(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022043373
(43)【公開日】2022-03-16
(54)【発明の名称】大脳皮質細胞からのL1CAM陽性細胞の取得およびその細胞製剤としての使用
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20220309BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20220309BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20220309BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20220309BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220309BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20220309BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20220309BHJP
A61P 25/16 20060101ALI20220309BHJP
A61P 25/14 20060101ALI20220309BHJP
A61P 25/08 20060101ALI20220309BHJP
C12N 5/0793 20100101ALI20220309BHJP
C12N 5/0797 20100101ALI20220309BHJP
C12N 1/02 20060101ALI20220309BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20220309BHJP
【FI】
C12N5/079 ZNA
A61P25/28
A61K35/30
A61K35/545
A61P9/10
A61P25/00
A61P9/00
A61P25/16
A61P25/14
A61P25/08
C12N5/0793
C12N5/0797
C12N1/02
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2018247960
(22)【出願日】2018-12-28
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Pluronic
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「パーキンソン病、脳血管障害に対するiPS細胞由来神経細胞移植による機能再生治療法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 淳
(72)【発明者】
【氏名】佐俣 文平
(72)【発明者】
【氏名】佐野 徳隆
【テーマコード(参考)】
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AC12
4B065AC20
4B065BA02
4B065BA25
4B065BD14
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA04
4C087BB45
4C087BB63
4C087MA17
4C087MA66
4C087NA14
4C087ZA01
4C087ZA02
4C087ZA06
4C087ZA15
4C087ZA16
4C087ZA36
(57)【要約】
【課題】大脳皮質障害の治療に有用な細胞を大脳皮質細胞から簡便に分離する方法を提供することである。
【解決手段】哺乳動物由来の大脳皮質細胞から細胞表面マーカーL1CAMを指標にしてL1CAM陽性細胞を分離し回収することを含むL1CAM陽性細胞を取得する方法、この方法によって得られるL1CAM陽性細胞、この細胞を含む大脳皮質障害を治療するための細胞製剤、ならびに、大脳皮質障害をもつ被経験体の大脳皮質に製剤を投与することを含む大脳皮質障害の治療方法。
【選択図】
図6D-H
【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物由来の大脳皮質細胞から、細胞表面マーカーL1CAMを指標にしてL1CAM陽性細胞を分離し回収することを含むことを特徴とする、L1CAM陽性細胞を取得する方法。
【請求項2】
前記大脳皮質細胞が、哺乳動物由来の多能性幹細胞から分化誘導された大脳皮質細胞であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記L1CAM陽性細胞が、L1CAM陽性神経前駆細胞および/またはL1CAM陽性成熟神経細胞を主な成分として含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記L1CAM陽性細胞が、分化誘導期間が異なる初期、中期または後期L1CAM陽性細胞であることを特徴とする、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記L1CAM陽性細胞が、被験体の大脳皮質に投与されたとき、軸索伸長を起こし、かつ軸索を錐体交叉に投射することを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記L1CAM陽性細胞が、被験体の大脳皮質に投与されたとき、脳脊髄運動ニューロンを生成することを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記分離を、セルソーティングによって行うことを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の方法によって得られること、L1CAM陽性神経前駆細胞および/またはL1CAM陽性成熟神経細胞を主な成分として含み、かつ幹細胞を含まないこと、ならびに、被験体の大脳皮質に投与されたとき、軸索伸長を起こし、かつ軸索を少なくとも錐体交叉に投射する、および脳脊髄運動ニューロンを生成することを特徴とするL1CAM陽性細胞。
【請求項9】
NRP1陽性細胞を含む細胞集団であることを特徴とする、請求項8に記載のL1CAM陽性細胞。
【請求項10】
CTIP2陽性深層ニューロン(CTIP2+DLN)および/またはCTIP2+DLN前駆細胞であることを特徴とする、請求項8または9に記載のL1CAM陽性細胞。
【請求項11】
請求項8~10のいずれか1項に記載のL1CAM陽性細胞を有効成分として含むことを特徴とする、大脳皮質障害を治療するための細胞製剤。
【請求項12】
大脳皮質障害をもつ被験体の大脳皮質障害部位に、請求項11に記載の細胞製剤を投与することを含むことを特徴とする、被験体の大脳皮質障害を治療する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大脳皮質細胞からのL1CAM陽性細胞の取得方法に関する。
本発明はまた、上記L1CAM陽性細胞を含む、大脳皮質障害を治療するための細胞製剤に関する。
本発明はさらに、上記L1CAM陽性細胞を被験体に投与することを含む、大脳皮質障害を治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞移植による皮質脊髄路(corticospinal tract、CST)の再構築は、脳障害や脳卒中の治療法の一つである。報告された研究によると、胚性皮質が移植された脳障害または中大脳動脈閉塞症モデルラットで行動の改善が観察された(非特許文献1~4)。さらに、逆行性ラベル法(retrograde label approach)によって、胚性皮質が成体脳内の損傷を受けた運動回路を再構築することができることが示された(非特許文献5)。最近、皮質ニューロンが、マウス胚性幹細胞(mESC)およびヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)から皮質細胞生成を反復することによって樹立されている(非特許文献6および7)。これらのニューロンが前頭皮質に移植されたときには、ニューロンは複数の皮質標的に相当する軸索を生じさせて宿主の脳に組み込まれる。このため、CSTの再構築は、脳障害や脳卒中の基本的治療戦略として期待されている。しかしながら、哺乳類の大脳皮質は、組織学的に遠位の6つの層に組織化された莫大な数のニューロンとグリア細胞から構成されている。このために、細胞療法を開発するうえで2つの課題がある。第1の課題は、効能である。胎児性皮質が脳の運動野に投与されたとき、生着細胞のほとんどが脳の皮質下標的内に分布する(非特許文献8)。一方、錐体交叉などの皮質下標的に達するための神経線維はほとんどまたは全く存在しない。第2の課題は、安全性である。移植されたhiPSCから誘導される腫瘍形成や神経細胞過剰増殖のリスクがある。これらの課題を克服するためには、大脳下投射ニューロン(SCPN)や移植前前駆細胞の細胞選択のための技術を開発する必要がある。
【0003】
特許文献1には、細胞表面マーカー(例えば、CRCX4、CRCX7、ERBB4、PLXNA4など)を発現するヒト皮質組織から調製した神経前駆細胞が、細胞選別による濃縮(富化)および培養の後にin vitroでGABAを発現および分泌すること、ヒトESCからMGE型介在ニューロンを誘導し、細胞選別技術を用い、対象とする神経前駆体に関してさらに富化すること、ならびに、hES細胞由来の神経前駆細胞をマウス脳に移植すると生着し、高いレベルのGABAを分泌することを確認したことが記載されている。
【0004】
また、非特許文献9では、マウス胚性皮質から単離された大脳下投射ニューロンが、ニューロピリン(neuropilin)-1(NRP1)に対する中間層(IZ)マーカーを用いる細胞選別によって濃縮可能であることが報告されている。NRP1は、アフリカツメガエルのおたまじゃくしの視蓋(optic tectum)に見いだされ、軸索発芽の初期ステージに必須であるセマホリン(semaphorin)III受容体である(非特許文献10)。非特許文献9はさらに、CSMN前駆体がNRP1+細胞集団中に含まれており、その結果、障害を受けた運動回路はNRP1+細胞の注入(投与)によって再構築されうることを報告している。
【0005】
さらにまた、非特許文献11には、ヒト多能性幹細胞から分化誘導された大脳皮質ニューロンが、移植後、成体マウス損傷皮質内に領野特異的に、軸索投射、シナプス形成などの機能をもって組み込まれることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Plumet J et al., Restorative neurology and neuroscience 6:9-27, 1993
【非特許文献2】Riolobos AS et al., Neurobiology of learning and memory 75:274-292, 2001
【非特許文献3】Grabowski M et al., Exp Neurol 133:96-102, 1995
【非特許文献4】Mattsson B et al., Stroke 28:1225-1231, 1997
【非特許文献5】Gaillard A et al., Nat Neurosci 10:1294-1299, 2007
【非特許文献6】Gaspard N et al., Nature 455:351-357, 2008
【非特許文献7】Espuny-Camacho I et al., Neuron 77:440-456, 2013
【非特許文献8】Ballout N et al., Frontiers in neural circuits 10:55, 2016
【非特許文献9】Sano N et al., Frontiers in cellular neuroscience 11:123, 2017
【非特許文献10】Fujisawa H, Journal of neurobiology 59:24-33, 2004
【非特許文献11】Espuny-Camacho I et al., Cell Rep. 23(9):2732-2743, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
移植により生着し神経突起をホストで伸ばす大脳皮質細胞を認識する細胞抗原を利用して得られた、障害のある大脳皮質に対する補充療法が可能となる、かつ大脳皮質細胞由来の実用性の高い神経細胞集団はこれまで知られていない。
【0009】
例えば非特許文献11には、天然の皮質組織から分離された、あるいは、ヒトを含む哺乳類細胞由来iPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導された、移植によりホストの脳内で生着し軸索/神経線維をホスト脳内の限局された領域内だけでなく遠方へも伸展する神経細胞集団は記載されていない。また非特許文献9では、マウス胚性皮質から単離された大脳下投射ニューロンからNRP1+細胞を選別したことが記載されているが、ヒトiPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導されたNRP1+細胞およびその効能については証明されていない。
【0010】
このような状況において、本発明者らは、今回、移植に適した大脳皮質細胞の遺伝子マーカーを鋭意探索したところ、複数の候補を見出し、そのなかで特にL1CAM(L1 cell adhesion molecule)を同定した。従来の大脳皮質細胞の分化誘導法により得られた細胞集団から当該マーカーを用いて、L1CAM陽性細胞を単離し、哺乳類ホストの脳内に移植したところ、生着して軸索を錐体交叉に投射することを可能にする細胞を単離することができた。従って、本発明は、移植に適した大脳皮質細胞を選別できる新規マーカーを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明者らは、今回、上記課題を解決するために、第1に、CTIP2が、グラフト(「移植片」ともいう。)から脊髄に投射する神経細胞マーカーの1つであることを見出した。第2に、本発明者らは、CTIP2:GFPノックイン(KI)マウス胚性幹細胞(mESC)を作製し、CTIP2+細胞(DLN(深層ニューロン;deep layer neuron)またはその前駆細胞)用の代替細胞表面マーカーとしてL1CAMを同定した。第3に、本発明者らは、大脳皮質細胞およびヒト大脳オルガノイドから誘導された(細胞集団である)L1CAM+細胞が哺乳類脳内への移植によって生着すること、ならびに、それらの軸索を脳内の限局された領域内だけでなく遠方へも伸展し異なる領域間での情報伝達を可能にすることを見出した。第4に、L1CAM+細胞は、NRP1陽性細胞を含む細胞集団である。
【0012】
本発明は、以下の特徴を包含する。
(1)哺乳動物由来の大脳皮質細胞から、細胞表面マーカーL1CAMを指標にしてL1CAM陽性細胞を分離し回収することを含むことを特徴とする、L1CAM陽性細胞を取得する方法。
(2)前記大脳皮質細胞が、哺乳動物由来の多能性幹細胞から分化誘導された大脳皮質細胞であることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3)前記L1CAM陽性細胞が、L1CAM陽性神経前駆細胞および/またはL1CAM陽性成熟神経細胞を主な成分として含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の方法。
(4)前記L1CAM陽性細胞が、分化誘導期間が異なる初期、中期または後期L1CAM陽性細胞であることを特徴とする、上記(2)または(3)に記載の方法。
(5)前記L1CAM陽性細胞が、被験体の大脳皮質に投与されたとき、軸索伸長を起こし、かつ軸索を錐体交叉に投射することを特徴とする、上記(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記L1CAM陽性細胞が、被験体の大脳皮質に投与されたとき、脳脊髄運動ニューロンを生成することを特徴とする、上記(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)前記分離を、セルソーティングによって行うことを特徴とする、上記(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)上記(1)~(7)のいずれかに記載の方法によって得られること、L1CAM陽性神経前駆細胞および/またはL1CAM陽性成熟神経細胞を主な成分として含み、かつ幹細胞を含まないこと、ならびに、被験体の大脳皮質に投与されたとき、軸索伸長を起こし、かつ軸索を少なくとも錐体交叉に投射する、および脳脊髄運動ニューロンを生成することを特徴とするL1CAM陽性細胞。
(9)NRP1陽性細胞を含む細胞集団であることを特徴とする、上記(8)に記載のL1CAM陽性細胞。
(10)CTIP2陽性深層ニューロン(CTIP2+DLN)および/またはCTIP2+DLN前駆細胞であることを特徴とする、上記(8)または(9)に記載のL1CAM陽性細胞。
(11)上記(8)~(10)のいずれかに記載のL1CAM陽性細胞を有効成分として含むことを特徴とする、大脳皮質障害を治療するための細胞製剤。
(12)大脳皮質障害をもつ被験体の大脳皮質障害部位に、上記(11)に記載の細胞製剤を投与することを含むことを特徴とする、被験体の大脳皮質障害を治療する方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、哺乳類脳内への細胞移植により軸索/神経線維を錐体交叉に投射/伸展することが可能な大脳皮質細胞を単離することができる。具体的には、本発明のマーカーL1CAMを用いて単離した細胞は、in vivoでの移植により脳皮質に生着し、軸索/神経線維を錐体交叉へ投射/伸展するため、脳皮質組織の障害を修復もしくは再生することが可能であり、本発明により、例えば脳梗塞や頭部外傷後に欠損した大脳皮質に対する補充療法が可能となることから、L1CAM陽性細胞を含む治療剤(細胞製剤)を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1A-C】この図は、皮質第V層内の位置を推定する生着したCTIP2
+細胞が長距離の皮質脊髄投射を伸ばすことを示す。パネルAは、2か月間にわたり成体マウスの皮質損傷部の腔(lesion cavity)内へE14.5 GFP KIマウス由来胚性皮質を移植したときの模式図である。パネルBは、GFP
+線維の神経分布によって示されるように、移植された細胞が生存し、かつ宿主脳内に広がっていることを示す。パネル中のスケールバーはそれぞれ、1,000μmおよび100μm(拡大図)を表す。パネルCは、GFP
+線維が脳梁(Cc)、内包(Ic)、橋(Po)、延髄(Mo)および錐体交叉(Pyx)内に見出されたことを示す。スケールバーは50μmを表す。
【
図1D-E】この図は、皮質第V層内の位置を推定する生着したCTIP2
+細胞が長距離の皮質脊髄投射を伸ばすことを示す。パネルDは、犠牲前7日目で移植した細胞が錐体交叉に投射し、同部位にファストブルー(Fast Blue;FB)を投与することでグラフト内に逆行性に標識されるFBが存在することを示す。皮質第V層内にGFP
+/FB
+CSMNが見出された。スケールバーは200μmを表す。パネルEは、抗GFP抗体(緑)および抗CTIP2抗体(赤)で染色されたグラフトの免疫蛍光像であり、またFB(青)は、GFP
+/FB
+CSMNが発現されたCTIP2を示す。スケールバーは、50μmを表す。
【
図2A-C】この図は、CTIP2:GFP KI mESC内でのレポーター発現の特徴を示す。パネルAは、mESCからの皮質分化の模式図である。パネルBは、胚様体様凝集塊の迅速再凝集を伴う無血清浮遊培養(SFEBq)によって培養された0日目~12目目のmESC凝集塊の明視野およびCTIP2:GFP発現像を示す。12日目以降、GFPシグナルが検出された。スケールバーは500μmを表す。パネルCは、qRT-PCR(n=4)によるFoxg1、Reln、Ctip2およびCux1の遺伝子発現解析を示す。値はすべて平均±標準誤差として示す。
【
