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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022042339
(43)【公開日】2022-03-14
(54)【発明の名称】p-ジクロロベンゼンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 17/12 20060101AFI20220307BHJP
   C07C 25/08 20060101ALI20220307BHJP
   B01J 31/28 20060101ALI20220307BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20220307BHJP
【FI】
C07C17/12
C07C25/08
B01J31/28 Z
C07B61/00 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020147737
(22)【出願日】2020-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】菅野 久
(72)【発明者】
【氏名】藤井 賢志郎
(72)【発明者】
【氏名】濱添 真一郎
(72)【発明者】
【氏名】萩原 隆介
【テーマコード(参考)】
4G169
4H006
4H039
【Fターム(参考)】
4G169AA06
4G169BA21A
4G169BA21B
4G169BA44A
4G169BC66A
4G169BC66B
4G169BE08A
4G169BE08B
4G169BE14A
4G169BE14B
4G169BE21A
4G169BE21B
4G169BE33A
4G169BE33B
4G169BE37A
4G169BE37B
4G169BE38A
4G169BE38B
4G169CB25
4G169CB68
4G169DA02
4H006AA02
4H006AC30
4H006BA19
4H006BA37
4H006BA50
4H006BA51
4H006BA52
4H006BA67
4H006BA81
4H006BA82
4H006BD21
4H006BE53
4H039CA52
4H039CD10
(57)【要約】
【課題】p-ジクロロベンゼンの選択性の高いフェノチアジン化合物を助触媒とする反応系で生じる未反応塩素が少ないp-ジクロロベンゼンの製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、ベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方を含む芳香族原料と、塩素と、ルイス酸と、予め塩素化されたフェノチアジン化合物とを反応器に供給し、該芳香族原料と該塩素とを反応させて、p-ジクロロベンゼンを生成する、塩素化工程を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方を含む芳香族原料と、塩素と、ルイス酸と、予め塩素化されたフェノチアジン化合物とを反応器に供給し、該芳香族原料と該塩素とを反応させて、p-ジクロロベンゼンを生成する、塩素化工程を含む、p-ジクロロベンゼンの製造方法。
【請求項2】
前記塩素化工程において、前記芳香族原料、前記塩素、前記ルイス酸、及び前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物を連続的に供給する、請求項1に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【請求項3】
前記ルイス酸は塩化第二鉄である、請求項1又は2に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【請求項4】
前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物は、下記式(I)で表される化合物である、請求項1~3の何れか一項に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【化1】
(式(I)中、m、pは0以上4以下の整数であり、nは0以上5以下の整数であり、m+n+pは1以上である。)
【請求項5】
前記塩素化工程の前に、ルイス酸存在下、フェノチアジン化合物と塩素とを反応させて、前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物を含む溶液を得る予備塩素化工程を含む、請求項1~4の何れか一項に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【請求項6】
前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物の生成に用いられる前記フェノチアジン化合物は、下記式(II)で表される化合物である、請求項5に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【化2】
(式(II)中、qは0以上5以下の整数であり、式(I)のp及びmが0である場合には、q<nである。)
【請求項7】
前記式(II)において、q=0である、請求項6に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【請求項8】
前記予備塩素化工程において、前記フェノチアジン化合物を複数回に分割して供給する、請求項5~7の何れか一項に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【請求項9】
前記予備塩素化工程において、反応溶媒の一部として、モノクロロベンゼンを使用することを含む、請求項5~8の何れか一項に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はp-ジクロロベンゼンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
p-ジクロロベンゼンは、エンジニアリングプラスチック等への用途があり、工業的価値が高い化合物である。p-ジクロロベンゼンは一般的に、ルイス酸を触媒として用いて、ベンゼン又はモノクロロベンゼンを塩素分子によって置換反応的に塩素化する方法によって製造される。
【0003】
p-ジクロロベンゼンの製造方法としては、一般的にはルイス酸のみでも反応は進行する。しかしながら、目的とするp-ジクロロベンゼンの選択性は低く、パラ/オルソ比は
1.5(パラ比60%)程度である。パラ選択性を向上させるのには助触媒の添加が有効であり、硫黄系の低分子化合物の添加により、パラ/オルソ比は3.3(パラ比77%)
