(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022036394
(43)【公開日】2022-03-08
(54)【発明の名称】魚沈静化装置及び魚沈静化方法
(51)【国際特許分類】
A01K 79/02 20060101AFI20220301BHJP
【FI】
A01K79/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020140586
(22)【出願日】2020-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(71)【出願人】
【識別番号】520321775
【氏名又は名称】有限会社冨高水産
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(72)【発明者】
【氏名】王 斗艶
(72)【発明者】
【氏名】浪平 隆男
【テーマコード(参考)】
2B105
【Fターム(参考)】
2B105AL03
2B105LA05
2B105LA25
2B105PA20
(57)【要約】
【課題】水揚げ時に魚と電極とが非接触の状態で当該魚にパルス電気エネルギーを印加することで、背骨の損傷がなく魚を沈静化する魚沈静化装置を提供する。
【解決手段】海水中に対向して配設される一対の対向電極3a,3bと、対向電極3a,3bにパルス電気エネルギーを印加するパルス生成部4とを備え、対向電極3a,3bに非接触の状態で当該対向電極3a,3bの対向領域内に居る魚5に当該魚5の幅方向からパルス電気エネルギーを印加して当該魚5を沈静化するものである。このとき、魚5の魚体のうち頭部のみが対向電極3a,3bの対向領域に位置する状態でパルス電気エネルギーが印加される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
海水中に対向して配設される一対の電極と、
前記電極にパルス電気エネルギーを印加する電源部とを備え、
前記電極に非接触の状態で当該電極の対向領域内に居る魚に当該魚の幅方向から前記パルス電気エネルギーを印加して当該魚を沈静化する魚沈静化装置。
【請求項2】
請求項1に記載の魚沈静化装置において、
前記魚の魚体のうち頭部のみが前記電極の対向領域に位置する状態で前記パルス電気エネルギーが印加される魚沈静化装置。
【請求項3】
請求項2に記載の魚沈静化装置において、
前記電極間の距離が、沈静対象となる魚が1匹だけ通過可能な大きさに調整される魚沈静化装置。
【請求項4】
請求項2又は3のいずれかに記載の魚沈静化装置において、
前記魚が所定の位置を通過したことを検知する検知手段と、
前記パルス電気エネルギーを制御する制御手段とを備え、
当該制御手段が、前記検知手段が前記魚の通過を検知した結果に基づいて、当該魚の頭部のみが前記電極の対向領域に位置するタイミングで前記パルス電気エネルギーを印加する魚沈静化装置。
【請求項5】
請求項4に記載の魚沈静化装置において、
前記検知手段が、前記魚の通過と共に当該魚のサイズに関する情報を検知し、
前記制御手段が、前記魚のサイズに関する情報に基づいて前記電源部が印加するパルス電気エネルギーの大きさを制御する魚沈静化装置。
【請求項6】
請求項2ないし5のいずれかに記載の魚沈静化装置において、
前記パルス電気エネルギーを制御する制御手段を備え、
当該制御手段が、前記電源部が印加するパルス電気エネルギーの大きさを1920ジュール/パルス以上に制御する魚沈静化装置。
【請求項7】
