(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022041186
(43)【公開日】2022-03-11
(54)【発明の名称】ラマン散乱光による温度測定方法及びラマン分光分析装置
(51)【国際特許分類】
G01K 11/125 20210101AFI20220304BHJP
G01N 21/65 20060101ALI20220304BHJP
G01J 3/44 20060101ALI20220304BHJP
【FI】
G01K11/12 C
G01N21/65
G01J3/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020146250
(22)【出願日】2020-08-31
(71)【出願人】
【識別番号】513279283
【氏名又は名称】株式会社堀場テクノサービス
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100129702
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 喜永
(72)【発明者】
【氏名】中田 靖
【テーマコード(参考)】
2F056
2G020
2G043
【Fターム(参考)】
2F056VF12
2F056VF16
2G020CA04
2G020CB23
2G020CC63
2G020CD03
2G020CD13
2G020CD23
2G020CD24
2G020CD33
2G020CD34
2G020CD37
2G043AA01
2G043AA06
2G043EA03
2G043JA01
2G043MA03
2G043NA01
(57)【要約】
【課題】ラマン散乱光を利用した試料の温度測定方法において、励起光が照射されている所定部位における試料の温度を簡便に精度よく、しかも短時間で測定できるようにする。
【解決手段】ストークス側ラマン散乱光強度及びアンチストークス側ラマン散乱光強度と試料温度との関係を示す理論式に対して、試料所定部位の仮定温度と、検出したアンチストークス側ラマン散乱光強度である検出光強度とを当てはめることにより、該仮定温度でのストークス側ラマン散乱光強度である理論光強度を算出し、ストークス側の理論光強度と検出したストークス側のラマン散乱光強度との相関が最大又は所定の閾値よりも大きくなるときの仮定温度を試料の測定温度とする。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の所定部位に励起光を照射して発生するラマン散乱光において、該励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側にそれぞれ所定シフト波数だけシフトさせた波数でのシフト波数ストークス側及びアンチストークス側の光強度であるストークス側光強度及びアンチストークス側光強度を検出するラマン散乱光強度検出ステップと、
前記所定部位の温度を複数仮定する温度仮定ステップと、
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光の強度と試料温度との理論的な関係である理論関係と、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出された各側の検出光強度と前記温度仮定ステップで仮定された仮定温度との関係である仮定関係との相関を、各仮定温度についてそれぞれ求める相関算出ステップと、
前記相関算出ステップで算出した、各仮定温度での相関に基づいて、前記所定部位の測定温度を特定する温度特定ステップと有することを特徴とする温度測定方法。
【請求項2】
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光強度と試料温度との理論的な関係を示す理論式に対し、前記温度仮定ステップで仮定した仮定温度と、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出したいずれか一方側のラマン散乱光強度である検出光強度を当てはめて、他方側の理論的なラマン散乱光強度である理論光強度を算出する理論光強度算出ステップを有し、
前記相関算出ステップでは、前記他方側の理論光強度に対する前記他方側の検出光強度の相関を、前記複数の仮定温度のそれぞれについて求めることを特徴とする請求項1記載の温度測定方法。
【請求項3】
前記温度特定ステップにおいて、前記相関が最も高くなるか、または所定の閾値よりも高くなるときの仮定温度を、前記所定部位の測定温度とする請求項1又は2記載の温度測定方法。
【請求項4】
前記ラマン散乱光強度検出ステップにおいては、異なる複数のシフト波数でのストークス側検出光強度及びアンチストークス側検出光強度をそれぞれ検出し、
前記理論光強度算出ステップにおいては、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出した他方側の各検出光強度にそれぞれ対応する複数の他方側の理論光強度を算出し、
