(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022043549
(43)【公開日】2022-03-16
(54)【発明の名称】複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具および複列自動調心ころ軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 43/06 20060101AFI20220309BHJP
F16C 23/08 20060101ALI20220309BHJP
F16C 19/38 20060101ALI20220309BHJP
【FI】
F16C43/06
F16C23/08
F16C19/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020148874
(22)【出願日】2020-09-04
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100154771
【弁理士】
【氏名又は名称】中田 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴志
【テーマコード(参考)】
3J012
3J117
3J701
【Fターム(参考)】
3J012AB20
3J012BB03
3J012DB01
3J012FB07
3J012HB01
3J117HA02
3J701AA15
3J701AA25
3J701AA32
3J701AA43
3J701AA54
3J701AA62
3J701BA77
3J701FA04
3J701FA31
3J701FA44
3J701FA46
3J701GA24
(57)【要約】
【課題】非対称の複列自動調心ころ軸受において、搬送または組立時に軸受構成要素が相互にずれることを防止できると共に、軌道輪にずれ止め用の加工を施すことが不要でコスト低減等を図り、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具および複列自動調心ころ軸受を提供する。
【解決手段】飛出し止め治具17は、非対称の複列自動調心ころ軸受1を、搬送または組立てるときに用いられ軸受構成要素が相互にずれることを防止する。飛出し止め治具17は、内輪2の端面に当てられる立板部17と、立板部17の内側面から軸方向内方に突出し、円周方向に隣り合うころ間で保持器6のころ4を拘束する複数の爪部19と、各爪部19から径方向外方に突出して外輪3の軌道面3aに接触して抜け止め効果を得る突出部20とを有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2列のころの形状および接触角のいずれか一方または両方が互いに異なる非対称の複列自動調心ころ軸受を、搬送または組立てるときに用いられ軸受構成要素が相互にずれることを防止する飛出し止め治具であって、
前記複列自動調心ころ軸受の内輪または外輪の端面に当てられ複数のころに渡って円周方向に延びる立板部と、
この立板部の内側面から軸方向内方に突出し、円周方向に隣り合うころ間で前記複列自動調心ころ軸受における保持器の柱部または前記ころを拘束する複数の爪部と、
前記立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分に設けられ、且つ、前記軸方向内側へ延びる部分から径方向外方または内方に突出して前記外輪の一部に接触し抜け止め効果を得る突出部と、を有する複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具。
【請求項2】
請求項1に記載の複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具において、前記立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分は前記複数の爪部であり、前記突出部は、前記各爪部の外周面に設けられて前記外輪の軌道面に接触する複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具。
【請求項3】
請求項2に記載の複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具において、前記各爪部は、基端側から先端側に向かって幅狭となり隣り合うころの間に楔状に介在する基端側部を有する複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具。
