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特開2022-42731フェノールレッド吸着剤およびフェノールレッドの除去方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022042731
(43)【公開日】2022-03-15
(54)【発明の名称】フェノールレッド吸着剤およびフェノールレッドの除去方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/26 20060101AFI20220308BHJP
   B01D 15/04 20060101ALI20220308BHJP
   C12N 1/00 20060101ALN20220308BHJP
【FI】
B01J20/26 B
B01D15/04
C12N1/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020148291
(22)【出願日】2020-09-03
(71)【出願人】
【識別番号】000226242
【氏名又は名称】日機装株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 敏明
(72)【発明者】
【氏名】亀田 知人
(72)【発明者】
【氏名】北川 文彦
(72)【発明者】
【氏名】神保 陽一
(72)【発明者】
【氏名】近藤 昌幸
【テーマコード(参考)】
4B065
4D017
4G066
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BB31
4D017AA20
4D017BA04
4D017CA13
4D017CA17
4D017CB01
4D017DA01
4D017DA07
4G066AE10B
4G066BA22
4G066BA36
4G066CA25
4G066CA52
4G066DA07
(57)【要約】
【課題】新規なフェノールレッドの除去技術を提供する。
【解決手段】フェノールレッド吸着剤4は、強塩基性陰イオン交換樹脂、ポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
強塩基性陰イオン交換樹脂、ポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含むフェノールレッド吸着剤。
【請求項2】
細胞および微生物の少なくとも一方の培養液に含まれるフェノールレッドを吸着する請求項1に記載のフェノールレッド吸着剤。
【請求項3】
前記強塩基性陰イオン交換樹脂、前記ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂および前記MR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含む請求項2に記載のフェノールレッド吸着剤。
【請求項4】
前記培養液中の濃度は、1mg/mL以上である請求項3に記載のフェノールレッド吸着剤。
【請求項5】
前記培養液中の濃度は、10mg/mL以上である請求項3に記載のフェノールレッド吸着剤。
【請求項6】
前記ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂および前記MR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含み、
前記培養液中の濃度は、1mg/mL以上100mg/mL未満である請求項2に記載のフェノールレッド吸着剤。
【請求項7】
フェノールレッドを含有する、細胞および微生物の少なくとも一方の培養液に、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のフェノールレッド吸着剤を接触させることを含むフェノールレッドの除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェノールレッド吸着剤およびフェノールレッドの除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞や微生物の培養に用いる培養液(培地)には、pH指示薬としてフェノールレッドが添加されている。フェノールレッドを培養液に添加することで、培養液におけるpHの変化を色の変化として把握することができる。これにより、培養液を交換するタイミングやコンタミネーションの発生を可視化できるといったメリットが得られる。一方で、例えば特許文献1に開示されるように、フェノールレッドは、蛍光を発したり特定波長の光を吸収したりする性質を有する。このため、FACS(fluorescence-activated cell sorting)等の細胞解析や、培養液の成分解析等に負の影響を与えることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2001/007919号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般的に、フェノールレッドを含有する培養液で細胞を培養する場合、FACS等の解析を実施する際に細胞を培養液からPBS(Phosphate-buffered saline)に移していた。このため、解析に手間がかかり、また解析中に細胞がダメージを受けやすかった。一方、特許文献1には、フェノールレッドが細胞解析に与える負の影響を回避するために、フェノールレッドを含有しない培養液を選択することが開示されている。しかしながら、この場合は培養液の選択の幅が狭まってしまう。したがって、フェノールレッドを除去する新たな技術が望まれる。