程度まで向上することが非特許文献1に記載されている。それゆえ、このような方法で市場では生産されていると考えられる。
【0004】
また、特許文献1には、ルイス酸を主触媒として用いることに加えて、助触媒として10H-フェノチアジン-10-カルボン酸フェニルエステル類を用いる製造方法が記載されている。
【0005】
特許文献2には、ルイス酸として塩化アルミニウムを用いることに加えて、助触媒としてフェノチアジン類を用いる製造方法が記載されている。
【0006】
特許文献3には、ルイス酸を触媒として用いることに加えて、助触媒として10-ハロカルボニル-10H-フェノチアジン類を用いる製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第97/434041号パンフレット
【特許文献2】特開2004-91440号公報
【特許文献3】特開2010-100571号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Yu. A. Serguchev, I. I. Chernobaev, Theor. Exp. Chem., 46, No.2, 102-106 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、生産性の観点から、よりパラ選択性の高い(パラ比80%を超える)とされるフェノチアジン系化合物における実用化が望まれている。
【0010】
p-ジクロロベンゼンの製造方法において、原料として供給した塩素が全て消費され未反応塩素が生じないことが一般的には好ましい。これは、塩素の分離精製コストを小さくする観点、及び塩素化反応における反応器の圧力制御の観点等、様々な観点から好ましい。また、塩素が消費されて反応により生成する塩化水素は有価物であり、製品として販売可能である。この点からも塩素が全て消費され未反応塩素が生じないことが好ましい。
【0011】
しかしながら、特許文献1~3では、製造方法によって生じる未反応塩素については全く考慮されていない。例えば、特許文献3に記載のp-ジクロロベンゼンの製造方法では、7体積ppmもの未反応塩素が生じている。
【0012】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、高いパラ比を生じさせるフェノチアジン化合物を助触媒に用いた反応系において、生じる未反応塩素が少ないp-ジクロロベンゼンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、ベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方を含む芳香族原料と、塩素と、ルイス酸と、予め塩素化されたフェノチアジン化合物とを反応器に供給し、該芳香族原料と該塩素とを反応させて、p-ジクロロベンゼンを生成する、塩素化工程を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様によれば、生じる未反応塩素が少ないp-ジクロロベンゼンの製造方法を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<用語>
本明細書において、「塩素化」とは、典型的には置換反応による塩素化を指す。また、本明細書において、「核塩素化」とは、典型的にはベンゼン及びクロロベンゼン類が有するベンゼン環に直接結合した水素原子を塩素原子によって置換する塩素化を指す。本明細書において、「予め塩素化された」とは、この用語によって説明される対象が、用いられる文脈において既に塩素化されていることを指す。
【0016】
本明細書において、「未反応塩素が少ない」とは、特に断らない限り、工程後に反応液から発生するガス成分中において、通常、塩素濃度が2ppm以下、好ましくは1ppm以下であり、特に好ましくは塩素が検出されないことを指す。
【0017】
本明細書において、「クロロベンゼン類」とは、特に断らない限り、モノクロロベンゼン、o-ジクロロベンゼン、m-ジクロロベンゼン、p-ジクロロベンゼンからなるジクロロベンゼン類、1,2,4-トリクロロベンゼン等のトリクロロベンゼン類を指す。
【0018】
本明細書において、「塩化度」とは、化合物1分子に対して結合している塩素原子の数の平均値を指し、ベンゼン及びクロロベンゼン類の各成分のモル分率(モル%)にベンゼンに0、モノクロロベンゼンに1、ジクロロベンゼン類に2、トリクロロベンゼン類に3の各係数を掛け、それらの総計値を100で割ることによって算出される。
【0019】
本明細書において、「ベンゼン換算濃度」とは、溶液中に含まれるベンゼン及びクロロベンゼン類が全てベンゼンであったと仮定した場合の濃度を指し、具体的にはベンゼン及びクロロベンゼン類の合計モル数と等しいモル数のベンゼンの重量に対する特定の成分の濃度を指す。
【0020】
本発明の一態様に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、ベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方を含む芳香族原料と、塩素と、ルイス酸と、予め塩素化されたフェノチアジン化合物とを反応器に供給し、該芳香族原料と該塩素とを反応させて、p-ジクロロベンゼンを生成する、塩素化工程を含む。当該反応は、芳香族原料の核塩素化反応である。塩素化工程において助触媒として予め塩素化されたフェノチアジン化合物を用いることで、芳香族原料の核塩素化反応において、高いパラ選択性を維持したまま、未反応
塩素を少なくすることができる。特に、原料として供給した塩素が全て消費され未反応塩素が生じなければ、残存する塩素の無害化処理設備の導入及び維持が不要となる。そのため、塩素が全て消費され未反応塩素が生じない態様が特に好ましい。
【0021】
以下に、本発明の一態様に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法を各工程ごとに詳述する。
【0022】
<予備塩素化工程>
本発明の一態様に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、塩素化工程の前に、予備塩素化工程を含んでもよい。予備塩素化工程とは、ルイス酸存在下、フェノチアジン化合物と塩素とを反応させて、予め塩素化されたフェノチアジン化合物を含む溶液を得る工程である。以下、該反応を予備塩素化と称することがある。予備塩素化工程において得られる溶液(以下、予備塩素化溶液と称することがある。)は、続く塩素化工程において触媒として作用するルイス酸及び助触媒として作用する予め塩素化されたフェノチアジン化合物(以下、塩素化フェノチアジン化合物と称することがある)を含む。そのため、予備塩素化溶液は、続く塩素化工程において触媒及び助触媒の供給系としてそのまま用いることができ、分離精製する操作を必要としない。
【0023】