図2D-E】この図は、CTIP2:GFP KI mESC内でのレポーター発現の特徴を示す。パネルDは、GFP(緑)、CTIP2(赤)、FOXG1(赤)、GSH2(赤)およびDAPI(青)で染色した12日目のCTIP2:GFP KI mESC凝集塊の免疫蛍光像を示す。スケールバーは100μmを表す。パネルEは、抗GFP抗体(緑)および抗M2/M6抗体(赤)で染色されたグラフトの免疫蛍光像であり、またFB(青)は、宿主CSMN(GFP
-/M2M6
-/FB
+、白矢頭)およびグラフト由来CSMN(GFP
+/M2M6
+/FB
+、黒矢頭)を示す。スケールバーは100μmを表す。
【
図3】この図は、L1CAMが皮質発生の間にCPおよびIZ内で発現されることを示す。Immunofluorescence images of E14.5マウス前頭皮質の免疫蛍光像は、MZマーカー(Reln;A)、CPマーカー(FOXG1;BおよびCTIP2;C)、IZマーカー(NRP1;D)、SVZマーカー(TBR2;E)ならびにVZマーカー(PAX6;F)に関するものである。L1CAMは、CPおよびIZ内で強く発現されており、ならびにMZおよびSVZ内で部分的に発現されている。スケールバーは100μmを表す。
【
図4A-D】この図は、L1CAM
+ 細胞の細胞選別によるCTIP2+細胞(DLNまたはその前駆細胞)の濃縮を示す。前頭皮質をE14.5マウスから取り出し、in vitro研究に用いた。パネルAは、選別の数時間後の未選別L1CAM
+およびL1CAM
-細胞由来の上記細胞の、CTIP2(緑),L1CAM(赤)およびDAPI(青)に関する免疫蛍光像を示す。スケールバーは30μmを表す。パネルBは、DAPIで染色された全細胞中のCTIP2
+細胞のパーセンテージを示す(未選別d:n=6; L1CAM
+:n=6;L1CAM
-:n=6)。パネルCは、選別の2日後の未選別L1CAM
+およびL1CAM
-細胞由来の上記細胞の、CTIP2(緑)およびDAPI(青)に関する免疫蛍光像を示す。スケールバーは100μmを表す。パネルDは、DAPIで染色された全細胞中のCTIP2
+細胞のパーセンテージを示す(未選別:n=9;L1CAM
+:n=9;L1CAM
-:n=8)。値はすべて平均±標準誤差として示す。アスタリスクは、one-way ANOVA(一元配置分散分析)およびBonferroniの複数比較テストにより決定される統計学的有意を示し、**P<0.01、****P<0.0001である。
【
図4E-F】この図は、L1CAM
+ 細胞の細胞選別によるCTIP2+細胞(DLNまたはその前駆細胞)の濃縮を示す。前頭皮質をE14.5マウスから取り出し、in vitro研究に用いた。パネルEは、選別の2日後の未選別L1CAM
+およびL1CAM
-細胞由来の上記細胞の、PAX6(緑)、EdU(赤)およびDAPI (青)に関する免疫蛍光像を示す。固定の2時間前に、10μM EdUを培養培地に添加した。スケールバーは100μmを表す。パネルFは、DAPIで染色された全細胞中の、PAX6
+/EdU
+細胞のパーセンテージを示す(未選別:n=9;L1CAM
+:n=9;L1CAM
-:n=8)。値はすべて平均±標準誤差として示す。アスタリスクは、one-way ANOVAおよびBonferroniの複数比較テストにより決定される統計学的有意を示し、**P<0.01、****P<0.0001である。
【
図5】この図は、L1CAM
+細胞が生着し成体脳に組み込まれることを示す。L1CAM
+細胞およびL1CAM
-細胞を、E14.5マウスの前頭皮質から単離し、そして2日後、これらの細胞を2か月間にわたり成体脳の大脳皮質に投与した。パネルAは、上記グラフトのGFP(緑)に関する免疫蛍光像を示す。スケールバーは1mmを表す。パネルBは、L1CAM
-細胞に対するL1CAM
+細胞中のグラフト体積の定量を示す(L1CAM
+:n=6およびL1CAM
-:n=6)。パネルCは、グラフト線維のGFP(緑)に関する免疫蛍光像を示す。GFP
+線維は、大脳皮質(Ctx)、線条体(Str)、内包(Ic)および大脳脚(Cp)中に見出された。スケールバーはそれぞれ1mmおよび50μmを表す。パネルDは、同側皮質および同側線条体中の上記グラフト線維の定量を示す(L1CAM
+:n=6およびL1CAM
-:n=6)。全線維長をIn Cell Analyzer 6000によって計算した。値はすべて平均±標準誤差として示す。アスタリスクはStudent t-testによって決定される統計学的有意を示し、*P<0.05および****P<0.0001である。
【
図6A】この図は、移植後、in vivoでL1CAM
+細胞がCSMNを生成することを示す。パネルAは、上記グラフトのGFP(緑)およびCTIP2(赤)に関する免疫蛍光像を示す。スケールバーは50μmを表す。
【
図6B】この図は、移植後、in vivoでL1CAM
+細胞がCSMNを生成することを示す。パネルBは、上記グラフトのGFP(緑)およびFB(青)に関する免疫蛍光像を示す。犠牲の7日前、FBを錐体交叉内に投与した。矢頭は、宿主由来のCSMNを示す。スケールバーは50μmを表す。
【
図6C】この図は、移植後、in vivoでL1CAM
+細胞がCSMNを生成することを示す。パネルCは、上記グラフトのGFP(緑)およびCUX1(赤)に関する免疫蛍光像を示す。スケールバーは50μmを表す。
【
図6D-H】この図は、移植後、in vivoでL1CAM
+細胞がCSMNを生成することを示す。パネルDは、L1CAM
-細胞グラフトに対するL1CAM
+細胞グラフト中のCTIP2
+細胞の全細胞数を示す(L1CAM
+:n=6およびL1CAM
-:n=6)。パネルEは、L1CAM
-細胞グラフトに対するL1CAM
+細胞-グラフト中のCTIP2
+細胞密度を示す(L1CAM
+:n=6およびL1CAM
-:n=6)。パネルFは、L1CAM
-細胞グラフトに対するL1CAM
+細胞グラフト中のFB
+細胞の全細胞数を示す(L1CAM
+:n=6およびL1CAM
-:n=6)。パネルGは、L1CAM
-細胞グラフトに対するL1CAM
+細胞グラフト中のCUX1
+細胞の全細胞数を示す(L1CAM
+:n=6およびL1CAM
-:n=6)。パネルHは、L1CAM
-細胞-グラフトに対するL1CAM
+細胞-グラフト中のCUX1
+細胞密度を示す (L1CAM
+: n=6およびL1CAM
-:n=6)。値はすべて平均±標準誤差として示す。アスタリスクはStudent t-testによって決定される統計学的有意を示し、*P<0.05および**P<0.01である。
【
図7A-D】この図は、ヒト初期L1CAM
+細胞がCSMNを生成し、宿主脳に組み込まれることを示す。皮質ニューロンをSFEBq法によってhiPSCから生成した。パネルA-Dは、hiPSC-凝集塊のPAX6(緑)、KI67(緑)、L1CAM(赤)、CTIP2(白)およびDAPI(青)に関する免疫蛍光像を示す。スケールバーは50μmを表す。
【
図7E】この図は、ヒト初期L1CAM
+細胞がCSMNを生成し、宿主脳に組み込まれることを示す。皮質ニューロンをSFEBq法によってhiPSCから生成した。パネルEは、選別の2日後の、18日目のL1CAM
+細胞およびL1CAM
-細胞のCTIP2(緑)、PAX6(緑)、L1CAM(赤)およびDAPI(青)に関する免疫蛍光像を示す。スケールバーは50μmを表す。
【
図7F-H】この図は、ヒト初期L1CAM
+細胞がCSMNを生成し、宿主脳に組み込まれることを示す。皮質ニューロンをSFEBq法によってhiPSCから生成し、17日目、30日目および37日目にL1CAM
+細胞を単離した。3~4日後に、これらの細胞を出生後のSCIDマウスの前頭皮質内に投与し、2か月にグラフトの免疫染色を行った。
図7Fは、上記グラフトのSTEM121(緑)に関する免疫蛍光像を示す。パネルGは、グラフト体積の定量を示す(20日目:n=4;34日目:n=5;41日目:n=6)。各群間に有意差はない。パネルHは、宿主脳の錐体交叉内の20日目のL1CAM
+細胞由来の線維(緑)の代表像を示す。スケールバーは50μmを表す。値はすべて平均±標準誤差として示されている。
【
図7I】この図は、ヒト初期L1CAM
+細胞がCSMNを生成し、宿主脳に組み込まれることを示す。皮質ニューロンをSFEBq法によってhiPSCから生成した。パネルIは、上記移植における、線条体(Str)、内包(Ic)、大脳脚(Cp)、錐体交叉(Pyx)および視床(Tha)中の神経線維の平均数を示す(20日目:n=4;34日目:n=5;41日目:n=6)。値はすべて平均±標準誤差として示されている。アスタリスクは、one-way ANOVAおよびBonferroniの複数比較テストにより決定される統計学的有意を示し、*P<0.05、**P<0.01および****P<0.0001である。
【
図8】この図は、WNT阻害薬を用いた大脳皮質誘導を示す。CTIP2:GFPノックインマウスES細胞を用いてWNT阻害薬(C59またはDKK1)の効果を検証した。WNT阻害薬を加えることによって、大脳皮質の吻側領域(COUP-TF1陰性)が誘導され、かつGFP陽性の皮質第V層を効率的に誘導することができる。スケールバーは100μm、20μmを表す。値はすべて平均±標準誤差として示されている。アスタリスクは、one-way ANOVAおよびBonferroniの複数比較テストにより決定される統計学的有意を示し、*P<0.05、**P<0.01である。
【
図9】この図は、CTIP2:GFP陽性細胞の遺伝子プロファイルの解明を示す。CTIP2陽性細胞に発現する細胞表面抗原を同定するために、CTIP2:GFPノックインマウスES細胞を12日間分化誘導し、その遺伝子プロファイルを比較解析した。パネルAは、FACSを用いた細胞選別後の陽性分画および陰性分画の特徴を示す。陽性分画にはGFP陽性細胞が濃縮されており、かつ、内因性のCTIP2陽性細胞の濃縮も確認された。スケールバーは50μmを表す。パネルBは、マイクロアレイ解析を用いた分化誘導12日目時点におけるGFP陽性分画とGFP陰性分画の遺伝子プロファイルを示す。パネルCは、細胞表面抗原のスクリーニング手順を示す。まず、マイクロアレイを用いて、GFP陽性分画で陰性分画よりも遺伝子発現量が2倍以上の遺伝子として324遺伝子を抽出する。次に、GO解析によって細胞膜(plasma membrane)に関連がある遺伝子を25遺伝子選択する。最後に、細胞選別に利用できる細胞表面抗原を文献ベースで検索して3遺伝子(L1cam,Erbb4,Robo2)を抽出する。なお、細胞選別に利用できる表面抗原は細胞体等全体的に発現している遺伝子である。一方で、神経軸索やシナプス間隙で限定的に発現する遺伝子の場合、表面抗原であっても選別操作に利用することは難しい。
【
図10】この図は、E14マウスの大脳皮質においてCtip2は皮質板(cortical plate;CP)だけでなく中間帯(intermediate zone;IZ)にも発現することを示す。抗CTIP2抗体を用いた免疫組織染色ではCTIP2陽性細胞がCPのみならずIZでも発現を認めた。この結果が正しいか否かを検証するために、Ctip2 mRNA probeを用いたin-situ hybridizationを行った(遺伝子発現の解析)。その結果、Ctip2遺伝子はCPで多量に発現する一方で、IZにも多少発現することが分かった。これらの発現局在はL1CAMと一致しており、いずれも脳室帯(ventricular zone;VZ)での発現は認めなかった。スケールバーは100μm、10μmを表す。
【
図11】この図は、E14マウスの大脳皮質を用いたL1CAMの細胞選別によってどのような細胞が選別されるのかを検討した結果を示す。L1CAM
+細胞、L1CAM
-細胞、非選別細胞(Unsorted)について、大脳皮質における各層マーカーの遺伝子発現を調べたところ、L1CAM陽性分画では、パネルAに示されるようにReln、Ctip2(CP)、Nrp1(IZ)の発現が増加し、一方で、パネルBに示されるようにCtgf(サブプレート(subplate))、Tbr2(脳室下帯(subventricular zone))、Pax6(脳室帯(ventricular zone))の発現は減少していた。これらの結果はL1CAMの組織染色結果と相関しており、L1CAMを指標にした細胞選別によってCPおよびIZが濃縮できることが示された。値はすべて平均±標準誤差として示されている。アスタリスクは、one-way ANOVAおよびBonferroniの複数比較テストにより決定される統計学的有意を示し、*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001および****P<0.0001である。
【
図12A】この図は、ヒトiPS細胞由来大脳皮質細胞の分化誘導を示す。パネルAは、ヒトiPS細胞を使いMotono et al. Stem Cells Transl Med 5:552-560 (2016)に倣って分化誘導を行うとき、6日目の時点で未分化マーカー(Oct4,Nanog)の発現が減少し、その一方で神経幹細胞マーカー(Pax6)の発現は増加し、ならびに、大脳皮質発生におけるIZマーカー(Nrp1)およびCPマーカー(Ctip2)の発現は徐々に増加してくることを示す。値はすべて平均±標準誤差として示されている。
【
図12B-E】この図は、ヒトiPS細胞由来大脳皮質細胞の分化誘導を示す。パネルBからパネルDは、それぞれのタイミングで分化誘導細胞の免疫染色を行ったところ、12日目では神経幹細胞(Nestin/Pax6)が多く認められ、24日目になると細胞塊の中で大脳皮質マーカー(Foxg1)の発現が確認できるようになることを示す。さらに分化が進むとCtip2陽性細胞の発現が認められるが、この時点では大脳皮質第V層(Ctip2)と第VI層(Tbr1)のマーカー発現が重複していることから、両者が区別される前段階の状態と考えられる。パネルEは、ヒトiPS細胞の大脳皮質細胞への分化誘導におけるL1CAM発現は分化誘導18日目から増加することを示す。値はすべて平均±標準誤差として示されている。スケールバーは50μmを表す。
【
図13】この図は、グラフト周囲に伸びた神経軸索の細胞特性解析結果を示す。L1CAM陰性細胞の移植により移植片周囲(特に同側皮質(A)、同側線条体(B)、同側外側中隔核(C))に軸索伸長を示したことから、これら投射部位に逆行性トレーサー(コレラ毒素Bサブユニット;CTB)を投与することにより、CTIP2およびCUX1マーカーの発現を用いて大脳皮質のどのような細胞が寄与するのかを調べた。スケールバーは1mm、50μm、50μmを表す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明をさらに詳細に説明する。
【0016】
1.大脳皮質細胞の作製
大脳皮質は、運動、知覚(視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚など)、判断、思考、言語、人格、感情などを担当する高次脳機能の中枢である。大脳皮質は、新皮質(高次機能中枢;哺乳類の大脳皮質の大半を占める)、旧皮質(記憶において重要な海馬とその関連組織)、古皮質(主に嗅覚の情報処理を行う組織)に分かれる。新皮質はさらに、前頭葉(運動野と人格を司る前頭前野など)、頭頂葉(触覚の知覚野と連合野など)、側頭葉(聴覚野など)、後頭葉 (視覚野など)に分かれ、前頭葉は大脳の運動および行動出力の制御系であり、頭頂葉、側頭葉および後頭葉は知覚の処理および統合系である。大脳皮質は、主に神経細胞(別称、ニューロン)および神経線維、その他、神経膠細胞(別称、グリア細胞)および血管を含む。大脳皮質には神経細胞体が密集しているため灰色をしている。神経細胞は、細胞体と、細胞体から出て伸展する突起によって構成されており、突起には樹状突起と軸索がある。樹状突起は、細胞体や軸索の終末から枝のように伸びて他の神経細胞と接合してシナプスを形成する。一方、軸索は、細胞体から長く伸びた構造物であり、細胞体からの情報を末端の神経終末に伝える。軸索や樹状突起のうち、長く伸びているものを神経線維(単に「線維」と称する場合がある。)といい、白質に集合している。大脳皮質はまた、6層構造(第I層~第VI層)を有しており、具体的には、最も表層から、分子層、外顆粒層、外錐体細胞層、内顆粒層、神経細胞層(内錐体細胞層)および多型細胞層を形成している。
【0017】
本明細書における「大脳皮質細胞」は、大脳皮質神経幹細胞(多能性と複製能を有する細胞)、大脳皮質神経前駆細胞(分裂能を有するものも含み、神経細胞へ分化することが運命づけられた細胞)、大脳皮質神経細胞(分裂能を失った、分化した神経細胞)を含む細胞集団を意味する。
【0018】
大脳皮質細胞は、ヒトを含む哺乳動物の大脳皮質から、例えばFoxg1陽性細胞集団であり、さらにCD231、PCDH17およびCDH8から成る群より選択される少なくとも一つのマーカーが陽性である細胞集団を分離することによって得ることができる(国際公開WO2016/167372号)。あるいは、多能性幹細胞からの大脳皮質細胞への分化誘導法を用いて大脳皮質細胞を作製することができる(国際公開WO2016/167372号)。
【0019】
大脳皮質細胞は、本発明者らによって見出された方法(国際公開WO2016/167372号に記載された方法)等を用いて作製することができる。以下に、国際公開WO2016/167372号に記載された方法を例示する。
【0020】
<多能性幹細胞>
本発明で使用可能な多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞である。それらの多能性幹細胞の具体例は、以下のものに限定されないが、胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、およびiPS細胞である。より好ましい多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞であり、特に好ましくはヒトES細胞、およびヒトiPS細胞である。
【0021】
(A)胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能とを有する幹細胞である。
【0022】
ES細胞は、受精卵の8細胞期または桑実胚段階の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J.Evans and M.H.Kaufman(1981),Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された(J.A.Thomson et al.(1998),Science 282:1145-1147、J.A.Thomson et al.(1995),Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92:7844-7848、J.A.Thomson et al.(1996),Biol.Reprod.,55:254-259およびJ.A.Thomson and V.S.Marshall(1998),Curr.Top.Dev.Biol.,38:133-165)。
【0023】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養によるES細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor(LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor(bFGF))などの物質を添加した培地を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばH.Suemori et al.(2006),Biochem.Biophys.Res.Commun.,345:926-932、M.Ueno et al.(2006),Proc.Natl.Acad.Sci.USA,103:9554-9559、H.Suemori et al. (2001), Dev.Dyn.,222:273-279およびH.Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl.Acad.Sci.USA,99:1580-1585などに記載されている。