前記相関算出ステップにおいては、前記理論光強度算出ステップで算出した複数の他方側の各理論光強度と、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出した複数の他方側の検出光強度との相関を求めることを特徴とする請求項2記載の温度測定方法。
【請求項5】
前記ラマン散乱光強度検出ステップにおいては、分光器を経て光検知器で検知された各ラマン散乱光強度を補間して、波数について連続するストークス側及びアンチストークス側のスペクトルデータを算出し、これらスペクトルデータから、異なる複数のシフト波数でのストークス側検出光強度及びアンチストークス側検出光強度をそれぞれ算出することを特徴とする請求項4記載の温度測定方法。
【請求項6】
請求項1、2、3、4又は5記載の温度測定方法を用いたラマン分光分析方法であって、
前記ラマン散乱光に基づいて試料の前記所定部位を分析する分析ステップと、
前記分析ステップでの分析過程又は分析結果を表示する表示画面に、前記測定温度を同時に表示する表示ステップとを有することを特徴とするラマン分光分析方法。
【請求項7】
前記分析ステップにおける所定部位の分析中に、温度が複数回測定され、前記表示ステップにおいては、温度測定の都度、その測定温度が更新表示される請求項6記載のラマン分光分析方法。
【請求項8】
試料の所定部位に励起光を照射する光源と、励起光の照射により発生するラマン散乱光を検知する光検知器と、前記光検知器が検知したラマン散乱光に基づいて、前記所定部位の温度を測定する温度測定部とを備え、
前記温度測定部が、
前記光検知器が検知したラマン散乱光に基づいて、該励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側にそれぞれ所定シフト波数だけシフトさせた波数でのシフト波数ストークス側及びアンチストークス側の光強度であるストークス側光強度及びアンチストークス側光強度を検出するラマン散乱光強度検出部と、
前記所定部位の温度を複数仮定する温度仮定部と、
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光の強度と試料温度との理論的な関係である理論関係と、前記ラマン散乱光強度検出部で検出された各側の検出光強度と前記温度仮定部で仮定された仮定温度との関係である仮定関係との相関を、各仮定温度についてそれぞれ求める相関算出部と、
前記相関算出部で算出した、各仮定温度での相関に基づいて、前記所定部位の測定温度を特定する温度特定部と有することを特徴とする温度測定装置。
【請求項9】
前記温度測定部が、ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光強度と試料温度との理論的な関係を示す理論式に対し、前記温度仮定部で仮定した仮定温度と、前記ラマン散乱光強度検出部で検出したいずれか一方側のラマン散乱光強度である検出光強度を当てはめて、他方側の理論的なラマン散乱光強度である理論光強度を算出する理論光強度算出部をさらに有し、
前記相関算出部が、前記他方側の理論光強度に対する前記他方側の検出光強度の相関を、前記複数の仮定温度のそれぞれについて求めることを特徴とする請求項8記載の温度測定装置。
【請求項10】
請求項8又は9記載の温度測定装置を有するラマン分光分析装置であって、
前記ラマン散乱光に基づいて試料の前記所定部位を分析する分析部と、
前記分析部での分析過程又は分析結果と前記測定温度とを同時に同一画面に表示する表示部とを備えたラマン分光分析装置。
【請求項11】
試料の所定部位に励起光を照射する光源と、励起光の照射により発生するラマン散乱光を検知する光検知器とを備えたラマン分光分析装置又は温度測定装置に適用されるプログラムであって、
前記光検知器が検知したラマン散乱光に基づいて、該励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側にそれぞれ所定シフト波数だけシフトさせた波数でのシフト波数ストークス側及びアンチストークス側の光強度であるストークス側光強度及びアンチストークス側光強度を検出するラマン散乱光強度検出部と、
前記所定部位の温度を複数仮定する温度仮定部と、
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光の強度と試料温度との理論的な関係である理論関係と、前記ラマン散乱光強度検出部で検出された各側の検出光強度と前記温度仮定部で仮定された仮定温度との関係である仮定関係との相関を、各仮定温度についてそれぞれ求める相関算出部と、
前記相関算出部で算出した、各仮定温度での相関に基づいて、前記所定部位の測定温度を特定する温度特定部としての機能を発揮させることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラマン散乱光を利用した温度測定方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、試料に励起光を照射したときに発生するラマン散乱光を利用して、当該試料を分析する方法(以下、ラマン分光法という。)が知られている。ラマン散乱光とは、励起光とは異なる波長(波数)の散乱光のことで、励起光のピーク波長の前後の帯域に表れる。
