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特開2022-43513ゲノム編集方法ならびにこれを使用する変異体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022043513
(43)【公開日】2022-03-16
(54)【発明の名称】ゲノム編集方法ならびにこれを使用する変異体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20220309BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20220309BHJP
   C12N 1/13 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220309BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20220309BHJP
   A01H 6/46 20180101ALI20220309BHJP
【FI】
C12N15/09 100
A01H5/00 A ZNA
C12N1/13
C12N1/15
C12N1/21
A01K67/027
A01H6/46
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020148816
(22)【出願日】2020-09-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.掲載者名:日本植物学会第83回大会 刊行物名:日本植物学会第83回大会要旨集 掲載年月日:2019年9月6日 http://bsj.or.jp/bsj83/index.html 2.集会名 :日本植物学会第83回大会 開催日 :2019年9月15日~2019年9月17日 3.発行者名:イオン育種研究開発室 刊行物名:品種改良ユーザー会 報告書2019 掲載年月日:2020年1月23日 4.集会名 :理研シンポジウム:重イオンビーム育種技術の実用化20年 開催日 :2020年1月23日~2020年1月24日 5.集会名 :日本育種学会 第137回講演会 発行日 :2020年3月28日 日本育種学会 第137回講演会 要旨集育種学研究22(別1),2020 111頁
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】507157045
【氏名又は名称】公立大学法人福井県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】特許業務法人牛木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 知子
(72)【発明者】
【氏名】風間 裕介
【テーマコード(参考)】
2B030
4B065
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030CA08
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065AA84X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA16
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】
巨大なサイズの欠失や逆位、転座などを、効率よく導入できるゲノム編集方法を提供する。
【解決手段】
生物に対するゲノム編集方法であって、重イオンビームの利用により得られた変異の情報に基づいてゲノム編集用核酸の配列を設計する工程を含むゲノム編集方法。重イオンビームの利用によりゲノム編集に適したホットスポット配列を特定することで、ホットスポット配列マップの作成が可能となり、ゲノム編集で意図的に巨大な領域の転座や逆位等の変異を起こすことができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物に対するゲノム編集方法であって、重イオンビームの利用により得られた変異の情報に基づいてゲノム編集用核酸の配列を設計する工程を含むゲノム編集方法。
【請求項2】
前記変異が挿入、転座、欠失、および/または逆位であることを特徴とする請求項1に記載のゲノム編集方法。
【請求項3】
生物の染色体の塩基配列に挿入、転座、欠失、および/または逆位を導入する染色体再編成の工程をさらに含む請求項1または2に記載のゲノム編集方法。
【請求項4】
前記生物が動物、植物または微生物であることを特徴とする請求項1~3の何れか一項に記載のゲノム編集方法。
【請求項5】
前記動物がマウス、またはラットから選択され、
前記植物がシロイヌナズナ、ヒトツブコムギ、パンコムギ、イネ、レタス、ソバ、またはトレニアから選択され、
前記微生物が、クロレラ、アカパンカビ、または根粒菌から選択されることを特徴とする請求項4に記載のゲノム編集方法。
【請求項6】
前記生物が植物であって、前記変異の対象DNAのサイズが100bp以上20Mb未満、好ましくは18kb以上10Mb未満、より好ましくは100kb以上1Mb未満であることを特徴とする請求項1~3の何れか一項に記載のゲノム編集方法。
【請求項7】
請求項1~6の何れか一項に記載のゲノム編集方法を使用する変異体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物に対するゲノム編集方法であって、標的配列の設計を重イオンビームの利用により得られた変異の情報に基づいて設計する工程を含むゲノム編集方法および該ゲノム編集方法を使用する変異体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
染色体再編成は複雑な形質の獲得に関与する。重イオンビームは、ガンマ線やX線などの電磁放射線と比較して線エネルギー付与(LET)が大きいため、被照射体となる生物の生存率を低下させることのない低い線量で、十分な突然変異を誘発させることが可能である。そのため、農業上有益な形質には影響を与えずに、ユーザーの目的とする形質が改良できる技術として発展してきた。
【0003】
本発明者らは、被照射体に重イオンビームを照射すると、染色体レベルの大きな染色体再編成が起こることを発見した。具体的には染色体の再編成の割合が高いと言われていた中性子線による再編成の割合が0.9%であったのに対して、炭素イオンビームで3.8%、アルゴンイオンビームに至っては29.9%の割合で、染色体再編成を誘発できる(非特許文献1)。また変異のサイズに関しては、中性子線を用いた場合に起こすことのできる変異の対象DNAのサイズは1bp~215kb程度であるが(非特許文献2)、重イオンビームを照射した場合には、中性子と比べて桁違いの効率で逆位や欠失などを導入することができる(非特許文献3)。
【0004】
加えて近年、CRISPR/Casシステムを初めとするゲノム編集技術が注目されている。これはDNAを特異的に認識する核酸と二重鎖切断を導入する酵素を組み合わせて生体内の任意の箇所に突然変異を導入する技術である。この技術を用いてゲノム内の任意の2箇所に二重鎖切断を導入することで、染色体レベルの巨大な欠失や逆位、転座などを導入できると期待される。しかし、ゲノム編集技術を用いて、特に巨大な欠失や逆位、転座などを効率よく導入できていなかった。なお、これまでの従来法のゲノム編集で染色体再編成の導入が困難なのは、主に植物であると認識されており、このとき導入できる変異の対象DNAのサイズは、プロモーターを卵細胞特異的に改変することにより、最大でも18kbまでの逆位や転座であるとされてきた(非特許文献4~5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kazama et al. (2017) Plant J. 92 1020
【非特許文献2】Belfield, E.J., Gan, X., Mithani, A. et al. (2012) Genome Res. 22, 1306-1315
【非特許文献3】Hirano and Kazama et al. (2015) Plant J. 82: 93.
