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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022043533
(43)【公開日】2022-03-16
(54)【発明の名称】低音弦用巻線及び楽器用低音弦
(51)【国際特許分類】
   G10C 3/07 20190101AFI20220309BHJP
   G10C 9/00 20190101ALI20220309BHJP
   G10D 3/10 20060101ALI20220309BHJP
【FI】
G10C3/07
G10C9/00 100
G10D3/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020148849
(22)【出願日】2020-09-04
(71)【出願人】
【識別番号】304056567
【氏名又は名称】アムトランス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096091
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 誠一
(72)【発明者】
【氏名】草薙 正朗
(72)【発明者】
【氏名】潮田 健太郎
【テーマコード(参考)】
5D002
【Fターム(参考)】
5D002CC34
(57)【要約】
【課題】 良好な音質を確保しつつ防錆性と美観を永続的に維持する低音弦用巻線、楽器用低音弦を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明によれば、楽器用の低音弦に螺旋状に一層以上巻き付けられる巻線であって、前記巻線本体の表面に金メッキあるいは白金メッキが施されている低音弦用巻線が提供される。また本発明によれば、低音弦用巻線が楽器用(例えばピアノなど)の低音弦の芯線に巻き付けられた楽器用低音弦が提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
楽器用の低音弦に螺旋状に一層以上巻き付けられる巻線であって、
前記巻線本体の表面に金メッキあるいは白金メッキが施されている低音弦用巻線。
【請求項2】
前記メッキは前記巻線本体の表面に直接積層されている請求項1に記載の低音弦用巻線。
【請求項3】
前記メッキの積層厚さは0.005~20ミクロンである請求項1または請求項2に記載の低音弦用巻線。
【請求項4】
前記巻線の前記メッキの積層厚さは、当該巻線より細い巻線のメッキの積層厚さ以下である請求項1から請求項3のいずれかに記載の低音弦用巻線。
【請求項5】
前記巻線本体の材質は銅である請求項1から請求項4のいずれかに記載の低音弦用巻線。
【請求項6】
前記銅は、酸素含有量10ppm以下、銅純度99.98%以上の無酸素銅である請求項5に記載の低音弦用巻線。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれかに記載の低音弦用巻線が楽器用の低音弦の芯線に巻き付けられた楽器用低音弦。
【請求項8】
前記芯線の表面に金メッキあるいは白金メッキが施されている請求項7に記載の楽器用低音弦。
【請求項9】
前記芯線の表面に白金メッキが施され、前記巻線本体の表面に金メッキが施される、請求項7に記載の楽器用低音弦。
【請求項10】
前記芯線の断面は芯線の全長にわたって同一の円形である請求項7から請求項9のいずれかに記載の楽器用低音弦。
【請求項11】
ピアノに用いられる低音弦である請求項7から請求項10のいずれかに記載の楽器用低音弦。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巻線弦に用いられる巻線の材質と表面処理に関する。
【背景技術】
【0002】
従来ピアノ、ギター、コントラバスなどに使用する弦は、発音体として音質の重大な要因となるため、十分に考慮された材質、構造が必要である。単に個々の弦の音質が良いというだけではなく、一つの楽器で使用される全ての弦の間で音の個性が揃っていることも重要である。
【0003】
楽器の音の個性を決定する要素のうち、弦に起因するものとしては、弦の振動モードが挙げられる。振動モードとは振動の様子であり、具体的には弦の基本振動に対して高次の振動の周波数分布(周波数は整数倍よりわずかにずれていくがそのずれ方、振幅など)、また水平振幅と垂直振幅の時間的変化等である。これらの要因が複雑に組合わさって音の個性を作り出す。また、個々の弦によって音の個性が大きく変わらないこと、つまり一つの楽器として統一された個性の音であることは、音楽表現にとって重要であり、そのためには少なくとも隣りあう弦の振動モードが急変しないものである必要がある。
