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特開2022-40923抗体断片を含む人工受容体を細胞膜に提示した酵母とこれを用いた抗原検出法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022040923
(43)【公開日】2022-03-11
(54)【発明の名称】抗体断片を含む人工受容体を細胞膜に提示した酵母とこれを用いた抗原検出法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20220304BHJP
   C12Q 1/6897 20180101ALI20220304BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220304BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20220304BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12Q1/6897 Z
C12Q1/02
C12N15/62 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020145870
(22)【出願日】2020-08-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、「未来社会創造事業」、「探索加速型(探索研究)」、「世界一の安全・安心社会の実現「生活環境に潜む微量な危険物から解放された安全・安心・快適なまちの実現」」、「食中毒から生活者を解放する人工抗体提示細胞」、「人工抗体提示細胞の構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(71)【出願人】
【識別番号】517363366
【氏名又は名称】学校法人神戸薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】上田 宏
(72)【発明者】
【氏名】北口 哲也
(72)【発明者】
【氏名】蘇 九龍
(72)【発明者】
【氏名】三宅 司郎
(72)【発明者】
【氏名】小林 典裕
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QR15
4B063QR48
4B063QR76
4B063QS33
4B063QS36
4B063QX02
4B065AA01Y
4B065AA72X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA25
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】 食品事業者が手軽に使用できる迅速、簡便、安価な衛生管理技術を提供する。
【解決手段】 抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第一又は第二のタンパク質を含む融合タンパク質、並びにレポーター遺伝子を有する酵母であって、1)第一のタンパク質と第二のタンパク質は、接近することによって結合し、この結合によってレポーター遺伝子を発現させること、2)抗体断片は、酵母の細胞膜の外側に存在すること、及び3)第一のタンパク質及び第二のタンパク質は、酵母の細胞膜の内側に存在することを特徴とする酵母。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(a)及び(b)の融合タンパク質、並びにレポーター遺伝子を有する酵母であって、下記の1)~3)を特徴とする酵母、
(a)抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第一のタンパク質を含む融合タンパク質であって、抗体断片、膜貫通タンパク質、第一のタンパク質の順序で配置されている融合タンパク質、
(b)抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第二のタンパク質を含む融合タンパク質であって、抗体断片、膜貫通タンパク質、第二のタンパク質の順序で配置されている融合タンパク質、
1)第一のタンパク質と第二のタンパク質は、接近することによって結合し、この結合によってレポーター遺伝子を発現させること、
2)抗体断片は、酵母の細胞膜の外側に存在すること、
3)第一のタンパク質及び第二のタンパク質は、酵母の細胞膜の内側に存在すること。
【請求項2】
(a)の融合タンパク質が更に分泌シグナル配列を含み、分泌シグナル配列、抗体断片、膜貫通タンパク質、第一のタンパク質の順序で配置されており、(b)の融合タンパク質が更に分泌シグナル配列を含み、分泌シグナル配列、抗体断片、膜貫通タンパク質、第二のタンパク質の順序で配置されていることを特徴とする請求項1に記載の酵母。
【請求項3】
第一のタンパク質及び第二のタンパク質が、ユビキチンを分割したタンパク質であることを特徴とする請求項1又は2に記載の酵母。
【請求項4】
第一のタンパク質が、ユビキチンを分割したC末端側のタンパク質であって、転写因子を有するタンパク質であり、第二のタンパク質が、ユビキチンを分割したN末端側のタンパク質であることを特徴とする請求項3に記載の酵母。
【請求項5】
転写因子が、レポーター遺伝子を発現させる転写因子であって、第一のタンパク質と第二のタンパク質が結合することによって第一のタンパク質から切断される転写因子であることを特徴とする請求項4に記載の酵母。
【請求項6】
膜貫通タンパク質が、エリスロポエチン受容体であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の酵母。
【請求項7】
抗体断片が、VH、VL、VHH、又はscFvであることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の酵母。
【請求項8】
レポーター遺伝子が、βガラクトシダーゼ遺伝子であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の酵母。
【請求項9】