【非特許文献4】Schmidt et al. 2019 Plant J. 98: 577-589
【非特許文献5】Beying et al. 2020 Nature Plants 6: 638-645
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明は、染色体レベルの遺伝子に対して、従来実現することのできなかった巨大な欠失や逆位、転座などを、効率的に行うことができるゲノム編集方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、重イオンビームを照射して得られた変異体において、逆位や欠失が生じたゲノム領域では、巨大なサイズのゲノム編集を染色体レベルで効率的に行うことができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、生物に対するゲノム編集方法であって、重イオンビームの利用により得られた変異の情報に基づいてゲノム編集用核酸の配列を設計する工程を含むゲノム編集方法を提供する。重イオンビームの利用によりゲノム編集に適したホットスポット配列を特定することで、ホットスポット配列マップの作成が可能となり、ゲノム編集で意図的に巨大な領域の転座や逆位等の変異を起こすことができる。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
<1>
生物に対するゲノム編集方法であって、重イオンビームの利用により得られた変異の情報に基づいてゲノム編集用核酸の配列を設計する工程を含むゲノム編集方法。
<2>
前記変異が挿入、転座、欠失、および/または逆位であることを特徴とする<1>に記載のゲノム編集方法。
<3>
生物の染色体の塩基配列に挿入、転座、欠失、および/または逆位を導入する染色体再編成の工程をさらに含む<1>または<2>に記載のゲノム編集方法。
<4>
前記生物が動物、植物または微生物であることを特徴とする<1>~<3>の何れか一つに記載のゲノム編集方法。
<5>
前記動物がマウス、またはラットから選択され、
前記植物がシロイヌナズナ、ヒトツブコムギ、パンコムギ、イネ、レタス、ソバ、またはトレニアから選択され、
前記微生物が、クロレラ、アカパンカビ、または根粒菌から選択されることを特徴とする<4>に記載のゲノム編集方法。
<6>
前記生物が植物であって、前記変異の対象DNAのサイズが100bp以上20Mb未満、好ましくは18kb以上10Mb未満、より好ましくは100kb以上1Mb未満であることを特徴とする<1>~<3>の何れか一つに記載のゲノム編集方法。
<7>
<1>~<6>の何れか一つに記載のゲノム編集方法を使用する変異体の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ゲノム編集のゲノムサイズが大きく、かつ染色体再編成効率の高い変異体を誘発させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】炭素イオンビームの照射により誘発されたゲノム構造の変化を視覚化したcircos図である。
図1B】アルゴンイオンビームの照射により誘発されたゲノム構造の変化を視覚化したcircos図である。
図2A】Arビームを照射したシロイヌナズナの後代から、大輪変異体が得られたときの大輪変異体(Ohbana2)の表現型を表している。
図2B】大輪変異体(Ohbana2)の花と種子の大きさを表す写真である。
図3】PCRによる既知遺伝子領域の変異の同定を説明するための説明図である。
図4】重イオンビームの照射により構造変化が起こったゲノム箇所を基準にして、CRISPR/CAS9を使ったゲノム編集によって大規模な染色体の再編成が誘発される様子を表した説明図である。
図5A】変異検出のためのプライマーセットの位置を表す説明図である。
図5B】染色体の再編成が生じたときに検出されると予想されるバンドパターンの一例である。
図6】T2世代で検出された誘発変異の割合を表す円グラフである。
図7】重イオン照射で得た変異体がもつ589kbの逆位のブレイクポイントに実施されるゲノム編集を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のゲノム編集方法には、一態様として、生物に対するゲノム編集方法であって、重イオンビームの利用により得られた変異の情報に基づいてゲノム編集用核酸の配列を設計する工程を含むゲノム編集方法が含まれる。
【0013】
本発明のゲノム編集方法は、以下の実施例において示されるように、重イオンビームを照射して得られた変異体において見いだされる逆位や欠失等の変異が、従前ゲノム編集を行うことが非常に難しいと考えられてきた非常に巨大なサイズを有する領域であっても、効率的に行うことができるとの新たな知見に基づくものである。
【0014】
理論に拘束されることを望むものではないが、重イオンビームにより生じた遺伝子変異がゲノム編集により非常に効率よく再現できる理由としては、重イオンビームによって生じる二重鎖切断部位は、その空間的配置が比較的近接している可能性があることが考えられる。それ故、従前の技術常識ではサイズ的に巨大すぎる領域でゲノム編集は困難と判断されるような領域であっても、実際の距離は近接しているため、ゲノム編集の標的領域として好適なものとなっている可能性が考えられる。
【0015】
即ち、重イオンビームによって生じさせたゲノム変異をマッピングし、かかるマップに基づいてゲノム編集の標的を決定すれば、企図するゲノム改変を有する改変体生物を効率よく創出することが可能となる。従って、これまで順遺伝学的手法により創出していた改変体生物を、逆遺伝学的手法によって極めて効率よく創出できるようになるため、本発明のゲノム編集方法は極めて有用な品種改良の一手段となり得る。
【0016】
本発明のゲノム編集方法における、重イオンビームの利用により得られた変異の情報とは、重イオンビームの照射により作出された改変体生物のゲノム配列を自体公知の方法により決定し、野生型と比較して変異が生じている部分を特定した情報を意味する。なお、変異の種類に関しては、逆位や欠失、あるいは挿入、転座、塩基置換等が挙げられるが、品種改良においての有用性等の観点から、逆位又は欠失が好ましく用いられ得る。
【0017】
また、本発明のゲノム編集方法における、「ゲノム編集用核酸の配列を設計する」とは、企図するゲノム編集を行うために必要となる遺伝子改変を生じさせることができる核酸の配列を設計することを意味する。ゲノム編集の手法や企図するゲノム編集を行うために必要となる核酸の設計方法は公知の方法を用いればよいが、近年汎用されているCRISPR-CAS9システムの場合について以下に簡潔に説明する。重イオンビームの照射により変異が生じた部位にCASヌクレアーゼがリクルートされ、且つ、当該重イオンビームの照射により生じた変異と同様の変異が生じるようにガイドRNAをデザインすることができる(より詳細には、以下の実施例の記載を参照されたい)。
【0018】
本発明のゲノム編集方法における一つの特徴として、従前の技術常識では効率よくゲノム編集することができないと考えられていた比較的大きなサイズの変異を効率よく行える点が挙げられる。かかるサイズとしては、通常、100bp以上、好ましくは18kb以上(例、20kb以上、30kb以上、40kb以上、50kb以上、60kb以上、70kb以上、80kb以上、又は90kb以上)、より好ましくは100kb以上(例、150kb以上、200kb以上、250kb以上、300kb以上、350kb以上、400kb以上、450kb以上、500kb以上、550kb以上、600kb以上、650kb以上、700kb以上、又は750kb以上)であり得る。また、サイズの上限は、特に限定されるものではないが、通常20Mb未満、好ましくは10Mb未満、より好ましくは1Mb未満であり得る。
【0019】
本発明のゲノム編集方法における重イオンビームの条件や生物種、ゲノム編集方法、生じさせる変異の種類や特徴等については以下の記載を合わせて参照されたい。
