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特開2022-43776ホスファチジルグリセロール特異的な新規酵素
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022043776
(43)【公開日】2022-03-16
(54)【発明の名称】ホスファチジルグリセロール特異的な新規酵素
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/55 20060101AFI20220309BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220309BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220309BHJP
【FI】
C12N15/55
C12N9/16 D ZNA
C12N15/31
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020149237
(22)【出願日】2020-09-04
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】505089614
【氏名又は名称】国立大学法人福島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【弁護士】
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】杉森 大助
(72)【発明者】
【氏名】梶山 聖人
【テーマコード(参考)】
4B050
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC01
4B050DD02
4B050LL05
4B065AA01X
4B065BA21
4B065BC03
4B065CA27
(57)【要約】
【課題】本発明は、基質特異性の高い新規酵素を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明者は、放線菌目に属する微生物からPG特異的な新規ホスホリパーゼC(PG-PLC)を見出した。ここで、グリセロールリン酸はキラル中心を有し、1組の鏡像異性体を含む3つの位置異性体(G1P、G2P、およびG3P;G1PとG3Pとは鏡像異性体)を有する化合物である。このグリセロールリン酸においても、特定の鏡像異性体のみを分離した試薬は高価である。これに対して、本発明のPG-PLCを用いることにより、PGを加水分解することでG1PやG3Pなどの位置異性体であるグリセロールリン酸を安価に効率的に製造することが可能になる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能を有する、ホスホリパーゼCポリペプチド。
【請求項2】
(i)配列番号2で表されるアミノ酸配列の、56L,59FVG61,204IPGI207,209AW210,および316GGFA320に相当するアミノ酸、および/または
(ii)配列番号2で表されるアミノ酸配列の、H43,およびH409に相当するアミノ酸を有する、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
配列番号2で表されるアミノ酸配列の、D41、D103、N191、H364、およびH407に相当するアミノ酸をさらに有する、請求項2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
配列番号2で表されるアミノ酸配列の、40T~75T、100T~120L、184P~197V、205P~227K、266F、271L、296Y~297Y、310L~322S、363S~366T、378R~384R、406G~409H、および432S~435Dに相当するアミノ酸をさらに含む、請求項3に記載のポリペプチド。
【請求項5】
ホスファチジルグリセロールの加水分解能を有するホスホリパーゼCであって、以下の(a)、(b)または(c)であるポリペプチド。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチド
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換または付与されたアミノ酸配列を含むポリペプチド
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と少なくとも約80%の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド
【請求項6】
標識をさらに含む、請求項1~5のいずれかに記載のポリペプチド。
【請求項7】
放線菌(Actinomycetales)目に属する微生物に由来する、請求項1~6のいずれか一項に記載のポリペプチド。
【請求項8】
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能を有するホスホリパーゼCポリペプチドをコードする、以下の(a)~(f)のいずれかであるポリヌクレオチド。
(a)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド
(c)(b)のポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド
(d)配列番号1で表される塩基配列において1もしくは複数個の塩基が欠失、置換または付与された塩基配列を含むポリヌクレオチド
(e)配列番号1で表される塩基配列と同義なコドンを含む塩基配列を含むポリヌクレオチド
(f)配列番号1で表される塩基配列と少なくとも約80%の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチド
【請求項9】
請求項8に記載のポリヌクレオチドを含む組換えベクター。
【請求項10】
請求項9に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項11】
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能有するポリペプチドの製造方法であって、請求項8に記載のポリヌクレオチドを含む形質転換体から該ポリペプチドを生産する工程を含む、製造方法。
【請求項12】
請求項1~7のいずれか一項に記載のポリペプチドを用いる、ホスファチジルグリセロールの分解方法。
【請求項13】
請求項1~7のいずれか一項に記載のポリペプチドを用いて、ホスファチジルグリセロールからsn-グリセロール-1-リン酸、sn-グリセロール-3-リン酸、および/またはジアシルグリセリドを製造する方法。
【請求項14】
請求項1~7のいずれか一項に記載のポリペプチドを含有する、ホスファチジルグリセロールを分解するための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスファチジルグリセロール(PG)の加水分解能を有する新規なタンパク質およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基質特異的な酵素の開発は種々の分野において有用である。ところで、ホスホリパーゼC(PLC)に関する研究報告例は多数あるが(特開2006-223119号公報)、PG特異的PLC(PG-PLC)の報告は本発明者が知る限りない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-223119号公報
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明者らは、ホスホリパーゼを探索したところ、放線菌目に属する微生物からPG特異的なPLC(PG-PLC)を見出した。本発明のPG-PLCにより、特定のグリセロールリン酸を効率的に得ることも可能になった。
【0005】
本発明は、例えば以下の項目を提供する。
(項目1)
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能を有する、ホスホリパーゼCポリペプチド。
(項目2)
(i)配列番号2で表されるアミノ酸配列の、56L,59FVG61,204IPGI207,209AW210,および316GGFA320に相当するアミノ酸、および/または
(ii)配列番号2で表されるアミノ酸配列の、H43,およびH409に相当するアミノ酸を有する、項目1に記載のポリペプチド。
(項目3)
配列番号2で表されるアミノ酸配列の、D41、D103、N191、H364、およびH407に相当するアミノ酸をさらに有する、項目2に記載のポリペプチド。
(項目4)
配列番号2で表されるアミノ酸配列の、40T~75T、100T~120L、184P~197V、205P~227K、266F、271L、296Y~297Y、310L~322S、363S~366T、378R~384R、406G~409H、および432S~435Dに相当するアミノ酸をさらに含む、項目3に記載のポリペプチド。
(項目5)
ホスファチジルグリセロールの加水分解能を有するホスホリパーゼCであって、以下の(a)、(b)または(c)であるポリペプチド。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチド
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換または付与されたアミノ酸配列を含むポリペプチド
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と少なくとも約80%の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド
(項目6)
標識をさらに含む、項目1~5のいずれかに記載のポリペプチド。
(項目7)
放線菌(Actinomycetales)目に属する微生物に由来する、項目1~6のいずれか一項に記載のポリペプチド。
(項目8)
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能を有するホスホリパーゼCポリペプチドをコードする、以下の(a)~(f)のいずれかであるポリヌクレオチド。
(a)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド
(c)(b)のポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド
(d)配列番号1で表される塩基配列において1もしくは複数個の塩基が欠失、置換または付与された塩基配列を含むポリヌクレオチド
(e)配列番号1で表される塩基配列と同義なコドンを含む塩基配列を含むポリヌクレオチド
(f)配列番号1で表される塩基配列と少なくとも約80%の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチド
(項目9)
項目8に記載のポリヌクレオチドを含む組換えベクター。
(項目10)
項目9に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
(項目11)
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能有するポリペプチドの製造方法であって、項目8に記載のポリヌクレオチドを含む形質転換体から該ポリペプチドを生産する工程を含む、製造方法。
(項目12)
項目1~7のいずれか一項に記載のポリペプチドを用いる、ホスファチジルグリセロールの分解方法。
(項目13)
項目1~7のいずれか一項に記載のポリペプチドを用いて、ホスファチジルグリセロールからsn-グリセロール-1-リン酸、sn-グリセロール-3-リン酸、および/またはジアシルグリセリドを製造する方法。
(項目14)
