(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022041734
(43)【公開日】2022-03-11
(54)【発明の名称】高次高調波発生材料
(51)【国際特許分類】
C01G 21/00 20060101AFI20220304BHJP
C01G 11/02 20060101ALI20220304BHJP
C01B 19/04 20060101ALI20220304BHJP
G02F 1/355 20060101ALI20220304BHJP
G02F 1/37 20060101ALI20220304BHJP
【FI】
C01G21/00
C01G11/02
C01B19/04 C
G02F1/355 501
G02F1/37
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020147109
(22)【出願日】2020-09-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) ウェブサイトの掲載日 2020年2月28日 ウェブサイトのアドレス https://www.jps.or.jp/activities/meetings/annual/annual-index.php (その2) ウェブサイトの掲載日 2020年4月15日~2020年8月31日 ウェブサイトのアドレス https://www.jps.or.jp/activities/meetings/annual/annual-index.php (その3) 発行日 2019年9月4日 刊行物 第80回応用物理学会秋季学術講演会予稿集(DVD) (その4) 開催日 2019年9月18日から2019年9月21日 集会名、開催場所 第80回応用物理学会秋季学術講演会
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「ハロゲン化金属ペロブスカイトを基盤としたフレキシブルフォトニクス技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金光 義彦
(72)【発明者】
【氏名】廣理 英基
(72)【発明者】
【氏名】佐成 晏之
(72)【発明者】
【氏名】中川 耕太郎
(72)【発明者】
【氏名】寺西 利治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 良太
(72)【発明者】
【氏名】猿山 雅亮
【テーマコード(参考)】
2K102
4G047
【Fターム(参考)】
2K102AA06
2K102AA07
2K102AA08
2K102AA32
2K102BA18
2K102BB02
2K102BC02
2K102BD09
2K102CA00
2K102CA28
2K102DA01
2K102DA17
2K102DD03
2K102EB20
4G047BA01
4G047BC02
4G047BD04
(57)【要約】 (修正有)
【課題】入射光とは異なる短波長を発生する、高次高調波発生材料であって、容易に薄膜化が可能となる半導体ナノ粒子を提供する。
【解決手段】ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物からなる半導体ナノ粒子であって、一般式:RxMyXz[式中、Rは同一又は異なって、1価のカチオンを示す。Mは同一又は異なって、典型元素のカチオンを示す。Xは同一又は異なって、ハロゲン化物イオンを示す。xは0.8~1.2を示す。yは0.8~1.2を示す。zは2.8~3.2を示す。]で表される化合物である。半導体ナノ粒子は基板へ塗布して薄膜を得ることができ、微小空間の分析、微小光源などに適用することが可能である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体ナノ粒子を含有する、高次高調波発生材料。
【請求項2】
波長1μm~1mmの入射光を照射することで高次高調波を発生する材料である、請求項1に記載の高次高調波発生材料。
【請求項3】
前記入射光がパルスレーザーである、請求項2に記載の高次高調波発生材料。
【請求項4】
前記半導体ナノ粒子が、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物のナノ粒子である、請求項1~3のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料。
【請求項5】
前記ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物が、一般式(1):
RxMyXz (1)
[式中、Rは同一又は異なって、1価のカチオンを示す。Mは同一又は異なって、典型元素のカチオンを示す。Xは同一又は異なって、ハロゲン化物イオンを示す。xは0.8~1.2を示す。yは0.8~1.2を示す。zは2.8~3.2を示す。]
で表される化合物である、請求項4に記載の高次高調波発生材料。
【請求項6】
前記一般式(1)におけるRが、アルカリ金属カチオン、-R1NH3
+又は-CR2(NH2)2
+で表されるカチオン(R1はアルキル基を示す。R2は水素原子又はアルキル基を示す。)である、請求項5に記載の高次高調波発生材料。
【請求項7】
前記半導体ナノ粒子が結晶材料である、請求項1~6のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料。
【請求項8】
前記半導体ナノ粒子を含む薄膜である、請求項1~7のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料。
【請求項9】
前記薄膜の厚みが10nm以上である、請求項8に記載の高次高調波発生材料。
【請求項10】
前記薄膜が基材上に形成される、請求項8又は9に記載の高次高調波発生材料。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料を含有する、高次高調波光源。
【請求項12】
請求項1~10のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料を用いた高次高調波発生デバイス。