【請求項4】
請求項1に記載の複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具において、前記立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分は、前記立板部の外周縁から軸方向内方に突出し、前記外輪の外周面の一部を覆う部分円筒形状部であり、この部分円筒形状部と前記立板部と前記爪部とで断面溝形に形成されている複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具。
【請求項5】
請求項4に記載の複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具において、前記突出部は、前記部分円筒形状部の軸方向先端部に設けられて、前記外輪の外周面に設けられた油孔に嵌込まれる複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具。
【請求項6】
内外輪と、前記内外輪間に介在し軸受軸方向に並ぶ2列のころと、前記各列のころをそれぞれ保持する保持器とを備え、前記外輪の軌道面が球面状であり、前記2列のころは外周面が前記外輪の軌道面に沿う断面形状であり、前記2列のころは、それぞれの形状および接触角のいずれか一方または両方が互いに異なり、前記保持器は、前記各列のころの軸方向内側の端面を案内する環状の円環部と、この円環部から軸方向外側に延び且つ円周方向に沿って一定間隔置きに設けられた複数の柱部とを備え、これら柱部間に前記ころを保持するポケットが設けられる複列自動調心ころ軸受であって、
前記外輪には、前記2列のころの列間で径方向に貫通するねじ孔が設けられ、前記保持器の円環部の外周面には、前記ねじ孔からねじ込まれる雄ねじ部材の先端部に係合可能な凹み部が設けられている複列自動調心ころ軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、軸受幅方向に並ぶ2列のころに不均等な荷重が負荷される用途、例えば風力発電装置や産業機械の主軸を支持する軸受等に適用される複列自動調心ころ軸受の搬送または組立てるときに用いられる複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具および複列自動調心ころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
図10に示す複列自動調心ころ軸受51のように、内輪52と外輪53との間に介在する2列のころ54,55の長さL1,L2を互いに異ならせることで、アキシアル荷重を受ける列のころ55の負荷容量を、アキシアル荷重を殆ど受けない列のころ54の負荷容量よりも大きくすることが提案されている(特許文献1)。各列のころ54,55の負荷容量が適切な大きさとなるようにころ長さL1,L2を設定することにより、各列のころ54,55の転がり寿命がほぼ同じになり、軸受全体の実質寿命を向上させることができる。
【0003】
また、
図11に示す複列自動調心ころ軸受61のように、内輪62と外輪63との間に介在する2列のころ64,65の接触角θ1,θ2を互いに異ならせ、接触角θ2が大きい方のころ65で大きなアキシアル荷重とラジアル荷重の一部を受けられるようにし、かつ接触角θ1が小さい方のころ64でラジアル荷重の残りを受けられるようにした提案がされている(特許文献2)。各列のころ64,65の負荷容量が適切な大きさとなるように接触角θ1,θ2を設定することにより、各列のころ64,65の転がり寿命がほぼ同じになり、軸受全体の実質寿命を向上させることができる。
【0004】
図10のように左右の列でころ54,55の形状が互いに異なる複列自動調心ころ軸受51や、
図11のように左右の列のころ64,65の接触角θ1,θ2が互いに異なる複列自動調心ころ軸受61は、軸受幅方向の重心と軸受幅方向の中心位置とが一致しない。このため、バランスが悪く、軸受組立時や他の装置への組込時に、勝手に調心動作を行うことがあり、取扱いに注意を払う必要がある。例えば
図12に示すように、内輪2と外輪3とが、正対する状態に対して互いに傾いて、外輪3の幅面3b,3cよりも内輪2の幅面2d,2cが軸受幅方向に飛び出す。ころ4,5は内輪2と共に動作する。
図12は左右の列のころ4,5の接触角が互いに異なる複列自動調心ころ軸受を示すが、左右の列でころの形状が互いに異なる複列自動調心ころ軸受も同様の動作をする。
【0005】
そこで、本件出願人は、