(塩素化フェノチアジン化合物)
本工程で得られる塩素化フェノチアジン化合物は、塩素化されたフェノチアジン骨格を有する化合物であればよい。塩素化フェノチアジン化合物は、助触媒としての活性の観点から、好ましくは下記式(I)で表される化合物(以下、化合物(I)と称することがある)である。
【0024】
【化1】
【0025】
式(I)中、m、pは0以上4以下の整数であり、nは0以上5以下の整数であり、m+n+pは1以上である。ここで、反応速度向上の観点からはフェノチアジン骨格が塩素化されることが重要であることから、m+pが1以上であることが好ましい。
【0026】
また、塩素化フェノチアジン化合物として式(I)の化合物を得る場合、予備塩素化工程において塩素化される原料として用いられる、塩素化フェノチアジン化合物の前駆体としては、好ましくは下記式(II)で表される化合物(以下、化合物(II)と称することがある)である。
【0027】
【化2】
【0028】
式(II)中、qは0以上5以下の整数である。なお、式(I)のp及びmが0である場合には、qは式(I)のnより小さい。
【0029】
式(II)に表される化合物は、取扱いが容易であるため、塩素化フェノチアジン化合物の前駆体として特に好適である。フェノチアジン化合物は、特に好ましくは、合成原料の市販品として入手のしやすさや製造コストの観点から、式(II)中、q=0である化合物である。
【0030】
予備塩素化工程において使用するフェノチアジン化合物の量は、ルイス酸1モルに対して、10モル以下であり得、好ましくは5モル以下、より好ましくは2モル以下である。この範囲を満たすことで、フェノチアジン化合物の予備塩素化反応を好適に進行させることができる。また、予備塩素化工程において使用するフェノチアジン化合物の量は、ルイス酸1モルに対して、0.4モル以上であり得、好ましくは0.6モル以上、より好ましくは0.75モル以上である。この範囲を満たすことで、予備塩素化溶液に含まれるフェノチアジン化合物、及び予め塩素化されたフェノチアジン化合物の量を大きくすることができる。
【0031】
予備塩素化工程において、フェノチアジン化合物は、一括で供給してもよいし、連続的に供給してもよいし、複数回に分割して供給してもよい。反応溶液中でルイス酸の濃度が大きいと、フェノチアジン化合物及び塩素化フェノチアジン化合物が分解する。そのため、反応液中のルイス酸の濃度は一定濃度以下に制御することが好ましい。上記のようにルイス酸の濃度を低く制御する場合には、ルイス酸の濃度に応じて、好ましいフェノチアジン化合物の初期濃度も低くすることが好ましい。したがって、最終フェノチアジン化合物濃度を向上させたい場合は複数回に分割して供給することが好ましい。
【0032】
フェノチアジン化合物は、塩素化されていなくてもベンゼン及びモノクロロベンゼンの核塩素化反応の助触媒として作用することができる。したがって、予備塩素化溶液に塩素化されていないフェノチアジン化合物が含まれている場合であっても、予備塩素化溶液は、続く塩素化工程において、好適に助触媒の供給系として用いることができるが、勿論、塩素化されたフェノチアジン化合物の比率をできるだけ高めた方がより好適である。
【0033】
(ルイス酸)
ルイス酸は、予備塩素化工程においてフェノチアジン化合物と錯体を形成し、当該フェノチアジン化合物の予備塩素化の触媒として作用すると考えられる。この時使用されるルイス酸は、続く塩素化工程においても、ベンゼン及びモノクロロベンゼンの核塩素化反応の触媒として作用する。したがって、予備塩素化溶液のベンゼン及びモノクロロベンゼンの核塩素化反応への直接の使用は残留するルイス酸と塩素化されたフェノチアジン化合物を分離精製することなく行えるので、好適である。さらに、予備塩素化工程では、塩素化フェノチアジン化合物と錯体を形成した形態のルイス酸を得ることができる。当該錯体を形成した形態のルイス酸は、続く塩素化工程において、芳香族原料の核塩素化反応を高い
パラ選択性で行うための触媒として好適に働くため、好ましい。
【0034】
ルイス酸としては、塩化第二鉄、塩化アルミニウム及び塩化アンチモン等を挙げることができる。ルイス酸としては、製造方法の廃液による環境負荷を減じる観点から、塩化第二鉄及び塩化アルミニウムが好ましく、塩化第二鉄がより好ましい。
【0035】
(塩素)
塩素は、予備塩素化工程においてフェノチアジン化合物と反応する、塩素原子の供給源である。
【0036】
予備塩素化工程において用いる塩素の量は、反応系の反応液組成により適時設定することができる。ここで、塩素化されたフェノチアジン化合物として化合物(I)を用いる場合、化合物(I)とルイス酸とを用いたベンゼン及びモノクロロベンゼンの核塩素化反応を行う際、その反応速度は概して、フェノチアジン化合物がより多く塩素化された方が高くなる傾向があると考えられる。フェノチアジン化合物の塩素化反応は溶媒であるクロロベンゼン類との競争反応であることからフェノチアジン化合物の塩素化度を向上させるという観点からは溶媒であるクロロベンゼン類の塩化度は高い方が好ましい。
【0037】
一方、クロロベンゼン類の塩化度が高い場合(具体的には塩化度2を超える場合)は溶媒であるクロロベンゼン類の塩素化速度が著しく低下するために、未反応塩素を発生させずに化合物(II)及び化合物(I)を塩素化することは困難となる。
【0038】
そこで、予備塩素化工程においては、未反応塩素が発生しない条件でかつ、より化合物(I)の塩化度を高めることが好ましい。以上の観点から、方法として、特に化合物(II)が塩素化される条件であれば特に限定されないが、反応液中のクロロベンゼン類の塩化度が1.1~2.5であり得、好ましくは1.3~2.2であり、より好ましくは1.5~2.1である。塩素量は反応液中のクロロベンゼン類及びフェノチアジン化合物を塩素化してクロロベンゼン類が所望の塩化度に調整される量を使用する。
【0039】
(反応溶媒)
予備塩素化工程において、反応溶媒として、当技術分野で公知の任意の反応溶媒を供給することができるが、反応溶媒はベンゼン及びクロロベンゼン類のみから構成されることが好ましい。ベンゼン及びクロロベンゼン類は、続く塩素化工程において塩素化される原料としても作用するので、塩素化工程後に分離精製する必要が無く、反応溶媒として好適である。また、反応溶媒は、より好ましくはo-ジクロロベンゼンとベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方との混合物である。o-ジクロロベンゼンは、常温で液体であることに加え、価格が安価であるため、反応溶媒として好適である。また、ベンゼン及びモノクロロベンゼンは、ジクロロベンゼン類と比較して塩素との反応性が高いため、予備塩素化工程においてフェノチアジン化合物と反応しなかった塩素と反応しやすい。したがって、ベンゼン及びモノクロロベンゼンを反応溶媒として加えて用いることで、予備塩素化工程において未反応塩素が生じることを抑制することができる。このような塩素との反応性の観点から、反応溶媒として、o-ジクロロベンゼンに加えて、モノクロロベンゼンを使用することがより好ましい。
