(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022042584
(43)【公開日】2022-03-15
(54)【発明の名称】無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物、無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 23/053 20060101AFI20220308BHJP
C09K 19/02 20060101ALI20220308BHJP
【FI】
C01G23/053
C09K19/02
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020148028
(22)【出願日】2020-09-03
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-07-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・第63回粘土科学討論会(開催日:令和元年9月10日~12日、開催場所:埼玉大学 埼玉県さいたま市桜区下大久保255、口頭発表、タイトル:「単分散ナノシートコロイドが形成する液晶相」) ・第63回粘土科学討論会の講演要旨集(発行日:令和元年9月10日、発行:(一社)日本粘土学会、タイトル:「B11単分散ナノシートコロイドが形成する液晶相」) ・日本化学会「低次元系光機能材料研究会」第9回サマーセミナー2019(開催日:2019年9月13日~14日、開催場所:高知大学朝倉キャンパス(高知県高知市曙町二丁目5番1号)、ポスター発表P17、タイトル:「単分散ナノシートコロイドを用いた液晶相の発現」) ・CENG―MSN2020(開催日:令和2年1月10日、開催場所:北海道大学北キャンパス地区シオノギ棟1階会議室、一般公演、タイトル:「単分散ナノシートコロイドの液晶相」)
(71)【出願人】
【識別番号】500372717
【氏名又は名称】学校法人福岡工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100151688
【弁理士】
【氏名又は名称】今 智司
(72)【発明者】
【氏名】宮元 展義
(72)【発明者】
【氏名】三好 桃佳
【テーマコード(参考)】
4G047
4H027
【Fターム(参考)】
4G047CA02
4G047CB06
4G047CC03
4G047CD02
4G047CD03
4H027BA01
4H027BE02
4H027BE07
4H027DQ01
(57)【要約】 (修正有)
【課題】高度な組織化構造を実現できる無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物、無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法を提供する。
【解決手段】単離した無機ナノシートを直接合成し、無機ナノシート分散液にアルキルアンモニウム塩を添加し、無機ナノシートを修飾する。ボトムアップ法で合成することで無機ナノシートの粒径、形状が均一であり、無機ナノシートが集合して紐状の無機ナノシート積層カラムとなる。さらにこの積層カラムが配向することで、カラムナーネマチック層の無機液晶材料を得ることができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
積層している複数の無機ナノシートから構成される紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体。
【請求項2】
前記無機ナノシートの粒径分布が単峰の正規分布関数で近似され、前記粒径分布の標準偏差が、前記無機ナノシートの平均粒径の50%未満である請求項1に記載の無機ナノシート積層構造体。
【請求項3】
前記無機ナノシートが、アンモニウム塩と金属アルコキシドとを反応させてなる、請求項1又は2に記載の無機ナノシート積層構造体。
【請求項4】
所定の塩を含む所定の溶媒中において前記無機ナノシートを所定の濃度以上にすることで前記紐状構造が配向し、カラムナーネマチック液晶相を発現する請求項1~3のいずれか1項に記載の無機ナノシート積層構造体。
【請求項5】
積層している複数の無機ナノシートから構成される紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体と、
溶媒と、
所定の塩と
を含有し、
前記無機ナノシート積層構造体が前記溶媒中で配向し、カラムナーネマチック相を形成してなる無機ナノシート液晶組成物。
【請求項6】
前記無機ナノシートの粒径分布が単峰の正規分布関数で近似され、前記粒径分布の標準偏差が、平均粒径の50%未満である請求項5に記載の無機ナノシート液晶組成物。
【請求項7】
アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、溶媒とを混合した混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を還流して無機ナノシートを合成する工程と、
前記還流後の前記混合溶液中における前記無機ナノシートの濃度と前記アンモニウム塩の濃度とを、複数の前記無機ナノシートが積層する濃度に調整する工程と
を有する無機ナノシート積層構造体の製造方法。
【請求項8】
アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、溶媒とを混合した混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を還流する工程と、
前記還流後の前記混合溶液の無機ナノシートを濃縮する工程と、
前記混合溶液中の前記アンモニウム塩の濃度を所定の液晶相が発現する濃度に調整する工程と
を有する無機ナノシート液晶組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物、無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法に関する。特に、本発明は、カラムナーネマチック液晶相を形成できる無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物、無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、層状ニオブ酸化物等の層状結晶の剥離によって得られるナノシートをメソゲンとする、コロイド系のリオトロピック液晶である、ナノシート液晶が知られている(例えば、特許文献1参照、非特許文献1参照。)。層状ニオブ酸化物から得られる無機ナノシートをコロイド分散させると、液晶の特質を有しつつ、無機物特有の性質である光活性や電気的特性を利用できる新しいタイプの液晶材料を得ることができる。更に、液晶の構造を高分子ゲルや樹脂中に固定化した複合材料は、異方的な物質輸送特性や光学特性を示す新しい機能材料としての応用も可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】N.Miyamoto et. al., Advanced Materials,2002,14,1267
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来の無機ナノシート液晶相は、ほとんどの場合、構造秩序の低いネマチック液晶相であり、高度な組織化構造の精密設計は困難である。
【0006】
したがって、本発明の目的は、高度な組織化構造を実現できる無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物、無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記目的を達成するため、積層している複数の無機ナノシートから構成される紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体が提供される。
【0008】
また、上記無機ナノシート積層構造体において、無機ナノシートの粒径分布が単峰の正規分布関数で近似され、粒径分布の標準偏差が、無機ナノシートの平均粒径の50%未満であることが好ましい。
【0009】
また、上記無機ナノシート積層構造体において、無機ナノシートが、アンモニウム塩と金属アルコキシドとを反応させてなることが好ましい。
【0010】
また、上記無機ナノシート積層構造体において、所定の塩を含む所定の溶媒中において無機ナノシートを所定の濃度以上にすることで紐状構造が配向し、カラムナーネマチック液晶相を発現することが好ましい。
