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特開2022-42960植物栽培用養液の製造方法及び植物の養液栽培方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022042960
(43)【公開日】2022-03-15
(54)【発明の名称】植物栽培用養液の製造方法及び植物の養液栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 31/00 20180101AFI20220308BHJP
【FI】
A01G31/00 601A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】書面
【公開請求】
(21)【出願番号】P 2021111818
(22)【出願日】2021-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】521294586
【氏名又は名称】淺野 裕司
(72)【発明者】
【氏名】淺野 裕司
【テーマコード(参考)】
2B314
【Fターム(参考)】
2B314MA11
2B314PA01
2B314PA02
2B314PA03
2B314PA05
2B314PA06
2B314PB02
2B314PB43
2B314PB54
(57)【要約】      (修正有)
【課題】有機物を用いた植物栽培用養液の簡易な製造方法を提供すること、並びに、この養液を用いて電気伝導率(EC)による生育制御を行う植物の養液栽培方法を提供する。
【解決手段】有機物を無機化する工程を2つに分け、有機物を袋状ネット等の通気性の高い袋または容器に入れ、微生物の作用により有機物を無機化する第一工程、水を貯留した容器の中へ、水(養液)のECが目標とする値となるように、第一工程から無機成分と微小な有機物を抽出し、曝気して微生物の作用により硝化を促進するとともに有機物を無機化する第二工程、2つの工程を組み合わせた養液の製造方法、並びに、この養液を用い、EC値の経時的変化や特定の期間の変動幅を観察し、ECを肥料濃度の指標とした濃度管理による植物の栽培方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機の肥料成分の生成を、以下に記載の第一工程と第二工程を組み合わせて行うことを特徴とする、有機物を用いた植物栽培用養液の製造方法。
第一工程は、袋状ネット等の通気性の高い袋や容器に有機物を入れ、水分の少ないものは水を含ませて微生物の作用により有機物を無機化する工程。
第二工程は、水を貯留した容器の中へ、水(養液)の電気伝導率が目標とする値となるように、第一工程から無機成分と微小な有機物を抽出し、曝気して微生物の作用により硝化を促進するとともに有機物を無機化する工程。
【請求項2】
請求項1の有機物を無機化する工程において、有機物に過リン酸石灰を混和した植物栽培用養液の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2で用いる有機物として、栽培する植物体のうち、収穫して利用する部分以外の植物体の部分を利用した植物栽培用養液の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の方法によって製造された植物栽培用養液を用いることを特徴とする、液体肥料の製造方法。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の方法によって製造された植物栽培用養液を用い、前記請求項の第二工程の容器を植物の栽培ベッド、または栽培ベッドに供給する養液を貯留する養液タンクとし、養液の電気伝導率の経時的変化や特定の期間の変動幅を観察し、電気伝導率を肥料濃度の指標とした濃度管理により生育を制御することを特徴とした、植物の養液栽培法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、有機物を用いた植物栽培用養液の製造方法、及び有機物を有機質肥料として用いた植物の養液栽培方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
社会の持続的発展を目指すには、環境への負荷が少ない循環型社会の形成が急務となっている。このため、有用な廃棄物等の循環的な利用が促進されており、農業の生産現場では、有機物の有効利用が推進されている。また、果菜類の生産現場では、茎葉や販売に適さない果実が栽培残渣として大量に排出され、廃棄物としての残渣処分に多額の費用を要していることから、残渣の有効利用が求められている(非特許文献1)。
【0003】
有機物の有効利用については、土耕栽培では、堆肥、栽培残渣、食品残渣等が有機質肥料として利用されている。養液栽培の肥料は、化学肥料が用いられ、有機質肥料を用いることは難しかったが、特許文献1及び2は、有機物の無機化に必要な微生物生態系を養液内に作ることにより、特許文献3は、枯草菌及び硝化菌を添加することにより、いずれも微生物の働きにより、有機物を有機質肥料として養液栽培に利用することを可能にしている。
【0004】
現在、広く普及している化学肥料を用いた養液栽培では、培養液の電気伝導率(EC)を肥料濃度の指標とした濃度管理による生育制御が行われている。ECによる濃度管理は、安価な測定機器により簡易にECが測定できるため、肥培管理が簡易で、作目や作型ごとにEC設定がマニュアル化されており、広く普及している。これに対し、有機質肥料を用いた養液栽培では、有機質肥料は少量ずつ施用され、分解後は無機成分がそのまますぐに植物に利用されていると考えられ、培養液中の無機成分が少ない。このため、濃度管理を行うことができず、一定期間に植物が必要とする肥料成分を施用する量的管理による生育制御が行われている(特許文献1、特許文献2及び非特許文献2)。
量的管理の施肥方法や考え方は、広く普及している濃度管理とは異なっている。有機質肥料を用いた量的管理では、原料となる有機物の窒素含有量の把握が必要となるが、有機物の窒素含有率は、季節的変動や採取部位による差が大きく、窒素含有量の把握には大きな労力が伴い、定量分析には高価な分析機器が必要となる。また、量的管理は、化学肥料を用いた濃度管理に比べ、管理作業が繁雑となりやすく、これらのことが、有機質肥料を用いた養液栽培が一般的に普及していない要因となっている。
【0005】