【請求項13】
入射光を発生させる光源と、
前記入射光を透過又は反射させることにより高次高調波を発生させる高次高調波発生材料と、
を備える、請求項12に記載の高次高調波発生デバイス。
【請求項14】
前記入射光がパルスレーザーである、請求項13に記載の高次高調波発生デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高次高調波発生材料に関する。
【背景技術】
【0002】
高次高調波発生技術は、所望の波長の光から異なる波長の光へと変換することが可能であり、それによって様々な応用展開が期待されている。例えば、広帯域で高輝度な高次高調波は精密な分光計測(化学種、生体分子の識別等)が可能であり、材料の電子状態を調べる光電子分光技術等の分光分析技術への応用が期待されている。また、高次高調波は、深紫外領域の波長の光による水の殺菌や、高輝度な青色の光による細胞の分化の制御を可能とするために再生医療、短波長の高次高調波成分を検出光としたナノスケール空間分解能を有するデバイス検査装置への応用も期待されている。他にも、高次高調波は、異なる時数の高調波成分の光の位相が固定されており、任意の時間波形の光を生成可能であるために光信号処理技術への応用や、極限的に短い時間幅(アト秒等)の光パルスを生成可能であるために化学反応やレーザー加工の機構解明への適用も期待されている。
【0003】
このような高次高調波発生方法としては、一般的には、所定の気体分子にレーザーを照射することで高次高調波を発生させる方法が知られている。しかしながら、気体分子は希薄であるため高次高調波の発生効率が低いうえに、当該気体分子を閉じ込めるためのセルが必要となり、結果的にデバイスの大型化が避けられず、ナノスケール化が困難であるうえに取扱い性にも難がある。
【0004】
このため、固体を用いた高次高調波発生方法が求められている。ただし、試料自体が非常に厚い材料を使用すると、高次高調波の発生に用いる光パルスが時間的に広がったり、位相不整合によって発生効率を低減してしまったりするばかりか、発生した高次高調波も試料自身によって吸収され、放射効率が低減してしまう。
【0005】
このような課題を解決するため、本発明者らは、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物は、パルスレーザー等の光を照射することにより、高次高調波を効率的に発生させることができることを見出した(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
しかしながら、このような高次高調波材料については、原子又は固体状の化合物でしか報告がなされていない。発生した高次高調波成分の再吸収を抑制することで高次成分を発生させやすいため、高次高調波材料を薄膜化することが好ましい。ここで、ペロブスカイト化合物であれば、溶液法で合成することができ、薄膜化も容易であるものの、その他の半導体については、薄膜化には真空装置が必要となることが多く、煩雑である。このため、容易に薄膜化することができる高次高調波材料が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Nature Phys. 7, 138 (2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記のような課題を解決しようとするものであり、容易に薄膜化することができ、効率的に高次高調波を発生させることができる材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題に鑑み、鋭意研究を行った結果、半導体ナノ粒子が、パルスレーザー等の光を照射することにより、高次高調波を効率的に発生させることができることを見出した。また、発生した高次高調波成分の再吸収を抑制することで高次成分を発生させやすいため、高次高調波材料を薄膜化することが好ましいところ、真空装置のように高額な装置を使用せずともナノサイズの薄膜を作製することが可能であることから用途展開しやすい。例えば、半導体ナノ粒子を用いて高次高調波を発生させることができるため、微小空間の分析、微小光源等に適用が可能であり、また、任意の基板上へ塗布することが可能である。本発明者らは、このような知見に基づき、さらに研究を重ね、本発明を完成した。すなわち、本発明は、以下の構成を包含する。
【0011】
項1.半導体ナノ粒子を含有する、高次高調波発生材料。
【0012】
項2.波長1μm~1mmの入射光を照射することで高次高調波を発生する材料である、項1に記載の高次高調波発生材料。
【0013】
項3.前記入射光がパルスレーザーである、項2に記載の高次高調波発生材料。
【0014】
項4.前記半導体ナノ粒子が、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物のナノ粒子である、項1~3のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料。
【0015】
項5.前記ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物が、一般式(1):
RxMyXz (1)
[式中、Rは同一又は異なって、1価のカチオンを示す。Mは同一又は異なって、典型元素のカチオンを示す。Xは同一又は異なって、ハロゲン化物イオンを示す。xは0.8~1.2を示す。yは0.8~1.2を示す。zは2.8~3.2を示す。]
で表される化合物である、項4に記載の高次高調波発生材料。
【0016】
項6.前記一般式(1)におけるRが、アルカリ金属カチオン、-R1NH3
+又は-CR2(NH2)2
+で表されるカチオン(R1はアルキル基を示す。R2は水素原子又はアルキル基を示す。)である、項5に記載の高次高調波発生材料。
【0017】
項7.前記半導体ナノ粒子が結晶材料である、項1~6のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料。
【0018】