【0011】
また、本発明は上記目的を達成するため、積層している複数の無機ナノシートから構成される紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体と、溶媒と、所定の塩とを含有し、無機ナノシート積層構造体が溶媒中で配向し、カラムナーネマチック相を形成してなる無機ナノシート液晶組成物が提供される。
【0012】
また、本発明は上記目的を達成するため、アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、溶媒とを混合した混合溶液を調製する工程と、混合溶液を還流して無機ナノシートを合成する工程と、還流後の混合溶液中における無機ナノシートの濃度とアンモニウム塩の濃度とを、複数の無機ナノシートが積層する濃度に調整する工程とを有する無機ナノシート積層構造体の製造方法が提供される。
【0013】
また、本発明は上記目的を達成するため、アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、溶媒とを混合した混合溶液を調製する工程と、混合溶液を還流する工程と、還流後の混合溶液の無機ナノシートを濃縮する工程と、混合溶液中のアンモニウム塩の濃度を所定の液晶相が発現する濃度に調整する工程とを有する無機ナノシート液晶組成物の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物、無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法によれば、高度な組織化構造を実現できる無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物、無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例に係る単分散無機ナノシートのTEM像である。
【
図2】実施例に係る単分散無機ナノシートの粒径分布の図である。
【
図3】TMA
+濃度が2Mである場合において液晶相が観察されたサンプルを含む偏光顕微鏡による観察結果を示す図である。
【
図4】TMA
+濃度が0.08M、無機ナノシート濃度が1wt%である場合に、溶媒中の水/エタノール比を変化させた場合のクロスニコル観察結果を示す図である。
【
図5】TMA
+濃度が低い(0.001M~0.3M)場合に無機ナノシート濃度を変化させた場合のSAXS測定の結果を示す図である。
【
図6】無機ナノシート濃度が0.85wt%である場合にTMA
+濃度を変化させた場合のSAXS測定の結果を示す図である。
【
図7】TMA
+濃度が高い(2M)場合に無機ナノシート濃度を変化させた場合のSAXS測定の結果を示す図である。
【
図8】TMA
+濃度が0.08M、無機ナノシート濃度が1wt%である場合に、溶媒中の水/エタノール比を変化させた場合のSAXS測定の結果を示す図である。
【
図9】TMA
+濃度が2Mであり、無機ナノシート濃度が22wt%のサンプルのTEM観察の結果を示す図である。
【
図10】無機ナノシート液晶組成物が温度変化によって可逆的に等方相から流動複屈性の等方相への相転移が起こることを示す図である。
【
図11】無機ナノシート液晶組成物が75℃の温度において、斜方晶で針状の結晶を形成することを示すPOM観察の結果を示す図である。
【
図12】無機ナノシート液晶組成物が温度変化によって可逆的に、斜方晶で針状の結晶を形成することを示すSAXS測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物に関する知見]
従来の無機ナノシートを製造する方法においては、層状結晶に所定の化合物をインターカレーションして剥離させる工程や、超音波を照射することで剥離させる工程等の剥離処理工程を要することから、層状結晶の不規則な破砕が発生し、無機ナノシートの粒径・形状を実質的に均一にすることはできない。つまり、剥離処理工程により、無機ナノシートの一部が破砕され、無機ナノシートの形状や粒径が揃わないだけでなく、そもそも形状や粒径の制御ができないので、高秩序を有する構造(例えば、カラムナー相等)の発現のコントロールが従来法(いわゆる、トップダウン法)では不可能である。そのため、従来は、ネマチック液晶相又は膨潤ラメラ相と呼ばれる液晶状態だけが報告されている。しかも、従来のDLVO理論やOnsager理論等は、対象が斥力支配の安定コロイド系であることを前提としており、有機サーモトロピック液晶のような引力誘起の利用を前提としていない。すなわち、従来、無機系材料を用いた液晶の設計において、引力誘起の観点はほぼ無視されてきた。
【0017】
そこで、本発明者は、無機ナノシート液晶で高度な組織化構造を精密設計することを目的として検討したところ、無機ナノシートの粒径分布を極めて狭くすること、典型的には無機ナノシートの粒径・形状が実質的に均一であることが、無機ナノシート液晶の高度な組織化構造の形成に実際に大きく寄与する知見を得た。具体的に、本発明者は、無機ナノシートの粒径や形状の精密制御と引力相互作用の観点とを無機ナノシート液晶の合成に導入することを試み、本発明を創出するに至った。より具体的に、本発明者は、所定の金属アルコキシドと所定の有機カチオンとを混合した溶液を一定時間、撹拌することで無機ナノシートを直接合成するボトムアップ法を構築した。そして、この合成法により、粒径分布が極めて狭く、形状が実質的に均一である単分散無機ナノシートを合成し、この単分散無機ナノシートの濃度、及び共存させる塩の濃度を調整し、無機ナノシート間の相互作用を制御して液晶系を構築することで本発明を創出するに至った。
【0018】
更に、本発明者は、合成して得た単分散無機ナノシートのコロイドが液晶相を形成する条件を検討した結果、粒径が20nm程度の単分散無機ナノシートと所定の有機カチオンとが共存する場合に無機ナノシートが有機超分子ポリマーのような紐状構造を有するカラム構造(無機ナノシート積層構造体。「無機ナノシート積層カラム」若しくは「無機ナノシートカラム」と称する場合もある。)を形成すること(単分散無機ナノシートと所定の有機カチオンとが共に高濃度で共存する場合はより容易に形成すること)、及びこのカラムが配向することでカラムナーネマチック液晶相を発現する知見を得た。このカラム構造は、積層面に垂直方向の長軸を有する極めて特異な形状の層状結晶ともみなし得る。更に、カラムや液晶の形成は可逆的であった。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0019】
以下、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物について詳細に説明する。
【0020】
[無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物の詳細]
本実施形態においては、無機ナノシートの粒径分布を調整して得られる無機ナノシートコロイドと共存物質等の条件とを調整することにより、無機ナノシートが積層した紐状の無機ナノシートカラム(無機ナノシート積層構造体)が形成される。そして、無機ナノシートカラムが自発的に配向することで可逆的にカラムナーネマチック液晶相が形成される(無機ナノシート液晶組成物)。
【0021】
すなわち、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体は、所定間隔で積層している複数の無機ナノシートから構成される紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体である。つまり、無機ナノシート積層構造体は、無機ナノシートが所定間隔で積層してなる紐状構造を有する。また、本実施形態に係る無機ナノシート液晶組成物は、所定間隔で積層している無機ナノシートから構成される紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体と、溶媒と、所定の塩とを含有し、無機ナノシート積層構造体が溶媒中で配向し、カラムナーネマチック相を形成することで得られる組成物である。
【0022】
<無機ナノシート>
本実施形態に係る無機ナノシートは、所定の化合物を用いた合成により得られる単位構造としての薄板形状の無機結晶である。例えば、本実施形態に係る無機ナノシートは、所定のアンモニウム塩と所定の金属アルコキシドとを反応させることによって得られる。無機ナノシートの組成及び形状は、合成に用いるアンモニウム塩と金属アルコキシドの種類や混合比に応じて決定される。すなわち、無機ナノシートの形状及び厚さは合成される無機化合物の結晶学的構造を反映している。