項目1~7のいずれか一項に記載のポリペプチドを含有する、ホスファチジルグリセロールを分解するための組成物。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、培地の種類とPG-PLCの活性の関係を示す。ISP2培地を用いて培養した場合のPG-PLC活性を100%として正規化した。
図2図2は、精製PG-PLCのSDS-PAGE(分離ゲル濃度12%)分析結果を示す。レーンM:マーカー、レーン1:精製PG-PLC(0.03mg-protein/ml、0.3μg-protein)。
図3-1】図3-1は、PLC活性に対するpHの影響を示す。POPGを基質として用い、酵素活性は0.16Mの各種バッファー中、37℃で測定した。用いたバッファーはAc-Na(〇)、BisTris-HCl(△)、MES-NaOH(●)、またはTris-HCl(□)である。
図3-2】図3-2は、PLC活性に対する温度の影響を示す。POPGを基質として用い、酵素活性は各温度で0.16M MES-NaOH(pH6.0)中で測定した。
図4-1】図4-1は、PLCのpH安定性を示す。精製酵素サンプルを50mMの各バッファー中、4℃で4時間インキュベートした。残存活性を、POPGを基質として用い、55℃で0.16M MES-NaOH(pH6.0)中で測定した。インキュベーションに用いたバッファーはAc-Na(□)、MES-NaOH(△)、またはTris-HCl(〇)である。
図4-2】図4-2は、PLCの温度安定性を示す。精製酵素サンプルを各温度で0.2M MES-NaOH(pH6.0)中で30分間インキュベートした。残存活性を、POPGを基質として用い、55℃で0.2M MES-NaOH(pH6.0)中で測定した。
図5-1】図5-1は、POPGを基質として用いた際のPG-PLC活性に対する金属イオンの影響を示す。酵素活性は55℃、0.2M MES-NaOH(pH6.0)中で測定した。
図5-2】図5-2は、POPGを基質として用いた際のPG-PLC活性に対する界面活性剤の影響を示す。酵素活性は55℃、0.2M MES-NaOH(pH6.0)中で測定した。
図6図6は、精製酵素サンプルの基質特異性を示す。酵素(PLC)活性は55℃、0.2M MES-NaOH(pH6.0)中で測定した。
図7図7は、LC-MS解析により得られたペプチドの配列、およびこれらのペプチド配列と合致するデータベースから得られたタンパク質配列を示す。
図8図8は、DNAシークエンシングにより得られたPG-PLC遺伝子の塩基配列を示す。
図9-1】図9-1は、20℃培養の培養上清を用いた酵素反応(基質POPG、反応温度45℃,緩衝液:0.16M MES-NaOH(pH6.0)。横軸は酵素反応時間、縦軸はG3P生成量を示す。
図9-2】図9-2は、30℃培養の粗タンパク質液(CFE)を用いた酵素反応(基質POPG、反応温度45℃,緩衝液:0.16M MES-NaOH(pH6.0)。横軸は酵素反応時間、縦軸はG3P生成量を示す。
図10】SwissModelを利用したPG-PLCの予測立体構造に基づく、基質結合に関与すると推定されたアミノ酸残基を示す。当該アミノ酸残基を枠で囲っている。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[用語の定義]
本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本開示の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0008】
本明細書において「約」は、特に別の定義が示されない限り、示された値±10%を指す。
【0009】
本明細書において「リン脂質」は、リン酸エステルおよびホスホン酸エステルを有する脂質の総称である。脂質二重膜から成る細胞膜の主成分であり、グリセロールを骨格とするグリセロリン脂質はその1種である。
グリセロリン脂質:
【化1】

グリセロリン脂質では、グリセロールのsn-1位とsn-2位とに脂肪酸が、sn-3位にリン酸が結合している。このリン酸に結合するリン脂質親水部分(上記の構造式中のX)により、グリセロリン脂質はさらに分類される。最も単純にリン脂質親水部分が水素であればホスファチジン酸(PA)、コリンであればホスファチジルコリン(PC)、エタノールアミンであればホスファチジルエタノールアミン(PE)、セリンであればホスファチジルセリン(PS)、イノシトールであればホスファチジルイノシトール(PI)、グリセロールであればホスファチジルグリセロール(PG)と称される。したがって、本明細書において「ホスファチジルグリセロール」とは、グリセロールのsn-1位とsn-2位とに脂肪酸がエステル結合し、sn-3位にリン酸がエステル結合し、さらにリン酸にグリセロールが結合したリン脂質を指す。また、特殊な構造を有するリン脂質として「カルジオリピン」(別名ジホスファチジルグリセロール;CL)が知られている。これは2つのPGがそのグリセロールを共有しながら連結しており、四本のアシル鎖に由来する疎水性と2つのリン酸の負電荷を帯びた極性を示す構造を有するリン脂質であり、PGのpKaが約3であることからCLも同様にpH3以上では50%以上が負電荷を帯びていると考えられている。
ホスファチジルグリセロール:
【化2】
【0010】
本明細書において「加水分解」とは、A-B+HO→A-OH+B-Hの反応による結合切断の一様式を指す。加水分解を行う酵素を「加水分解酵素」と言い、その能力を「加水分解能」、その能力の強さ(高さ)を「活性」、「加水分解活性」、または「酵素活性」と言う。加水分解能・活性は、例えば、加水分解される基質の濃度減少を測定するか、加水分解により生じる産物の濃度上昇を測定することで調べられる。
【0011】
本発明において「ホスホリパーゼ」は、グリセロリン脂質を加水分解する酵素を指す。ホスホリパーゼは、グリセロリン脂質を加水分解する部位により分類され、ホスホリパーゼA1はグリセロールのsn-1位のエステル結合を分解し、ホスホリパーゼA2はグリセロールのsn-2位のエステル結合を分解し、ホスホリパーゼBはグリセリンのsn-1位およびsn-2位の両方のエステル結合を分解し、いずれも脂肪酸を遊離する。ホスホリパーゼCは、グリセロールとXを結ぶホスホジエステル結合のグリセロール骨格側のエステル結合を分解し、ホスホリパーゼDはホスホジエステル結合のグリセロール骨格とは反対側のエステル結合を分解する。したがって、本明細書において「ホスホリパーゼC(PLC)」は、グリセロリン脂質を加水分解するホスホリパーゼのなかでも、グリセロール骨格に結合したホスホジエステル結合のグリセロール骨格側のエステル結合を分解し、リン酸が結合したリン脂質親水部分(リン酸エステル化合物)、およびジアシルグリセロールを産出する酵素を指す。
PLCによる加水分解様式:
【化3】
【0012】
本明細書においてアミノ酸配列の「同一性」とは、複数のアミノ酸配列を比較したときに、アミノ酸が同一である残基の割合を指す。なお、アミノ酸配列の相同性においては、複数のアミノ酸配列を比較したときに、アミノ酸が同一であるか、またはアミノ酸が同一ではないが同じ性質を持つアミノ酸である場合には相同として扱い、相同な残基の割合を指す。
【0013】
一般に酵素は、化学反応を触媒し、その反応の種類に対する特異性と基質に対する特異性とを有する。本明細書において酵素が「基質特異的」であるとは、その酵素が特定の化学物質に対して選択的に化学反応を触媒すること、つまり酵素が特定の化学物質以外の化学物質に対して化学反応を触媒しないか、触媒の程度が十分に弱いことを意味する。本明細書において、ある酵素またはポリペプチドが「ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的」、「ホスファチジルグリセロール特異的」または「PG特異的」とは、当該酵素またはポリペプチドのpH6.0、55℃、5分間の条件におけるPGの加水分解能を100%とした場合に、PA、PE、PC、CL、PS、およびPIからなる群から選択されるPG以外の基質に対する加水分解能が高くとも約30%以下であることをいう。
【0014】
本明細書において「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、当該分野で慣用される周知の条件においてハイブリダイズするポリヌクレオチドを指す。本発明のポリヌクレオチド中から選択されたポリヌクレオチドをプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラーク・ハイブリダイゼーション法あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法などを用いることにより、そのようなポリヌクレオチドを得ることができる。具体的には、ゲノムあるいはその消化物、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、0.7~1.0M NaCl存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1~2倍濃度のSSC(saline-sodium citrate)溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウムである)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるポリヌクレオチドを意味する。ストリンジェントな条件は、通常、完全ハイブリッドの融解温度(Tm)より約5℃~約30℃、好ましくは約10℃~約25℃低い温度であって、特異的なハイブリッドが形成される条件であり、例えばJ.Sambrookら,Molecular Cloning,ALaboratory Mannual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)に記載されている条件が挙げられる。また、例えば、90%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件であってもよい。具体的には、例えば、完全ハイブリッドのTm~(Tm-30)℃、好ましくはTm~(Tm-20)℃の温度範囲で、かつ1×SSC(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)、好ましくは0.1×SSCに相当する塩濃度でハイブリダイズを行う条件が挙げられる。
【0015】
本明細書において「ベクター」または「組換えベクター」とは、目的のポリヌクレオチド配列を目的の細胞へと移入させることができる遺伝子構築物をいう。そのようなベクターとしては、原核細胞、酵母、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、動物個体および植物個体などの宿主細胞において自立複製が可能、または染色体中への組込みが可能で、本発明のポリヌクレオチドの転写に適した位置にプロモーターを含有しているものが例示される。遺伝子を組み込むベクターは特に限定されないが、宿主微生物体内で自律的に増殖しうるファージ、プラスミド、またはコスミドのうち遺伝子組換用として構築されたものが適しており、ファージベクターとしては、例えば、大腸菌に属する微生物を宿主とする場合にはλgt・λC、λgt・λB等が使用できる。プラスミドベクターとしては、例えば、大腸菌を宿主とする場合には、Novagen社のpETベクター、タカラバイオ社のpCold I~IV、pCold TF、プロメガ社のpFN18A HaloTag T7Flexi Vector、pFN18K HaloTag T7Flexi Vector又はpBR322、pBR325、pACYC184、pUC12、pUC13、pUC18、pUC19、pUC118、pIN I、BluescriptKS+等、バチラス・サチリスを宿主とする場合にはpWH1520、pUB110、pKH300PLK等、ブレビバチラスを宿主とする場合にはpNY326、pNCMO2やpNC-HisTなど、放線菌を宿主とする場合にはストレプトミセス属ならpIJ680、pIJ702、pTONA等、ロドコッカス属なら北海道システム・サイエンス社のpTipシリーズ、pCPiシリーズやpNitシリーズなど、酵母、特にサッカロマイセス・セレビジアエを宿主とする場合にはYRp7、pYC1、YEp13等、メタノール資化酵母Pichia pastorisを宿主とする発現系や糸状菌Aspergillus oryzaeやAspergillus nigerを利用した宿主とする発現系なども使用できる。さらに、各種無細胞タンパク質発現系なども使用できる。本発明の組換えベクターは、安全性が確認されているという観点から、遺伝子組換え生物等の第二種使用等のうち産業上の使用等に当たって執るべき拡散防止措置等を定める省令(平成十六年財務省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、環境省令第一号)別表第一号の規定に基づき経済産業大臣が定めるGILSP遺伝子組換え微生物の、別表第一に掲げられたベクターに、上記の本発明の遺伝子が挿入された組換えベクターが好ましい。プロモーターは宿主中で発現できるものであれば特に限定されない。本発明の組換えベクターは、例えば本発明の遺伝子及び上記のベクターを用いて、当業者に公知の手法で作成することができる。
