっき処理では、鋼板を亜鉛溶液に浸漬しつつ通電し、めっき付着量10~100g/m2の電気亜鉛めっき層(EG)を形成させた。また、溶融亜鉛めっき処理では、鋼板をめっき浴中に浸漬し、めっき付着量10~100g/m2の溶融亜鉛めっき層(GI)を形成させた。また、合金化溶融亜鉛めっきでは、鋼板に溶融亜鉛めっき層を形成した後に合金化処理を行い、合金化溶融亜鉛めっき層(GA)を形成させた。なお、最終的な各亜鉛めっき鋼板の板厚は、1.2mmであった。
【0091】
【0092】
【0093】
得られた亜鉛めっき鋼板に、圧下率0.2%の調質圧延を施した後、以下の手法に従い、フェライト(F)、ベイナイト(B)、焼戻しマルテンサイト(TM)、フレッシュマルテンサイト(FM)及び残留オーステナイト(RA)の面積率をそれぞれ求めた。また、亜鉛めっき鋼板を、以下の手法に従い、曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工を施した後、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面における1mm2当たりのボイドの個数を測定した。
【0094】
上記の各組織の面積率は、次のように測定する。圧延方向に対して直角に切断した鋼板の板厚断面を研磨後、3体積%ナイタールで腐食し、板厚1/4位置をSEM(走査型電子顕微鏡)で1500倍の倍率で3視野撮影し、得られた画像データからMedia Cybernetics社製のImage-Proを用いて各組織の面積率を求めた。3視野の面積率の平均値を本発明の各組織の面積率とした。画像データにおいて、フェライトは黒色、ベイナイトは島状の残留オーステナイトを含む黒色又は方位の揃った炭化物を含む灰色、焼戻しマルテンサイトは微細な方位の揃っていない炭化物を含む明灰色、残留オーステナイトは白色として区別した。ここで、フレッシュマルテンサイトも白色を呈し、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトはSEM像での区別が困難である。そこで、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトの合計の面積率から、後述する方法で求めた残留オーステナイトの面積率を差し引くことによって、フレッシュマルテンサイトの面積率を求めた。なお、表3には示していないが、残部組織は、フェライト(F)、ベイナイト(B)、焼戻しマルテンサイト(TM)、フレッシュマルテンサイト(FM)及び残留オーステナイト(RA)の合計面積率を100%から引くことによって求められ、これら残部組織はパーライト及び/またはセメンタイトであると判断した。
【0095】
また、X線回折強度を測定して残留オーステナイトの体積率を求め、当該体積率を残留オーステナイトの面積率とみなした。残留オーステナイトの体積率は、板厚1/4面におけるbcc鉄の(200)、(211)、(220)面のX線回折積分強度に対するfcc鉄の(200)、(220)、(311)面のX線回折積分強度の割合によって求めた。
【0096】
残留オーステナイト中の固溶C量は、FE-EPMA(電界放出型電子プローブマイクロアナライザ)で分析することにより、測定した。
【0097】
残留オーステナイトのアスペクト比は次のように測定した。圧延方向に対して直角に切断した鋼板の板厚断面を研磨後、コロイダルシリカ溶液を用いたバフ研磨により表面を平滑化し、0.1体積%ナイタールで腐食することで、試料表面の凹凸を極力低減し、かつ、加工変質層を完全に除去した。次に、板厚1/4位置をSEM-EBSD(電子線後方散乱回折)法で高分解能結晶方位解析を行った。得られたデータはTSL社製のOIM Analysysを用いて解析を行った。FCC鉄を残留オーステナイトとし、長軸/短軸=アスペクト比とした。3視野測定し、それぞれ、(アスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の数)/(全残留オーステナイト粒の数)を測定した。3視野での測定値の平均を、全残留オーステナイト粒のうちアスペクト比が2.0未満の残留オーステナイト粒の割合とした。
【0098】
ボイド数密度の測定方法は次のとおりである。亜鉛めっき鋼板を、曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工した後、板厚断面を研磨し、圧縮側の鋼板表面から0~50μm領域内のL断面を観察した。L断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で1500倍の倍率で3視野撮影し、得られた画像データからMedia Cybernetics社製のImage-Proを用いてボイドの数密度を求めた。3視野の数密度の平均値をボイド数密度とした。なお、ボイドはフェライトより濃い黒色で各組織と明確に区別できる。
また、曲げ加工後のボイドの圧延方向における測定位置については、曲げ加工により形成され、幅(C)方向(