土耕栽培では、有機物を肥料として一度に多量に施用すると分解がうまく進まず、悪臭を生じやすいことが問題となっている。このため、一度に多量に施用しないことや、有機物を土壌とよく混和して利用している。家畜ふん堆肥の製造においても悪臭が問題となり、非特許文献3では、牛ふん尿に過リン酸石灰を添加することにより、悪臭の原因となるアンモニアの発生を抑制できることを報告している。
有機物を有機質肥料として用いた養液栽培においては、土耕栽培のように有機物を土壌と混和できないため、悪臭の発生が特に問題となりやすく、特許文献1及び2では、有機物を少量に分けて添加することにより、悪臭の発生を抑制している。
【0006】
微生物による有機物の無機化については、特許文献1及び2では、微生物源を接種することが好ましく、特許文献3では、特定の微生物の添加が必要となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012-228253号公報
【特許文献2】特開2010-88358号公報
【特許文献3】特開2017-78010号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「異なるタイプのトマト施設生産における残渣発生量および残渣処理条件の検討」野菜茶業研究所研究報告、12:67-74(2013)
【非特許文献2】「有機質肥料活用型養液栽培マニュアル(第1版)」独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所、2014
【非特許文献3】「過リン酸石灰添加による牛ふん尿の堆肥化過程におけるアンモニア揮発抑制」北海道立新得畜産試験場研究報告、23:17-24(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、簡易な方法や装置を用い、一度に多量の有機物を効率的に無機化し、植物への無機成分の供給量を制御することのできる養液の製造方法を提供すること、並びに、この養液を用い、電気伝導率(EC)により植物の生育を制御することのできる植物の養液栽培方法を提供することを目的とする。また、有機質肥料の利用で問題となる悪臭の発生を簡易に軽減できる養液の製造方法と、栽培残渣の有効利用を図るため、栽培残渣を有機質肥料として利用した養液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
微生物の働きにより、一度に多量の有機物を効率的に無機化し、植物への肥料成分の供給量を制御するため、有機物の無機化を第一工程と第二工程の2つの工程に分けて行う。第一工程は、有機物を袋状ネット等の通気性の高い袋または容器に入れ、水分の少ないものは水を含ませるだけの簡易な方法で、微生物の作用により有機物を無機化する。第二工程は、水を貯留した容器の中へ、第一工程から無機成分と微小な有機物を抽出し、曝気を行うことにより、無機化した窒素成分の脱窒反応を抑制し、微生物の作用により硝化を促進するとともに有機物を無機化する。
第二工程の容器には、培養液を湛液、貯留する栽培ベッド、または栽培ベッドに給液する培養液を貯留する培養液タンクを用いる。第二工程への無機成分と微小な有機物の抽出は、第二工程の培養液の電気伝導率(EC)が目標とする値となるように行う。抽出方法は、水を貯留した第二工程の容器の中に第一工程の有機物を容器(袋状ネット等)ごと浸す、または第一工程の有機物に水をかけて洗浄し、第二工程の容器に流す、またはポンプなどで第二工程の容器の中の水または培養液を第一工程の有機物にかけて洗浄し、第二工程の容器に流す(循環する)、またはこれらを組み合わせて行う。
簡易な第一工程と既存の装置を利用する第二工程を組み合わせて養液の製造と植物の栽培を行う。
【0011】
本発明では、有機物を無機化する工程を2つに分け、効率的に有機物を無機化するため、一度に多量の有機物を無機化でき、無機成分の供給量を多くできるとともに、電気伝導率(EC)を測定して、第一工程から第二工程への無機成分の供給量を制御することができる。このため、培養液の肥料成分の過不足を防ぎやすく、ECの経時的変化や特定の期間の変動幅を観察することにより、培養液のECを肥料濃度の指標とした濃度管理による生育制御が可能となる。
【0012】
化学肥料を用いた養液栽培では、電気伝導率(EC)による肥培管理が行われているが、作物や作型ごとにEC設定がマニュアル化されており、これを基に植物を観察して生育状態を判断し、ECの設定値を決定している。本発明では、化学肥料を用いた養液栽培と同様に、生育を促進させる時は、ECの目標値を高く設定することになる。
無機成分と微小な有機物の抽出前後のEC値の変動幅は、第一工程からの肥料成分供給量の目安とし、抽出後のEC値と次の抽出までの一定期間後のEC値との差(変動幅)は、植物の肥料成分吸収量の目安とする。植物を観察して生育状態を判断し、生育を促進させる時は、肥料成分の供給量を多くするため、ECの目標値を高く設定する。ECは、有機物の施用量や施用間隔、抽出時間、洗浄する流量等の増減により制御する。
なお、植物の生育状態と肥料成分吸収量は、反映しあうことが考えられることから、前記のEC値の変動幅を利用したEC管理の方法は、化学肥料を用いた従来の養液栽培においても利用可能であり、リアルタイムな植物の生育状態の見える化技術として利用できる。
【0013】
一度に多量の有機物の無機化を進めると嫌気的な条件下になりやすく、アンモニア等の発生により悪臭が問題となりやすいが、本発明は、第一工程では通気性の高い袋または容器を用い、第二工程では曝気を行うため、嫌気的な条件になりにくく、悪臭の発生は少ない。また、有機物の種類によっては、悪臭が発生するが、有機物に過リン酸石灰を混和することにより、悪臭の発生を効果的に抑制できる。
【0014】
第一工程は、簡易な方法で好気的な条件を維持できるため、悪臭の発生が少なく、無機化を進めながら、そのまま静置して保管することが容易である。自然状態では、好気的な条件下で有機物の分解が進むように、本発明では、特定の微生物や微生物源の接種は必要ない。
【0015】
本発明で用いる有機物は、植物に必要な肥料成分を含むものであれば利用でき、肥料成分を多く含む栽培残渣を肥料として利用できる。
【発明の効果】
【0016】
第一工程は簡易な方法であることや、第二工程は養液栽培で一般的に利用されている湛液式水耕、薄膜水耕(NFT)、ロックウール耕等の既存の養液栽培装置を利用できることから、低コストで設置でき、導入コストを抑制できる。また、電気伝導率による濃度管理ができるため、広く普及している濃度管理の考え方や知見を活用でき、既存の養液栽培装置の肥培管理技術が活用できるとともに、量的管理に比べ、肥培管理が簡易にできることが期待できる。
