(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022043957
(43)【公開日】2022-03-16
(54)【発明の名称】強力な殺芽胞能力を発揮するスチームクリーナー
(51)【国際特許分類】
A61L 2/07 20060101AFI20220309BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20220309BHJP
A01N 31/04 20060101ALI20220309BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20220309BHJP
A61L 2/18 20060101ALI20220309BHJP
A61L 101/34 20060101ALN20220309BHJP
【FI】
A61L2/07
A01P3/00 ZAB
A01N31/04
A01N25/00 102
A61L2/18
A61L101:34
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2020160211
(22)【出願日】2020-09-04
(71)【出願人】
【識別番号】520370603
【氏名又は名称】木田 中
(72)【発明者】
【氏名】木田 中
【テーマコード(参考)】
4C058
4H011
【Fターム(参考)】
4C058AA30
4C058BB05
4C058BB07
4C058DD02
4C058DD04
4C058DD05
4C058JJ06
4C058JJ24
4H011AA02
4H011BB03
4H011DA22
4H011DE03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】10
3CFUレベル以上の枯草菌芽胞を付着させたテストキャリアを10秒のスチーム噴射で殺滅できるスチームクリーナーと薬剤の提供。
【解決手段】1.7%塩化ナトリウム、100mMエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム、100mM塩化第二鉄の濃度になるよう水に溶解する。この溶液と99.5%エタノールを等量混合後、塩酸を加えてpHを0.3に調整する。この溶液に50mMの濃度になるようヨウ化カリウムを溶解した殺芽胞剤を調製する。殺芽胞剤を、アルコールを含む水溶液で10倍希釈した薬剤を調製する。温度制御装置は70℃から90℃の範囲で通電と遮断を行うように設定したスチームクリーナー1に、それぞれの薬剤を入れ、10
3CFUレベル以上のテストキャリアに対して所要時間(秒)スチームを噴射する。
【効果】10
6CFUレベルの枯草菌芽胞を付着させたテストキャリアを5秒又は10秒のスチーム噴射で殺滅できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用する薬剤のアルコール濃度は、10体積%以上50体積%以下であることを特徴とするスチームクリーナー。
【請求項2】
温度制御装置は70℃から90℃の範囲で通電と遮断を行い、且つ、その配置は、スチームクリーナーの外部に限定されないことを特徴とするスチームクリーナー。
【請求項3】
温度制御装置のセンサー位置は、スチームの吹き出し口に限定されないことを特徴とする[請求項2]に記載のスチームクリーナー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強力な殺芽胞能力を発揮するスチームクリーナーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
グルタルアルデヒドなどのアルデヒド系消毒薬に対する細菌芽胞の抵抗性は、人に病原性のあるクロストリディウム・ディフィシル(Clostridium difficile)芽胞よりも、人に病原性の全くない枯草菌(Bacillus subtilis)芽胞のほうが物理化学的な刺激に対しては抵抗性が強い。そのため、枯草菌芽胞を短時間で殺滅することは、クロストリディウム・ディフィシル芽胞よりも困難とされている1)。0.01mlの枯草菌芽胞液を滴下乾燥させたシリコンディスク(直径8mm,厚さ2mm)に、0.08mlの0.3%過酢酸を暴露させた結果、6.2×102CFU(Colony Forming Unit)の芽胞を30℃で30秒の暴露で殺滅できるたと報告2)されている。
【0003】