【0023】
合成して得られる無機ナノシートは、例えば、数nmの厚さ(例えば、レピドクロサイト型チタン酸ナノシートにおいては0.75nmの厚さ)及び十数nm~数十nm程度の幅を有する。これにより無機ナノシートは、異方性が大きな形状(すなわち、高いアスペクト比を有する形状)を有することになる。ここで、本実施形態に係る無機ナノシートの「粒径」は以下のように定義する。
【0024】
無機ナノシートの「粒径」は、実質的には無機ナノシートの横幅である。すなわち、無機ナノシートの平面視における最大幅を横幅wとした場合、この横幅wの平均値を本実施の形態における「粒径」とする。ただし、本実施形態において無機ナノシートは合成により得られることから、合成される無機化合物の結晶学的構造を反映し、無機ナノシートの形状は実質的に均一の所定形状(例えば、矩形状、ひし形状等)になる。この場合、無機ナノシートの「粒径」は、当該所定形状の横幅である。例えば、無機ナノシートの形状が矩形の場合の横幅は、短辺の長さと長辺の長さとの組み(若しくは、対角線の長さ)で表すことができ、ひし形の場合の横幅は、長軸の長さと短軸の長さとの組みで表すことができる。無機ナノシートの「粒径」は、例えば、動的光散乱法や電子顕微鏡等の測定手段を用いて計測及び算出できる。また、無機ナノシートの厚さtは、合成される無機材料の結晶構造に応じて決定される。無機ナノシートの厚さは、原子間力顕微鏡観察又は小角X線散乱測定により計測できる。
【0025】
また、本実施形態に係る無機ナノシートの粒径に限定はない。ただし、無機ナノシートを高度に組織化する観点から、実質的に単分散であることが好ましい。
【0026】
ここで、本実施形態において無機ナノシートが「単分散」であるとは、以下の条件を満たす場合をいうものとする。
(1)透過型電子顕微鏡で観察される粒子形状が実質的に均一であること(例えば、透過型電子顕微鏡で観察される無機ナノシートの形状がひし形であり、観察される無機ナノシートそれぞれのひし形の短軸と長軸との比が1.4:1であり、無機ナノシートそれぞれの横幅が略同一の場合に、形状が実質的に均一であると判断することができる。)。
(2)透過型電子顕微鏡等で計測される粒径分布が単峰の正規分布関数で近似され、その標準偏差が平均粒径の50%未満であり、概ね40%以下であること(この条件を満たす場合、粒径分布が極めて狭いと認定できる。)。
【0027】
なお、従来の剥離法で得られる無機ナノシートの場合、粒子形状は不定形であり、粒径の標準偏差は平均粒径の50~200%程度であり、本実施形態における「単分散」の無機ナノシートとは明確に区別できる。
【0028】
また、本明細書において「実質的に均一」とは、無機ナノシートの粒径や形状が全ての無機ナノシート1枚1枚において文字通り完全に一致することを指す意味ではなく、一部に粒径や形状が異なる無機ナノシートが存在している場合であっても、粒径分布の標準偏差が所定値以内であり、溶液やコロイド状態において所定の液晶状態等を示すことにより、その内容や本質において粒径や形状が均一である状態であると認められることをいう。また、「実質的に単分散」も同様の趣旨である。
【0029】
無機ナノシートとしては、合成により得られる無機ナノシートであれば特に限定はない。すなわち、層状無機化合物を構成し得る無機ナノシートであって、合成可能な無機ナノシートあれば特に限定はない。層状無機化合物としては、層状金属カルコゲン化物、層状金属酸化物(例えば、酸化チタン、層状ペロブスカイト化合物、チタン・ニオブ酸塩、モリブデン酸塩等)、層状金属オキシハロゲン化物、層状金属リン酸塩(例えば、層状アンチモンリン酸塩等)、粘土鉱物若しくは層状ケイ酸塩(例えば、雲母、スメクタイト族(モンモリロナイト、サポナイト、ヘクトライト、フルオロヘクトライト等)、カオリン族(カオリナイト等)、マガディアイト、カネマイト等)、及び層状複水酸化物等が挙げられる。例えば、無機ナノシートとしては、シリカナノシート、酸化チタンナノシート、酸化ニオブナノシート、酸化コバルトナノシート等の酸化物系の様々なナノシートが挙げられる。
【0030】
なお、本実施形態では、例えば、層状チタン酸塩を合成して用いることができる。層状チタン酸塩としては、一例として、TiO6八面体の連鎖により形成される層状構造を有し、その層間に金属イオンを有する結晶であるレピドクロサイト型層状チタン酸塩(例えば、CsxTi2-x/4O4(ただし、0.5≦x≦1)、AxTi2-x/3Lix/3O4(ただし、A=K、Rb、Cs;0.5≦x≦1)等)が挙げられる。レピドクロサイト型層状チタン酸塩の具体例としては、K0.8Ti1.73Li0.27O4、Rb0.75Ti1.75Li0.25O4、Cs0.7Ti1.77Li0.23O4、Cs0.7Ti1.825O4等が挙げられる。
【0031】
<単分散無機ナノシートの合成>
単分散無機ナノシートの合成方法としては、既報(E.L.Tae,et al., J.Am.Chem.Soc.,2008,130,6534)に基づいて、既報の合成方法に改良を加えた方法が挙げられる。例えば、無機ナノシートの粒径及び形状の制御が容易である観点から、所定の溶媒中に原料を混合して得られる混合溶液を撹拌若しくは還流する方法を用いることができる。具体的に、アルカリ溶液中に金属アルコキシドを加えた混合溶液や、所定のアンモニウム塩と所定の金属アルコキシドとを所定の溶媒(例えば、水)に加えた混合溶液を調製し、この混合溶液を撹拌若しくは還流することで単分散無機ナノシートを含むコロイド(以下、「単分散無機ナノシートコロイド」と称する。)を合成できる。本実施形態のように混合溶液を用いて無機ナノシートを合成することで粒径や形状を精密に制御できるので、単分散の無機ナノシートを合成できる。
【0032】
なお、単分散無機ナノシートコロイド中における無機ナノシートの濃度は、溶媒に混合する複数の原料(例えば、アンモニウム塩、及び金属アルコキシド)それぞれの量、及び/又は複数の原料の比(例えば、アンモニウム塩の量に対する金属アルコキシドの量の比)等に応じて調整できる。
【0033】
一例として、レピドクロサイト型層状チタン酸塩による単分散無機ナノシートコロイドは、アンモニウム塩に金属アルコキシドを反応させ、所定時間、還流することによって調製できる。これにより、コロイド中に実質的に単分散の無機ナノシートが形成される。
【0034】
(アンモニウム塩)
アンモニウム塩としては、アルキルアンモニウム塩を用いることができる。アルキルアンモニウム塩としては、例えば、4級アンモニウム化合物を用いることができる。4級アンモニウム化合物としては、一例として、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAOH)、水酸化テトラエチルアンモニウム(TEAOH)、水酸化テトラプロピルアンモニウム(TPAOH)、水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAOH)、トリメチル-2-ヒドロキシエチルアンモニウムハイドロオキサイド等が挙げられる。
【0035】
ここで、アルキルアンモニウム塩は、所定の溶媒に添加した溶液として用いることができる。例えば、アルキルアンモニウム塩の水溶液として用いることができる。この場合、アルキルアンモニウム塩水溶液におけるアルキルアンモニウム塩の濃度は、単分散の無機ナノシートを合成できる濃度であれば特に限定はなく、例えば、単分散の無機ナノシートを合成しやすくする観点から、0.1M以上が好ましく、0.3M以上も好ましく、2M以下であってもよい。
【0036】
(金属アルコキシド)
金属アルコキシドとしては下記一般式(1)で表される金属アルコキシドが挙げられる。
【0037】
M(OR)4 一般式(1)
【0038】
一般式(1)中、Mは金属元素であり、Rは同種又は異種の炭素数が1以上10以下のアルキル基である。Mは、例えば、Mg、Al、Si、Ca、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zn、Ga、Ge、Sr、Zr、Nb、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ba、Ta、W、Re、Os、Ir、Pb、La、Ce、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、及びDy等からなる群から選択される元素である。また、Rは、適度な反応速度を実現する観点から炭素数が1~4のアルキル基が好ましく、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n-プロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、ter-ブチル基等が好ましい。