【0017】
本発明では、悪臭の発生を簡易かつ効果的に抑制できる。このため、有機質肥料の利用を普及する際の障壁の一つとなっている、悪臭によるハウス内の作業環境の悪化や、周辺地域の生活環境への影響を防止でき、有機質肥料を利用した養液栽培システムの導入を促進できる。また、本発明によれば、悪臭の発生を抑制して有機物から液体肥料を製造することに利用できる。
【0018】
肥料成分を多く含む栽培残渣を肥料として利用することにより、栽培で排出される廃棄物とともに肥料代を削減できる。特に果菜類の生産では、茎葉等の栽培残渣が大量に排出されるが、これらには肥料成分が多く含まれ、これを有効に利用できる。本発明の方法は、有機物を有効利用できる環境保全型の栽培技術として、循環型社会の形成に寄与できる。
【0019】
栽培期間の長い果菜類の栽培では、栄養成長を促進させる時期と生殖成長を促進させる時期がある等、生育段階や栽培時期により肥培管理が異なり、植物の生育状態を観察しながら繊細な肥培管理が要求される。本発明は、電気伝導率(EC)を指標とした濃度管理を行うことができ、繊細な肥培管理が簡易となることで、高品質、高生産の栽培が容易となり、有機質肥料を利用した養液栽培のさらなる普及が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】 本発明における一実施形態で、湛液式水耕を利用した養液栽培装置の模式図である。
図2】 本発明における一実施形態で、薄膜水耕(NFT)を利用した養液栽培装置の模式図である。
図3】 試験例1における茎葉施用量の累計を定植日からの日数により示したグラフである。
図4】 試験例1における抽出時間を定植日からの日数により示したグラフである。
図5】 試験例1において、茎葉を入れた袋状ネットを栽培ベッドの培養液に浸し、培養液をかけて無機成分と微小な有機物を抽出している様子を示す図である。
図6】 試験例1において、茎葉を入れた袋状ネットを栽培ベッドの培養液に浸し、培養液をかけて無機成分と微小な有機物を抽出している様子と、定植日から83日後のトマトの生育状況を示す図である。
図7】 試験例1において、無機成分と微小な有機物の抽出後の袋状ネットを栽培ベッドの上に吊るし、静置している様子を示す図である。
図8】 試験例1において、無機成分と微小な有機物の抽出後の袋状ネットを栽培ベッドの上に吊るし、ワグネルポットを利用して茎葉から滴る培養液を栽培ベッドへ流す様子と、定植日から185日後のトマトの生育状況を示す図である。
図9】 試験例1における有機質肥料区のEC値(抽出前)と化学肥料区のEC値(肥料施用前)の推移を定植日からの日数により示したグラフである。
図10】 試験例1の有機質肥料区の定植日から46~56日後における、ネットの中に追加する茎葉施用量、抽出時間、抽出前のEC値及び抽出後(抽出開始2時間後)のEC値を定植日からの日数により示したグラフである。
図11】 試験例1における抽出後のEC値と抽出前のEC値との差の推移を定植日からの日数による期間ごとに示したグラフである。
図12】 試験例1における抽出後のEC値と翌日の抽出前のEC値との差の推移を定植日からの日数による期間ごとに示したグラフである。
図13】 実施例2における茎葉施用量と果実施用量の累計を定植日からの日数により示したグラフである。
図14】 実施例2における培養液のEC値(抽出前)の推移を定植日からの日数により示したグラフである。
図15】 試験例2における有機質肥料利用区の茎葉施用量の累計を定植日からの日数により示したグラフである。
図16】 試験例2における有機質肥料利用区の抽出時間を定植日からの日数により示したグラフである。
図17】 試験例2における有機質肥料利用区のEC値(抽出前)と化学肥料区のEC値(肥料施用前)の推移を定植日からの日数により示したグラフである。
図18】 試験例2における有機質肥料利用区の抽出後のEC値と抽出前のEC値との差の推移を定植日からの日数による期間ごとに示したグラフである。
図19】 試験例2における有機質肥料利用区の抽出後のEC値と翌日の抽出前のEC値との差の推移を定植日からの日数による期間ごとに示したグラフである。
図20】 実施例3の定植日から103~120日後における、抽出時間、抽出前のEC値、抽出後(抽出開始1時間後)のEC値及び新しい茎葉の入った袋状ネットに交換した日を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
本発明では、有機物の無機化を第一工程と第二工程の2つの工程に分けて行うことにより、多量の有機物を効率的に無機化し、植物への肥料成分の供給量を制御する。
第一工程は、有機物を袋状ネット等の通気性の高い袋または容器に入れ、水分が少ないものは水を含ませるだけの簡易な方法で有機物を無機化する。一例としては、有機物を市販の玉ねぎ用の出荷ネット(口幅35cm×奥行60cm)に入れ、水を含ませて静置し、微生物の働きにより有機物を無機化する。この方法は、嫌気的条件になりにくいため、悪臭の発生が少ないが、有機物の種類によっては悪臭が発生する。この場合は、有機物の乾物重に対し、4~20%程度の過リン酸石灰を混和して有機物を無機化すると悪臭の発生を抑制できる。また、リン酸含有量の少ない有機物を利用する場合は、過リン酸石灰を添加するとよい。
【0022】
第二工程は、第一工程の中の肥料成分と微小な有機物を第二工程の容器の中へ抽出する。第二工程への抽出方法は、水を貯留した第二工程の容器の中に第一工程の有機物を容器(袋状ネット等)ごと浸す、または第一工程の有機物に水をかけて洗浄し、第二工程の容器に流す、またはポンプ等で第二工程の容器の中の水または養液を第一工程の有機物にかけて洗浄し、第二工程の容器に流す(循環する)、またはこれらを組み合わせる。一例としては、ちょうどティーバッグでお茶を抽出するように無機成分と微小な有機物を抽出する。第二工程では、曝気することで硝化を促進するとともに有機物を無機化し、植物栽培用の養液を製造する。
【0023】
図1は湛液式水耕を、図2は、薄膜水耕(NFT)を利用した本発明の一実施形態の模式図である。第一工程は、袋状ネットの中に有機物を入れたもので、第二工程の容器には、図1では培養液を湛液、貯留した栽培ベッド、図2では栽培ベッドに給液する培養液を貯留した培養液タンクを用いている。
