(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022038894
(43)【公開日】2022-03-10
(54)【発明の名称】遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220303BHJP
C12M 1/42 20060101ALI20220303BHJP
C12N 13/00 20060101ALI20220303BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M1/42
C12N13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020143603
(22)【出願日】2020-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】立崎 武弘
(72)【発明者】
【氏名】廣理 英基
(72)【発明者】
【氏名】亀井 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】坂口 怜子
【テーマコード(参考)】
4B029
4B033
【Fターム(参考)】
4B029AA23
4B029BB11
4B029CC02
4B029GA01
4B033NG05
4B033NH03
4B033NH04
4B033NJ04
4B033NK01
(57)【要約】
【課題】生細胞を培養環境下に保持したまま生細胞の遺伝子発現の促進および抑制の両方を制御することができる遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法を提供する。
【解決手段】生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御装置は、生細胞を培養環境下に保持し、生細胞にパルス状のテラヘルツ波を集光して照射し、テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測し、生細胞をテラヘルツ波の集光位置に固定し、テラヘルツ波は、穴を有する放物面鏡によって集光されてテラヘルツ波の集光位置に照射され、テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、穴を介してテラヘルツ波と同軸にテラヘルツ波の集光位置に照射され、テラヘルツ波の集光位置を透過したプローブビームを検出することによって、テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とが計測される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御装置であって、
前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持部と、
前記培養環境保持部によって培養環境下に保持されている前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部と、
前記テラヘルツ波集光照射部によって照射された前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部と、
前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決め部とを備え、
前記テラヘルツ波集光照射部は、穴を有する放物面鏡を備え、
前記テラヘルツ波は、前記放物面鏡によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測部による前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記穴を介して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測部は、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する、
遺伝子発現制御装置。
【請求項2】
前記テラヘルツ波および前記プローブビームは、前記テラヘルツ波の集光位置の下側から前記テラヘルツ波の集光位置に照射される、
請求項1に記載の遺伝子発現制御装置。
【請求項3】
前記テラヘルツ波の集光位置を記録する記録部と、
前記記録部によって記録された前記テラヘルツ波の集光位置に前記生細胞を移動させる搬送部とを備える、
請求項1に記載の遺伝子発現制御装置。
【請求項4】
前記生細胞位置決め部は、前記生細胞を保持する培養ディッシュを備え、
前記テラヘルツ波および前記プローブビームは、前記培養ディッシュの底側から前記テラヘルツ波の集光位置に照射される、
請求項1に記載の遺伝子発現制御装置。
【請求項5】
前記テラヘルツ波は、前記生細胞に対して非接触かつ非侵襲かつ非破壊的に照射される、
請求項1に記載の遺伝子発現制御装置。
【請求項6】
前記生細胞位置決め部は、
培養ディッシュと、
前記培養ディッシュ内に配置されるマイクロウェルとを備え、
前記マイクロウェルは、貫通している穴部分を有し、
前記生細胞は、前記穴部分に配置されることによって、前記テラヘルツ波の集光位置に固定され、
前記テラヘルツ波の集光位置における前記テラヘルツ波のスポット径と、前記穴部分の直径とが概略等しい、
請求項1に記載の遺伝子発現制御装置。
【請求項7】
前記生細胞位置決め部は、前記生細胞を保持する培養ディッシュを備え、
前記培養環境保持部は、前記培養ディッシュ内における温度と湿度と液体培地のpHとを制御することによって、前記生細胞を培養環境下に保持する、
請求項1に記載の遺伝子発現制御装置。
【請求項8】
前記培養環境保持部は、インキュベーターを備え、
前記搬送部は、前記インキュベーターを3次元的に移動させることによって、前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に移動させる、
請求項3に記載の遺伝子発現制御装置。
【請求項9】
生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御装置であって、
前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持部と、
前記培養環境保持部によって培養環境下に保持されている前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部と、
前記テラヘルツ波集光照射部によって照射された前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部と、
前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決め部とを備え、
前記テラヘルツ波集光照射部は、前記テラヘルツ波を反射するテラヘルツ波反射部と透過型集光光学素子とを備え、
前記テラヘルツ波は、前記透過型集光光学素子によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測部による前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記テラヘルツ波反射部を透過して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測部は、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する、
遺伝子発現制御装置。
【請求項10】
生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御装置であって、
前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持部と、
前記培養環境保持部によって培養環境下に保持されている前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部と、
前記テラヘルツ波集光照射部によって照射された前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部と、
前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決め部とを備え、
前記テラヘルツ波集光照射部は、プローブビームを反射するプローブビーム反射部と透過型集光光学素子とを備え、
前記テラヘルツ波は、前記透過型集光光学素子によって集光されて前記生細胞に照射され、
前記電場強度時間波形計測部による前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられる前記プローブビームは、前記プローブビーム反射部によって反射されて前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測部は、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する、
遺伝子発現制御装置。
【請求項11】
生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御方法であって、
前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持ステップと、
前記培養環境保持ステップにおいて培養環境下に保持される前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射ステップと、
前記テラヘルツ波集光照射ステップにおいて照射される前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測ステップと、
前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決めステップとを備え、