【0005】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、新規なフェノールレッドの除去技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明のある態様はフェノールレッド吸着剤である。この吸着剤は、強塩基性陰イオン交換樹脂、ポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含む。この態様によれば、新規なフェノールレッドの除去技術を提供することができる。
【0007】
上記態様において、フェノールレッド吸着剤は、細胞および微生物の少なくとも一方の培養液に含まれるフェノールレッドを吸着するものであってもよい。上記態様において、フェノールレッド吸着剤は、強塩基性陰イオン交換樹脂、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含んでもよい。上記態様において、培養液中のフェノールレッド吸着剤の濃度は、1mg/mL以上であってもよい。上記態様において、培養液中のフェノールレッド吸着剤の濃度は、10mg/mL以上であってもよい。上記態様において、フェノールレッド吸着剤は、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含み、培養液中の濃度は、1mg/mL以上100mg/mL未満であってもよい。
【0008】
本発明の他の態様はフェノールレッドの除去方法である。この除去方法は、フェノールレッドを含有する、細胞および微生物の少なくとも一方の培養液に、上記いずれかの態様のフェノールレッド吸着剤を接触させることを含む。
【0009】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや、本発明の構成要素や表現を方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、新規なフェノールレッドの除去技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1(A)~図1(D)は、実施の形態に係るフェノールレッドの除去方法を説明するための模式図である。
図2】性能を評価した陰イオン交換樹脂を示す図である。
図3図3(A)および図3(B)は、フェノールレッド吸着率を示す図である。
図4図4(A)および図4(B)は、培養液のpHを示す図である。
図5図5(A)および図5(B)は、グルコース吸着率を示す図である。
図6】フェノールレッド吸着剤の候補材料が有する吸着性能を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0013】
本実施の形態に係るフェノールレッド吸着剤は、強塩基性陰イオン交換樹脂、ポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR(macro-retucilar:巨大網状)型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含む。また、好ましくは、フェノールレッド吸着剤は、強塩基性陰イオン交換樹脂、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含む。
【0014】
陰イオン交換樹脂は、その形状により、ゲル型、ポーラス型、ハイポーラス型およびMR型に分類される。ゲル型は、樹脂原料(モノマー)を溶媒中で重合させた重合体であり、均一な三次元構造を有する。ゲル型は、ミクロポアのみを有する。ポーラス型やハイポーラス型は、ゲル型の三次元構造に物理的に孔(マクロポア)を設けた多孔質構造で構成される。ハイポーラス型は、ポーラス型よりも高多孔質である。MR型は、ゲル型を合成する際の重合方法を改良して作製されたものであり、ゲル型よりも比表面積、細孔容積が大きい。
【0015】
強塩基性陰イオン交換樹脂は、弱塩基性陰イオン交換樹脂に比べて吸着性能が高いため、ゲル型、ポーラス型、ハイポーラス型およびMR型のいずれの構造であってもよい。強塩基性陰イオン交換樹脂としては、トリメチルアンモニウム基を有するI型強塩基性陰イオン交換樹脂と、ジメチルエタノールアンモニウム基を有するII型強塩基性陰イオン交換樹脂と、が例示される。