スチームクリーナーは、水を100℃前後に加熱したスチームを対象物にを吹きかけて汚れ等を除去する道具であり、同時に、高温による殺菌効果、殺カビ効果、或いは殺ウイルス効果も期待できる。実際、芽胞を形成しない複数の細菌種を用いて、106CFU/mlレベルの細菌数を10秒間のスチームで殺滅できることがメーカーによって公表されている。しかし、枯草菌のような細菌芽胞を用いたスチームクリーナーの殺滅効果は公表されていない3)。その理由として、細菌芽胞は極めて熱抵抗性が高く、100℃のスチームだけでは殺すことができないことが大きな理由である。殺芽胞剤との組み合わせも理屈上考えられるが、そもそも殺芽胞剤は化学的に危険性を有する薬剤であり、なかには高温で使用すれば爆発性を有する薬剤もある。しかも、人体に対しては、皮膚、眼、呼吸器等への強い刺激があり、発がん性を指摘される薬剤も含まれる。従って、このような殺芽胞剤とスチームクリーナーを組み合わせて使用することはそもそも想定されない。
【0004】
スチームクリーナーに使える可能性のある殺芽胞剤はすでに開示されている(特許文献1)。また、その殺芽胞効果も参考文献(4,5)に記載されている。この殺芽胞剤は、多少の刺激臭と金属腐食性があるため、原液よりも希釈して用いることが望ましい。従って、適当な希釈液で殺芽胞剤を希釈した薬剤とスチームクリーナーを組み合わせ、この薬剤の殺芽胞能力を最大限に引き出すことができれば、物理化学的な抵抗性が強い細菌芽胞を10秒程度で殺滅できる可能性がある。しかし、そのような技術は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【非特許文献】1)尾家重治,神谷晃.2003.アルデヒド系消毒薬の殺芽胞効果,環境感染,18(4):401-403. 2)小林晃子,尾家重治,神谷晃.2006.高水準消毒薬の殺芽胞効果に及ぼす温度及び有機物の影響,環境感染,21(4):236-240. 3)Dancer,S.J.2014 Controlling hospital-acquired infection:Focus on the role of the environmental and new technology for decontamination.Clin.Microbiol.Rev.,27(4):665-690. 4)Kida,N.,Mochizuki,Y.,and Taguchi,F.2003.An effective sporicidal reagent against Bacillus subtilis spores.Microbiol.Immunol.,47:279-283. 5)Kida,N.,Mochizuki,Y.,and Taguchi,F.2004.An effective iodide formulation for killing Bacillus and Geobacillus spores over a wide temperature range.J.Appl.Microbiol.,97:402-409.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
103CFUレベル以上の枯草菌芽胞を10秒のスチーム噴射で殺滅できるスチームクリーナーと薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
スチームクリーナーのスチーム温度は100℃前後である。このため、この温度まで高くすると、開示した殺芽胞剤に含まれるエタノールは、沸点が78℃付近にあるため先に気化する。そのため、100℃付近まで加熱してしまうと本来の殺芽胞効果が減弱する可能性がある。
【0008】
スチームクリーナーの課題を解決するため、エタノールの沸点付近で通電と遮断ができるよう温度制御装置を備える。
【0009】
スチームクリーナーは、アイリスオーヤマ(株)STM-304N(スチーム温度;約100℃)を使用。
【0010】
【0011】
薬剤の課題を解決するため、開示した殺芽胞剤の希釈液を調整する。まず、1.7%塩化ナトリウム、100mMエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム、100mM塩化第二鉄の濃度になるよう水に溶解する。この溶液と99.5体積%エタノールを等量混合した後、塩酸を加えてpHを0.3に調整する。この溶液に50mMの濃度になるようヨウ化カリウムを溶解した溶液(以下、殺芽胞剤)を調製する。
【0012】
殺芽胞剤(エタノール約50体積%含)を水で10倍に希釈した薬剤を調製する。
【0013】
殺芽胞剤を消毒アルコール(アルコール約80体積%含)で10倍希釈した薬剤を調製する。
【0014】
殺芽胞剤を水で2倍希釈した消毒アルコール(アルコール約40体積%含)で10倍希釈した薬剤を調製する。
【0015】
殺芽胞剤を水で3倍希釈した消毒アルコール(アルコール約27体積%含)で10倍希釈した薬剤を調製する。
【0016】
殺芽胞剤を水で5倍希釈した消毒アルコール(アルコール約16体積%)で10倍希釈した薬剤を調製する。
【0017】
薬剤等の殺芽胞効果を測定するための芽胞形成菌として枯草菌(B.subtilis IFO3134)を用いた。普通寒天平板上に塗抹し、37℃で4週間培養後、長期間(約12年)室温で保管した。