前記テラヘルツ波集光照射ステップでは、前記テラヘルツ波が、穴を有する放物面鏡によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測ステップにおいて前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記穴を介して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測ステップでは、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とが計測される、
遺伝子発現制御方法。
【請求項12】
前記テラヘルツ波および前記プローブビームは、前記テラヘルツ波の集光位置の下側から前記テラヘルツ波の集光位置に照射される、
請求項11に記載の遺伝子発現制御方法。
【請求項13】
前記テラヘルツ波の集光位置を記録する記録ステップと、
前記記録ステップにおいて記録された前記テラヘルツ波の集光位置に前記生細胞を移動させる搬送ステップとを備える、
請求項11に記載の遺伝子発現制御方法。
【請求項14】
前記生細胞位置決めステップでは、前記生細胞を保持する培養ディッシュが用いられ、
前記テラヘルツ波および前記プローブビームは、前記培養ディッシュの底側から前記テラヘルツ波の集光位置に照射される、
請求項11に記載の遺伝子発現制御方法。
【請求項15】
前記テラヘルツ波は、前記生細胞に対して非接触かつ非侵襲かつ非破壊的に照射される、
請求項11に記載の遺伝子発現制御方法。
【請求項16】
前記生細胞位置決めステップでは、
培養ディッシュと、
前記培養ディッシュ内に配置されるマイクロウェルとが用いられ、
前記マイクロウェルは、貫通している穴部分を有し、
前記生細胞は、前記穴部分に配置されることによって、前記テラヘルツ波の集光位置に固定され、
前記テラヘルツ波の集光位置における前記テラヘルツ波のビーム直径と、前記穴部分の直径とが概略等しい、
請求項11に記載の遺伝子発現制御方法。
【請求項17】
前記生細胞位置決めステップでは、前記生細胞を保持する培養ディッシュが用いられ、
前記培養環境保持ステップでは、前記培養ディッシュ内における温度と湿度と液体培地のpHとを制御することによって、前記生細胞が培養環境下に保持される、
請求項11に記載の遺伝子発現制御方法。
【請求項18】
前記培養環境保持ステップでは、インキュベーターが用いられ、
前記搬送ステップでは、前記インキュベーターを3次元的に移動させることによって、前記生細胞が前記テラヘルツ波の集光位置に移動させられる、
請求項13に記載の遺伝子発現制御方法。
【請求項19】
生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御方法であって、
前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持ステップと、
前記培養環境保持ステップにおいて培養環境下に保持される前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射ステップと、
前記テラヘルツ波集光照射ステップにおいて照射される前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測ステップと、
前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決めステップとを備え、
前記テラヘルツ波集光照射ステップでは、前記テラヘルツ波が、テラヘルツ波反射部によって反射されると共に、透過型集光光学素子によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測ステップにおいて前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記テラヘルツ波反射部を透過して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測ステップでは、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とが計測される、
遺伝子発現制御方法。
【請求項20】
生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御方法であって、
前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持ステップと、
前記培養環境保持ステップにおいて培養環境下に保持される前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射ステップと、
前記テラヘルツ波集光照射ステップにおいて照射される前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測ステップと、
前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決めステップとを備え、
前記テラヘルツ波集光照射ステップでは、前記テラヘルツ波が、透過型集光光学素子によって集光されて前記生細胞に照射され、
前記電場強度時間波形計測ステップにおいて前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、プローブビーム反射部によって反射されて前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、
前記電場強度時間波形計測ステップでは、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とが計測される、
遺伝子発現制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法に関する。特に、本発明は、細胞工学技術およびテラヘルツ波技術を用いた、培養中細胞の遺伝子発現制御技術に関する。
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ波とは、周波数で30GHz(3×1010Hz)から30THz(3×1015Hz)、真空中の波長で0.02mから30μmの範囲に含まれる電磁波である。昨今の技術進歩により位相の揃ったテラヘルツ波がビームとして得られるようになり、また広帯域化と高強度化、短パルス化が進展した。現在では、1MV/cmを超える電場強度を1ps(10-12s)程度持続する高強度テラヘルツ波パルスがベンチトップ装置で得られ、物性研究に利用され始めている。また、テラヘルツ波のエネルギーは分子振動の特徴的なエネルギーやタンパクを形成する炭素骨格の振動エネルギー帯であるため、分子の検出や同定に応用されつつある。
【0003】
多能性細胞とは、各種臓器や器官に分化しうる能力を備えた細胞を指す。特に、人工多能性細胞と呼ばれる細胞は、体組織等へ分化した細胞に対して、複数の遺伝子を導入することによってその性質を人為的に改変し、本来発現されない多能性を再発現するように細工がされた細胞を指す。ヒト由来人工多能性細胞(human induced pluripotent stem cells、hiPSCs)とは、このような人工多能性細胞を人体組織から採取した細胞から作り出した、分化多能性を有する細胞である。このような多能性細胞は、再生医療の材料としてその応用が期待されている。
【0004】
多能性細胞の応用においては、その癌化の抑制と分化の制御が非常に重要である。現在は、多能性細胞培養環境の温度制御や、物理的・化学的刺激によって分化制御する試みがなされている。例えば特許文献1には、線維芽細胞に特定の周波数のテラヘルツ波を照射することによって、細胞を活性化させる技術が開示されている。また特許文献2には、物質に対し機械的な刺激を加えることやテラヘルツ波を照射することにより、薬剤の結晶状態や細胞の分化状態を調整する物質調整装置にかかわる技術が開示されている。
【0005】
多能性細胞や幹細胞に特化した例として、非特許文献1には、中心周波数10THzのテラヘルツ波パルスを照射することにより、テラヘルツ波によって特異的に励起可能な分子振動を利用したマウス由来間充織幹細胞における遺伝子発現を変調する技術が開示されている。また非特許文献2には、テラヘルツ波を照射することで、マウス由来幹細胞内における脂肪蓄積を誘発できる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2011/125600号
【特許文献2】特開2009-153421号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】B. S. Alexandrov et al., “Specificity and Heterogeneity of Terahertz Radiation Effect on Gene Expression in Mouse Mesenchymal Stem Cells” Sci. Rep. 3,1184 (2013).
【非特許文献2】J. Bock et al., “Mammalian Stem Cells Reprogramming in Response to Terahertz Radiation” PLoS ONE 5, e15806 (2010).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1および特許文献2に開示されているいずれの技術においても、テラヘルツ波を照射する物質が保持される環境は制御されておらず、培養条件下で保持された生細胞を用いることができないという課題がある。
また、非特許文献1および非特許文献2に開示されているいずれの技術においても、細胞が大気中に放置されているため、温度と湿度、炭酸ガス濃度または培地のpHを最適な培養条件に維持できない。そのため、生細胞を最適な条件で培養したまま、温度等の外的要因を排除した状態で長時間のテラヘルツ波を照射できないという課題がある。
さらに、非特許文献1および非特許文献2に開示されているいずれの技術においても、テラヘルツ波を集光することなく細胞を培養しているディッシュ全体に照射している。そのため細胞へ印加できるテラヘルツ波の電場は弱く、照射条件が不均一になるという課題がある。