【0016】
本明細書において「sn-グリセロール-1-リン酸(G1P)」および「sn-グリセロール-3-リン酸(G3P)」は、グリセロールにリン酸が結合した、それぞれ以下の化学式で表される化合物を指す。
sn-グリセロール-1-リン酸:
【化4】

sn-グリセロール-3-リン酸:
【化5】

G1PおよびG3Pは鏡像異性体の関係にある。これらは命名法により様々な名前で呼ばれ、G1Pは、L-グリセロール-1-リン酸またはD-グリセロール-3-リン酸とも呼ばれ、G3PはL-グリセロール-3-リン酸またはD-グリセロール-1-リン酸とも呼ばれる。また、本明細書において「ジアシルグリセロール」(DG)は、ジグリセリドとも称される、グリセロールの脂肪酸エステルのうちアシル基2個が結合しているものを指す。中でも、以下の化学式で表される1,2-ジアシルグリセロールはリン脂質またはトリグリセリドの生合成の中間体として重要であることが知られている。
ジアシルグリセロール:
【化6】

(式中、RおよびRは、それぞれ任意のアシル基である)
【0017】
上記の用語の定義で記載したように、PLCは、グリセロール骨格に結合したホスホジエステル結合のグリセロール骨格側のエステル結合を分解し、リン酸が結合したリン脂質親水部分、およびDGを産出する。PGをPLCで加水分解すると、例えば以下の反応式のように、DGとグリセロールリン酸とが生じ、グリセロールリン酸として、リン脂質親水部分がホスホ-(3’-sn-グリセロール)であればG3Pが生じ、ホスホ-(1’-sn-グリセロール)であればG1Pが生じる。
【化7】

(式中、RおよびRは、それぞれ任意のアシル基である)
【0018】
鏡像異性体を有する化合物では特定の鏡像異性体を分離するためには複雑な操作が必要であり、分離により得られる化合物試薬は一般に高価である。グリセロールリン酸はキラル中心を有し、1組の鏡像異性体を含む3つの位置異性体(G1P、sn-グリセロール-2-リン酸(G2P)、およびG3P;G1PとG3Pとは鏡像異性体)を有する化合物である。このグリセロールリン酸においても、特定の鏡像異性体のみを分離した試薬は高価である。これに対して、本発明のPG-PLCを用いることにより、PGを加水分解することでG1PやG3Pなどの位置異性体であるグリセロールリン酸を安価に効率的に製造することが可能になる。
【0019】
[実施形態]
以下の実施形態では、本発明の好ましい実施形態について述べる。なお、以下に提供される実施形態は、本発明をよりよく理解するために提供されるものであり、本発明の範囲が以下の記載に限定されることを意図したものではないことを理解されたい。
【0020】
(ポリペプチド)
1つの局面において本明細書は、PGの加水分解能を有するポリペプチドを提供する。ポリペプチドは、人工的に合成されたポリペプチドであってもよく、生物由来のポリペプチドであってもよい。ポリペプチドは、天然に存在しないアミノ酸を含んでもよい。
【0021】
1つの実施形態において、本発明のPGに含まれる2本のアシル基は、同一のアシル基であってもよく、異なるアシル基であってもよい。また、飽和していても不飽和であってもよい。1つの実施形態において、本発明のPGに含まれるアシル基は、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、またはリグノセリン酸などの飽和脂肪酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、ゴンド酸、エルカ酸、またはネルボン酸などの1価不飽和脂肪酸、リノール酸、γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸、またはドコサペンタエン酸などのn-6(ω6)系列の多価不飽和脂肪酸、あるいはα-リノレン酸、ステアリドン酸、エイコサテトラエン酸、エイコサペンタエン酸、またはドコサヘキサエン酸などのn-3(ω3)系列の多価不飽和脂肪酸に由来してもよいが、これらに限定されない(木原章雄,「脂肪酸の多彩な代謝,生理機能と関連疾患」,生化学,82(7),591-605,(2010))。好ましい実施形態において、アシル基は、パルミチン酸、ステアリン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、リノール酸、アラキドン酸、ドコサペンタエン酸、またはドコサヘキサエン酸に由来してもよく、特に好ましい実施形態において、アシル基は、オレイン酸、リノール酸、アラキドン酸、ドコサヘキサエン酸、またはドコサペンタエン酸に由来してもよい。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、そのPGに含まれるアシル基が上記のいずれであっても、加水分解能を有し得る。これは、本発明のポリペプチドがPLCであり、PLCは、アシル基が結合するsn-1位またはsn-2位ではなく、リン酸基が結合するsn-3位のホスホジエステル結合を分解するためである。
【0022】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列、または(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換または付与されたアミノ酸配列を含むポリペプチドを含み、アミノ酸を欠失、置換または付与する方法は当業者に公知である。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドが含み得る欠失、置換または付与されたアミノ酸の数は、機能が大きく変化しなければ(実質的に同等の機能であれば)、つまり基質特異性が、例えばpH6.0、55℃、5分間の条件におけるPGの加水分解能を100%とした場合に、この条件における他の基質(PA、PE、PC、CL、PS、およびPIのうちの1または複数)に対する加水分解能が高くとも30%以下であれば、100個以上であってよく、100個以下、50個以下、25個以下であってもよく、好ましくは10個以下であってよく、さらに好ましくは5個以下である。また、アミノ酸の変異は人為的な変異であってもよく、自然界で発生した変異であってもよい。実際、酵素の機能とそのアミノ酸配列とに着目した酵素工学の分野においては、例えば、短鎖型L-スレオニン脱水素酵素(約350アミノ酸長)に対して100個以上のアミノ酸変異を加えても基質特異性および比活性は維持され、さらには耐熱性が向上したことが報告されている(Nakano S.et.al.,Benchmark Analysis of Native and Artificial NAD+-Dependent Enzymes Generated by a Sequence-Based Design Method with or without Phylogenetic Data.Biochemistry 2018,372-3732)。
【0023】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と少なくとも約80%の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドを含む。同一性は、本発明において意図される基質特異性を有する限りにおいて、少なくとも80%であってよく、好ましくは少なくとも90%であってよく、さらに好ましくは、少なくとも95%であってよい。
【0024】
タンパク質の同一性、相同性の検索の方法は当業者に公知であり、NCBI、EBI、SIB、またはゲノムネットなどの統合データベース、GenBank、EMBL、またはDDBJなどの塩基配列データベース、PIR、Swiss-Prot、UniProt、Entrez Protein、またはPRFなどのタンパク質データベースにおいて、BLASTまたはFASTAなどのソフトウェアを利用して、インターネットを通じて行うことができる。
【0025】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドを使用する際には、本発明のポリペプチドの機能および特性を損なうことなく、本発明のポリペプチドに対してアミノ酸の欠失、置換、または付与を施すことができる。これらのアミノ酸の欠失、置換、および付与は、アミノ酸配列のN末端、C末端、または途中のどこであってもよい。アミノ酸の欠失、置換、および付与は、例えば、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドをベクターのマルチクローニングサイトに導入する際にベクターの有するタグおよび制限酵素サイトなどが連結された結果、ポリペプチドのN末端および/またはC末端に付与されたアミノ酸であってもよい。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドにシグナル配列を付与してもよく、ポリペプチドにシグナル配列を付与してポリペプチドの局在を操作する方法は本分野において公知である。用いられるシグナル配列としては、小胞体輸送シグナル、小胞体内腔での保持シグナル、ミトコンドリアへの輸送シグナル、核移行シグナル、膜係留シグナル、分泌シグナル、または細胞膜透過ペプチドなどのシグナルペプチド、ミリストイル化などの脂質修飾を受けるためのシグナル配列、またはグリコシル化などの糖鎖修飾を受けるためのシグナル配列などが挙げられるが、これらに限定されない。細胞膜透過ペプチドとしては、Tatシグナルペプチド、Secシグナルペプチドなど、ペリプラズム移行シグナルとしてはalkaline phosphatase シグナル、PelBシグナルやOmpAシグナル(Sigma、pFLAG-ATS)など、他Penetratinペプチド、Polyargininペプチド、Transportinペプチド、Pep-1ペプチド、LL-37ペプチド、またはPep-7ペプチド、SKIKタグが既知であるが、これらに限定されない(梶原直樹および芝崎太,「細胞膜透過性ペプチド」,日薬理誌,141,220-221(2013))。さらに、複数種のシグナルあるいはタグを自由に組み合わせた融合シグナル・タグであっても良い。たとえばOmpA/PelBやSKIK/PelBなどのようにOmpAとPelB、SKIKとPelB、OmpAとSKIKを融合してもよく、あるいはそれらの逆の順で融合しても良い。
【0026】
本発明のポリペプチドは複数のドメインからなり、本発明のポリペプチドの一部である1または複数個の特定のドメインと標識とを融合したキメラタンパク質を作製することができる。キメラタンパク質の作り方は本分野において公知である。例えば、GFPとの融合やα―アグルチニンのC末端領域とGPIアンカー付加シグナル配列との融合により、細胞膜や細胞壁など細胞表面に提示させることができる。
【0027】