図1及び2の例では、第一工程の有機物を入れた袋状ネットを第二工程の容器の中に浸し、培養液をかけて洗浄し、無機成分と微小な有機物を抽出する。抽出は、培養液の電気伝導率が目標の値となるように行い、袋状ネットを第二工程の容器から引き上げて抽出を止める。引き上げた袋状ネットは、上に吊るすなどして、第一工程の有機物から滴る培養液を第二工程の容器に流す。有機物の無機化には、好気的条件を維持することが重要であるが、第一工程は、ネットであるため通気性が高いことの他、洗浄により有機物が撹拌されることや、抽出後は、吊るされた袋状ネットの中の有機物から培養液が流れ出て、有機物の中に空隙ができることから、簡易に好気的条件が維持できる。
【0024】
第二工程における養液の電気伝導率(EC)は、第一工程の有機物の施用量、抽出時間、洗浄する流量等を増減し、第一工程からの無機成分の抽出量を増減させて制御する。これまでの有機質肥料を利用した養液栽培の肥培管理は、ECによる濃度管理ができなかったが、本発明では、ECによる濃度管理が可能となり、肥料成分の量的管理に比べ、簡易に繊細な肥培管理が可能となる。
【0025】
本発明で用いる有機物には、栽培残渣、たい肥、ナタネ粕、食品残渣等が挙げられ、植物の生育に必要な肥料成分を含む有機物であれば利用可能であり、特に窒素成分を多く含むものが良く、これらの複数を組み合わせて利用することが可能である。有機物は、無機化を効率的に進めるため、粉砕や裁断するなど細かくして利用する。茎葉等の栽培残渣の利用では、乾燥して細かく砕いて利用すると体積が減り、保存も容易となり扱いやすいが、出荷できなかった果実のように水分が多く、乾燥が難しいものは、生のまま潰して利用する。
液状の有機物は、固体に吸収させてから袋状ネット等の通気性の高い袋または容器に入れ、第一工程として利用する。液体の有機物を吸収させる固体としては、ピートモスを含む市販の培養土などが挙げられ、水分を吸収して保持し、通気性が高く、緩衝能のあるものが良い。
C/N比が高く分解の遅い有機物を利用する場合は、C/N比の低い有機物と組み合わせて使用するか、尿素などの窒素肥料を添加して利用する。化学肥料を添加して、不足する肥料成分を補うことにより、有機物の中の他の肥料成分を有効に利用できる。
本発明で用いる水は、水道水、地下水、用水等、植物の生育や有機物を分解する微生物の働きを阻害するものでなければ利用できる。
【0026】
本発明により栽培できる植物は、果菜類、葉菜類、花き類等が挙げられ、一般に養液栽培されている植物であれば栽培が可能である。本発明によれば、ECによる肥培管理が可能となり、栽培期間が長く、繊細な肥培管理が必要な果菜類の栽培が容易となる。
【0027】
本発明が利用できる養液栽培装置は、湛液式水耕、薄膜水耕(NFT)、ロックウール耕等の固形培地耕(無機質)、ヤシ殻耕等の固形培地耕(有機質)、養液土耕等が挙げられ、一般に利用されている養液栽培装置であれば利用が可能である。
本発明では、培養液の配管の内側に微生物や有機物の層が形成しやすく、細い配管や小さな吐出口は目詰まりしやすい。このため、養液栽培装置のうち、太い配管だけで利用可能な湛液式水耕や薄膜水耕(NFT)が望ましい。また、湛液式水耕や薄膜水耕(NFT)は、固形培地耕や養液土耕に比べ、EC値の変化に対する植物の反応が顕著で、EC管理により生育を制御しやすい。
【実施例0028】
以下、実施例と試験例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例や試験例に限定されるものではない。
【実施例0029】
実施例1 トマト栽培残渣(茎葉)を有機質肥料として利用した養液の作製
有機質肥料として利用する栽培残渣は、栽培管理で摘葉する下葉及び腋芽と栽培後の茎葉で、通風乾燥機(70℃)で乾燥し、手で細かく砕いて利用した。第一工程では、茎葉500gを袋状ネット(市販の10kg用玉ねぎネット(口幅35cm×奥行60cm))に入れ、水をかけて湿らせ、温室内に静置し、微生物の作用により茎葉を無機化した。
【0030】
第二工程では、水道水を湛液、貯留した植物の栽培ベッド(120×345cmの湛液式水耕プラントで、ボールタップを用いて深さ10cmとなるよう水道水を自動給水)の中に、水で湿らせてから6日後の茎葉の入った袋状ネットを1時間浸漬し、ポンプを用いて10秒間、栽培ベッドの水を茎葉にかけて洗浄し(流量は25L/分)、無機成分と微小な有機物を抽出した。栽培ベッドの曝気は、ポンプで水を循環させ、その配管に空気混入器を取り付けて行った。曝気することで、硝化を促進するとともに有機物を無機し、植物栽培用の養液を製造した。
【0031】
第二工程の養液の電気伝導率(EC)は、電気伝導率計(ES-71、(株)堀場製作所)を用い、アンモニウムイオン濃度は、イオンメーター(D-70、複合形アンモニア電極5002S-10C、(株)堀場製作所)を用い、亜硝酸イオン濃度及び硝酸イオン濃度は、小型反射板式光度計(RQフレックス、亜硝酸テスト(測定レンジ0.5‐25.0mg/L)、硝酸テスト(測定レンジ5‐225mg/L))を用いて測定した。
養液のECとアンモニウムイオン、亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度の測定結果は、表1のとおりであった。養液中にアンモニアが多いと、植物に過剰障害が発生しやすいが、抽出日から8日後の養液は、抽出日から1日後と比べ、アンモニウムイオン濃度が低く、ECと硝酸イオン濃度が高くなった。第二工程において硝化化成と有機物の無機化が進み、植物栽培用の養液として利用可能であった。
【表1】
【試験例1】
【0032】
試験例1 栽培残渣(茎葉)を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培試験
試験区は、有機質肥料としてトマト栽培残渣(茎葉)を用いた有機質肥料区と、対照として化学肥料(園試処方)を用いた化学肥料区を設定した。
有機質肥料として用いた栽培残渣(茎葉)は、実施例1と同様で、第一工程における無機化の方法も同様の方法で行った。第一工程は、乾燥した茎葉500gを袋状ネット(10kg用玉ねぎネット)の中に入れ、水で湿らせて静置し、茎葉を無機化した。第二工程は、実施例1と同様の栽培ベッド(湛液式水耕プラント)を用い、水で湿らせてから8日後(定植日から12日前)の茎葉の入った袋状ネットを栽培ベッドに1時間浸漬し、ポンプを用いて15秒間、栽培ベッドの中の水を茎葉にかけて洗浄(流量は25L/分)した。その後、定植日から9日前と7日前に、それぞれ5秒間、茎葉を洗浄し、無機成分と微小な有機物を抽出した。
【0033】
