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特開2022-39781発光材料、有機無機ハイブリッド発光素子およびディスプレイ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022039781
(43)【公開日】2022-03-10
(54)【発明の名称】発光材料、有機無機ハイブリッド発光素子およびディスプレイ
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/06 20060101AFI20220303BHJP
   C07F 15/00 20060101ALI20220303BHJP
   C07F 1/08 20060101ALI20220303BHJP
   C07F 1/10 20060101ALI20220303BHJP
   C07F 1/12 20060101ALI20220303BHJP
   C07F 15/04 20060101ALI20220303BHJP
   H05B 33/14 20060101ALI20220303BHJP
   H01L 27/32 20060101ALI20220303BHJP
【FI】
C09K11/06 660
C09K11/06
C07F15/00 F
C07F15/00 C
C07F15/00 E
C07F15/00 B
C07F1/08 Z
C07F1/10
C07F1/12
C07F15/04
H05B33/14 Z
H01L27/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】22
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020144967
(22)【出願日】2020-08-28
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 徹
(72)【発明者】
【氏名】坂本 雅典
(72)【発明者】
【氏名】春田 直毅
(72)【発明者】
【氏名】大田 航
(72)【発明者】
【氏名】平岡 拓
【テーマコード(参考)】
3K107
4H048
4H050
【Fターム(参考)】
3K107AA05
3K107BB01
3K107BB02
3K107CC01
3K107CC22
3K107DD57
3K107DD59
4H048AA01
4H048AA03
4H048AB92
4H048VB10
4H050AA01
4H050AA03
4H050AB92
(57)【要約】
【課題】分子設計を容易に行うことができ、さらに望ましくは、近紫外光、可視光、近赤外光で動作する新たな発光材料を提供すること。
【解決手段】有機配位子、または、有機配位子と該有機配位子が配位した元素を含む錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子を含む発光材料であって、有機配位子は、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含んでおり、分子の少数原子クラスター核の原子数が8~150である、発光材料。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機配位子、または、有機配位子と該有機配位子が配位した元素を含む錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子を含む発光材料であって、
前記有機配位子は、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含んでおり、
前記分子の前記少数原子クラスター核の原子数が8~150である、発光材料。
【請求項2】
前記分子が下記一般式(1)で表される、請求項1に記載の発光材料。
一般式(1)
[(M )(L r1 n1x1(L r2 n2x2β
[一般式(1)において、M、MおよびMは各々独立に元素を表し、LおよびLは各々独立に有機配位子を表す。Lはπ共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含む。mは8~150の整数を表し、r1およびr2は各々独立に1以上の整数を表し、n1およびn2は各々独立に0以上の整数を表し、x1は1以上の整数を表し、x2は0以上の整数を表す。βはイオンの価数を表す。]
【請求項3】
前記少数原子クラスター核が、第三周期、第四周期、第五周期および第六周期に属する元素群から選択される元素で構成されている、請求項1または2に記載の発光材料。
【請求項4】
前記少数原子クラスター核が、Au、Ag、Cu、Pt、Ni、Pd、IrおよびRhからなる群より選択される元素で構成されている、請求項3に記載の発光材料。
【請求項5】
前記少数原子クラスター核がAuを含む、請求項4に記載の発光材料。
【請求項6】
前記少数原子クラスター核が2種以上の元素を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項7】
前記少数原子クラスター核がAuとPdを含む、請求項6に記載の発光材料。
【請求項8】
前記少数原子クラスター核がI、OまたはT対称構造を有する、請求項1~7のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項9】
前記縮環構造が3つ以上の環が縮合した構造である、請求項1~8のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項10】
前記縮環構造の芳香族性インデックスが22以上である、請求項1~9のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項11】
前記縮環構造の環骨格構成原子が炭素原子のみからなる、請求項1~10のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項12】
前記少数原子クラスター核を構成する元素の少なくとも1種が、前記錯体にも含まれている、請求項1~11のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項13】
前記有機配位子がチオラートである、請求項1~12のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項14】
前記少数原子クラスター核が金クラスター核であり、前記有機配位子がチオラートである、請求項13に記載の発光材料。
【請求項15】
前記チオラートがナフタレンチオラートである、請求項14に記載の発光材料。
【請求項16】
前記少数原子クラスター核がAu20であり、前記錯体がNTAu(ただしNTはナフタレンチオラート配位子を表す)である、請求項15に記載の発光材料。
【請求項17】
前記チオラートがカルバゾール構造を有する、請求項14に記載の発光材料。
【請求項18】
前記有機配位子がホスフィンである、請求項1~12のいずれか1項に記載の発光材料。
【請求項19】
前記配位子が置換もしくは無置換のトリアリールホスフィンである、請求項18に記載の発光材料。
【請求項20】
請求項1~19のいずれか1項に記載の発光材料を含む有機無機ハイブリッド発光素子。
【請求項21】