海水中に対向して配設される一対の電極にパルス電気エネルギーを印加し、前記電極に非接触の状態で当該電極の対向領域内に居る魚に当該魚の幅方向から前記パルス電気エネルギーを印加して当該魚を沈静化する魚沈静化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水揚げ時に魚を沈静化する魚沈静化装置に関し、特に魚に非接触の状態で沈静化する魚沈静化装置に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における海面養殖業の生産額は平成30年に4,860億円に達し、国内魚類算出額の約3分の1を占めている。平成25年には「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことから、生魚を使ったメニューが世界から注目され、より新鮮な生魚を市場に供給するためには、水揚げ時にできるだけ魚が暴れないようにする必要がある。これは、水揚げ時に魚が暴れることで乳酸が分泌され、魚肉の味覚を低下させ、体表面が傷つくことで鮮度が落ちて商品価値が低下するためである。
【0003】
一般的な養殖現場での水揚げ作業は、海水が入ったタンクを用意しておき、このタンクの近傍まで養殖金網ごと船などで移動し、海水が入った大きいタモで養殖金網からタンクに魚を移し、その後タンク内に麻酔薬などを投入し、魚を眠らせた状態で締めるという手法で行われる。この場合麻酔薬を使用するため、魚肉への影響が懸念されると共に魚を締める手間が掛かってしまうという問題がある。そこで、電気エネルギーを利用して魚を沈静化する技術が、例えば特許文献1ないし3に開示されている。
【0004】
特許文献1に示す技術は、水揚げ用網をもって海中より脊椎を有する複数の魚を纏めて水揚げする鎮静水揚げ方法において、水揚げ用網をもって海中より脊椎を有する複数の魚を纏めて掬い揚げ、全部の魚が海中から空中に取り出された後に、水揚げ用網に設置された2極の電極に通電して全部の魚に当該魚の体表面に付着している海水を通して通電して、当該魚を脊椎が損傷しない程度に感電させて鎮静化させ、その後水揚げ用網から鎮静化状態の魚を次工程に供出するものである。
【0005】
特許文献2に示す技術は、魚が自重で通過するように傾斜配置された導電材料からなる魚滑落板と、魚滑落板の上方に位置する電極枠に垂設され、魚に接触して通電する複数の可撓性線状電極とを有し、魚が接触した線状電極と魚滑落板との間に魚を介して通電し、魚を鎮静化するものである。
【0006】
特許文献3に示す技術は、釣船に装備した電源装置にインバーター制御回路を接続し、この制御回路からの被覆電線を導糸に沿わせて先端に釣針を取付け、釣針に魚が掛ったとき電気回路を閉路して魚を仮死状態として船上に取り揚げるようにしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6525197号
【特許文献2】特開2019-140957号公報
【特許文献3】特開平7-79664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に示す技術は、魚が水揚げ用網に入った状態で海中から空中に取り出して魚に通電するため、網に入ってから通電するまでの間に魚が暴れて網にぶつかったり魚同士がぶつかり合ったりすることで魚体表面が傷つく可能性があるという課題を有する。さらに、網を空中に取り出すことで、網部に固着される電極の箇所では必然的に魚と電極とが直接接触することとなり、電気エネルギーにより魚の体表面が損傷して商品価値が下がってしまうという課題を有する。
【0009】
特許文献2及び3に示す技術は、いずれも魚と電極が直接接触した状態で通電されるため、上記と同様に電気エネルギーにより魚の体表面が損傷して商品価値が下がってしまうという課題を有する。
【0010】
本発明は、水揚げ時に魚と電極とが非接触の状態で当該魚にパルス電気エネルギーを印加することで、背骨の損傷がなく魚を沈静化する魚沈静化装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る魚沈静化装置は、海水中に対向して配設される一対の電極と、前記電極にパルス電気エネルギーを印加する電源部とを備え、前記電極に非接触の状態で当該電極の対向領域内に居る魚に当該魚の幅方向から前記パルス電気エネルギーを印加して当該魚を沈静化するものである。
【0012】