【0020】
本発明のゲノム編集方法の一実施形態において、該ゲノム編集方法は、(1)生物の染色体に重イオンビームを照射する工程と、(2)重イオンビームの照射により前記染色体に変異が生じた塩基配列部分を決定する工程と、(3)前記変異が生じた塩基配列部分を挟む少なくとも2箇所でゲノム編集の標的塩基配列を決定する工程と、(4)前記標的塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNAを決定する工程とを含むことができる。
【0021】
<生物の染色体に重イオンビームを照射する工程>
本発明では、ゲノム編集で用いられる標的配列の設計を、重イオンビームを利用することにより行う。低LET放射線(γ線やX線)では、低密度の電離作用が細胞中に発生するのに対し、重イオンビームに代表される高LET放射線はビームの飛跡に沿って高密度の電離作用を引き起こすことが知られている。そのため、高LET放射線はDNA二重鎖切断の効果が高い。加えて、被照射体の少なくとも一部が生育可能である限りは、LETが大きいほど、変異の対象DNAのサイズが大きく、また染色体再編成の割合が高いとされる。
【0022】
なお、本発明において、重イオンビームの照射に用いられる重イオンビームの核種、重イオンビーム照射におけるLET、および重イオンビームの照射線量の組み合わせは、何れも対象となる生物種および組織に応じて決めればよく、被照射体の少なくとも一部が生育可能であり、変異を誘発できる範囲内であれば特に限定されない。本明細書では、モデル植物であるシロイヌナズナを重イオンビームの被照射体とし、重イオンビームの核種としてアルゴンまたは炭素を使用した例のゲノム編集方法について説明を行っているが、本発明において、現在または過去に変異を誘発することに成功した生物種とそのときの重イオンビーム照射条件(LET、核種、吸収線量、等)は、全て本発明としてそのまま適応することができる。
【0023】
重イオンビームの変異誘発作用について、代表的なモデル植物であるシロイヌナズナを用いて説明する。図1Aおよび図1Bは、非特許文献1で既に報告されている、重イオンビームをシロイヌナズナ乾燥種子に照射したときに生じたゲノム構造の変化を、それぞれ炭素イオンビームとアルゴンイオンビームの場合において、circos(インターネット、URL:http://circos.ca/)のソフトウェアツールを用いて視覚化したcircos図である。重イオンビームの照射条件として、例えば、アルゴンイオンビームにおいてはLETが290keV/μmで吸収線量が50Gyの条件、炭素イオンビームにおいてはLETが30keV/μmで吸収線量が400Gyの条件を採用することができる。図中、100bp以上の大きな欠失、転座、および逆位は円の内側の実線で示され、また円の外側に突出した短い線は単一塩基置換または100bp未満の小さなインサート(挿入)またはデリーション(欠失)を表している。図1A図1Bの何れにも、100bp以上のサイズでゲノム構造の変化が起こっている。また図1A図1Bを比較すると、アルゴンイオンビームが染色体に大きなゲノム構造変化を誘発しているのに対して、炭素イオンビームではアルゴンイオンビームと比較してサイズの小さな変異が多数誘発される。
【0024】
【表1】
【0025】
表1は、上記照射条件で重イオンビーム照射を実際に行ったときに発生した1変異体あたりの変異数と、生じた変異のうち大規模変異の割合を表している。炭素イオンビームで変異体を誘発させた場合には、1変異体あたり2.3個の大規模変異が起き、またアルゴンイオンビームで変異体を誘発させた場合には、1変異体あたり10.4個の大規模変異が起きていることが示された。また大規模変異の割合に至っては、アルゴンイオンビームを用いた場合に26.9%となり、重イオンビーム照射で変異体が効率よく誘発されることが示唆された。重イオンビームの照射は大きなサイズの逆位、欠失、挿入などの変異を誘導する上で非常に有益な手段である。なお、ここでいう大規模変異とは、100bp以上の規模を持つゲノム構造の変化のことを指す。
【0026】
(重イオンビームの核種)
照射する重イオンビームの核種については、例えば、原子番号が6以上92以下の元素群から一種選択される元素、特に原子番号が6以上38以下の元素群から一種選択される元素を挙げることができる。原子番号が6以上92以下の元素とは、C、N、O、F、Ne、Na、Mg、Al、Si、P、S、Cl、Ar、K、Ca、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Se、Br、Kr、Rb、Sr、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Te、I、Xe、Cs、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl、Pb、Bi、Po、At、Rn、Fr、Ra、Ac、Th、Pa、Uである。モデル植物であるシロイヌナズナを用いた例では、当該重イオンビーム照射で、C、N、O、Ne、ArおよびFeから選ばれる元素を核種とする重イオンビームを用いることが好ましく、CまたはArを核種とする重イオンビームが用いられることが、より好ましい。
【0027】
(重イオンビームの被照射生物種)
重イオンビームの被照射生物種としては、植物、動物または微生物が挙げられる。
被照射生物として、より具体的な植物としては、
アブラナ科[シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica campestris L.)、セイヨウカラシナ(Brassica juncea)、キャベツ(Brassica oleracea L. var. capitata L.)、ブロッコリー(Brassica oleracea)、チンゲンサイ(Brassica rapa var. chinensis)、ミズナ(Brassica rapa var. laciniifolia)、ダイコン(Raphanus sativus L.)、ナタネ(Brassica campestris L., B. napus L.)、ルッコラ(E. vesicaria)、ワサビ(E. japonicum)等]
ナス科[ナス(Solanum melongena L.)、トマト(Solanum lycopersicum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、ピーマン(Capsicum annuum L. var. angulosum Mill.)、トウガラシ(Capsicum annuum L.)、タバコ(Nicotiana tabacum L.)等]、
マメ科[ダイズ(Glycine max)、アズキ(Vigna angularis Willd.)、インゲン(Phaseolus vulgaris L.)、ソラマメ(Vicia faba L.)等]、
ウリ科[キュウリ(Cucumis sativus L.)、メロン(Cucumis melo L.)、スイカ(Citrullus vulgaris Schrad.)、カボチャ(C. moschata Duch., C. maxima Duch.)等]、
ヒルガオ科[サツマイモ(Ipomoea batatas)等]、
シソ科[シソ(Perilla frutescens Britt. var. crispa)等]、
キク科[キク(Chrysanthemum morifolium)、シュンギク(Chrysanthemum coronarium L.)、レタス(Lactuca sativa L. var. capitata L.)、ハクサイ(Brassica pekinensis Rupr.)等]、
バラ科[バラ(Rose hybrida Hort.)、イチゴ(Fragaria x ananassa Duch.)等]、