試料中の抗原を検出する方法であって、試料を、請求項1乃至8のいずれか一項に記載の酵母と接触させる工程、及びレポーター遺伝子の発現を検出する工程を含むことを特徴とする抗原の検出法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体断片を提示する酵母、及びそれを利用した抗原の検出法に関する。本発明の酵母は、食品中の病原性細菌、ウイルス、毒素などを高感度で検出することができる。
【背景技術】
【0002】
近年、測定試薬をサンプルと混合するのみで簡便迅速かつ高い感度で測定可能なホモジニアス測定法のニーズが高まっている。このような背景の下、本発明者は、クエンチ抗体(Q-body)を用いた方法(特許文献1、特許文献2、非特許文献1)、βグルクロニダーゼ(GUS)の変異体を用いた方法(特許文献3、特許文献4)など種々のホモジニアス測定法を開発してきた。
【0003】
また近年、食品中の混入物による食中毒が社会問題化する中、食品の安全性確保が法令化(HACCP)されるなど、食の安全に関するニーズが業界と消費者の両者で高まっている。しかし、食品検査のような現場で手軽に利用できるホモジニアスな免疫検査法はこれまで存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2011/061944号
【特許文献2】国際公開第2013/065314号
【特許文献3】国際公開第2017/130610号
【特許文献4】国際公開第2020/162203号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】R. Abe et al., J. Am. Chem. Soc., 2011, 133(43), 17386-17394)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、食品事業者が手軽に使用できる迅速、簡便、安価な衛生管理技術の確立は喫緊の課題である。本発明は、このような衛生管理技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、抗体断片を酵母表面に提示させた形で発現させ、かつその酵母細胞に信号増幅能を付与することで、カフェイン、カビ毒のような低分子抗原からノロウイルス、腸管出血性大腸菌のような高分子抗原を高感度かつ簡便な操作で測定できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、以下の〔1〕~〔9〕を提供するものである。
〔1〕下記の(a)及び(b)の融合タンパク質、並びにレポーター遺伝子を有する酵母であって、下記の1)~3)を特徴とする酵母、
(a)抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第一のタンパク質を含む融合タンパク質であって、抗体断片、膜貫通タンパク質、第一のタンパク質の順序で配置されている融合タンパク質、
(b)抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第二のタンパク質を含む融合タンパク質であって、抗体断片、膜貫通タンパク質、第二のタンパク質の順序で配置されている融合タンパク質、
1)第一のタンパク質と第二のタンパク質は、接近することによって結合し、この結合によってレポーター遺伝子を発現させること、
2)抗体断片は、酵母の細胞膜の外側に存在すること、
3)第一のタンパク質及び第二のタンパク質は、酵母の細胞膜の内側に存在すること。
【0009】
〔2〕(a)の融合タンパク質が更に分泌シグナル配列を含み、分泌シグナル配列、抗体断片、膜貫通タンパク質、第一のタンパク質の順序で配置されており、(b)の融合タンパク質が更に分泌シグナル配列を含み、分泌シグナル配列、抗体断片、膜貫通タンパク質、第二のタンパク質の順序で配置されていることを特徴とする〔1〕に記載の酵母。
【0010】
〔3〕第一のタンパク質及び第二のタンパク質が、ユビキチンを分割したタンパク質であることを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載の酵母。
【0011】
〔4〕第一のタンパク質が、ユビキチンを分割したC末端側のタンパク質であって、転写因子を有するタンパク質であり、第二のタンパク質が、ユビキチンを分割したN末端側のタンパク質であることを特徴とする〔3〕に記載の酵母。
【0012】
〔5〕転写因子が、レポーター遺伝子を発現させる転写因子であって、第一のタンパク質と第二のタンパク質が結合することによって第一のタンパク質から切断される転写因子であることを特徴とする〔4〕に記載の酵母。
【0013】
〔6〕膜貫通タンパク質が、エリスロポエチン受容体であることを特徴とする〔1〕乃至〔5〕のいずれかに記載の酵母。
【0014】
〔7〕抗体断片が、VH、VL、VHH、又はscFvであることを特徴とする〔1〕乃至〔6〕のいずれかに記載の酵母。
【0015】
〔8〕レポーター遺伝子が、βガラクトシダーゼ遺伝子であることを特徴とする〔1〕乃至〔7〕のいずれかに記載の酵母。
【0016】
〔9〕試料中の抗原を検出する方法であって、試料を、〔1〕乃至〔8〕のいずれかに記載の酵母と接触させる工程、及びレポーター遺伝子の発現を検出する工程を含むことを特徴とする抗原の検出法。
【0017】
なお、上記の本発明の酵母を「パトロール酵母」という場合がある。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、新規な酵母を提供する。この酵母は、食品中の病原性細菌、ウイルス、毒素などを高感度で検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】BGP検出用パトロール酵母上の人工受容体のスキーム。
図2】化学発光による各条件でのレポーター活性検出の結果。エラーバーは±1 SDを示す(以下全てのグラフで同様)。
図3】カフェイン検出用パトロール酵母のスキーム。
図4】化学発光によるカフェインの検出。
図5】D2除去型カフェインパトロール酵母のスキーム。
図6】EpoR D2ドメイン除去後のカフェイン応答性改善。
図7】D2除去型カフェインパトロール酵母のフローサイトメトリー分析。
図8】反応時間低減による化学発光のカフェイン濃度依存性の向上。
図9】パトロール酵母によるかび毒アフラトキシンB1用量依存的な発光活性。