【0018】
保管していた平板上の芽胞は滅菌精製水に溶解させて回収した。この芽胞懸濁液を原液とした。原液から必要量を80体積%消毒アルコールに溶解し、使用時まで5℃で冷蔵保存した。
【0019】
スチーム噴射の対象となるテストキャリアは、以下の方法で作成した。定性濾紙No.1
l中の芽胞数が10
3CFUレベル、10
4CFUレベル、10
5CFUレベル及び10
6CFUレベルになるよう調整した芽胞液のそれぞれ0.2mlを滅菌濾紙片に吸収させた後、乾燥器内で乾燥させた(乾燥滅菌濾紙片)。乾燥滅菌濾紙片(以下、テストキャリア)は、使用時まで室温保管した。
【発明の効果】
【0020】
この手段により、使用する薬剤の殺芽胞能力を最大限引き出せる条件、即ち、殺芽胞剤を希釈するための液体の種類、温度制御装置の温度設定条件、スチーム噴射時間(秒)及び殺滅可能なCFUレベルを導き出す。これにより、強力な殺芽胞能力を発揮するスチームクリーナーと薬剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明で用いたスチームクリーナーと温度制御装置の一つの実施の形態を示す概要図である。
【
図2】本発明で用いたノズルと温度センサーの写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について、実施例に基づき、殺芽胞剤を希釈する液体の種類、温度制御装置の温度設定条件、スチーム噴射時間(秒)及び殺滅可能なCFUレベルについて説明する。殺芽胞試験は、少なくとも3回繰り返した。
【実施例1】
〔温度制御装置を使用しない場合の殺芽胞効果〕
【0023】
殺芽胞剤を、水、消毒アルコール又は水で2倍希釈消毒アルコール(以下、2倍希釈消毒アルコール)で希釈した場合、いずれが希釈液として優れているか、温度制御装置を使用しない条件で、スチーム噴射時間が15秒及び30秒の殺芽胞効果を検討した。ステンレス皿の上に10
3CFUレベルの枯草菌芽胞を付着させたテストキャリアを置き、約1cm上から約100℃のスチームを所要時間噴射した。1%チオ硫酸ナトリウム液でヨウ素成分を中和後、速やかに濾紙片を標準寒天平板上に載せて37℃で24時間培養した。さらに室温で48時間追加培養してから発育の有無を確認した。対照は、水を約100℃で加熱したスチームを噴射した。結果を表1に示す。
【表1】
【0024】
水及び消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤の場合、30秒のスチーム噴射で殺芽胞できたが、いずれも15秒のスチーム噴射では殺芽胞できなかった。他方、2倍希釈消毒アルコールで10倍希釈した薬剤は、103CFUレベルのテストキャリアを15秒のスチーム噴射で殺芽胞できた。
【実施例2】
〔アルコールの沸点より高い温度での殺芽胞効果〕
【0025】
温度制御装置を使用しない場合、殺芽胞剤の希釈液として、2倍希釈消毒アルコールが15秒のスチーム噴射で殺芽胞に達した。そこで、アルコールの沸点より高い温度、即ち、81℃まで通電、86℃で遮断するよう設定した温度制御装置とスチームクリーナーを組合せ、2倍希釈消毒アルコールより低いアルコール濃度、即ち、3倍及び5倍希釈消毒アルコールで希釈しても殺芽胞効果が認められるか検討した。
温度センサーをノズルのスチーム吹き出し口に取り付け、ステンレス皿の上に10
3CFUレベルのテストキャリアを置き、約1cm上からスチームを所要時間噴射した。1%チオ硫酸ナトリウム液でヨウ素成分を中和後、速やかに濾紙片を標準寒天平板上に載せて37℃で24時間培養した。さらに室温で48時間追加培養してから発育の有無を確認した。対照は、水を約100℃で加熱したスチームを噴射した。結果を表2に示す。
【表2】
【0026】
81℃まで通電し、86℃で遮断するよう設定した温度制御装置とスチームクリーナーの組み合わせで、2倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤は、103CFUレベルのテストキャリアを10秒のスチーム噴射で殺芽胞できた。しかし、水で3倍希釈消毒アルコール(以下、3倍希釈消毒アルコール)で殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤の場合、10秒のスチーム噴射で殺芽胞できなかった。また、水で5倍希釈消毒アルコール(以下、5倍希釈消毒アルコール)で殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤の場合、15秒のスチーム噴射でも殺芽胞できなかった。
【実施例3】
〔アルコールの沸点より低い温度での殺芽胞効果1〕
【0027】
アルコールの沸点より低い温度、即ち、75℃まで通電、80℃で遮断するよう温度制御装置を設定した場合、10