一般に、酵素活性または基質結合に関わる重要なアミノ酸残基を変化させずに、これら以外のアミノ酸残基を変異させることでアミノ酸配列の相同性を低く保ちながら、もとの酵素と類似した、またはさらに向上された機能および特性を有する新規な酵素を作成することができる。このような特性を有するタンパク質・ペプチド・酵素を作成する方法は、本分野において公知である。したがって、このような方法により作製された、アミノ酸配列間の相同性は低くいが、配列番号2で表されるPG-PLCと類似した特性を有するポリペプチドも、本願の範囲に含まれる。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、基質結合部位を有する。1つの実施形態において、基質結合部位は、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列の、56L,59FVG61,204IPGI207,209AW210,および316GGFA320に相当するアミノ酸を含んでもよく、または、これらのアミノ酸から選択されてもよい。これらのアミノ酸残基は、疎水性であることから、PGのアシル基に相互作用すると考えられる。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、基質と相互作用する触媒残基を有する。触媒残基は、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列のH43、およびH409に相当するアミノ酸を含んでもよく、または、これらのアミノ酸から選択されてもよい。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、基質と相互作用する活性中心アミノ酸残基を有する。活性中心アミノ酸残基は、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列の、D41、D103、N191、H364、およびH407に相当するアミノ酸残基を含んでもよく、またはこれらのアミノ酸から選択されてもよく、触媒残基を含んでもよい。基質結合部位は、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列の、40T~75T、100T~120L、184P~197V、205P~227K、266F、271L、296Y~297Y、310L~322S、363S~366T、378R~384R、406G~409H、および432S~435Dに相当するアミノ酸を含んでもよく、または、これらのアミノ酸から選択されてもよい。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、1つまたは複数の原核生物由来亜鉛依存性ホスホリパーゼCシグネチャー(H-Y-x-[GT]-D-[LIVMAF]-[DNSH]-x-P-x-H-[PA]-x-N;Kim,Y.G.et al.,Structural and Functional Analysis of the Lmo2642 Cyclic Nucleotide Phosphodiesterase from Listeria Monocytogenes.Protein(2011))を有してもよい。ここで、本願明細書において、「あるアミノ酸残基に相当するアミノ酸」とは、あるポリペプチドAと別のポリペプチドBとを比較する際にポリペプチドAにおいてあるアミノ酸残基A’が基質との相互作用において重要な残基であった場合に、ポリペプチドBにおいてアミノ酸残基A’と同様の基質と相互作用するアミノ酸残基B’を意味する。そのため、例えば、ポリペプチドAがシグナル配列を含むがポリペプチドBが含まなかったために、ポリペプチドAにおけるアミノ酸残基A’の一次構造的位置(つまりN末端から数えたときのアミノ酸残基番号)と、これに相当するポリペプチドBにおけるアミノ酸残基B’の位置とが異なる場合であっても、基質との相互作用における役割が同様であれば、アミノ酸残基B’はアミノ酸残基A’に相当するアミノ酸であると言える。さらに、特定の理論に束縛されることを望むものではないが、本発明のポリペプチドにおいて、成熟タンパク質(配列番号2)の一部のアミノ酸配列(配列番号16)については、種々の放線菌の有するタンパク質間で保存されていると判明しており、基質結合部位、活性中心アミノ酸残基、および触媒残基は、この保存された配列に含まれる。そのため、例えば、本発明のポリペプチドの基質結合部位に属する残基A’について、このアミノ酸残基が保存され、他の放線菌のポリペプチドにおいて、一次構造的位置が異なるが基質結合における役割が同様であるアミノ酸残基B’が存在することが容易に推測される。つまり、当業者は当該タンパク質の一次構造(アミノ酸配列)から容易に立体構造を予測でき、かなりの精度で構成アミノ酸の空間的位置を予測可能であるため、3次元構造上類似位置に配置されるアミノ酸残基をある程度特定できる。したがって、基質結合部位、活性中心残基、および触媒中心を含む保存された配列に含まれるアミノ酸残基について、原核生物間では、あるいは少なくとも放線菌間では、相当あるいは類似するアミノ酸残基が存在し、配列比較によりこれを見出すことができる。さらには全生物間においても、基質結合部位、活性中心残基、および触媒中心を含むアミノ酸残基が種の近縁性に応じて保存され、あるアミノ酸残基に相当あるいは類似するアミノ酸を見出すことが可能であろう。
【0028】
活性中心アミノ酸残基および基質結合部位を予測する方法は本分野において公知であり、タンパク質のデータベース(SwissProtやSwissModelなど)を利用して構造および/または機能類似タンパク質の立体構造情報を入手し、この構造をもとに、当該タンパク質の構造を予測することができる。これらのデータベースによって入手した構造および/または機能類似タンパク質の立体構造情報には基質あるいは基質類似化合物等や金属イオンなどのリガンドの位置情報や触媒残基情報も含まれるため、対象タンパク質の予測構造においても基質との相互作用部位を推定することができる。また、基質あるいは基質類似化合物等をAutoDock等のソフトウエアを利用してドッキングシミュレーション解析することで基質との相互作用部位を推定する方法も知られている。
【0029】
1つの実施形態において、標識は、蛍光分子による標識、放射性物質による標識、金属による標識、酵素による標識、またはタグによる標識であってもよく、阻害剤などのように酵素に結合する化合物やPEG(ポリエチレングリコール)のように修飾する化合物であってもよく、これらを組み合わせて用いてもよい。また、標識を、結合しても吸着してもコーティングしても良く、その原理としては共有結合や疎水相互作用などを含むあらゆる物理化学的相互作用や反応を利用した付着を含む。1つの実施形態において、蛍光分子による標識は、蛍光顕微鏡観察のためのものであり、ローダミンまたはFM色素などの蛍光分子であってもよく、GFPなどの蛍光タンパク質であってもよい。蛍光分子による標識は、リン脂質やタンパク質など様々な生体分子との結合により輝度が変化してもよく、可逆的に退色してもよい。1つの実施形態において、放射性物質による標識は、H,14C,32P,33P,35S,または125Iであり、好ましくはH,14C,または35Sである。1つの実施形態において、金属による標識は電子顕微鏡観察のためのものであり、金、ウラン、タングステン、またはバナジウムを用いた標識であってよい。1つの実施形態において、酵素による標識は、ルシフェラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、ペルオキシダーゼ、またはアルカリフォスファターゼなどによる標識であってよい。1つの実施形態において、タグによる標識は、組換え発現タンパク質の可溶性を高める作用があるGSTタグ、Haloタグ、TFタグ、FLAGタグ、HAタグ、Hisタグ、Mycタグ、V5タグ、Sタグ、Eタグ、T7タグ、VSV-Gタグ、Glu-Gluタグ、Strep-tagII、CBDタグ、CBPタグ、Fcタグ、GSTタグ、MBPタグ、Trxタグ、またはビオチン-ストレプトアビジンタグなどであってよい。
【0030】
本発明のポリペプチドは、PGに対して基質特異的な加水分解能を有してよい。1つの実施形態において、基質特異的な加水分解能は、pH6.0、55℃、5分間の条件におけるPGの加水分解能を100%とした場合に、この条件における他の基質に対する加水分解能が30%以下、20%以下、15%以下、10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下、または0%以下であることにより定められてよい。ここで、他の基質はリン脂質であり、例えば、PA、PE、PC、CL、PS、およびPIからなる群から選択されてよく、好ましくはCLである。さらに好ましい実施形態において、他の基質は、PA、PE、PC、CL、PS、およびPIを含んでよい。
【0031】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドの至適pHは、約pH5.5~pH6.5の範囲である。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドを作用させる際のpHの下限はpH4であり、好ましくはpH5.0であり、最大活性と比較して90%以上の作用を示すpH5.5であれば特に好ましい。上限は、pH10であり、好ましくはpH8.5であり、最大活性と比較して90%以上の作用を示すpH6.5であれば特に好ましい。
【0032】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドの至適温度は、約53~57℃である。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドを作用させる際の温度の下限は、30℃であり、好ましくは37℃であり、最大活性と比較して80%以上の作用を示す50℃であれば特に好ましい。上限は、67℃であり、好ましくは65℃であり、最大活性と比較して80%以上の作用を示す60℃であれば特に好ましい。
【0033】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドの反応時間は、PGの意図した分解が達成できる範囲で変更してもよい。反応時間は、約15秒以上、好ましくは約1分以上、更に好ましくは約3分以上である。反応時間の上限は特にないが、好ましくは約30分以下、更に好ましくは約15分以下、特に好ましくは約10分以下であり得る。
【0034】
加水分解能の測定方法は、当業者に公知である。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドによる加水分解能の測定方法としては、加水分解による基質の濃度減少を測定する方法、および加水分解による分解産物の濃度増加を測定する方法が挙げられる。1つの実施形態において、加水分解による分解産物の濃度増加を測定する方法は、分解産物の濃度を測定する方法と、分解産物をさらに分解して濃度を測定する方法を含む。1つの実施形態において、酵素または放射性同位体を用いて分解産物の濃度を測定する方法が挙げられる。1つの実施形態において、PLCによる分解産物の濃度を酵素を用いて測定する方法としては、例えば、酵素およびトリンダー試薬(ペルオキシダーゼ存在下で、TODB、TOOS、フェノール、およびハロゲン化フェノール誘導体などが縮合し呈色することを利用した試薬)を用いた方法、モリブデンブルー法、マラカイトグリーン法、およびこれらを改良した方法(BIOMOL(登録商標)Greenなど)が知られている。
【0035】