【0024】
ES細胞作製のための培地として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20%KSR及び4ng/ml bFGFを補充したDMEM/F-12培地を使用し、37℃、5%CO2湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる。また、ES細胞は、3~4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2及び20%KSRを含有するPBS(リン酸緩衝生理食塩水)中の0.25%トリプシン及び0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0025】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にして行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、などの遺伝子マーカーの発現をReal-Time PCR法で検出する、および/または、細胞表面抗原であるSSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81を免疫染色法にて検出することで行うことができる(Klimanskaya I,et al.(2006),Nature.444:481-485)。
【0026】
ヒトES細胞株である例えばKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0027】
(B)精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M.Kanatsu-Shinohara et al.(2003)Biol.Reprod.,69:612-616;K.Shinohara et al.(2004),Cell,119:1001-1012)。精子幹細胞は、神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培地で自己複製可能であるし、ES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41~46頁,羊土社(東京、日本))。
【0028】
(C)胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y.Matsui et al.(1992),Cell,70:841-847;J.L.Resnick et al.(1992),Nature,359:550-551)。
【0029】
(D)人工多能性幹細胞
人工多能性幹(iPS)細胞は、ある特定の1種もしくは複数種の核初期化物質を、DNAまたはタンパク質の形態で体細胞に導入することによるか、または、ある特定の1種もしくは複数種の薬剤の使用により該核初期化物質の内在性のmRNAおよびタンパク質の発現量を上昇させることによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K.Takahashi and S.Yamanaka(2006)Cell,126:663-676、K.Takahashi et al.(2007)Cell,131:861-872、J.Yu et al.(2007)Science,318:1917-1920、M.Nakagawa et al.(2008)Nat.Biotechnol.,26:101-106、国際公開WO 2007/069666および国際公開WO 2010/068955)。核初期化物質は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子もしくはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、またはそれらの遺伝子産物であればよく、特に限定されないが、例えば、Oct3/4,Klf4,Klf1,Klf2,Klf5,Sox2,Sox1,Sox3,Sox15,Sox17,Sox18,c-Myc,L-Myc,N-Myc,TERT,SV40 Large T antigen,HPV16 E6,HPV16E7,Bmil,Lin28,Lin28b,Nanog,Esrrb,EsrrgおよびGlis1が例示される。これらの初期化物質は、iPS細胞樹立の際には、組み合わされて使用されてもよい。そのような組合せは、上記初期化物質を、少なくとも1種、2種もしくは3種含む組み合わせ、好ましくは3種もしくは4種を含む組み合わせとすることができる。
【0030】
上記の各核初期化物質のマウスおよびヒトcDNAのヌクレオチド配列情報、並びに、該cDNAによってコードされるタンパク質のアミノ酸配列情報は、WO2007/069666に記載のGenBank(米国NCBI)またはEMBL(ドイツ国)のAccession numbersにアクセスすることによって入手可能である。また、L-Myc、Lin28、Lin28b、Esrrb、EsrrgおよびGlis1のマウスおよびヒトのcDNA配列情報およびアミノ酸配列情報については、表1に示したNCBI Accession numbersにアクセスすることにより取得できる。当業者は、該cDNA配列またはアミノ酸配列情報に基づいて、常法により所望の核初期化物質を調製することができる。
【0031】
【0032】
これらの核初期化物質は、タンパク質の形態で、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチドとの結合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよいし、あるいは、DNAの形態で、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソームの使用、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(これらのベクターは、Cell,126,pp.663-676,2006;Cell,131,pp.861-872,2007;Science,318,pp.1917-1920,2007に準ずる。)、アデノウイルスベクター(Science,322,945-949,2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci.85,348-62,2009)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BACおよびPAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science,322:949-953,2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトもしくはポリアデニル化シグナルなどの制御配列を含むことができる。使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい例として挙げられる。さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子またはピューロマイシン耐性遺伝子)、チミジンキナーゼ遺伝子、およびジフテリアトキシン遺伝子もしくはその断片などの選択マーカー配列、並びに、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)またはFLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、核初期化物質をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する核初期化物質をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。別の好ましい実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる(Kaji,K.et al.,(2009),Nature,458:771-775、Woltjen et al.,(2009),Nature,458:766-770、WO 2010/012077)。さらに、ベクターには、染色体への組み込みがなくとも複製されて、エピソーマルに存在するように、リンパ指向性ヘルペスウイルス(lymphotrophic herpes virus)、BKウイルスおよび牛乳頭腫ウイルス(Bovine papillomavirus)の起点とその複製に関わる配列を含んでいてもよい。例えば、EBNA-1およびoriP、または、Large TおよびSV40ori配列を含むことが挙げられる(WO 2009/115295、WO 2009/157201およびWO 2009/149233)。また、2種またはそれ以上の核初期化物質を同時に導入するために、ポリシストロニックに発現させることができる発現ベクターを用いてもよい。ポリシストロニックに発現させるためには、遺伝子をコードする配列と配列の間は、IRESまたは口蹄病ウイルス(FMDV)2Aコード領域により結合されていてもよい(Science,322:949-953,2008、WO 2009/092042およびWO 2009/152529)。
【0033】
核初期化に際して、iPS細胞の誘導効率を高めるために、上記の因子の他に、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)(Nat.Biotechnol.,26(7):795-797(2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(登録商標)(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1(OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば5’-アザシチジン(5’-azacytidine))(Nat.Biotechnol.,26(7):795-797(2008))、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294(Cell Stem Cell,2:525-528(2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例、G9a siRNA(human)(Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発現阻害剤など]、L-チャネルカルシウムアゴニスト(L-channel calcium agonist)(例えばBayk8644)(Cell Stem Cell,3,568-574(2008))、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)(Cell Stem Cell,3,475-479(2008))、Wntシグナル伝達活性化因子(例えば可溶性Wnt3a)(Cell Stem Cell,3,132-135(2008))、LIFまたはbFGFなどの増殖因子、ALK5阻害剤(例えば、SB431542)(Nat.Methods,6:805-8(2009))、有糸分裂活性化プロテインキナーゼシグナル伝達(mitogen-activated protein kinase signaling)阻害剤、グリコーゲンシンターゼキナーゼ(glycogen synthase kinase)-3阻害剤(PloS Biology,6(10),2237-2247(2008))、miR-291-3p、miR-294、miR-295などのmiRNA(R.L.Judson et al.,Nat.Biotech.,27:459-461(2009))、等を使用することができる。
【0034】
薬剤によって核初期化物質の内在性のタンパク質の発現量を上昇させる方法に使用される、そのような薬剤としては、6-ブロモインジルビン-3’-オキシム、インジルビン-5-ニトロ-3’-オキシム、バルプロ酸、2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン、1-(4-メチルフェニル)-2-(4,5,6,7-テトラヒドロ-2-イミノ-3(2H)-ベンゾチアゾリル)エタノンHBr(pifithrin-alpha)、プロスタグランジンJ2およびプロスタグランジンE2等が例示される(WO 2010/068955)。
【0035】
iPS細胞誘導のための培養培地としては、例えば(1)10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12またはDME培地(これらの培地にはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)、(2)bFGFまたはSCFを含有するES細胞培養用培地、例えばマウスES細胞培養用培地(例えばTX-WES培地、トロンボX社)または霊長類ES細胞培養用培地(例えば霊長類(ヒトまたはサル)ES細胞用培地(販売先:リプロセル、京都、日本)、mTeSR-1)、などが含まれる。
【0036】
培養法の例としては、例えば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEMまたはDMEM/F12培地中で体細胞と核初期化物質(DNA、RNAまたはタンパク質)を接触させ約4~7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と核初期化物質の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培地で培養し、該接触から約30~約45日またはそれ以上ののちにES細胞様コロニーを生じさせることができる。また、iPS細胞の誘導効率を高めるために、5~10%と低い酸素濃度の条件下で培養してもよい。
【0037】
あるいは、上記細胞を、フィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞またはSNL細胞)上で10%FBS含有DMEM培地(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、b-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25~約30日またはそれ以上ののちにES様コロニーを形成させることができる。
【0038】
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培地と培地交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ(100cm2)あたり約5×103~約5×106細胞の範囲である。
【0039】
マーカー遺伝子として薬剤耐性遺伝子を含むDNAを用いた場合は、対応する薬剤を含む培地(すなわち、選択培地)で細胞の培養を行うことによりマーカー遺伝子発現細胞を選択することができる。またマーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、または、発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、マーカー遺伝子発現細胞を検出することができる。
【0040】
本明細書中で使用する「体細胞」は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタおよびラット)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞(組織前駆細胞)等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞(体性幹細胞も含む)であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0041】
<大脳皮質細胞の作製>
例えば、以下の工程を含む方法によって多能性幹細胞から大脳皮質細胞を製造することができる。
(i)多能性幹細胞をTGFβ阻害剤、bFGF、Wnt阻害剤、およびBMP阻害剤を含む培養液中で浮遊培養する工程、
(ii)前記工程(i)で得られた細胞をWnt阻害剤、およびBMP阻害剤を含む培養液中で浮遊培養する工程、
(iii)前記工程(ii)で得られた細胞を培養する工程。
【0042】
本発明において、大脳皮質細胞とは、特に断りがなければ、大脳皮質神経細胞、大脳皮質神経幹細胞及び大脳皮質神経前駆細胞から成る群から選択される複数の細胞を含むものとする。本発明の方法によって製造される大脳皮質細胞は、好ましくは、Foxg1が陽性である細胞である。本発明において、Foxg1としては、NCBIアクセッション番号NM_005249で示されるポリヌクレオチドおよびこれらがコードするタンパク質が挙げられる。本発明の方法によって製造される大脳皮質細胞は、より好ましくは、大脳皮質の運動野の神経細胞または上位運動ニューロン、すなわち、大脳皮質の前方の神経細胞であり、さらに好ましくは大脳皮質の運動野の第V層の神経細胞である。このような神経細胞は、Ctip2が陽性であることを特徴とする細胞集団である。本発明において、Ctip2としては、NCBIアクセッション番号NM_001282237、NM_001282238、NM_022898またはNM_138576で示されるポリヌクレオチドおよびこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
【0043】
本発明において製造される大脳皮質細胞は、他の細胞種が含まれる細胞集団として製造されてもよく、例えば、製造された細胞集団において15%以上、20%以上、30%以上、40%以上または50%以上が大脳皮質細胞であってもよい。本発明の方法により大脳皮質細胞を製造後、当該細胞を濃縮してもよい。大脳皮質細胞を濃縮する方法として、CD231、PCDH17およびCDH8から成る群より選択される少なくとも一つのマーカータンパク質が陽性である細胞を抗体により標識し、フローサイトメーター(FACS)や磁気細胞分離装置(MACS)を用いて濃縮する方法が例示される。これらの抗体は、市販の抗体を適宜利用することができる。従って、工程(iv)として、工程(iii)で得られた細胞から、CD231、PCDH17およびCDH8から成る群より選択される少なくとも一つのマーカータンパク質が陽性である細胞を抽出する工程をさらに含んでもよい。抽出後にさらに培養を継続しても良い。抽出後の培養は、例えば、工程(iii)と同様の条件で培養する方法が例示されるが、特に限定されない。
【0044】
<TGFβ阻害剤>
本発明において、TGFβ阻害剤とは、TGFβの受容体への結合からSMADへと続くシグナル伝達を阻害する物質であり、受容体であるALKファミリーへの結合を阻害する物質、またはALKファミリーによるSMADのリン酸化を阻害する物質が挙げられる。このようなTGFβ阻害剤としては、例えば、Lefty-1(NCBI Accession No.として、マウス:NM_010094、ヒト:NM_020997が例示される)、SB431542、SB202190(以上、R.K.Lindemann et al.,Mol.Cancer,2003,2:20)、SB505124(GlaxoSmithKline)、NPC30345、SD093、SD908、SD208(Scios)、LY2109761、LY364947、LY580276(Lilly Research Laboratories)、A-83-01(WO 2009146408)およびこれらの誘導体などが例示される。本発明で使用されるTGFβ阻害剤は、好ましくは、下記の式Iで表されるSB431542または下記の式IIで表されるA-83-01であり得る。
【0045】
【0046】
【0047】
培養液中におけるSB431542の濃度は、ALK5を阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μM、60μM、70μM、80μM、90μM、100μM、500μM、1mMであるがこれらに限定されない。好ましくは、1μMから100μMであり、より好ましくは、10μMである。