エレクトロルミネッセンス素子である、請求項20に記載の有機無機ハイブリッド発光素子。
【請求項22】
請求項20または21に記載の有機無機ハイブリッド発光素子を備えたディスプレイ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子設計が容易な発光材料、それを用いた有機無機ハイブリッド発光素子およびディスプレイに関する。
【背景技術】
【0002】
量子ドットは、CdS、CuS等の半導体結晶からなるナノ粒子であり、その発光波長が粒子サイズや構成元素を変えることにより幅広い範囲で制御できるという有利な特性を有することから、バイオイメージングやディスプレイ、照明をはじめとした様々な用途での利用が期待されている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Y. Shirasaki et al., Nat. Photonics, 7, 13 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように量子ドットは発光材料として有用な特性を有しているが、その反面、表面に存在するダングリングボンドや表面欠陥に起因して表面の反応性が高く、化学的安定性に欠けるという問題を抱えている。これに対しては、分子設計を行うことにより安定性を付与することが考えられるが、量子ドットは原子数が多いために分子構造を特定することが困難であり、分子設計を用いて安定化することが難しいという問題がある。
【0005】
そこで、分子設計を容易に行うことができ、近紫外光、可視光、近赤外光で動作する新たな発光材料を提供することを目的として鋭意検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、芳香族性の縮環構造を含む有機配位子や該有機配位子を含む錯体を少数原子クラスター核の表面に結合させて、その少数原子クラスター核の原子数を制限することにより、分子設計が容易であり、また、近紫外光、可視光、近赤外光で動作する発光材料が実現することを見出した。本発明はこうした知見に基づいて提案されたものであり、具体的に以下の構成を有する。
【0007】
[1] 有機配位子、または、有機配位子と該有機配位子が配位した元素を含む錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子を含む発光材料であって、前記有機配位子は、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含んでおり、前記分子の前記少数原子クラスター核の原子数が8~150である、発光材料。
[2] 前記分子が下記一般式(1)で表される、[1]に記載の発光材料。
一般式(1)
[(M )(L r1 n1x1(L r2 n2x2β
[一般式(1)において、M、MおよびMは各々独立に元素を表し、LおよびLは各々独立に有機配位子を表す。Lはπ共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含む。mは8~150の整数を表し、r1およびr2は各々独立に1以上の整数を表し、n1およびn2は各々独立に0以上の整数を表し、x1は1以上の整数を表し、x2は0以上の整数を表す。βはイオンの価数を表す。]
[3] 前記少数原子クラスター核が、第三周期、第四周期、第五周期および第六周期に属する元素群から選択される元素で構成されている、[1]または[2]に記載の発光材料。
[4] 前記少数原子クラスター核が、Au、Ag、Cu、Pt、Ni、Pd、IrおよびRhからなる群より選択される元素で構成されている、[3]に記載の発光材料。
[5] 前記少数原子クラスター核がAuを含む、[4]に記載の発光材料。
[6] 前記少数原子クラスター核が2種以上の元素を含む、[1]~[5]のいずれか1項に記載の発光材料。
[7] 前記少数原子クラスター核がAuとPdを含む、[6]に記載の発光材料。
[8] 前記少数原子クラスター核がI、OまたはT対称構造を有する、[1]~[7]のいずれか1項に記載の発光材料。
[9] 前記縮環構造が3つ以上の環が縮合した構造である、[1]~[8]のいずれか1項に記載の発光材料。
[10] 前記縮環構造の芳香族性インデックスが22以上である、[1]~[9]のいずれか1項に記載の発光材料。
[11] 前記縮環構造の環骨格構成原子が炭素原子のみからなる、[1]~[10]のいずれか1項に記載の発光材料。
[12] 前記少数原子クラスター核を構成する元素の少なくとも1種が、前記錯体にも含まれている、[1]~[11]のいずれか1項に記載の発光材料。
[13] 前記有機配位子がチオラートである、[1]~[12]のいずれか1項に記載の発光材料。
[14] 前記少数原子クラスター核が金クラスター核であり、前記有機配位子がチオラートである、[13]に記載の発光材料。
[15] 前記チオラートがナフタレンチオラートである、[14]に記載の発光材料。
[16] 前記少数原子クラスター核がAu20であり、前記錯体がNTAu(ただしNTはナフタレンチオラート配位子を表す)である、[15]に記載の発光材料。
[17] 前記チオラートがカルバゾール構造を有する、[14]に記載の発光材料。
[18] 前記有機配位子がホスフィンである、[1]~[12]のいずれか1項に記載の発光材料。
[19] 前記配位子が置換もしくは無置換のトリアリールホスフィンである、[18]に記載の発光材料。
[20] [1]~[19]のいずれか1項に記載の発光材料を含む有機無機ハイブリッド発光素子。
[21] エレクトロルミネッセンス素子である、[20]に記載の有機無機ハイブリッド発光素子。
[22] [20]または[21]に記載の有機無機ハイブリッド発光素子を備えたディスプレイ。
【発明の効果】
【0008】
本発明の発光材料は、分子設計を容易に行うことができる。また、本発明の発光材料は、近紫外光、可視光、近赤外光の波長領域で動作することができる。そのため、この発光材料を用いることにより、動作させる光の選択の幅が広く、発光材料の分子設計により、発光特性や安定性を容易に改善できる有機無機ハイブリッド発光素子およびディスプレイを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】2-ペンタセンチオラートが金クラスター核Au17に結合した分子[Au17(C2213S)の構造を示す図である。
図2】2-フェナントレンチオラートが金クラスター核Au17に結合した分子[Au17(C14S)の構造を示す図である。
図3】3-フェナントレンチオラートが金クラスター核Au17に結合した分子[Au17(C14S)の構造を示す図である。
図4】2-ナフタレンチオラート(2-NT)を有する錯体が金クラスター核Au20に結合した分子[Au20(2-NTAu]の構造を示す図である。
図5】[Au20(2-NTAu]の蛍光スペクトルである。
図6】ジフェニル-1-ピレニルホスフィン(DPPP)が金クラスター核Au20に結合した分子[Au20(DPPP)]の構造を示す図である。
図7】[Au20(DPPP)]の吸収スペクトルである。
図8】[Au20(DPPP)]の蛍光スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、本発明に用いられる化合物の分子内に存在する水素原子の同位体種は特に限定されず、例えば分子内の水素原子がすべてHであってもよいし、一部または全部がH(デューテリウムD)であってもよい。