【0039】
具体的な金属アルコキシドとしては、例えば、アルミニウムトリエトキシド、アルミニウムトリイソプロポキシド、アルミニウムトリブトキシド、アルミニウムトリ第2ブトキシド、アルミニウムジイソプロポキシ第2ブトキシド、アルミニウムジイソプロポキシアセチルアセトナート、アルミニウムジ第2ブトキシアセチルアセトナート、アルミニウムジイソプロポキシエチルアセトアセタート、アルミニウムジ第2ブトキシエチルアセトアセタート、アルミニウムトリスアセチルアセトナート、アルミニウムトリスエチルアセトアセタート、アルミニウムアセチルアセトナートビスエチルアセトアセタート、チタンテトラエトキシド、チタンテトライソプロポキシド、チタンテトラブトキシド、チタンジイソプロポキシビスアセチルアセトナート、チタンジイソプロポキシビスエチルアセトアセタート、チタンテトラ2-エチルヘキシルオキシド、チタンジイソプロポキシビス(2-エチル-1、3-ヘキサンジオラート)、チタンジブトキシビス(トリエタノールアミナート)、ジルコニウムテトラブトキシド、ジルコニウムテトライソプロポキシド、ジルコニウムテトラメトキシド、ジルコニウムトリブトキシドモノアセチルアセトナート、ジルコニウムジブトキシドビスアセチルアセトナート、ジルコニウムブトキシドトリスアセチルアセトナート、ジルコニウムテトラアセチルアセトナート、ジルコニウムトリブトキシドモノエチルアセトアセタート、ジルコニウムジブトキシドビスエチルアセトアセタート、ジルコニウムブトキシドトリスエチルアセトアセタート、ジルコニウムテトラエチルアセトアセタート等が挙げられる。その他、環状の1、3、5-トリイソプロポキシシクロトリアルミノキサン等も挙げられる。
【0040】
単分散無機ナノシートの合成において、アルキルアンモニウム濃度を一定の範囲にすることで、主としてpHが合成に適切な範囲に設定される。そして、金属アルコキシドの濃度に応じ、無機ナノシート合成初期の核生成数と、その後の粒子径が決定される。例えば、本実施形態に係る単分散無機ナノシートの合成においては、アルキルアンモニウム濃度を0.3Mとした場合、金属アルコキシド濃度は0.1M以上で反応させることが好ましく、0.2モル以上反応させることがより好ましく、1M以下で反応させることが好ましい。なお、単分散無機ナノシートの合成時にアンモニウム塩の単位量に対する金属アルコキシドの量を調整することで、得られる無機ナノシートの平均粒径を制御できる。
【0041】
(撹拌若しくは還流条件)
撹拌若しくは還流条件には特に限定はない。撹拌条件は、例えば、空気中(つまり、大気雰囲気下)、室温(例えば、25℃)で所定時間、撹拌する条件であってよい。また、還流する場合の条件は、例えば、室温を超える温度(一例として、40℃以上若しくは70℃以上であって100℃以下の所定の温度)、大気雰囲気下で所定時間、還流する条件であってよい。なお、還流時間によって無機ナノシートの平均粒径を制御できる。すなわち、無機ナノシートの平均粒径は、還流時間が長いほど大きくすることができる。
【0042】
(溶媒)
溶媒としては水系溶媒、例えば、純水を用いることができる。
【0043】
<無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物>
本実施形態に係る無機ナノシート液晶組成物は、上記で得られる単分散無機ナノシートからなる無機ナノシート積層構造体と、溶媒と、所定の塩とを含有し、無機ナノシート積層構造体が溶媒中で配向することでカラムナーネマチック相を形成する液晶組成物である。例えば、単分散無機ナノシートコロイドを濃縮して単分散無機ナノシート濃度を所定の濃度に調整すると共に、単分散無機ナノシートと共存する所定の塩の濃度を調整することで、無機ナノシートが数nmの間隔で積層した周期的な構造で構成される紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体が得られる。そして、この無機ナノシート積層構造体が配向することで、カラムナーネマチック液晶相を発現する無機ナノシート液晶組成物が得られる。
【0044】
(溶媒、及び塩)
ここで、溶媒は単分散無機ナノシートコロイドの溶媒であってよい。また、所定の塩は、単分散無機ナノシートコロイドの合成に用いる原料由来の塩であってよい。すなわち、所定のアンモニウム塩と所定の金属アルコキシドとを所定の溶媒に混合した場合、このアンモニウム塩が所定の塩であってよい。なお、単分散無機ナノシートコロイドの合成に用いる原料とは異なる塩(例えば、アンモニウム塩)を別途、添加してもよい。
【0045】
また、溶媒として、2以上の互いに異なる溶媒の混合溶媒を用いてもよい。混合溶媒を用いる場合、溶媒組成は、無機ナノシート液晶組成物が得られる範囲の組成に調整する。例えば、第1の溶媒と第1の溶媒とは異なる第2の溶媒との混合溶媒を用いる場合、第1の溶媒と第2の溶媒との比を無機ナノシート液晶組成物が得られる範囲の組成に調整する。第1の溶媒としては、例えば、水が挙げられる。また、第2の溶媒としては、例えば、メタノールやエタノール等の有機溶媒が挙げられる。
【0046】
<単分散無機ナノシートコロイドの液晶化(無機ナノシート液晶組成物の製造方法)>
無機ナノシート液晶組成物の調製方法に特に限定はない。例えば、所定のアルキルアンモニウム塩と所定の金属アルコキシドとを所定の溶媒に加えた混合溶液を調製し、この混合溶液を還流することで単分散無機ナノシートコロイドを合成する。そして、合成した単分散無機ナノシートコロイド中の無機ナノシートの濃度を所定濃度以上に調整することで、所定の液晶相を発現することができる無機ナノシート液晶組成物が得られる。更に、無機ナノシート液晶組成物中における所定の塩の濃度を調整することで無機ナノシートの引力相互作用に調整を加えることができ、所定の液晶相が発現する。
【0047】
例えば、無機ナノシート液晶組成物は、以下の4つの手法のいずれかにより調製できる。
【0048】
第1の手法は、単分散無機ナノシートコロイドを濃縮し、続いて濃縮した単分散無機ナノシートコロイドを所定のアルキルアンモニウム塩溶液で希釈する手法である。具体的に、まず、所定のアルキルアンモニウム塩と所定の金属アルコキシドとを水等の溶媒に混合した混合溶液を還流して得られる単分散無機ナノシートコロイドを無機ナノシートの濃度が所定の濃度以上になるように濃縮する。これにより、単分散無機ナノシートコロイドの無機ナノシート濃度を所定濃度以上に上昇させる。なお、濃縮方法に特に限定はない。例えば、単分散無機ナノシートコロイドを加熱して溶媒を蒸発させることや、透析、遠心分離等により濃縮できる。
【0049】
次に、無機ナノシート濃度が所定濃度以上の単分散無機ナノシートコロイドを所定のアルキルアンモニウム塩を含む溶液を用いて希釈する。例えば、無機ナノシート濃度が所定濃度以上の単分散無機ナノシートコロイドに目的とする塩濃度(つまり、所定の液晶相が発現する濃度)になる量の所定のアルキルアンモニウム塩水溶液を加えて攪拌する。これにより、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体が形成されると共に、無機ナノシート液晶組成物が得られる。
【0050】
第2の手法は、単分散無機ナノシートコロイドに、アルキルアンモニウムクロリド等の塩を添加する手法である。これにより、無機ナノシート積層構造体が形成されると共に、無機ナノシート液晶組成物が得られる。
【0051】
第3の手法は、単分散無機ナノシートコロイドを透析してアルキルアンモニウム濃度及びpHを低下させた後、濃縮する手法である。具体的に、まず、所定のアルキルアンモニウム塩と所定の金属アルコキシドとを水等の溶媒に混合した混合溶液を還流して得られる単分散無機ナノシートコロイドを所定のアルキルアンモニウム塩を含む溶液を用いて透析することで脱塩する。透析の条件(例えば、透析回数等)を調製することで脱塩量を調整し、単分散無機ナノシートコロイド中の塩濃度を所定の濃度にする。次に、脱塩後の単分散無機ナノシートコロイドを無機ナノシートの濃度が所定の濃度以上になるように濃縮する。濃縮方法は上記と同様である。これにより、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体が形成されると共に、無機ナノシート液晶組成物が得られる。
【0052】