【0016】
I型強塩基性陰イオン交換樹脂としては、ゲル型のSA10A、SA12A、SA11A、NSA100(全て三菱ケミカル社製);ポーラス型のPA306S、PA308、PA312、PA316、PA318L(全て三菱ケミカル社製);ハイポーラス型のHPA25(三菱ケミカル社製)等が挙げられる。これらは、スチレン系の強塩基性陰イオン交換樹脂である。
【0017】
II型強塩基性陰イオン交換樹脂としては、ゲル型のSA20A、SA21A(全て三菱ケミカル社製)、IRA410、IRA411(全てオルガノ社製);ポーラス型のPA408、PA412、PA418(全て三菱ケミカル社製);MR型のIRA910CT(オルガノ社製)等が挙げられる。これらは、スチレン系の強塩基性陰イオン交換樹脂である。
【0018】
弱塩基性陰イオン交換樹脂は、強塩基性陰イオン交換樹脂に比べて吸着性能が低いため、吸着面積の大きいポーラス型、ハイポーラス型およびMR型が好ましく、ハイポーラス型およびMR型がより好ましい。弱塩基性陰イオン交換樹脂としては、WA30(三菱ケミカル社製)等のハイポーラス型でジメチルアミノ基を有するスチレン系弱塩基性陰イオン交換樹脂、IRA96SB(オルガノ社製)等のMR型でジメチルアミノ基を有するスチレン系弱塩基性陰イオン交換樹脂、WA20(三菱ケミカル社製)等のポーラス型でポリアミノ基(-NH(CHCHNH)nHで表される官能基(nは1以上の自然数))を有するスチレン系弱塩基性陰イオン交換樹脂、IRA67(オルガノ社製)等のゲル型でジメチルアミノ基を有するアクリル系弱塩基性陰イオン交換樹脂等が挙げられる。
【0019】
上記の強塩基性陰イオン交換樹脂および弱塩基性陰イオン交換樹脂は、遊離官能基とフェノールレッドとが電気的に相互作用するか、官能基と相互作用している交換イオンとフェノールレッドとがイオン交換することで、フェノールレッドを吸着することができる。上記のSA10A、SA12A、SA11A、NSA100、PA306S、PA308、PA312、PA316、PA318L、HPA25、SA20A、SA21A、IRA410、IRA411、PA408、PA412、PA418およびIRA910CTは、交換イオンClとフェノールレッドとのイオン交換により、フェノールレッドを吸着する。WA30、IRA96SB、WA20およびIRA67は、遊離官能基とフェノールレッドとの電気的相互作用により、フェノールレッドを吸着する。フェノールレッド吸着剤は、上記の強塩基性陰イオン交換樹脂および弱塩基性陰イオン交換樹脂のうちの1種類のみを含有してもよいし、これらの任意の組み合わせを含有してもよい。
【0020】
強塩基性、ポーラス型弱塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の少なくとも1種の陰イオン交換樹脂を含むフェノールレッド吸着剤をフェノールレッドに接触させることで、フェノールレッドを当該吸着剤に効果的に吸着させることができる。特に、本実施の形態のフェノールレッド吸着剤は、溶液中のフェノールレッドを吸着除去する場合に、好適に用いることができる。この場合、フェノールレッド吸着剤を溶液に接触させることで、溶液中のフェノールレッドを吸着させることができる。
【0021】
また、フェノールレッド吸着剤は、溶液が有用成分としてグルコースを含有する場合に、溶液中に残すべきグルコースに比べて除去対象であるフェノールレッドを高選択的に吸着することができる。グルコースを含有する溶液としては、細胞および微生物の少なくとも一方の培養液(培地)が例示される。つまり、本実施の形態のフェノールレッド吸着剤は、培養液に含まれるフェノールレッドを吸着する場合に、好適に用いることができる。なお、本実施の形態のフェノールレッド吸着剤は、乳酸やアンモニア等の細胞老廃物を吸着する吸着剤と併用してもよい。
【0022】
強塩基性、ポーラス型弱塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の少なくとも1種の陰イオン交換樹脂を含むフェノールレッド吸着剤を用いることで、添加から24時間後に80%以上のフェノールレッド吸着率(除去率)が得られるフェノールレッド吸着処理が実現可能である。フェノールレッド吸着率は、溶液中のフェノールレッドの総量に対する吸着したフェノールレッドの量の割合である。本発明者は、吸着率80%で培養液がほぼ無色透明になることを確認している。
【0023】
また、フェノールレッド吸着剤が強塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の少なくとも1種の陰イオン交換樹脂を含む場合、より高いフェノールレッドの吸着率を達成することができる。よって、80%以上の吸着率を達成しやすくすることができる。また、80%以上の吸着率を達成するために必要な吸着剤の量を減らすことができる。
【0024】