項8.前記半導体ナノ粒子を含む薄膜である、項1~7のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料。
【0019】
項9.前記薄膜の厚みが10nm以上である、項8に記載の高次高調波発生材料。
【0020】
項10.前記薄膜が基材上に形成される、項8又は9に記載の高次高調波発生材料。
【0021】
項11.項1~10のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料を含有する、高次高調波光源。
【0022】
項12.項1~10のいずれか1項に記載の高次高調波発生材料を用いた高次高調波発生デバイス。
【0023】
項13.入射光を発生させる光源と、
前記入射光を透過又は反射させることにより高次高調波を発生させる高次高調波発生材料と、
を備える、項12に記載の高次高調波発生デバイス。
【0024】
項14.前記入射光がパルスレーザーである、項13に記載の高次高調波発生デバイス。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、容易に薄膜化することができ、効率的に高次高調波を発生させることができる材料を提供することができる。本発明では半導体ナノ粒子を用いて高次高調波を発生させることができるため、微小空間の分析、微小光源等に適用が可能であり、また、任意の基板上へ塗布することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の高次高調波発生デバイスの一例を示す概略図である。(a)透過配置、(b)反射配置をそれぞれ示す。
【
図2】実施例1で得られたCsPbBr
3ナノ粒子(左図)及び実施例2で得られたCdSナノ粒子(右図)の透過型電子顕微鏡(TEM)像を示す。
【
図3】(a)CsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルム及びMAPbCl
3単結晶(SC)フィルムの吸収スペクトルを示す。(b)CsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルム及びMAPbCl
3単結晶(SC)フィルムのPLスペクトルを示す。(c)直線偏光によるHH測定の実験装置の概略図を示す。(d)円偏光によるHHGスペクトル測定の実験装置の概略図を示す。
【
図4】(a)CsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルム、MAPbBr
3多結晶(PC)サンプル、及びMAPbCl
3単結晶(SC)サンプルから直線偏光0.35eV励起下で放出されたHHスペクトルを示す。(b)CsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルムから得られたHHの励起強度依存性を示す。
【
図5】CsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルム、CdSナノ粒子(NC)フィルム、及びCdSe/CdSコアシェルナノ粒子(NC)フィルムサンプルから直線偏光0.35eV励起下で放出されたHHスペクトルを示す。
【
図6】(a)直線偏光励起(赤)及び円偏光励起(青)のCsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルムのHHスペクトルを示す。このデータは、CCDの前に偏光子を配置しないで測定した。(b)GaSe単結晶(SC)(上パネル)及びCsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルム(下パネル)の5次高調波の偏光測定結果を示す。横軸はCCD前の偏光板の回転角φである。色付きの2次元データは、偏光子を通過した5次高調波の光のスペクトルを、偏光子の角度φの関数としてプロットした。(c)φに対する5次高調波の強度の極座標グラフを示す。180°から360°の範囲で示されるデータポイントは、(b)に示されるデータポイントと同じである。(d)CsPbBr
3ナノ粒子(NC)フィルムの5次から13次の高調波の励起光の楕円率への依存性を示す。MAPbCl
3単結晶(SC)サンプルの5次高調波の依存性は、破線の曲線で示されている。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本明細書において、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する概念である。
【0028】
また、本明細書において、数値範囲を「A~B」で表す場合、A以上B以下を意味する。
【0029】
1.高次高調波発生材料
本発明の高次高調波発生材料は、半導体ナノ粒子を含有する。半導体ナノ粒子は、スピンコート等の塗布法によって薄膜化も可能であるため、生じた高次高調波が高次高調波発生材料自体に吸収されることを抑制することができ、効率的な高次高調波発生も実現することができる。
【0030】
本明細書において、高次高調波とは、パルスレーザー等の光を入射光として、半導体ナノ粒子に照射することで発生する、入射光のn分の1の波長の短波長光を意味する。この入射光のn分の1の波長の短波長光をn次高調波と呼び、通常nが2以上である2次以上の高調波を高次高調波と呼ぶ。より高次の高調波ほど強度が小さく観測されにくい。
【0031】
半導体ナノ粒子を構成する半導体としては、特に制限はなく、単元素半導体、化合物半導体、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物等が挙げられる。このような半導体は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0032】
単元素半導体としては、例えば、シリコン、ゲルマニウム等が挙げられる。これらの単元素半導体は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0033】
化合物半導体としては、例えば、硫化カドミウム、セレン化カドミウム、硫化亜鉛、セレン化亜鉛、ガリウムヒ素、インジウムヒ素、窒化アルミニウム、窒化ガリウム、窒化インジウム等が挙げられる。これらの化合物半導体は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0034】