図10】大腸菌O157-検出用パトロール酵母のスキーム。
図11】化学発光によるO157の検出結果。
図12】他の大腸菌とO-157との比較 (**: p <0.01)。
図13】O157 濃度とODの関係。
図14】O157 用量依存的な発光活性。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
(A)酵母
本発明の酵母は、下記の(a)及び(b)の融合タンパク質、並びにレポーター遺伝子を有する酵母であって、下記の1)~3)を特徴とする酵母である。
(a)抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第一のタンパク質を含む融合タンパク質であって、抗体断片、膜貫通タンパク質、第一のタンパク質の順序で配置されている融合タンパク質
(b)抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第二のタンパク質を含む融合タンパク質であって、抗体断片、膜貫通タンパク質、第二のタンパク質の順序で配置されている融合タンパク質
1)第一のタンパク質と第二のタンパク質は、接近することによって結合し、この結合によってレポーター遺伝子を発現させること
2)抗体断片は、酵母の細胞膜の外側に存在すること
3)第一のタンパク質及び第二のタンパク質は、酵母の細胞膜の内側に存在すること
【0021】
本発明の酵母により、試料中の抗原を検出する原理を以下に記載する。(a)の融合タンパク質は、酵母の細胞膜を貫通し、抗体断片部分は、細胞膜の外側に存在し、第一のタンパク質部分は細胞膜の内側に存在する。(b)の融合タンパク質も、(a)の融合タンパク質と同様に、酵母の細胞膜を貫通し、抗体断片部分は、細胞膜の外側に存在し、第二のタンパク質部分は細胞膜の内側に存在する。第一のタンパク質と第二のタンパク質は、接近することによって結合し、この結合によってレポーター遺伝子を発現させるが(その原理については、後述する。)、試料中に抗原が存在しない場合、抗体断片間の相互作用はあまり強くないので、(a)の融合タンパク質と(b)の融合タンパク質はほとんど接近することがない。このため、レポーター遺伝子はほとんど発現しない。一方、試料中に抗原が存在する場合、抗体断片間の相互作用が強化されるので、第一のタンパク質と第二のタンパク質は接近、結合し、これによってレポーター遺伝子が強く発現する。従って、レポーター遺伝子の発現を検出することによって、抗原を検出することができる。
【0022】
第一のタンパク質と第二のタンパク質の結合によってレポーター遺伝子を発現させることは、例えば、第一のタンパク質としてCub(Dualsystems Biotech AG)、第二のタンパク質としてNubG(Dualsystems Biotech AG)、レポーター遺伝子として転写因子LexA-VP16によって活性化されるレポーター遺伝子を使用することにより、行うことができる。CubはユビキチンのC側ドメインであり、末端には転写因子LexA-VP16NubGが結合している。一方、NubGはユビキチンのN側ドメイン(Nub)のCubに対するアフィニティを改変したものである。CubとNubGは接近することによって、結合し、ユビキチンとなる。ユビキチンに結合する転写因子LexA-VP16は、酵母内の脱ユビキチン化酵素により切断され、核へ移行し、レポーター遺伝子を発現させる。
【0023】
第一のタンパク質と第二のタンパク質は、接近することによって結合し、この結合によってレポーター遺伝子を発現させることできるものであれば特に限定されない。具体的には、上述したLexA-VP16結合CubとNubGのような転写因子を結合させたユビキチンのC側ドメインとN側ドメイン(必要に応じて両ドメインのアフィニティを改変する変異を導入してもよい。)を使用できるが、これに限定されるわけではない。例えば、βグルクロニダーゼの二量体間界面変異体(国際公開第2017/130610号及び国際公開第2020/162203号)や、βガラクトシダーゼのΔα変異体とΔω変異体(Mohler and Blau, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93,12423-12427,1996)、エリスロポエチン受容体(EpoR)細胞内ドメインと、ここからの信号伝達により活性化されるレポーター遺伝子など(Ueda et al., Journal of Immunological Methods 241, 159-170, 2000)も使用することができる。
【0024】
膜貫通タンパク質は、酵母の細胞膜を貫通し、融合タンパク質中の抗体断片部分を細胞膜の外側に存在させ、第一又の第二のタンパク質部分を細胞膜の内側に存在させることができるものであれば特に限定されない。具体的には、エリスロポエチン受容体(EpoR)を使用できるが、これに限定されるわけではない。例えば、各種受容体、より具体的には、上皮細胞増殖因子や血小板由来増殖因子の受容体も使用することができる。
【0025】
膜貫通タンパク質は、酵母の細胞膜を貫通する部分を含んでいればよく、これ以外に細胞膜の外側に存在する部分や細胞膜の内側に存在する部分を含んでいてもよい。また、膜貫通タンパク質は、細胞膜の外側に存在する部分や細胞膜の内側に存在する部分を除いたものであってもよい。例えば、エリスロポエチン受容体は、細胞膜の外側にD1およびD2ドメインを有するが、これらの一部あるいは全部を除去した改変型のエリスロポエチン受容体を使用してもよい。
【0026】
抗体断片は、検出対象とする抗原と結合できるものであれば特に限定されず、例えば、VH(重鎖可変領域)、VL(軽鎖可変領域)、scFv(一本鎖抗体)、Fab、VHH(ラクダ類由来のH鎖抗体)などを使用することができる。抗体断片としてscFv、Fab、又はVHHを使用する場合、(a)の融合タンパク質に含まれる抗体断片と(b)の融合タンパク質に含まれる抗体断片は同じものでよい。一方、抗体断片としてVH又はVLを使用する場合、(a)の融合タンパク質に含まれる抗体断片及び(b)の融合タンパク質の一方にVHが含まれ、他方にVLが含まれるようにする。抗体断片は、検出対象とする抗原に応じて任意の抗体断片を選択することができ、特定の抗体断片に限定されない。具体的には、後述する検出対象とする抗原と特異的に結合する抗体断片を使用することができる。