【0040】
o-ジクロロベンゼン及びモノクロロベンゼンを反応溶媒として用いる場合、モノクロロベンゼンに対するo-ジクロロベンゼンの混合比は、0.5以上であり得、好ましくは1以上である。この範囲の混合比を用いることで、フェノチアジン化合物の予備塩素化反応を好適に進めることができる。モノクロロベンゼンに対するo-ジクロロベンゼンの混合比は、50以下であり得、好ましくは20以下である。この範囲の混合比を用いることで、予備塩素化工程における未反応塩素の発生を好適に抑制することができる。
【0041】
予備塩素化工程において使用する反応溶媒の量は、ルイス酸1gに対して、5g以上であり得、好ましくは10g以上、より好ましくは20g以上である。この範囲の量の反応溶媒を用いることで、ルイス酸の濃度を小さく制御することができ、フェノチアジン化合物の分解を好適に抑制することができる。また、予備塩素化工程において使用する反応溶媒の量は、ルイス酸1gに対して、1000g以下であり得、好ましくは500g以下、より好ましくは200g以下である。この範囲の量の反応溶媒を用いることで、フェノチアジン化合物の予備塩素化反応を好適に促進することができる。
【0042】
(反応条件)
予備塩素化工程を行う温度は、予備塩素化反応が進行する範囲であれば、特に制限は無い。予備塩素化工程を行う温度は、20℃以上であり得、好ましくは25℃以上であり、より好ましくは30℃以上である。この範囲の温度で予備塩素化工程を行うことで、予備塩素化反応の速度を高くすることができる。また、予備塩素化工程を行う温度は、120℃以下であり得、好ましくは100℃以下、より好ましくは80℃以下である。この範囲の温度で予備塩素化工程を行うことで、フェノチアジン化合物及び塩素化フェノチアジン化合物の分解を好適に抑制することができる。
【0043】
予備塩素化工程を行う時間は、予備塩素化反応が進行する範囲であれば、特に制限は無い。予備塩素化工程を行う時間は、0.1時間以上であり得、好ましくは0.5時間以上、より好ましくは1時間以上である。また、予備塩素化工程を行う時間は、24時間以下であり得、好ましくは16時間以下、より好ましくは8時間以下である。
【0044】
予備塩素化工程によって得られた予備塩素化溶液は、フェノチアジン化合物と塩素とを供給することで、再度予備塩素化工程に供されてもよい。1回の予備塩素化工程を1サイクルとしたとき、予備塩素化工程は2サイクル以上行われてもよい。予備塩素化工程の操作を簡易にするという観点から、予備塩素化工程は、20サイクル以下であり得、好ましくは10サイクル以下であり、より好ましくは5回以下である。
【0045】
予備塩素化工程において、得られる予備塩素化溶液の塩化度は、2.5以下であり得、好ましくは2.2以下であり、より好ましくは2.1以下である。この範囲の塩化度であることで、予備塩素化工程における未反応塩素の発生を好適に抑制することができる。
【0046】
<塩素化工程>
本発明の一態様に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、塩素化工程を含む。塩素化工程とは、ベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方を含む芳香族原料と、塩素と、ルイス酸と、予め塩素化されたフェノチアジン化合物とを反応器に供給し、該芳香族原料と該塩素とを反応させて、p-ジクロロベンゼンを生成する工程である。ルイス酸を触媒、予め塩素化されたフェノチアジン化合物を助触媒として用いることで、芳香族原料の核塩素化反応を好適に進行させ、未反応塩素の発生を抑制することができる。以下、芳香族原料、塩素、ルイス酸及び予め塩素化されたフェノチアジン化合物をまとめて、単に原料と称することがある。
【0047】
(芳香族原料)
芳香族原料は、目的生成物であるp-ジクロロベンゼンの前駆体であり得、ベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方を含む。芳香族原料は、ベンゼン、モノクロロベンゼン以外にも、o-ジクロロベンゼン、m-ジクロロベンゼン、p-ジクロロベンゼンからなるジクロロベンゼン類、1,2,4-トリクロロベンゼン等のトリクロロベンゼン類を任意の比率で含んでもよい。
【0048】
芳香族原料が含む各成分は、市販品を用いてもよいし、製造したものを用いてもよい。例えば、塩素化工程の反応液から分離されたベンゼン又はモノクロロベンゼンを、再度塩素化工程に供してもよい。
【0049】
(塩素)
塩素化工程において、塩素は、芳香族原料の核塩素化反応の塩素原子の供給源である。
【0050】
塩素は、市販品を用いてもよいし、塩化ナトリウム水溶液の電気分解等で製造したものを用いてもよい。
【0051】
塩素を反応器に供給する方法としては、気体状の塩素を直接反応器に吹き込んでもよいし、予め他の原料に溶解させた塩素を反応器に供給してもよい。
【0052】
(ルイス酸)
ルイス酸は、塩素化工程において、触媒である。ルイス酸としては、塩化第二鉄、塩化アルミニウム及び塩化アンチモン等を挙げることができる。ルイス酸としては、製造方法の廃液の環境負荷を減じる観点から、塩化第二鉄及び塩化アルミニウムが好ましく、塩化第二鉄が特に好ましい。
【0053】
予備塩素化工程を行っている場合、塩素化工程で用いるルイス酸は、予備塩素化工程で用いるルイス酸と同じルイス酸であってもよいし、異なるルイス酸であってもよいが、操作性の観点から、同じルイス酸であることが好ましい。
【0054】
予備塩素化工程を行っている場合、塩素化工程において供給されるルイス酸は、予備塩素化溶液に含まれるもののみであってもよいし、予備塩素化溶液に加えて追加的に供給されるものであってもよい。
【0055】
追加的に供給されるルイス酸は、予めベンゼンやクロロベンゼン類等の芳香族原料に混合した後に供給することが好ましい。これにより、ルイス酸を反応液に均一に分散させることができる。
【0056】
(予め塩素化されたフェノチアジン化合物)
予め塩素化されたフェノチアジン化合物は、塩素化工程において、助触媒として作用する化合物である。予め塩素化されたフェノチアジン化合物としては、購入可能なものがあれば市販品を用いてもよいし、製造したもの、例えば、本明細書中の予備塩素化工程に使用する原料となる化合物(II)を合成し、それを予備塩素化工程に供することによってフェノチアジン化合物を予め塩素化したものであってもよい。予め塩素化されたフェノチアジン化合物は、助触媒としての作用の観点から、好ましくは上述の式(I)で表される化合物である。
【0057】