【0003】
このラマン分光法によって試料を分析する際、励起光の照射により試料の温度が上がりすぎて、過熱状態となり、試料に変性、変質などが生じて、分析に不具合が生じる場合がある。
【0004】
これは、試料の温度をモニタリングしておくことによって防止することができる。例えば、特許文献1には、ラマン分光分析装置において分析の妨害事象が生じたときに、その妨害事象を測定画面に表示するとともに、その対処を促すヘルプ情報を表示するようにした構成が記載されている。過熱状態を分析妨害事象として上述の構成を適用すればよいわけである。
そのためには、試料温度を検出することが必要となる。
【0005】
しかしながら、試料温度測定のための温度センサを別途取り付けたのでは、大型化や構造の複雑化、あるいは高価格化等を招く恐れがある。さらに、試料において、励起光が照射されているピンポイント領域の温度を測定することも難しい。
【0006】
また、ラマン散乱光のストークス側及びアンチストークス側の強度は試料温度に依存しており。それらから試料温度を求める式は公知であり、これを用いて試料の温度を測定する方法が特許文献2に記載されているから、これを利用して、専用の温度センサーを設けることなく試料の温度を測定することも考えられる。しかしながら、この方法では、短時間で試料の正確な温度を測定することが難しい。
【0007】
というのも、当該方法においては、温度測定精度を担保するために、測定された生のラマンスペクトルの各波数の光強度それぞれに対して、異なる値のオフセットを設定する、つまりベースライン補正を施すことが必要で、そのオフセット値を求めるための計算負荷が極めて大きく、時間がかかるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許5385865号公報
【特許文献2】特開平11-337420号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上述したような問題に鑑みてなされたものであり、ラマン散乱光を利用した試料の温度測定方法において、励起光が照射されている所定部位における試料の温度を簡便に精度よく、しかも短時間で測定できるようにすること、及び当該温度測定方法を用いたラマン分光分析装置を提供することをその主たる所期課題としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明に係る温度測定方法は、以下のとおりである。
【0011】
試料の所定部位に励起光を照射して発生するラマン散乱光において、該励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側に所定シフト波数だけそれぞれシフトさせた波数での光強度であるストークス側光強度及びアンチストークス側光強度を検出するラマン散乱光強度検出ステップと、
前記所定部位の温度を複数仮定する温度仮定ステップと、
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光の強度と試料温度との理論的な関係である理論関係と、ラマン散乱光強度検出ステップで検出された各側の検出光強度と前記温度仮定ステップで仮定した仮定温度との関係である仮定関係との相関を、各仮定温度についてそれぞれ求める相関算出ステップと、
前記相関算出ステップで算出した、各仮定温度での相関に基づいて、前記所定部位の測定温度を特定する温度特定ステップと有することを特徴とするものである。
【0012】
より具体的には、本発明に係る温度測定方法は、
試料の所定部位に励起光を照射して発生するラマン散乱光において、該励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側に所定シフト波数だけそれぞれシフトさせた波数でのラマン散乱光強度であるストークス側光強度及びアンチストークス側光強度とを検出するラマン散乱光強度検出ステップと、
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光強度と試料温度との理論的な関係を示す理論式を記憶する理論式記憶ステップと、
前記所定部位の温度を複数仮定する温度仮定ステップと、
前記温度仮定ステップで仮定した仮定温度と、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出したいずれか一方側のラマン散乱光強度(以下、検出光強度という。)とを、前記理論式に当てはめることにより、他方側の理論的なラマン散乱光強度(以下、理論光強度という。)を算出する理論光強度算出ステップと、
前記他方側の理論光強度に対する前記他方側の検出光強度の相関を、前記複数の仮定温度のそれぞれについて求める相関算出ステップと、