【0027】
抗体断片が酵母の細胞膜の外側に効率的に移動するように、抗体断片のN末端に分泌シグナル配列を付加してもよい。分泌シグナル配列は、酵母細胞内で機能するものであれば特に限定されず、例えば、酵母SUCシグナル分泌配列(配列番号2)などを使用することができる。
【0028】
融合タンパク質は、抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第一又は第二のタンパク質を含み、必要に応じて、分泌シグナル配列を含むものであれば特に限定されない。融合タンパク質中で、前記タンパク質は、抗体断片、膜貫通タンパク質、第一又は第二のタンパク質の順序で配置され、分泌シグナル配列を含む場合は、分泌シグナル配列、抗体断片、膜貫通タンパク質、第一又は第二のタンパク質の順序で配置される。また、通常、抗体断片(又は分泌シグナル)がN末端側であり、第一又は第二のタンパク質がC末端側である。
【0029】
融合タンパク質は、抗体断片、膜貫通タンパク質、及び第一若しくは第二のタンパク質の三者、又はこれらに分泌シグナル配列を加えた四者のみからなっていてもよいが、他のペプチドやタンパク質などを含んでいてもよい。また、融合タンパク質中の各タンパク質間には、リンカーが含まれていてもよい。リンカーは、融合タンパク質の作製の際に使用される一般的なリンカーでよく、例えば、Gly-Gly-Gly-Gly-Serの繰り返し配列(繰り返し数は通常2~5)、Glu-Ala-Ala-Ala-Lysの繰り返し配列、Asp-Asp-Ala-Lys-Lysの繰り返し配列などを挙げることができる。
【0030】
レポーター遺伝子は、スクリーニング方法に一般的に使用されるものでよく、例えば、β-ガラクトシダーゼ遺伝子、β-グルクロニダーゼ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、GFP遺伝子などを使用することができる。
【0031】
酵母は、各種アッセイに一般的に使用されているものでよい。酵母の中には、予めレポーター遺伝子が導入されているものもある。例えば、酵母株NMY51(Dualsystems Biotech AG)は、β-ガラクトシダーゼ遺伝子が導入されている。本発明においては、そのようなレポーター遺伝子が予め導入されている酵母を使用してもよい。
【0032】
本発明の酵母は、以下の工程(1)~(4)を行うことによって作製することができる。
(1)(a)の融合タンパク質をコードする融合遺伝子を発現するベクターを作製する工程、
(2)(b)の融合タンパク質をコードする融合遺伝子を発現するベクターを作製する工程、
(3)レポーター遺伝子を含むベクターを作製する工程、
(4)工程(1)~(3)で作製したベクターで、酵母を形質転換する工程。
【0033】
レポーター遺伝子を含むベクターは、酵母株NMY51(Dualsystems Biotech AG)に含まれるレポーター遺伝子のように、通常は発現せず、特定のタンパク質(転写因子LexA-VP16)が存在する場合にのみ発現するようにしておいてもよい。なお、酵母株NMY51のように、予めレポーター遺伝子が導入されている場合は、レポーター遺伝子を含むベクターの作製及びこれによる形質転換は省略することができる。
【0034】
本発明の酵母は、以下のような利点を有する。
(1)一晩の培養で大量に増殖可能なので、検査体制の迅速立ち上げが可能である。
(2)抗体を表面に提示するので、実績豊富な抗体試薬と同じ信頼性を実現できる。
(3)酵母内のレポーター遺伝子によって抗原の検出を行うので、高度な抗体試薬作製のノウハウが不要である。
(B)抗原の検出法
【0035】
本発明の抗原の検出法は、試料中の抗原を検出する方法であって、試料を、本発明の酵母と接触させる工程、及びレポーター遺伝子の発現を検出する工程を含むことを特徴とするものである。
【0036】
本発明における「検出」とは、定性的な検出及び定量的な検出の両者を意味する。
【0037】
試料は、検出対象とする抗原が含まれる可能性があるものであればどのようなものでもよく、液体の試料でも、固体の試料であってもよい。例えば、病原菌やウイルスが付着している可能性のある物(例えば、手すり、つり革、トイレ、食品、調理器具)を綿棒などで拭き取って採取した採取物は、本発明における好適な試料となる。また、ヒトからの採取物(血清、血漿、唾液、髄液、尿など)、下水、工業排水なども試料とすることができる。
【0038】
検出対象とする抗原は特に限定されず、低分子化合物(例えば、分子量が1000以下の化合物)を検出対象としてもよく、タンパク質などの高分子化合物、ウイルス、又は細菌を検出対象としてもよい。低分子化合物を検出する場合は、抗体断片として、VH、VL、VHHなどを使用するのが好ましい。一方、高分子化合物、ウイルス、又は細菌を検出する場合は抗体断片として、scFv、Fabなどを使用するのが好ましい。具体的な抗原としては、新型コロナウイルスやノロウイルスなどの有害なウイルス、大腸菌O157などの有害な細菌、カフェインなどの生理活性物質、イミダクロプリドなどのネオニコチノイド系農薬、ポリ塩化ビフェニル、ビスフェノールAなどの環境汚染物質、アフラトキシンB1を含むかび毒などの毒性物質、オステオカルシン、コルチコイド、エストラジオール、アルドステロン、リゾチーム(ニワトリ卵白リゾチームなど)などの生体物質、ジゴキシンなどの薬剤となどを挙げることができる。
【0039】
試料を本発明の酵母と接触させる方法は特に限定されないが、通常は、酵母の培養する培地に試料を添加することにより行う。試料が綿棒による採取物である場合、綿棒ごと培地に入れてもよい。培地や培養温度は、使用する酵母株に応じて適宜決めることができる。培養時間は、レポーター遺伝子の発現を検出し得る時間であれば特に限定されないが、8~16時間とするのが好ましい。培地中の酵母の初期濃度も特に限定されないが、5x10~2x10細胞/mlとするのが好ましい。また、抗原が大腸菌やウイルス粒子のように酵母の細胞壁を透過出来ないと考えられる場合、細胞壁をザイモリアーゼなどの分解酵素で消化したプロトプラストと抗原を反応させても良い。その際の反応時間も、レポーター遺伝子の発現を検出し得る時間であれば特に限定されないが、2~6時間とするのが好ましい。