【0004】
弦のうち特に低音域用弦(低音弦)については楽器の大きさの制限から、弦の長さも制限する必要がある。弦長を制限した上で低音を実現するために、単に弦の径を太くして単位長当りの質量を増加させると、弦の曲げ剛性が増大し、基本振動よりも部分振動が強く起き、音質に悪影響を与える。また曲げ剛性の増大は振動周波数を上昇させる要因となり、質量増加による低音化を打ち消す方向に働く。
【0005】
従って弦を太くせずに低音を実現する必要があるが、その方法として、均質構造からなる裸の芯線だけではなく、芯線の周囲に金属線を1重あるいは2重・3重に巻き付けて、実質的な振動系の線密度(単位弦長当りの質量)を増すという方法がある。このような構成の弦を巻線弦と呼び、巻き付ける線材を巻線と呼ぶ。これに対し、巻線が施されていない弦を裸弦と呼ぶ。
【0006】
巻線は芯線の振動モードへの影響が最小限であり、実効的な弦の線密度だけを増やすものであることが重要である。また、低音部に巻線弦を用い、高音部には裸弦を用いる楽器においては、この弦構造の違いが音質の個性の違いとなって現れないようにする必要がある。
【0007】
特にピアノやハンマーダルシマーなどのように、音程ごとに弦を持つ楽器では、裸弦から巻線弦へ音程が移るときに、音の個性に急な変化が出ないようにする必要がある。例えばピアノにおいては一般的にA#4までが巻線弦でありその隣(半音上)のB4からが裸弦になる。この隣同士で音の個性が急変しないためには、巻線弦であるA#4の振動モードが裸弦であるB4の振動モードと極めて近い必要がある。このためにはA#4の巻線による芯線の振動モードへの影響が極めて少なくなくてはならない。またそれより低い巻線弦についても同様のことがいえる。
【0008】
したがって巻線は芯線に密着しつつも、あたかも裸弦であるように芯線の自然な振動を妨げないこと、すなわちしなやかに変形できることが要求される。芯線の振幅変形を妨げないように忠実に密着性を保つこと、かつ巻きが緩んでこないことが重要である。巻きが緩むと巻線からも音が発し響きが濁る、調律師の言葉でいう「ジン線」という現象が起こる。
【0009】
また、巻線表面に錆が発生したり汚れが付着したりすると弦の振動が妨げられ響きに自然な伸びが失われる。すなわち詰まった感じの音、調律師の言葉でいう「ボン線」という現象が起こる。また、弦の見た目の輝きも失われ、楽器としての美観が損なわれる。
【0010】
例えばグランドピアノはケースの蓋(大屋根)を開いて演奏されることが多く、演奏者や聴衆は弦を直接、あるいは蓋の裏に映った鏡像として目にする。低音弦(巻線弦)は長く太く、しかも高音弦の上に交差して張られている(交叉張弦)ので目立つ存在であり、巻線の表面状態は特に重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平3-100195号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
巻線が緩むのは、巻線の弾性により巻きが戻ろうとするスプリングバックという現象による。巻線同士は螺旋状に密着して巻かれているので、スプリングバックが起きる時は隣合う巻線同士が緩む方向にずれる。このずれを起き難くすれば、スプリングバックを抑制できる。それには、巻線通同士の摩擦係数が高ければよい。しかし、従来の低音弦では摩擦係数について考慮されていなかった。
【0013】
また、巻線の表面状態を改善し良好に保つためには、液体または粉体の防錆材を塗布する方法が用いられてきた。しかし、液体は粘性があるので振動を抑制する作用があり、音質的にはよくないとされる。粉体の例としては気化により防錆効果を発揮する気化性防錆剤(VCI:Volatile Collosion Inhibiter)などがあるが、気化しきってしまえば効果を失う。
また、粉体・液体いずれにせよ、弦の振動により振り落とされてゆく。従って、防錆材を塗布する方法は巻線の表面状態を永続的に保持するものではない。
【0014】
永続的な防錆効果としてはメッキが有効であるが、これまで、楽器用弦の巻線に求められる条件を考慮したメッキ処理ではなかった。例えば、巻線の材質としては比重が大きくかつしなやかに変形できる銅が用いられるが、これまで銅線の表面処理は主に電線用途を考慮したものであった。