このように、本発明に係る魚沈静化装置においては、海水中に対向して配設される一対の電極と、当該電極にパルス電気エネルギーを印加する電源部とを備え、電極に非接触の状態で当該電極の対向領域内に居る魚に当該魚の幅方向から前記パルス電気エネルギーを印加して魚を沈静化するため、魚と電極とが非接触の状態でパルス電気エネルギーが衝撃的に与えられることで魚の体表面及び内部を傷付けることなく確実に気絶させて沈静化することができるという効果を奏する。
【0013】
本発明に係る魚沈静化装置は、前記魚の魚体のうち頭部のみが前記電極の対向領域に位置する状態で前記パルス電気エネルギーが印加されるものである。
【0014】
このように、本発明に係る魚沈静化装置においては、魚の魚体のうち頭部のみが前記電極の対向領域に位置する状態で前記パルス電気エネルギーが印加されるため、後述する実験結果でも示されるように、パルス電気エネルギーにより魚の脳だけを破壊して手カギ締めと同様の効果で魚を沈静化することができるという効果を奏する。
【0015】
本発明に係る魚沈静化装置は、前記電極間の距離が、沈静対象となる魚が1匹だけ通過可能な大きさに調整されるものである。
【0016】
このように、本発明に係る魚沈静化装置においては、電極間の距離が、沈静対象となる魚が1匹だけ通過可能な大きさに調整されるため、パルス電気エネルギーを魚の頭のみに一匹ずつ確実に印加することができ、魚の個体ごとに確実に沈静化することができるという効果を奏する。
【0017】
本発明に係る魚沈静化装置は、前記魚が所定の位置を通過したことを検知する検知手段と、前記パルス電気エネルギーを制御する制御手段とを備え、当該制御手段が、前記検知手段が前記魚の通過を検知した結果に基づいて、当該魚の頭部のみが前記電極の対向領域に位置するタイミングで前記パルス電気エネルギーを印加するものである。
【0018】
このように、本発明に係る魚沈静化装置においては、魚が所定の位置を通過したことを検知する検知手段と、パルス電気エネルギーを制御する制御手段とを備え、当該制御手段が、前記検知手段が前記魚の通過を検知した結果に基づいて、当該魚の頭部のみが前記電極の対向領域に位置するタイミングでパルス電気エネルギーを印加するため、魚の頭のみにピンポイントのタイミングで確実にパルス電気エネルギーを印加することができるという効果を奏する。
【0019】
本発明に係る魚沈静化装置は、検知手段が、前記魚の通過と共に当該魚のサイズに関する情報を検知し、制御手段が、前記魚のサイズに関する情報に基づいて前記電源部が印加するパルス電気エネルギーの大きさを制御するものである。
【0020】
このように、本発明に係る魚沈静化装置においては、検知手段が、前記魚の通過と共に当該魚のサイズに関する情報を検知し、前記制御手段が、前記魚のサイズに関する情報に基づいて前記電源部が印加するパルス電気エネルギーの大きさを制御するため、魚のサイズに応じた適正なパルス電気エネルギーを印加することが可能となり、魚を傷めることなく確実に沈静化することができるという効果を奏する。
【0021】
本発明に係る魚沈静化装置は、前記パルス電気エネルギーを制御する制御手段を備え、当該制御手段が、前記電源部が印加するパルス電気エネルギーの大きさを1920ジュール/パルス以上に制御するものである。
【0022】
このように、本発明に係る魚沈静化装置においては、前記パルス電気エネルギーを制御する制御手段を備え、当該制御手段が、前記電源部が印加するパルス電気エネルギーの大きさを1920ジュール/パルス以上に制御するため、後述する実験結果から明らかなように、魚を傷つけることなく確実に沈静化することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】第1の実施形態に係る魚沈静化装置の模式図である。
【
図2】第1の実施形態に係る魚沈静化装置におけるパルス生成部の回路構成の一例を示す図である。
【
図3】第1の実施形態に係る魚沈静化装置におけるスイッチを制御するための制御装置を備える場合の機能ブロック図である。
【
図4】第2の実施形態に係る魚沈静化装置の模式図である。