第4の手法は、単分散無機ナノシートコロイドの溶媒組成を調節する手法である。具体的に、第1、第2、又は第3の手法までで得られたサンプルに、エタノール等の別の溶媒を一定量添加する。これにより、無機ナノシート積層構造体が形成されると共に、無機ナノシート液晶組成物が得られる。
【0053】
なお、塩濃度の高いサンプルを簡便に作成する観点からは、第1又は第2の手法を用いることが好ましく、塩濃度を低くする観点からは、第3の手法を用いることが好ましい。また、溶媒組成を調節する観点からは、第4の手法を用いることが好ましい。
【0054】
(塩の濃度、無機ナノシートの濃度)
無機ナノシート液晶組成物において、無機ナノシート間の相互作用を制御して無機ナノシート積層構造体を適切に形成し、所定の液晶相を形成する観点から、塩濃度は1M以上であることが好ましく、1.5M以上であることがより好ましく、1.6M以上であることが更に好ましい。なお、塩濃度の上限に特に限定はないが、塩濃度が所定の濃度以上になった場合、無機ナノシート及び/又は無機ナノシート積層構造体が沈降すると考えられる。また、無機ナノシート液晶組成物の無機ナノシートの濃度は、塩濃度が1M以上であれば、0.8wt%以上であればよい。更に、無機ナノシートの濃度は、溶液に溶解できる最大濃度であってもよい。なお、無機ナノシート液晶組成物における無機ナノシートの濃度は、無機ナノシート積層構造体を構成する複数の無機ナノシートそれぞれが単独で存在した場合における濃度である。
【0055】
単分散無機ナノシートコロイド中の無機ナノシート濃度、及び塩濃度を調整することで、単分散無機ナノシートの紐状構造を有する無機ナノシート積層構造体が形成され、この無機ナノシート積層構造体が配向することでカラムナーネマチック液晶相を発現する無機ナノシート液晶組成物が得られる。液晶相の発現は、例えば、クロスニコル観察により確認できる。
【0056】
<応用分野の例>
本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物においては、無機ナノシートが高いアスペクト比と大きな比表面積とを有していることから、無機/高分子コンポジット材料等の幅広い分野への応用が可能である。特に、本実施形態によれば、単分散無機ナノシートの配向制御等が容易になるだけでなく、無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物の基本原理はあらゆる無機ナノシートに適応可能であることから、基本素材開発の基盤技術として幅広い分野への応用が可能である。具体的に、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物は、精密合成される単分散無機ナノシートを主体に、無機超分子組織体を高度な組織構造でデザインできるので、無機物を主体した材料を用いた超分子メカニクス材料への応用が期待される。例えば、無機ナノシートを主体とする無機超分子材料、複合材料、電子デバイス、光学デバイス、触媒、吸着材料、分離膜、アクチュエーター、電極材料等への応用が考えられ、特に、無機ナノシートの配向による物性発現や物性向上が期待される。また、人工筋肉、光学材料、ガスバリア材料、分離膜等としての応用が期待される。
【0057】
<実施の形態の効果>
層状無機結晶を剥離することで無機ナノシートを得る従来の方法では、剥離の過程で無機ナノシートが破砕することや、原料の層状無機結晶自体の粒径が不揃いなこと等を原因として、得られる無機ナノシートの粒径分布は非常に広い。一方、本実施の形態に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物においては、ボトムアップ法で無機ナノシートを合成することから、原料溶液から実質的に粒径及び形状が均一な無機ナノシートが得られるため、粒径分布の非常に狭い無機ナノシートを得ることができる。ボトムアップ法で合成できる無機ナノシートであれば粒径分布を非常に狭く制御できるので、合成可能な様々な無機ナノシート系に適用可能である。
【0058】
また、粒径分布が広い従来の無機ナノシートでは、ほとんどの場合、無機ナノシートの配向のみが揃ったネマチック液晶相が得られていた。従来法においても無機ナノシートと所定の塩とを共存させ、塩濃度を極めて低く設定することで、ネマチック液晶相が得られる場合もある。しかしながら、塩濃度を増加させて無機ナノシート間の斥力を減少させると、無機ナノシートは不規則に凝集する。一方、本実施の形態に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物においては、無機ナノシートの粒径分布が狭いために不規則凝集が抑制され、代わりに紐状の無機ナノシート積層カラムが得られ、更にこの無機ナノシート積層カラムが配向することでカラムナーネマチック相の液晶が得られる。したがって、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物によれば、無機ナノシートが高度に組織化した構造を実現することができる。
【0059】
更に、ネマチック相やスメクチック相の無機ナノシートコロイドを用いて薄膜やコンポジット材料を合成する従来法の場合、無機ナノシートが薄膜面と水平に配向した材料は容易に得られるものの、垂直配向した材料を得ることは困難である。一方、本実施形態によれば、カラムナーネマチック状態の無機ナノシートコロイドを用いることで、キャスト・乾燥や流動配向等の簡単な操作で垂直配向状態のナノシート材料を調製できる。このような膜では、無機ナノシートの大比表面積等の特徴を最大限引き出すことが可能であることから、非常に性能の優れた濾過分離膜や触媒等への応用が期待できる。また、従来不可能であった階層構造を構築できることから、高性能の人工筋肉等の開発にも用いることができる。
【実施例0060】
以下、実施例を用い、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物について具体的に説明する。
【0061】
<単分散無機ナノシートコロイドの合成>
単分散無機ナノシートコロイドは、0.3Mの水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAOH)水溶液150mlにチタンテトライソプロポキシド(TIP)9.5gを加え、室温・大気雰囲気下で10分間攪拌した後、80℃・大気雰囲気下で24時間、還流した。これにより、単分散無機ナノシートコロイドが得られた。なお、合成時のTMAOHとTIPのモル比は、1.23:1にした。また、調製して得られた単分散無機ナノシートコロイドの無機ナノシートの濃度は3.4wt%であった。
【0062】
(X線回折)
得られた単分散無機ナノシートコロイドを大気雰囲気下、80℃で24時間、乾燥させて得られた試料を用い、X線回折装置(島津製作所,XRD-7000L、測定条件:CuKα特性X線、40kV、30mA)により分析した。その結果、2θが48.28°と、62.64°との位置にレピドクロサイト型チタン酸ナノシートに起因するピークが確認された。これにより、無機ナノシートが合成されたことを確認した。
【0063】
(透過型電子顕微鏡(TEM)観察)
図1に、実施例に係る単分散無機ナノシートのTEM像を示す。
【0064】
透過型電子顕微鏡(TEM/STEM JEOL、JEM-1400)を用いて得られた単分散無機ナノシートコロイドを観察したところ、
図1に示すように一辺が11nmのひし形状の単分散無機ナノシートが確認された。200個の無機ナノシートを確認したところ、全ての無機ナノシートについて、一辺が約11nmのひし形形状を示していることが確認された。なお、この無機ナノシートの厚さは0.75nmである。
【0065】
図2に、実施例に係る単分散無機ナノシートの粒径分布を示す。
【0066】
また、透過型電子顕微鏡(TEM/STEM JEOL、JEM-1400)を用いてSTEM画像を得て、得られたSTEM画像上で200個の無機ナノシートを計測することで平均粒径、及び平均粒径の標準偏差を算出した。その結果、得られた単分散無機ナノシートの平均粒径は、長軸方向が23nmであり、短軸方向が17nmであり、一辺が11nmであった。更に、得られた単分散無機ナノシートの平均粒径の標準偏差は、
図2(a)に示すように長軸が4.4nm(平均粒径の19%)であり、
図2(b)に示すように短軸が3.0nm(平均粒径の18%)であった。これにより、得られた単分散無機ナノシートコロイド中に存在するレピドクロサイト型チタン酸ナノシートが実質的に単分散であることが示された。
【0067】