【0015】
例えば特許文献1は銅線の表面に3層のメッキを重ねた表面処理の性能について評価しているが、評価項目は折り曲げによる剥離の有無、抵抗値変化であり、音質に与える影響については全く考慮されていない。これは銅線の用途が圧倒的に電線であるからである。従って巻線の表面状態を良好に保つために表面処理された銅線として、このような銅線を流用しても、良好な音質の巻線弦にはならない。
【0016】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、良好な音質を確保しつつ防錆性と美観を永続的に維持する低音弦用巻線、楽器用低音弦を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前述した目的を達するための第1の発明は、楽器用の低音弦に螺旋状に一層以上巻き付けられる巻線であって、巻線本体の表面に金メッキあるいは白金メッキが施されている低音弦用巻線である。
【0018】
これらのメッキは巻線本体の表面に直接積層されていてもよい。
【0019】
また、メッキの積層厚さは0.005~20ミクロンであることが望ましい。
【0020】
また、巻線のメッキの積層厚さは、その巻線より細い巻線のメッキの積層厚さ以下としてもよい。
【0021】
また、巻線本体の材質は銅であり、特に、酸素含有量10ppm以下、銅純度99.98%以上の無酸素銅であることが望ましい。
【0022】
また第2の発明は、第1の発明における低音弦用巻線が楽器用の低音弦の芯線に巻き付けられた楽器用低音弦である。この楽器用低音弦の芯線の表面に金メッキあるいは白金メッキが施されていてもよい。さらに芯線の表面に白金メッキ、前記巻線には金メッキが施されていてもよい。
【0023】
前記芯線の断面は芯線の全長にわたって同一の円形であってもよい。このような低音弦は主にピアノに用いられる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、良好な音質を確保しつつ防錆性と美観を永続的に維持する低音弦用巻線、楽器用低音弦が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】巻線1の断面図
図2】実施形態1における1重巻線弦(低音弦10)の断面図
図3】実施形態1における2重巻線弦(低音弦20)の断面図
図4】巻線1と芯線4の接触状態を説明する模式図
図5】実施形態2における1重巻線弦(低音弦10A)の断面図
図6】実施形態2における2重巻線弦(低音弦20A)の断面図
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。尚、以下の説明及び図面において、略同一の構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0027】
(実施形態1)
図1は本発明の巻線1の断面図である。
図1において巻線1の銅の部分2の表面に金メッキあるいは白金メッキからなる厚さdのメッキ層3が施されている。Drはメッキ層3を含む巻線1の仕上り径であり、ピアノ用の弦に用いられる場合、Drは凡そ0.15mmから2.15mmである。メッキ層dの厚みは0.005μmから20μmである。メッキ層3は、ニッケルなどの中間層を設けず、銅の部分2の表面に直接積層されている。巻線1に用いられる銅は、酸素含有量10ppm以下、銅純度99.98%以上の無酸素銅であることが望ましい。
【0028】
図2は巻線1が芯線4に螺旋状に巻き付けられたピアノ用の低音弦10を示す図であり、(a)は弦の長さ方向の断面図、(b)は弦の長さ方向に対して垂直な断面図である。(b)は芯線4の断面だけを示し、巻線1は表示していない。芯線4はいわゆるピアノ線であり、鋼鉄製である。
【0029】
巻線1は横方向において隣同士接触しており、巻線1の表面は金メッキあるいは白金メッキが施されている。また、本実施形態では、芯線4の殆どの部分の長さ方向に垂直な断面は4aのように真円であるが、巻線1の両端部に対応する芯線部分のみは4bに示すように一部平打ちされ、断面の上下部分が平坦部5を形成している。
【0030】
以上のように構成された巻線1および巻線1を用いた低音弦10について、その作用効果を説明する。
