(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022040201
(43)【公開日】2022-03-10
(54)【発明の名称】嗅覚刺激によってリラックス作用を示す食品組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/341 20060101AFI20220303BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20220303BHJP
A61P 25/02 20060101ALI20220303BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20220303BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20220303BHJP
A23K 20/111 20160101ALI20220303BHJP
A23K 50/40 20160101ALI20220303BHJP
【FI】
A61K31/341
A61P25/00
A61P25/02 105
A61P25/02 106
A23L33/10
A23L2/00 F
A23L2/52
A23K20/111
A23K50/40
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022000216
(22)【出願日】2022-01-04
(62)【分割の表示】P 2017142580の分割
【原出願日】2017-07-24
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 克之
(72)【発明者】
【氏名】大畑 素子
(72)【発明者】
【氏名】横山 壱成
(72)【発明者】
【氏名】有原 圭三
(57)【要約】
【課題】前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る食品組成物は、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを含み、具体的な一例では、最終濃度でそれぞれ1mol/lとなるようにグリシンおよびグルコースを0.25%炭酸ナトリウム水溶液で溶解し、10N水酸化ナトリウム水溶液でpH9に調整したものを90℃で30分間加熱して得られたメイラード反応生成物を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを含む、前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物。
【請求項2】
最終濃度でそれぞれ1mol/lとなるようにグリシンおよびグルコースを0.25%炭酸ナトリウム水溶液で溶解し、10N水酸化ナトリウム水溶液でpH9に調整したものを90℃で30分間加熱して得られたメイラード反応生成物を含む、前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物であって、該食品組成物は、ガスクロマトグラフィーで測定して、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを、50mg/l~60mg/lで含む、食品組成物。
【請求項3】
最終濃度でそれぞれ1mol/lとなるようにグリシンおよびグルコースを0.25%炭酸ナトリウム水溶液で溶解し、10N水酸化ナトリウム水溶液でpH9に調整したものを90℃で30分間加熱して得られたメイラード反応生成物を含む、前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物であって、該食品組成物は、ガスクロマトグラフィーで測定して、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを、5mg/l~6mg/lで含む、食品組成物。
【請求項4】
食品組成物が、サプリメント、キャンディ、チューインガム、キャラメル、ラムネ、グミ、タブレット、清涼飲料、お茶、またはコーヒーである請求項1~3のいずれか一項に記載の食品組成物。
【請求項5】
サプリメントが、口腔内崩壊性錠、チュアブル錠、顆粒剤、または経口液剤である請求項4に記載の食品組成物。
【請求項6】
ヒト用である、請求項1~5のいずれか一項に記載の食品組成物。
【請求項7】
ペット用である、請求項1~5のいずれか一項に記載の食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノン(DMHF)を含む食品組成物に関する。詳しくは、本発明は、嗅覚刺激によってリラックス作用を有するDMHFの用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
DMHFは、甘い綿菓子を連想するような香気、熟したフルーツを連想するような香気、カラメル様の香気などを有する。そのため、パイナップルやストロベリー、ラズベリーなどのフレーバーやフレグランスの調合素材として現在は用いられており、また、シュガーフレーバーの素材として使用されている(非特許文献1)。しかしDMHFの香気を嗅ぐことで誘発される生理作用を利用したヒト用の食品は報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】香りの総合辞典、日本香料協会編、朝倉書店発行(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、嗅覚刺激により対象(ヒトやペット)にリラックス作用を誘発する食品組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち本発明は、一態様において、DMHFを含むリラックス剤である。また本発明は、かかるリラックス剤を含むヒトまたはペットのリラックス用食品組成物である。さらに本発明は、食品組成物の製造のための、DMHFを含むリラックス剤の使用である。本発明は、他の一態様において、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを含む、前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物である。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、DMHFが副交感神経活動を活発にすることで、ヒトやペット等の対象に対して、リラックス作用をもたらすことができるリラックス剤、並びにかかるリラックス剤を含むリラックス用食品組成物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】ウレタン麻酔下にあるラットにDMHF香気を10分間曝露し、曝露終了後50分間の計60分間、腎臓交感神経活動(Renal Sympathetic Nerve Activity;RSNA、