【0048】
培養液中におけるA-83-01の濃度は、ALK5を阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、500nMから5μMであり、より好ましくは、500nMから2μMである。
【0049】
<bFGF>
本発明において、bFGFは、FGF2とも称し、例えばWako社やInvitrogen社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現によって得てもよい。
【0050】
培養液中におけるbFGFの濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、2ng/mL、3ng/mL、4ng/mL、5ng/mL、6ng/mL、7ng/mL、8ng/mL、9ng/mL、10ng/mL、20ng/mL、30ng/mL、40ng/mL、50ng/mL、60ng/mL、70ng/mL、80ng/mL、90ng/mL、100ng/mL、500ng/mL、1000ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは、1ng/mLから100ng/mLであり、より好ましくは、10ng/mLである。
【0051】
<Wnt阻害剤>
本発明において、Wnt阻害剤とは、Wntの産生を抑制する物質、またはWntの受容体への結合からβカテニンの蓄積へと続くシグナル伝達を阻害する物質であり、受容体であるFrizzledファミリーへの結合を阻害する物質、またはβカテニンの分解を促進する物質などが挙げられる。このようなWnt阻害剤としては、例えば、DKK1タンパク質(例えば、ヒトの場合、NCBIのアクセッション番号:NM_012242)、スクレロスチン(例えば、ヒトの場合、NCBIのアクセッション番号:NM_025237)、IWR-1(Merck Millipore)、IWP-2(Sigma-Aldrich)、IWP-3(Sigma-Aldrich)、IWP-4(Sigma-Aldrich)、IWP-L6(EMD Millipore)、C59(または、Wnt-C59)(Cellagen technology)、ICG-001(Cellagen Technology)、LGK-974(または、NVP-LGK-974)(Cellagen Technology)、FH535(Sigma-Aldrich)、WIKI4(Sigma-Aldrich)、KYO2111(Minami I,et al.,Cell Rep.2:1448-1460,2012)、PNU-74654(Sigma-Aldrich)、XAV939(Stemgent)およびこれらの誘導体などが例示される。本発明の多能性幹細胞から大脳皮質細胞を製造するにあたり、好ましいWnt阻害剤は、Wntの産生を抑制する物質であり、例えば、Wntタンパク質のプロセシングに関与するPORCN(ヒトの場合、NCBIのアクセション番号:NP_001269096、NP_073736、NP_982299、NP_982300、またはNP_982301で表されるタンパク質が例示される)を阻害する物質が挙げられ、例えば、C59、IWR-1、IWP-3、IWP-4、IWP-L6またはLGK-974である。本発明において、より好ましいWnt阻害剤は、下記の式IIIで表されるC59、およびIWR-1(4-(1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル)-N-8-キノリニル-ベンズアミド)である。
【0052】
【0053】
培養液中におけるC59の濃度は、Wntを阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、0.1nM、0.5nM、1nM、2nM、2.5nM、3nM、4nM、5nM、6nM、7nM、7.5nM、8nM、9nM、10nM、20nM、30nM、40nM、50nM、60nM、70nM、80nM、90nM、100nMであるがこれらに限定されない。好ましくは、1nMから50nMであり、例えば、2nMから50nM、より好ましくは10nMから50nMであるか、あるいは、10nM未満の濃度であり、例えば、2nM以上、10nM未満である。
【0054】
また、本発明において、下記の式VIで表されるLGK-974もWnt阻害剤として好ましく利用することができる。
【0055】
【0056】
培養液中におけるLGK-974の濃度は、Wntを阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、25nM、50nM、100nM、150nM、200nM、500nM、750nM、1μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、1nMから1μMであり、例えば、1nMから500nM、より好ましくは10nMから200nMであるか、あるいは、10nMから150nMの濃度であり、例えば、10nM以上、100nM以下である。
【0057】
<BMP阻害剤>
本発明において、BMP阻害剤とは、Chordin、Noggin、Follistatin、などのタンパク質性阻害剤、Dorsomorphin(すなわち、6-[4-(2-piperidin-1-yl-ethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-yl-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)、その誘導体(P.B.Yu et al.(2007),Circulation,116:II_60;P.B.Yu et al.(2008),Nat.Chem.Biol.,4:33-41;J.Hao et al.(2008),PLoS ONE,3(8):e2904)およびLDN193189(すなわち、4-(6-(4-(piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline)が例示される。DorsomorphinおよびLDN193189は市販されており、それぞれSigma-Aldrich社およびStemgent社から入手可能である。本発明で使用されるBMP阻害剤は、好ましくは、下記の式IVで表されるLDN193189であり得る。
【0058】
【0059】
培養液中におけるLDN193189の濃度は、BMPを阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、2μM以下の濃度であり、例えば、100nMから2μMであり、より好ましくは、500nMから2μMであるか、あるいは、2μM未満の濃度であり、例えば、100nM以上、2μM未満であり、より好ましくは、500nM以上、2μM未満である。
【0060】
<工程(i)>
本発明の工程(i)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として、上述したTGFβ阻害剤、bFGF、Wnt阻害剤、BMP阻害剤を添加して調製することができる。基礎培地としては、例えば、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium(Invitrogen)およびこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、DMEMとHam’s F12培地を1:1で混合した培地である。基礎培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは血清に代えて血清代替物を添加してもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素およびこれらから選択される複数の組み合わせなどが挙げられる。好ましくは、血清代替物はKSRである。本発明の工程(i)において、KSRを用いる場合、基礎培地における濃度は、例えば、5%、10%、11%、12%、13%、14%、15%、16%、17%、18%、19%、20%が挙げられるが、好ましくは、20%未満、例えば10%以上15%以下の濃度である。基礎培地には、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい基礎培地は、KSR、2-メルカプトエタノール、非必須アミノ酸およびL-グルタミンを含有するDMEMとHam’s F12培地を1:1で混合した培地である。
【0061】
本発明の工程(i)において、多能性幹細胞を解離させて用いてもよく、細胞を解離させる方法としては、例えば、力学的に解離する方法、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する解離溶液(例えば、Accutase(商標)およびAccumax(商標)など)またはコラゲナーゼ活性のみを有する解離溶液を用いた解離方法が挙げられる。好ましくは、Accumaxが例示される)を用いて多能性幹細胞を解離する方法が用いられる。細胞を解離させた場合、ROCK阻害剤を適宜、解離後に添加して培養することが望ましい。ROCK阻害剤を添加する場合、少なくとも1日間添加して培養すればよい。多能性幹細胞を解離させる1日以上前、好ましくは1日前より、ROCK阻害剤を含有する培地で培養してもよい。
【0062】
本発明において、ROCK阻害剤とは、Rhoキナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものである限り特に限定されず、例えば、Y-27632(例えば、Ishizaki et al.,Mol.Pharmacol.57,976-983(2000);Narumiya et al.,Methods Enzymol.325,273-284(2000)参照)、Fasudil/HA1077(例えば、Uenata et al.,Nature 389:990-994(1997)参照)、H-1152(例えば、Sasaki et al.,Pharmacol.Ther.93:225-232(2002)参照)、Wf-536(例えば、Nakajima et al.,Cancer Chemother Pharmacol.52(4):319-324(2003)参照)およびそれらの誘導体、ならびにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例えば、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、及びそれらの発現ベクターが挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の低分子化合物も知られているので、本発明においてはこのような化合物またはそれらの誘導体も使用できる(例えば、米国特許出願公開第2005/0209261号、同第2005/0192304号、同第2004/0014755号、同第2004/0002508号、同第2004/0002507号、同第2003/0125344号、同第2003/0087919号、及び国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。本発明では、1種または2種以上のROCK阻害剤が使用され得る。本発明で使用されるROCK阻害剤は、好ましくは、下記式(V)で表されるY-27632であり得る。
【0063】
【0064】
培地中のY-27632の濃度は、例えば、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μM、60μM、70μM、80μM、90μM、100μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、10μM以上、50μM以下である。
【0065】
本発明の工程(i)の培養では、浮遊培養によって行われることが好ましい。本発明において、浮遊培養とは、細胞を培養容器へ非接着の状態で凝集塊(「スフェア」とも言う)を形成させて培養することであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていない培養容器、若しくは、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)、非イオン性の界面活性ポリオール(Pluronic F-127等)またはリン脂質類似構造物(例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを構成単位とする水溶性ポリマー(Lipidure))によるコーティング処理した培養容器を使用することによって行う培養である。
【0066】
本発明の工程(i)の培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。O2濃度は、通常の空気中におけるO2濃度であってもよく、あるいは、通常以上の高酸素条件であっても通常以下の低酸素条件であってもよい。本発明において、高酸素条件とは、25%以上のO2濃度、30%以上のO2濃度、35%以上のO2濃度、または40%以上のO2濃度が例示される。低酸素条件とは、10%以下のO2濃度、5%以下のO2濃度、4%以下のO2濃度、3%以下のO2濃度、2%以下のO2濃度、または1%以下のO2濃度が例示される。
【0067】
本発明の工程(i)は、特に限定されないが、例えば、3日以上、4日以上、5日以上、6日以上、7日以上、またはそれ以上の日数が挙げられ、上限は特に限定されないが、36日以下、30日以下、24日以下、18日以下、12日以下が挙げられる。より好ましくは、3日以上、12日以下であり、さらに好ましくは、6日である。
【0068】
<工程(ii)>
本発明の工程(ii)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として、上述したWnt阻害剤、BMP阻害剤を添加して調製することができる。基礎培地としては、例えば、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium(Invitrogen)およびこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、DMEMとHam’s F12培地を1:1で混合した培地である。基礎培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは血清に代えて血清代替物を添加してもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素およびこれらから選択される複数の組み合わせなどが挙げられる。好ましくは、血清代替物はKSRである。本発明の工程(ii)において、KSRを用いる場合、基礎培地における濃度は、例えば、5%、10%、11%、12%、13%、14%、15%、16%、17%、18%、19%、20%が挙げられるが、好ましくは、20%未満、例えば10%以上15%以下の濃度である。基礎培地には、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい基礎培地は、KSR、2-メルカプトエタノール、非必須アミノ酸およびL-グルタミンを含有するDMEMとHam’s F12培地を1:1で混合した培地である。
【0069】
本発明の工程(ii)において、前記工程(i)で得られた細胞を解離させて用いてもよく、そのまま用いても良い。より好ましくは、前記工程(i)で得られた細胞において、培養液を交換して培養を継続する方法である。従って、本発明の工程(ii)の培養では、浮遊培養によって行われることが好ましい。
【0070】
本発明の工程(i)の培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。O2濃度は、通常の空気中におけるO2濃度であってもよく、あるいは、通常以上の高酸素条件であっても通常以下の低酸素条件であってもよい。
【0071】
本発明の工程(ii)は、特に限定されないが、例えば、6日以上、7日以上、8日以上、9日以上、10日以上、11日以上、12日以上、またはそれ以上の日数が挙げられ、上限は特に限定されないが、48日以下、42日以下、36日以下、30日以下、24日以下、18日以下が挙げられる。より好ましくは、6日以上18日以下であり、さらに好ましくは、12日である。
【0072】
<工程(iii)>
本発明の工程(iii)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地を用いることができる。基礎培地としては、例えば、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium(Invitrogen)およびこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、Neurobasal Mediumである。基礎培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは血清に代えて血清代替物を添加してもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素およびこれらから選択される複数の組み合わせなどが挙げられる。好ましくは、血清代替物はB27サプリメントである。基礎培地には、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい基礎培地は、B27サプリメントおよびL-グルタミンを含有するNeurobasal Mediumである。本発明の工程(iii)で用いる培養液は、上記基礎培地に例えば、FGF8(線維芽細胞成長因子8(fibroblast growth factor 8)、神経栄養因子などを適宜添加したものを用いることができる。
【0073】
本発明において、FGF8とは、特に限定されないが、ヒトFGF8の場合、FGF8a、FGF8b、FGF8eまたはFGF8fの4つのスプライシングフォームが例示され、本発明ではより好ましくは、FGF8bである。FGF8は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現によって得てもよい。
【0074】
培養液中におけるFGF8の濃度は、例えば、1ng/mL、5ng/mL、10ng/mL、50ng/mL、100ng/mL、150ng/mL、200ng/mL、250ng/mL、500ng/mL、1000ng/mL、2000ng/mL、5000ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは、100ng/mLである。
【0075】
本発明において、神経栄養因子とは、神経細胞の生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体へのリガンドであり、例えば、神経成長因子(Nerve Growth Factor(NGF))、脳由来神経栄養因子(Brain-derived Neurotrophic Factor(BDNF))、ニューロトロフィン3(NT-3)、ニューロトロフィン4/5(NT-4/5)、ニューロトロフィン6(NT-6)、bFGF、酸性FGF、FGF-5、上皮細胞増殖因子(Epidermal Growth Factor(EGF))、肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor(HGF))、インスリン、インスリン様増殖因子1(IGF1)、インスリン様増殖因子2(IGF2)、グリア細胞株由来神経栄養因子(Glial cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF))、TGF-b2、TGF-b3、インターロイキン6(IL-6)、毛様体神経栄養因子(Ciliary Neurotrophic Factor(CNTF))およびLIFなどが挙げられる。神経栄養因子は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現によって得てもよい。
【0076】