トマト(品種‘桃太郎ヨーク’)は、市販培養土を入れた育苗箱(50×35cm)に播種し、13日後に本葉1枚程度に成長した苗を培養土から取り出し、化学肥料区の栽培ベッド(湛液式水耕プラント)に仮植した。本試験例では、仮植から定植まで化学肥料を用いた培養液で栽培したが、本発明の方法による有機物を有機質肥料として用いた培養液でも問題はない。有機質肥料区の定植は、仮植日から9日後で、最初の抽出日から12日後の栽培ベッドへ行い、栽植本数は、両区とも1ベッド当たり18株とし、第10果房まで収穫した。
有機質肥料区では、鉄欠乏症の発生を防ぐため、栽培期間中の計18回、キレート鉄を含む微量要素入り肥料(OATハウス5号)を5g/ベッドずつ施用した。
【0034】
トマト定植後の有機質肥料区の培養液の電気伝導率(EC)は、生育段階と生育状態に応じ、袋状ネットの中への茎葉の追加施用量と、袋状ネットの中の茎葉に培養液をかけて洗浄し(流量は25L/分)、無機成分と微小な有機物を抽出する時間(抽出時間)により制御した。茎葉の追加施用は、100または200gずつ行い、茎葉の合計の施用量は13.7kg/ベッドであった(図3)。定植後の抽出時間は、図4のとおりで、最初は短く、徐々に長くした。図5及び6は、袋状ネットの中の茎葉に培養液をかけ、洗浄する様子である。
最初の抽出は、袋状ネットを栽培ベッドに1時間浸漬後に洗浄を行ったが、それ以降の抽出は、洗浄する時だけ袋状ネットを栽培ベッドに浸漬した。また、最初の抽出は、茎葉を袋状ネットに入れ、水で湿らせて8日間静置後に行ったが、その後、茎葉を施用する時は、抽出が毎日となることが多いため、茎葉を施用して直ぐに抽出を行い、2つの無機化の工程を同時に行った。定植後に茎葉を施用する時の培養液は、硝化反応が活発な微生物生態系が構築されていることや、トマトが肥料成分を速やかに吸収していることから、茎葉を追加施用して直ぐに抽出を行っても問題はない。
【0035】
袋状ネットの中の茎葉は、分解するとともに、抽出により微小な有機物が流出するが、茎葉を加えていく徐々に多くなることから、1つの袋状ネットに入れる茎葉の累計は1,000gまでとし、それ以降は新たな袋状ネットに茎葉を施用した。抽出する袋状ネットは2つまでで、古い順に袋状ネットの中の茎葉は廃棄した。抽出は、新しい茎葉の入った袋状ネットから1つずつ行い、抽出後の袋状ネットは、滴る培養液が栽培ベッドの中に入るように栽培ベッドの上に吊るし、静置した(図7及び8)。
なお、図4の抽出時間は、2つある袋状ネットのうち、新しく茎葉を入れた袋状ネットへの時間で、もう一方の古い茎葉の入った袋状ネットへの抽出時間は、抽出してもEC値の変動幅が小さいことから、定植日から54日後までは15~60分、それ以降は夜間の約半日、栽培ベッドに浸漬し、曝気と同時に抽出を行った。
【0036】
有機質肥料区の培養液中のアンモニウムイオン濃度は、定植日は4.8mg/Lで、定植日から9日後は、0.8mg/Lに低下した(表2)。亜硝酸イオン濃度は、定植日は3.9mg/Lで、定植日から9日後以降は、検出限界以下であった(表3)。硝酸イオン濃度は、定植日は68mg/Lで、定植日から13日後は18mg/L低下した。定植日から15日後以降の硝酸イオン濃度は、検出限界以下の日が多かったが、低温寡日照期となる定植日から109、119及び134日後(12月31日、1月10日及び1月25日)では、それぞれ41、53及び10mg/Lであった。
トマトの成長が進むと培養液中のアンモニウムイオン、亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度は、検出限界以下や、低い値が多いことから、培養液の中で硝化反応が活発な微生物生態系が構築され、無機態窒素は、トマトに速やかに吸収されているものと考えられた。
【0037】
抽出後のEC値(抽出開始2時間後)と抽出前のEC値との差は、無機成分供給量の目安とし、抽出後のEC値と翌日の抽出前のEC値との差は、トマトの無機成分吸収量の目安とした。肥培管理の方法は、定植後、生育段階が進むにつれて無機成分の吸収量が多くなることから、吸収された無機成分を供給するため、生育段階が進むにしたがって抽出時間を長くするとともに、茎葉を追加施用してECの目標値を維持することになる。さらに生育段階が進み、生育を促進するには、無機成分を多く供給するため、ECの目標値を高く設定し、茎葉施用量(追加施用頻度)を多くすることになる。また、長期の栽培では、吸収されない無機成分が蓄積し、EC値は徐々に高くなることから、これまでと同等の無機成分を供給するには、ECの目標値を徐々に高く設定することになる。
【0038】
有機質肥料区の抽出前のECの目標値は、定植日から37日後までは0.40~0.50dS/m、それ以降は徐々に目標値を高くした。定植日から174日後以降は、目標値を1.8dS/mとし、茎葉施用量と抽出時間により、概ね目標としたEC値に制御することができた(図9)。図10は、有機質肥料区の定植日から46~56日後における袋状ネットの中へ追加する茎葉施用量、抽出時間及び抽出前後のEC値を示したグラフで、この期間は、抽出前のECの目標値を0.7dS/mとしたが、茎葉の追加施用の有無と抽出時間により、概ね目標としたEC値に制御することができた。
【表2】
【表3】
【0039】
トマト栽培では、生育初期は、過繁茂とならないよう肥料成分の吸収を抑えるため、肥料の施用量を少なくし、果実肥大期から収穫期の着果負担が大きい時期は、肥料成分の吸収量を多くするため、肥料の施用量を多くすることになる。抽出後のEC値と抽出前のEC値との差は、定植日から1~20日後の期間は0.021で、定植日から21日後以降の期間では、0.048~0.069であった(図11)。抽出によるEC値の上昇幅は、生育初期は小さく、着果負担の大きくなる第3花房の開花期(定植日から35日後)以降の期間では、上昇幅が大きくなり、0.05程度で推移したことから、本試験例では、栽培期間を通して茎葉が効率よく無機化され、トマトの生育に応じて無機成分の供給量を制御できたものと考えられた。
抽出後のEC値と翌日の抽出前のEC値との差は、定植日から1~20日後の期間は0.026で、定植日から21日後以降の期間では、0.033~0.053であった(図12)。EC値の低下幅については、定植日から101~120日後の期間では、前後の期間と比べ、やや値が小さくなっており、この時期は硝酸イオンも検出された。その後の期間では、硝酸イオンは、検出限界以下となり、EC値の低下幅が大きくなることや、栽培期間中の生育は良好であったことから、本試験例では、問題となる肥料成分吸収量の減少はなかったものと考えられた。
【0040】