図1A)および胃迷走神経活動(Gastric Vagal Nerve Activity;GVNA、
図1B)を電気生理学的に測定した。GVNAはコントロール群と比較してDMHF曝露群で有意(p<0.0005)に抑制され、GVNAはコントロール群と比較してDMHF群で有意(p<0.0005)に促進された。DMHFは交感神経活動を抑制し副交感神経活動を優位にすることで鎮静(リラックス)を誘発している。
【
図2】DMHF香気吸入後のヒトにおける主観的な気分をProfile of Mood States(POMS)を用いて評価し、DMHFを嗅ぐ前の評価と比較して、嗅いだ後の「怒り-敵意」(AH)、「疲労-無気力」(FI)、「緊張-不安」(TA)における得点が有意に減少することを示した。DMHFのリラックス作用によって心理的な怒りの感情や、身体的な疲労感や緊張感が緩和されたことを示している。なお、図の評価項目は、「怒り-敵意」(anger-hostility;AH)、「混乱-当惑」(confusion-bewilderment;CB)、「抑うつ-落込み」(depression-dejection;DD)、「疲労-無気力」(fatigue-inertia;FI)、「緊張-不安」(tension-anxiety;TA)、「活気―活力」、(vigor-activity;VA)「友好」(friendliness;F)を示している。
【
図3】DMHF香気吸入によるヒトの自律神経活動を評価するためにその指標となる縮瞳率および末梢皮膚温を示した。DMHFを嗅いだ後の縮瞳率(
図3A)が有意に上昇していることから(p<0.0001)、副交感神経活動が高くなっている可能性が示唆された。末梢皮膚温(
図3B)の有意な上昇も確認されたことから(p<0.0001)、DMHFの香気吸入によって交感神経活動が抑制され副交感神経活動が高まり、リラックス作用が誘発されたことが判明した。また、DMHF吸入による指先などの末梢循環機能の改善効果も示された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のリラックス剤は、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノン(DMHF)を含む。
【0009】
DMHFは、フラネオール(Furaneol、Firmenichの登録商標)と呼ばれ、現在食品および香粧品の香料として多くの国々で多用されている香気成分である。そもそもこの香気成分は1960年に、アミノ化合物と糖を含む食品の加工工程で生じる非酵素的褐変反応であるメイラード反応の生成物として、初めて報告された(Hodge, J.E., 1960, Novel reductones and methods of making them U.S. Patent 2,936,308. 10th May.)。1965年にはイチゴの特徴香気成分として発見され、天然物中にも存在する事が明らかになった(Willhalm, B., Stoll, M., Thomas, A.F., 1965, 2,5-Dimethyl-4-hydroxy-2,3-dihydrofuran-3-one. Chem. Ind., 38:1629-1630.)。その後、パイナップルやトマト、ブドウなどの様々な生鮮食品をはじめ、ローストコーヒー、パンの耳、醤油などの加工食品からも単離され、その食品を特徴付ける香気成分である(Robin, J.O., Himel, C.M, Silverstein, R.M., Leeper, R.W., Gortner W.A., 1965, Volatile flavor and aroma components of pineapple. Isolation and tentative identification of 2,5-dimethyl-4-hydroxy-3(2H)-furanone. J. Food Sci., 30:280-285.;Buttery. R.G., Takeoka, G.R., Krammer, G.E., Ling, L.C., 1994, Identification of 2,5-dimethyl-4-hydroxy-3(2H)-furanone in fresh and processed tomato. Lebensm. Wiss. Technol., 27:592-594.;Rapp, A., Knipser, W., Engel, L., Ullemeyer, H., Heimann, W., 1978, Off-flavor compounds in the berry and wine aroma of grapevine hybrids.I. The strawberry-like aroma. Vitis, 19:13-23.;Tressl, R., Bahri, D., Koppler, H., Jensen, A., 1978, Diphenols and caramel compounds in roasted coffees of different varieties. II. Z. Lebensm. Unters. Forsch., 167:111-114.;Schieberle, P., 1990, Studies on bakers yeast as source of Maillard type bread flavour compounds. In The Maillard Reaction in Food Processing, Human Nutrition and Physiology; Finot, P.A., Aeschbacher, H.U., Hurrell, R.F., Liardon, R., Eds., Birkhauser, Basel, Swizerland, 1990,187-196.;Steinhaus, P., Schieberle, P., 2007, Characterization of the key aroma compounds in soy sauce using approaches of molecular sensory science. J. Agric. Food Chem., 38:2329-2336.)