本発明の工程(iii)では、前記工程(ii)で得られた細胞を培養する工程であり、当該培養は、接着培養であっても浮遊培養であっても良い。接着培養を行う場合、細胞外基質をコーティング処理された培養容器を用いて培養することによって行い得る。コーティング処理は、細胞外基質を含有する溶液を培養容器に入れた後、当該溶液を適宜除くことによって行い得る。
【0077】
本発明において、細胞外基質とは、細胞の外に存在する超分子構造体であり、天然由来であっても、人工物(組換え体)であってもよい。例えば、ポリリジン、ポリオルニチン、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリン、ラミニンといった物質およびこれらの断片が挙げられる。これらの細胞外基質は、組み合わせて用いられてもよく、例えば、BD Matrigel(商標)などの細胞からの調製物であってもよい。好ましくは、ポリオルニチン、ラミニンおよびフィブロネクチンの混合物である。
【0078】
本発明の工程(iii)において、浮遊培養を行う場合、前記工程(ii)で得られた細胞の培養液を適宜、上述の本発明の工程(iii)で用いる培養液に置換することによって行い得る。本発明において、培養液を置換するにあたり、全ての培養液を置換してもよく、例えば、半量の置換を数回に分けて行っても良い。
【0079】
本発明の工程(iii)の培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。O2濃度は、通常の空気中におけるO2濃度であってもよく、あるいは、通常以上の高酸素条件であっても通常以下の低酸素条件であってもよい。
【0080】
本発明の工程(iii)は、大脳皮質細胞が得られるという観点から、長期にわたって培養を継続しても特に弊害がないことから、特に上限を設定する必要はないが、例えば、6日以上、7日以上、8日以上、9日以上、10日以上、11日以上、12日以上、14日以上、21日以上、28日以上、30日以上、35日以上、またはそれ以上の日数が挙げられる。より好ましくは、28日以上であり、さらに好ましくは、28日または30日である。
【0081】
2.大脳皮質細胞の細胞表面マーカーL1CAMおよびその特性
本発明者らは、今回、上記1.で作製された大脳皮質細胞中に、少なくとも錐体交叉に軸索を伸長(もしくは伸展)する大脳皮質神経細胞を選別することを可能にする細胞表面マーカー(L1CAM)を見出した。この知見により、L1CAMの発現に基づく手法(例えば、細胞選別法など)を使用することによって、大脳皮質細胞からL1CAM陽性細胞を濃縮することが可能であり、一方、望ましくない細胞(例えば神経幹細胞、多能性幹細胞など)やL1CAM陰性細胞を除去もしくは排除することができる。
【0082】
L1CAMは、別称CD171、S10、HSAS、MASA、MIC5、SPG1、CAML1、HSAS1、N-CAML1、NCAM-L1、N-CAM-L1などであり、免疫グロブリンスーパーファミリー細胞接着分子(immunoglobulin superfamily cell adhesion molecules;CAMs)の一つであり、細胞と細胞の接着を仲介する分子量200~220kDaの糖タンパク質である(例えばUS2015/0344571A1)。ヒトL1CAMは、1,257アミノ酸からなる1型膜貫通タンパク質であり、そのアミノ末端部が細胞膜外にあり、そのカルボキシ末端部は細胞質内に存在し、ならびに、細胞外ドメインは、6つの免疫グロブリン2型ドメイン、5つのフィブロネクチンIII様ドメイン、および20個のN-グリコシル化部位を有する(Schachner M, Ann N Y Acad Sci 633:105-112, 1991)。アミノ酸およびヌクレオチド配列は、NCBI(米国)のGenBankにアクセッション番号として例えばM74387、NM_001143963.2、NM_024003.3、NM_000425.4、AA136448などに記載されている。
【0083】
哺乳動物では、L1CAMの発現は、神経系を介して認められ、ならびに発生期の軸索の成長やガイダンスに、Schwann細胞と軸索との相互作用に、神経細胞の移動に、神経細胞の生存に、シナプス形成、および髄鞘形成に関与する(Bixby JL et al., J Cell Biol 107: 353-361, 1988、Lindner J et al., Nature 305: 427-430, 1983、Chen S et al., J Neurobiol 38: 428-439, 1999)。L1CAMのmRNAは、発達する皮質由来の皮質版(CP)内で強く発現され、中間層(IZ)内で強く発現されない。さらに、このタンパク質の発現は、成人の皮質第V層内に特異的に局在する(Munakata H et al., BMC neuroscience 4:7, 2003)。
【0084】
特許文献1には、多能性幹細胞から分化誘導された神経前駆細胞集団であって、脳への移植によってGABA作動性抑制性介在ニューロンへ成熟することができる神経前駆細胞が記載されており、また、このような細胞集団を細胞選別によって濃縮(もしくは富化)することを可能にする細胞表面マーカーとして、PLEXINA4と、ATRNL1、CD200、L1CAMなどの多数のマーカー群の少なくとも1つとの組み合わせが記載されている。マーカーの1つとしてL1CAMも記載されているが、本発明では発生の特定時期、すなわちL1CAM+DLNおよびその前駆細胞が豊富に作られる時期の選別によって、結果的に大脳皮質細胞(Ctip2陽性細胞集団)からCTIP2+DLNおよびその前駆細胞を選別することから引用文献1に記載の神経前駆細胞集団と異なる。CTIP2+DLNおよびその前駆細胞は、軸索を脳内の特定の神経集団(例えば、神経核や大脳皮質領野など)の中だけに限局せず遠方にも伸展し異なる領域間の情報伝達を担うことができる。
【0085】
3.大脳皮質細胞からのL1CAM陽性細胞の取得方法
本発明の第1の態様により、哺乳動物由来の大脳皮質細胞から細胞表面マーカーL1CAMを指標にしてL1CAM陽性細胞を分離し回収することを含むことを特徴とする、L1CAM陽性細胞を取得する方法を提供する。
【0086】
L1CAM陽性細胞を分離または単離するための大脳皮質細胞は、上記1.に記載されるとおり、ヒトを含む哺乳動物の大脳皮質から、例えばFoxg1陽性細胞集団であり、さらにCD231、PCDH17およびCDH8から成る群より選択される少なくとも一つのマーカーが陽性である細胞集団を分離することによって得ることができる、あるいは、多能性幹細胞から大脳皮質細胞への分化誘導法を用いて上記大脳皮質細胞を作製することができる(例えば国際公開WO2016/167372号)。
【0087】
一実施形態において、発生期の大脳皮質細胞または培養初期の大脳オルガノイド(cerebral organoids)から細胞表面マーカーL1CAMを指標にしてL1CAM陽性細胞を選別することにより、CTIP2
+ DLNおよび/またはその前駆細胞を選別することができる(
図7E)。大脳オルガノイドは、大脳皮質細胞を例えば無血清凝集浮遊培養法(SFEBq;Watanabe et al., Nature Neuroscience 8:288-296, 2005)、3次元立体培養する方法によって、例えば大脳皮質に類似した多層構造が自己組織化的に形成されたミニブレインである。
【0088】
L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、L1CAM陽性神経細胞および/またはその前駆細胞を主な成分として含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする細胞集団である。上記神経前駆細胞は、限られた分裂回数の後に(成熟)神経細胞に分化を遂げるように運命付けられた細胞である。また、幹細胞は、例えば神経幹細胞および、(分化誘導の際に残留する)多能性幹細胞であり、腫瘍形成を生じさせるため移植用細胞に混入することは望ましくない。
【0089】
L1CAM陽性細胞は、哺乳動物の大脳皮質組織由来の皮質細胞から取得されてもよいし、あるいは、多能性幹細胞から分化誘導によって作製された大脳皮質細胞から取得されてもよい。前者の場合、皮質細胞中のL1CAM陽性細胞の割合は、約30%~約50%であり、発生が進むとL1CAM陽性細胞の割合は増加する。胎子(仔)期には幹細胞から神経細胞が作られる過程のためL1CAM陰性細胞も半数程度(例えば約50%)存在する。後者の場合、L1CAM陽性細胞中の神経前駆細胞および(成熟)神経細胞の割合は分化誘導期間(初期、中期、後期)に応じて変化する。
【0090】
L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、多能性幹細胞から分化誘導により大脳皮質細胞が作製される際の分化過程の初期段階(この段階は、L1CAM陽性が発現し始める時期、すなわち神経細胞が発現し始める時期、言い換えれば神経幹細胞から神経分化をし始める時期である。分化誘導法が変われば、上記基準にいたるまでの日数も変わるが、例えば、ヒトiPS細胞の場合、約16~18日、例えば17日)で選別されることが好ましい。本明細書では、分化過程の初期段階で選別されるL1CAM陽性細胞を「初期L1CAM陽性細胞」と称する。L1CAM陽性細胞は、例えば、軸索が遠い距離に伸長(もしくは伸展)可能であり、in vivoでレシピエントの錐体交叉に到達することができる(後述の実施例)。また、L1CAM陽性細胞の細胞線維は、線条体(Str)、内包(Ic)、大脳脚(Cp)、錐体交叉(Pyx)および視床(Tha)などの大脳下標的に高頻度に伸展することができるという性質をもつ。
【0091】
本発明ではまた、上記分化過程の初期だけでなく中期や後期のL1CAM陽性細胞でもよく、神経前駆細胞と(成熟)神経細胞の比率が変わるうえに、それぞれのL1CAM陽性細胞の細胞特性は、L1CAMを発現している点では同じであるが、その他の特性は若干変化している。とりわけ初期L1CAM陽性細胞は、in vivoで最も高い軸索新生を示す。
【0092】
大脳皮質細胞からのL1CAM陽性細胞の分離方法として、例えば、サイズや密度による細胞分画を利用する方法(例えば分離膜の使用、遠心分離など)、誘導泳動やフィールドフロー分画を利用する方法(例えば、細胞の電気特性や屈曲性の利用)、アフィニティーを利用する方法(例えば、モノクローナル抗体が結合した蛍光色素や磁気ビーズを用いるフローサイトメトリーなど)を挙げることができる。好ましくは、フローサイトメーターを利用する蛍光活性化セルソーティング(Fluorescence activated cell sorting;FACS)、磁気細胞分離装置を利用する磁気活性化セルソーティング(Magnetic cell sorting;MACS)などの細胞選別法(「セルソーティング」)である。
【0093】
FACSでは、特定の細胞表面マーカーであるタンパク質に対する抗体と結合した蛍光標識を用いてラベル化した標的細胞を含む細胞集団懸濁液をフローセル内に通してレーザー光を照射し、標的細胞からの特定の散乱光および蛍光のパラメータの特性に基づいて標的細胞を選別することができる。
【0094】
MACSでは、細胞集団懸濁液の中の特標的細胞を、特定の細胞表面マーカーであるタンパク質に対する抗体と結合した磁気標識を用いてラベル化することによって、磁力により磁気標識された標的細胞を選別することができる。
【0095】
細胞選別に使用されるモノクローナル抗体(例えば抗L1CAM抗体など)としては、市販のマウスモノクローナル抗体、ラットモノクローナル抗体などを使用してもよいし、あるいは、ヒトL1CAMタンパク質などの標的マーカータンパク質をマウスやラットに免疫し、免疫した動物から、脾臓を取り出し、PEG(ポリエチレングリコール)などの融合剤を使用してミエローマ細胞(例えばP6)と融合を行い、HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)培地で融合細胞(ハイブリドーマ)を選抜し、この細胞を培養して目的の抗体を得ることを含む周知のモノクローナル抗体作製技術を利用してもよい。
【0096】
蛍光物質は、特に限定されないが、例えばFITC(フルオレセイン・イソチオシアネート)、R-フィコエリトリン(R-phycoerythrin;RPE)などを含むことができる。
【0097】
磁性ビーズとしては、可磁化物質(例えばFe3O4、γFe2O3)の表面を、例えば官能基を有する高分子ポリマー等の材料でコーティングされたものが使用されうる。
【0098】
本発明の方法において、L1CAMを用いる細胞選別は、L1CAM陽性細胞である、CTIP2+DLNおよび/またはCTIP2+DLN前駆細胞の濃縮に有用であり、ならびにPAX6+NSCなどの望ましくない細胞の排除に有用である。
【0099】
本発明の方法はまた、腫瘍形成や神経細胞過剰増殖が認められないことから神経幹細胞や多能性幹細胞を含まないL1CAM陽性細胞を取得することを可能にする(
図7G)。
【0100】
4.L1CAM陽性細胞
本発明の第2の態様により、上記3.に記載した本発明の方法によって得られること、ならびに、被験体の大脳皮質に投与(例えば、注入もしくは移植)されたとき、軸索伸長を起こし、かつ軸索を少なくとも錐体交叉に投射する、および脳脊髄運動ニューロン(corticospinal motor neuron;CSMN)を生成することを特徴とするL1CAM陽性細胞を提供する。
【0101】
一実施形態において、L1CAM陽性細胞は、大脳皮質細胞への分化誘導過程の初期、中期または後期のL1CAM陽性細胞であり、L1CAM陽性細胞中の神経前駆細胞および成熟神経細胞の割合は分化誘導期間に応じて変化する。初期L1CAM細胞は前駆細胞の割合がより高く、一方、中期および後期L1CAM細胞は前駆細胞と成熟細胞の割合がおよそ同等レベルであるか、あるいは成熟細胞の割合がより高くなる。
【0102】
本発明のL1CAM陽性細胞について、上記3.に記載した本発明の方法に従って、ただし幹細胞(例えば神経幹細胞や多能性幹細胞などの未分化細胞)を含まないことを前提として、L1CAMマーカーを指標にして分離された全細胞数の例えば90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、または99%以上がL1CAM陽性であり、全細胞(100%)がL1CAM陽性であることが好ましい。
【0103】
L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、L1CAM陽性神経前駆細胞を主な成分として含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする細胞集団である。このとき、細胞集団中に、L1CAM陽性成熟神経細胞は含まれていてもよいし、含まれなくてもよい。
【0104】
L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、L1CAM陽性神経前駆細胞を、例えば50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする細胞集団である。
【0105】
L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、L1CAM陽性成熟神経細胞を、例えば5%以下、10%以下、20%以下、30は%以下、40%以下、または50%以下含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする細胞集団である。
【0106】
あるいは、L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、L1CAM陽性成熟神経細胞を主な成分として含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする細胞集団である。このとき、細胞集団中に、L1CAM陽性神経前駆細胞は含まれていてもよいし、含まれなくてもよい。
【0107】
L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、L1CAM陽性成熟神経細胞を、例えば50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする細胞集団である。
【0108】
L1CAM陽性細胞は、一実施形態において、L1CAM陽性神経前駆細胞を、例えば5%以下、10%以下、20%以下、30は%以下、40%以下、または50%以下含み、かつ幹細胞を含まないことを特徴とする細胞集団である。
【0109】
本発明のL1CAM陽性細胞は、次のような特長を有する。
第1に、in vivoでレシピエントの大脳皮質への投与(例えば、移植もしくは注入)により、大脳皮質に生着し、軸索/神経線維を錐体交叉へ投射/伸長することができる。このような投射/伸長は、初期、中期または後期L1CAM陽性細胞、好ましくは初期L1CAM陽性細胞の投与によって高頻度で認められる。
【0110】
第2に、in vivoでレシピエントの大脳皮質への投与により、L1CAM陰性細胞と比べて脳脊髄運動ニューロン(corticospinal motor neuron;CSMN)の数を顕著に(例えば約5~10倍、もしくはそれ以上)増加させることができる(
図6F)。
【0111】
第3に、L1CAM陽性細胞は、CTIP2陽性およびNRP1陽性である。あるいは、L1CAM陽性細胞は、Ctgf、Tbr2およびPax6遺伝子からなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子と比べて、NRP1、Ctip2およびReln遺伝子からなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子をより高いレベル(相対比、約2~7もしくは、それ以上)で発現する(
図11、
図12)。
第4に、L1CAM陽性細胞は、NRP1陽性細胞を含む細胞集団である(
図11、
図12)。
第5に、L1CAM陽性細胞は、CTIP2
+DLNおよび/またはCTIP2
+DLN前駆細胞である。
【0112】
L1CAM陽性細胞は、凍結保存によって保存すことが可能である。細胞を凍結するときには、細胞内で氷晶形成がなく細胞傷害や細胞死を防止することができるような凍結速度で凍結を行うのがよい。凍結は、一般的な冷媒または装置、例えば液体窒素、ディープフリーザー(例えば-80℃まで冷却可能)などを用いて行うことができる。凍結の際、凍結保存培地中に、例えばグリセロール、ジメチルスルホキシド(DMSO)などの凍結保護剤を添加するとよい。凍結保護剤の含有量は、限定されないが、例えば約2~10vol%とすることができる。凍結温度は、例えば-80℃、-197℃などの、細胞凍結保存で通常使用される温度としうる。
【0113】
5.L1CAM陽性細胞を含む細胞製剤
本発明は、第3の態様により、上記4.に記載したL1CAM陽性細胞を有効成分として含むことを特徴とする、大脳皮質障害を治療するための細胞製剤を提供する。
【0114】
本明細書における「細胞製剤」は、治療剤、医薬品、医薬組成物などの用語と代替的に置換することができる。
【0115】
製剤中のL1CAM陽性細胞は、一個体、一投与または一バイアルあたりの治療上有効量として、限定されないが、細胞数で例えば1×104以上、5×104以上、1×105以上、5×105以上、1×106以上、5×106以上、1×107以上、5×107以上、1×108以上、5×108以上、1×109以上、5×109以上などである。
【0116】
本明細書における「有効量」は、大脳皮質障害の症状を軽減または改善するのに十分に有効な量を指す。
【0117】
細胞製剤には、L1CAM陽性細胞を懸濁するための生体適合性塩類溶液、例えば生理食塩水、緩衝溶液(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)などの薬学上許容されうる担体を含むことができる。
【0118】
L1CAM陽性細胞は、輸送時には通常、凍結形態であり、使用時(例えば移植時)に解凍し、好ましくは、例えば遠心分離法によって液体部を上記担体と置換する。細胞が凍結形態の場合には、上記4.で記載したように、凍結保護剤を含有する凍結保存培地に細胞が懸濁されているため、移植の際には培地や保護成分を除去し、生体適合性塩類溶液と置換する必要がある。