図2に示したように、巻線1は横方向において隣同士接触しており、表面は金メッキあるいは白金メッキが施されているので、高い摩擦係数で巻方向に亘って接触するためずれにくい。従ってスプリングバックが起きにくい。一方、芯線4は鋼鉄であるので、巻線1との摩擦係数が低いため、芯線4の振幅に対しては摩擦損失の発生が少なく、弦の振動を妨げない。従って巻線1が緩みにくくかつ響きを持続できるという理想的な弦となっている。
【0031】
表1を参照してより詳細に説明する。表1は金属同士の摩擦係数を表したものである。
[表1]
【0032】
表1に示すように、同種金属間の摩擦係数では、金と白金が他の金属を大きく引き離して高い摩擦係数であることが分かる。したがって、密着して巻かれた巻線同士は緩みにくくなる。
【0033】
一方、表1を見ると、金や白金は、鋼鉄に対する摩擦係数においては、金同士あるいは白金同士の摩擦係数ほど増大せず、他の金属とあまり変わらない。金は金同士の摩擦係数が2.5であるのに対し、鋼鉄に対する摩擦係数はその2割強の0.54である。同様に白金は金同士の摩擦係数が3であるのに対し、鋼鉄に対する摩擦係数はその2割弱の0.56である。
【0034】
表1の摩擦係数比(対鋼鉄/同種金属)の行から分かるように、同種金属での摩擦係数が高い割には鋼に対しては摩擦係数が低下する度合いが大きいのは、銀、金、及び白金であることが分かる。しかし銀は雰囲気中の硫黄成分により酸化されるので、これを除外すれば、金と白金のみが、同種金属間では摩擦係数が高い一方、鋼に対しては摩擦係数が低いという特徴を持つ。
【0035】
この性質は、スプリングバックを抑える効果があるとともに、芯線に対しては摩擦が少ない、つまり芯線の振幅に対しては摩擦損失の発生が少なく、弦の振動を妨げないという効果がある。従って、巻線が緩みにくくかつ響きを持続できるという弦の理想を実現する巻線の表面材料として、金あるいは白金が他の金属より格段に優位である。
【0036】
また、芯線に小さな曲率半径でぴったりと巻き付けられ、かつ芯線の振幅変形を妨げずにしなやかに変形するためには、巻線の硬度が低いことも重要である。
表2に示すように、金は最も硬度が低い柔らかい金属である。巻線本体の材質は従来から銅が用いられるが、白金の硬度は銅と同等である。銅より硬い金属で表面をメッキした場合、銅の変形性を妨げるが、銅と同等以下であれば問題ない。この点においても金、白金は巻線の表面に用いる材質として適している。
【0037】
[表2]
【0038】
以上のように、良好な音質と美観を永続的に実現するために、本発明のように、巻線、あるいは芯線と巻線の両方の表面に用いるメッキの材質として、金あるいは白金を選択することは好適である。
【0039】
また、金メッキあるいは白金メッキが巻線の重量増大にも貢献する。そもそも低音弦に巻線を施す理由は弦の重量増であるから、巻線にメッキを施す場合も重量増にも貢献するメッキ材質であることが望ましい。メッキ厚は巻線経に比較して小さいものであるが、それでも巻線の径が細い場合はメッキ材質の比重は巻線の単位長さ当たり重量に影響を及ぼす。
【0040】
表3に巻線径0.2mm(銅の母材とその表面のメッキを含めた仕上り径)、メッキ厚5μmの場合、メッキの材質による巻線全体としての比重を比較する。
【0041】
[表3]
【0042】
ここに示された代表的なメッキ用金属材質において、銅より比重の大きいものは、金、銀、白金だけであるが、銀は空気中の硫化物により酸化されやすいので除外すれば、巻線の比重の増加に貢献するのは金と白金だけである。他のメッキ材質の場合、巻線全体としての比重は減少する。メッキを施さない場合(母材と同質の銅メッキをしたのと同等と考える)と比較すると、金メッキの場合は11.2%、白金の場合は13.5%の増加となり、重量を増して低音を実現するという巻線の役割をさらに強化するものであることが分かる。
【0043】
このように細い巻線においては比重の重い金属のメッキは弦の重量増加に貢献するが、太い弦においては、弦の径に対するメッキ厚の割合が小さくなるので、重量増加への貢献は少ない。つまり太い巻線に細い巻線と同じ厚さのメッキをしても重量増への貢献度は相対的には少ない。このため、太い巻線に対してはいっそのこと薄い金メッキでよい。巻線が太いと表面積も多くなるので、メッキの金属使用量が増える。その分厚さを減らして、使用される低音弦全体で、メッキに用いる金や白金などの高価な金属の使用量を節約できる。すなわち、所定の巻線のメッキの積層厚さは、その巻線より細い巻線のメッキの積層厚さ以下となるようにしてもよい。
【0044】
以上、巻線同士の摩擦係数の増大、巻線のしなやかさ、さびにくさ、単位長さ当たりの重量増加の全ての面において、本発明(図1、2)のように巻線に金メッキまたは白金メッキをすることが他の金属のメッキに比べて格段に効果がある。