図13に示すように、非対称の複列自動調心ころ軸受において、軌道輪の端面にねじ孔66,67を設け、このねじ孔66,67に、外輪の端面よりも内輪の端面が軸受幅方向に飛び出すことを防止する飛出し止め治具68を取付可能とした(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2005/050038号パンフレット
【特許文献2】米国特許第2014/0112607号明細書
【特許文献3】特開2018-115762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
図13の例では、飛出し止め治具68を取り付けるために、軌道輪の端面にねじ孔66,67を加工する必要がある。これにより製造コストが高くなる。またボルトを用いた締結および離脱作業が必要となるため、作業工数が負担となる。軌道輪の端面にねじ孔66,67を加工するため、採用すべきねじ孔の直径によっては軌道輪の肉厚を自由に選択することができない場合がある。
【0008】
この発明の目的は、非対称の複列自動調心ころ軸受において、搬送または組立時に軸受構成要素が相互にずれることを防止できると共に、軌道輪にずれ止め用の加工を施すことが不要でコスト低減等を図り、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる複列自動調心ころ軸受およびその飛出し止め治具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具は、2列のころの形状および接触角のいずれか一方または両方が互いに異なる非対称の複列自動調心ころ軸受を、搬送または組立てるときに用いられ軸受構成要素が相互にずれることを防止する飛出し止め治具であって、
前記複列自動調心ころ軸受の内輪または外輪の端面に当てられ複数のころに渡って円周方向に延びる立板部と、
この立板部の内側面から軸方向内方に突出し、円周方向に隣り合うころ間で前記複列自動調心ころ軸受における保持器の柱部または前記ころを拘束する複数の爪部と、
前記立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分に設けられ、且つ、前記軸方向内側へ延びる部分から径方向外方または内方に突出して前記外輪の一部に接触し抜け止め効果を得る突出部と、を有する。
前記軸受構成要素は、内輪、外輪、ころおよび保持器である。
【0010】
この構成によると、この複列自動調心ころ軸受の搬送時または組立時に、飛出し止め治具の立板部を内輪または外輪の端面に当て、立板部から突出する複数の爪部で保持器の柱部またはころを拘束する。この柱部またはころを拘束した状態において、立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分から径方向外方または内方に突出する突出部が、外輪の一部に接触し抜け止め効果を得る。これにより、保持器の柱部またはころと複数の爪部との間に摩擦力が作用すると共に、外輪の一部が突出部によって拘束される。したがって、内外輪、ころ等の軸受構成要素が相互にずれること、例えば、外輪に対して、内輪、ころおよび保持器を含む副組立品が相対的に傾いて外輪端面よりも内輪端面が軸方向に飛び出すこと、を簡単に且つ確実に防止できる。この複列自動調心ころ軸受の使用時には、前記と逆の手順により飛出し止め治具を離脱し得る。軌道輪の端面にねじ孔を加工する必要がなくなるため、製造コストの低減を図れるうえ、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる。
【0011】
前記立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分は前記複数の爪部であり、前記突出部は、前記各爪部の外周面に設けられて前記外輪の軌道面に接触するものとしてもよい。この場合、各爪部の外周面に設けられる突出部が外輪の軌道面に接触し押し付けられる。また保持器の柱部またはころと複数の爪部との間に摩擦力が作用するため、この摩擦力と突出部の押付け力とで飛出し止め治具が抜け止めされる。したがって、飛出し止め治具に対して、内外輪、ころ等の軸受構成要素が拘束される結果、内外輪が軸方向および円周方向に相互にずれることを簡単に且つ確実に防止できる。
【0012】
前記各爪部は、基端側から先端側に向かって幅狭となり隣り合うころの間に楔状に介在する基端側部を有してもよい。このように各爪部の両側面が楔形状に形成される基端側部を有することで、各爪部の両側面の部分がころの間に強固に押し込まれる。よって、一定幅の爪部よりも、ころと爪部との間に作用する摩擦力を高めることができる。これにより飛出し止め治具が不所望に離脱することを防止し得る。