【0040】
レポーター遺伝子の発現の検出は、レポーター遺伝子の種類に応じて適宜決めることができる。例えば、レポーター遺伝子がβ-ガラクトシダーゼ遺伝子である場合、酵母細胞を破砕し、酵母細胞抽出液を調製し、これにβ-ガラクトシダーゼの基質(発色、蛍光、又は発光基質)を加え、その基質から生成する物質を検出することにより、β-ガラクトシダーゼ遺伝子の発現を検出できる。また、細胞透過性の基質を用いることにより、細胞破砕処理を省略して検出することも可能である。
【実施例0041】
以下に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕BGP(オステオカルシン)ペプチド検出用パトロール酵母の構築
(1)ベクターの構築
VL(BGP)-EpoR融合タンパク質をコードするDNA断片を構築するため、鋳型として哺乳類細胞発現ベクターpEF-BOS-BGPVL-mEpoR (pEF-BOS (Mizushima and Nagata, Nucl. Acids Res. 18(17), 5322, 1990)にBGPVK-mEpoR融合遺伝子を挿入して作製;mouse EpoRはwhole brain cDNAからPCRで単離)を用いてプライマーNot-VLbgp_backおよびSfi-EpoRTM_Forを用いてVL-EpoR D2-TM領域 (配列番号1:GACATTGAGCTCACCCAGTCTCCACTCTCCCTGCCTGTCAGTCTTGGAGATCAAGCCTCCATCTCTTGCACATCTAGTCAGAGCCTTCTACACAGTAATGGAGACACCTATTTACATTGGTACCTGCAGAAGCCAGGCCAGTCTCCAAAGCTCCTGATCTACACACTTTCCAACCGCTTTTCTGGGGTCCCAGACAGGTTCAGTGGCAGTGGATCGGGGACAGATTTCACACTCAAGATCAGCAGAGTGGAGGCTGCGGATCTGGGAATTTATTTCTGCTCTCAAACTACTCATGTTCCGTACACGTTCGGAGGGGGGACCAAGCTGGAAATAAAACGGggatccggaGTGCTCCTGGACGCCCCCGCGGGGCTGCTGGCGCGCCGGGCAGAAGAGGGCAGCCACGTGGTGCTGCGCTGGCTGCCACCTCCTGGAGCACCTATGACCACCCACATCCGATATGAAGTGGACGTGTCGGCAGGCAACCGGGCAGGAGGGACACAAAGGGTGGAGGTCCTGGAAGGCCGCACTGAGTGTGTTCTGAGCAACCTGCGGGGCGGGACGCGCTACACCTTCGCTGTTCGAGCGCGCATGGCCGAGCCGAGCTTCAGCGGATTCTGGAGTGCCTGGTCTGAGCCCGCGTCACTACTGACCGCTAGCGACCTGGACCCTCTCATCTTGACGCTGTCTCTCATTCTGGTCCTCATCTCGCTGTTGCTGACGGTTCTGGCCCTGCTG)を増幅し、プライマーSpe-Suc_backおよびSUC_forを用いてプライマーダイマーとして増幅した酵母SUC分泌シグナル配列(5’-atgatgcttttgcaagcattccttttccttttggctggttttgcagccaaaatatctgcaatg-3’(配列番号3))とオーバーラップ伸長PCRにより融合させた。同様にVH(BGP)-EpoR 融合タンパク質をコードするDNA断片(配列番号5:CAAGTAAAGCTGCAGCAGTCTGGGGCTGAGTTTGTGAAGGCTGGGGCTTCAGTGAAGCTGTCCTGCAAGACTTCTGGCTACACCTTCAACAACTACTGGATTCACTGGGTCAAACAGAGCCCAGGACAAGGCCTTGAATGGATCGGAGAAATTGATCCCTCTGATGGTTATTCTAACTACAATCAAAAATTCAAGGGCAAGGCCACATTGACTGTGGACAAGTCCTCCAGCACTGCCTACATGCACCTCAACAGTCTGACTTCTGAGGACTCTGCGGTCTATTATTGTACAAGCAGCACTTCGGTAGGAGGTTCCTGGGGCCAAGGGACCACGGTCACCGTCTCAAGCggatccggaGTGCTCCTGGACGCCCCCGCGGGGCTGCTGGCGCGCCGGGCAGAAGAGGGCAGCCACGTGGTGCTGCGCTGGCTGCCACCTCCTGGAGCACCTATGACCACCCACATCCGATATGAAGTGGACGTGTCGGCAGGCAACCGGGCAGGAGGGACACAAAGGGTGGAGGTCCTGGAAGGCCGCACTGAGTGTGTTCTGAGCAACCTGCGGGGCGGGACGCGCTACACCTTCGCTGTTCGAGCGCGCATGGCCGAGCCGAGCTTCAGCGGATTCTGGAGTGCCTGGTCTGAGCCCGCGTCACTACTGACCGCTAGCGACCTGGACCCTCTCATCTTGACGCTGTCTCTCATTCTGGTCCTCATCTCGCTGTTGCTGACGGTTCTGGCCCTGCTG)は、pEF-BOS-BGPVH-mEpoR(上記と同様に作製)をテンプレートとして、プライマーSUR-VH-S1/SUR-VH-S2/SUR-VH-S3 / Spe-Suc_backとSfi-EpoRTM_For を用いたPCR反応によりSUC分泌シグナル配列をVH(BGP)-EpoRに融合し、SUC-VH(BGP)-EpoR断片を構築した。こうして得られたSUC-VH(BGP)-EpoRとSUC-VL(BGP)-EpoR断片を、In-Fusion HD Cloning Kit (Clontech, 宝バイオ,大津)を用いて制限酵素Spe IおよびSfi Iで直線化したPrey用ベクターpPR3-C (Dualsystems Biotech AG, Switzerland)に挿入し、配列を確認しpPR-VH(BGP)-EpoRおよびpPR-VL(BGP)-EpoRプラスミドを構築した。
【0042】