【
図5】実施例に係るパルス電気エネルギー印加装置の第1の概略図である。
【
図6】実施例に係るパルス電気エネルギー印加装置の第2の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(本発明の第1の実施形態)
本実施形態に係る魚沈静化装置について、
図1ないし
図3を用いて説明する。本実施形態に係る魚沈静化装置は、水揚げする魚にパルス電気エネルギーを印加することで、魚の体表面や魚肉を劣化させることなく沈静化するものである。特に本実施形態においては、魚の頭部にパルス電気エネルギーを印加することで、手カギ締めによる脳の破壊と同様の効果を得るものである。
【0025】
図1は、本実施形態に係る魚沈静化装置の模式図である。魚沈静化装置1は、水揚げする魚の通路となる水路2と、当該水路2の両側面の所定の位置に対向して配設される一対の対向電極3a,3bと、当該対向電極3a,3bにパルス電圧を印加するパルス生成部4とを備える。
【0026】
水揚げの際には釣った魚が入ったタンクからポンプ等を使って海水を吸い上げる。吸い上げられた海水は魚5と共に水路2を通って水揚げされる。水路2では海水を吸い上げる方向に水流が発生しており、魚5は水流にしたがって水路2内を泳ぎながら、又は水流の力で移動する。水路2において少なくとも対向電極3a,3bが配設されている箇所は、魚5が幅方向に1匹だけ通過できる程度の幅で、且つ魚5が対向電極3a,3bに接触しない程度の幅となっている。すなわち、パルス生成部4によるパルス電気エネルギーの印加を非接触状態で1匹ずつ行えるように構成されている。
【0027】
対向電極3a,3bは平板電極となっており、電極間にパルス電気エネルギーが印加される。平板電極のサイズは、魚5の頭部にのみパルス電気エネルギーが印加される程度の大きさになっており、魚5の頭部が対向電極3a,3b間を通過する際にパルス生成部4で生成されたパルス電気エネルギーが魚5の脳を破壊することで、手カギ締めと同様の処置が魚5に対して行われる。パルス電気エネルギーを印加されて脳が破壊された魚5は、体表面や身に裂傷などがない状態で沈静化されて水流によりそのまま陸に運ばれる。
【0028】
パルス生成部4は、対向電極3a,3bにパルス電圧を印加する。パルス生成部4の具体的な構成について
図2を用いて説明する。
図2は、本実施形態に係る魚沈静化装置におけるパルス生成部4の回路構成の一例を示す図である。パルス生成部4は、直流電源21と、当該直流電源21に直列に接続する保護抵抗22と、保護抵抗22に直列に接続されるコンデンサ23と、当該コンデンサ23に直列に接続される負荷24(本実施形態においては海水と魚に相当)と、コンデンサ23の接続先を直流電源21にするか負荷24にするかを切り替えるスイッチS1とを備える。
【0029】
この回路の動作は、スイッチS1が端子25aに接続されている場合に、直流電源21からの電荷がコンデンサ23に貯められる。その状態でスイッチS1が端子25bへの接続に切り替えられると、コンデンサ23に貯まった電荷を放出して対向電極3a,3b間にパルス電圧が印加され、負荷24にパルス電気エネルギーが印加される。このようなスイッチS1の切り替えにより魚5の頭部にピンポイントでパルス電気エネルギーを印加する。
【0030】
ここで、スイッチS1の切り替えのタイミングについて説明する。スイッチS1は、魚5の通過を確認しながら人手により行うようにしてもよいが、魚5の脳を確実に破壊するためには、スイッチS1を制御する制御手段を備えるのが望ましい。
図3は、本実施形態に係る魚沈静化装置におけるスイッチS1を制御するための制御装置を備える場合の機能ブロック図である。
図3において、魚沈静化装置1は
図1で示した構成に加えて制御装置6を新たに備える。制御装置6は、水路2における対向電極3a,3bの前段の位置に配設されて魚5の通過を検知する通過センサ31と、通過センサ31の検知結果及びパラーメータ情報記憶部32に予め登録されているパラメータ情報に基づいて、パルス生成部4のスイッチS1の動作を制御する制御部33とを備える。