【0119】
大脳皮質障害として、限定されないが、例えば、虚血や頭部外傷等による神経細胞の欠損、脳梗塞、脳卒中、神経変性疾患(例えばパーキンソン病、ハンチントン舞踏病、進行性核上麻痺、大脳皮質基底核変性症、クロイツフェルト・ヤコブ病など)、多能性硬化症、アルツハイマー病、てんかんなどが挙げられる。
【0120】
細胞製剤は、障害のある大脳皮質内に、例えば適切なゲージの注射針等の器具を用いて、あるいは外科手術によって、投与(注入もしくは移植とも称する。)することができる。その際、L1CAM陽性細胞の用量および投与法については、例えば上記および下記6.に記載のとおりであり、被験体の年齢、性別、体重、障害の種類や症状、重症度などによって、医師が適切と思われるものを適宜選択することができる。
【0121】
本明細書における「被験体」は、哺乳動物であり、例えばヒト、ペット動物(例えばイヌ、ネコなど)、観賞用動物(例えば動物園で飼育される動物)などであり、好ましくはヒトである。
【0122】
6.大脳皮質障害の治療方法
本発明は、第4の態様により、大脳皮質障害をもつ被験体の大脳皮質障害部位またはその周辺領域に、上記5.に記載したL1CAM陽性細胞を含む細胞製剤を投与することを含むことを特徴とする、被験体における大脳皮質障害の治療方法を提供する。
用量、大脳皮質障害等については、上記5.に記載したとおりである。
【0123】
本発明の治療方法は、一実施形態により、障害を受けた運動回路を再構築するために使用することができる。大脳皮質障害(例えば、虚血や頭部外傷等による神経細胞の欠損、脳梗塞、脳卒中、神経変性疾患など)のために運動機能が著しく低下した被験体に、本発明の細胞製剤を投与することによって、運動機能を改善することができる。
【0124】
大脳皮質細胞を被験体の脳に移植する場合、自己移植でもよいし、あるいは他家移植でもよい。上記1.に記載したように、大脳皮質細胞は、多能性幹細胞から分化誘導によって作製することができるが、この場合、多能性幹細胞は、自己の体細胞から誘導することができるし、あるいは非自己の体細胞から誘導することができる。拒絶反応を回避するためには、自己細胞に由来する大脳皮質細胞を使用することが望ましいが、ヒトの場合、白血球の型「HLA(Human Leukocyte Antigen)」が類似したヒトの体細胞から作製されたiPS細胞から誘導された大脳皮質細胞を使用することによって拒絶反応を抑制することができる。
【0125】
本発明の細胞製剤は、上記の投与量にて、非限定的に、例えば1週間に1回、2週間に1回、1か月間に1回、3か月に1回、6か月に1回、12か月に1回などの投与回数で被験体に投与しうる。投与は、侵襲性であるため、投与回数は少ない方が好ましいが、必要に応じて、上記例示の期間内の回数を複数回(例えば2~5回)としてもよい。
【0126】
また、大脳皮質細胞の大脳皮質障害部位またはその周辺領域への移植は、例えば、Nature Neuroscience,2:1137-1140(1999)もしくはNew Engl J Med.,344:710-719(2001)に記載されるような手法によって行うことができる。
【0127】
大脳皮質に移植されたL1CAM陽性細胞は、大脳皮質に生着し、軸索/神経線維を錐体交叉へ投射/伸長して、脳脊髄運動ニューロン(CSMN)の数を増加することができる。CSMNは脳の皮質第V層中に存在し、その一次運動野には巨大なBetz細胞があり、その錐体路(皮質脊髄投射)を形成することから、L1CAM陽性細胞を移植することにより、障害を受けた運動回路を再構築することができる。このため、本発明の細胞製剤は、大脳皮質障害によって、例えば運動機能が著しく低下した被験体の運動機能を改善もしくは回復するために有用である。
【実施例0128】
本発明をさらに以下の実施例を参照しながら具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例によって制限されないものとする。
なお、以下の参考実施例1および2は、本出願人による国際公開WO2016/167372号の明細書中、実施例3および4に記載された大脳皮質細胞の分化誘導の具体例を示す。
【0129】
[参考実施例1]
大脳皮質細胞の分化誘導(方法1)
Laminin511E8を用いてフィーダーフリー条件で培養したiPS細胞(836B1)をAccumaxを用いて解離させ、96ウエルプレート(Lipidure-coat 96wellプレート)に1ウエルあたり9×103個を移し、50μM Y-27632、10μM SB43152、10ng/ml bFGF、10nM-50nM C59、0.1μM LDN193189、10%KSR、0.1mM MEM非必須アミノ酸、0.1mM 2-メルカプトエタノールおよび2mM L-Glnを含有するDMEM/F12中で、浮遊培養を行った(分化誘導開始、day0)。3日後、培地交換に際して、Y-27632を含有しない同培地へ交換した(day3)。3日後、10nM-50nM C59、0.1μM LDN193189、10%KSR、0.1mM MEM非必須アミノ酸、0.1mM 2-メルカプトエタノールおよび2mM L-Glnを含有するDMEM/F12へ培地を交換した(day6)。以後、3日毎に同じ培地に交換し、分化誘導開始から18日間培養を行った(day18)。
【0130】
Day18の培地を半量吸引除去し、B27、2mM L-Gln、および、10units/mlペニシリンおよびストレプトマイシンを添加したNeurobasalを除去した量だけ添加した。同様に、Day21においても半量の培地を交換した。Day24において、ペトリディッシュへ細胞を移し、以後、3または4日毎に半量の培地を交換した。Day46にて、得られた細胞において、CoupTF1およびCtip2に対する抗体を用いて免疫染色を行ったところ、CoupTF1およびCtip2の発現を確認した。以上より、Day18以降においても浮遊培養によって、所望の大脳皮質運動野に存在する大脳皮質細胞(神経細胞)が誘導できることが確認された。
【0131】
[参考実施例2]
大脳皮質細胞の分化誘導(方法2)
分化誘導前日に10μM Y27632を培養液へ添加して培養したiPS細胞(836B1)をSNL feeder上から分離させるためにCTKでSNL細胞を除去した後、Accumaxを用いて解離させ、96ウエル plate(Lipidure-coat 96well plate)に1ウエルあたり9×103個を移し、50μMY-27632、10μM SB43152、10ng/ml bFGF、各種Wnt阻害剤(C59 50nM,LGK-974 100nM,ICG-001 1μM(Cellagen Technology))、100nM LDN193189、10%KSR、0.1mM MEM非必須アミノ酸、0.1mM 2-メルカプトエタノールおよび2mM L-Glnを含有するDMEM/F12中で、浮遊培養を行った(分化誘導開始、day0)。3日後、培地交換に際して、Y-27632を含有しない同培地へ交換した(day3)。3日後、各種WNT阻害剤(C59,LGK-974,ICG-001)、100nM LDN193189、10%KSR、0.1mMMEM非必須アミノ酸、0.1mM 2-メルカプトエタノールおよび2mM L-Glnを含有するDMEM/F12へ培地を交換した(day6)。以後、3日毎に同じ培地に交換し、分化誘導開始から18日間培養を行った(day18)。
【0132】
Day18の培地を半量吸引除去し、B27、2mM L-Gln、および、10units/mlペニシリン及びストレプトマイシンを添加したNeurobasalを除去した量だけ添加した。同様に、Day21においても半量の培地を交換した。Day24において、ペトリディッシュへ細胞を移し、以後、3または4日毎に半量の培地を交換した。Day46にて、得られた細胞において、CoupTF1およびCtip2に対する抗体を用いて免疫染色を行ったところ、Ctip2の発現が確認された。また、CoupTF1陰性でCtip2陽性細胞の誘導効率はC59と類似の作用をもつLGK-974において、大きな違いはなかったが、C59と異なる作用をもつICG-001においては、著しく低かった。以上より、C59と類似の作用をもつWNT阻害剤LGK-974を利用しても、所望の大脳皮質運動野に存在する大脳皮質細胞(神経細胞)が誘導できることが確認された。
【0133】
[実施例1]
大脳皮質細胞からのL1CAMマーカーの選択およびL1CAM陽性細胞の分離
[I.材料および方法]
<1.動物>
動物実験はすべて京都大学の動物実験ガイドライン(京都、日本)、実験室動物資源研究所の実験室動物の取扱と利用(guidelines for Care and Use of Laboratory Animals of the Institute of Laboratory Animal Resources)に関するガイドライン(ILAR; Washington, DC,米国)、および研究における動物に関するガイドライン:インビボ実験の報告(guidelines for the Animals in Research: Reporting In Vivo Experiments)(ARRIVE)に従って実施した。16週齢の雌ヌードラット(F344/NJcl-rnu/rnu)はCLEAジャパン(東京、日本)から入手した。また、3日齢のマウス(C.B-17/lcrHsd-Prkdcscid)、9週齢の雄マウス (C57BL/6NCrSlc)およびE14.5マウス(C57BL/6NCrSlc and C57BL/6 6-Tg)はともに清水実験材料(株)(京都、日本)から入手した。すべての動物は日中照明する条件(明、12時間/暗、12時間)で飼育され、標準食餌と水が自由に与えられた。
【0134】
<2.成体動物への移植>
上記動物をイソフルラン(isoflurane)(インターベット(Intervet, Inc.)、東京、日本)で麻酔し、各ドナー脳左半球の脳梁上の、0.5~2.0mm外側から正中まで、ならびに、0.5~2.0mm吻側から前頂まで、運動野を吸引した。吸引後7日目に、GFPトンスジェニックマウスからE14.5マウス前頭皮質を単離し、Accumax (Innovative Cell Technologies, Inc., San Diego, CA,米国)を用いて37℃10分間皮質を酵素により消化した。2mM L-グルタミン(L-Gln; Merck、東京、日本)、0.1mM 2-メルカプトエタノール(2-ME;富士フィルム)、1%(vol/vol)N2サプリメント(Thermo Fisher Scientific, Inc.、東京、日本)、2%(vol/vol)B-27サプリメント(Thermo Fisher Scientific)、1%(vol/vol)ペニシリン-ストレプトマイシン(PS;Merck)および10μM Y-27632(富士フィルム)を補充したDMEM/F12 (富士フィルム和光純薬(富士フィルム)、大阪、日本)中、細胞密度を1μlあたり10×104細胞に調整した。その細胞懸濁液(1部位あたり2μl)を宿主の病変部の内腔に投与した。選別した細胞凝集塊を病変部の腔内に投与したとき、最上級表面をもつ96ウエルプレート(住友ベークライト、東京、日本)中で、2mM L-Gln、0.1 mM 2-ME、1% N2アプリメント、2% B-27サプリメント、1% PSおよび10 μM Y-27632を含有する200μlのDMEM/F12中1ウエルあたり2×104細胞の密度で、選別した細胞を再び平板培養した。2日後、細胞凝集体を20×104 細胞(約7~11細胞凝集塊)に調整し、宿主の病変部の内腔に入れた。移植後、動物を犠牲にし、免疫組織化学研究用に作製された。
【0135】
<3.新生仔マウスへの移植>
最上級表面をもつ96ウエルプレート中で、2mM L-Gln、2%B-27サプリメント、1%PS、20ng/ml BDNF (富士フィルム)、10ng/ml GDNF(富士フィルム)および30μM Y-27632を含有する200μlのNB中1ウエルあたり3×104細胞の密度で、選別したヒトiPS細胞を再平板培養した。3~4日後、選別した細胞凝集塊を、Accumax を用いて解離し、1μlあたり15~20×104細胞の密度に調整した。新生仔マウスを氷上で新生仔マウスを冷麻酔した。細胞懸濁液(1部位あたり0.5μl)を、運動野(前頂から、前部1.8mm;側部1.1mm;垂直部,0.7mm)中に32ゲージ針(伊藤製作所、静岡、日本)を介して定位固定した状態で投与した。投与後、投与部位の尾側に26ゲージ針を用いて皮質病変を作った。移植後の2か月目に、マウスを犠牲にし、免疫組織化学的研究用に作製した。
【0136】
<4.逆行性標識>
Fast Blue(FB; Polysciences, Inc., Warrington, PA)およびコレラ毒素Bサブユニット(CTB;Thermo Fisher Scientific)を逆行性標識分析のために用いた。マウス皮質または選別細胞を移植した動物においてラベル化するために、4%(vol/wt)FB、4%(vol/vol)ジメチルスルホキシド(Merck)および人工脳脊髄液(Harvard Apparatus, Inc.,Holliston,MA,米国)を含有するFB溶液を、動物の犠牲7日前に錐体交叉内に投与した。マウス脳の投射ニューロン内をラベル化するために、0.1%(wt/vol)リン酸緩衝塩水(PBS;富士フィルム)を含有するCTBを、動物の犠牲6日前に、大脳皮質(前頂から、前部0.5mm;側部2.5mm;垂直部1.0mm)、線条体(前頂から、前部0.5mm;側部2.0mm;鉛直部2.5mm)および外側中隔(前頂から、前部0.5mm;側部0.1mm;垂直部2.5mm)内に投与した。
【0137】
<5.免疫染色>
脳切片を染色するために、マウス皮質または選別細胞を移植した動物をペントバルビタール(東京化成工業、東京、日本)を用いて犠牲にし、一晩4%パラホルムアルデヒド(PFA;富士フィルム)を灌流し、その後、一晩、それぞれPBS中の10%(wt/vol)スクロースおよび20%(wt/vol)スクロース(ナカライテスク、京都、日本) と置換した。固定した脳を、OCT化合物(サクラファインテックジャパン、東京、日本)中に包埋し、クリオスタット(CM-3050; Leica Inc.)を用いて厚さ30μmに薄切した。脳切片を、使用するまで、-20℃で、30%(vol/vol)エチレングリコール(富士フィルム)、30%(vol/vol)グリセロール(ナカライテスク)、0.243%(wt/vol) NaH2PO4、0.874%(wt/vol) Na2HPO4および0.34%(wt/vol) NaClを含有する蒸留水(DW; Thermo Fisher Scientific)中に入れた。細胞凝集塊を染色するために、この細胞凝集塊を、15分間4%PFAを用いて灌流し、その後、一晩、PBS中の10%(wt/vol)スクロースと置換した。固定した細胞凝集塊をOCT中に包埋し、クリオスタットを用いて厚さ20μmに切断した。切片を、MASをコートしたスライドガラス(松浪硝子工業、大阪、日本)の表面上に付着し、使用するまで-20℃で保存した。培養した細胞を染色するために、細胞を、15分間、4%PFAを用いて灌流し、PBSで洗浄した。固定した細胞を、使用するまで4℃で保存した。
【0138】
サンプルを、30分間、2%(vol/vol)Triton X-100(PBST;ナカライテスク)を含有するPBS中で透過処理した。ブロッキング前、マイクロウェーブオーブン中で5分間加熱することを含む抗原回収法を抗K167抗体(1:500;#NCL-KI67P,Leica Biosystems,Newcastle,英国)に対し使用した。その後、サンプルを4%(wt/vol)Block Ace(大日本住友製薬、東京、日本)および0.1%(vol/vol)Triton X-100を含有するPBSで30分間ブロックした。第1抗体を4% (wt/vol)Block Aceを含有する0.1%(vol/vol)PBSTで希釈し、4℃で一晩インキュベーションした。サンプルを、室温(RT)で60分間、0.1% (vol/vol)PBSTで洗浄し、4%(wt/vol)Block Aceを含有する0.1%(vol/vol)PBST中の第2抗体と一緒にインキュベーションし、その後、0.1% PBSTで洗浄し、4'-6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI;Thermo Fisher Scientific)と一緒に室温で5分間インキュベーションした。最後に、サンプルを、44%(vol/vol)200mM Tris-HCl(ナカライテスク)、22%(vol/vol)グリセロール(富士フィルム)、0.02%(wt/vol)1,4-ジアザビシクロ[2,2,2]オクタン(DABCO;富士フィルム)および0.09%(wt/vol) Mowiol 4-88試薬(Merck)を含有する蒸留水を用いて封入した。
【0139】
第1抗体は、以下のものを使用した。すなわち、抗GFP(1:1,000;#598、医学生物学的研究所、名古屋、日本、および1:1,000;#04404-26、ナカライテスク)、抗CTIP2(1:200;#12120S、Cell Signaling Technology, Inc.、東京、日本、および1:1,000;#ab18465、Abcam Inc., Cambridge, MA)、抗FOXG1(1:500;#ab18259、Abcam)、抗GSH2(1:5,000;Dr. Mototsugu Eiraku(RIKEN, CDB)からの恵与)、抗M2(1:100;#AB531785、Developmental Studies Hybridoma Bank (DSHB))、抗M6(1:100;AB2149607,DSHB)、抗REELIN(1:500;#NB600-1081、Novus Biologicals, Littleton, CO, 米国)、抗L1CAM(1:1,000;#MAB5674,R&D Systems, In., Minneapolis,米国;1:500;#554273, BD Biosciences, San Jose,カナダ)、抗NRP1(1:500;#NP2111, ECM Biosciences, Versailles, KY,米国)、抗TBR2(1:500;#ab23345, Abcam)、抗PAX6(1:1,000;PRB-278P, BioLegend, San Diego, CA,米国; 1:500;#561462, BD Biosciences)、抗CUX1(1:200;#sc-13024, Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA,米国)、抗COUP-TF1(1:1,000;#PP-H8132-00, Perseus Proteomics, Inc.、東京、日本)、抗STEM121(1:1,000;#Y40410、タカラバイオ、滋賀、日本)、抗NESTIN (1:1,000;#MAB5326, Merck)、抗TUJ1(1:2,000;#PRB435P, BioLegend)、ならびに抗TBR1(1:1,000;#AB10554, Merck)。また、Alexa蛍光結合抗体類(1:500; Thermo Fisher Scientific)を第2抗体として使用した。
【0140】
<6.CTIP2:GFPノックイン(KI) mES細胞系の作製>
CTIP2:GFP KIターゲティングベクターを、pBS-IRES-GFP-polyA-neo-DTAを用いて構築した。具体的には、Ctip2遺伝子第4エクソンのORF領域を含む4kb 5’アームゲノム断片およびCtip2遺伝子ストップコドンのすぐ下流の3.5kb 3’アーム断片を、鋳型として129SVゲノムDNAを用いるPCRによって増幅し、さらにpBS-IRES-GFP-polyA-neo-DTAのNotI/XhoI部位およびSalI/SpeI部位に別々にクローニングして上記ターゲティングベクターを作製した。CTIP2:GFP KI ES細胞を、標準の手順に従い129SVEV胚性幹細胞系中に相同組換えによって作製し、さらにPCRによって遺伝子型を確認した。Neoカセットの存在は類似のBcl11b-YFP KIマウスでレポーター遺伝子発現に影響を及ぼさなかったため(Kueh et al., Nature Immunology 17:956-965, 2016)、本発明者らは、以下の実験でNeoカセットを含むCTIP2:GFP KI ES細胞を使用した。