【0011】
<発光材料>
本発明の発光材料は、有機配位子、または、有機配位子と該有機配位子が配位した元素を含む錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子を含む発光材料であって、有機配位子は、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含んでおり、分子の少数原子クラスター核の原子数が8~150であるものである。以下において、本発明で発光材料に用いる分子の構造について説明する。
【0012】
(有機配位子または有機配位子を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子の構造)
本発明で用いる分子の「少数原子クラスター核」とは、少数の原子からなる集合体のことを意味する。原子の集合体は、複数の原子が集積して全体として3次元形状をなす。以下の説明では、原子の集合体がなす3次元形状、具体的には原子の中心を結んでできる3次元形状を「クラスター形状」ということがある。また、本明細書中では、少数原子クラスター核をその原子Mの数mを用いてM と表記する。例えば、M 20は、20個の原子Mからなる少数原子クラスター核であることを意味し、Au20は、20個の金原子からなる金クラスターであることを意味する。少数原子クラスター核を構成する原子の数は8~150であり、好ましくは8~100であり、より好ましくは8~80であり、さらに好ましくは8~60であり、特に好ましくは8~50である。
少数原子クラスター核を構成する元素の好ましい例として、Al、Si等の第三周期元素、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge等の第四周期元素、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb等の第五周期元素、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl、Pb、Bi等の第六周期元素を挙げることができ、Au、Ag、Cu、Pt、Ni、Pd、IrおよびRhからなる群より選択される元素がより好ましく、Auが特に好ましい。少数原子クラスター核を構成する元素は1種類であっても2種類以上であってもよい。少数原子クラスター核を構成する2種類以上の元素の組合せとして、AuとPd、AuとAg、AuとCu、AuとPt、AuとNi、AuとIr、AuとCd、AuとHgを挙げることができる。少数原子クラスター核は、Auを含むことが好ましく、AuとPdを含むことも好ましい。
少数原子クラスター核のクラスター形状として、多面体形状を挙げることができる。多面体形状として、二十面体、十二面体、八面体、六面体、四面体を挙げることができ、これらの多面体から頂部を切り欠いた形状であってもよい。また、原子のパッキングを密にできることから、クラスター形状は正多面体および半正多面体であることが好ましい。好ましい正多面体として、正二十面体、正八面体、立方体(正六面体)、正四面体を挙げることができ、好ましい半正多面体として、立方八面体、切頂八面体、切頂四面体を挙げることができる。また、クラスター形状は、正十二面体であってもよいし、2種類以上の多面体を組み合わせた形状であってもよい。多面体の組合せとして、正二十面体と正十二面体の組合せを挙げることができる。
【0013】
少数原子クラスター核の具体例として、M 13、M 55、またはM 147からなる正二十面体の少数原子クラスター核、M 19、M 44、M 85、またはM 146からなる正八面体の少数原子クラスター核、M 13、M 55、またはM 147からなる立方八面体の少数原子クラスター核、M 38、M 62、M 79、M 116、またはM 140からなる切頂八面体の少数原子クラスター核、M 、M 27、M 64、またはM 125からなる立方体の少数原子クラスター核、M 10、M 20、M 35、M 56、M 84、またはM 120からなる正四面体の少数原子クラスター核、M 16、M 40、M 52、M 68、M 80、M 92、M 104、またはM 116からなる切頂四面体の少数原子クラスター核を挙げることができる。
また、少数原子クラスター核は、これらの多面体形状をなすものであることが好ましいが、多面体形状をなす原子集合体から一部の原子を除去した構造を有するものであってもよいし、多面体形状をなす原子集合体に、さらに少なくとも1つの原子が結合したものであってもよいし、多面体形状をなす原子集合体から一部の原子を除去した構造に、さらに少なくとも1つの原子が結合したものであってもよい。いずれの構造においても、そのクラスター形状が対称性を有していることが好ましい。具体的には、少数原子クラスター核は、例えば、正二十面体の対称構造を有するI対称構造、正八面体の対称構造を有するOまたは正四面体の対称構造を有するT対称構造を有することが好ましく、CやDの対称構造を有していてもよい。少数原子クラスター核が対称構造を有することにより、励起状態からより低い励起状態あるいは励起状態から基底状態への内部転換が抑制され、無輻射遷移する前に少数原子クラスター核より輻射失活して発光することができる。そのため、高い発光効率と高い色純度を得ることができる。特に、金クラスター核は対称性が高い構造をとり易いため、こうしたメカニズムが効果的に働いて発光効率と色純度を向上させることができる。また、少数原子クラスター核を構成する原子の電子配置は閉殻であっても開殻であってもよい。例えば、金原子の電子配置が開殻であって、三重項を基底状態にもつ金クラスター核を用いた分子は、磁気センサー、特に局所的な磁気を計測する量子センサーにさらに応用することもできる。
【0014】
本発明で用いる分子の「有機配位子」は、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含むものである。
本発明における「縮環構造」とは、2個以上の環状構造を有し、各環状構造が、他の環状構造の少なくとも1つと縮合して多環構造を形成した縮合多環構造を意味する。そして、特に、本発明における「縮環構造」は、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、芳香族性インデックスが2より大であるものである。以下の説明では、これらの要件を満たす縮環構造を「所定の縮環構造」ということがある。
ここで、「π共役系を構成するπ電子数」とは、構造式において多重結合と単結合が交互に連なった構造の中に存在するπ電子の数のことをいう。例えばナフタレン環では10個、アントラセン環およびフェナントレン環では14個である。縮環構造のπ共役系を構成するπ電子数は、好ましくは10~50個、より好ましくは10~25個、さらに好ましくは10~15個である。「芳香族性インデックス」は、H. Hosoya, K. Hosoi, and I. Gutman, Theor. Chim. Acta 38, 37 (1975)、H. Hosoya, Bull. Chem. Soc. Jpn. 76, 2233(2003)に記載された計算方法にて求められる。「芳香族性インデックス」は、芳香族性の程度の指標となり、この数値が大きいもの程、芳香族性が大きいことを意味する。芳香族性インデックスの具体的な数値は、例えばベンゼンでは2、ナフタレンでは22、アントラセンでは232、フェナントレンでは256である。縮環構造の芳香族性インデックスは、好ましくは22以上、より好ましくは22~500、さらに好ましくは22~300であり、さらにより好ましくは230~300、特に好ましくは230~260である。なお、単環18π共役系とみなされるポルフィリンは、芳香族性インデックスが2であり、本発明で規定する「縮環構造」には該当しない。