塩素化工程において用いる予め塩素化されたフェノチアジン化合物はフェノチアジン骨格がある程度塩素化されていることが、反応速度向上の観点で重要であることから、予め塩素化されたフェノチアジン化合物の塩化度(フェノチアジン化合物中の塩素原子の数)は、好ましくは4以上である。この範囲にある予め塩素化されたフェノチアジン化合物を助触媒として用いることで、芳香族原料の核塩素化反応の反応速度を大きくすることができる。
【0058】
(反応様式)
塩素化工程において、芳香族原料、ルイス酸、及び予め塩素化されたフェノチアジン化合物を一括で反応器中で混合後、塩素を供給することで、反応をバッチ式に行ってもよい
。また、塩素化工程において、芳香族原料、塩素、ルイス酸、及び予め塩素化されたフェノチアジン化合物を連続的に反応器に供給することで、反応を連続式に行ってもよい。反応を連続式に行うことは、反応を中断することなく、目的生成物であるp-ジクロロベンゼンを連続的に得ることができるので、生産性や操作性の観点から有利である。塩素化工程において、反応を連続式に行う場合、当該塩素化工程は、連続反応工程を含み、好ましくは当該連続反応工程の前に反応液形成工程を含む。
【0059】
〔反応液形成工程〕
反応液形成工程は、続く連続反応工程において定常的な反応を行える反応液を形成するために、原料を反応器に供給し、反応液を形成する工程である。
【0060】
供給する原料は上述したものを用いることができる。
【0061】
反応液を形成する方法としては、当業者に公知の任意の方法を用いることができる。反応液を形成する方法としては、例えば(i)芳香族原料、ルイス酸、及び予め塩素化されたフェノチアジン化合物を反応器中で混合後、反応液の塩化度を測定しながら、塩素を供給する方法、(ii)芳香族原料、塩素、ルイス酸、及び予め塩素化されたフェノチアジン化合物を一括で反応器に供給し、一定時間経過させる方法、等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0062】
反応液形成工程において、反応液の温度は20℃以上であり得、好ましくは40℃以上である。反応液の温度は、100℃以下であり得、好ましくは70℃以下である。
【0063】
反応液形成工程において、形成した後の反応液の塩化度は、1.1以上であり得、好ましくは1.2以上である。形成した後の反応液の塩化度は、2.5以下であり得、好ましくは2.0以下である。
【0064】
〔連続反応工程〕
連続反応工程は、反応器に原料を連続的に供給することで、芳香族原料と塩素とを連続的に反応させる工程である。
【0065】
供給する原料は上述したものを用いることができる。
【0066】
連続反応工程では、全ての原料を連続的に供給することが好ましいが、原料の一部を間欠的に供給してもよい。
【0067】
連続反応工程において、反応器内の環境を定常状態に保ち操作を簡易にするために、反応液の各成分の濃度が一定に保たれるように原料の供給量を調節することが好ましい。原料の供給量は、一定であっても経時変化してもよく、好ましくは一定である。
【0068】
連続反応工程において、反応器内の環境を定常状態に保ち操作を簡易にするために、反応器内の反応液を連続的に、又は間欠的に抜出することが好ましい。抜出する方法は塩素化反応に影響がなければ特に制限されず、例えばオーバーフロー及び弁の開閉による液レベル制御並びにポンプ等によって抜出してもよい。
【0069】
(供給系)
以下、塩素化工程において、反応器に供給する原料の系を供給系、反応器から抜出する反応液の系を生成系と称する。
【0070】
供給系に含まれる芳香族原料の塩化度は、0.01以上であり得、好ましくは0.03
以上、より好ましくは0.05以上である。p-ジクロロベンゼンの生産を考えた場合、より塩化度が低い方が有利ではあるが、予備塩素化液を含有すること等もあり、ベンゼン(塩化度0)のみの供給にはならない場合がある。また、塩化度が一定程度高い場合、反応速度が低下すること、並びに本来の目的生成物である供給系中に占めるp-ジクロロベンゼンに変換されるベンゼン及びモノクロロベンゼン量が少なくなることから、生産には不向きである。その観点から供給系全体の塩化度は、1.95以下であり得、好ましくは1.85以下、より好ましくは1.75以下である。
【0071】
供給系に含まれるルイス酸のベンゼン換算濃度は、200ppm以上であり得、好ましくは300ppm以上であり、より好ましくは400ppm以上である。また、供給系に含まれるルイス酸のベンゼン換算濃度は、2000ppm以下であり得、好ましくは1500ppm以下、より好ましくは1200ppm以下である。ルイス酸の濃度が高ければ反応速度は向上するが、ルイス酸の使用量を削減した方が、ルイス酸を分離精製する際の操作を減じることができる。また、助触媒である予め塩素化されたフェノチアジン化合物は後述するように、ルイス酸に対するモル比が一定以上であることがパラ選択性を高めるためには好ましい。そのような観点から、ルイス酸量の削減は予め塩素化されたフェノチアジン化合物量の削減にも有利な条件となる。
【0072】
供給系に含まれる予め塩素化されたフェノチアジン化合物の量は、ルイス酸1モルに対して、0.4モル以上であり得、好ましくは0.7モル以上、より好ましくは0.9モル以上である。予め塩素化されたフェノチアジン化合物の量がこの範囲にあることにより、芳香族原料の核塩素化反応のパラ選択性を高めることができる。供給系に含まれる予め塩素化されたフェノチアジン化合物の量は、ルイス酸1モルに対して、5モル以下であり得、好ましくは2モル以下、より好ましくは1.7モル以下である。予め塩素化されたフェノチアジン化合物の量がこの範囲にあることにより、塩素化反応の反応速度を大きくすることができる。
【0073】
供給系に含まれる塩素の量は、生成系の所望の塩化度に応じて、適宜調整することができる。
【0074】
(生成系)
塩素化工程において得られる生成系の塩化度は、目的生成物であるp-ジクロロベンゼンの収率を上げるという観点から、1.1以上であり得、好ましくは1.2以上であり、より好ましくは1.3以上である。塩素化工程において得られる生成系の塩化度は、未反応塩素を減じるという観点から、2.0以下であり得、好ましくは1.9以下、より好ましくは1.8以下である。
【0075】
(反応条件)
塩素化工程の反応温度は、反応速度を大きくするという観点から、20℃以上であり得、好ましくは30℃以上、より好ましくは40℃以上である。塩素化工程の反応温度は、予め塩素化されたフェノチアジン化合物の分解を減じるという観点から、120℃以下であり得、好ましくは100℃以下であり、より好ましくは70℃以下である。
【0076】
塩素化工程の反応時間(該工程を連続式に行う場合には、反応液の滞留時間に対応)は、塩素化反応を十分に進行させるという観点から、0.5時間以上であり得、好ましくは8時間以上であり、より好ましくは24時間以上である。また、工業的には、予備塩素化液を調製しながら連続塩素化工程を行うことが想定されることから、塩素化工程の反応時間は、p-ジクロロベンゼンを効率的に得るという観点から、より長時間の方が好ましく、数日から数カ月等、上限は特にない。