【0141】
<7.細胞培養>
マウスES(mES)細胞(EB5;継代回数35~45)およびCTIP2:GFP KI mES細胞 (継代回数11~21)が、20%(vol/vol)ウシ胎仔血清(FBS;Merck)、1% PS、0.1mM 2-ME、2mM L-Gln、2,000U/ml白血病阻止因子(LIF;Merck)、および1%(vol/vol)ヌクレオシド(Merck)を補充したKnockOut DMEM (Thermo Fisher Scientific)中、有糸分裂が不活性化されたマウス胚線維芽細胞フィーダー層上に維持された。培養培地のすべてを毎日新鮮な培地と交換した。皮質ニューロンの誘導のために、マウスES細胞を、最上級表面をもつ96ウエルプレート(住友ベークライト)中、10%(vol/vol) KnockOut Serum Replacement (KSR;Thermo Fisher Scientific)、0.1mM MEM非必須アミノ酸溶液(NEAA; Thermo Fisher Scientific)、0.1mM 2-ME、1mMピルビン酸ナトリウム溶液(Pyruvate; Merck)、および2 mM L-Glnを補充したGMEM(Thermo Fisher Scientific)を含有する分化培地中で、1ウエルあたり9,000細胞の密度で再び平板培養した。さらに、10μM SB-431542(Merck、TGF-β阻害剤)と250ng/ml DKK1 (R&D Systems)もしくは20nM WNT-C59(Cellagen Technology, San Diego, CA,米国;WNT阻害剤)とを6日目までに添加した。6日目に、GMEMから、0.1mM 2-ME、2mM L-Gln、1% N2サプリメント、および2%B-27サプリメントを補充したDMEM/F12(富士フィルム)に交換した。3日毎に、培地の半分を新鮮な上記培地と置換した。
【0142】
ヒトiPS細胞(1039A1; 継代回数15~25)を、iMatrix-511(ニッピ、東京、日本)をコートした6ウエルプレート上、1ウエルあたり1.5~3.0×104細胞の密度で、StemFit AK02N(リプロセル、神奈川、日本)と一緒に維持した。神経細胞分化を開始したとき、ヒトiPS細胞を、Accumaxを用いて単一細胞に解離し、その後、最上級表面をもつ96ウエルプレート中、2mM L-Gln、0.1mM 2-ME、0.1mM NEAA、15%KSR、20nM WNT-C59、および100nM LDN193189 (Stemgent, Inc.,Cambridge,MA,米国)を含有するDMEM/F12を含む分化培地中で、1ウエルあたり9,000細胞の密度で維持した。アノイキス(anoikis)を避けるために、3日目までに50μM Y-27632を添加した。さらに、10μM SB-431542および5ng/ml bFGF (R&D Systems)を6日目までに添加した。18日目に、培地を、DMEM/F12から2mM L-Gln、2%B-27サプリメント、および1%PSを補充したNeurobasal medium (NB; Thermo Fisher Scientific)に交換した。3日毎に培地の半分を新鮮な培地と置換した。
【0143】
<8.多能性幹細胞(hESCshiPSCs)から大脳皮質細胞への分化誘導>
1.hES分化培地(0日目~17日目)
・GMEM 500mL
・非必須アミノ酸(NEAA) 6.6mL
・ピルビン酸ナトリウム 6.6mL
・KSR 127mL
・2-メルカプトエタノール(2-ME)(0.1M) 660μL
・ペニシリン(Pen)/ストレプトマイシン(Strep) 5mL
2.2-ME(0.1M)の調製
・2-ME 50μL
・PBS 7.05mL
3.SB 432542(10mM)の調製
・SB 432542 10mgをエタノール2.6mLで溶解する。
・200μL×13本に分注し、-30℃に保存する。
4.IWR1e(30mM)の調製
・IWR1e10mgをDMSO810μLで溶解する。
・40μL×20本に分注し、-30℃に保存する。
5.hES分化培地(18日目~)
・DMEM/F12+GlutaMAX 500mL(gibco#10565-018)
・CD Lipid Concentrate 5mL(gibco #11905-031)
・Pen/Strep 5mL(gibco #15140-122)
・アンホテリシン(Amphotericin)B 500μL(gibco #15290-018)
【0144】
<分化誘導0日目(1ディッシュ→2プレート)>
準備および手技1、2は次のとおりである。
1.準備
・hES維持培地
・hES分化培地
・解離液、TripLE Express
・DNase、Y-27632(5mM)、SB432542(10 mM)、IWR1e(30mM)
【0145】
2.手技1
1)解離液を室温で解凍し、遠心機で遠心分離する。
2)維持培地20mLを37℃に加温する。
3)直径10cmの培養ディッシュ(dish)1枚をゼラチン7mLでコートし、室温で15分静置する。
4)hESCsまたはhiPSCsディッシュをPBS12mLで洗浄×2(25mLオートピペット使用)を行う。
5)解離液1.5mL(750μL×2)を添加し、インキュベーションを8分(37℃、2%CO2)行う。
6)解離液を1mL除去する。
7)DNase2μLを添加し、手で叩いて剥がす、DNaseはすぐ戻す。
8)維持培地2mL(1mL×2)を添加し、ピペッティング(1000μLピペットマン使用)を行い、15mLチューブへ回収する。
9)遠心分離を2分(4℃、1000rpm)行う。
10)上清を除去し、タッピングを行い、維持培地を7mL添加する。
11)Y-27632 14μLを添加する(最終濃度10μM)。
12)コートしたディッシュのゼラチンを除去し、コロニー液7mLを播種する(10mLオートピペット使用)。
13)インキュベーションを1.5~2時間(37℃、2%CO2)行う。
(MEF細胞を分離するため)
【0146】
3.手技2
1)分化培地13mL(回収用)を加温し、同培地20mL(培養用)も室温に戻し、遠心機で遠心分離する。
2)TripLE Express 2mLにDNase7.5μL、Y-27632 24μL(12mLで10μMとなる。)を添加し、室温まで加温する。
3)コロニー液7mLを回収し、15mLチューブに移す(10mLオートピペット使用)。
4)維持培地3mLでコロニーを追加回収する(コロニー液:計10mL)。
5)遠心分離を1分(4℃、1000rpm)行う。
6)上清を除去し、タッピングを行い、PBS 10mLを添加する。
7)遠心分離を1分(4℃、1000rpm)行う。
8)上清を除去し、タッピングを行い、TripLE Express 2mLを添加する。
9)37℃で5分加温し、前半の3分は手で振盪する。
10)分化培地(回収用)1mLを添加し、ピペッティングを10回行う。
11)分化培地(回収用)9mLを添加する(計:12mL)。
12)遠心分離を5分(4℃、1000rpm)行う。
13)上清を除去し、タッピングを行い、分化培地2mLを添加する。
14)Y-27632 8μLを添加する(最終濃度20μM)。
15)細胞数をカウントし、180万細胞(90万細胞/プレート)となる細胞液量を計算する。
16)細胞液を加える分だけ、まず分化培地20mlの量を減らし、細胞液を添加する。
17)Y-27632 200μL(最終濃度50μM)、SB431542 10μL(最終濃度5μM)、IWR1e 2 μL(最終濃度3μM)を添加する。
18)96ウエルプレートに播く。
19)インキュベーションを行う(37℃、5%CO2)。
【0147】
<分化誘導3日目>
手順は次のとおりである。
1)分化培地10mLプレートを37℃に加温する。
2)SB431542:5μL/プレート(最終濃度5μM)、IWR1e:1μL/プレート(最終濃度3μM)を添加する。
3)96ウエルプレートに100μL/ウエルずつ加える(→200μL/ウエル)。
4)インキュベーション(37℃、CO2 5%)を行う。
【0148】
<分化誘導6日目>
手順は次のとおりである。
1)分化培地8mL/プレートを37℃に加温する。
2)SB431542:4μL/プレート(最終濃度5μM)、IWR1e:0.8μL/プレート(最終濃度3μM)を添加する。
3)96ウエルプレートから125μL/ウエルを除去し、80μL/ウエルを添加する(→およそ150μL/ウエル)。
4)インキュベーション(37℃、5%CO2)を行う。
【0149】
<分化誘導9、12および15日目>
手順は次のとおりである。
1)分化培地8mLプレートを50mLチューブに入れ、37℃に加温する。
2)SB431542:4μL/プレート(最終濃度5μM)、IWR1e:0.8μL/プレート(最終濃度3μM)を添加する。
3)96ウエルプレートから75μL/ウエルを除去し、80μL/ウエルを添加する。
4)インキュベーション(37℃、5%CO2)を行う。
【0150】
<分化誘導18日目>
準備および手順は次のとおりである。
1.準備
・分化培地(18日目~、「N2-培地」)
・N2サプリメント(ThermoFischer、#17502-048、5mL)
・0cmEZSPHERE(AGC、#4020-900、14,000ウエル/ディッシュ)
2.手順
1)N2-培地(18日目~)12mL/プレートを37℃に加温する。
2)200μLピペットマン(広口チップ)で凝集塊(sphere)をEZSPHEREへ回収する。
3)200μLピペットマン(通常チップ)で培地を除去する。
4)N2-培地にN2サプリメント120μL/プレートを添加し、EZSPHEREへ添加する。
5)インキュベーション(37℃、40%O2、5%CO2)を行う。
【0151】
<分化誘導21日目~(3日に1回)>
準備および手順は次のとおりである。
1.準備
・分化培地(18日目~、「N2-培地」)
・N2サプリメント
2.手順
1)N2-培地12mL/プレートを37℃に加温する。
2)N2サプリメント120μL/プレートを添加する。
3)1000μLピペットマンで旧培地を除去する。
4)25mLオートピペットで新培地を添加し、凝集塊(sphere)を満遍なく配置する。
5)インキュベーション(37℃、40%O2、5%CO2)を行う。
【0152】
<9.定量PCR(qPCR)>
全RNAを、RNeasy Mini Kit (Qiagen, Valencia, CA)またはRNeasy Micro Kit(Qiagen)を用いてマウス胚および培養細胞から抽出した。Super Script III First-Strand Synthesis System (Thermo Fisher Scientific)を用いてcDNAを合成した。qPCRを、SYBR Premix Ex Taq (タカラバイオ)を用いて、ならびに、Thermal Cycler Dice Real Time System (タカラバイオ)を用いて行った。データは、デルタ-デルタCt法を用いて解析し、Gapdhレベルによって正規化した。プライマーをprime3 plusを用いて設計し、その配列は以下のとおりである。
【0153】
mGapdh:
フォワード 5’-TGTTCCTACCCCCAATGTGTC-3’(配列番号1)
リバース 5’-TAGCCCAAGATGCCCTTCAG-3’ (配列番号2);
mFoxg1:
フォワード 5’-ACCCTGCCCTGTGAGTCTTT-3’ (配列番号3)
リバース 5’-GACCCCTGATTTTGATGTGTG-3’ (配列番号4);
mReelin:
フォワード 5’-GCCACTGCTTACTCGCACCT-3’ (配列番号5)
リバース5’-GCCACACTGCTCTCCCATCT-3’ (配列番号6);
mCtip2:
フォワード 5’-TTGGATGCCAGTGTGAGTTG-3’ (配列番号7)
リバース 5’-ATGTGTGTTCTGTGCGTGCT-3’ (配列番号8);
mCux1:
フォワード 5’-TCCTGGAACAAGCCAAGAGG-3’ (配列番号9)
リバース 5’-CTGTAGGATGGAGCGGATGG-3’ (配列番号10);
mNrp1:
フォワード 5’-CCGCCTGAACTACCCTGAAA-3’ (配列番号11)
リバース 5’-CACCCTGTGTCCCTACAGCA-3’ (配列番号12);
mCtgf:
フォワード 5’-AGGAGTGGGTGTGTGACGAG-3’ (配列番号13)
リバース 5’-TTGGCTCGCATCATAGTTGG-3’ (配列番号14);
mTbr2:
フォワード 5’-TGTGACGGCCTACCAAAACA-3’ (配列番号15)
リバース 5’-GTACCGACCTCCAGGGACAA-3’ (配列番号16);
mPax6:
フォワード 5’-GTGCCCTTCCATCTTTGCTT-3’ (配列番号17)
リバース 5’-CGCCCATCTGTTGCTTTTC-3’ (配列番号18);
hGapdh:
フォワード 5’-TCAAGAAGGTGGTGAAGCAG-3’ (配列番号19)
リバース 5’-CGCTGTTGAAGTCAGAGGAG-3’ (配列番号20);
hOct4:
フォワード 5’-AGACCATCTGCCGCTTTGAG-3’ (配列番号21)
リバース 5’-GCAAGGGCCGCAGCTT-3’ (配列番号22);
hNanog:
フォワード 5’-GGCTCTGTTTTGCTATATCCCCTAA-3’ (配列番号23)
リバース 5’-CATTACGATGCAGCAAATACGAGA-3’ (配列番号24);
hPax6:
フォワード 5’-GGTGAATGGGCGGAGTTATG-3’ (配列番号25)
リバース 5’-CTGACACACCAGGGGAAATG-3’ (配列番号26);
hNrp1:
フォワード 5’-TGCAGTATTCCCCAAACCAC-3’ (配列番号27)
リバース 5’-CCAACATTCCAGAGCAAGGA-3’ (配列番号28);
hCtip2:
フォワード 5’-ACCTGCTCTCACCCACGAAA-3’ (配列番29号)
リバース 5’-GCTGTTGAAGGGCTGCTTG-3’ (配列番号30)
hL1CAM:
フォワード 5’-GGCATCTACCGCTGCTTTG-3’ (配列番号31)
リバース 5’-CGGGCTTCACTGTCTCCTTT-3’ (配列番号32)
【0154】
<10.細胞選別>
細胞懸濁液を、Accumaxを用いて調製し、その後、細胞を、2%FBS、20mM D(+)-グルコース(富士フィルム)、および1%PSを含有するPBS中に再懸濁した。サンプルを抗L1CAM抗体で20分間染色した。第1抗体との反応後、サンプルをAlexa蛍光結合抗体(1:400)で20分間染色した。死細胞は、7-アミノ-アクチノマイシンD(7AAD; BD Biosciences)でラベル化した。細胞選別を、FACS Aria II(BD Biosciences)を用いて行い、データをFACS Divaソフトウエア(BD Biosciences)によって解析した。
【0155】
選別後、マウス細胞を、2mM L-Gln、1%N2サプリメント、2%B-27サプリメント、1%PS、20ng/ml BDNF(富士フィルム)、10ng/ml GDNF (富士フィルム)、および30μM Y-27632を含有するDMEM/F12中で培養した。一方、ヒト細胞を、2mM L-Gln、2%B-27サプリメント、1%PS、20ng/ml BDNF、10ng/ml GDNF、および30μM Y-27632を含有するNB中で培養した。
【0156】
in vitro研究のために、選別した細胞を、ポリ-L-オルニチン(50μg/ml, Merck)、ラミニン (5μg/ml, Thermo Fisher Scientific)、およびファイブロネクチン(5μg/ml, Merck)でコートされた、かつ区画を有する細胞培養スライド(chambered cell culture slides;Thermo Fisher Scientific)上で培養した。in vivo研究のために、選別した細胞を、低細胞接着性の96ウエルプレート内で1ウエルあたり3×104細胞の密度で再び平板培養した。それぞれ、3日毎に、培養培地の半分を新鮮な培地で置換した。
【0157】
<11.EdU取り込みアッセイ>
固定の2時間前に、培地中に10μM EdU(Thermo Fisher Scientific)を添加した。DNAへのEdU取り込みの検出をClick-iT Plus Alexa Fluor 647 Cell Proliferation Assay Kit (Thermo Fisher Scientific)を用いて行った。固定した細胞を、室温で30分間、0.3%PBSTと一緒にインキュベーションした。製造業者の指示に従ってClick-iT反応カクテルを調製し、サンプルを30分間Click-iT反応カクテルと一緒にインキュベーションした。洗浄後、サンプルを免疫染色手順に掛けた。
【0158】
<12.マイクロアレイ分析>
全RNAをRNeasy Mini Kitを用いて抽出した。サンプルを、GeneChip Mouse Gene 1.0 ST Arrays(Thermo Fisher Scientific)を用いるマイクロアレイ分析に掛けた。アレイをMicroarray Scanner System (Agilent Technologies, Santa Clare, CA)を用いてスキャンした。データの解析には、GeneSpringソフトウエアプログラム(Agilent Technologies)を使用した。プローブセットの発現シグナルはRMA16を用いて算出した。マイクロアレイデータは、登録番号GSE72875でGene Expression Omnibus (GEO database)から入手可能である。
【0159】
<13.蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)>
マウス胚を、4℃で一晩、4%PFAを含有するPBS中で固定した。固定したサンプルを、4℃で一晩、15%スクロースを含有するPBS中で脱水した。その後、サンプルを、クリオスタット(cryostat)を用いて15μmの厚さの切片にし、MASをコートしたスライドガラス上に付着した。RNA FISHを、RNAscope Multiplex Fluorescent v2 kit(Advanced Cell Diagnostics, Inc.,Hayward,CA,米国)を用いて行った。サンプルスライドを3分間標的賦活化バッファ中で煮沸し、3分間99.5%エタノール(富士フィルム)中ですすぎ、空気中で乾燥した。サンプルスライドを40℃15分間プロテアーゼ消化に掛け、その後、該スライドを40℃2時間RNAscopeオリゴヌクレオチドプローブ(Ctip2, NM_021399.2)と一緒にインキュベーションした。ハイブリダイゼーション後、サンプルスライドをそれぞれAMP1およびAMP2と一緒に40℃30分間インキュベーションした。その後、サンプルスライドをAMP3と一緒に40℃15分間インキュベーションした。最後に、サンプルスライドを40℃30分間 OPAL 590 (Perkin Elmer Japan Co, Ltd.、横浜、日本) でラベル化した。この反応を、40℃30分間HRPブロッカーで止めた。洗浄後、サンプルスライドを免疫染色手法に掛けた。
【0160】
<14.画像およびデータ解析>
画像を蛍光顕微鏡(BZ-9000;キーエンス,大阪,日本)、In Cell Analyzer 6000(GE Healthcare)、および共焦点レーザー顕微鏡(Fluoview FV1000D;オリンパス)を用いて視覚化した。細胞数を測定するために、少なくとも3つの独立したサンプルについて免疫陽性細胞を手動でカウントし、各マーカーについて陽性細胞のパーセンテージを計算した。グラフト中への免疫陽性細胞の数を、グラフト全体にわたり6切片毎に定量し補正した。グラフトの数を測定するために、低倍率のGFP画像をBZ-II Analyzerソフトウエア(キーエンス)中に入れて、グラフト全体にわたり6切片毎に定量した。概算されたグラフト体積を脳スライスの厚さに基づいて計算した。グラフトを含む捉えた画像を用いて神経突起の長さを計算した。グラフト由来の神経突起を、GFPもしくはSTEM121の発現に基づいて同定した。線維の全長を、In Cell Developer(GE Healthcare)を用いて定量した。線維総数は、各領野内に手動でカウントされた。