【0015】
縮環構造は、芳香族縮合多環炭化水素環であっても芳香族縮合多環複素環であってもよく、脂環構造を含んでいてもよい。縮環構造は、3つ以上の環が縮合した構造を有することが好ましく、環骨格構成原子が炭素原子のみからなるもの(芳香族縮合多環炭化水素環)であることも好ましい。また、縮環構造を構成する環の個数の上限は、分子サイズが大きくなり過ぎるのを避けるため、20個以下とすることが好ましい。
また、縮環構造を構成する芳香族縮合多環炭化水素環は2個以上のベンゼン環を含むことが好ましく、少なくとも2つのベンゼン環が縮合した構造を含むことがより好ましい。また、芳香族縮合多環複素環における複素原子として、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、燐原子を挙げることができる。芳香族縮合多環複素環は、環員数が5個または6個の複素環に2個のベンゼン環が縮合した構造を含むことが好ましい。複素環に縮合する各ベンゼン環にはさらにベンゼン環が縮合していてもよい。
縮環構造の具体例として、ナフタレン環、フルオレン環、フェナレン環、フェナントレン環、アントラセン環、トリフェニレン環、ピレン環、テトラセン環、ペンタセン環などの芳香族縮合多環炭化水素環からなる構造や、カルバゾール環、ジベンゾフラン環、ジベンゾチオフェン環、ベンゾ[b]ホスフィンドール、キサンテン環などの芳香族縮合多環複素環からなる構造を挙げることができる。中でも、フルオレン環、フェナレン環、フェナントレン環、アントラセン環、カルバゾール環、ジベンゾフラン環、ジベンゾチオフェン環、ベンゾ[b]ホスフィンドール、キサンテン環などの3つ以上の環が縮合した構造を有する縮環構造が好ましく、ナフタレン環、フルオレン環、フェナレン環、フェナントレン環、アントラセン環、トリフェニレン環、ピレン環、テトラセン環、ペンタセン環などの環骨格構成原子が炭素原子のみからなる縮環構造も好ましい。
また、これらの縮環構造の水素原子は置換基で置換されてもよい。置換基として、炭素数1~20のアルキル基、炭素数1~20のアルコキシ基、炭素数6~40のアリール基、炭素数2~10のアルケニル基、炭素数2~10のアルキニル基、炭素数3~40のヘテロアリール基、アミノ基、ハロゲン原子、ヒドロキシ基、アルデヒド基、カルボキシ基、シアノ基、ニトロ基、シリル基等を挙げることができる。これらの置換基のうち置換可能な水素原子を有するものは、さらに、ここに例示した置換基やその他の置換基で水素原子が置換されてもよい。
【0016】
有機配位子が含む縮環構造の数は、有機配位子毎に1つであっても2つ以上であってよい。ここで、縮環構造の数とは、独立した縮環構造の数、言い換えれば、周回において他の環と辺を共有していない縮環構造の数を意味する。有機配位子が2つ以上の縮環構造を含むとき、複数の縮環構造は互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0017】
本発明で用いる「有機配位子」は、より具体的には所定の縮環構造に結合基が結合した構造を有するか、所定の縮環構造の環骨格構成原子として結合基を含み、その結合基で少数原子クラスター核表面の原子に結合したものである。所定の縮環構造に結合基が結合した構造において、結合基は、縮環構造に単結合で結合していてもよいし、2価の連結基を介して連結していてもよい。2価の連結基として、置換もしくは無置換のアルキレン基、置換もしくは無置換のアリーレン基、置換もしくは無置換のアルコキシ基、置換もしくは無置換のアミノ基等を挙げることができる。以下の説明では、所定の縮環構造に「結合基が結合または連結している」こと、および、所定の縮環構造の「環骨格構成原子として結合基が含まれている」ことを、所定の縮環構造に「結合基が導入されている」と表現することがある。有機配位子が含む結合基の数は、1つであっても2つ以上であってもよい。有機配位子が2つ以上の結合基を含むとき、複数の結合基は互いに同一であっても異なっていてもよい。有機配位子における結合基の数は、好ましくは1~8個であり、より好ましくは1~5個であり、さらに好ましくは1~2個である。また、有機配位子が2つ以上の縮環構造を有するとき、結合基が導入されているのは、複数の縮環構造のうちの1つであっても2つ以上であってもよく、全ての縮環構造に結合基が導入されていてもよい。
【0018】
有機配位子の結合基は、少数原子クラスター核に配位結合するものであっても共有結合するものであってもよく、その中間的な結合を形成するものであってもよい。結合基の例として、硫黄原子、ジ置換ホスファニル基(-PR基:RおよびRは各々独立に置換基を表す)、ジ置換ホスファノイル基(-PR(O)基:RおよびRは各々独立に置換基を表す)、カルベンを挙げることができる。ここで、硫黄原子は、縮環構造に結合または連結していてもよく、縮環構造に環骨格構成原子として含まれていてもよいが、縮環構造に結合または連結したものであることが好ましい。以下の説明では、縮環構造に結合または連結した硫黄原子を、縮環構造が環骨格構成原子として硫黄原子を含む場合の該硫黄原子と区別するため、「末端硫黄原子」という。ジ置換ホスファニル基およびジ置換ホスファノイル基の置換基としては、炭素数6~40のアリール基、炭素数1~20のアルキル基、ハロゲン原子、炭素数2~10のアルケニル基を挙げることができる。2つの置換基は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、これらの置換基のうち置換可能な水素原子を有するものは、さらに、その水素原子が置換基で置換されてもよい。置換基にさらに置換する置換基の好ましい範囲については、上記の縮合環に置換してもよい置換基の好ましい範囲を参照することができる。また、ジ置換ホスファニル基およびジ置換ホスファノイル基の2つの置換基は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。
【0019】
有機配位子の例としては、縮環構造に末端硫黄原子が結合または連結した構造を有するチオラート、環骨格構成原子として硫黄原子を含む縮環化合物(例えば、ジベンゾチオフェン誘導体)、縮環構造とジ置換ホスファニル基を含むホスフィン誘導体、縮環構造とジ置換ホスフィノイル基を含むホスフィンオキシドなどを挙げることができる。
【0020】
これらの有機配位子のうちチオラートは、特に少数原子クラスター核が金原子で構成されている場合に、その末端硫黄原子が少数原子クラスター核表面と強固なAu-S結合を形成して、少数原子クラスター核を効果的に保護して安定化することができる。
【0021】
また、ホスフィン誘導体を有機配位子に用いた分子は、発光波長が短い(特に青色領域)傾向がある。