【0009】
また、特許文献1に開示されている技術においては細胞を活性化させることが可能であり、特許文献2に開示されている技術においては物質の調整促進や細胞分化の促進が可能であるが、遺伝子発現の促進と抑制はできないという課題がある。
非特許文献1および非特許文献2に開示されている技術においても、マウス由来の細胞における遺伝子発現の変調が可能であるが、継代培養可能なヒト由来生細胞の遺伝子発現を亢進ならびに抑制することができない課題がある。
【0010】
以上のように、これまでに報告されている技術については、生細胞の保持方法において温度と湿度と炭酸ガス濃度または培地のpHの3条件が生細胞の培養にとって最適ではないという課題があった。
また、テラヘルツ波の照射に関しても対象へ印加している電場強度の時間波形および電場方向の制御性が低く、印加可能な電場が弱いという課題もある。
さらに、細胞をディッシュで培養するのみなので、細胞が運動してその位置を変えると、テラヘルツの照射条件が変化してしまい、テラヘルツの照射条件を制御できないという課題もある。
そのため従来技術においては、生細胞を最適な環境下に保持したまま制御性良くテラヘルツ波を照射し、非接触・非破壊・非侵襲的に継代培養可能なヒト由来生細胞の遺伝子発現の促進と抑制の両方を実現できないという課題を有する。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑み、温度と湿度と培地のpHが培養にとって最適な条件に保持された生細胞へ高強度テラヘルツ波を集光照射することにより、テラヘルツ波を照射後も培養・増殖が可能な、非接触・非破壊・非侵襲的な手段による生細胞における遺伝子発現の活性化と抑制といった両方向の制御が可能な技術を提供することを目的とする。
つまり、本発明は、生細胞を培養環境下に保持したまま生細胞の遺伝子発現の促進および抑制の両方を制御することができる遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一態様は、生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御装置であって、前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持部と、前記培養環境保持部によって培養環境下に保持されている前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部と、前記テラヘルツ波集光照射部によって照射された前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部と、前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決め部とを備え、前記テラヘルツ波集光照射部は、穴を有する放物面鏡を備え、前記テラヘルツ波は、前記放物面鏡によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測部による前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記穴を介して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測部は、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する、遺伝子発現制御装置である。
【0013】
本発明の一態様は、生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御装置であって、前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持部と、前記培養環境保持部によって培養環境下に保持されている前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部と、前記テラヘルツ波集光照射部によって照射された前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部と、前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決め部とを備え、前記テラヘルツ波集光照射部は、前記テラヘルツ波を反射するテラヘルツ波反射部と透過型集光光学素子とを備え、前記テラヘルツ波は、前記透過型集光素子によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測部による前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記テラヘルツ波反射部を透過して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測部は、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する、遺伝子発現制御装置である。
【0014】
本発明の一態様は、生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御装置であって、前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持部と、前記培養環境保持部によって培養環境下に保持されている前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部と、前記テラヘルツ波集光照射部によって照射された前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部と、前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決め部とを備え、前記テラヘルツ波集光照射部は、プローブビームを反射するプローブビーム反射部と透過型集光光学素子とを備え、前記テラヘルツ波は、前記透過型集光光学素子によって集光されて前記生細胞に照射され、前記電場強度時間波形計測部による前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプ前記ローブビームは、前記プローブビーム反射部によって反射されて前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測部は、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する、遺伝子発現制御装置である。
【0015】
本発明の一態様は、生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御方法であって、前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持ステップと、前記培養環境保持ステップにおいて培養環境下に保持される前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射ステップと、前記テラヘルツ波集光照射ステップにおいて照射される前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測ステップと、前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決めステップとを備え、前記テラヘルツ波集光照射ステップでは、前記テラヘルツ波が、穴を有する放物面鏡によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測ステップにおいて前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記穴を介して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測ステップでは、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とが計測される、遺伝子発現制御方法である。
【0016】
本発明の一態様は、生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御方法であって、前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持ステップと、前記培養環境保持ステップにおいて培養環境下に保持される前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射ステップと、前記テラヘルツ波集光照射ステップにおいて照射される前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測ステップと、前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決めステップとを備え、前記テラヘルツ波集光照射ステップでは、前記テラヘルツ波が、テラヘルツ波反射部によって反射されると共に、透過型集光光学素子によって集光されて前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測ステップにおいて前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、前記テラヘルツ波反射部を透過して前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測ステップでは、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とが計測される、遺伝子発現制御方法である。
【0017】