1つの実施形態において、PLCと基質を含む溶液の組成は当業者により変更され得る。1つの実施形態において、溶液はバッファーを含んでもよく、バッファーは、酢酸バッファー(Ac-Na)、リン酸バッファー、クエン酸バッファー、クエン酸リン酸バッファー、ホウ酸バッファー、酒石酸バッファー、Trisバッファー(Tris-HCl)、Bis-Trisバッファー、MESバッファー(MES-NaOH)、HEPESバッファー、またはリン酸バッファーであってよいが、これらに限定されない。1つの実施形態において、溶液は金属イオンまたは金属イオンのキレーターを含んでもよく、金属イオンとしては、Al3+、Ca2+、Mg2+、Li2+、Na、Mn2+、Fe3+、Li、Cu2+、Co2+、またはZn2+などであってよいが、これらに限定されない。金属イオンのキレーターとしては、EDTA、EGTA、BAPTA、DTPA、HEDTA、NTA、DTPA、GLDA、TTHA、HIDA、またはDHEGなどであってよいが、これらに限定されない。1つの実施形態において、溶液は、界面活性剤を含んでもよく、界面活性剤としては、Triton(登録商標) X-100、Triton(登録商標) X-114、ノニデットP40、Tween(登録商標) 20、デオキシコール酸ナトリウム、Tween(登録商標) 80、Briji35、およびコール酸ナトリウムなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドは、放線菌(Actinomycetales)目に属する微生物のものであってよい。微生物は、放線菌目に属する微生物の中でもPseudonocardiaceae科に属する微生物が好ましく、Pseudonocardiaceae科に属する微生物の中でもAmycolatopsis属に属する微生物が特に好ましく、Amycolatopsis属に属する微生物の中でもAmycolatopsis sp.が好ましい。土壌、湖沼、海、生物の表面や体腔内等から分離した菌株が、Amycolatopsis属に属する微生物であるかどうかは、例えば「Bergey’s Manual 第2版(2001年)」、「微生物の分類・同定実験法-分子遺伝学・分子生物学的手法を中心に(Springer Lab Manual)シュプリンガー・フェアラーク東京、2001年9月」等に記載の方法、市販の同定検査用製品(例えばBIOMERIEUX社)を使用する方法、「株式会社テクノスルガ・ラボ(静岡県静岡市)」等に委託する方法等により確認すればよい。さらにそれらの菌株が、Amycolatopsis sp.であるかどうかは、「Stackebrandt E.、Ebers J.:Taxonomic parameters revisited:tarnished gold standards,Microbiology today,nov,152-155頁、2006年」に記載の方法等により判断すればよい。すなわち、DNA-DNAハイブリダイゼーションで70%以上の相同性がある、または16s rRNAが98.5%以上同一であれば同属同種と判断できる。好ましくはDNA-DNAハイブリダイゼーションで70%以上の相同性があれば同属同種と判断することができる。
【0037】
本発明のポリペプチドの分子量を測定する方法は当業者に公知であり、例えば、Native-PAGEやSDS-PAGEを用いた電気泳動法、ゲルろ過クロマトグラフィー法、HPLC法、質量分析法、超遠心分離装置を用いた沈降平衡法、または動的光散乱(DLS)を用いた光散乱法などにより測定できる。本発明のポリペプチドの分子量は、SDS-PAGEを用いた電気泳動法で測定した場合、約49,000Da~約59,000Daであり得、好ましくは約52,000Da~約56,000Daであり得、さらに好ましくは約54,000Daであり得る。本発明のポリペプチドの分子量は、シグナル配列を除いたアミノ酸配列である配列番号2から推測した場合、約51,000Da~約62,000Daであり得、好ましくは約54,000Da~約58,000Daであり得、さらに好ましくは約56,000Daであり得る。
【0038】
(ポリヌクレオチド)
1つの局面において本明細書は、上記のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供する。ポリヌクレオチドは、DNAであってもよく、RNAであってもよい。RNAの場合、記載の配列からTがUに変えられていてもよい。ポリヌクレオチドは、1本鎖であってもよく、2本鎖であってもよい。
【0039】
1つの実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは、(a)配列番号1で表される塩基配列、(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、(c)(b)のポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含み、ストリンジェントな条件は本明細書で定義されている。1つの実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは、(d)配列番号1で表される塩基配列において1もしくは複数個の塩基が欠失、置換または付与された塩基配列を含むポリヌクレオチドを含み、塩基を欠失、置換または付与する方法は当業者に公知である。1つの実施形態において、本発明のポリヌクレオチドが含み得る欠失、置換または付与された塩基の数は、発現されるポリペプチドの機能が大きく変化しなければ(実質的に同等の機能であれば)、つまり基質特異性が、例えばpH6.0、55℃、5分間の条件におけるPGの加水分解能を100%とした場合に、この条件における他の基質(PA、PE、PC、CL、PS、およびPIのうちの1または複数)に対する加水分解能が高くとも30%以下であれば、300個以上であってよく、300個以下、200個以下であってよく、好ましくは100個以下であってよく、さらに好ましくは15個以下である。また、塩基の変異は、人為的な変異であってもよく、自然界で発生した変異であってもよい。
【0040】
1つの実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは、(e)配列番号1で表される塩基配列と同義なコドンを含む塩基配列を含むポリヌクレオチオを含み、このポリヌクレオチドを発現させる生物種のコドン頻度に合わせてアミノ酸配列を変えずに塩基配列を変更することができる。各生物種におけるコドン頻度と塩基配列の変更法は当業者に公知である。1つの実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは、(f)配列番号1で表される塩基配列と少なくとも約80%の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドを含む。同一性は、コードされるポリペプチドが本発明において意図される基質特異性を有する限りにおいて、少なくとも80%であってよく、好ましくは少なくとも90%であってよく、さらに好ましくは、少なくとも95%、であってよい。
【0041】
(組換えベクターおよび形質転換体)
1つの局面において本明細書は、PGの加水分解能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターと、組換えベクターを含む形質転換体とを提供する。1つの実施形態において、使用され得るベクターとしては、例えば、プラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター、またはトランスポゾンベクターが挙げられるが、これらに限定されない。本発明では、目的のポリヌクレオチド配列を目的の細胞へと移入させることができさえすれば、どのようなベクターでも使用され得る。
【0042】
標的遺伝子を含む組換えベクターとして標的細胞に導入する方法としては、リポフェクション法、電気穿孔法、リン酸カルシウム法などによるベクターの導入、CRISPR-Cas9システムを用いた遺伝子ノックイン、受精卵核へのDNA注入による遺伝子ノックイン、相同組換えを用いた遺伝子ノックイン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
形質転換体として遺伝子導入され得る宿主生物としては、組換えベクターを導入できて標的タンパク質を発現できる生物であれば制限はない。使用され得る宿主生物としては、例えば、放線菌、枯草菌、または大腸菌などの細菌、酵母またはカビなどの真菌、シロイヌナズナなどの植物に由来する培養細胞、あるいは、HEK細胞、HeLa細胞、またはCHO細胞などの哺乳動物由来の培養細胞が挙げられるが、これらに限定されない。
【0044】
(ポリペプチドの製造方法)
1つの局面において本明細書は、PGの加水分解能を有するポリペプチドを製造する方法を提供する。1つの実施形態において、ポリペプチドの製造方法は、形質転換体を培養してポリペプチドを生産させる工程を含む。1つの実施形態において、ポリペプチドの製造方法はさらに、目的のポリペプチドを精製する工程を含む。ポリペプチドを用いた実験法は当業者に公知であり、例えば、大島泰郎ら(編集),「ポストシークエンスタンパク質実験法」,東京化学同人,第1巻~第4巻に記載されている。
【0045】
1つの実施形態において、ポリペプチドの製造に用いる形質転換体は、大腸菌である。大腸菌を培養し、タンパク質を発現させる方法は当業者に公知であり、例えば、中山広樹・西方敬人,「バイオ実験イラストレイテッド1 分子生物学実験の基礎」,秀潤社などに記載されている。
【0046】
1つの実施形態において、培養した形質転換体からポリペプチドを精製する工程は、培養細胞からポリペプチドを抽出する工程を含んでもよく、さらに、目的のポリペプチドを精製する工程を含んでもよい。1つの実施形態において、細胞により生産されたポリペプチドは、培養液中に分泌されてもよく、細胞質中に分布してもよく、細胞膜上あるいはペリプラズムに分布してもよい。1つの実施形態において、細胞により生産されたポリペプチドは、培養細胞の細胞膜に含まれるPGを分解して細胞外またはペリプラズムに分泌されてもよい。1つの実施形態において、ポリペプチドが細胞質中、ペリプラズム、または細胞膜上に分布する場合には、細胞を遠心分離などにより回収した後、ホモジナイザーなどを用いた機械的な破砕法、超音波を用いた破砕法、または乳鉢と乳棒とを用いた破砕法などにより、あるいはリゾチームまたは界面活性剤を用いた化学的な細胞溶解法により細胞を破壊して、遠心分離などにより不要な画分を除去する、または必要な画分を濃縮するなどによりポリペプチドを抽出してもよい。1つの実施形態において、ポリペプチドが培養液中に分泌されている場合には、培養液を回収し、不要な細胞片などを遠心分離により除去することでタンパク質を抽出してもよい。1つの実施形態において、ポリペプチドを抽出する際には、沈殿剤によりポリペプチドを沈殿させて遠心分離する沈殿法を用いて効率的にポリペプチドを抽出してもよい。沈殿剤としては、硫酸アンモニウムなどのカオトロピック塩、ポリエチレングリコールまたはデキストランなどの水溶性ポリマー、トリクロロ酢酸または塩酸などの酸、およびアセトンまたはアルコールなどの有機溶媒が挙げられるが、これらに限定されない。好ましい沈殿剤は、ポリペプチドを変性させにくい、硫酸アンモニウム、エチレングリコール、またはデキストランであり、さらに好ましくは硫酸アンモニウムである。1つの実施形態において、ポリペプチドを抽出する際には、必要に応じて、界面活性剤を添加してポリペプチドを可溶化してもよい。界面活性剤としては、Triton(登録商標) X-100、Triton(登録商標) X-114、ノニデットP40、Tween(登録商標) 20、デオキシコール酸ナトリウム、Tween(登録商標) 80、Briji35、およびコール酸ナトリウムなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0047】
1つの実施形態において、抽出されたポリペプチドは、クロマトグラフィー法により精製されてよい。クロマトグラフィー法の手順は当業者に公知であり、分子のサイズを利用したゲルろ過クロマトグラフィー、電荷を利用した陽イオン交換クロマトグラフィーおよび陰イオン交換クロマトグラフィー、疎水性を利用した疎水性相互作用クロマトグラフィーおよび逆相クロマトグラフィー、ならびに結合親和性を利用した精製するアフィニティークロマトグラフィーが挙げられる。これらのクロマトグラフィー法は、単独で用いられてもよく、組み合わせて用いられてもよい。1つの実施形態において、精製されるポリペプチドがタグなどの標識を有する場合には、そのタグを対象としたアフィニティークロマトグラフィーを用いてもよい。例えば、上記のようにpETベクターシステムを用いた場合には、発現されたタンパク質には、Hisタグ、T7タグ、Strepタグなどのタグ標識が取り付けられており、これらのタグに対する結合親和性を用いてタンパク質を精製する方法が本分野において公知である。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドを、相互性疎水作用クロマトグラフィー、陰イオン交換クロマトグラフィー、およびゲルろ過クロマトグラフィーを組み合わせて精製してもよい。なお、クロマトグラフィー法についてはカラムを用いても良いし、クロマトグラフィー担体を用いたバッチ法で良い。