【0010】
DMHFは、無色あるいは白色の結晶であり、水に微溶で、アルコールや油に可溶である。常温では不安定で徐々に分解する。閾値は0.04ppmと低い。通常、3,5-ジオキソ-2,5-ヘキサンジオールあるいはそのエステルから合成される(非特許文献1)。
【0011】
本発明は、DMHFの香気が嗅覚系を介して自律神経系に作用し、交感神経活動を抑制することによって副交感神経活動を有意にし、その結果リラックス作用をもたらすことを見出したことに基づく。DMHFの香気を吸入することにより、ヒトにおいて主観的な気分評価で、怒り、疲労、緊張が緩和し、また、末梢皮膚温の上昇も認められたことから末梢循環機能の向上効果も見出した。すなわち本発明者らは、DMHFの香気を吸入することにより、ヒトやペットなどの動物におけるリラックス作用のみならず、怒りの緩和、疲労の低減または緩和、緊張緩和、ストレス緩和、末梢循環改善、及び精神安定等の各効果を見出した。
【0012】
食品や植物精油の香気成分の生理的な作用とは、香気成分が自律神経や中枢神経、内分泌系に影響し、ストレス低減、集中力向上、睡眠改善、作業能率向上などの様々な効果をもたらす事をいう。このような生理作用メカニズムについては多くの研究報告があり、主に二つの経路が存在する。一つは香気成分が体内(血中)に取り込まれる経路であり、もう一つは嗅覚神経系を介した経路である。前者は、精油を用いたマッサージ等によって精油成分に含まれる香気成分が皮膚から吸収されたり、呼吸とともに肺胞に吸収され肺粘膜から血中に取り込まれたり、あるいは経口的に摂取することで自然に香気成分が消化吸収され血中に取り込まれる経路である。香気成分が血中に取り込まれて脳に到達し、生理作用が出現するまで少なくとも20分程度の時間を要すると考えられている(アロマテラピーを学ぶためのやさしい精油化学 E・ジョイ・ボウルズ著 フレグランスジャーナル社発行(2002))。一方、後者は、呼吸とともに香気成分が鼻腔内に流入し、あるいは食物の咀嚼中に香気成分が後鼻腔から流入し、嗅細胞の表面に存在する受容体と結合し、その結合情報が軸索から嗅球へ投射されて大脳辺縁系などの脳の深部領域に到達する経路である。この場合、大脳辺縁系にある視床下部は、自律神経系や内分泌系、免疫系を統合的に制御しているため、これらの活動に影響し、鎮静や興奮などの生理作用が誘発される。生理作用が出現するまでの時間は非常に短く、数分で見られることもある。本発明は後者の経路によるものである。
【0013】
本発明のリラックス剤は、有効成分であるDMHFのみを含有するものでよいし、さらに他の成分を含有しても良い。他の成分としては、有効成分の作用を妨げず、かつ食品として許容されるものであればよい。例えば、ミネラル類、ビタミン類、フラボノイド類、キノン類、ポリフェノール類、アミノ酸、核酸、必須脂肪酸、清涼剤、結合剤、甘味料、崩壊剤、滑沢剤、着色料、香料、安定化剤、防腐剤、徐放調整剤、界面活性剤、溶解剤、または湿潤剤を挙げることができる。
【0014】
本発明のヒトまたはペットのリラックス用食品組成物は、本発明のリラックス剤を含み、ヒトまたはペットが摂取する際に、香気成分が鼻腔内に流入し、あるいは食物の咀嚼中に香気成分が後鼻腔から流入することによりリラックス作用による精神安定効果をもたらす。そのため食品組成物としては、摂取する際に香気成分が鼻腔内に流入するか、咀嚼中に香気成分が鼻腔内に流入するような組成物であればよく特に限定されない。このような食品組成物としては例えば、サプリメント、キャンディ、チューインガム、キャラメル、ラムネ、グミ、タブレット、清涼飲料、お茶、またはコーヒーを挙げることができる。これら食品組成物を調製する際、あるいは調製後に、DMHFを添加することにより本発明のリラックス用食品組成物を製造することができる。
【0015】
リラックス剤及び食品組成物中の有効成分の量は特に限定されないが、濃度はヒト用の場合は2.5mg/l~100mg/l、好ましくは50mg/l~60mg/lとすることができる。また、ペット用の場合は、0.25mg/l~10mg/l、好ましくは5mg/l~6mg/lとすることができる。この様な濃度範囲とすることで、リラックス剤や食品組成物を摂取した際に、所望の効果を発揮することができる。
【0016】
食品組成物がサプリメントの場合、形態は、口腔内崩壊性錠、チュアブル錠、顆粒剤、または経口液剤とすることができる。それぞれ有効成分の他にサプリメントとして許容される成分を添加しても良い。