本発明の一態様は、生細胞の遺伝子発現を制御する遺伝子発現制御方法であって、前記生細胞を培養環境下に保持する培養環境保持ステップと、前記培養環境保持ステップにおいて培養環境下に保持される前記生細胞に、パルス状のテラヘルツ波を集光して照射するテラヘルツ波集光照射ステップと、前記テラヘルツ波集光照射ステップにおいて照射される前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測ステップと、前記生細胞を前記テラヘルツ波の集光位置に固定する生細胞位置決めステップとを備え、前記テラヘルツ波集光照射ステップでは、前記テラヘルツ波が、透過型集光光学素子によって集光されて前記生細胞に照射され、前記電場強度時間波形計測ステップにおいて前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビームは、プローブビーム反射部によって反射されて前記テラヘルツ波と同軸に前記テラヘルツ波の集光位置に照射され、前記電場強度時間波形計測ステップでは、前記テラヘルツ波の集光位置を透過した前記プローブビームを検出することによって、前記テラヘルツ波の集光位置における電場強度の時間波形と電場方向とが計測される、遺伝子発現制御方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、非接触・非破壊・非侵襲的な手段によって生細胞の遺伝子発現を活性化または抑制することが可能となる。生細胞を培養環境下に保持することによって、遺伝子発現を活性化または抑制した後の生細胞を継代培養して利用することが可能となる。
すなわち、本発明によれば、生細胞を培養環境下に保持したまま生細胞の遺伝子発現の促進および抑制の両方を制御することができる遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】第1実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図1に示すテラヘルツ波101の発生装置の一例を模式的に示す図である。
【
図3】
図1に示す培養ディッシュ103の構造の一例を模式的に示す図である。
【
図4】
図1に示すインキュベーター104の構造の一例を模式的に示す図である。
【
図5】マイクロウェル133の穴部分133Aとテラヘルツ波101の集光位置101Aとの一例を示す図である。
【
図6】電場強度時間波形計測部1Cがテラヘルツ波集光照射部1Bによって照射されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する手法の一例を示す図である。
【
図7】テラヘルツ波101の集光位置101Aを確認する手法の一例などを示す図である。
【
図8】テラヘルツカメラによって記録されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける二次元画像の一例を示す図である。
【
図9】電場強度時間波形計測部1Cによって計測されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形の一例を示す図である。
【
図10】
図9に示す例においてテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射されたテラヘルツ波101のスペクトルの一例を示す図である。
【
図11】
図4に示す温度計144によって測定されたインキュベーター104の内部の温度の時間波形の一例を示す図である。
【
図12】
図4に示す湿度計143によって測定されたインキュベーター104の内部の湿度の時間波形の一例を示す図である。
【
図13】マイクロウェル133内で培養されているhiPSCsの光学顕微鏡写真の一例を示す図である。
【
図14】インキュベーター104内に保持されたマイクロウェル133付き培養ディッシュ103で培養されたhiPSCsに電場強度500kV/cm、持続時間1psのテラヘルツ波101を1時間照射した後、hiPSCsから抽出されたRNAの網羅的遺伝子解析によって明らかとなった遺伝子変化の一例を表すボルケーノプロットである。
【
図15】遺伝子解析の結果、hiPSCsにおいて発現の上昇が明らかになった遺伝子を、その機能によってグループ化した結果の一例を示す図である。
【
図16】遺伝子解析の結果、hiPSCsにおいて発現が抑制された遺伝子を、その機能によってグループ化した結果の一例を示す図である。
【
図17】同一の培養ディッシュ103で同時に培養されたhiPSCsの、テラヘルツ波101が照射されたhiPSCsと非照射hiPSCsにおける、多能性を司る4つの遺伝子の発現を分析した結果の一例を示す図である。
【
図18】同一の培養ディッシュ103で同時に培養されたhiPSCsの、テラヘルツ波101が照射されたhiPSCsと非照射hiPSCsにおける、2種類のハウスキーピング遺伝子の発現を分析した結果の一例を示す図である。
【
図19】第1実施形態の遺伝子発現制御装置1において実行される処理の一例を示すフローチャートである。
【
図20】第2実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の一例を示す図である。
【
図21】第2実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の他の例を示す図である。
【
図22】第3実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の一例を示す図である。
【
図23】第3実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の他の例を示す図である。
【
図24】第3実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の更に他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<第1実施形態>
以下、本発明の遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法の実施形態について説明する。
【0021】
図1は第1実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の一例を示す斜視図である。
図2は
図1に示すテラヘルツ波101の発生装置の一例を模式的に示す図である。
図3は
図1に示す培養ディッシュ103の構造の一例を模式的に示す図である。
図4は
図1に示すインキュベーター104の構造の一例を模式的に示す図である。
【0022】
図1~
図4に示す例では、遺伝子発現制御装置1が生細胞134(
図3参照)の遺伝子発現を制御する。遺伝子発現制御装置1は、培養環境保持部1A(
図1および
図4参照)と、テラヘルツ波集光照射部1B(
図1参照)と、電場強度時間波形計測部1C(
図1参照)と生細胞位置決め部1D(
図3参照)とを備えている。
培養環境保持部1Aは、生細胞134を培養環境下に保持する。
テラヘルツ波集光照射部1Bは、培養環境保持部1Aによって培養環境下に保持されている生細胞134に、パルス状のテラヘルツ波101を集光して照射する。テラヘルツ波集光照射部1Bは、穴102Aを有する放物面鏡102を備えている。テラヘルツ波101は、放物面鏡102によって集光されてテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
電場強度時間波形計測部1Cは、テラヘルツ波集光照射部1Bによって照射されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する。電場強度時間波形計測部1Cによるテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビーム110は、放物面鏡102の穴102Aを介してテラヘルツ波101と同軸(詳細には、放物面鏡102によって反射されたテラヘルツ波101と同軸)にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。電場強度時間波形計測部1Cは、テラヘルツ波101の集光位置101Aを透過したプローブビーム110を検出することによって、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する。
生細胞位置決め部1D(
図3参照)は、生細胞134(
図3参照)をテラヘルツ波101の集光位置101Aに固定する。
【0023】
詳細には、テラヘルツ波101およびプローブビーム110は、テラヘルツ波101の集光位置101Aの下側(
図1の下側)からテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
【0024】
図1および
図4に示す例では、培養環境保持部1Aが、培養ディッシュ103と、インキュベーター104と、穴105Aを有するインキュベーター光路用蓋105と、インキュベーター水槽用蓋106と、隔壁141と、ヒーター142と、湿度計143と、温度計144と、密封シール145と、蓋146と、水供給用パイプ147と、空気供給用パイプ148とを備えている。
培養ディッシュ103は、生細胞134(
図3参照)を保持する。インキュベーター104は、生細胞134を培養するための装置である。インキュベーター光路用蓋105およびインキュベーター水槽用蓋106は、インキュベーター104の上部の開口を塞ぐために用いられる。インキュベーター光路用蓋105の穴105Aは、プローブビーム110を透過させるための穴である。電場強度時間波形計測部1Cによる計測が行われない時(つまり、プローブビーム110を透過させる必要がない時)には、インキュベーター光路用蓋105の穴105Aが、蓋146によって塞がれる。
隔壁141は、培養ディッシュ103を保持する空間(
図4の左側の空間)と、水149を溜める空間(
図4の右側の空間)とを分けるためにインキュベーター104の内部に配置される。水149は、インキュベーター104の内部の湿度を維持するために用いられる。ヒーター142は、温度計144によるインキュベーター104の内部の温度の実測値と設定値の差に応じてインキュベーター104の内部の温度を上昇させ、インキュベーター104の内部の温度を一定に保つために用いられる。湿度計143はインキュベーター104の内部の湿度を測定し、高湿度が維持されているか否かを確認するために利用される。