【0013】
前記立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分は、前記立板部の外周縁から軸方向内方に突出し、前記外輪の外周面の一部を覆う部分円筒形状部であり、この部分円筒形状部と前記立板部と前記爪部とで断面溝形に形成されていてもよい。この場合、外輪の外周面と部分円筒形状部の内周面との間で摩擦力が作用するため、内外輪、ころ等の軸受構成要素のずれをより確実に防止することができる。
【0014】
前記突出部は、前記部分円筒形状部の軸方向先端部に設けられて、前記外輪の外周面に設けられた油孔に嵌込まれるものであってもよい。既存の油孔を利用してこの油孔に突出部を嵌込むことで、外輪が突出部によって確実に拘束される。
【0015】
この発明の複列自動調心ころ軸受は、内外輪と、前記内外輪間に介在し軸受軸方向に並ぶ2列のころと、前記各列のころをそれぞれ保持する保持器とを備え、前記外輪の軌道面が球面状であり、前記2列のころは外周面が前記外輪の軌道面に沿う断面形状であり、前記2列のころは、それぞれの形状および接触角のいずれか一方または両方が互いに異なり、前記保持器は、前記各列のころの軸方向内側の端面を案内する環状の円環部と、この円環部から軸方向外側に延び且つ円周方向に沿って一定間隔置きに設けられた複数の柱部とを備え、これら柱部間に前記ころを保持するポケットが設けられる複列自動調心ころ軸受であって、
前記外輪には、前記2列のころの列間で径方向に貫通するねじ孔が設けられ、前記保持器の円環部の外周面には、前記ねじ孔からねじ込まれる雄ねじ部材の先端部に係合可能な凹み部が設けられている。
【0016】
この構成によると、この複列自動調心ころ軸受の搬送時または組立時に、外輪のねじ孔に雄ねじ部材をねじ込み、保持器の円環部の外周面に設けられた凹み部に、雄ねじ部材の先端部を係合する。これにより、保持器の軸方向の動きを止めることができる。したがって、内外輪、ころ等の軸受構成要素が相互にずれることを簡単に且つ確実に防止できる。この複列自動調心ころ軸受の使用時には、前記と逆の手順により雄ねじ部材を外輪のねじ孔から離脱し得る。軌道輪の端面にねじ孔を加工する必要がなくなるため、製造コストの低減を図れるうえ、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる。
【発明の効果】
【0017】
この発明の複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具は、2列のころの形状および接触角のいずれか一方または両方が互いに異なる非対称の複列自動調心ころ軸受を、搬送または組立てるときに用いられ軸受構成要素が相互にずれることを防止する飛出し止め治具であって、前記複列自動調心ころ軸受の内輪または外輪の端面に当てられ複数のころに渡って円周方向に延びる立板部と、この立板部の内側面から軸方向内方に突出し、円周方向に隣り合うころ間で前記複列自動調心ころ軸受における保持器の柱部または前記ころを拘束する複数の爪部と、前記立板部に繋がって軸方向内側へ延びる部分に設けられ、且つ、前記軸方向内側へ延びる部分から径方向外方または内方に突出して前記外輪の一部に接触し抜け止め効果を得る突出部と、を有する。このため、非対称の複列自動調心ころ軸受において、搬送または組立時に軸受構成要素が相互にずれることを防止できると共に、軌道輪にずれ止め用の加工を施すことが不要でコスト低減等を図り、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる。
【0018】
この発明の複列自動調心ころ軸受は、内外輪と、前記内外輪間に介在し軸受軸方向に並ぶ2列のころと、前記各列のころをそれぞれ保持する保持器とを備え、前記外輪の軌道面が球面状であり、前記2列のころは外周面が前記外輪の軌道面に沿う断面形状であり、前記2列のころは、それぞれの形状および接触角のいずれか一方または両方が互いに異なり、前記保持器は、前記各列のころの軸方向内側の端面を案内する環状の円環部と、この円環部から軸方向外側に延び且つ円周方向に沿って一定間隔置きに設けられた複数の柱部とを備え、これら柱部間に前記ころを保持するポケットが設けられる複列自動調心ころ軸受であって、前記外輪には、前記2列のころの列間で径方向に貫通するねじ孔が設けられ、前記保持器の円環部の外周面には、前記ねじ孔からねじ込まれる雄ねじ部材の先端部に係合可能な凹み部が設けられている。このため、非対称の複列自動調心ころ軸受において、搬送または組立時に軸受構成要素が相互にずれることを防止できると共に、軌道輪にずれ止め用の加工を施すことが不要でコスト低減等を図り、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】この発明の第1の実施形態に係る複列自動調心ころ軸受およびその飛出し止め治具の断面図である。