フェノールレッド吸着剤が強塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の少なくとも1種の陰イオン交換樹脂を含む場合、培養液中のフェノールレッド吸着剤の濃度は、好ましくは1mg/mL以上であり、より好ましくは1mg/mL超であり、さらに好ましくは10mg/mL以上である。
【0025】
フェノールレッド吸着剤の濃度を1mg/mL以上に調整することで、80%以上のフェノールレッド吸着率をより達成しやすくすることができる。また、フェノールレッド吸着剤の濃度を1mg/mL超、さらには10mg/mL以上に調整することで、95%以上のフェノールレッド吸着率を達成することができる。また、吸着率80%に到達するまでの時間を短縮することができる。これにより、細胞解析や培養液解析等にフェノールレッドの吸着処理を組み込んだ際に、迅速に解析を実施することができる。
【0026】
また、フェノールレッド吸着剤がハイポーラス型およびMR型の少なくとも1種の弱塩基性陰イオン交換樹脂を含む場合、培養液中のフェノールレッド吸着剤の濃度は、好ましくは1mg/mL以上100mg/mL未満であり、より好ましくは1mg/mL以上10mg/mL以下である。一般に、培養液のpHは7.4±1に維持することが好ましい。これに対し、フェノールレッド吸着剤の濃度を1mg/mL以上100mg/mL未満、さらには1mg/mL以上10mg/mL以下に調整することで、フェノールレッドの効果的な吸着を実現しながら、フェノールレッド吸着剤の添加によって起こる培養液のpHの変化を抑制することがでる。この結果、培養液中の成分の変性を抑制でき、細胞が負の影響を受ける可能性を低減することができる。なお、強塩基性陰イオン交換樹脂の場合、いずれの濃度でもpHを7.4±1の範囲に維持することが可能である。
【0027】
培養液を用いて培養される細胞および微生物は、特に限定されない。例えば細胞は、ヒトiPS細胞、ヒトES細胞、ヒトMuse細胞等の多能性幹細胞および分化誘導細胞;間葉系幹細胞(MSC細胞)、ネフロン前駆細胞等の体性幹細胞;ヒト近位尿細管上皮細胞、ヒト遠位尿細管上皮細胞、ヒト集合管上皮細胞等の組織細胞;ヒト胎児腎細胞(HEK293細胞)等の抗体産生細胞株;チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、昆虫細胞(SF9細胞)等のヒト以外の動物由来の抗体産生細胞株等が挙げられる。
【0028】
(フェノールレッドの除去方法)
本実施の形態に係るフェノールレッドの除去方法は、フェノールレッドを含有する培養液に、上記のフェノールレッド吸着剤を接触させることを含む。フェノールレッド吸着剤を培養液に接触させる方法は特に限定されないが、以下の態様が例示される。図1(A)~図1(D)は、実施の形態に係るフェノールレッドの除去方法を説明するための模式図である。以下では、培養液からのフェノールレッド除去を例に挙げて説明するが、他の溶液からのフェノールレッド除去についても同様に実施することができる。また、フェノールレッドの除去処理を施すタイミングは特に限定されず、フェノールレッドの除去処理を施した培養液に細胞を添加して培養してもよいし、細胞培養後の培地から細胞を除去した後にフェノールレッド除去処理を施してもよい。
【0029】
図1(A)に示すように、第1の態様では、カラム等の容器2にフェノールレッド吸着剤4が充填された吸着モジュール6が用意される。容器2は、容器2の内外を連通する入口2aと出口2bとを有する。フェノールレッド吸着剤4は、例えば粒子状である。吸着モジュール6は、循環路8を介して、スピナーフラスコ等の培養容器10に接続される。循環路8は、培養容器10と容器2の入口2aとを接続する往路8aと、容器2の出口2bと培養容器10とを接続する復路8bとを含む。往路8aの途中には、ポンプ12が接続される。培養容器10中には、培養液14と、細胞16とが収容される。なお、ポンプ12は復路8bに配置されてもよい。
【0030】
ポンプ12が駆動すると、培養液14は培養容器10から吸引され、往路8aを介して吸着モジュール6の容器2内に送られる。容器2内に送り込まれた培養液14は、復路8bを介して培養容器10内に戻される。培養液14は、培養容器10と吸着モジュール6との間を循環する過程で、容器2に充填されたフェノールレッド吸着剤4と接触する。このとき、培養液14中のフェノールレッドはフェノールレッド吸着剤4に吸着される。この結果、培養液14中のフェノールレッドが除去される。
【0031】
往路8aにおける培養容器10に接続される側の端部には、図示しないフィルタが設けられる。これにより、細胞16が吸着モジュール6側に流れることが抑制される。なお、培養容器10と吸着モジュール6との間で培養液14を循環させる過程で、細胞16の培養に必要なグルコースやタンパク質等の培地成分が培養液14に補充されてもよい。
【0032】
つまり、第1の態様では、フェノールレッド吸着剤4を有する吸着モジュール6と、細胞16(微生物であってもよい)および培養液14が収容される培養容器10と、培養容器10および吸着モジュール6をつなぎ培養液14を循環させる循環路8と、を備える除去装置を用いることで、培養液14中のフェノールレッドが除去される。