ミカン科[ミカン(Citras unshiu)、サンショウ(Zanthoxylum piperitum DC.)等]、
フトモモ科[ユーカリ(Eucalyptus globulus Labill)等]、
ヤナギ科[ポプラ(Populas nigra L. var. italica Koehne)等]、
アカザ科[ホウレンソウ(Spinacia oleracea L.)、テンサイ(Beta vulgaris L.)等]、
リンドウ科[リンドウ(Gentiana scabra Bunge var. buergeri Maxim.)等]、
ナデシコ科[カーネーション(Dianthus caryophyllus L.)等]
イネ科[イネ(Oryza sativa)、コムギ(Triticum aestivum L.)、オオムギ(Hordeum vulgare L.)、ペレニアルライグラス(Lolium perenne L.)、イタリアンライグラス(Lolium multiflorum Lam.)、メドウフェスク(Festuca pratensis Huds.)、トールフェスク(Festuca arundinacea Schreb.)、オーチャードグラス(Dactylis glomerata L.)、チモシー(Phleum pratense L.)等]
サクラソウ科[シクラメン(Cyclamen persicum)、サクラソウ(Primula sieboldii)等]
および
ユリ科[ネギ(Allium fistulosum L.)、タマネギ(Allium cepa L.)、ニラ(Allium tuberosum Rottl.)、ニンニク(Allium sativum L.)、アスパラガス(Asparagus officinalis L.)等]
が挙げられる。
【0028】
被照射生物として、より具体的な動物としては、マウスまたはラット等の非ヒト動物が挙げられる。被照射生物として、より具体的な微生物には、真正細菌、古細菌および真核生物が挙げられ、さらに具体的には、クロレラ科藻類[C. pyrenoidosa(C.ピレノイドーサ)、C. sorokiniana(C.ソロキニアナ)、C. lobophora(C.ロボフォラ)、C. vulgaris(C.ブルガリス)等のクロレラ属藻類およびP. kessleri等のパラクロレラ属藻類]、糸状菌[アカパンカビ(Neurospora crassa)]および根粒菌等が挙げられる。
【0029】
なお、好ましいとされる重イオンビームの被照射生物は、モデル植物のシロイヌナズナに限られるものではなく、他のアブラナ科の植物、アブラナ科以外の植物、動物または微生物にも同様に適用することができることが理解できるであろう。その他、上記核種が適応できる被照射生物の更に具体的な例としては、例えば、植物(特開2018-000129号公報)、シクラメン植物(特開2008-212120号公報)、クロレラ科藻類(再表2016/013671号公報)、微生物(特開2008-306991号公報)、糸状菌(特開2007-228849号公報)、ワムシ(特開2019-129825号公報)、イネ(特開2008-061628号公報)、非ヒト動物(特開2001-95423号公報)が報告されている。
【0030】
(重イオンビームの被照射体/照射条件)
重イオンビーム照射における線エネルギー付与(LET: linear energy transfer)の範囲は、対象となる生物種および組織に応じて決めればよく、被照射体の少なくとも一部が生育可能であり、変異を誘発できる範囲内であれば特に限定されない。例として、重イオンビームの被照射体がモデル生物であるシロイヌナズナの場合には、重イオンビームの核種がArのときは290keV/μmの付近、Neのときは62keV/μmの付近、Cの場合には30keV/μmの付近が好ましい。
【0031】
重イオンビームの照射線量は、高い頻度で変異を誘発する上で、好ましくは生物の8~9割程度が生存可能である範囲、例えばシロイヌナズナ乾燥種子ではCイオンビーム(LET:30~50keV/μm)で200~300Gy、イネ乾燥種子ではCイオンビーム(LET:30~60keV/μm)で100~175Gy、コムギではCイオンビーム(LET:30~50keV/μm)で30~60Gyが好ましい(特開2018-000129号公報)。
【0032】
別の例として、被照射体がワムシの場合には、Cを核種とする重イオンビーム(Cイオンビーム)の照射条件としては、照射線量が25Gy以上1000Gy以下で、かつLETが20keV/μm以上150keV/μm以下が好ましく、照射線量を100Gy以上600Gy以下で、かつLETを20keV/μm以上120keV/μm以下とすることがより好ましい(特開2019-129825号公報)。
【0033】
また、別の例として、被照射体が微生物の場合には、重イオンビーム照射におけるLETの範囲は、微生物を死滅させることなく、かつ高頻度で遺伝子変異を誘発する上で、500~1200keV/μmの範囲が好ましく、600~1000keV/μmがより好ましい。なお、この場合の重イオンビームの照射線量は、用いるイオンビームの種類、照射する微生物の種類に応じて適宜調整すればよいが、上記範囲のLETの重イオンビームを用いる場合、100~600Gyが好ましいと報告されている(特開2008-306991号公報)。
【0034】
また別の例として、重イオンビームのLETは、被照射体がシクラメン植物である場合には、20~4000keV/μmが好ましいと報告されている(特開2008-212120号公報)。
【0035】
また別の例として、被照射体がイネ種子(吸水種子)の場合、重イオンビーム照射におけるLETは、20~290keV/μmの範囲が好ましく、50~70keV/μmの範囲がより好ましい。重イオンビームの照射線量は、用いるイオンビームの種類に応じて決めればよく、イネ種子に損傷を与えず、変異を誘発できる範囲内であれば特に限定されないが、高い頻度で変異を誘発する上で、炭素または窒素イオンビーム(135MeV/u)であれば、15~30Grayの範囲が好ましい(特開2008-061628号公報)。
【0036】
また別の例として、被照射体が動物の場合は、その種類は動物であればどのようなものでもよいが、哺乳動物が好ましく、それらの中でも、マウス、ラット等が好ましい。このときの重イオンビームの線量は、照射する雄性生殖細胞などに応じて決めればよい。精原細胞、即ち、雄動物の精巣に照射する場合は、5Gyを超えると精原細胞の損傷が大きくなり、妊性の低下が著しいため、5Gy以下とするのが好ましく、3Gy程度にするのが更に好ましい。精巣から採取された精子に照射する場合は、50Gyを超えると精子の損傷が大きくなり、10Gy未満では突然変異体の生じる頻度が低くいため、10~50Gyの範囲とするのが好ましく、30~50Gyの範囲とするのが更に好ましい(特開2001-095423号公報)。
【0037】
本発明のゲノム編集方法で使用することのできる生物種は、上記生物の他、重イオンビーム照射を行って変異体が得られた実績が既にあるか、または変異体を得る事のできる生物であるかぎり、どのような生物種であっても構わない。その他、重イオンビームを照射して変異を起こした実績があり、本発明のゲノム再編成を利用することができる生物種と、そのときの重イオンビーム照射条件、生じた変異の種類とサイズを、下記の表2に列挙した。
【0038】
【表2】
【0039】
(重イオンビーム照射による変異体の取得)
図2AはArビームを照射したシロイヌナズナの後代から、大輪変異体が得られたときの大輪変異体(Ohbana2)の表現型を表している。また図2Bは、野生型(左上・左下)および大輪変異体(Ohbana2)(右上・右下)の花と種子の大きさを表す写真である。大輪変異体(Ohbana2)は野生型に比べ花全体が大きくなり、種子も巨大化した。全ゲノムリシークエンスを行った結果、第5染色体(Chr5)に355kbと758kbの2箇所の逆位が認められた。遺伝解析の結果、758kbの逆位が原因変異であることがわかった。この758kbの逆位が起こった箇所はChr5:22,730,856からChr5:23,489,576までであった。