また、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物としては、例えば、一般式(1):
RxMyXz (1)
[式中、Rは同一又は異なって、1価のカチオンを示す。Mは同一又は異なって、典型元素のカチオンを示す。Xは同一又は異なって、ハロゲン化物イオンを示す。xは0.8~1.2を示す。yは0.8~1.2を示す。zは2.8~3.2を示す。]
で表される化合物が挙げられる。
【0035】
一般式(1)において、Rは1価のカチオンであり、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、アルカリ金属カチオンの他、-R1NH3
+又は-CR2(NH2)2
+で表されるカチオン(R1はアルキル基を示す。R2は水素原子又はアルキル基を示す。)等が挙げられる。R1及びR2で示されるアルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基等のC1-4アルキル基が好ましい。なかでも、より効率的に高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすい観点から、メチル基が好ましい。
【0036】
上記R1及びR2としては、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、R1はメチル基が好ましく、R2は水素原子が好ましい。つまり、Rとしては、アルカリ金属カチオン(特に、ナトリウムカチオン、カリウムカチオン、セシウムカチオン等)、-CH3NH3
+又は-CH(NH2)2
+であることが好ましい。ただし、二次元構造の層状ペロブスカイト化合物とする場合は、R1及びR2として長鎖アルキル基(特に炭素数2~18の鎖状アルキル基)を採用することが好ましい。
【0037】
なお、Rで示される1価のカチオンとしては、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて採用することもできる。
【0038】
一般式(1)において、Mは、Bサイトを構成する典型元素のカチオンを意味する。このMで示される典型元素としては、例えば、Pb、Sn、Ge、Bi、Sb等が挙げられる。なかでも、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、Pbが好ましい。これらの典型元素は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0039】
一般式(1)において、Xで示されるハロゲン化物イオンとしては、ヨウ化物イオン、臭化物イオン、塩化物イオン等が挙げられ、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、臭化物イオン、塩化物イオンが好ましく、臭化物イオンがより好ましい。特に、全てが臭化物イオンであることが好ましい。これらのハロゲン化物イオンは、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0040】
一般式(1)において、xは0.8~1.2であり、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、0.9~1.1が好ましい。
【0041】
一般式(1)において、yは0.8~1.2であり、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、0.9~1.1が好ましい。
【0042】
一般式(1)において、zは2.8~3.2であり、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、2.9~3.1が好ましい。
【0043】
このような条件を満たすハロゲン化金属ペロブスカイト化合物としては、例えば、CsPbBr3、CsPbI3、CsPbCl3、CH3NH3PbBr3(以下、「MAPbBr3」と言うこともある)、CH3NH3PbI3(以下、「MAPbI3」と言うこともある)、CH3NH3PbCl3(以下、「MAPbCl3」と言うこともある)、CH(NH2)2PbBr3(以下、「FAPbBr3」と言うこともある)、CH(NH2)2PbI3(以下、「FAPbI3」と言うこともある)、CH(NH2)2PbCl3(以下、「FAPbCl3」と言うこともある)等が好適に使用できる。これらのハロゲン化金属ペロブスカイト化合物は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0044】
上記の半導体ナノ粒子のなかでも、化合物半導体ナノ粒子は空気に晒されても耐久性に優れており、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物は室温付近における化学合成で容易に作製可能であるため格段に簡便、廉価な試料作製が可能である。
【0045】
上記のような半導体ナノ粒子は、ナノサイズであれば特に制限されないが、通常は、より効率的に高次高調波を発生させやすいとともに、上記nがより大きい次数の高次高調波を発生させやすく薄膜化もしやすい観点から、平均粒子径は0.1~1000nmが好ましく、1~10nmがより好ましい。なお、半導体ナノ粒子の平均粒子径は、透過型電子顕微鏡により測定する。
【0046】
以上のような半導体ナノ粒子は、公知又は市販品を使用することができる。なお、半導体ナノ粒子のなかでも、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物は、近年、多結晶薄膜やナノ結晶の他、溶液成長技術によっても、大きな高品質ペロブスカイト単結晶も合成されている。大きな単結晶を合成できることは、より高強度の高次高調波を発生させることを可能にし様々な用途展開を実現しやすい材料である。
【0047】
以上のような半導体ナノ粒子は、高次高調波発生材料として使用することができる。本発明において、高次高調波発生材料とは、高次高調波を発生させる際に使用する入射光を入れることにより、高次高調波を発生させることができる材料を意味する。