【0033】
図1(B)に示すように、第2の態様では、培養容器10の内壁面にフェノールレッド吸着剤4が支持されている。培養容器10中には、培養液14と、細胞16とが収容されている。したがって、培養液14は、培養容器10の内壁面において露出するフェノールレッド吸着剤4に接触する。これにより、培養液14中のフェノールレッドをフェノールレッド吸着剤4に吸着させることができる。培養容器10としては、スピナーフラスコ、シャーレ、ウェルプレート、セルカルチャーインサート、マイクロスフェア等が例示される。
【0034】
培養容器10の内壁面にフェノールレッド吸着剤4を支持させる方法としては、例えば、フェノールレッド吸着剤4を培養容器10の内壁面に接着する方法や、培養容器10が樹脂製である場合には、予めフェノールレッド吸着剤4を混合した樹脂で培養容器10を成形する方法等が挙げられる。つまり、第2の態様では、培養容器10と、培養容器10の内壁面に支持されるフェノールレッド吸着剤4と、を備える除去装置を用いることで、培養液14中のフェノールレッドが除去される。
【0035】
図1(C)に示すように、第3の態様では、培養容器10は、多孔質膜等の隔膜18によって容器内部が上段10aと下段10bとに区切られた構造を有する。このような培養容器10としては、セルカルチャーインサートが例示される。上段10aには培養液14と細胞16とが収容され、下段10bには培養液14とフェノールレッド吸着剤4とが収容される。培養液14は、隔膜18を通過して上段10aと下段10bとの間を行き来することができる。一方、細胞16およびフェノールレッド吸着剤4は、隔膜18を通過することができない。
【0036】
このような構造において、培養液14は、下段10bに収容されたフェノールレッド吸着剤4に接触する。これにより、培養液14中のフェノールレッドをフェノールレッド吸着剤4に吸着させることができる。つまり、第3の態様では、培養容器10と、フェノールレッド吸着剤4と、培養容器10内をフェノールレッド吸着剤4が収容される第1空間と細胞16(微生物でもよい)が収容される第2空間とに区画する隔膜18と、を備える除去装置を用いることで、培養液14中のフェノールレッドが除去される。
【0037】
図1(D)に示すように、第4の態様では、粒子状のフェノールレッド吸着剤4を培養液14中に分散、沈降あるいは浮遊させる。これにより、培養液14中のフェノールレッドをフェノールレッド吸着剤4に吸着させることができる。培養液14に添加したフェノールレッド吸着剤4を回収する場合には、ろ過や遠心分離等の公知の方法で回収することができる。なお、フェノールレッド吸着剤4は、細胞16に貪食されることを防ぐために、所定サイズ以上、例えば10μm以上の大きさであることが好ましい。つまり、第4の態様では、培養容器10と、培養容器10内の培養液14に添加されるフェノールレッド吸着剤4と、を備える除去装置を用いることで、培養液14中のフェノールレッドが除去される。
【0038】
好ましくは、フェノールレッド吸着剤4は、ポリビニルアルコールやアルギン酸等の樹脂、コラーゲンやゼラチン等の生体由来ゲル等で被覆される。これにより、細胞16に影響を与え得る微粒子がフェノールレッド吸着剤4から培養液14中に流出することを抑制できる。あるいは、フェノールレッド吸着剤4は、セラミックスバインダー、樹脂バインダー、生体由来ゲル等と、上記の陰イオン交換樹脂とを混練して成形される。これによっても、微粒子の流出を抑制することができる。セラミックスバインダーとしては、アルミナバインダー、コロイダルシリカ等が例示される。樹脂バインダーとしては、アルギン酸、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース等が例示される。生体由来ゲルとしては、コラーゲン、ゼラチン等が例示される。
【0039】
以上説明したように、本実施の形態に係るフェノールレッド吸着剤は、強塩基性陰イオン交換樹脂、ポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂、ハイポーラス型弱塩基性陰イオン交換樹脂およびMR型弱塩基性陰イオン交換樹脂からなる群から選択される少なくとも1種を含む。また、本実施の形態に係るフェノールレッドの除去方法は、このフェノールレッド吸着剤を、フェノールレッドを含有する、細胞および微生物の少なくとも一方の培養液に接触させることを含む。
【0040】