【
図2】同飛出し止め治具および軸受構成要素の平面図である。
【
図3】同飛出し止め治具の突出部等を部分的に拡大した拡大断面図である。
【
図4】この発明の他の実施形態に係る複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具の断面図である。
【
図6】この発明のさらに他の実施形態に係る複列自動調心ころ軸受およびその飛出し止め治具の断面図である。
【
図7】同飛出し止め治具と保持器の一部を部分的に拡大して見た拡大断面図である。
【
図8】風力発電装置の主軸支持装置の一例の一部を切り欠いて表した斜視図である。
【
図10】第1の提案例の複列自動調心ころ軸受の断面図である。
【
図11】第2の提案例の複列自動調心ころ軸受の断面図である。
【
図12】複列自動調心ころ軸受の内輪と外輪とが正対する状態に対して互いに傾いた状態を示す断面図である。
【
図13】従来例の複列自動調心ころ軸受およびその飛出し止め治具の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[第1の実施形態]
この発明の実施形態を
図1ないし
図3と共に説明する。
この実施形態の複列自動調心ころ軸受の飛出し止め治具は、非対称の複列自動調心ころ軸受を、搬送または組立てるときに用いられ軸受構成要素が相互にずれることを防止する。
【0021】
<複列自動調心ころ軸受について>
図1に示すように、この複列自動調心ころ軸受1は、内外輪2,3と、左右2列のころ4,5と、各列のころ4,5をそれぞれ保持する保持器6,7とを備える。この複列自動調心ころ軸受1は、アキシアル荷重およびラジアル荷重が作用する条件下で用いる場合、
後述する接触角が大きい右列のころ5でアキシアル荷重の略全てとラジアル荷重の一部を負担させ、接触角が小さい左列のころ4でラジアル荷重の残りを負担させる。
【0022】
左右2列のころ4,5は、内輪2と外輪3との間に軸受軸方向に並ぶ。外輪3の軌道面3aは球面状であり、左右各列のころ4,5は外周面が外輪3の軌道面3aに沿う断面形状である。言い換えると、ころ4,5の外周面は、外輪3の軌道面3aに沿った円弧を中心線C1,C2回りに回転させた回転曲面である。内輪2には、左右各列のころ4,5の外周面に沿う断面形状の複列の軌道面2a,2bが形成されている。
【0023】
図1および
図2に示すように、左列用の保持器6は、左列のころ4の軸方向内側の端面を案内する環状の円環部32と、この円環部32から軸方向外側に延び且つ円周方向に沿って定められた間隔置きに設けられた複数の柱部33とを備える。これら柱部間に、前記ころ4を保持するポケットPtが設けられている。各柱部33の外周面および内周面は、軸受軸方向に対しそれぞれ平行に設けられている。
【0024】
図1に示すように、右列用の保持器7は、アキシアル荷重を受ける右列のころ5を保持する。この保持器7は、右列のころ5の軸方向内側の端面を案内する環状の円環部34と、この円環部34から軸方向外側に延び且つ円周方向に沿って定められた間隔置きに設けられた複数の柱部35とを備える。柱部35の外径面は、基端側から先端側に向かうに従って半径方向内方に傾斜する傾斜角度βを有する。この傾斜角度βは、軸受中心軸Oに対する角度である。傾斜角度βは、零よりも大きく、前記ころ5の最大径角α2以下の範囲(0<β≦α2)に設定されている。前記最大径角α2は、軸受中心軸Oに垂直な平面に対する、右列のころ5の最大径D2
maxとなる位置の傾き角である。
【0025】
柱部35の内径面は、基端側から先端側に向かうに従って半径方向内方に傾斜する傾斜角度γを有する。この傾斜角度γも軸受中心軸Oに対する角度であり、傾斜角度γは傾斜角度β以上(γ≧β)となるように設定されている。但し、この関係(γ≧β)に限定されるものではない。この例では、傾斜角度γは傾斜角度βと同一角度に設定されている。
【0026】
右列用の保持器7が前述のような傾斜角度βを有するため、保持器7のポケット面がころ5の最大径位置を抱えることができる。これにより、アキシアル荷重を受ける列のころ5の姿勢安定性が損なわれることがなく、またころ5の組込性も容易に行うことが可能となる。