【0048】
精製されたポリペプチドの濃度を測定して、上記のポリペプチドの加水分解能の測定法と組み合わせて、ポリペプチドの比活性を測定してもよい。ポリペプチドの濃度測定の方法は当業者に公知であり、吸光光度法(紫外吸光光度法、Bradford法、WST法、Biuret法、Lowry法、およびBCA法)、蛍光法、および電気泳動法が挙げられるが、これらに限定されない(鈴木祥夫,「総タンパク質の定量法」,ぶんせき,1,2-9(2018))。好ましくは吸光光度法であり、さらに好ましくはBCA法である。
【0049】
(ポリペプチドの使用方法)
1つの局面において、本発明は、PGの加水分解能を有するポリペプチドの使用方法を提供する。1つの実施形態において、この使用方法は、ポリペプチドを用いてPGを分解する方法、およびPGからG1PおよびG3P、およびDGを製造する方法を提供する。
【0050】
1つの実施形態において、本発明のポリペプチドを用いる方法におけるPGは、生物由来であってもよく、生物に由来しないものであってもよい。特定の理論に束縛されることを望むものではないが、細菌の細胞膜を構成するリン脂質にはPGが約10~25%程度含まれており、これは真核生物の細胞膜と比較して高い。そのため、細菌の細胞膜に対して本発明のポリペプチドを反応させてグリセロールリン酸を製造することが考えられる。1つの実施形態において、用いられる生物はPGを含むものであればあらゆる生物が想定される。例えば、原核生物であっても良く、真核生物であっても良く、また下水余剰汚泥や廃棄農作物、廃棄植物に含まれる生物であっても良く、特に限定されるものではない。例えば、真核生物ではカビ、酵母、キノコなどの、古細菌、真性細菌などの原核生物では、放線菌、枯草菌、または大腸菌などが挙げられるが、好ましくは、扱いの確立されている大腸菌である。大腸菌を多量に得る方法としては、培養液を用いた実験室的な方法だけではなく、再生可能な生物由来の資源であるバイオマスを用いた大腸菌の培養方法が想定される。バイオマスとしては、廃棄紙、家畜糞尿、食品廃棄物、建築廃材、製材工場残材、黒液、および下水汚泥などの廃棄物系バイオマス、稲藁、麦藁、籾殻、農作物の非食部、および林地残材などの未利用バイオマス、ならびにバイオマスとして利用することを目的に栽培されたトウモロコシおよびサトウキビなどの資源作物などが挙げられる。特定の理論に束縛されることを望むものではないが、大腸菌の細胞膜におけるPGのリン脂質親水部分は、主にホスホ-(1’-sn-グリセロール)型であり、そして、例えば40℃以上の高温にするなど培養条件を変えることでホスホ-(3’-sn-グリセロール)型の割合を高められることが報告されている(藤島祐典ら,「海洋細菌に存在するホスファチジルグリセロールの立体異性体」;板橋豊,2002年度実績報告書「水圏生物におけるD型リン脂質の分析法,分布および生理機能」,https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT-13460088/134600882002jisseki/)。そのため、大腸菌により合成されたPGを本発明のポリペプチドにより加水分解することで、G1Pを効率的に得ることができる。さらに、大腸菌がホスホ-(3’-sn-グリセロール)型のPGを合成する割合を高めるような環境、例えば50℃の高温条件下などで大腸菌を培養すると総PGの約25%がホスホ-(3’-sn-グリセロール)型のPGになるため、本発明のポリペプチドによりPGを加水分解することにより、G3Pを効率的に得ることもできる。
【0051】
1つの実施形態において、バイオマスから大腸菌を回収する方法は、当業者に公知であり、バイオマス中の液体成分から大腸菌を回収する、およびバイオマスを水で洗い洗浄液から大腸菌を回収するなどが挙げられる。1つの実施形態において、回収した大腸菌からリン脂質を抽出してから、PGの加水分解能を有するポリペプチドとリン脂質を反応させてもよい。一般に、大腸菌からリン脂質を抽出する方法は当業者に公知であり、例えば、クロロホルム・メタノールなどの有機溶媒を用いたBligh-Dyer法、およびFolch法などが挙げられる。必要に応じて、薄層クロマトグラフィー、固相抽出、および高速液体クロマトグラフィーなどを施してもよい。他方、1つの実施形態において、リン脂質は大腸菌から抽出されていなくてもよく、さらに、PGの加水分解能を有するポリペプチドも精製されていなくてもよい。特定の理論に束縛されることを望むものではないが、PG-PLCが大腸菌の細胞内に発現された場合、その大腸菌の細胞膜に含まれるPGを分解してグリセロールリン酸を製造するとともに、PG-PLCが細胞外に分泌される。そして、細胞外に分泌されたPG-PLCは、他の大腸菌の細胞膜に含まれるPGを分解してグリセロールリン酸を製造し得る。したがって、1つの実施形態において、ポリペプチドの精製およびリン脂質の抽出を行うことなく、ポリペプチドを発現させた大腸菌をバイオマス中で増殖させ、これにバイオマス中の同種または異種の大腸菌の細胞膜中のPGを切断させ、得られたグリセロールリン酸を回収してもよい。
【0052】
本発明のポリペプチドを用いる方法は、液体中で行われることが好ましく、液体として水相および有機溶媒相が想定され、水相で行われることが好ましい。1つの実施形態において、ポリペプチドとPGとを含む溶液の組成は当業者により変更され得る。1つの実施形態において、溶液はバッファーを含んでもよく、バッファーは、酢酸バッファー(Ac-Na)、リン酸バッファー、クエン酸バッファー、クエン酸リン酸バッファー、ホウ酸バッファー、酒石酸バッファー、Trisバッファー(Tris-HCl)、Bis-Trisバッファー、MESバッファー(MES-NaOH)、HEPESバッファー、またはリン酸バッファーであってよいが、これらに限定されない。1つの実施形態において、溶液は金属イオンまたは金属イオンのキレーターを含んでもよく、金属イオンとしては、Al3+、Ca2+、Mg2+、Li2+、Na、Mn2+、Fe3+、Li、Cu2+、Co2+、またはZn2+などであってよいが、これらに限定されない。金属イオンのキレーターとしては、EDTA、EGTA、BAPTA、DTPA、HEDTA、NTA、DTPA、GLDA、TTHA、HIDA、またはDHEGなどであってよいが、これらに限定されない。1つの実施形態において、溶液は、界面活性剤を含んでもよく、界面活性剤としては、Triton(登録商標) X-100、Triton(登録商標) X-114、ノニデットP40、Tween(登録商標) 20、デオキシコール酸ナトリウム、Tween(登録商標) 80、Briji35、およびコール酸ナトリウムなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0053】
本発明のポリペプチドを用いて製造されたグリセロールリン酸は、原料または他の成分が混在したままであってもよいが、目的や用途に合わせて不純物を含有しないように精製してもよい。グリセロールリン酸の精製方法は、本分野で周知であり、薄層クロマトグラフィー、およびグリセロールリン酸をカルシウムまたはナトリウムとの塩としてからの再結晶化などが挙げられる(特開2014-189552;藤森亮利および高津淑人,「バイオディーゼル生成における使用済みCaO触媒を用いたマテリアルサイクル」,バイオマス科学会議発表論文集,13(0),121-122,2018)。本発明のポリペプチドを用いて製造されたグリセロールリン酸は、G1PまたはG3Pの特定の鏡像異性体を多く含むことが予想されるが、本分野で公知の方法により鏡像異性体の純度をさらに高めてもよい。鏡像異性体の光学分割法としては、結晶化法(優先晶出法、ジアステレオマー法、包接錯体法、および優先富化を利用した方法など)、およびキラルカラムを用いたHPLC法などが挙げられる。精製されたグリセロールリン酸の鏡像異性体を判別する方法は本分野において公知であり、旋光分散(ORD)測定法、円二色(CD)測定法、エックス線結晶構造解析、および核磁気共鳴装置、などが挙げられる。
【0054】
(ポリペプチドを含有する組成物)
1つの局面において、本発明は、本発明のポリペプチドを含有する、PGを分解するための組成物を提供する。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドを含有する組成物は、キットとして販売されてもよい。1つの実施形態において、本発明のポリペプチドを含有する組成物は、溶液、溶液の凍結物、または溶液の乾燥物(真空乾燥法、凍結乾燥法、または噴霧乾燥法などによる)であってよく、例えば、pH緩衝剤、塩、界面活性剤、還元剤、金属キレーター、凍結保護剤(グリセロール、またはエチレングリコールなど)、防腐剤(アジ化ナトリウム、またはチメロサールなど)、およびプロテアーゼ阻害剤などを含んでもよい。好ましくは、ポリペプチドを含むグリセロール溶液、またはポリペプチドを含む凍結乾燥物である。
【実施例0055】
[実施例1:PG-PLC生産菌の獲得を目的としたスクリーニングとPG-PLC生産菌の属種決定のための分類学上の同定]
(実験方法)
実験に使用した試薬は以下の通りである。Bacto-Malt extract(Becton Dickinson、型番218630)、Yeast Extract BSP-B(オリエンタル酵母工業)、L-α-Phosphatidylglycerol, Egg(PG、Avanti Polar Lipids Inc.)、Peroxidase(POD、オリエンタル酵母工業株式会社、型番46261003)、L-α-glycerophosphate oxidase(GPO、東洋紡株式会社、型番G3O-321)、4-Aminoantipyrine(4-AA、ナカライテスク、型番01907)、N,N-Bis(4-sulfobutyl)-3-methylaniline, disodium salt(TODB、同仁化学研究所、型番OC22)、その他、特に記載のない試薬は全て市販特級品を使用した。
【0056】
目的酵素の生産菌のスクリーニング
(1)培養
1)試験管(Φ18×180mm)にISP2培地5mlとガラスビーズ(Φ4mm)3粒を入れ、オートクレーブ滅菌(121℃,15min)した。
2)滅菌した培地にスクリーニング菌株のグリセロールストック懸濁液を1%(v/v)植菌し、28℃、160spm、往復振とう培養を行った。
【0057】
(2)PLC測定法
PLCがPGに作用すると、PGがラセミ体である場合、DGと、2種のグリセロールリン酸(G1PおよびG3P)が生じる。中でもG3Pは、グリセロール-3-リン酸オキシダーゼ(GPO)によって酸化され過酸化水素を生じる。生成した過酸化水素はペルオキシダーゼ(POD)の作用により4-アミノアンチピリン(4-AA)とN,N-Bis(4-sulfobutyl)-3-methylaniline,disodium salt(TODBとを定量的に酸化縮合させ赤紫色のキノイミン色素を生成する。この呈色の強度を、500~630nm、特に550nmの吸光度(A550)を測定することで、PLCの加水分解能を測定できることが知られている。この酵素による測定法を用いて、スクリーニング菌株の培養液の上清にPGを加水分解するPLCが存在しているか調べた。なお、1minに1μmolのG3Pを生成する酵素量を1Uと定義した。
【化8】
【0058】
(結果と考察)
PLC生産菌の取得と分類学上の同定