これにより、培養液中からフェノールレッドを効率的に除去することができる新規なフェノールレッドの除去技術を提供することができる。また、培養液からフェノールレッドを除去できることで、吸光やラマン分光等によって細胞や培養液を解析する際に、フェノールレッドが測定結果に負の影響を及ぼすことを回避できる。例えば、細胞死を簡易的に把握する手法として、細胞から放出される乳酸脱水素酵素(LDH)の量を測定することが知られている。LDHは、細胞質に存在する酵素であり、通常は細胞膜を透過しないが、細胞膜が障害を受けると細胞外、すなわち培養液中に放出される。培養液中でのLDH量は、例えばCytotoxicity LDH Assay Kit(同仁化学社製)およびプレートリーダーを用いて、培養液の波長495nmにおける吸光度を測定することで得られる。一方、フェノールレッドは、pH7付近では波長450nmに吸光ピークを有し、波長495nmの光も吸収する。このため、培養液中にフェノールレッドが存在すると、LDH量の計測に影響を与えてしまう。
【0041】
これに対し、本実施の形態に係るフェノールレッド吸着剤を用いて培養液中のフェノールレッドを吸着除去することで、細胞や培養液の解析を高精度に実施することができる。これにより、使用する培養液をフェノールレッドを含有しないものに限らずに済むため、培養液の選択の幅を広げることができる。また、FACS等で細胞を解析する際に、細胞を培養液からPBSに移す必要がないため、細胞等にかかる負荷を軽減でき、また作業の簡素化を図ることができる。また、フェノールレッドはホルモン作用を有し、細胞等に負の影響を与え得ることが知られている。これに対し、フェノールレッド吸着剤でフェノールレッドを吸着除去することで、当該影響も低減することができる。
【0042】
また、フェノールレッド吸着剤を培養液に接触させるだけでフェノールレッドを除去できるため、簡単な構造の除去装置でフェノールレッドを除去することができる。また、本実施の形態のフェノールレッド吸着剤は、有用成分であるグルコースに対してフェノールレッドを高選択的に吸着することができる。
【0043】
好ましくは、フェノールレッド吸着剤は強塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の少なくとも1種の陰イオン交換樹脂を含む。これにより、フェノールレッドの吸着率をより高めることができる。フェノールレッド吸着剤が強塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の少なくとも1種の陰イオン交換樹脂を含む場合、培養液中のフェノールレッド吸着剤の濃度は、好ましくは1mg/mL以上である。これにより、より効果的にフェノールレッドを吸着することができる。また、フェノールレッド吸着剤の濃度は、より好ましくは10mg/mL以上である。これにより、フェノールレッドの吸着率をさらに高めることができる。
【0044】
また、フェノールレッド吸着剤がハイポーラス型およびMR型の少なくとも1種の弱塩基性陰イオン交換樹脂を含む場合、培養液中のフェノールレッド吸着剤の濃度は、好ましくは1mg/mL以上100mg/mL未満である。これにより、フェノールレッド吸着剤の添加によって起こる培養液のpHの変化を抑制でき、細胞が負の影響を受ける可能性を低減することができる。
【0045】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【実施例0046】
以下、本発明の実施例を説明するが、実施例は本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0047】
[フェノールレッド吸着剤の性能評価]
フェノールレッド吸着剤の吸着性能を以下の手順で評価した。まず、培養液として、14.93mg/Lの濃度でフェノールレッドを含有するDMEM(ナカライテスク社製)を用意した。血液ガス分析装置(ABL800 FLEX:ラジオメーター社製)を用いて、この培養液のグルコース濃度およびpHを測定したところ、グルコース濃度は450mg/dLであり、pHは7.4であった。
【0048】
また、フェノールレッド吸着剤として各種の陰イオン交換樹脂を用意した。図2は、性能を評価した陰イオン交換樹脂を示す図である。具体的には、強塩基性陰イオン交換樹脂としてSA10A、PA308、SA20A、PA312(全て三菱ケミカル社製)およびIRA410(オレガノ社製)を用意し、弱塩基性陰イオン交換樹脂としてWA30(三菱ケミカル社製)、IRA96SB(オレガノ社製)、WA20(三菱ケミカル社製)およびIRA67(オレガノ社製)を用意した。
【0049】
20mLの培養液と、所定量の各フェノールレッド吸着剤と、を50mLチューブに添加した。各フェノールレッド吸着剤の添加量(濃度)は、2000mg(100mg/mL)、200mg(10mg/mL)、20mg(1mg/mL)、2mg(0.1mg/mL)とした。各チューブを恒温振とう槽に入れ、温度37℃、60回/分の条件で24時間振とうした。その後、各チューブの内容物を吸引ろ過して培養液とフェノールレッド吸着剤とを分離した。
【0050】