本試験例では、本発明の方法により茎葉を効率よく無機化でき、鉄以外の必要な肥料成分を供給できることが推定された。なお、鉄欠乏症の発生を防ぐために使用したキレート鉄を含む微量要素入り肥料(OATハウス5号)には、窒素、カリなどの肥料成分も含まれるが、これらの肥料成分の施用量については、茎葉に含まれ施用された量に比べ微量であることから、鉄以外の肥料成分は、茎葉だけで供給できることが考えられる。
本試験例では、多量要素の肥料成分を不足なく供給できたが、有機物の種類等によっては、特定の肥料成分が不足し、生育が悪くなることがある。脱窒により失われることもある窒素は、植物の栄養成長にとって重要で、不足しやすい肥料成分である。窒素の不足により、抽出後のEC値の低下幅が小さくなった場合は、有機物の施用量を多くするなどして、抽出によるEC値の上昇幅を大きくするか、尿素などの窒素肥料で補うと、抽出後のEC値の低下幅が大きくなり、良好な生育を維持できる。
【0041】
有機質肥料区の収量は、6,822g/株で、化学肥料区の7,172g/株と同程度であった(表4)。本発明の方法により、トマト栽培残渣を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培において、従来の化学肥料を利用した養液栽培と同程度の収量を得ることが可能であった。
【表4】
【0042】
有機質肥料区の第3、6、8及び10果房下の茎径は、化学肥料区に比べ小さかった(表5)。化学肥料区では生育初期に草勢がやや強すぎたが、有機質肥料区では草勢が強すぎることはなかった。本試験例は、栽培期間が約7か月間と長かったが、図6及び8のとおり生育は良好で、有機質肥料を利用したトマトの養液栽培において、ECによる生育制御が可能であった。
【表5】
【0043】
有機質肥料区の8、9果房の果実糖度は、5.8°で、化学肥料区の5.3°に比べ高かった(表6)。有機質肥料区のトマトの食味は、いずれの果房段位も化学肥料区に比べ明らかに旨味を感じ、食味の評価が高かった。また、有機質肥料区では、トマト栽培で問題となる尻腐れ果、空洞果などの障害果の発生は少なく、可販果率は98%と高かった。
【表6】
【0044】
本発明の方法によるトマト栽培残渣(茎葉)を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培では、これまで有機質肥料を利用した養液栽培では難しかったECによる肥培管理が可能で、従来の化学肥料を利用した養液栽培と同程度の収量と同等以上の品質を得ることが可能であった。また、本発明の方法は、これまで廃棄物となっていた栽培残渣を肥料として利用でき、ゼロ・エミッションを目指すことできる養液栽培技術として期待できる。
【実施例0045】
実施例2 トマト果実と茎葉を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培
トマト栽培では、摘果した果実や販売に適さない果実等、大量の果実が廃棄されており、その有効利用が求められている(非特許文献1)。本実施例は、廃棄される果実の有効利用を図るため、果実を有機質肥料として用いた養液栽培を行った。本実施例は、試験例1の有機質肥料区と同時に同じ温室内の同様の栽培ベッドで実施し、定植日から84日後までは、同様の方法で栽培した。定植日から85日後以降は、茎葉とともにトマト果実を肥料として利用した。栽培管理は、肥料として用いた果実の他は、試験例1と同様に行った。本実施例で肥料として利用する果実は、廃棄される果実の有効利用を想定し、本実施例と試験例1で収穫した果実を用いた。
【0046】
果実は8等分程度に切り分け、調理用ボウルの中に入れ、手で潰してゲル状にしたものを、袋状ネットの中に施用した。袋状ネットの中への施用は、果汁が栽培ベッドの中に入るように、袋状ネットを栽培ベッドの中に入れて行い、直ぐに培養液を果実にかけて洗浄した。
茎葉は100gずつ、果実は1または2kgずつ、交互または同時に同じ袋状ネットの中に施用した。1つの袋状ネットの中に施用する茎葉の累計は600g、果実の累計は12kgまでとし、それ以降は新たな袋状ネットに茎葉と果実を施用した。洗浄する茎葉と果実を入れた袋状ネットは、試験例1と同様に2つまでで、古い順に袋状ネットの中の茎葉と果実は廃棄した。
【0047】
茎葉施用量と果実施用量の累計は、それぞれ10.2kg/ベッドと102kg/ベッドであった(図13)。電気伝導率(EC)は、図14のとおり、徐々に洗浄前のEC値が高くなるように、茎葉と果実の施用量により制御した。
【0048】
収量は、6,387g/株、果数は37.2個/株であった(表7)。茎径は11.2~17.6mmで、生育は良好であった。第8、7果房の果実糖度は、6.5°と高く、食味も良好であった(表8)。また、障害果の発生は少なく、可販果率は99%と高かった。
トマト果実を有機質肥料として利用した本実施例では、化学肥料を用いた慣行の養液栽培(試験例1の化学肥料区)と同程度の収量や同等以上の果実品質を得ることができ、生育も良好であったことから、本発明の方法により、廃棄されるトマト果実を有機質肥料として、養液栽培に有効利用できることが推定される。
【表7】
【表8】
【試験例2】
【0049】
試験例2 栽培残渣(茎葉)を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培における過リン酸石灰の添加試験
試験区は、有機質肥料として利用したトマト栽培残渣(茎葉)に過リン酸石灰(過石)混和の有無と、2段階の茎葉施用量(2段階のECの目標値)を組み合わせた過石無・EC▲1▼区、過石無・EC▲2▼区、過石有・EC▲1▼区及び過石有・EC▲2▼区の4区(有機質肥料利用区)と、対照として化学肥料(OATアグリオ株式会社、大塚ハウスA処方)を用いた化学肥料区の5区を設定した。
本発明の肥培管理は、ECによる培養液の濃度管理を行うことから、肥料となる茎葉施用量が過石無区と過石有区で異なることが考えられる。このため、本試験例では、過石無区と過石有区において、EC▲1▼区とEC▲2▼区を2段階の同じEC値で管理することにより、それぞれ2段階の茎葉施用量で栽培し、過リン酸石灰の添加がトマトの生育・収量に及ぼす影響を検討した。EC▲1▼区とEC▲2▼区のECの目標値は、その差を0.2dS/mとし、いずれの区も良好な生育となるように茎葉の施用量(追加施用する頻度)により制御した。栽培期間中の過石無・EC▲1▼区、過石無・EC▲2▼区、過石有・EC▲1▼区及び過石有・EC▲2▼区の茎葉施用量は、それぞれ3.1、3.6、3.6及び4.3kg/ベッドであった(図15)。
【0050】