前記相関算出ステップで求めた、各仮定温度での相関に基づいて、前記所定部位の測定温度を特定する温度特定ステップと有することを特徴とするものである。
【0013】
上述した本発明は、ラマン散乱光強度から演繹的に温度を求めるのではなく、先に温度を仮定して、その仮定温度から導かれるラマン散乱光強度が、実測したラマン散乱光強度に近しくなるときの仮定温度を測定温度とする、いわば帰納的に試料温度を測定するので、ベースライン補正などを施していない、つまり前処理をしていないラマン散乱光の強度スペクトルデータに直接的に適用できる。
【0014】
したがって、前記ベースライン補正などといった、負荷が大きくかつ不確実性の残る演算が不要となり、短時間で連続的に、かつ正確な温度測定が可能となる。そして、この温度測定結果を用いれば、例えば、試料に対する温度損傷の可能性をリアルタイムで判断することができる。もちろん、ラマン散乱光を利用して温度測定しているので、励起光が照射されている部位における試料の温度をピンポイントで測定できるという前提効果も奏し得る。
【0015】
また、前処理が不要で、ラマンスペクトル形状にかかわらず、また、ラマンバンドを特定することなく温度測定できるので、試料の組成等に対する依存性もない。このことは、例えば、組成が均一でない試料の各部位の温度マッピングデータを容易に取得できるという効果に繋がる。マッピング過程で元素や組成が変わってバンドが変わっても温度測定への影響が極めて小さいからである。ラマン分光分析装置の一つであるラマン顕微鏡に本発明を適用した場合にその効果が顕著となる。
【0016】
温度特定ステップにおける具体的実施態様としては、前記相関が最も高くなるか、または所定の閾値よりも高くなるときの仮定温度を、前記所定部位の測定温度とすることを挙げることができる。
【0017】
より精度の高い温度測定を実現するためには、多点データの相関、例えばラマンスペクトルの相関を取ることが好ましい。ラマンスペクトルの局所的なノイズによる強度のぶれの影響を受けにくくなるからである。
【0018】
そのためには、前記ラマン散乱光強度検出ステップにおいては、異なる複数のシフト波数でのストークス側検出光強度及びアンチストークス側検出光強度をそれぞれ検出し、前記理論光強度算出ステップにおいては、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出した他方側の各検出光強度にそれぞれ対応する複数の他方側の理論光強度を算出し、前記相関算出ステップにおいては、前記理論光強度算出ステップで算出した複数の他方側の各理論光強度と、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出した複数の他方側の検出光強度との相関を求めるようにすることが好ましい。
他方、本方法では、励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側のそれぞれに同一シフト波数だけシフトさせた波数でのラマン散乱光の強度(検出光強度)用いる。しかしながら、分光器によっては、励起光の波数から同一シフト波数だけシフトさせた波数に都合よく分光できない。
そこで、ラマン散乱光強度検出ステップにおいては、分光器を経て光検知器で検知された複数波数でのラマン散乱光強度を補間して、波数について連続するストークス側及びアンチストークス側のスペクトルデータを算出し、これらスペクトルデータから、異なる複数のシフト波数での前記ストークス側検出光強度及びアンチストークス側検出光強度をそれぞれ算出するようにしておくことが好ましい。
【0019】
また、本発明の効果が特に顕著となる実施態様としては、前記温度測定方法を用いたラマン分光分析方法であって、前記ラマン散乱光に基づいて試料の前記所定部位を分析する分析ステップと、前記分析ステップでの分析過程又は分析結果を表示する表示画面に、前記測定温度を同時に表示する表示ステップとを有することを特徴とするラマン分光分析方法を挙げることができる。
【0020】
1回の試料分析中における試料温度の時間変化を把握できるようにするには、前記分析ステップにおける所定部位の分析中に、温度が複数回測定され、前記表示ステップにおいては、温度測定の都度、その測定温度が更新表示されるようにしておくことが好ましい。
【0021】
また、本発明は、試料の所定部位に励起光を照射する光源と、励起光の照射により発生するラマン散乱光を検知する光検知器と、前記光検知器が検知したラマン散乱光に基づいて、前記所定部位の温度を測定する温度測定部とを備え、
前記温度測定部が、
前記光検知器が検知したラマン散乱光に基づいて、前記励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側に同シフト波数だけそれぞれシフトさせた波数でのラマン散乱光の強度であるストークス側ラマン散乱光強度及びアンチストークス側ラマン散乱光強度とを検出するラマン散乱光強度検出部と、