【0027】
内輪2の外周面の両端には、つば(小つば)8,9がそれぞれ設けられている。内輪2の外周面の中央部、すなわち右列のころ5と左列のころ4間に、中つば10が設けられている。内輪2はつば無しのものであってもよい。外輪3は、外周面における左右のころ列間に環状の油溝11を有し、この油溝11から内周面に貫通するねじ孔である油孔12が、円周方向の1箇所または複数箇所に設けられている。
【0028】
左右各列のころ4,5は、中心線C1,C2に沿った長さが互いに同じで、最大径D1
max,D2
maxも互いに同じであり、かつ左右各列のころ4,5は、いずれも非対称ころとされている。非対称ころとは、最大径D1
max,D2
maxの位置がころ長さの中央から外れた非対称形状のころである。
図1の例では、左列のころ4の最大径D1
maxの位置はころ長さの中央よりも右側にあり、右列のころ5の最大径D2
maxの位置はころ長さの中央よりも左側にある。
【0029】
また、左列のころ4の接触角θ1よりも、右列のころ5の接触角θ2の方が大きく設定されている。左右各列のころ4,5を前述の非対称ころとすることで、最大径の位置がころ長さの中央にある対称ころ(図示せず)に対して、ころ4,5の位置を変えずに、接触角θ1,θ2を変えることができる。ころ長さの中央から最大径の位置までの距離を調整することで、最適の接触角を設定することができる。
図1の例では、左列のころ4よりも右列のころ5の方が、前記距離が大きく設定されている。
【0030】
各列のころ4,5の接触角θ1,θ2を成す作用線S1,S2は、軸受中心軸O上の調心中心点Pで互いに交わる。これにより、外輪3の軌道面3aに沿って、内輪2およびころ4,5が調心動作することが可能となる。調心中心点Pの軸受軸方向位置は、中つば10の軸受軸方向の中心位置Qよりも、接触角θ1が小さい方のころ4の側にずれている。なお、前記作用線S1,S2は、ころ4,5と内輪2および外輪3との接触部に働く力の合成力が作用する線である。
【0031】
各列のころ4,5のうちのいずれか一方または両方のころの転動面にクラウニングを設けてもよい。クラウニングを設けることで、転動面の中央部よりも両端部の曲率径を小さくする。クラウニングの形状は、例えば対数曲線とする。対数曲線以外に、直線、単一の円弧または複数の円弧を組み合わせた形状であってもよい。このようにころ4,5の転動面の両端にクラウニングを設けることにより、ころ4,5の転動面における滑り速度が大きい両端部の面圧が下がり、PV値(面圧×滑り速度)の絶対値が抑えられ、摩擦を低減することができる。特に、アキシアル荷重を受ける
図1の右列のころ5にクラウニングを設けるのが好ましい。
【0032】
図1に示す複列自動調心ころ軸受1は、上記のように、左右各列のころ4,5の接触角θ1,θ2が互いに異なるため、軸受軸方向の重心と軸受軸方向の中心位置Qとが一致せず、バランスが悪い。このため、複列自動調心ころ軸受1の搬送時または組立時に、不所望に調心動作を行う、つまり軸受構成要素が相互にずれる可能性がある。前記組立時とは、他の装置への複列自動調心ころ軸受1の組込時も含む。そこで、複列自動調心ころ軸受1の搬送時または組立時に、軸受構成要素が相互にずれることを防止する飛出し止め治具17が設けられる。
【0033】
<飛出し止め治具17について>
図1および
図2に示すように、飛出し止め治具17は、立板部18と、複数の爪部19と、突出部20とを有する。これら立板部18、爪部19および突出部20は、例えば、合成樹脂等から一体に形成される。前記「一体に形成される」とは、立板部18と、複数の爪部19と、突出部20とが、複数の要素を結合したものではなく単一の材料から例えば射出成形、機械加工等により単独の物の一部または全体として成形されたことを意味する。
【0034】
立板部18は、内輪2の左列側の端面に当てられ径方向外方に延びる立板状で、円周方向に並ぶ複数個(この例では3個)のころ4に渡って円周方向に延びる。複数(この例では2つ)の爪部19は、立板部18に繋がって軸方向内側へ延びる部分であり、立板部18の内側面における外径側部分から軸方向内方に突出する。各爪部19は、基端側から先端側に向かって幅狭となり隣り合うころ4,4の間に楔状に介在する基端側部19aと、この基端側部19aに繋がる先端側部19bとを有する。
【0035】