ホスフィン誘導体の好ましい例として、置換もしくは無置換のトリアリールホスフィンを挙げることができる。ここで、トリアリールホスフィンの少なくとも1つのアリール基は、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を有するアリール基である。トリアリールホスフィンの3つのアリール基のうち、所定の縮環構造を有するものは1つであっても2つ以上であってもよく、3つのアリール基の全てが所定の縮環構造を有していてもよい。トリアリールホスフィンが所定の縮環構造を有するアリール基を2つ以上含む場合、それらのアリール基は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、トリアリールホスフィンの3つのアリール基の1つまたは2つが、所定の縮環構造を有するアリール基であるとき、残りのアリール基を構成する芳香環は、単環であっても、芳香環と脂環が縮合した縮合環であってもよい。芳香環の具体例として、ベンゼン環、インデン環、インダン環を挙げることができる。置換基の好ましい範囲については、上記の縮合環に置換してもよい置換基の好ましい範囲を参照することができる。また、トリアリールホスフィンの隣り合う2つのアリール基は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。
【0022】
有機配位子となるチオラートは、例えばチオールを前駆体とし、そのチオール基の水素を解離させることにより得ることができる。以下において、チオラートの前駆体として用いうるチオールの具体例を例示する。これらのチオールから誘導されるチオラートは、いずれもその縮環構造の芳香族性インデックスが2より大であって、そのπ共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14以上のものであり、本発明で規定する「有機配位子」の要件を満たすものである。ただし、本発明で用いることができる有機配位子は、これらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。
【0023】
【化1】
【0024】
次に、チオラート以外の有機配位子の具体例を例示する。これらの化合物は、いずれもその縮環構造の芳香族性インデックスが2より大であって、そのπ共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上のものであり、本発明で規定する「有機配位子」の要件を満たすものである。ただし、本発明で用いることができる有機配位子は、これらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。
【0025】
【化2】
【0026】
有機配位子が少数原子クラスター核の表面に結合した分子において、1つの少数原子クラスター核に結合する有機配位子の数は、好ましくは3~50個であり、より好ましくは10~40個であり、さらに好ましくは20~30個である。また、1つの少数原子クラスター核に2つ以上の有機配位子が結合しているとき、その複数の有機配位子は互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0027】
本発明における「有機配位子と該有機配位子が配位した元素を含む錯体」とは、元素と、該元素の配位子としての有機配位子を有し、その有機配位子が少数原子クラスター核表面の原子と結合した錯体を意味する。以下の説明では、「有機配位子と該有機配位子が配位した元素を含む錯体」を、単に「有機配位子と元素を含む錯体」ということがある。また、本明細書中における「元素」は、少数原子クラスター核を構成する元素、または、上記の錯体が有する元素であって、有機配位子が配位した元素(有機配位子の構成原子ではない元素)を意味することとする。錯体を構成する有機配位子の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の有機配位子についての記載を参照することができる。錯体を構成する元素の好ましい範囲と具体例については、少数原子クラスター核を構成する元素の好ましい範囲と具体例を参照することができる。ここで、錯体には、少数原子クラスター核を構成する元素と同種の元素が含まれていてもよいし、含まれていなくてもよいが、少数原子クラスター核を構成する元素の少なくとも1種が含まれていることが好ましい。
錯体が含む有機配位子の数は、錯体毎に1つであっても2つ以上であってもよく、錯体が含む元素の数は、錯体毎に1つであっても2つ以上であってもよい。錯体が2つ以上の有機配位子を含むとき、複数の有機配位子は互いに同一であっても異なっていてもよく、錯体が2つ以上の元素を含むとき、複数の元素は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、錯体が含む有機配位子の少なくとも1つは、錯体の元素に結合した結合基と少数原子クラスター核表面の原子と結合した結合基を有することが好ましい。ここで、錯体の元素に結合した結合基と少数原子クラスター核表面の原子に結合した結合基は、同じ結合基であっても別の結合基であってもよい。すなわち、錯体の元素と少数原子クラスター核表面の原子は、同じ結合基に結合していてもよいし、別の結合基に結合していてもよい。また、錯体が2つ以上の元素を含むとき、錯体が含む有機配位子の数は2つ以上であることが好ましく、3つ以上であることがより好ましい。そして、それらの有機配位子の少なくとも1つは、錯体の元素に結合した結合基と少数原子クラスター核表面の原子と結合した結合基を有し、それらの有機配位子の少なくとも1つは、一の元素に結合した結合基と、一の元素とは別の元素に結合した結合基を有することが好ましい。ここで、前者の有機配位子において、錯体の元素に結合した結合基と少数原子クラスター核表面の原子に結合した結合基は、同じ結合基であっても別の結合基であってもよく、後者の有機配位子において、一の元素に結合した結合基と、別の元素に結合した結合基は、同じ結合基であっても別の結合基であってもよい。すなわち、錯体の元素と少数原子クラスター核表面の原子は、同じ結合基に結合していてもよいし、別の結合基に結合していてもよく、一の元素と別の元素は、同じ結合基に結合していてもよいし、別の結合基に結合していてもよい。
【0028】
有機配位子がチオラート配位子である錯体の例として、下記一般式(1a)で表される錯体を挙げることができる。
一般式(1a)
*-SR-(M10-SR)n10-*
一般式(1a)において、M10は元素を表す。SRはチオラート配位子を表し、Rは、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含む構造を表す。*は少数原子クラスター核への結合位置を表す。ここで、SRとM10とは、M10-S結合で結合し、SRと少数原子クラスター核の表面とはM-S結合(Mは少数原子クラスター核を構成する元素を表す)で結合していることとする。複数のSRは、互いに同一であっても異なっていてもよい。また、n10が2以上であるとき、複数のM10は、互いに同一であっても異なっていてもよい。
10が表す元素の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の錯体が有する元素についての記載を参照することができる。チオラート配位子の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の有機配位子としてのチオラートについての記載を参照することができる。Rが表す縮環構造の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の有機配位子における縮環構造についての記載を参照することができる。