【0040】
このようにして、 重イオンビームを照射した後、被照射生物を常法により培養・継代等して、目視または顕微鏡による見た目の観察、成分分析等、変異形質に応じた適当な手法により変異を確認し、選抜し、変異体を得る。変異形質としては、例えば、表2に記載の変異形質を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0041】
<染色体に変異が生じた塩基配列部分を決定する工程>
(変異箇所の決定方法)
重イオンビームにより変異が生じた塩基配列部分を決定するためには、公知の種々の手法を利用することができるが、例えば比較ゲノムハイブリダイゼーション(Comparative genomic hybridization, CGH)とリシークエンスを利用して行うことができる。特に全ゲノム解析が完了している生物については、変異箇所の決定にいわゆる「次世代シークエンサー(Next Generation Sequencer:NGS)」の高スループットシークエンス( high-throughput sequencing )技術を利用することができ、このような全ゲノムリシークエンスを行うことにより、変異箇所の決定を素早く行うことができる。変異を検知するためのソフトウェアプログラムは、一般的に数多くの偽陽性を出力するが、この問題を解決するためには、例えばAMAP(Automated mutation analysis pipeline)による方法( Kotaro Ishii, Yusuke Kazama, Tomonari Hirano, Michiaki Hamada, Yukiteru Ono, Mieko Yamada, Tomoko Abe, AMAP: A pipeline for whole-genome mutation detection in Arabidopsis thaliana, Genes & Genetic Systems, 2016, Volume 91, Issue 4, Pages 229-233)を利用することができる。この方法を用いることにより偽陽性を削除し、最終候補となった染色体再編成を、ゲノムブラウザを用いて1つずつ確認することで、染色体再編成の位置を塩基配列レベルで決定することができる。
【0042】
(PCRによる既知遺伝子領域の変異の同定)
既知変異体の原因遺伝子の同定には公知の様々な方法が利用可能であるが、例えば以下のようにしてPCRで同定することができる。まず変異体からゲノムDNAを抽出し、PCR反応に用いる。野生型と同様の増幅断片、もしくはサイズの異なった増幅断片が検出された場合は、Big Dye Terminator v. 3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems)や3730xl DNA Analyser (Applied Biosystems)などのシーケンシングキットを用いてシーケンスを決定する。増幅が見られなかった場合は以下の様に、Thermal Asymmetric Interlaced-PCR(TAIL-PCR)を行う。そして変異体に存在するDNA領域から、染色体再編成の存在が予想される未知のDNA領域に向かって特異的プライマーを設計し、ランダムプライマーを用いて3回のPCRを行う。
【0043】
1:ゲノムDNAを鋳型としたプライマー1とプライマーRによるPCR
2:1の産物を鋳型としたプライマー2とプライマーRによるPCR
3:2の産物を鋳型としたプライマー2とプライマーRによるPCR
【0044】
増幅断片が得られた場合は既知領域と未知領域の境界のシーケンスを決定し、染色体再編成を同定する。(図3を参照のこと)
【0045】
<ゲノム編集による染色体再編成>
(標的塩基配列の決定)
ゲノム編集はゲノム上の任意の部位をヌクレアーゼで切断することにより二本鎖切断(DSB)を生じ、相同組換えまたは非相同組換えによる該二本鎖切断部位の修復を介して、該切断部位に、塩基配列の挿入・欠損および特定塩基配列の導入(特異的変異)等の各種の変異(遺伝子改変)を誘発する方法である。本発明では、重イオンビームの照射により変異が生じた塩基配列部分を挟む少なくとも2箇所でゲノム編集の標的塩基配列を決定することができる。つまり、ゲノム編集を実施する領域を、重イオンビーム照射で実際に変異が起こった箇所に限定して行うことにより、より効率のよいゲノム編集を実施することができる。
【0046】
本発明に係るゲノム編集方法について、モデル植物であるシロイヌナズナを例にして説明する。しかし、当業者であれば、本発明のゲノム編集の対象は、重イオンビームで変異を誘発させることのできる種々の生物に適応可能なことは明らかであろう。まず花全体が大きくなり、種子が巨大化するような形質を引き起こしていると思われる変異が、第5染色体のChr5:22,730,856からChr5:23,489,576までの758kbの部分で発生していることを、既に説明した:(1)生物の染色体に重イオンビームを照射する工程と、(2)重イオンビームの照射により染色体に変異が生じた塩基配列部分を決定する工程、で決定する。つまり、ゲノム編集を実施したい領域(以下、単に再編成領域とよぶ)とは、この例において、Chr5:22,730,856からChr5:23,489,576までの758kbの部分である。以下、重イオンビームの照射により実際に変異が起こった領域が、染色体再編成で構造変化が起きやすい領域であると仮定し、この領域をターゲットにした本発明の染色体再編成の方法について説明を続ける。なお、本発明においてゲノム編集を実施しようとする領域(再編成領域)とは、本発明を実施しようとする者が重イオンビームを自ら照射して変異を確認した領域だけでなく、本発明の実施者以外の者が重イオンビームを照射することによって得られた情報を利用することで、染色体再編成で構造変化が起きやすい領域として、本発明の実施のために設定された領域も含まれる点に注意されたい。
【0047】
モデル植物であるシロイヌナズナを例にして説明を続ける。逆位や欠失、あるいは挿入、転座、塩基置換を誘発させるために、再編成領域を挟んだ上流域(Head領域)と下流域(Tale領域)の塩基配列の、それぞれ少なくとも一箇所にゲノムDNAの両鎖切断を誘発させることを考える。二重鎖切断の誘発は、ジンクフィンガーヌクレアーゼ (Zinc Finger Nucleases, ZFN, ZFNs)やTALEヌクレアーゼなど、本分野で使用されている各種の酵素を適宜使用することができ、特に限定するものではないが、例えばCRISPR/CasシステムのCas9タンパク質を利用することができる。Cas9タンパク質は、標的ゲノム側のPAM配列NGG(Nはどの塩基でもよい)を認識する性質を利用して切断する配列を決定している。そのため、重イオンビームの照射により実際に構造変化が起こった変異箇所のごく近傍の配列を標的としてゲノム編集が行われる。二重鎖切断が誘発される箇所は再編成領域にできるだけ近いことが好ましく、そのためには二重鎖切断を適切な箇所で誘発させるための特異的な標的塩基配列を、適切に決定する必要がある。
【0048】
【表3】
【0049】
表3は、シロイヌナズナをモデル植物として、CRISPR/Cas9を用いて染色体再編成を行うときの、標的塩基配列の例である。中列の太字は標的塩基配列に隣接するPAM配列を表している。表には、再編成領域を挟んだ上流域(Head側)の標的塩基配列として2パターン(表の左上段のOhb2inv_HEAD1とOhb2inv_HEAD2)、下流域(Tale側)の標的塩基配列として2パターン(表の左下段のOhb2inv_TAIL1とOhb2inv_TAIL2)の標的塩基配列が示されている。これらの標的塩基配列から、2×2の計4パターンの標的塩基配列の組み合わせを考えることができる。右列は中列の標的塩基配列のオリゴDNAである。
【0050】