【0025】
インキュベーター104の底部は、テラヘルツ波101およびプローブビーム110を透過させるための開口を有する。インキュベーター104の底部の開口は、培養ディッシュ103の底部によって塞がれる。テラヘルツ波101は、インキュベーター104の底部によって遮られることなく、培養ディッシュ103の底部に照射される。
培養ディッシュ103に生細胞134(
図3参照)が含まれている場合には、インキュベーター104の内部の環境が、培養環境として設定される。インキュベーター104の内部の培養環境を維持するために、インキュベーター104の上部の開口は、インキュベーター光路用蓋105と蓋146とインキュベーター水槽用蓋106とよって塞がれる。
インキュベーター104の内部の培養環境を特に精密に制御・維持したい場合には、培養ディッシュ103とインキュベーター104とが接する箇所、蓋146とインキュベーター104とが接する箇所(詳細には、蓋146とインキュベーター光路用蓋105とが接する箇所およびインキュベーター光路用蓋105とインキュベーター104とが接する箇所)等に、密封シール145を用いるとよい。そうすることで隙間が塞がれ、温度と湿度を、培養に適した環境に長時間維持できる。
【0026】
長時間の培養においては、水供給用パイプ147を使って水149を補給することができる。また、空気供給用パイプ148の先端を水149に沈めたまま空気を供給することによって、水149を強制的に蒸発させ、インキュベーター104の内部の湿度をより高く保つことができる。空気供給用パイプ148からは炭酸ガス5%濃度の空気を供給することが望ましいが、一般的な空気を用いる場合には、生細胞134(
図3参照)を培養するための培地にpH緩衝剤を組み合わせて利用することにより、生細胞134の育成環境のpHを最適に維持することが可能となる。
図1に示す例では、インキュベーター水槽用蓋106に穴があけられている。インキュベーター水槽用蓋106の穴は、インキュベーター104の内部に設置された温度計144や湿度計143を駆動し測定結果を随時モニターするため必要な配線、インキュベーター104内のヒーター142へ電流を流す配線、水供給用パイプ147および空気供給用パイプ148を通すための穴である。配線・配管後はパテなどで封をすることでインキュベーター104の内部を外気と遮断することができる。
【0027】
つまり、培養環境保持部1Aは、培養ディッシュ103内における温度と湿度と液体培地135(
図3参照)のpHとを制御することによって、生細胞134(
図3参照)を培養環境下に保持する。
【0028】
図1に示すテラヘルツ波101は、ニオブ酸リチウム(LiNbO
3)結晶などの非線形光学結晶126(
図2参照)を用い、パルス波面傾斜法によって発生させることができる。この手法では、テラヘルツ波101の高強度化が可能であり、直線偏光で集光性の良いテラヘルツ波101のビームが得られる。
図2に示すパルス波面傾斜法の一例では、励起光源として、近赤外域の超短光パルスレーザー121が用いられる。超短光パルスレーザー121を、回折格子122によって回折させ、レンズ123とレンズ125とを通すことにより波面の傾いたビームを非線形光学結晶126中に集光し、テラヘルツ光(示すテラヘルツ波101)を高効率に発生するための位相整合条件を実現する。このビームの偏光方向は、二分の一波長板124によって90度回転させられ、非線形光学結晶126であるLiNbO
3結晶のc軸方向に偏光させられる。このとき、レンズ123とレンズ125の焦点距離の比によって、非線形光学結晶126の内部での励起レーザー(超短光パルスレーザー121)の波面の光伝搬軸に対する角度を最適化することができ、テラヘルツ波101の発生効率を極大化できる。
【0029】
テラヘルツ波101を発生させるためには、非線形光学結晶126として、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)結晶の他に、4-N,N-dimethylamino-4’-N’-methyl-stilbazolium tosylate(DAST)や4-N,N-dimethylamino-4'-N'-methylstilbazolium 2,4,6-trimethylbenzenesulfonate(DSTMS)や(2-(3-(4-Hydroxystyryl)-5,5-dimethylcyclohex-2-enylidene) malononitrile)(OH1)等の有機結晶を用いてもよいし、テルル化亜鉛(ZnTe)やガリウムリン(GaP)やタンタル酸リチウム(LiTaO3)等の無機結晶を用いてもよい。
【0030】
また、テラヘルツ波101を発生させる方法も、
図2に示すパルス波面傾斜法に限らない。非線形光学結晶126とパルスレーザー(図示せず)を組み合わせた差周波数発生や光整流効果を利用した発生を用いてもよいし、光電動アンテナ(図示せず)とパルスレーザーを組み合わせた発生方法を利用してもよい。
【0031】
テラヘルツ波101の電場強度は、例えば二つの直線偏光子(図示せず)を用いて制御できる。二つの直線偏光子における、透過軸の方向を相対的に変化させることにより、任意強度に電場を弱めることが可能である。偏光子には、例えばワイヤーグリッド偏光子などが有効である。
または、直線偏光子と二分の一波長板(図示せず)を組み合わせた光学系を用いてもよい。この場合は、二分の一波長板の光軸方向を直線偏光子の透過軸方向に対して相対的に回転させることによって、偏光子を透過した後の電場強度を任意に弱めることができる。
または、既知の屈折率nをもつ平板(図示せず)を用いてもよい。この場合、テラヘルツ波101の平板への入射角度をθとすると、フレネル反射によってp偏光は(1)式で示すフレネル係数rpだけ、s偏光の場合では、(2)式で示すフレネル係数rsだけ、電場が反射される。そのため、屈折率の異なる平板を複数枚利用することで、平板を透過するテラヘルツ波101の電場を任意に弱めることができる。
【0032】
【0033】
【0034】
またはテラヘルツ周波数帯に吸収を持つ物質で作られた板(図示せず)を通すことによって電場を弱めることが可能である。この場合は、板の吸収係数をαとして板の厚さをlとすると、e-αl/2だけ電場を弱められる。
上記の方法を適宜組み合わせて電場強度を制御することも可能である。
【0035】
テラヘルツ波101の電場方向は、例えば二分の一波長板(図示せず)を用いることで制御できる。
四分の一波長板(図示せず)を用いると、時間と共に電場方向が変化する円偏光のような電場を作ることもできる。
上記の電場強度制御手段と合わせることで、任意の電場強度と任意の電場方向を持つテラヘルツ波101を生細胞134へ照射することが可能となる。
【0036】
培養ディッシュ103は、上述したように培養環境保持部1Aの一部として機能するのみならず、生細胞位置決め部1D(
図3参照)の一部としても機能する。
図3に示す例では、生細胞位置決め部1Dが、培養ディッシュ103と、ガラスボトム132と、貫通している穴部分133Aを有するマイクロウェル133とを備えている。
【0037】
培養ディッシュ103は一般に樹脂製であるが、培養ディッシュ103の底部の中央には、穴103Aがあけられている。穴103Aは、薄いガラス板であるガラスボトム132を培養ディッシュ103の底部に張り付けることによって塞がれる。
培養ディッシュ103内には、例えば紫外線硬化型シリコーンゴムPDMSやフッ素樹脂PTFE、ポリエーテルエーテルケトンPEEKなどの生体適合材料などを用いて構築されたマイクロウェル133が配置される。マイクロウェル133の貫通している穴部分133Aは、ガラスボトム132に達している。
マイクロウェル133の表面が、ポリリジンなどのポリマー材料や、もしくは細胞外基質タンパク質など細胞外環境を再現する材料でコーティングされることにより、生細胞134は、より低ストレスでマイクロウェル133に着床できる。
生細胞134は、マイクロウェル133の穴部分133Aに配置されることによって、テラヘルツ波101(
図1および
図5参照)の集光位置101A(
図1および
図5参照)に固定される。
【0038】
図5はマイクロウェル133の穴部分133Aとテラヘルツ波101の集光位置101Aとの一例を示す図である。
図3および
図5に示す例では、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおけるテラヘルツ波101のスポット径と、マイクロウェル133の穴部分133Aの直径とが概略等しい。
【0039】
そのため、
図3および
図5に示す例では、マイクロウェル133の穴部分133Aの底にのみ生細胞134を生やすことで、特定の生細胞134にのみ選択的に、確実にテラヘルツ波101を照射可能となる。
また、培養ディッシュ103の全体に液体培地135を満たすことにより、生細胞134および生細胞136(生細胞136には、テラヘルツ波101が照射されない。)は、生きるために必要な養分を摂取でき、また老廃物の廃棄も可能となり、培養条件を維持できるようになる。
テラヘルツ波101を照射したマイクロウェル133のみから生細胞134を抽出することによって、テラヘルツ波101を印加した生細胞134のみを選択的に分析する(つまり、テラヘルツ波101が印加されない生細胞136と比較して分析する)ことが可能である。
【0040】
図1および
図5に示す例では、テラヘルツ波101およびプローブビーム110は、培養ディッシュ103の底側(
図1および
図5の下側)からテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
また、テラヘルツ波101は、生細胞134に対して非接触かつ非侵襲かつ非破壊的に照射される。
【0041】