【0031】
パラメータ情報記憶部32には、例えば水路2を流れる水流の速度情報(予め設定された固定値でもよいし、リアルタイムに計測した情報でもよい)、今回水揚げする魚5の種類、量、サイズ等の情報、魚5の情報に応じて必要となるパルス電気エネルギーの大きさに関する情報(必要となる電圧値、パルス時間、デューティ比等の情報)等が保存されており、制御部33がそれらの情報を用いてパルス電気エネルギーを印加する適正なタイミングと適正な強さとを演算し、当該パルス電気エネルギーを魚5の頭部に印加できるようにパルス生成部4のスイッチS1を制御する。
【0032】
すなわち、上記「適正なタイミング」については、通過センサ31からの検知結果とパラメータ情報記憶部32の水流速度の情報とから魚5の頭部が対向電極3a,3bを通過するタイミングを演算し、そのタイミングでスイッチS1を制御する。このとき、後述する魚5の大きさに関する情報も併せて演算することで、より正確に脳の位置を求めることが可能となる。
【0033】
また、「適正な強さ」については、水揚げの対象となる魚5のおおよその平均的なサイズを予め入力し、そのサイズに合わせたパルス電気エネルギーを印加してもよいし、通過センサ31で一匹ずつ魚5のサイズを測定し、その測定結果に合わせたパルス電気エネルギーを印加するようにしてもよい。具体的には、例えば光センサであれば魚5が通過センサ31を通過するのに要した時間と水流速度とから魚5のサイズ(長さ)を演算することが可能である。また、撮像センサで画像を取得することで魚5のサイズ(長さや幅)を特定することも可能である。さらに、水路2の途中に魚5が衝突しても傷つかない程度に軟らかい通過弁を設け、当該通過弁の開閉情報(開口のタイミングと閉口のタイミング)を通過センサ31で検知することで魚5のサイズを特定してもよい。
【0034】
さらに、魚5の頭部のみにパルス電気エネルギーを印加できるのであれば、複数同時に行ってもよい。この場合、対向電極3a,3b間に複数の魚5の頭部のみが存在する状態を作り出す必要があるが、その方法として例えば、複数レーンに仕切られた各水路5に塞き止め板を設け、各レーンに魚5が収まった時点で上記塞き止め板を開放することで、レーン内の複数の魚5が同時に動き出し、頭部が対向電極3a,3bに突入した時点で電圧を印加するようにしてもよい。すなわち、対向電極3a,3bの前段側で魚5のスタート地点を設け、複数の魚5を水流で同時にスタートさせることで頭部を揃えてパルス電気エネルギーを印加し、複数の魚5を同時に沈静化することが可能となる。
【0035】
このように、本実施形態に係る魚沈静化装置においては、海水中に対向して配設される一対の対向電極3a,3bと、当該対向電極3a,3bにパルス電気エネルギーを印加するパルス発生部4とを備え、対向電極3a,3bに非接触の状態で当該対向電極3a,3bの対向領域内に居る魚5に当該魚5の幅方向からパルス電気エネルギーを印加して魚5を沈静化するため、魚5と対向電極3a,3bとが非接触の状態でパルス電気エネルギーが衝撃的に与えられることで魚5の体表面及び内部を傷付けることなく確実に気絶させて沈静化することができる。これらの結果は後述する実験結果からも明らかである。
【0036】
また、魚5の魚体のうち頭部のみが対向電極3a,3bの対向領域に位置する状態でパルス電気エネルギーが印加されるため、パルス電気エネルギーにより魚の脳だけを破壊して手ガキ締めと同様の効果で魚を沈静化することができる。
【0037】
さらに、対向電極3a,3b間の距離が、沈静対象となる魚が1匹だけ通過可能な大きさに調整されるため、パルス電気エネルギーを魚の頭のみに一匹ずつ印加することができ、魚の個体ごとに確実に沈静化することができる。
【0038】