そして、血液ガス分析装置(ABL800 FLEX:ラジオメーター社製)を用いて、フェノールレッド吸着処理後の培養液におけるグルコース濃度およびpHを測定した。また、1N NaOHを用いて各培養液をpH8.5に調整した。そして、マイクロプレートリーダー(ARVO MX-fla:パーキンエルマー社製)を用いて、各培養液の波長450nmにおける吸光度を測定して、フェノールレッド吸着処理後の培養液におけるフェノールレッドの濃度を得た。得られた結果と以下の数式とに基づいて、フェノールレッド吸着率と、グルコース吸着率とを算出した。
吸着率(%)=[吸着前濃度-吸着後濃度]/吸着前濃度×100
【0051】
図3(A)および図3(B)は、フェノールレッド吸着率を示す図である。図3(A)および図3(B)に示すように、強塩基性、ポーラス型弱塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の陰イオン交換樹脂によれば、フェノールレッドを吸着できることが確認された。また、濃度を調整すれば、80%以上のフェノールレッド吸着率も達成できることが確認された。また、強塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の陰イオン交換樹脂によれば、より高いフェノールレッド吸着率を達成できることが確認された。また、強塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の陰イオン交換樹脂は、培養液中の濃度が1mg/mL以上で80%以上のフェノールレッド吸着率を達成できることが確認された。また、10mg/mL以上で95%以上のフェノールレッド吸着率を達成できることが確認された。
【0052】
図4(A)および図4(B)は、培養液のpHを示す図である。図4(A)および図4(B)に示すように、強塩基性陰イオン交換樹脂を培養液に添加する場合は、いずれの濃度でも培養液のpHがほぼ変化しないことが確認された。また、ポーラス型、ハイポーラス型およびMR型の弱塩基性陰イオン交換樹脂を培養液に添加する場合は、培養液中の濃度が100mg/mL未満であるとき、培養液のpHの変化を±1の範囲まで抑制できることが確認された。また、図3(A)~図4(B)に示す結果から、ハイポーラス型およびMR型の弱塩基性陰イオン交換樹脂については、濃度を1mg/mL以上100mg/mL未満に調整することで、フェノールレッドの効果的な吸着と、培養液のpH変化の抑制との両立が可能であることが確認された。
【0053】
図5(A)および図5(B)は、グルコース吸着率を示す図である。図5(A)および図5(B)に示すように、全ての強塩基性陰イオン交換樹脂および弱塩基性陰イオン交換樹脂において、いずれの濃度でもグルコース吸着率は約10%以下と極めて低い値であることが確認された。よって、本実施の形態に係るフェノールレッド吸着剤が培養液中の有用成分に対してフェノールレッドを高選択的に吸着することが確認された。
【0054】
[フェノールレッド吸着剤として有用な材料の選別]
フェノールレッド吸着剤の候補材料として、以下のものを用意した。
ポーラス型のH型強酸性陽イオン交換樹脂(PK216LH:三菱ケミカル社製)
L型ゼオライト(500KOA:東ソー社製)
ZSM-5型ゼオライト(822HOA:東ソー社製)
プルシアンブルー型錯体(プルシアンブルー:関東化学社製)
シリカ多孔体(SiO:関東化学社製)
活性炭(富士フィルム和光純薬社製)
酸化金属(MgO:関東化学社製)
層状複水酸化物(Mg-Al LDH)
層状複酸化物(Mg-Al LDO)
【0055】
20mLの培養液と、0.5gの各候補材料と、を50mLチューブに添加した。したがって、各候補材料の濃度は、0.025mg/mLである。また、比較対象として、20mLの培養液と、0.5gのSA10Aと、を添加した50mLチューブも用意した。各候補材料の添加から24時間が経過した後に、各培養液の色の濃さを目視で確認して各候補材料の吸着性能を評価した。具体的には、SA10Aと同程度の吸着性能であった場合、つまり、培養液の色の濃さがSA10を添加した培養液と同程度であった場合にAと評価した。また、SA10Aの1/2程度の吸着性能であった場合、つまり、SA10Aを添加したときの濃さの低下量に対して1/2程度の低下量であった場合にBと評価した。また、SA10の1/10程度の吸着性能であった場合、つまり、SA10Aを添加したときの濃さの低下量に対して1/10程度の低下量であった場合にCと評価した。また、培養液の色の濃さに変化が見られなかった場合にXと評価した。
【0056】
図6は、フェノールレッド吸着剤の候補材料が有する吸着性能を示す図である。図6に示すように、いずれの候補材料もSA10Aに比べてフェノールレッドの吸着性能が著しく低かった。よって、強塩基性、ポーラス型弱塩基性、ハイポーラス型弱塩基性およびMR型弱塩基性の各陰イオン交換樹脂がフェノールレッド吸着剤として極めて好適であることが確認された。
【符号の説明】
【0057】
2 容器、 4 フェノールレッド吸着剤、 6 吸着モジュール、 8 循環路、 10 培養容器、 12 ポンプ、 14 培養液、 16 細胞、 18 隔膜。
図1
図2
図3
図4
図5
図6