生細胞134を設置する培養ディッシュ103の底面側から、集光光学系を用いてテラヘルツ波101を集光照射することによって、液体培地135によるテラヘルツ波101の吸収を避け、培養ディッシュ103の底部のガラスボトム132の表面による反射と薄いガラスボトム132による吸収のみにテラヘルツ波101の減衰を抑え、最大効率で最大強度のテラヘルツ波101の電場を生細胞134に印加可能である。
図1および
図5に示す例では、テラヘルツ波101を集光する光学系として、例えば金属製の軸外し放物面鏡102が用いられるが、他の例では、代わりに、透過型光学素子(例えば後述する透過型集光光学素子996、998等)を用いてもよい。
【0042】
図5に示す例では、複数のマイクロウェル133が、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおけるテラヘルツ波101のスポット径の5~10倍の間隔をあけて単一の培養ディッシュ103に配置されている。
テラヘルツ波101が照射されないマイクロウェル133内の生細胞136は、生細胞134と同一の液体培地135内で培養されており、生細胞136の設置場所と生細胞134の設置場所とは数ミリメートル~10ミリメートルしか離れていない。しかしながら、生細胞136は、テラヘルツ波101の影響を受けていないため、生細胞134の比較対象サンプルとしてテラヘルツ波101の電場による遺伝子発現に対する効果を定量的に把握するために用いることが可能である。
【0043】
図6は、電場強度時間波形計測部1Cがテラヘルツ波集光照射部1Bによって照射されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する手法の一例を示す図である。
図1および
図6に示す例では、電場強度時間波形計測部1Cが、レンズ111と、ミラー112と、四分の一波長板113と、ウォラストンプリズム114と、フォトディテクタ115、116と、非線形光学結晶161と、差分演算素子162とを備えている。
【0044】
図1および
図6に示す例では、生細胞134(
図3および
図5参照)が配置される培養ディッシュ103(
図3および
図5参照)およびガラスボトム132(
図3および
図5参照)と同様に構成された培養ディッシュ103(
図1参照)およびガラスボトムの内部に、非線形光学結晶161(
図6参照)である例えばテルル化亜鉛(ZnTe)やガリウムリン(GaP)などの電気光学効果を示す単結晶が配置される。
テラヘルツ波101が集光光学系によって非線形光学結晶161に対して集光して照射されると、テラヘルツ波101の電場によって非線形光学結晶161が近赤外領域で複屈折を示す。
このテラヘルツ波101によって生じた複屈折を示す非線形光学結晶161に対し、プローブビーム110がテラヘルツ波101と同軸に照射されると、プローブビーム110の偏光が変化する。プローブビーム110は、四分の一波長板113によって楕円偏光に変換され、ウォラストンプリズム114によって直交する二つの直線偏光に分割される。そして各直線偏光成分は、フォトディテクタ115、116によって検出される。フォトディテクタ115、116はプローブビーム110の光強度に比例する電気信号を発生する。フォトディテクタ115、116からの電気信号は、差分演算素子162に送られる。差分演算素子162は、フォトディテクタ115、116から入力された電気信号の差分に比例する電気信号を出力する。
差分演算素子162から出力される電気信号は、フォトディテクタ115、116に入力されるプローブビーム110の強度の差である。フォトディテクタ115、116に入力されるプローブビーム110の強度の差(差分演算素子162から出力される電気信号)は、非線形光学結晶161に生じている複屈折の大きさに比例する。そのため、差分演算素子162から出力される電気信号は、テラヘルツ波101の電場の強さに比例する。
このように、
図1および
図6に示す例では、
図5に示す例においてガラスボトム132を透過して生細胞134に照射されるテラヘルツ波101の電場強度に相当する電場強度を測定することが可能である。また、プローブビーム110は、テラヘルツ波101の集光位置101Aを把握するために用いられる。
【0045】
図1に示す例では、遺伝子発現制御装置1をコンパクトにするために、ミラー112が電場強度時間波形計測部1Cに含まれているが、
図6に示す例のように、ミラー112を省略してもよい。
【0046】
非線形光学結晶161にテラヘルツ波101を照射することで生じる複屈折の大きさは、結晶方位とテラヘルツ波101の電場の方向によって決まる。
そのため、
図1および
図6に示す例では、電場強度時間波形計測部1Cが、図示しない手段によって非線形光学結晶161を回転させることにより、テラヘルツ波101の電場がどの方向を向いているかを検出する、つまり、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場方向を計測する。
また、電場強度時間波形計測部1Cは、テラヘルツ波101およびプローブビーム110の照射タイミングを変えることによって、パルス状のテラヘルツ波101の時間波形を測定することもできる。
【0047】
図1および
図6に示す例では、電場強度時間波形計測部1Cが、電気光学サンプリング法(EO-sampling)と呼ばれる方法を用いることによって、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する。
他の例では、電場強度時間波形計測部1Cが、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測するために、電気光学サンプリング法以外の方法を用いてもよい。例えば遠赤外線カメラと可視光・近赤外光のビームを組み合わせてテラヘルツ波101の集光位置を特定する方法や、例えば光電動アンテナなどの電気素子と可視光・近赤外光のビームを組み合わせた方法で電場強度の時間波形と電場方向とを測定してもよい。
【0048】
図7はテラヘルツ波101の集光位置101Aを確認する手法の一例などを示す図である。
図7に示す例では、遺伝子発現制御装置1が、搬送部171と、記録部172とを備えている。
記録部172は、放物面鏡102によって照射されるテラヘルツ波101の集光位置101Aを記録する。記録部172は、例えばビデオカメラなどによって構成される。
【0049】
搬送部171は、記録部172によって記録されたテラヘルツ波101の集光位置101Aに、培養ディッシュ103(
図3参照)によって保持されている生細胞134(
図3参照)を移動させる。詳細には、搬送部171は、インキュベーター104を3次元的に移動させることによって、生細胞134をテラヘルツ波101の集光位置101Aに移動させる。搬送部171は、例えば3軸方向に微細移動可能なステージ(微動ステージ)などによって構成される。搬送部171は、例えばステッピングモーターステージなどの電動ステージでも手動のステージでもよいが、インキュベーター104を3次元的に移動できることと、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおけるテラヘルツ波101のスポット径より十分に微小な量を移動できて生細胞134の位置をテラヘルツ波101の集光位置101Aに確実に移動できることと、テラヘルツ波101の照射期間中にドリフトして生細胞134がテラヘルツ波101の集光位置101Aから外れてしまわないような性能を有することが好ましい。
【0050】
図8はテラヘルツカメラ(図示せず)によって記録されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける二次元画像の一例を示す図である。
図8において、破線はマイクロウェル133の穴部分133Aの輪郭を示している。
図8に示す例では、テラヘルツ波101が、マイクロウェル133の穴部分133A内の生細胞134(
図3および
図5参照)に照射されることを確認することができる。
図8に示すように、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおけるテラヘルツ波101のスポット径は、マイクロウェル133の穴部分133Aの直径と概略等しい。
【0051】
図9は電場強度時間波形計測部1Cによって計測されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形の一例を示す図である。
図9に示す例では、電場強度300kV/cmで持続時間が1ps程度の非対称な電場が生細胞134に印加されることが確認できる。
【0052】
図10は
図9に示す例においてテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射されたテラヘルツ波101のスペクトルの一例を示す図である。
図10に示す例では、中心周波数が0.8THzで1.6THzに達するテラヘルツ電場を生細胞134へ印加できることが分かる。
図8、
図9および
図10に示すように、
図6に示した光学系を用い、前述の方法を利用すると、生細胞134へ印加するテラヘルツ波101の素性は正確に把握できる。
【0053】
図11は
図4に示す温度計144によって測定されたインキュベーター104の内部の温度の時間波形の一例を示す図である。
図11に示す例では、培養ディッシュ103とインキュベーター104とが接する箇所、蓋146とインキュベーター104とが接する箇所(詳細には、蓋146とインキュベーター光路用蓋105とが接する箇所およびインキュベーター光路用蓋105とインキュベーター104とが接する箇所)等に、密封シール145を用いることによって、600分にわたり、
図11に破線で示す設定温度に対して、インキュベーター104の内部の温度を+/-0.2℃以下の温度変化に抑えることができた。
【0054】
図12は
図4に示す湿度計143によって測定されたインキュベーター104の内部の湿度の時間波形の一例を示す図である。