(1)スクリーニング計72菌株した結果、NT115株の培養上清中にPG-PLC活性を見い出した。簡易形態観察の結果、NT115株はISP2寒天培地上で円形の中央陥没上のコロニーを示し、表面の色調は白色、裏面は茶色を示した。また、微視的観察の結果、気菌糸を形成し、連鎖胞子の観察が見られた。テクノスルガ・ラボ微生物同定システムを用いた、DB-BAおよび国際塩基配列データベースに対するBLAST相同性検査を基に解析した分子系統樹において、NT115株はAmycolatopsis属が構成するクラスター内に含まれたが、既知の種とは異なる分子系統学的位置を示した。よって、今回の16SrDNA部分塩基配列解析の結果からは、NT115株はAmycolotopsis sp.と帰属した。また、この結果は、簡易形態観察の結果とも一致した。
【0059】
[実施例2:NT115株が菌体外に分泌生産するPLCの精製]
(実験方法)
Amycolatopsis sp.NT115株PLCの精製
(1)培養
試験管(Φ18×180mm)にISP2培地5mlとガラスビーズ(Φ4mm)3粒を入れ、オートクレーブ滅菌(121℃,15min)した。冷却後、クリーンベンチ内でNT115株の10%(v/v)グリセロールストック懸濁液50μlを植菌し、28℃,160spmで2日間往復振とう培養し、前培養液とした。500ml容三角フラスコにISP2培地100mlとステンレスコイルを入れたものを10本用意し、オートクレーブ滅菌した。クリーンベンチ内で培地に前培養液を1%(v/v)植菌し、28℃,160rpmで72時間旋回振とう培養した。
【0060】
(2)硫酸アンモニウム(AS)分画
(1)の培養液を遠心分離(18,800×g,10min)し、培養上清を得た。培養上清に20%飽和となるように飽和AS水溶液(4℃保存)を加えた。1時間静置した後、生じた沈殿物を遠心分離(18,800×g,10min)により回収した。
【0061】
(3)PLC活性
以下の実験では、実施例1と同様に酵素反応によりPLC活性値を算出した。
【0062】
(4)PPG-Toyopearlカラムクロマトグラフィー
回収した沈殿物を1M AS/20 mM Tris-HCl(pH7.0)で溶解した(フィルター、遠心分離なし)。
1)表1の条件でPPG-Toyopearlカラムクロマトグラフィーを行った。
A sol.:1M AS/20mM Tris-HCl(pH7)
Bsol.:20mM Tris-HCl(pH 7)
Column volume:15ml(=Φ2.5cm, H=3.0cm)
Elution1:linear gradient of 1 to 0M AS with 4CV
Elution2:100% B sol. with 4CV
Fraction:6ml
表1:PPG-Toyopearlカラムクロマトグラフィーの条件
【表1】

2)各フラクションのPLC活性(基質;PG)を測定し、2.5U/ml以上の活性を示したフラクションを回収した(PPG画分)。
【0063】
(5)透析
PPG画分を透析膜(三光純薬、セルロースチューブ36/32)に移し、サンプル量の10倍量の20mM Tris-HCl(pH9.0)で2回透析(buf交換;1h,12h)した。
【0064】
(6)Giga Cap Q-Toyopearlカラムクロマトグラフィー
1)透析内液を回収し、Giga Cap Q-Toyopearl(以下GCQと略す)にロードした。サンプルはフィルターろ過、遠心分離なしでカラムロードし、表2の条件でGCQカラムクロマトグラフィーを行った。
Asol.:20mM Tris-HCl(pH9.0)
B sol.:0.5M NaCl/20mM Tris-HCl(pH9.0)
Column volume:15ml(=Φ2.5cm, H=3.0cm)
Elution:linear gradient of 0 to 0.5M NaCl with 10CV
Fraction:5ml
表2:Giga Cap Q-Toyopearlカラムクロマトグラフィーの条件
【表2】

2)各フラクションのPG-PLC活性を測定し、活性のあったフラクションをGCQ画分とした。
【0065】
(7)ゲルろ過クロマトグラフィー
Amicon-30K(15mL)を用いてGCQ画分を500μlまで濃縮した。濃縮サンプルは、0.45μmフィルターろ過後、Superdex 200 increase 10/300 GL(Spd 200 Inc)にロードした。
1)以下の条件と表3に示す条件でカラムクロマトグラフィーを行った。
A sol.:0.15M NaCl/Tris-HCl(pH8.0)
Column volume:24ml(=Φ1.0cm, H=30cm)
Elution:0.15M NaCl with 1.5CV
Fraction:0.5ml
表3:ゲルろ過クロマトグラフィーの条件
【表3】

2)各フラクションのPG-PLC活性を測定し、Amicon-30Kにより20mM Tris-HCl(pH7.0)にbuffer交換を行い、精製PG-PLCとした。
【0066】
タンパク質濃度の定量
BCA Protein Assay Reagentキット(ThermoFisher)を使用し、取扱説明書に従って562nmにおける吸光度(A562)を測定し、タンパク質濃度を定量した。
【0067】
SDS-PAGE分析
Laemmliの方法に従い、SDS-PAGE法を行った。タンパク質バンドの検出には銀染色キット(アプロサイエンス)を使用し、取扱説明書に従って行った。
【0068】
(結果と考察)
ISP2培地で2日間培養した(図1)上清から、PG-PLCを2981倍まで精製することができ(表4)、比活性は6.19 U/mg-proteinとなった。SDS-PAGE分析では分子量は約54kDaの単一バンドとして検出された(図2)。
表4:NT115株由来PG-PLCの精製結果
【表4】
【0069】
[実施例3:PG-PLCの諸特性解析]
(実験方法)
基質特異性試験以外は、実施例1に記載の方法により酵素活性を測定した。基質特異性試験では、基質として1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phopsphoglycerol(POPG)、1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phopsphocholine(POPC)、1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phopsphoethanolamine(POPE)、1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phopsphoinositol(POPI)、1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phopsphoserine(POPS)、1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phopsphate(POPA)cardiolipin(CL)、L-α-phosphatidyglycerol(PG)を使用した。その他にBIOMOL Green(登録商標)Reagent(Enzo Life science、以下BGと略記)、Alkaline phosphatase(オリエンタル酵母工業、仔ウシ小腸由来、以下CIAPと略記)を使用した。酵素反応液に加える酵素液(精製PG-PLCサンプル)は0.05U/ml, 1.50U/mg-protein以上のものを使用し、基質消費が10%程度となるように適宜希釈した。
【0070】
1)酵素反応におけるpH,温度の影響、pHおよび温度安定性試験
酢酸-酢酸ナトリウム(pH4.0~5.5,以下Ac-Naと略す)、MES-NaO(pH5.5~7.0)、Tris-HCl(pH7.0~9.0)を使用する温度でpH調整し、酵素反応あるいは酵素に及ぼすpHおよび温度(図3-1、図3-2)の影響と安定性(図4-1、図4-2)について調べた。
【0071】
2)PLC活性に対する金属イオン,界面活性剤の影響
Tris-HCl(pH7.0),37℃の条件下で金属イオン(図5-1),界面活性剤(図5-2)の影響を調べた。
【0072】
3)PLCの基質特異性試験
各基質とPLCとを反応させ、各基質に対する酵素活性を調べた。酵素反応により生じるグリセロールリン酸など対応するリン酸モノエステルを脱リン酸化酵素であるCIAPにより遊離した無機リン酸(Pi)を定量した。ただし、POPAは脱リン酸化酵素処理せず、そのままPG-PLCによって遊離される無機リン酸(Pi)を定量した。無機リン酸の定量は、BG試薬を使用して取扱説明書に従い、620nmにおける吸光度(A620)を測定して行った。
【0073】
(結果と考察)
以下に示す各データは、特に記載がない場合は全て3回試験した結果を平均値±標準偏差(SD)で示す。
pH、温度の酵素反応と酵素の安定性への影響
各pHにおけるPLC活性(37℃)を調べたところ、弱酸性域pH5.0~pH6.0で高い活性を示し、MES-NaOH(pH6.0)で最も高い活性を示した(図3-1)。pH6.0で各温度における活性を調べたところ55℃で最大活性を示し、20℃では約30%、70℃では約40%の相対活性を示した(図3-2)。基質調製に使用したTriton(登録商標) X-100の曇点は63℃であることから60℃以下においてはPLC活性の特徴を示していると考えられる。
【0074】
図4-1に示すようにpH4.0からpH9.0という広範囲でpHが安定であった。また温度安定性試験では、図4-2に示すように50℃まで安定であり、60℃で活性が半減した。
【0075】
金属イオンの影響
図5-1に示すように、EDTAの存在下でも活性を示し、Ca2+によってわずかに活性が向上し、Al3+の存在下で約1.3倍活性が向上した。また、図5-2に示すように試験した条件においてはTriton(登録商標) X-100が最も良好な結果を示した。
【0076】
基質特異性
図6に示すようにPC、PE、CLには全く活性を示さなかった他、PAにも全く活性を示さず(データ示さず)、PG以外にはほとんど作用しなかったことから本酵素はPG特異的PLCであると判断できる。
【0077】
[実施例4:PG-PLCの配列]
(実験方法)
ペプチドの配列決定
SDS-PAGEによりPG-PLCを泳動後、バンドを切り出し、株式会社アンテグラルにてトリプシン処理およびLC-MS解析を行い、アミノ酸配列を解析した。LC-MS解析により得られたペプチドの配列、およびこれらのペプチド配列と合致するデータベースから得られたタンパク質配列を図7に示す。グレーハイライト部分が本酵素のペプチド配列と一致した配列である。計11本のペプチド配列が解読され、それらすべてのペプチドのアミノ酸配列がWP_037369513.1として公共データベースに登録されているAmycolatopsis orientalis由来メタロホスホエステラーゼ中の配列と一致した。
【0078】
アミノ酸配列番号6から配列番号5のフォワードプライマーを、アミノ酸配列番号8から配列番号7のリバースプライマーを設計し、PCRを行った。PCR条件は下記の通りである。
94℃、1分→(98℃、10秒→55℃、15秒→68℃、45秒)を25サイクル、68℃、5分
PCRによって得られた増幅断片をクローニングベクターpMD20(タカラバイオ)に連結し、大腸菌DH5アルファを形質転換、培養し、組換えプラスミドを回収、精製した。それをDNAシーケンサーで解析することで本酵素遺伝子の一部の塩基配列(配列番号9,10)を解読した。次に、5’、3’未解読領域を解読するため配列番号11,12のプライマーセットによりインバースPCR(iPCR)を行った。iPCR条件は下記の通りである。
94℃、1分→(98℃、10秒→57℃、15秒→68℃、2.5分)を25サイクル、68℃、5分
iPCR反応液をカラム精製し、シーケンスをした。解析結果から、5’、3’未解読領域を解読し、本酵素遺伝子の全長配列(配列番号1、2の配列に、配列番号3、4のシグナル配列が付与されたもの)を解読し、図8に示すアミノ酸配列を得た。図8に示すアミノ酸配列の内、25アミノ酸からなるシグナル配列を配列番号4、その塩基配列を配列番号3として示し、514アミノ酸からなる成熟タンパク質のアミノ酸配列を配列番号2、その塩基配列を配列番号1として示す。