【0048】
入射光としては、本発明の高次高調波発生材料を透過させる場合には、本発明の高次高調波発生材料のバンドギャップより小さいエネルギーを有する光を用いることが好ましい。例えば、CH3NH3PbBr3のバンドギャップ(約2.35eV)に対応する波長は約530nmであるため、波長が約1.1μm以上である光を用いることが好ましい。また、CH3NH3PbCl3のバンドギャップ(約3.15eV)に対応する波長は約400nmであるため、波長が約0.8μm以上である光を用いることが好ましい。また、CH3NH3PbI3のバンドギャップ(約1.61eV)に対応する波長は約770nmであるため、波長が約1.5μm以上である光を用いることが好ましい。このように、入射光の波長は、半導体ナノ粒子のバンドギャップに対応する波長より2倍以上大きくすることが好ましい。一方、本発明の高次高調波発生材料を反射させる場合には、本発明の高次高調波発生材料のバンドギャップより大きいエネルギーを有する光を用いることも可能であり、適宜選択することができる。なお、入射光の波長は可変であり、入射光の波長を調整することにより、得られる高次高調波の波長も自在に変更することができる。例えば、より短い波長の入射光を使用すれば、波長の短い(高エネルギーの)高次高調波を発生させることが可能である。なお、検出される高次高調波は、使用する検出器の測定感度にも依存するが、深紫外を超える極紫外(XUV)の高次高調波を発生させることも可能である。なお、入射光としては、ゼナートンネリング過程によって電子をバンド間励起し、励起された電子をバンド内で加速できるほど高強度であるという観点から、レーザー光が好ましく、パルスレーザー光がより好ましい。このような観点から、入射光としてパルスレーザーを用いる場合は、パルス幅は1ナノ秒より短いことが好ましく、1フェムト秒より短いことがより好ましい。
【0049】
上記のような半導体ナノ粒子を含有する高次高調波発生材料の形状は、特に制限されない。例えば、バルク構造(三次元構造)としてもよいし、Rとして長鎖アルキル基(特に炭素数2~18の鎖状アルキル基)を含むカチオンを採用して二次元構造の層状ペロブスカイト化合物をそのまま薄膜状の高次高調波発生材料とすることもできる。また、前記バルク構造の高次高調波発生材料と前記層状ペロブスカイト化合物からなる高次高調波発生材料との混合物であってもよい。さらには、これらのみに限定されることはなく、ワイヤー状、ロッド状等の一次元構造の高次高調波材料や、一次元構造の高次高調波発生材料と前記バルク構造の高次高調波材料、前記層状ペロブスカイト化合物からなる高次高調波発生材料等との混合物とすることもできる。
【0050】
従来の高次高調波発生材料は、試料自体が非常に厚い材料を使用すると、高次高調波の発生に用いる光パルスが時間的に広がったり、位相不整合によって発生効率を低減してしまったりするばかりか、発生した高次高調波も試料自身によって吸収され、放射効率が低減してしまう。一方、ハロゲン化金属ペロブスカイト化合物の結晶を使用すれば、パルスレーザー等の光を照射することにより、高次高調波を効率的に発生させることができるものの、その他の半導体については、薄膜化には真空装置が必要となることが多く、煩雑であるため用途展開に制限が生じる。それに対して、本発明では、半導体ナノ粒子を使用している。半導体ナノ粒子は、通常、半導体ナノ粒子分散溶液の形態で提供することが可能であるため、スピンコート等の公知の塗布法によって薄膜化も容易に可能であり、この際、半導体ナノ粒子分散溶液の形態では存在していた余分なリガンドも除去される。このため、本発明の高次高調波発生材料を薄膜状とする場合、その厚みはある程度調整することが可能であり、適宜調整することにより、特に効率的な高次高調波発生も実現することができる。本発明の高次高調波発生材料を薄膜状とする場合の厚みは、10nm以上が好ましく、10nm~10mmがより好ましく、10nm~300nmがさらに好ましい。なお、本発明において、本発明の高次高調波発生材料の厚みとは、高次高調波を発生させる際に使用する入射光の光路長を意味する。このため、例えば、本発明の高次高調波発生材料の形状がワイヤー状又はロッド状である場合において光路が長手方向に沿っている場合は、本発明の高次高調波発生材料の厚みは当該長手方向の長さを意味する。
【0051】
上記のような薄膜は、特に制限はなく、公知の基材上に形成することができる。このような基材としては、例えば、サファイア基材等の高次高調波を発生しない基材が好適に使用することができ、フォトニック結晶等を採用することもできる。
【0052】
このような本発明の高次高調波発生材料は、特に次数の大きい高次高調波を発生させることも可能である。例えば、次数が7~15次、特に9~13次の高次高調波を発生させることも可能である。このような高次高調波の波長は、例えば、2~6eV(620~210nm)が好ましく、2.5~5eV(500~250nm)がより好ましい。これにより、広帯域で高輝度なコヒーレントな光源開発が可能になる。また、薄くしても高次高調波を発生させることが可能であることから、このような本発明を基にした光源(高次高調波光源)は、一例として、分子種や生体材料の識別、固体材料の電子状態を同定する光電子分光技術への応用が可能である。また、同様に、本発明を基にした光源(高次高調波光源)から発する深紫外や青色の光は、それぞれ水の滅菌や殺菌処理への応用、細胞の分化制御といった再生医療応用も可能である。さらに、異なる波長を持つ各高次高調波成分は、お互いに光の位相が固定されたコヒーレントな光源(高次高調波光源)である。このため、お互いに足し合わせ干渉させることによって任意の光電場を生成することが可能であり超高速光通信のための光信号生成や、レーザー加工や化学反応を制御するアト秒レーザーパルス技術への応用も可能である。また、本発明では半導体ナノ粒子を用いて高次高調波を発生させることができるため、微小空間の分析ができるとともに、極めて小さな高次高調波光源とすることも可能である。また、本発明では半導体ナノ粒子を用いて高次高調波を発生させることができるため、フォトニック結晶やプラズモン増強をもたらす金属構造上に簡単にナノ粒子溶液を塗布した高調波光源を実現可能であり、高調波強度の増強や、波長の選択が可能になる。さらに、本発明では半導体ナノ粒子を用いて高次高調波を発生させることができるため、ナノ粒子を添加することにより、母物質の形状を成型することにより、様々な形状の高次高調波光源を実現できる。