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光強度と試料温度との関係を示す理論式を予め記憶している理論式記憶部と、
前記所定部位の温度を複数仮定する温度仮定部と、
前記温度仮定部で仮定した仮定温度、及び、前記ラマン散乱光強度検出部で検出した一方側のラマン散乱光強度(以下、検出光強度という。)を、前記理論式に当てはめることにより、他方側の理論的なラマン散乱光強度(以下、理論光強度という。)を算出する理論光強度算出部と、
前記他方側の理論光強度に対する前記他方側の検出光強度の相関を、前記複数の仮定温度のそれぞれについて求める相関算出部と、
前記相関算出部で求めた、各仮定温度での相関に基づいて、前記所定部位の測定温度を特定する温度特定部と備えることを特徴とする温度測定装置であってもよい。
【0022】
また、本発明の効果が特に顕著となる実施態様としては、前記ラマン散乱光に基づいて試料の前記所定部位を分析する分析部と、前記分析部での分析過程又は分析結果と前記測定温度とを同時に同一画面に表示する表示部とを備えたラマン分光分析装置を挙げることができる。
【0023】
また、本発明は、試料の所定部位に励起光を照射する光源と、励起光の照射により発生するラマン散乱光を検知する光検知器とを備えたラマン分光分析装置に適用されるプログラムであって、
前記光検知器が検知したラマン散乱光に基づいて、該励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側にそれぞれ所定シフト波数だけシフトさせた波数でのシフト波数ストークス側及びアンチストークス側の光強度であるストークス側光強度及びアンチストークス側光強度を検出するラマン散乱光強度検出部と、
前記所定部位の温度を複数仮定する温度仮定部と、
ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光の強度と試料温度との理論的な関係である理論関係と、前記ラマン散乱光強度検出ステップで検出された各側の検出光強度と前記温度仮定ステップで仮定された仮定温度との関係である仮定関係との相関を、各仮定温度についてそれぞれ求める相関算出部と、
前記相関算出ステップで算出した、各仮定温度での相関に基づいて、前記所定部位の測定温度を特定する温度特定部としての機能を発揮させることを特徴とするプログラムでもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、上述したように、励起光が照射されている所定部位における試料の温度を簡便に精度よく、しかも短時間で測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の一実施形態におけるラマン分光分析装置の全体模式図である。
【
図2】同実施形態における温度測定部(温度測定装置)の動作を示すフローチャートである。
【
図3】同実施形態におけるラマン分光分析装置の分析画面表示例である。
【
図4】同実施形態における温度測定において、温度を特定した際の、アンチストークス側想定ラマンスペクトル(アンチストークス側想定光強度)と、アンチストークス側検出ラマンスペクトル(ストークス側検出光強度)との相関を示す相関グラフである。
【
図5】同実施形態における温度測定において、温度を特定した際の、アンチストークス側想定ラマンスペクトル(アンチストークス側想定光強度)と、アンチストークス側検出ラマンスペクトル(ストークス側検出光強度)とを重ねて示すスペクトル図である。
【
図6】本発明の他の実施形態における手動での温度測定方法のフローチャートである。
【
図7】本発明のさらに他の実施形態におけるラマン分光分析装置の分析画面表示例である。
【
図8】本発明のさらに他の実施形態におけるラマン分光分析装置の温度表示例である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施形態に係るラマン分光分析装置について、図面を参照して説明する。
【0027】
図1は、本実施形態のラマン分光分析装置100の全体構成を示した概要ブロック図である。
この図中、符号1は、試料Wに励起光を照射する光源を示している。ここでは、光源1として単色レーザ光を射出するレーザ光源を用いているが、これに限られるものではない。
【0028】
符号2は、前記励起光の照射によって発生するラマン散乱光を分光する分光器を示している。ここでは、分光器としてグレーティングを用いているが、これに限られるものではない。
【0029】
符号3は、前記分光器が分光した各波長の光を検知し、検知した各波長の光強度に応じた値を有するラマン検知信号を出力する光検知器を示している。この光検知器3は、例えば、CCDや光電子増倍管などの光センサと、該光センサの出力信号に、例えばインピーダンス変換処理やデジタル化処理などを施して、前記ラマン検知信号を生成する信号変換器とを備えたものである。
【0030】