またSUC-VH(BGP)-EpoRとSUC-VL(BGP)-EpoRのDNA断片をプライマーXba-Suc_backとSfi-EpoRTM_For2を用いて増幅し、制限酵素XbaIとSfiIを用いて線状化したBait用ベクターpBT3-C (Dualsystems Biotech AG, Switzerland)にIn-Fusion反応により挿入し、pBT-VH(BGP)-EpoRとpBT-VL(BGP)-EpoRプラスミドを構築した。
【0043】
プライマーは、Eurofins Japan(東京)で合成したものを使用した。使用したプライマーの配列は以下の通りである。
SUR-VH-S1 (45-mer):
ATATCTGCAATGGCCATTGCGGCCGCTCAAGTAAAGCTGCAGCAG(配列番号7)
SUR-VH-S2 (39-mer):
TGGCTGGTTTTGCAGCCAAAATATCTGCAATGGCCATTG(配列番号8)
SUR-VH-S3 (38-mer):
GCAAGCATTCCTTTTCCTTTTGGCTGGTTTTGCAGCCA(配列番号9)
Not-VLbgp_back (47-mer):
ATATCTGCAATGGCCATTGCGGCCGCTGACATTGAGCTCACCCAGTC(配列番号10)
Sfi-EpoRTM_For (46-mer):
ATTCTCGAGAGGCCGAGGCGGCCTTCAGCAGGGCCAGAACCGTCAG(配列番号11)
Spe-Suc_back (50-mer):
CAATCAACTCACTAGTTATATGATGCTTTTGCAAGCATTCCTTTTCCTTT(配列番号12)
SUC_for (50-mer):
GGCCATTGCAGATATTTTGGCTGCAAAACCAGCCAAAAGGAAAAGGAATG(配列番号13)
Xba-Suc_back (41-mer):
CACACACTAATCTAGATATATGATGCTTTTGCAAGCATTCC(配列番号14)
Sfi-EpoRTM_For2 (46-mer):
GGAGGCCTTTGGCCGAGGCGGCCTTCAGCAGGGCCAGAACCGTCAG(配列番号15)
【0044】
(2)形質転換
構築したプラスミドをFrozen-EZ Yeast Transformation II Kit(Zymo Research, CA, USA)を用いて酵母NMY51株に形質転換し、選択寒天プレート(表1、トリプトファン(-)、ロイシン(-))上で30℃ 48時間培養し、シングルコロニーを得た。以後の形質転換は全て同様の方法で行った。
【表1】
【0045】
(3)酵母抽出液の調製
酵母を選択培地(トリプトファン-、ロイシン-)で骨疾患マーカーであるオステオカルシンのC末ペプチドBGP-C7(10 μM、NH2-RRFYGPV-COOH、Lifetein、NJ、USA)ありなしの条件で30 ℃一晩培養し、酵母培養液濃度をOD600=0.1に調整した。酵母細胞を0.25mg/mLのザイモリアーゼ(20T, ナカライテスク,京都,日本)で室温1時間処理した後、10秒 (強度45%)、20 kHzの超音波処理(Q125, QSONICA, Newtown, CT, USA)により細胞破砕を行った。
【0046】
(4)発光基質による活性測定
酵母細胞抽出液をβガラクトシダーゼ(β-gal)の発光基質(Atto Glow β-Gal-Substrate, Michigan Diagnostics, MI, USA)と1:1の比率(v/v)で混合し、室温で1時間反応させた。化学発光の測定は、Costar 96ウェルハーフエリアホワイトプレート(Corning, NY, USA)で行った。化学発光をAB-2350ルミノメーター(ATTO、東京、日本)で測定する直前に、終濃度0.2 M NaOHでトリガーした。発光強度は、15分間に15回繰り返し測定した結果の総和である。発光測定は、本実施例の残りの部分についても同じ条件で行った。
【0047】
この結果、pBT-VH(BGP)-EpoRおよびpPR-VL(BGP)-EpoRプラスミドを保持した酵母細胞は、抗原ペプチドBGP-C7の存在下で有意なβ-gal活性の増加を示した(図2)。
【0048】
〔実施例2〕カフェイン検出用酵母の開発
(1)ベクターの構築
カフェインに結合して二量体を形成する性質を持つナノボディVHH(Caf)(Sonneson and Horn, Biochemistry, 48, 6693-6695, 2009)のcDNA断片を、pET-VHH(Caf)-GS-GUSIV5_KW (Su et al., J Biosci Bioeng. 128(6), 677-682, 2019)を鋳型としてプライマーNotVHHbackとBamVHHforで増幅し、In-Fusionクローニングキットを用いてNotIとBamHIで線状化したPrey用ベクターpPR-VL(BGP)-EpoRプラスミドに挿入し、pPR-VHH(Caf)-EpoRプラスミドを構築した。ここにコードされるSUC-VHH(Caf)-EpoR DNA断片をプライマーXba-Suc_backとSfi-EpoRTM_For2を用いて増幅し、In-Fusionクローニングキットを用いてXbaIとSfiIで線状化したBait用ベクターpBT-VL(BGP)-EpoRに挿入し、pBT-VHH(Caf)-EpoRを構築した。
【0049】
使用したプライマーの配列は以下の通りである。
NotVHHback (38-mer):
ATGGCCATTGCGGCCGCTGAAGTTCAACTGCAAGCGTC(配列番号16)
BamVHHfor (39-mer):
GGAGCACTCCGGATCCATGAGAAACAGTAACTTGAGTGC(配列番号17)
Spe-Suc_back (50-mer):
CAATCAACTCACTAGTTATATGATGCTTTTGCAAGCATTCCTTTTCCTTT(配列番号18)
Xba-Suc_back (41-mer):
CACACACTAATCTAGATATATGATGCTTTTGCAAGCATTCC(配列番号19)
NheI_dERD2_For (34-mer):
GGTCCAGGTCGCTAGCCAGGAGCACTCCGGATCC(配列番号20)
【0050】
(2)パトロール酵母の調製