もちろんメッキではなく、巻線全部を金あるいは白金にしても同様の効果が得られるが、極めて高価なものとなり現実的ではない。本発明のように巻線表面だけに金メッキあるいは白金メッキをすることによって十分な効果が得られる。
【0045】
また本実施形態(図2)では、巻線の両端部に対応する芯線部分の断面の上下部分に平坦部を形成することで、平坦部の角部が巻線に食い込み、かつ巻線の巻始め及び巻終わり部分が楕円形に変形することにより、巻線の端部が芯線の周囲を巻線が緩む方向にずれて回転するのを防ぐ。これにより、スプリングバックがさらに抑制される。
【0046】
図3は2重巻線を持つピアノ用の低音弦20を示す図であり、(a)は弦の長さ方向の断面図、(b)は弦の長さ方向に対して垂直な断面図である。(b)は芯線4の断面だけを示し、巻線1は表示していない。芯線4はいわゆるピアノ線であり、鋼鉄製である。
【0047】
(a)に示すように、内側巻線1が芯線4に巻き付けられ、さらにその外側に外側巻線6が巻き付けられることで、2重巻線弦(低音弦20)を形成している。外側巻線6を加えることによりさらに弦の質量を増すことができるため、最低音領域の弦に用いられる。
【0048】
2重巻線弦においても、外側巻線6、内側巻線1のそれぞれについて、巻始め及び巻終り位置での芯線4の長さ方向に垂直な断面は、平打ちされて4bのように上下が平坦になっている。
【0049】
外側巻線6同士、内側巻線1同士はそれぞれ横方向において高い摩擦係数で接触している。さらに、外側巻線6と内側巻線1との間も高い摩擦係数で接触するため、2重巻線弦においても巻線表面に金メッキあるいは白金メッキを施すことは、緩みにくい巻線弦を実現するうえで効果的である。
【0050】
一方、芯線4は鋼鉄であるので、巻線との摩擦係数は低く、前述のように芯線4の振幅に対しては摩擦損失の発生が少なく、弦の振動を妨げない。従って巻線が緩みにくくかつ響きを持続できるという理想的な2重巻線弦となっている。
【0051】
表4は1重巻線弦と2重巻線弦をピアノに実装した例である。最低音から高音に向かって順番がつけられている。この順番は音程の順番でもあり、ピアノでは一つの鍵盤に割り当てられる弦を示す。
【0052】
[表4]
【0053】
順番1~8は図3に示すような2重巻線弦(低音弦20)である。例えば、順番1は最低音であり、音程はA2、この音程に2重巻線弦1本が割り当てられている。直径1.5mm、長さ2.2mの芯線のうち中央部の長さ1.9mの部分に直径0.7mmの内側巻線が巻き付けられ、その外側に長さ1.95mに亘り直径0.9mmの外側巻線が巻き付けられている。巻き付けられる巻線の総延長は内側巻線が21.73m、外側巻線が24.65mである。巻線はこの長さにわたって隣り合って接触し、しかも摩擦係数の高い金メッキあるいは白金メッキが施されているのでずれにくく、スプリングバックが起きにくい。
【0054】
順番9、音程F3から上の弦は図2に示すような1重巻線弦(低音弦10)となる。また順番14、音程A#3から上は、1音当たり2本、同じ構造の1重巻線弦が割り当てられる。順番26、音程A#4では、巻線の径が0.2mmとなる。表3で説明したように、この径の巻線に5μmの金メッキを施すと11.2%増加し、白金メッキの場合は13.5%増加する。このように低音弦の中でも高音側については、巻線の径が細くなるので、相対的にメッキ層が厚みの割合が多くなる。したがって金メッキあるいは白金メッキが弦の重量増加に貢献する度合いが大きくなる。
【0055】
前述のように太い巻線に対しては、メッキの比重は巻線の重量増大に貢献する度合いが少ないので、太い巻線に対してはメッキの厚みは少なくなっている。本実施形態では、直径0.9mmの巻線のメッキ厚は0.5μmであり、直径0.2mmや直径0.3mmの巻線のメッキ厚5μmよりずっと薄くなっている。こうして、これらの低音弦全体で使用される金あるいは白金の使用量を節約している。
【0056】
順番26より上の弦(高音弦)は巻線を持たない芯線だけの裸弦となり、1音当たり2~3本が割り当てられる(この表には記載しない)。
低音弦は、1音について1本乃至2本の弦が割り当てられるので26音の低音弦の本数は全部で39本である。
【0057】
これら39本の弦は、長く太く、かつ高音弦の上に交差して張られるため(交差張弦)、外観からも目立つ。したがって金メッキあるいは白金メッキされた巻線を用いると美しく見え、しかも錆びないので美しさが持続する、という美観的な効果も発揮する。