【0053】
2.高次高調波発生デバイス
本発明の高次高調波発生デバイスは、上記した本発明の高次高調波発生材料を用いたデバイスである。
【0054】
この本発明の高次高調波発生デバイスは、特に制限されないが、例えば
図1(a)に示されるように、入射光2を発生させる光源1と、前記入射光を透過させることにより高次高調波を発生させる高次高調波発生材料3とを備えることが好ましい。高次高調波発生材料3としては上記した本発明の高次高調波発生材料を用いることが好ましく、他の構成は従来から公知の構成とすることができる。
【0055】
図1(a)に示されるように、光源1から照射された入射光2が高次高調波発生材料3を透過することにより高次高調波4が発生する。この際、高次高調波発生材料3を透過後の光には、入射光と高次高調波の双方が含まれ得るが、例えば分光器により高次高調波のみを検出することが可能である。また、分光器により、次数の異なる高次高調波を分離し、特定の波長の高次高調波を得ることも可能である。なお、入射光2は、より適切に高次高調波を発生させるために、レーザー光、特にパルスレーザー光が好ましい。
【0056】
この本発明の高次高調波発生デバイスにおいて、使用する入射光2は、特に制限されるわけではないが、高次高調波発生材料3を透過する光が好ましい。この際使用する入射光2の詳細は、上記したものを採用できる。
【0057】
なお、以上で説明した高次高調波発生デバイスにおいては、高次高調波発生材料3を透過することによって発生した高次高調波4を検出することを説明したが、本発明ではそれのみに限定されず、
図1(b)に示されるように、高次高調波発生材料3に反射されることによって発生する高次高調波4を検出することも可能である。例えば、光源1から照射された入射光2が高次高調波発生材料3によって反射されることにより高次高調波4が発生する。この際、高次高調波発生材料3に反射された後の光には、入射光が単に反射された光と高次高調波の双方が含まれ得るが、例えば分光器により高次高調波のみを検出することが可能である。また、分光器により、次数の異なる高次高調波を分離し、特定の波長の高次高調波を得ることも可能である。なお、入射光2は、より適切に高次高調波を発生させるために、レーザー光、特にパルスレーザー光が好ましい。
【0058】
この本発明の高次高調波発生デバイスにおいて、使用する入射光2は、特に制限されるわけではないが、高次高調波発生材料3を反射する光が好ましい。この際使用する入射光2の詳細は、上記したものを採用できる。
【実施例0059】
以下、実施例等を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0060】
実施例1:CsPbBr
3
ナノ粒子の合成
CsPbBr3ナノ粒子は、既報のラピッドホットインジェクション法を用いて、無水条件下で合成した。
【0061】
炭酸セシウム(160mg)、オレイン酸(0.5mL)、1-オクタデセン(6mL)を三口フラスコに混合し、窒素置換後160℃に加熱することでオレイン酸セシウム溶液を調製した。別の三口フラスコにシュウ化鉛(690mg)、オレイルアミン(5mL)、オレイン酸(5mL)、1-オクタデセン(50mL)を混合し、窒素置換後180℃に加熱した。この溶液にオレイン酸セシウム溶液(4mL)を注入し、180℃で5分間加熱した。反応溶液を水浴で室温まで急冷した後、ヘキサンと酢酸エチルで生成物を精製した。得られたCsPbBr
3ナノ粒子のヘキサン溶液をアモルファスカーボン被覆の銅グリッド上に滴下し、大気下で乾燥(溶媒を蒸発)させた後に透過電子顕微鏡で無作為に200個観察し、平均粒子径を測定したところ10nmであった。得られたCsPbBr
3ナノ粒子(立方晶)の透過型電子顕微鏡(TEM)像を
図2(左図)に示す。
【0062】
実施例2:CdSナノ粒子の合成
塩化カドミウム(46mg)、ジ-n-オクチルエーテル(10mL)、オレイン酸(0.8mL)を三口フラスコに混合し、窒素置換後240℃に加熱した。そこに硫黄(8mg)が溶解したオレイルアミン(0.825mL)を注入し、240℃で10分間保持した。室温まで空冷後、エタノールとヘキサンで生成物を精製した。得られたCdSナノ粒子のヘキサン溶液をアモルファスカーボン被覆の銅グリッド上に滴下し、大気下で乾燥(溶媒を蒸発)させた後に透過電子顕微鏡で無作為に200個観察し、平均粒子径を測定したところ18nmであった。得られたCdSナノ粒子(六方晶;ウルツ鉱構造)の透過査型電子顕微鏡(TEM)像を
図2(右図)に示す。
【0063】
実施例3:CdSe/CdSコアシェルナノ粒子の合成
初めに平均粒子径3nmのCdSeナノ粒子を合成し、その表面にCdS層を3層成長させることで原料となるCdSe/CdS(3層)コアシェルナノ粒子を合成した。
【0064】
酸化カドミウム(59mg)、オレイン酸(0.5mL)、1-オクタデセン(12.7mL)を三口フラスコに混合し、窒素置換後225℃に加熱し無色になるまで保持した。室温まで空冷後、オクタデシルアミン(3g)、トリ-n-オクチルホスフィンオキシド(1g)を加え、窒素置換後290℃に加熱した。そこにセレン(237mg)が溶解したトリ-n-オクチルホスフィン(2mL)を注入し、250℃で10分間保持した。室温まで空冷後、アセトンとヘキサンで生成物を精製し、平均粒子径3nmのCdSeナノ粒子を合成した。
【0065】
得られた平均粒子径3nmのCdSeナノ粒子(10-7mol)、1-オクタデセン(5mL)を三口フラスコに混合し、窒素置換後240℃に加熱した。そこにオレイン酸カドミウム(0.5mol/Lオクタデセン溶液、0.2mL)、ドデカンチオール(0.5mol/Lオクタデセン溶液、0.2mL)を加え、300℃で30分間保持した。室温まで空冷後、アセトンとヘキサンで生成物を精製し、CdSe/CdS(3層)コアシェルナノ粒子を合成した。
【0066】