形質転換後、30℃一晩選択培地で酵母を培養し、前培養液を得た。これを終濃度0.1 mMのカフェイン有無の条件で選択培地で10倍に希釈し、30℃で2, 8, 16時間培養した。酵母細胞を5000×gで5分間遠心分離して回収し、PBS緩衝液にOD600=1の濃度になるように再懸濁した。酵母細胞をザイモリアーゼ(20T, 0.25 mg/ml)で室温1時間処理し、細胞壁を消化した後、超音波処理により細胞破砕を行った。
【0051】
(3)化学発光アッセイ
酵母細胞破砕液をβ-gal 発光基質と 1:1 の比率(v/v)で混合し、室温で 1 時間反応させた。その後、発光測定前に 0.2 M NaOH で化学発光をトリガーし、発光をルミノメーターで測定した(図4)。この結果、酵母をカフェインで 16 時間培養した場合に最も良いカフェイン応答性が得られた。
【0052】
(4)EpoR D2ドメインを除去したベクターの構築
D2ドメインを持つコンストラクトではカフェイン非存在下で高いバックグラウンド活性が見られたため、これを除去した系(図5)を構築した。SUC-VHH(Caf)-dERD2 DNA断片を、プライマーSpe-Suc_back / NheI_dERD2_ForまたはXba-Suc_back / NheI_dERD2_Forのセットを用いて増幅した。これにより、膜貫通ドメインを残しつつEpoRのD2ドメインを除去した。前者をSpeIとNheIで線状化したpPR-VHH(Caf)-EpoRプラスミドに挿入し、pPR-VHH(Caf)-dERD2を得た。同様に後者を、XbaIとNheIで線状化したpBT-VHH(Caf)-EpoRプラスミドに挿入し、pBT-VHH(Caf)-dERD2を得た。
【0053】
使用したプライマーの配列は以下の通りである。
Xba-Suc_back (41-mer):
CACACACTAATCTAGATATATGATGCTTTTGCAAGCATTCC(配列番号21)
Spe-Suc_back (50-mer):
CAATCAACTCACTAGTTATATGATGCTTTTGCAAGCATTCCTTTTCCTTT(配列番号22)
NheI_dERD2_For (34-mer):
GGTCCAGGTCGCTAGCCAGGAGCACTCCGGATCC(配列番号23)
【0054】
(5)パトロール酵母の調製
形質転換後、30℃一晩選択培地で酵母を培養し、前培養液を得た。これを±1 mMカフェインを含む選択培地で10倍に希釈し、30℃で16時間培養した。酵母細胞を5000×gで5分間遠心分離して回収し、PBS緩衝液にOD600=1の濃度になるように再懸濁した。酵母細胞を0.25 mg/mlのザイモリアーゼ20Tで室温1時間処理して細胞壁を除去した後、超音波処理により細胞破砕を行った。
【0055】
(6)化学発光アッセイ
酵母細胞破砕液とβ-gal 化学発光基質を混合し、室温で 1 時間反応させた。ケミルミネッセンスは、発光測定前に 0.2 M NaOH でトリガーした。NMY51, 実施例1で構築したBGP検出用酵母を対照群とし、オリジナルプラスミドを保持した酵母とD2除去プラスミドを保持した酵母を比較した(図6)。この結果、EpoR由来領域を短くすることで応答が顕著に向上した。
【0056】
(7)FACSによる蛍光アッセイ
D2ドメイン除去型パトロール酵母を、0.1 mMカフェイン有無の条件で、30℃で16時間培養した。BGP検出酵母をネガティブコントロールとして使用した。細胞を5000×gで5分間遠心沈降し、膜透過性β-Gal基質5-ドデカノイルアミノフルオレセインDi-β-D-ガラクトピラノシド(C12-FDG)(和光、東京都、日本) 0.2 mg/mLを600 μLのPBSで再懸濁し、室温で1時間反応させた。上清を捨て、細胞をPBSで再懸濁し、SH-800セルソーター(ソニー,東京)を用いて488 nmで励起し525/50 nmバンドパスフィルターを通して細胞内のフルオレセインを検出した。各100,000イベントを測定しβ-galによると思われる蛍光を暗色にマークした。この結果カフェイン添加後、全細胞中のβ-gal陽性細胞の割合が2倍以上に増加した(図7,表2)。
【表2】
【0057】
(8)カフェイン濃度依存性の検証
形質転換後、30℃一晩選択培地でD2ドメイン除去型パトロール酵母を培養し、前培養液を得た。これを、各濃度のカフェインを含む選択培地で10倍に希釈し、30℃で16時間培養した。細胞を(5)と同様の処理により破砕したのち、発光基質と混合して室温で45分間反応させた。その後、化学発光を 0.2 M NaOH でトリガーした。この結果、β-gal活性がカフェイン濃度依存的に7倍以上に増加した(図8)。なお一番高いカフェイン濃度(100μM)で若干の信号低下が見られたが、これは二つのVHHそれぞれに対し1個のカフェインが結合することで二量体形成が阻害されたためと考えられる。以上より、カフェインに対するより大きな応答が、D2ドメイン除去型パトロール酵母において酵素反応時間を最適化することで達成された。
【0058】
〔実施例3〕かび毒アフラトキシンを検出するためのパトロール酵母の開発
(1)ベクターの構築
細胞融合法により作製したアフラトキシン認識マウスモノクローナル抗体(5A7)産生ハイブリドーマ由来のVHのcDNAをプライマーNot-VH(5A7)backとBam-VH(5A7)forで増幅し、NotIとBamHIで直線化したpPR-VHH(Caf)-EpoRプラスミドに挿入し、pPR-VH(AFX)-EpoRプラスミドを構築した。同様に、VLのcDNAをプライマーNot-VL(5A7)backとBam-VL(5A7)forで増幅し、pPR-VHH(Caf)-EpoRプラスミドに挿入し、pPR-VL(AFX)-EpoRプラスミドを構築した。またpBT-VH/VL(AFX)-EpoRプラスミドを構築するため、SfiIで切断したpPR3-VH/VL(AFX)-EpoRのVH/VL-EpoR D2をコードする領域を含む断片を、SfiIで線状化したpBT-VHH(Caf)-EpoRプラスミドにそれぞれ挿入した。
【0059】
使用したプライマーの配列は以下の通りである。
Not-VH(5A7)back (40-mer):
ATGGCCATTGCGGCCGCTGAAGTGAAACTTGAGGAGTCTG(配列番号24)
Bam-VH(5A7)for (35-mer):
GGAGCACTCCGGATCCGCTCGAGACTGTGAGAGTG(配列番号25)
Not-VL(5A7)back (40-mer):