【0058】
また、巻線だけでなく、芯線にも金メッキあるいは白金メッキを施してもよい。これにより、さらなる美観効果を発揮する。しかも芯線と巻線という異種金属間の接触電位差による電蝕に対しても、芯線が金メッキあるいは白金メッキされていることにより錆の発生を抑えることができる。これは、演奏中に弦が断線するなどの最悪の事態を防ぐのに有効である。
また、芯線を白金メッキ、巻線を金メッキとすれば、中央部が金色、両端部が白色に輝く、極めて豪華な美しさを実現できる。
【0059】
なお、芯線も巻線も金メッキあるいは白金メッキ処理した場合、芯線と巻線との摩擦係数は、金メッキ同士、白金メッキ同士、或いは白金と金メッキとなるため、芯線にメッキしない場合(鋼線のままの場合)より、芯線と巻線との摩擦係数が高くはなるが、それでも芯線と巻線との摩擦力の増大は低く抑えられる。この理由について説明する。
【0060】
図4は1重巻線弦を模式的に表したものであり、巻線1同士が接触する部分は太い線30、巻線1と芯線4が接触する部分は細い線40で示す。これらの線は螺旋状となり巻線1が実装される長さに亘って同じターン数(巻回数)となる。図から分かるように、1ターンのみに注目すると、
巻線1と芯線4との接触長さ/巻線同士の接触長さ = Dc/(Dc+Dr)
(Dcは芯線4の直径、Drは巻線1の直径)
であることが分かる。弦全体で2つの螺旋30、40のターン数は同じであるから、1ターン当たりの長さの比率はそのまま弦全体での長さの比率となる。
【0061】
例えば、表4において、順番9、音程F3の弦については、
Dc=1.15mm,Dr=0.7mm
であるので、
Dc/(Dc+Dr)=0.38
となり、芯線4と巻線1の接触長さは、巻線同士の接触長さの0.38倍であるのある。
【0062】
ここで単純のため、巻線1同士の接触圧と、巻線1と芯線4の接触圧とが同じとすれば、芯線4と巻線1がともに金メッキである場合、芯線4と巻線1との摩擦力の総計は巻線1同士の摩擦力の総計の0.38倍となる。すなわち接触長さの比と同じになる。
【0063】
同様に、表4において、順番26、音程A#4の弦については、
Dc=0.95mm,Dr=0.2mm
であるので、
Dc/(Dc+Dr)=0.17
となり、芯線4と巻線1との摩擦力の総計は巻線1同士の摩擦力の総計の0.17倍である。
【0064】
このように、芯線にも金メッキあるいは白金メッキを施した場合であっても、芯線同士の摩擦力に対して、芯線と巻線との摩擦力の増大は低く抑えられ、スプリングバックを抑える効果があるとともに、芯線に対しては摩擦が少ないという条件が満たされる。従って、芯線の振幅に対しては摩擦損失の発生が少なく、弦の振動を妨げないという、良好な条件が実現されうる。
【0065】
(実施形態2)
図5図6を用いて、本発明の別の実施形態について説明する。図5は1重巻線を持つピアノ用の低音弦10Aを示す図であり、図6は2重巻線を持つピアノ用の低音弦20Aを示す図であり、いずれも、芯線4の平打ち部を無くした実施形態である。平打ち部においては、断面の上下に平坦部があるだけでなく、平坦部を形成する加工による歪みなど、芯線に不連続部分ができるが、本実施形態では、平打ち部がないので、巻線の巻始めまたは巻終り位置での断面4bも、それ以外の断面4aも、断面は同一の真円である。
【0066】
本発明においては、同種の金属同士の摩擦係数が高い金、あるいは白金を用いているので、平打ち部がなくても、巻線同士の摩擦によってスプリングバックを防ぐことができる。芯線の断面は芯線の全長にわたって同一の円形となり、芯線の不連続性がなくなるので、芯線を伝搬する音波の不連続点での反射がなくなり、より純粋な弦の振動となる。
【0067】
ギター弦などにおいては、スプリングバック防止のため、芯線全体に亘り断面が多角形(多くは6角形)のものを用いることがあるが、これも、本発明のように巻線に金メッキあるいは白金メッキをすることにより巻線同士の摩擦を大きくすれば、真円断面の芯線を用いることができ、純粋な弦振動を実現できる。
【符号の説明】
【0068】
1・・・巻線あるいは内側巻線、2・・・巻線の銅の部分、3・・・メッキ層、4・・・芯線、4a・・・巻線の巻始めでも巻終りでもない位置での芯線の長さ方向に垂直な断面、 4b・・・巻線の巻始めまたは巻終り位置での芯線の長さ方向に垂直な断面、 5・・・平坦部、6・・・外側巻線、10・・・巻線同士の接触部分、40・・・芯線と巻線との接触部分
図1
図2
図3
図4
図5
図6