このチオラート錯体は、いわばホッチキスの針のような形状をなし、少数原子クラスター核、特に金クラスター核を効果的に保護して安定化する。
【0029】
有機配位子と元素を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子において、1つの少数原子クラスター核に結合する錯体の数は、好ましくは3~50個であり、より好ましくは10~40個であり、さらに好ましくは20~30個である。また、1つの少数原子クラスター核に、有機配位子と元素を有する錯体が2つ以上結合しているとき、その複数の錯体は互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0030】
本発明で用いる分子の好ましい例として、下記一般式(1)で表される分子を挙げることができる。
一般式(1)
[(M )(L r1 n1x1(L r2 n2x2β
一般式(1)において、M、MおよびMは各々独立に元素を表し、LおよびLは各々独立に有機配位子を表す。Lはπ共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含む。mは8~150の整数を表し、r1およびr2は各々独立に1以上の整数を表し、n1およびn2は各々独立に0以上の整数を表し、x1は1以上の整数を表し、x2は0以上の整数を表す。βはイオンの価数を表す。
一般式(1)において、(M )は分子を構成する少数原子クラスター核の組成を表す。r1が1であって、n1が0であるとき、(L r1 n1)は所定の縮環構造を含む有機配位子の組成を表し、n1が1以上であるとき、(L r1 n1)は所定の縮環構造を含む有機配位子と元素を有する錯体の組成を表す。錯体は、元素を2つ以上含んでいてもよい。すなわち、n1は2以上の整数であってもよい。また、錯体は、有機配位子を2つ以上含んでいてもよいし、3つ以上含んでいてもよい。すなわち、r1は2以上の整数であっても3以上の整数であってもよい。また、r1は、n1よりも1つ多い数であることが好ましい。x1は少数原子クラスター核に結合する有機配位子または錯体の数を表す。例えば、Au20(NTAu(ただし、NTはナフタレンチオラート配位子を表す)で表される分子は、3個の2-ナフタレンチオラート配位子と2個の金原子からなる錯体の8個が、20個の金原子からなるクラスター核の表面に結合した分子を表す。
(L r2 n2)で表される成分は必要に応じて追加される成分であり、LはLで表される有機配位子以外の有機配位子、すなわち所定の縮環構造を含まない有機配位子を表す。ここで、r2が1であって、n2が0であるとき、(L r2 n2)は有機配位子の組成を表し、n2が1以上であるとき、(L r2 n2)は有機配位子と元素を含む錯体の組成を表す。r2、n2、x2の説明については、上記のr1、n1、x1についての説明を参照することができる。ただし、x2は0であってもよい。
複数のMは全て同一の元素であってもよいし、2種類以上の元素を含んでいてもよい。複数のMは、例えば2種類の元素から構成されてもよい。
r1が2以上であるとき、複数のLは全て同一の有機配位子であってもよいし、2種類以上の有機配位子を含んでいてもよい。n1が2以上であるとき、複数のMは全て同一の元素であってもよいし、2種類以上の元素を含んでいてもよい。x1が2以上であるとき、複数の(L r1 n1)は互いに同一であっても異なっていてもよい。複数の(L r1 n1)は、例えばL、r1、Mおよびn1の少なくとも1つが異なる2種類の組成を含んでいてもよい。n1が1以上であるとき、M n1とM は共通の元素を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよいが、M n1における元素の少なくとも1種は、M における元素の少なくとも1種と同一であることが好ましい。
r2が2以上であるとき、複数のLは全て同一の有機配位子であってもよいし、2種類以上の有機配位子を含んでいてもよい。n2が2以上であるとき、複数のMは全て同一の元素であってもよいし、2種類以上の元素を含んでいてもよい。x2が2以上であるとき、複数の(L r2 n2)は互いに同一であっても異なっていてもよい。複数の(L r2 n2)は、例えばL、r2、Mおよびn2の少なくとも1つが異なる2種類の組成を含んでいてもよい。n2が1以上であるとき、M n2とM は共通の元素を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。n1とn2がともに1以上であるとき、M n1とM n2は共通の元素を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。
mは8~150、好ましくは8~100、より好ましくは8~80、さらに好ましくは8~60、特に好ましくは8~50である。r1は好ましくは1以上、より好ましくは1~10、さらに好ましくは1~5である。n1は、好ましくは0以上、より好ましくは0~5、さらに好ましくは0~3である。x1は好ましくは1以上、より好ましくは1~50、さらに好ましくは1~30である。r2は好ましくは1以上、より好ましくは1~10、さらに好ましくは1~5である。n2は、好ましくは0以上、より好ましくは0~5、さらに好ましくは0~3である。x2は好ましくは0以上、より好ましくは0~50、さらに好ましくは0~30である。βは好ましくは-15~15、より好ましくは-10~10、さらに好ましくは-5~5である。
、MおよびMが表す元素の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の少数原子クラスター核を構成する元素の好ましい範囲と具体例、上記の錯体が含む元素についての記載を参照することができる。Lが表す有機配位子の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の有機配位子についての記載を参照することができる。Lが表す有機配位子として、アルカンチオール、ベンゼンチオールを挙げることができる。
【0031】
上記のように、本発明で発光材料に用いる分子は、所定の縮環構造を含む有機配位子、または、所定の縮環構造を含む有機配位子と元素を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合したものである。ここで、少数原子クラスター核の表面に結合するのは、有機配位子(クラスター核の構成元素以外の元素に配位していない有機配位子)のみであってもよいし、有機配位子と該有機配位子が配位した元素を含む錯体のみであってもよく、有機配位子と錯体の両方であってもよい。また、原子クラスター核には、さらに所定の縮環構造を含まない有機配位子や、所定の縮環構造を含まない有機配位子と元素を有する錯体が結合していてもよい。
また、本発明で用いる分子の少数原子クラスター核の原子数は、8~150であり、好ましくは8~100であり、より好ましくは8~80であり、さらに好ましくは8~60であり、特に好ましくは8~50である。ここで、「少数原子クラスター核の原子数」は、有機配位子と該有機配位子が配位した元素を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子では、少数原子クラスター核が含む原子の数を意味し、錯体において有機配位子が配位している原子の数は含まない。