なお、単分散無機ナノシートコロイドの合成において、TMAOHの代わりに水酸化テトラエチルアンモニウム(TEAOH)、水酸化テトラプロピルアンモニウム(TPAOH)、及び水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAOH)のそれぞれを用いてTMAOHを用いた場合と同様に単分散無機ナノシートコロイドを調製したところ、上記と同様に単分散無機ナノシートが得られることを確認した。
【0068】
<単分散無機ナノシートコロイドの液晶化(無機ナノシート液晶組成物の製造方法)>
次に、TMAOHを用いて合成した単分散無機ナノシートを用い、塩濃度(すなわち、テトラメチルアンモニウムの濃度[TMA+濃度])が低塩濃度(塩濃度が10-4M~10-3Mの範囲内)又は高塩濃度(塩濃度が1.5M~2Mの範囲内)であり、無機ナノシート濃度が0.5wt%~24wt%の範囲内であるサンプルを調製した。具体的には、表1に示す塩濃度と無機ナノシート濃度との組み合わせに対応するサンプルを調製した。
【0069】
低塩濃度のサンプルは、まず、上記で得られた単分散無機ナノシートコロイドを、TMAOH水溶液(TMAOH濃度:10-4M)を用いて透析することで脱塩した(透析条件:5日間透析。1日ごとに溶液を交換。)。次に、エバポレーターを用いて脱塩後の単分散無機ナノシートコロイドの溶媒(水)を蒸発させることで濃縮した(濃縮条件:加熱温度60℃)。濃縮は、目的とする濃度の無機ナノシートを得ることに要する時間、実行した。その後、10-3MのTMAOH水溶液を用いて更に透析した。これにより、低塩濃度(10-3M)であり、無機ナノシート濃度が5wt%~18wt%の範囲内であるサンプルを得た。
【0070】
また、高塩濃度のサンプルは、まず、単分散無機ナノシートコロイドをエバポレーターで7.3倍濃縮した(つまり、無機ナノシート濃度が24.8wt%になるまで濃縮した。)。次に、濃縮後の単分散無機ナノシートコロイドにTMAOH水溶液(濃度:2M)と水を加えて希釈した。希釈は、目的とする濃度の無機ナノシートを得ることに要する所定量のTMAOH水溶液と水を加えて実行した。これにより、高塩濃度であり、無機ナノシート濃度が0.5wt%~24wt%の範囲内であるサンプルを得た。
【0071】
また、溶媒中の水/エタノール比を変化させたサンプルは、単分散無機ナノシートコロイド(ナノシート濃度3.4wt%、TMAOH濃度0.273M)に水とエタノールを所定の量を加えることで、無機ナノシート濃度が1wt%、TMAOH濃度0.08M、溶媒中のエタノール比が0~70%の範囲内であるサンプルを得た。
【0072】
以上により、無機ナノシート組成物(実験例1~22)を調製した。
【0073】
(複屈折の観察)
上記で得られた無機ナノシート組成物について、市販の一般的な偏光フィルム(東急ハンズBSP250等)2枚、又は偏光顕微鏡(POM:OLYMPUS社製、BX51-P)を用いてクロスニコル観察した。表1は、塩濃度と無機ナノシート濃度とに対応付けて、複屈折の観察の有無等を示す。表1の「POM/クロスニコル観察での複屈折」の列では、強い複屈折が観察された場合を「◎」で表し、弱い複屈折が観察された場合を「○」、流動複屈折が観察された場合を「△」で表し、複屈折が観察されない場合を「×」で表している。また、表1の「SAXSの積層ピーク」の列では、ピーク強度が強い場合を「〇」、ピーク強度が弱い場合を「△」、ピークがない場合を「×」で表している。更に、表1中、「ナノシートの状態」の列において、「Nc」はカラムナーネマチック液晶が観察されたことを示し、「Ic」は積層カラムの等方相が観察されたことを示し、「I」は分散した無機ナノシートの等方相が観察されたことを示す。
【0074】
【0075】
図3に、TMA
+濃度が2Mである場合において液晶相が観察されたサンプルを含む偏光顕微鏡による観察結果を示す。
【0076】
表1及び
図3を参照すると分かるように、塩濃度が高塩濃度である2Mである場合は(実験例11~17)、無機ナノシート濃度が5wt%以上において弱い複屈折が発現することが確認され、15wt%以上では強い複屈折が発現することが確認された。
図3においては、無機ナノシート濃度が1wt%において、複屈折が確認されなかった。一方、無機ナノシート濃度が5wt%と10wt%では弱い複屈折が確認された。また、無機ナノシート濃度が15wt%、20wt%、24wt%では、強い複屈折が確認された。なお、
図3において示していないが、無機ナノシート濃度が22wt%の場合も強い複屈折が確認された。
【0077】
一方、表1を参照すると分かるように、無機ナノシート濃度が0.85wt%であり、塩濃度が1.5M~1.75Mのサンプル(実験例6~10)では、複屈折が確認されないか、流動複屈折のみが観察されたので、サンプルは液晶状態ではなく等方相であることが確認された。また、塩濃度が最も低い(10-3M)サンプル(実験例1~4)では、無機ナノシート濃度が5wt%~18wt%の範囲で、複屈折も流動複屈折も確認されないことから、サンプルは液晶状態ではなく等方相であることが確認された。
【0078】
従来の無機ナノシート液晶モデルで液晶相転移濃度を概算するためのOnsager理論では、本実施例における液晶転移濃度は66wt%と計算されるところ、本実施例では実際は15wt%で複屈折を示し、何らかの液晶相に転移していたと考えられるのでOnsager理論と大きく異なる。したがって、本実施例での液晶形成はこれまでとは異なるメカニズムによるものであると推測される。
【0079】
例えば、低塩濃度の系(例えば、[TMA+]=10-3M)では、無機ナノシート積層カラムや液晶相は発現しなかった。すなわち、無機ナノシート濃度が低濃度である実験例(実験例1~4)の場合、液晶相特有の複屈折は観察されず、等方的なコロイドであった。従来の無機ナノシート系では、低塩濃度であることが高い分散性及び液晶性発現の前提条件であったことから分かるように、本実施例では従来と全く異なるメカニズムが機能していると推測される。
【0080】
図4は、TMA
+濃度が0.08M、無機ナノシート濃度が1wt%である場合に、溶媒中の水/エタノール比を変化させた場合のクロスニコル観察結果を示す。
【0081】
表1及び
図4を参照すると分かるように、溶媒組成によっても液晶相の形成が制御されることが示された。すなわち、無機ナノシート濃度が1wt%であり、塩濃度が0.08Mのサンプル(実験例18~22)について、エタノール比が40パーセント以下の場合、複屈折は確認されず、等方相であることが示された。また、エタノール比が50パーセント以上の場合、定常的な複屈折が確認され液晶相であることが確認された。
【0082】
(SAXSによる構造解析)
図5はTMA
+濃度が低い(0.001M~0.3M)場合に無機ナノシート濃度を変化させた場合のSAXS測定の結果を示し、
図6はナノシート濃度が0.85wt%である場合にTMA
+濃度を変化させた場合のSAXS測定の結果を示し、
図7はTMA
+濃度が高い(2M)場合に無機ナノシート濃度を変化させた場合のSAXS測定の結果を示し、
図8はTMA
+濃度が0.08M、ナノシート濃度が1wt%である場合に、溶媒中の水/エタノール比を変化させた場合のSAXS測定の結果を示す。
【0083】
具体的に、
図5~
図8は塩濃度と無機ナノシート濃度とが異なる一連のサンプルについて、小角X線散乱(SAXS:株式会社リガク製、NANOPIX、測定条件:カメラ長(220mm及び725mm)、CuKα特性X線、30V・40mA、2次元CCDディテクター)による構造解析を実施した結果である。SAXSでは、無機ナノシート積層カラムが形成されたときに積層構造や特徴的な構造因子の有無、無機ナノシートの粒径、無機ナノシートが均一分散している場合の構造因子、無機ナノシートが液晶相を形成していることの証拠となる二次元パターンの異方性等、様々な情報が得られる。
【0084】
塩濃度が低く(0.3M。なお、
図5中では0.273Mと表記しているが、実施例での説明では四捨五入して0.3Mと表記した。)、無機ナノシート濃度が低い(3.4wt%)サンプル(実験例5)について、SAXS測定を行った結果、
図5に示すように、低q領域ではフラットとなり、高q領域ではq^-2のベキ則に従う散乱パターンが観察された。このような散乱パターンは、無機ナノシートのような薄い薄片形状の散乱体に特徴的な「形状因子」であり、直径11nm、厚さ0.75nmの円盤粒子の理論散乱関数とほぼ一致した。この粒子サイズは、TEMで観察されたサイズと一致している。また、二次元散乱パターンは等方的であった。このことから、無機ナノシートが溶液中に等方的に分散していることが確認された。
【0085】
また、塩濃度が低く(10
-3M)、無機ナノシート濃度が5~18wt%の範囲である場合、