例えば、基端側部19aは、基端側からころ4の最大径位置となる部分まで形成され、先端側部19bは、前記最大径位置となる部分から先端側に向かって幅広となり先端まで延びる。またこの例では、複数の爪部19は、円周方向に隣り合うころ間で保持器6の柱部33の外周面を押さえる。爪部19の長さは、ころ4の最大径位置以上に延びる長さとされている。この例の爪部19は、保持器6の柱部33からさらに円環部32の外周面の一部まで延びる。なお爪部19は、柱部33の基端付近まで延び円環部32まで延びないようにしてもよい。爪部19および立板部18は、これら爪部19と立板部18とを軸受軸方向を含む平面で切断して見たとき、断面L字形状に形成される。
【0036】
図2および
図3に示すように、突出部20は、各爪部19の外周面における基端側部分から径方向外方に突出して外輪3の軌道面3aに接触する。突出部20は各爪部19の外周面において円周方向に延びる。各突出部20は球面状の凸形状断面であり、この凸形状の外径側先端部分は、外輪内径D3よりも大きく設定されている。この飛出し止め治具17が複列自動調心ころ軸受1に装着された状態で、各突出部20は、ころ4の軸方向一端側つまり左側の面取りよりも軸方向内方に位置する。
【0037】
<作用効果>
この複列自動調心ころ軸受1の搬送時または組立時に、飛出し止め治具17の立板部18を内輪2の端面に当て、立板部18から突出する複数の爪部19でころ4を拘束する。このころ4を拘束した状態において、各柱部33から径方向に突出する突出部20が外輪3の軌道面3aに接触し抜け止め効果を得る。これにより、ころ4の外周面と複数の爪部19との間に摩擦力が作用すると共に、外輪3の内周面が突出部20による押付け力で拘束される。
【0038】
したがって、内外輪2,3等の軸受構成要素が相互にずれること、例えば、外輪3に対して、内輪2、ころ4,5および保持器6,7を含む副組立品が相対的に傾いて外輪端面よりも内輪端面が軸方向に飛び出すこと、を簡単に且つ確実に防止できる。この複列自動調心ころ軸受1の使用時には、前記と逆の手順により飛出し止め治具17を離脱し得る。軌道輪の端面にねじ孔を加工する必要がなくなるため、製造コストの低減を図れるうえ、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる。
各爪部19の両側面が楔形状に形成される基端側部19aを有することで、各爪部19の両側面の部分がころ4,4間に強固に押し込まれる。よって、一定幅の爪部よりも、ころ4と爪部19との間に作用する摩擦力を高めることができる。これにより飛出し止め治具17が不所望に離脱することを防止し得る。飛出し止め治具17は金属を使用せず樹脂製のため、接触面の傷およびフレッティング等を未然に防止することができる。また飛出し止め治具17は樹脂製のため、金属製の飛出し止め治具よりも質量の低減を図れる。
【0039】
<他の実施形態について>
以下の説明においては、各実施の形態で先行して説明している事項に対応している部分には同一の参照符号を付し、重複する説明を略する。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、特に記載のない限り先行して説明している形態と同様とする。同一の構成から同一の作用効果を奏する。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0040】
[第2の実施形態]
図4および
図5に示すように、各爪部19がころ4ところ4の間で柱部33の外周面に接触するように押し込まれ、立板部18に繋がる部分円筒形状部36から径方向内方に突出する突出部20Aが油孔12に嵌め込まれるようにしてもよい。
この飛出し止め治具17Aは、外輪3の端面に当てられる立板部18と、この立板部18の内側面における内径側部分から軸方向内方に突出する複数の爪部19と、立板部18の外周縁から軸方向内方に突出し、外輪3の外周面の一部(左列側)を覆う部分円筒形状部36と、この部分円筒形状部36の軸方向先端部から径方向内方に突出する突出部20Aとを有する。部分円筒形状部36と立板部18と爪部19とで断面溝形に形成されている。
【0041】
この構成によると、外輪3の外周面と部分円筒形状部36の内周面との間で摩擦力が作用するため、軸受構成要素のずれをより確実に防止することができる。突出部20Aは、部分円筒形状部36の軸方向先端部に設けられて、外輪3の外周面に設けられた油孔12に嵌込まれる。具体的には、部分円筒形状部36の内周面を軸方向内方に摺動させて突出部20Aを油孔12に嵌込むことが可能である。既存の油孔12を利用してこの油孔12に突出部20Aを嵌込むことで、外輪3が突出部20Aによって確実に拘束される。
【0042】