CdSe/CdS(3層)コアシェルナノ粒子(10-7mol)、1-オクタデセン(5mL)を三口フラスコに混合し、窒素置換後300℃に加熱した。そこにオレイン酸カドミウム(0.5mol/Lオクタデセン溶液、10mL)、硫黄(160mg)、トリ-n-オクチルホスフィン(5mL)、オクタデセン(5mL)の混合溶液を2mL/時間で注入した。1時間毎に反応溶液の一部を採集することで目的とするコアシェルナノ粒子を得た。反応溶液は室温まで空冷後、エタノールとアセトンで精製した。得られたCdSe/CdSコアシェルナノ粒子のアセトン溶液をアモルファスカーボン被覆の銅グリッド上に滴下し、大気下で乾燥(溶媒を蒸発)させた後に透過電子顕微鏡で無作為に200個観察し、平均粒子径及びシェル厚を測定したところ平均粒子径は24nmでありシェル厚は11nmであった。
【0067】
評価結果
実施例1で得られたCsPbBr
3ナノ粒子分散液(ヘキサン媒体)をサファイア基板上に滴下してスピンコーティングすることにより作製したCsPbBr
3ペロブスカイトナノクリスタルフィルムの吸収及びフォトルミネッセンス(PL)スペクトル(赤線)を
図3(a)及び(b)に示す。サンプルの透過型電子顕微鏡(TEM)像(
図2左図)から、CsPbBr
3ナノ粒子は立方体形状であると分かり、これはペロブスカイトの立方体構造(一辺の長さ約10nm)に由来する。
図1(a)及び(b)に示すように、PLスペクトルと吸収スペクトルを観測し、そのバンドエッジとPLピークはCsPbBr
3ナノ粒子の量子閉じ込め効果に起因する約2.38eVで現れた(バルク状のCsPbBr
3のバンドギャップは2.34eVである)。陽イオン及び/又は陰イオンの交換により、ペロブスカイト半導体のバンドギャップエネルギー(Eg)は広範囲にわたって調整可能であるが、他の基本的な電子構造は変化しない。また、参考のため、MAPbCl
3ペロブスカイト単結晶(SC、厚さ0.3mm)の吸収及びPLスペクトルを
図1(a)及び(b)に示す(青線)。バンドエッジと励起子のPLエネルギーは約3.1eV(陰イオン:Cl)で観測された。このペロブスカイト半導体は、半導体材料の最高値の1つである鋭いバンドエッジを備えた大きな吸収係数α(約10
5cm
-1)を有しており、バルク材料ではバンドエッジで鋭い吸収を示すが、
図1(a)に示すように、本発明のようにナノ粒子を使用すると、単結晶サンプルよりもはるかに小さい吸収強度が得られており、サンプルによる高次高調波(HH)の再吸収を低く抑えることが可能である。
【0068】
図3(c)に直線偏光の中赤外(MIR)励起パルスを使用してサンプルからのHHを観察するための実験セットアップの概略図を示す。KTiOAsO
4(KTA)ベースの光パラメトリック増幅器からのMIRレーザーパルス[中心波長3.5μm(0.35eV)、繰り返し率1kHz、時間パルス持続時間80フェムト秒、励起パワー23mW、スポット径300μm]を、高次高調波発生(HHG)測定でのサンプルの励起に使用した。励起パルスは、Ti:サファイアレーザーパルスに基づく光パラメトリック増幅器システムによって生成した。励起スポットの直径は約500μmであった。電荷結合素子(CCD)カメラを備えた分光計を使用して、サンプルの背面に向かって放射された光のスペクトルを直接分析した。
図3(d)は、円偏光によるHHG実験装置を示す。これにより、採用した励起光の楕円率に対するHHの依存性を評価できる。さらに、サンプルの結晶対称性に関する情報を得ることも可能である。
図3(c)では、1/4波長板(QWP)を使用して、入射励起レーザーパルスの直線偏光状態を円形に変換した。また、
図3(d)では、最初に1/4波長板(QWP1)を使用して、入射励起レーザーパルスの直線偏光状態を円形に変換し、その後、HHを別の1/4波長板(QWP2)に通すことにより、生成されたHHの右回り及び左回りの円偏光成分は、それぞれ90度の差がある直線偏光に変換された。次に、最初に生成されたHHの円偏光状態を、分光器を備えた電荷結合素子カメラの前の偏光子によって測定した。
【0069】
図4(a) は、直線偏光パルスの励起によるナノ粒子(NC)フィルムサンプル、多結晶薄膜サンプル(PC)及び単結晶(SC)サンプルからの高調波のスペクトルを示している。SCサンプルでは9次までのHHのみが観測されたが、NCサンプルでは13次までのHHが紫外領域まで比較的強く観測された。
【0070】
これは、
図3(a)に示したように吸収が少ないため、ナノ粒子(NC)フィルムサンプルの再吸収効果が十分に抑制されていることを示している。なお、CsPbBr
3NCフィルムのデータでは、7次高調波がバンドエッジPLと重複して記載されている。
図5では、CsPbBr
3ナノ粒子フィルムサンプルのみならず、CdSナノ粒子フィルムサンプル及びCdSe/CdSコアシェルナノ粒子フィルムサンプルでも同様の結果が得られた。
【0071】
図4(b)は、ナノ粒子サンプルから得られた高調波の励起強度依存性を示している。強度依存はスケーリング則から逸脱していた。これは、現在観測されている高調波発生が非摂動現象であることを示している。7次高調波はスペクトル内の放出に重なり、放出の励起強度依存性を含んでいた。
図4(a)では、試料を焦点位置に置き、高調波が見えるように測定を行ったが、励起を続けると高調波の強度が時間とともに減少することが観測された。励起強度依存性のヒステリシスを測定したところ、今回作成したNCサンプルの損傷閾値は約10MV/cmであることがわかった。このように、電界強度は今後の閾値より低く保たれた。
【0072】
ランダムなNC配向を有するこのNCシステムでのHHGの選択ルールを調べるため、励起用のNCフィルムから得られたHHスペクトルを、
図6(a)の円偏光(赤実線)及び直線偏光(青破線)と比較する。直線偏光の励起強度0.15TW/cm
2は7次までのHHを提供するが、同じ励起強度であっても、円偏光の7次HHは確認できない。
図6(b)は、CsPbBr
3NCフィルム(下パネル)と参照としてのGaSeSC(上パネル)の5次高調波のスペクトルを、CCDカメラの前にある偏光子の回転角φの関数として示している。
図6(c)は、対応する極座標プロットを示している。六角形構造の(0001)方向のGaSeに関して、