図5に示すように、上述(実験例1~4)の無機ナノシートの形状因子に、ブロードなピークが重なった散乱パターンが観察された。二次元散乱パターンは等方的であった。ブロードなピークのd値は無機ナノシート濃度が5wt%、10wt%、15wt%、18wt%と上昇するにつれて、21.9nm、16.0nm、14.0nm、7.8nmと減少した。このブロードなピークは、等方的に均一分散した無機ナノシート間の平均距離を表しており、すなわち、無機ナノシート濃度が増加すると無機ナノシート間の平均距離が減少したことを表している。
【0086】
以上より、塩濃度が低い場合、無機ナノシートは液晶相と積層カラムとのいずれも形成すること無く、等方的に、均一に分散していることが示された。
【0087】
次に、無機ナノシート濃度が0.85wt%であり、塩濃度が1.5M~1.75MのサンプルについてSAXS測定した結果(
図6)、無機ナノシートが積層した周期的な構造に由来するシャープなピークがd=1.69nmに観察された(図中では1.7nmと表記した。)。また、この二次ピークがd=0.85nmに観察された(図中では0.9nmと表記した。)。塩濃度が1.5Mの場合は、弱いピークが観察されたが、1.6M以上では強いピークが観察された。そして、1次ピークのd値1.69nmは無機ナノシートカラム中での無機ナノシートの面間隔であり、無機ナノシート単層の厚さが0.75nmであることを考慮すると、直径約0.4nmのTMA
+が水和した状態で層間に存在することが確認された。
【0088】
また、完全に分散した無機ナノシートの形状因子であるq^-2のベキ則とは異なった散乱が観察された。すなわち、塩濃度が1.5Mの場合は、低q側でのq^-1のベキ則が観察され、高q側でq^-2のベキ則が観察され、塩濃度が1.6Mの場合は低q側でq^-1.7のベキ則が観察され、q^-4のベキ則を経て、q^-2のベキ則に至る特徴的な散乱が確認された。この特徴的な散乱は、積層カラムの形状に起因していると考えられる。2Dパターンは等方的である。
【0089】
これらのことから、塩濃度が低い場合、無機ナノシートは完全に分散した等方相となっているが、塩濃度が上昇すると積層カラムを形成することが示された。また、積層カラムを形成しても、その濃度が低ければ積層カラムの配向は起こらず、積層カラムからなる等方相となることが示された。
【0090】
次に、TMA
+濃度が高い(2M)場合の無機ナノシート濃度が1wt%~24wt%のサンプルについてSAXS測定した(
図7)。その結果、
図7に示すように、無機ナノシートが1.7nmの間隔で積層した周期的な構造に由来するシャープなピークが3次ピークまで観察された。2Dパターンは、濃度が高くなると異方性が強くなることが示された。このことから、塩濃度が高い場合には、無機ナノシート濃度によらず、積層カラムを形成することが示された。また、無機ナノシート濃度が高い場合、液晶相を形成することが示された。
【0091】
また、ナノシート濃度が1wt%であり、塩濃度が0.08Mのサンプルについて、溶媒中の水:エタノール比を100:0から30:70まで変化させた系についても、SAXS測定した(
図8)。エタノール比が40パーセント以下の場合、高q側でq^-2のベキ則が観察され、ピークは観察されず、二次元散乱パターンは等方的であったので、無機ナノシートは均一分散していると確認された。エタノール比が50パーセント以上の場合、d=1.8nmに鋭いピークが観察され、その二次ピークがd=0.9nmに観察された。またq<0.6nm
-1の領域でq^-4のベキ則が観察された。これらから、無機ナノシート積層カラムが生成していることが確認された。
【0092】
(TEM観察)
図9は、TMA
+濃度が2Mであり、無機ナノシート濃度が22wt%のサンプルのTEM観察の結果を示す。
【0093】
透過電子顕微鏡(TEM)は日本電子社製 JEM-2010を用いた。具体的に、
図9(a)は、単分散無機ナノシートが積層した無機ナノシートカラム(無機ナノシート積層構造体)のTEM像を示し、
図9(b)は無機ナノシートカラムの元素マッピングの像を示し、
図9(c)は無機ナノシートカラムのチタンによるマッピングの像を示し、
図9(d)は無機ナノシートカラムの酸素によるマッピングの像を示す。
【0094】
図9(a)に示すように、TMA
+濃度が2Mであり、無機ナノシート濃度が22wt%のサンプルをTEM観察したところ、複数の単分散無機ナノシートが所定間隔で積層して構成される紐状構造が全く予期せず観察された。また、
図9(b)、
図9(c)、及び
図9(d)に示すように、元素マッピングより、この紐状構造が無機ナノシートの構成元素であるチタンと酸素とから構成されていることが確認された。更に、紐状構造の横幅は11nmであり、無機ナノシートの1辺の長さと一致した。
【0095】
これにより、観察された紐状構造は、無機ナノシートが積層した「無機ナノシート積層カラム」であり、無機ナノシート液晶組成物においては、カラムが配向することによって、「カラムナーネマチック液晶相」を形成することが確認された。
【0096】
なお、塩濃度が1.5Mのサンプルを観察したところ、無機ナノシート濃度が1wt%以上のサンプルで同様に単分散無機ナノシートが積層して構成される紐状構造が観察された。
【0097】
(無機ナノシート積層構造体、無機ナノシート液晶組成物の生成条件)
紐状構造の無機ナノシート積層構造体は、無機ナノシートと共存する塩(例えば、水酸化テトラメチルアンモニウム)の濃度を例えば1.6M以上の濃度にし、単分散無機ナノシート(例えば、レピドクロサイト型チタン酸ナノシートであり、ナノシート形状がひし形で、長軸の平均粒径が23nmであり、標準偏差が4.4nm)の濃度を0.85wt%以上にすることで形成される。ただし、形成条件は、無機ナノシート濃度、無機ナノシート粒径、塩濃度、カチオンの種類、溶媒組成、温度等の様々な条件によって複合的に規定することが好ましい。形成条件は、例えば、塩濃度のみによって定めるよりも、少なくとも無機ナノシートの濃度と塩濃度の双方に基づいて、積層構造体の形成条件を規定することが好ましい。
【0098】
また、無機ナノシート液晶組成物は、無機ナノシートと共存する塩の濃度が共に高いときに液晶相が発現する傾向にある。例えば、塩濃度2M以上の場合、単分散無機ナノシートの濃度は15wt%以上であれば液晶相が発現する。ただし、形成条件は、無機ナノシート濃度、無機ナノシートの粒径、塩濃度、カチオンの種類、溶媒組成、温度等の様々な条件によって複合的に規定することが好ましい。形成条件は、例えば、塩濃度のみによって定めるよりも、少なくとも単分散無機ナノシートの濃度及び塩濃度の双方に基づいて、液晶相の発現条件を規定することが好ましい。
【0099】
なお、単分散無機ナノシートコロイドの合成において、TMAOHの代わりに水酸化テトラエチルアンモニウム(TEAOH)、水酸化テトラプロピルアンモニウム(TPAOH)、及び水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAOH)のそれぞれを用いてTMAOHと同様に単分散無機ナノシートコロイドを調製し、調製した単分散無機ナノシートコロイドのそれぞれについて、塩濃度が低塩濃度(塩濃度が10-4M~10-3M)又は高塩濃度(塩濃度が10-3M~2M)であり、無機ナノシート濃度が0.5wt%~24wt%の範囲である無機ナノシート液晶組成物を調製したところ、TMAOHの場合と同様の結果が得られることを確認した。
【0100】
したがって、無機ナノシート積層構造体(無機ナノシートカラム)が形成される詳細な条件は未だ明らかではないが、無機ナノシートの平均粒径の標準偏差が所定値以下(例えば、無機ナノシート積層構造体が形成される値以下)であることと、無機ナノシートが所定の濃度範囲であることを要し、無機ナノシートと共存する塩の濃度が所定濃度以上である(例えば、無機ナノシート積層構造体が形成される濃度以上である)ことが要因になると推測される。必要とされる塩の所定濃度は、塩の種類に依存すると推測される。
【0101】
<温度による可逆変化>
図10は、無機ナノシート液晶組成物が温度変化によって可逆的に等方相から流動複屈折性の等方相に転移が起こることを示す。具体的に、
図10(a)は昇温過程の50℃におけるクロスニコル観察の結果を示し、
図10(b)は昇温過程の60℃におけるクロスニコル観察の結果を示し、
図10(c)は昇温過程の70℃におけるクロスニコル観察の結果を示し、
図10(d)は降温過程の60℃におけるクロスニコル観察の結果を示し、
図10(e)は降温過程の50℃におけるクロスニコル観察の結果を示す。
【0102】