<染色体再編成の導入>
染色体再編成を行うときの標的塩基配列、ひいてはガイドRNAの設計には、例えばCRISPER direct(インターネット<URL:https://crispr.dbcls.jp>)を使用することができる。ガイドRNA設計の対象は、重イオンビーム照射で実際に変異が起こった実績のある領域を含む配列である。
【0051】
図4は、重イオンビームの照射により変異が起こったゲノム箇所を基準にして、CRISPR/CAS9を使ったゲノム編集によって大規模な染色体の再編成が誘発される様子を表した説明図である。図中、HEADと記された逆三角形の図形は、制限酵素により二重鎖切断が誘発された2か所の切断箇所のうち塩基配列の上流側の切断部位を模式的に示したものであり、同様にして、TAILと記された逆三角形の図形は、制限酵素により二重鎖切断が誘発された2か所の切断箇所のうち下流側の切断部位を模式的に示したものである。上記のような2箇所での二重鎖切断が誘発されると、挿入、転座、欠失、逆位、および/または、塩基置換、特に挿入、転座、欠失、および/または逆位、特に逆位、欠失、の2種類の変異が生じる。このようにして、重イオンビームの照射により変異が起こった領域を、染色体の再編成に適した領域、いわば染色体再編成のホットスポットとして決定することで、所望とされる変異体をゲノム編集により効率的に取得することができる。
【0052】
<染色体再編成により生じた変異の検出>
これまで、重イオンビームの照射により変異が生じた領域が、染色体再編成でも変異が起きやすい領域であると仮定し、この領域をターゲットにした本発明の染色体再編成の方法について説明を行ってきた。以下、重イオンビームの照射により構造変化が生じた領域が、一般的に染色体の再編成に適したゲノム編集のホットスポットであることを実証する手法について説明し、この事実がモデル植物であるシロイヌナズナで確認されたことを説明する。
【0053】
(変異の検出手法)
重イオンビームの照射により生じた染色体の変異を、PCR法で検出する方法について説明する。図5Aは、染色体再編成が生じたか否かを検出するために行われるPCR法のプライマーセットの位置を説明する説明図である。図中、F1と書かれた記号は、Head側の二重鎖切断箇所を起点にして上流側の塩基配列を表し、R1と書かれた記号はHead側の二重鎖切断箇所を起点にして下流側の塩基配列を表す。同様にして、F2と書かれた記号は、Tail側の二重鎖切断箇所を起点にして上流側の塩基配列を表し、R2と書かれた記号はTail側の二重鎖切断箇所を起点にして下流側の塩基配列を表す。
【0054】
染色体再編成により逆位が生じた場合には、修復された塩基配列の上流側で、F1とF2の組み合わせをもつ塩基配列(F1_F2)が生じ、また下流側ではR1とR2の組み合わせをもつ塩基配列(R1_R2)が生じると考えられる。また、Head側とTail側の二重鎖切断箇所が欠失した場合には、F1とR2の組み合わせをもつ塩基配列(F1_R2)が生じると考えられる。
【0055】
したがって、例えば染色体再編成による逆位をPCR法を用いて検出するために、プライマー設計として塩基配列(F1_F2)に相補的な塩基配列を有するプライマーセットと、塩基配列(R1_R2)に相補的な塩基配列を有するプライマーセットを準備することができる。同様にして、欠失を検出するために、塩基配列(F1_R2)に相補的な塩基配列を有するプライマーセットを準備することができる。つまり、例えば、逆位や欠失が生じた場合にのみDNA断片が増幅するようなプライマーを設計することができる。表2は逆位を検出するためのプライマーセットの一例である。
【0056】
【表4】
【0057】
図5Bは、ゲノム編集によって染色体の再編成が生じたときに検出されると予想されるバンドパターンの一例である。この例において、逆位の場合は、図中、白丸に「1」と記した記号と、白丸に「2」と記した記号で示される位置にバンドパターンが現れ、欠失のときには白丸に「3」と記した記号で示される位置にバンドパターンが現れるであろう。実際に重イオンビームを照射してT1世代のゲノムDNAを抽出してPCR検査を行ったところ、HEAD1/TAIL2の組み合わせ、HEAD2/TAIL2の組み合わせの形質転換体において、予想されるバンドパターンを示す系統が観察された。なお、ゲノム編集により逆位や欠失を導入するためには、ターゲット領域の両側が切断されて断片化する必要がある。そのため、再編成領域の両側の切断効率を均一化することが重要である。
【0058】
(ゲノム編集による染色体再編成の導入効率)
図6は、既に説明した2×2の計4パターンの標的塩基配列のうち2パターンの標的塩基配列を基にして作成した2種類のコンストラクト(pHEAD1/TAIL2_Cas9およびpHEAD2/TAIL2_Cas9)を用いて染色体の再編成を誘発させたときの変異割合を表す。これはT2世代において1系統あたり16個体ずつをPCRで解析した結果である。逆位だけ検出された系統、欠失だけ検出された系統、両方が検出された系統、欠失のみが検出された系統に分類されるが、いずれのコンストラクトでも染色体の再編成が誘発されることがわかった。特にHEAD1/TAIL2のコンストラクトでは、半数以上で染色体再編成が観察されており、本発明に係るゲノム編集方法を使用すれば、染色体の再編成が生じている変異体を高頻度で取得することができる。
【0059】
(ゲノム編集による染色体再編成の規模)
なお、これまでの従来法のゲノム編集で染色体再編成の導入が困難なのは主に植物であると認識されており、導入できる変異の規模は、プロモーターを卵細胞特異的に改変することで、最大で18kbまでの逆位や転座であるとされてきた。(Schmidt et al. 2019 Plant J. 98: 577-589;Beying et al. 2020 Nature Plants 6: 638-645)。本発明ではゲノム編集における標的配列の設計を、重イオンビームの利用により得られた変異の情報に基づいて設計することにより、この18kbを優に超える桁外れの染色体再編成規模で、染色体再編成を導入することに成功していることがわかる。このような結果を踏まえて、本発明では、被照射体が植物である場合には、染色体再編成を導入に伴う変異の対象DNAのサイズが100bp以上、好ましくは18kb以上(例、20kb以上、30kb以上、40kb以上、50kb以上、60kb以上、70kb以上、80kb以上、又は90kb以上)、より好ましくは100kb以上(例、150kb以上、200kb以上、250kb以上、300kb以上、350kb以上、400kb以上、450kb以上、500kb以上、550kb以上、600kb以上、650kb以上、700kb以上、又は750kb以上)であることが示唆される。また、染色体再編成を導入に伴う変異の対象DNAのサイズの上限は、特に限定されるものではないが、通常20Mb未満、好ましくは10Mb未満、より好ましくは1Mb未満であり得る。
【0060】
(ゲノム編集による外来遺伝子の挿入)
なお、本発明に係るゲノム編集の方法は、非相同末端連結修復 (non-homologous end joining: NHEJ)過程での挿入・欠失変異の導入だけでなく、相同組換え修復(homology-directed repair: HDR)での外来遺伝子の挿入も可能である。本発明を用いて、相同組換えによってゲノム上の任意の位置に目的の遺伝子を挿入する方法は、ゲノム上の配列と相同な配列に目的遺伝子をプロモーターとともに挿入し、このDNA断片をエレクトロポレーションによって細胞内に導入して相同組換えを起こさせることにより実施することができる。本発明において外来遺伝子を挿入する方法は、新しい遺伝子を挿入する場合のポジショナルエフェクトを検討するのにも利用可能である。
【0061】
(ゲノム編集による多重変異体の取得)