図6(c)の青色のデータは、右回りの円偏光による励起が、左回りの円偏光による5次高調波の放射を引き起こすことを示している。この観察は、GaSeの3回転対称に対するHHGの選択則と一致している。一方、
図6(c)の赤いデータは、ペロブスカイトNCフィルムの5次高調波が右回りの円形を示すことを示している。ペロブスカイトナノ粒子の結晶構造は4回回転対称性を持つ立方体であるため、観測された偏光の向きが励起光の偏光の向きと等しいという事実は選択則と一致し、HHがNCから生成されたものであるということを示唆している。
【0073】
NCフィルムにおけるHHGのメカニズムをよりよく理解するため、励起光の楕円率に対するHH強度の依存性を測定した。
図6(d)は、NC及びSCサンプルのHHの励起楕円率依存性を示している。このデータは、円偏光励起(
図6(a)に示す)のHH強度の減少の原因を特定するのに役立つ。ここで、パルスエネルギーは両方のサンプルで23μJであり、CCDの前には偏光子を使用しなかった。励起光の楕円率は、0(直線偏光)から1(円偏光)に増加した。サンプルに適用されるピーク電界が減少するため、楕円率が増加するにつれて、両方のサンプルのHH強度は減少する。ただし、円偏光励起でのNCフィルムのHH強度の低下は、SCサンプルで観察されたものよりもはるかに大きくなる。さらに、べき乗則の指数(
図4(b)のh)が高次の方が低いという事実にもかかわらず、NCフィルムのHH強度は高調波次数が高いほど速く低下した。
【0074】
円偏光選択則
円偏光の励起によるHHG実験(
図3(d))により、サンプルの結晶回転対称性を調べることができ、HHがNCに由来することがさらに確認できる。
図6(a)は、NCのサンプルからのHHのスペクトルを示す。直線偏光励起(赤線)と円偏光励起(青線)があり、両方の励起で入力パルスエネルギーが同じである。10MV/cmの直線偏光励起において、NCサンプルから最大7次のHHが発生するが、円偏光励起では、5次のHHのみ観測される。直線偏光と比較して観測されるHH次数が2次減少することは、直線偏光から円偏光への変換により、(1/2)
1/2だけ励起電場のピーク強度が減少することに加えて、NCの向きのランダム性に起因する。
【0075】
図6(b)及び(c)は、
図3(d)に示すように、偏光子の回転角φの関数として、GaSeSC及びCsPbBr
3NCの5次のHH強度スペクトル及び極座標プロットを示す。
図6(b)(上部)及び(c)は、六角形構造の(0001)配向GaSeの右旋円偏光による励起が、左旋円偏光の5次のHH放射を引き起こすことを示す。この事実は、GaSeの3回転対称性に関するHHGの選択規則と一致する。一方、
図6(b)(下部)及び(c)は、ペロブスカイトNCサンプルの5次のHH強度を示しており、左回りの円偏光による励起に対して、右回りの円偏光が使われている。ペロブスカイトNCの結晶構造は4回転対称の立方体であり、このサンプルで観測された偏光は励起光の偏光と同じであり、選択ルールと一致しており、
図4(a)及び
図6(a)で観測されたNCに由来したHHを示す。
【0076】
円偏光のHH強度の大幅な減少を理解するために(
図6(a))、NCサンプルの5次から13次までのHH強度及びSCサンプルの5次のHH強度の励起楕円率依存性を
図6(d)に示す。両方のHH強度楕円率が増加するにつれてサンプルに印加される励起光のピーク電場強度が小さくなるため、NC及びSCサンプルのHH強度は減少する。しかしながら、η=1(円偏光)でのNCサンプルからのHH強度は2桁程度減少しており、SCサンプルのそれよりもはるかに小さい。NCサンプルのこのHH強度のさらなる低下は、円偏光励起でのナノ粒子からの高調波の生成で、ランダムに配向したNCの傾斜を反映する位相シフトを持つ高調波が生成されるためである。したがって、ランダムな位相を持つHH間の干渉は、生成されたHHを相殺する。各NCがランダムに配向している状況を考慮すると、NCの集合からのn番目のHHの電界E
all,nth(t)は、次のように記述できる。
【0077】
【0078】
ここで、θ、ρ(θ)はそれぞれ、NCの配向角度及び数密度である。n番目のHH電場ENC,nth(t)は、以下の式(A3)で表される。NCの完全なランダム性を仮定すると、ρ(θ)は定数になる。したがって、Eall,nth(t)の値はゼロと計算される。したがって、観測されたHHの2次の減少は、円偏光の励起下でランダムに配向したNCが、ランダムな位相のHH放射同士の相殺を引き起こすという事実に由来すると結論付けることができる。
【0079】
円偏光の下でのNCからのHHの電界
円偏光の励起光電場E(t)を次のように表す。
【0080】
【0081】
ここで、E0は電場振幅であり、ωは角周波数である。
【0082】
ナノ粒子Aからのn次高調波の電場を次のように表す。
【0083】
【0084】
ここで、右端の第1項と第2項は、右回りと左回りの円偏光を表す。δR及びδLはそれぞれの位相シフトである。ナノ粒子AのNCと同じ特性を持つBで番号付けされたNCからのHHを考えると、BのNCからのHHの電場は、次のように時間(-θ/ω)をシフトすることにより、AのNCからの電場と同じになる。
【0085】
【0086】
結論として、強い3.5μmの中赤外光でペロブスカイトNCフィルムを励起すると、13次までのHHが生成されることを示した。円偏光励起下で観測された5次高調波の偏光は、ペロブスカイト結晶構造の4回回転対称性の選択則を満たしていることが確認された。また、円偏光による励起で発生するランダムな位相によって引き起こされる相殺効果について説明し、フィルムサンプルのNCのランダム性がHH強度の大幅な低下を引き起こすことを明らかにした。この相殺効果は、次数の高い高次高調波ほど顕著になる。楕円光で励起されたNCフィルムからのHHの観察により、NCの向きが、広いスペクトル範囲を持つHHの光強度変調器の開発にとって重要な要素であることが示された。すなわち、ランダムに配向したナノ粒子フィルムや多結晶フィルムを発生媒質とした高次高調波発生によって得られるあらゆる波長の光の強度は、励起する光の楕円率を変化させることによって簡単に調整できる。