ATGGCCATTGCGGCCGCTCAAATTATTCTCACCCAGTCTC(配列番号26)
Bam-VL(5A7)for (36-mer):
GGAGCACTCCGGATCCCCGTTTTATTTCCAACTTTG(配列番号27)
【0060】
(2)パトロール酵母の調製
pPR-VH(AFX)-EpoRプラスミドとpBT-VL(AFX)-EpoRプラスミド、あるいはpPR-VL(AFX)-EpoRプラスミドとpBT-VH(AFX)-EpoRプラスミドを保持した酵母を、各濃度のアフラトキシンB1(富士フイルム和光純薬)を含む選択培地で30℃で16時間培養し、PBS緩衝液にOD600=1の濃度になるように再懸濁した。酵母細胞を0.25 mg/mlのザイモリアーゼ20Tで室温1時間処理して細胞壁を除去した後、超音波処理により細胞破砕を行った。
【0061】
(3)化学発光によるアフラトキシンB1の検出
化学発光基質を添加し、30分間反応させた後0.2 M NaOH でトリガーし、ルミノメーターにより発光強度を測定した。この結果、構築した二種類のパトロール酵母の両方において10 pM以上のアフラトキシンB1存在下で用量依存的なβ-gal活性が観察された(図9)。
【0062】
〔実施例4〕腸管出血性大腸菌O157を検出するためのパトロール酵母の開発
大腸菌O157を検出するため、これを認識する一本鎖抗体を検出部位とする受容体の構築を行った(図10)。
(1)ベクターの構築
大腸菌O157を特異的に認識する抗体(Ojima-Kato et al. Protein Eng. Des. Sel. 29(4), 149-157, 2016)産生細胞より常法によりクローン化したcDNAを用いて構築したscFv(O157)のDNAをプライマーBam-VLO157forとNot-VHO157backで増幅し、NotIとBamHIで直線化したpPR-VHH(Caf)-EpoRプラスミドに挿入し、pPR-ScFv(O157)-EpoRプラスミドを構築した。またpBT-ScFv(O157)-EpoRプラスミドを構築するために、ScFv(O157)のDNAをプライマーHind-ScFvO157forとNco_ScFvO157backを用いて増幅し、HindIIIとNcoIで線状化したpBT-VHH(Caf)-EpoRプラスミドに挿入した。
【0063】
使用したプライマーの配列は以下の通りである。
Bam-VLO157for (36-mer):
GGAGCACTCCGGATCCAGCCCGTTTTATTTCCAACT(配列番号28)
Not-VHO157back (39-mer):
ATGGCCATTGCGGCCGCTCAGGTCCAGCTGCAGCAGTCT(配列番号29)
Hind-ScFvO157for (36-mer):
CACCGGCCGCAAGCTTAGCCCGTTTTATTTCCAACT(配列番号30)
Nco_ScFvO157back (36-mer):
GACGACAAGGCCATGCAGGTCCAGCTGCAGCAGTCT(配列番号31)
【0064】
(2)酵母の調製
pBT/pPR-ScFv(O157)プラスミドを保持した酵母を選択培地で30℃で一晩培養し、5000×gで5分間遠心分離して回収し、OD600=1の濃度になるように選択培地に再懸濁した後、ザイモリアーゼ(0.25 mg/ml)で室温1時間処理した。一晩培養した無毒性O157:H7 (ATCC43888)(OD600=2)を100倍に希釈し、酵母細胞と混合して30℃で2時間または4時間培養した。
【0065】
(3)化学発光によるO157検出
超音波による細胞破砕を行った後、化学発光基質を添加し、前記の条件でルミノメーターにより発光強度を測定した。この結果、含まれる可能性のあるO157自身の内在活性を上回るO157依存的なβ-gal活性が観察できた(図11)。
【0066】
(4)O157特異性の確認
pBT/pPR-ScFv(O157)プラスミドを保持した酵母を選択培地で30℃一晩培養し、5000×gで5分間遠心分離して回収し、OD600=1の濃度まで選択培地に再懸濁した後、ザイモリアーゼ(0.25 mg/ml)で1時間室温で処理した。異なる大腸菌株XL10-Gold、TG1、SHuffle(登録商標) T7、BL21(DE3)、O157(それぞれOD600=2)の一晩培養液を100倍に希釈し、酵母細胞と混合して30℃で4時間培養した。超音波による細胞破砕を行った後、化学発光基質を添加して1時間反応させ、ルミノメーターで発光強度を測定した。この結果よりT検定を行い、大腸菌O157検出用酵母によるO157に対する特異的反応を確認できた(p <0.01)(図12)。
【0067】
(5)O157濃度を算出するための標準曲線
O157培養物を異なる濃度に希釈し、OD600で測定した。その後、異なる濃度のO157培養物のCFUを測定した。OD600とO157のCFUとの直線関係を示す標準曲線を作成した(図13)。
【0068】
(6)O157用量依存性応答
pBT/pPR-ScFv(O157)プラスミドを保持した酵母を選択培地で30℃一晩培養し、5000×gで5分間遠心分離して回収し、選択培地にOD600=1の濃度まで再懸濁した後、ザイモリアーゼ(0.25 mg/ml)で室温で1時間処理した。一晩培養したO157(OD600=2)を109 CFU/mlに相当するOD600=1.7に希釈し、102、103、104、105、106、107 CFU/mlに希釈して酵母細胞と混合し、30℃で4時間培養した。その後、Yeast/E. coli混合物を10 gで10分間遠心分離し、上清を捨てて大腸菌を除去し、酵母をPBSで再懸濁した。超音波による細胞破砕を行った後、バックグラウンドシグナルを低減するため化学発光基質を添加して 20 分間反応させ、発光強度を測定した(図14)。検出限界LODは2.5x104 CFU/mLと計算された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、食品検査などに関連する産業分野において利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
【配列表】
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