本発明は、ゲノム編集に好都合なゲノム編集ホットスポットが複数個所見つかる場合には、2重あるいは3重の変異体を含む、多重変異体を得るのに効果を発揮すると思われる。従来、このような多重変異体は、2つの変異体を交配させることにより取得するのが通常であった。しかしながら、このような方法は、目的の変異体を取得するための交配に時間と労力を要する。本発明のゲノム編集方法を利用することにより、効率よく多重変異体を取得することができると期待される。
【0062】
なお、本発明は、上記の態様以外にも、一実施形態において、生物の染色体に重イオンビームを照射する工程と、重イオンビームの照射により前記染色体に変異が生じた塩基配列部分を決定する工程と、前記変異が生じた塩基配列部分を挟む少なくとも2箇所でゲノム編集の標的塩基配列を決定する工程と、前記標的塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNAを決定する工程と、を含むことを特徴とするゲノム編集方法を含む。
【0063】
また本発明は、一実施形態において、前記ガイドRNAがエンドヌクレアーゼと複合体を形成することを特徴とするゲノム編集方法を含む。
【0064】
また本発明は、一実施形態において、前記複合体を用いて生物の染色体の塩基配列に挿入、転座、塩基置換、逆位、および/または、欠失を導入する染色体再編成の工程をさらに含むゲノム編集方法を含む。
【0065】
また本発明は、一実施形態において、生物の染色体に重イオンビームを照射する工程と、重イオンビームの照射により前記染色体に変異が生じた塩基配列部分を決定する工程と、前記変異が生じた塩基配列部分を挟む少なくとも2箇所でゲノム編集の標的塩基配列を決定する工程と、前記標的塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNAを決定する工程と、を含むゲノム編集方法により得られた変異体の製造方法を特徴とするゲノム編集方法を含む。
【0066】
これまで本発明の方法はゲノム編集方法の側面を強調して説明してきたが、重イオンビームにより生じさせたゲノム上の変異がゲノム編集のための好適な標的配列となり得るとの本発明者らの見出した知見は、重イオンビームの新たな利用用途を見出したとも言える。従って、本発明は、生物染色体に重イオンビームを照射することにより変異を生じさせる工程、及び、当該変異が生じた箇所を決定する工程を含む、ゲノム編集の標的領域として好適な領域を決定するための方法をも提供する。
【0067】
ゲノム編集の標的領域として好適な領域を決定するための方法における、重イオンビームの照射条件、生物種、変異の種類及びサイズ、変異が生じた箇所を決定するための方法等の諸条件は、上述したものと同様である。
【0068】
本明細書において言及する全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【実施例0069】
以下、実施例を示し、本発明を具体的に説明する。以下に説明する本発明を実施するための形態および実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の主旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除および置換を行うことができる。
【0070】
以下の実施例において、ポリヌクレオチド(DNA、RNA)の調製、PCR、塩基配列決定、形質転換、ゲノム編集等は、当業者に周知慣用の方法を用いて行うことができる。例えば、Michael R. Green, Joseph Sambrook、Molecular Cloning A Laboratory Manual 4rd Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2012)、Plant Genome Editing with CRISPR Systems, Methods and Protocols Editors, Qi, Yiping (Ed.)、Arabidopsis Protocols, Jose J. Sanchez-Serrano, Julio Salinas (ed), Springer, ISBN: 978-1-62703-579-8、等を参照せよ。
【0071】
シロイヌナズナは野生型系統Col-0を用い、23℃、16時間明期、8時間暗期の培養室内で鉢植えで栽培した。形質転換には大腸菌株はDH5αを、アグロバクテリウムはC58株を用いた。ゲノム編集用のベクターのpEn-Chimera_NHは東京大学大学院新領域創成科学研究科の松永幸大先生が作製したものを供与していただいた。pDe-CAS9はシロイヌナズナのストックセンターであるABRCから購入した。
【0072】
(変異箇所の特定方法)
重イオンビームを野生型シロイヌナズナに照射して得た突然変異体の葉から、ゲノムDNAを抽出した。抽出したDNAをHiSeq2500およびHiSeq4000シーケンスシステム(Illumina Inc. CA、USA)を用いた全ゲノムリシーケンスに供した。
【0073】
得られたリードをもちいて変異体のゲノム配列と野生型シロイヌナズナの参照ゲノム配列(TAIR10)と比較することで、逆位や欠失、転座等の染色体再編成を特定した。具体的には、フリーソフトウェア群を用いて以下のような解析を行った。BWA(バージョン0.6.2)でゲノム配列(TAIR10)にマッピングし、Picard(バージョン1.114)を用いてシーケンスサンプル作製時のPCRで生じた過剰な増幅断片の削除を行った。より精度の高いマッピングを実施するため、GATK(バージョン3.2.2)を使用してりアライメントを行った。次に、Pindel(バージョン0.2.4t)、およびBreakDancer(バージョン1.4.5)を使用して染色体再編成を検出した。これらのソフトウェアは多くの擬陽性を出力するため、以下のように擬陽性を削除した。まず、任意の位置にマッピングされたリードの数が5未満、または1,000を超える変異の候補、および染色体再編成を支持するリードの数と全体のリードの数の比が0.1未満である変異候補は、偽陽性とした。さらに、変異体を3個体以上同時に解析し、2つ以上の変異体で検出された染色体再編成についても偽陽性とした。これは2つ以上の突然変異体において全く同じ箇所に全く同じ変異が生じることは確率的に非常に低いため、シーケンスや解析時のエラーによるものと判断されるためである。
【0074】
以上の行程を経て最終候補となった染色体再編成を、ゲノムブラウザであるIntegrative Genomics Viewer(IGV)を用いて目視により1つずつ確認し、染色体再編成の位置を塩基配列レベルで決定した。
【0075】
(PCRによる既知遺伝子領域における変異の同定)
胚軸が長くなる変異体elongated hypocotyl (hy)やトライコームが無くなる変異体glabrous (gl)等、既知変異体の原因遺伝子については以下のようにPCRで同定した。ここではhyについて述べるが、glについても同様である。
【0076】
変異体の葉からゲノムDNAを抽出し、10ngを1回のPCR反応に用いた。野生型と同様の増幅断片、もしくはサイズの異なった増幅断片が検出された場合はBig Dye Terminator v. 3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems) および 3730xl DNA Analyser (Applied Biosystems)を用いてシーケンスを決定した。増幅が見られなかった場合は以下の様に、Thermal asymmetric interlaced-PCR (TAIL-PCR)を行った。変異体に存在するDNA領域から、染色体再編成の存在が予想される未知のDAN領域に向かって3つの特異的プライマーを設計し、ランダムプライマーを用いて3回のPCRを行った(図3)。
【0077】
1:ゲノムDNAを鋳型としたプライマー1とプライマーRによるPCR
2:1の産物を鋳型としたプライマー2とプライマーRによるPCR