【0017】
本発明は、食品組成物の製造のための、DMHFを含むリラックス剤の使用に関する。食品組成物の製造にDMHFを含むリラックス剤を用いることで、リラックス作用による精神安定効果のある食品組成物を得ることができる。
【0018】
以下、本発明を実施例で説明する。なお、以下の実施例は、本発明を説明するために挙げた例であり、これにより本発明を限定するものではない。
【実施例0019】
(実施例1)
(加熱加工食品のDMHF濃度の測定)
加熱加工食品のモデルとして、グリシンとグルコースを加熱したものを調製した。より詳しくは、最終濃度でそれぞれ1mol/lとなるようにグリシンおよびグルコースを0.25%炭酸ナトリウム水溶液で溶解し、10N水酸化ナトリウム水溶液でpH9に調整したものを90℃で30分間加熱してメイラード反応させたものをメイラードサンプルとした。このメイラードサンプル25mlに蒸留水25mlを加え、内部標準物質としてメチルデカノエイト(最終濃度で0.5mg/l)を添加し、ポーラスポリマーであるTenax TA樹脂5.0gを充填させたガラスカラムに通過させ、Tenax TA樹脂に香気成分を吸着させた後、ペンタンおよびジエチルエーテルを1対1で混合させた混合溶媒100mlで溶出させた。得られた抽出液に無水硫酸ナトリウムを加え十分脱水した後、Solvent Assisted Flavor Evaporation法(Engel, W., Bahr, W., Schieberle, P., 1999, Solvent assisted flavour evaporation - a new and versatile technique for the careful and direct isolation of aroma compounds from complex food matrices. Eur. Food Res. Tecnol., 209:237-241.)により確実に揮発性画分を得た。さらに、窒素気流下で揮発性画分の溶媒を留去し、香気濃縮物とした。
【0020】
得られた香気濃縮物をgas chromatography-olfactometry(GC-O)分析に供した。使用したモデルは、Gas Chromatography GC-2010 Plus(島津製作所)とそれに接続したsniffer-9000(Brechbuhler)である。使用したキャピラリーカラムはBD-Wax(J&W)で、サイズは60m(長さ)×0.25mm(内径)×0.25μm(フィルム厚)である。キャリアガスおよびメイキャップガスには純ヘリウムを使用した。試料注入口および検出器温度は、ともに210℃に設定した。昇温プログラムは、40℃で10分保持した後1分間に3℃ずつ210℃まで昇温し、210℃に達した後30分間保持するものである。香気濃縮物のGC-Oへの注入量は、0.5μlである。
【0021】
Aroma extract dilution analysis(AEDA)法(Heuchert, J.P., McNair, D.M. 著, 横山和仁 監訳, 2015)によって寄与度の高い香気成分を特定した。すなわち、香気濃縮物を段階的にジエチルエーテルで希釈したものを準備し、希釈率の低いものから順にGC-O分析した。匂いが感知された保持時間と香調を記録し、匂いが感知されなくなるまで継続して分析した。最後に匂いを感知できた希釈率を、その匂いのFlavor Dilution-factor(FD-factor)とし、すべての匂いについてFD-factorを求めた。高FD-factorのものほど、匂いへの寄与度が高いことを示している。次に高FD-factorを示した香気成分をGas Chromatography-Mass Spectrometry(GC-MS)によって、同定した。使用したGC-MSのモデルは、GC-MS QP-2010(島津製作所)である。分析条件は、GC-Oと一致させた。使用したライブラリはWileyである。その結果、DMHFのFD-factorが4^6と最も高く、メイラードサンプルの香気に極めて高く寄与していると結論づけた。DMHFの濃度の検量線を作成したところ、DMHF濃度(mg/l)=[(DMHFのGCピーク面積/内部標準物質のGCピーク面積)-0.0558]/23.497(r^2=1.00)であり、この検量線により算出したメイラードサンプル中のDMHF濃度は57.72mg/lと結論づけた。