【0077】
<まとめ>
本発明を以下のように表現することもできる。
【0078】
本発明の一実施形態に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、ベンゼン及びモノクロロベンゼンの少なくとも一方を含む芳香族原料と、塩素と、ルイス酸と、予め塩素化されたフェノチアジン化合物とを反応器に供給し、該芳香族原料と該塩素とを反応させて、p-ジクロロベンゼンを生成する、塩素化工程を含む。
【0079】
上記の構成によれば、パラ選択性の高いフェノチアジン化合物を予め塩素化した化合物に変換して、助触媒として使用することで、パラ選択性が高く、生じる未反応塩素が少ない、p-ジクロロベンゼンの製造を実現できる。
【0080】
本発明の一実施形態に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記塩素化工程において、前記芳香族原料、前記塩素、前記ルイス酸、及び前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物を連続的に供給する。
【0081】
上記の構成によれば、p-ジクロロベンゼンを連続的に得ることができ、生産性や操作性の観点から有利である。
【0082】
本発明の一実施形態に係るp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記ルイス酸は塩化第二鉄である。
【0083】
上記の構成によれば、他のルイス酸、例えば毒性が懸念される塩化アンチモンと比較すると製造方法の廃液による環境負荷を減じることができる。
【0084】
本発明の一実施形態にp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物は、下記式(I)で表される化合物である。
【0085】
【化3】
【0086】
(式(I)中、m、pは0以上4以下の整数であり、nは0以上5以下の整数であり、m+n+pは1以上である。)
上記の構成によれば、ルイス酸を主触媒として使用した時、予め塩素化されたフェノチアジン化合物を助触媒として用いた場合の方が塩素化されていないフェノチアジン化合物を用いた場合よりも高い触媒活性は示すので、芳香族原料の塩素化の反応速度を高めることができる。
【0087】
本発明の一実施形態にp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記塩素化工程の前に、ルイス酸存在下、フェノチアジン化合物と塩素とを反応させて、前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物を含む溶液を得る予備塩素化工程を含む。
【0088】
上記構成によれば、予め塩素化されたフェノチアジン化合物とルイス酸とが錯体を形成
する。当該錯体は、芳香族原料の塩素化反応において、高いパラ選択性を実現できる。
【0089】
本発明の一実施形態にp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物の生成に用いられる前記フェノチアジン化合物は、下記式(II)で表される化合物である。
【0090】
【化4】
【0091】
(式(II)中、qは0以上5以下の整数であり、式(I)のp及びmが0である場合には、q<nである。)
【0092】
上記の構成によれば、前記予め塩素化されたフェノチアジン化合物の原料となるフェノチアジン化合物を容易に取り扱うことができる。
【0093】
本発明の一実施形態にp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記式(II)において、q=0である。
【0094】
上記の構成によれば、製造方法の製造コストを低くすることができる。
【0095】
本発明の一実施形態にp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記予備塩素化工程において、前記フェノチアジン化合物を複数回に分割して供給する。
【0096】
上記の構成によれば、フェノチアジン化合物の分解を減じつつ、予め塩素化されたフェノチアジン化合物の濃度を高めることができる。
【0097】
本発明の一実施形態にp-ジクロロベンゼンの製造方法は、前記予備塩素化工程において、反応溶媒の一部として、モノクロロベンゼンを使用することを含む。
【0098】
上記の構成によれば、予備塩素化工程において未反応塩素が生じることを抑制することができる。
【0099】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0100】
実施例1~2、及び比較例1に記載する製造方法により、p-ジクロロベンゼンを製造し、供給系及び生成系に含まれるベンゼン及びクロロベンゼン類の量、並びに生成系から放出される未反応塩素の量を測定した。
【0101】
〔測定方法〕
溶液中のベンゼン及びクロロベンゼン類の量は、ガスクロマトグラフィーによって測定
した。
【0102】
(ガスクロマトグラフィーの条件)
ガスクロマトグラフ:島津製作所製 ガスクロマトグラフ
Column:Agilent Technology社製キャピラリーカラム
カラム温度:50℃から昇温プログラム
注入口温度:250℃
検出器温度:270℃
【0103】
以下の説明において、「パラ比」は、反応後の溶液中のジクロロベンゼンの総量に対するp-ジクロロベンゼンの割合を表す。また、「生成パラ比」とは、反応によって生じたジクロロベンゼンの総量に対する、反応によって生じたp-ジクロロベンゼンの割合を表す。反応前、反応後の溶液中のp-ジクロロベンゼン含有量(kg)をそれぞれXp1、Xp2とし、反応前、反応後の溶液中のo-ジクロロベンゼン含有量(kg)をそれぞれXo1、Xo2とし、反応前、反応後の溶液中のm-ジクロロベンゼン含有量(kg)をそれぞれXm1、Xm2とし、溶液のパラ比、及び反応の生成パラ比は下記式のように定義される。
パラ比(%)=Xp2/(Xp2+Xo2+Xm2)×100
生成パラ比(%)=(Xp2-Xp1)/((Xp2-Xp1)+(Xo2-Xo1)+(Xm2-Xm1))×100
【0104】
〔実施例1〕
実施例1では、フェノチアジン化合物(10H-フェノチアジン-10-カルボン酸フェニルエステル(以下、化合物(III)と称することがある。))を一括で加える方法による、以下に示す(A)予備塩素化工程と、(B-1)反応液形成工程及び(B-2)連続反応工程を含む(B)塩素化工程と、を実施した。
【0105】
(A)予備塩素化工程