過リン酸石灰は、添加量を乾燥した茎葉100g当たり4gとし、茎葉と混和して利用した。有機質肥料として用いた茎葉は、実施例1と同様で、第一工程における無機化の方法も同様の方法で行った。第一工程は、茎葉500gを袋状ネット(10kg用玉ねぎネット(35cm×60cm))の中に入れ、水で湿らせて静置し、茎葉を無機化した。第二工程は、実施例1と同様の栽培ベッド(湛液式水耕プラント)を用い、水で湿らせてから6日後の茎葉の入った袋状ネットを栽培ベッドに1時間浸漬し、ポンプを用いて10秒間、栽培ベッドの中の水を茎葉にかけて洗浄し(流量は25L/分)、無機成分と微小な有機物を抽出した。
【0051】
トマト(品種‘桃太郎ヨーク’)は、市販培養土を入れた育苗箱(50×35cm)に播種し、13日後に本葉1枚程度に成長した苗を培養土から取り出し、化学肥料区の栽培ベッド(湛液式水耕プラント)に仮植した。本試験例では、仮植から定植まで化学肥料を用いた培養液で栽培したが、本発明の方法による有機物を有機質肥料として用いた培養液でも問題はない。有機質肥料利用区の定植は、仮植日から8日後に、最初の抽出日から8日後の栽培ベッドへ行い、栽植本数は、いずれの区も1ベッド当たり16株とし、3段摘心栽培を行った。
有機質肥料利用区では、鉄欠乏の発生を防ぐため、栽培期間中の計4回、キレート鉄を含む微量要素入り肥料(OATハウス5号)を5g/ベッドずつ施用した。
【0052】
トマト定植後の有機質肥料利用区の培養液のECは、生育段階と生育状態に応じ、袋状ネットの中への茎葉の追加施用と袋状ネットに入れた茎葉に培養液をかけて洗浄し、無機成分等を抽出する時間(抽出時間)により制御した。茎葉の追加施用は、目標とするEC値となるよう100gずつ行った。
洗浄する培養液の流量は25L/分で、抽出時間は、各試験区とも同じで、図16のとおり、最初は短く、徐々に長くした。最初の抽出は、袋状ネットを栽培ベッドに1時間浸漬後に洗浄を行ったが、それ以降の抽出は、洗浄する時だけ袋状ネットを栽培ベッドに浸漬した。また、最初の抽出は、茎葉を袋状ネットに入れ、水で湿らせて6日間静置後に行ったが、その後、茎葉を施用する時は、抽出が毎日となることが多いため、茎葉を施用して直ぐに抽出を行い、2つの無機化の工程を同時に行った。
【0053】
袋状ネットの中の茎葉は、分解するとともに、抽出により微小な有機物が流出するが、茎葉を加えていく徐々に多くなることから、1つの袋状ネットに入れる茎葉の累計は、1,000gまでとし、それ以降は新たな袋状ネットに茎葉を施用した。抽出する袋状ネットは2つまでで、古い順にネットの中の茎葉は廃棄した。抽出は、新しい茎葉の入った袋状ネットから1つずつ行い、抽出後の袋状ネットは、滴る培養液が栽培ベッドの中に入るように栽培ベッドの上に吊るし、静置した。
なお、図16の抽出時間は、2つある袋状ネットのうち、新しく茎葉を入れた袋状ネットへの時間で、もう一方の古い茎葉の入った袋状ネットは、抽出してもEC値の変動幅が小さいことから、抽出時間は60分とした。
【0054】
有機質肥料利用区の培養液中のアンモニウムイオン濃度は、定植日から7日前(最初の抽出日から1日後)は6.1~8.7mg/Lで、定植日(最初の抽出日から8日後)は0.2~3.4mg/Lと低くなり、定植日から8日後は0.1mg/L以下に低下した(表9)。亜硝酸イオン濃度は、定植日は1.8~3.1mg/Lで、定植日から8日後以降は検出限界以下であった(表10)。硝酸イオン濃度は、定植日から7日前は41~57mg/L、定植日は82~120mg/Lで、定植日から28日後以降は低く、検出限界以下の日が多かった(表11)。
トマトの成長が進むと培養液中のアンモニウムイオン、亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度は、検出限界以下や、低い値が多いことから、培養液の中で硝化反応が活発な微生物生態系が構築され、無機態窒素は、トマトに速やかに吸収されているものと考えられた。
【表9】
【表10】
【表11】
【0055】
各区のECの推移は、図17のとおりである。抽出前のECの目標値は、徐々に高くし、EC▲1▼区とEC▲2▼区との差が0.2程度となるように設定した。定植日から62~80日後は、EC▲1▼区とEC▲2▼区のECの目標値をそれぞれ0.9dS/mと1.1dS/mとし、抽出時間と追加する茎葉の有無を調整することで、いずれの区も目標とする値に制御することができた。
EC▲2▼区は、EC▲1▼区に比べ、定植日から21~40日後の期間で、抽出によるEC値の上昇幅(抽出後(抽出開始2時間後)のEC値-抽出前のEC値)が大きかった(図18)。EC値の低下幅(抽出後のEC値-翌日の抽出前のEC値)は、いずれの区も定植日から41~60日後の期間で大きかった(図19)。過リン酸石灰の添加がEC値の低下幅に及ぼす影響については、明らかでなかった。
【0056】
有機質肥料利用区の収量は、1,406~1,517g/株で、ECの目標値や過リン酸石灰添加の有無による差は少なかった(表12)。また、有機質肥料利用区の収量は、化学肥料区の収量1,472g/株と同程度であり、本発明の方法により、トマト茎葉を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培において、従来の化学肥料を利用した養液栽培と同程度の収量を得ることが可能であった。
【表12】
【0057】
有機質肥料利用区の第3果房下の茎径は、8.4~8.9mmで、化学肥料区の10.0mmに比べやや小さかった(表13)。いずれの区も過繁茂や草勢が低下することはなく、生育を良好に維持できた。
【表13】
【0058】
有機質肥料利用区の果実糖度は、化学肥料区と同程度であった(表14)。有機質肥料利用区のトマトの食味は、化学肥料区に比べ明らかに旨味を感じ、いずれの果房段位も食味の評価が高かった。
【表14】
【0059】
有機質肥料利用区では、収量は化学肥料区と同程度で、品質は同等以上であり、生育は良好に維持できたことから、過リン酸石灰添加の有無に関わらず、茎葉を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培において、ECによる肥培管理が可能であった。
また、トマト栽培では、生育段階や栽培時期により肥培管理が異なり、生育状態を観察しながら繊細な肥培管理が要求されるが、本試験例では、簡易に2段階のEC値を制御できたことから、本発明の方法により繊細な肥培管理が簡易にできることが推定される。
【0060】