【0161】
<15.統計分析>
統計分析は、ソフトウエアパッケージ(GraphPad Prism 7; GraphPad)を用いて行った。in vitro実験およびin vivo実験からのデータを、Student t-testまたはone-way ANOVAとBonferroniの多重比較テストとを用いることによって解析した。データは、p<0.05であるとき統計的に有意であるとみなし、また平均± 平均の標準誤差(SEM)として示された。データはすべて少なくとも3つの独立した実験から得られた。
【0162】
[II.結果]
<1.グラフト由来CTIP2
+ 深層ニューロン(DLN)は成体脳の脳脊髄に投射する>
グラフトの移植後、軸索を脳脊髄に投射する細胞の特性を調べるために、胎生(E)14.5日のGFPノックイン(KI)マウス(Okabe M et al.,FEBS letters 407:313-319,1997)から皮質を単離し、その細胞を成体マウスの病変部の腔(lession cavity)内に移植した。移植後2か月目に、GFPの発現に基づきGFP
+細胞を同定した(
図1A,B)。CSTと共にGFP標識線維(例えば、脳梁(Cc)、内包(Ic)、橋(Po)、延髄(Mo)および錐体交叉(Pyx))が見いだされた(
図1C)。しかし、脳脊髄に投射するタイプの細胞はよく知られていない。このことを検証するために、中枢神経系(CNS)内のニューロンをラベルする逆行性軸索トレーサーであるファストブルー(Fast Blue;FB)を、動物を犠牲にする前の7日間、錐体交叉に投与した。犠牲後、宿主脳の皮質第V層中のCST構成成分である明るくラベルされたFB
+脳脊髄運動ニューロン(CSMN)が認められた。興味深いことに、グラフトの周囲にGFP
+/FB
+細胞が認められ、これらの細胞はまた、皮質第V層中に局在した(
図1D)。これらの知見に基づいて、本発明者らは、GFP
+/FB
+細胞がCSMNの特性を有するという仮説を立てた。この仮説を確認するために、in vivoで脊髄にCSMN軸索投射する発生で重要な役割を果たすことが知られているCTIP2に対しGFPとの二重免疫染色を行った(Arlotta P et al., Neuron 45:207-221, 2005)。従って、すべてのGFP
+/FB
+細胞がCTIP2で染色されたことから、CTIP2がグラフト由来CSMNのマーカーの一つであることが示唆された(
図1E)。
【0163】
<2.マウス胚性幹細胞から分化誘導されたCTIP2
+細胞はCSMNの特性を有する>
CTIP2
+細胞の特性を検証するために、CTIP2:GFP KI mES細胞を作製した。CTIP2は、成体の大脳皮質中に弱く発現し、また胎児発生期の例えば大脳基底核、中脳および小脳中で発現される(M, Ishmael JE et al., Gene Expr Patterns 4:733-739, 2004)。皮質誘導の効率を高めるために、分化の最初の6日目にWNT阻害剤、DKK1またはWNT-C59を前脳皮質に添加した(
図2A)(Motono M et al., Stem Cells Transl Med 5:552-560, 2016)。凝集塊の大きさが徐々に増加し、GFP発現が12日目から凝集塊の周囲で検出可能になった(
図2B)。CTIP2
+/COUP-TF1
-前脳皮質が、対照と比べてより高い頻度で、DKK1またはWNT-C59で処理された凝集塊中で認められた(83.2±2.5%(DKK1)対88.5±3.8%(WNT-C59)対66.9±3.8%(対照); n=4;
図8)。これらの理由およびDKK1より安価のために、以下の実験ではWNT-C59を使用した。予備的な遺伝子発現分析により、Foxg1(終脳前駆体)、Reelin(第I層)、Ctip2(第V/VI層)およびCux1(第II/III/IV層)の発現が、分化後、徐々に増加することが示された(
図2C)。12日目に凝集塊の免疫染色を行い、その結果、GFPシグナルの局在がCTIP2
+細胞およびFOXG1
+細胞と一致し、外側基底核原基のマーカーであるGSH2
+細胞と一致しないことが示された(
図2D)。これらの結果は、CTIP2
+ DLNが使用した条件でmES細胞から誘導可能であることを示した。
【0164】
分化誘導されたCTIP2
+ DLNが脳内に生着し、かつそれらの軸索を脳脊髄標的に投射するかどうかを検証するために、蛍光活性化セルソーター(FACS)によって12日目にmES細胞からCTIP2:GFP
+細胞を単離した。2日後、CTIP2:GFP
+細胞の凝集塊を、成体ヌードラットの病変部の内腔に投与した。移植後3か月目に、錐体交叉中にFBを投与し、そして7日後、ラットを犠牲にした。まずマウスの神経細胞またはアストロサイトの細胞膜に特異的マーカーであるM2およびM6の発現に基づいて生着細胞を同定した。M2
+/M6
+細胞中にFB
+細胞が認められたことから、CTIP2:GFP
+細胞がCSMNの特性をもつことが示された(
図2E)。
【0165】
<3.マウスESCから誘導されたCTIP2
+細胞の遺伝子発現プロファイル>
CTIP2
+ 細胞の細胞表面マーカーを確定するために、12日目にCTIP2:GFP KI mES細胞の細胞選別を行ったのち、細胞をマイクロアレイ分析に掛けた。CTIP2産生細胞を、FACSによって、CTIP2:GFPが陽性的または陰性的に発現される細胞に分離した(
図9A)。12日目にCTIP2:GFP
+細胞とCTIP2:GFP
- 細胞との間で遺伝子発現プロファイルを比較したところ、CTIP2:GFP
+ 集団において、324遺伝子が2倍以上(≧2)アップレギュレーションしたことが示された(
図9B)。この基準では、CTIP2:GFP
+ 集団内で発現が有意に増加した遺伝子類にはCtip2遺伝子が含まれていた。CTIP2:GFP
+がアップレギュレーションされた遺伝子をGene Ontology (GO)分析により分類したところ、25遺伝子が膜タンパク質をコードすることが示された。FACS使用をサポートしないようであるドメイン内で発現されることが知られている候補遺伝子は本実験から排除された(例えば、シナプス間隙で発現されるGria1およびGira2)。最終的に、本発明者らは、細胞表面抗原をコードし細胞体中で発現する3つの遺伝子、すなわちRoundabout guidance receptor 2(Robo2)、Erb-b2 receptor tyrosine kinase 4(Erbb4)およびL1 cell adhesion molecule(L1CAM)を選択した(
図9C)。
【0166】
発達する皮質では、Robo2は、細胞接着分子の免疫グルブリンスーパーファミリーのメンバーであり、分泌型SLITリガンドと結合することによってガイダンス受容体として作用する(Holmes GP et al., Mech Dev 79: 57-72, 1998、Holmes GP et al., Neuron 42: 213-223, 2004)。Robo2は、中間層(IZ)内で明瞭に発現される。中間層では、予想される介在ニューロン(interneurons)と投射ニューロン(projection neurons)が脳室帯(VZ)および脳室下帯(SVZ)から皮質板(CP)に接線方向に移動する(Andrews WD et al., J Anat 211: 188-198, 2007、Lopez-Bendito G et al., J Neurosci 27:3395-3407, 2007)。
【0167】
Erbb4は、I型受容体チロシンキナーゼサブファミリーのメンバーであり、細胞増殖、移動および分化に関与する可能性がある(Burden S et al., Neuron 18: 847-855, 1997、Adlkofer K et al., Glia 29: 104-111, 2000、Buonanno A et al., Curr Opin Neurobiol 11: 287-296, 2001)。発達する皮質では、Erbb4は、IZ内で発現される(Yau HJ et al., Cereb Cortex 13:252-264, 2003)。このタンパク質は、成人の大脳皮質で、パルブアルブミン(parvalbumin)+介在ニューロン内および他のGABA作動性介在ニューロンのサブセット内で優先的に発現される。
【0168】
L1CAMは、6つの免疫グロブリンドメインと5つのフィブロネクチンIII型リピートからなる膜貫通糖タンパク質である(Schachner M, Ann N Y Acad Sci 633:105-112,1991)。哺乳類では、L1CAMの発現は神経系を介して認められ、ならびに発生期の軸索の成長やガイダンスに、Schwann細胞と軸索との相互作用に、神経細胞の移動に、神経細胞の生存に、シナプス形成および髄鞘形成に関与する(Bixby JL et al., J Cell Biol 107: 353-361,1988、Lindner J et al., Nature 305: 427-430, 1983、Chen S et al., J Neurobiol 38: 428-439, 1999)。L1CAMのmRNAは、発達する皮質由来のCP内で強く発現され、IZ内で強く発現されない。さらに、このタンパク質の発現は、成人の皮質第V層内に特異的に局在する(Munakata H et al., BMC neuroscience 4:7,2003)。これらの特徴的な違いに基づいて、本発明者らは、以下の実験においてL1CAMに注目した。
【0169】
<4.L1CAMはE14.5マウス皮質内のCTIP2
+ DLNに対する細胞表面マーカーである>
免疫組織化学分析により、L1CAMの発現は辺縁帯(MZ)(Reln
+;
図3A),CP(FOXG1
+およびCTIP2
+;
図3B,C)ならびにIZ(NRP1
+;
図3D)で認められたが、この発現は、マウスの発達する皮質内の、SVZ(TBR2
+;
図3E)で部分的に認められ、あるいは、VZ(PAX6
+;
図3F)でほとんど認められなかった。本発明者らの実験では、CTIP2
+細胞はIZ内で強くラベル化されなかった。
【0170】
CTIP2がE14.5マウス前脳皮質のIZ内で発現されるかどうかを検証するために、L1CAMに対する免疫染色と組み合わせて、Ctip2 RNAプローブを用いた蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)を行った。Ctip2シグナルは、CP内で強く発現されるが、IZ内でわずかに発現され、VZ内で発現されなかった(
図10)。これらの結果は、CTIP2
+ DLNおよび/またはCTIP2
+ DLN前駆細胞が細胞選別によりL1CAM
+細胞として濃縮可能であることを示した。
【0171】
この仮説を証明するために、E14.5マウスの前脳皮質を分離したのち、FACSによって非選別細胞、L1CAM
+細胞およびL1CAM
-細胞を単離した。免疫蛍光法により、CTIP2
+細胞が、L1CAM
+集団で、他の集団(非選別およびL1CAM
-)よりも高い頻度で認められた(それぞれ75.8±5.0%対36.4±2.9%対13.9±2.7%;n=6;
図4A, B)。さらにまた、定量逆転写トランスクリプターゼポリメラーゼ連鎖反応(qPCR)分析により、L1CAM
+細胞が、L1CAM
-細胞と比べて比較的高レベルでReln、Ctip2およびNrp1 mRNAを発現することが示された(
図11A)。一方、L1CAM
+細胞は、L1CAM
-細胞と比べて比較的低レベルでCtgf、Tbr2およびPax6 mRNAを発現した(
図11B)。さらにまた、選別した細胞の培養を継続し、2日目に免疫染色を行った。その結果、CTIP2
+細胞は、L1CAM
+集団内で、他の集団(非選別およびL1CAM
-)よりも高い頻度で認められた(それぞれ47.2±2.0%対32.9±4.0%対24.5±2.1%,n= 9,9および8;
図4C, D)。一方、L1CAM
+集団は、非選別集団またはL1CAM
-集団と比べて、より少ないEdU
+/PAX6
+増殖性細胞を含んでいた(それぞれ6.4±1.0%対15.6±1.6%対21.1±1.0%,n= 9,9および8;
図4E, F)。これらの結果は、L1CAMの発現に基づいた細胞選別がCTIP2
+ DLNおよび/またはCTIP2
+ DLN前駆細胞を濃縮することができること、ならびに、E14.5マウス前脳皮質においてPAX6
+増殖性細胞を排除することができることを示した。
【0172】
<5.in vivoでL1CAM
+細胞は生着しCSMNに分化する>
in vivoでL1CAM
+細胞の生着および増殖を検証するために、E14.5 GFP KIマウスから皮質を単離し、FACSを用いることによってL1CAM
+集団とL1CAM
-集団に分離した。選別の2日後に、選別した細胞の凝集塊を成体マウスの病変部の内腔に移植した。2か月間マウスを飼育した。犠牲する7日前に、FBをマウスの錐体交叉に投与した。細胞の生着は、GFP発現によって評価した(
図5A)。L1CAM
+細胞グラフトのサイズは、L1CAM
-のサイズよりかなり小さかった(それぞれ0.09±0.02mm
3対0.18±0.03 mm
3;n=6;
図5B)。グラフト線維の分布を研究するために、異なる脳領域中のGFP標識線維を調べた(
図5C)。L1CAM
+細胞線維(cell fibers)は、L1CAM
-細胞線維と比べて、内包および大脳脚(cerebral peduncle)などのCSTを介してより頻繁に認められた。一方、L1CAM
-細胞線維は、同側皮質(ipsilateral cortex)および同側線条体(ipsilateral striatum)中でかなり増加していた(
図5D)。グラフト中心を含むグラフト線維の全体の長さは、L1CAM
+細胞グラフトとL1CAM
-細胞グラフトとではっきりと異なっていた(同側皮質:それぞれ9184±4731μm
2対24628±2670μm
2,同側線条体:それぞれ3922±1075μm
2対33740±3564μm
2;n=6)。これらの結果は、in vivoでL1CAM
+細胞がSCPNの特性をもつことを示唆した。
【0173】
この仮説を裏付けるために、抗CTIP2抗体および抗CUX1抗体の両方を用いてグラフト成分を調べた。免疫組織化学的方法により、CTIP2
+DLNがL1CAM
+細胞グラフト中でL1CAM
-細胞グラフトよりもより高い頻度で認められた(
図6A,D)。L1CAM
+細胞グラフト内のCTIP2
+DLNの密度は、L1CAM
-細胞グラフトよりも高かった(
図6E)。さらにまた、FB
+CSMNは、L1CAM
+細胞グラフト中でL1CAM
-細胞グラフトと比較してより高い頻度で認められた(それぞれ125±48細胞対16±8細胞;n=6;
図6B,F)。一方、L1CAM
-細胞グラフト中では、CUX1
+上層ニューロン(ULN)がより高い頻度で認められた(
図6C,G)が、その密度は、L1CAM
+細胞グラフトと比較して有意な差はなかった(
図6H)。
【0174】
さらに補足実験として、L1CAM陰性細胞の移植により移植片周囲(特に同側皮質、同側線条体、同側外側中隔核)に軸索伸長を示したことから、これら投射部位に逆行性トレーサー(CTB)を投与することにより、CTIP2およびCUX1マーカーの発現を用いて大脳皮質のどのような細胞が寄与するのかを調べた。同側皮質および同側線条体にCTBを投与した場合はULNs(上層ニューロン)とDLNs(深層ニューロン)の両方で標識細胞が認められたが、同側外側中隔核にCTBを投与した場合はULNsが優先的に標識された。これらの結果は、L1CAM陰性細胞の移植によって周辺領域に神経軸索を伸ばしたのは、細胞選別によりULNsが濃縮された結果であることを示す(
図13A,B,C)。
【0175】
<6.ヒトiPS細胞から分化誘導された初期L1CAM
+細胞は宿主脳に効率的に組み込まれた>
hiPS細胞から分化誘導されたL1CAM
+細胞が、腫瘍を形成せずに宿主脳に組み込まれるかどうかを検証するために、先に報告された手順(Motono M et al. 2016,上記)でhiPS細胞から大脳オルガノイド(cerebral organoid)を誘導した。予備的遺伝子発現の比較分析(comparative temporal gene expression analysis)により、Oct4およびNanog(いずれも多能性マーカー)の発現が徐々に減少したが、分化の際にPax6の発現が一過性に増加した(
図12A)。Nrp1およびCtip2の発現は徐々に増加した。さらにまた、凝集塊(sphere)の免疫蛍光分析により、12日目にNESTIN
+/PAX6
+神経幹細胞(NSC)が認められることが示された(
図12B)。その後、FOXG1
+終脳前駆体(telencephalic progenitor)が凝集塊内への細根と共に認められた(
図12C)。48日目に、DLNマーカー(例えばCTIP2およびTBR1)が凝集塊の周囲に明らかに認められた(
図12D)。この条件で、18日目以降、L1camの発現が増加した
図12E)。免疫蛍光分析により、18日目に、L1CAMおよびPAX6が凝集塊内での明確な発現パターンを示すことが明らかになった(
図7A)。同様に、L1CAM
+細胞の局在は、凝集塊内でKI67
+細胞と一致しなかった(
図7B)。その後、30日目にL1CAM
+細胞がPAX6
+細胞の周囲に認められた(
図7C)。さらに成熟化すると、L1CAMの発現パターンは2つのタイプに分けられた(
図7D)。すなわち、濃い領域はIZ様構造を示し、薄い領域はCP様構造を示す。抗L1CAM抗体を用いる細胞選別がCTIP2
+ DLNの濃縮およびPAX6
+ NSCの排除に寄与するかどうかを検証するために、18日目にFACSによってhiPS細胞からL1CAM
+細胞とL1CAM
-細胞を単離した。選別後2日目に、免疫染色により、CTIP2
+細胞がL1CAM
+細胞内に濃縮されるが、一方PAX6
+細胞はL1CAM
-細胞内に濃縮されることが明らかになった(
図7E)。これらの結果は、L1CAMを用いる細胞選別がCTIP2
+ DLNの濃縮に有用であり、ならびにPAX6
+NSCなどの望ましくない細胞の排除に有用であることを示した。
【0176】
最後に、分化過程の異なる時点(初期、中期および後期)での、hiPS細胞から誘導されたL1CAM
+細胞の生着と軸索伸長を検証した。L1CAM
+細胞は、17日目、30日目および37日目にhiPS細胞から選別された。3~4日後、選別した細胞凝集塊を、2カ月間、出生後のSCIDマウスの前脳皮質内に投与した。STEM121(ヒト細胞質マーカー)に対する免疫染色により、グラフト移植した細胞が宿主脳内に生着することが明らかになった(
図7F)。これらのグラフトのサイズは著しく小さく(<0.001mm
3)、各グループ(群)間で有意な差はなかった(
図7G)。しかしながら、軸索伸長が、初期L1CAM
+細胞から誘導されたグラフトにおいて、他のタイミングのグループ(群)と比べて、より高い頻度で認められた。初期L1CAM
+細胞線維だけが宿主脳の錐体交叉に到達した(
図7H)。統計学的解析により、初期L1CAM
+細胞のグラフト線維が、他のタイミングのグループ(群)と比べて、線条体(Str)、内包(Ic)、大脳脚(Cp)、錐体交叉(Pyx)および視床(Tha)などの大脳下標的に沿ってより高い頻度で認められた(
図7I)。これらの結果は、hiPS細胞から誘導された初期L1CAM
+細胞が生着し、腫瘍を形成することなく宿主脳内に効率よく組み込まれたことを示した。
本発明の細胞製剤は、大脳皮質障害を治療するために、あるいは、皮質障害による運動機能を改善または回復するために、あるいは、例えば脳梗塞や頭部外傷後に欠損した大脳皮質に対する補充療法のために有用である。