表1に示す原料を一括で混合した。混合溶液の塩化度は1.605だった。反応温度40℃において、12kg/hの流量で0.75時間、次いで14kg/hの流量で3.3時間、塩素を吹き込んで、化合物(III)を塩素化した。次いで、沈殿物を除去し、表1に示す組成を有する予備塩素化溶液を得た。得られた予備塩素化溶液の塩化度は2.02であった。また、液体クロマトグラフィーによる分析から、得られた化合物(I)は塩化度3~6を有し、化合物(I)の平均塩化度は4程度と推測された。
【0106】
【表1】
【0107】
(B)塩素化工程
(B-1)反応液形成工程
ベンゼン32.3kg、モノクロロベンゼン155.6kg、m-ジクロロベンゼン0.1kg、p-ジクロロベンゼン7.7kgからなる芳香族原料と、塩化第二鉄38gと、工程(A)で得た予備塩素化溶液30.1kgとを反応器に供給し、混合した。得られた混合溶液において、塩化度は0.92であり、塩化第二鉄の濃度は567ppm(ベンゼン換算濃度は800ppm)であり、塩素化された化合物(I)(平均塩化度4と仮定した場合)の濃度は2145ppm(ベンゼン換算濃度は3014ppm)であった。反応温度50℃において、混合溶液に6kg/hから10分間隔で徐々に塩素流量を上げ、30分後から22kg/hの流量で約3.2時間塩素を吹き込み、芳香族原料を核塩素化した。尚、反応中未反応塩素は検出されなかった。得られた反応溶液の塩化度は1.43であった。塩素を吹き込む前後について、溶液中の芳香族原料及び塩素の各成分の含有量を表2に示す。塩素を吹きこんだ後に得られた反応溶液のパラ比は72.1%であり、核塩素化反応の生成パラ比は82.0%であった。
【0108】
【表2】
【0109】
(B-2)連続反応工程
工程(B-1)で得られた反応溶液を反応器から約24kg抜出し、液量を調整した。反応器に、50℃において、供給系として、ベンゼンを17.2kg/hの流量で、モノクロロベンゼンを1.4kg/hの流量で、塩化第二鉄を4g/hの流量で、及び工程(A)で得た予備塩素化溶液を4kg/hの流量で供給した。これにより、供給系全体で塩化第二鉄のベンゼン換算濃度が約800ppmとなるように調整した。なお、塩化第二鉄はベンゼン又はモノクロロベンゼンの一部と混合して供給した。上記成分を供給しながら、6kg/hから10分間隔で徐々に塩素流量を上げ、30分後から塩素を22kg/hの流量で吹き込み、連続反応を行った。連続反応中の反応溶液の塩化度は約1.45に保った。
【0110】
連続反応中、約0.3時間毎に約10kgの反応溶液を反応器から間欠的に抜出し、液量を実質的に一定に維持した。抜出した反応溶液を生成系とした。尚、ここで、連続反応開始時から充分な時間が経過すれば定常状態(反応液の組成が一定である状態)になると仮定することが可能である。ここで、反応終了時(連続反応開始から10時間後)の反応液の組成を定常状態と仮定して生成系の組成を見積もると下表のように算出された。
【0111】
10時間の連続反応中、反応系から発生するガス中に未反応塩素は検出されなかった。生成系のパラ比は72.8%であり、核塩素化反応の生成パラ比は82.3%であった。
【0112】
【表3】
【0113】
〔実施例2〕
実施例2では、フェノチアジン化合物を3回に分割して加える方法による(A)予備塩素化工程と、(B-1)反応液形成工程及び(B-2)連続反応工程を含む(B)塩素化工程と、を実施した。
【0114】
(A)予備塩素化工程
化合物(III)2.72kg、モノクロロベンゼン11.2kg、o-ジクロロベンゼン87.8kg、塩化第二鉄1.84kgを混合した。この時点で痕溶液の塩化度は1.86であった。反応温度45℃において、8kg/hの流量で塩素を1.3時間吹き込んだ。次いで、化合物(III)0.91kg、モノクロロベンゼン3.68kg、o-ジクロロベンゼン1.33kgを添加した。反応温度45℃において、8kg/hの流量で塩素を0.4時間吹き込んだ。次いで、化合物(III)0.91kg、モノクロロベンゼン3.67kg、o-ジクロロベンゼン1.33kgを添加した。反応温度45℃において、8kg/hの流量で塩素を0.4時間吹き込んだ。次いで、沈殿物を除去し、表4に示す組成を有する予備塩素化溶液を得た。得られた予備塩素化溶液の塩化度は2.01であった。また、液体クロマトグラフィーによる分析から、得られた化合物(I)は塩化度3~6を有し、化合物(I)の平均塩化度は4程度と推測された。
【0115】
【表4】
【0116】
(B-1)反応液形成工程
ベンゼン40.0kg、モノクロロベンゼン187.7kg、m-ジクロロベンゼン0
.1kg、p-ジクロロベンゼン6.8kg、o-ジクロロベンゼン0.6kgからなる芳香族原料と、塩化第二鉄31gと、工程(A)で得た予備塩素化溶液7.86kgとを反応器に供給し、混合した。得られた混合溶液において、塩化度は0.82であり、塩化第二鉄の濃度は519ppm(ベンゼン換算濃度は700ppm)であり、(平均塩化度4と仮定した場合)塩素化された化合物(I)の濃度は1723ppm(ベンゼン換算濃度は2343ppm)であった。反応温度50℃において、混合溶液に6kg/hから10分間隔で徐々に塩素流量を上げ、30分後から22kg/hの流量で塩素を約4.5時間吹き込み、芳香族原料を核塩素化した。得られた反応溶液の塩化度は1.45であった。塩素を吹き込む前後について、溶液中の芳香族原料及び塩素の各成分の含有量を表5に示す。塩素を吹きこんだ後に得られた反応溶液のパラ比は79.7%であり、核塩素化反応の生成パラ比は82.1%であった。
【0117】
【表5】
【0118】
(B-2)連続反応工程
工程(B-1)で得られた反応溶液を反応器から約65kg抜出し、液量を調整した。反応器に、50℃において、供給系として、ベンゼンを16.7kg/hの流量で、モノクロロベンゼンを0.8kg/hの流量で、塩化第二鉄を3g/hの流量で、及び工程(A)で得た予備塩素化溶液を0.78kg/hの流量で供給した。これにより、供給系全体で塩化第二鉄のベンゼン換算濃度が約700ppmとなるように調整した。なお、塩化第二鉄はベンゼン又はモノクロロベンゼンの一部と混合して供給した。上記成分を供給しながら、塩素を22kg/hの流量で吹き込み、連続反応を行った。連続反応中の反応溶液の塩化度は約1.45に保った。
【0119】
連続反応中、約0.35時間毎に約10kgの反応溶液を反応器から間欠的に抜出し、液量を実質的に一定に維持した。抜出した反応溶液を生成系とした。尚、ここで、連続反応開始時から充分な時間が経過すれば定常状態(反応液の組成が一定である状態)になると仮定することが可能である。ここで、反応終了時(連続反応開始から5時間後)の反応液の組成を定常状態と仮定して生成系の組成として見積もると下表のように算出された。
【0120】
5時間の連続反応中、生成系からは未反応塩素は検出されなかった。生成系のパラ比は79.9%であり、核塩素化反応の生成パラ比は82.6%であった。
【0121】
【表6】
【0122】