【0079】
[実施例5:異種組換えPG-PLCの製造および大腸菌PGの分解]
実施例4で得られた、配列番号1に記載のPG-PLCをコードするDNAを、配列番号13、14のプライマーを用いてPCR増幅し、ゲル電気泳動し、増幅バンドを切り出し精製した。PCR条件は下記の通りである。
94℃、1分→(98℃、10秒→64℃、15秒→68℃、1分15秒)を25サイクル、68℃、5分
同様にpET-24a(+)をHindIII消化後にゲル電気泳動し、切り出し精製した。両者を混合し、Infusion Cloningキット(タカラバイオ)を用いてpET-24a(+)のHindIIIサイトに挿入し、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むPG-PLC/pET-24a(+)を作成した。そのため、PG-PLC成熟配列のN末端側にはマルチクローニングサイト(MCS)由来のT7エピトープを含むMASMTGGQQMGRGSQFQLRRQからなる21アミノ酸が付加した状態である。
【0080】
PG-PLC/pET-24a(+)を、Zip Competent Cell BL21(DE3)(バイオダイナミクス、品番:DS255)に形質転換し、終濃度50μg/mLカナマイシンを含むLB寒天培地上で培養し、PG-PLC/pET-24a(+)/BL21(DE3)を得た。これを、同じくカナマイシンを50μg/mLの終濃度で含むOvernight express instant TB medium 5 mL(液体培地)に植菌し、20℃あるいは30℃で1日間培養し、PG-PLCを発現させた。20℃で培養した培養液を遠心分離して培養上清を得、また、30℃で培養した培養液を遠心分離してPG-PLC/pET-24a(+)/BL21(DE3)菌体と培養上清を回収し得られた菌体を緩衝液に懸濁して超音波破砕し、これを遠心分離して上清を得、粗タンパク質液(CFE)とした。
【0081】
空のpET-24a(+)ベクターで形質転換し、培養した組換えE.coli BL21(DE3)を遠心分離により回収し、超音波破砕してE.coli破砕液を得た。この破砕液に、20℃の培養上清、または30℃のCFEを混合し、実施例1に記載の加水分解能の測定方法によりPG-PLCの酵素活性を測定した。そうしたところ、いずれの反応液において時間依存的にG3Pの濃度が上昇した(図9-1、図9-2)。これにより、E.coli破砕液に含まれるPGが当該PG-PLCの作用により加水分解され、グリセロールリン酸が生成したことが確認された。この結果は、大腸菌という大量に増殖可能なバイオマスからでもグリセロールリン酸が得られることを示す。
【0082】
[実施例6:触媒(活性)中心部位および基質結合部位の推定]
PG-PLCの触媒(活性)中心部位および基質結合部位を推定するために、データベース上の構造および配列が既存のタンパク質をもとにPG-PLCの3次元的(立体)構造を予測し、これに基づいて酵素の触媒(活性)中心部位および基質結合部位となるアミノ酸を推定した。
【0083】
まず、タンパク質のドメイン・モチーフのデータベースであるPfamおよびタンパク質の立体構造・ファミリーのデータベースであるCATHを用いて、PG-PLCが属するタンパク質ファミリーを調べた。そうしたところ、いずれのデータベースを用いても、PG-PLCは金属イオン要求性ホスホエステラーゼに属すると推定され、原核生物由来の亜鉛依存(要求)性ホスホリパーゼCシグネチャー(H-Y-x-[GT]-D-[LIVMAF]-[DNSH]-x-P-x-H-[PA]-x-N)に属する配列を5つ有していた。さらに、このファミリーに属するタンパク質の3次元的(立体)構造を比較したところ、構造が類似していた。これらの結果から、PG-PLCと金属イオン要求性ホスホエステラーゼとでは3次元的(立体)構造に類似性があり、そのため、金属イオン要求性ホスホエステラーゼをモデルにしてPG-PLCの構造が推定できると考えた。
【0084】
PG-PLCの構造を予想するために、タンパク質立体構造のデータベースであるSwissModelを用いてアミノ酸配列の類似した3次元的(立体)構造既知のタンパク質を調べた。そうしたところ、2xmoという金属イオン要求性ホスホエステラーゼが見出され、2xmoの立体構造に基づいてPG-PLCの立体構造モデルを得た。2xmoの立体構造との比較から、PG-PLCにおいてリン酸と相互作用する活性中心残基を推定したところ、D41/H43/D103/N191/H364/H407/H409のヒスチジン(H)およびアスパラギン酸(D)が活性中心残基であると予想され、中でもリン酸との距離が近いH43およびH409が触媒残基であると推定した。
【0085】
次に、基質結合部位を予想するために、PG-PLCの立体構造モデルと、構造既知の4種類のPLCとを比較した。そうしたところ、いずれのPLCもタンパク質の中央付近に酸性アミノ酸の多いポケットを有し、このポケットに基質が結合すると考えられた。さらに、構造既知のPG非特異的PLC(例えば、PC特異的PLCなど)における基質の位置をPG-PLCにあてはめ、基質と接触するアミノ酸残基を推定したところ、図10に得られるアミノ酸残基が基質と接触し、基質結合部位に当たると推定できた(配列番号2で表されるアミノ酸配列の、40T~75T、100T~120L、184P~197V、205P~227K、266F、271L、296Y~297Y、310L~322S、363S~366T、378R~384R、406G~409H、および432S~435D)。中でも、非極性アミノ酸である56L/59FVG61/204IPGI207/209AW210/316GGFA320は、PGのアシル基に結合するアミノ酸残基であると考えられる。
【0086】
さらに、これらの基質結合部位、活性中心アミノ酸残基、および触媒残基が放線菌間で保存されている調べるため、配列番号2の部分配列について、種々の放線菌間でBLASTを用いて配列を比較した。そうしたところ、配列番号2の35~488位のアミノ酸(AFV・・・SYN;配列番号16)において、25種を超える放線菌間で高い配列の相同性と類似性が見られ、基質結合部位、活性中心アミノ酸残基、および触媒残基が少なくとも放線菌間で種を超えて保存されていることが示された。また、Pfamによる解析では配列番号2の36~409位のアミノ酸がMetallophosモチーフ(Pfam accession ID: PF00149)として帰属された。
【配列表フリーテキスト】
【0087】
配列番号1:Amycolatopsis sp.由来のPG-PLCの塩基配列
配列番号2:Amycolatopsis sp.由来のPG-PLCの成熟タンパク質配列
配列番号3:Amycolatopsis sp.におけるPG-PLCのシグナル配列の塩基配列
配列番号4:Amycolatopsis sp.におけるPG-PLCのシグナル配列
配列番号5:PG-PLCの配列特定のためのフォワードプライマー
配列番号6:配列番号5のプライマーに対応するアミノ酸配列
配列番号7:PG-PLCの配列特定のためのリバースプライマー
配列番号8:配列番号7のプライマーに対応するアミノ酸配列
配列番号9:特定されたPG-PLCの部分塩基配列
配列番号10:特定されたPG-PLCの部分アミノ酸配列
配列番号11:PG-PLCの配列特定のためのiPCR用プライマー1
配列番号12:PG-PLCの配列特定のためのiPCR用プライマー2
配列番号13:サブクローニングのためのフォワードプライマー
配列番号14:サブクローニングのためのリバースプライマー
配列番号15:大腸菌発現の際にPG-PLCのN末端に付与したMCS由来のT7エピトープを含むアミノ酸配列
配列番号16:PG-PLC中の種間で保存性が高いことが確認された配列
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図4-1】
図4-2】
図5-1】
図5-2】
図6
図7
図8
図9-1】
図9-2】
図10
【配列表】
2022043776000001.app
【手続補正書】
【提出日】2021-01-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能を有する、ホスホリパーゼCポリペプチドであって、以下の(a)、(b)または(c)であるポリペプチド
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むポリペプチド
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1個以上50個以下のアミノ酸が欠失、置換または付与されたアミノ酸配列を含むポリペプチド
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド。
【請求項2】
(i)配列番号2で表されるアミノ酸配列の、56L,59FVG61,204IPGI207,209AW210,および316GGFA320に相当するアミノ酸、および/または
(ii)配列番号2で表されるアミノ酸配列の、H43,およびH409に相当するアミノ酸を有する、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
配列番号2で表されるアミノ酸配列の、D41、D103、N191、H364、およびH407に相当するアミノ酸をさらに有する、請求項2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
配列番号2で表されるアミノ酸配列の、40T~75T、100T~120L、184P~197V、205P~227K、266F、271L、296Y~297Y、310L~322S、363S~366T、378R~384R、406G~409H、および432S~435Dに相当するアミノ酸をさらに含む、請求項3に記載のポリペプチド。
【請求項5】
標識をさらに含む、請求項1~のいずれかに記載のポリペプチド。
【請求項6】
放線菌(Actinomycetales)目に属する微生物に由来する、請求項1~のいずれか一項に記載のポリペプチド。
【請求項7】
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能を有するホスホリパーゼCポリペプチドをコードする、以下の(a)~()のいずれかであるポリヌクレオチド。
(a)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド
)配列番号1で表される塩基配列において1個以上150個以下の塩基が欠失、置換または付与された塩基配列を含むポリヌクレオチド
)配列番号1で表される塩基配列と同義なコドンを含む塩基配列を含むポリヌクレオチド
)配列番号1で表される塩基配列と少なくとも90%の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチド
【請求項8】
請求項に記載のポリヌクレオチドを含む組換えベクター。
【請求項9】
請求項に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項10】
ホスファチジルグリセロールに対して基質特異的な加水分解能有するポリペプチドの製造方法であって、請求項に記載のポリヌクレオチドを含む形質転換体から該ポリペプチドを生産する工程を含む、製造方法。
【請求項11】
請求項1~のいずれか一項に記載のポリペプチドを用いる、ホスファチジルグリセロールの分解方法。
【請求項12】
請求項1~のいずれか一項に記載のポリペプチドを用いて、ホスファチジルグリセロールからsn-グリセロール-1-リン酸、sn-グリセロール-3-リン酸、および/またはジアシルグリセリドを製造する方法。
【請求項13】
請求項1~のいずれか一項に記載のポリペプチドを含有する、ホスファチジルグリセロールを分解するための組成物。