符号4は、前記光検知器3から出力されるラマン検知信号を受信し、これを演算処理して試料の分析を行う情報処理装置を示している。この情報処理装置4は、CPU、メモリ、I/Oポートなどを有したいわゆるコンピュータであり、前記メモリに予め格納されたプログラムに従ってCPUや周辺機器が協動することによって、
(1)前記各波長ごとのラマン検知信号を受信する受信部41、
(2)これら各ラマン検知信号の値、すなわち各波長ごとの光強度を補間して、波長(波数)について実質的に連続するラマンスペクトルデータ(以下、原ラマンスペクトルともいう。)を生成し、さらに、この原ラマンスペクトルデータにベースライン補正などを施して、分析に利用することが可能な二次ラマンスペクトルデータを生成する前処理部42、
(3)前記二次ラマンスペクトルデータに基づいて試料の物性等を分析する試料分析部43
(4)該試料分析部による分析結果データをディスプレイやファイルなどに出力する出力部44
等としての機能を発揮する。
なお、(2)で述べた補間方法としては、例えば、直近2点のデータの加重平均をとる方法を挙げることができる。
【0031】
しかして、本実施形態に係るラマン分光分析装置100は、
図1に示すように、励起光が照射されている試料Wの所定部位における温度を測定する温度測定部45(特許請求の範囲における温度測定装置に相当する。)を備えている。
【0032】
この温度測定部45は、試料分析に利用される前記ラマン検知信号を用いて、分析中の試料温度をリアルタイムで測定するものであり、具体的には、前記情報処理装置4のプログラムによって実現される。
そこで、この温度測定部45の詳細を、その動作である温度測定方法の説明を兼ねて、以下に説明する。
【0033】
図2に示すように、まず、温度測定部45は、励起光が試料Wに照射されて分析が開始されているかどうかを判断し(ステップS1)、分析中の場合には、前記前処理部42で生成された原ラマンスペクトルデータを取得する(ステップS2)。この原ラマンスペクトルデータは、前述したように、波数について離散的なラマン検知信号の値を補間して、波数について連続な値を有するように成形しただけのもので、ラマン検知信号の値そのものを変更するようなベースライン補正等を施していない、実質的には、各波数についてのラマン散乱光の生の強度を示すスペクトルデータともいうべきものである。
【0034】
次に、この温度測定部45は、前記原ラマンスペクトルデータを参照して、励起光の波数ωoから所定のシフト波数ωrだけストークス側にシフトした波数 (ωo + ωR)におけるラマン散乱光強度(以下、ストークス側検出光強度ISともいう。)と、該励起光から前記シフト波数ωRだけアンチストークス側にシフトした波数 (ωo - ωR) におけるラマン散乱光強度(以下、アンチストークス側検出光強度IASともいう。)を取得する。
【0035】
温度測定部45は、この動作を予め定めたn個の異なるシフト波数ωR(1)~ωR(n)について行い、ストークス側検出光強度IS(1) ~IS(n) 及びアンチストークス側検出光強度IAS(1) ~IAS(n) を取得して、これらをメモリの所定領域に格納する(ステップS3)。なお、ストークス側検出光強度IS(1) ~IS(n) 及びアンチストークス側検出光強度IAS(1) ~IAS(n) が、いわゆるストークス側とアンチストークス側での検出されたラマンスペクトルデータである。
【0036】
シフト波数ωR(1) ~ωR(n) の範囲は、少なくとも複数のラマンピークに亘るような可及的広い範囲にしてある。また、nは可及的に大きな数としてシフト波数間隔をできるだけ小さくしてある。このシフト波数の範囲及び間隔は、温度測定の精度と温度測定の計算時間とのトレードオフで適宜定められる。
【0037】
なお、このステップS3が、特許請求の範囲におけるラマン散乱光強度検出ステップに対応し、当該ラマン散乱光強度検出ステップを実現するプログラム上の機能部が、特許請求の範囲におけるラマン散乱光強度検出部に対応する。
【0038】
他方、メモリの所定領域には理論式記憶部が設定してある。この理論式記憶部には、下記式(数1)に示すように、ストークス側及びアンチストークス側の各ラマン散乱光強度と試料温度との関係を示す理論式が予め格納されている。
【0039】
【0040】
ここで、ωoは、励起光(レーザー光)の絶対波数、ωRはラマンシフト波数、hはプランク定数、cは光の速度、kBはボルツマン定数、Tは絶対温度である。
なお、この理論式としては、(数1)と等価な数式も含むし、数値が羅列されたテーブル形式のものも含む。
【0041】
次に、温度測定部45は、試料Wにおける所定部位の温度Tを仮定する(ステップS4)。ここでは、仮定温度Tが予めメモリに格納してあって、これを温度測定部45が取得するように構成してあるが、オペレータの入力や通信によって指示された値をもって、仮定温度としても構わない。
【0042】
なお、このステップS4及び後述するステップS8が、特許請求の範囲における温度仮定ステップに対応し、当該温度仮定ステップを実現するプログラム上の機能部が、特許請求の範囲における温度仮定部に対応する。