さらにまた、魚5が所定の位置を通過したことを検知する通過センサ31と、パルス電気エネルギーを制御する制御部33とを備え、当該制御部33が、通過センサ31が魚5の通過を検知した結果に基づいて、当該魚5の頭部のみが対向電極3a,3bの対向領域に位置するタイミングでパルス電気エネルギーを印加するため、魚の頭のみにピンポイントのタイミングで確実にパルス電気エネルギーを印加することができる。
【0039】
さらにまた、通過センサ31が、魚5の通過と共に当該魚5のサイズに関する情報を検知し、制御部33が、魚5のサイズに関する情報に基づいてパルス生成部4が印加するパルス電気エネルギーの大きさを制御するため、魚5のサイズに応じた適正なパルス電気エネルギーを印加することが可能となり、魚を傷めることなく確実に沈静化することができる。
【0040】
(本発明の第2の実施形態)
本実施形態に係る魚沈静化装置について、
図4を用いて説明する。本実施形態に係る魚沈静化装置は、前記第1の実施形態の場合と同様に水揚げする魚にパルス電気エネルギーを印加することで、魚の体表面や魚肉を劣化させることなく沈静化するものであるが、魚の頭部に限らず魚の全身に対してパルス電気エネルギーを印加することで沈静化を図るものである。なお、本実施形態において前記第1の実施形態と重複する説明は省略する。
【0041】
図4は、本実施形態に係る魚沈静化装置の模式図である。魚沈静化装置1は、水揚げする魚の通路となる水路2と、当該水路2の両側面の所定の位置に対向して配設される一対の対向電極3a,3bと、当該対向電極3a,3bにパルス電圧を印加するパルス生成部4とを備える。
【0042】
図4に示すように、前記第1の実施形態の場合と同様に、釣った魚が入ったタンクからポンプ等を使って海水と共に魚5を吸い上げ、水路2の途中位置で1又は複数の魚5に対してその幅方向から非接触状態でパルス電気エネルギーを印加するようにしてもよいし、釣った魚5が入った生け簀の内側両側面に一対の対向電極3a,3bを配設し、生け簀内における対向電極3a,3bの対向領域に居る1又は複数の魚5にまとめてパルス電気エネルギーを印加してもよい。
【0043】
このように、魚5の全身に対してパルス電気エネルギーを印加する場合であっても、後述する実験結果から明らかなように、魚5にパルス電気エネルギーが衝撃的に与えられることで魚5の体表面及び内部を傷付けることなく確実に気絶させて沈静化することができる。
【実施例0044】
(1)養殖ブリの全身へのパルス電気エネルギーの印加による沈静化試験
まず、海面養殖において水揚げが5割以上を占める養殖ブリに関して、全身にパルス電気エネルギーを印加して沈静化等の観察を行った。
図5は、本実験を行ったパルス電気エネルギー印加装置の概略図である。パルス発生部4として前記第1の実施形態において説明した
図2の回路(コンデンサバンク型パルス発生回路)を用いた。コンデンサの容量は1.6μF又は2.4μFのものを用い、直流電源21の充電電圧を~35kVとした。パルス印加時間は10~20μs程度とした。
【0045】
また、対向電極3a,3bはステンレススチールの平行平板電極を用い、有効寸法を20cm×45cmとした。電極間の距離を40cm又は70cmとし、電極間の媒体は海水(導電率45mS/cm)とした。パルスの印加形態は無放電とし、試験体は体長40cm程度のツバスを用いた。パルス電気エネルギーを印加後に魚5を水中から引き上げて解体を行った。
【0046】
パルス処理後の魚5の理想的な状態を以下の3条件とし、この条件を達成するために
図2の回路におけるコンデンサ容量(C)と充電電圧(V
ch)、対向電極3a,3bの電極間隔、印加するパルス電気エネルギーのエネルギー密度(E
d)について最適なパラメータを得た。
(a)気絶時間:1~2分間以上(ただし、気絶の有無に関わらず水揚げ時や解体時に暴れないことに重点をおく)
(b)解体時に背骨の骨折がない(背骨の骨折による出血等の裂傷がない)
(c)(a)に関連して、水揚げ時と解体時に暴れない
【0047】
エネルギー密度Edは、以下の算出方法により求めた。
【0048】
【0049】
Ed[J/cm3・pulse]はエネルギー密度、E[J/pluse]は1パルスあたりの注入エネルギー、V[cm3]は負荷容積、C[F]はコンデンサ容量、Vch[V]は充電電圧である。