具体的には、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAOH)の代わりに、水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAOH)を用いて上記と同様にして単分散無機ナノシートコロイドを調製した。そして、上記と同様にして、塩濃度(すなわち、テトラブチルアンモニウムの濃度[TBA+濃度])が0.3Mであり、無機ナノシート濃度が3.8wt%であるサンプルを調製した。得られたサンプルについて、室温(25℃)から80℃まで昇温させ、80℃から室温まで降温させる過程をクロスニコル観察した。
【0103】
その結果、温度変化によって可逆的な等方相から流動複屈折性の等方相への転移が起こることが確認された。すなわち、テトラブチルアンモニウムを含む無機ナノシート液晶組成物においては、室温では透明な等方相を示し、
図10(a)に示すように温度が50℃から白濁した流動複屈折性の等方相に転移した。そして、
図10(b)及び
図10(c)に示すように温度が60℃~70℃の場合も白濁した流動複屈折性の等方相を示した。その後、
図10(d)に示すように温度を下げて60℃になると透明な等方相への転移が始まり、
図10(e)において等方相に転移した。この相転移は、温度により可逆であった。
【0104】
POM観察から、低温度では、無機ナノシートが完全に分散している状態であるが、高温度では、無機ナノシートカラムが更に集合して針状形態の超結晶が生成していることが分かった。針状結晶は75℃でのPOM観察(
図11)より、長さ数十μm、幅1μm程度であることが確認された。また、POM像において、鋭敏色板の方位と結晶の長軸方位が一致するときに黄色、直交するときに青色の干渉色が観察されたことから、無機ナノシート面は結晶の長軸方向と垂直な方向に配列していることが確認された。
【0105】
図12は、
図10で用いた無機ナノシート液晶組成物が温度変化によって可逆的に、斜方晶で針状の長結晶を形成することを示すSAXS測定の結果である。なお、
図12中の数値はピークのd値(nm)を示し、()付の数値は結晶面の帰属を示す。このSAXS測定(
図12)では、水和したTBAイオンを層間に挟み込んだ積層構造に帰属されるd=2.84nmのピークが確認され、無機ナノシート積層カラムの生成が確認された。更に、格子定数a=21.5nm、b=12.6nmの斜方晶の(01)面、(10)面、(11)面、(02)面、(20)面、(22)面、(23)面に帰属されるピークがそれぞれ、d=21.5、14.7、12.6、11.0、7.67、6.17、5.55nmに確認された。これらの格子定数は、台形の無機ナノシートの長軸、短軸の長さとほぼ一致しており、無機ナノシートカラムが更に集合して形成された超結晶であることが確認された。
【0106】
<想定される技術原理>
上記実施例における高塩濃度の場合(例えば、塩濃度が2M等の場合)のカラムナーネマチック液晶相の形成は、無機ナノシートの電荷に起因する斥力が塩の存在によって遮蔽され、ファンデルワールス引力や対カチオンを介した引力によって積層体(カラム)が形成されたことによると考えられる。このこと自体は、古典的なDLVO理論で説明可能である。しかし、従来の無機ナノシートでは粒径の分布が極めて大きく、このような高塩濃度では不規則に積層した凝集体が生成するのみである。したがって、実施例に係る無機ナノシートカラムの形成は、粒径の単分散性に基づくと考えられる。また、従来用いられていた無機ナノシート(粒径:数μm程度)よりも実施例に係る無機ナノシートの粒径が小さいことから(粒径:数十nm程度)、無機ナノシート間の相互作用が従来用いられていた無機ナノシートよりも小さく、その結果、実質的に均一形状のカラムが形成したと考えれる。
【0107】
また、実施例に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物は、粒径分布が極めて狭く、かつ、厚さが1nm以下(具体的には、0.75nm)である実質的に単分散の単分散無機ナノシートのコロイドを調製した点に特徴の1つがある。この単分散無機ナノシートコロイドから無機ナノシート積層構造体(無機ナノシート積層カラム)が形成され、これがカラムナーネマチック液晶相(無機ナノシート積層構造体が配向した液晶相)を更に形成する。しかも無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物は、等方相とネマチック相との間、ネマチック相とカラムナーネマチック相との間を所定のパラメータ(例えば、温度)を調整することで、可逆的に変化させることができる。
【0108】
なお、従来は、粒径分布は小さいものの厚さが無機ナノシートよりはるかに厚いナノプレート系において、プレート濃度を上昇させると等方相からネマチック相へと相転移し、ネマチック相からカラムナー相へと相転移する挙動が報告されている(van der Kooij,F.M,et al.,Nature.,2000,406,868)。しかしながら、プレートの厚さが大きいために異方性比が小さく、液晶相転移濃度が極めて高くなり、ナノシート材料のような大比表面積等の特徴は活かせない。一方、本実施例に係る無機ナノシート積層構造体、及び無機ナノシート液晶組成物は、厚さが1nm程度と極めて薄い単分散無機ナノシートを用いることから異方性比が大きく、無機ナノシートの大きな比表面積等の特徴を十分に活かすことができる。
【0109】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0110】
なお、本実施形態に係る無機ナノシート積層構造体の製造方法、及び無機ナノシート液晶組成物の製造方法は、特許請求の範囲と混同されるべきでない以下の付記項でも言及できる。
(付記項1)
アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、単一溶媒(例えば、水)とを混合した混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を還流して無機ナノシートを合成する工程と、
前記還流後の前記混合溶液中における前記無機ナノシートの濃度と前記アンモニウム塩の濃度とを、室温において、複数の前記無機ナノシートが積層する濃度に調整する工程と
を有する無機ナノシート積層構造体の製造方法。
(付記項2)
前記無機ナノシートの粒径分布が単峰の正規分布関数で近似され、前記粒径分布の標準偏差が、前記無機ナノシートの平均粒径の50%未満である付記項1に記載の無機ナノシート積層構造体の製造方法。
(付記項3)
アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、溶媒とを混合した混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を還流して無機ナノシートを合成する工程と、
前記還流後の前記混合溶液中に前記溶媒とは異なる溶媒を加え、前記溶媒と前記異なる溶媒との混合比を複数の前記無機ナノシートが積層する濃度に調整すると共に、前記無機ナノシートの濃度と前記アンモニウム塩の濃度とを、室温において、複数の前記無機ナノシートが積層する濃度に調整する工程と
を有する無機ナノシート積層構造体の製造方法。
(付記項4)
アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、単一溶媒とを混合した混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を還流する工程と、
前記還流後の前記混合溶液の無機ナノシートを濃縮する工程と、
前記混合溶液中の前記アンモニウム塩の濃度を、室温において、所定の液晶相が発現する濃度に調整する工程と
を有する無機ナノシート液晶組成物の製造方法。
(付記項5)
前記無機ナノシートの粒径分布が単峰の正規分布関数で近似され、前記粒径分布の標準偏差が、前記無機ナノシートの平均粒径の50%未満である付記項4に記載の無機ナノシート液晶組成物の製造方法。
(付記項6)
アンモニウム塩と、金属アルコキシドと、溶媒とを混合した混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を還流する工程と、
前記還流後の前記混合溶液の無機ナノシートを濃縮する工程と、
前記混合溶液中に前記溶媒とは異なる溶媒を加え、前記溶媒と前記異なる溶媒との混合比を所定の液晶相が発現する濃度に調整すると共に、前記混合溶液中の前記アンモニウム塩の濃度を、室温において、前記所定の液晶相が発現する濃度に調整する工程と
を有する無機ナノシート液晶組成物の製造方法。