(実施例2)
(DMHFの香気刺激によるラットの自律神経活動の評価)
【0022】
実施例1より得られた濃度の10分の1量(5.7mg/l)のDMHFを用いて、ラットに香気を曝露させながら交感神経および副交感神経活動を測定した。より詳しくは、次の通りである。Wistar系雄ラット6匹を、明期12時間および暗期12時間の条件下で1週間予備飼育し、9週齢で3時間絶食させた後、ウレタン水溶液(1g/kg BW)を用いてウレタン麻酔し、開腹した。腎臓交感神経遠心枝もしくは胃迷走神経遠心枝を分離し、露出した後に遠心枝を切断し、中枢側から神経フィラメントを分離し銀製記録電極で吊り上げて、その神経の電気活動を測定した。実施例1より得られた濃度の10分の1量(5.7mg/l)のDMHF10mlを縦4cm横4cm厚さ1cmの脱脂綿にしみこませ、ビーカー様のプラスチック容器の底に置き、その容器の口をラットの鼻腔に当てて10分間香気を曝露し、いずれの神経の電気活動を測定した群を香気曝露群、コントロールとして同様の脱脂綿に蒸留水10mlをしみこませて、同様に曝露し、いずれの神経の電気活動を測定した群をコントロール群とした。曝露中10分間、曝露後の50分間の、計60分間の自律神経活動変化を電気生理学的に測定した。自律神経の活動のデータは5分間毎の5秒間あたりの発火頻度(pulse/5s)の平均値にて解析した。開始直後0分を100%とし、その経時的変化を百分率で示した。その結果、腎臓交感神経活動は、曝露開始10分後から25分後にかけて徐々に抑制され、その後測定終了まで抑制された状態が持続し、コントロール群との間には有意差が認められた(p<0.0005)。一方、胃副交感神経活動は、曝露開始10分後から40分後にかけて徐々に促進され、その後測定終了まで促進された状態が継続し、コントロール群との間には有意差が認められた(p<0.0005)。以上より、DMHFの香気刺激はラットの腎臓交感神経活動を抑制し、胃副交感神経活動を促進すること結論づけた。
(実施例3)
(DMHF香気吸入によるヒトの主観的な気分の評価)
【0023】
実施例1で得られた濃度のDMHFの香気吸入した際のヒトの主観的な気分を評価した。より詳しくは、以下の通りである。パネリストとして、20歳から27歳の男女26名(男13名、女13名)を選出し、Profile of Mood States 2nd edition(POMS)(非特許文献22 POMS 2日本語版マニュアル, p1-2, 金子書房)を用いてDMHF香気を嗅ぐ前と嗅いだ後の気分変化を評価した。POMSは、主観的な気分・感情の変化を捉えることができる質問紙で広く利用されており、「怒り-敵意」(anger-hostility;AH)、「混乱-当惑」(confusion-bewilderment;CB)、「抑うつ-落込み」(depression-dejection;DD)、「疲労-無気力」(fatigue-inertia;FI)、「緊張-不安」(tension-anxiety;TA)、「活気―活力」、(vigor-activity;VA)「友好」(friendliness;F)の7つの評価項目から構成される。尺度は、「0=全くなかった,3=少しあった,6=まあまああった,9=かなりあった,15=非常に多くあった」の16段階の尺度と定義し、各評価項目における評価得点をデータとして記録した。その結果、「怒り-敵意」(AH)、「疲労-無気力」(FI)、「緊張-不安」(TA)における評価得点が、DMHFを嗅ぐ前と比較して有意に減少することが示され(p<0.05)、DMHFの香気吸入により怒りや疲労感、緊張感が緩和されると結論づけた。
(実施例4)
(DMHF香気吸入によるヒトの自律神経活動および大脳活動の評価)
【0024】
実施例1で得られた濃度のDMHFの香気吸入した際のヒトの自律神経活動を評価した。より詳しくは、以下の通りである。実施例1で得られた濃度のDMHFを10mlずつ褐色バイアル瓶に分注し、常温で30分間平衡させて、香気をヘッドスペースに充満させたものをパネリストに呈示し、自然呼吸下で2分間香気を吸入しながら光照射前の瞳孔直径と光照射後の最小瞳孔径から算出する縮瞳率(constriction rate,CR)を縮瞳計測装置で測定した。さらに、自然呼吸下で2分間DMHF香気を吸入し、サーモセンサーを用いて、末梢皮膚温としてパネリストの利き手人差し指の指先温度を測定し、DMHF吸入前と吸入後の温度差を求めた。その結果、DMHF吸入によりCRおよび末梢皮膚温が有意(どちらもp<0.00001)に上昇した。縮瞳は副交感神経が支配する瞳孔括約筋の収縮または交感神経が支配する瞳孔散大筋の弛緩によって起こるが、鎮静状態では副交感神経が優位となり縮瞳率が上昇し、交感神経が優位となると縮瞳後の散瞳速度が速くなるため縮瞳率が低下する。一方で末梢血管は交感神経のみが支配していることから、交感神経活動が抑制されることで末梢血管が拡張して血流量が増加し皮膚温が上昇した。以上のことから、DMHFの香気吸入により、ヒトの交感神経活動が抑制され、副交感神経が優位となり鎮静状態を誘発すると結論づけた。