3CFUレベルのテストキャリアを10秒以内のスチーム噴射で殺せるか検討した。また、殺芽胞剤の希釈液として、2倍希釈消毒アルコールよりも低いアルコール濃度、即ち、3倍及び5倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を希釈しても殺芽胞効果が認められるかどうか検討した。手順は、実施例2に記載した方法で行った。結果を表3に示す。
【表3】
【0028】
75℃まで通電、80℃で遮断することにより、2倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を10希釈した薬剤と同様、3倍及び5倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を10希釈した薬剤でも、103CFUレベルのテストキャリアを5秒及び10秒のスチーム噴射で殺芽胞できた。
【実施例4】
〔アルコールの沸点より低い温度での殺芽胞効果2〕
【0029】
10
3CFUレベルのテストキャリアに対して、75℃まで通電、80℃で遮断するよう温度制御装置を設定した場合、3倍及び5倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤でも殺芽胞効果が認められた。そこで、10
3CFUレベルのテストキャリアより多くの枯草菌芽胞を付着させたテストキャリアに対して、2倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤が、どの程度のCFUレベルまで殺滅可能か検討した。手順は、実施例2に記載した方法で行った。結果を表4に示す。
【表4】
【0030】
2倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤の場合、103CFUレベルから106CFUレベルのいずれのテストキャリアにおいても、5秒及び10秒のスチーム噴射で殺芽胞できた。
【実施例5】
〔アルコールの沸点より低い温度での殺芽胞効果3〕
【0031】
10
6CFUレベルのテストキャリアに対して、75℃まで通電、80℃で遮断するよう温度制御装置を設定し、2倍希釈消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤を組み合わせた場合、5秒及び10秒のスチーム噴射で殺芽胞できた。そこで、3倍及び5倍希釈消毒アルコールでも効果があるか検討した。手順は、実施例2に記載した方法で行った。結果を表5に示す。
【表5】
【0032】
3倍希釈及び5倍希釈した消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤は、2倍希釈した消毒エタノールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤と比べ、106CFUレベルのテストキャリアを5秒のスチーム噴射で殺芽胞できなかった。しかし、10秒のスチーム噴射では殺芽胞できた。106CFUレベルのテストキャリアに対しては、2倍希釈した消毒アルコールで殺芽胞剤を10倍希釈した薬剤がより効果的だった。
【産業上の利用の可能性】
【0033】
以上詳しく説明したように、この出願の発明によれば、75℃まで通電、80℃で遮断するよう設定した温度制御装置とスチームクリーナーを用い、既存のスチームクリーナーでは殺滅することができない細菌芽胞に対して、103CFUレベルから106CFUレベルのテストキャリアを5秒及び10秒のスチーム噴射で殺芽胞できた。106CFUレベルのテストキャリアでは、殺芽胞剤の希釈液として、2倍希釈した消毒アルコール、即ち、約40体積%のアルコール濃度が最も優れていた。しかし、3倍希釈及び5倍希釈、即ち、約27体積%から約16体積%のアルコール濃度でも10秒のスチーム噴射で殺芽胞できたことから、殺芽胞剤の希釈液として有用であった。
従来、細菌、カビ、ウイルスを殺すスチームクリーナーは存在したが、高温のスチーム噴射によって殺滅しただけのことであり、その中に細菌芽胞が存在しても、熱抵抗性の高い細菌芽胞は殺滅不可能であった。しかし、この手段によれば、106CFUレベルのテストキャリアでも殺芽胞可能であることから、人に病原性のあるクロストリディウム・ディフィシル芽胞で106CFUレベル以上に汚染された場合でも、極めて短時間で殺滅する可能性があり、クロストリディウム・ディフィシル芽胞によって院内汚染が起きている病院施設等での除染手段として有用だけでなく、食品製造施設等での芽胞汚染防止にも幅広く利用可能である。
他方、炭疽菌は芽胞を形成し、家畜間の自然発生や家畜を介して人の炭疽病の散発的な発生が世界的に見られるなかで、人為的な炭疽菌芽胞によるバイオテロの勃発も危惧されている。こういった場合の除染対策にも応用できる。
【符号の説明】
【0034】
1 スチームクリーナー
2 ホース
3 電源プラグ
4 ノズル
5 温度調節装置
6 温度センサー
7 附属コンセント
8 電源プラグ