図12に示す例では、培養ディッシュ103とインキュベーター104とが接する箇所、蓋146とインキュベーター104とが接する箇所(詳細には、蓋146とインキュベーター光路用蓋105とが接する箇所およびインキュベーター光路用蓋105とインキュベーター104とが接する箇所)等に、密封シール145を用いることによって、600分にわたり、インキュベーター104の内部の湿度を95%以上の高い湿度に維持することができた。
このように第1実施形態の遺伝子発現制御装置1では、インキュベーター104の内部を高湿に保ち、液体培地135の蒸発を抑え、生細胞134、136(
図3参照)の培養環境を好適・至適に維持することができる。
【0055】
図13はマイクロウェル133内で培養されているhiPSCsの光学顕微鏡写真の一例を示す図である。詳細には、
図13(a)はインキュベーター104に移される前におけるhiPSCsの光学顕微鏡写真を示しており、
図13(b)はインキュベーター104で12時間培養された後におけるhiPSCsの光学顕微鏡写真を示している。
図13に示す例では、培養前後で細胞の形状が維持されており、核も明瞭に確認できることから、インキュベーター104の内部に保持されたマイクロウェル133で、hiPSCsが正常に培養されていることが確認できる。
【0056】
図14はインキュベーター104内に保持されたマイクロウェル133付き培養ディッシュ103で培養されたhiPSCsに電場強度500kV/cm、持続時間1psのテラヘルツ波101を1時間照射した後、hiPSCsから抽出されたRNAの網羅的遺伝子解析によって明らかとなった遺伝子変化の一例を表すボルケーノプロットである。
図14に示す例では、GEMIN7を含む92の遺伝子発現が促進されており、SP100を含む116の遺伝子発現が抑制されたことが分かる。
【0057】
図15は遺伝子解析の結果、hiPSCsにおいて発現の上昇が明らかになった遺伝子を、その機能によってグループ化した結果の一例を示す図である。
図15に示す例では、ミトコンドリアにおける翻訳や、ncRNAの代謝プロセスに関わる遺伝子の発現が亢進していることが分かる。
【0058】
図16は遺伝子解析の結果、hiPSCsにおいて発現が抑制された遺伝子を、その機能によってグループ化した結果の一例を示す図である。
図16に示す例では、細胞分裂にかかわる機能等、テラヘルツ波101の照射によって抑制されている機能が分かる。
【0059】
図17は同一の培養ディッシュ103で同時に培養されたhiPSCsの、テラヘルツ波101が照射されたhiPSCs(
図17に「THz」で示す)と非照射hiPSCs(
図17に「No stimulation」で示す)における、多能性を司る4つの遺伝子の発現を分析した結果の一例を示す図である。
図17に示す例では、第1実施形態の遺伝子発現制御装置1を用いてテラヘルツ波101を照射しても、hiPSCsのもつ多能性が損なわれることはないことが分かる。
【0060】
図18は同一の培養ディッシュ103で同時に培養されたhiPSCsの、テラヘルツ波101が照射されたhiPSCs(
図18に「THz」で示す)と非照射hiPSCs(
図18に「No stimulation」で示す)における、2種類のハウスキーピング遺伝子の発現を分析した結果の一例を示す図である。
図18に示す例では、第1実施形態の遺伝子発現制御装置1を用いてテラヘルツ波101を照射しても、hiPSCsにおけるエネルギーの代謝や増殖などの細胞の基本的機能に影響はないことが分かる。
【0061】
上述したように、第1実施形態の遺伝子発現制御装置1では、培養環境保持部1Aは、温度と湿度とpHが制御された培養環境下に生細胞134を保持することができる。第1実施形態の遺伝子発現制御装置1の光学系は、高強度のテラヘルツ波101の集光位置101Aと、テラヘルツ波101の電場強度と、テラヘルツ波101の電場方向とを精密制御可能である。電場強度時間波形計測部1Cは、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを測定することができる。生細胞位置決め部1Dは、テラヘルツ波101を精度よく照射可能な領域(テラヘルツ波101の集光位置101Aであって、マイクロウェル133の穴部分133A)にのみ生細胞134を空間的に閉じ込めて配置可能である。遺伝子発現制御装置1は、マイクロウェル133の穴部分133A内の生細胞134にテラヘルツ波101を照射することによって、生細胞134の遺伝子発現の促進および抑制を制御することができる。
【0062】
つまり、第1実施形態の遺伝子発現制御装置1では、温度と湿度と培地のpHが培養にとって最適な条件に保持された生細胞134に高強度なテラヘルツ波101を集光照射することにより、テラヘルツ波101の照射後も培養・増殖が可能な、テラヘルツ波101を用いた非接触・非破壊・非侵襲的な手段によって生細胞134における遺伝子発現の活性化と抑制といった両方向の制御が可能である。
【0063】
図19は第1実施形態の遺伝子発現制御装置1において実行される処理の一例を示すフローチャートである。
図19に示す例では、ステップS11において、
図1および
図6に示すように、テラヘルツ波集光照射部1Bが、テラヘルツ波101を集光して照射する。
次いで、ステップS12では、
図1および
図6に示すように、電場強度時間波形計測部1Cが、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する。
次いで、ステップS13では、
図7に示すように、記録部172が、テラヘルツ波101の集光位置101Aを記録する。
【0064】
また、ステップS14では、培養環境保持部1Aが、インキュベーター104を用いることによって、培養ディッシュ103に保持されている生細胞134を培養環境下に保持する。
次いで、ステップS15では、
図7に示すように、搬送部171が、インキュベーター104を3次元的に移動させることによって、生細胞134をテラヘルツ波101の集光位置101Aに移動させる。
また、ステップS16では、
図3に示すように、生細胞位置決め部1Dが、生細胞134をテラヘルツ波101の集光位置101Aに固定する。
次いで、ステップS17では、
図5に示すように、テラヘルツ波集光照射部1Bが、テラヘルツ波101を集光して生細胞134に照射する。
【0065】
<第2実施形態>
以下、本発明の遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法の第2実施形態について説明する。
第2実施形態の遺伝子発現制御装置1は、後述する点を除き、上述した第1実施形態の遺伝子発現制御装置1と同様に構成されている。従って、第2実施形態の遺伝子発現制御装置1によれば、後述する点を除き、上述した第1実施形態の遺伝子発現制御装置1と同様の効果を奏することができる。
【0066】
図20は第2実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の一例を示す図である。第2実施形態の遺伝子発現制御装置1は、第1実施形態の遺伝子発現制御装置1と同様に、生細胞134(
図3参照)の遺伝子発現を制御する。
図20に示す例では、遺伝子発現制御装置1が、培養環境保持部1Aと、テラヘルツ波集光照射部1Bと、電場強度時間波形計測部1Cと生細胞位置決め部1D(
図3参照)とを備えている。
第1実施形態の遺伝子発現制御装置1では、テラヘルツ波集光照射部1Bが、穴102Aを有する放物面鏡102を備えているが、
図20に示す例では、テラヘルツ波集光照射部1Bが、テラヘルツ波101を反射するテラヘルツ波反射部999と、透過型集光光学素子998とを備えている。テラヘルツ波反射部999は、例えばビームスプリッタ、ビームコンバイナなどによって構成され、プローブビーム110を透過させる。プローブビーム110は、テラヘルツ波反射部999を透過してテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
詳細には、
図20に示す例では、透過型集光光学素子998と、プローブビーム110を透過させるが、テラヘルツ波101を反射する、例えば酸化インジウムスズ(Indium tin oxide:ITO)などをビームスプリッタ(テラヘルツ波反射部999)として用いる光学系が組み合わされている。
【0067】
図21は第2実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の他の例を示す図である。
図21に示す例では、遺伝子発現制御装置1が、培養環境保持部1Aと、テラヘルツ波集光照射部1Bと、電場強度時間波形計測部1Cと生細胞位置決め部1D(
図3参照)とを備えている。テラヘルツ波集光照射部1Bは、テラヘルツ波101を反射するテラヘルツ波反射部999と、透過型集光光学素子998とを備えている。
図20に示す例では、プローブビーム110が、透過型集光光学素子998を透過することなく、テラヘルツ波反射部999を透過してテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射されるが、
図21に示す例では、プローブビーム110が、テラヘルツ波反射部999を透過し、次いで、透過型集光光学素子998を透過してテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
【0068】
つまり、第2実施形態の遺伝子発現制御装置1は、生細胞134を培養環境下に保持する培養環境保持部1Aと、培養環境保持部1Aによって培養環境下に保持されている生細胞134に、パルス状のテラヘルツ波101を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部1Bと、テラヘルツ波集光照射部1Bによって照射されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部1Cと、生細胞134をテラヘルツ波101の集光位置101Aに固定する生細胞位置決め部1Dとを備えている。
テラヘルツ波集光照射部1Bは、テラヘルツ波101を反射するテラヘルツ波反射部999と透過型集光光学素子998とを備えている。テラヘルツ波101は、透過型集光光学素子998によって集光されてテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