図1の符号D1参照)に延びた角部X0を含む領域とした。より具体的には、曲げ加工により幅方向及び圧延方向に垂直な方向(パンチ等の押圧部の押圧方向)で最下部となる領域において、板厚方向に0~50μm領域内(
図1の符号XA参照)でボイドの数密度を測定した。
【0099】
また、以下の試験方法にしたがい、引張特性及び衝突特性を求めた。
【0100】
<引張試験>
得られた各亜鉛めっき鋼板から圧延方向に対して直角方向にJIS5号引張試験片(JIS Z2201)を採取し、歪速度が10-3/sとするJIS Z2241(2011)の規定に準拠した引張試験を行い、引張強度(TS)を求めた。なお、TSが590MPa以上を合格とした。
【0101】
<曲げ-直交曲げ試験>
得られた鋼板に対して、曲率半径/板厚:4.2で幅(C)方向を軸に圧延(L)方向に90°曲げ加工(一次曲げ加工)を施し、試験片を準備した。90°曲げ加工(一次曲げ加工)では、
図2に示すように、V溝を有するダイA1の上に載せた鋼板に対して、パンチB1を押し込んで試験片T1を得た。次に、
図3に示すように、支持ロールA2の上に載せた試験片T1に対して、曲げ方向が圧延直角方向となるようにして、パンチB2を押し込んで直交曲げ(二次曲げ加工)を施した。
図2及び
図3において、D1は幅(C)方向、D2は圧延(L)方向を示している。
【0102】
鋼板に対して90°曲げ加工(一次曲げ加工)を施した試験片T1を
図4に示す。また、試験片T1に対して直交曲げ(二次曲げ加工)を施した試験片T2を
図5に示す。
図5の試験片T2に破線で示した位置は、直交曲げを行う前の
図4の試験片T1に破線で示した位置に対応している。
【0103】
直交曲げの条件は、以下のとおりである。
[直交曲げ条件]
試験方法:ロール支持、パンチ押し込み
ロール径:φ30mm
パンチ先端R:0.4mm
ロール間距離:(板厚×2)+0.5mm
ストローク速度:20mm/min
試験片サイズ:60mm×60mm
曲げ方向:圧延直角方向
上記直交曲げを施した際に得られるストローク-荷重曲線において、荷重最大時のストロークを求めた。上記曲げ-直交曲げ試験を3回実施した際の当該荷重最大時のストロークの平均値をΔSとした。ΔSが30mm以上で耐破断特性が良好と評価した。
【0104】
<軸圧壊試験>
軸圧壊試験では板厚の影響を考慮し、全て板厚1.2mmの亜鉛めっき鋼板で実施した。上記製造工程で得られた亜鉛めっき鋼板を切り出し、パンチ肩半径が5.0mmであり、ダイ肩半径が5.0mmである金型を用いて、深さ40mmとなるように成形加工(曲げ加工)して、
図6及び
図7に示すハット型部材10を作製した。また、ハット型部材の素材として用いた亜鉛めっき鋼板を、200mm×80mmの大きさに別途切り出した。次に、その切り出した後の亜鉛めっき鋼板20と、ハット型部材10とをスポット溶接し、
図6及び
図7に示すような試験用部材30を作製した。
図6は、ハット型部材10と亜鉛めっき鋼板20とをスポット溶接して作製した試験用部材30の正面図である。
図7は、試験用部材30の斜視図である。スポット溶接部40の位置は、
図7に示すように、亜鉛めっき鋼板の端部と溶接部が10mm、溶接部間が45mmの間隔となるようにした。次に、
図8に示すように、試験用部材30を地板50とTIG溶接により接合して軸圧壊試験用サンプルを作製した。次に、作製した軸圧壊試験用サンプルにインパクター60を衝突速度10m/sで等速衝突させ、軸圧壊試験用のサンプルを100mm圧壊した。
図8に示すように、圧壊方向D3は、試験用部材30の長手方向と平行な方向とした。圧壊時のストローク-荷重のグラフにおける、ストローク0~100mmの範囲における面積を求め、3回試験を行った際の当該面積の平均値を吸収エネルギー(F
ave)とした。F
aveが35000N以上で吸収エネルギーが良好と評価した。また、耐破断特性及び吸収エネルギーの両方が良好の場合、衝突特性が良好と評価した。
【0105】
【0106】
発明例の亜鉛めっき鋼板は、TSが590MPa以上であり、衝突特性に優れていた。一方、比較例の亜鉛めっき鋼板は、TSが590MPa未満であるか、衝突特性が不良であった。
【0107】
[実施例2]
実施例1の表3のNo.1(本発明例)の亜鉛めっき鋼板を、プレス加工により成形加工して、本発明例の部材を製造した。さらに、実施例1の表3のNo.1の亜鉛めっき鋼板と、実施例1の表3のNo.3(本発明例)の亜鉛めっき鋼板とをスポット溶接により接合し、本発明例の部材を製造した。本発明の鋼板を用いて製造した本発明例の部材は、衝突特性に優れており、高強度であり、実施例1の表3のNo.1(本発明例)の鋼板の成形加工により製造した部材、および実施例1の表3のNo.1の鋼板と、実施例1の表3のNo.3(本発明例)の鋼板とをスポット溶接して製造した部材のすべてにおいて、自動車用骨格部品等に好適に用いることができることを確認できた。
本発明によれば、TSが590MPa以上であり、衝突特性に優れた亜鉛めっき鋼板を得ることができる。本発明の亜鉛めっき鋼板により得られた部材を自動車用部品として使用すれば、自動車の軽量化に寄与し、自動車車体の高性能化に大きく寄与することができる。