【0032】
本発明で用いる分子の好ましい例として、チオラート、または、チオラートと元素を有する錯体が金クラスター核の表面に結合した分子であって、チオラートが、π共役系を構成するπ電子数とそれと連結する原子上の非共有電子対を構成する電子数の合計が14個以上であって、なおかつ、芳香族性インデックスが2より大である縮環構造を含んでおり、金クラスター核の原子数が8~150であるものを挙げることができる。
図1~3において、チオラートが金クラスター核の表面に結合した分子の具体例を例示するが、本発明において発光材料に用いることができる分子は、これらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。図1~3中、対称性を示すCまたはDは、基底一重項状態Sの最適化構造での分子対称性を示す。
また、チオラート、または、チオラートと元素を有する錯体が金クラスター核の表面に結合した分子では、チオラートがナフタレンチオラートであるか、カルバゾール構造を有することがより好ましく、クラスター核がAu20であって、錯体がNTAu(ただしNTはナフタレンチオラート配位子を表す)であることがさらに好ましい。具体例として、2-ナフタレンチオラート(2-NT)を有する錯体の8個が金クラスター核Au20に結合した分子の構造を図4に示す。
【0033】
本発明の発光材料は、所定の縮環構造を含む有機配位子が少数原子クラスター核の表面に結合した分子のみを含んでいてもよいし、所定の縮環構造を含む有機配位子と元素を有する錯体が金クラスター核の表面に結合した分子のみを含んでいてもよいし、その両方を含んでいてもよい。また、発光材料が含む、有機配位子が少数原子クラスター核の表面に結合した分子、および、有機配位子と元素を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子は、それぞれ1種類であってもよいし、2種類以上の組合せであってもよい。
【0034】
(有機配位子または有機配位子を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子の有用性)
本発明で発光材料に用いる分子は、近紫外光、可視光または近赤外光で動作するため、発光材料として有用である。ここで、「動作する」とは、その領域の光を吸収して発光することをいう。本発明で用いる分子がこうした波長領域で動作するのは、有機配位子、または、有機配位子と元素を有する錯体が所定の縮環構造を含むことにより、光が照射されたとき、有機配位子または錯体が効果的に光吸収して励起状態に遷移し、その励起エネルギーが少数原子クラスター核に移動して少数原子クラスター核の発光に利用されるためであると推測される。また、そのような光励起発光を示すことから、発光材料への電流の供給により、有機配位子または錯体のHOMOに正孔が供給され、LUMOに電子が供給されて、これらのものが励起状態に遷移したときには、その励起エネルギーが少数原子クラスター核に移動して発光に利用されると推測される。
したがって、所定の縮環構造を含む有機配位子、または、所定の縮環構造を含む有機配位子と元素を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合した分子は発光材料として有用であり、有機無機ハイブリッドフォトルミネッセンス素子および有機無機ハイブリッドエレクトロルミネッセンス素子などの発光素子の発光材料として効果的に用いることができる。さらに、それらの発光素子を用いることにより、特性に優れたディスプレイや照明を提供することができる。
また、本発明で用いる分子は、その少数原子クラスター核の原子数が制限されていることにより、分子を構成する少数原子クラスター核、有機配位子および錯体の構造を特定し易く、動作する光波長の調整や安定性向上のための分子設計を容易に行うことができるという利点もある。
さらに、有機配位子または有機配位子を有する錯体が金クラスター核の表面に結合した分子は、上記のようなメカニズムで動作することから、光触媒などの触媒、蛍光プローブ、ダイアモンドの窒素-空孔中心(Nitrogen-Vacancy Center)のような量子センサー、磁気センサー、量子コンピュータにも応用することができる。
【0035】
<有機無機ハイブリッド発光素子>
次に、本発明の有機無機ハイブリッド発光素子について説明する。
本発明の有機無機ハイブリッド発光素子は、本発明の発光材料を含むことを特徴とする。これにより、本発明の有機無機ハイブリッド発光素子は、動作させる光の選択の幅が広くて様々な用途に用いることができ、また、発光材料の分子設計により、その発光特性や安定性を容易に改善することができる。
本発明の発光材料の説明と好ましい範囲、具体例については、<発光材料>の欄の記載を参照することができる。
本発明の有機無機ハイブリッド発光素子は、有機無機ハイブリッドフォトルミネッセンス素子であっても有機無機ハイブリッドエレクトロルミネッセンス素子であってもよい。有機無機ハイブリッドフォトルミネッセンス素子は、少なくとも基板と発光層を有して構成される。基板と発光層の説明については、下記の有機無機ハイブリッドエレクトロルミネッセンス素子で用いる基板、発光層についての説明を参照することができる。
有機無機ハイブリッドエレクトロルミネッセンス素子は、陽極および陰極と、陽極と陰極との間に設けられた有機層を有して構成され、これら各部を支持する基板を有することが好ましい。有機層は少なくとも発光層を含み、発光層以外の有機機能層を含んでいてもよい。発光層以外の有機機能層として、正孔注入層、正孔輸送層、電子輸送層、電子注入層などを挙げることができる。ここで、正孔輸送層は正孔注入層を兼ねていてもよいし、電子輸送層は電子注入層を兼ねていてもよい。
本発明の有機無機ハイブリッドエレクトロルミネッセンス素子において、発光層の材料には、本発明の発光材料が用いられる。発光材料は、所定の縮環構造を含む有機配位子、または、所定の縮環構造を含む有機配位子と元素を有する錯体が少数原子クラスター核の表面に結合し、かつ、少数原子クラスター核の原子数が8~150である分子を含む。発光材料を構成する分子は1種類であっても、2種類以上の組み合わせであってもよい。また、発光層は、本発明の発光材料のみから構成されていてもよいし、発光材料以外の材料(その他の材料)を含んでいてもよい。その他の材料としてホスト材料を挙げることができる。ホスト材料には、本発明の発光材料よりも励起一重項エネルギー準位ES1が高い有機化合物を用いることが好ましい。また、ホスト材料は、正孔輸送能、電子輸送能を有し、高いガラス転移温度を示す有機化合物であることがより好ましい。
発光層以外の有機層の材料には、公知の材料から選択して用いることができる。
例えば、基板には、ガラス、透明樹脂材料、石英などからなるものを用いることができる。
陽極には、仕事関数が大きい導電性材料を用いることでき、透明な材料であることが好ましい。陽極材料として、ITO(インジウムスズオキサイド)、SnO、Sb含有SnO、Al含有ZnO等の酸化物、Au、Pt、Ag、Cuやこれらの合金等を挙げることができる。
陰極には、仕事関数が小さい材料からなるものを用いることができる。陰極材料として、Ag,Al,Cu等の金属、これらの金属を含む合金などを挙げることができる。