【0025】
さらに、実施例1で得られた濃度のDMHFの香気吸入した際のヒトの大脳活動を評価した。より詳しくは、以下の通りである。近赤外線照射プローブと受光プローブを3cm間隔で配置したホルダーを10/20電極配置法に準じてパネリストの前額部に装着した。近赤外線の波長は840nmと770nmの2波長で、測定チャンネル数は16チャンネルである。プローブを装着した後、2分間の安静時の前頭葉酸素化ヘモグロビン(HbO2)量を測定しコントロールとした。その後、実施例1で得られた濃度のDMHFを10mlずつ褐色バイアル瓶に分注し、常温で30分間平衡させて、香気をヘッドスペースに充満させたものをパネリストに呈示し、2分間香気吸入してHbO2量の変化を継続して測定した。結果を表1に示す。前頭葉HbO2の動態を把握することにより大脳の活動を評価した。大脳が活発に活動している場合はHbO2量が高く、鎮静状態の時はHbO2量が低い。コントロールにおけるHbO2量(mM―mm)とDMHF吸入によるHbO2量(mM―mm)との差を算出したところ、前頭前野の16チャンネルすべてにおいて有意に減少しており、すなわち有意な大脳活動の鎮静化が確認された。特に、前頭前野全額中央部付近にあるチャンネル4、6、7におけるHbO2量の減少が顕著であり、前頭前野全額中央部を中心として全体的に大脳活動が鎮静化されたと結論づけた。
【0026】
【0027】
以上、実施例1~4で得られた結果から、DMHFは動物の交感神経活動を抑制し副交感神経活動を促進させて鎮静を誘発させるだけでなく、ヒトの交感神経活動を抑制するとともに、高次の中枢神経活動にも作用することで生体に鎮静効果をもたらし、気分や感情に影響を与えていると結論づけた。
【0028】
本発明は次の態様を含む。
(1)2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを含む、前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物。
(2)最終濃度でそれぞれ1mol/lとなるようにグリシンおよびグルコースを0.25%炭酸ナトリウム水溶液で溶解し、10N水酸化ナトリウム水溶液でpH9に調整したものを90℃で30分間加熱して得られたメイラード反応生成物を含む、前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物であって、該食品組成物は、ガスクロマトグラフィーで測定して、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを、50mg/l~60mg/lで含む、食品組成物。
(3)最終濃度でそれぞれ1mol/lとなるようにグリシンおよびグルコースを0.25%炭酸ナトリウム水溶液で溶解し、10N水酸化ナトリウム水溶液でpH9に調整したものを90℃で30分間加熱して得られたメイラード反応生成物を含む、前頭前野のチャンネル1、4、6および7におけるHbO2量を減少させるための食品組成物であって、該食品組成物は、ガスクロマトグラフィーで測定して、2,5-ジメチル-4-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンを、5mg/l~6mg/lで含む、食品組成物。
(4)食品組成物が、サプリメント、キャンディ、チューインガム、キャラメル、ラムネ、グミ、タブレット、清涼飲料、お茶、またはコーヒーである上記(1)~上記(3)のいずれかに記載の食品組成物。
(5)サプリメントが、口腔内崩壊性錠、チュアブル錠、顆粒剤、または経口液剤である上記(4)に記載の食品組成物。
(6)ヒト用である、上記(1)~上記(5)のいずれかに記載の食品組成物。
(7)ペット用である、上記(1)~上記(5)のいずれかに記載の食品組成物。