【0043】
次に、温度測定部45は、試料温度が前記仮定温度Tであるという前提で、各シフト波数でのアンチストークス側検出光強度IAS(1)~IAS(n)を、前記式(数1)に代入し、該仮定温度Tにおける各シフト波数でのストークス側光強度IS(1)~IS(n)を算出する(ステップS5)。以下では、この算出されたストークス側光強度IS(1)~IS(n)を、ストークス側検出光強度IS(1)~IS(n)と区別するために、ストークス側理論光強度I'S(1)~I'S(n)と表記する。
【0044】
なお、このステップS5が、特許請求の範囲における理論光強度算出ステップに対応し、当該理論光強度算出ステップを実現するプログラム上の機能部が、特許請求の範囲における理論光強度算出部に対応する。
【0045】
次に、温度測定部45は、前記ストークス側検出光強度IS(1)~IS(n)と前記ストークス側理論光強度I'S(1)~I'S(n)とをそれぞれ比較し、その相関を算出する(ステップS6)。ここでは、相関の判断に相関係数を用いているが、残差平方和や決定係数を用いてもよい。具体的には、例えば、各シフト波数ωR(i)について(iは1~nの整数)、ストークス側検出光強度IS(i)とストークス側理論光強度I'S(i)とを比較し、それらの比較結果から相関係数を求める、そして、その相関係数を相関値Xとし、メモリの所定領域に格納する。相関値(相関係数)Xは-1から1の間の値をとるもので、1のとき、相関が最も高い(強い)こととなる。なお、この相関係数の算出方法は既知であるため、説明を省略する。
【0046】
このステップS6が、特許請求の範囲における相関算出ステップに対応し、当該相関算出ステップを実現するプログラム上の機能部が、特許請求の範囲における相関算出部に対応する。
【0047】
次に温度測定部45は、前記相関値が最大になったどうかを判断する(ステップS7)。ここでは、相関値の二乗である決定値を用いる。この決定値は、極大値を有するので、極大となった時に相関値が最大であると判断する。より具体的には、前回の仮定温度での決定値と現在の仮定温度での決定値との変化率が+から-、あるいは-から+に転じた時に相関値が最大と判断する。
そして、最大でないと判断した場合は、仮定温度を変更し(ステップS8)、ステップS5に戻る。仮定温度の変更方法については、一定間隔又は不定間隔で増加乃至減少させていってもよいし、例えば相関値の変化傾向に合わせて、仮定温度の変更幅及び変更向きをフィードバック的に都度変えるようにしてもよい。
【0048】
最大と判断した場合は、温度測定部45は、その時の仮定温度Tを測定温度とし、該測定温度を示す測定温度データを測定時刻及び試料Wの所定測定部位を示す位置データと対にしてメモリにログ記録する。また、温度測定部45は、前記測定温度データを、前記出力部44を介して、出力し、
図3に示すように、該測定温度データが示す測定温度を、ラマン分析表示画面中に、リアルタイムで数値またはグラフとして表示する(ステップS9)。
【0049】
図4は、上述のようにして、温度が特定されたときの相関グラフの一例を示している。また、
図5は、温度が特定された時の、検出されたラマンスペクトルデータ(ストークス側検出光強度I
S(1)~I
S(n))と理論上のラマンスペクトルデータ(ストークス側理論光強度I'
S(1)~I'
S(n))とを同一グラフ上に表したものである。なお、この
図5でStokesで表される実線が、ストークス側検出光強度I
S(1)~I
S(n)によるスペクトルを示し、Anti Stokes Corrで示される一点鎖線が、ストークス側理論光強度I'
S(1)~I'
S(n)によるスペクトルを示している。
【0050】
これら
図4、
図5から、高い相関と一致度が把握でき、温度測定が有効に行われていることがわかる。
【0051】
次に、温度測定部45は、ステップS1に戻り、前記所定部位の分析が終了していれば、試料Wの別の部位又は別試料Wの分析が開始されるまで待機状態となり、まだ終了していなければ、すなわち、レーザ光が当該所定部位に照射されていれば、再度当該所定部位の温度測定を開始する。そして、測定が終わると、その測定温度を測定時刻及び試料Wの所定部位を示す位置データと対にしてメモリに追加記録するとともに、ラマン分析表示画面中の表示を更新する。
【0052】
しかして、このようなものであれば、ベースライン補正などを施していない、つまり前処理をしていないラマンスペクトルデータから直接的に温度を測定しているので、前記ベースライン補正などといった、負荷が大きくかつ不確実性の残る演算が不要となり、短時間で連続的に、かつ正確な温度測定が可能となる。この温度測定結果を用いれば、例えば、試料に対する温度損傷の可能性をリアルタイムで判断することができる。またラマン散乱光を利用して温度測定しているので、励起光が照射されている部位における試料の温度をピンポイントで測定できる。
【0053】