過リン酸石灰の添加については、過リン酸石灰の有無によりトマトの収量や生育に差はなく、過リン酸石灰を茎葉に混和して利用することに問題はなかった。本試験例では、過リン酸石灰を添加しなくとも悪臭の発生がなかったことから、本試験例の方法によりトマト茎葉を利用した場合は、過リン酸石灰を添加する必要はなかった。
本試験例とは別に、ナタネ油粕や鰹煮汁を有機質肥料として利用したトマト、リーフレタス及びミツバの養液栽培を検討した。この時は、これら有機物に過リン酸石灰を添加せずに無機化を行うと悪臭が発生したが、これら有機物に過リン酸石灰を混和して無機化を行うと、悪臭の発生を抑えて栽培できたことから、有機物の種類によっては過リン酸石灰の添加は必要であった。また、トマト茎葉を用いた場合でも、栽培規模等、栽培条件により悪臭が発生する場合は、過リン酸石灰の混和が有効な悪臭防止方法になることが考えられる。
【実施例0061】
実施例3 第一工程の有機物の抽出時間と交換時期による培養液の電気伝導率(EC)の制御方法
試験例1及び2では、抽出時間と袋状ネットに茎葉を追加施用することによりEC値を制御した。本実施例では、トマト栽培残渣(茎葉)を有機質肥料として利用したトマトの養液栽培において、袋状ネットに茎葉を入れる作業を減らすため、袋状ネットに茎葉を追加施用せず、抽出時間と茎葉の入った袋状ネットの交換時期によりEC値を制御した。
【0062】
養液栽培装置は、図2の模式図の薄膜水耕(NFT)で、第一工程は、実施例1と同様で、袋状ネット(10kg用玉ねぎネット(35cm×60cm))に乾燥した茎葉を入れ、水をかけて湿らせ、有機物を無機化した。第二工程の容器には、栽培ベッドに給液する培養液を貯留した培養液タンクを用い、第一工程から無機成分と微小な有機物を抽出し、曝気することで、硝化を促進するとともに有機物を無機化した。培養液タンクの曝気は、ポンプで水を循環させ、その配管に空気混入器を取り付けて行った。培養液タン
した。
【0063】
最初の第一工程は、袋状ネットの中に茎葉500gを入れ、水道水をかけて湿らせ、温室内に静置した。その後、水で湿らせてから9日後の茎葉を入れた袋状ネットを、第二工程とした培養液タンクの中に浸漬し、ポンプを用いて1分間、培養液タンクの中の水を茎葉にかけて洗浄し(流量は25L/分)、無機成分と微小な有機物を抽出した。なお、2つ目の袋状ネットからは、袋状ネットに茎葉(500~800g)を入れて直ぐに抽出を行い、2つの無機化の工程を同時に行った。
【0064】
トマト(品種‘桃太郎ヨーク’)は、市販培養土を入れた育苗箱(50×35cm)に播種し、13日後に本葉1枚程度に成長した苗を培養土から取り出し、最初の抽出日から4日後の培養液タンクに仮植した。定植は、仮植日から11日後(最初の抽出日から15日後)にNFTの栽培ベッドに行った。NFTの栽培ベッドは、幅30cm、高さ10cm、長さ9.9m、勾配1/45で、2ベッドを用い、各ベッド40株、合計80株を定植した。
【0065】
培養液のECは、仮植日(最初の抽出日から4日後)は0.46dS/mで、定植日(最初の抽出日から15日後)は0.43dS/mであった(表15)。培養液中にアンモニアや亜硝酸が蓄積すると、過剰障害が出やすいが、仮植日は、洗浄日から4日後であったが、これらの値は低かった。仮植日の培養液は、アンモニウムイオンや亜硝酸イオン濃度に比べ、硝酸イオン濃度が高く、植物栽培用養液として利用することが可能であった。
【表15】
【0066】
トマト定植後の培養液のECは、抽出時間と新しい茎葉の入った袋状ネットの交換時期により制御した。新しい茎葉の入った袋状ネットへの交換は、抽出時間を長くしてもEC値の上昇の幅が小さくなった時に行った。抽出する袋状ネットは4つまでとし、新しい茎葉の入った袋状ネットに交換する時に、古い順に袋状ネットの中の茎葉を廃棄した。抽出後の袋状ネットは、滴る培養液が培養液タンクの中に入るように培養液タンクの上に吊るし、静置した。新しい茎葉の入った袋状ネットへの抽出時間は、最初は短くし、順次、長くした。古い茎葉の入った3つの袋状ネットは、抽出してもEC値の変動幅が小さいことから、約半日、培養液タンクに浸漬し、曝気と同時に抽出を行った。
【0067】
図20は、定植日から103~120日後における抽出時間、抽出前後のEC値及び新しい茎葉の入った袋状ネットに交換する日を示したグラフである。この時期の抽出前のECの目標値は、1.9dS/mから2.2dS/mへ徐々に大きくなるように設定した。抽出時間は、新しい茎葉の入った袋状ネットへの時間で、新しい茎葉を入れた袋状ネットに交換した定植日から103日後は、抽出時間を2分とし、定植日から104、105、106及び107日後は、それぞれ2、5、60及び180分と順次、抽出時間を長くした。定植日から107日後の抽出前のEC値は、前日の抽出前のEC値より低く、180分と長い時間抽出を行ってもEC値の上昇の幅が小さいため、翌日の定植日から108日後に新しい茎葉の入った袋状ネットに交換した。この期間は、同様の抽出方法を繰り返すことにより、目標とするEC値へ徐々に大きくなるように制御することができた。
【0068】
本実施例では、抽出時間と新しい茎葉の入った袋状ネットへの交換時期を調整することで、試験例1及び2と同様にECを制御できた。この方法は、袋状ネットに茎葉を最初に入れるだけで、試験例1及び2のように袋状ネットに茎葉を追加施用する作業がなく、EC値を制御できることから、より簡易にEC管理ができることが推定される。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、簡易な方法で悪臭の発生を抑制して、有機物を効率的に無機化することにより、有機物を用いた養液栽培用の養液を簡易に製造でき、従来の化学肥料を用いた養液栽培と同等の収量と品質が得られる。また、有機質肥料を利用した養液栽培において電気伝導率(EC)による濃度管理が可能となり、繊細な肥培管理を簡易に行うことが期待でき、有機物を有機質肥料として利用する養液栽培の普及を促進することができる。
さらに、本発明は、有機物の有効利用による循環型社会への貢献ができるとともに、栽培残渣を有機質肥料として利用できることから、ゼロ・エミッションの養液栽培を可能とする技術として期待できる。
図1
図2
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図4
図5
図6
図7
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図9
図10
図11
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図19
図20