3:2の産物を鋳型としたプライマー2とプライマーRによるPCR
【0078】
増幅断片が得られた場合は、Big Dye Terminator v. 3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems) および 3730xl DNA Analyser (Applied Biosystems)を用いて既知領域と未知領域の境界のシーケンスを決定し、染色体再編成を同定した。
【0079】
(コンストラクション)
758kbの逆位の導入
Cイオンビーム(LET:290keV/μm、50Gy)を照射して得られたシロイヌナズナの大輪変異体(Ohbana2:Ohb2)は、5番染色体に355kbおよび758kbの逆位を有する(図2A)。該変異体の原因変異である758kbの逆位部分を挟む両側2カ所のターゲットを認識する領域(表3)に対してsgRNAをCRISPER direct(http://crispr.dbcls.jp/)で設計し、それぞれのオリゴDNAを作製した。
【表5】
【0080】
(589kbの逆位の導入)
また、Cイオンビーム(LET:30keV/μm、400Gy)を照射して得られたシロイヌナズナの変異体(C30-1-as1)は、5番染色体に589kbの逆位を有する(図7)。該変異体の原因変異である589kbの逆位部分を挟む両側2カ所のターゲットを認識する領域(表6)に対してsgRNAをCRISPERdirect (http://crispr.dbcls.jp/)で設計し、それぞれのオリゴDNAを作製した。
【表6】
【0081】
(標的配列の作製)
表5および表6に記載のUpper oligoとLower oligoを用いて、サーマルサイクラーで反応液を37℃で30分間、95℃で5分間インキュベーションした後、2℃/30秒で25℃まで温度を下げた。反応終了後、反応液を希釈して標的配列溶液を調製した。ベクター(pEn-Chimera_NH)と、前記標的配列溶液を用いて、ライゲーション反応を行った後、大腸菌株DH5αに形質転換を行った。ここで、2カ所のターゲットを認識する領域の上流をHEAD、下流をTAILと名付けた。
【0082】
(インサート断片の確認)
Upper OligoとプライマーSS42(5’-TCCCAGGATTAGAATG-3’)を用いて、コロニーPCR(98℃で10秒、60℃で15秒、68℃で30秒の35サイクル)を行い、インサート断片の配列をプライマーSS42を用いたシーケンシングで確認した。インサート断片の配列を有するコロニーからプラスミドを抽出した。
【0083】
(制限酵素処理)
2つのガイドRNAを連結させるため、TAIL側のプラスミドのインサート断片を制限酵素(NheI-HindIII)で処理して得たNheI-HindIII断片を、予めXbaI-HindIIIで処理したHEAD側のプラスミドとライゲーションした。得られたプラスミドを用いて、大腸菌の形質転換、インサート断片の確認を行い、目的のプラスミドを得た。
【0084】
(ゲートウェイ反応)
大腸菌とアグロバクテリウム両方の複製起点を持つバイナリーベクターを作製するため、上記のインサート断片を、CAS9遺伝子を有するバイナリーベクターpDe-CAS9にゲートウェイ反応で導入した。得られたベクターを用いて、大腸菌の形質転換、インサート断片の確認を行い、目的のベクターを得た。
【0085】
(アグロバクテリウムの形質転換)
エレクトロポレーション法を用いてアグロバクテリウムの形質転換を行い、形質転換体を得た。エレクトロポレーターはBio-Rad社のMicroPulserを使用した。
【0086】
(シロイヌナズナの形質転換)
上記で得られたアグロバクテリウムの形質転換体をシロイヌナズナに感染させた。
まず、鞘と、すでに開いている花とをハサミで切除し、蕾と葉を残した野生型のシロイヌナズナを、鉢ごと逆さまにして、アグロバクテリウムの形質転換体を含む感染用溶液に浸漬した。全ての蕾が感染用溶液に浸漬していることを確認し、15分間静置した(フローラルディップ法)。
【0087】
(T1世代におけるゲノム編集の確認)
T1種子を選抜培地(Bialaphos Sodium Saltおよびカルベニシリン含有)に播種し、23℃、16時間明期、8時間暗期の条件で栽培した。8日後、薬剤耐性個体をクリーンベンチの中で選抜し、薬剤無しの1/2MS培地に移植した(アグロバクテリウムが生育している場合は、カルベニシリン含有培地または1%PPM含有1/2MS培地に移植し、形質転換体を選抜した。)。5日後、選抜した植物体(形質転換体)を1/2MS培地に移植し、1枚ずつ採種した本葉からDNAを抽出した。
【0088】
(PCRによるゲノム編集の確認)
表7および表8に示すプライマーセットを用いてPCR(98℃で10秒、55℃で5秒、68℃で5秒、で35サイクル)を行い、ゲノム編集が行われたかを確認した。ゲノム編集が行われた形質転換体は全て培養土に植え替えて栽培し、採種した。
【表7】

【表8】
【0089】
(T2世代におけるゲノム編集部位の塩基配列の決定)
T2種子を1/2MS培地に播種し、DNAを抽出した。抽出したDNAを用いて、PCRを行った。得られたPCR産物を精製し、ゲノム編集された部位の塩基配列を決定し、各個体に生じたゲノム編集の種類を確認した。
【0090】
<結果>
(758kbの逆位の導入)
表7に記載の配列(配列番号25~28)を用いて、合計4通りの組み合わせのガイドRNAのペアを含むコンストラクトを作製し、該コンストラクトを野生型シロイヌナズナに導入した。逆位や欠失が生じた場合にのみDNA断片が増幅するようなプライマー(表7)を設計し、T1世代でPCRを行った。上記のうち、HEAD-1/TAIL-2の組み合わせ、および、HEAD-2/TAIL-2の組み合わせの形質転換体において、染色体再編成(逆位、欠失)を示す断片の増幅が見られた。T2世代について系統あたり16個体を調査したところ、26系統中10系統で758kbの逆位や欠失が確認できたHEAD-1/TAIL-2の組み合わせの結果と、HEAD-2/TAIL-2の組み合わせの結果を図6に示す。なお、逆位が導入された個体を育成して花の大きさを調べたところ、Ohb2と同様に花の大きさが巨大化していた。したがって、重イオンビームで逆位を起こした実績のある領域では、ゲノム編集技術を用いて逆位や欠失を効率よく生じさせることができることが明らかとなった。
【0091】
(589kbの逆位の導入)
表8に記載の配列(配列番号29~32)を用いて、合計4通りの組み合わせのガイドRNAのペアを含むコンストラクトを作製し、該コンストラクトを野生型シロイヌナズナに導入した。逆位や欠失が生じた場合にのみDNA断片が増幅するようなプライマー(表8)を設計し、T1世代でPCRを行った。上記のうち、HEAD-2/TAIL-2の組み合わせの形質転換体において、染色体再編成(逆位、欠失)を示す断片の増幅が見られた。T1世代1系統について7個体を調査したところ、1個体で589kbの逆位や欠失が確認できた。したがって、上記と同様に、重イオンビームで逆位を起こした実績のある領域では、ゲノム編集技術を用いて逆位や欠失を効率よく生じさせることができることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、従前の技術常識では効率的にゲノム編集できないと考えられていた巨大な領域のゲノム編集を高効率に行うことができる。また、本発明によれば、ゲノム編集に適したホットスポット配列が特定できる。かかるホットスポット配列が特定できれば、ホットスポット配列マップの作成が可能となり、意図的に巨大な領域の転座や逆位等の変異を起こすことができる。従って、本発明によれば、例えば植物の品種改良の効率を劇的に高められる可能性がある。
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
【配列表】
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