続けて、供給系の成分を塩化第二鉄の濃度を減らすように変更して、連続反応工程を継続した。具体的には、反応器に、50℃において、供給系として、ベンゼンを16.7kg/hの流量で、モノクロロベンゼンを0.7kg/hの流量で、p-ジクロロベンゼンを0.1kg/hの流量で、o-ジクロロベンゼンを0.5kg/hの流量で、塩化第二鉄を3g/hの流量で、及び工程(A)で得た予備塩素化溶液を0.66kg/hの流量で供給した。これにより、供給系全体で塩化第二鉄のベンゼン換算濃度が約600ppmとなるように調整した。なお、塩化第二鉄はベンゼン又はモノクロロベンゼンの一部と混合して供給した。上記成分を供給しながら、塩素を22kg/hの流量で吹き込み、連続反応を行った。連続反応中の反応溶液の塩化度は約1.45に保った。尚、ここで、連続反応開始時から充分な時間が経過すれば定常状態(反応液の組成が一定である状態)になると仮定することが可能である。ここで、反応終了時(連続反応開始から16時間後)の反応液の組成を定常状態と仮定して生成系の組成を見積もると下表のように算出された。
【0123】
連続反応中、約0.35時間毎に約10kgの反応溶液を反応器から間欠的に抜出し、液量を実質的に一定に維持した。抜出した反応溶液を生成系とした。
【0124】
供給系を変更してから、16時間の連続反応中、生成系からは未反応塩素は検出されなかった。生成系のパラ比は79.9%であり、核塩素化反応の生成パラ比は82.2%であった。
【0125】
【表7】
【0126】
〔比較例1〕
比較例1は、フェノチアジン化合物を予め塩素化せずに助触媒として用いて、芳香族原料の核塩素化反応を行った製造方法である。
【0127】
(B)塩素化工程
(B-1)反応液形成工程
ベンゼン32.9kg、モノクロロベンゼン222.1kg、m-ジクロロベンゼン0.1kg、p-ジクロロベンゼン11.4kg、o-ジクロロベンゼン0.8kgからなる芳香族原料と、化合物(III)0.41kgと、塩化第二鉄0.175kgとを反応器に供給し、混合した。得られた混合溶液において、塩化度は0.86であり、塩化第二鉄の濃度は652ppm(ベンゼン換算濃度は900ppm)であり、化合物(III)の濃度は1534ppm(ベンゼン換算濃度は2110ppm)であった。反応温度60℃において、混合溶液に6kg/hから10分間隔で徐々に塩素流量を上げ、30分後から塩素を22kg/hの流量で4.6時間吹き込み、芳香族原料を核塩素化した。得られた反応溶液の塩化度は1.45であった。塩素を吹き込む前後について、溶液中の芳香族原料及び塩素の各成分の含有量を表8に示す。塩素を吹きこんだ後に得られた反応溶液のパラ比は82.9%であり、核塩素化反応の生成パラ比は82.0%であった。
【0128】
【表8】
【0129】
(B-2)連続反応工程
工程(B-1)で得られた反応溶液を反応器から約80.5kg抜出し、液量を調整した。反応器に、60℃において、供給系として、ベンゼンを15.3kg/hの流量で、モノクロロベンゼンを6.8kg/hの流量で、p-ジクロロベンゼンを0.1kg/hの流量で、o-ジクロロベンゼンを0.1kg/hの流量で、化合物(III)を0.042kg/hの流量で、及び塩化第二鉄を0.018kg/hの流量で供給しながら、供給系全体で塩化第二鉄のベンゼン換算濃度が約900ppmとなるように調整した。塩素を22kg/hの流量で吹き込み、連続反応を行った。連続反応中の反応溶液の塩化度は約1.45に保った。尚、ここで、連続反応開始時から充分な時間が経過すれば定常状態(反応液の組成が一定である状態)になると仮定することが可能であるが、反応を6時間で停止したことから、反応終了時の反応液の組成を定常状態と仮定して生成系の組成として見積もると下表のように算出された。
【0130】
連続反応中、約0.3時間毎に約10kgの反応溶液を反応器から間欠的に抜出し、液量を実質的に一定に維持した。抜出した反応溶液を生成系とした。
【0131】
生成系からは、反応時間3時間後には0.7ppm、反応時間6時間後には4.6ppmの未反応塩素が検出された。比較例1では、未反応塩素が検出されたため、連続反応を6時間で停止した。6時間後時点での生成系のパラ比は82.6%であり、核塩素化反応の生成パラ比は82.5%であった。
【0132】
【表9】
【0133】
予め塩素化されたフェノチアジン化合物を助触媒として用いた実施例1~2では、同等の生成パラ比が得られ、未反応塩素も検出されなかった。対して、フェノチアジン化合物を予め塩素化せずに助触媒として用いた比較例1では、使用した主触媒である塩化第二鉄濃度が高いにもかかわらず、未反応塩素が検出された。加えて、連続反応工程の反応温度は、実施例1~2では、比較例1よりも10℃低くしたにもかかわらず、比較例1と異なり、実施例1~2では未反応塩素が検出されなかった。これらのことから、予め塩素化されたフェノチアジン化合物を助触媒として用いることで、芳香族原料の核塩素化反応の反応速度が著しく向上したことがわかる。
【0134】
また、実施例1と実施例2とを比較すると、予備塩素化工程においてフェノチアジン化合物を分割して加えた実施例2では、予備塩素化溶液中のo-ジクロロベンゼンの比率を減じながら、より高濃度で予め塩素化されたフェノチアジン化合物を得られることが分かった。予備塩素化工程において、溶媒として使用するo-ジクロロベンゼンを減じることができると、最終的に得られる生成系に含まれるo-ジクロロベンゼンも減じることができ、分離精製する際、o-ジクロロベンゼンの分離コストも減じることができるという効果を奏する。
【0135】
以下の参考実施例1及び参考比較例1では、予備塩素化工程で用いる溶媒の検討を行った。
【0136】
〔参考実施例1〕
300mLの4つ口フラスコに化合物(III)6.0g、o-ジクロロベンゼン180g、モノクロロベンゼン32.6g及び塩化第二鉄4.0gを加え、反応温度45℃で撹拌しながら塩素6L/hを吹き込み、化合物(III)を塩素化した。
【0137】
45分後、及び85分後に反応液から発生するガス分析を行ったところ未反応塩素は検出されず、塩素反応率は共に100%と算出された。
【0138】
〔参考比較例1〕
300mLの4つ口フラスコに化合物(III)3.0g、o-ジクロロベンゼン180g及び塩化第二鉄2.0gを加え、撹拌しながら反応温度45℃で塩素3L/hを吹き込み、化合物(III)を塩素化した。
【0139】
同様にガス分析を行い塩素反応率を測定したところ、30分後には83%、60分後には44%であった。このことから、参考比較例1では、未反応塩素が大量に発生したことがわかる。
【0140】
参考実施例1及び参考比較例1の結果から、予備塩素化工程において、モノクロロベン
ゼンのように核塩素化反応を受けやすい化合物が溶媒中に共存することで、未反応塩素の発生を減じるという効果を奏することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0141】
本発明は、p-ジクロロベンゼンの製造に利用することができる。