柱部33の外周面を複数の爪部19で押さえた状態において、突出部20Aが外輪3の外周面に設けられた油孔12に嵌込まれる。これにより、保持器6の柱部33の外周面と複数の爪部19との間に摩擦力が作用し、外輪3の外周面と部分円筒形状部36の内周面との間に摩擦力が作用すると共に、外輪3が突出部20Aによって拘束される。したがって、内外輪2,3等の軸受構成要素が相互にずれること、例えば、外輪3に対して、内輪2、ころ4,5および保持器6,7を含む副組立品が相対的に傾いて外輪端面よりも内輪端面が軸方向に飛び出すことを簡単に且つ確実に防止できる。その他前述の実施形態と同様の作用効果を奏する。
【0043】
[第3の実施形態]
図6および
図7に示すように、この発明の実施形態に係る複列自動調心ころ軸受1Aでは、保持器6,7の円環部の外周面に、ねじ孔である油孔12からねじ込まれる雄ねじ部材37の先端部に係合可能な凹み部38が設けられている。凹み部38は、雄ねじ部材37の先端部37aを係合可能な半球面状であり、軸方向に接触する左右の円環部32,34で共同して半球面状に形成されている。雄ねじ部材37として、例えば、スプリングプランジャーが適用される。スプリングプランジャーは、この例では外輪3に対し保持器6,7を固定するものであり、雄ねじ部が形成されるプランジャー本体と、このプランジャー本体に内蔵される圧縮コイルばねと、前記プランジャー本体の先端部に支持され前記圧縮コイルばねの押圧力を受けるセンターピンとを有する。このセンターピンに荷重を与えることでセンターピンは、プランジャー本体の内部に退入し、荷重が解けることで圧縮コイルばねの押圧力で所期の位置に復帰する。このスプリングプランジャーの先端部にあるセンターピンを油孔12から軸受内に挿入して凹み部38に係合し保持器6,7に対し一定の押圧力を与える。これにより、保持器6,7の軸方向の動きを止めることができる。
【0044】
したがって、前述の各実施形態と同様に内外輪2,3等の軸受構成要素が相互にずれることを簡単に且つ確実に防止できる。この複列自動調心ころ軸受1Aの使用時には、前記と逆の手順により雄ねじ部材37を外輪3のねじ孔から離脱し得る。軌道輪の端面にねじ孔を加工する必要がなくなるため、製造コストの低減を図れるうえ、軌道輪の肉厚を自由に選択することができる。雄ねじ部材37として、例えば、六角穴付き止めねじ等を適用することも可能である。
【0045】
<複列自動調心ころ軸受1,1Aの使用例>
図8、
図9は、風力発電装置の主軸支持装置の一例を示す。
この風力発電装置に対し複列自動調心ころ軸受1,1Aを搬送または組立てるときに、いずれかの実施形態に係る飛出し止め治具が用いられる。複列自動調心ころ軸受1,1Aの組立後には、飛出し止め治具は離脱させて再利用可能である。
【0046】
支持台21上に旋回座軸受22(
図9)を介してナセル23のケーシング23aが水平旋回自在に設置されている。ナセル23のケーシング23a内には、軸受ハウジング24に設置された主軸支持軸受25を介して主軸26が回転自在に設置され、主軸26のケーシング23a外に突出した部分に、旋回翼となるブレード27が取り付けられている。主軸26の他端は、増速機28に接続され、増速機28の出力軸が発電機29のロータ軸に結合されている。ナセル23は、旋回用モータ30により、減速機31を介して任意の角度に旋回させられる。
【0047】
主軸支持軸受25は、図示の例では2個並べて設置してあるが、1個であっても良い。この主軸支持軸受25に、前記いずれかの実施形態の複列自動調心ころ軸受1,1Aが用いられる。その場合、ブレード27から遠い方の列にラジアル荷重とアキシアル荷重の両方がかかるので、ブレード27から遠い方の列のころとして、接触角θ2が大きい方のころ5を用いる。ブレード27に近い方の列には主にラジアル荷重のみがかかるので、ブレード27に近い方の列のころとして、接触角θ1が小さい方のころ4を用いる。
【0048】
飛出し止め治具17,17Aは3Dプリンターまたは機械加工により形成することも可能である。
【0049】
以上、実施形態に基づいてこの発明を実施するための形態を説明したが、今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。この発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0050】
1,1A…複列自動調心ころ軸受、2…内輪、3…外輪、3a…軌道面、4,5…ころ、6,7…保持器、12…油孔(ねじ孔)、17,17A…飛出し止め治具、18…立板部、19…爪部、19a…基端側部、20,20A…突出部、36…部分円筒形状部、37…雄ねじ部材、38…凹み部