正孔注入材料には、銅フタロシアニン(CuPc)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)をドープしたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT/PSS)や4,4’,4’’-トリス[フェニル(m-トリル)アミノ]トリフェニルアミン(m-MTDATA)等の芳香族第3級アミン化合物などを用いることができる。正孔輸送材料には、N,N’-ジフェニル-N,N’-ビス(3-メチルフェニル)-1,1-ビフェニル-4,4’-ジアミン(TPD)、N,N’-ジ-1-ナフチル-N,N’-ジフェニルベンジジン(α-NPD)、トリス(4-カルバゾイル-9-イルフェニル)アミン(TCTA)等の芳香族第3級アミン化合物などを挙げることができる。
電子輸送材料には、トリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq)、2,9-ジメチル-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(BCP)、t-ブチルビフェニリルフェニルオキサジアゾール(t-Bu-PBD)、シロール誘導体などを挙げることができる。
また、有機層は、電子阻止層や正孔阻止層など、その他の有機機能層を含んでいてもよい。
これらの有機層は、真空蒸着法等のドライプロセスで形成してもよいし、ウェットプロセスで形成してもよい。
【0036】
<ディスプレイ>
次に、本発明のディスプレイについて説明する。
本発明のディスプレイは、本発明の有機無機ハイブリッド発光素子を備えたものである。本発明のディスプレイは、例えば本発明の有機無機ハイブリッド発光素子が画素毎にマトリックス状に配置された発光部を有し、各有機無機ハイブリッド発光素子の発光を画像信号により制御して画像を映し出すように構成される。有機無機ハイブリッド発光素子以外の構成については、公知の有機ELディスプレイの構成を採用することができる。
本発明のディスプレイは、有機無機ハイブリッド発光素子が本発明の発光材料を含むことにより、動作させる光の選択の幅が広く、また、発光材料の分子設計により、その発光特性や安定性を容易に改善することができる。
【実施例0037】
以下に合成例と実施例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。基底状態Sおよび励起状態Sの構造最適化と、吸収スペクトルおよび発光スペクトルの計算は、密度汎関数(DFT)法および時間依存密度汎関数(TD-DFT)法により、プログラムパッケージGaussian16 Rev. B 01, Rev. C 01.にてB3LYP/LanL2DZ、TD-B3LYP/LanL2DZの計算方法を用いて行った。
【0038】
(実施例1)2-ナフタレンチオラート(2-NA)とAuを有する錯体がAu20に結合した分子の合成と評価
金クラスター核Au11に8個のトリフェニルホスフィンが結合した分子[Au11(トリフェニルホスフィン)]に過剰量の2-ナフタレンチオールを加え、40~50℃で撹拌して黄色の反応溶液を得た。この反応溶液を、オープンカラム(使用ゲル:BIO-RAD社製のSX-1)を用いたゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)にて分離することにより反応生成物を回収した。
図4に示すように、得られた反応生成物は8個の錯体(2-NTAu)が金クラスター核Au20に結合した分子[Au20(2-NTAu]であり、金原子のうちAu20がD対称性の金クラスター核を形成しており、残りの金原子は、両側に2-ナフタレンチオラート配位子の末端硫黄原子が結合して錯体(-NT-Au-NT-Au-NT-)を構成していることが確認された。この構造はQ. Shi et al., Nanoscale, 12, 4982 (2020)に記載される構造と同じであるが、当該文献には発光材料としての有用性は示唆されていない。
得られた反応生成物のクロロホルム溶液について、450nmの励起光を用いて蛍光スペクトルを測定したところ、図5に示すように近赤外域(波長:650nm以上)に金クラスター核からの発光を確認することができた。
また、上記の反応溶液について、高速液体クロマトグラフを用いたゲル浸透クロマトグラフィにより分離を行ったところ、600nmのオレンジ色発光を示す成分を取得することができた。
また、Au11(トリフェニルホスフィン)の代わりにAu25(フェニルエタンチオール)を用いて反応を行った場合にも、同様の反応生成物を得ることができた。
【0039】
(実施例2)Au20(DPPP)の合成と評価
チオジグリコール(54.2μL)をメタノール(5.0mL)に加え、0℃で30分間撹拌した。この溶液に、テトラクロロ金(III)四水和物(HAuCl・4HO:72mg)とメタノール/水(10mL/15mL)の混合溶液を加え、30分間撹拌して黄色の溶液を得た。この溶液に、ジフェニル-1-ピレニルホスフィン(72mg)とクロロホルム/メタノール(10mL/15mL)の混合溶液を加え、0℃で10分間撹拌して白濁した反応液を得た。この反応液を室温にして12時間撹拌し、得られた沈殿物を濾別することにより黄白色の粉末を収量105mgで得た。この粉末をジクロロメタン(240mL)に溶かし、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH:12mg)のメタノール溶液(10mL)を加え、室温で12時間撹拌して赤色の溶液を得た。この溶液からエバポレーターで溶媒を除去し、得られた固形物をクロロホルムに溶解した。この溶液を、高速液体クロマトグラフを用いたゲル浸透クロマトグラフィ―により分離精製して反応生成物を得た。
得られた反応生成物について構造解析を行った結果、図6に示すように、反応生成物は4つのジフェニル-1-ピレニルホスフィン(DPPP)が金クラスター核(Au20)に結合した分子[Au20(DPPP)]であり、Au20(DPPP)は、S最適化構造でC対称性を有し、その金クラスター核Au20はS最適化構造でTd対称性を有し、S最適化構造でS対称性を有することがわかった。
得られた反応生成物のクロロホルム溶液について吸収スペクトルを測定した結果(実測値)を図7に示し、450nm励起光による蛍光スペクトルを測定した結果(実測値)を図8に示す。また、図6に示す分子構造に基づいて計算した吸収スペクトルと蛍光スペクトルの計算結果を上記の実測値と併せて図7図8に示す。図7中、S87は主に配位子での吸収を示し、Sは主に金クラスターでの吸収を示す。
図7、8に示すように、計算値と実測値が近似していることから、実施例2で得られた反応生成物は図6に示す分子構造を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、分子設計を容易に行うことができ、近紫外光、可視光、近赤外光で動作する新たな発光材料を提供することができる。こうした発光材料は、エレクトロルミネッセンス素子を用いたディスプレイをはじめとして様々な用途に用いることができる。このため、本発明の発光材料は、産業上の利用可能性が高い。
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