また、前処理が不要で、ラマンスペクトル形状やラマンバンドにかかわらず温度測定できるので、試料の組成等に対する依存性もない。このことは、例えば、組成が均一でない試料の各部位の温度マッピングデータを容易に取得できるという効果に繋がる。マッピング過程で元素や組成が変わってバンドが変わっても温度測定への影響が極めて小さいからである。
【0054】
さらに、本実施形態では、n個の多点データによる相関、いいかえればスペクトル形状同士の相関から温度を測定しているので、ラマンスペクトルの局所的なノイズによる強度のぶれの影響を受けにくく、測定精度を担保できる。
また、測定温度をその測定時刻及び測定部位と対にしてログ記録しているので、分析と同時での温度検証のみならず、試料分析後に、そのログ記録による温度検証を行うこともできる。
【0055】
本実施形態では、励起光の波数からストークス側及びアンチストークス側のそれぞれに同一シフト波数だけシフトさせた波数でのラマン散乱光の強度(検出光強度)用いる。しかしながら、分光器によって、励起光の波数から同一シフト波数だけシフトさせた波数に分光することは理論的には可能であるとしても実際には極めて難しい。
そこで本実施形態では、補間によって波数について実質的に連続するストークス側及びアンチストークス側のスペクトルデータを算出し、これらスペクトルデータから、異なる複数のシフト波数での前記ストークス側検出光強度及びアンチストークス側検出光強度をそれぞれ算出するようにしている。この補間には大きな演算負荷はかからないので、ラマン分光に用いられる一般的な分光器を用いながら、精度のよい温度測定することが可能になる。
【0056】
なお、本発明は前記実施形態に限られない。
例えば、前記実施形態では、ストークス側理論光強度を算出し、これとストークス側検出光強度との相関に基づいて試料温度を測定したが、アンチストークス側理論光強度を算出し、これとアンチストークス側検出光強度との相関に基づいて試料温度を測定してもよい。
【0057】
予め測定され取得されたラマンスペクトルデータ(具体的には原ラマンスペクトルデータ)から、試料温度を事後的に算出するようにしてもよい。その際、手動計算で温度を算出することもできる。参考までに、手動計算の場合のフローチャートを
図6に示しておく。このようにすれば、過去に取得されたラマン分光法によるデータの温度検証をすることなどが可能になる。
【0058】
例えば、前記理論式は、式(数1)を等価変換した以下の式(数2)として表すこともできる。
【数2】
この式(数2)では左辺がストークス側光強度とアンチストークス側光強度との比になっている。
【0059】
そこで、仮定温度Tを式(数2)の右辺に代入して右辺値を算出する一方、検出したストークス側検出光強度とアンチストークス側検出光強度とを式(数2)の左辺に代入して左辺値を算出し、右辺値が左辺値に近づくように、すなわち相関が高くなるように仮定温度を次々変更していき、前記実施形態同様、その相関が所定の閾値以上となった時の仮定温度を測定温度としてもよい。
【0060】
要するに、仮定温度とストークス側検出光強度及びアンチストークス側検出光強度との関係に対しての、前記理論式で表される当該関係の相関を求め、その相関が最も高くなる、又は所定の閾値を超えるときの仮定温度を測定温度とすればよい。前記実施形態もこの概念に含まれる温度測定を行っている。
【0061】
なお、理論式である前記数1及び数2は波数の三乗式を用いているが、これは、光センサとしてCCDなどフォトンカウントによるものを用いた場合である。例えばラディエータなどエネルギーベースの光センサを用いる場合は、理論式として、前記数1又は数2の3乗項が下記数3のように4乗項となる。
【数3】
【0062】
前記実施形態では、仮定温度を初期値から出発して次々と変更したが、最初から仮定温度の変更範囲及び/又は変更幅を決めておき、それら予め定められた複数の仮定温度での各理論光強度を算出して、これらを検出光強度と比較し、その中で、最も相関の高い仮定温度をもって、測定温度としても構わない。
温度測定の精度がやや落ちる場合はあるものの、相関値があらかじめ定めた閾値を超えたときの仮定温度をもって測定温度としても構わない。
【0063】
温度表示の形式についても種々変形が可能である。例えば、前記実施形態では、測定温度が数値表示され、最新値に次々更新されたが、例えば、測定温度が前回の測定温度を超えた時だけ更新する、つまり測定の最大値のみを表示するようにしてもよいし、数値ではなく、測定時刻を横軸、測定温度を縦軸とするようなグラフを表示するようにしてもよい。
【0064】
試料をマッピング分析する、例えば顕微ラマン分光分析装置の場合、
図7に示すように、画面表示されている試料の分析部位ごとに、例えば分析カーソルを当てるとその部位で分析した際の測定温度が表示されるようにするなどしても構わない。また、試料の温度のみを色分けで表示した画面例を
図8に示す。
その他、本発明の趣旨に反しない限りにおいて、種々の変形や実施形態の組合せを行ってもかまわない。
【符号の説明】
【0065】
100・・・ラマン分光分析装置
45・・・温度測定部(温度測定装置)
W・・・試料