電場強度時間波形計測部1Cによるテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビーム110は、テラヘルツ波反射部999を透過してテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
電場強度時間波形計測部1Cは、テラヘルツ波101の集光位置101Aを透過したプローブビーム110を検出することによって、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する。
【0069】
<第3実施形態>
以下、本発明の遺伝子発現制御装置および遺伝子発現制御方法の第3実施形態について説明する。
第3実施形態の遺伝子発現制御装置1は、後述する点を除き、上述した第1実施形態の遺伝子発現制御装置1と同様に構成されている。従って、第3実施形態の遺伝子発現制御装置1によれば、後述する点を除き、上述した第1実施形態の遺伝子発現制御装置1と同様の効果を奏することができる。
【0070】
図22は第3実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の一例を示す図である。第3実施形態の遺伝子発現制御装置1は、第1実施形態の遺伝子発現制御装置1と同様に、生細胞134(
図3参照)の遺伝子発現を制御する。
図22に示す例では、遺伝子発現制御装置1が、培養環境保持部1Aと、テラヘルツ波集光照射部1Bと、電場強度時間波形計測部1Cと生細胞位置決め部1D(
図3参照)とを備えている。
第1実施形態の遺伝子発現制御装置1では、テラヘルツ波集光照射部1Bが、穴102Aを有する放物面鏡102を備えているが、
図22に示す例では、テラヘルツ波集光照射部1Bが、プローブビーム110を反射するプローブビーム反射部997と透過型集光光学素子998とを備えている。プローブビーム反射部997は、例えばシリコン等によって構成されており、テラヘルツ波101を透過させる。透過型集光光学素子998は、テラヘルツ波101を透過させると共に集光する例えばレンズなどによって構成されている。テラヘルツ波101は、透過型集光光学素子998を透過する時に集光され、次いで、プローブビーム反射部997を透過し、生細胞134に照射される。一方、プローブビーム110は、プローブビーム反射部997によって反射されてテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
つまり、
図22に示す例では、プローブビーム110は反射するがテラヘルツ波101を透過させる、例えばシリコンなどの板が、ビームスプリッタ、ビームコンバイナなどとして(すなわち、プローブビーム反射部997として)用いられる。
【0071】
図23は第3実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の他の例を示す図である。
図23に示す例では、遺伝子発現制御装置1が、培養環境保持部1Aと、テラヘルツ波集光照射部1Bと、電場強度時間波形計測部1Cと生細胞位置決め部1D(
図3参照)とを備えている。テラヘルツ波集光照射部1Bは、プローブビーム110を反射するプローブビーム反射部995と、穴996Aを有する透過型集光光学素子996とを備えている。
プローブビーム反射部995は、例えば小型ミラーによって構成されており、テラヘルツ波101がプローブビーム反射部995によって遮られてしまうことは殆どない。他の例では、プローブビーム反射部995が、テラヘルツ波101を透過させる例えばビームスプリッタ、ビームコンバイナ等によって構成されていてもよい。
【0072】
図23に示す例では、透過型集光光学素子996は、テラヘルツ波101を透過させると共に集光する例えばレンズなどによって構成されている。テラヘルツ波101は、透過型集光光学素子996を透過する時に集光されて生細胞134に照射される。
一方、レンズ111を透過したプローブビーム110は、プローブビーム反射部995によって反射され、次いで、透過型集光光学素子996の穴996Aを透過してテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
【0073】
図24は第3実施形態の遺伝子発現制御装置1の構成の更に他の例を示す図である。
図24に示す例では、遺伝子発現制御装置1が、培養環境保持部1Aと、テラヘルツ波集光照射部1Bと、電場強度時間波形計測部1Cと生細胞位置決め部1D(
図3参照)とを備えている。テラヘルツ波集光照射部1Bは、プローブビーム110を反射するプローブビーム反射部995と透過型集光光学素子998とを備えている。
プローブビーム反射部995は、例えば小型ミラーによって構成されており、テラヘルツ波101がプローブビーム反射部995によって遮られてしまうことは殆どない。他の例では、プローブビーム反射部995が、テラヘルツ波101を透過させる例えばビームスプリッタ、ビームコンバイナ等によって構成されていてもよい。
【0074】
図24に示す例では、透過型集光光学素子998は、テラヘルツ波101を透過させると共に集光する例えばレンズなどによって構成されている。テラヘルツ波101は、透過型集光光学素子998を透過する時に集光されて生細胞134に照射される。
一方、プローブビーム110は、プローブビーム反射部995によって反射され、次いで、透過型集光光学素子998を透過してテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
【0075】
すなわち、第3実施形態の遺伝子発現制御装置1は、生細胞134を培養環境下に保持する培養環境保持部1Aと、培養環境保持部1Aによって培養環境下に保持されている生細胞134に、パルス状のテラヘルツ波101を集光して照射するテラヘルツ波集光照射部1Bと、テラヘルツ波集光照射部1Bによって照射されたテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する電場強度時間波形計測部1Cと、生細胞134をテラヘルツ波101の集光位置101Aに固定する生細胞位置決め部1Dとを備えている。
テラヘルツ波集光照射部1Bは、プローブビーム110を反射するプローブビーム反射部997、995と透過型集光光学素子998、996とを備えている。テラヘルツ波101は、透過型集光光学素子998、996によって集光されて生細胞134に照射される。
電場強度時間波形計測部1Cによるテラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向との計測に用いられるプローブビーム110は、プローブビーム反射部997、995によって反射されてテラヘルツ波101と同軸にテラヘルツ波101の集光位置101Aに照射される。
電場強度時間波形計測部1Cは、テラヘルツ波101の集光位置101Aを透過したプローブビーム110を検出することによって、テラヘルツ波101の集光位置101Aにおける電場強度の時間波形と電場方向とを計測する。
【0076】
以上、本発明を実施するための形態について実施形態を用いて説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変形及び置換を加えることができる。上述した各実施形態および各例に記載の構成を組み合わせてもよい。
【0077】
なお、上述した実施形態における遺伝子発現制御装置1が備える各部の機能全体あるいはその一部は、これらの機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することによって実現しても良い。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。
また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD-ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶部のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムを送信する場合の通信線のように、短時間の間、動的にプログラムを保持するもの、その場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、一定時間プログラムを保持しているものも含んでも良い。また上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであっても良く、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであっても良い。
【符号の説明】
【0078】
1…遺伝子発現制御装置、1A…培養環境保持部、1B…テラヘルツ波集光照射部、1C…電場強度時間波形計測部、1D…生細胞位置決め部、101…テラヘルツ波、101A…集光位置、102…放物面鏡、102A…穴、103…培養ディッシュ、103A…穴、104…インキュベーター、105…インキュベーター光路用蓋、105A…穴、106…インキュベーター水槽用蓋、110…プローブビーム、111…レンズ、112…ミラー、113…四分の一波長板、114…ウォラストンプリズム、115、116…フォトディテクタ、121…超短光パルスレーザー、122…回折格子、123…レンズ、124…二分の一波長板、125…レンズ、126…非線形光学結晶、132…ガラスボトム、133…マイクロウェル、133A…穴部分、134…生細胞、135…液体培地、136…生細胞、141…隔壁、142…ヒーター、143…湿度計、144…温度計、145…密封シール、146…蓋、147…水供給用パイプ、148…空気供給用パイプ、149…水、161…非線形光学結晶、162…差分演算素子、171…搬送部、172…記録部、999…テラヘルツ波反射部、998…透過型集光光学素子、997…プローブビーム反射部、996…透過型集光光学素子、996A…穴、995…プローブビーム反射部