【0050】
以下の表1及び表2に実験結果を示す。
【0051】
【0052】
表1は、コンデンサ容量C及び充電電圧Vchの様々な値ごとに上記(a)~(c)の条件を満たすかどうかの結果を振り分けたものであり、理想状態を「(a)気絶有り=〇、(b)骨折無し=×、(c)暴れない=×」、又は「(a)気絶無し=×、(b)骨折無し=×、(c)暴れない=×」とした場合に、表1の長破線部分がおおよそこの理想条件を満たしている。なお、表中の「40cm」の記載は対向電極3a,3b間の距離を示したものである。
【0053】
【0054】
表2は、各コンデンサ容量C及び充電電圧Vchの条件におけるエネルギー密度Edの値を被検体となった魚5ごとにまとめたものであり、「No.」は被検体番号である。表中の長破線部分は表1における長破線部分と対応している。
【0055】
上記の表1及び表2の結果から、対向電極3a,3b間の距離が70cmの場合は、C=2.4μF、Vch=25kV、3パルス程度印加、Ed=0.012/パルス(注入エネルギーE=750J/パルス)のときに理想状態の結果が得られ、対向電極3a,3b間の距離が40cmの場合は、C=2.4μF、Vch=25kV、1~2パルス程度印加、Ed=0.021/パルス(注入エネルギーE=750J/パルス)のときに上記理想条件を満たす理想状態の結果が得られた。なお、表1におけるC=1.6μF、Vch=20kVの場合も理想状態の結果が得られているが、この結果となった被検体No.7はパルス電気エネルギーを印加する前から少し弱っていた可能性があり、今回は理想状態から除外した。
【0056】
以上のように、魚5の全身にパルス電気エネルギーを印加する場合は、注入エネルギーE=750J/パルス程度のパルス電気エネルギーとすることで理想状態の沈静化、すなわち魚5の体表面及び内部を傷付けることなく確実に沈静化できる可能性が高いことが明らかとなった。また、印加するパルス波形は時間幅が5~20μsと短く、複数回印加することが望ましいことが明らかとなった。
【0057】
一方で、被検体No.7のように少し弱っているような魚5に対しては、注入するパルス電気エネルギーを制御することで理想状態にすることが可能である。例えば、釣ってから多少時間が経過している場合や、生け簀に対する魚の数が多いような場合(溶存酸素不足である場合)は、それぞれの経過時間や溶存酸素量に応じた適正なパラメータ情報をパラメータ情報記憶部32に登録しておくことで、パルス電気エネルギーを印加後に理想状態の沈静化を行うことが可能である。
【0058】
(2)ブリの沈静化実験
上記(1)の実験を踏まえてブリを使った沈静化実験を行った。この実験では、魚5の異なる部位(頭、尾、中心、腹、上半分、体半分)にそれぞれパルス電気エネルギーを印加した場合の沈静化の観察を行った。
図6は、本実験を行ったパルス電気エネルギー印加装置の概略図である。パルス発生部4として前記第1の実施形態において説明した
図2の回路(コンデンサバンク型パルス発生回路)を用いた。コンデンサの容量は0.8μF、1.6μF、2.4μF、及び40μFのものを用い、直流電源21の充電電圧を5~40kVとした。パルス印加時間は2.5~40μs程度とした。また、本実験では、対向電極3a,3bと魚5との位置関係(電極に対する魚の角度)に依存性があるかどうかも併せて調べた。
【0059】
対向電極3a,3bはステンレススチールの平行平板電極を用い、有効寸法を15cm×17cmとした。電極間の距離を15cmとし、電極間の媒体は海水(導電率35.6mS/cm又は32.7mS/cm)とした。パルスの印加形態は無放電とし、試験体はブリを用いた。パルス電気エネルギーを印加後に魚5を水中から引き上げて解体を行った。
【0060】
本実験では、パルス処理後の魚5の理想的な状態を
(a)沈静化されている
(b)生存している方がよいが死亡していてもよい
(c)背骨を骨折していない方がよいが骨折していても身に影響がなければよい
(d)身から出血がない
とし、各被検体のパルス処理後の状態を調べた。なお、パルス電気エネルギーの計算については上記(1)の実験と同じである。
【0061】
以下の表3及び表4に実験結果を示す。表3及び表4は、被検体ごとに与えたパルス電気エネルギーの情報とその結果をまとめたものである。表3は魚5の頭部以外の部位(尾、中心、腹、上半分、体半分)にパルス電気エネルギーを印加した場合の結果を示しており、表4は魚5の頭部にパルス電気エネルギーを印加した場合の結果を示している。各表において、上記(a)~(d)の条件について、(a)沈静化があれば「〇」なければ「×」、(b)死亡していれば「〇」生存していれば「×」、(c)背骨の骨折があれば「〇」なければ「×」、(d)身からの出血がなければ「〇」あれば「×」で表記している。
【0062】
【0063】
(a)~(d)の条件の理想状態を(a)〇、(b)〇又は×、(c)〇又は×、(d)〇とした場合、上記の表3において理想状態となる被検体はなかった。すなわち、頭部以外の部位にパルス電気エネルギーを印加しても魚5を理想状態で沈静化することが困難であることが明らかとなった。
【0064】
【0065】
表4は、魚5の頭部にパルス電気エネルギーを印加した場合の結果を示している。表4の長破線部分が上記理想条件を満たしている。ただし、被検体No.24とNo.27は予め手カギ締めをしたものであり、被検体No.25とNo.26は包丁締めをしたものである。また、No.28については3匹同時にパルス電気エネルギーを印加したものである。
【0066】
表3及び表4の結果から、魚5の頭部に所定のエネルギー量でパルス電気エネルギーを印加すると理想状態で沈静化できることが明らかであり、このときに印加したエネルギー量は、コンデンサ40μF、充電電圧15kVの場合で、E=4500J/パルスとなる。表4の結果から、魚5の頭部にパルス電気エネルギーを印加する場合は、少なくとも被検体No.8のE=1/2CV2=1920J/パルス以上のエネルギーを印加する必要があることがわかった。
【0067】
また、手カギ締めを行った場合も同じように理想状態が得られていることから、上記エネルギーで魚5の頭部にパルス電気エネルギーを印加することで、手カギ締めと同じ効果を得ることができることが明らかとなった。一方で包丁締めの場合は理想状態を得ることができなかったことから、魚5の脳を破壊した場合には理想的な沈静化を行うことができ、包丁締めのように脳が生きている状態では理想的な沈静化が困難であることがわかった。このことから、魚5の頭部にパルス電気エネルギーを印加した場合であっても、脳が未破壊の状態だと背骨などへの神経伝達が十分に行われ、背骨の骨折及びその周辺の身の裂傷が生じてしまうと考えられる。脳が完全に破壊された状態であれば背骨などへの神経伝達が不十分となり、背骨を骨折したとしても非常に緩やかな骨折でその周辺の身に裂傷が生じず理想状態を実現できると考えられる。
【0068】
さらには、パルス印加後の状態が脳の神経伝達の成長と体の成長とのバランスに依存していると考えることもできる。すなわち、脳の神経伝達は十分に発達していて体の発達が不十分な場合は、パルス電気エネルギーの電気刺激が延髄に十分に伝わりつつ、体は未発達であることから骨や筋肉への影響が大きく、ひどい骨折や身からの出血をしてしまう可能性が高いと考えることができる。脳の神経伝達の発達に伴い体も十分に発達している場合は、骨や筋肉も強くなるため酷い骨折や出血が起こりにくいと考えられる。つまり、魚5の成長具合に応じて印加するエネルギーを制御することで、その魚に対して適正に脳を破壊して理想状態を実現することが可能である。
【0069】
なお、対向電極3a,3bと魚5との位置関係の依存性について、様々な位置(角度)で魚5にパルス電気エネルギーを印加したが、今回の実験では沈静化と位置関係には依存性がないことがわかった。したがって、対向電極3a,3b間に魚5の頭が存在する状態であればどのような態勢であっても理想的な沈静化を行うことができる。